地域包括ケアシステムにおける 老健施設の役割 · 12 老健2015.1 老健2015.1 13...

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January Vol.25 No.10新春対談 地域包括ケアシステムにおける老健施設の役割新春対談 地域包括ケアシステムにおける老健施設の役割

特集1

老健 2015.1● 1110 ●老健 2015.1

東会長 新年明けましておめでとうございます。今回は「地域包括ケアシステムにおける老健施設の役割」をテーマに、新春対談として厚生労働省の三浦公嗣老健局長をお迎えしました。 昨年(平成26年)は、2025年の地域包括ケアシステムの構築を目指すための「地域における医療及び介護の総合的な確保を推進するための関係法律の整備等に関する法律」、いわゆる「医療介護総合確保推進法」が成立し、介護保険法や医療法が改正されました。また、現在も社会保障審議会介護給付費分科会の検討が進んでいますが、平成27年度の介護報酬改定に向けた議論が本格化した年でもあります。さらに三浦局長が就任され、私が全老健の会長に就任した年でもあります。まずは、こうした年を振り返りながら新年に向けた抱負をお願いいたします。三浦局長 新年明けましておめでとうございます。今年は介護報酬の改定が4月に控えているため、このお正月を心待ちにしていた老健施設関係者も多いと思います。日ごろから高齢者の介護や

新春対談

地域包括ケアシステムにおける

老健施設の役割

三浦公嗣・厚生労働省老健局長  東 憲太郎・全老健会長

医療のサービス提供のためにご尽力いただいていることに、この場を借りてお礼申し上げたいと思います。 老健施設のミッションは、いつの時代でもできるだけ住み慣れた地域で長く生活をしたいという高齢者の思いを実現することだと考えています。まさに、近年の言葉でいえば地域包括ケアシステムだと言い換えられるかもしれませんが、高齢者の普遍的な希望をかなえるために、高齢者介護・医療に従事されている皆さんに一層のご尽力をお願いしたいというのが第一のお願いです。 新しい年ではありますが、私たちにとっての新年は今年の4月1日であると考えています。よい年を迎えるために、残された期間をつつがなく事業を進めていくことが大切です。それは介護報酬の改定であり、介護保険事業の運営に関わるさまざまな基準の見直しなどです。そうした取り組みを通じ、晴れて4月1日の介護報酬改定の日を迎えたいのが切なる思いです。東会長 私は昨年6月に全老健の会長に就任し

ましたが、あっという間に新しい年を迎えた感じがあります。介護報酬はこの4月に改定されますが、それとは別に全老健の会長として、国民が求めるような老健施設の姿を具現化するという大きな目標があります。昨年の診療報酬改定をみても、在宅生活を支える老健施設に期待する声が大きいのは確かです。したがって今後は、いかに多くの老健施設が在宅支援を実行するかが重要となってきます。新年の豊富は、それを強力に推進することです。

老健施設の質の確保

三浦局長 老健施設は誕生して四半世紀経ちますが、最近できた施設も多くあると思います。全老健として、新しい施設も含めてサービスの質の確保をどのように進めていくのかが非常に大きな課題だと考えますが、今後どのような取り組みをしていくのかお聞かせください。東会長 先ほど機能の面では抱負を述べましたが、やはり施設のなかで行われている医療・介護・ケアの質の確保が重要な課題だと思っています。この点に関しては、私が会長に就任する前から「R4システム」という老健施設の役割・機能を反映させた老健施設独自の画期的なケアマネジメントシステムの開発に取り組んできました。それはまさしく三浦局長がおっしゃったようなケアの質を確保するために、まずはきちんとした評価の指標が必要だということから始めたものです。 平成20年度から取り組みを開始してようやくICFステージングというような質を評価するシステムが開発でき、「R4システム」の形に結実したと思っています。ただこれまでは、介護保険制度前につくられた「包括的自立支援プログラム」というケアマネジメントシステムを多くの老健施設が用いておりますので、「R4システム」への切り替えをお願いしているところです。ケアの質を

高めるためにも「R4システム」の流布にも努めていきたいと考えています。

アウトリーチへの期待

三浦局長 先ほど東会長からお話がありましたように、老健施設に期待されている役割は在宅介護の拠点となることであるというのは私もまったく同感です。 地域のなかでそのような施設が拠点として機能するためには、もちろん入所者に十分なケアを提供していくことは重要ですが、一方では介護を受けている方、あるいは家族として介護に従事している方、あるいは家族にはまだ要介護状態の人はいないものの、今後そうした状態の人が発生してくる可能性がある方など地域ではさまざまに過ごされている方がいます。 そうした人たちに対し外に出てサービスを行う、施設のなかのサービスだけではない、いわゆるアウトリーチといった機能がこれからの介護を考える上で、とても重要なことだと思います。特に医療サービスと介護サービスの両方を提供する老健施設はそれ自体が地域における要となりえるポテンシャルをもっています。また、実際にそうした存在になっていることを全老健として住民に対してPRし、強く打ち出していくことが重要だと思います。努力もされていると思いますが、そのあたりを今後どのようにお考えでしょうか。東会長 私ども老健施設に期待していただき、大変ありがたいと思います。先ほどお話した「R4システム」は施設のケアマネジメントの仕組みですが、老健施設の入所機能も在宅支援のための重要な役割を担っていると考えています。そのため、在宅の要介護の方や在宅で大変ご苦労をされている介護者の方々を支えるために、老健施設ががんばらなければいけないと考えています。 老健施設で在宅支援を推進するためには、通所

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リハビリ、ショートステイ、それから唯一のアウトリーチ機能である訪問リハビリといった機能を重要視しています。平成24年度の介護報酬改定で創設された「在宅強化型老健施設」について詳しく調査すると、在宅強化型老健施設ほど通所リハビリやショートステイ、訪問リハビリを多く手がけていることがわかりました。 今後は、いま申し上げた3つの在宅を支える機能に加え、中長期の入所機能も国民の皆さんにとって利便性の高いものに変わっていかなければいけないと考えています。なかには独居の方が一時的に入所して、さまざまな理由で入所期間が長くなるケースもあります。また、看取りの目的で入所をされ、終末期ケアを提供するケースもあります。しかし、例えば介護をしているご家族が入

院を要し、2、3か月預かってほしいとか、自宅をリフォームするため半年ぐらい預かってほしいといったいろいろなニーズがあり、このような中長期の入所機能をもつことも重要な在宅支援といえます。 このように、数か月間の入所、1~2週間のショート、1日だけの通所リハビリ、こちらから出向く訪問リハビリなど、いろいろな形態で在宅を支援していくことが老健施設の役割だと思います。そのなかにリハビリもあり、医療もある程度提供できるというのが老健施設の機能だと思いますので、そうした形でぜひ支援していきたいと考えています。

開かれた老健施設へ

三浦局長 老健施設が地域全体の在宅医療・介護の要になっていくためには、一言でいえば「開かれた老健施設」といった概念が重要になると思います。住民の方々は、先ほど述べたようにさまざまな状態の方がおられ、かつ要介護状態になっていない方も含めサービスを提供していけるのかどうか。もしくは相談があればいつでもどうぞというように取り組んでいくことになります。 もう1つは老健施設そのものの入所機能の透明性を高めていくことです。つまり地域のあの施設では、どのような介護サービスが行われているかということを知ってもらうことも、住民からみれば地域を支えている頼りがいのある施設に映るのではないでしょうか。先ほどアウトリーチの話をしましたが、一方でオープンキャンパスといいますか、地域の住民に支えられる施設として理解を深めていく努力が必要だと思います。東会長 いまご指摘されたことが、これまでの全老健に一番足りなかったことではないでしょうか。現在、老健施設は4,000近くあります。そのなかには在宅支援施設として地域に開かれている

施設もありますし、残念ながらそうでない施設もあります。 三浦局長は「頼られる老健施設」といわれましたが、これが非常に重要なことだと思います。いまは要介護状態ではなくても、いつ自分が、もしくは自分の伴侶がそうした状態になるかわかりません。このような方々にとって、何があっても近くの老健施設がサポートしてくれるというのは大変心強いものです。例えば病院に入院した場合、退院後に老健施設でリハビリをすれば自宅に戻れるようになるとか、いつでも老健施設がサポートしてくれるということが住民にわかるような取り組みがより必要となります。

老健施設の技術革新

三浦局長 そうした努力が一日一日積み重なるごとに地域に根ざした介護サービスを提供する施設としての位置づけを高めていくものだと思います。それと同時に介護報酬の議論からいいますと、いろいろなサービス事業者が取り組んで介護報酬の有無にかかわらず、これが高齢者やその家族のためになるのではないかといった取り組みがさまざまあり、それをしっかり評価して、どのようないい影響があったのかを調べることによって、最終的に介護報酬のなかに組み込まれるという例が多々あります。 医療保険でも介護保険でも地域における現場の取り組みが報酬として評価され、全国に広がっていくことがあります。そうした形で老健施設におけるサービスの提供を通じてイノベーションといいますか、十年一日のように同じ介護をしているのではなく、新しい技術を開発し、利用者や家族にとってより快適な生活や安心につながることは大変重要だと思います。その点で全老健もいろいろな支援をしていると思いますが、披瀝されるものがあればお聞かせください。

東会長 ぜひその点は主張したいと思います。三浦局長がおっしゃられたように、従来の固定的な観念にとらわれずにチャレンジし、これが役に立つのではないかと取り組んできたのが、まさしく全老健だと自負しております。 まず、代表的なものは、認知症に対する非薬物療法であるリハビリです。これについては英文を含めいくつかの論文も投稿しており、現場でも多くの認知症の利用者に在宅復帰の形でお役に立っています。昨年の診療報酬改定において認知症リハビリが医療保険でも認められることとなりました。認知症という大きな問題に対し、全老健が開発したものがお役に立てることは大変うれしいかぎりです。 また、平成19年からはリスクマネジャーを養

三浦老健局長 東全老健会長

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成しています。施設のなかや通所リハビリなどいろいろな面で高齢者のリスクが大変多いため、そのリスク管理にきちんと取り組もうということです。単なる転倒や転落、誤嚥だけではなく、インフルエンザなどの医療的なリスクもあります。いろいろなリスクを包括的に管理していく者を養成しているのです。すでに1,500名以上のリスクマネジャーが誕生しており、リスクマネジャーがいる老健施設ほど転倒事案の発生件数が少ないといったデータも出ています。 また昨年からは、日本老年医学会(以下、老年医学会)主催による、老健施設管理医師の研修制度が始まりました。老健施設は医療を提供する施設でもありますが、必ずしも老年医学に習熟された方が管理医師になられるわけではありません。適切な高齢者医療を提供する意味でも、管理医師の先生方に改めて勉強していただき、認知症をはじめとした老年医学の知識を身につけていただいた上で、適切な医療的サービスを提供する必要があるということです。この研修会は、老年医学会主催、国立長寿医療研究センター協力で始まりましたが、初回としては約150名の医師が研修を終えたところです。 実は私が全老健の常務理事を務めていたころから、こうした研修の場をつくることが夢でした。私自身が管理医師をしていて、勉強する場がほしいとずっと思っていたからです。ようやく今回老年医学会のご尽力で実現できました。受講時間は30時間と長時間ですが、皆さんしっかり受講していただいて大変好評です。これが老健施設の医療機能を担保できる一番いい施策であり、今後も毎年進めていきたいと考えています。

新たな高齢者医療の姿を

三浦局長 お話をうかがったように介護と医療が一体となった施設しかできないことがたくさん

あり、医療だけではできないが介護と一緒だからできることがたくさんあると思います。 例えば高齢になっていろいろな機能が衰えてきますが、その人が生き生きと生活していくことはなんら変わりません、その際に医療や介護に何ができるのか。 かつての医療は「治す」という概念が最も重要でした。とにかく病気があれば元のとおりにすること、命を救うことが第一の目的で、それを進めていくことはとても大切です。一方で高齢者の心理的、生理的な加齢に伴うさまざまな状態をみればみるほど、そうした治す医療だけではなかなか高齢者のニーズに応じることができないのではないでしょうか。「治す医療」から「支える医療」とよくいわれております。そこに新しい医療の体系、高齢者の本当の意味での幸せをみた上での医療の体系化がやはり必要となります。 よく小児科の先生は「子どもは小さな大人ではない」といいますが、高齢者医療もまったく同じで「高齢者は歳をとった若者ではない」ということだと思います。それだけの新しい体系がおそらく求められていて、もちろん学会というアカデミックな場も必要だとは思いますが、一方で現場のケアや医療から考えるともう少しブレークダウンをした現場に即した提案がもっと出てきていいのではないでしょうか。 介護や医療はサイエンスとアートの融合だと常日頃から思っています。両者は一見、水と油のような感じですが、実はこれこそが高齢者の介護や医療には欠かせない概念ではないでしょうか。 研究開発を進める一方、高齢者の心の問題を含めて支えていく要素はたくさんありますが、その点でぜひとも老健施設発の新しい高齢者医療の姿というものをつくっていっていただきたいと思います。 もちろん急性期医療に取り組んでいる方にはできないというつもりはありませんが、やはり高齢

者の特性をよく理解した老健施設の関係者、これは医師だけではなく看護師や介護の人たちも合わせた専門家の皆さんに新しい高齢者介護の姿をぜひつくっていただきたい。これができれば本当に老健施設発のメッセージとして全国の老健施設だけでなく、あらゆる介護サービスの場面で適用可能なものになっていくのではないでしょうか。東会長 私も管理医師研修会に受講生として参加し、講師の老年医学会の先生たちと話もしました。いま三浦局長がおっしゃられたように、老年医学会の先生たちも高齢者に対し、治す医療ではなく、要介護状態になってもそれにふさわしい医療が必要だという考えをおもちであることがわかりました。 例えば看取り1つをとっても、今回の管理医師研修のなかで、最期にお亡くなりになったときに「必ずしも臨死時に医師がいなくてもいい。むしろそれまでの本人や家族との関わりのほうが大事だ」という考え方が示されました。1分でも1秒でも長く生きてもらうのではなく、よりよい天国への旅立ちを目的とした看取りというものを老年医学会の先生も私たちも考えていることがわかりました。こうした講義を通じて、高齢者における適切な医療を考えていく時代だと思います。 また、胃ろうの造成についても、胃ろうを入れて長く生きることが幸せなのか、胃ろうを入れずに少しでも口から食べて最期に家族に囲まれることが幸せなのかといった議論もみんなでしようということになりました。こうしたこともすぐに広まるものではなく、老健施設で実践しつつ悩み、取り組むなかで国民的なコンセンサスが得られるようになればすばらしいと思います。 看取りの話をしましたが、前回平成24年度の介護報酬改定で創設された所定疾患施設療養費は、老健施設における肺炎などの治療に道を開きました。急性期病院での濃厚な治療ではなく、高齢者の肺炎にはそれなりの適切な治療があると考えま

す。これが対応できるようになったことは大変ありがたいですし、ご本人やご家族にとっても入院に関わる負担が軽減されます。これこそ、先ほど三浦局長がおっしゃった「支える医療」だといえます。肺炎の治療をしていて、認知症やADLなどの状態が悪化するようではおかしい。老健施設のなかで認知症やADLが悪くならないようにゆるやかに治療ができたらいいなと思います。 リハビリについても、老健施設のリハビリはスローテンポで、高齢者にやさしいリハビリといえます。高齢者にとって、必ずしも急性期病院から回復期病棟に行くような成人と同じプログラムが必要だとは思えません。認知症も合併した高齢者のリハビリは、ゆっくりしたテンポのリハビリがふさわしいのではないでしょうか。このようなことも老健施設から提案できればいいと考えています。三浦局長 看取りの話をされたので申し上げますと、死は誰にでも必ず訪れるものですが、一方で亡くなりかたは一様ではありません。それぞれ病気の状態も違うし、なんといってもどのようにありたいかといった気持ちはそれぞれ違います。死や看取りのあり方を一色に染めるというか、この看取りがベストだということは個人ごとにはあるかもしれませんが、社会全体ではこれがベストだとはなかなかいえません。一方で、こういった看取りや亡くなり方があるんだという事例は、広く知られてもいいと思います。この問題はセンシティブで大きな声で議論する人はあまりいませんでした。 老健施設は在宅復帰機能が中心に論じられている一面で、これからさらに進む高齢化をみれば、老健施設のなかで亡くなられる、あるいはアウトリーチしている方が在宅で亡くなられるなどさまざまな形で亡くなられる方は間違いなく増えます。こうしたことを考えると、全老健あるいは老健施設として看取りのあり方について、医療関係者の

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特集1

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みならずご本人や家族も含めてもう少し議論が進んでもいいのではないかと思います。また、専門家や関係者だけでなく、社会全体でこれから自分はどうやって死にたいのかということがそれぞれの人の頭の片隅にでも置いていただける時期が多分来るのではないでしょうか。 かつては「いかによく生きるか」という考え方でしたが、これからは「いかによく死ぬか」ということも国民一人ひとりのテーマとして認識してもらうことが大切になると思います。それが最終的には現場でいろいろ悩んでおられる医療や介護の関係者の気持ちを少しは楽にさせてあげることができるかもしれませんし、そうなると自分たちの役割はこういう部分であるのではないかといった見直しにもつながります。 人生の最期の過ごし方が国民一人ひとりの胸のなかに去来するようになれば、医療や介護によい影響が出てくることにぜひ期待したい。そのためにも、老健施設も避けて通らずに正面から看取りの問題をみんなで議論していくことがとても大事なのではないでしょうか。

介護保険制度の改正

東会長 昨年の改正介護保険法の成立によって地域包括ケアシステムの構築に向けた施策が進められることになりました。予防給付の見直しや地域支援事業の充実、医療・介護の連携などの制度改正についてのご見解をお願いします。三浦局長 世界で最も高齢化のスピードの早いわが国がこれからの高齢社会のあり方を示していくことは他の国にとっても非常に大事なことです。人類が経験したことのない時代を、まさに日本がトップバッターとして打席に入っている感があります。したがってどれが一番いい方法なのかは誰も描ききれていません。人類初めての体験であることもありますが、これからさらに進む高齢社会

に対し、チャレンジしていくことが重要ではないでしょうか。 私どもとしてはありとあらゆる手段・方法論を考えながら対応する必要があります。これは行政だけでなく、国民あるいは医療や介護の関係者と一体となって、対応策を生み出していくことが大事なことです。そのなかで先ほどの看取りの問題も含めて、国民の間に一定のコンセンサスができてくることになれば、さらに一段階上がった新しいバージョンの高齢社会にふさわしい医療や介護の姿が出てくるのかなと思います。 私どもは制度改正に基づき、さまざまな事業の見直しを行っているところです。これも実際に現場で取り組んで、その有効性がさらに認められればそれでいいし、課題が出れば見直しを行い、謙虚な姿勢で行政として進めていこうと思います。一方で、いい加減な形ではできませんので、いま想定できる最大限の課題の抽出、あるいはそれに対するソリューションなどそれぞれの自治体や関係者の意見も交えながら進めているところです。東会長 日本の介護保険制度が20 ~30年間しかもたないような制度ではいけません。私たちの子どもや孫、その次の世代まできちんと有効に活用され、「この制度があってよかった」といわれるようにならなければだめだと思います。よく持続可能な制度という簡単な言葉で表されますが、この制度をきちんと守り、変えるところはよりよく変え、時代に合ったものにしながらも続けて次の世代に受け継いでいくという重要な責務を私どもは担っていると思います。 今回の介護保険法の改正も、もちろんそうした先をにらんで行われたものだと考えています。老健施設も制度の重要な柱になっていますので、持続可能な介護保険制度が続くようにがんばらなければいけない。また介護予防の面では老健施設は取り組みが薄かった部分もあるので、積極的に手がけていかなければならないと思います。

認知症施策

東会長 次に認知症施策ですが、厚生労働省は平成25年度から「認知症施策推進5か年計画」、いわゆるオレンジプランを進めています。また昨年11月には認知症サミット日本後継イベントが開催され、安倍首相からは新たな戦略を進める旨の発言がありました。今後の認知症施策に対する取り組みについてご見解をお願いします。三浦局長 私は高齢者施策と認知症施策は切ってもきれない深いつながりがあると思いますし、認知症施策は高齢者の安心・安全の点からすると、まだまだ取り組まなければいけないことがたくさんあります。ご指摘のあった日本で行われた認知症サミットの後継イベントは画期的であり、総理大臣が出席されたことも大きな出来事だったと思います。安倍首相が厚生労働大臣に対して新たな戦略を策定することを指示され、かつ厚生労働省のみならず政府一丸となって対策を組むことになったことは、高齢者の認知症問題だけでなく、あらゆる高齢者の施策にインパクトのあることだと思っています。 私はいつも、世の中にはユニバーサルデザインという考え方があり、これが重要だということを述べています。例えば表示を大きくしてみやすくしたり、あるいはスロープをつけることがそれにあたります。これは身体に障害がある人にとって便利であるというだけではなく、そうでない人にとってもより過ごしやすい日常生活上の利便につながっているように思います。 認知症問題も実はこれと同じです。認知症の人たちが生活しやすい社会は、もちろん認知症の人たちの安心・安全につながるだけではなく、そうでない人たち、あるいは認知機能が多少低下している人たちにとっても大きなメリットになるのではないでしょうか。当たり前ですが、私たち自身

もいつも認知機能が100%あるわけではなく、物忘れをします。例えば地下鉄の出口から地上に出ると「ここはどこなんだ」ということは多々あるわけです。そのようなときにその地域のデザインがユニバーサルデザインになっていれば、その場所がどこなのかがすぐわかる。その意味で認知症施策というだけでなく、高齢社会に伴って必然的に必要となる対策も念頭に置いて認知症施策が策定されていくのではないでしょうか。 オレンジプランは平成24年度に策定され、25年度から動きだしていますが、安倍首相の指示を受けて私どもがこれからその内容を見直す作業に入っていきます。できるだけ早い段階で新しい戦略に基づいたさまざまな施策を展開していくため、できる施策については27年度予算案に必要な事項を盛り込んでいくことになるのではないかと考えています。 認知症施策の点では、老健施設も大きな担い手になると考えています。特に認知症の方々のBPSDへの対応、あるいは身体合併症のある認知症の方々に対する医療や介護の提供をどうするかなどたくさん取り組むことはあります。老健施設にも新しい認知症施策の担い手の1人としてぜひ積極的にご協力をお願いしたいと思います。東会長 私も全老健の会長にはなりましたが、老健施設で17年間施設長を務めてきました。認知症の高齢者がこれほど多くなり、大きな問題になっていることに驚いています。 私は認知症に関して2つの対応が必要だと思っています。1つは「認知症をいかに認知するか」です。実は認知症については、一般の方だけでなく医療関係者でも理解が不十分だと感じています。中核症状はどのような状況で、周辺症状やBPSDはどうなのか、中核症状のなかでもコミュニケーションがどの程度図れるのか、記憶力はどうなのかといったことをきちんと評価した上で医療やリハビリなどを提供すべきですが、なかなか

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そこのところができていません。医療現場でもそうなのですから、在宅介護の現場で認知症をきちんと把握した上で訪問看護や訪問介護がなされているのかは疑問です。認知症に対する理解を広め、国民やサービス提供者が情報を共有することがまずは大事だと思っています。 もう1つは、認知症の予防、すなわち認知症の早期発見、早期介入です。認知症を早期発見できた時点で早く介入すれば意外と認知症の数の伸びがなだらかになるのではないかと期待しています。オレンジプランのなかに「認知症初期集中支援チームの設置」という施策があります。しかしこれからは、もっと早い段階での早期発見、早期介入が非常に重要になってくると思います。 全老健では平成25年度から独立行政法人福祉医療機構に助成金をいただいて、「介護予防サロン」を老健施設で始めています。老健施設で夕方使わなくなったスペースなどを利用して近所の高齢者に来てもらい、サロンを開いて、お茶菓子を食べながら何気なく認知症の評価をします。例えば20人集まって、そのなかの1人でも認知症の可能性があったら、その人を医療機関に紹介するなどの介入をしようという試みを実施しています。平成25年度は4施設、26年度は10施設で取り組んでいますが、できるだけ多くの施設で実施し、

早期発見・早期介入の1つのモデルとして提案できればと思います。三浦局長 認知症はいろいろなBPSDが出現すると、家族も対応できなくなって自宅では対応が無理だとの判断になってきがちですが、そうなる前にこれから起こる可能性がある状況について本人や家族に十分説明しておくなど、先制攻撃ではないですが、こちら側が最初におさえるべきところはおさえることが必要です。 在宅でもBPSDが悪化すれば施設に入ることになりますが、それが改善されればもう一度在宅に戻るチャンスはありえます。しかし、家族が「疲れているから勘弁してくれ」となると、結局高齢者自身は在宅復帰が難しくなってしまいます。家族が疲弊してしまうことをどのように避けるかが非常に大事だと思います。その点で老健施設の役割は重要で、東会長がいわれた早期発見・早期対応の概念のなかでは、特に早期対応において老健施設がどのようなことができるか、先制的に何ができるかも大きな着目点だと思います。東会長 BPSDには、どんなに介入してもまったく良くならない重度のものもあれば、入院などで一時的に悪化しているBPSDもあります。後者の場合、病院の医師が認知症の理解が足りないため、家族に恒久的な施設入所をすすめてしまうことがあります。しかし一時的な悪化であれば、老健施設の認知症短期集中リハビリテーションによって、1~2か月で前のレベルに戻ることが期待できます。BPSDでも、一過性の悪化で十分改善するものがあることをみんなが認知することが大事です。そこでも老健施設が役割を果たすことが重要となります。

介護人材の確保・処遇改善

東会長 次は介護人材の確保・処遇改善の問題です。アベノミクスが始まってから特に、介護現

場の人材が急速に確保できなくなっているというのが全国的な状況です。やはり景気が改善されれば、よりよい待遇の職場に人材が流れることは仕方のないことなのかもしれませんが、介護職員の確保が非常に難しくなっているのは事実です。処遇改善については私どもが平成19年末から20年にかけて署名活動を行った次の年の平成21年に処遇改善交付金が創設され、その後、介護報酬に処遇改善加算として内包されました。介護給付費分科会でも発言しましたが、そういう意味では処遇改善はまだ緒についたばかりだと思っています。 しかし、処遇改善については私たちもやらなければならないことがたくさんあります。例えばキャリア段位制度に積極的に取り組んだり、研修の機会を増やす等介護職員の職場環境の改善は重要です。また私たちは、「R4システム」のなかで多職種協働ではなく、多職種平等のスタンスで取り組んでいますが、これによって介護職員に高いモチベーションで働いてもらえます。人材の確保は難しいですが、離職を食い止めることも大事です。働いていて楽しい、医師や看護師と対等に話ができるといったモチベーションを高める努力をしなければならない。しかしそうはいっても、人材確保はとても厳しいし、流出も心配という意味では何らかの形で処遇改善に対応していただきたいと思います。 消費税率の10%引き上げによって財源を確保していただけるはずだったのに、引き上げの延期により現場は大変心配しています。そうしたこともあって今回署名活動を7年ぶりに行いました。100万人に到達するかが不安だったのですが、140万人を超える署名が集まりました。これをきっかけに介護職員の処遇改善も含めた見直しの機運が高まってくれたらと期待しています。三浦局長 医療・介護サービスは人に拠っているものなので、すぐれた人材を必要数確保していくことが何よりも重要なことはいうまでもありま

せん。介護報酬の面でも処遇改善のための報酬をどうするかを給付費分科会で議論していただいているところです。その点で給与面の処遇改善は重要な要素であるとは思いますが、それだけではなく、働いている人からみれば、働きやすい環境や東会長が指摘されたモチベーションを高めるような仕掛けも同時に必要になってきます。 オールジャパンで制度面から応援するものもあると思いますし、併せてそれぞれの施設のなかで働きやすい環境を施設長・理事長を中心として検討していただき、実行してもらうことがとても大切だと思います。働いている人からみれば、自分たちのことをいつも気にしてくれる上司がいることが互いの信頼感につながり、信頼感があれば質の高いサービスを提供していける礎になるのではないでしょうか。行政は行政として努力しますが、それぞれの施設で努力していただく一定の要素はあるのかなと思っています。

27年度介護報酬改定

東会長 平成27年度の介護報酬改定の議論が大詰めを迎えています(データファイルP79以降に資料掲載)。諮問・答申は1月下旬以降になると思われますが、現段階でお話いただけることをお願いします。三浦局長 東会長も給付費分科会の委員として審議に参加していただいており、老健施設をはじめいろいろなサービス提供の種類ごとに議論が進んでおります。そのなかでいままでの報酬体系で改めるべきものがあれば改めていくことを私どもから提案し、それに対して委員から意見をいただいている状態なので、いまの段階で決まっているものはほとんどありません。 ただ大事なことは各種サービスの提供側の委員が出席しているため、互いのサービスについて意見を交わすことができます。他のサービス提供者

介護報酬改定を議論する介護給付費分科会

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や利用者、支払側からの老健施設に対する意見を東会長も受け止めていただいていると思います。 介護報酬を最終的に決定することもさることながら、そこまでの審議のプロセスを通じて3年に1度の見直しをそれぞれのサービス事業者の代表が行っていただくことも重要な要素だと考えます。私どもはこうした議論のプロセス一つひとつにも注目しています。それぞれの関係団体が努力していただき、それを踏まえて新しい一歩を進めていくことが適切なのではないでしょうか。東会長 私も委員として出席していますが、他の委員からの発言のなかにはたびたび老健施設への期待が感じられます。それに応えていかなければいけないと思いますし、最初の議論に戻るとやはり在宅復帰を支援する施設として「老健施設にがんばってほしい」というメッセージがあるのは確かです。 先ほど在宅復帰と看取りの話がでましたが、在宅復帰と看取りの機能は一緒にできないのではないかという意見も委員からありました。私は「そうではなく、両立するものです」と資料を提出したところ、老健施設の在宅支援機能と看取り機能は相反せず両立することがよくわかった、という意見をいただきました。私どもの取り組みを理解してもらうことも大事なことだとは思います。 いまの時点では詳細なことは決まっていませんが、ただ厚生労働省から出された提案のほとんどは、今後老健施設がめざさなければいけない方向性になっていると思っており、その意味では大変感謝しています。私どもが努力しても、国の方針が逆では困ります。私どもが取り組まなければいけないことに対し、きちんと評価をしていただける方向だと感じています。今後の議論にまた期待したいと思います。

老健施設への期待

東会長 最後に老健施設および全老健に対する期待をお聞かせください。三浦局長 今後の予定では平成30年の4月に医療保険の診療報酬改定と、介護保険の介護報酬改定の同時改定が見込まれています。私どもとしては、27年4月から始まる第6期の介護保険事業計画の期間中が医療・介護の同時改定へのアプローチの最後の場面になると思っています。そうした同時改定や今後の制度改正を見込むと、これからの3年間は貴重な期間であり、この3年間をどう過ごすかがひいては次の同時改定の内容に大きく関わってくると考えます。 先ほどから東会長がおっしゃっていた老健施設のさまざまな特徴やめざすべき方向をぜひとも明確にしていただくと同時に、よりウイングを広げて自分たちができる範囲をさらに拡大して深みを増していただけると新しい制度にふさわしい老健施設の有り様が提言されていくのではないかと思います。 この3年間を貴重な期間として、老健施設関係者のご努力を期待したいですね。東会長 どうもありがとうございました。先ほど140万人分以上の署名の話をしましたが、この署名は厚生労働省をバックアップするために集めている署名だと思っていただいて結構です。 厚生労働省には財務省からどれだけの予算を獲得できるのかを期待しています。ぜひとも現場の切実な声を踏まえて、介護に必要な予算を確保していただけるようにがんばっていただきたいと思います。本日は長時間ありがとうございました。 今年もよろしくお願いいたします。

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