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公益社団法人日本都市計画学会 都市計画論文集 Vol.54 No.3 2019年 10月 Journal of the City Planning Institute of Japan, Vol.54 No.3, October, 2019 * 学生会員 東京工業大学環境・社会理工学院(Tokyo Institute of Technology) ** 正会員 東京工業大学環境・社会理工学院(Tokyo Institute of Technology) 1. はじめに 1-1. 背景及び目的 日本では都市化・経済発展の進展とともに工業地帯が形 成され、工場が立地されてきたが、社会情勢の変化や地 価、賃金の上昇などにより工場の地方や海外への移転が行 われている。その工場跡地は工場として引き続き利用され るものもあるが、商業施設や住居などに土地利用転換され る場合は、周辺地域を大きく変化させていると考えられ る。特に、これまで跡地は住宅需要の増加などに伴って住 宅などに土地利用転換されてきたが、今後は人口減少と高 齢化が進み、住宅需要を見越し住宅地開発は規模や周辺環 境に配慮して計画する必要がある。 しかし跡地の利用については基本的には企業の所有する 民有地であるため土地活用は所有者に任され、自治体のコ ントロールが難しい。実際日本立地センター 1) の自治体へ のアンケートによれば、自治体の跡地活用に対する考え方 として、「民間取引なので可能な範囲での協力にとどま る」が都道府県(51.3%)、市町村(40.6%)ともに半数近 くを占めている。その結果、将来的には需要が減少してい くと考えられる郊外での宅地やマンション開発等が開発者 の短期的視点を基に行われていることが課題である。 そこで,本研究では過去の工場跡地の土地利用転換に関 して、用途や規模を周辺環境への影響をも含めて調査分析 し、開発の経緯などをヒアリングなどから調査することで 土地利用転換の実態を把握すること、及び工場跡地の土地 利用転換の際のその土地に対する自治体の関わり方につい て考察することを目的とする。 1-2. 既往研究と本研究の位置付け 工場跡地の利活用の実態については日本立地センター(2 016)が企業と自治体へのアンケート及びヒアリングなどを 用いて跡地発生の状況や自治体がどのように関わっている かなどを調査している 2) 。しかし、個別の跡地をもとに調 査したものではなく、本研究は個別の工場跡地の土地利用 転換状況を調査し、より深く周囲への影響を分析する点に 特徴がある。 そのほか、工場に着目したものとしては、臨海部の工場 集積地区の機能変化とそれによる住工混在の状況を分析し た野原 3) 、神奈川県内の東海道線沿線の工場立地の変化及 び企業戦略を明らかにした鎌倉 4) がある。本研究では調査 範囲及び跡地の土地利用転換に着目する点が異なる。 工場以外の土地利用転換に関しては、低未利用地を扱 ったもの 5)~7) 、ブラウンフィールドの再開発に着目したも 8) 、旧国鉄跡地を扱ったもの 9) 、軍用地を扱ったもの 10)~1 2) があるが、跡地の発生年や現在の人口減少を踏まえた分 析を行う点が本研究の特徴である。 また、大規模開発における都市計画上のコントロールに ついては住宅市街地総合整備事業と再開発地区計画に着目 した朱ら 13) 、まちづくり条例による山田ら 14) がある。本研 究では用途転換の状況なども考慮したうえで、まちづくり 条例など事前に調整を行う仕組みについてのタイミングに ついてより早期の協議が必要であることを指摘する点に新 規性がある。 以上のように本研究では特定の市町村や地区ではなく、 神奈川県全体の工場跡地の土地利用転換状況を把握する 点、そして人口減少を踏まえたうえで周辺への影響に着目 する点が特徴である。 1-3. 用語の定義 「大規模工場」とは従業員数規模によって定義し、従業 員数300人以上の工場とする。また、「工場閉鎖」とは工場 が操業を停止もしくは他の場所へ移転したものを言い、企 大規模工場跡地の土地利用転換に関する研究 -神奈川県に着目して- A Study on the Land Use Changes after Large Factory Closure - Focusing on Kanagawa Prefecture - 土屋 泰樹* ・中井 検裕** ・沼田 麻美子** Yasuki Tsuchiya* Norihiro Nakai** Mamiko Numata** Land use conversion of a large-scale factory site has a significant impact on the surrounding environment. Therefore, a development plan that takes into consideration the surroundings is required. We surveyed a large-scale factory sites in Kanagawa Prefecture and researched how land use conversion is being carried out. It was found that land use conversion was carried out at 77% of factory sites, and there were factory sites that had a significant impact on the surrounding environment. Therefore, when the factory site is closed, it is necessary for the local government to obtain information at an early stage and coordinate development with a developer. Keywords : Land Use, Factory Sites, Land Use Change, Kanagawa, Kawasaki 土地利用, 工場跡地, 土地利用転換, 神奈川県, 川崎市 - 1237 -

大規模工場跡地の土地利用転換に関する研究 A Study on the Land …

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公益社団法人日本都市計画学会 都市計画論文集 Vol.54 No.3 2019年 10月Journal of the City Planning Institute of Japan, Vol.54 No.3, October, 2019

* 学生会員 東京工業大学環境・社会理工学院(Tokyo Institute of Technology)

** 正会員 東京工業大学環境・社会理工学院(Tokyo Institute of Technology)

1. はじめに

1-1. 背景及び目的

日本では都市化・経済発展の進展とともに工業地帯が形

成され、工場が立地されてきたが、社会情勢の変化や地

価、賃金の上昇などにより工場の地方や海外への移転が行

われている。その工場跡地は工場として引き続き利用され

るものもあるが、商業施設や住居などに土地利用転換され

る場合は、周辺地域を大きく変化させていると考えられ

る。特に、これまで跡地は住宅需要の増加などに伴って住

宅などに土地利用転換されてきたが、今後は人口減少と高

齢化が進み、住宅需要を見越し住宅地開発は規模や周辺環

境に配慮して計画する必要がある。

しかし跡地の利用については基本的には企業の所有する

民有地であるため土地活用は所有者に任され、自治体のコ

ントロールが難しい。実際日本立地センター1)の自治体へ

のアンケートによれば、自治体の跡地活用に対する考え方

として、「民間取引なので可能な範囲での協力にとどま

る」が都道府県(51.3%)、市町村(40.6%)ともに半数近

くを占めている。その結果、将来的には需要が減少してい

くと考えられる郊外での宅地やマンション開発等が開発者

の短期的視点を基に行われていることが課題である。

そこで,本研究では過去の工場跡地の土地利用転換に関

して、用途や規模を周辺環境への影響をも含めて調査分析

し、開発の経緯などをヒアリングなどから調査することで

土地利用転換の実態を把握すること、及び工場跡地の土地

利用転換の際のその土地に対する自治体の関わり方につい

て考察することを目的とする。

1-2. 既往研究と本研究の位置付け

工場跡地の利活用の実態については日本立地センター(2

016)が企業と自治体へのアンケート及びヒアリングなどを

用いて跡地発生の状況や自治体がどのように関わっている

かなどを調査している2)。しかし、個別の跡地をもとに調

査したものではなく、本研究は個別の工場跡地の土地利用

転換状況を調査し、より深く周囲への影響を分析する点に

特徴がある。

そのほか、工場に着目したものとしては、臨海部の工場

集積地区の機能変化とそれによる住工混在の状況を分析し

た野原3)、神奈川県内の東海道線沿線の工場立地の変化及

び企業戦略を明らかにした鎌倉4)がある。本研究では調査

範囲及び跡地の土地利用転換に着目する点が異なる。

工場以外の土地利用転換に関しては、低未利用地を扱

ったもの5)~7)、ブラウンフィールドの再開発に着目したも

の8)、旧国鉄跡地を扱ったもの9)、軍用地を扱ったもの10)~1

2)があるが、跡地の発生年や現在の人口減少を踏まえた分

析を行う点が本研究の特徴である。

また、大規模開発における都市計画上のコントロールに

ついては住宅市街地総合整備事業と再開発地区計画に着目

した朱ら13)、まちづくり条例による山田ら14)がある。本研

究では用途転換の状況なども考慮したうえで、まちづくり

条例など事前に調整を行う仕組みについてのタイミングに

ついてより早期の協議が必要であることを指摘する点に新

規性がある。

以上のように本研究では特定の市町村や地区ではなく、

神奈川県全体の工場跡地の土地利用転換状況を把握する

点、そして人口減少を踏まえたうえで周辺への影響に着目

する点が特徴である。

1-3. 用語の定義

「大規模工場」とは従業員数規模によって定義し、従業

員数300人以上の工場とする。また、「工場閉鎖」とは工場

が操業を停止もしくは他の場所へ移転したものを言い、企

大規模工場跡地の土地利用転換に関する研究

-神奈川県に着目して-

A Study on the Land Use Changes after Large Factory Closure

-Focusing on Kanagawa Prefecture-

土屋 泰樹*・中井 検裕**・沼田 麻美子** Yasuki Tsuchiya*・Norihiro Nakai**・Mamiko Numata**

Land use conversion of a large-scale factory site has a significant impact on the surrounding environment. Therefore, a development plan that takes into consideration the surroundings is required. We surveyed a large-scale factory sites in Kanagawa Prefecture and researched how land use conversion is being carried out. It was found that land use conversion was carried out at 77% of factory sites, and there were factory sites that had a significant impact on the surrounding environment. Therefore, when the factory site is closed, it is necessary for the local government to obtain information at an early stage and coordinate development with a developer.

Keywords: Land Use, Factory Sites, Land Use Change, Kanagawa, Kawasaki

土地利用, 工場跡地, 土地利用転換, 神奈川県, 川崎市

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公益社団法人日本都市計画学会 都市計画論文集 Vol.54 No.3 2019年 10月Journal of the City Planning Institute of Japan, Vol.54 No.3, October, 2019

業の買収や企業名変更などは含まない。

1-4. 研究対象地の選定

対象地としては神奈川県を選定した。神奈川県は四大工

場地帯のひとつである京浜工業地帯の一部であるため古く

から工場が多く立地していた(1)。その後、川崎市や横浜市

の中心部で工場の転出が進み、高価な工場跡地の売却と再

開発事業が活発化した15)。1980年から2014年の大規模工場

の減少数では東京都、大阪府に次いで第3位となっている(2)。そのため多くの工場跡地が発生していると考えられ

る。そして神奈川県では東京都及び大阪府とは違い工場跡

地の土地利用に関して臨海部と都心部、郊外など様々な立

地条件を踏まえて分析可能であることから神奈川県内を対

象とした

工場の立地については神奈川県を含む京浜工業地帯は工

場立地が面的に広がり、中心部からの方向性があること、

機能的に一体化している16)ことが指摘されている。

そのうえ、神奈川県では工場の住所、規模及び業種な

どが記載された工場名鑑が発行されており、工場跡地を把

握することが可能である。

このように、跡地発生数も多いと考えられること及び工

場跡地の土地利用に関して様々な立地条件を踏まえて分析

可能であることから神奈川県内を対象とした。

1-5. 研究の手法と構成

本研究の構成は以下の通りである。2章では工場立地関

連政策をまとめたうえで、工業統計メッシュデータを用い

て工場立地関連政策の効果を分析する。これにより工場の

立地や跡地がどこでどのような要因によって生まれたのか

を明らかにする。3章では大規模工場跡地を選定し、跡地

利用種別を基に閉鎖年や最寄り駅からの距離などを用いて

跡地利用についてどのような土地利用転換がなされている

のかの分析を行う。4章では、立地などを踏まえたうえで

いくつかのパターンごとに周辺環境へ与える影響を考察す

る。5章では全体を踏まえたうえで、自治体がどのように

関わることで望ましい土地利用転換が行われうるのかを考

察する。6章は本研究のまとめとする。

2. 工場立地関連政策の変遷とその効果

2-1. 神奈川県における工場立地の始まり

神奈川県の工場立地は1872年の新橋-横浜間の鉄道の開

設から始まり、第一次世界大戦後には工業地帯が拡大し京

浜工業地帯が形成された16)。その後、1959年制定の工場等

制限法で横浜や川崎市での工場立地が制限された17)(3)。ま

た1985年のプラザ合意により、円高の進行と定着が起き、

その結果として企業は海外生産を拡大させ18)、結果として

工場の海外移転が進行した。

その一方で跡地の利用に関しては、1987年に発表された

県の総合計画「第二次新神奈川計画」では跡地の利用に関

して研究所などの開発拠点を整備する方針が打ち出され、

川崎駅西口地区の再開発では工場跡地に半導体やLANの拠

点が開発された18)。

2-2. 工場跡地と誘致政策

横浜や川崎で工場移転が進むなか、工場等制限法の範囲

外であった相模原市や海老名市など相模線沿いでは工場誘

致が進められた。

例えば、相模原市では1955年の「工場誘致の奨励措置に

関する条例」により誘致が始まった。これは固定資産税の

減免が受けられるものであり、合計18社に適用された18)。

そのほかにも1961年度には田名工業団地、1971年には麻

溝台の演習場跡地に工業団地を開発している。田名工業団

地では工場の閉鎖もあるが、その後も工業用地として現在

でも利用されている。

2-3. 工場立地に関する定量的分析

実際に工場の立地政策や誘致政策の効果を図るために、

工業統計のメッシュデータを用いた分析を行った。手法と

して工業立地の集積クラスターの変遷をみるために、メッ

シュ間の空間的自己相関を図ることのできるLocal

Moran's I統計(4)を用いて分析を行った。分析概要を表1に

示す。

初めに工場等制

限法の効果に着目

して分析を行っ

た。工場等制限法

では大規模な工場

の新設や増設が規

制された。そのた

め、横浜や川崎で

は工場の転出が進

展したと考えられ

る。そこで、規模

が大きいと考えら

れる従業員数300

人以上の事業所数

を用いて、Local

Moran’s Iを測定

した。まず、1977

年と2010年の結果

を図1、2に示す。

比較すると、1977年には川崎市や横浜市港北区において

数値が高いホットスポットを表すHigh-High(HH)クラスタ

ーが沿岸部の工業地帯とともに形成されていたが、2010年

には内陸部でクラスターが形成されなくなっており、工場

等制限法の効果が見られた(緑線で示した範囲)。その一

方で他の地域では大きな変化はみられない。大規模工場に

ついては工場等制限法により県内の範囲内で移転は進んだ

が、移転先は県内の範囲外ではなく県外や海外であること

が推測される。

使用データ 工業統計調査の4次メッシュ(500m)データ 対象年 1977,1980,1982,1995,2003,2010年 分析対象 2568メッシュ 重み行列 周辺8メッシュ 有意水準 0.05% 試行回数 999回

表1:分析概要

図1:300人以上の事業所数(77年)

図2:300人以上の事業所数(10年)

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次に、誘致政策に着目する。前節でも述べたように相模

原市などでは工場の誘致政策がとられた。しかし大規模工

場についてはその効果が見られなかった。そのため、規模

の小さい工場も含んだ全事業所数と製造品出荷額を用いて

Local Moran‘s I分析を行い、誘致政策の効果を明らかに

する。

まず、事業所数

についての1977年

と2010年の分析結

果を図3と図4に示

す。これをみる

と、相模線や首都

圏中央連絡自動車

道(圏央道)に沿

ってHHクラスター

が形成されている

ことがわかる。ま

た、前節で述べた

工業団地などには

HHクラスターが立

地されており、誘

致策が成功してお

り、工場が集積し

ている。

また、横浜市や川崎市についてみると、1977年には大き

く形成されていたHHクラスターが小さくはなっているもの

の、300人以上の事業所数の分析結果と比べると大きく残

っていることがわかる。これは工場等制限法では対象が大

規模な工場であるため、中小規模の工場については範囲外

であり、移転を迫られなかったからであると考えられる。

2-4. 本章のまとめ

本章では工場立地関連政策の変遷を明らかにし、工場等

制限法と誘致策の効果について定量的な分析を行った。そ

の結果、大規模工場について工場等制限法により県外へ移

転が進んだことが明らかになった。そのため、工場跡地が

発生していることが推測される。次章以降では具体的に

1980年以降に発生した大規模工場跡地の土地利用転換状況

を詳しく分析する。

3. 工場跡地の土地利用の状況

3-1. 工場跡地の発生状況

工場跡地がどの程度発生しているかを調査するために、

工場跡地のリストを作成した。『神奈川県工場名鑑 昭和

55年版19)』を基に従業員数300人以上の工場をリストアッ

プし、当時の住宅地図と照らし合わせながら閉鎖の有無、

跡地利用を調査した。調査には各企業のHPや有価証券報告

書も併用した。その結果330件の工場の内116件で閉鎖が確

認された。調査項目を表2に示す。

工場跡地の立地を示したものを図5に示す。2-3で明らか

にしたように川崎市や横浜市の臨海部に集中してはいるも

のの県全体的に発生していることが明らかになった。

また、閉鎖年代に着目した表を表3に示

す。年代ごとに多少の差はあるもののす

べての年代において工場が閉鎖され跡地

が発生していることが明らかになった。

3-2. 工場跡地の土地利用転換状況

跡地の利用種別をま

とめたものを図6に示

す。敷地分割された場

合は複数用途でカウン

トしている(5)。住居用

途に転換されるものが

最も多く58件あった。

次に工業用途が49件で

続くが、このうち工業

単独で利用されるもの

は27件(55%)であり、敷地が分割され、住居用途と工業用

途が混在する例が22件見られた。このように、跡地が工業

用地として利用継続される例は少なく他の用途へ土地利用

転換が起きているものが89/116件 (77%)存在した。未利用

は6件であり、閉鎖直後のものも含まれるため、ほとんど

の工場跡地で何らかの形で土地利用が行われている。

3-3. 土地利用種別と閉鎖年代

内容 事業所名,所在地,業種,従業員規模,閉鎖の有無,跡地利用名,住宅の場合の戸数,閉鎖年,跡地利用種別、物件名称

跡地利用種別

住居,商業,工業,その他,未利用

内容 事業所名,所在地,業種,従業員規模,閉鎖の有無,跡地利用名,住宅の場合の戸数,閉鎖年,跡地利用種別、物件名称

跡地利用種別

住居,商業,工業,その他,未利用

閉鎖年 工場数

81-85年 19

86-90年 11

91-95年 5

96-00年 19

01-05年 27

06-10年 18

11- 17

合計 116

図5:分析対象工場跡地

図3:事業所数(77年)

図4:事業所数(10年)

表2:調査項目

表3:年代別閉鎖数

図6:跡地利用種別

58

40

49

26

6

0

10

20

30

40

50

60

70

住居 商業 工業 その他 未利用

図7:土地利用種別と閉鎖年代

0

2

4

6

8

10

12

14住居 商業 工業 その他 未利用

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公益社団法人日本都市計画学会 都市計画論文集 Vol.54 No.3 2019年 10月Journal of the City Planning Institute of Japan, Vol.54 No.3, October, 2019

次に利用種別と閉鎖年代の関係について分析する。工場

跡地の土地利用種別と閉鎖年代の関係を調査した。結果を

図7に示す。工業用途に着目すると、90年代前半は工業と

して利用された例はなかった。これは、バブル期の地価の

高騰によるものであろう。

また、近年、工業用途で利用されているものについて配

送センターなどに利用されているものが多く、Eコマース

需要の高まりによる物流施設が開発されている20)。

3-4. 土地利用種別と最寄り駅からの距離

本節では駅からの距離について分析を行う。最寄り駅か

らの距離と土地利用種別をクロス集計したものを表4に示

す。住居用途に転換しやすいと考えられる駅から1km未満

の跡地では多くが住居用途で利用されている。一方、最寄

り駅からの距離が長い跡地では工業用途や未利用になるこ

とが多い。しかし、住宅として将来需要が低下しやすいと

考えられる500m以上の土地でも住居用途として利用されて

いるものが33件あった。

3-5. 土地利用種別と敷地面積

土地利用種別と敷地面積の関係についてクロス集計を行

った。表5に結果を示す。敷地が分割されているものにつ

いては元の工場跡地全体の面積を用いてカウントを行って

いる。

敷地面積が2.5ha未満の跡地では全てもしくは一部が住

居用途に利用されているものが59%(24/41)であったが、

15ha以上のものでは20%(2/10)であった。このように住居

用途では面積が大きくなるにつれ割合が低下する傾向にあ

る。

その一方で、商業用途に利用されているものは、2.5ha

未満では20%(8/41)で、15ha以上のものでは60%(6/10)とな

っていた。商業用途では大規模な跡地をショッピングモー

ルなどに利用する事例も見られた。

工業用途については12.5~15ha未満を除き、どの面積の

跡地でも50%近くが工業用途として利用されていた。

3-6. 敷地面積と最寄り駅からの距離について

敷地面積と最寄り駅からの距離についてクロス集計を行

った。跡地全体と住居、商業、工業の用途別に集計したも

のを表6-9に示す。

まず跡地全体に着目する。跡地全体では小規模で最寄り

駅からの距離が近いものが集中していた。

住居用途について特に駅からの距離に着目すると、2件

を除けばすべての跡地が駅から1.5km未満であった。この2

件については、敷地内に子育て支援施設や農園を設置し付

加価値をつけているものと高速ICの隣に位置するものなど

であった。

商業用途や工業用途についても住居用途と同様に駅から

近く小規模なものが多くを占めてはいるが、住居用途とは

違い駅から遠く大規模な跡地でも転換されている事例が存

在した。大規模な商業施設では駐車場を備え、主に自動車

で来訪することを想定しているため駅から遠くても問題が

ないこと、また工場についてもトラック輸送を用いること

で駅から近い必要性がないことがあげられる。

3-7. 本章のまとめ

1980年以降、神奈川県内で116件の工場が閉鎖され、77%

の工場跡地では工場用途以外へ土地利用転換が行われてい

ることが分かった。

また、駅から近く条件が良い場所は住居用途に土地利用

が転換されるものが多いものも、今後住居として需要が小

さくなると考えられる駅から遠い跡地でも住居用途に転換

されているものも存在する。このような土地利用パターン

表4:土地利用種別と最寄り駅からの距離

住居 商業 工業 その他 未利用

0~0.5未満 35 25 12 9 10 0

0.5~1.0未満 38 21 16 14 10 2

1.0~1.5未満 24 10 7 13 3 2

1.5~2.0未満 10 0 3 7 1 2

2.0~ 9 2 2 6 2 0

駅からの

距離[km]跡地数

跡地利用(複数カウント(5)

0~0.5未満 0.5~1.0未満 1.0~1.5未満 1.5~2.0未満 2.0~ 合計

0~2.5未満 0 5 2 1 0 8

2.5~5未満 5 3 2 0 0 10

5~7.5未満 1 3 0 1 1 6

7.5~10未満 2 1 0 1 0 4

10~12.5未満 2 1 1 0 0 4

12.5~15未満 0 2 0 0 0 2

15~ 2 1 2 0 1 6

合計 12 16 7 3 2 40

商業用途駅からの距離[km]

[

]

表6:敷地面積と最寄り駅からの距離(全体)

表7:敷地面積と最寄り駅からの距離(住居)

表8:敷地面積と最寄り駅からの距離(商業)

表9:敷地面積と最寄り駅からの距離(工業)

0~0.5未満 0.5~1.0未満 1.0~1.5未満 1.5~2.0未満 2.0~ 合計

0~2.5未満 8 15 10 5 3 41

2.5~5未満 15 10 4 0 2 31

5~7.5未満 3 4 2 2 1 12

7.5~10未満 2 3 1 1 0 7

10~12.5未満 3 3 3 2 0 11

12.5~15未満 1 2 0 0 1 4

15~ 3 1 4 0 2 10

合計 35 38 24 10 9 116

全体駅からの距離[km]

[

]

0~0.5未満 0.5~1.0未満 1.0~1.5未満 1.5~2.0未満 2.0~ 合計

0~2.5未満 7 11 5 0 1 24

2.5~5未満 10 7 0 0 0 17

5~7.5未満 3 1 2 0 1 7

7.5~10未満 1 1 1 0 0 3

10~12.5未満 2 0 1 0 0 3

12.5~15未満 1 1 0 0 0 2

15~ 1 0 1 0 0 2

合計 25 21 10 0 2 58

住居用途駅からの距離[km]

[

]

0~0.5未満 0.5~1.0未満 1.0~1.5未満 1.5~2.0未満 2.0~ 合計

0~2.5未満 1 1 6 4 2 14

2.5~5未満 6 4 3 0 1 14

5~7.5未満 1 3 1 2 0 7

7.5~10未満 0 3 0 0 0 3

10~12.5未満 1 2 2 1 0 6

12.5~15未満 0 0 0 0 1 1

15~ 0 1 1 0 2 4

合計 9 14 13 7 6 49

工業用途駅からの距離[km]

[

]表5:土地利用種別と敷地面積

住居 商業 工業 その他 未利用 小計

0~2.5未満 41 24 8 14 6 1 53

2.5~5未満 31 17 10 14 7 1 49

5~7.5未満 12 7 6 7 3 0 23

7.5~10未満 7 3 4 3 3 2 15

10~12.5未満 11 3 4 6 3 1 17

12.5~15未満 4 2 2 1 1 0 6

15~ 10 2 6 4 3 1 16

敷地面積[ha] 跡地数跡地利用(複数カウント(5))

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公益社団法人日本都市計画学会 都市計画論文集 Vol.54 No.3 2019年 10月Journal of the City Planning Institute of Japan, Vol.54 No.3, October, 2019

で住戸数の大規模なものは周辺環境へ大きな影響を及ぼす

可能性があるため、次章以降では詳細に分析を行う。

4. 土地利用転換が周辺環境へ与える影響

4-1. 土地利用転換のパターン

本章では工場跡地が周辺環境へ与える影響を考察する。

そのため、前章で取り上げた116件の工場跡地をいくつか

のパターンに主要な用途と立地から分類を行った(6)。

①工業としてそのまま利用されているもの(27件)

工場跡地がそのまま工場として利用されているもので、

用途が変更されていないことから周辺へ与える影響はあま

り大きくないと考えられる。

②商業施設として利用されるもの(26件)

工場跡地を商業施設に転換したものである。例えば、川

崎駅前の東芝工場跡地に開発されたラゾーナ川崎などがあ

る。駅前などに存在しているものが多いが、駅から遠い跡

地でも開発が行われている。ただし、利用者は自動車で来

ることを想定していることから今後も需要が見込めると考

えられる。

③駅から近い跡地が住宅用途に転換されるもの(24件)

駅から近い(500m未満(7))駅前の工場跡地を住宅として

利用したものである。高層マンションなど集合住宅が開発

されている事例が多い。今後も需要があると考えられる。

例えば、武蔵小杉駅前の不二サッシ工場跡地は合計2000戸

の集合住宅へ転換された。

④駅から遠い跡地が住宅用途に転換されるもの(29件)

住宅に転用されているもののうち、駅から遠い(500m以

上)のものである。駅前の住宅地と違い集合住宅ではなく

宅地開発が行われているものもある。

⑤その他(10件)

水処理センターになっていたり、公園として利用されて

いたりするもの。建物が解体され空き地になっており遊休

地になっているものなどが含まれる。

本研究では④のパターンの土地利用転換では人口が一度

に大幅に増加する。今後の人口減少を踏まえると需要が減

少すると考えられる駅から遠い土地での人口増加はほかの

パターンと比較してより大きな影響を与えると考えられる

ため、次節以降着目する。

4-2. 大規模住宅の開発による世代間バランスへの影響

④のパターンの中でも特に規模が大きく周辺環境へ大

きな変化をもたらす土地利用転換事例に絞って影響を分析

する。そのため住居戸数が多く(200戸以上)で敷地面積

が大きい(1ha以上)のものに絞って分析を行う。④のパ

ターンの29件の跡地のうち、19件が該当した。

次にこれらの工場跡地へ住居が建設されたことで周辺環

境の世代間バランスにどのような影響を与えたかを分析し

た。マンションや宅地分譲では購入する層が限られてお

り、若いファミリー層が入ることが多い(8)。そのため、跡

地にマンションや宅地が供給されることで世代間のバラン

スが崩れることが考えられる。その結果として、小学校な

どの一時的な需要の増加や跡地周辺の高齢化を引き起こす

可能性がある。そのため将来的には地域コミュニティの維

持(自治会など)や、災害時の避難が迅速にできない(9)な

ど地域の負担となる可能性がある。しかし、逆に高齢化が

進んでいる地域に工場跡地が生まれ、若い世代が入ってき

た場合には世代間バランスは是正されうる利点もある。そ

こで、国勢調査と国交省の将来人口推計(10)を用いて、跡

地周辺500mの高齢化率の変化を推計した。推計に関しては

GISを用いて500mメッシュを基に按分した。

推計結果をグラフにしたものを図8に示す。入居開始年

を基準として、入居開始年の直前の国勢調査を0とした。

高齢化率については入居後一時的に低下もしくは上昇が抑

えられるものの、高齢化を緩和する効果は一時的で、入居

後5年から10年程度から高齢化が進展することが分かっ

た。大規模開発が行われることで30~40代が多く流入する

が、これによる高齢化を緩和する効果は一時的であること

がわかった。

次に、仮に開発が行われなかった場合の高齢化率の分析

を行った。国勢調査のメッシュ調査をもとに、コーホート

要因法を用いて推計を行った。一例として川崎市高津区の

三井金属鉱業跡地に着目を行う。この事例では工場の閉鎖

後2007年に集合住宅

が計画され総戸数855

戸の大規模な開発が

行われた。図9に結果

を示す。開発が行わ

れた場合では高齢化

率が上昇するのに対

し、開発が行われな

かった場合では高齢

化率の上昇が抑えら

れていた。そのため

規模を考慮した開発

が必要である。

図8:入居前後での高齢化率の推移

0%

10%

20%

30%

40%

-30-25-20-15-10 -5 0 5 10 15 20 25 30 35 40 45

高齢化率

高田工業㈱戸塚工場

松下通信工業㈱

松下精工㈱

萬自動車工業㈱

北辰工業㈱鶴見工場

橋本フォーミング工業㈱

㈱三上製作所

日本電気㈱溝ノ口工場

三井金属鉱業㈱

池貝鉄工㈱神明工場

シポレックス製造㈱

自動車鋳物㈱

㈱大井製作所

丸興工業㈱藤沢工場

新日本電気㈱東京工場

東洋電機製造㈱

國松工業㈱

車体工業㈱

岡本理研ゴム㈱

平均

0%

5%

10%

15%

20%

25%

30%

35%

40%

1990 2000 2010 2020 2030 2040 2050

開発無

開発有

図9:開発の有無による高齢化率の推移

高齢化率

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4-3. 本章のまとめ

本章では大規模な住宅へ土地利用転換された場合には世

代間バランスへ大きな影響を与えていることを国勢調査の

人口統計メッシュを分析することで示した。

このような土地利用転換では周辺環境へ悪影響を与える

可能性があり、適切なコントロールが求められる。そこで

次章では自治体がどのように関わることが可能なのかを明

らかにするとともに、かかわり方について考察を行う。

5. 自治体の土地利用転換への関わり方について

5-1. 都市計画上のコントロールについて

本章では、土地利用転換を行う上での都市計画上の規制

について考察を行う。現行の都市計画上の規制としては用

途地域を定めるゾーニング制度があるが、個別の敷地毎に

決められたものではなく、面的なものにとどまる。そのた

め、工場跡地の土地利用転換が行われる際には基本的には

用途地域の範囲内であれば適法であり、仮に周辺地域へ悪

影響を及ぼすとしてもそれらをコントロールする手段はな

い。

しかし、近年は条例において土地取引や開発を行う段階

で届け出や調整を定める自治体が出てきた。

次節以降ではこのような都市計画上のコントロールが土

地利用転換の際にどのように行われ、自治体が関わって行

っているかを分析する。

5-2. 用途地域の変更及び地区計画の有無

土地利用転換の際の面的な規制である用途地域の変更の

有無について調査を行った。調査の範囲は本研究で取り上

げた116件の工場跡地の内、川崎市内に存在する34件の工

場跡地に着目して分析を行う。川崎市に着目したのは各年

の都市計画図が手に入り、臨海部の工業団地から住宅地の

中の工場跡地まで立地が分布しているからである。調査方

法は各年の都市計画図を川崎市役所にて閲覧すること、ま

た都市計画図に記載の用途変更のリストをもとに、用途地

域の変更の有無を調査した。

その結果を図10に示す。用途地

域の変更が行われたのは34の跡地

の内、5件で14.7%であった。しか

し逆に何らかの用途へ土地利用転

換されているものは34件中30件存

在していた。

土地利用転換が多く

の跡地で行われている

にも関わらず、跡地の

用途地域の変更が起き

ていないのは工業地

域、準工業地域などに

住宅建設が行われてい

るなど、用途地域の変

更を行う必要が無いも

のが多いためだと考え

られる。実際に、34件の工場跡地のうち、住宅を開発する

ことができない工業専用地域になっているものは3件のみ

であった。現在の用途地域についてグラフにしたものを図

11に示す。

次に用途地域の変更が行われた5件の跡地について着目

すると、工業系用途から住宅系用途に変更されたものが4

件、商業系用途に変更されたものが1件であった。用途変

更が行われたものは周辺がもともと住宅系用途に指定され

ており、そのため、工場閉鎖後に変更されたものが多くな

っていた。代表的な事例を図12に示す。宿河原駅周辺の跡

地では駅周辺は商業、その先は住宅系用途に指定されてい

る。駅前の赤線で図示したところが工場跡地であり、工業

系用途で指定が行われていた。工場の閉鎖後用途地域の変

更が行われ、周辺と同様に住宅系用途に指定が行われた。

このように、用途地域の変更が行われた事例ではもとも

と住宅系用途地域の中に、工場が立地しており、閉鎖に伴

い住宅系用途に変更され、住工混在が解消された例が多

い。

また、地区計画の変更や新設についても調査した結果、

12/34の跡地で地区計画がかけられていた。地区計画が用

いられていた跡地は駅前が多く、容積などを緩和したうえ

で、土地利用転換が行われていた。これらをみると駅前な

どでは地区計画を都市計画決定する際に自治体と開発者と

の協議が行われていると考えられる。

5-3. 大規模な土地取引の届け出制度

次に用途地域等の事前の土地利用規制ではなく個別の開

発時の自治体の関わり方について分析を行う。近年、大規

模な土地取引の際に事前に自治体への届け出を義務づける

自治体が出てきている。

神奈川県内では鎌倉市がまちづくり条例によって大規模

土地取引行為の届出が義務付けており、土地取引を行う場

合には6か月前に届けが必要である。

この条例について鎌倉市担当者にヒアリング(11)を行っ

た。取引条例があったとしても、跡地の購入先が決まって

から情報が入るため、協議がしづらいということが明らか

になった。実際には届け出時では売り手が決まってしまっ

ており、要望を聞いてもらうのは難しいとのことである。

跡地の買い手としては開発規模などを大まかに決めてから

購入するものであり、購入前に開発規模などに大きく影響

変更有り5件

(15%)

変更無し29件

(85%)

図10:用途地域の変更の有無

13

8

3

3

3

31

工業地域

準工業地域

第一種住居地

工業専用地域

商業地域

第二種住居地

準住居地域

図11:現在の用途地域別割合

図12:宿河原駅周辺における用地地域の変更

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する自治体との協議を行う必要がある。

そのため、大規模跡地の土地利用転換にあたっては地権

者が工場を閉鎖し、買い手を探すタイミングで自治体と協

議を義務化し、地権者、買い手、自治体の3者で協議を義

務化するなどの策が考えられる。

5-4. 事例調査(鎌倉市の事例)

取引前に自治体と協議を行ったことで周辺環境への影響

を考慮した開発が行えた先進的な事例についてヒアリング(11)と文献調査を行うことで事前協議の必要性を明らかに

する。取り上げる対象地は鎌倉市の資生堂大船工場跡地で

ある。概要を図13に示す。2015年に工場は閉鎖され、集合

住宅が計画されているが、寄付された一部が産業用地とし

て食品メーカーが立地するうえ、老人ホームや提供公園が

計画されている。そのため、集合住宅としては規模が小さ

くなっている。これにより小学校の需要増加については想

定される児童数増加にも一定期間は対応可能であると確認

されている21)。また老人ホームや保育所の同時に計画され

ているため、将来の高齢化にも対応可能であると考えられ

る。

このように周辺環境への影響を考慮した計画が可能だ

った理由としてヒアリングでは、工場を閉鎖するという情

報が入った早期から売り手の資生堂へ自治体が協議を行い

産業用地として引き続き利用してほしいと要請していたた

め、購入者の住宅デベロッパーが一部(5,200㎡)寄付を行

ったこと、また規模に関しても跡地全体に集合住宅を計画

すると一度に大量の人口が流入してしまうため、協議を行

い老人ホームや保育所が計画されることになったことが明

らかになった。さらに、早期から協議を行うことで、買い

手を探す際にも開発規模についての要請を伝えたうえで購

入をすることができたということが明らかになった。

5-5. 本章のまとめ

自治体の関わり方として、川崎市では用途地域の変更が

行われる例は少ないことが明らかになった。その理由とし

ては準工業地域など住宅開発が可能な用途になっているも

のが多いためであると推測できる。

また、地区計画により容積率を緩和し、大規模開発が行

われていることが明らかになった。地区計画では都市計画

決定が必要なため、用途や容積率、公共貢献要素などが開

発者と自治体の間で調整されうる。しかし、地区計画が用

いられていない跡地でも土地利用転換は行われているた

め、協議を行う必要がある。そのうえ、地区計画を決定す

る際にも今後の人口減少を見据えた協議が行われる必要が

あると考えられる。

最後に、開発者との調整については土地取引の早期に行

うことで、周辺環境に配慮した開発が可能なことが明らか

になった。既往研究14)では土地取引の届出制度の有効性が

指摘されているが、より効果的な協議を行うには、早期に

閉鎖を把握するための対策を講じる必要があることが明ら

かになった。このように、有効的に自治体が関わるには早

期に工場の閉鎖を把握し、協議を行うことが必要である。

6. おわりに

6-1. 本研究の結論

まず1点目に、1980年以降神奈川県内において大規模な

工場跡地が116件発生していることが明らかになった。臨

海部を中心として工場用地として利用されているものもあ

るが、土地利用転換されているものが77%あった。

2点目として、土地利用転換されているものの中には、

大規模な集合住宅の建設が行われ、周辺地域の世代間バラ

ンスに大きな影響を与えているものがあることが明らかに

なった。災害時の避難や小学校、保育所などの供給を考え

ると、周辺に配慮した活用が求められる。

3点目は工場跡地の土地利用転換を行う際の自治体の関

わり方である。前述のように自治体は民有地であるため関

わりにくいという課題はあるが、周辺に大きな影響を与え

ているものである。そのため、現在は一部の自治体(12)が

届け出制度を設けているにとどまるが、もう一歩踏み込み

大規模な土地利用転換に際しては事前の許可を求めるよう

にすることが考えられる。

6-2. 今後の課題

本研究では神奈川県内の工場跡地の土地利用に関して網

羅的に調査分析を行った。しかし、5-2で取り上げた用途

地域の調査では一市町村の分析にとどまるなど、神奈川県

全体や日本全体での動向を把握することはできていない。

また、周辺への影響についても世代間バランスのみの分

析となっており、地価や実際の住民が感じている課題など

に踏み込む余地があると考えられる。 【補注】 (1) 工業統計によれば1980年の大規模工場数は愛知県に続いて2位の321で

ある22)。 (2) 工業統計の1980年と2014年の比較により算出した。愛知県は1980年時

点では大規模工場数は1位であるが、2014年にはさらに31件増加して

いる。このため工場跡地発生数は神奈川県の方が多いと考えられる2

3)。 (3) 工場等制限法により工場の新増設が首都圏では東京23区、武蔵野市、

三鷹市、横浜市、川崎市及び川口市において制限された17)。 (4) 空間的な自己相関を測るものであり、対象の集積度合いを表すことが

できる。

𝐼𝑖 =𝑥𝑖−�̅�

𝑚2∑ 𝑤𝑖𝑗(𝑥𝑖 − �̅�)𝑛𝑗=1 で定義される。

ただし、nはサンプル数、𝑚2 =1

𝑛∑ (𝑦𝑖 − �̅�)2𝑛𝑖=1 、wijはiとjの空間

間のウェイトを示す。

(5) 複数カウントは敷地分割が行われ複数の土地利用種別に分かれているものを跡地の土地利用種別毎にカウントを行った。全116件の跡地中4

9で複数の土地利用種別へ敷地分割されていた。 (6) 規模や敷地面積の面から主要な用途を判断した。主要な単独の用途に

図13:事例概要

概要:資生堂大船工場 事業所名:㈱資生堂大船工場 分類:化学工業 所在地:鎌倉市岩瀬1-2-3 面積:2.67ha 用途地域:準工業地域 閉鎖年:2015年 跡地利用:未利用 (集合住宅(401戸)、老人ホーム、公園、 保育園、産業用地が計画中)

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よって分類を行ったため、前章の複数カウントによる数値とは異なる。

(7) 阿藤ら24)は駅から500m圏内を「駅前地区」として扱っているほか、農

林水産研究所が公開している食料品アクセスマップ25)では徒歩で無理なく買い物に行ける距離を500mとして定義している。これらを参考に駅から500mを基準とした。

(8) 国土交通省の住宅市場動向調査(26)によれば、世帯主の年齢について30歳代と40歳代によるものが分譲戸建て住宅で71.5%、分譲マンションで63.5%である。

(9) 2011年の東日本大震災においては、被災地全体の死者数のうち 65 歳以上の高齢者の死者数は約6割だったうえに、消防職員・消防団員の死者・行方不明者は281名、民生委員の死者・行方不明者は56名にの

ぼるなど、多数の支援者も犠牲となった(27)ことから高齢者の急増により災害時の避難がより困難になることが考えられる。

(10) 国土交通省国政局が2010年の国勢調査をもとに2050年までの500mメッ

シュ別の将来人口の試算を行ったものを利用した。 (11) 鎌倉市まちづくり計画部土地利用政策課課長に電話ヒアリングを実施

した。実施日2019年1月24日。

(12) 鎌倉市のほかに府中市なども同様の条例がある。 【参考文献】 1) 松崎志保(2013)「自治体の工場跡地等活用方策について」,『産業立

地』VOL.52 No.1,pp.15-19,日本立地センター. 2) 日本立地センター(2016)「平成27年度地域経済産業活性化対策調査

(未活用の産業用地・施設及び工場跡地・空き工場等の利活用実態及

び利活用促進策に関する調査・分析)報告書」,<https://www.meti.go.jp/meti_lib/report/2016fy/001034.pdf>(参照2019-8-20).

3) 野原卓(2006)「大規模臨海工業地帯における土地利用現況とその変容

過程に関する研究–京浜臨海部の機能転換に見られる都市空間としての質的変化と混在化の動向-」,『都市計画論文集』No.41-3, pp.469-474,日本都市計画学会.

4) 鎌倉夏来(2012)「首都圏近郊における大規模工場の機能変化-東海道線沿線の事例」,『地理学評論』85(2),pp.138-156,日本地理学会.

5) 齊藤貴晶・中井検裕(1999)「東京都心3区における低未利用地の現状

と活用可能性に関する基礎的研究」,『都市計画論文集』No.34,pp.211-216,日本都市計画学会.

6) 樋口秀・仲条仁(2001)「地方都市中心部の低未利用地の実態把握と有

効活用方策の検討 -屋外駐車場に着目した長岡市におけるケーススタディ-」,『都市計画論文集』No.36,pp.433-438,日本都市計画学会.

7) 阿部正太朗・中川大・松中亮治・大庭哲治(2011)「地方都市中心部に

おける低未利用地の経年変化の実態把握-37都市3時点の住宅地図を用いた低未利用地データベースに基づいて-」,『都市計画論文集』Vol.46-3,pp.313-318,日本都市計画学会.

8) 宮川智子・中山徹(2002)「アメリカの工場跡地等汚染のある土地の土壌汚染対策と再開発における住民対応に関する研究」,『都市計画論文集』No.37,pp.1081-1086,日本都市計画学会.

9) 岡本寛子・大沢昌玄・岸井隆幸(2006)「旧国鉄跡地の活用実態と土地利用転換状況に関する研究」,『都市計画論文集』No.41-3,pp.773-778,日本都市計画学会.

10) 今村洋一(2011)「横須賀市における旧軍港市転換計画と旧軍用地転用について」,『都市計画論文集』Vol.46-3,pp.277-282,日本都市計画学会.

11) 今村洋一・川原大輝(2014)「佐世保市における旧軍用地の転用計画について -戦災復興計画と旧軍港市転換計画を対象として-」,『都市計画論文集』Vol.49-3,pp.1047-1052,日本都市計画学会.

12) 今村洋一・無津呂和也(2018)「呉市における旧軍用地の転用計画について - 戦災復興計画と旧軍港市転換計画を対象として -」,『都市計画論文集』Vol.53-2,pp.224-231,日本都市計画学会.

13) 朱青・小林重敬・高見沢実・内海麻利(1998)「大規模土地利用転換に関わる制度の運用から見た複合市街地形成に関する考察 住宅市街地総合整備事業と再開発地区計画を対象に」,『都市住宅学』23,pp53-5

8,都市住宅学会. 14) 山田一希・村木美貴・野澤康(2006)「自治体レベルの大規模開発コン

トロールの実態と課題に関する研究 -東京都市圏のまちづくり条例

の運用に着目して-」,『都市計画論文集』Vol.15036,pp.307-312,日本都市計画学会.

15) 小川一郎編(1989)『東京大都市圏の地域変容』大明堂.

16) 竹内淳彦(1988)『工業地域構造論』大明堂. 17) 国土審議会第二回首都圏整備分科会(2001)「工業等制限制度をとりま

く現状と課題について」,<http://www.mlit.go.jp/singikai/kokudosin/shuto/2/images/shiryou4.pdf>(参照2019-8-20).

18) 佐藤正之(1988)『京浜メガテクノポリスの形成』日本評論社.

19) 神奈川県商工部『神奈川県工場名鑑 昭和55年版』神奈川県商工部. 20) 三井住友銀行コーポレート・アドバイザリー本部企業調査部(2017)

「次世代型物流施設の動向」,<https://www.smbc.co.jp/hojin/repor

t/investigationlecture/resources/pdf/3_00_CRSDReport042.pdf>(参照2019-8-20).

21) ハマれぽ(2017)「大船駅近くにある資生堂鎌倉工場跡地はどうな

る?」,<https://hamarepo.com/story.php?page_no=1&story_id=6065&from=>(参照2019-8-20).

22) 経済産業省(1980)「工業統計」,<https://www.meti.go.jp/statistic

s/tyo/kougyo/archives/index.html>(参照2019-8-20). 23) 経済産業省(2014)「工業統計」,<https://www.meti.go.jp/statistic

s/tyo/kougyo/result-2.html>(参照2019-8-20).

24) 阿藤卓弥・大村謙二郎・有田智一・藤井さやか(2006)「首都圏郊外における鉄道駅前商業集積の停滞実態とその課題 -本厚木駅・小田原駅前地区を対象として-」,日本都市計画学会都市計画論文集,No.41-3,p

p.1037-1042,日本都市計画学会. 25) 農林水産政策研究所(2018)「食料品アクセスマップ」,<http://www.m

aff.go.jp/primaff/seika/fsc/faccess/a_map.html>(参照2019-8-2

0). 26) 国土交通省住宅局(2015)「平成27年度住宅市場動向調査~調査概要

~」,<http://www.mlit.go.jp/common/001135952.pdf>(参照2019-8-2

0). 27) 内閣府防災担当(2013)「避難行動要支援者の避難行動支援に関する取

組指針」,<http://www.bousai.go.jp/taisaku/hisaisyagyousei/youe

ngosya/h25/pdf/hinansien-honbun.pdf>(参照2019-8-20). 【謝辞】 国勢調査メッシュデータなど一部のデータは東大CSIS共同研究No.872に

よって提供していただきました。ありがとうございました。

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