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S. Prokofiev: Sonata for Flute and Piano No.2, Op.94久 保 浩
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人生のなかで音楽はジャンルを問わずそれを聴いた頃のありさまが走
そ う ま と う
馬燈のように思い巡めぐ
ってくるものです。それはちょうど人との出会いにも似て、そのおりおりの感情の起伏の現れだったり人生の転機だったり、後になって思い浮かべたとき密接に結びついていることがあってその不思議さにはこころおどります。心の曲は?といわれて「すーっと」思い浮かぶ曲は多々あって、いったいどの曲が私の心の曲か迷ってしまいます。ごく幼い頃、重たい蓋
ふた
のついたゼンマイ式の蓄音機にレコードを載せて一面3分でおわる曲に合わせながら畳の部屋をぐるぐると走り回っていたのはリストのハンガリー狂詩曲でした。今考えると多分この曲が最初の想い出の曲でしょう。
ここではフルーティストと演奏したことに触れて、そこでの心の曲について記したいと思います。アンサンブルは音を介した人間の心の対話、そしてソロとはまた異なった形でお互いに感動を共有できるすばらしい世界です。一度魅
み
せられると虜
とりこ
になってしまうのでしょう。アンサンブルの好きな私にとって、そのフルートとのアンサンブルは私の音楽に大きな影響を与えてくれました。そして「こころの曲」は「プロコフィエフのフルートソナタ 作品94」です。そしてそのキーワードはメルヒェン“Märchen”なのです。
突然舞い込んだ急な話だったのですがドレスデン・シュターツカペレのソロフルーティストの
ヨハネス・ワルター氏と国内演奏旅行に恵まれました。大学を卒業して5、6年の私にとって、素晴らしい演奏家との共演は夢のような話でとにかく引き受けました。
すでに、R・ホフマン氏との2台ピアノの演奏会も始めていましたが、やはりステージで経験をすることはリハーサルを含めて本当に勉強になることで、音楽を吸収し実践する又とないチャンスだったのです。その年は名古屋を含めて数か所の公演でしたが天草での演奏会は忘れられないものとなりました。演奏後、裏に来られた方々が何人も涙していたのです。当時のわたしには聴衆との触れ合いはこうでなくてはいけないんだとこちらも感激し、それからのわたしの演奏活動の方向づけになったことは確かだと思います。その後 幾度か来日し東京、横浜をはじめ各地で演奏旅行をして、後にはドレスデンで再会するなど彼との親交を深めていきました。
その初めての演奏会のプログラムの曲のひとつがプロコフィエフでした。この4楽章からなるソナタは最初フルートの曲として1942⊖44年に作曲され、その後改作されたヴァイオリンでの演奏とはひと味違うフルートによるオリジナルの魅力が絶妙です。1楽章が妖精にも似た幻想的な呼びかけにはじまり、そのメロディーとハーモニーの織りなす語りかけはごく自然にそれでいて強力に聞き手を引き込みます。物語の最初の語り
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が読み手を催眠術のごとく引っ張り込むように。 曲についての詳しい説明は省かせていただきますが1楽章に続いて2楽章のスケルツォはプレストで3拍子の軽快なリズムをもち、3楽章はアンダンテのゆったりとしたプロコフィエフ独特の叙情性で歌い上げていく。4楽章アレグロ・コン・ブリオは行進曲風な躍
やくどう
動で迫ってくる感じなど、それぞれに大変に個性的で一度耳にしただけでも強烈に印象の残る雰囲気をもっています。
今、当初の練習合わせの楽譜を見返してみるとあちらこちらに書き込みがあって、若い時代の音楽への意気込みが今更ながら思い起こされるのですが、 彼は練習やリハーサルでメルヒェンという言葉を幾度となく口にし、ともすると弾くことに専念しがちな私に、プロコフィエフの曲に対する当時のイメージを大いに変化させてくれました。なにか混迷としたそして難曲というイメージからそのなかに見える童話の世界、それは非常にシンプルでふと口ずさめるやさし
いメロディーの流れであり…。ピーターと狼の話に繋
つな
がるような。優すぐ
れたテクニックに支えられているから、表現の可能性が広がってそこに湧
ゆうしゅつ
出する魅力が溢あふ
れてくるのでしょうが、やはり音楽はその人柄心情が伝わり聞き手を感動に導くものと思います。曲そのものの魅力もさるものながら心にのこる曲というのはその時の演奏家、そして聞き手、そして弾いた私の状況がすべて緊密につながりあいながら脳細胞の記憶の小部屋に宝の物質として蓄
たくわ
えられるのでしょう。それは最新科学でもおそらく解明されていな
い不可思議な仕組みでこころに残されているに違いありません。あの最初のメロディーのすばらしさがその小部屋から記憶を引き出すたぐり糸として…・。
(くぼ ひろし フェリス女学院大学教授)
Sonata No.2
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