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Title 映画を活用した実践的な英語運用能力の育成

Author(s) 幸田, 美沙; 井上, 加寿子

Citation 大阪大学高等教育研究. 8 P.41-P.50

Issue Date 2020-03-10

Text Version publisher

URL https://doi.org/10.18910/75499

DOI 10.18910/75499

rights

Note

Osaka University Knowledge Archive : OUKAOsaka University Knowledge Archive : OUKA

https://ir.library.osaka-u.ac.jp/

Osaka University

所 属:※1 大阪樟蔭女子大学児童教育学部 ※2大阪大学全学教育推進機構 ※3関西国際大学教育学部Affiliation:※1FacultyofChildhoodEducation,OsakaShoinWomen’sUniversity  ※2Center forEducation inLiberalArtsand

Sciences,OsakaUniversity ※3School of Education, Kansai University of International Studies連絡先:kohda.misa@osaka-shoin.ac.jp(幸田 美沙) ka-inoue@kuins.ac.jp(井上 加寿子)

映画を活用した実践的な英語運用能力の育成

幸田 美沙※1・2・井上 加寿子※3

【教育実践レポート】

Utilizing Movies as Teaching Materials for Improving Practical English Skills

KOHDA Misa※1・2, INOUE Kazuko※3

本稿では,教育環境をめぐる変化を背景に,高等教育における映画を活用した英語科目の授業実践に着目し,1~2年次必修の英語科目を2例取り上げ,実践的な英語運用能力の育成の試みについて報告する.実践報告を通し明らかにする特徴は,次の3点である.1点目に,映画の授業への活用は,学生の学部・学科や関心に合わせて,学習のターゲットを絞って授業をデザインできるという点,2点目に,映画の映像を通しオーセンティックな英語にふれることで,多様性理解や文化的背景の学びにつなげることが可能であるという点,3点目に,そこからさらに応用し,英語の発音・アクセントの導入教材として活用する等の専門的な学習へ発展させることも可能であるという点である.そして,英語教育における映画の応用可能性を指摘し,映画を活用した実践的な英語運用能力の育成へ向けた今後の課題と展望を述べる.

キーワード:映画,口語表現,World Englishes,コックニー,発音,文アクセント

Since rapid development in ICT has led to the diffusion of technology, certain forms of media, such as movies, have widely been applied to English education as an efficient teaching tool in recent years. This paper reports two case studies on English courses conducted in 2018 that utilized movies as teaching materials to improve students’ practical English skills. These courses are compulsory basic EFL courses for freshmen and sophomore students at the higher education level, and focus on improving students’ English language skills for practical use. This paper describes the following three features of courses that utilize movies as teaching materials: 1) instructors are able to design courses with movies based on various students’ departments, majors, or interests; 2) students are able to learn variations of the English language, such as World Englishes and Cockney, through the authentic use of English in movies; and 3) movies can be applied not only to fundamental but also specialized English education, such as that regarding pronunciation or accent, in the English language. The results of this paper indicate the efficiency of English courses using movies as course materials, and suggestions are provided regarding the current state and advanced issues of course design with movies in higher education.

Keywords: movies, colloquialism, World Englishes, Cockney, pronunciation, sentence accent

大阪大学高等教育研究 8(2019),41-50

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1.はじめに

 情報通信技術が急速に発展し,ICT(Information and Communication Technology)革命とも称される昨今,大学・短大等の高等教育機関においても,高度情報化社会への対応に伴い学内外の教育環境が整備されてきている.近年では,MoodleやWebClassといった商用やオープンソースのLMS(Language Management System)の研究・開発が進み,ICTを活用したeラーニングが盛んに行われている(井上他2013,井上2014).こうした環境の整備に伴い,英語教育では,メディアを活用した授業展開を試みる傾向が年々強まってきている.大学生向け英語教材も,ニュースやスピーチ,ドラマ,映画などのメディアを題材としたものが多く刊行されており,CD・DVDが付属するだけでなく,BYOD(Bring Your Own Device)のコンセプトに基づき,ダウンロードやストリーミングでの音声・映像の配布が主流になりつつある(Inoue 2019). そこで,本稿では,こうした教育環境をめぐる変化を背景に,高等教育における映画を活用した英語科目に着目する.具体的には,1~2年生を対象に必修として開講されている2科目を取り上げ,授業実践を通してどのような特徴が見られるのか,またどのような効果が得られるのかを明らかにする.そして,英語教育における映画の応用可能性を指摘し,映画を活用した実践的な英語運用能力の育成へ向けた今後の課題と展望を述べる.

2.研究の背景

 近年,映画を題材としたメディア付属の大学生向け英語教科書が各出版社から多く出版されている.『タイタニック(Titanic)』(1997)や『ノッティング・ヒルの恋人(Notting Hill)』(1999),『プラダを着た悪魔(The Devil Wears Prada)』(2006),『ナイト・ミュージアム(Night at the Museum)』(2006)など,名作映画を題材としたもの(角山・Copper 2017,Curtis他 2018,McKenna他 2010,Garant 他2012)をはじめとして,そうした名作や話題作を複数本収録してまとめたもの(黒川2008,井村他2010,Lander 2014, 2016)まで,これまでに幅広く出版されている.しかしながら,いずれも一部の映像の視聴を通したリスニングや一部のスクリプトのリーディング,語彙や重要表現,True or Falseなどの内容理解問題等を中心としたもので,4技能を幅広く取り扱う一般的な総合教材が依然として主流である.

 また,映画を題材とした英語教育に関する先行研究も幅広く行われてきた.ディクテーションやシャドーイングなどの教育方法に焦点を当てたもの(チェンバレン2006,角山2008,Fujita 2014)や,字幕やスクリプトなどを用いた翻訳の観点を教育へ応用するもの(古川2008,カレイラ2009,豊倉2012, 2014,仲西2014,山科2019)など,その研究の方向性は実に多岐にわたるが,中でも映画をリスニング指導に活かす目的のものが圧倒的多数である(渡部2005,平野・松本2011,近藤2015,水澤2015,倉林2017,高松・荻原2018). 本稿では,これらの主要な先行研究とは異なる観点から,オーセンティックな英語にふれることを目的として映画を使用した2例の授業実践を取り上げ報告する.授業の詳細は,表1に示す通りである.第3節では,4年制大学の多人数科目において授業全体で映画全編を使用した基礎的な学習の実践例について,第4節では,短期大学の少人数科目において授業の一部で映画の一部を使用した専門的な学習の実践例についてそれぞれ詳述し,その効果ついて考察を行う.

表 1 授業実践

大学学部・学科

(学年)受講者数

年度(学期) 科目 目標

大阪大学基礎工学部(2年)

48名 2018(春) 実践英語

大学生として必要とされる実践的な英語の運用能力の強化

大阪城南女子短期大学

現代生活学科(1年)

13名 2018(秋)

英語コミュニケーションA

専門分野に関わる英語資料を読む能力,英語で説明する能力の習得

3.映画を活用した実践的な英語学習

3.1 概要

 本節では,大学2年生対象の映画を活用した実践的な英語運用能力を養う授業実践について,具体的に報告する.授業では,映画の視聴を通して,それぞれ異なるバックグラウンドを持つ個性豊かな登場人物たちの日常会話から,空港・トラベル・法律・ビジネス等幅広いジャンルの語彙・表現,ノンネイティブである主人公の英語の誤用やその習得過程,世界における多様な英語の発音・用法に至るまで,作品中における英語使用の様々なシーンを取り上げ,各回の学習の対象とした.ここでは,それらを通して期待される学習とその効果について述べ,授業における映画活用の有効性を示す.

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3.2 実践報告

3.2.1 使用メディア

 授業で教材として使用するメディアには,スティーヴン・スピルバーグ(Steven Spielberg)監督,トム・ハンクス(Tom Hanks)主演のアメリカ映画,『ターミナル(The Terminal)』(2004)を選択した.突然故国が消滅し,空港ターミナルから出られなくなった主人公を取り巻くヒューマン・ドラマを描く,129分の作品である.本メディアを選択した理由としては,1)実話を元にしたフィクションであり,学生が実感を持って映像を視聴することができること,2)空港が舞台であるため,空港という特定のロケーションやシチュエーションをベースとした実践的な英語学習の機会を提供することが可能であること,3)メインキャストがノンネイティブであるため,学生にとって比較的英語が理解しやすいこと,4)World Englishesの観点を養えること,の4点が挙げられる.以下,実践報告として詳述する.

3.2.2 授業実践

 今回,大阪大学の2018年度春学期開講科目「実践英語(Practical English)」において,映画を活用した授業を実践した.受講生は,基礎工学部2年生を中心とする48名であった.実践英語は,英文の聴解・読解や語彙演習を通して,大学生として必要とされる実践的な英語の運用能力を強化することを目的とする科目であり,受講者はクリティカル・クリエイティブな考え方を身につけるための英語の演習を通して,分析・判断・統合・内省・推論・問題解決などを行うことが求められる. 各回の授業は,表2に示す手順で進行した.まず,Homeworkの確認として,前課の学習内容に基づくVocabulary Quizを授業の始めに実施する.Vocabulary QuizはQuizlet(1)を活用してフラッシュカード形式で出題し,Target Vocabularyをスクリーンへ表示するとともに音声でも提示することで,発音の確認もあわせて行う(図1).そして,前課の復習と本課への導入の後,約15分間の映画視聴を行い,Group Workとして,各グループに分かれて視聴内容についてDiscussionを行う.その際,十分な議論と質疑応答を経て,理解が不十分であると判断される箇所については,英語字幕を表示し再度視聴する等調整を行う.その後,本課のターゲットとする学習内容に関連するTranscriptを配布・精読し,教員から提示されるExercise及びDiscussion Questionsに取り組むことで内容理解を促す.最後に,Individual Workとして,本課で視聴したメディア教材のテーマ,要約,

重要語彙・表現,意見・感想等をSummary Worksheetにまとめ,十分なふりかえりの後提出する.学生は,次課までにTranscriptと重要語彙の復習がHomeworkとして課され,各自授業時間外学習を行うことが求められる.教員は,大阪大学CLE(Collaboration and Learning Environment)(2)に授業スライドを公開するとともに,次課に実施されるVocabulary Quizに向けたTarget Vocabularyを提示することで,学生の自律学習を促す(図2).

表 2  Teaching Plan(3)

Time Contents5 min.

15 min.

5 min.

15 min.

5 min.

10 min.

5 min.

15 min.

10 min.

5 min.

Review

Quiz

Warm-Up ・Ice-Breaking ・Brain-Storming

Movie  ・w/o Subtitles ・w/ Subtitles

Discussion 1 ・Q&A

Transcript

Exercises

Discussion 2 ・Discussion Topic

Summary Worksheet ・Words/Phrases  ・Summary ・Comments/Opinions

Sum-Up ・Review ・Homework

映画を活用した実践的な英語運用能力の育成

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図 1 Vocabulary Quiz(Quizlet)

図 2 授業用コンテンツ(大阪大学 CLE)

3.3 考察

3.3.1 口語表現

 本作品をメディア教材として選択した理由として,4点の特徴を3.2.1節で挙げた.そのそれぞれに関し,期待される学習とその効果について考察する. 1)実話をもとにしたフィクションであり,学生が実感を持って映像を視聴することができるという点については,本作品は架空の国家にまつわるストーリー展開であるが実話をもとにしていることから,そこからフィクションとして描かれる日常を学生が実感を持って視聴することができるという効果が期待できる.また,そのため日常会話のシーンが多く,(1)have a toast to⋮(~

に乾杯する)や,(2)have a situation(問題が発生した),go nuts(気がふれる,激怒する)のような口語表現が多用されることも特徴である.教科書や新聞,論文などでは用いられない,こうした口語特有の表現を学ぶことができるという点も,映画が教材として有用な点の一つである.

(1) Man: All right, everybody. Let ’ s raise your glasses. Let ’s have a toast to my friend, Viktor “The

Goat.” May he never lose his country again. Everyone: Krakozhia! (01:38:59-01:39:09)

(2) Joe: Sir, we have a situation upstairs. Frank: It ’ ll have to wait. Joe: No. This won ’ t wait. When the 9.12 from Toronto landed, they

found four prescriptions without an MPL. They tried to take the pills away and he

went nuts. (01:04:40-01:05:02)

3.3.2 語彙学習

 このことは,2)空港が舞台であるため,空港という特定のロケーションやシチュエーションをベースとした実践的な英語学習の機会を提供することが可能であるという点にも関連する.本作品には,友人との日常会話表現や恋人との恋愛表現のような一般的な英語の使用に限らず,(3)Customs and Border Protection(税関・国境警備局),immigration(入国審査)のような,空港内で勤務する登場人物たちが使用するトラベル用語や出入国に関する法律用語,(4)casualty(死傷者),annex(国を併合する)のような戦争にまつわる用語の他,主人公が空港内で携わる仕事に関するビジネス用語等,様々なジャンルの語彙・表現が登場する.教員は,こうした多様な切り口から,学生の学部・学科や関心に合わせ,学習のターゲットを絞って授業を行うことも可能である.

(3) Frank: I ’m Frank Dixon, Director of Customs and Border Protection here at JFK. I help people with their immigration

problems. (00:05:05-00:05:13)

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(4) Frank: There were few civilian casualties. Joe: I ’m sure your family ’ s fine. Mr. Navorski, your country was annexed

from the inside. The Republic of Krakozhia is under new

leadership. (00:05:55-00:06:05)

3.3.3 言語習得

 3)メインキャストがノンネイティブであるため,学生にとって比較的英語が理解しやすいという点については,本作品が,アメリカ在住であるがそれぞれ出身が多様で,英語とは異なる母語を持つ登場人物たちが多く登場するストーリーであることによるところが大きい.そのため,ネイティブ・スピーカーに比べ平易な英語で会話するシーンが多く見られ,教材としての使用を想定する際,本作品は学生にとって比較的英語が理解しやすいという点が特徴として挙げられる. 中でも,主人公ビクター・ナボルスキー(Viktor Navorski)はまったく英語が話せない旅行者という設定であり,そこから多くの誤用を経て英語を習得していく過程を,配役上の演出ではあるが一部垣間見ることができる.“Look. ” “Come. ” のような一語発話が多くを占める冒頭部分とは異なり,作品の中盤から後半にかけて,主人公は誤用を多く含みながらも流暢な会話が可能となっていく.例えば,(5)に見るような,定冠詞(*It medicine/The medicine)や単数・複数(*for goat/for goats),(6)に見るような,テンス・アスペクト(*say/said, *sound/sounds, *make/made),助動詞(*not/did not),不定冠詞(*mistake/a mistake)の誤用などである.教員は,英語学習の観点から,こうした点について学生に気づきを促し学びにつなげることも可能である.

(5) Viktor: Whoa. Goat. Frank: What? Viktor: Goat. It medicine is for goat. Frank: Goat? Viktor: Yes. Medicine is for goat. Goat. (01:08:36-01:08:51)

(6) Viktor: He say... We not understand. I not understand “goat. ” The... Krakozhia... The name for “ father” ... sound like “goat. ” I make mistake.

(01:08:53-01:09:18)

3.3.4 World Englishes

 4)World Englishesの観点を養えるという点については,3.3.3節で述べた,作中に多様なキャストが登場することと関連が深い(4).主人公のビクター・ナボルスキー(Viktor Navorski)は,架空のクラコウジア共和国(The Republic of Krakozhia)からやってきた観光客でクラコウジア語(ロシア語に似た架空の言語)を話すが,彼の友人となる機内食サービス勤務のエンリケ・クルズ(Enrique Cruz)はスペイン語圏出身,清掃員のグプタ・ラハン(Gupta Rajan)はインド出身である.彼らがアメリカ人で英語ネイティブ・スピーカーである空港職員のジョー・マルロイ(Joe Mulroy)と4人で会話するシーンでは,みな異なる発音・アクセントや用法ではあるが,英語という共通の言語で言葉を交わすのである.このことは,4.2節で後述するイギリスの地域方言であるコックニー(Cockney)の学びの観点とも関連する. このシーンについては,映像を短く切り出して授業内で複数回視聴するなどし,学生に気づきを促すよう工夫したが,教科書等の整った英語とは異なるオーセンティックな英語での会話は聞き取りにくいようで,学生は授業内で高い関心を持っていた.こうした学習は,世界における多様な英語のあり方の現状を知り,World Englishesの観点を養うこと,ひいては多様性理解にもつなげることができると考える.

3.4 まとめ

 以上,映画を活用した実践的な英語運用能力を養う授業について,大学2年生を対象とした授業の実践報告に基づき,期待される学習とその効果を述べた.学期末に受講生を対象に実施された授業アンケートでは,授業についての印象・良かったと思う点・改善すべきだと思う点を問う項目に対する自由記述の回答として,「映画を通してリアルな英語を学ぶことができた」,「本場の会話英語はやはり授業ではなかなか味わえないものだと実感した」等,映画の英語を学ぶことに対し肯定的な意見が多く寄せられた.また,英語学習という観点からのみならず,日本語を介さずアメリカ映画そのものを楽しむ姿勢もうかがえ,受講生の総合的な授業満足度は高い結果となった.以上から,メディア教材としての映画の活用は有効であるといえ,今後の大学英語教育におけるさらなる活用が期待できる.

映画を活用した実践的な英語運用能力の育成

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4.映画を活用した文アクセント指導

4.1 概要

英語の音は,発音に使われる音素の種類や音節を単位とした音のまとまりがある点など,様々な点で日本語と異なっている.加えて,単語や文におけるアクセントのあり方も,日本語のそれとは異なっており,日本語話者が英語を学習する際に感じる難しさの要因となっているといえる.しかしながら,相違点を理解し,英語発音の方法を知ることで難しさは大きく減らせるのではないかと考えられる.そこで,広く知られている映画を題材に,発話を模倣しながら英語の文アクセントを学ぶ際の導入教材の作成を試みた.文アクセントを適切に表現する力は,どのような目標を設定している英語授業においても有用な力であるため,単発で使用可能な教材作成を試み,その教材を試験的に使用した成果を実践報告として本節でまとめる.

4.2 実践報告

4.2.1 使用メディア

本教材は,ジョージ・デューイ・キューカー(George Dewey Cukor)監督,オードリー・ヘップバーン(Audrey Hepburn)主演のアメリカ映画,『マイ・フェア・レディ(My Fair Lady)』(1964)を題材として使用している.学生に映画について印象を聞いてみると,映画自体は観たことがない者にとっても,主演のオードリー・ヘップバーンは認知度が高く,また,映画の中で美しい衣装を着用していることもあり画像が魅力的で,初見の学生にとっても興味をもてる映画と思われた.この映画においてオードリー・ヘップバーンは上流階級の英語発音を身に付けようと奮闘する女性,イライザ・ドゥーリトル(Eliza Doolittle)を演じている.練習中の発音は,ゆっくりしたスピードで,大変明確であり,文アクセントの練習に適したシーンが多くある.また,イライザはコックニー(Cockney)という地域英語を話す花売りの役であり,上流階級の英語との違いを聴き,地域方言や階級といった英語の文化的背景への学びにつなげることもできる映画である.このことは,3.3.4節で先述のWorld Englishesを通した多様性理解という学びの観点とも関連する.

4.2.2 授業実践

作成した教材を,2018年10月,大阪城南女子短期大学現代生活学科,調理・製菓コースの1年生13名を対象

に,2018年度秋学期開講の必修科目である「英語コミュニケーションA」の授業内で使用した.上記短大では英語の入学試験は実施されておらず,学生の英語の習熟度は様々である.学生は調理師やパティシエを目指すコースで学んでおり,授業の目標は,「専門分野に関わる英語資料を読む能力,英語で説明する能力を培う」としており,具体的には「調理・製菓に関する器具名や素材名を英語で理解し,英語レシピの読解や日本語レシピの英訳を通じて,英語でのレシピの書き方に親しみ,英語で手順を説明しながら料理を行うことができるようになる」と設定していた.レシピを書いたり,読んだりする上で,英語の構造(文型および品詞)の知識や英語の音素の学習を,1回目から3回目の授業において行った.具体的な授業の構成として,1回目の授業において英語の構造(文型および品詞)の復習を行った.この際,『意味順ノート』(日本ノート株式会社)を活用し,文型および品詞の種類や役割を学生と確認した.『意味順ノート』には,予め「だれが」,「する・です」,「だれ」,「なに」,「どこ」,「いつ」という言葉が入った列があり,この意味順ガイドに沿って英単語を入れていくことで,正しい語順で英文を組み立てることができる(田地野2011a, 2011b,Tajino 2017).英文を読み書きする上で,語順を意識する重要性を確認した.2回目の授業において,英語の発音に使われる音素の学習を行った後,本教材を使用して文アクセントの学習を行った.教材内容および授業進行の流れは4.3で述べる.3回目の授業は2回目授業の課題の振り返りを行い,学習の成果を確認した.

4.3 考察

4.3.1 作成した教材

教材には(7)-(9)に示す課題文に基づく3つの課題がある.課題1は,文アクセントをもつ傾向にある品詞について学習を行い,(7)に示す課題文1を発音する際に,文アクセントを持つ音節を考えるものである.なお,問題の指示文においては,音節という表現は使わず,「強調して発話する箇所」とした.また,文アクセントをもつ傾向にある品詞は,内容語(content word)を提示した.文アクセントを受けない語は,文中では比較的重要でない語である機能語(function word)を提示した(竹林・斎藤2002).文アクセントが置かれる音節,また,その理由をクラス全体で共有し,文アクセントを意識しながら音読練習を行った.課題2では,文アクセントがシーンに応じて決まる課

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題文を選択した.(8)に示す課題文2は,イライザが競馬場のオープニング・レースに招待されたお礼を直接相手に伝える際の台詞である.課題1と同様に,文アクセントを持つ音節を検討した後,当該シーンを視聴し,文アクセントの位置を確認することを第一段階とし,その後,文アクセントの位置が想定通りであったのか,または異なっていたのかをふまえ,文アクセントが特定の音節に置かれた理由を学生同士で検討することを第二段階とする課題とした.視聴シーンは,01:26:10-01:26:54の44秒間である.課題3はチャレンジ問題として,より長い発話を用いた練習問題を設定した.視聴シーンは02:33:31-02:34:19の48秒間である.視聴シーンの前後の流れは,日本語で説明を行い,(9)に示すシーン内にあるイライザの台詞について,文アクセントやイライザの心情をふまえて発音する課題とした.チャレンジ問題の課題文は最も長く,役柄になりきって台詞を発話することで,発話者の心情を想像しながら発音することが求められる.文アクセントへの注意に加えて,心情を込めて,自分の言葉として英語を発話する練習になるよう課題文を選定した.この課題3については,素材を変更し,授業内で使用する教材を素材として,実践することも可能である.

(7) Eliza: The rain in Spain stays mainly in the plain. (1:13:00-1:13:40)

(8) Eliza: How kind of you to let me come.   (01:26:10-01:26:54)

(9) Eliza: You see, Mrs. Higgins, apart from the things one can pick up, the difference between a lady and a flower girl is not how she behaves, but how she is treated.

(02:33:31-02:34:19)

4.3.2 学生の反応

課題1では,辞書を引きながら,『意味順ノート』を使用して,課題文の意味を把握することから始めた.その後,品詞を手がかりに,どの音節に文アクセントがあるかを確認し,当該シーンの視聴を行い,文アクセントの様子を耳で確認し,音読練習を行った.この課題については,前置詞句の説明などの補足が必要であったが,概ねの学生が文アクセントについて理解し,課題文においてどの単語が文アクセントをもつかという質問に対し

て,大きな困難なく解答することができた. 課題2も,文章の意味を確認することから始めた.ただし,感嘆文は『意味順ノート』には当てはめにくく,構造の説明は教員が実施した.その後,品詞を手がかりに文アクセントを持つ音節を検討し,当該シーンの視聴を行った.学生自身が予測していた文アクセントと異なっている場合は,文アクセントが置かれていた音節を確認し , その理由をグループで検討させた.すると,「一番大切なのは,how kind の部分.感謝を伝えているから」,「誰がkind であるかが大切だから,you は強く発音する」,「目の前に居るのだから,言わなくても分かる部分は強く発音しなくてよい」などの分析が聞かれ,kind が最も重要な情報であるという点と,発話者と聴者が共通に理解している情報には,kind と同様の強調は置かれないという点が結論となった.この後,シーンの視聴と発音練習を行った.英語の音素に関する注意点を確認しながら,イライザになりきって,感情を込めながら発音練習を行うよう促した.

4.3.3 学習の成果

本教材の課題2までを実践した直後に,学生には課題文2を発音,録音することを伝えた.録音した音声は学習成果を評価する素材として使用することも可能であるが,学習したことを即座に実践することは容易ではない.このため,評価のために録音するのではなく,学びの成果を学生自身で確認するためであり,他の学生に聞かせるものではない点を確認した.また,次の授業(3回目授業)で,学生個々の発音と,イライザの音声を視覚的に比較できる資料(図3および図4)を提示する点も連絡した.

how kind of you to let me come

0

500

100

200

300

400

Pitc

h (H

z)

Time (s)0 3.776

図 3 学生 A さんの発音

録音は授業実施教室(パソコン室)内で,学生個々に

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ボイスメモ等のスマートフォン内のアプリケーションを使用して実施した.教員準備室等で,他の学生の録音には被らないように順番に録音を実施したが,雑音等のため,一部ピッチ曲線に乱れがある.例えば,図3で,of のピッチ曲線の先頭部分が急激に下がっているが,これは雑音である.使用した音声解析ソフトは,Praat 6.0.43(Boersma and Weenink 2018)である. 図4にある通り,イライザの発音ではkind に文アクセントが置かれ,他の音節と比較してかなり目立っていることが分かる.図3は学生Aの発音である.Aさんは,録音に意欲的な学生の内の1人で,イライザの英語を真似て,繰り返し練習を行っていた.おおよその形は図4と似ているが,kind の発音部分を比較すると,アクセントの上下の幅が小さく,また,他の音節との差も小さいことが分かる.学生が発話の意図を理解し,再現に努めている様子が伺えるものの,その表現方法はやや控えめである.

how kind of you to let me come

0

500

100

200

300

400

Pitc

h (H

z)

Time (s)0 2.972

図 4 イライザの発音

 このことから,本教材は,文アクセントを理解する導入教材としては,活用できるのではないかと考えられるが,学生が理解した点を表現できるようになるまでには,更なる練習を積み重ねていく必要があるといえる.

4.4 まとめ

 本教材に取り組んだ学生の態度は概ね意欲的であった.しかしながら,繰り返し練習を行い,照れずに録音した学生であっても,学んだ内容を発話に表現できるようになるには継続的な練習をし,英語を発音することに慣れることが必要であるといえる.本教材は文アクセントの学習の導入を行うものとしてデザインしており,その意味では有用であるといえたが,文アクセントの定着には,折にふれて教員が授業内で繰り返し練習を行うことが重要である.また,音素の学習を主とした授業を履

修した学生に本教材を使用すると,「この音は,舌をここに置くんだよ」といった会話が聞かれ,文イントネーションを知るという以外にも学びが広がっていた.このことから,音素や単語のアクセントなど,より細かな単位から音の学習を始め,文アクセントへ連続的な指導をするとより効果的であると考えられる.

5.おわりに

 本稿では,教育環境をめぐる変化を背景に,高等教育における映画を活用した英語科目の授業実践に着目し,1~2年次必修の英語科目を2例取り上げ,実践的な英語運用能力の育成の試みについて報告した.本稿で明らかとなった特徴は,次の3点である.1点目に,映画の授業への活用は,単なる語彙学習や内容理解にとどまるものではなく,日常会話や口語表現,トラベル,ビジネス,法律,発音等,多様な切り口から,学生の学部・学科や関心に合わせ学習のターゲットを絞って授業をデザインできるという点である.2点目に,映画の映像を通しオーセンティックな英語にふれることで,World Englishesのような世界における多様な英語のあり方や,Cockneyのような方言や階級による英語の違い等,多様性理解や文化的背景の学びにつなげることが可能であるという点である.3点目に,そこからさらに応用し,映画のある特定のシーンに着目して課題とすることで,例えば英語の発音・アクセントに焦点を置いて文アクセントの学習の導入教材として活用する等,専門的な学習へと発展させることも可能であるという点である. 以上,映画を題材とした教材や先行研究は, 総合教材,中でもリスニングに主軸を置くものが多いことを指摘したが,これらの授業実践を通し,映画は単なる視聴題材としてのメディア以上のものであり,教員の工夫次第で,英語の語彙学習などの基礎的な学習から,多様性などの文化的背景の学習,発音・アクセントなどの専門的な学習まで,様々な可能性を秘めていることが明らかとなった.今後は,教員の授業デザインや専門性も教育効果に大きく影響することをふまえた上で,引き続き映画を活用した授業実践の可能性を探っていくことが重要である.そして,本稿で取り扱ったような個別事例を蓄積し教員間で共有していくことによって,映画の効果的な活用方法について検討し,実践的な英語運用能力の育成に向けて指導法を工夫していく必要があるだろう.

受付2019.9.30/受理2020.1.10

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付記

 本稿は,2018年10月20~21日に東京学芸大学で開催された「日本メディア英語学会第8回年次大会」において,メディア英語教授法・教材研究分科会として行った研究発表「映画を活かした深い学びへの指導法」(村上裕美・仲渡一美・幸田美沙・井上加寿子の共同研究)に基づいたものである.本稿では,授業学の観点から議論した上記発表より,幸田・井上が行った実践報告部分を抽出し,映画の英語教育への応用を中心とする内容として加筆・修正を行った.なお,本稿の執筆に関しては,第1,2,3,5節を井上が,第4節を幸田が執筆担当した.

謝辞

 本稿の元となった上記研究発表に際し,大阪行岡医療大学医療学部教授の仲渡一美氏,関西外国語大学短期大学部英米語学科准教授の村上裕美氏にご助言をいただいた.また,学会会場で参加者の皆様より多くの貴重なコメントをいただいた.この場を借りて御礼申し上げる.

注(1) フリーのオンライン学習ツール(https://quizlet.com).(2) 大阪大学で提供されているLMS(https://cle.koan.osaka-u.

ac.jp/).(3) 日本メディア英語学会第8回年次大会配布資料より一部抜粋.(4) 例えば,Kachru(1992)では,World Englishesを元来英語

圏ではなかった国や地域で使用される多様なバリエーションを含む英語としてとらえており,“Three Concentric Circle of English”のモデルを挙げている.このモデルは,World Englishesを,ENL(English as a Native Language)として英語が使用される英米等を含む“Inner Circle”,ESL(English as a Second Language)として英語が使用されるインドやフィリピン等を含む“Outer Circle”,EFL(English as a Foreign Language)として英語が使用される中国や日本等を含む“Expanding Circle”の3グループに分類するものである(Kachru 1992).

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