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生き物間の 「食 う 食 わ れ る」 としヽ う関係 さまざまな生 き物の間でみ られる「食 食われる」 という捕食 被食関係は, 生態系や個 々の生 き物 営みを理解する ために重要な知見である。 しか しそれだ けではない.総 体 としてみれば,地 球表 層上における ネルギ ーの流れを知る ための重要な情報である.ほ とん どの生 き物は究極的には太陽 ネルギ に依 存 しているが (一 部は化学 ネルギーに 依存 している),そ の太陽 ネルギ 生 き物の世界 をどの ようなルー トを通 っ て流れているのかを知ることは,裏 を返 せば個々の生物種が地球環境にどのよ うにかかわっているのかを知ることでも ある. 1 2 独立栄養生物 植食者 この星 に暮 らす 1000万 種 もの生 き物 がそれぞれ何 を食 べて暮 らしているのか ,知 られているようで実はほとんど知 られていない。特 に深海 となる となかな かアクセスしにく いため,肉 眼観察に よって明 らか にす ることも難 しい.試 を採 って きて 胃内容物の顕微鏡観察や遺 伝子解析 なども用いられているが,こ いった方法 は直前 に食 べ た餌 を強 く反映 , ときには餌の餌 もカウ ン トして しま ことか ら ,試 料によって結果が大きく ば らつ く傾向にある。こんな問題に役立 有用なツールとして,窒 素や炭素など といった各種元素の安定同位体比が知 ら れて きた。筋肉や コラーゲ ンな どを形 くる元素 安定同位体比は,比 較的長 期 間の平均的な食性 を反映す るか らであ イソギンチャク サメガレイ ズワイガニ エゾイソアイナメ ヒレグロガレイ キチジ ババガレイ ジカジカ スケ トウダラ ギス マダラ アカガレイ シロメバル イ トヒキダラ イラコアナ」 .こ こでは,そ んな方法論の改良版 と して最近になって確立された個別アミノ 酸の窒素同位体比を用いる方法論を紹介 しよう. 安定同位体比を用いた方法 生物 に含 まれ る窒素 は,そ の多 くが タ ンパ ク質の構 成 単位 で あ る20種類 の ア ミノ酸 に由来す る。窒素 とは,普 7 個の陽子 と同数の中性子をも 質量数 14の 核種 (MN)で あるが,天 然中には わずか0.4%ほ どだが中性子が一つ 質量数 15の 安定な核種 (bN)が 含 まれ ている.こ 6Nの 存在比 (馬 N/“ N比 ) のことを窒素同位体比 とよんでいる.あ る特定の種 に着 目す ると ,生 体中で合成 される個 々のア ミノ酸 は,試 料 を採取 し た場所によって多少異なる窒素同位体比 をもっているが,各 ア ミノ酸の窒素同位 体比の関係 は驚 くは ど一 定であることが 経験的 に知 られて きた。 さ らに,誌 面の 都合上詳 しい話は省略するが,ア ミノ酸 が代謝 される際 に,捕 食者の窒素同位体 比は被食者のそれに比 高 くなる (5N が濃縮する).し か し例外 的 に,フ ェニ ルアラ ニ ンには 15Nが ほ とん ど濃縮 しな 同位体が解き明かす 食う 食われるJの 関係 大河内 直彦 力石嘉人 ―― ーI ¨ 3 4 動食者 1 動食者 2 1 縦軸は上 行 くほ ど 15N/“ N比 が高 . 栄養段階の変化 に伴 うグル タミン酸 とフェニル アラニンの窒素同位体比の差の変化 2 三陸沖で採取された生き物 (お もに底魚 ) 栄養段階 38 2016年 1月

JAMSTEC - JAPAN AGENCY FOR MARINE-EARTH ...Created Date 2/2/2016 10:05:51 AM

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  • 生 き物間の

    「食 う一食われる」 としヽ う関係

    さまざまな生き物の間でみられる「食

    う―食われる」という捕食―被食関係は,

    生態系や個々の生き物の営みを理解する

    ために重要な知見である。しかしそれだ

    けではない.総体としてみれば,地球表

    層上におけるエネルギーの流れを知る

    ための重要な情報である.ほ とんどの生

    き物は究極的には太陽エネルギーに依

    存しているが (一部は化学エネルギーに

    依存している),そ の太陽エネルギーが

    生き物の世界をどのようなルートを通っ

    て流れているのかを知ることは,裏を返

    せば個々の生物種が地球環境にどのよ

    うにかかわっているのかを知ることでも

    ある.

    1 2独立栄養生物 植食者

    この星に暮 らす1000万種もの生き物

    がそれぞれ何を食べて暮らしているのか

    は,知 られているようで実はほとんど知

    られていない。特に深海となるとなかな

    かアクセスしにくいため,肉眼観察に

    よって明らかにすることも難しい.試料

    を採ってきて胃内容物の顕微鏡観察や遺

    伝子解析なども用いられているが,こ う

    いった方法は直前に食べた餌を強く反映

    し, ときには餌の餌もカウントしてしま

    うことから,試料によって結果が大きく

    ばらつく傾向にある。こんな問題に役立

    つ有用なツールとして,窒素や炭素など

    といった各種元素の安定同位体比が知ら

    れてきた。筋肉やコラーゲンなどを形づ

    くる元素の安定同位体比は,比較的長い

    期間の平均的な食性を反映するからであ

    イソギ ンチ ャク

    サ メガ レイ

    ズワイガニ

    エゾイソアイナ メ

    ヒレグロガ レイ

    キチジ

    ババ ガ レイ

    ニ ジカジカ

    スケ トウダラ

    ギス

    マダラ

    アカガ レイ

    シロメバル

    イ トヒキダラ

    イラコアナ」

    る.こ こでは,そんな方法論の改良版 と

    して最近になって確立された個別アミノ

    酸の窒素同位体比を用いる方法論を紹介

    しよう.

    安定同位体比 を用いた方法

    生物に含まれる窒素は,その多 くが

    タンパク質の構成単位である20種類の

    アミノ酸に由来する。窒素とは,普通 7

    個の陽子 と同数の中性子をもつ質量数

    14の 核種 (MN)であるが,天然中には

    わずか0.4%ほ どだが中性子が一つ多い

    質量数 15の 安定な核種 (bN)が含まれ

    ている.こ の6Nの存在比 (馬N/“N比 )

    のことを窒素同位体比とよんでいる.あ

    る特定の種に着目すると,生体中で合成

    される個々のアミノ酸は,試料を採取し

    た場所によって多少異なる窒素同位体比

    をもっているが,各アミノ酸の窒素同位

    体比の関係は驚くはど一定であることが

    経験的に知られてきた。さらに,誌面の

    都合上詳しい話は省略するが,ア ミノ酸

    が代謝される際に,捕食者の窒素同位体

    比は被食者のそれに比べ高くなる (5N

    が濃縮する).し かし例外的に,フ ェニ

    ルアラニンには15Nが ほとんど濃縮しな

    同位体が解き明かす

    「食う…食われるJの関係

    大 河 内 直 彦・ 力石 嘉 人

    [′ヽ

    ――

    ーI

    ]―

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    3 4動食者 1 動食者 2

    図 1

    …縦軸 は上へ行 くほど 15N/“ N比が高い .栄養段階の変化 に伴 うグル タミン酸 とフェニル

    アラニンの窒素同位体比の差の変化

    図 2 三陸沖で採取 された生 き物 (おもに底魚 )栄養段階

    38 2016年 1月 現 代 化 学

  • い。この特徴を利用すると,ある生き物

    がもつフェニルアラニンとそれ以外のほ

    とん どのア ミノ酸の窒素同位体比の差

    は,栄養段階の 1次関数 となる。図1に

    示 したのは,数あるアミノ酸のなかでも

    グルタミン酸と,フ ェニルアラニンの窒

    素同位体比の差を栄養段階の関数 として

    示 したものである.栄養段階が一つ上が

    るごとに,そ の差は 7.6‰ (パ ー ミル :

    標準物質の同位体比か らのずれを千分率

    として表したもの)ずつ大 きくなってい

    く。この方法を用いた栄養段階の推定誤

    差は,お よそ0.2程度である。ちなみに

    栄養段階とは,光合成をする生 き物を 1

    とし,それを食べる植食動物が2,さ ら

    にそれを食べる生 き物が 3と いったふう

    に定義される数値のことである。もちろ

    ん整数である必要はない。植物 と植食動

    物の両方を食べる雑食者の場合には,食べた餌の割合に応 じて20~ 3.0の 間の数

    値を示す .

    深海 生物 へ の応 用

    ア ミノ酸の窒素同位体比 とい う化学

    的な指標を用いて,深海に暮 らす生き物

    の栄養段階を調べてみた結果を示 したの

    が図2である。この図に示 した生 き物の

    多 くは一般に「底魚」 とよばれ,海面近

    くまで上がって くることはほとん どな

    く,真っ暗な海底でひっそ りと (?)暮

    らしている.したがって,餌どころかそ

    の詳しい生態はほとんど知られていない

    ものばかりだ.しかし底引き網に大量に

    かかるこれらの魚は,私 たち日本人に

    とって重要な食糧であり, タンパク源で

    ある.ス ケトウダラはカマボコの原料だ

    し,マ ダラを干したものが棒鱈である.

    脂がのったイラコアナゴは天ぶらや蒲焼

    にして食べるとおいしいし,キチジはと

    きにキンキともよばれ,1尾あたり何千

    円もの高値がつく高級魚である.同 じタ

    ラの仲間でも,種類によって違うことも

    わかる.た とえば,ス ケ トウダラ (栄養

    段階 :3.9)よ りもマダラ (栄養段階 :

    4.0)が ,ま たマダラよりもイトヒキダラ

    (栄 養段階 :41)が少々高い栄養段階を

    もっている.こ ういった底魚のなかで

    は,イ ラコアナゴの栄養段階が最も高

    く,そ の値は4.5に 達する。たとえば,

    そのイラコアナゴの栄養段階から1引 い

    た3.5がイラコアナゴの餌の平均的な栄

    養段階ということになる。そこにはちょ

    うどサメガレイが位置している (図 2).

    しかしだからといって,イ ラコアナゴが

    サメガレイばかりを食べているわけでは

    ないだろう 同じ栄養段階にある生き物はほかにもたくさんいるし,た とえば栄

    養段階3の ものと4の ものを半分ずつ食

    べていたとしても,そ の栄養段階は4.5

    となる.こ ういった化学指標を用いて

    も,深海に暮らす生き物がどんなものを

    食べているのかを一義的に明らかにする

    ことは容易ではない。 しかし,エ ネル

    ギーの流れを知るツールとして,栄養段

    階は必須の情報である。

    近年,水産資源の減少が顕著になるな

    かで,持続可能な水産業を目指す動きは

    加速している。私たちが口にするものだ

    けでなく,食糧にならない生き物もひっ

    くるめた海洋生態系の理解は,持続可能

    な水産業を確立するうえで基礎的な知見

    である.こ こで示したような栄養段階を

    推定するなどの知見を一つずつ重ねてい

    くことは,将来の水産業の礎になるだけ

    でなく,理学的な視点からも重要なこと

    である.同位体比という化学的な指標

    は,こ んなテーマにも大きく貢献してい

    るのである。

    参 考 文 献

    1.Yo Chikaraishiほ か , ιグ″%θ ′.

    Oιια%`召″Ma滋.,7,740(2009).

    2.力石嘉人はか,ラ ジオアイソ トープ,

    56,463(2007).

    3. B.Fry著 , “Stable lsotope Ecology",

    Springer(2006).

    4.大河内直彦 ほか,生物 と化学,50,430 (2012).

    5.和 田英太郎 ほか,経済学諭叢,65,309 (2014).

    … … … ″ ♂現代化学合本用ファイルをご利用 ください

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    宛て先は

    tal東京化学問人 曽彙部〒112・0011東京都東京区千石 3‐36‐7振 替 00130‐ 0‐84301

    品 物 は ご入 金 が あ り次 第 ,

    発 送 い た しま す .

    コ電子ヽ 化 弓浄 2016書 ヨ 月 39