ワークマンの企業分析ワークマンの企業分析 邊 友哉 中村 紅葉 藤森 優希...

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ワークマンの企業分析

⽥邊 友哉

中村 紅葉

藤森 優希

<要 約>

20年4月,新型コロナウイルスのパンデミックで緊急事態宣言が発令され,多くの企業が存

続の危機に立たされている。特に,外食や旅行,航空産業が厳しいと言われているが,それら

の産業同様に厳しいのが,アパレル業界である。一方,こんな状況でも業績が伸びているアパ

レル会社がある。作業服大手チェーンのワークマンである。そこで,本研究ではなぜワークマ

ンはコロナ禍であっても,一度も売上高前年比が 100%を下回ることなく,売り上げを伸ばし

ているのかということを明らかにすることを試みた。

財務分析では,大株主と株式の所有者別状況,売上高・損益の推移,収益力分析,諸利益率・

費用率分析,短期・長期支払能力及び安全性分析の5項目から分析を行った。結果,ワークマ

ンは売上高等の収益を伸ばしながらも,売上原価等の費用の圧縮に成功しており,収益構造を

改善させている。また,財務安全性についても高水準であり,今後の資金繰りについては当面

問題がないように見受けられた。

戦略分析では,ワークマンが従来の顧客層とは異なった客層をターゲットとして,新たな市場

へと参入したことに着目している。この背景を,ワークマンの新業態であるワークマンプラス

を例に挙げながら,その成功要因について,マーケティングの分析ツールを用いながら戦略分

析を行った。分析の結果,新たな市場への参入は,分析した要素のうちの「Promotion」による

影響が大きいのではないかという結論に至った。また,特徴的な組織構造についても着目した

上で,ワークマンがどのような販売形態を取っているのかについても触れていく。

<キーワード>

ワークマン,新型コロナウイルス,財務分析,戦略分析,成長,売上高,STP 分析,4P’s,

インフルエンサー戦略

1. はじめに

(1) 研究の背景

20年4月,新型コロナウイルスのパンデミックで緊急事態宣言が発令され,多くの企業が存続

の危機に立たされている。特に,外食や旅行,航空産業が厳しいと言われているが,それらの産業

同様に厳しいのが,アパレル業界である。生活必需以外の大半の店舗が休業する中,アパレル企

業の売上は激減しており,大量の春夏商品の在庫が行き場を失い,アパレル業界は存亡の危機に

直面している。表 1,表 2 の通り,緊急事態宣言発令以前の 3 月でも,週末休業や人出の減少で大

手アパレルの店舗売上は40〜54%,主要アパレルチェーンの売上も2割から4割強も落ち込んだ。

日本最大のアパレルである,ユニクロを率いるファーストリテイリングですら,コロナ禍の 3 月

の売り上げは 27.8%減,4 月は 56.5%減であった。また,5月にはダーバン,アクアスキュータ

ムなどのブランドを展開する老舗・レナウンが民事再生法を申請して倒産したのである。主な売

り場であるファッションビルや百貨店の営業自粛に加え,長引く外出自粛ムードや在宅勤務の広

がりにより,消費者のファッションへの意識が大きく変化したことも,多くのアパレルが苦戦を

強いられている要因であると考えられる。一方で,こんな状況でも業績が伸びているアパレル会

社がある。作業服大手チェーンのワークマンである。3 月の既存店の売上高前年比は 17.7%増,4

月も 5.7%増と売上を伸ばし,一度も前年比 100%を下回ることはなかった。

表 1 上場企業(アパレル)の月次売上高動向調査(2020 年 3 月分)

証 券 コ

ード

商号

(主なブランド)

既存店

前年同月

(%)

既存店

増 減

(pt)

全店前

年同月比

(%)

全店

増 減

(pt) 所属市場

3608 (株)TSIホールディング

(ナノユニバース,ナチュラ

ルビューティーベーシック)

56.7 ▲

43.3

57.8 ▲

42.2

東証1部

3612 (株)ワールド

(UNTITLED,INDIVI)

58.1 ▲

41.9

59.7 ▲

40.3

東証1部

8219 青山商事(株)

(洋服の青山,ザ・スーツカン

パニー)

58.8 ▲

41.2

58.9 ▲

41.1

東証1部

7606 (株)ユナイテッドアローズ

(ユナイテッドアローズ,グ

リーンレーベルリラクシン

グ)

59.8 ▲

40.2

61.2 ▲

38.8

東証1部

7445 (株)ライトオン

(ライトオン,バックナンバ

ー)

60.9 ▲

39.1

59.9 ▲

40.1

東証1部

7448 (株)ジーンズメイト

(ジーンズメイト,JEM)

63.4 ▲

36.6

66.6 ▲

33.4

東証1部

3415 (株)TOKYOBASE

(STUDIOUS,UNITED TOKYO)

64.9 ▲

35.1

75.0 ▲

25.0

東証1部

3083 (株)シーズメン

(METHOD,流儀圧搾)

65.7 ▲

34.3

61.9 ▲

38.1

ジャスダック

9275 (株)ナルミヤ・インターナシ

ョナル

(mezzo piano,petit main)

65.8 ▲

34.2

69.2 ▲

30.8

東証1部

8166 (株)タカキュー

(TAKA-Q MALE & Co. ,

semanticdesign)

67.0 ▲

33.0

63.0 ▲

37.0

東証1部

2778 パレモ・ホールディングス

(株)

(Ludic Park , Lilou de

chouchou)

67.0 ▲

33.0

75.5 ▲

24.5

東証2部,名

証2部

8214 (株)AOKIホールディン

グス

(AOKI,ORIHICA)

67.1 ▲

32.9

63.5 ▲

36.5

東証1部

7603 (株)マックハウス

(マックハウス)

67.6 ▲

32.4

63.9 ▲

36.1

ジャスダック

7494 (株)コナカ

(紳士服コナカ,SUIT SELECT)

68.1 ▲

31.9

67.3 ▲

32.7

東証1部

9876 (株)コックス

(ikka,ikka LOUNGE)

70.7 ▲

29.3

70.9 ▲

29.1

ジャスダック

2792 (株)ハニーズホールディン

グス

(シネマクラブ,コルザ)

71.1 ▲

28.9

71.7 ▲

28.3

東証1部

9983 (株)ファーストリテイリン

(ユニクロ,ジーユー)

72.2 ▲

27.8

71.9 ▲

28.1

東証1部

7416 (株)はるやまホールディン

グス

(はるやま,HALSUIT)

75.6 ▲

24.4

75.6 ▲

24.4

東証1部

2685 (株)アダストリア 75.8 ▲ 75.7 ▲ 東証1部

(グローバルワーク,STUDIO

CLIP)

24.2 24.3

3548 (株)バロックジャパンリミ

テッド

(MOUSSY,SLY)

76.9 ▲

23.1

75.9 ▲

24.1

東証1部

8227 (株)しまむら

(ファッションセンターしま

むら,アベイル)

87.9 ▲

12.1

88.2 ▲

11.8

東証1部

7564 (株)ワークマン

(ワークマン,ワークマンプラ

ス)

117.7 17.7 123.4 23.4 ジャスダック

7545 (株)西松屋チェーン

(西松屋)

121.3 21.3 119.8 19.8 東証1部

出所:(C)TEIKOKU DATABANK, LTD.

表 2 上場企業(アパレル)の月次売上高動向調査(2020 年 4 月分)

証券コ

ード

商号

(主なブランド)

既存店

前年同月

(%)

既 存

増 減

( p

t)

全店前年

同月比

(%)

全店

増 減

( p

t)

所属市場 備

2685 (株)アダストリア

(グローバルワーク, TUDI

C I )

32.2 ▲

67.8

31.7 ▲

68.3

東証1部

2778 パレモ・ホールディングス

(株)

( udic ark , ilou de

chouchou)

46.2 ▲

53.8

48.7 ▲

51.3

東証2部,

名証2部

2792 (株)ハニーズホールディ

ングス

(シネマクラブ,コルザ)

49.3 ▲

50.7

36.5 ▲

63.5

東証1部

3083 (株)シーズメン

( ETH D,流儀圧搾)

36.6 ▲

63.4

18.9 ▲

81.1

ジャスダッ

3415 (株)TOKYO

BASE ( TUDI

U , U ITED T

7.5 ▲

92.5

13.4 ▲

86.6

東証1部

Y )

3548 (株)バロックジャパンリ

ミテッド

( U Y, Y)

27.1 ▲

72.9

24.0 ▲

76.0

東証1部

3608 (株)TSIホールディン

グス

(ナノユニバース,ナチュ

ラルビューティーベーシッ

ク)

12.8 ▲

87.2

9.9 ▲

90.1

東証1部 ※

3612 (株)ワールド

(U TIT ED,INDIVI)

15.5 ▲

84.5

25.4 ▲

74.6

東証1部 ※

7416 (株)るやまホールディン

グス

(るやま,HAUIT)

43.4 ▲

56.6

42.8 ▲

57.2

東証1部

7445 (株)ライトオン

(ライトオン,バックナン

バー)

20.4 ▲

79.6

19.8 ▲

80.2

東証1部

7448 (株)ジーンズメイト

(ジーンズメイト,JEM)

28.0 ▲

72.0

32.1 ▲

67.9

東証1部

7494 (株)コナカ

(紳士服コナカ, UIT E

ECT)

28.4 ▲

71.6

27.7 ▲

72.3

東証1部

7545 (株)西松屋チェーン

(西松屋)

102.1 2.1 101.0 1.0 東証1部

7564 (株)ワークマン

(ワークマン,ワークマンプ

ラス)

105.7 5.7 107.8 7.8 ジャスダッ

7603 (株)マックハウス

(マックハウス)

39.4 ▲

60.6

36.4 ▲

63.6

ジャスダッ

7606 (株)ユナイテッドアロー

(ユナイテッドアローズ,

グリーンレーベルリラクシ

ング)

8.6 ▲

91.4

8.9 ▲

91.1

東証1部 ※

8166 (株)タカキュー

(TA A- A E & Co. ,

semanticdesign)

24.4 ▲

75.6

22.6 ▲

77.4

東証1部

8214 (株)AOKIホールディ 62.8 ▲ 51.0 ▲ 東証1部

ングス

(A I,IHICA)

37.2 49.0

8219 青山商事(株)

(洋服青山,ザ・スーツカン

パニー)

31.7 ▲

68.3

29.4 ▲

70.6

東証1部

8227 (株)しまむら

(ファッションセンターし

まむら,アベイル)

71.9 ▲

28.1

72.1 ▲

27.9

東証1部

9275 (株)ナルミヤ・インターナ

ショナル

(mezzo piano,petit main)

35.8 ▲

64.2

36.4 ▲

63.6

東証1部

9876 (株)コックス

(ikka,ikka U GE)

22.9 ▲

77.1

45.3 ▲

54.7

ジャスダッ

9983 (株)ファーストリテイリ

ング

(ユニクロ,ジーユー)

43.5 ▲

56.5

42.3 ▲

57.7

東証1部

※ EC サイトを除く実店舗販売のみの数値

出所:(C)TEIKOKU DATABANK, LTD.

表3 アパレル売上上位4社とワークマンの既存店売上月次前年比

0

20

40

60

80

100

120

140

160

2⽉ 3⽉ 4⽉ 5⽉ 6⽉

ファーストリテイリング しまむらアダストリア ⻘⼭商事ワークマン

(%)

(2) 研究の目的

そこで,本研究ではなぜワークマンはコロナ禍であっても,一度も売上高前年比が 100%を下回

ることなく,売り上げを伸ばしているのかということを明らかにすることを試みた。一体その強

みはどこにあるのか,コロナ禍でも揺るがないビジネスモデルはどのようなものか。アパレル業

界が,逆風に打ち勝つ糸口が見えてくる可能性がある。

(3)研究方法

本研究では,財務分析,戦略分析を通し,企業分析を行うことで,ワークマンの実態に迫る。財務

分析では,大株主と株式の所有者別状況,売上高・損益の推移,収益力分析,諸利益率・費用率分

析,短期・長期支払能力及び安全性分析の5項目から,ワークマンの財務構造を解き明かし,近年

の成長の要因を究明する。戦略分析では,新たな市場に参入したワークマンの新業態の事例を挙げ

た上で、STP 分析と 4P's を用いて、ワークマンの企業戦略を分析する。

2.ワークマンの歴史

(1)企業概要

会社名 株式会社 ワークマン

英文名 WORKMAN CO.,LTD.

本部 東京本部 東京都台東区東上野 4-8-1 TIXTOWER UENO

関東信越本部 群馬県伊勢崎市柴町 1732

設立年月日 1979 年 11 月 30 日

(実質上の存続会社である株式会社ワークマンの設立年月日は 1982 年 8 月 19 日)

資本金 1,622,718,300 円(2020 年 3 月末現在)

1980 年 株式会社いせやの一部門として群馬県伊勢崎市に「職人の店 ワークマン」1 号店オープ

1982 年 株式会社ワークマン設立 流通センターを群馬県高崎市に開設

1988 年 東京都台東区にワークマン東京本部を開設 100 店舗達成

1991 年 ワークマン東京本部ビル完成と同時に東京本部を移転 新 CI を導入

1995 年 小牧流通センターを新設

1997 年 日本証券業協会に株式を店頭登録(現 JASDAQ)

2002 年 500 店舗達成

2013 年 オンラインストア開始

2018 年 新業態「WORKMAN Plus」出店

(2)ワークマンの軌跡

株式会社ワークマンは,建設業・製造業向けの作業服・作業用品を販売する専門店として,日本

で最大規模を誇るチェーン店である。ワークマンは,群馬県前橋市のスーパーマーケット「いせ

や」(現・べイシア)の一部門が独立し,1982 年,「職人の店ワークマン」として作業服・作業用品

に特化した店舗をフランチャイズシステムでスタートし,1982 年に「株式会社ワークマン」を設

立したのが始まりだ。働く人に,便利さを届けることを念頭に,高機能,高品質でありながら低価

格な商品を販売している。企業理念として「For the Customers」を掲げ,その精神にのっとり進

化し続けている。ワークマンは設立以来成長を続け,現在,46 都道府県に 868 店舗を出店してい

る。職人・作業者向けの衣料品・用品を提供する専門店として定評があったが,近年のアウトドア

ブーム,ランニングブームが追い風になり,高機能の衣料品を安価に購入できる店として,一般

消費者からも人気を集めるようになった。2018 年には,アウトドア,スポーツ,レインウェアの

専門店として,新業態「WORKMAN Plus」を投入し,急速に業績を伸ばしている。ワークマンプラス

とは,一般消費者向けて店舗ごと見直し,よりカジュアルさを打ち出したものである。ワークマ

ンプラスのコンセプトは「高機能×低価格のサプライズをすべての人へ」である。ワークマンの作

業服は原価率 65%もかけた素材の良さや縫製が丈夫であることから大人気であったが,ワークマ

ンプラスではその機能性をそのままに,従来のブランドでは成しえなかった低価格を実現した。

また,2019 年には国内店舗数でユニクロを上回った。さらに,20 年 10 月には,ワークマン女子

という,作業服は扱わず,機能性が高く安価な一般向けウェアを販売し,取り扱う製品はメンズ 4

割,レディース 4 割,ユニセックス(男女兼用)2 割と,既存のモール店に比べ女性専用売り場を

約 2.5 倍に拡大,男性だけでなく女性も利用しやすい店をオープンした。また,ワークマンの商

品別売上高構成や店舗数・従業員数の推移は表 4,表 5 のようになっている。

表4 ワークマンの商品別売上高構成(2020 年3月期)

ファミリー⾐料9%

カジュアルウェア

15%

ワーキングウェア31%ユニフォーム

4%

履き物16%

作業⽤品25%

その他0%

表5 ワークマンの店舗数・従業員数の推移

3.ワークマンの財務分析

(1)研究方法

本章では,大株主と株式の所有者別状況,売上高・損益の推移,収益力分析,諸利益率・費用率分

析,短期・長期支払能力及び安全性分析の5項目から分析を行う。データは 2010 年度から 2019 年

度までの 10 年間の有価証券報告書に記載されている定量データを用い,各種財務数値,財務指標

を検討する。

0

50

100

150

200

250

300

350

0

100

200

300

400

500

600

700

800

900

2015年 2016年 2017年 2018年 2019年 2020年

フランチャイズストア 直営店 期末従業員数店舗数(店) 従業員数(⼈)

(2)⼤株主と株式の所有者別状況 表 6 大株主の状況(2020 年)

出所:「有価証券報告書」2020 年 6 ⽉

まず,株主による支配状況について確認する。表 1 のより,2020 年 3 月の大株主は 1 位株式会

社ベイシア興業(28.23%),2 位土屋裕雅(14.70%),3 位株式会社カインズ(9.67%),4 位吉田

佳世(7.27%),同じく 4 位大嶽惠(7.27%),6 位株式会社カインズ興産(3.65%),7 位土屋嘉

雄(3.61%),8 位みずほ信託銀行株式会社有価証券管理信託(1.96%),9 位株式会社群馬銀行

(1.61%),10 位ワークマン取引先持株会(1.20%)となっている。上記上位 10 社の持株比率は

合計約 80%を占めており,大株主が株式の大半を保有していることが特徴に挙げられる。

表 2 は表 1 の 10 年前の大株主の状況である。2010 年 3 月の大株主は 1 位株式会社ベイシア興

業(28.15%),2 位土屋裕雅(18.30%),3 位土屋嘉雄(16.67%),4 位株式会社カインズ(9.65%),

5 位 BBH フォー・フィリデリティー・ロープライスストック・ファンド(6.96%),6 位吉田佳世

(1.69%),同じく 6 位大嶽惠(1.69%),8 位株式会社群馬銀行(1.60%),9 位ワークマン取引

先持株会(1.23%),10 位株式会社足利銀行(1.17%),同じく 10 位株式会社みずほ銀行(1.17%),

同じく 10 位第一生命保険株式会社(1.17%)となっている。保有比率上位 13 社の持株比率の合

計は約 90%に登り,2020 年に比べて大株主による株式の占有が進んでいる。

2010 年と 2020 年の共通点として,ワークマンが属するベイシアグループに関連する会社及び

ベイシアグループの経営陣である土屋氏が大きな比率となっていることが挙げられる。また,2010

図 7 大株主の状況(2010 年)

出所:「有価証券報告書」2010 年 6 ⽉

年から 2020 年までの 10 年間で大株主の比率は 10%減少し,その支配は弱まったが,以前とし

て 8 割近くが大株主に帰属している。

次に、表 3 より 2020 年 3 月の株式の所有者別状況を確認する。第 1 位のその他の法人

(43.64%)と第 2 位の個人その他(42.98%)で全体の約 85%を占める状況となっている。これ

は 2010 年と比較してもその状況は変化していない。一方、外国法人等の比率は減少しており、

国内株主による支配が進んでいる。

表 8 所有者別状況

出所:「有価証券報告書」2020 年 6 ⽉

(3)売上高・損益の推移

表 9−1 売上高・損益の推移(単位:千円)

2010 年度 2011 年度 2012 年度 2013 年度 2014 年度 Ⅰ 売上⾼及び営業収⼊

1. 売上⾼ 28,133,261 32,834,894 33,333,654 35,141,965 35,471,235 2. 加盟店からの収⼊ 5,909,891 7,769,880 8,361,138 9,445,176 9,605,414 3. その他の営業収⼊ 2,967,006 3,366,890 3,362,367 3,550,683 3,349,597

Ⅱ 営業総収⼊ 37,010,160 43,971,665 45,057,161 48,137,826 48,426,247 Ⅲ 売上原価,販売費及び⼀般管理費

1. 売上原価 24,953,825 29,243,264 29,850,642 31,622,993 31,784,272 2. 販 売 費 及 び ⼀ 般 管 理

費 7,579,720 7,844,802 7,811,924 8,136,122 8,302,281

32,533,545 37,088,066 37,662,566 39,759,115 40,086,553 Ⅳ 営業利益 4,476,614 6,883,598 7,394,594 8,378,709 8,339,693 Ⅴ 営業外収益・費⽤

1. 営業外収益 945,373 1,020,717 1,087,115 1,179,020 1,200,927 2. 営業外費⽤ 30,819 38,235 48,431 54,427 70,866

Ⅵ 経常利益 5,391,167 7,866,080 8,433,278 9,503,302 9,469,754 Ⅶ 特別利益・損失

1. 特別利益 − − − − − 2. 特別損失 557,943 75,467 55,493 40,860 19,297

Ⅷ 税引前利益 4,833,224 7,790,612 8,377,785 9,462,442 9,450,456

Ⅸ 法⼈税等 2,090,228 3,387,567 3,332,924 3,875,979 3,573,516 Ⅹ 当期純利益 2,742,995 4,403,044 5,044,860 5,586,463 5,876,940

出所:各年度「有価証券報告書」より筆者作成

表 9−2 売上高・損益の推移(単位:千円)

2015 年度 2016 年度 2017 年度 2018 年度 2019 年度 Ⅰ 売上⾼及び営業収⼊

4. 売上⾼ 36,428,618 38,691,316 41,692,563 49,762,476 68,481,042 5. 加盟店からの収⼊ 9,934,402 10,243,495 11,311,812 13,860,788 20,010,973 6. その他の営業収⼊ 3,214,728 3,142,561 3,078,843 3,346,125 3,815,960

Ⅱ 営業総収⼊ 49,577,749 52,077,373 56,083,219 66,969,390 92,307,976 Ⅲ 売上原価,販売費及び⼀般管理費

3. 売上原価 32,402,259 33,380,826 35,614,724 41,770,035 57,923,047 4. 販 売 費 及 び ⼀ 般 管 理

費 8,367,741 9,143,099 9,864,641 11,672,836 15,214,393

40,770,000 42,523,925 45,479,365 53,442,871 73,137,440 Ⅳ 営業利益 8,807,748 9,553,446 10,603,853 13,526,518 19,170,535 Ⅴ 営業外収益・費⽤

3. 営業外収益 1,221,328 1,243,933 1,312,587 1,287,512 1,554,444 4. 営業外費⽤ 80,913 62,041 59,883 58,314 58,131

Ⅵ 経常利益 9,948,163 10,735,339 11,856,558 14,755,717 20,666,848 Ⅶ 特別利益・損失

3. 特別利益 − 1,500 − − 2,124 4. 特別損失 8,852 97,423 60,974 26,824 573,392

Ⅷ 税引前利益 9,939,311 10,639,416 11,795,583 14,728,892 20,095,580 Ⅸ 法⼈税等 3,706,151 3,497,407 3,951,004 4,918,977 6,726,114 Ⅹ 当期純利益 6,233,159 7,142,009 7,844,578 9,809,914 13,369,465

出所:各年度「有価証券報告書」より筆者作成

表 4−1,2 は 2010 年度から 2019 年度までの 10 年間の売上高・損益の推移を示している。

売上高,営業総収入,営業利益,経常利益,当期純利益といった収益はこの 10 年間毎年増加を

続けており,2019 年度が過去最高となっている。10 年間の伸び率については売上高が 243%,営

業総収入が 249%,営業利益が 428%,経常利益が 383%,当期純利益が 487%増加と目覚ましい

成長を遂げている。近年のワークマンの発展に貢献しているワークマンプラスの初出店が 2018 年

であることを踏まえ,その前後である 2017 年度と 2019 年度の増加率をみると,売上高が 164%,

営業総収入が 165%,営業利益が 181%,経常利益が 174%,当期純利益が 170%と極めて高い水

準である。一方で,2010 年度から 2017 年度についてみると,売上高が 148%,営業総収入が 152%,

営業利益が 237%,経常利益が 220%,当期純利益が 286%となっている。売上高,営業総収入に

ついては直近 2 年間がそれ以前の 8 年間の伸び率を上回っており,ワークマンの急速な成長がう

かがわれる。また,顕著な成長を見せるものとして、加盟店からの収入が挙げられる。加盟店収入

は 10 年比で 339%の成長を見せており,売上高を超える成長率を遂げている。これは,ワークマ

ンの急速な店舗数拡大による事業拡大の成果であろう。

売上原価,販売費および一般管理費については,それぞれ 10 年間で,売上原価が 232%,販売

費および一般管理費が 201%の増加であり,その合計では 225%の増加となっている。これは,当

期純利益をはじめとする収益に比べて緩やかな伸びであり,低価格商品を取り扱いながらも,そ

の製造コストを抑え,収益を向上させていることが読み取れる。

(4)収益力分析

続いて,ワークマンの収益力についての分析を行う。以下の表 5−1,2 は収益力を測る各種指標

を表している。

表 10−1 収益力分析(単位:%、回)

2010 年度 2011 年度 2012 年度 2013 年度 2014 年度 総 資 本 税 引 前 利 益 率(ROI)

13.43 19.13 18.48 18.89 17.21

売上⾼税引前利益率 17.18 23.73 25.13 26.93 26.64 総資本回転率(注 1) 0.78 0.81 0.74 0.70 0.65 営業総収⼊税引前利益率 13.06 17.71 18.59 19.66 19.52 総資本回転率(注 2) 1.03 1.08 0.99 0.96 0.88 総資本営業利益率 12.44 16.90 16.31 16.73 15.18 ⾃⼰資本当期純利益率(ROE) 9.98 14.87 14.87 14.77 14.00

注 1:売上⾼÷期中平均総資本×100 注 2:営業総収⼊÷期中平均総資本×100 出所:各年度「有価証券報告書」より筆者作成

表 10−2 収益力分析(単位:%)

2015 年度 2016 年度 2017 年度 2018 年度 2019 年度 総資本税引前利益率(ROI) 16.86 16.39 16.57 18.83 22.24 売上⾼税引前利益率 27.28 27.50 28.22 29.60 29.34 総資本回転率(注 1) 0.62 0.60 0.59 0.64 0.76 営業総収⼊税引前利益率 20.05 20.43 20.98 21.99 21.77 総資本回転率(注 2) 0.84 0.80 0.79 0.86 1.02 総資本営業利益率 14.94 14.72 14.93 17.29 21.22 ⾃⼰資本当期純利益率(ROE) 13.48 13.98 13.87 15.53 18.51

注 1:売上⾼÷期中平均総資本

注 2:営業総収⼊÷期中平均総資本 出所:各年度「有価証券報告書」より筆者作成

まず,総資本税引前利益率について確認する。2010 年度に最低の 13.43%を記録したが,翌年

の 2011 年度には 19.13%と回復している。しかしながら,その後は 2017 年度にかけて低下傾向に

あり,16%台まで減少したが,以後は復調し 2019 年度には最高の 22.24%を記録した。

総資本税引前利益率は,売上高税引前利益率と総資本回転率に分解できるため,この二つの指

標からその要因を深掘りする。売上高税引前利益率は,2014 年度と 2019 年度を除いて一貫して増

加し続けており,上昇傾向にあると言える。一方で,総資本回転率は,2011 年度に最高の 0.81 回

を記録してからは 2017 年度にかけて減少を続け,結果として最低の 0.59 回となったが,その後

は持ち直し,2019 年度には 0.76 回まで回復した。以上より,2011 年度から 2017 年度にかけての

総資本税引前利益率の減少は,総資本回転率の悪化が原因であり,2017 年度から 2019 年度にかけ

ての同指標の復調についても同様に,総資本回転率の回復が原因であると考えられる。これは,

フランチャイズによる加盟店収入などを加味した営業総収入を用いて,総資本税引前利益率を営

業総収入税引前利益率と総資本回転率に分解した場合にも同様の傾向が確認される。また,総資

本回転率に限って言えば,同指標は売上高を分子にとった場合,10 年間を通して 1 を下回ってい

るため,ワークマンは資本を有効活用することで,この指標を改善していくことが望ましいと言

える。しかしながら、フランチャイズ経営を拡大しているワークマンに関しては営業総収入によ

って判断する方が良いと考えられ、営業総収入を分子にとった総資本回転率は、2011 年度以後 1

を割っていたが、2019 年度に再び 1 を超える 1.02 回となった。この点からは、ワークマンの総資

本回転率は望ましい水準へと復帰したと言える。

総資本営業利益率に関しては,総資本税引前利益率と類似した推移をとり,2010 年度に最低値

の 12.44%,2019 年度に最高値の 21.22%となった。自己資本利益率については,2011 年度から

2017 年度にかけて微減した後に,売上高等と同様に大幅に伸び,2010 年度に最低値 9.98%,2019

年度に最高値 18.51%を記録した。

(5)諸利益率・費用率分析

表 11−1 諸利益率・費用率分析(単位:%)

2010 年度 2011 年度 2012 年度 2013 年度 2014 年度 営業総収⼊売上原価率 67.42 66.50 66.25 65.69 65.63 営業総収⼊販売管理費率 20.48 17.84 17.34 16.90 17.14 営業総収⼊営業利益率 12.10 15.65 16.41 17.40 17.22 営業総収⼊当期純利益率 7.41 10.01 11.20 11.61 12.14

出所:各年度「有価証券報告書」より筆者作成

表 11−2 諸利益率・費用率分析(単位:%)

2015 年度 2016 年度 2017 年度 2018 年度 2019 年度 営業総収⼊売上原価率 65.36 64.10 63.50 62.37 62.75 営業総収⼊販売管理費率 16.88 17.56 17.59 17.43 16.48 営業総収⼊営業利益率 17.77 18.34 18.91 20.20 20.77 営業総収⼊当期純利益率 12.57 13.71 13.99 14.65 14.48

出所:各年度「有価証券報告書」より筆者作成

各種利益率,費用率について考察をする。なお、この際,算定の分母は売上高とすることが一般

的であるが,ワークマンがフランチャイズ経営を拡大している点を考慮し,営業総収入を分母に

とって検討を行う。

全体を概観すると,営業総収入売上原価率,営業総収入販売管理費率については,この 10 年間

で減少傾向にある。それに伴い,営業総収入営業利益率,営業総収入当期純利益率については,こ

の 10 年間で増加傾向となっている。

費用率に関して,営業総収入売上原価率は 2018 年度に 62.37%,営業総収入販売管理費率は

2019 年度に 16.48%の最低値となり,最高値は両者とも 2010 年度であった。両指標はこの 10 年

間で,前者が約 4.7 ポイント,後者が 4 ポイント減少している。これにより,2019 年度の営業総

収入売上原価率は 2010 年度の約 93%,営業総収入販売管理費率は約 80%にまで圧縮された。以

上を踏まえると,ワークマンは,売上原価よりも販売管理費の縮小が顕著であると言える。

他方,利益率に関しては,営業総収入営業利益率は 2019 年度に 20.77%,営業総収入当期純利

益率は 2018 年度に 14.65%の最高値をとり,最低値は両者共に 2010 年度であった。両指標は,こ

の 10 年間で,前者が約 172%,後者が約 195%の成長を遂げ,利益効率が大幅に改善された。

(6)短期・長期支払能力及び安全性の分析

表 12−1 短期・長期支払能力及び安全性分析(単位:%,千円)

2010 年度 2011 年度 2012 年度 2013 年度 2014 年度 流動⽐率 334.76 334.50 382.96 365.38 425.37 固定⽐率 47.54 41.78 38.40 40.54 37.78 固定⻑期適合率 44.15 38.85 35.75 37.65 35.11 負債⽐率 33.29 35.57 31.81 32.98 29.07 ⾃⼰資本⽐率 75.02 73.76 75.87 75.20 77.48

出所:各年度「有価証券報告書」より筆者作成

表 12−2 短期・長期支払能力及び安全性分析(単位:%,千円)

2015 年度 2016 年度 2017 年度 2018 年度 2019 年度 流動⽐率 465.96 408.64 477.43 463.79 436.33 固定⽐率 36.30 38.91 35.46 32.25 30.65

固定⻑期適合率 33.97 36.66 33.79 30.82 29.52 負債⽐率 26.13 27.92 23.36 24.29 25.83 ⾃⼰資本⽐率 79.28 78.17 81.07 80.46 79.47

出所:各年度「有価証券報告書」より筆者作成

まず,流動比率について確認する。流動比率は企業の短期的な支払能力,返済能力を示し,一

般的に 200%を超えることが理想とされている。ワークマンは 2019 年度が 436.33%であるよう

に 400%超の流動比率を維持しており,短期的な支払能力,返済能力については問題がないと考

えられる。

固定比率は,長期投資である固定資産をコストのかからない自己資本で賄えているかを示し,

100%を割ることが望ましいとされている。ワークマンは 30%から 40%を推移しながらも減少傾

向にあり,問題がない。自己資本に加えて,固定負債の資金を加味した固定長期適合率について

も固定比率と同様の傾向が確認され,100%以下に抑えられているため健全である。

負債比率は負債と自己資本を比較したもので,長期的な支払能力を表す。一般に 100%以下が

理想とされているが,ワークマンは直近 10 年間で 23.36%から 35.57%を推移し、100%を大幅

に下回っているため,負債比率についても問題が見受けられない。

最後に,自己資本比率であるが,この比率が高いほど利益の貯蓄がなされ,さらに企業が抱え

る負債が少ないことを示す。ワークマンはこの比率が 70%から 80%前後を維持しており,極め

て高い水準にある。即ち,利益の内部留保が進んでおり,財務的安全性が極めて高いことが示さ

れている。

以上より,ワークマンの短期,長期的支払能力及び安全性については問題がなく,極めて高い

水準が確保されていると判断することができる。

4.ワークマンの戦略分析

続いて,戦略分析を行う。ワークマンは,2017 年には 800 の店舗数を達成し,毎年概ね,前年

比 105%の売上増で推移してきた。しかしながら,「この先,作業服だけを販売していても,やが

て限界が来るかもしれない」と,当時の同営業企画部員は感じていたという。さらに,インターネ

ット,スマートフォンの普及により,業態を超えた販売チャネル多様化による競争の激化,人手

不足による現場労働人口の減少,AI・ロボットの発達は,顧客とその暮らし・仕事を大きく変え

つつあると考えていた。

それでは,このような企業を取り巻く環境変化の背景を踏まえ,ワークマンはどのようにして

成功を納めているのかについて,マーケティングの分析ツールを用いながら,その成功要因を分

析していきたい。

(1)新業態「ワークマンプラス」

まず,2018 年から登場したワークマンの PB(プライベートブランド)であるワークマンプラス

を例に挙げ,その登場の背景とワークマンのインフルエンサー戦略について見ていきたい。

1)背景

従来のワークマンは,「Five Forces モデル」の条件を満たす優位性を持ち,それが強さの源

泉になっていたといえ,新規参入や競合他社の脅威が極めて少ない,「ブルーオーシャン」を突

き進んでいた。国内での作業服専門店市場では群を抜いたシェアを誇っていたのだ。しかし,

主要客のほとんどを建設現場などで働く職人としていたワークマンは,この職人の数は減少傾

向に伴い,作業服の市場も縮小する見通しにあるため,新たなマーケット戦略が必要となって

いた。

そこで,突破口となったのが,高価格か低価格かという価格軸に加え,「機能性」という軸を

組み合わせたことだ。この見方が加わったことで,市場の見え方は一変した。図1は,「低価格

でプロ品質」というゾーンが,アパレル市場でぽっかりと空いていたことを示すものである。

この空白地帯には,大規模な市場規模があることが判明しており,レッドオーシャンだったア

ウトドア市場から,軸を変えることで今まで発見されていなかったブルーオーシャンが存在す

ることが判明したといえる。

そして,従来とは違った顧客,すなわち一般客や女性客をターゲット・セグメントとして取

り込むことで,新たな需要を喚起しようと模索し始めたのが,2015 年ごろからである。このこ

ろから,ワークマンは,自社独自のプライベートブランド(PB)商品の開発に力を入れるよう

になった。

図1 アパレル市場マップ

出所:ワークマン公式サイト

性 国内スポーツ

ブランド

海外ブランド

国内ブランド

国内製造小売

海外製造小売

セレクトショップ

ワークマンプラス

アウトドア

ブランド

低 価 格

高 価 格

海外スポーツ

ブランド

2)ワークマンプラスの登場と,その効果

そもそも,ワークマンプラスとは,「高性能×低価格」をコンセプトに,アウトドア,スポー

ツ,レインウェアの専門店としてオープンした店舗のことである。ワークマンプラスは開店当

初から好調な営業成績を上げ,年々その店舗数を増やしている。

実際のところ,独自の PB として登場した(2018 年)ワークマンプラス店舗のインターネッ

ト検索者を 2017 年 12 月と 2018 年 11 月で比較してみると,男女比と年齢層の大きな変化が見

られた。2017 年 12 月は男性の検索者が 9 割を占めていたが,2018 年 11 月は女性が 32.2%と

3 人に 1 人の割合にまで増えた。また,2017 年 12 月は 60 歳以上の検索者が 50.8%と過半数に

上っていたが,2018 年 11 月の 60 歳以上は 37.8%まで減り,年齢層の若返りがみられた。

さらに,2019 年 3 月期の業績を見ると,チェーン全店売上高は 930 億円であり,前期と比較

して 16.7%伸びた。利益の源泉となる既存店売上高は 14%も伸ばしている。国内消費が振るわ

ないなか,既存店を 2 ケタ伸ばす小売業は今どき珍しく,本業の儲けを表す営業利益は 27.6%

も伸ばした。

(2)成功要因

1)マーケティングの分析ツール

ワークマンをマーケティング戦略の視点から分析するためには,代表的な分析ツールを確認

しておく。マーケティング戦略の基本は市場のセグメンテーション(Segmentation)を行なっ

た上で,自社のターゲットを設定(Targeting)し,そのターゲット・セグメントに対して自社

をポジショニング(Positioning)して,マーケティング・ミックスを設計していく,というこ

とである。3 つのステップの頭文字をとって,STP(エス・ティー・ピー)と呼ばれる。ここで,

セグメンテーションとは「同じマーケティング・ミックスに対して類似の反応を示すような同

質的な市場部分へと全体市場を分解すること」を意味する。ここで分解されたそれぞれの部分

市場,すなわちセグメント(あるいは市場セグメント)の中で,自社が狙うセグメントをター

ゲット・セグメントと呼ぶ。そのターゲット・セグメントに自社のマーケティング・ミックス

をうまく適合させ,他社とは異なる独自の価値を顧客に提供できるようにすることをポジショ

ニングと呼ぶ。マーケティング・ミックスは,Product(製品)・Price(価格)・Place(チャネ

ル)・Promotion(販促)の 4 つに分類するのが標準的である。これらの頭文字を取ってしばし

ば 4P’s(フォー・ピーズ)とも呼ばれる。

2)STP と 4P’s を用いた分析

では,ワークマンの成功をマーケティング戦略の枠組みに沿って,ターゲット・セグメント

を明確化し,そのターゲット・セグメントに対応する 4P’s について見ていく。

これまでで,ワークマンが市場での新たな顧客層を見抜き,明確なターゲットとして認識す

ることになったということを記述してきた。次は,ワークマンが「高性能×低価格」というポ

ジショニングをとっていることに着目しながら,このターゲット・セグメントと適合する 4P’s

を分析していきたい。

図2 ワークマンプラスのターゲット・セグメントと 4P’s

【ターゲット・セグメント】

建築現場で働く職人ではなく,一般客や女性客

(特徴)

デザイン,品質,価格,動きやすさを重視している。

【Price】

・特徴的な「価格」を絶対的な基準とする仕組

み。

・市場調査でどこの市場に売るか決めたら,ま

ず,最初に商品の金額を決定する。この金額か

ら商品開発の過程や売る際に高くすることは

しない。

【Place】

・国内 863 店舗(2020 年 3 月末)。

・店舗自体は FC(フランチャイズ)を中心に回

しているため事業規模の割に従業員数が少な

い。

・ネット通販も行っている。

【Promotion】

・プロモーションはほぼしておらず,売り上げ

の 0.6%(通常のアパレルは売り上げの 3%)ほ

どしかプロモーションにはかけていない。

【Product】

・製品は海外製(主に中国)であり,他の企業

が知らないような田舎の工場と直取引で工場

の閑散期を狙い,流行に左右されない作業着

のため大量注文を行うなどして生産費用を落

としている。

・高機能な製品の実現のため,原価率 65%と

いうかなり高めの原価率を費やす。(他のアパ

レル平均原価率は 30%ほど)

上記の図2から確認できるように,Price,Place,Product については,明らかにこのターゲ

ット・セグメントと適合的であったといえる。Price については,通常のアパレル企業のビジネ

スモデル,つまり,製品をできるだけ安く作り,宣伝をして高く売るという企業と比較すれば

よくわかる。そのような企業は,在庫が出ればセールを行い,それでも売れ残ってしまえば廃

棄することが通常だろう。それに対して,ワークマンは宣伝やセールを行わず,製品の機能を

徹底的に高めることに資本を投下し,価格を抑えることに徹底している。Place についても,一

般客や女性客は,従来の作業服の店舗にほとんど来ないはずであるため,ネット通販や新業態

のワークマンプラスの店舗のオープンによって販売するスタイルの選択が行われたと想定でき

る。また,Product については少し特徴的で,実はワークマンは「ワークマンプラス」専用の商

品を開発していない。多少語弊はあるが,あくまでも作業着のワークマンが取り扱う商品の一

部を,「見せ方」を変えて,別業態の店舗で売り出しただけなのである。しかも,PB 商品も従来

の商品と同様に,色や柄の多少のマイナーチェンジはあるものの,大枠のデザインは 5 年間継

続して販売するのが通例であり,ワークマンプラスでも,このやり方は変えていない。

一方で,Promotion だけはこのターゲット・セグメントに必ずしも適合しているとはいえな

いだろう。Product の部分で記述したように,「従来のワークマン商品の一部を抽出する」とい

うやり方ということを踏まえて,ワークマンプラスについて考えてみよう。この場面では,従

来とは全く違う顧客に向けて,新たな店舗で商品を販売するわけだが,当然,既存の顧客にの

み情報を発信しているだけでは販売促進にはつながらないだろう。

それでは,なぜ作業着・作業用品の専門店が,まったく別のイメージで多くの消費者に受け

入れられたのだろうか。結論を先行させれば,その背景にはワークマンの「インフルエンサー

戦略」があった。

3)インフルエンサー戦略

PR 戦略としてよく用いられるのが,SNS 上で情報発信力をもつ「インフルエンサー」の活用

である。ワークマンは,2016 年 9 月,初めて「ブロガー向け商品説明会」を開催した。また,

2018 年からは,ブロガーではなく「インフルエンサー」との呼称に改め,アウトドアやファッ

ション,バイクなど,幅広いジャンルの情報を継続的に SNS 上にアップしてくれそうな男女を

広告塔として積極的に招待している。このように,ワークマンは,SNS 上のインフルエンサーを

有効的に活用することで,市場の新たな顧客層の獲得を実現したのである。

ここで重要なことは,ワークマンが選ぶインフルエンサーの基準が,フォロワーの「数」の

多さではないということである。あくまでも,「ワークマンプラスと一緒に成長していきたい」

というスタンスを持ってくれているかどうかに注目した上で判断している。

2021 年 3 月期計画では,「良質アンバサダーの発掘」を販売促進の事業計画として掲げ,SNS・

口コミでの拡販・フォロワー増加を通して,顧客との良好な関係の構築を目標としている。具

体的には,2020 年 3 月末には 25 名であったアンバサダーを,2021 年 3 月計画では倍の 50 名に

まで増員し,SNS 上でエゴサーチやハッシュタグ検索を行っていく方針だ。これにより,潜在顧

客の取り込みで客層の拡大,新規顧客のリピーターかを促進,さらには,SNS と連動したコーデ

ィネート重視の売り場づくりを目指す。

(3)組織構造分析

一般的なアパレル会社が市場調査から企画,製造,発注,店舗への納入までをそれぞれの部門

が縦割りで管理する縦割り方式に対して,ワークマンは市場調査から流通まで,社内の 4 人体制

で商品部がすべての商品の動向を掌握する。どんな商品をいくらで売るかを決め,どの工場でい

つ生産し,いつどこでどのくらい売るかまで,商品部がすべて決定する。これにより,顧客の新た

なニーズを発見してからの製品化までを迅速に行うこと,具体的には,最短 3 カ月で商品化する

ことが可能であるという。

また,マーケットインの組織体制が整備されていることも着目すべきである。ワークマンでは,

商品部が市場を選定した上で,値段から売り場まで全要素を決定し,少量販売のちヒットすれば

一気に増産して販売するなど,市場の反応をみて常に要素を決める体制が敷かれている。

加えて,ワークマンは地域に密着した小売り体系である FC システムを中心に店舗展開をしてい

る。10 年,20 年と地域に根を下ろして顧客と信頼関係を築き上げたオーナーが,地域の特性,顧

客のニーズに合わせて商品を提供するというスタイルをとっているのだ。さらに,このワークマ

ンの FC システムにおいて,各店舗の FC のオーナーは夫婦が原則となっていることは特徴的とい

える。その理由は,夫婦がオーナーとなることで顧客と近所付き合いのようなコミュニケーショ

ンを取ることができ,地域に密着した販売をすることができるからだ。つまり,ワークマンでは,

このような地域密着型の販売を行うことで,固定客との関係を構築し,顧客の需要をキャッチす

る組織体制を築いているということがいえるだろう。

5. 終わりに

私たちは,ワークマンがコロナ禍でも売上を伸ばしている企業であることや,ビジネスモデル

に特徴があることなどに興味を抱き本研究に取り組んだ。実際にワークマンの財務面や,戦略を

分析し,財務分析では,大株主と株式の所有者別状況,売上高・損益の推移,収益力分析,諸利益

率・費用率分析,短期・長期支払能力及び安全性の分析の 5 つの視点から考察を行った。10 年間

の財務数値,財務指標の比較を行い,その成長性の高さが伺われた。ワークマンは,大株主を中心

とした支配のもと,売上高の増加,費用の減少を実現し,収益性を格段に向上させた。また,資産

状況についても極めて高水準であり,当面の資金繰りについても問題が見受けられなかった。強

いて課題を挙げるのであれば,総資本回転率が 1 を割っていることが多く不安定であるため,こ

の点を改善させることでより一層の発展が見込めるだろう。戦略分析では,新たな客層をターゲ

ット・セグメントとして取り込み,「高機能×低価格」という新たな市場を発見したワークマンの

ビジネスモデルや,組織構造を中心に分析してきた。マーケティングの分析ツールである STP 分

析と 4P's を用いた分析では,ターゲット・セグメントの明確化,それに適合する 4P’s を要素別

に見ていきながら,ワークマンの成功要因について分析した。その結果,近年のワークマンの成

功要因には,特に「Promotion」,つまり販売促進による影響が大きく関与しており,それが,新た

な市場に参入したワークマンの企業戦略を成功に導いたのではないかと考察した。組織構造の観

点からも,顧客の需要に対してどのように応えるかという点に着目した体制が整えられているこ

とがわかった。このような販売体制の整備の強化と,新たな市場の下で行う PR 戦略の促進は,ワ

ークマンのさらなる躍進に貢献するといえるだろう。

財務面と戦略面からワークマンの経営の実態に迫り,以上のような結果が得られた。しかし,

今日の常に変化する経済や社会の中では,現在の方針で今後も成長を続けられるかというのは不

確かであるため,今後の変化にさらに対応できるような柔軟性が重要になってくると考えた。ま

た,本研究はワークマン一社のみの企業研究であるため,アパレル業界の他社と比較分析した場

合,今回とは違った成功要因や課題が見えてくるであろう。今後の研究の方向性としては,分析

対象企業を増やし,各社の財務状況や戦略を調べ,比較分析をしていきたい。

参考文献

帝国データバンク 上場企業(アパレル)の月次売上高動向調査(2020 年 3 月分)

帝国データバンク 上場企業(アパレル)の月次売上高動向調査(2020 年 4 月分)

https://www.tdb.co.jp/index.html

ワークマン公式サイト

https://www.workman.co.jp

沼上幹「戦略分析ケースブック Vol.2」(2012)

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