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VOL.352012年

月号掲載3

早期教育、その前にお子さんに何か始めたい。そんな風に考えているお母さんがほとんどだと思います。何かを身につけること。それはとてもよいことです。でも、それが本当にお子さんのためになるのか、お母さんが始めたいことなのか、もう一度じっくり考えてみませんか。早期教育、あるいは習いごとを決める前に、宮城教育大学の佐藤哲也先生のお話をぜひ参考にしてみてください。

 今、子どもの数が減っています。世の中は「少子化」です。 しかしその一方で、早期教育産業は年商 3 兆円とも言われるほど成長しています。「子どもを少なく生んで大切に育てよう」という志向性が高まり、そうした風潮をとらえて(生み出すために !?)企業がさまざまな働きかけを行っています。 1990年代、汐見稔幸先生(白梅学園大学学長・東京大学名誉教授)は、早期教育の背景には「もっと早く、もっと高く、もっと正確に」という親の考え方、フィロソフィー(哲学)があるのだと指摘しました。人よりも早く始めて、より高いレベルに、正確に到達させたい、という思いに駆られて取り組まれるのが「早期教育」とされました。 ひと昔前は「人並みの教育」で十分でした。しかし経済状況の悪化により、子どもを『勝ち組』にさせるため「人並みではいけない」「人と同じことをやっていてはだめなんだ」という考えに変わりました。それが早期教育繁栄の理由のひとつだと思います。 私は正直、早期教育の効果に期待していません。しかしその反面、お稽古ごとに連れて行くことによって、子どもが何か刺激を受ける、あるいは家庭とは違った教育的環境で充実した時間を過ごせるならば、早期教育も悪くはないと考えます。 狭い空間の中にずっと閉じこもっていれば、お母さんも子どももストレスがたまって息が詰まってしまいます。わが子の成長・発達にプラスになり、そしてお母さんも社会との接

生活に充実感を与えるものを

点が持てる、生活が彩られる、家庭の風通しがよくなる。また身体が弱い子どもにスイミングを習わせて健康増進を図る、そういった機会を作ることはよいことでしょう。 子どもの生活にプラスになる、子どもが喜び生活に充実感を与える早期教育であるならば、躊躇する必要はないでしょう。

 ただし、早期教育を始める上で、いくつか注意しなければならないことがあります。 私たち「親」は、この子は何か才能があるかもしれない、何か「可能性」が備わっているかもしれないと期待します。私自身も我が子にはそうした期待を掛けていました(苦笑)。ただどんな方面に才能があるのかわかりません。 そこで経済的余裕がある親が陥りがちなの

が、「子どもが小さいうちからいろいろやらせてみよう!」ということ。それは危ない発想だと思います。 子どもの精神、身体に無理をかけてしまうからです。保護者に甘えながらゆったりと過ごすのが、幼い子どもに 「ふさわしい生活」です。ところが今日はこちら、明日はあちらと、地下鉄やバスに乗って移動して、子どもは緊張する状況に投げ込まれます。結果的に、子どもは疲労を蓄積していきます。おまけにお稽古ごとがうまくいかないと親が不安がる、叱る。子どもは並々ならぬストレス状況に置かれます。その結果、一生懸命お金と時間、エネルギーをかけているのに、まったく伸びない。親子共々不幸な気持ちになります。 大事なことは、子どもが自ら喜びを持って主体的に取り組むこと。このひと言に尽きます。 テレビドラマで、息子が母親に「うるせーなババア」と言うシーンがありました。思春期を迎え、親に反発するためにはエネルギーが必要です。好きな異性ができた、人知れず劣等感に苛まれるなど、親には言えない秘密がたくさんできます。秘密の世界=自分の世界が創り出されていきます。それは子どもが親離れするうえでとても大切なことなのです。 しかし先ほどお話した通り、いろいろな早期教育に連れまわされることで、生きる力を浪費すると、いざ親離れをする時期にガス欠

になる。よかれと思って取り組んだ早期教育が、子どもの自立を阻害する大変危険な要因となるのです。 さらにもう一つ、気をつけなければならないこと。「子どもを使った親の自己実現」です。専業主婦が陥りやすい落とし穴です。専業主婦は家事育児に一生懸命勤しんでも社会的評価を

得られない。子どもの学歴や才能によって評価を得ようとすることがあります。 最近は少し状況が変わってきています。共働きの家庭が増えてきたからです。共働きで忙しいから保育所に預ける。お稽古ごとどころではない家庭が多くなりました。ところが小学校にあがると事情が変わる。親が仕事から帰宅するまで子どもを家に一人にするのが心配、「鍵っ子」にしたくないから習いごとをさせるというものです。 たしかに親にとってメリットはありますし、安全な居場所を子どもに提供することができ

ます。しかし、習い事が受験や将来の職業などにかならずしも直結しないことを了解してお

くべきでしょう。 まずはその早期教育は、子どもがやりたいのか、私がやりたいのか、お母さんが自問自答してください。かわいい子どもだからこそ親と同じようなコンプレックスを抱いたり、みじめさを体験してほしくない。だからやらせる。「子どものため」と思いつつ、実は保護者のエゴや自己満足のため、これが一番いけません。 ですから私はこう思うんです。子どもが何か始める時、お母さんも一緒に何か新しいことを始める。それがいいのではないでしょうか。たとえば、子どもと一緒にお母さんも英会話を習う。そうすれば家庭でも英会話が楽しめます。 まずは子どもがやりたいことを十分にやら

せてあげる、それが一番です。

 何をいつから始めたらいいのか。困ってしまうというお母さんも多いことでしょう。何かをやってみたいと思わせるためには、そう思わせるチャンスを作ってやらなければいけません

ね。そこに「家庭の文化」が関わってくると思います。

 結局は親しだいなんですよ。たとえば、音楽好きな両親が子どもといっしょにコンサー

トに行くとか、アウトドアが好きならキャンプに連れていくなど、親の趣味や志向性によって子どもの興味が醸成されるのです。家庭の雰囲気や環境は重要です。子どもの興味や憧れのきっかけはそこにあります。それをピエール・ブルデュー(Pierre Bourdieu)というフランスの社会学者は「文化資本」と言いました。家庭における文化資本が豊かな子どもたちは何かに興味・関心を持ちやすく、触れることができるから身につく、そして伸びてゆく、ということです。ですから親が何もしないで子どもに何かさせようというのには無

理があるのです。 大切にしたいのは「持続させる力」の育成です。好きなことだから持続する。持続していればだんだんとおもしろくなり、熱中して、何ものかを極めていく。継続的に物事に取り組んでいく「力」が将来、勉強やスポーツ、芸術、人間関係を持続させていく基盤になります。 親として難しいのは、子どもがやりたいと言って始めたことを辞めたいと言い出したと

きでしょう。続けるかどうかの見極めです。辞めさせることによって忍耐力や持続力が育

たなくなるかもしれない。しかも、子どもが辞めたいと言い出した原因が分からない。  幼いから理屈を言えません。なぜ辞めたがるのか、母親だけの判断ではなく、ご主人や先生に聞くなど多角的な視野を持ってくださ

い。子どもの内面理解が大切です。その子のためを思って意見してくれる先生こそ、本当によい先生なのです。

家庭文化の充実と持続させる力の育成

早期教育を始めるその前に

教育学部幼児教育講座 准教授 佐藤 哲也 先生2011年3月、兵庫教育大学から宮城教育大学に移り教鞭を執る。兵教大在職時には、大阪市、神戸市、宝塚市、三田市、豊岡市等の委員会や審議会のメンバーとして、幼児教育・保育をめぐる今日的課題について取り組んできた。専門領域は幼児教育学、アメリカ教育思想史。保育現場に寄与する実践理論の開発、幼稚園や保育所の保護者への啓発活動に協力している。中学生と小学生の2児の父。

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さとうてつや

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