15
はじめに 磯焼けは、日本では古くから知られていましたが、研究や対策が盛んになってもなかな か思うように藻場が回復しませんでした。理由には、①急速な沿岸環境の悪化、②磯焼け に対する認識の誤り、③回復手法の選択の誤り、④漁業担い手の減少、⑤計画・作業に必 要な知見の欠如、⑥取り組み体制の不備、⑦除去した植食性魚類・ウニの用途、などがあ りました。そこで、水産庁は、2007 年 2 月、「磯焼け対策ガイドライン」を策定しました。 詳しい経緯は初版の巻頭言に譲りますが、漁業者自らが主体となって藻場の回復を計画・ 実行できるようにするために、知恵と技術を結集して編纂されました。 ガイドラインは、2007 年 7 月に全国漁港漁場協会から販売、要約版の小冊子が全国各地 の講習会で配布されたほか、水産庁の HP からもダウンロードできるようになり、漁業者の みならず、試験研究機関、支援者の一般市民など、多くの方々にご利用いただきました。 都道府県によってはこれをたたき台として地方版のガイドラインが編纂されましたし、藻 場回復活動の支援事業でも中核的な資料として活用されてきました。その結果、全国各地 で優良な活動事例が生まれ、地域に応じた仕組みや流れができ、条件に恵まれた地区では 広域の藻場回復に成功し、水産資源の回復の兆しが見えてきました。 このように、上記①~⑦の多くは大幅に改善されました。しかし、より本質的な問題と して、①と④が以前にも増して深刻化しています。①に関して、近年の水温上昇傾向は世 界的な広がりを見せ、夏枯れの早期化、植食動物の活発化を起こし、藻場形成種の分布に も影響が表れています。また、④に関して、漁村の過疎化に加え、漁業者の高齢化や兼業 化に伴い、磯焼け対策の担い手にも人手不足を来たしています。 ガイドラインも、刊行から 8 年の歳月が経ちました。この間、関連生物、特に植食性魚 類の生態や除去技術に関する知見は大幅に増え、海藻のタネ供給技術の開発や改良も進み、 藻場回復活動をサポートする体制も構築され、これらの成果を盛り込む必要が生じました。 そこで、1 年を費やし、装いも新たに改訂を試みたのが本書です。根幹の考え方は変わら ず、必ずしも全面を書き直したわけではありませんが、使い勝手の悪かった部分、実状に 合わない部分は思い切って手を入れました。例えば、順応的管理手法による磯焼け対策の サイクルはよりシンプルにしたほか、永遠に廻り続けるサイクルではなく、日常モニタリ ングに移行する形に改めました。また、25 に整理区分された要素技術の中には実用的では ない項目もあり、実用的な技術を中心に記述し、体系も改めました。また、ベースづくり、 人づくり、技づくり、流れづくりの重要性を指摘するとともに、具体的な実践例の紹介に も努めました。今回の改訂にあたり、地方自治体や専門家のみならず、各地のサポーター や実践的漁業者、一般市民の方々に、多くの貴重なご意見を賜り、資料を提供していただ きました。関係者各位に厚くお礼を申し上げます。本書がさらに多くの方々に活用され、 藻場の回復事例が増えることを期待してやみません。 平成 27 年 3 月 「水産生物の生活史に対応した漁場環境形成推進委託事業のうち各生活史段階に応じた 漁場機能を強化する技術の開発・実証に係わる事業」検討委員会 委員長 藤田大介

はじめに...はじめに 磯焼けは、日本では古くから知られていましたが、研究や対策が盛んになってもなかな か思うように藻場が回復しませんでした。理由には、①急速な沿岸環境の悪化、②磯焼け

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Page 1: はじめに...はじめに 磯焼けは、日本では古くから知られていましたが、研究や対策が盛んになってもなかな か思うように藻場が回復しませんでした。理由には、①急速な沿岸環境の悪化、②磯焼け

はじめに

磯焼けは、日本では古くから知られていましたが、研究や対策が盛んになってもなかな

か思うように藻場が回復しませんでした。理由には、①急速な沿岸環境の悪化、②磯焼け

に対する認識の誤り、③回復手法の選択の誤り、④漁業担い手の減少、⑤計画・作業に必

要な知見の欠如、⑥取り組み体制の不備、⑦除去した植食性魚類・ウニの用途、などがあ

りました。そこで、水産庁は、2007年 2 月、「磯焼け対策ガイドライン」を策定しました。

詳しい経緯は初版の巻頭言に譲りますが、漁業者自らが主体となって藻場の回復を計画・

実行できるようにするために、知恵と技術を結集して編纂されました。

ガイドラインは、2007年 7月に全国漁港漁場協会から販売、要約版の小冊子が全国各地

の講習会で配布されたほか、水産庁の HPからもダウンロードできるようになり、漁業者の

みならず、試験研究機関、支援者の一般市民など、多くの方々にご利用いただきました。

都道府県によってはこれをたたき台として地方版のガイドラインが編纂されましたし、藻

場回復活動の支援事業でも中核的な資料として活用されてきました。その結果、全国各地

で優良な活動事例が生まれ、地域に応じた仕組みや流れができ、条件に恵まれた地区では

広域の藻場回復に成功し、水産資源の回復の兆しが見えてきました。

このように、上記①~⑦の多くは大幅に改善されました。しかし、より本質的な問題と

して、①と④が以前にも増して深刻化しています。①に関して、近年の水温上昇傾向は世

界的な広がりを見せ、夏枯れの早期化、植食動物の活発化を起こし、藻場形成種の分布に

も影響が表れています。また、④に関して、漁村の過疎化に加え、漁業者の高齢化や兼業

化に伴い、磯焼け対策の担い手にも人手不足を来たしています。

ガイドラインも、刊行から 8 年の歳月が経ちました。この間、関連生物、特に植食性魚

類の生態や除去技術に関する知見は大幅に増え、海藻のタネ供給技術の開発や改良も進み、

藻場回復活動をサポートする体制も構築され、これらの成果を盛り込む必要が生じました。

そこで、1 年を費やし、装いも新たに改訂を試みたのが本書です。根幹の考え方は変わら

ず、必ずしも全面を書き直したわけではありませんが、使い勝手の悪かった部分、実状に

合わない部分は思い切って手を入れました。例えば、順応的管理手法による磯焼け対策の

サイクルはよりシンプルにしたほか、永遠に廻り続けるサイクルではなく、日常モニタリ

ングに移行する形に改めました。また、25に整理区分された要素技術の中には実用的では

ない項目もあり、実用的な技術を中心に記述し、体系も改めました。また、ベースづくり、

人づくり、技づくり、流れづくりの重要性を指摘するとともに、具体的な実践例の紹介に

も努めました。今回の改訂にあたり、地方自治体や専門家のみならず、各地のサポーター

や実践的漁業者、一般市民の方々に、多くの貴重なご意見を賜り、資料を提供していただ

きました。関係者各位に厚くお礼を申し上げます。本書がさらに多くの方々に活用され、

藻場の回復事例が増えることを期待してやみません。

平成 27 年 3月

「水産生物の生活史に対応した漁場環境形成推進委託事業のうち各生活史段階に応じた

漁場機能を強化する技術の開発・実証に係わる事業」検討委員会 委員長 藤田大介

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- 目 次 -

まえがき

はじめに

1.ガイドラインの趣旨・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 1

2.藻場とは ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 3

2.1 藻場の区分 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 3

2.2 藻場の役割 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 3

2.3 藻場構成種の生活史 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 4

2.4 藻場の季節的消長 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 6

3.磯焼けとは ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 13

3.1 磯焼けの定義・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 13

3.2 磯焼けの影響と回復までの期間・・・・・・・・・・・・・・ 13

3.3 磯焼けの原因としくみ・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 15

3.4 磯焼けの景観と無節サンゴモ ・・・・・・・・・・・・・・ 15

3.5 磯焼けと区別すべき景観・事象・・・・・・・・・・・・・・ 21

3.6 磯焼け研究の事始め ・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 22

3.7 磯焼けの増加と拡大 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 22

3.8 ウニや魚の食害による磯焼け ・・・・・・・・・・・・・・ 24

3.9 藻場回復・残存の事例・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 25

3.10 トップダウン・ボトムアップのコントロールおよび攪乱・・ 26

3.11 藻場造成と磯焼け対策の考え方 ・・・・・・・・・・ 27

4.藻場・磯焼けに関する最近の知見 ・・・・・・・・・・・・・・ 30

4.1 藻場の衰退状況(アンケート調査) ・・・・・・・・・・ 30

4.2 ウニの分布と藻場の衰退 ・・・・・・・・・・・・・・ 31

4.3 植食性魚類の生態的知見 ・・・・・・・・・・・・・・ 32

4.4 植食性魚類の分布と藻場の衰退・・・・・・・・・・・・・・ 38

4.5 九州・山口沿岸の藻場の状況 ・・・・・・・・・・・・・・ 40

5.磯焼け対策の手順 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 48

5.1 順応的管理で進める磯焼け対策・・・・・・・・・・・・・・ 48

5.2 磯焼け対策の体制づくり ・・・・・・・・・・・・・・ 49

5.3 磯焼け対策のフロー ・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 50

A.磯焼けの感知 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 52

B.現状把握 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 57

B1.現状把握調査とそれに基づく要因の特定 ・・・・ 57

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B2.要因を特定するための簡易な現地実験と調査 ・・ 64

C.計画づくり ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 71

D.対策手法の検討 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 73

D1.ウニの食害 ・・・・・・・・・・・・・・・・ 73

D2.魚類の食害 ・・・・・・・・・・・・・・・・・ 73

D3.海藻のタネ不足 ・・・・・・・・・・・・・・・ 74

D4.基質不足 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 75

D5.栄養塩不足 ・・・・・・・・・・・・・・・・・ 76

D6.懸濁物質の増加 ・・・・・・・・・・・・・・・ 77

E.対策の実施 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 80

E1.ウニの除去 ・・・・・・・・・・・・・・・・ 80

E2.魚類の除去 ・・・・・・・・・・・・・・・・・ 88

E3.フェンス ・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 103

E4.海藻のタネの供給 ・・・・・・・・・・・・・・ 108

E5.基質の提供 ・・・・・・・・・・・・・・・・・ 119

E6.基質形状の工夫 ・・・・・・・・・・・・・・・ 126

E7.栄養塩の供給 ・・・・・・・・・・・・・・・・ 129

E8.流動促進 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 142

E9.開発途上の技術 ・・・・・・・・・・・・・・・ 147

F.モニタリング ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 150

G.対策の評価 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 153

6.植食動物の有効利用 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 154

6.1 ウニの有効利用 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 154

6.2 植食性魚類の有効利用 ・・・・・・・・・・・・・・・・・ 162

7.磯焼け対策の実施事例 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 166

7.1 複合対策の実施事例(大分県佐伯市名護屋地区) ・・・・・ 166

7.2 岩盤清掃の実施事例(和歌山県田辺市新庄地区)・・・・・・ 168

7.3 再生藻場の水産涵養効果 ・・・・・・・・・・・・・・ 170

7.4 一般市民や学生が参加する磯焼け対策 ・・・・・・・・・・ 172

参考資料1 用語説明 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 175

参考資料2 許可・法律関係 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 177

参考資料3 主な海藻 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 183

参考資料4 代表的な植食動物 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 188

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- 技術ノート 目次 -

【技術ノート E3-1】ウニフェンス(立網タイプ)の作り方 ・・・・・・ 106

【技術ノート E4-1】モク(ホンダワラ類)のオスとメス ・・・・・・ 117

【技術ノート E7-1】簡易な拡散計算による施肥量の算定 ・・・・・・ 133

【技術ノート 6-1】キタムラサキウニの身入り改善に必要なコンブ餌料

の算定方法 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 156

- コラム 目次 -

【コラム 2-1】藻場の垂直分布と立体構造 ・・・・・・・・・・・・・・ 8

【コラム 2-2】藻場構成種の年齢形質と藻場の年齢構造 ・・・・・・ 9

【コラム 2-3】藻場の年間純生産量と現存量 ・・・・・・・・・・・・・・ 10

【コラム 2-4】藻場の経済的価値 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 12

【コラム 3-1】イシダイ-ガンガゼ-海藻の栄養段階カスケードはありうる!? 29

【コラム 4-1】植食性魚類の出現時期 ・・・・・・・・・・・・・・ 44

【コラム 4-2】★アイゴの採食生態の調査事例 ・・・・・・・・・・ 45

【コラム 4-3】アイゴの群れの大きさと採食速度 ・・・・・・・・・・ 46

【コラム 4-4】★アイゴの天敵 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 47

【コラム A-1】藻場の季節的消長 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 54

【コラム A-2】海底景観の変化による磯焼けの感知事例 ・・・・・・ 55

【コラム A-3】漁獲量の減少による磯焼けの感知事例 ・・・・・・・・・・ 56

【コラム B-1】★観察野帳の例 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 59

【コラム B-2】★広範囲にわたる磯焼け域の分布調査の事例 ・・・・・・ 60

【コラム B-3】★藻場形成の阻害要因が明らかな事例 ・・・・・・・・・・ 61

【コラム B-4】植食性魚類による海藻の採食痕 ・・・・・・・・・・ 62

【コラム B-5】栄養塩の変化が原因で現れる海藻の変化 ・・・・・・ 63

【コラム B-6】インターバルカメラによる魚のモニタリング ・・・・・・ 68

【コラム B-7】★藻場の形成阻害要因を特定するための実験例 ・・・・・・ 69

【コラム B-8】★ダウンスキャン機能を搭載した魚探を用いた藻場分布調査 70

【コラム C-1】南方系のホンダワラ類 ・・・・・・・・・・・・・・ 72

【コラム D-1】生物を利用した基質面の更新 ・・・・・・・・・・・・・・ 75

【コラム D-2】海藻の生長における栄養塩と流れの関係 ・・・・・・ 76

【コラム D-3】海藻の生育に必要な光量 ・・・・・・・・・・・・・・ 78

【コラム D-4】浮泥の採取・測定方法 ・・・・・・・・・・・・・・ 79

【コラム E1-1】スキューバ(SCUBA)潜水 ・・・・・・・・・・ 85

【コラム E1-2】スキューバ潜水と船上採取の除去効率の比較 ・・・・・・ 86

【コラム E1-3】船上からのウニ除去 ・・・・・・・・・・・・・・ 86

【コラム E1-4】カゴによるウニ除去 ・・・・・・・・・・・・・・ 87

【コラム E1-5】ウニ除去後の効果の持続 ・・・・・・・・・・・・・・ 87

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【コラム E2-1】★定置網によるアイゴの漁獲 ・・・・・・・・・・ 96

【コラム E2-2】★宮崎県で見られるイスズミ類 ・・・・・・・・・ 97

【コラム E2-3】★定置網によるイスズミ類の漁獲事例 ・・・・・ 98

【コラム E2-4】★ブダイの延縄漁法 ・・・・・・・・・・・・・ 99

【コラム E2-5】★インターバルカメラによるブダイ除去効果等の確認 ・ 100

【コラム E2-6】★一般市民参加の釣り教室による植食性魚類の

除去活動の取り組み ・・・・・・・・・・・・・ 101

【コラム E2-7】遊漁によるアイゴ釣果調査の事例 ・・・・・・・・・ 102

【コラム E3-1】ウニフェンスの事例 ・・・・・・・・・・・・・ 107

【コラム E4-1】★海藻のタネの拡散範囲 ・・・・・・・・・・・・・ 118

【コラム E5-1】藻場礁 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 124

【コラム E5-2】付着生物の除去による海藻の繁茂 ・・・・・・・・・ 125

【コラム E6-1】浮泥の堆積しにくい工夫 ・・・・・・・・・・・・・ 127

【コラム E6-2】植石や多孔質コンクリート板による海藻の着生促進 ・ 127

【コラム E6-3】溝による海藻の着生促進 ・・・・・・・・・・・・・ 128

【コラム E6-4】棘状突起による食害防御 ・・・・・・・・・・・・・ 128

【コラム E7-1】海藻が必要な栄養塩濃度 ・・・・・・・・・・・・・ 135

【コラム E7-2】液肥による施肥の事例 ・・・・・・・・・・・・・ 136

【コラム E7-3】鉄分供給ユニットを海岸に埋設した事例 ・・・・・ 137

【コラム E7-4】★鋼製ボックスタイプの鉄分供給ユニット ・・・・・ 138

【コラム E7-5】高知県室戸市の海洋深層水 ・・・・・・・・・・・・・ 140

【コラム E7-6】局地性湧昇とテングサの収穫量 ・・・・・・・・・ 141

【コラム E8-1】振動流によって制限されるウニの海藻摂食 ・・・・・ 143

【コラム E8-2】流動促進によりホソメコンブ群落が維持される事例 ・ 144

【コラム E8-3】アイゴの海藻摂食に及ぼす振動流の影響 ・・・・・ 145

【コラム E8-4】流速の違いによるカジメ藻場の残存 ・・・・・・・・・ 146

【コラム E9-1】★生分解性素材の人工海藻 ・・・・・・・・・・・・・ 149

【コラム 6-1】カゴを用いたウニの肥育事例 ・・・・・・・・・・・・・ 157

【コラム 6-2】増殖溝を利用したウニ肥育事例 ・・・・・・・・・ 158

【コラム 6-3】★ガンガゼを利用した養殖用餌料 ・・・・・・・・・ 159

【コラム 6-4】ガンガゼの棘を利用した染め物 ・・・・・・・・・ 160

【コラム 6-5】★ウニを堆肥化した事例 ・・・・・・・・・ 161

【コラム 6-6】★植食性魚類の試食会 ・・・・・・・・・・・・・ 163

【コラム 6-7】★植食性魚類を使った商品や料理 ・・・・・・・・・ 164

【コラム 6-8】★植食性魚類の加工品 ・・・・・・・・・・・・・ 165

【コラム 7-1】★一般市民や学生の磯焼けの認知度 ・・・・・・・・・ 174

★:磯焼けに関する水産庁の調査業務より得られた知見を示す。

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1.ガイドラインの趣旨

本ガイドラインは、磯焼けの状況から藻場を再生するための対策手法とその留意点を取

りまとめた改訂版である。改訂にあたっては、旧ガイドラインの技術体系の中から、効率

的、かつ効果的な対策手法で実践的なものを選定し、事例を加えてわかりやすいものとし

た。特に、旧ガイドラインの中で知見の少なかった植食性魚類は、その生態や具体的な除

去方法まで整理している。また、技術的に不十分な対策については、同じ発想や過ちを繰

り返さないように、問題点を明らかにしてまとめて整理している。なお、従来どおり本ガ

イドラインの示す磯焼け対策とは、「以前に良好な藻場が存在していたが、何らかの要因に

よって藻場が衰退してしまった海域」に対して実施するもので、今まで藻場が見られてい

なかった海域で新たに藻場を造成するものではない。

藻場のある沿岸域は、海況の変化や天候の異変、地域の開発の影響に曝され、その影響

もあって、植食動物の摂食量と海藻の生産量とのバランスが崩れ、植食動物の摂食量が海

藻の生産量を上回っている状況にある(図 1-1 左)。本ガイドラインでは、こうしたアンバ

ランスになった天秤から、例えば、図 1-1 のように、ウニの食害が要因であれば、ウニを

除去し、海藻の移植やタネまきを行い、バランスを整えることを目標とする(図 1-1 右)。

ただし、実施にあたっては、バランスを崩している要因を特定した上で行うこと、ならび

に活動は継続することが重要である。

図 1-1 磯焼け対策の考え方

- 1 -

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本ガイドラインの構成は次のとおりである。第 1 章から 4 章までは、磯焼けのメカニズ

ム、磯焼けの現状、磯焼けを引き起こすウニや魚の生態についてなど、磯焼けに関する情

報を整理した。また、5章では、磯焼け対策の手順を、「A.磯焼けの感知」、「B.現状

把握」、「C.計画づくり」、「D.対策手法の検討」、「E.対策の実施」、「F.モ

ニタリング」、「G.対策の評価」の 7 ステップで示し、それぞれの段階ごとに、考え方

や技術手法を記載した。改訂した内容の多くは、「水産生物の生活史に対応した漁場環境

形成推進事業のうち生活史段階に応じた漁場機能を強化する技術の開発・実証」(水産庁,

平成 22~26年度)事業より得られた新たな知見である。また、参考とした文献については、

各章の末尾に参考文献一覧として整理した。さらに、理解を深めるように「コラム」や「技

術ノート」を設け、磯焼けに関する調査研究や事例等(磯焼けに関する水産庁の調査業務

より得られた知見のコラムに関しては★で示した)をわかりやすく紹介した。

本ガイドラインが多くの方に活用され、磯焼けから藻場を回復されることを期待する。

- 2 -

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2.藻場とは

2.1 藻場の区分

藻場は、沿岸の浅海域において海藻あるいは海草が繁茂している場所あるいはそれらの

群落や群落内の動物を含めた群集のことをいう。藻場は構成する種類により、主にコンブ

場、アラメ・カジメ場、ガラモ場、テングサ場およびアマモ場に区分けできる(表 2-1)。

表 2-1 藻場のタイプ,主な構成種および分布域

藻場のタイプ 主な構成種 主な分布域

コンブ場

ホソメコンブ,マコンブ,リシリ

コンブなどの褐藻コンブ類(大部

分は長い単条の葉状部からなる)

北海道沿岸から茨城県北部沿岸までと

青森県沿岸までの岩礁域(川嶋,

1989)

アラメ・

カジメ場

アラメ,カジメ,クロメなどの褐

藻コンブ類(茎状部が比較的太く

て長く,葉状部から側葉が多数出

る)

アラメ場:岩手県から高知県東部まで

と京都府から長崎県までの岩礁域(寺

脇・新井,2003)。カジメ場:千葉県

から宮崎県までと島根県から長崎県ま

での岩礁域(寺脇・新井,2003)

ガラモ場 アカモク,ヤツマタモク,ノコギ

リモクなどの褐藻ホンダワラ類

日本各地の沿岸の岩礁域

テングサ場 マクサ,オバクサおよびオニクサ

などの紅藻テングサ類

日本各地の沿岸の岩礁域

アマモ場 アマモ,コアマモ,タチアマモな

どの海産顕花(種子)植物

日本各地の沿岸の砂泥域(スガモ,エ

ビアマモなど一部の種では岩礁域)

これらの藻場は、海域や水深により構成する種が異なり、1 種だけでなく複数の種で構

成されていることが多い(コラム 2-1)。

その他、褐藻のワカメなどで構成されるワカメ場、緑藻のアオサ類で構成されるアオサ

場などの藻場もある。

なお、本ガイドラインでは、岩礁域に分布するコンブ場、アラメ・カジメ場およびガラ

モ場を主な対象としている。

2.2 藻場の役割

藻場は、A)沿岸の一次生産の場であるとともに、環境保全の場として生態学的に重要な

機能をもっている(表 2-2)。また、B)水産上有用な魚介類やその他の多様な生物にとっ

ては生息場であり、C)我々に対しても快適な景観や環境学習を提供する場として利用され

ている(表 2-3)。

A) 藻場構成種の生長に伴い、窒素やリンなどを吸収し、富栄養化を防止。藻場構成種の

光合成により海中へ溶け込んだ二酸化炭素を吸収し、海中に酸素を供給。波浪を軽減。

- 3 -

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B) 藻場の立体的構造が、幼稚魚の保護育成場、無脊椎動物や魚類の生息場、索餌場、隠

れ場を提供。藻場構成種の葉上に微細藻類などが付着し、それを餌とするヨコエビ類、

アミ類などの小動物も生息。魚類やイカ類の産卵基質。藻体は流失後も海面を漂い、

流れ藻として稚仔魚の生息場となったり、海底を漂って貝類などの餌となったりする。

C) 海中公園(ダイビング)、海中展望施設、釣り公園などで景観を提供。藻場とその生

態系の理解を深めるための一般市民や児童・生徒への啓蒙や環境学習の場となる。

表 2-2 藻場の機能(藤田,2001)

機 能 説 明

①基礎生産 太陽の光エネルギーを捕捉・炭素固定

②栄養吸収 栄養塩(窒素,リン,微量元素)を吸収,滞留・循環

③食物供給 消費・分解者に食物を提供

④環境創生 着生(内生)基質,小空間,隠蔽用の色彩環境を創生

⑤環境緩和 光や海水流動など物理的環境を緩和

⑥生物選択 優占種の構造・分布・化学シグナルにより利用生物を選択・制限

⑦環境輸出 寄り藻,流れ藻,打ち上げ藻を供給

表 2-3 魚介類・人間による藻場の利用(藤田,2001)

利 用 主 体 説 明

①生活 魚介類 周年定住,季節定住

②再生産 魚介類 産卵場,幼稚保育場

③食物供給 魚介類・人間 索餌場,海藻や魚介類の漁場

④アメニティ 魚介類・人間 彩り・磯の香り

⑤原料供給 人間 寒天・医薬原料など

⑥環境指標 人間 貧栄養-富栄養,自然度など

⑦富栄養化防止 人間 過剰の栄養の吸収

⑧増殖場 人間 増殖用種苗の放流スポット

⑨レジャー空間 人間 ダイビング・遊覧船・遊漁

2.3 藻場構成種の生活史

藻場構成種には、発芽から 1年以内に胞子や卵などの生殖細胞を作り枯死する一年生海

藻と数年間の寿命を有する多年生海藻がある。コンブ場の主要構成種であるマコンブ(二

年生)、アラメ・カジメ場のアラメ(多年生)、ガラモ場の一年生海藻のアカモク(一年

生)およびマメタワラ(多年生)の生活史を図 2-1に示す(コラム 2-2)。

コンブ類の成熟は、葉状部に子嚢斑(生殖細胞である遊走子を産出する斑状の部分)が

形成されることで確認することができる。子嚢斑は、一般的に 1 年目には秋から初冬に 2

年目にはそれより早く夏から秋に形成される傾向にある(表 2-4)。アラメとカジメの場

- 4 -

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合、静岡県伊豆半島に生育する 3齢以上の大型藻体では子嚢斑の形成が通年認められるが、

成熟の盛期は夏から秋にかけて(8~10 月)とされている。また、両種の成熟率は、年齢

ではなく、むしろ葉面積の大きな藻体ほど高いと考えられている(倉島・前川,2003)。ク

ロメの成熟盛期は、和歌山県古座町沿岸では 9~11月(木村・能登谷,2003)、山口県上関

町では 9~12月(村瀬・大貝,1996)と報告されている。ホンダワラ類の成熟については、

雄性の株と雌性の株の上に生殖器床と呼ばれる生殖器官が形成され、前者では精子、後者

マコンブの生活史(川嶋,1993) アラメの生活史(寺脇,1993)

アカモクの生活史(寺脇,1993) マメタワラの生活史(寺脇,1993)

図 2-1 マコンブ,アラメ,アカモクおよびマメタワラの生活史

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では卵が作られる。卵の放出時期は種によって異なり(図 2-2)、同一種でも北に分布す

る種ほど遅れることが報告されている(Yoshida,1983)。このように、藻場構成種の成熟時

期は海域により異なるため、磯焼け域における回復や藻場造成で母藻を必要とする場合に

備えて、事前の現場調査により成熟盛期を把握しておくことが大切である。

表 2-4 北海道におけるコンブ類の成熟

(子嚢斑形成)の時期(名畑,2003)

図 2-2 福岡県と長崎県における

ホンダワラ類の成熟(卵放出)の時期

(難波,2003)

2.4 藻場の季節的消長

同じ場所で藻場の観察を続けていると、海藻が繁茂している季節と衰退している季節が

認められる。このような変化は、藻場内に方形枠を設置して枠内の藻体を刈り取り(坪刈

り)、種ごとに重量や個体数を測定し、重量の値から現存量(ある時点の単位面積当たり

の生物体の量)、個体数から密度(単位面積当たりの個体数)を求め、月別変化として図

示するとわかりやすい。山口県深川湾のノコギリモク(多年生)の藻場(水深 8m)にお

ける現存量と個体密度の月別変化を図 2-3に示す。この藻場では、6~7月に大型藻体が生

殖器床上の卵を放出すると、翌月までに藻体の大部分が枯死流失し、現存量が急激に減少

する。しかし、この時期にはすでに茎部から新しい主枝が萌出している。

その後、秋から冬にかけて波浪の影響により個体密度は減少するが、新しい主枝の伸長

により現存量は増加する。冬から春にかけては、主枝の伸長とともに、発芽した幼体が加

入するために、現存量と個体密度が増加する。3 月からは生殖器床の形成が認められる。

生殖器床は 5月まで肥大し、この頃に現存量は年間の最大値を示す。このように、藻場の

現存量と個体密度の消長は、藻場構成種の伸長と成熟後の枯死流失などを反映する。藻場

の衰退状況がみられる場合には、藻場構成種の季節的消長に伴うものか、磯焼けにつなが

るものかを慎重に見極めなければならない。なお、現存量の年間最大値がわかれば、年間

の純生産量を推定できる(コラム 2-3)。そのためにも、地先の藻場では定期的な調査を

実施し、現存量と個体密度の月別あるいは季節的な変化を把握しておく必要がある。

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図 2-3 山口県深川湾におけるノコギリモク藻場の現存量と個体密度の季節変化

(村瀬・前川,2003)

参考文献

藤田(2001):氷見市・高岡市沿岸の海藻と藻場,氷見漁業協同組合.

川嶋(1993):改訂普及版日本産コンブ類図鑑,北日本海洋センター.

木村・能登谷(2003):クロメ,藻場の海藻と造成技術(能登谷編),成山堂書店,113-122.

倉島・前川(2003):アラメ・カジメ類,藻場の海藻と造成技術(能登谷編),成山堂書店,18-25.

村瀬・前川(2003):ノコギリモク,藻場の海藻と造成技術(能登谷編),成山堂書店,65-75.

村瀬・大貝(1996):瀬戸内海の長島沿岸に生育するクロメの生長と成熟,水産増殖,44,59-65.

名畑(2003):コンブ類(北海道),藻場の海藻と造成技術(能登谷編),成山堂書店,90-100.

難波(2003):ホンダワラ類,藻場の海藻と造成技術(能登谷編),成山堂書店,1-9.

寺脇(1993):アラメ・アカモク・マメタワラ,藻類の生活史集成第 2 巻褐藻・紅藻類(堀編),

内田老鶴圃,132-133,160-163.

寺脇・新井(2003):アラメとカジメ,藻場の海藻と造成技術(能登谷編),成山堂書店,100-113.

Yoshida(1983):Japanese species of Sargassum subgenus Bactrophycus (Phaeophyta,

Fucales), J Fac Sci, Hokkaido Univ Ser V (Botany), 13, 99-246.

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