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Fossils The Palaeontological Society of Japan 化石 102,1‒2,2017 − 1 − 東京の開発とともに歩んだ化石――東京産のトウキョウホタテ―― 守屋和佳 早稲田大学教育・総合科学学術院理学科地球科学専修 Fossil specimens in conjunction with development of city Tokyo — Mizuhopecten tokyoensis occurred in Tokyo — Kazuyoshi Moriya Department of Earth Sciences, Faculty of Education and Integrated Arts and Sciences, Waseda University, 1-6-1 Nishiwaseda, Shinjuku- ku, Tokyo 169-8050, Japan ([email protected]) Mizuhopecten tokyoensis(Tokunaga, 1906)は,日本地 質学会により「東京都の化石」に認定された化石であり, 明治以降の東京の都市開発の際に東京都心から多産した 化石である.原記載の命名者であり,第 2 代日本古生物 学会会長であった徳永重康は,1902 年に東京大学で博士 の学位を取得後,1910 年の早稲田大学理工科採鉱学科の 開設とともに教授として着任した.徳永は,その後任の 教授となった教え子,直良信夫とともに,M. tokyoensis や脊椎動物化石などを研究した.それらの標本の一部が, 「直良信夫コレクション」として今でも早稲田大学に保管 されている(図1).保存は決して良好とはいえないが, 徳永重康が実際に取り扱っていた貴重な標本である(図 2, 3).また,東京は急速に開発が進んだことから,都心 地下の地質層序や年代の研究が遅れていることもあり, これらの標本や他の博物館等に所蔵されている標本が今 後の研究に貢献することにもなるであろう. 謝辞 本論を纏めるにあたり,産業技術総合研究所の中島  礼博士,日本大学の矢島道子博士,文部科学省の川辺文 久博士,九州大学の前田晴良博士や早稲田大学の平山  廉博士,西岡佑一郎博士には貴重なご助言を賜った.記 して感謝する. 文献 Tokunaga, S., 1906. Fossils from the environs of Tōkyō. Journal of the College of Science, Imperial University of Tokyo, Japan, 21, 1‒96. 徳永重康,1933.東京にて發掘した象化石,地學雑誌, 45,419‒428. (2017 年 6 月 6 日受付,2017 年 6 月 24 日受理) 図 1.軟体動物化石に関する直良信夫コレクションが納められたキャビネット.直良信夫コレクションは,時代は古生代から第四紀まで,産 地も択捉島,台湾,満州など多様な地域を含み,分類群も植物,原生生物,軟体動物,腕足動物,節足動物,脊椎動物など多様で,総点数 923 点の化石標本からなる.

東京の開発とともに歩んだ化石――東京産のトウ … Moriya Department of Earth Sciences, Faculty of Education and Integrated Arts and Sciences, Waseda University,

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FossilsThe Palaeontological Society of Japan化石 102,1‒2,2017

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東京の開発とともに歩んだ化石――東京産のトウキョウホタテ――守屋和佳

早稲田大学教育・総合科学学術院理学科地球科学専修

Fossil specimens in conjunction with development of city Tokyo —Mizuhopecten tokyoensis occurred in Tokyo—Kazuyoshi Moriya

Department of Earth Sciences, Faculty of Education and Integrated Arts and Sciences, Waseda University, 1-6-1 Nishiwaseda, Shinjuku-ku, Tokyo 169-8050, Japan ([email protected])

Mizuhopecten tokyoensis(Tokunaga, 1906)は,日本地質学会により「東京都の化石」に認定された化石であり,明治以降の東京の都市開発の際に東京都心から多産した化石である.原記載の命名者であり,第2代日本古生物学会会長であった徳永重康は,1902年に東京大学で博士の学位を取得後,1910年の早稲田大学理工科採鉱学科の開設とともに教授として着任した.徳永は,その後任の教授となった教え子,直良信夫とともに,M. tokyoensisや脊椎動物化石などを研究した.それらの標本の一部が,

「直良信夫コレクション」として今でも早稲田大学に保管されている(図1).保存は決して良好とはいえないが,徳永重康が実際に取り扱っていた貴重な標本である(図2, 3).また,東京は急速に開発が進んだことから,都心地下の地質層序や年代の研究が遅れていることもあり,これらの標本や他の博物館等に所蔵されている標本が今後の研究に貢献することにもなるであろう.

謝辞

本論を纏めるにあたり,産業技術総合研究所の中島 礼博士,日本大学の矢島道子博士,文部科学省の川辺文久博士,九州大学の前田晴良博士や早稲田大学の平山 廉博士,西岡佑一郎博士には貴重なご助言を賜った.記して感謝する.

文献Tokunaga, S., 1906. Fossils from the environs of Tōkyō. Journal of

the College of Science, Imperial University of Tokyo, Japan, 21, 1‒96.

徳永重康,1933.東京にて發掘した象化石,地學雑誌,45,419‒428.

(2017年6月6日受付,2017年6月24日受理)

図1.軟体動物化石に関する直良信夫コレクションが納められたキャビネット.直良信夫コレクションは,時代は古生代から第四紀まで,産地も択捉島,台湾,満州など多様な地域を含み,分類群も植物,原生生物,軟体動物,腕足動物,節足動物,脊椎動物など多様で,総点数923点の化石標本からなる.

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化石102号 守屋和佳

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図3.「早稲田大学政経学部校舎(旧3号館)工事場・第四紀洪積世下部(東京層)」のラベルのあるMizuhopecten tokyoensis.残念ながら,徳永や直良が研究した標本,特に脊椎動物標本の多くは1945年5月25日の大空襲によって焼失したが,その一部(おそらく焼け残ったものであろう)は現在まで受け継がれ,保管されている.標本が暗灰色に変色している.

図2.徳永(1933)により報告された,日本銀行第二期基礎工事の際に産出したMizuhopecten tokyoensis(トウキョウホタテ).この他にも,ナウマンゾウなどの脊椎動物化石の産出も報告されている.徳永(1933)には,“多産した”と記されているが,早稲田大学に現存する同所産個体は図示したもののみである.一部の標本は暗灰色に変色している.