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200
6.11.14
~200
9/1
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更新
天草版(
キリシタン版)
資料
萩原
義雄
はじめに
キリシタン資料には、国字本とローマ字本の二種類があり、このうち、国字本資料として、『和漢朗詠集』『太
平記抜書』『落葉集』『どちりいなきりしたん』などが知られる。ローマ字本としては、『平家物語』『エソポの物語』
『金句集』『日葡辞書』等がある。ここで、長崎天草学林において印刷されたこれらの資料は、この時代の日本語
コレジ
オ
の発音情況やその意味内容を理会していくうえで貴重な国語資料となっている。
天草本『落葉集』
まず、国字本について見ておくことにしよう。『落葉集』慶長三年(
一五九八)
刊は、日本語の漢字字書で、『落
らくようしゆう
葉集』(
音引き本編)
『色葉字集』(
訓引き)
『小玉篇』(
字形引き)
の三編を基盤として編纂されたことはいうまでも
ない。日本人が生活していく上で理会しておくべき文字資料が茲に集約反映されている。伊呂波字の一五九五
字、熟字の一三七六〇字を収載するもので、キリスト教布教活動のなかで宣教師たちにとって、この編纂は漢字
習得するためには必要不可欠なものであったに違いない。その序に、
是つゝの字書世にふりておほしといへども、あるは字のこゑばかりにしてよみなく、或はよみをしるしてこゑ
を記せず、是なんものの不足といふべきにや。
といった勝手の悪さが記されている。この字書が完成されるうえで、邦人イルマンたちの支えがあってのもであっ
たことは云うまでもない。漢字には音に対応する訓が必ず記載されていることも留意したい。また、この後、ジョ
アン・ロドリゲス『日本大文典』(
一六〇四~一六〇八)
、『日葡辞書』(
一六〇三~一六〇四)
が引き続き編まれて
いく過程も知っておかねば成るまい。現在、『落葉集』は、ライデン大學図書館・パリ国立図書館・大英図書館・イ
エズス会文書館(
ローマ)
・クロフォード家(
英国)
・天理図書館に所蔵されている。
この『落葉集』は、国字の行書体から草書にくずすまでにならないところの文字表記体が採用され、字訓には
パ行半濁音が使用されている。
一夫
―一邊
一飯
―一歩―一服―一筆
ぷ
ぺん
ぱん
ぽ
ぷく
ぴ
つ
ほとり
あゆみ
この音訓対応の表記は、日本語の「こゑ・よみ」の関係を認知して熟知した資料となっている。字音表記の漢字
に日本語の和訓を複数用いることを知った彼らは、その手始めに、どの読み方が一番利用されているかを調べた
のであろう。この第一訓こそが日本語の基礎的読み方であることを意識して編纂されたことを見抜いた山田俊
雄博士は、「漢字の定訓についての試み論―キリシタン版落葉集小玉篇に見える漢字字體認識の一端」(
雑誌「国
語学」八四号)
、同「漢字の定訓についての詩論―キリシタン版落葉集小玉篇」を資料にして」(
成城国文学論集四
号)
を発表している。現行の常用漢字表(
内閣告示の本表・常用漢字一九四五字)
との音訓対校が行われた。また、
室町時代の古辞書『節用集』の音訓との比較もなされてきた。
天草本『平家物語』
天草本『平家物語』は、本邦語り系の軍記物語をより簡潔化して、その物語性を失わせずにして習得するに
は絶好のテキストであったに違いない。その原型となる『平家物語』が百二十句本系統のものであった。この作品が
持つことばの特徴をどう見なしていくかを考えておくことも大切であろう。
天草本『エソポの物語』
天草本『金句集』
天草本『落葉集』
☆『落葉集』本文篇
[
は]
○波なミ
―浪/\
―瀾/\
―上うへ
―面おもて
―聲こゑ
―陳つらぬ
―間ま
―中うち
―跡あと
―底そこ
は
らう
らん
しやう
めん
せ
い
ちん
けん
ちう
せき
て
い
―脚あし
―文あや
○破わる
―地
―国
―屋
―窓
―風
―顔
―相
―亡
―誡
―兵
―法
きやく
もん
は
ち
こく
をく
さう
ふう
がん
さう
はう
かい
へい
ほう
やぶる
つち
くに
や
まど
かぜ
かほばせ
かたち
ほろぶ
いましめ
つハもの
のり
☆『色葉字集』
[
は]
○
働
化やすし
めぐミ
○吐
はたらく
ばくる
はく
どう
け
をしゆ
と
☆『落葉集』小玉篇[
木篇]
廿三
木ひらき木
きへん木
○木
松
桜
柳
梅
杉
栴
檀まゆミ
棺おさむ
榴
もく
せう
あう
りう
ば
い
さ
ん
せん
だん
くハん
ろ
き
まつ
さくら
やなぎ
むめ
すぎ
あふち
あふち
ひつき
/\
柘
栖
杓
様つね
梯かけはし
札
朽
枯
楼たかし
檻
樹うふる
うへき
権
枷
しやく
せ
い
しやく
やう
て
い
さ
つ
きう
こ
ろう
かん
じゆ
けん
か
つハ
すミか
ひしやく
さま
はし
ふた
くちる
かるゝ
やぐら
をばしま
き
かりに
くひかせ
杻
林しげミ
き
杖うつ
極いたる
つくる
板
枝
梓
槿むくげ
柱ことぢ
樽
枚
材
橙のほりはし
ちう
りん
ぢやう
ごく
はん
し
し
きん
ちう
そん
ま
い
ざ
い
とう
てかせ
はやし
つえ
きハまる
いた
えた
あづさ
あさがほ
はしら
たる
えた
き
はし
残り4行目から8行目をご自分で読ん
で見よう。
この『落葉集』の研究については小島幸枝編『耶
蘇會板
落葉集』総索引〔笠間書院、昭和
年刊〕があって、その語の所
53
載状況を確かめるに有効的である。これに杉本つとむ編ライデン大学図書館藏『落葉集』影印と研究が加味で
きる。且つまた、影印資料としては、天理図書館善本叢書所載の『落葉集』二種
〔八木書店、昭和
年刊〕が
76
61
刊行されているし、簡便なところでは、福島邦道解説『キリシタン版落葉集』〔勉誠社文庫
、昭和
年刊〕が入
21
52
手しやすい資料である。研究書としては、次の三書に詳細な論究がなされている。
森田武「落葉集本編の組織について」〔雑誌『國語學』
・
合併号〕
14
15
山田俊雄「落葉集小玉篇に見える漢字字體認識の一端」〔雑誌『國語學』
号〕他一書は上記に記載した。
84
☆天草版『平家物語』下卷のはじめとおわり
☆『平家物語』末尾目録
☆天草版『エソポの物語』冒頭箇所
☆天草版『平家物語』と『エソポの物語』ことばの和らげ冒頭箇所
☆『どちりなきりしたん』(
バチカン本及びカサナテンセ本)
国字本二種類を比較してみてその文字表記の違いをみるとき、連綿表記体の有無について先ず指摘できよ
う。バチカン本は一文字一文字が離れているのに対し、カサナテンセ本は、「にんげん」の「にん」と「げん」が連綿
表記の字体となっているのが見て取れよう。
これと同じように、「ごとく」「しんじ」「がくしや」「たのもしく」「三にハ」「奉る
べき」「給ふ
べき」「きりしたん」
といった連綿表記風に刊記する。固有名詞「ぜずきりしと」の表記法も後者(
一六〇〇年長崎後藤登明宗印刊)
では合体略字符号に変容していることが知られる。
次に、本文漢字に対するふりがな「在世」「御弟子達」の付加も留意したいところである。
ざ
いせ
ミ
で
し
た
ち
世にあまり知られていない資料としては、都立中央図書館加賀文庫(愛書家加賀豊三郎
(1872
-1944)
の
旧蔵本)藏の『玉屑集』を此処に付記し紹介しておく。
以下、継続中。