30 調 15 ワークショップ1日目は参加者の子ども同士が 親しくなることに主眼が置かれた。グループに 分かれ、描いた絵を大きな紙に貼りつけ、互い を紹介し合った バンダアチェ� クアラルンプール� アチェ特別州� インドネシア� マレーシア� ブルネイ� シンガポール� タイ� ジャカルタ� ス� マ� ト� ラ� 島� AZHARI 作家 アチェ特別州はインドネ シアのスマトラ島北端部に ある。2004年12月26日に発 生したスマトラ島沖地震と その地震で起きた大津波に よって大きな被害が出た 2007年4月、インドネシアのアチェで開催された「アチェの子どもた ちと創る演劇ワークショップ」。国際文化交流が元紛争地の復興にどの ような貢献ができるかをテーマに掲げた事業で、ジャパンファウンデー ション社内事業公募制度「先駆的・創造的事業枠組」にて採用され、実施 された。30年間続いた紛争からの復興過程にあるアチェ州で、インド ネシア国軍とGAM (アチェ独立運動) の双方の暴力の被害を受けた中・ 高校生30名を集め、日本人演劇専門家とアチェ人アーティスト、NGO の協力体制のもとに開催。その模様を、インドネシアの若手作家でアチ ェの文化に深い関心を寄せるアズハリ氏にレポートいただいた。 ↑ワークショップは、自己紹介や演劇ゲームから、話し合い、作品づくりのグループワークを経て、舞台発表ま で、8泊9日間にわたるプログラム。メイン・ファシリテーターは花崎攝、すずきこーた、Agus Nur Amal。アチ ェ人ファシリテーター5名が参加した。写真は「アチェの未来について」というテーマで話し合う子どもたち

アズハリ AZHARI アズハリ 作家 ↓アチェ特別州はインドネ シアのスマトラ島北端部に ある。2004年12月26日に発 生したスマトラ島沖地震と

Embed Size (px)

Citation preview

Page 1: アズハリ AZHARI アズハリ 作家 ↓アチェ特別州はインドネ シアのスマトラ島北端部に ある。2004年12月26日に発 生したスマトラ島沖地震と

アチェにおける戦争と子どもたち

アチェ独立戦線(GAM)の反乱

軍とインドネシア政府軍の間で展開

されたアチェ特別州における戦争で

は、対立する双方が子どもたちを戦

争に参加させる動きはほとんど見ら

れなかった。ここでいう「参加」と

は、紛争が発生している多くの地域

で見られるような、子どもたちを武

装させ、少年兵士部隊を編成して戦

力の一部とするなどのことである。

ヒューマン・ライツ・ウォッチのデー

タによると、スリランカやスーダンを

はじめ、現在、世界で約30万人の子

どもたちが少年兵士になり、積極的

に武力紛争に関わっているという。

おそらく、これはインドネシアにお

ける独立紛争と他の地域における独

立紛争の相違点の一つであろう。し

かしながら、アチェの紛争において子

どもたちや女性が犠牲者になったと

いう事実は否定できない。それどこ

ろか、子どもたちや女性は物理的な

被害を受けたうえに、十分な教育を

受ける権利を失ってしまったという

意味でも、最大の犠牲者なのである。

子どもたちを少年兵士にしていた

紛争地域の多くでは、子どものころ

に敵を殺戮することを教え込まれ、

その後、熟練した兵士となった者の

暴力性をコントロールできないた

め、和平プロセスの開始が阻害され

るという問題が発生している。ゆえ

に、アチェの子どもたちが戦争の担

い手にはならなかったことは、単に

「幸運」ととらえられるだけではな

く、和平・調停プロセスを始めるチ

ャンスでもある。つまり、アチェの

子どもたちはアチェの和平プロセス

を発展させていく担い手となるべき

なのである。

暴力という文化を一掃する

2005年8月15日、フィンラン

ドのヘルシンキでGAMとインドネ

ワークショップ1日目は参加者の子ども同士が親しくなることに主眼が置かれた。グループに分かれ、描いた絵を大きな紙に貼りつけ、互いを紹介し合った

バンダアチェ�

クアラルンプール�アチェ特別州�

インドネシア�

マレーシア�ブルネイ�

シンガポール�

タイ�

ジャカルタ�

ス�マ�ト�ラ�島�

AZHARIア ズ ハ リ

作家

↓アチェ特別州はインドネシアのスマトラ島北端部にある。2004年12月26日に発生したスマトラ島沖地震とその地震で起きた大津波によって大きな被害が出た

2007年4月、インドネシアのアチェで開催された「アチェの子どもたちと創る演劇ワークショップ」。国際文化交流が元紛争地の復興にどのような貢献ができるかをテーマに掲げた事業で、ジャパンファウンデーション社内事業公募制度「先駆的・創造的事業枠組」にて採用され、実施された。30年間続いた紛争からの復興過程にあるアチェ州で、インドネシア国軍とGAM(アチェ独立運動)の双方の暴力の被害を受けた中・高校生30名を集め、日本人演劇専門家とアチェ人アーティスト、NGOの協力体制のもとに開催。その模様を、インドネシアの若手作家でアチェの文化に深い関心を寄せるアズハリ氏にレポートいただいた。

↑ワークショップは、自己紹介や演劇ゲームから、話し合い、作品づくりのグループワークを経て、舞台発表まで、8泊9日間にわたるプログラム。メイン・ファシリテーターは花崎攝、すずきこーた、Agus Nur Amal。アチェ人ファシリテーター5名が参加した。写真は「アチェの未来について」というテーマで話し合う子どもたち

Page 2: アズハリ AZHARI アズハリ 作家 ↓アチェ特別州はインドネ シアのスマトラ島北端部に ある。2004年12月26日に発 生したスマトラ島沖地震と

シア政府が和平合意書に調印した。

しかし、その日以降もアチェは暴力

と武力紛争再発の脅威から、まった

く自由になったわけではない。数十

年間にわたって続いた暴力的行為、

そしてアチェ人の生活に定着した暴

力の文化を、そう簡単には払拭でき

るはずがない。対立していた双方の

和平合意はあくまで政治的な合意で

あると見るべきであろう。

アチェ社会には、集合的記憶とし

て暴力的秩序が根づいている。政治

的な合意は、そのような戦争がもた

らしたすべての重荷と破壊に回答を

与えるものではない。その一方で、

アチェの平和を守るためにアチェ社

会の各層を参加させる戦略を速やか

に講じなければならない。また、長

期的にはアチェ人の生活から暴力と

いう文化を一掃するための努力をす

べきである。

そこで私は考えを巡らせてみた。

すでに述べたような他の戦争地域、

子どもたちが兵士となった地域で

は、子どもたちは戦争から切り離せ

ない一部となっているのであろう。

しかしアチェにおいては、この考え

方を転換させて、子どもたちこそが

平和を推し進める担い手になれるの

ではないか、私たちにはそのサポー

トができるのではないか、と。

参加型演劇ワークショップの試み

07年4月にアチェ・ブサール県サ

レーの谷で、ジャパンファウンデー

ションがバンダアチェ市のティカー

ル・パンダン・コミュニティと協

力・実施した、元紛争地域のアチェ

の子どもたちが対象のパイロット・

プロジェクトである参加型演劇ワー

クショップは、こういった現実を踏

まえた試みの一つであったと思う。

この実験的プログラムにおいて、

私は子どもたちにはアチェの平和・

調停構築の主役となる大きなチャン

スがあることを実感した。それはモ

ラルや熱意、ワークショップ開催の

目的などから見た場合だけではな

く、もっと重要な、子どもたちのワ

ークショップに対する反応や吸収力

から見て、そう実感したのだった。

ワークショップが終わってみる

と、子どもたちの中には大きな希望

が育まれていた。おそらくこれは、

プロジェクトへの参加により、「自

分たちの村、そしてできればアチェ

のために何かやってみたい」という

意思へと開花したものなのだろう

(子どもたちのほとんどは人里離れた地

域からの参加だった)。しかしながら、

すでに述べたように、アチェの戦争

は常に大人たちの問題であるととら

えられている。そのため、一番大き

な痛手を負った子どもたちは忘れら

れ、子どもたちがアチェの和平プロ

セスを進めていく可能性を秘めてい

るとみなされることもなかった。

孤立した社会の中の子どもたち

戦争によって、アチェの村々は外

の世界との交流・交友から疎遠にな

ってしまった。その間、アチェ全域

は経済、政治、社会、文化的側面

において、孤立してしまっていたと

言っても過言ではないだろう。アチ

ェの村に住んでいる人々にとって、

外界ははるか遠い世界であり、また

外界の人にとって、アチェは深い闇

にあるかのごとく、なかなか知り得

ることのできない地域であった。

こうした状況により、受動的な社会

の性質が形成され、人々は猜疑心の

中で生き、自身の安全を考えるよう

になった。このことは紛争時代に親

たちの子どもの育て方に影響を与え

た。例えば、子どもは親の問題に関わ

ることを禁止され、また子どもは黙

って聞くこと以外は許されず、家で

も学校でも子どもたちは他からの情

報を得ることができない、などである。

孤立は、アチェの子どもたちが外

界について無知になるなどの間接的

な影響を及ぼすに至った。当然、子

どもたちは自分自身の人生や夢は、

自分で決めなければならないことを

よくわかっているが、そのために何

をすればいいのかを知らない。なぜ

なら、彼らに将来の夢を与える情報

や教育、知識が村には入ってこない

からである。この孤立の問題と自己

No.18

演劇ワークショップのクライマックスはアチェ・コミュニティ・センターでの舞台発表。森林の違法伐採者が後に知事になって住民に告発されるという、社会問題を扱った作品

Page 3: アズハリ AZHARI アズハリ 作家 ↓アチェ特別州はインドネ シアのスマトラ島北端部に ある。2004年12月26日に発 生したスマトラ島沖地震と

を解き放ちたいという意思は、今回

の9日間にわたるワークショップに

おいて明確に見ることができた。

ワークショップを継続する意味

子どもたちに平和の担い手として

の可能性を期待するのであれば、ア

チェの子どもたちをこういった隔離

的状況から自由にするのが第一条件

ではないだろうか。その方法とは、

子どもたちの出身地である村を最大

限に大きく開いてあげることだろ

う。サレーで開催されたこのワーク

ショップは、子どもたちと外の世界

をつなぐ方法の一つであると思う。

花崎攝さんとすずきこーたさんが

行なった演劇ワークショップは、アチ

ェの子どもたちに新しい世界を一つ

開いてくれた。それは日本という遠

い彼方の外界であり、肌の色の違う人

との友情の世界であり、同じ人間とし

ての愛情の世界であり、何か行動を

起こし実践してみるという世界であ

り、歌や踊りや対話の世界であった。

すべてのことはワークショップに

参加した子どもたちの心と頭に残っ

た。村に戻ってから、子どもたちは

自分自身のワークショップでの体験

を友達に語った。そしてワークショ

ップで学んだものをさらに発展させ

ていこうという意思を伴ったリアク

ションが見られるようになったので

ある。私たちはその進展を見守り、

支え続けなければならない。なぜな

ら、子どもたちと外の世界をつなぐ

作業は、一度だけのワークショップ

だけでは不十分だからである。

したがって、ジャパンファウンデ

ーションとティカール・パンダン・コ

ミュニティがワークショップを継続す

ることに合意したのは実に幸運なこ

とである。これこそが最も重要な支

援であり、アチェの子どもたちの未

来を決めるものであると思う。2回

目のワークショップでは、子どもた

ちが自分の未来の夢を創造するため

のより確かな橋が架かるであろう。

子ども劇団がもつ可能性

こういったワークショップは、村

に子どもたちの芸術団体をつくるこ

とで、より素晴らしいものになる。

一番可能性が高いのは子どもたちの

劇団だろう。子どもたちが演劇グル

ープをつくることで、子どもたちは

劇の練習を行ない、自分たちの村で

発表することができる。子どもたち

にこれができれば、結果として彼ら

の村に新しい文化運動が興ることに

なる。こういった小さな単位でも、

村の大人たちにポジティブな影響を

与えていくものになるだろう。子ど

もにも活動する権利と場所があると

いうことを理解してもらえるように

なるだろう。

この子ども劇団の結成が成功すれ

ば、新しい知性が生まれ、村の人々

が直接関わりをもつようになり、新

しい情報が入るようになる。子ども

たちの活動が行なわれるようになれ

ば、自然と大人たちや周囲の人々も、

そして地域社会全体がそれをサポー

トする役割を担うようになるだろう。

今こそ子どもたちに平和の担い手

としての役割が期待されるときであ

る。こういった活動が各地で行なわ

れるようになれば、どれだけの人が

それに関わっていくことだろうか。背

景の異なる人と人とが出会い、互い

に大事な物事について対話を繰り広

げ、大人たちが関わりをもち、そして

ついには紛争背景を異にする人々の

コミュニケーションを容易にするの

ではないだろうか。a

(原文はインドネシア語、沼澤麗訳)

63

参加者全員で記念撮影。ワークショップ最終日には、別の地域から来た友人との別れを惜しみ、涙が止まらなくなってしまった子どもも

アズハリ●1981年生まれ。2005年に短編小説PerempuanPala(ナツメグの女)がオランダのFree Word賞受賞、インドネシアのカトリスティワ賞の10名の最終候補に残る。民間伝承や民話に大きな関心を寄せ、執筆と研究

のほか、コミュニタス・ティカール・パンダンのエクゼクティブ・ディレクター、バンダアチェのドゥー・カリム文章学校の校長を務める。06年にはアグス・ヌール・アマルと共著で、アチェの民話集 Manusia bersarung Kodok(蛙のサロンを着た人間)を出版。現在、07年に刊行予定の、17世紀のアチェを背景にした長編作品 Hikayat Kura-kura Berjanggut(髭を生やした亀の物語)を準備中

写真提供:筆者