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聴く だけで 痛み 藤本先

藤本先生の 聴くだけで 痛みが · The Nutcracker, Suite, op.71a -3. Valse des fleurs (Tempo di Valse) ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団 指揮:ジェイムズ・レヴァイン

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聴くだけで痛みが

藤本先生の

カミーユ・サン=サーンスCamille Saint-Saëns (1835-1921)

1. 組曲《動物の謝肉祭》から 白鳥 [3:11]

Le carnival des animaux -No.13 Le Cygneミッシャ・マイスキー(チェロ)、マルタ・アルゲリッチ&ネルソン・フレイレ(ピアノ)Mischa Maisky, violoncello Martha Argerich & Nelson Freire, pianos録音:1985年4月 ミュンヘン X1988 Decca Music Group Limited

 

ジャック・オッフェンバックJacques Offenbach (1819-1880)

2. 歌劇《ホフマン物語》から ホフマンの舟歌 [4:34]

Les contes d’Hoffmann -Barcarolleエーテボリ交響楽団 指揮:ネーメ・ヤルヴィGothenburg Symphony Orchestra Conducted by Neeme Järvi録音:1989年9月 エーテボリ X1990 Deutsche Grammophon GmbH, Berlin

 

グスタフ・マーラーGustav Mahler (1860-1911)

3. 交響曲 第5番 嬰ハ短調 第4楽章:アダージェット [11:56]

Symphony No.5 in C sharp minor -4. Adagietto (Sehr langsam)ボストン交響楽団 指揮:小澤征爾Boston Symphony Orchestra Conducted by Seiji Ozawa録音:1989年9月 ベルリン X1991 Decca Music Group Limited

 

ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェンLudwig van Beethoven (1770-1827)

4. ピアノ・ソナタ 第8番 ハ短調 作品13 《悲愴》第2楽章 [5:21]

Piano Sonata No.8 in C minor, op.13 “Pathétique” -2. Adagio cantabileダニエル・バレンボイム(ピアノ)Daniel Barenboim, piano録音:1983年12月 パリ X1984 Deutsche Grammophon GmbH, Berlin

ピョートル・チャイコフスキーPeter Tchaikovsky (1840-1893)

5. 組曲《くるみ割り人形》作品71aから 花のワルツ [6:23]

The Nutcracker, Suite, op.71a -3. Valse des fleurs (Tempo di Valse)ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団 指揮:ジェイムズ・レヴァイン Wiener Philharmoniker Conducted by James Levine録音:1992年11月 ウィーン X1994 Deutsche Grammophon GmbH, Berlin

 

ピョートル・チャイコフスキーPeter Tchaikovsky

6. 弦楽セレナード ハ長調 作品49 第2楽章:ワルツ [3:45]

Serenade for Strings in C major, op.49 -2. Waltzサンクトペテルブルク・フィルハーモニー交響楽団  St Petersburg Philharmonic Orchestra

指揮:ヴラディーミル・アシュケナージConducted by Vladimir Ashkenazy録音:1996年11月 サンクトペテルブルク X1997 Decca Music Group Limited

セルゲイ・ラフマニノフSergei Rachmaninov (1873-1943)

7. パガニーニの主題による狂詩曲 作品43から 第18変奏 [2:45]

Rhapsody on a Theme of Paganini, op.43 –Variation XVIII. Andante cantabileラン・ラン(ピアノ)、マリインスキー劇場管弦楽団 指揮:ワレリー・ゲルギエフ Lang Lang, piano Orchestra of the Mariinsky Theatre Conducted by Valery Gergiev録音:2004年7月 ミッケリ〈ライヴ〉 X2005 Deutsche Grammophon GmbH, Berlin

ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトWolfgang Amadeus Mozart (1756-1791)

8. クラリネット五重奏曲 イ長調 K.581 第1楽章 [9:14]

Quintet for Clarinet, 2 Violins, Viola and Violoncello in A major, K.581 -1. Allegroペーター・シュミードル(クラリネット)Peter Schmidl, clarinet

ウィーン八重奏団員  Members of Neue Wiener Oktett

エーリヒ・ビンダー(第1ヴァイオリン)、マリオ・バイヤー(第2ヴァイオリン) Erich Binder, 1st violin ・ Mario Beyer, 2nd violin

ヨーゼフ・シュタール(ヴィオラ)、フリードリヒ・ドレツァル(チェロ) Josef Staar, viola ・ Friedrich Dolezal, violoncello録音:1978年11月 ウィーン X1980 Decca Music Group Limited

 

フェリックス・メンデルスゾーンFelix Mendelssohn (1809-1847)

9. 劇音楽《真夏の夜の夢》序曲 作品21 [11:50]

A Midsummer Night’s Dream Overture, op.21ボストン交響楽団 指揮:小澤征爾Boston Symphony Orchestra Conducted by Seiji Ozawa録音:1992年10月 ボストン X1994 Deutsche Grammophon GmbH, Berlin

 

グスターヴ・ホルストGustav Holst (1874-1934)

10. 組曲《惑星》作品32 第4曲:木星―快楽をもたらすもの [7:35]

The Planets, op.32シカゴ交響楽団 指揮:ジェイムズ・レヴァインChicago Symphony Orchestra Conducted by James Levine録音:1989年6月 シカゴ X1990 Deutsche Grammophon GmbH, Berlin

 

2014年1月の段階でパブリッシュされた英文医学論文のうち、痛みと音楽についての論文は554本もあります。音楽が持つ脳に対する驚くべき影響力はすでに各地で報告されていますが、それを病気の治療や痛みの緩和に活かせないかと日々応用を試みる医師及び医療機関も、様々な国と地域にそれだけ存在するということでしょう。

僕もそんな医師のひとりです。

音楽の中でもとりわけクラシック音楽に心惹かれ、歴史の大きなうねりの中にあっても廃れることなく確実に今日まで生き残り、今も変わらず奏でられているこれら壮大な作品たちの不思議な力に魅了されてきました。そして、バッハやモーツァルト、ベートーヴェン、ショパン、ワーグナー、チャイコフスキーなどの音楽が人種を超え、国を超え、時代を超え、今尚変わらず愛されるのは何故なのか。何か医学的根拠がある故なのか。常に考えてきたように思います。

***

医学部卒業後研修医を終えたのち、痛みと自律神経の関連に僕はテーマを絞り、初めての研究をスタートしました。その成果は1999年に「Journal of the Autonomic Nervous System(自律神経誌)」という国際誌に英文論文でまとめましたが、これらの研究過程で神経系理論に音楽が及ぼす驚異的な効果を医学的に知る機会がありました。音楽を効率よく選択し、それを聴き、没頭する時間を持つことによって、自律神経が整い、ホルモンが活性化される理論を学んだのです。

これはどういうことでしょう? 

その後様々なターニングポイントを経て現在はアンチエイジングをテーマとした医療に携わっていますが、病気を治癒すること、若さと健やかさを保つこと、いずれにも自律神経とホルモンは深く関わっています。つまり、とても身近にある音楽と日々上手に付き合うことで、音楽は実に様々なプレゼントを我々に施し、それにより病気の予防になるどころか、若さや健やかさを保つことすら可能になるということなのです。特に、クラシック音楽が内包する人体に働きかける効能効果、その可能性には特筆すべきものがあり、ナチュラル・メディスンとして医師他健康に携わる関係者が注目するのもよく理解できます。

***

神が創った人間という生物は、実に絶妙なバランスでもって成り立っています。

四肢をはじめとする左右対称な機能を追求された、筋肉と骨より構成される肉体。まるで精巧な三次元パズルのように巧妙に嵌め込まれた臓器。血液、リンパ液の見事な循環。そして、自律神経、ホルモンといった人間の生命を司る神経系統。時に様々な事由により、生まれる前から、あるいは生きていく過程の中で、人がいくつかの機能の自由を失うことは起こりえますが、失ったものを補填する存在が必ず肉体に、または肉体を取り巻く環境に現れ、新たなバランスを保つことを目指しながら人間は生きていく権利を与えられます。こうしたことを、とりわけ僕のような医師は、直面し考えさせられる機会に度々恵まれます。また、このバランスをいかに保たせるかが、どの科のどの医師にとっても治療の上で非常に重要なテーマとなります。

***

目に見てわかりやすいバランスの崩れを、薬の処方や時にメスの力を借りて整えることに医師はある意味長けている存在ですが、現代の世の中では「わかりづらいバランスの崩れ」が発生するようになりました。はっきりとした病名のつかない、けれど本人にとっては非常にすっきりとしない、日々の生活を煩わされる「病気ではない疾患」が増えているのです。例えば、よく眠れない、最近頭痛がするようになった、腰痛・肩凝り・背中の張り・膝や関節の痛みといった慢性痛を抱えている、なんとなく憂鬱でやる気が出ない、イライラする時間が増えて人間関係がうまくいかない……e.t.c.。病院に存在する各科の門を叩き、あらゆる検査を受けてもなかなか解決されず、出口の見えない不調に苛まれる……これが正に現代病であり、病気ではないけれど健康とも言えない、不幸ではないけれど幸せかと聞かれると即答できない、こうした人が増えているように思います。

今回の「聴くだけでスッキリ」シリーズでは、こうした現代病と言われる不調に対し、クラシック音楽というツールでもってアプローチしていきます。曲は18世紀の後半から20世紀の前半にかけて生まれた名曲から厳選しました。この時代に生まれたクラシック音楽は、規則性と厳格なルールをもって作曲構成されており、聴く人の心を奪う伏線が巧み

に盛り込まれています。ご存じのようにクラシック音楽は数多くの楽器から編成されるオーケストラによって演奏されることが多く、それらには幅広い周波数の音が含まれ、旋律も複雑かつ豊かです。長大な曲の流れの中に様々な起伏があり、美しい旋律の宝庫であると同時に、感動を生む仕組みが完成されています。また、音楽は同じ曲でも指揮者や演奏家の解釈の違いにより与える印象は大きく変わりますが、本CDでは現在手に入れることのできる最高の指揮者と演奏家による音源で演奏を楽しむことが出来るようになっていますので、感動もより深まることでしょう。感動することで脳内のドーパミンによって司られる報酬系が刺激され、ホルモンを活性化させたり、自律神経のバランスを調整したり、痛みを抑さえたりする神経回路が頑丈に太くなります。

脳を刺激し、様々なホルモンを活性化させ、自律神経を安定させる。これがこのCDの目的です。聴きこみ集中し、没頭するほどにそれらは達成され、ホルモン分泌がうまくいき自律神経のバランスが取れることで、副次的に日々抱える痛みが緩和されたり、心を覆う黒い雲が一掃されたり、睡眠の質が改善されたりします。痛みが緩和され、心が晴れ、よく眠れるようになることで、毎日は驚くほど過ごしやすくなり、余裕が生まれ、自分にも人にも優しくなれます。

そもそも人間のからだには、神の創った “五感”というオーケストラが元々備わっています。ひとりひとりの人間は、その人だけの楽団をもっているのです。ヴァイオリンだけでは淋しい曲もピアノやフルートの音色に彩られることで重厚感とストーリー性を増すように、聴覚だけを使って物事を理解するよりは視覚や触覚、嗅覚も総動員することで、人の心と脳は確実に満たされます。五感というオーケストラにとって鼓動はリズムであり、ホルモンはメロディであり、自律神経はハーモニーのようなものです。そして脳がそのすべての指揮を執ることになります。痛みや不調とはこの体内のリズム、メロディ、ハーモニーが崩れ、大舞台で交響曲を奏でられない状態と言えます。誰もにその人だけの最高の交響曲を奏でられる能力が備わっています。その人だけの美しい曲を作曲できるポテンシャルを誰もが持っているのです。処方箋を書き、投薬や治療にあたること以外で医師にできることのひとつに、その曲を楽譜に落とし込み、本番前の練習にとことん付き合うことがあるのかもしれませんね。

人生と言うその人だけの交響曲を、できるだけ不協和音なく最後まで奏でられるように。

***

すこし専門的な話を加えますと、音楽が及ぼす人体への刺激を考えるとき、キーワードとなる言葉が4つあります。それは①新脳 ②旧脳 ③交感神経 ④副交感神経 です。まず、①新脳 ②旧脳 について簡単にご説明しましょう。

人間の脳は様々なパーツによって成り立っていますが、これらは主に「新脳」と「旧脳」に分類されます。「新脳」は大脳新皮質と呼ばれ、思考力や言語能力など、人間的活動を支える中枢です。「旧脳」は、情動(感情の動き)を司る大脳辺縁系と、性欲や食欲などを司る視床下部、循環・呼吸・消化など自律的機能をもつ脳幹によって構成されています。人間の場合「旧脳」によって引き起こされる食欲、性欲、睡眠欲などの基本的な情動は、社会生活をおくるために、理論脳である「新脳」によって常に抑制されている状態にあります。新脳と旧脳が動きを阻害されることなくうまく機能している状態――これはどの年齢の人間にとっても理想とされる状態であり、この状態を目指すことによってホルモンは活性化され、人は生き生きと多幸感をもって前向きに暮らしていくことが出来ます。音楽には、この新脳にも旧脳にも刺激を送り、脳に刻み込まれたその人特有の記憶を塗り替えることが出来るほどのパワフルな体験を授ける力が備わっています。

次に、③交感神経 ④副交感神経 について考えてみましょう。「闘争と逃走(Fight and Flight)」の神経と呼ばれ、その名の通り争い事や恐怖に立ち向かうようなとき、体が激しい活動を行っているときに活性化する――それが交感神経です。「闘争の交感神経」に対し、副交感神経は「平和と消化(Rest and Digest)」の神経と呼ばれています。交感神経と副交感神経はシーソーややじろべえのように存在します。どちらか一方が優位に立った後は、他方がその後優位に立つというバランスを保つことが非常に重要で、それによって人の臓器も神経も、血液の流れや心の流れまでも、緊張と弛緩を繰り返します。

この4つのキーワードを踏まえた上で、覚えておきたい神経伝達物質がこちらも4つあります。それは①新脳に効果があるβ-エンドルフィンおよびドーパミンが関わる脳内報酬系 ②旧脳に効果があり、精神を安定させるセロトニン系 ③交感神経を優位にするノルアドレナリン系 ④副交感神経を介するアセチルコリン系 です。

①β-エンドルフィン・ドーパミン痛みの治療に使われる薬として「モルヒネ」という言葉をお聞きになったことのある方は多いかと思います。実は脳内で生産されるβ-エンドルフィンにはモルヒネとよく似た作用があり、かつモルヒネを6倍も上回る鎮痛作用があります。また、快楽や多幸感も同時にもたらすため、通称「脳内麻薬」と言われます。さらに、エンドルフィンは「快」の感覚を与えるホルモンであるドーパミンの作用を延長させる働きもあります。ドーパミンは欲求が満たされたとき、あるいは満たされることがわかったときに活性化します。

②セロトニンセロトニンには、ドーパミン(快楽、喜び)やノルアドレナリン(恐れ、驚き)といったホルモンの情報バランスを整えて、精神を安定させる効果があります。セロトニンが大量に放出されると、痛みの感じ方が弱くなり、過敏になった神経が静まります。イライラした気持ちは収まり、穏やかになります。

③ノルアドレナリンノルアドレナリンが大量に放出されると、交感神経は活性化され、一時的に優位になります。これは身体が「緊張モード」になることを意味します。血管は収縮し、痛みを感じる組織に回る血流が抑えられます。弛緩し、やる気の出ない状態は改善され、前向きな気持ちが生まれま

す。

④アセチルコリン学習や記憶、睡眠、目覚めなどに深く関わる物質で、副交感神経の末端から放出されます。心臓の動きを緩やかにし、血管を広げることで血圧を下げ、腸の運動を活発にします。アセチルコリンの活性化により、身体は「リラックスモード」に変化し、焦燥や不安から解放され、睡眠の質も向上します。

***

今回の「聴いてスッキリ」シリーズでは、上記4つの神経伝達物質に注目し、それぞれを用途・悩み毎に効果的に活性化する音楽を選び、配列にもこだわりました。

***

痛みは、人間にとって最大のストレスのひとつです。身体に痛みを感じる、心に痛みを感じるという状態は、誰にとっても不快であり、辛く、苦しく、怖く、不安です。そして痛みはなにより孤独です。痛みの大きさを公式に測るスケールは医療の領域にもまだありません。家族といえども、その人が感じている痛みを正確に理解することはできないのです。人間は生きていれば多かれ少なかれ痛みを抱えながら生きていく生き物ですが、孤独にはとても弱い生き物でもあります。この痛みを――こんな痛みに耐えている自分を――誰にもわかってもらえない――そこが痛みの一番耐え難い部分かもしれません。

痛みとは感覚であり、情動経験であり、そして記憶でもあります。クラシック音楽が与える聴覚の刺激は、脳神経の一つである聴神経を介して大脳辺縁系といわれる脳の古い部分に大きな影響を与えます。日常の中で触れる音には様々なものがありますが、脳に心地よい音をリズムやハーモニーにしてつなぎ合わせ、旋律(メロディ)となったひとつの音楽として「音を楽しむ」と、脳内の複雑な神経ネットワークにある刺激が与えられます。この刺激が、時に痛みの刺激を上回って、結果痛みの刺激をマスクしてしまう=痛みを感じにくくさせてしまうという特性に今回は注目して、曲を選んでみました。

ただし、痛みは身体からのSOSであることを常に忘れないでください。

その痛みは身体にいつしか生まれ育った深刻な病気である可能性があります。特定の部位に痛みを感じている方はまず医療機関で専門家の診断を仰ぐこと、治療の上で必要な指示に従うことが肝要です。その上で痛みが慢性化してしまった場合、なかなか解消されない場合に、音楽の力を借りることは有効です。目を閉じ、身体をできるだけ緩め、リラックスし、意識を音楽に集中させることのできる環境をまず作ってみてください。

***

今回の選曲は主に穏やかで優しい旋律が特徴で、且つ華やかで甘美なものを中心に行いました。医師による治療にも限界のある慢性痛で昨今非常に多く見られる緊張性頭痛や片頭痛、過敏性腸症候群、生理痛、腰痛、肩凝り、背中の痛み、関節痛・・・といった症状は、それぞれに原因や状態は異なるものの、痛みの到来によって肉体は非常に大きな緊張と負担を強いられ、リラックスや「快」の感覚から遠く離れた場所にいます。痛みが続く間、イメージとしては身体が氷の国に閉ざされているような状況であるといえるでしょう。この氷をまずは温め、溶かし、緩やかに流していけるような音楽を選んでみました。それによりエンドルフィンやセロトニン、アセチルコリンといったホルモンが徐々に活性化される仕組みです。それらが整い安定したころに、今度は必要な時に応じてアドレナリンも放出しやすくなるよう組み立てています。最後まで集中してお聴きいただくと、自律神経の安定に確実に繋がります。

第1曲目、サン=サーンスの組曲《動物の謝肉祭》から白鳥。この曲の「アンダンティーノ」という心拍数よりも少しだけ遅いテンポに身体と心を委ねることで、心拍の安定を図れます。さらにピアノの奏でる安定感のある伴奏が、心房、心室から構成される心拍に近い拍子を持っていて、この世に生まれ出でる前お腹の中でお母さんの鼓動を聴いていた時のような、心を安定させる効果があります。この曲は様々な楽器に編曲されて親しまれていますが、もともとチェロと2台のピアノのために作られています。チェロは人間の声をすべて表すことができる音域をもつ唯一の弦楽器です。チェロが奏でる美しい旋律は、口ずさみやすいですよね。高く美しい音、さらに低い音から高音に向かう旋律も脳内報酬系にかかわるドーパミンを放出させます。第2曲目、ホフマンの舟歌も、心拍に近い安定感のある伴奏+快いメロディという曲目です。第3曲目のマーラーの交響曲第5番アダージェットは、大変美しい

旋律で知られています。クラシック音楽を楽しむコツは、旋律を記憶することです。長い旋律を一度記憶すること、まずは目をつぶって旋律に集中し、曲の流れを覚えていただければと思います。第4曲目ベートーヴェンのピアノ・ソナタ《悲愴》の第2楽章、第5曲目の花のワルツ。この2曲は、優しい旋律が副交感神経を亢進させ、心拍を落ち着かせます。心穏やかになってゆくのが分かると思います。続くチャイコフスキー、ラフマニノフの甘美な曲に癒された後は、モーツァルト、メンデルスゾーンの名曲で再び少しずつノルアドレナリン放出に働きかけていきます。最後のホルストでノルアドレナリンに確実にエンジンをかけ、自律神経を整えていきます。

一周お聴きいただいた後は、時間が許せばもう一回最初から最後までお聴きいただくことをお勧めします。聴けば聴くほどに曲とその構成への理解が深まり、それを受け取る神経回路はどんどん太く堅固になります。神経回路が頑丈になれば、快の感覚への誘導もスムーズになります。海外の論文によれば、過去に聴いたことがあり旋律を覚えている曲であれば、最も盛り上がるサビの部分の直前に、大量のドーパミンが放出されるとの報告があります。また、繰り返し一連の流れを聴くことによって交感神経と副交感神経のバランスは整い、身体の中のシーソーが良いリズムでバランスをとれるようになります。

痛みは時間との戦いです。いつ始まっていつ終わるのか。時と言う概念がなければ、痛みは存在することもありません。それは音楽も一緒です。時がなければ音楽は存在することもできません。身体のどこかが痛む時、人はそこに神経をつい集中してしまいます。痛みを自力で忘れることは難しいことです。何かの力が必要です。しかしながら、先に書いたように痛みを他者と共有することは叶いません。代わりに、痛む時間を音楽と共有し、音楽の力で痛みから意識を切り離し、痛みを忘れる時間を作る。本CDではそれが叶うことと思います。

            ©2015 藤本幸弘

2014年1月の段階でパブリッシュされた英文医学論文のうち、痛みと音楽についての論文は554本もあります。音楽が持つ脳に対する驚くべき影響力はすでに各地で報告されていますが、それを病気の治療や痛みの緩和に活かせないかと日々応用を試みる医師及び医療機関も、様々な国と地域にそれだけ存在するということでしょう。

僕もそんな医師のひとりです。

音楽の中でもとりわけクラシック音楽に心惹かれ、歴史の大きなうねりの中にあっても廃れることなく確実に今日まで生き残り、今も変わらず奏でられているこれら壮大な作品たちの不思議な力に魅了されてきました。そして、バッハやモーツァルト、ベートーヴェン、ショパン、ワーグナー、チャイコフスキーなどの音楽が人種を超え、国を超え、時代を超え、今尚変わらず愛されるのは何故なのか。何か医学的根拠がある故なのか。常に考えてきたように思います。

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医学部卒業後研修医を終えたのち、痛みと自律神経の関連に僕はテーマを絞り、初めての研究をスタートしました。その成果は1999年に「Journal of the Autonomic Nervous System(自律神経誌)」という国際誌に英文論文でまとめましたが、これらの研究過程で神経系理論に音楽が及ぼす驚異的な効果を医学的に知る機会がありました。音楽を効率よく選択し、それを聴き、没頭する時間を持つことによって、自律神経が整い、ホルモンが活性化される理論を学んだのです。

これはどういうことでしょう? 

その後様々なターニングポイントを経て現在はアンチエイジングをテーマとした医療に携わっていますが、病気を治癒すること、若さと健やかさを保つこと、いずれにも自律神経とホルモンは深く関わっています。つまり、とても身近にある音楽と日々上手に付き合うことで、音楽は実に様々なプレゼントを我々に施し、それにより病気の予防になるどころか、若さや健やかさを保つことすら可能になるということなのです。特に、クラシック音楽が内包する人体に働きかける効能効果、その可能性には特筆すべきものがあり、ナチュラル・メディスンとして医師他健康に携わる関係者が注目するのもよく理解できます。

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神が創った人間という生物は、実に絶妙なバランスでもって成り立っています。

四肢をはじめとする左右対称な機能を追求された、筋肉と骨より構成される肉体。まるで精巧な三次元パズルのように巧妙に嵌め込まれた臓器。血液、リンパ液の見事な循環。そして、自律神経、ホルモンといった人間の生命を司る神経系統。時に様々な事由により、生まれる前から、あるいは生きていく過程の中で、人がいくつかの機能の自由を失うことは起こりえますが、失ったものを補填する存在が必ず肉体に、または肉体を取り巻く環境に現れ、新たなバランスを保つことを目指しながら人間は生きていく権利を与えられます。こうしたことを、とりわけ僕のような医師は、直面し考えさせられる機会に度々恵まれます。また、このバランスをいかに保たせるかが、どの科のどの医師にとっても治療の上で非常に重要なテーマとなります。

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目に見てわかりやすいバランスの崩れを、薬の処方や時にメスの力を借りて整えることに医師はある意味長けている存在ですが、現代の世の中では「わかりづらいバランスの崩れ」が発生するようになりました。はっきりとした病名のつかない、けれど本人にとっては非常にすっきりとしない、日々の生活を煩わされる「病気ではない疾患」が増えているのです。例えば、よく眠れない、最近頭痛がするようになった、腰痛・肩凝り・背中の張り・膝や関節の痛みといった慢性痛を抱えている、なんとなく憂鬱でやる気が出ない、イライラする時間が増えて人間関係がうまくいかない……e.t.c.。病院に存在する各科の門を叩き、あらゆる検査を受けてもなかなか解決されず、出口の見えない不調に苛まれる……これが正に現代病であり、病気ではないけれど健康とも言えない、不幸ではないけれど幸せかと聞かれると即答できない、こうした人が増えているように思います。

今回の「聴くだけでスッキリ」シリーズでは、こうした現代病と言われる不調に対し、クラシック音楽というツールでもってアプローチしていきます。曲は18世紀の後半から20世紀の前半にかけて生まれた名曲から厳選しました。この時代に生まれたクラシック音楽は、規則性と厳格なルールをもって作曲構成されており、聴く人の心を奪う伏線が巧み

に盛り込まれています。ご存じのようにクラシック音楽は数多くの楽器から編成されるオーケストラによって演奏されることが多く、それらには幅広い周波数の音が含まれ、旋律も複雑かつ豊かです。長大な曲の流れの中に様々な起伏があり、美しい旋律の宝庫であると同時に、感動を生む仕組みが完成されています。また、音楽は同じ曲でも指揮者や演奏家の解釈の違いにより与える印象は大きく変わりますが、本CDでは現在手に入れることのできる最高の指揮者と演奏家による音源で演奏を楽しむことが出来るようになっていますので、感動もより深まることでしょう。感動することで脳内のドーパミンによって司られる報酬系が刺激され、ホルモンを活性化させたり、自律神経のバランスを調整したり、痛みを抑さえたりする神経回路が頑丈に太くなります。

脳を刺激し、様々なホルモンを活性化させ、自律神経を安定させる。これがこのCDの目的です。聴きこみ集中し、没頭するほどにそれらは達成され、ホルモン分泌がうまくいき自律神経のバランスが取れることで、副次的に日々抱える痛みが緩和されたり、心を覆う黒い雲が一掃されたり、睡眠の質が改善されたりします。痛みが緩和され、心が晴れ、よく眠れるようになることで、毎日は驚くほど過ごしやすくなり、余裕が生まれ、自分にも人にも優しくなれます。

そもそも人間のからだには、神の創った “五感”というオーケストラが元々備わっています。ひとりひとりの人間は、その人だけの楽団をもっているのです。ヴァイオリンだけでは淋しい曲もピアノやフルートの音色に彩られることで重厚感とストーリー性を増すように、聴覚だけを使って物事を理解するよりは視覚や触覚、嗅覚も総動員することで、人の心と脳は確実に満たされます。五感というオーケストラにとって鼓動はリズムであり、ホルモンはメロディであり、自律神経はハーモニーのようなものです。そして脳がそのすべての指揮を執ることになります。痛みや不調とはこの体内のリズム、メロディ、ハーモニーが崩れ、大舞台で交響曲を奏でられない状態と言えます。誰もにその人だけの最高の交響曲を奏でられる能力が備わっています。その人だけの美しい曲を作曲できるポテンシャルを誰もが持っているのです。処方箋を書き、投薬や治療にあたること以外で医師にできることのひとつに、その曲を楽譜に落とし込み、本番前の練習にとことん付き合うことがあるのかもしれませんね。

人生と言うその人だけの交響曲を、できるだけ不協和音なく最後まで奏でられるように。

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すこし専門的な話を加えますと、音楽が及ぼす人体への刺激を考えるとき、キーワードとなる言葉が4つあります。それは①新脳 ②旧脳 ③交感神経 ④副交感神経 です。まず、①新脳 ②旧脳 について簡単にご説明しましょう。

人間の脳は様々なパーツによって成り立っていますが、これらは主に「新脳」と「旧脳」に分類されます。「新脳」は大脳新皮質と呼ばれ、思考力や言語能力など、人間的活動を支える中枢です。「旧脳」は、情動(感情の動き)を司る大脳辺縁系と、性欲や食欲などを司る視床下部、循環・呼吸・消化など自律的機能をもつ脳幹によって構成されています。人間の場合「旧脳」によって引き起こされる食欲、性欲、睡眠欲などの基本的な情動は、社会生活をおくるために、理論脳である「新脳」によって常に抑制されている状態にあります。新脳と旧脳が動きを阻害されることなくうまく機能している状態――これはどの年齢の人間にとっても理想とされる状態であり、この状態を目指すことによってホルモンは活性化され、人は生き生きと多幸感をもって前向きに暮らしていくことが出来ます。音楽には、この新脳にも旧脳にも刺激を送り、脳に刻み込まれたその人特有の記憶を塗り替えることが出来るほどのパワフルな体験を授ける力が備わっています。

次に、③交感神経 ④副交感神経 について考えてみましょう。「闘争と逃走(Fight and Flight)」の神経と呼ばれ、その名の通り争い事や恐怖に立ち向かうようなとき、体が激しい活動を行っているときに活性化する――それが交感神経です。「闘争の交感神経」に対し、副交感神経は「平和と消化(Rest and Digest)」の神経と呼ばれています。交感神経と副交感神経はシーソーややじろべえのように存在します。どちらか一方が優位に立った後は、他方がその後優位に立つというバランスを保つことが非常に重要で、それによって人の臓器も神経も、血液の流れや心の流れまでも、緊張と弛緩を繰り返します。

この4つのキーワードを踏まえた上で、覚えておきたい神経伝達物質がこちらも4つあります。それは①新脳に効果があるβ-エンドルフィンおよびドーパミンが関わる脳内報酬系 ②旧脳に効果があり、精神を安定させるセロトニン系 ③交感神経を優位にするノルアドレナリン系 ④副交感神経を介するアセチルコリン系 です。

①β-エンドルフィン・ドーパミン痛みの治療に使われる薬として「モルヒネ」という言葉をお聞きになったことのある方は多いかと思います。実は脳内で生産されるβ-エンドルフィンにはモルヒネとよく似た作用があり、かつモルヒネを6倍も上回る鎮痛作用があります。また、快楽や多幸感も同時にもたらすため、通称「脳内麻薬」と言われます。さらに、エンドルフィンは「快」の感覚を与えるホルモンであるドーパミンの作用を延長させる働きもあります。ドーパミンは欲求が満たされたとき、あるいは満たされることがわかったときに活性化します。

②セロトニンセロトニンには、ドーパミン(快楽、喜び)やノルアドレナリン(恐れ、驚き)といったホルモンの情報バランスを整えて、精神を安定させる効果があります。セロトニンが大量に放出されると、痛みの感じ方が弱くなり、過敏になった神経が静まります。イライラした気持ちは収まり、穏やかになります。

③ノルアドレナリンノルアドレナリンが大量に放出されると、交感神経は活性化され、一時的に優位になります。これは身体が「緊張モード」になることを意味します。血管は収縮し、痛みを感じる組織に回る血流が抑えられます。弛緩し、やる気の出ない状態は改善され、前向きな気持ちが生まれま

す。

④アセチルコリン学習や記憶、睡眠、目覚めなどに深く関わる物質で、副交感神経の末端から放出されます。心臓の動きを緩やかにし、血管を広げることで血圧を下げ、腸の運動を活発にします。アセチルコリンの活性化により、身体は「リラックスモード」に変化し、焦燥や不安から解放され、睡眠の質も向上します。

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今回の「聴いてスッキリ」シリーズでは、上記4つの神経伝達物質に注目し、それぞれを用途・悩み毎に効果的に活性化する音楽を選び、配列にもこだわりました。

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痛みは、人間にとって最大のストレスのひとつです。身体に痛みを感じる、心に痛みを感じるという状態は、誰にとっても不快であり、辛く、苦しく、怖く、不安です。そして痛みはなにより孤独です。痛みの大きさを公式に測るスケールは医療の領域にもまだありません。家族といえども、その人が感じている痛みを正確に理解することはできないのです。人間は生きていれば多かれ少なかれ痛みを抱えながら生きていく生き物ですが、孤独にはとても弱い生き物でもあります。この痛みを――こんな痛みに耐えている自分を――誰にもわかってもらえない――そこが痛みの一番耐え難い部分かもしれません。

痛みとは感覚であり、情動経験であり、そして記憶でもあります。クラシック音楽が与える聴覚の刺激は、脳神経の一つである聴神経を介して大脳辺縁系といわれる脳の古い部分に大きな影響を与えます。日常の中で触れる音には様々なものがありますが、脳に心地よい音をリズムやハーモニーにしてつなぎ合わせ、旋律(メロディ)となったひとつの音楽として「音を楽しむ」と、脳内の複雑な神経ネットワークにある刺激が与えられます。この刺激が、時に痛みの刺激を上回って、結果痛みの刺激をマスクしてしまう=痛みを感じにくくさせてしまうという特性に今回は注目して、曲を選んでみました。

ただし、痛みは身体からのSOSであることを常に忘れないでください。

その痛みは身体にいつしか生まれ育った深刻な病気である可能性があります。特定の部位に痛みを感じている方はまず医療機関で専門家の診断を仰ぐこと、治療の上で必要な指示に従うことが肝要です。その上で痛みが慢性化してしまった場合、なかなか解消されない場合に、音楽の力を借りることは有効です。目を閉じ、身体をできるだけ緩め、リラックスし、意識を音楽に集中させることのできる環境をまず作ってみてください。

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今回の選曲は主に穏やかで優しい旋律が特徴で、且つ華やかで甘美なものを中心に行いました。医師による治療にも限界のある慢性痛で昨今非常に多く見られる緊張性頭痛や片頭痛、過敏性腸症候群、生理痛、腰痛、肩凝り、背中の痛み、関節痛・・・といった症状は、それぞれに原因や状態は異なるものの、痛みの到来によって肉体は非常に大きな緊張と負担を強いられ、リラックスや「快」の感覚から遠く離れた場所にいます。痛みが続く間、イメージとしては身体が氷の国に閉ざされているような状況であるといえるでしょう。この氷をまずは温め、溶かし、緩やかに流していけるような音楽を選んでみました。それによりエンドルフィンやセロトニン、アセチルコリンといったホルモンが徐々に活性化される仕組みです。それらが整い安定したころに、今度は必要な時に応じてアドレナリンも放出しやすくなるよう組み立てています。最後まで集中してお聴きいただくと、自律神経の安定に確実に繋がります。

第1曲目、サン=サーンスの組曲《動物の謝肉祭》から白鳥。この曲の「アンダンティーノ」という心拍数よりも少しだけ遅いテンポに身体と心を委ねることで、心拍の安定を図れます。さらにピアノの奏でる安定感のある伴奏が、心房、心室から構成される心拍に近い拍子を持っていて、この世に生まれ出でる前お腹の中でお母さんの鼓動を聴いていた時のような、心を安定させる効果があります。この曲は様々な楽器に編曲されて親しまれていますが、もともとチェロと2台のピアノのために作られています。チェロは人間の声をすべて表すことができる音域をもつ唯一の弦楽器です。チェロが奏でる美しい旋律は、口ずさみやすいですよね。高く美しい音、さらに低い音から高音に向かう旋律も脳内報酬系にかかわるドーパミンを放出させます。第2曲目、ホフマンの舟歌も、心拍に近い安定感のある伴奏+快いメロディという曲目です。第3曲目のマーラーの交響曲第5番アダージェットは、大変美しい

旋律で知られています。クラシック音楽を楽しむコツは、旋律を記憶することです。長い旋律を一度記憶すること、まずは目をつぶって旋律に集中し、曲の流れを覚えていただければと思います。第4曲目ベートーヴェンのピアノ・ソナタ《悲愴》の第2楽章、第5曲目の花のワルツ。この2曲は、優しい旋律が副交感神経を亢進させ、心拍を落ち着かせます。心穏やかになってゆくのが分かると思います。続くチャイコフスキー、ラフマニノフの甘美な曲に癒された後は、モーツァルト、メンデルスゾーンの名曲で再び少しずつノルアドレナリン放出に働きかけていきます。最後のホルストでノルアドレナリンに確実にエンジンをかけ、自律神経を整えていきます。

一周お聴きいただいた後は、時間が許せばもう一回最初から最後までお聴きいただくことをお勧めします。聴けば聴くほどに曲とその構成への理解が深まり、それを受け取る神経回路はどんどん太く堅固になります。神経回路が頑丈になれば、快の感覚への誘導もスムーズになります。海外の論文によれば、過去に聴いたことがあり旋律を覚えている曲であれば、最も盛り上がるサビの部分の直前に、大量のドーパミンが放出されるとの報告があります。また、繰り返し一連の流れを聴くことによって交感神経と副交感神経のバランスは整い、身体の中のシーソーが良いリズムでバランスをとれるようになります。

痛みは時間との戦いです。いつ始まっていつ終わるのか。時と言う概念がなければ、痛みは存在することもありません。それは音楽も一緒です。時がなければ音楽は存在することもできません。身体のどこかが痛む時、人はそこに神経をつい集中してしまいます。痛みを自力で忘れることは難しいことです。何かの力が必要です。しかしながら、先に書いたように痛みを他者と共有することは叶いません。代わりに、痛む時間を音楽と共有し、音楽の力で痛みから意識を切り離し、痛みを忘れる時間を作る。本CDではそれが叶うことと思います。

            ©2015 藤本幸弘

大脳新皮質(新脳)だいのうしん ひ しつ

大脳辺縁系(旧脳)だいのうへんえんけい

脳幹

副交感神経

交感神経アセチルコリン

Ac

視床下部

エンドルフィン

E

アドレナリンAd

ドーパミン

D

セロトニン

S

大脳新皮質(新脳)だいのうしん ひ しつ

大脳辺縁系(旧脳)だいのうへんえんけい

脳幹

副交感神経

交感神経アセチルコリン

Ac

視床下部

エンドルフィン

E

アドレナリンAd

ドーパミン

D

セロトニン

S

2014年1月の段階でパブリッシュされた英文医学論文のうち、痛みと音楽についての論文は554本もあります。音楽が持つ脳に対する驚くべき影響力はすでに各地で報告されていますが、それを病気の治療や痛みの緩和に活かせないかと日々応用を試みる医師及び医療機関も、様々な国と地域にそれだけ存在するということでしょう。

僕もそんな医師のひとりです。

音楽の中でもとりわけクラシック音楽に心惹かれ、歴史の大きなうねりの中にあっても廃れることなく確実に今日まで生き残り、今も変わらず奏でられているこれら壮大な作品たちの不思議な力に魅了されてきました。そして、バッハやモーツァルト、ベートーヴェン、ショパン、ワーグナー、チャイコフスキーなどの音楽が人種を超え、国を超え、時代を超え、今尚変わらず愛されるのは何故なのか。何か医学的根拠がある故なのか。常に考えてきたように思います。

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医学部卒業後研修医を終えたのち、痛みと自律神経の関連に僕はテーマを絞り、初めての研究をスタートしました。その成果は1999年に「Journal of the Autonomic Nervous System(自律神経誌)」という国際誌に英文論文でまとめましたが、これらの研究過程で神経系理論に音楽が及ぼす驚異的な効果を医学的に知る機会がありました。音楽を効率よく選択し、それを聴き、没頭する時間を持つことによって、自律神経が整い、ホルモンが活性化される理論を学んだのです。

これはどういうことでしょう? 

その後様々なターニングポイントを経て現在はアンチエイジングをテーマとした医療に携わっていますが、病気を治癒すること、若さと健やかさを保つこと、いずれにも自律神経とホルモンは深く関わっています。つまり、とても身近にある音楽と日々上手に付き合うことで、音楽は実に様々なプレゼントを我々に施し、それにより病気の予防になるどころか、若さや健やかさを保つことすら可能になるということなのです。特に、クラシック音楽が内包する人体に働きかける効能効果、その可能性には特筆すべきものがあり、ナチュラル・メディスンとして医師他健康に携わる関係者が注目するのもよく理解できます。

***

神が創った人間という生物は、実に絶妙なバランスでもって成り立っています。

四肢をはじめとする左右対称な機能を追求された、筋肉と骨より構成される肉体。まるで精巧な三次元パズルのように巧妙に嵌め込まれた臓器。血液、リンパ液の見事な循環。そして、自律神経、ホルモンといった人間の生命を司る神経系統。時に様々な事由により、生まれる前から、あるいは生きていく過程の中で、人がいくつかの機能の自由を失うことは起こりえますが、失ったものを補填する存在が必ず肉体に、または肉体を取り巻く環境に現れ、新たなバランスを保つことを目指しながら人間は生きていく権利を与えられます。こうしたことを、とりわけ僕のような医師は、直面し考えさせられる機会に度々恵まれます。また、このバランスをいかに保たせるかが、どの科のどの医師にとっても治療の上で非常に重要なテーマとなります。

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目に見てわかりやすいバランスの崩れを、薬の処方や時にメスの力を借りて整えることに医師はある意味長けている存在ですが、現代の世の中では「わかりづらいバランスの崩れ」が発生するようになりました。はっきりとした病名のつかない、けれど本人にとっては非常にすっきりとしない、日々の生活を煩わされる「病気ではない疾患」が増えているのです。例えば、よく眠れない、最近頭痛がするようになった、腰痛・肩凝り・背中の張り・膝や関節の痛みといった慢性痛を抱えている、なんとなく憂鬱でやる気が出ない、イライラする時間が増えて人間関係がうまくいかない……e.t.c.。病院に存在する各科の門を叩き、あらゆる検査を受けてもなかなか解決されず、出口の見えない不調に苛まれる……これが正に現代病であり、病気ではないけれど健康とも言えない、不幸ではないけれど幸せかと聞かれると即答できない、こうした人が増えているように思います。

今回の「聴くだけでスッキリ」シリーズでは、こうした現代病と言われる不調に対し、クラシック音楽というツールでもってアプローチしていきます。曲は18世紀の後半から20世紀の前半にかけて生まれた名曲から厳選しました。この時代に生まれたクラシック音楽は、規則性と厳格なルールをもって作曲構成されており、聴く人の心を奪う伏線が巧み

に盛り込まれています。ご存じのようにクラシック音楽は数多くの楽器から編成されるオーケストラによって演奏されることが多く、それらには幅広い周波数の音が含まれ、旋律も複雑かつ豊かです。長大な曲の流れの中に様々な起伏があり、美しい旋律の宝庫であると同時に、感動を生む仕組みが完成されています。また、音楽は同じ曲でも指揮者や演奏家の解釈の違いにより与える印象は大きく変わりますが、本CDでは現在手に入れることのできる最高の指揮者と演奏家による音源で演奏を楽しむことが出来るようになっていますので、感動もより深まることでしょう。感動することで脳内のドーパミンによって司られる報酬系が刺激され、ホルモンを活性化させたり、自律神経のバランスを調整したり、痛みを抑さえたりする神経回路が頑丈に太くなります。

脳を刺激し、様々なホルモンを活性化させ、自律神経を安定させる。これがこのCDの目的です。聴きこみ集中し、没頭するほどにそれらは達成され、ホルモン分泌がうまくいき自律神経のバランスが取れることで、副次的に日々抱える痛みが緩和されたり、心を覆う黒い雲が一掃されたり、睡眠の質が改善されたりします。痛みが緩和され、心が晴れ、よく眠れるようになることで、毎日は驚くほど過ごしやすくなり、余裕が生まれ、自分にも人にも優しくなれます。

そもそも人間のからだには、神の創った “五感”というオーケストラが元々備わっています。ひとりひとりの人間は、その人だけの楽団をもっているのです。ヴァイオリンだけでは淋しい曲もピアノやフルートの音色に彩られることで重厚感とストーリー性を増すように、聴覚だけを使って物事を理解するよりは視覚や触覚、嗅覚も総動員することで、人の心と脳は確実に満たされます。五感というオーケストラにとって鼓動はリズムであり、ホルモンはメロディであり、自律神経はハーモニーのようなものです。そして脳がそのすべての指揮を執ることになります。痛みや不調とはこの体内のリズム、メロディ、ハーモニーが崩れ、大舞台で交響曲を奏でられない状態と言えます。誰もにその人だけの最高の交響曲を奏でられる能力が備わっています。その人だけの美しい曲を作曲できるポテンシャルを誰もが持っているのです。処方箋を書き、投薬や治療にあたること以外で医師にできることのひとつに、その曲を楽譜に落とし込み、本番前の練習にとことん付き合うことがあるのかもしれませんね。

人生と言うその人だけの交響曲を、できるだけ不協和音なく最後まで奏でられるように。

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すこし専門的な話を加えますと、音楽が及ぼす人体への刺激を考えるとき、キーワードとなる言葉が4つあります。それは①新脳 ②旧脳 ③交感神経 ④副交感神経 です。まず、①新脳 ②旧脳 について簡単にご説明しましょう。

人間の脳は様々なパーツによって成り立っていますが、これらは主に「新脳」と「旧脳」に分類されます。「新脳」は大脳新皮質と呼ばれ、思考力や言語能力など、人間的活動を支える中枢です。「旧脳」は、情動(感情の動き)を司る大脳辺縁系と、性欲や食欲などを司る視床下部、循環・呼吸・消化など自律的機能をもつ脳幹によって構成されています。人間の場合「旧脳」によって引き起こされる食欲、性欲、睡眠欲などの基本的な情動は、社会生活をおくるために、理論脳である「新脳」によって常に抑制されている状態にあります。新脳と旧脳が動きを阻害されることなくうまく機能している状態――これはどの年齢の人間にとっても理想とされる状態であり、この状態を目指すことによってホルモンは活性化され、人は生き生きと多幸感をもって前向きに暮らしていくことが出来ます。音楽には、この新脳にも旧脳にも刺激を送り、脳に刻み込まれたその人特有の記憶を塗り替えることが出来るほどのパワフルな体験を授ける力が備わっています。

次に、③交感神経 ④副交感神経 について考えてみましょう。「闘争と逃走(Fight and Flight)」の神経と呼ばれ、その名の通り争い事や恐怖に立ち向かうようなとき、体が激しい活動を行っているときに活性化する――それが交感神経です。「闘争の交感神経」に対し、副交感神経は「平和と消化(Rest and Digest)」の神経と呼ばれています。交感神経と副交感神経はシーソーややじろべえのように存在します。どちらか一方が優位に立った後は、他方がその後優位に立つというバランスを保つことが非常に重要で、それによって人の臓器も神経も、血液の流れや心の流れまでも、緊張と弛緩を繰り返します。

この4つのキーワードを踏まえた上で、覚えておきたい神経伝達物質がこちらも4つあります。それは①新脳に効果があるβ-エンドルフィンおよびドーパミンが関わる脳内報酬系 ②旧脳に効果があり、精神を安定させるセロトニン系 ③交感神経を優位にするノルアドレナリン系 ④副交感神経を介するアセチルコリン系 です。

①β-エンドルフィン・ドーパミン痛みの治療に使われる薬として「モルヒネ」という言葉をお聞きになったことのある方は多いかと思います。実は脳内で生産されるβ-エンドルフィンにはモルヒネとよく似た作用があり、かつモルヒネを6倍も上回る鎮痛作用があります。また、快楽や多幸感も同時にもたらすため、通称「脳内麻薬」と言われます。さらに、エンドルフィンは「快」の感覚を与えるホルモンであるドーパミンの作用を延長させる働きもあります。ドーパミンは欲求が満たされたとき、あるいは満たされることがわかったときに活性化します。

②セロトニンセロトニンには、ドーパミン(快楽、喜び)やノルアドレナリン(恐れ、驚き)といったホルモンの情報バランスを整えて、精神を安定させる効果があります。セロトニンが大量に放出されると、痛みの感じ方が弱くなり、過敏になった神経が静まります。イライラした気持ちは収まり、穏やかになります。

③ノルアドレナリンノルアドレナリンが大量に放出されると、交感神経は活性化され、一時的に優位になります。これは身体が「緊張モード」になることを意味します。血管は収縮し、痛みを感じる組織に回る血流が抑えられます。弛緩し、やる気の出ない状態は改善され、前向きな気持ちが生まれま

す。

④アセチルコリン学習や記憶、睡眠、目覚めなどに深く関わる物質で、副交感神経の末端から放出されます。心臓の動きを緩やかにし、血管を広げることで血圧を下げ、腸の運動を活発にします。アセチルコリンの活性化により、身体は「リラックスモード」に変化し、焦燥や不安から解放され、睡眠の質も向上します。

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今回の「聴いてスッキリ」シリーズでは、上記4つの神経伝達物質に注目し、それぞれを用途・悩み毎に効果的に活性化する音楽を選び、配列にもこだわりました。

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痛みは、人間にとって最大のストレスのひとつです。身体に痛みを感じる、心に痛みを感じるという状態は、誰にとっても不快であり、辛く、苦しく、怖く、不安です。そして痛みはなにより孤独です。痛みの大きさを公式に測るスケールは医療の領域にもまだありません。家族といえども、その人が感じている痛みを正確に理解することはできないのです。人間は生きていれば多かれ少なかれ痛みを抱えながら生きていく生き物ですが、孤独にはとても弱い生き物でもあります。この痛みを――こんな痛みに耐えている自分を――誰にもわかってもらえない――そこが痛みの一番耐え難い部分かもしれません。

痛みとは感覚であり、情動経験であり、そして記憶でもあります。クラシック音楽が与える聴覚の刺激は、脳神経の一つである聴神経を介して大脳辺縁系といわれる脳の古い部分に大きな影響を与えます。日常の中で触れる音には様々なものがありますが、脳に心地よい音をリズムやハーモニーにしてつなぎ合わせ、旋律(メロディ)となったひとつの音楽として「音を楽しむ」と、脳内の複雑な神経ネットワークにある刺激が与えられます。この刺激が、時に痛みの刺激を上回って、結果痛みの刺激をマスクしてしまう=痛みを感じにくくさせてしまうという特性に今回は注目して、曲を選んでみました。

ただし、痛みは身体からのSOSであることを常に忘れないでください。

その痛みは身体にいつしか生まれ育った深刻な病気である可能性があります。特定の部位に痛みを感じている方はまず医療機関で専門家の診断を仰ぐこと、治療の上で必要な指示に従うことが肝要です。その上で痛みが慢性化してしまった場合、なかなか解消されない場合に、音楽の力を借りることは有効です。目を閉じ、身体をできるだけ緩め、リラックスし、意識を音楽に集中させることのできる環境をまず作ってみてください。

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今回の選曲は主に穏やかで優しい旋律が特徴で、且つ華やかで甘美なものを中心に行いました。医師による治療にも限界のある慢性痛で昨今非常に多く見られる緊張性頭痛や片頭痛、過敏性腸症候群、生理痛、腰痛、肩凝り、背中の痛み、関節痛・・・といった症状は、それぞれに原因や状態は異なるものの、痛みの到来によって肉体は非常に大きな緊張と負担を強いられ、リラックスや「快」の感覚から遠く離れた場所にいます。痛みが続く間、イメージとしては身体が氷の国に閉ざされているような状況であるといえるでしょう。この氷をまずは温め、溶かし、緩やかに流していけるような音楽を選んでみました。それによりエンドルフィンやセロトニン、アセチルコリンといったホルモンが徐々に活性化される仕組みです。それらが整い安定したころに、今度は必要な時に応じてアドレナリンも放出しやすくなるよう組み立てています。最後まで集中してお聴きいただくと、自律神経の安定に確実に繋がります。

第1曲目、サン=サーンスの組曲《動物の謝肉祭》から白鳥。この曲の「アンダンティーノ」という心拍数よりも少しだけ遅いテンポに身体と心を委ねることで、心拍の安定を図れます。さらにピアノの奏でる安定感のある伴奏が、心房、心室から構成される心拍に近い拍子を持っていて、この世に生まれ出でる前お腹の中でお母さんの鼓動を聴いていた時のような、心を安定させる効果があります。この曲は様々な楽器に編曲されて親しまれていますが、もともとチェロと2台のピアノのために作られています。チェロは人間の声をすべて表すことができる音域をもつ唯一の弦楽器です。チェロが奏でる美しい旋律は、口ずさみやすいですよね。高く美しい音、さらに低い音から高音に向かう旋律も脳内報酬系にかかわるドーパミンを放出させます。第2曲目、ホフマンの舟歌も、心拍に近い安定感のある伴奏+快いメロディという曲目です。第3曲目のマーラーの交響曲第5番アダージェットは、大変美しい

旋律で知られています。クラシック音楽を楽しむコツは、旋律を記憶することです。長い旋律を一度記憶すること、まずは目をつぶって旋律に集中し、曲の流れを覚えていただければと思います。第4曲目ベートーヴェンのピアノ・ソナタ《悲愴》の第2楽章、第5曲目の花のワルツ。この2曲は、優しい旋律が副交感神経を亢進させ、心拍を落ち着かせます。心穏やかになってゆくのが分かると思います。続くチャイコフスキー、ラフマニノフの甘美な曲に癒された後は、モーツァルト、メンデルスゾーンの名曲で再び少しずつノルアドレナリン放出に働きかけていきます。最後のホルストでノルアドレナリンに確実にエンジンをかけ、自律神経を整えていきます。

一周お聴きいただいた後は、時間が許せばもう一回最初から最後までお聴きいただくことをお勧めします。聴けば聴くほどに曲とその構成への理解が深まり、それを受け取る神経回路はどんどん太く堅固になります。神経回路が頑丈になれば、快の感覚への誘導もスムーズになります。海外の論文によれば、過去に聴いたことがあり旋律を覚えている曲であれば、最も盛り上がるサビの部分の直前に、大量のドーパミンが放出されるとの報告があります。また、繰り返し一連の流れを聴くことによって交感神経と副交感神経のバランスは整い、身体の中のシーソーが良いリズムでバランスをとれるようになります。

痛みは時間との戦いです。いつ始まっていつ終わるのか。時と言う概念がなければ、痛みは存在することもありません。それは音楽も一緒です。時がなければ音楽は存在することもできません。身体のどこかが痛む時、人はそこに神経をつい集中してしまいます。痛みを自力で忘れることは難しいことです。何かの力が必要です。しかしながら、先に書いたように痛みを他者と共有することは叶いません。代わりに、痛む時間を音楽と共有し、音楽の力で痛みから意識を切り離し、痛みを忘れる時間を作る。本CDではそれが叶うことと思います。

            ©2015 藤本幸弘

医師 医学博士 工学博士 M.B.A.神奈川県鎌倉市生まれ。神奈川県立鎌倉高等学校卒業、慶應義塾大学経済学部中退、信州大学医学部卒業、東京大学大学院医学系研究科博士課程修了、東海大学大学院総合理工学研究科博士課程修了、慶應義塾大学大学院薬学系研究科後期博士課程在院。

藤本 幸弘(ふじもと たかひろ)

日本におけるペインクリニシャンの先駆者であり医学博士であった祖父の

遺志を継ぐ形で、医学生時代に痛みの治療を専門とする麻酔科の医師を

志す。医師免許取得後に入局した東京大学麻酔科学教室在局中に、体

性感覚刺激と自律神経の研究に携わり英文論文を執筆。東京大学医学

部附属病院痛み治療外来にて勤務中、光学機器の低出力レーザーLLLT

(Low Level Laser Treatment)を使用する痛みの治療法を知り、幼少の

頃からの夢であった工学の世界と、仕事として選んだ医学の世界の接点を

ここで見出し、レーザー機器そして光学治療器を扱う医師になることを目標

に据える。レーザー医療の8割は形成外科皮膚科領域で開発されているこ

とから、日本麻酔学会専門医および日本ペインクリニック学会認定医取得

後、工学的ハイテクノロジーと生体医学の双方を扱うことの出来るレー

ザー皮膚科に転科。また、それに関連して皮膚の免疫細胞を司る細胞(マ

ストセル)の研究で博士(医学)の学位(東京大学大学院医学系研究科)

を取得した。その後精力的に臨床と研究、国内外での学会発表を行う傍

ら、社会人入試枠で理工学系大学院に入学。「半導体レーザー励起ファイ

バー先端部高温発生とその医療応用に関する研究」の論文を提出し、電

磁気学・量子エレクトロニクス・光学の分野で二つ目の博士(工学)の学

位(東海大学総合理工学研究科)を取得した。現在は薬学部大学院で21

世紀の新しい治療法である「レーザーアシストによるドラッグデリバリーシス

テム」について研究を行っている。プライベートでは、両親共に吹奏楽を中

心としたクラシック音楽に精通する家庭で育ち、無類のクラシック・オペラ

ファンとしても知られる。院長を務める東京・四谷のクリニックFでは、レー

ザー治療に伴う痛みを軽減する目的で本人選曲によるクラシック音楽が常

にBGMとして流れている。そのためここに通うクライアントには、プロのオペ

ラ歌手やピアノ、ヴァイオリン他楽器奏者なども多いことで知られる。2010

年には、株式会社ヤマハミュージックメディアより、音楽と自律神経、ホルモ

ン、痛みの関係をわかりやすく綴った「聴くだけでスッキリ痛みがとれる!」も

刊行している。米国レーザー医学会(ASLMS) Fellow、欧州皮膚科性病

科学会(EADV) International Member。