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― 96 ― 【 目的 】視床出血は、視床核損傷による感覚障害や周辺組織 への血腫伸展に伴う運動麻痺など多彩な症状を呈する。視床 核は複数存在し、その役割は様々である。しかし臨床上、視 床核の機能解剖を理解していても症候が一致しない事を経験 する。今回、両側視床出血により左上肢と右下肢に運動失調 を呈した症例を担当した。視床出血による運動失調が単独で 出現し、その後の経過を検討した先行文献は少なく、症候を 評価考察する機会に至ったので報告する。 【 症例紹介 】70 代男性、右利き。既往歴は高血圧症。ふらつ きと右手の痺れが主訴で当院受診。両視床出血と診断され、 保存的加療にて経過。発症時の頭部 CT では左視床 10 ㎜ × 5 ㎜、右視床 5 ㎜ × 5 ㎜ の高吸収域を認めた。第 2 病日目か ら理学療法開始。第 10 病日目に自宅退院許可。病前の日常 生活動作は自立。日々の活動と参加は畑仕事であり、支持基 底面が不安定で狭い畦道での歩行が必要であった。 【 説明と同意 】ヘルシンキ宣言に基づき本発表に関する内容 説明を実施し、文書で同意を得た。 【 経過 】 入院時、主治医の画像所見で出血源は両視床外側部で あり、左側のみ一部内包への伸展も疑われた。その為、右側は 内包後脚損傷を疑い評価を行なったが、明らかな運動麻痺は 認めなかった。Japan Coma ScaleⅠ-1. Mini Mental State Examination は 27 点、Instruction manual of Japanese version of Montreal Cognitive Assessment は 24 点であっ た。National Institute of Health Stroke Scale は 2点。感覚 検査は表在、深部覚ともに正常。協調性検査は左上肢の指鼻 指試験、右下肢の踵膝試験で陽性、両側に測定障害を認めた。 Romberg sign は陰性。深部腱反射は右側低下、左側正常。 病 的 反 射 は 陰 性。Fugl-Meyer Assessment は 左 右 と も 104/106 点。減点項目は左上肢、右下肢の協調性と両側片脚 立位であり、左右の点数差はなかった。Scale for the assess- ment and rating of ataxia は 8 点。Mini-Balance Evaluation Systems Test (Mini-BESTest)は19点。自然立位可能、継 足立位困難。歩行は独歩可能も wide base で歩幅歩隔の拡大、 継足歩行困難な状態であった。 畑仕事する際に継足立位や歩行の獲得が望まれるが早期退 院に向け、支持基底面を拡大させた代償戦略での指導を行 なった。第 7 病日目に再評価を行なったが、大きな改善は認 めなかった。 【考察】2016 年 5 月~ 2017 年 5 月までの期間、当院で視床出 血と診断された患者は 13 例であった。全 13 例のうち 5 例が運 動失調を認め、それぞれ運動麻痺や感覚障害、高次脳機能障 害を伴っており、視床性運動失調と考えられた。視床性運動 失調は運動麻痺を伴う Ataxic Hemiparesis、感覚障害 を伴う Hemiataxia Hypesthesia、 双方を伴う Hypesthetic Ataxic Hemiparesis に分類され、諸家の報告もある。(当間、 2004)しかし本症例に認めた運動失調単独の症候報告はなく、 非常に稀なケースであると考えられる。本症例の画像所見か ら視床外側核の損傷が疑われる。視床損傷による運動失調は、 外側腹側核( VL )と前腹側核( VA )に起因するとされている。 特に VL は歯状核赤核視床路が終止しており、障害されると 四肢の失調が出現する可能性を示唆している。(北郷、 2012)本症例も体幹失調は見られず、巧緻な随意運動に対し て調節系に誤差が生じ、測定障害が認められ、VL 損傷が疑 われた。また測定障害は左上肢と右下肢に出現している症候 より、VLも機能局在が存在する可能性が示唆される。 Mini-BESTest はカットオフ値以上の結果であったが、減点 は反応的姿勢制御の項目に集中していた。本症例は支持基底 面から外れた体幹に対して、下肢のステップ反応が遅延し、 修正が困難であった。その為、動的なバランス反応が要求さ れる歩行では wide base で歩幅歩隔拡大させ、安定性の保 障に寄与していると考えられる。小脳で得られた運動誤差情 報は VL と VA に投射し大脳皮質運動野へフィードバック される。しかし VL 損傷により、運動とバランスの調節系に 問題が生じていると考えられる。諸家の報告と比較し、本症 例は急性期から自宅復帰が可能であった。特に視床は運動系、 連合系、辺縁系のループ形成が知られており、急性期で血腫 による圧迫や脳圧亢進、脳浮腫などにより多種多様な症候が 出現する事が予測される。本症例のように少量出血で、視床 核の限局された障害の場合、症候が軽微であり、早期退院が 可能であると示唆される。 【 理学療法研究としての意義 】視床の VL 損傷は、運動失調 やバランス反応の調節系に関わっている事が示唆され、片麻 痺や感覚障害を伴う重症者において、評価や治療、予後予測 の再考に繋がる可能性がある。 両側視床出血により左上肢と右下肢に単独で 小脳性運動失調が出現した症例を経験して ○森屋 崇史 ( もりや たかし ) ,三木 晃,磯谷 素子 医療法人社団 六心会 恒生病院 Key word:運動失調,視床出血,視床外側核 ポスター 6 セッション  [ 神経 ③( 症例報告 ) P6- 9

[ 神経③(症例報告) ] P 9 両側視床出血により左上肢と右下 …kinki57.shiga-pt.or.jp/pdf/p6-9.pdfRomberg signは陰性。深部腱反射は右側低下、左側正常。病的反射は陰性。Fugl-Meyer

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Page 1: [ 神経③(症例報告) ] P 9 両側視床出血により左上肢と右下 …kinki57.shiga-pt.or.jp/pdf/p6-9.pdfRomberg signは陰性。深部腱反射は右側低下、左側正常。病的反射は陰性。Fugl-Meyer

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【目的】 視床出血は、視床核損傷による感覚障害や周辺組織への血腫伸展に伴う運動麻痺など多彩な症状を呈する。視床核は複数存在し、その役割は様々である。しかし臨床上、視床核の機能解剖を理解していても症候が一致しない事を経験する。今回、両側視床出血により左上肢と右下肢に運動失調を呈した症例を担当した。視床出血による運動失調が単独で出現し、その後の経過を検討した先行文献は少なく、症候を評価考察する機会に至ったので報告する。

【症例紹介】 70代男性、右利き。既往歴は高血圧症。ふらつきと右手の痺れが主訴で当院受診。両視床出血と診断され、保存的加療にて経過。発症時の頭部 CT では左視床10 ㎜×5 ㎜、右視床5 ㎜×5 ㎜の高吸収域を認めた。第2病日目から理学療法開始。第10病日目に自宅退院許可。病前の日常生活動作は自立。日々の活動と参加は畑仕事であり、支持基底面が不安定で狭い畦道での歩行が必要であった。

【説明と同意】 ヘルシンキ宣言に基づき本発表に関する内容説明を実施し、文書で同意を得た。

【経過】 入院時、主治医の画像所見で出血源は両視床外側部であり、左側のみ一部内包への伸展も疑われた。その為、右側は内包後脚損傷を疑い評価を行なったが、明らかな運動麻痺は認めなかった。Japan Coma ScaleⅠ-1. Mini Mental State Examination は27点、Instruction manual of Japanese version of Montreal Cognitive Assessment は24点であった。National Institute of Health Stroke Scale は2点。感覚検査は表在、深部覚ともに正常。協調性検査は左上肢の指鼻指試験、右下肢の踵膝試験で陽性、両側に測定障害を認めた。Romberg sign は陰性。深部腱反射は右側低下、左側正常。病的反射は陰性。Fugl-Meyer Assessment は左右とも104/106点。減点項目は左上肢、右下肢の協調性と両側片脚立位であり、左右の点数差はなかった。Scale for the assess-ment and rating of ataxia は8点。Mini-Balance Evaluation Systems Test(Mini-BESTest)は19点。自然立位可能、継足立位困難。歩行は独歩可能も wide base で歩幅歩隔の拡大、継足歩行困難な状態であった。 畑仕事する際に継足立位や歩行の獲得が望まれるが早期退院に向け、支持基底面を拡大させた代償戦略での指導を行なった。第7病日目に再評価を行なったが、大きな改善は認めなかった。

【考察】 2016年5月~2017年5月までの期間、当院で視床出血と診断された患者は13例であった。全13例のうち5例が運動失調を認め、それぞれ運動麻痺や感覚障害、高次脳機能障害を伴っており、視床性運動失調と考えられた。視床性運動失調は①運動麻痺を伴う Ataxic Hemiparesis、②感覚障害を伴う Hemiataxia Hypesthesia、③双方を伴う Hypesthetic Ataxic Hemiparesis に分類され、諸家の報告もある。(当間、2004)しかし本症例に認めた運動失調単独の症候報告はなく、非常に稀なケースであると考えられる。本症例の画像所見から視床外側核の損傷が疑われる。視床損傷による運動失調は、外側腹側核(VL)と前腹側核(VA)に起因するとされている。特に VL は歯状核赤核視床路が終止しており、障害されると四肢の失調が出現する可能性を示唆している。(北郷、2012)本症例も体幹失調は見られず、巧緻な随意運動に対して調節系に誤差が生じ、測定障害が認められ、VL 損傷が疑われた。また測定障害は左上肢と右下肢に出現している症候より、VL も機能局在が存在する可能性が示唆される。Mini-BESTest はカットオフ値以上の結果であったが、減点は反応的姿勢制御の項目に集中していた。本症例は支持基底面から外れた体幹に対して、下肢のステップ反応が遅延し、修正が困難であった。その為、動的なバランス反応が要求される歩行では wide base で歩幅歩隔拡大させ、安定性の保障に寄与していると考えられる。小脳で得られた運動誤差情報は VL と VA に投射し大脳皮質運動野へフィードバックされる。しかし VL 損傷により、運動とバランスの調節系に問題が生じていると考えられる。諸家の報告と比較し、本症例は急性期から自宅復帰が可能であった。特に視床は運動系、連合系、辺縁系のループ形成が知られており、急性期で血腫による圧迫や脳圧亢進、脳浮腫などにより多種多様な症候が出現する事が予測される。本症例のように少量出血で、視床核の限局された障害の場合、症候が軽微であり、早期退院が可能であると示唆される。

【理学療法研究としての意義】 視床の VL 損傷は、運動失調やバランス反応の調節系に関わっている事が示唆され、片麻痺や感覚障害を伴う重症者において、評価や治療、予後予測の再考に繋がる可能性がある。

両側視床出血により左上肢と右下肢に単独で 小脳性運動失調が出現した症例を経験して

○森屋 崇史(もりや たかし),三木 晃,磯谷 素子医療法人社団 六心会 恒生病院

Key word:運動失調,視床出血,視床外側核

ポスター 第6セッション [ 神経③(症例報告) ]

P6-9