92
日 時 : 2014年6月21日(土) 午後1時30分~午後5時 場 所 : 弁護士会館17階1701会議室 主 催 : 日本弁護士連合会 【総合司会】 杉 田 明 子 日弁連両性の平等に関する委員会特別委嘱委員 開会挨拶 13:30~ 山 田 秀 雄 日本弁護士連合会副会長 基調報告 13:35~ 吉 田 容 子 日弁連両性の平等に関する委員会特別委嘱委員 宮 地 尚 子 氏 一橋大学大学院社会学研究科教授 パネルディスカッション 15:25~ 宮 地 尚 子 氏 一橋大学大学院社会学研究科教授 牧 野 雅 子 氏 京都大学アジア研究教育ユニット研究員 神 山 千 之 氏 元さいたま地方裁判所川越支部判事 宮 村 啓 太 氏 弁護士 吉 田 容 子 日弁連両性の平等に関する委員会特別委嘱委員 (コーディネーター) 角 田 由紀子 日弁連両性の平等に関する委員会特別委嘱委員 閉会挨拶 16:55~ 深 堀 寿 美 日弁連両性の平等に関する委員会委員長

日 時 : 2014年6月21日(土) 午後1時30分~午後5 …...2003年1月から4月まで,ミシガン大学日本研究センターでトヨタ客員教授として,日本

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日 時 : 2014年6月21日(土) 午後1時30分~午後5時

場 所 : 弁護士会館17階1701会議室

主 催 : 日本弁護士連合会

【総合司会】

杉 田 明 子 日弁連両性の平等に関する委員会特別委嘱委員

開会挨拶 13:30~

山 田 秀 雄 日本弁護士連合会副会長

基調報告 13:35~

吉 田 容 子 日弁連両性の平等に関する委員会特別委嘱委員

宮 地 尚 子 氏 一橋大学大学院社会学研究科教授

パネルディスカッション 15:25~

宮 地 尚 子 氏 一橋大学大学院社会学研究科教授

牧 野 雅 子 氏 京都大学アジア研究教育ユニット研究員

神 山 千 之 氏 元さいたま地方裁判所川越支部判事

宮 村 啓 太 氏 弁護士

吉 田 容 子 日弁連両性の平等に関する委員会特別委嘱委員

(コーディネーター)

角 田 由紀子 日弁連両性の平等に関する委員会特別委嘱委員

閉会挨拶 16:55~

深 堀 寿 美 日弁連両性の平等に関する委員会委員長

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シンポジウム

司法におけるジェンダー・バイアス

~性暴力被害の実態と刑事裁判の在り方~ 目次

~パネリストプロフィール

~基調講演

資料1 司法におけるジェンダー・バイアス (吉田容子) ・・・・・・・・1

・ 資料 甲 最高裁 2009 年 4 月 14 日(小田急事件) …11

・ 資料 乙 最高裁 2011 年 7 月 25 日(千葉事件) …31

資料2 精神医学的に見た性暴力被害の実態 (宮地尚子) ・・・・・・・・57

~パネルディスカッション

資料3 性犯罪捜査・裁判の問題点 (牧野雅子) ・・・・・・・・76

資料4 性暴力に関する研修と性暴力に関わる経験則(神山千之) ・・・・・82

~参考資料(別冊)

司法におけるジェンダー・バイアスとは?

~司法におけるジェンダー・バイアスをなくすために~

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プロフィール

◆ 宮 地 尚 子(みやじ・なおこ)

兵庫県生まれ。1986年,京都府立医科大学卒業。1993年,同大学院修了。1989-92年,米国

ハーバード大学に客員研究員として留学,近畿大学医学部衛生学教室勤務を経て,2001年よ

り現職。現在,一橋大学大学院社会学研究科地球社会研究専攻・教授.精神科医師.医学博

士。専攻は,文化精神医学,医療人類学,トラウマとジェンダー。

著書に,『異文化を生きる』(星和書店,2002 年),『トラウマとジェンダー―臨床か

らの声』(金剛出版,編著,2004 年),『トラウマの医療人類学』(みすず書房,2005 年),

『環状島=トラウマの地政学』(みすず書房,2007 年),『性的支配と歴史―植民地主義

から民族浄化まで』(大月書店,編著,2008 年),『医療現場における DV 被害者への対応

ハンドブック―医師および医療関係者のために』(明石書店,編著,2008 年),『傷を愛

せるか』(大月書店,2010 年),『震災トラウマと復興ストレス』(岩波ブックレット,

2011 年)など。

◆ 牧 野 雅 子(まきの・まさこ)

京都大学 学際融合教育研究推進センター アジア研究教育ユニット 研究員

奈良教育大学卒業後,警察官として勤務

京都大学大学院人間・環境学研究科博士後期課程研究指導認定退学

京都大学博士(人間・環境学)

社会学,ジェンダー研究

研究テーマ 性暴力と公権力

著書『刑事司法とジェンダー』(2013 インパクト出版会)

◆ 神 山 千 之(かみやま・ちゆき)

1957 年生

1979 年国際基督教大学卒業

1982 年明治大学大学院法学研究科博士前期課程卒業(公法学専攻,国際法専修)

司法修習 44 期

1992 年裁判官に任官。名古屋,新潟,盛岡(本庁及び支部 4か所),さいたま(川越支部)

の地家裁と簡裁に勤務し,2010 年退官。

公判審理を担当した性犯罪事件は,合計で 20 件以上 30 件以下というくらいだと思う。少

年審判を含めれば 30 件を超えるかもしれない。

それらのうちの否認事件では,被告人や少年の供述が明らかに不合理と思えるものが多く,

被害者の供述の信用性を疑うような事例はほとんどなかったので,裁判官同士の評議の中で

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ジェンダー・バイアスを感じるようなこともなかった。

裁判員制度が発足し,裁判員裁判対象事件が川越支部には係属しない結果として,担当事

件の中に占める性暴力事件の割合が高まった。川越支部で担当した事件に性暴力やDV関係

の傷害についての否認事件があり,ジェンダー・バイアスについて文献を調べる機会が増え,

その過程で考えたことが,刑事法ジャーナル27号と30号に拙稿を発表することにつなが

った。

シンポジウムに関連する論文

・ 「合意による性交と強姦の境」(刑事法ジャーナル 27 号)

・ 「強姦事件の審理における被害者の供述の取扱い──事実認定と訴訟指揮──」

(刑事法ジャーナル 30 号)

◆ 宮 村 啓 太(みやむら・けいた)

2002 年 弁護士登録(第二東京弁護士会)

2005 年~2007 年 日本弁護士連合会・裁判員制度担当嘱託

2008 年~ 日本弁護士連合会・司法改革調査室嘱託(現任)

2010 年~ 早稲田大学大学院法務研究科・非常勤講師(現任)

2013 年~ 東京大学大学院法学政治学研究科法曹養成専攻・客員准教授(現任)

◆ 吉 田 容 子(よしだ・ようこ)

1985年 弁護士登録(京都弁護士会)

1985年~現在、京都弁護士会両性の平等に関する委員会委員

1989年~1994年、2003年~現在、日本弁護士連合会・両性の平等に関する委員会委員

2003年~現在、人身売買禁止ネットワーク共同代表

2007年~現在、立命館大学法科大学院教授

主として、女性や外国人への法的支援、特に離婚や女性に対する暴力の事件を扱う。

主な論文は、「日本における人身取引の課題」(財)アジア・太平洋人権情報センター『ア

ジア・太平洋人権レビュー2006』(現代人文社、2006年)、「人身取引(Trafficking in Persons)

防止の観点から」ジェンダー法学会編『講座ジェンダーと法 第 3 巻暴力からの解放』(日

本加除出版、2012)など。

〈コーディネーター〉角 田 由紀子(つのだ・ゆきこ)

1942 年北九州市生まれ。

1967 年東京大学文学部卒業。1975 年に弁護士登録。以後,東京弁護士会および日本弁護士

連合会の女性の権利に関する委員会の委員を務め,1983 年以降は女性の権利に関わる事件

を多く手がけている。

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1986 年より民間のボランティア組織である東京強姦救援センターの法律アドヴァイザーも

務めている。

セクシュアル・ハラスメントに関しては,沼津事件,福岡事件,秋田事件,東北大学事件,

東北生活文化大学事件などを担当した。

1992 年,8人の女性によるドメスティック・バイオレンス調査研究会を設立し,日本で始め

ての実態調査を行った。

1994 年から 1996 年にかけて,アメリカのミシガン大学ロースクールで,研究員としてキャ

サリン・マッキノン教授の下で女性法学を勉強した。

2001 年 4 月より,NPO法人「女性の安全と健康のための支援教育センター」の代表理事

を務めている。

2003 年 1 月から 4 月まで,ミシガン大学日本研究センターでトヨタ客員教授として,日本

のセクシュアル・ハラスメントおよびドメスティック・バイオレンスについて教えた。

2004 年 4 月より 2013 年 3 月まで,明治大学法科大学院教授。

第二東京弁護士会所属。

主な著書に『性の法律学』(1991 年,有斐閣),『性差別と暴力』(2001 年,有斐閣)など。

共著書に『女性・暴力・人権』(1994 年,学陽書房),『ドメスティック・バイオレンス』(1998

年,有斐閣)などがある。

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2014年6月21日

司法におけるジェンダー・バイアス~性暴力被害の実態と刑事裁判の在り方~性暴力被害の実態と刑事裁判の在り方

基調報告

日本弁護士連合会両性の平等に関する委員会

特別委嘱委員 吉田容子

1、性暴力被害の実態─調査より1、性暴力被害の実態 調査より

(1)内閣府男女共同参画局「男女間における暴力に関する調査報告書」 2011年11月 12月実施書」 2011年11月~12月実施

• 「異性から無理やり性交された経験」のある女性は、回答者の「異性から無理やり性交された経験」のある女性は、回答者の7.7%(2008年は7.3%、2005年は7.2%)。13人に1人。

被害女性( 人)の中 加害者は「よく知 いる人 「顔• 被害女性(134人)の中で、加害者は「よく知っている人」62%、「顔見知り程度の人」15%。計77%が面識ある人からの被害。

• 被害女性の68%は、どこ(誰)にも相談していない。

• 相談しなかった理由は、「恥ずかしくて誰にも言えなかった」46%、「その とに いて思い出したくなか た % 「自分さえ我慢す「そのことについて思い出したくなかった」22%、「自分さえ我慢すれば何とかこのままやっていけると思った」21%、「相談したことがわかると、仕返しを受けたりもっとひどい暴力を受けると思った」「加害者に誰にも言うなと脅された」各約6%など

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テキストボックス
資料1
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• 相談した場合も、相談先は「友人・知人」18.7%、「家族や親せき」相談した場合も、相談先は 友人 知人」18.7%、 家族や親せき」9.7%などで、「警察に連絡・相談した」のは3.7%だけ

• 「男女間の暴力を防止するために必要なこと」の第1位は「被害者が早期に相談できるよう、身近な相談窓口を増やす」ことで68%

(2)内閣府男女共同参画局「パープルダイヤル~性暴力・DV電話相(2)内閣府男女共同参画局「パープルダイヤル~性暴力・DV電話相談~集計結果」、2011年2月~3月実施

ア、「急性期の性暴力被害女性向け回線」への電話相談

• 「強姦・強制わいせつ」に関する相談が540件

• 被害の場所は、被害者の自宅、加害者の自宅、道路上、職場・アルバイト先 電車等の乗り物内の順ルバイト先、電車等の乗り物内の順

加害者は「知っている人」57% 「知らない人」16%• 加害者は「知っている人」57%、「知らない人」16%

• 不安 恐怖 不眠 精神症状 フラッシュバックなどの影響• 不安、恐怖、不眠、精神症状、フラッシュバックなどの影響

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イ 「女性相談者向け回線」への電話相談イ、 「女性相談者向け回線」への電話相談

• 「配偶者等からの暴力」に関する相談8970件。うち1458件(16%)が「性的強要」

• 「配偶者等からの暴力」以外の相談4819件。うち1220件(25%)が

「強姦・強制わいせつ」にかかる相談(他にセクハラ、ストーカー行為、人身取引に係る相談が計316件)

加害者は「知っている人」79% 「知らない人」8%加害者は「知っている人」79%、「知らない人」8%

(3)内山洵子「性犯罪被害の実態(1)~(3)性犯罪被害調査をもとにして」警察学論集53巻3~5号(2000年)」警察学論集 巻 号( 年)

ア、被検挙者553票(人)

• 会社員25%、労務者25%、無職18%、学生15%

成人の学歴は短大・大学入学以上24%、高校卒業31%など

• 〈強姦〉少年の79%、成人の61%が計画的。

〈強制わいせつ〉少年の43%、成人の39%が計画的。

• 被害者選定の理由(基準)は、〈強姦〉「警察に届け出ることはないと思った」45% 「おとなしそうに見えた」28% 「警察に捕まるようと思った」45%、「おとなしそうに見えた」28%、「警察に捕まるようなことではないと思った」26%、「一人で歩いていた」22%と続き、「挑発的な服装」は5%以下。

• 〈強制わいせつ〉「おとなしそうに見えた」48%、「一人で歩いていた」32%、「警察に届け出ることはないと思った」30%、「弱そうな感じがした」24% 「警察に捕まるようなことではないと思った」21%とじがした」24%、「警察に捕まるようなことではないと思った」21%と続き、「挑発的な服装」は6%。

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• 犯行場所(実行行為)は、〈強姦〉屋外(路上・公園・空き地など計約41%)よりも屋内(自宅33%など計57%)が多い 〈強制わいせ約41%)よりも屋内(自宅33%など計57%)が多い。〈強制わいせつ〉屋外57%の方が屋内43%よりも多い。

• 犯行場所の選択理由は「人通りが少ない」「人目につきにくい」など 強姦では「相手をだまして部屋に連れ込む」26%も多いど。強姦では「相手をだまして部屋に連れ込む」26%も多い。

イ、被害者204票(人)被害に遭 た状況は 勤め(学校)の行き帰り % い もと全く• 被害に遭った状況は、勤め(学校)の行き帰り36%、いつもと全く同じ生活をしていた23%、散歩・遊びの行き帰り13%、自宅にいた22%など、日常的な生活をしていた者が大部分。

もより帰りが遅か た 酒を飲ん た約 など• いつもより帰りが遅かった18%、酒を飲んでいた約9%など、いつもの生活と違うことをしていた者は少ない。

• 強姦被害時のダメージは、「とても怖かった」87%、「ショックだった」74%、「相手から何をされるかわからなかった」57%、「言うことをきかないと殺されるかもしれないと思った」約71%、「抵抗したかったが出来なかった」約46%など

• 強制わいせつ被害者では、「相手から何をされるかわからなかった」45%、「言うことをきかないと殺されるかもしれないと思った」」 、 言う を な 殺 な 」20%、「抵抗したかったが出来なかった」20%など

• 〈強姦〉被害時に受けた暴行脅迫は、「無理やり体を押さえつけられた」75%、「逆らったら殺すぞ、おとなしくしろ等と言葉で脅された」62%、「相手の体が大きいので(相手の力が強いので)逆らえないと思った」48% 「殴ったり蹴ったりされた」29% 「その他の言ないと思った」48%、「殴ったり蹴ったりされた」29%、「その他の言葉による脅しを受けた」26%、「後ろから羽交い絞めにされた」22%、「ナイフなどで脅された」17%が続く。

• 被害者の抵抗については、〈強姦〉「やめてくれと加害者に頼んだ」63% 「必死で自分を守 た 38% 「必死で相手を攻撃して抵抗し63%、「必死で自分を守った」38%、「必死で相手を攻撃して抵抗した」35%と続くが、「何もできなかった」34%も多い。

• 〈強制わいせつ〉「大声で助けを求めた」54%が多いが 「何もでき〈強制わいせつ〉「大声で助けを求めた」54%が多いが、「何もできなかった」も13%占める。

調査対象:2007.10~2008.01末に全国の警察署で取り扱った強姦及び強制わいせつ事件

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2、刑事裁判・刑事弁護の在り方、 裁 弁護

(1)季刊刑事弁護 №76 2013冬 P55~

「被害者 今 被害を結び す• 「被害者」の過去の不行跡と今回の被害を結びつけて質問するというのは、「被害者」にとって非常に不名誉なこと‥よほど関連性がないと、そういった尋問はおそらく制限されていくのではないかと思う(植村元裁判官)

• ‥本来、証言の信用性に関して関連性のない尋問は、すべきではない ‥性犯罪で も気をつけなくてはいけないのは ケースセオない。‥性犯罪で も気をつけなくてはいけないのは、ケ スセオリーから外れた質問をしてしまうと、弁護側のケースセオリーが裁判員に理解されないばかりか‥市民の目には、性的な被害に遭った人をいじめているというふうに見える‥(神山弁護士)た人をいじめているというふうに見える‥(神山弁護士)

(2)弁護人は、関連性の有無を的確に判断する必要がある。( )弁護人は、関連性の有無を的確 判断する必要がある。

• 性犯罪の被害の実態を正確に理解する

• 性被害の被害者の心理や行動について正確に理解する

(3)強姦についての間違った思い込み

ア、客観的な事実誤認

① 加害者は見知らぬ人① 加害者は見知らぬ人

② 被害は、夜、暗い屋外で起きる

③ 犯行は衝動的であり、「挑発的な服装」などが原因③ 犯行は衝動的であり、 挑発的な服装」などが原因

④ 本当に嫌なら徹底的に抵抗するはず、そうすれば被害は防げる

⑤ 本当のことを述べているのなら前後関係など混乱するはずがない。

イ、女性の行動に関する思い込み

① 女性がNOと言っても、その真意は嫌でないこともある

② 緒に飲酒 誘 たら車に乗 た等は 性交 の同意を推認させる② 一緒に飲酒、誘ったら車に乗った等は、性交への同意を推認させる

法律家も、法律家も、

被害の実態や被害者の心理・行動等について正確な理解をもたず

各自の経験・日常感覚に依拠して判断すれば、

このような誤認・思い込みに陥る危険がありうる。

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(4)論理則・経験則(4)論理則 経験則

広く経験から帰納して得られた知識・法則。実験則とも言い、事実の判断に適用される(有斐閣法律用語辞典)判断に適用される(有斐閣法律用語辞典)

個別の経験から帰納的に得られた事物の性状や因果関係に関する知識や法則(刑事法辞典2003)

帰納

(A1) 経験則(A1) 経験則

(A2)

:(An) (B1)(B2)‥(Bn)

( )条件を具体的 特定する必 (誰 ど うな状 ど(A)条件を具体的に特定する必要(誰のどのような状況下でのどのような経験か)(B)専門知識・経験を持つ者(複数)が帰納を行う必要

(C)法則とする以上、再現し検証できなければならない

自然科学の実験を想定すると、(A)如何なる条件下での如何なる実験かを特定し(B)複数の専門家が様々な見地から帰納する(A)(B)ともに検証 再現が不可欠(A)(B)ともに検証・再現が不可欠

性暴力に関する裁判においても(A)当該事案の具体的状況を特定し、そのような状況に直面した者

はどのような状態になり、どのような行動をとったのか等を把握(B)医学 心理学等の専門的知識経験を持つ複数の専門家が帰納(B)医学・心理学等の専門的知識経験を持つ複数の専門家が帰納

し、それを法律家が用いる。

しかし実際には、(A)法律家が、「通常時」の「一般人」(しかも対等当事者間)の経験

に基づく日常感覚を想像で引き伸ばして推測 法律家各自の経に基づく日常感覚を想像で引き伸ばして推測。法律家各自の経験・日常感覚に規定されやすい。

(B)法律家各自が、自分の経験と知識により帰納している。法 、 識 帰(C)検証・再現はなし(問題にもされない)

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① 他人が自分の日常感覚を引きのばして理解できることではない。常 「トラウマを引き起こすほどの恐怖は、日常的レベルの「怖い思い」

とは違う。日常では考えられない、思いがけない反応。

大脳皮質の機能は抑えられ、生存に関わる脳の部分が急激に活機性化。考えるよりも先に体が反応。金縛り、相手の命令に自動的に従ってしまう、現実感がなくなり自分に起きていることと思えない等々。「不動反射」(フリーズ反応)(闘争/逃走反応の前に)。

② 性暴力は、被害者の圧倒的多数が「女性」であり、直接の加害者は「男性」を想定(例えば強姦罪)。男性」を想定(例 強姦罪)。

判断者(法律家)の大部分は男性であり、加害者の経験・視点は理解しやすいが、被害者のそれは理解しにくい。判断者が女性であっても ①は同じ判断者が女性であっても、①は同じ。

そもそも、法律家は、性暴力犯罪の被害者の心理行動について何の教育も受けておらず、専門的知識経験はない。

③ 従って、被害者自身に接し、医学心理学等の専門的知識経験等を用いてこれを理解する専門家の知見は、極めて重要。

(4) 高裁2009.4.14(小田急事件判決) 3対2 資料甲

ア、被告人は捜査段階から一貫して否認。公訴事実を基礎づける証

拠は被害女性Aの供述があるだけで 物的証拠等の客観的証拠は拠は被害女性Aの供述があるだけで、物的証拠等の客観的証拠は

存しない。

イ 多数意見イ、多数意見

• 結論部分は、痴漢被害に関するAの供述の信用性にはなお疑いをいれる余地がある、これを全面的に肯定した第1審判決・原判決

は必要とされる慎重さを欠く、「被告人が公訴事実記載の犯行を行ったと断定するについては、なお合理的な疑いが残る」と記載

しかし 具体的に理由として摘示しているのは以下の 点• しかし、具体的に理由として摘示しているのは以下の3点

① Aが述べる痴漢被害は相当に執拗かつ強度のものであるにもかかわらず、Aは車内で積極的な回避行動をとっていない。ず、Aは車内で積極的な回避行動をとっていない。

②そのことと、Aの被告人にした積極的な糾弾行為とは、必ずしもそぐわないように思われる。

③ が 成城学園前駅 たん下車しながら 車両を替える となく 再び③Aが、成城学園前駅でいったん下車しながら、車両を替えることなく、再び被告人のそばに乗車しているのは不自然。

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• ①②は、実際には経験則に反することを理由としている。①②は、実際には経験則に反することを理由としている。

③は、判断の前提となる事実認定の誤り(誤解)。

資料甲 P4資料甲・P4~

① 「女性は性暴力を回避するために常に身体的な回避行動をとる」と、

どうして決めつけられるのか?

人がある状況に対処する方法は様々

しかも、闘争/逃走反応の前に不動反射(フリーズ反応)

② 身動きできない電車内で 初は我慢 成城学園前駅を過ぎても加害② 身動きできない電車内で 初は我慢。成城学園前駅を過ぎても加害

行動が続くので、我慢の限界に達し、意を決して注意深く観察を開始。

十分納得できる合理的な行動。

多数意見の考える被害者像は 初に回避行動をとらなか たのなら多数意見の考える被害者像は、 初に回避行動をとらなかったのなら

後までとらない(取れない)女性。どうして決めつけられるのか?

③ Aは「成城学園前駅で一旦下車した際に被告人を見失い、再び乗車しようと

した際に被告人に気付いたのが発車寸前であったため、後ろから押し込まれ、

別の扉に移動することなくそのまま乗車した」と述べている。同じ位置に戻っ

たのはAの意思ではない。多数意見③の認定根拠は何か?たのはAの意思ではない。多数意見③の認定根拠は何か?

ウ、被告人供述と被害者供述の信用性判断の枠組み

多数意見 被告人は 本件当時 歳 前科前歴なく の種の犯• 多数意見:被告人は、本件当時60歳、前科前歴なく、この種の犯行を行うような性向をうかがわせる事情も記録上は見当たらない。従って、Aの供述の信用性判断は特に慎重に行う必要がある。

• 那須補足意見(資料甲・P6)

混雑した電車内の痴漢行為は「触 たか否か」という単純な事実の争いであ混雑した電車内の痴漢行為は「触ったか否か」という単純な事実の争いであり、10代後半の女性でも虚偽錯覚誇張を含む「具体的で詳細」な体裁を具えた供述をすることができる。しかも、公判供述の前に検察官との詳細な打ち合わせがあるのだから 外見上「詳細かつ具体的 迫真的で不自然 不合合わせがあるのだから、外見上「詳細かつ具体的、迫真的で不自然・不合理な点がない」のは当然。

→ Aの供述は、「詳細かつ具体的」などの一般的・抽象的性質は具えているものの これを超えて特別に信用性を強める方向の内容を含まず 他にこものの、これを超えて特別に信用性を強める方向の内容を含まず、他にこれと言った補強する証拠等もないことから、事実誤認の危険を含む典型的な被害者供述。

文献等に示される典型的論理則や経験則に限ることなく、我々が社会生活の中で体得する広い意味での経験則ないし一般的なものの見方も、経験則 論理則に含まれる 多数意見は のような見解の上に立 て の供述則・論理則に含まれる。多数意見はこのような見解の上に立って、Aの供述の信用性を判断している。

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資料甲・P6~資料甲 P6

• 被害者は「その気になれば」嘘を簡単につくことができる、か?

• 被害実態、被害者の反応・心理状態などについて正確な理解を持ち、かつ適切有効な補充尋問・反対尋問をすることにより、事実は判明しうる。しかし、強姦神話に立脚した尋問(事実から遊離した前提で行われる)からは、予定されている被害者像とは異なる被害者像が現れる。それが、らは、予定されている被害者像とは異なる被害者像が現れる。それが、「虚偽錯覚誇張」あるいは「合理的な疑い」という評価になり、性暴力にあったと主張する女性は嘘つきの可能性があるとの思い込みになる。

他の種類の事件では 被害者証言が検察官との入念な打ち合わせを経• 他の種類の事件では、被害者証言が検察官との入念な打ち合わせを経たものであることを理由に、特段の補強証拠が必要とはされない。何故、性暴力の被害者については、検察官との打ち合わせを経ることで、ねつ造する可能性が高いと言えるのか?造する可能性が高いと言えるのか?

• 「経験則」とは、個人的な経験とは全く異なる。「我々」というのは誰か?裁判官の個人的経験ではないか(男性一般というのは存在しない)。

「一般的なものの見方」とは何か?

いずれも客観性がないし検証もできない。まして、専門的知見に基づく経験則に優先するとすべき根拠はない験則に優先するとすべき根拠はない。

(5) 高裁2011.7.25(千葉事件判決) 3対1 資料乙

• 多数意見結論は「全面的にAの供述を信用できるとした第1審判決及び原判決の判断は 経験則に照らして不合理」及び原判決の判断は、経験則に照らして不合理」

• 争点は争点は

ア、被害者の抵抗を著しく困難にする程度の暴行・脅迫の有無

イ、姦淫行為の有無

ウ、被告人供述の信用性

多数意見・千葉補足意見 ⇔ 古田反対意見・一審判決・原判決

多数意見がそのような経験則を採用した理由は何か?

被害の実態の理解、被害者の心理や行動についての専門的知見を理解した場合、どちらの判断が経験則に合致するか?

9/87

Page 15: 日 時 : 2014年6月21日(土) 午後1時30分~午後5 …...2003年1月から4月まで,ミシガン大学日本研究センターでトヨタ客員教授として,日本

• 争点1①多数は、自分の日常感覚を引き延ばした理解、男性の経験視点を、専門的知見よりも正しいとしている。

• ②多数も、自分の日常感覚を引き延ばした理解、男性の経験視点を、専②多数も、自分の日常感覚を引き延ばした理解、男性の経験視点を、専門的知見よりも正しいとしている。積極的に助けを求めることが不可能でなければ、積極的に助けを呼ばないことは不自然としている。

須藤①は 認定根拠が不明• 須藤①は、認定根拠が不明。

• 千葉③は、「それなりの社会経験」とは何か?接客従事者に対する偏見か?

• 争点2①多数が、古田意見よりも合理的であるとの根拠が不明。

②多数も 古田意見よりも合理的 あると 根拠が不明• ②多数も、古田意見よりも合理的であるとの根拠が不明。

• ⑥多数も、古田意見よりも合理的であるとの根拠が不明。

• 争点3①~④多数も、古田意見よりも合理的であるとの根拠が不明。

参考文献

• 宮地尚子「トラウマ」岩波新書、2013

• 牧野雅子「刑事司法とジェンダー」インパクト出版会、2013

• 角田由紀子「性と法律─変わったこと、変えたいこと」岩波新書、20132013

• 大阪弁護士会人権擁護委員会性暴力被害検討プロジェクトチーム「性暴力と刑事司法」信山社、2014ム 性暴力と刑事司法」信山社、2014

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-1

-

主文

原判

決及

び第

1審

判決

を破

棄す

る。

被告

人は

無罪

理由

弁護

人秋

山賢

三ほ

かの

上告

趣意

は,

憲法

違反

,判

例違

反を

いう

点を

含め

,実

質は

単な

る法

令違

反,

事実

誤認

,量

刑不

当の

主張

であ

り,

被告

人本

人の

上告

趣意

は,

実誤

認の

主張

であ

って

,い

ずれ

も刑

訴法

40

5条

の上

告理

由に

当た

らな

い。

しか

しな

がら

,所

論に

かん

がみ

,職

権を

もっ

て調

査す

ると

,原

判決

及び

第1

審判

決は

,刑

訴法

41

1条

3号

によ

り破

棄を

免れ

ない

。そ

の理

由は

,以

下の

とお

りで

る。 第

1本

件公

訴事

実及

び本

件の

経過

本件

公訴

事実

の要

旨は

,「

被告

人は

,平

成1

8年

4月

18

日午

前7

時5

6分

ころ

から

同日

午前

8時

3分

ころ

まで

の間

,東

京都

世田

谷区

内の

小田

急電

鉄株

式会

社成

学園

前駅

から

下北

沢駅

に至

るま

での

間を

走行

中の

電車

内に

おい

て,

乗客

であ

る当

17

歳の

女性

に対

し,

パン

ティ

の中

に左

手を

差し

入れ

その

陰部

を手

指で

もて

あそ

など

し,

もっ

て強

いて

わい

せつ

な行

為を

した

」と

いう

もの

であ

る。

第1

審判

決は

,上

記の

とお

りの

被害

を受

けた

とす

る上

記女

性(

以下

「A

」と

う。

)の

供述

に信

用性

を認

め,

公訴

事実

と同

旨の

犯罪

事実

を認

定し

て,

被告

人を

役1

年1

0月

に処

し,

被告

人か

らの

控訴

に対

し,

原判

決も

,第

1審

判決

の事

実認

を是

認し

て,

控訴

を棄

却し

た。

第2

当裁

判所

の判

1当

審に

おけ

る事

実誤

認の

主張

に関

する

審査

は,

当審

が法

律審

であ

るこ

とを

-2

-

則と

して

いる

こと

にか

んが

み,

原判

決の

認定

が論

理則

,経

験則

等に

照ら

して

不合

とい

える

かど

うか

の観

点か

ら行

うべ

きで

ある

が,

本件

のよ

うな

満員

電車

内の

痴漢

件に

おい

ては

,被

害事

実や

犯人

の特

定に

つい

て物

的証

拠等

の客

観的

証拠

が得

られ

くく

,被

害者

の供

述が

唯一

の証

拠で

ある

場合

も多

い上

,被

害者

の思

い込

みそ

の他

より

被害

申告

がさ

れて

犯人

と特

定さ

れた

場合

,そ

の者

が有

効な

防御

を行

うこ

とが

易で

はな

いと

いう

特質

が認

めら

れる

こと

から

,こ

れら

の点

を考

慮し

た上

で特

に慎

な判

断を

する

こと

が求

めら

れる

2関

係証

拠に

よれ

ば,

次の

事実

が明

らか

であ

る。

(1)

被告

人は

,通

勤の

ため

,本

件当

日の

午前

7時

34

分こ

ろ,

小田

急線

鶴川

から

,綾

瀬行

き準

急の

前か

ら5

両目

の車

両に

,A

は,

通学

のた

め,

同日

午前

7時

4分

ころ

,読

売ラ

ンド

前駅

から

,同

車両

に乗

った

。被

告人

とA

は,

遅く

とも

,本

電車

が同

日午

前7

時5

6分

ころ

成城

学園

前駅

を発

車し

て間

もな

くし

てか

ら,

満員

上記

車両

の,

進行

方向

に向

かっ

て左

側の

前か

ら2

番目

のド

ア付

近に

,互

いの

左半

付近

が接

する

よう

な体

勢で

,向

かい

合う

よう

な形

で立

って

いた

(2)

Aは

,本

件電

車が

下北

沢駅

に着

く直

前,

左手

で被

告人

のネ

クタ

イを

つか

み,

「電

車降

りま

しょ

う。

」と

声を

掛け

た。

これ

に対

して

,被

告人

は,

声を

荒げ

て,

「何

です

か。

」な

どと

言い

,A

が「

あな

た今

痴漢

をし

たで

しょ

う。

」と

応じ

と,

Aを

離そ

うと

して

,右

手で

その

左肩

を押

すな

どし

た。

本件

電車

は,

間も

なく

下北

沢駅

に止

まり

,2

人は

,開

いた

ドア

から

ホー

ムの

上に

押し

出さ

れた

。A

は,

の場

にい

た同

駅の

駅長

に対

し,

被告

人を

指さ

し,

「こ

の人

痴漢

です

。」

と訴

えた

そこ

で,

駅長

が被

告人

に駅

長室

への

同行

を求

める

と,

被告

人は

,「

おれ

は関

係な

んだ

,急

いで

いる

んだ

。」

など

と怒

気を

含ん

だ声

で言

い,

駅長

の制

止を

振り

切っ

11/87

oguchi304
テキストボックス
 最高裁第三小法廷 平成21年4月14日
oguchi304
テキストボックス
資料甲【小田急事件】
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-3

-

て,

車両

に乗

り込

んだ

が,

やが

て,

駅長

の説

得に

応じ

て下

車し

,駅

長室

に同

行し

た。 (3)

Aが

乗車

して

から

,被

告人

らが

降車

した

下北

沢駅

まで

の本

件電

車の

停車

は,

順に

,読

売ラ

ンド

前,

生田

,向

ヶ丘

遊園

,登

戸,

成城

学園

前,

下北

沢で

ある

3A

は,

第1

審公

判及

び検

察官

調書

(同

意採用

部分

)に

おい

て,

要旨

,次

のよ

うに

供述

して

いる

「読

売ラ

ンド

前か

ら乗

車し

た後

,左

側ド

ア付

近に

立っ

てい

ると

,生

田を

発車

して

すぐ

に,

私と

向か

い合

わせ

に立

って

いた

被告

人が

,私

の頭

越し

に,

かば

んを

無理

り網

棚に

載せ

た。

そこ

まで

無理

に上

げる

必要

はな

いん

じゃ

ない

かと

思っ

た。

その

後,

私と

被告

人は

,お

互い

の左

半身

がく

っつ

くよ

うな

感じ

で立

って

いた

。向

ヶ丘

園を

出て

から

痴漢

に遭

い,

スカ

ート

の上

から

体を

触ら

れた

後,

スカ

ート

の中

に手

入れ

られ

,下

着の

上か

ら陰

部を

触ら

れた

。登

戸に

着く

少し

前に

,そ

の手

は抜

かれ

が,

登戸

を出

ると

,成

城学

園前

に着

く直

前ま

で,

下着

の前

の方

から

手を

入れ

られ

陰部

を直

接触

られ

た。

触ら

れて

いる

感覚

から

,犯

人は

正面

にい

る被

告人

と思

った

が,

され

てい

る行

為を

見る

のが

嫌だ

った

ので

,目

で見

て確

認は

しな

かっ

た。

成城

園前

に着

いて

ドア

が開

き,

駅の

ホー

ム上

に押

し出

され

た。

被告

人が

まだ

いた

らド

を替

えよ

うと

思っ

たが

,被

告人

を見

失っ

て迷

って

いる

うち

,ド

アが

閉ま

りそ

うに

った

ので

,再

び,

同じ

ドア

から

乗っ

た。

乗る

直前

に,

被告

人が

いる

のに

気付

いた

が,

後ろ

から

押し

込ま

れる

感じ

で,

また

被告

人と

向か

い合

う状

態に

なっ

た。

私が

少し

でも

避け

よう

と思

って

体の

向き

を変

えた

ため

,私

の左

肩が

被告

人の

体の

中心

くっ

つく

よう

な形

にな

った

。成

城学

園前

を出

ると

,今

度は

,ス

カー

トの

中に

手を

れら

れ,

右の

太も

もを

触ら

れた

。私

は,

いっ

たん

電車

の外

に出

たの

にま

たす

るな

-4

-

て許

せな

い,

捕ま

えた

り,

警察

に行

った

とき

に説

明で

きる

よう

にす

るた

め,

しっ

り見

てお

かな

けれ

ばい

けな

いと

思い

,そ

の状

況を

確認

した

。す

ると

,ス

カー

トの

そが

持ち

上が

って

いる

部分

に腕

が入

って

おり

,ひ

じ,

肩,

顔と

順番

に見

てい

き,

告人

の左

手で

触ら

れて

いる

こと

が分

かっ

た。

その

後,

被告

人は

,下

着の

わき

から

を入

れて

陰部

を触

り,

さら

に,

その

手を

抜い

て,

今度

は,

下着

の前

の方

から

手を

れて

陰部

を触

って

きた

。そ

の間

,再

び,

お互

いの

左半

身が

くっ

つく

よう

な感

じに

って

いた

。私

が,

下北

沢に

着く

直前

,被

告人

のネ

クタ

イを

つか

んだ

のと

同じ

ころ

被告

人は

,私

の体

を触

るの

を止

めた

。」

4第

1審

判決

は,

Aの

供述

内容

は,

当時

の心

情も

交え

た具

体的

,迫

真的

なも

で,

その

内容

自体

に不

自然

,不

合理

な点

はな

く,

Aは

,意

識的

に当

時の

状況

を観

察,

把握

して

いた

とい

うの

であ

り,

犯行

内容

や犯

行確

認状

況に

つい

て,

勘違

いや

憶の

混乱

等が

起こ

るこ

とも

考え

にく

いな

どと

して

,被

害状

況及

び犯

人確

認状

況に

する

Aの

上記

供述

は信

用で

きる

と判

示し

,原

判決

もこ

れを

是認

して

いる

5そ

こで

検討

する

と,

被告

人は

,捜

査段

階か

ら一

貫し

て犯

行を

否認

して

おり

本件

公訴

事実

を基

礎付

ける

証拠

とし

ては

,A

の供

述が

ある

のみ

であ

って

,物

的証

等の

客観

的証

拠は

存し

ない

(被

告人

の手

指に

付着

して

いた

繊維

の鑑

定が

行わ

れた

が,

Aの

下着

に由

来す

るも

ので

ある

かど

うか

は不

明で

あっ

た。

)。

被告

人は

,本

当時

60

歳で

あっ

たが

,前

科,

前歴

はな

く,

この

種の

犯行

を行

うよ

うな

性向

をう

がわ

せる

事情

も記

録上

は見

当た

らな

い。

した

がっ

て,

Aの

供述

の信

用性

判断

は特

慎重

に行

う必

要が

ある

ので

ある

が,

(1)

Aが

述べ

る痴

漢被

害は

,相

当に

執よ

うか

つ強

度な

もの

であ

るに

もか

かわ

らず

,A

は,

車内

で積

極的

な回

避行

動を

執っ

てい

いこ

と,

(2)

その

こと

と前

記2

(2)の

Aの

した

被告

人に

対す

る積

極的

な糾

弾行

為と

12/87

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-5

-

は必

ずし

もそ

ぐわ

ない

よう

に思

われ

るこ

と,

また

,(3)

Aが

,成

城学

園前

駅で

った

ん下

車し

なが

ら,

車両

を替

える

こと

なく

,再

び被

告人

のそ

ばに

乗車

して

いる

は不

自然

であ

るこ

と(

原判

決も

「い

ささ

か不

自然

」と

は述

べて

いる

。)

など

を勘

する

と,

同駅

まで

にA

が受

けた

とい

う痴

漢被

害に

関す

る供

述の

信用

性に

はな

お疑

をい

れる

余地

があ

る。

そう

する

と,

その

後に

Aが

受け

たと

いう

公訴

事実

記載

の痴

被害

に関

する

供述

の信

用性

につ

いて

も疑

いを

いれ

る余

地が

ある

こと

は否

定し

難い

であ

って

,A

の供

述の

信用

性を

全面

的に

肯定

した

第1

審判

決及

び原

判決

の判

断は

必要

とさ

れる

慎重

さを

欠く

もの

とい

うべ

きで

あり

,こ

れを

是認

する

こと

がで

きな

い。

被告

人が

公訴

事実

記載

の犯

行を

行っ

たと

断定

する

につ

いて

は,

なお

合理

的な

いが

残る

とい

うべ

きで

ある

第3

結論

以上

のと

おり

,被

告人

に強

制わ

いせ

つ罪

の成

立を

認め

た第

1審

判決

及び

これ

を維

持し

た原

判決

には

,判

決に

影響

を及

ぼす

べき

重大

な事

実誤

認が

あり

,こ

れを

破棄

なけ

れば

著し

く正

義に

反す

るも

のと

認め

られ

る。

そし

て,

既に

第1

審及

び原

審に

おい

て検

察官

によ

る立

証は

尽く

され

てい

るの

で,

当審

にお

いて

自判

する

のが

相当

であ

ると

ころ

,本

件公

訴事

実に

つい

ては

犯罪

の証

が十

分で

ない

とし

て,

被告

人に

対し

無罪

の言

渡し

をす

べき

であ

る。

よっ

て,

刑訴

法4

11

条3

号に

より

原判

決及

び第

1審

判決

を破

棄し

,同

法4

13

条た

だし

書,

41

4条

,4

04

条,

33

6条

によ

り,

裁判

官堀

籠幸

男,

同田

原睦

の各

反対

意見

があ

るほ

か,

裁判

官全

員一

致の

意見

で,

主文

のと

おり

判決

する

。な

お,

裁判

官那

須弘

平,

同近

藤崇

晴の

各補

足意

見が

ある

裁判

官那

須弘

平の

補足

意見

は,

次の

とお

りで

ある

-6

-

1冤罪

で国

民を

処罰

する

のは

国家

によ

る人

権侵

害の

たる

もの

であ

り,

これ

防止

する

こと

は刑

事裁

判に

おけ

る重

要課

題の

一つ

であ

る。

刑事

裁判

の鉄

則と

もい

われ

る「

疑わ

しき

は被

告人

の利

益に

」の

原則

も,

有罪

判断

に必

要と

され

る「

合理

な疑

いを

超え

た証

明」

の基

準の

理論

も,

突き

詰め

れば

冤罪

防止

のた

めの

もの

であ

と考

えら

れる

本件

では

,公

訴事

実に

当た

る痴

漢犯

罪を

めぐ

り,

被害

を受

けた

とさ

れる

女性

(以

下「

A」

とい

う。

)が

被告

人を

犯人

であ

ると

指摘

する

もの

のこ

れを

補強

する

客観

証拠

がな

いに

等し

く,

他方

で被

告人

が冤

罪を

主張

する

もの

のや

はり

これ

を補

強す

客観

的証

拠に

乏し

いと

いう

証拠

状況

の下

で,

1審

及び

原審

の裁

判官

は有

罪・

無罪

選択

を迫

られ

,当

審で

も裁

判官

の意

見が

二つ

に分

かれ

てい

る。

意見

が分

かれ

る原

を探

ると

,結

局は

「合

理的

な疑

いを

超え

た証

明」

の原

理を

具体

的に

どの

よう

に適

する

かに

つい

ての

考え

方の

違い

に行

き着

くよ

うに

思わ

れる

。そ

こで

,こ

の際

,こ

点に

つい

て私

の考

え方

を明

らか

にし

て,

多数

意見

が支

持さ

れる

べき

理由

を補

足し

おき

たい

2痴

漢事

件に

つい

て冤罪

が争

われ

てい

る場

合に

,被

害者

とさ

れる

女性

の公

判で

の供

述内

容に

つい

て「

詳細

かつ

具体

的」

,「

迫真

的」

,「

不自

然・

不合

理な

点が

い」

など

とい

う一

般的

・抽

象的

な理

由に

より

信用

性を

肯定

して

有罪

の根

拠と

する

は,

公表

され

た痴

漢事

件関

係判

決例

をみ

ただ

けで

も少

なく

なく

,非

公表

のも

のを

めれ

ば相

当数

に上

るこ

とが

推測

でき

る。

しか

し,

被害

者女

性の

供述

がそ

のよ

うな

ので

あっ

ても

,他

にそ

の供

述を

補強

する

証拠

がな

い場

合に

つい

て有

罪の

判断

をす

こと

は,

「合

理的

な疑

いを

超え

た証

明」

に関

する

基準

の理

論と

の関

係で

,慎

重な

討が

必要

であ

ると

考え

る。

その

理由

は以

下の

とお

りで

ある

13/87

Page 19: 日 時 : 2014年6月21日(土) 午後1時30分~午後5 …...2003年1月から4月まで,ミシガン大学日本研究センターでトヨタ客員教授として,日本

-7

-

ア混

雑す

る電

車内

での

痴漢

事件

の犯

行は

,比

較的

短時

間の

うち

に行

われ

,行

の態

様も

被害

者の

身体

の一

部に

手で

触る

等と

いう

単純

かつ

類型

的な

もの

であ

り,

行の

動機

も刹

那的

かつ

単純

なも

ので

,被

害者

から

みて

被害

を受

ける

原因

らし

いも

はこ

れと

いっ

てな

いと

いう

点で

共通

して

いる

。被

害者

と加

害者

とは

見ず

知ら

ずの

柄で

たま

たま

車内

で近

接し

た場

所に

乗り

合わ

せた

だけ

の関

係で

,犯

行の

間は

車内

の場

所的

移動

もな

くほ

ぼ同

一の

姿勢

を保

った

まま

推移

する

場合

がほ

とん

どで

ある

この

よう

に,

混雑

した

電車

の中

での

痴漢

とさ

れる

犯罪

行為

は,

時間

的に

も空

間的

もま

た当

事者

間の

人的

関係

とい

う点

から

見て

も,

単純

かつ

類型

的な

態様

のも

のが

く,

犯行

の痕

跡も

(加

害者

の指

先に

付着

した

繊維

や体

液等

を除

いて

は)

残ら

ない

め,

「触

った

か否

か」

とい

う単

純な

事実

が争

われ

る点

に特

徴が

ある

。こ

のた

め,

通の

能力

を有

する

者(

例え

ば十

代後

半の

女性

等)

がそ

の気

にな

れば

,そ

の内

容が

実で

ある

場合

と,

虚偽

,錯

覚な

いし

誇張

等を

含む

場合

であ

ると

にか

かわ

らず

,法

にお

いて

「具

体的

で詳

細」

な体

裁を

具え

た供

述を

する

こと

はさ

ほど

困難

でも

ない

その

反面

,弁

護人

が反

対尋

問で

供述

の矛

盾を

突き

虚偽

を暴

き出

すこ

とも

,裁

判官

「詳

細か

つ具

体的

」,

「迫

真的

」あ

るい

は「

不自

然・

不合

理な

点が

ない

」な

どと

う一

般的

・抽

象的

な指

標を

用い

て供

述の

中か

ら虚

偽,

錯覚

ない

し誇

張の

存否

を嗅

分け

るこ

とも

,け

っし

て容

易な

こと

では

ない

。本

件の

よう

な類

型の

痴漢

犯罪

被害

の公

判に

おけ

る供

述に

は,

元々

,事

実誤

認を

生じ

させ

る要

素が

少な

から

ず潜

んで

るの

であ

る。

イ被

害者

が公

判で

供述

する

場合

には

,被

害事

実を

立証

する

ため

に検

察官

側の

人と

して

出廷

する

のが

一般

的で

あり

,検

察官

の要

請に

より

事前

に面

接し

て尋

問の

容及

び方

法等

につ

いて

詳細

な打

ち合

わせ

をす

るこ

とは

,広

く行

われ

てい

る。

痴漢

-8

-

罪に

つい

て虚

偽の

被害

申出

をし

たこ

とが

明ら

かに

なれ

ば,

刑事

及び

民事

上の

責任

追及

され

るこ

とに

もな

るの

であ

るか

ら(

刑法

17

2条

,軽

犯罪

法1

条1

6号

,民

70

9条

),

被害

者と

され

る女

性が

公判

で被

害事

実を

自ら

覆す

供述

をす

るこ

とは

い。

検察

官と

して

も,

被害

者の

供述

が犯

行の

存在

を証

明し

公判

を維

持す

るた

めの

りの

綱で

ある

から

,捜

査段

階で

の供

述調

書等

の資

料に

添っ

た矛

盾の

ない

供述

が得

れる

よう

に被

害者

との

入念

な打

ち合

わせ

に努

める

。こ

の検

察官

の打

ち合

わせ

作業

体は

,法

令の

規定

(刑

事訴

訟規

則1

91

条の

3)

に添

った

当然

のも

ので

あっ

て,

ら非

難さ

れる

べき

事柄

では

ない

が,

反面

で,

この

よう

な作

業が

念入

りに

行わ

れれ

行わ

れる

ほど

,公

判で

の供

述は

外見

上「

詳細

かつ

具体

的」

,「

迫真

的」

で,

「不

然・

不合

理な

点が

ない

」も

のと

なる

のも

自然

の成

り行

きで

ある

。こ

れを

裏返

して

えば

,公

判で

の被

害者

の供

述が

その

よう

なも

ので

ある

から

とい

って

,そ

れだ

けで

害者

の主

張が

正し

いと

即断

する

こと

には

危険

が伴

い,

そこ

に事

実誤

認の

余地

が生

るこ

とに

なる

ウ満

員電

車内

の痴

漢事

件に

つい

ては

上記

のよ

うな

特別の

事情

があ

るの

であ

るか

ら,

冤罪

が真

摯に

争わ

れて

いる

場合

につ

いて

は,

たと

え被

害者

女性

の供

述が

「詳

かつ

具体

的」

,「

迫真

的」

で,

弁護

人の

反対

尋問

を経

ても

なお

「不

自然

・不

合理

点が

ない

」か

のよ

うに

見え

ると

きで

あっ

ても

,供

述を

補強

する

証拠

ない

し間

接事

の存

否に

特別

な注

意を

払う

必要

があ

る。

その

上で

,補

強す

る証

拠等

が存

在し

ない

もか

かわ

らず

裁判

官が

有罪

の判

断に

踏み

切る

につ

いて

は,

「合

理的

な疑

いを

超え

証明

」の

視点

から

問題

がな

いか

どう

か,

格別

に厳

しい

点検

を欠

かせ

ない

3以

上検

討し

たと

ころ

を踏

まえ

てA

の供

述を見

るに

,1

審及

び原

審の

各判

決が

示す

よう

な「

詳細

かつ

具体

的」

等の

一般

的・

抽象

的性

質は

具え

てい

るも

のの

,こ

14/87

Page 20: 日 時 : 2014年6月21日(土) 午後1時30分~午後5 …...2003年1月から4月まで,ミシガン大学日本研究センターでトヨタ客員教授として,日本

-9

-

を超

えて

特別

に信

用性

を強

める

方向

の内

容を

含ま

ず,

他に

これ

とい

った

補強

する

拠等

もな

いこ

とか

ら,

上記

2に

挙げ

た事

実誤

認の

危険

が潜

む典

型的

な被

害者

供述

ある

と認

めら

れる

これ

に加

えて

,本

件で

は,

判決

理由

第2

の5

に指

摘す

ると

おり

被害

者の

供述

の信

用性

に積

極的

に疑

いを

いれ

るべ

き事

実が

複数

存在

する

。そ

の疑

いは

単な

る直

感に

る「

疑わ

しさ

」の

表明

(「

なん

とな

く変

だ」

「お

かし

い」

)の

域に

とど

まら

ず,

理的

に筋

の通

った

明確

な言

葉に

よっ

て表

示さ

れ,

事実

によ

って

裏づ

けら

れた

もの

もあ

る。

Aの

供述

はそ

の信

用性

にお

いて

一定

の疑

いを

生じ

る余

地を

残し

たも

ので

り,

被告

人が

有罪

であ

るこ

とに

対す

る「

合理

的な

疑い

」を

生じ

させ

るも

ので

ある

いわ

ざる

を得

ない

ので

ある

した

がっ

て,

本件

では

被告

人が

犯罪

を犯

して

いな

いと

まで

は断

定で

きな

いが

,逆

に被

告人

を有

罪と

する

こと

につ

いて

も「

合理

的な

疑い

」が

残る

とい

う,

いわ

ばグ

ーゾ

ーン

の証

拠状

況に

ある

と判

断せ

ざる

を得

ない

。そ

の意

味で

,本

件で

は未

だ「

理的

な疑

いを

超え

た証

明」

がな

され

てお

らず

,「

疑わ

しき

は被

告人

の利

益に

」の

則を

適用

して

,無

罪の

判断

をす

べき

であ

ると

考え

る。

4堀

籠裁

判官及

び田

原裁

判官

の各

反対

意見

の見

解は

,そ

の理

由と

する

とこ

ろも

含め

て傾

聴に

値す

るも

ので

あり

,一

定の

説得

力も

もっ

てい

ると

考え

る。

しか

しな

ら,

これ

とは

逆に

,多

数意

見が

本判

決理

由中

で指

摘し

,当

補足

意見

でや

や詳

しく

した

理由

によ

り,

Aの

供述

の信

用性

には

なお

疑い

をい

れる

余地

があ

ると

する

見方

成り

立ち

得る

ので

あっ

て,

こち

らも

それ

なり

に合

理性

をも

つと

評価

され

てよ

いと

じる

合議

体に

よる

裁判

の評

議に

おい

ては

,こ

のよ

うに

,意

見が

二つ

又は

それ

以上

に分

-10

-

かれ

て調

整が

つか

ない

事態

も生

じう

ると

ころ

であ

って

,そ

の相

違は

各裁

判官

の歩

でき

た人

生体

験の

中で

培っ

てき

たも

のの

見方

,考

え方

,価

値観

に由

来す

る部

分が

いの

であ

るか

ら,

これ

を解

消す

るこ

とも

容易

では

ない

。そ

こで

,問

題は

この

相違

どう

結論

に結

びつ

ける

かで

ある

が,

私は

,個

人の

裁判

官に

おけ

る有

罪の

心証

形成

場合

と同

様に

,「

合理

的な

疑い

を超

えた

証明

」の

基準

(及

び「

疑わ

しき

は被

告人

利益

に」

の原

則)

に十

分配

慮す

る必

要が

あり

,少

なく

とも

本件

のよ

うに

合議

体に

ける

複数

の裁

判官

がA

の供

述の

信用

性に

疑い

をも

ち,

しか

もそ

の疑

いが

単な

る直

や感

想を

超え

て論

理的

に筋

の通

った

明確

な言

葉に

よっ

て表

示さ

れて

いる

場合

には

有罪

に必

要な

「合

理的

な疑

いを

超え

た証

明」

はな

おな

され

てい

ない

もの

とし

て処

され

るこ

とが

望ま

しい

と考

える

(こ

れは

,「

疑わ

しき

は被

告人

の利

益に

」の

原則

も適

合す

る。

)。

なお

,当

審に

おけ

る事

実誤

認の

主張

に関

する

審査

につ

き,

当審

が法

律審

であ

るこ

とを

原則

とし

てい

るこ

とか

ら「

原判

決の

認定

が論

理則

,経

験則

等に

照ら

して

不合

とい

える

かど

うか

の観

点か

ら行

うべ

きで

ある

」と

する

基本

的立

場に

立つ

こと

は,

籠裁

判官

指摘

のと

おり

であ

る。

しか

し,

少な

くと

も有

罪判

決を

破棄

自判

して

無罪

する

場合

につ

いて

は,

冤罪

防止

の理

念を

実効

あら

しめ

ると

いう

観点

から

,文

献等

例示

され

る典

型的

な論

理則

や経

験則

に限

るこ

とな

く,

我々

が社

会生

活の

中で

体得

る広

い意

味で

の経

験則

ない

し一

般的

なも

のの

見方

も「

論理

則,

経験

則等

」に

含ま

ると

解す

るの

が相

当で

ある

。多

数意

見は

この

よう

な理

解の

上に

立っ

て,

Aの

供述

信用

性を

判断

し,

その

上で

「合

理的

な疑

いを

超え

た証

明」

の基

準に

照ら

し,

なお

「合

理的

な疑

いが

残る

」と

して

無罪

の判

断を

示し

てい

るの

であ

るか

ら,

この

点に

いて

上記

基本

的立

場か

ら見

ても

なん

ら問

題が

ない

こと

は明

らか

であ

る。

15/87

Page 21: 日 時 : 2014年6月21日(土) 午後1時30分~午後5 …...2003年1月から4月まで,ミシガン大学日本研究センターでトヨタ客員教授として,日本

-11

-

裁判

官近

藤崇

晴の

補足

意見

は,

次の

とお

りで

ある

私は

,被

告人

を無

罪と

する

多数

意見

に与

する

もの

であ

り,

また

,多

数意

見の

立場

を敷

衍す

る那

須裁

判官

の補

足意

見に

共鳴

する

もの

であ

るが

,な

お若

干の

補足

をし

おき

たい

本件

は,

満員

電車

の中

での

いわ

ゆる

痴漢

事件

であ

り,

被害

者と

され

る女

性A

が被

告人

から

強制

わい

せつ

の被

害を

受け

た旨

を具

体的

に供

述し

てい

るの

に対

し,

被告

は終

始一

貫し

て犯

行を

否認

して

いる

。そ

して

,被

告人

の犯

人性

につ

いて

は,

他に

撃証

人そ

の他

の有

力な

証拠

が存

在し

ない

。す

なわ

ち,

本件

にお

いて

は,

「被

害者

の供

述と

被告

人の

供述

とが

いわ

ば水

掛け

論に

なっ

てい

るの

であ

り,

それ

ぞれ

の供

内容

をそ

の他

の証

拠関

係に

照ら

して

十分

に検

討し

てみ

ても

それ

ぞれ

に疑

いが

残り

結局

真偽

不明

であ

ると

考え

るほ

かな

いの

であ

れば

,公

訴事

実は

証明

され

てい

ない

とに

なる

。言

い換

える

なら

ば,

本件

公訴

事実

が証

明さ

れて

いる

かど

うか

は,

Aの

述が

信用

でき

るか

どう

かに

すべ

てが

係っ

てい

ると

言う

こと

がで

きる

。こ

のよ

うな

合,

一般

的に

,被

害者

とさ

れる

女性

の供

述内

容が

虚偽

であ

る,

ある

いは

,勘

違い

記憶

違い

によ

るも

ので

ある

とし

ても

,こ

れが

真実

に反

する

と断

定す

るこ

とは

著し

困難

なの

であ

るか

ら,

「被

害者

」の

供述

内容

が「

詳細

かつ

具体

的」

,「

迫真

的」

「不

自然

・不

合理

な点

がな

い」

とい

った

表面

的な

理由

だけ

で,

その

信用

性を

たや

く肯

定す

るこ

とに

は大

きな

危険

が伴

う。

この

点,

那須

裁判

官の

補足

意見

が指

摘す

とお

りで

ある

。ま

た,

「被

害者

」の

供述

する

とこ

ろは

たや

すく

これ

を信

用し

,被

人の

供述

する

とこ

ろは

頭か

ら疑

って

かか

ると

いう

よう

なこ

とが

ない

よう

,厳

に自

する

必要

があ

る。

本件

にお

いて

は,

多数

意見

が指

摘す

るよ

うに

,A

の供

述に

は幾

つか

の疑

問点

があ

-12

-

り,

その

反面

,被

告人

にこ

の種

の犯

行(

公訴

事実

のと

おり

であ

れば

,痴

漢の

中で

かな

り悪

質な

部類

に属

する

。)

を行

う性

向・

性癖

があ

るこ

とを

うか

がわ

せる

よう

事情

は記

録上

見当

たら

ない

ので

あっ

て,

これ

らの

諸点

を総

合勘

案す

るな

らば

,A

供述

の信

用性

には

合理

的な

疑い

をい

れる

余地

があ

ると

いう

べき

であ

る。

もち

ろん

これ

らの

諸点

によ

って

も,

Aの

供述

が真

実に

反す

るも

ので

被告

人は

本件

犯行

を行

てい

ない

と断

定で

きる

わけ

では

なく

,こ

との

真偽

は不

明だ

とい

うこ

とで

ある

上告

裁判

所は

,事

後審

査に

よっ

て,

「判

決に

影響

を及

ぼす

べき

重大

な事

実の

誤認

があ

る」

(刑

訴法

41

1条

3号

)か

どう

かを

判断

する

ので

ある

が,

言う

まで

もな

く,

その

こと

は,

公訴

事実

の真

偽が

不明

であ

る場

合に

は原

判決

の事

実認

定を

維持

べき

であ

ると

いう

こと

を意

味す

るも

ので

はな

い。

上告

裁判

所は

,原

判決

の事

実認

の当

否を

検討

すべ

きで

ある

と考

える

場合

には

,記

録を

検討

して

自ら

の事

実認

定を

裡に

描き

なが

ら,

原判

決の

事実

認定

が論

理則

,経

験則

等に

照ら

して

不合

理と

いえ

かど

うか

を検

討す

ると

いう

思考

操作

をせ

ざる

を得

ない

。そ

の結

果,

原判

決の

事実

定に

合理

的な

疑い

が残

ると

判断

する

ので

あれ

ば,

原判

決に

は「

事実

の誤

認」

があ

こと

にな

り,

それ

が「

判決

に影

響を

及ぼ

すべ

き重

大な

」も

ので

あっ

て,

「原

判決

破棄

しな

けれ

ば著

しく

正義

に反

する

と認

める

とき

」は

,原

判決

を破

棄す

るこ

とが

きる

ので

ある

。殊

に,

原判

決が

有罪

判決

であ

って

,そ

の有

罪と

した

根拠

であ

る事

認定

に合

理的

な疑

いが

残る

ので

あれ

ば,

原判

決を

破棄

する

こと

は,

終審

たる

裁判

所の

職責

とす

ると

ころ

であ

って

,事

後審

制で

ある

こと

を理

由に

あた

かも

立証

任を

転換

した

かの

ごと

き結

論を

採る

こと

は許

され

ない

と信

ずる

もの

であ

る。

裁判

官堀

籠幸

男の

反対

意見

は,

次の

とお

りで

ある

私は

,多

数意

見に

は反

対で

あり

,原

判決

に事

実誤

認は

なく

,本

件上

告は

棄却

すべ

16/87

Page 22: 日 時 : 2014年6月21日(土) 午後1時30分~午後5 …...2003年1月から4月まで,ミシガン大学日本研究センターでトヨタ客員教授として,日本

-13

-

きも

のと

考え

る。

その

理由

は次

のと

おり

であ

る。

第1

事実

誤認

の主

張に

関す

る高

裁判

所の

審査

の在

り方

1刑

訴法

は,

刑事

事件

の上

訴審

につ

いて

は,

原判

決に

違法

又は

不当

な点

はな

かを

審査

する

とい

う事

後審

制を

採用

して

いる

。上

訴審

で事

実認

定の

適否

が問

題と

る場

合に

は,

上訴

審は

,自

ら事

件に

つい

て心

証を

形成

する

ので

はな

く,

原判

決の

定に

論理

則違

反や

経験

則違

反が

ない

か又

はこ

れに

準ず

る程

度に

不合

理な

判断

をし

いな

いか

を審

理す

るも

ので

ある

。そ

して

,基

本的

に法

律審

であ

る高

裁判

所が

事実

誤認

の主

張に

関し

審査

を行

う場

合に

は,

その

審査

は,

控訴

審以

上に

徹底

した

事後

査で

なけ

れば

なら

ない

。高

裁判

所の

審査

は,

書面

審査

によ

り行

うも

ので

ある

ら,

原判

決に

事実

誤認

があ

ると

いう

ため

には

,原

判決

の判

断が

論理

則や

経験

則に

する

か又

はこ

れに

準ず

る程

度に

その

判断

が不

合理

であ

ると

明ら

かに

認め

られ

る場

でな

けれ

ばな

らな

い。

刑訴

法4

11

条3

号が

「重

大な

事実

の誤

認」

と規

定し

てい

のも

,こ

のこ

とを

意味

する

もの

とい

うべ

きで

ある

2刑

訴法

は,

第一

審の

審理

につ

いて

は,

直接

主義

,口頭

主義

を採

用し

てお

り,

証人

や被

告人

の供

述の

信用

性が

問題

とな

る場

合,

第一

審の

裁判

所は

,証

人や

被告

の供

述態

度の

誠実

性,

供述

内容

の具

体性

・合

理性

,論

理の

一貫

性の

みな

らず

,論

・弁

論で

当事

者か

ら示

され

た経

験時

の条

件,

記憶

やそ

の正

確性

,他

の証

拠と

の整

性あ

るい

は矛

盾等

につ

いて

の指

摘を

踏ま

え,

その

信用

性を

総合

的に

検討

して

判断

るこ

とに

なる

ので

あり

,そ

の判

断は

,ま

さし

く経

験則

・論

理則

に照

らし

て行

われ

ので

ある

。証

人や

被告

人の

供述

の信

用性

につ

いて

の上

訴審

の審

査は

,そ

の供

述を

接的

に見

聞し

て行

うも

ので

はな

く,

特に

高裁

判所

では

書面

のみ

を通

じて

行う

もの

であ

るか

ら,

その

供述

の信

用性

につ

いて

の判

断は

,経

験則

や論

理則

に違

反し

てい

-14

-

か又

はこ

れに

準ず

る程

度に

明ら

かに

不合

理と

認め

られ

るか

どう

かの

観点

から

行う

きも

ので

ある

第2

事実

誤認

の有

1本

件に

おけ

る争

点は

,被

害者

Aの

供述

と被

告人

の供

述と

では

,ど

ちら

の供

の方

が信

用性

があ

るか

とい

う点

であ

る。

被害

者A

の供

述の

要旨

は,

多数

意見

が要

約し

てい

ると

おり

であ

るが

,A

は長

時間

にわ

たり

尋問

を受

け,

弁護

人の

厳し

い反

対尋

問に

も耐

え,

被害

の状

況に

つい

ての

述は

,詳

細か

つ具

体的

で,

迫真

的で

あり

,そ

の内

容自

体に

も不

自然

,不

合理

な点

なく

,覚

えて

いる

点に

つい

ては

明確

に述

べ,

記憶

のな

い点

につ

いて

は「

分か

らな

い」

と答

えて

おり

,A

の供

述に

は信

用性

があ

るこ

とが

十分

うか

がえ

るの

であ

る。

多数

意見

は,

Aの

供述

につ

いて

,犯

人の

特定

に関

し疑

問が

ある

とい

うの

では

く,

被害

事実

の存

在自

体が

疑問

であ

ると

いう

もの

であ

る。

すな

わち

,多

数意

見は

被害

事実

の存

在自

体が

疑問

であ

るか

ら,

Aが

虚偽

の供

述を

して

いる

疑い

があ

ると

うの

であ

る。

しか

し,

田原

裁判

官が

指摘

する

よう

に,

Aが

殊更

虚偽

の被

害事

実を

し立

てる

動機

をう

かが

わせ

るよ

うな

事情

は,

記録

を精

査検

討し

てみ

ても

全く

存し

いの

であ

る。

2そ

こで

,次

に被

害者

Aの

供述

から

その

信用

性に

対し

疑い

を生

じさ

せる

よう

事情

があ

ると

いえ

るか

どう

かが

問題

とな

る。

(1)

多数

意見

は,

先ず

,被

害者

Aが

車内

で積

極的

な回

避行

動を

執っ

てい

ない

で,

Aの

供述

の信

用性

に疑

いが

ある

とい

う。

この

点の

Aの

供述

の信

用性

を検

討す

に際

して

は,

朝の

通勤

・通

学時

にお

ける

小田

急線

の急

行・

準急

の混

雑の

程度

を認

した

上で

行う

必要

があ

る。

この

時間

帯の

小田

急線

の車

内は

,超

過密

であ

って

,立

17/87

Page 23: 日 時 : 2014年6月21日(土) 午後1時30分~午後5 …...2003年1月から4月まで,ミシガン大学日本研究センターでトヨタ客員教授として,日本

-15

-

てい

る乗

客は

,そ

の場

で身

をよ

じる

程度

の動

きし

かで

きな

いこ

とは

,社

会一

般に

く知

れ渡

って

いる

とこ

ろで

あり

,証

拠か

らも

認定

する

こと

がで

きる

ので

ある

。身

き困

難な

超満

員電

車の

中で

被害

に遭

った

場合

,こ

れを

避け

るこ

とは

困難

であ

り,

た,

犯人

との

争い

にな

るこ

とや

周囲

の乗

客の

関心

の的

とな

るこ

とに

対す

る気

後れ

羞恥

心な

どか

ら,

我慢

して

いる

こと

は十

分に

あり

得る

こと

であ

り,

Aが

その

場か

の離

脱や

制止

など

の回

避行

動を

執ら

なか

った

とし

ても

,こ

れを

不自

然と

いう

こと

でき

ない

と考

える

。A

が回

避行

動を

執ら

なか

った

こと

をも

って

Aの

供述

の信

用性

否定

する

こと

は,

同種

痴漢

被害

事件

にお

いて

,し

ばし

ば生

ずる

事情

を無

視し

た判

とい

わな

けれ

ばな

らな

い。

(2)

次に

,多

数意

見は

,痴

漢の

被害

に対

し回

避行

動を

執ら

なか

った

Aが

,下

沢駅

で被

告人

のネ

クタ

イを

つか

むと

いう

積極

的な

糾弾

行動

に出

たこ

とは

,必

ずし

そぐ

わな

いと

いう

。し

かし

,犯

人と

の争

いに

なる

こと

や周

囲の

乗客

の関

心の

的と

るこ

とに

対す

る気

後れ

,羞

恥心

など

から

短い

間の

こと

とし

て我

慢し

てい

た性

的被

者が

,執

拗に

被害

を受

けて

我慢

の限

界に

達し

,犯

人を

捕ら

える

ため

,次

の停

車駅

くに

なっ

たと

きに

,反

撃的

行為

に出

るこ

とは

十分

にあ

り得

るこ

とで

あり

,非

力な

女の

行為

とし

て,

犯人

のネ

クタ

イを

つか

むこ

とは

有効

な方

法で

ある

とい

える

から

この

点を

もっ

てA

の供

述の

信用

性を

否定

する

のは

,無

理と

いう

べき

であ

る。

(3)

また

,多

数意

見は

,A

が成

城学

園前

駅で

いっ

たん

下車

しな

がら

,車

両を

える

こと

なく

,再

び被

告人

のそ

ばに

乗車

して

いる

のは

不自

然で

ある

とい

う。

しか

なが

ら,

Aは

,成

城学

園前

駅で

は乗

客の

乗降

のた

めプ

ラッ

トホ

ーム

に押

し出

され

他の

ドア

から

乗車

する

こと

も考

えた

が,

犯人

の姿

を見

失っ

たの

で,

迷っ

てい

るう

に,

ドア

が閉

まり

そう

にな

った

ため

,再

び同

じド

アか

ら電

車に

入っ

たと

ころ

,た

-16

-

たま

同じ

位置

のと

ころ

に押

し戻

され

た旨

供述

して

いる

ので

ある

。A

は一

度下

車し

おり

,加

えて

犯人

の姿

が見

えな

くな

った

とい

うの

であ

るか

ら,

乗車

し直

せば

犯人

の位

置が

離れ

るで

あろ

うと

考え

るこ

とは

自然

であ

り,

同じ

ドア

から

再び

乗車

した

とを

もっ

て不

自然

とい

うこ

とは

でき

ない

とい

うべ

きで

ある

。そ

して

,同

じ位

置に

った

のは

,A

の意

思に

よる

もの

では

なく

,押

し込

まれ

た結

果に

すぎ

ない

ので

ある

多数

意見

は,

「再

び被

告人

のそ

ばに

乗車

して

いる

」と

判示

する

が,

これ

がA

の意

に基

づく

もの

と認

定し

てい

ると

すれ

ば,

この

時間

帯に

おけ

る通

勤・

通学

電車

が極

て混

雑し

,多

数の

乗客

が車

内に

押し

入る

よう

に乗

り込

んで

来る

もの

であ

るこ

とに

する

認識

に欠

ける

判断

であ

ると

いわ

なけ

れば

なら

ない

。こ

の点

のA

の供

述内

容は

然で

あり

,こ

れを

もっ

て不

自然

,不

合理

とい

うの

は,

無理

であ

る。

(4)

以上

述べ

たよ

うに

,多

数意

見が

Aの

供述

の信

用性

を否

定す

る理

由と

して

げる

第2

の5

の(1),

(2)及

び(3)は

,い

ずれ

も理

由と

して

は極

めて

薄弱

であ

り,

のよ

うな

薄弱

な理

由を

3点

合わ

せた

から

とい

って

,そ

の薄

弱性

が是

正さ

れる

とい

もの

では

なく

,多

数意

見が

指摘

する

よう

な理

由の

みで

はA

の供

述の

信用

性を

否定

るこ

とは

でき

ない

とい

うべ

きで

ある

3次

に,

被告

人の

供述

につ

いて

は,

その

信用

性に

疑い

を容

れる

次の

よう

な事

があ

る。

(1)

被告

人は

,検

察官

の取

調べ

に対

し,

下北

沢駅

では

電車

に戻

ろう

とし

たこ

はな

いと

供述

して

おき

なが

ら,

同じ

日の

取調

べ中

に,

急に

思い

出し

たな

どと

言っ

て,

電車

に戻

ろう

とし

たこ

とを

認め

るに

至っ

てい

る。

これ

は,

下北

沢駅

では

プラ

トホ

ーム

の状

況に

つい

てビ

デオ

録画

がさ

れて

いる

こと

から

,被

告人

が自

己の

供述

反す

る客

観的

証拠

の存

在を

察知

して

供述

を変

遷さ

せた

もの

と考

えら

れる

ので

あり

18/87

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-17

-

こう

した

供述

状況

は,

確た

る証

拠が

ない

限り

被告

人は

不利

益な

事実

を認

めな

いこ

をう

かが

わせ

るの

であ

る。

(2)

次に

,被

告人

は,

電車

内の

自分

の近

くに

いた

人に

つい

ては

,よ

く記

憶し

具体

的に

供述

して

いる

ので

ある

が,

被害

者A

のこ

とに

つい

ては

,ほ

とん

ど記

憶が

いと

供述

して

いる

ので

あっ

て,

被告

人の

供述

には

不自

然さ

が残

ると

いわ

ざる

を得

い。 (3)

多数

意見

は,

被告

人の

供述

の信

用性

につ

いて

,何

ら触

れて

いな

いが

,以

によ

れば

,被

告人

の供

述の

信用

性に

は疑

問が

ある

とい

わざ

るを

得な

い。

4原

判決

は,

以上

のよ

うな

証拠

関係

を総

合的

に検

討し

,A

の供

述に

信用

性が

ると

判断

した

もの

であ

り,

原判

決の

認定

には

,論

理則

や経

験則

に反

する

とこ

ろは

く,

また

,こ

れに

準ず

る程

度に

不合

理と

いえ

ると

ころ

もな

く,

原判

決に

は事

実誤

はな

いと

いう

べき

であ

る。

第3

論理

則,

経験

則等

と多

数意

見の

論拠

多数

意見

は,

当審

にお

ける

事実

誤認

の主

張に

関す

る審

査に

つい

て,

「原

判決

の認

定が

論理

則,

経験

則等

に照

らし

て不

合理

とい

える

かど

うか

の観

点か

ら行

うべ

きで

る」

とし

てい

る。

この

点は

,刑

訴法

の正

当な

解釈

であ

り,

私も

賛成

であ

る。

しか

し,

多数

意見

がA

の供

述の

信用

性に

疑い

を容

れる

余地

があ

ると

して

挙げ

る理

由は

第2

の5

の(1),

(2)及

び(3)だ

けで

あっ

て,

この

3点

を理

由に

,A

の供

述に

は信

性が

ある

とし

た原

判決

の判

断が

,論

理則

,経

験則

等に

照ら

して

不合

理と

いう

には

まり

にも

説得

力に

欠け

ると

いわ

ざる

を得

ない

多数

意見

は,

Aの

供述

の信

用性

を肯

定し

た原

判決

に論

理則

や経

験則

等に

違反

する

点が

ある

と明

確に

指摘

する

こと

なく

,た

だ単

に,

「A

が受

けた

とい

う公

訴事

実記

-18

-

の痴

漢被

害に

関す

る供

述の

信用

性に

つい

ても

疑い

をい

れる

余地

があ

るこ

とは

否定

難い

」と

述べ

るに

とど

まっ

てお

り,

当審

にお

ける

事実

誤認

の主

張に

関す

る審

査の

り方

につ

いて

,多

数意

見が

示し

た立

場に

照ら

して

,不

十分

とい

わざ

るを

得な

い。

裁判

官田

原睦

夫の

反対

意見

は,

次の

とお

りで

ある

私は

,多

数意

見と

異な

り,

上告

審た

る当

審と

して

の事

実認

定に

関す

る審

査の

あり

方を

踏ま

え,

また

,多

数意

見が

第2

,1

にお

いて

指摘

する

とこ

ろを

も十

分考

慮し

上で

,本

件記

録を

精査

して

も,

原判

決に

判決

に影

響を

及ぼ

すべ

き重

大な

事実

誤認

ある

,と

認め

るこ

とは

でき

ない

ので

あっ

て,

本件

上告

は棄

却す

べき

もの

と考

える

以下

,敷

衍す

る。

1当

審は

,制

度上

法律

審で

ある

こと

を原

則と

する

から

,事

実認

定に

関す

る原

決の

判断

の当

否に

介入

する

につ

いて

は自

ら限

界が

あり

,あ

くま

で事

後審

とし

ての

場か

ら原

判決

の判

断の

当否

を判

断す

べき

もの

であ

る(

二小

判昭

和4

3.

10

.2

5刑

集2

2巻

11

号9

61

頁参

照)

。具

体的

には

,一

審判

決,

原判

決及

び上

告趣

書を

検討

した

結果

,原

判決

の事

実認

定に

関す

る論

理法

則,

経験

則の

適用

過程

に重

な疑

義が

ある

か否

か,

ある

いは

上告

趣意

書に

指摘

する

とこ

ろを

踏ま

えて

記録

を検

した

場合

に,

原判

決の

事実

認定

に重

大な

疑義

が存

する

か否

か,

及び

それ

らの

疑義

が,

原判

決を

破棄

しな

けれ

ば著

しく

正義

に反

する

と認

める

に足

りる

もの

であ

るか

かを

審査

すべ

きこ

とと

なる

2本

件は

,被

告人

が全

面否

認し

,物

証も

存し

ない

とこ

ろか

ら,

原判

決の

事実

定が

肯認

でき

るか

否か

は,

被害

事実

の有

無に

関す

るA

の供

述の

信用

性及

びA

の加

者誤

認の

可能

性の

有無

によ

り決

する

ほか

ない

。そ

のう

ち加

害者

誤認

の可

能性

の点

は,

一審

判決

が判

示す

る犯

人現

認に

関す

るA

の供

述の

信用

性が

認め

られ

る限

り,

19/87

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-19

-

定さ

れる

ので

あり

,ま

た弁

護人

から

も加

害者

誤認

の可

能性

を窺

わせ

るに

足る

主張

ない

。そ

うす

ると

本件

では

,A

の被

害事

実に

関す

る供

述の

信用

性の

有無

のみ

が問

とな

るこ

とと

なる

3そ

こで

,上

述の

視点

に立

って

本件

記録

を精査

して

も,

Aの

供述

の信

用性

を肯

認し

た原

判決

には

,以

下に

述べ

ると

おり

,そ

の論

理法

則,

経験

則の

適用

過程

にお

て重

大な

疑義

が存

する

とは

到底

認め

られ

ない

ので

ある

(1)

Aは

一審

にお

いて

証言

して

いる

が,

その

供述

内容

は首

尾一

貫し

てお

り,

護人

の反

対尋

問に

も揺

らい

でい

ない

。ま

た,

その

供述

内容

は,

一審

にお

いて

取り

調

べら

れた

Aの

捜査

段階

にお

ける

供述

調書

の内

容と

も基

本的

には

矛盾

して

いな

い。

(2)

多数

意見

は,

Aの

述べ

る公

訴事

実に

先立

つ向

ヶ丘

遊園

駅か

ら成

城学

園前

に着

く直

前ま

での

痴漢

被害

は相

当に

執よ

うで

強度

なも

ので

ある

にも

かか

わら

ず,

内で

積極

的な

回避

行動

を執

って

おら

ず,

成城

学園

前駅

で一

旦下

車し

なが

ら,

車両

替え

るこ

とな

く再

び被

告人

の側

に乗

車し

てい

る点

も不

自然

であ

るな

どと

して

いる

が,

Aは

,満

員で

積極

的な

回避

行動

を執

るこ

とが

でき

ず,

また

痴漢

と発

言し

て周

から

注目

され

るの

が嫌

だっ

た旨

,及

び成

城学

園前

駅で

一旦

下車

した

際に

被告

人を

失い

,再

び乗

車し

よう

とし

た際

に被

告人

に気

付い

たの

が発

車寸

前で

あっ

たた

め,

ろか

ら押

し込

まれ

,別

の扉

に移

動す

るこ

とな

くそ

のま

ま乗

車し

た旨

公判

廷に

おい

供述

して

いる

ので

あっ

て,

その

供述

の信

用性

につ

いて

,「

いさ

さか

不自

然な

点が

ると

いえ

るも

のの

・・

・不

合理

とま

では

いえ

ない

」と

した

原判

決の

認定

に,

著し

論理

法則

違背

や経

験則

違背

を見

出す

こと

はで

きな

いの

であ

る。

(3)

また

,多

数意

見は

,本

件公

訴事

実の

直前

の成

城学

園前

駅ま

での

痴漢

被害

関す

るA

の供

述の

信用

性に

疑問

が存

する

こと

をも

って

,本

件公

訴事

実に

関す

るA

-20

-

供述

の信

用性

には

疑い

をい

れる

余地

があ

ると

する

が,

上記

のと

おり

成城

学園

前駅

での

痴漢

被害

に関

する

Aの

供述

の信

用性

を肯

定し

た原

判決

の認

定が

不合

理で

ある

はい

えず

,他

に本

件公

訴事

実に

関す

るA

の供

述の

信用

性を

肯定

した

原判

決の

認定

論理

法則

違背

や経

験則

違背

が認

めら

れず

,ま

た,

Aの

供述

内容

と矛

盾す

る重

大な

実の

存在

も認

めら

れな

い以

上,

当審

とし

ては

,本

件公

訴事

実に

かか

るA

の供

述の

用性

につ

いて

原判

決と

異な

る認

定を

する

こと

は許

され

ない

もの

とい

わざ

るを

得な

い。 4

なお

,付

言す

るに

,本

件記

録中

から

は,

Aの

供述

の信

用性

及び

被告

人の

否認

供述

の信

用性

の検

討に

関連

する

以下

のよ

うな

諸問

題が

窺え

る。

(1)

Aの

供述

に関

連し

Aの

痴漢

被害

の供

述が

信用

でき

ない

,と

いう

こと

は,

Aが

虚偽

の被

害申

告を

した

とい

うこ

とで

ある

。こ

の点

に関

連し

て,

弁護

人は

,A

は学

校に

遅刻

しそ

うに

なっ

こと

から

,か

かる

申告

をし

た旨

主張

して

いた

が,

かか

る主

張に

合理

性が

存し

ない

とは

明ら

かで

ある

。女

性が

電車

内で

の虚

偽の

痴漢

被害

を申

告す

る動

機と

して

は,

般的

に,

①示

談金

の喝

取目

的,

②相

手方

から

車内

での

言動

を注

意さ

れた

等の

トラ

ルの

腹癒

せ,

③痴

漢被

害に

遭う

人物

であ

ると

の自

己顕

示,

④加

害者

を作

り出

し,

の困

惑を

喜ぶ

愉快

犯等

が存

し得

ると

ころ

,A

にそ

れら

の動

機の

存在

を窺

わせ

るよ

な証

拠は

存し

ない

また

,A

の供

述の

信用

性を

検討

する

に当

たっ

ては

,A

の過

去に

おけ

る痴

漢被

害の

有無

,痴

漢被

害に

遭っ

たこ

とが

ある

とす

れば

,そ

の際

のA

の言

動及

びそ

の後

の行

動,

Aの

友人

等が

電車

内で

痴漢

被害

に遭

った

こと

の有

無及

びそ

の被

害に

遭っ

た者

対応

等に

つい

ての

Aの

認識

状況

等が

問題

とな

り得

ると

ころ

,そ

れら

の諸

点に

関す

20/87

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-21

-

証拠

も全

く存

しな

い。

(2)

被告

人の

供述

に関

連し

本件

では

,被

告人

は一

貫し

て否

認し

てい

ると

ころ

,そ

の供

述の

信用

性を

検討

する

に当

たっ

ては

,被

告人

の人

物像

を顕

出さ

せる

と共

に,

本件

当時

の被

告人

が置

かれ

いた

社会

的な

状況

が明

らか

にさ

れる

必要

があ

り,

また

,被

告人

の捜

査段

階に

おけ

主張

内容

,取

調べ

に対

する

対応

状況

等が

重要

な意

義を

有す

る。

とこ

ろが

,被

告人

の捜

査段

階に

おけ

る供

述調

書や

一審

公判

供述

では

,被

告人

の人

物像

はな

かな

か浮

かび

上っ

てお

らず

,原

審に

おい

て取

り調

べら

れた

被告

人の

供述

及び

被告

人の

妻の

供述

書等

によ

って

,漸

く被

告人

の人

物像

が浮

かび

上が

るに

至っ

いる

。ま

た,

その

証拠

によ

って

,被

告人

は,

平成

18

年4

月に

助教

授か

ら教

授に

任し

たば

かり

であ

り,

本件

公訴

事実

にか

かる

日の

2日

後に

は,

就任

後初

の教

授会

開か

れ,

その

時に

被告

人は

所信

表明

を行

うこ

とが

予定

され

てい

たこ

とな

ど,

本件

件の

犯人

性と

相反

する

と認

めら

れ得

る事

実も

明ら

かに

なっ

てい

る。

また

,近

年,

捜査

段階

の弁

護活

動で

用い

られ

るよ

うに

なっ

てい

る被

疑者

ノー

トは

証拠

とし

て申

請す

らさ

れて

おら

ず,

被告

人が

逮捕

,勾

留さ

れた

段階

での

被告

人の

述内

容,

心理

状況

に関

する

証拠

も僅

かし

か提

出さ

れて

いな

い。

さら

に,

記録

によ

ば,

被告

人の

警察

での

取調

べ段

階で

DN

A鑑

定が

問題

とな

って

いた

こと

が窺

われ

とこ

ろ,

その

点は

公判

では

殆ど

問題

とさ

れて

いな

い。

(3)

仮に

上記

(1),

(2)の

点に

関連

する

証拠

が提

出さ

れて

いれ

ば,

一審

判決

及び

原判

決は

,よ

り説

得性

のあ

る事

実認

定を

なし

得た

もの

と推

認さ

れる

が,

以上

のよ

な諸

問題

が存

する

とし

ても

,当

審と

して

原判

決を

破棄

する

こと

が許

され

ない

こと

いう

まで

もな

い。

-22

-

検察

官大

鶴基

成公

判出

(裁

判長

裁判

官田

原睦

夫裁

判官

藤田

宙靖

裁判

官堀

籠幸

男裁

判官

那須

弘平

裁判

官近

藤崇

晴)

21/87

oguchi304
テキストボックス
《出典》 最高裁判所刑事判例集 63巻4号331頁 最高裁判所裁判集刑事 296号277頁  裁判所時報1481号5頁 判例時報 2052号151頁 判例タイムズ 1303号95頁 裁判所ウェブサイト掲載判例
Page 27: 日 時 : 2014年6月21日(土) 午後1時30分~午後5 …...2003年1月から4月まで,ミシガン大学日本研究センターでトヨタ客員教授として,日本

1

【小田急事件】判例分析 角田由紀子 1 高裁判所第三小法廷 平成 21(2009)年 4 月 14 日 2 強制わいせつ被告事件 3 公訴事実 被告人は、平成 18 年 4 月 18 日午前 7 時 56 分ころから同日午前 8 時 3 分こ

ろまでの間、東京都世田谷区内の小田急電鉄株式会社成城学園前駅から下北沢

駅に至るまでの間を走行中の電車内において、乗客である当時 17 歳の女性に対

し、パンティの中に左手を差し入れその陰部を手指でもてあそぶなどし、もっ

て強いてわいせつな行為をした。 4 時系列に従った事実経過 (1)被告人は、通勤のため、本件当日の午前 7 時 34 分頃、小田急電鉄鶴川駅

から、綾瀬行き準急の前から 5 両目の車両に、被害者(A)は通学のため同

日午前 7 時 44 分頃読売ランド前駅から同車両に乗った。 被告人と A は、遅くとも、本件電車が同日午前 7 時 56 分頃成城学園前駅

を発車して間もなくしてから、満員の上記車両の進行方向に向かって左側の

前から 2 番目のドア付近に、互いの左半身付近が接するような体勢で、向か

い合うような形で立っていた。 (2)A は、本件電車が下北沢駅に着く直前に、左手で被告人のネクタイをつか

み、「電車降りましょう」と声をかけた。これに対して被告人は、声を荒げて

「何ですか」などといい、A が「あなた今痴漢したでしょう。」と応じると、

A を離そうとして右手でその左肩を押すなどした。本件電車は、間もなく、

下北沢駅に止まり、2人は開いたドアからホームの上に押し出された。A は

その場にいた同駅の駅長に対し、被告人を指さし、「この人、痴漢です。」と

訴えた。そこで、駅長が被告人に駅長室への同行を求めると、被告人は「お

れは関係ないんだ。急いでいるんだ。」など怒気を含んだ声で言い、駅長の制

止を振り切って車両に乗り込んだが、やがて、駅長の説得に応じて下車し、

駅長室に同行した。 (3)被告人は、既婚者、当時 60 歳、事件当時である平成 18 年 4 月に助教授か

ら教授に昇任したばかりであり、事件の2日後には教授会で所信表明を行う

ことが予定されていた。証拠には妻の供述書が提出されていた。被疑者ノー

トは提出がない。被告人が逮捕、勾留された段階での被告人の供述内容、心

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理状況に関する証拠も僅かしか提出されていない。 第1審では、被告人の捜査段階での供述調書が提出されているが、被告人

質問でも被告人の人物像は浮かび上がっていない。控訴審で被告人の供述書

及び妻の供述書等が取り調べられ、ようやく被告人の人物像が浮かび上がっ

た。 被告人には、前科、前歴はなく、この種の犯行を行うような性向をうかが

わせる事情も記録上は見当たらない(これは、記録上見当たらないだけであ

る。その点に付き、捜査されたかも不明。)。 被害者は、高校生であった。

5 争点 被告人は、一貫して犯行を否認しており、目撃証人もおらず、客観的証拠が

ないので、A の供述の信用性が有罪か無罪かの決め手になった。 (1)1、2 審とも A 供述の信用性を認めて、被告人を懲役 1 年 10 月の実刑に処

した。 高裁は、無罪を宣告した。 (2)A 供述の信用性については、1,2 審とも、その内容について、当時の心情

も交えた具体的、迫真的なもので、その内容自体に不自然、不合理な点はな

く、A は、意識的に当時の状況を観察、把握していたというのであり、犯行

内容や犯行確認状況について、勘違いや記憶の混乱等が起こることも考えに

くいなどとして、被害状況および犯人確認状況に関する A の供述は信用でき

るとして、公訴事実記載の通りの犯罪事実を認定した。 (3)被告人供述の信用性については、 高裁多数意見は、検討をしていない(な

んら触れていないので)。1、2 審では、どのように検討されたかは、 高裁

判決自体からは不明。 堀籠裁判官及び田原裁判官は、被告人供述の信用性に疑いを生じさせる事

実を指摘しており、田原裁判官は、本件事件の犯人性と相反すると認められ

得る事実が明らかになっていることも指摘している。同裁判官は、A 供述の

信用性の検討でも同人が虚偽の訴えをする動機の有無に関する証拠が全く存

しないことも指摘している。 6 裁判所の判断 (1)結論 刑訴 411 条により、破棄し、無罪を言い渡した。 (2)理由

被告人が捜査段階から一貫して犯行を否認していること、本件公訴事実を

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基礎づける証拠としては、A の供述があるのみで、物的証拠等の客観的証拠

は存しない。被告人は、本件当時 60 歳であったが、前科、前歴はなく、こ

の種の犯行を行うような性向をうかがわせる事情も記録上は見当たらない したがって、 A の供述の信用性判断は特に慎重に行う必要があるが、(1)A が述べる痴

漢被害は、相当に執拗かつ強度なものであるにもかかわらず、A は車内で積

極的な回避行動を執っていないこと、(2)そのことと A の被告人にした積極

的な糾弾行為とは必ずしもそぐわないように思われること、また、(3)A が

成城学園前駅でいったん下車しながら、車両を替えることなく、再び被告人

のそばに乗車しているのは不自然であることなどを勘案すると、同駅までに

A が受けたという痴漢被害に関する供述の信用性にはなお疑いを入れる余地

がある。そうすると、その後に A が受けたという公訴事実記載の痴漢被害に

関する供述の信用性についても疑いを入れる余地があることは、否定し難い

のであって、A の供述の信用性を全面的に肯定した第 1 審判決及び原審の判

断は、必要とされる慎重さを欠くものというべきであり、これを是認するこ

とができない。被告人が公訴事実記載の犯行を行ったと断定するについては、

なお合理的な疑いが残るというべきである(本稿の下線部分は筆者による)。 (証拠構造)被告人の一貫する否認の下、客観証拠が提出されていない以上、

事実認定の結論は、あげて被害者の供述の信用性にかかっている。被告人に

関する必要と考えられる証拠(人物像の認定のため)、被害者に虚偽告訴をす

る動機の有無に関する証拠なども提出されていない状況であったので、ます

ます、被害者の供述の重要性が強調されている。 7 分析 (1)多数意見は、3 名(藤田宙靖、那須幸平、近藤崇晴)で反対意見は 2 名(堀

籠幸男、田原睦夫)であった。 多数意見は、本件の状況の下では(特に、電車内痴漢事件ということを明

示的に指摘しているわけではない)、被害者供述の信用性判断は「特に慎重に

行う必要がある」としたが、那須裁判官の補足意見は、多数意見以上に明確

にいわゆる「強姦神話」に依拠するものであり、強く批判されるべきである。 本件批判は、男女が不平等な位置に置かれている上に、強姦や強制わいせ

つ事件の扱い方にジェンダーバイアスが容易に入りこむという日本社会での

刑事裁判における事実認定の在り方について、論じるものである。認定され

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る事実をどのように認識するかということは、性暴力及びそれによる被害を

どう認識するかにかかっている。その認識には、刑事司法における多くの判

断者が加害者と性を同じくする事実(特に女性が被害者の場合)、本件被害者

が女性であり、被害体験や被害への対処の仕方が、判断者である男性の日常

生活の経験とは異なるという事実を前提にしなければならない。 (2)多数意見が、疑いを入れる余地があるとしている 3 点は、いずれもいわゆ

る「強姦神話」に立脚するものである。 ここで想定されている被害者像は、以下のようなものである。被害者は、

被害を避けるために回避行動をとるものであること、回避行動をとっていな

いのに被告人への強い糾弾行為をおこなったのは同じ人間の言動としてアン

バランスであること。さらに、本当に被害にあったのであれば、成城学園前

でせっかくホーム上に出たのにまた被告人の傍に乗車するのは、被害者の行

動としてはおかしいというわけである。 後の点は、明らかな誤解である。

被害者は、自分から被告人の傍に乗ったとは言っていない。A は、「成城学園

前駅で一旦下車した際に被告人を見失い、再び乗車しようとした際に被告人

に気付いたのが発車寸前であったため、後ろから押し込まれ、別の扉に移動

することなくそのまま乗車した」と述べている(田原裁判官の反対意見)。堀

籠裁判官はさらに「同じ位置に戻ったのは、A の意思によるものではなく、

押し込まれた結果にすぎない」ことを述べている。混雑した電車に乗った経

験のある人であれば、ここで起きたことと同じ体験をすぐに思い出すであろ

う。なお、回避行動をとっていないと非難されている場面は、身動きできな

い超満員電車内である。本件被害者でなくとも、容易には回避行動をとるこ

とはできなかったであろう。 多数意見は、身体的に回避行動をとれなかったのであれば、叫べばよいと

でも考えていたのであろうか。他人の窮地に無関心な人の多い都会の満員電

車の中で、被害者が叫んでもどのような救援がされるか不安を覚えて、その

ような挙に出なくても当然であろう。 次に、被害への回避行動の点であるが、強姦罪の構成要件として暴行・脅

迫を要求し、それが構成要件を満たしたと判断するにあたり、被害者の強度

の抵抗を要求することと同じ思考経路から導かれている。すなわち、女性は、

性暴力をさけるために身体的な回避行動をとるものとの現実離れした決めつ

けから生まれた「誤解」によっている。多数意見は、実に単純な人間理解に

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立っていると批判することもできる。人がある状況に対処するときの対処方

法は、それぞれである。その対処方法は、その人のそれまでのさまざまな経

験から生まれる。まして、女性が性暴力犯罪行為に遭っているときは、その

こと自体の恐怖やあからさまに反抗したときの周囲の反応など、種々のこと

を思いめぐらせて行動が決定される。犯罪被害に限らず、身近な経験で考え

てみても、状況に応じた人間の行動様式の多様性は納得いくはずだ。 なぜ、多数意見は、本件痴漢犯罪の被害者について、自分たちが頭の中で

勝手に想像しているある一つの行動様式を、要求するのであろうか。そこで

想像されている行動様式は、これまで長いこと男性中心の刑事司法の中で受

け継がれてきたものであり、事実であるかの検証抜きに「世間」に流布され

てきたものである。 次に、積極的な糾弾についても、上記と同様な批判が当てはまる。痴漢被

害を経験したことのある女性(及び確かな想像力のある男性)であれば、Aが身動きできない電車の中で初めは被害を我慢していたが、被告人が成城学

園前を過ぎても加害行為を続けるので、ついに我慢の限界に達して意を決し

て、告発を考えながら注意深く観察を始めたことは、誠に合理的で冷静な行

動であると理解できよう。堀籠裁判官の批判の通りである。回避行動をはじ

めに取らなかったら、 後まで耐え忍べと、多数意見は被害者に言っている

のに等しいと思われる。 (3)那須補足意見の要旨は以下の通りである。

①痴漢事件について冤罪が争われている場合に、被害者とされる女性の公

判での供述内容について「詳細かつ具体的」「迫真的」「不自然・不合理な点

がない」などという一般的・抽象的な理由により信用性を肯定する判決例は

多くある。しかし、被害者女性の供述がそのようなものであっても、他にそ

の供述を補強する証拠がない場合について有罪の判断をすることは、「合理的

な疑いを超えた証明」に関する基準の理論との関係で、慎重な検討が必要で

ある。以下がその理由である。 ②混雑した電車の中での痴漢とされる犯罪行為は、時間的にも空間的にも

当事者間の人的関係の点から見ても、単純かつ類型的な態様のものが多く、

犯行の痕跡も(加害者の指先に付着した繊維や体液等を除いては)残らない

ため、「触ったか否か」という単純な事実が争われる点に特徴がある。 このため、普通の能力を有する者(例えば 10 代後半の女性)がその気に

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なれば、その内容が真実である場合と、虚偽、錯覚ないし誇張等を含む場合

であるとに関わらず、法廷において「具体的で詳細」な体裁を具えた供述を

することはさほど困難でもない。その反面、弁護人が反対尋問で供述の矛盾

を突き虚偽を暴き出すことも、裁判官が「詳細かつ具体的」「迫真的」あるい

は「不自然・不合理な点がない」などという一般的な指標を用いて供述の中

から虚偽ないし誇張の存否を嗅ぎ分けることも決して容易ではない。 本件のような類型の痴漢犯罪被害者の公判における供述には、元々、事実

誤認を生じさせる要素が少なからず潜んでいるのである。 ③公判証言の準備として検察官との記憶確認等の詳細な打ち合わせを行う

が、被害者は虚偽であったとすれば制裁があるし、検察官は被害者供述のみ

が頼りであるから、両者は入念な打ち合わせをする。そのため、公判での供

述は外見上「詳細かつ具体的」、「迫真的」で「不自然・不合理な点がない」

ものとなるのは自然な成り行きである。公判での被害者の供述がそのような

ものであってもそれだけで被害者の主張が正しいと即断すれば事実誤認の余

地が生まれる。 ④満員電車の痴漢事件については、前述の特別の事情があるので、冤罪が

真摯に争われているときは、被害女性の供述が「詳細かつ具体的」、「迫真的」

で弁護人の反対尋問を経てもなお「不自然・不合理な点がない」かのように

見えるときであっても、供述を補強する証拠ないし間接事実の存否に特別な

注意を払う必要がある。そのうえで、補強証拠がないにもかかわらず裁判官

が有罪の判断をするには、「合理的な疑いを超えた証明」の視点から問題がな

いかどうか、格別に厳しい点検をかかせない。 ⑤被害者の供述の信用性に積極的に疑いを入れるべき事実が複数存在する。

その疑いは、論理的に筋の通った明確な言葉によって表示され、事実によっ

て裏付けられたものでもある。 ⑥当審における事実誤認の主張に関する審査につき、「原判決の認定が論理

則、経験則等に照らして不合理といえるかどうかの観点から行うべきである」

が、「有罪判決を破棄自判して無罪とする場合については、冤罪防止の理念を

実効あらしめる観点から、文献等に例示される典型的論理則や経験則に限る

ことなく、我々が社会生活の中で体得する広い意味での経験則ないし一般的

なものの見方も「論理則、経験則等」に含まれると解する。多数意見はこの

ような見解の上に立って、A の供述の信用性を判断し、その上で「合理的な

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疑いを超えた証明」の基準に照らし、なお、「合理的な疑いが残る」として無

罪の判断を示している。 (4)那須補足意見に対する批判

ⅰ②に対して 「触ったか否か」という単純な事実が争われるというが、「触られた」という直

接事実が証言されるだけではなく、被害者がそのように認識した根拠やその時

の心理状態などが証明されるのが、立証行為である。混雑した電車内での痴漢

被害を訴える女性の真実の経験を知らない弁護人では、有効な反対尋問ができ

ないということは起きよう。しかし、被害者が「その気になれば」嘘を簡単に

つけるという主張は、被害実態を知らないことから出てくる見解であろう。さ

らに、裁判官も虚偽を判別することは容易ではないというのは、おかしな議論

である。被害について正しい認識を有している裁判官であれば、有効な補充尋

問は可能であろう。但し、根拠のない思い込みである「強姦神話」に立脚した

尋問は、事実から遊離した前提で行われるので、尋問結果として予定されてい

る被害者像とは異なる被害者が現れよう。その結果、合理的な疑いが残るとさ

れているのではないか。 弁護人は、有効な反対尋問を工夫するべきであるが、嘘をつかれたら有効な

反対尋問ができないというのは、被害が実際にはどのようなものであるかを正

しく知らないからであろう。裁判官についても同様である。弁護人や裁判官が

被害者の嘘の前にはお手上げになることを理由に、「本件のような類型の痴漢犯

罪被害者の公判における供述には、元々、事実誤認を生じさせる要素が少なか

らず潜んでいるのである。」というのは明らかに間違いである。 この意見の根底には、性暴力被害に遭った女性は嘘つきであるという思い込

みがある。 英米法系の国では、強姦罪で有罪と認定するためには、被害者の証言だけで

は 不 十 分 で 補 強 証 拠 に よ っ て 立 証 し な け れ な な ら な い と い う ル ー ル

(corroboration rule)があったが、1970 年代以降の強姦罪改正のときに廃止さ

れている。補強証拠を要求する理由は「一言で言えば、それは『女は嘘つきで

ある』という文化的神話(?)に起因している。・・・『女は嘘つきであるから』

は・・・男の偏見以外の何物でもない。」(上村貞美「性的自由と法」40 頁~42頁 2004 年 成文堂)。那須補足意見は、そのような考え方の復活を求めるので

あろうか。そうであれば、国際的な常識と女性の人権基準に逆行すること甚だ

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しい。 ⅱ③について どの事件でも検察官は証人と事前に入念な打ち合わせを行っている。それは

立証責任を負う検察官の職務の一部である。他の事件では、なぜ、入念な打ち

合わせによる被害者証言を、特段の補強証拠なしに正しいと判断することがで

きるのか。なぜ、性暴力被害者だけが、検察官との打ち合わせで、事実を自然

でかつ合理的であるようにねつ造するというのか。これも、性暴力被害女性は、

嘘つきということを前提にしているとしか言えない。 ⅲ④について これも、性暴力被害女性は、嘘つきということを前提にしているとしか言え

ない。他の事件では要求されない格別に厳しい点検はそれを示している。 ⅳ⑤について

「論理的に筋の通った明確な言葉によって表示され、事実によって裏付けら

れたもの」というのは、文脈からすれば、多数意見が合理的な疑いの理由とし

て示す 3 点であろう。これは、性暴力被害及び被害者の現実体験及び超満員電

車での通勤を体験した男性の体験にも照らせば、非論理的であり事実の裏付け

がないものというしかない。なぜならば、この 3 点こそ、強姦に関する根拠の

ない話の典型であるからだ。堀籠裁判官及び田原裁判官がその反対意見で詳細

に述べている通りである。 ⅴ⑥について 経験則とは、個人的な経験とは全く異なることはいうまでもない。 哲学者杉田聡氏は、本判決に関し、経験則を以下のように説明している。 経験則は、広く経験から帰納して得られた知識、法則のことであるが、問題

は第一に、そもそも帰納されるべき経験の主体は誰かということであり、第二

に、それらの経験から帰納によって経験則を導く主体は誰かということである。 多様な人々の経験をもとに、単なる個人ではなく、長年の研鑽と経験を積ん

だ専門家が帰納する場合であるが、一人の専門家ではなく、専門家の集団によ

って帰納される(もしくは専門家の帰納が専門家の集団によって検証される)

ならはるかに望ましい。そのときこそ、経験則は学説として「法則」という名

でよばれるにふさわしい(「逃げられない性犯罪被害者」青弓社 127 頁~130 頁)。 ⑥における経験則は、これとは全く異なるものである。 「文献等に例示される典型的論理則や経験則に限ることなく、我々が社会生

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活の中で体得する広い意味での経験則ないし一般的なものの見方も「論理則、

経験則等」に含まれると解する。」という。 経験則は、誰の経験から誰が導き、誰に適用されようとしているかについて、

杉田氏は「我々」という用語に注目して論じている。「『我々』とあいまいに語

られていますが、それは少なくとも性に関することであれば、補足意見を書い

た裁判官にとってはおそらく男性のことでしょう。つまり、09 年判決は、男性

だけの経験―しかも男性一般というものは存在しない以上、実際にはほとんど

裁判官の個人的な経験にすぎないでしょう―から裁判官自身が導いた狭い見方

を、女性にそのまま当てはめようというのですから、驚きです。」 さらに「一般的なものの見方」を常識と言い換えると、「我々」の常識とは誰

の常識かが問われなければならないが、補足意見が言うのは男性の常識にすぎ

ないだろう。しかし、性犯罪にあっては、女性の常識こそ十分に参照されなけ

ればならない。 杉田氏はさらに以下のように続けている。総じて性に関わることでは、男女

の境界を超えて考えることは容易ではない。性に関する男女の経験は、決定的

と言ってよいほど異なっている。裁判官は圧倒的に男性である。女性と異なる

身体を持った男性は、どんなに想像力を働かせても、女性の体験を明瞭な感覚

を持って十分に追体験することは非常に困難であり、したがって女性に、こと

にその身体に関わりがある判断については、女性の経験や常識を十分に踏まえ

て、慎重の上にも慎重を期する必要がある。 この明確な批判こそ、那須補足意見のいう「論理的に筋の通った明確な言葉

によって表示された」という「疑い」がいかにその言葉とは正反対の間違いを

犯しているかを指摘するものである。 ジェンダー認識が見事に欠如した判断の典型であろう。男性中心で 100 年経

過した日本の刑事司法の欠陥は、あまりにも大きい。

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 最高裁第二小法廷 平成23年7月25日
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資料乙【千葉事件】
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《出典》 最高裁判所裁判集刑事 304号139頁  裁判所時報 1536号2頁 判例時報  2132号134頁 判例タイムズ 1358号79頁 裁判所ウェブサイト掲載判例
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【千葉事件】判例分析 吉田容子

1 最高裁二小法廷 平成 23(2011)年 7 月 25 日

2 強姦被告事件

【公訴事実】

被告人は、平成 18 年 12 月 27 日午後 7 時 10 分頃、千葉市中央区本千葉町 15 番 1 号先歩道

上において、A(当時 18 歳)に対し、「ついてこないと殺すぞ」などと語気鋭く申し向け

るとともに、同人のコートの袖をつかんで引っ張るなどして、同人を同所から同区本千葉

町 13 番 1 号所在の甲ビル北側外階段屋上踊り場まで連行し、同日午後 7 時 25 分頃、同所

において、同人に対し、同人を壁に押し付け、左手で同人の右脚を持ちあげるなどの暴行

脅迫を加え、その反抗を著しく困難にしたうえ、無理やり同人を姦淫したものである。

争点1:被害者の抵抗を著しく困難にする程度の暴行・脅迫の有無

多数意見 古田裁判官反対意見

① 駅前付記の路上→約 80m→ビル階段入

人通りがある、近くに交番がある、駐車

場の係員もいる

→ 逃げたり助けを求めることが容易にで

きる状況。そのことはAもわかっていた

と認められる。しかし、A は叫んだり助

けを呼ぶこともなく、物理的に拘束され

ていたわけでもないに、逃げ出したりも

していない。

・通行人が相当数ある路上で脅迫行為、と

きには暴行も行われることはまれでは

ない。性犯罪では、被害者が、威圧的な

言動により委縮して抵抗できなくなる

場合が少なくないのが実態であって、警

戒していない相手が態度を豹変させて

粗暴な威圧的言動を示すと、恐怖を感じ

パニックに陥るのはよくあること。女性

を委縮させ、心理的に抵抗ができない状

態に追い込むには、多くの場合、粗暴な

威圧的態度を示すのみで十分であるこ

とはつとに指摘されている。「殺すぞ」

という明白な危害の告知を受けた場合

に抵抗できない状態になることに何の

不自然もない。

・客観的事後的には、助けを求めあるいは

逃げることが容易であると認められる

状況や機会がありながら、積極的にその

ような行動に出ることができず、抵抗し

ないまま犯人の意のままになっている

こともしばしばみられる。被害者として

は、周囲の者が怪しんで声をかけるなど

してくれ、犯人が断念することを願うに

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とどまることも多い。

・警察官が直ぐ近くにいても助けを求める

ことができないことも珍しくないので

あって、交番が近くにあるということに

さして意味はない。

・通行人がいる路上であるから脅迫行為が

行われることは通常考えられないとか、

容易に逃げたり助けを求めることがで

きるのに被害者がこれらの行動にでな

いのは不自然であり、抵抗を試みていな

いのは不自然であるというような考え

方は、この種犯罪の実態から乖離したも

のであって、現実の犯罪からはそのよう

な経験則や原則が導かれるものではな

い。

② 直前に被告人やAのいる1m50 ㎝程度

のすぐ後ろを制服姿の警備員が通った。

Aは、涙を流している自分と目があった

のでこの状況を理解してくれると思った

のでそれ以上のことはしなかったと供

述。しかし、当時の状況がAが声を出し

て積極的に助けを求めることさえ不可能

なものであるかは疑問。強姦がまさに行

われようとしているのであれば、Aのこ

のような対応は不自然。

・客観的事後的には、助けを求めあるいは

逃げることが容易であると認められる

状況や機会がありながら、積極的にその

ような行動に出ることができず、抵抗し

ないまま犯人の意のままになっている

こともしばしばみられる。被害者として

は、周囲の者が怪しんで声をかけるなど

してくれ、犯人が断念することを願うに

とどまることも多い。

・この種の犯罪に関しては、通行人等も、

よほどの異常を感じない限り、男女間の

問題と考えて見ないふりをすることが

多い。本件警備員も、夜 7 時過ぎ頃にマ

ンションの居住者と思われない男女が

人目に付きにくい屋上に出る階段の踊

り場に入り込んでいたのであるから、プ

ライバシーの介入することを怖れて放

置することは十分ありうること。

・被告人は約 5 年間、金銭を提供しあるい

は提供することを装って、階段踊り場や

駐車場等で手淫等の性的行為をさせる

ことを繰り返し、時には姦淫に及んでい

たのであって、その中には他人に見られ

たことや必ずしも被告人の意のままに

ならない女性もいたであろうことは十

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分想定できるところ、上記の点を含め、

他人の反応、女性を意に従わせる手段や

女性がどのような行動をとるかなどを

熟知していて不思議はない。

須藤裁判官補足意見

① 被告人には、街頭で行きずりの女性に

声をかけ、巧みに虚言を用いて金銭で刺

激するなどしてその女性を性行為の場所

まで被告人について来させる行動傾向が

ある。出会った直後に脅迫するようなリ

スクの大きい手口の行動に出ることは考

えにくい。

(吉田)「100 人くらいの女性に町で声を

かけ、3000 円から 3 万円を払って手で陰

茎をこすってもらったりしていた」(被

告人の供述)ということ自体、合理的と

は思われない。仮にそのような行為を繰

り返していたとしても、他の(把握され

ていない)行動もありうるのだから、そ

のような「行動傾向」があると言えるの

か疑問。また、被告人は、携帯電話に「そ

のような行為」にかかる写真を多数保存

してところ「竹ノ塚事件の際に‥すべて

消去した」とするが、携帯電話にそのよ

うな写真が多数残っていたことを認定

した根拠は不明(すべて消去したという

のであるから)。仮に本件の写真のみ消

去したというなら、その理由が不明。

② 意に反して対価もなく手や袖口に精液

をかけられた女性の被害感情は強く、勤

務先への説明も必要であった。脅迫等に

つき意図的に虚偽の供述をし続ける動機

はないという原審認定には疑問がある。

(吉田)A の供述が虚偽であるとの前提に

たつ議論

③ 被告人の弁解にも不自然、不合理なと

ころがある。結局、駅前の路上での脅迫

等の事実については真偽不明であるとい

うこと。

千葉裁判官補足意見 古田裁判官反対意見

① 被告人は、殴る蹴るなどの暴行をして

おらず、刃物を突きつけるなどの行為も

していない。

前記

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② 被告人が声をかけた現場は、駅前のロ

ータリーの近くで、商店、飲食店等雑居

ビルが密集する繁華街の歩道であり、こ

の時間帯であれば相当の人通りがあった

ものと予想される場所であり(第 1 審で

は、Aも、周りにちらほら人がいたと供

述している)、そこから近くには、交番

もあり、駅前ホテルの駐車場の係員もい

て、Aはそのことを知っていながら、こ

れまで面識がなかった被告人の言葉を受

けて、叫んだり、助けを呼ぶこともなく、

逃げ出したりもしていない。Aが、この

ような状況下で、それだけの(被告人の)

言葉で助けを求められなくなるほどの恐

怖心を抱いたということには疑問を抱か

ざるを得ない。

前記

③ Aは 18 歳で若年ではあるが、当時、キ

ャバレークラブで勤務しており、接客業

務の経験もあって、それなりの社会経験

を有しており、若年であることを過度に

重視すべきではない。

キャバレーに勤務し接客業務の経験が

あるとしても、そのことが路上で見知ら

ぬ男から「殺すぞ」と脅迫された場合に

抱く恐怖感に影響するような事情とは

言えない。

④ そもそも、被告人がAとの日常的な会

話をしていたにもかかわらず突然「つい

て来ないと殺すぞ」と言い出したという

点は、余りに唐突。

本件脅迫は、Aが話を打ち切って立ち去

ろうとしたことを受けて行われたとい

うのであるから、唐突というより態度を

豹変させたということが相当

⑤ そこから約 80m 離れた本件ビルまで二

人で歩いているが、被告人は最初にAの

袖を引っ張ったことはあったが、その後

は終始Aの前を歩いており、Aは被告人

の後ろを歩いていたのであって、被告人

が無理やりAを連れて行く様子には見え

ず、被告人はAが助けを呼んで逃げ出し

たりすることは念頭にない様に見える。

帰社途中で 2,30 分程度の時間的余裕しか

なかった被告人が強姦という大きな犯行

をやり遂げるには時間が余りに足りない

気がする。

・前記

・強姦は必ずしも長時間をかけて行うもの

ではない

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⑥ 暗い屋上を避け、人が通る階段の明る

い踊り場をわざわざ選んだ行動や、強姦

しようとしている者の行動にはそぐわな

い。警備員の足音を聞いた被告人は直ち

に逃げようとはせず、上着で下半身の露

出部分を隠し交際中の男女を装ってやり

過ごす対応をしており、強姦中の犯人の

行為とはとても思えない。

・12 月 27 日の午後 7 時過ぎという時間か

らしても屋上は寒気が強かったと考え

られる一方、屋上につながる階段踊り場

は滅多に人が来ないところであり、強姦

は薄暗いところで行われるのが通常と

言えるものでもなく、不自然ではない。

階段踊り場はしばしば性犯罪に使われ

ているという実態もある。

・警備員の足音を聞いても逃げようとせ

ず、交際中の男女を装ってやり過ごすの

は、逃げ出せばかえって怪しまれること

は明らかであって、むしろ常套的な手段

である。

⑦ この警備員は被告人やAから 1m50 ㎝

のすぐ後ろを通ったが、A は警備員を涙

目で見たと言うのみで、声を出すなどし

て積極的に助けを求める行動に出ていな

い。かすかな声も出せないほどの恐怖心

にかられていたことを裏付ける被告人の

言動や本件現場の特別の状況等は全く伺

われない。

前記

争点2:姦淫行為の有無

多数意見 古田裁判官反対意見

① 20 ㎝余りの身長差のある被告人の左手

で右脚を持ち上げられた不安定な体勢で、

立ったまま無理やり姦淫されたとするAの

供述は、僅かな抵抗をしさえすればこれを

拒むことができる態様であるし、このよう

な体勢においては被告人による姦淫が不可

能ではないにしても容易でなく、姦淫が行

われたこと自体疑わしい。

・抵抗しないことが不自然とは言えないこと

は前述

・Aが述べる姦淫の方法、姿勢は、想像によ

・抵抗しないことが不自然とは言えない

ことは前述

・Aが述べる姦淫の方法、姿勢は、想像

により容易にのべられるものではない

一方、いわゆる立位のそれとして代表

的なもののひとつであり、それ自体不

自然なものではない。

・被告人とAとの身長差は約 22 ㎝である

が、問題はまた下の位置の差であるとこ

ろ、日本人の平均的な身長対また下長の比

率からすると、その差は、パンプスが左右

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り容易にのべられるものではない一方、い

わゆる立位のそれとして代表的なものの

ひとつであり、それ自体不自然なものでは

ない。

・被告人とAとの身長差は約 22 ㎝であるが、

問題はまた下の位置の差であるところ、日

本人の平均的な身長対また下長の比率か

らすると、その差は、パンプスが左右とも

脱げていたとしても、約 10 ㎝と推認され、

姦淫行為の実行に支障があるようなもの

ではない。Aに壁にもたれかかる姿勢をと

らせていたというものであって、被告人の

姿勢が特別不安定になるようなものでも

ない。

とも脱げていたとしても、約 10 ㎝と推認

され、姦淫行為の実行に支障があるような

ものではない。Aに壁にもたれかかる姿勢

をとらせていたというものであって、被告

人の姿勢が特別不安定になるようなもの

でもない。

② 当日深夜に採取されたAの膣液からは人

精液の混在は認められず、膣等に傷ができ

ている事実も認められなかった。

・膣内で射精していないと認められるの

で、むしろ当然。そのような場合でも

なお精液が検出されることがあるのは

事実であるが、精液等が検出されない

ことが不自然であるという法医学上の

知見は承知しない。

・外傷が認められない点も、Aは被告人

にされるがままになっていたというの

であるから、体表に外傷が生じる契機

はなく、膣内についても顕著な障害が

生じる可能性は考えられず、微細な表

皮剥離も含めて何らかの軽微な障害が

生じるかどうかは、女性の体調年齢等

によることが大きいと思われる。

・これらの点は結局、Aの供述以外に姦

淫行為があったことを示す客観的な証

拠はないというにとどまり、それ自体

は不自然なことではないから、Aの供

述が不自然であるという理由とはなら

ないし、事実認定に疑問を生じさせる

ようなものではない。

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③ Aがコンビニのゴミ箱に捨てたと供述す

る破れたパンティストッキングは直後の捜

査によっても発見されていない。

・発見されなかった理由は明らかではな

いが、ゴミ箱の捜査がなされたのは時

間が相当経過してからと思われるとこ

ろ、それまでの間のゴミ箱の処理の状

況等も明らかでない。

・実際に捨ててもいないのに特定のごみ

箱に捨てたという、裏付けを取れば判

明する怖れが高い虚偽の事実をAが作

出する理由は見出しがたい。

④ コンビニで新たにパンティストッキング

のみを購入したとの供述が、その後変遷し

ている(何かを一緒に購入したかもしれな

い、飲み物を買ったような記憶がある)。

・強い精神的ショックを受けた場合、強

く意識したものではない行動などにつ

いて記憶が欠落していることはしばし

ば見受けられ、そのような場合、他の

証拠から、明瞭な記憶はないものの実

際はそのようなことがあったのかもし

れないと考えるようになることは自

然。

・Aの供述は、飲み物を買ったことの確

実な記憶があるとしているわけではな

く、「確実なことはわからないが、そ

のようなことがあった気もしてきた」

というのがその趣旨。Aは自己の記憶

について率直に供述しているものと認

められ、上記を持って供述の信用性に

疑義を生じさせるような変遷とするこ

とは棟を得たものではない。

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千葉裁判官補足意見 古田裁判官反対意見

① Aは、当初警察では挿入時間は約 10 分

間と供述したが、検察官には 3~4 分と変

えている。通常あってもよい証拠もない。

即ち、本件当日深夜に採取されたAの膣液

からは人精液の混在は認められず、無理や

り姦淫されたにしては膣に傷も認められ

ない。それでも姦淫を認めるためには、信

用性を有する他の十分な証拠の存在が強

く要請されるところである。

前記

争点3:被告人供述の信用性

被告人

3万円の現金をチラシにはさんでAに見せな

がら、報酬の支払いを条件にその同意を得て、

本件現場にAと一緒に行き、手淫をしてもら

って射精をした。

多数意見

① その供述内容と同様の事実(竹の塚の件)

が存在する。

② 被告人は日頃からそのような行為にしば

しば及んでいたと供述し、被告人の携帯電

話に保存された写真の中にそうした機会に

撮影されたとみられるものが相当数存在す

る。

(吉田)「100 人くらいの女性に町で声

をかけ、3000 円から 3 万円を払って手で

陰茎をこすってもらったりしていた」

(被告人の供述)ということ自体、合理

的とは思われない。仮にそのような行為

を繰り返していたとしても、他の(把握

されていない)行動もありうるのだから、

そのような「行動傾向」があるとできる

のであろうか。また、被告人は、携帯電

話に「そのような行為」にかかる写真を

多数保存してところ「竹ノ塚事件の際に

‥すべて消去した」とするが、携帯電話

にそのような写真が多数残っていたこと

を認定した根拠は不明(すべて消去した

というのであるから)。仮に本件の写真

のみ消去したというならその理由が不

明。

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③ これらの事情を考慮すると、その供述は

たやすく排斥できない。

千葉裁判官補足意見

① 大筋において、当時の状況を無理なく説

明することができ、客観的事実とも矛盾す

るところはなく、これをむげに排斥するこ

とはできない。

千葉に来た経緯、射精の時期、現金を置いて

帰ったかどうか、の3点について被告人の

供述は変遷している。その供述態度は、姑

息で、場当たり的であり、真摯なものとは

到底言い難い。

しかしながら、これらの弁解は、犯罪の

成立に直接関係するものではなかったり、

弁解の骨格を変更するものではなく、犯罪

の成立を基礎づける事実そのものについて

否認に転じたというものではない。供述が

変わっていることのみを理由に、むげにそ

の信用性を否定することはできない。

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シンポジウム「司法におけるジェンダー・バイアス」

精神医学的に⾒た精神医学的に⾒た性暴⼒被害の実態性暴 被 実

⼀橋⼤学⼤学院社会学研究科地球社会研究専攻宮地尚⼦

2014年6⽉21⽇(⼟)2014年6⽉21⽇(⼟)

とりわけ被害体験が過酷だった事例

瑞穂さん(仮名)「刑事裁判が何のメリットも⾃分にないのは分かっています。でも裁判で⾃分が被害者だということを認められるまで、私は⼈間ではないんです。毎⽇死にたいと思って間ではないんです。毎⽇死にたいと思っていますが、今死んだら⼈間と認められないまま死ぬことになります 監禁されて⼈間まま死ぬことになります。監禁されて⼈間扱いされなかった時の⾃分のままです。裁判で勝 たら や と安らかに死ねると思判で勝ったら、やっと安らかに死ねると思います。」

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oguchi304
テキストボックス
資料2
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本日 講演内容本日の講演内容

1 性暴⼒被害の実態と影響1. 性暴⼒被害の実態と影響被害の多さ、最中と直後の反応、反応の性差

2. 性暴⼒被害の特異性と傷つきの深さ性暴⼒のPTSD発症率はなぜ⾼いのか

3. 性暴⼒被害についての誤解ジェンダー・バイアスをもたらすものジェンダ バイアスをもたらすもの

1.性暴力被害の実態と影響1.性暴力被害の実態と影響

被害の多さ、最中と直後の反応、反応の性差被害の多さ、最中と直後の反応、反応の性差

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1 1 性暴力1-1 性暴力

レイプ セクシュアルハラスメント 痴漢

ど 性的虐待 ⼦どもへの性的虐待 Etc Etc.ストーカーやDVとも関連(デートDV含む)スト カ やDVとも関連(デ トDV含む)

1 2 内閣府調査報告(2012)1-2 内閣府調査報告(2012)

「異性からむりやりに性交された経験」 「異性からむりやりに性交された経験」→⼥性の7.6%

そのうち、⼩学校⼊学前や⼩学⽣のときの被害→13.4%→⼥性の100⼈に1⼈が中学校に上がる前に

レイプ被害に遭っている(刑法で強姦罪)レイプ被害に遭っている(刑法で強姦罪) 誰にもそのことを相談していない⼈の割合

→67 9%→67.9% 警察に連絡・相談した⼈の割合

→3 7%→3.7%→レイプのほとんどは、加害者が処罰されない59/87

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1 3 性暴力被害 PTSD発症率 高さ1-3 性暴力被害のPTSD発症率の高さ

発症率 ( l ら ) PTSD発症率 (Kesslerら, 1995)外傷的出来事の種類 男性 女性

レイプ 65.0 45.9

モレステ シ ン 12 2 26 5モレステーション 12.2 26.5

身体的暴行 1.8 21.3

戦闘 38 8 ー戦闘 38.8 ー

武器による脅迫 1.9 32.6

生命的危険を伴う事故 6 3 8 8生命的危険を伴う事故 6.3 8.8

自然災害、火事 3.7 5.4

目撃(傷害、殺人現場) 6.4 7.5

幼年期のネグレクト 23.9 19.7幼年期 ネグ クト 3.9 9.7

幼年期の虐待 22.3 48.5

1 4 事件 最中と直後 反応①1-4 事件の最中と直後の反応①

トラウマ反応=「異常な出来事に対する正常な反応」=「異常な出来事に対する正常な反応」

当事者以外は ⾃分の⽇常感覚をひきのばし当事者以外は、⾃分の⽇常感覚をひきのばして理解しようとしてしまうが…

トラウマを引き起こすほどの恐怖は、⽇常的なレベルの「怖い思い」とは違うレベルの「怖い思い」とは違う

→⽇常では考えられない 思いがけない反応→⽇常では考えられない、思いがけない反応60/87

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1 4 事件 最中と直後 反応②1-4 事件の最中と直後の反応②

⼤脳⽪質の機能は抑えられ、⽣存に関わる脳の部分が急激に活性化分が急激に活性化

考えるより先に⾝体が反応してしまう⼿が震える・⼿が震える

・⾜に⼒が⼊らない⾦縛・⾦縛り

・そのつもりはないのに相⼿の命令に⾃動的に従ってしまう・現実感がなくなり、⾃分に起きていることと思え現実感がなくなり、⾃分に起きていることと思えない etc.

1 4 事件 最中と直後 反応③1-4 事件の最中と直後の反応③

攻撃を受けた動物→不動反射(フリーズ反応)強直性不動という偽死反応(いわゆる死んだふ 強直性不動という偽死反応(いわゆる死んだふり)

性差や個⼈差、⽂化差、慣れや訓練などによっても多少変わるも多少変わる

危機的状況では、交感神経が⾼まり、「闘争か逃⾛か」という反応が起こるもの?⾛か」という反応が起こるもの?→動物でも⼈間でも、びっくりすると、まず⾝が固まったり、すくんだりするもの61/87

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1 4 事件 最中と直後 反応④1-4 事件の最中と直後の反応④

「事件の翌⽇もいつもどおり仕事に⾏ったのは不⾃然」?

事件後の被害者や遺族が「冷静」に⾒えるのは事件後の被害者や遺族が「冷静」に⾒えるのはなぜ?

意識や記憶の⼀時的な消失、尿や便失禁意識や記憶 時的な消失、尿や便失禁 ⿇痺や離⼈感、現実感の喪失

1 4 事件 最中と直後 反応⑤1-4 事件の最中と直後の反応⑤

「急性解離」「周トラウマ性解離」

急性ストレス反応(ASR)

急性ストレス傷害(ASD)

外傷的事件から1ヶ⽉を超えるとPTSDに診断が変わる変わる

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1 5 PTSD1-5 PTSD⼼的外傷後ストレス傷害外傷後 傷

DSM-5 『精神疾患の分類と診断の⼿引き』⽶国精神医学会(2013)⽶国精神医学会(2013)

「外傷的出来事」の基準は、「死、重傷、性的暴⼒ もしくはそれらの脅威に暴露される的暴⼒、もしくはそれらの脅威に暴露されること」のみ

症状群 PTSDの四症状群①過覚醒(覚醒亢進)②再体験(侵⼊)③回避③回避④否定的認知・気分

1 6 PTSD以外 反応や症状1-6 PTSD以外の反応や症状

抑うつ症状 不安障害 パニ ク発作

肩こりや頭痛、下痢や胃痛などの⾝体的不調 不安障害、パニック発作、

恐怖障害 強迫症状 幻覚 妄想な

胃痛などの⾝体的不調 免疫・内分泌系への影

響 ⾝体疾患への罹患 強迫症状、幻覚・妄想などの精神病様症状

⾝体表現性障害

響、⾝体疾患への罹患の増加

肯定的⾃⼰イメ ジ構 ⾝体表現性障害 摂⾷障害、アルコールや

薬物への依存

肯定的⾃⼰イメージ構築の困難

安定した対⼈関係構築薬物への依存 ⾃傷⾏為、⾃殺企図

安定した対⼈関係構築の困難

解離 解離63/87

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1 7トラウ 反応 性差①1-7トラウマ反応の性差①

⽣物学的研究の視点から⽣物学的研究の視点から

トラウマのような危機的な状況への咄嗟の対処には、⽣物学的な影響を無視できない

闘争 逃⾛反応 闘争-逃⾛反応 交感神経系の亢進←「強い」オスモデル

1 7 トラウ 反応 性差②1-7 トラウマ反応の性差②

物学的 究 視点⽣物学的研究の視点から いたわって仲間になる Tend and befriend いたわって仲間になる Tend and befriend 闘争-逃⾛反応は多くの⼥性にとって適応的では 闘争 逃⾛反応は多くの⼥性にとって適応的では

ない 妊娠中、⼩さな⼦どもを抱えているとき妊娠中 ⼦ 社会的サポートの希求 絆ホルモンともいわれるオキシトシン

副交感神経系(背側迷⾛システム、腹側迷⾛システム)

◎「迎合」≠「同意」「誘惑」「媚び」64/87

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1 7 トラウ 反応 性差③1-7 トラウマ反応の性差③

⽣物学的研究の視点から従来の⽣物学的モデル 従来の⽣物学的モデル→強いオス中⼼ ⽣死の関わる場合の反応に焦点→強いオス中⼼、⽣死の関わる場合の反応に焦点

⼈間の⾏動はより⾼度で複雑⼈間 ⾏動 り⾼度 複雑 多くの抑制や他者との共感や協⼒によって社会を

発達させている発達させている◎「なぜ逃げなかったのか」「なぜ抵抗しなかった◎「なぜ逃げなかったのか」「なぜ抵抗しなかった

のか」=単純で古い⽣物学的モデル

2 性暴力被害の2.性暴力被害の特異性と傷つきの深さ特異性と傷つきの深さ

性暴⼒のPTSD発症率はなぜ⾼いのか

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加害者と 距離 近さと身体感覚 侵襲①2-1 加害者との距離の近さと身体感覚の侵襲①

PTSD発症に影響する主要な因⼦1. 外傷的事件にさらされている期間2 近接度2. 近接度3. 強度3. 強度

◎性暴⼒ではまさにこの3点が揃う

加害者と 距離 近さと身体感覚 侵襲②2-1 加害者との距離の近さと身体感覚の侵襲②

密着され、侵⼊される→加害者との距離がゼロかマイナスに→加害者との距離がゼロかマイナスに

視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚すべての⾝体感覚侵襲が⻑く続くの侵襲が⻑く続く

⾃⼰の⽪膚や内部に、五感としてトラウマ記憶 ⾃⼰の⽪膚や内部に、五感としてトラウマ記憶が刻印される→⾃⼰の⾝体がフラッシュバックのトリガ に→⾃⼰の⾝体がフラッシュバックのトリガーに

⾃分の⾝体から逃れることは不可能なので、安⼼できる空間が消滅してしまう

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2 2 妊娠や性行為感染症をめぐる問題2-2 妊娠や性行為感染症をめぐる問題

妊娠やHIV/AIDSを含む性⾏為感染症 の強い不安 妊娠やHIV/AIDSを含む性⾏為感染症への強い不安

妊娠した場合の苦悩や中絶にまつわる葛藤

出産した場合の⼦どもの処遇をめぐる問題

2 3 動画 画像流出 恐怖と不安2-3 動画・画像流出への恐怖と不安

被害時にビデオや写真を撮られる被害時 写真 撮 ⼝⽌めや呼び出しに使われる

性犯罪の潜在化 常習化 悪質化→性犯罪の潜在化、常習化、悪質化

インタ ネットや携帯カメラ ビデオなどの普 インターネットや携帯カメラ、ビデオなどの普及はここ20年のことであり、法整備が追いついていないていない

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2 4 性にはり く象徴的な意味づけ2-4 性にはりつく象徴的な意味づけ

「汚れ」「恥」「わいせつ」 わいせつで汚れていて恥ずかしいのは加害者のはず

なのに、被害者は⾃分のことを汚れていて恥ずかしいと思わされるいと思わされる

恐怖の中では、恥辱感や屈辱感が深く⼼⾝に刻み込まれやすくなるまれやすくなる

⾝近な⼈にこそ話したくないという⼼理 被害を秘密にしておくことの苦しさ 被害を秘密にしておくことの苦しさ 「こういう被害を受けるのは⾃分だけなんだ」「逃

げられなかった⾃分が悪い」という誤った思い込みげられなかった⾃分が悪い」という誤った思い込みの固定化

2 5 人間不信 男性不信2-5 人間不信、男性不信

性暴⼒は⼈為的なものであり、交通事故等とは異 暴⼒的 体験 あ異なる暴⼒的な体験である

「⼈間扱いしてもらえなかった」 「モノ扱いされた」 「性的な存在としてしか、価値を認めてもらえ 「性的な存在としてしか、価値を認めてもらえ

なかった」

→被害者の⼼に衝撃を与え、その後の⻑い⼈間不信や男性不信に ながる不信や男性不信につながる

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二次被害2-6 二次被害

「あなたにも隙があったんじゃないか」

「嘘をついているんじゃないか」

次被害→⼆次被害

警察や検察などでも最近は研修が⾏なわれるように 警察や検察などでも最近は研修が⾏なわれるように

事件が報道された場合には 興味本位の詮索がなさ 事件が報道された場合には、興味本位の詮索がなされ、プライバシーが暴かれ、職場や学校などで噂が広ま て ⽣活の基盤を奪われてしまうこともある広まって、⽣活の基盤を奪われてしまうこともある

2のまとめ: PTSDの発症率の高さ2のまとめ: PTSDの発症率の高さ

重傷化 遷延化の原因重傷化、遷延化の原因

性暴⼒は、恐怖や無⼒感、戦慄(おぞましさ)をもたらす深刻なトラウマ体験であるもたらす深刻なトラウマ体験である

⾝体レベルでも、⼼理的・象徴的レベルでも、社⾝体レ ルでも、⼼理的 象徴的レ ルでも、社会的レベルでも、その被害が強く⻑引く

打ち明けにくく、理解されにくいために、回復のための環境が整わないことが、PTSDの発症率の⾼ための環境が整わないことが、PTSDの発症率の⾼さや重症化、遷延化に影響を及ぼしている

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3.性暴力被害についての誤解

ジェンダー・バイアスをもたらすもの

3 1 望まな 相手と 性行為 苦痛3-1 望まない相手との性行為の苦痛

性⾏為⾃体 性⾏為⾃体

→他の暴⼒とは異なり 同意の上で望む相⼿と望→他の暴⼒とは異なり、同意の上で望む相⼿と望む内容でするのであれば、喜ばしい⾏為

望まない相⼿が、⾃分の意志を踏みにじって境界線を越えてくるということ線を越えてくるということ

→恐怖以外の何ものでもない恐怖以外の何ものでもない

⾝体感覚、アイデンティティ、道徳感覚や⾃⼰の尊厳、個的領域の著しい損傷

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3 2 被害者から見える光景 ポ ①3-2 被害者から見える光景≠ポルノ①

「強姦被害の状況を想像してみてください」泣き叫ぶ被害者の顔? 泣き叫ぶ被害者の顔?

引き裂かれる服?引き裂かれる服 露になる被害者の下着?

必死にもがく⼿⾜? 必死にもがく⼿⾜?=加害者から⾒える光景加害者から⾒える光景

→性暴⼒について聞く側の想像⼒が、よくあるポルノの構図にとらわれてしまっている

3 2 被害者から見える光景 ポ ②3-2 被害者から見える光景≠ポルノ②

被害者 光被害者から⾒える光景 豹変して迫ってくる加害者の異様な顔つき 豹変して迫ってくる加害者の異様な顔つき ⾸元に感じるなま暖かい息 ⽻交い締めにされる感覚 汗くさい匂いやべとつき 汗くさい匂いやべとつき ⾃⼰の⼼⾝の⾃由が奪われ、未来が予測不能に

陥ったときの恐怖と混乱 気持ち悪さ おぞましさ 気持ち悪さ、おぞましさ

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身体的暴力が伴わな 性暴力 恐怖①3-3 身体的暴力が伴わない性暴力の恐怖①

「性⾏為が⽬的なのだから、命の危険はないはず」?「逆らわなければ痛くも何ともない」?「逆らわなければ痛くも何ともない」?

結果的に強要したのは性⾏為「だけ」だったとしても それがどこまでエスカレ トしていくのか 被も、それがどこまでエスカレートしていくのか、被害者にはあらかじめわかりようがない

⽶国のレイプ被害者の調査で⼀番多く報告された反応応→恐怖

「相⼿から何をされるかわからなかった」

身体的暴力が伴わな 性暴力 恐怖②3-3 身体的暴力が伴わない性暴力の恐怖②

「強姦」と認められるには→被害者が強く抵抗すること そしてその証拠が⾝体に→被害者が強く抵抗すること、そしてその証拠が⾝体に残ることが求められることが少なくないが… 抵抗は、恐怖の時の反応としては⼀般的ではない 抵抗は、恐怖の時の反応としては 般的ではない 何がおきているのかわからないという混乱 ⼈がたくさんいる公の空間で起こるケース⼈がたくさんいる公の空間で起こるケ ス

→だからこそ逆に、恐怖や混乱、孤⽴感や他者への不信感が増すこともある

無理な抵抗をやめ、⽬を閉じ、⽿をふさぎ、早く終わるのを待つ→外傷的刺激の強さと時間を減らすという意味でも 理に→外傷的刺激の強さと時間を減らすという意味でも、理にかなった反応 72/87

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身体的暴力が伴わな 性暴力 恐怖③3-3 身体的暴力が伴わない性暴力の恐怖③

ルワンダ国際刑事法廷レイプ「強制的な状況下での⼈間に対する性的な性̶̶レイプ「強制的な状況下での⼈間に対する性的な性

質を持った⾝体的侵襲」と定義(アカイエス事件(ICTR-96-4-T)1998年9⽉2⽇判決(アカイエス事件(ICTR 96 4 T)1998年9⽉2⽇判決http://www.ictr.org/)

ハーグ国際司法裁判所(旧ユーゴスラビアでの戦争犯罪の裁判)̶̶⾮合意が明らかであれば、暴⾏はなくとも強姦であると明⾔ると明⾔( Kunarac, Kovac, Vukovicに対する2002年6⽉12⽇判決)

知り合 から受ける性暴力 傷 き3-4 知り合いから受ける性暴力の傷つき

知り合いから受ける被害が多い

今まで信⽤してきた⼈間の⾏動の豹変 安全だという⾃分の予測や判断が裏切られる 安全だという⾃分の予測や判断が裏切られる 「この後どうなるかわからない」という強い恐

怖に変わりはな怖に変わりはない

信⽤を利⽤して加害者が被害者を追い込む 信⽤を利⽤して加害者が被害者を追い込む

その後の共通の⼈間関係にも深刻な影響を与える その後の共通の⼈間関係にも深刻な影響を与える73/87

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3 5 疑似恐怖と二次被害3-5 疑似恐怖と二次被害

恐怖と疑似恐怖の混同 疑似恐怖=安全だと頭のどこかでわかっていながら

の恐怖(サスペンス映画 ジェットコースター バの恐怖(サスペンス映画、ジェットコ スタ 、バンジージャンプなど)

→快の体験になりうるプ→被レイプ幻想と疑似恐怖

疑似恐怖が本当の恐怖になったら? 疑似恐怖が本当の恐怖になったら?

3 6 疑似恐怖と二次被害3-6 疑似恐怖と二次被害

恐怖と疑似恐怖やスリルの混同は、⼆次被害に直接がつながる

「あなたも楽しんだんでしょ」「気持ちよか たん 「あなたも楽しんだんでしょ」「気持ちよかったんじゃないの」?

⾃分の意思を裏切ることもある⾝体(それを加害者が故意に悪⽤することも多い)が故意に悪⽤することも多い)

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まとめまとめ

隠れた被害が多い必ず 逃げた 闘 た き 必ずしも逃げたり闘ったりできない

傷つきが深い 傷つきが深い 相談しづらい 相談しづらい 法的に訴えづらい(プライバシーを守ること 法的に訴えづらい(プライバシ を守ること

が困難) 訴えても2次被害を受けやすい

今後の検討課題今後の検討課題

性教育やデ トレイプ予防教育の拡充 性教育やデートレイプ予防教育の拡充 ワンストップセンター/レイプクライシスセワンストップ ンタ /レイプクライシス

ンター ⼦どもへの⾯接システムの確⽴ ⼦どもへの⾯接システムの確⽴ 男性の性被害、性⾵俗産業における性被害へ 男性の性被害、性⾵俗産業における性被害へ

の取り組み性犯罪事犯を専⾨的 扱 警察や検察 裁 性犯罪事犯を専⾨的に扱う、警察や検察、裁判所における部署の設置判所における部署 設置

性暴⼒禁⽌法 法律領域での教育や研修カリキュラムの充実

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性犯罪捜査 裁判 問題点性犯罪捜査・裁判の問題点

性暴力加害者の調査事例から

京都大学 学際融合教育研究推進センター京都大学 学際融合教育研究推進センタアジア研究教育ユニット研究員

牧野雅子牧野雅子

事例・調査の概要事例・調査の概要

2001年8月 9月に発生した連続強姦事件• 2001年8月~9月に発生した連続強姦事件

(被害性・加害性に疑問の余地なし)

• 調査期間 2001年12月~2002年11月

本人に対するインタビ 119回• 本人に対するインタビュー 119回

• 往復書簡(受信81通、発信108通)往復書簡(受信 通、発信 通)

• 公判傍聴9回

事件記録の閲覧• 事件記録の閲覧

• 関係者に対するインタビュー関係者に対するインタビュ

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資料3
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動機立証の必要性動機立証の必要性

欠な立証• 不可欠な立証項目

• 犯罪事実を支える犯罪事実を支える

殺人事件・・・「恨み」の存在

強盗事件・・・多額の借金

• 動機の有無が立件要因になる場合も動機の有無が立件要因になる場合も

強姦未遂か強制わいせつか

(性交の意思(動機)の有無)

犯行動機とは犯行動機とは

• 行為者の内面に存在し、行為を駆動するもの行為者の内面に存在し、行為を駆動するもの

般的な「なぜ 対する解• 一般的な「なぜ」に対する解

• 刑事司法が示す犯罪原因

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どうすれば動機を「立証」できるのかどうすれば動機を「立証」できるのか

・本人の供述(内面の吐露)

動機は行為者の内面に存在し 行為を駆動動機は行為者の内面に存在し、行為を駆動

・関係者の供述や物品、記録

日頃の言動からの推察(例 暴力傾向)日頃の言動からの推察(例:暴力傾向)

借金の有無借金の有無

特異なコレクション

性的動機の先取り性的動機の先取り

動機に 取調 前に 「動機 を裏付ける• 動機についての取調の前に、「動機」を裏付ける証拠品の捜索が行われる

性 論 捜・性的動機の立証を目論む捜査機関

・令状を発布した裁判官の判断

• 動機についての取調の前に 事件時は性的欲• 動機についての取調の前に、事件時は性的欲求不満にあったことを聴取

・性欲の強さ・性欲の強さ

・パートナーとのセックスの頻度、方法等

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説明用語としての「性欲」「本能」≠ 動機・原因

「性欲」や「本能」の語が都合よく使用される• 「性欲」や「本能」の語が都合よく使用される(例)「性欲の赴くまま」「本能の赴くまま」女性宅に侵入

(ベランダに入る本能・・って?)(ベランダに入る本能 って?)

• 計画性との矛盾事前に周到な計画、準備 ・・・きわめて「知的」な行為!

• 語法上の問題(例)「女性を襲って強姦するといった性的欲望」

(強姦する欲望が性欲なら 性欲によって強姦し(強姦する欲望が性欲なら、性欲によって強姦したという説明は、同義反復)

前提となっている「性欲」前提となっている「性欲」

• 捜査参考書・マニュアル

・性犯罪の動機は「性欲」と決まっている?

取調項目 性交の頻度や満足度・取調項目・・・性交の頻度や満足度

• 判決 「被告人は性欲を満たすために~」

裁判官の判断が前例となる・裁判官の判断が前例となる

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「性欲」原因説の問題「性欲」原因説の問題

• 加害者を免責

• 「性欲」の発露にかかわった被害者に責任を負わせる(落ち度!)負わせる(落ち度!)

• なぜ性「暴力」なのか(なぜ強姦をしたのか)は全く明らかにされないは全く明らかにされない

• 加害者の再犯防止対策に支障加害者の再犯防止対策に支障

• 「動機」「原因」の再生産

甘い加害性の追求甘い加害性の追求

• 女性に対する差別意識の放置

女性は男性の所有物?女性は男性の所有物?

• 被害者をわいせつなものとするまなざし被害者をわいせつなものとするまなざし

• 写真撮影行為の暴力性は不問

「わいせつ性」や「性癖」が問題

被害者に対する グ 放置• 被害者に対するスティグマの放置

性暴力を隠蔽する装置を不問性暴力を隠蔽する装置を不問

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性暴力被害者に対するスティグマ性暴力被害者に対するスティグマ

被害者のプライバシー保護

・被害者保護被害者保護

・事件の潜在化防止

一方で・・・ どのようにすれば被害者は被害一方で・・・ どのようにすれば被害者は被害申告を躊躇い、犯行を隠蔽できるのかという、犯行に利用可能な情報犯行に利用可能な情報

→法が法の効力を無効化する材料を提供して法 法 効 効 すいる

被害者に対するスティグマの付与被害者に対するスティグマの付与論告

「本件の強姦被害者らは、いずれも、近い将来、妻となり、母となるはずの若い女性たちであり、ささやかに生活していながらその夢を打ち砕かれ、将来にわたって生涯忘れることのできない大きな傷を負わされたものであ て 被害者らの受けた精神的及び肉体的苦痛であって、被害者らの受けた精神的及び肉体的苦痛は計り知れない程重大」

・どの被害者の供述にもそのような発言が一切なし・どの被害者の供述にもそのような発言が一切なし

・検察官の一方的な考え

←性暴力被害者に対するスティグマを利用して「口封←性暴力被害者に対するスティグマを利用して「口封じ」を行った被告人の悪質さは追及されないのに、被害者に対しては一方的にスティグマを付与する害者に対しては 方的にスティグマを付与する

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性暴力に関する研修 神山千之 司法研修所での研修 インターネットで検索したところによると、司法研修所において判事補、判事任官者及

び簡易裁判所判事全員を対象とする研修や、刑事事件担当裁判官、少年事件担当裁判官を

対象とした各種研究会において、講義の中で、被害者保護関連二法により導入された諸制

度の趣旨・内容や、被害者等への配慮の在り方について取り上げている。また、刑事実務

研究会、少年実務研究会等で、専門家を招き、犯罪被害者の心理について理解を深める特

別のカリキュラムを設けている。犯罪被害者等基本法(平成17年4月1日施行)19条

によって国が講ずるものとされている「犯罪被害者等の心身の状況、その置かれている環

境等に関する理解を深めるための訓練及び啓発」の一環と思われるが、同法施行前から実

施例はあるという(平成12年度特別研究会、平成13年度少年実務研究会など)。

(http://www8.cao.go.jp/hanzai/suisin/kihon/pdf/3/1/saikou.pdf)

私自身は、「判事補、判事任官者及び簡易裁判所判事全員を対象とする研修」への参加は

平成17年以前に終えてしまっており(平成14年の判事任官者に対する研修が最後)、ま

た、平成17年以降に司法研修所での上記「各種研究会」に参加したこともないので、そ

の研修の実態について報告できる立場にない。 高裁での研修 高裁単位では、「犯罪被害者等の置かれた立場、状況等に関する理解を深めるための研究

会」等のタイトルで開かれている。 遅くとも平成19年以降はあった(それ以前の記憶はない。)。 裁判官を含む裁判所職員を対象としている。私が平成20年に仙台高等裁判所での研究

会に参加した際、刑事部の裁判官と職員に行ってもらうと言われた。 性暴力被害に特化したものではない。 研修の内容は、講演と質疑応答(平成22年・東京高裁での研究会の講師は、元被害者

支援センター事務局長と、国立精神・神経センターの医師) 研修のあり方(私見) (1) 司法研修所での研修では、最近の最高裁判決を批判するような内容を盛り込むのは難

しいだろう。医師等の講演、性暴力に関する捜査や公判審理等についての海外の実例紹介

のような内容が中心になりそうに思う。 (2) 地裁レベルで、裁判官、検察官、性暴力事件担当経験のある弁護士の3者での非公式

の意見交換を活発に行うようにできればよいと思う。 公式の場(協議会等)では、そこでの発言が「約束」のように受け取られることを恐れ

て、本音を話しにくい。非公式の場が良い。 以上

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資料4
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性暴力に関わる経験則 ~ 2つの 高裁判決に関連して 神山千之 1 はじめに

性暴力に関して、「強姦神話」と呼ばれる偏見が社会に広く蔓延しているということは

以前から指摘され、裁判所の判断においても「強姦神話」と重なる内容──たとえば、性

交渉に不同意であれば激しく抵抗したはずであるとの偏見──が経験則として振りかざ

されているとも言われることがある(たとえば文献1・10頁)。「強姦神話」はジェンダ

ー・バイアスの基づく考えの典型例である。 経験則とは、「個別の経験から帰納的に得られた事物の性状や因果関係に関する知識や

法則」(文献2・173頁)である。それは、「法則」やそれと同列に挙げられる「知識」

であるから、普遍性を持ったものであるはずである。 本当に裁判所は上記のような偏見を「経験則」としているのだろうか。 高裁平成 21

年4月14日判決(以下「小田急事件 判」という)と 高裁平成23年7月25日判決

(以下「千葉事件 判」という)の2つの 高裁判決を素材にして検討してみる。これら

の判決では、被害者が抵抗や回避行動が乏しかったことを不自然と指摘しているが、これ

は、「本当に被害にあったのであれば逃げたり激しく抵抗したりするはずである」という

ことを経験則と扱っていることになるのだろうか。

2 各判決の破棄理由 (1) 判断形式

両判決とも、「判決に影響を及ぼすべき重大な事実誤認があり、これを破棄しなけれ

ば著しく正義に反する」(刑事訴訟法 411 条3号)を理由としているが、その結論に至

る判断の過程で、被害者の供述を全面的に信用した第1審判決及び原判決の判断につい

て、千葉事件 判では「経験則に照らして不合理」と指摘しているのに対し、小田急事

件 判では経験則違反との指摘をせず、「必要とされる慎重さを欠く」と指摘するにと

どめている。 小田急事件 判は第1審判決及び原判決の判断について経験則違反とはしていない

ので、その合議体を構成する裁判官たちが前記のような偏見を経験則と考えているかど

うかはわからない。 (2) 千葉事件 判の実質的検討

次に、経験則違反との指摘をしている千葉事件 判について、この判決が第1審判決

及び原判決の判断のどういう点を経験則違反と見ているのかを考えてみる。 1で述べたとおり経験則は普遍性を持ったものであるはずなので、「本当に襲われた

のであれば、逃げたり激しく抵抗したりするはずである」などといった命題は経験則と

はいえない。この点について古田裁判官が反対意見で述べているところは正当であると

考える。また、この命題の真偽について、古田裁判官は「偽」としているし、法廷意見

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を支持する千葉裁判官の補足意見には「被害女性が相手の言動により強い恐怖心を抱き

抵抗できなくなったり、困惑し冷静な判断や避難行動を取れなくなるということは一般

にあり得る」とあるから、法廷意見を支持した裁判官たちも、前記の命題を経験則と考

えることはできなかったろうと思われる。合議体の判断の中で、ある命題を経験則と称

する以上、少なくともその合議体の構成員の間では、その命題が「真」であるとの共通

認識があるはずである。 そこで、合議体の裁判官全員の共通認識といえるものの中から性暴力に関する経験則

と称し得るものを探すことになる。 裁判官たちの判断の分岐点は、被害者の取った行動が合理的といえるか否かである。

また千葉裁判官の補足意見には前記のとおり「被害女性が相手の言動により強い恐怖心

を抱き抵抗できなくなったり、困惑し冷静な判断や避難行動を取れなくなるということ

は一般にあり得る」とある。そうすると、本件で問題とされている経験則は、①性暴力

の被害者が抵抗や避難以外の行動を取ることがあり得る、②被害と上記行動との因果関

係は合理的に説明できるはずである、という2つであると考えられる。この2つが「真」

であることは本件の合議体の裁判官全員の共通認識と考えられるし、一般にも受け入れ

られるものであると思われる。 この判決は、第1審判決及び原判決が、被害者が自己の行動として述べる内容と被害

との因果関係を合理的に説明できないにもかかわらず、合理的に説明できると判断した

ことが誤りで、経験則②の適用を誤っているという意味で経験則違反であるという評価

をしているものと思われる。 (3) 小結

結局、両判決の法廷意見は、「本当に襲われたのであれば、逃げたり激しく抵抗する

はずである」というジェンダー・バイアスに基づく偏見を経験則と考えているわけでは

なく、経験則を適用する段階での判断がジェンダー・バイアスの影響を受けているのだ

と考えられる。つまり、性暴力の被害者が抵抗や避難以外の行動を取る可能性があるこ

とは認めつつ、その可能性を実際よりも小さいものと考えているものと思われる。 被害者の供述の不自然な点として、小田急事件 判では、

①被害者が車内で積極的な回避行動を取らなかったこと ②それなのに、被害者が被告人のネクタイをつかみ積極的な糾弾行為を行ったこと ③被害者がいったん下車しながら車両を替えることなく再び被告人のそばに乗車した

こと を挙げているが、堀籠裁判官や田原裁判官が指摘するとおり、これらは何ら不自然では

ない。なお、③で「再び被告人のそばに乗車した」というのは事実誤認であろう。被害

者は人波に押され、心ならずもその位置になってしまっただけである。また、①につい

ては、満員の車内で効果的な回避行動を取ることは困難なので、積極的な回避行動を「と

った」かどうかではなく「とろうとした」かどうかを問題とすべきであろう(その点を

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問題とした上で、体が硬直してしまって回避行動が取れなかったなどという認定もある

かもしれない。)。 千葉事件 判では、被害者の供述の中に

④人通りもあり、近くに交番もあり、駐車場の係員もいるなどの状況を分かっていなが

ら、叫んだり助けを呼んだりしなかったこと ⑤物理的に拘束されていたわけでもないのに、逃げ出すこともなく、脅迫等を受けて言

われるがままに被告人の後ろを歩いてついて行ったこと ⑥強姦される直前に、すぐ近くを通った制服姿の警備員に対し、声を出して積極的に助

けを求めることをしなかったこと などが不自然であるとしているが、古田裁判官が指摘するように、これらはいずれも合

理的に説明することが可能である。

3 各判決の結論(無罪)の当否についての私見 (1) 検討の指針

両判決には、ジェンダー・バイアスに影響された、支持しがたい部分が含まれている

が、そうだからといって本件の被告人らが有罪であると直ちにいえるわけではない。各

事件の証拠関係のもとで、起訴された事実が立証されたといえるかどうか。特に「疑わ

しきは被告人の利益に」の原則との関係が問題となる。 同原則のもとでは、被告人は、犯罪事実の存在に合理的な疑いを差し挟む程度の立証

をすれば無罪判決を得られる。今回の各事件においては、検察官の立証の柱は被害者の

供述のみであり、客観的証拠は乏しい。他方、被告人にとって有利な客観的証拠も乏し

い。このような場合に、被告人はどのような立証をすれば「合理的な疑いを差し挟む程

度」の立証をしたといえるかが問題である。 (2) 小田急事件 判について

法廷意見が指摘しているような、被告人の一貫した否認、公訴事実を基礎付ける客観

的証拠がないこと、被告人の年齢(60 歳。性的欲求が高くないという評価と結び付く)、

前科前歴がないこと(犯罪傾向が認められないとの評価に結び付く)といった点を、犯

罪事実の存在に「合理的な疑いを差し挟む」ものと評価できるなら、無罪の結論を導く

ことは可能であろう。 しかし、本件では被害者の供述は非常に具体的であるし、敢えて嘘をつくような動機

も見当たらないので、上記の評価をして無罪とするのは難しいと思われる。 なお、那須裁判官の補足意見で、被害者の供述が「詳細かつ具体的」などの一般的・

抽象的性質を具えているだけでは有罪の根拠にはならず、さらに特別に信用性を強める

方向の内容や、他に補強する証拠等が存在することが必要であるとしている点について

は、証明力判断の一般的な考え方とは異なるものであり、賛同できない。供述の証明力

を判断する際、詳細かつ具体的であるかどうかということと、裏付け(特別に信用性を

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強める方向の内容や、他に補強する証拠等)があるかどうかということはいずれも、証

明力を総合的に判断するにあたって考慮される要素にすぎない。一般的に、裏付けがあ

る供述が重視されることは確かだが、これが不可欠のものであるかのように述べたこと

は、以後の下級審の判断を歪めるおそれがある。 (3) 千葉事件 判について

被害者の供述に不合理な点がなくとも、犯罪事実の存在に合理的な疑いがあるとの評

価につながる事実として、被告人のこれまでの行動が本件についての被告人の弁解内容

とつじつまが合っているという点が挙げられる。 被告人は本件での行動について、3万円の現金をチラシにはさんで被害者に見せなが

ら、報酬の支払を条件にその同意を得て、本件現場に被害者と一緒に行き、手淫をして

もらって射精をしたなどと供述している。その内容は、被告人が別の事件で平成 20 年

6月に実際に行ったのと同様の行動である。また、被告人は日頃からそのような行為に

しばしば及んでいた旨供述しており、被告人の携帯電話中に保存されていた写真の中に

は、そうした機会に撮影されたと見られるものが相当数ある。 上記のような行動傾向や実体験の積み重ねがある被告人にとっては、言葉巧みに虚言

を用いて女性を誘い込む方法が容易であり、かつ検挙されるリスクも小さく安全である。

それに対して、粗暴な威圧的言動を用いて女性についてこさせるという方法は、検挙さ

れるリスクが大きいものである。特段の事情がない限り、被告人がリスクの大きい後者

の手口を用いたとは考え難い。本件では、特段の事情は何ら証明されていない。(須藤

正彦裁判官の補足意見1同旨) 以上の点は、被告人の弁解をむげに排斥することはできず、犯罪事実の存在に合理的

な疑いがあるという判断につながる事実である。しかし、本件では( 高裁判決の記述

からはわからないことであるが、原審の高裁判決によると)被告人は、本件の手淫行為

等の様子を携帯電話機で撮影したがその後消去したということである。消去した理由等

はっきりしない点があるが、被告人の供述の信用性を低下させ、有罪認定につながる可

能性がある事実といえる。また、被告人の弁解内容を前提とすると、被害者のコートの

袖口に被告人の精液が付着することは比較的容易に説明できるが、被害者のカバンに被

告人の精液が付着したのは不自然(文献1・110頁で後藤弘子氏が指摘している。)

であって、この点も被告人の供述の信用性を低下させる。

4 下級審の場合 両判決の法廷意見はジェンダー・バイアスに基づく偏見を経験則と考えているわけでは

ない、と私が考えた理由の1つに、 高裁の合議体を構成する裁判官相互の見解の対立が

あるから各裁判官はその見解を経験則とは考えないはずだという点がある。そうすると、

高裁ではなく下級審の場合には、裁判所(裁判官)がジェンダー・バイアスに基づく偏

見を経験則と考えている場合があってもおかしくないということにもなる。地裁の単独審

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Page 92: 日 時 : 2014年6月21日(土) 午後1時30分~午後5 …...2003年1月から4月まで,ミシガン大学日本研究センターでトヨタ客員教授として,日本

理の場合は、担当裁判官が検察官の主張を軽視して、自己の考えを(ジェンダー・バイア

スに基づく偏見とは意識せずに)経験則であると述べることがあるかもしれない。合議事

件であっても、合議体の裁判官のキャリアに大きな差がある場合、後輩が先輩に容易に説

得されてしまうかもしれない。斉藤豊治氏が「裁判では、裁判官の『経験則』なるものを

根拠に、抵抗したり、助けを求めたりしなかったのは不自然とされる。また、強姦された

後も怖くて、身動きができない状態が継続していてすぐに逃げ出さなかった事例で、すぐ

に逃げ出すのが『経験則』であるといった判断が示されることがある」と指摘されている

(文献1・20~21頁)のも、そのようなケースではないだろうか。 【文献】 1 大阪弁護士会人権擁護委員会性暴力被害検討プロジェクトチーム編『性暴力と刑事司

法』(信山社、2014) 2 三井誠ほか編『刑事法辞典』(信山社、2003) 以上

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