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1 平成 24 年7月 住宅賃貸借契約書「原状回復」条項の特約例について 一般社団法人全国賃貸不動産管理業協会 1.原状回復ガイドライン(再改訂版)・標準契約書(改訂版)が示す原状回復の一般的 な取扱と特約の必要性 国土交通省が公表する原状回復をめぐるトラブルとガイドライン(現在は平成23年8月公 表の再改訂版。以下「ガイドライン」という。)では、原状回復に係る一般的な取扱につき、 借主が普通に使用していても生じるような キズや汚れ(これを「通常損耗」という) に対する補修費用(これを「通常損耗補修 費用」という)は、退去時点では貸主の負 担とするという大原則を示す。 そのうえで、実際の損耗部位につき、通 常損耗かそれを超えるものか、経過年数を 考慮する部位かどうか(経過年数を考慮す る場合には法人税法の減価償却資産の考 え方により減価する)、工事負担範囲をど うするか、といった3つの基準(具体例を 挙げた表も提示)を組み合わせて借主の負 担割合・負担金額を決定していくという方 法を示している。そしてこの方法は、賃貸 住宅標準契約書(改訂版)においても採用 されているところである。 しかし、個々の物件ごとに状況が異なり、個々の契約ごとに借主の使用の状況も異なる住宅 賃貸借において、この方法を実際に適用しようとした場合、何が通常損耗で何がそれを超える ものなのかなどにつき当事者間で協議などが必要となり(賃貸住宅標準契約書(改訂版)にお いて、原状回復につき入口時点でガイドラインベースの内容を別表で確認しつつ、退去時に「協 議」を要するとしているのはそのためである)、ここで当事者間の評価が一致しない場合には 法的紛争に発展しかねない。このように、ガイドラインの取扱も、紛争予防の機能には限界が あるところである。 そこで、原状回復の取扱につき、より明瞭に負担の有り方を特約することは、その内容が合 理的で手続き的にも契約当事者に誤認が生じないもとでなされる場合には、消費者たる住宅賃 貸借における個人借主にとっても、当該賃貸借における負担の全体像が明らかになるとともに、 退去時の無用な紛争を回避する観点からも有益である(原状回復特約としての性質を有する敷 引特約を有効とした最高裁平成23年3月24日判決では、判決理由中に同趣旨が述べられて いる)。 したがって、今回、原状回復の条件につき、ガイドラインで示す一般的な取扱いによる場合 のほか、より明瞭で、契約当事者間の紛争を防止し、消費者保護にも資することを目的として、 特約例を示すこととした。

住宅賃貸借契約書「原状回復」条項の特約例について · 2012-07-06 · 3 3.原状回復の条件についての実際の取扱い(3パターン)の概要

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平成 24年7月

住宅賃貸借契約書「原状回復」条項の特約例について

一般社団法人全国賃貸不動産管理業協会

1.原状回復ガイドライン(再改訂版)・標準契約書(改訂版)が示す原状回復の一般的

な取扱と特約の必要性

国土交通省が公表する原状回復をめぐるトラブルとガイドライン(現在は平成23年8月公

表の再改訂版。以下「ガイドライン」という。)では、原状回復に係る一般的な取扱につき、

借主が普通に使用していても生じるような

キズや汚れ(これを「通常損耗」という)

に対する補修費用(これを「通常損耗補修

費用」という)は、退去時点では貸主の負

担とするという大原則を示す。

そのうえで、実際の損耗部位につき、通

常損耗かそれを超えるものか、経過年数を

考慮する部位かどうか(経過年数を考慮す

る場合には法人税法の減価償却資産の考

え方により減価する)、工事負担範囲をど

うするか、といった3つの基準(具体例を

挙げた表も提示)を組み合わせて借主の負

担割合・負担金額を決定していくという方

法を示している。そしてこの方法は、賃貸

住宅標準契約書(改訂版)においても採用

されているところである。

しかし、個々の物件ごとに状況が異なり、個々の契約ごとに借主の使用の状況も異なる住宅

賃貸借において、この方法を実際に適用しようとした場合、何が通常損耗で何がそれを超える

ものなのかなどにつき当事者間で協議などが必要となり(賃貸住宅標準契約書(改訂版)にお

いて、原状回復につき入口時点でガイドラインベースの内容を別表で確認しつつ、退去時に「協

議」を要するとしているのはそのためである)、ここで当事者間の評価が一致しない場合には

法的紛争に発展しかねない。このように、ガイドラインの取扱も、紛争予防の機能には限界が

あるところである。

そこで、原状回復の取扱につき、より明瞭に負担の有り方を特約することは、その内容が合

理的で手続き的にも契約当事者に誤認が生じないもとでなされる場合には、消費者たる住宅賃

貸借における個人借主にとっても、当該賃貸借における負担の全体像が明らかになるとともに、

退去時の無用な紛争を回避する観点からも有益である(原状回復特約としての性質を有する敷

引特約を有効とした最高裁平成23年3月24日判決では、判決理由中に同趣旨が述べられて

いる)。

したがって、今回、原状回復の条件につき、ガイドラインで示す一般的な取扱いによる場合

のほか、より明瞭で、契約当事者間の紛争を防止し、消費者保護にも資することを目的として、

特約例を示すこととした。

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2.原状回復の条件についての特約の可否

ところで、原状回復ガイドライン(再改訂版)でも、上記で示す一般的な取扱とは異なる取扱

を特約することは可能であるとしている(ただし、次の要件を満たさなければその効力が争われ

うるとしている。)。

また、最高裁判所も、原状回復に係る特約は、明確な合意と、契約書への一義的かつ具体的

な記載及び額が高額すぎないという要件を満たせば有効に成立するとの考え方を示していると

ころである。

ガイドラインでは、通常損耗補修費用は、借主の退去時点では貸主が負担するとしているが、

これは、通常損耗補修費用は既に月額賃料の中に含まれていて既に支払済みであり、退去時に

さらに支払を求めることは費用の二重負担に当たるという点を理論上の主たる根拠としている。

したがって、通常損耗補修費用を月額賃料に含めずに別途対応するという取扱は、ガイドラ

インの考え方からみても十分に合理性がある(ガイドラインが示す特約の有効性の判断基準①

を満たす)。

そこで、今回示す原状回復の条件に係る特約例については、月額賃料との関係を整理しなが

ら、上記特約の有効性を支える諸要件を踏まえて作成した。

―ガイドラインが示す特約が有効とされる要件―

① 特約の必要性があり、かつ、暴利的でないなどの客観的、合理的理由が存在するこ

② 借主が特約によって通常の原状回復義務を超えた修繕等の義務を負うことについ

て認識していること

③ 借主が特約による義務負担の意思表示をしていること

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3.原状回復の条件についての実際の取扱い(3パターン)の概要

原状回復の条件については、次の3つのパターンが考えられる。

※ 最高裁平成17年12月16日判決(ガイドラインの示す特約の有効性の判断基準とは異な

り、「明確な合意」によって特約が成立するとした判決)及び平成23年3月24日判決(敷

引金の趣旨を原状回復の特約と理解し、その有効性を認めた判決)

このうち、イとウが「特約」として対応するものである(アはガイドラインの示す一般的な取

扱であるため、現行の契約書式をそのまま使用し、特約はしないことになる)。

A経年変化・

通常損耗補修費用

B 通常損耗を超える借主負

担の補修費用

敷金の返還

(他に滞納賃料等がないも

のと想定)

ア 賃料の中に含めて徴収 敷金から控除 Bを差し引き返還

イ 賃料とは別に徴収 敷金から控除 Bを差し引き返還(Aも差し

引くことが可能)

ウ 賃料の中に含めて徴収 敷金から控除せず必要に応

じ損害賠償として別途請求

全額返還

ア ガイドラインの原則に従う取扱い

通常損耗を超える借主負担の補修費用につき敷金から差し引き返還する方法

イ 原状回復に係る特約につき判断した2つの最高裁判決(※)の趣旨も加味した取扱い

通常損耗補修費用は賃料とは別建てで設定して徴収し(敷金から差し引くことも可

能)、通常損耗を超える借主負担の補修費用を敷金から差し引く方法

ウ 敷金全額返還型

通常損耗補修費用は賃料に含めて徴収し、原則として原状回復義務を免除する方法。た

だし、借主の故意やあまりにもひどい使用方法などによって物件としての価値が著しく

損なわれた場合には、別途損害賠償として対応する。

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-3つの方法と賃料との関係-

A.通常損耗補修費用を月額賃料に含めるか?

B.通常損耗を超える損耗に係る補修費用

を借主負担とするか?

含める

する しない

アの取り扱い ウの取り扱い イの取り扱い

借主の工事負担範囲に

つき特約する場合

イの第 5項を

差し替える

含めない

(月額賃料は通常より

低く設定)

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4.特約の具体的な記載方法

※ 本会契約書における「原状回復」条項(賃貸住宅標準契約書改訂に伴い平成 24 年3月改訂)は、別添

「住宅賃貸借契約書」6~8ページ、「第 14条(A)」「第 14条(B)」を参照ください。

本会契約書第14条(明渡し時の原状回復)は「(A)別表を契約内容とする場合(基本パ

ターン)」と「(B)別表を参考資料にとどめる場合」の二通りを選択的に利用することとし

ている。

特約を設ける場合は、「(A)別表を契約内容とする場合(基本パターン)」については「別

表 Ⅱ例外としての特約」に、「(B)別表を参考資料にとどめる場合」は第14条第1項の

枠内に記載することとなる。

5.「ア」の場合の具体的な記載例・趣旨・解説

(記載例)

- 何も記載しない。-

(趣 旨)

原状回復ガイドラインに従って対応する場合の契約書の記載方法である。

(解 説)

第14条1項で通常の使用に伴い生じる損耗等を除き、原状回復をしなければならないと

し、特約をしない以上、第14条1項及び別表Ⅰに従い、ガイドラインを遵守した取扱とな

る。

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6.「イ」の場合の具体的な記載例・趣旨・解説

(記載例)

1 甲及び乙は、本物件に係る通常損耗に伴う減価とそれに見合う補修費用が、入居

年数に応じ次のとおりであることを確認した。

a.入居

期間 b.通常損耗による減価割合

c.通常損耗補修費用

(定額)

~1年 % 円

1~2年

2~3年

3~4年

4~5年

5~6年

2 甲及び乙は、第3条に定める月額賃料には前項表c.記載の「通常損耗に係る補

修費用(定額)」を契約月数で除した金額が含まれないことによることを確認した。

3 乙は、入居年数に応じ、第1項表c.記載の「通常損耗に係る補修費用(定額)」

を明渡し時に甲に支払うものとする。

4 乙の明渡し時において、資材の高騰等により実際の通常損耗に係る補修費用が第

1項表c記載の「通常損耗に係る補修費用(定額)」よりも高額になるなどの特段の

事情がある場合には、甲乙協議のうえ、乙は、実際の通常損耗に係る補修費用の金

額から前項で支払う金額を控除した額につき、明渡し時に甲に支払うものとする。

5 乙は、通常損耗を超える損耗に係る原状回復に関しては、第14条第1項及び第

3項の規定に従い負担するものとする。

(趣 旨)

原状回復ガイドラインも最高裁判例も、通常損耗の補修費用につき借主の負担を免除してい

るわけではなく、それは月額賃料の中で支払い済みであり、「明渡時に」負担することは費用

の二重負担の問題が生じることを、原状回復の場面で通常損耗の補修費用を原則として認めな

い根拠としている。したがって、月額賃料に通常損耗補修費用が含まれていなければ、別に負

担を求めることは否定されない。ガイドラインではその点を特約の有効性に係る基準中の特約

の必要性等を説明する部分で明言しているし、最高裁も平成23年3月24日判決で、敷引特

約を有効と判断した際の理由付けで述べている。

そして、通常損耗に係る補修費用(これは入居年数に応じて異なってくる)につき、入居年

数に応じあらかじめ定額で示し、その分を月割賃料の中から省き(その結果、月額賃料は、通

常損耗補修費用を含んだ通常の賃料相場よりも低廉になるはずである)、別に支払いを求める

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旨の特約は有効かつ紛争の回避にとって有益なことがある(ガイドラインベースで対応しても、

最終的に原状回復に要する借主の負担額を算定する際に、基準への当てはめや単価などで紛争

が生じうることは否定しえない。最高裁の上記判決でもそのことを認めている)。したがって、

以上のような要件を満たすものとして、特約例を作成した。

(解 説)

○第1項

契約時に、入居年数に応じて通常損耗に係る補修費用を定額で示し、確認する条項である。

別表については、その物件に係る通常損耗補修費用の算定につき一義的かつ具体的に記載

することにより、特約内容の合理性、判例が示す「契約書への一義的かつ具体的な記載」及

び「高額すぎない」の要件の充足を図っている。

別表 b に経過年数ごとの減価割合を記載し、別表cに経過年数ごとの通常損耗部分に係る

工事負担範囲の補修に要する費用(経過年数を考慮するものについては bの減価割合を乗じ

た額)の全体額を記載する。この、通常損耗か否か、減価割合、工事負担範囲などは、ガイ

ドラインが示す基準(ガイドライン別表1・2)をもとに算定することが考えられる。

なお、減価割合については、ガイドラインでは例として定額法(経過年数に応じ残存価値

1円まで同じ割合で減価していく方法)が示されている(P8【記入例1】)が、それ以外

の、「最初減価割合が大きく、徐々に小さくなる」パターン(P9【記入例2】)も、「最初

は減価割合が小さく、徐々に大きくなる」パターン(P10【記入例3】)も、その旨合意

がなされれば可能であり、それぞれの合意内容に基づき bに記載する。

また、経過年数を考慮する部位が少ないことなどにより b の減価割合の記載が意味をなさ

ないような場合には、当事者間で合意の上、「経過年数にかかわらず減価割合が一定」のパ

ターン(P11【記入例4】)のように記載するか、bに何も記載しないでcの定額欄に経

過年数ごとの金額のみを記載することも可能である。

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【記入例1】 ガイドラインによる定額法(経過年数に応じ残存価値1円まで同じ割合で減

価していく)場合

※設備等の総額を30万円とする

1 甲及び乙は、本物件に係る通常損耗に伴う減価とそれに見合う補修費用が、入居年数

に応じ次のとおりであることを確認した。

a.入居

期間 b.通常損耗による減価割合

c.通常損耗補修費用

(定額)

~1年 16.7% 50,000円

1~2年 33.3% 100,000円

2~3年 50.0% 150,000円

3~4年 66.7% 200,000円

4~5年 83.3% 250,000円

5~6年 100.0% 300,000円

6年~ 100.0% 300,000円

(参考)

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【記入例2】 最初減価割合が大きく、徐々に小さくなる場合

1 甲及び乙は、本物件に係る通常損耗に伴う減価とそれに見合う補修費用が、入居年数

に応じ次のとおりであることを確認した。

a.入居

期間 b.通常損耗による減価割合

c.通常損耗補修費用

(定額)

~1年 50.0% 150,000円

1~2年 75.0% 225,000円

2~3年 87.5% 262,500円

3~4年 93.7% 280,000円

4~5年 96.9% 290,000円

5~6年 100.0% 300,000円

6年~ 100.0% 300,000円

(参考)

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【記入例3】 最初は減価割合が小さく、徐々に大きくなる場合

1 甲及び乙は、本物件に係る通常損耗に伴う減価とそれに見合う補修費用が、入居年

数に応じ次のとおりであることを確認した。

a.入居

期間 b.通常損耗による減価割合

c.通常損耗補修費用

(定額)

~1年 3.3% 10,000円

1~2年 6.7% 20,000円

2~3年 12.5% 37,500円

3~4年 25.0% 75,000円

4~5年 50.0% 150,000円

5~6年 100.0% 300,000円

6年~ 100.0% 300,000円

(参考)

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【記入例4】 経過年数にかかわらず減価割合が一定の場合

1 甲及び乙は、本物件に係る通常損耗に伴う減価とそれに見合う補修費用が、入居年

数に応じ次のとおりであることを確認した。

a.入居

期間 b.通常損耗による減価割合

c.通常損耗補修費用

(定額)

~1年 50% 150,000円

1~2年 50% 150,000円

2~3年 50% 150,000円

3~4年 50% 150,000円

4~5年 50% 150,000円

5~6年 50% 150,000円

6年~ 50% 150,000円

(参考)

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○第2項

費用の二重取りと評価されないように、当該費用が賃料に含まれないことを確認する条項

である。あくまでも賃料の構成要素中に通常損耗補修費用が含まれないことを双方が認識し

たうえで第1項の取り決めをしたことを明確にし、第1項の特約の有効性を支えるものであ

る。

したがって、客観的に、周辺相場との差と通常損耗補修費用の額が均衡がとれていること

まで求めているものではない(最高裁平成24年3月24日判決も、通常損耗補修費用とし

ての性格を持つ敷引き特約が存在し、敷引金が高額すぎなければ、そのことから、賃料中に

は通常損耗補修費用は含まれていないと評価できるとしている。)が、月額賃料には通常損

耗補修費用に該当する分が含まれていないということを踏まえ、月額賃料の額を設定するこ

とが必要である。

○第3項

通常損耗補修費用を明渡し時に支払うこととした。したがって、第6条第4項の規定によ

り、当該額を敷金から控除することも可能である。

○第4項

第1項で確認する通常損耗補修費用(定額)は、契約時点での資材等の金額や工事代金の

相場を勘案して決定されるものである。契約当事者は、通常損耗補修費用の額につき、原則

として、退去時においてもその金額に拘束されることになるが、賃貸借が長期間に及ぶ場合

や、自然災害等により、資材が高騰し、契約時に第1項で確認した金額と明渡時の金額との

間に乖離が有る場合には、事情変更の原則により、その差額分につき協議のうえ、第1項及

び第3項により発生する金員とは別に借主が負担するとしたものである。したがって本規定

は、第1項の規定に拘束されると契約当事者の一方に信義則上看過し得ない損失が生じるよ

うな特段の事情がある場合に適用されるものであり、通常予想される範囲内での価格の変動

などの場合には適用されるものではないことに注意が必要である。

○第5項

通常損耗を超える損耗等の補修費用は、ガイドラインベースでも借主の負担となることか

ら、第14条1項及び3項の規定に従い、定額の通常損耗補修費用とは別個に請求すること

ができるものとした。なお、これも原状回復に要する費用であるから、第6条第4項の規定

により、敷金から控除することも可能である。

また、この部分につきガイドラインが示す工事負担範囲(最低施工可能範囲を原則とする。

例えばクロスの場合は㎡単位)とは別個に定めること(例えばクロスについては壁一面分と

すること)も考えられるが、この場合には、第5項の規定を次のように変更して使用する(【イ

ー5記載例】)。なお、実際の請求額の算定に当たっては、第3項により通常損耗補修費用と

して支払われる金員との関係にも注意する必要がある。

例) 入居年数3年(減価割合50%)。

クロスに1個所落書きがあり。

部屋全体(壁4面)のクロスの張り替えを行った(工事代金4万円)。

クロスの張り替えは壁一面とする特約あり

① 通常損耗補修費用 2万円 第3項により請求

(4万円×減価割合50%)

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② 落書き部分 5000円 第5項により請求

(壁一面分の工事代金は1万円であるが、そのうちの通常損

耗部分5000円は①中に計上されていることから、②ではその分を

差し引いて5000円となる)

①+② = 明渡時に25000円請求

【イー5 記載例】

5 乙は、通常損耗を超える損耗に係る原状回復に関しては、第14条第1項及び第

3項の規定並びに対象個所・工事ごとに次に定める負担範囲により負担するものと

する。

対象個所・工事 借主の負担範囲

クロス 壁一面分

フローリング 一部屋単位

7.「ウ」の場合の記載例・趣旨・解説

(記載例)

第14条第1項の規定にかかわらず、乙は、明渡し時において、本物件を原状回復しない。た

だし、乙の故意または重過失によって生じた損耗等は、甲の損害として、乙は甲に対しその賠償

をする責めを負う。

(趣 旨)

ガイドラインベースを基本としつつ、築年数が古い物件などにおいて、他の契約条件との関

係などから、通常損耗を超える損耗等についても原状回復義務を免除する場合の特約例を作成

した。

(解 説)

第14条1項では「通常の使用に伴い生じた本物件の損耗を除き」原状回復義務を負うこと、

すなわち通常の使用を超える使用などによって生じた損耗等については借主は原状回復義務

を負うとしている。

本特約例では、原則としてその部分の借主の義務も免除することから、第14条第1項の

規定の適用を除外し、「原状回復しない」旨規定している。したがって、第6条第4項の敷金

から差し引く債務の中からも除かれ(原状回復義務がない以上、当該費用につき「乙が本契約

から生じる債務」からも除かれることになる)、滞納賃料等他の債務がなければ、敷金は全額

返還されることになる。ただし借主の故意やあまりにもひどい使用方法などによって物件とし

ての価値が著しく損なわれた場合には、別途損害賠償として対応する旨もあわせて規定してい

る。

なお、この特約で対応する場合、借主は、軽過失による損耗の補修費用も負担しない。よっ

て、貸主としては、場合によっては、従前の借主が明渡しを完了した現状のままで、かつ、賃

料を従前より低く設定して、次の入居者との間で賃貸借をすることも考えられるところである。