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はじめに
産婦人科領域のめまいは,血圧の変動によるものや
貧血によるものの他に更年期における不定愁訴の 1つ
として出現するものがほとんどである。図 1に示すよ
うに産婦人科領域のめまいはすべての年齢に認めら
れ,その産婦人科疾患はすべて月経に関与している。
これらの産婦人科疾患のうち子宮筋腫と更年期は,現
在の社会性をよく反映している。すなわち,少子化・
晩婚化によるエストロゲン曝露量および期間の延長に
よる子宮筋腫の増加,また,ストレスの蔓延している
現代社会と核家族化が更年期女性への不定愁訴を加速
していると考えられる。これら 2つの婦人科を代表す
る疾患についてめまいとの関連を症例を示しながら解
説する。
子宮筋腫とめまい
子宮筋腫に伴うめまいは,過多月経の結果としての
鉄欠乏性貧血に起因している。めまいを来たすような
高度貧血を示すものの多くは,子宮粘膜下筋腫であり
子宮腔内への筋腫突出度と子宮腔内の表面積に依存し
ている(図 2)。
高度貧血を有する子宮粘膜下筋腫症例を提示する。
症 例: 33歳,既婚。
主 訴;全身倦怠感,めまい。
既往歴・家族歴;特記すべきことなし。
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聖マリアンナ医科大学 産婦人科学教室
産婦人科領域のめまい
栗林くりばやし
靖やすし
石塚いしづか
文平ぶんぺい
抄 録一般産婦人科外来において「めまい」を主訴として来院されることは極めて稀であるが,随伴
症状の 1つとして「めまい」を訴えることは少なくない。産婦人科領域のめまいは,①婦人科疾患に関連するもの(子宮筋腫,悪性腫瘍など),②更年
期によるもの,③精神心理的要因によるもの,④他の身体疾患の合併によるものなどが挙げられる。このうち産婦人科診療で高頻度に出現する病態としては,血圧異常,貧血,心身症・神経症・うつ病など精神心理的機序の関与したものが年齢を問わず見られ,一方動脈循環不全,頸性めまいなどが中年以降に見られると言われている。今回は,産婦人科特有な疾患である子宮筋腫と更年期の症例を提示し,臨床的特徴,治療法を含めた対応について述べるとともに産婦人科領域のめまいについて解説する。
シンポジウム「各科におけるめまい疾患ならびにその取り扱い」聖マリアンナ医科大学雑誌Vol. 30, pp.511–515, 2002
図 1 産婦人科疾患とめまい─良性疾患を対象として─.めまいを引き起こす婦人科疾患は,すべての年齢層に認められる.
月経歴;月経周期 28日, 整。過多月経(+)。
現病歴;約 2年前より過多月経を自覚,6ヵ月前よ
り月経時凝血を認め,この頃より全身倦怠感,めまい
を伴うようになった。ここ 2週間,めまいが増強し近
医内科を受診,Hb 6.5 g/dlと高度貧血を認め精査目的
で当院受診となる。
この症例は,子宮鏡検査により子宮粘膜下筋腫と診
断され子宮鏡下に筋腫核出術を行い術後 1日目に退院
(図 3, 4)。退院後約 1ヵ月の月経再開時には過多月経
は認めず,Hb 12.4 g/dlと貧血は改善され全身倦怠感,
栗林靖 石塚文平512
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図 2 子宮筋腫の発生部位と実際の子宮粘膜下筋腫.左は,子宮に発生する筋腫部位を示している.矢印は,過多月経がもっとも強い子宮粘膜下筋腫を示す。右は,開腹にて子宮全摘術を行ったもので子宮内腔に子宮粘膜下筋腫を認める.近年,この種の筋腫は内視鏡下に手術されている.
図 3 子宮粘膜下筋腫に対する子宮鏡下手術法.左は,子宮粘膜下筋腫を子宮鏡下手術で切除する方法を示す.通常は,子宮穿孔予防のために経腹超音波でモニターを行い,切除には高周波電流を使用している.右は,実際の切除を模式的に 4分割にしたものである。①から④の順で切除していく。
めまいの症状も消失した。
解 説:子宮粘膜下筋腫は,過多月経による貧血,
着床障害による不妊症を主訴として来院されることが
多い。子宮筋腫による過多月経は,数年をかけて月経
量が増加していく。このため,貧血症状が急激に現れ
ず慢性的に進行し患者本人が月経量と貧血の関連を疑
わず,内科等の他科を受診し,そこから婦人科への精
査依頼が多い。また,血中ヘモグロビン値も症例に示
すように 6.0 g/dl前後まで低下していることも稀では
ない。近年,婦人科においても内視鏡手術が進歩し,
開腹手術に比べ低侵襲性,入院期間の短縮,早期の社
会復帰等の利点のため急速に普及してきている 1)。
子宮粘膜下筋腫に対する子宮鏡下手術は,熟練は要
するものの鏡視下での確実な手術である(図 3)。さ
らに,腹腔鏡と異なり皮膚への切開を要さず経子宮頚
管的に手術するため,ここ数年 day surgeryの 1つと
なっている。このように子宮筋腫に伴うめまいは,適
切な治療で早期に改善するため,内科,耳鼻咽喉科等
でめまいに伴う原因不明の貧血を認めたら婦人科受診
を勧めていただきたい。
更年期におけるめまい
更年期とは,狭義には卵巣機能の低下による生殖機
能の終焉を意味するが,近年 reproductive healthの考
えによりこの時期は,女性の一生のちょうど 3分の 2
を過ぎた時期,残りの 3分の 1を如何に楽しく健康に
過ごせるかが問われるスタート地点と言える。
また,この時期はただ単にエストロゲンの低下だけ
でなく,自律神経失調,加齢にによる退行性変化や社
会的・個人的な環境変化によるストレスに曝されやす
い期間といえる。このため種々の不定愁訴が出現し産
婦人科だけでなく周辺の関連診療科との連携が必須と
なっている。実際に聖マリアンナ医科大学アゼリア外
来(更年期外来)の初診時に他科受診者は約 40%存
在している(図 5)2)3)。
各科におけるめまい疾患ならびにその取り扱い 513
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図 4 子宮鏡下手術.左の上方にあるループ状のものが切除電極であり,下方に見えているのが子宮粘膜下筋腫である.右は子宮粘膜下筋腫切除後の子宮腔内で粘膜下筋腫の残存は認めない.
図 5 アゼリア外来(更年期外来)初診時の他科受診状況.内科,皮膚科,眼科,耳鼻咽喉科の順で婦人科以外の科を受診されていた.
本邦における更年期の不定愁訴で多いものは(表
1),顔のほてり,発汗,不眠が挙げられ 4),めまいの
頻度は 50%以下と高くはない(図 6)。
めまいを伴う不定愁訴を訴えホルモン補充療法
(HRT)に著効した症例を次に提示する。
症 例: 48歳,既婚。
主 訴;のぼせ。
現病歴;約 1年前より月経周期が不規則化(40~
60日),半年前よりのぼせ,不眠,めまい,肩こりが
出現し症状増悪傾向のため当科を受診。
一人息子は,昨年大学を卒業し就職した。本人は,
デパートの売り場主任をしているが,最近同じ職場の
店員たちと会話をすることが苦痛である。
現 症; 154 cm,53 kg。末梢血検査,血液生化学
検査には異常を認めない。Kupperman指数 36点
(Kupperman指数とは,のぼせなど 11の症状を点数化
したもの)。
この症例に対し HRTを 3クール施行。HRT開始 1
週間目頃より,不定愁訴は軽減傾向にあり,3ヵ月目
に症状は改善し,Kupperman指数も 8点と減少した。
日常生活においても,職場での人との対応が楽しくな
り,職員旅行など率先して企画するようになった。
解 説:この症例は,症状の改善のみならず QOL
の改善まで示した HRT著効例であるが,日常臨床で
稀ではない。特にめまいについて見てみると,図 7に
示すように更年期の不定愁訴のめまいは HRTにより
ほぼ 100%改善すると言われている。一般に更年期に
認められるめまいの特徴は,①めまいを単独で訴え
ることは少なく症例のように不定愁訴の 1つとして訴
える。②めまいは,持続性のことが多いが,発作性
のこともある。③立ちくらみや起床時にふらつく感
じを訴えることが多い。④ストレスに曝されると出
現・増悪する。⑤眼振が認められることはない 5)。
しかしながら,更年期婦人は同時に高血圧,糖尿病,
高脂血症が増加していく年齢にも一致しており,めま
いが不定愁訴のなかで他科疾患をマスクしている場合
も考慮する必要がある。このため,循環器内科,神経
内科,耳鼻咽喉科等他科との連携は必須である。
更年期の治療としては,ホルモン補充療法が一般的
に行われている。特に,不定愁訴の中で最も多い血管
運動神経症状(のぼせなど)に対しても HRTが効果
的である。しかしながら,2002年 7月に米国立衛生
研究所(NIH)が行っていたHRTに対する prospective
studyの中止が突然発表された。HRTを行うことで乳
癌,心血管系疾患,肺血栓症の増加が中止の理由とさ
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図 6 更年期における不定愁訴の各頻度.血管運動神経障害,関節痛・筋肉痛,不眠が頻度の上位 3位を占める.めまいは,9番目で 50%以下に認められる.
図 7 HRT後の症状改善率.めまい,蟻走感,頭痛が改善率上位を占めるが,各症状に対し約 70%が HRT有効であることを示している.
表 1 簡略更年期指数(SMI)の項目
①顔がほてる②汗をかきやすい③腰や手足が冷えやすい④息切れ,動悸がする⑤寝つきが悪い,また眠りが浅い⑥怒りやすく,イライラする⑦くよくよしたり,憂鬱になることがある⑧頭痛,めまい,吐き気がよくある⑨疲れやすい⑩肩こり,腰痛,手足の痛みがある
れている。本邦ではNIHのような大規模な studyはな
く今後関係学会が中心に本邦での studyが行われる予
定である。現在 HRTを施行するにあたり検診を定期
的に行うことが必須とされており,これを行っている
限りにおいては有意に治療効果が高いと考えられてい
る。当然 HRTも informed consentの上に成り立ってい
る。
ま と め
1.粘膜下筋腫のように過多月経を示す慢性的な貧
血患者は,めまい,全身倦怠感等の症状で婦人科以外
を最初に受診することがある。他科においても婦人科
的な問診が必要な場合がある。
2.中高年女性の“めまい”は,更年期障害の症状
の 1つとして現れることがある。しかし,この年齢
は,婦人科以外の基礎疾患を有する可能性があり,診
療には耳鼻咽喉科,内科等との連携が重要であると思
われた。
文 献1) 栗林靖, 石塚文平. 子宮腔内病変に行う子宮鏡下手術 子宮奇形を含む. 産婦人科の世界 1997; 9 (3):71-177.
2) 石塚文平. 閉経後ホルモン補充療法について. 聖マリアンナ医大誌 2001; 29 (2): 55-65.
3) 石塚文平. 【ホルモン補充療法】HRTの新たな効果. からだの科学 2001; 219: 66-68.
4) 麻生武志. ホルモン補充療法. 麻生武志編, 医学ジャーナル, 東京, 1997: 11-21.
5) 生駒尚秋. 【Women's Medicine ここまで対処できる境界領域】全身的症状 めまい. 産婦人科の実際 1998; 47 (10): 1412-1418.
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