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ii はじめに
わが国では人口の高齢化に伴い、認知症高齢者の数が増大しています。認知症高齢者数と有病率についてみると、2012年は認知症高齢者数が462万人、高齢者の約7人に1人(有病率15.0%)でしたが、2025年には約5人に1人になるとの将来推計が報告されています。さらに、国際アルツハイマー病協会の報告書では、世界の認知症患者の数は、2015年の4,680万人から2050年には約3倍の1億3,150万人に増加し、年間に990万人が認知症を発症、3.2秒に1人が発症する、と予測されています。
2004年12月に「痴呆」に替わる呼称として「認知症」になったのを契機に、認知症ケアは著しい勢いで進展してきました。医療の進歩により認知症の早期診断が可能となった結果、若年性認知症のご本人が自ら政策提言し、認知症の人の立場に立ったケアが推進されるようになってきています。これらの時代を経て、平成28(2016)年度診療報酬改定で「認知症ケア加算」が新設されました。これにより、特に急性期病院の看護師たちが認知症看護の実践の重要性に気づき、高齢者の意思を尊重したケアを実践するようになった結果、現在では身体拘束ゼロを達成する病院も出てきています。しかしながら、いまだ社会の中には「認知症の本人は病気の自覚がないし、何もわから
ない」という意識がみられます。また急性期病院では、転倒予防の対策として身体拘束が当然のように行われています。病院では認知症があるだけで積極的な治療が受けられなかったり、認知症と診断されることで、自分で治療法を選択することができず、家族の意向が優先されてしまう場合もあります。近年は、認知症高齢者の数の増加や寿命の延伸などから、身体疾患をもつ認知症高齢者
が急性期病院で治療を受けることが多くなってきていますが、急性期病院の看護師はせん妄や認知症の行動・心理症状(BPSD)の悪化といった認知症に関連する状況に慣れていないため、看護やケアに困難を感じることも多いかもしれません。しかし、認知症高齢者がよりよい状態を維持するためには、健康状態の維持・増進、さらにはフレイル(虚弱)予防などが重要であり、看護師の役割は高まっているのです。また、認知症のある高齢者にやさしい地域づくりが求められている現在、単に自分の病院内だけではなく、地域包括ケアシステムの中での他病院・施設との連携、特に各組織の看護師間の連携が強く求められているといえるでしょう。
認知症高齢者はバランス障害や歩行障害があり、転倒しやすい状況にあります。しかし、転倒してしまっても、認知症のために自分の身体症状を家族など他の人にうまく伝えることができないと、家族が治療の必要性に気づかず、結果として重症化してから発見された
はじめに
iii
り、緊急入院する場合がみられます。このような状況で入院した認知症高齢者は、せん妄を引き起こしやすく、また歩行機能が低下して、排泄障害も起こりやすくなります。認知症高齢者においては、「転倒」「せん妄」「排泄障害」が関連して発生しやすいのです。
本書では、認知症高齢者が日常生活において最も起こしやすい「転倒」「せん妄」「排泄障害」に関して、これらが互いの症状を悪化させながら、関連し合って要介護状態を進展させていることに注目しています。そして、パーソン・センタード・ケアを基盤にして、これらを包括的に予防・アセスメント・ケアすることで、認知症高齢者の健康寿命・QOLを向上させることを目的とします。これらの問題を早期にコントロールできれば、身体拘束を行う機会はかなり減少し、認知症高齢者の精神的な不安はかなりの程度解消され、心身の機能も維持できて、早期に自宅に戻ることができるのです。認知症高齢者が日常生活において最も起こしやすい「転倒」「せん妄」「排泄障害」は互いに関連が深いものの、これまでこれらを統合した看護の展開はされてこなかったように思います。認知症の人たちが最期まで人としていかに生きるべきであるかという問いは、まさに私たち自身の問いでもあり、それは私たち自身の生き方にも深く影響するものと考えます。
本書は、2010~2014年科研費基盤研究B「臨床判断プロセスを基盤とした認知症高齢者のための転倒予防包括看護質評価指標の開発」および2014~2017年「認知症高齢者の転倒予防看護質指標による看護介入プログラムと実践継続システムの開発」の8年間にわたる研究成果を集約したものです。共同研究者の皆様およびご執筆いただきました平松知子先生、長谷川真澄先生をはじめとした著者の先生のご理解とご協力に深くお礼申し上げます。本書の企画と編集に多大なご協力をいただきました日本看護協会出版会の金子あゆみ様に心から感謝申し上げます。そして、看護師の皆様が本書を手に取り、認知症高齢者の「転倒」「せん妄」「排泄障害」の包括的ケアに取り組むことで、超高齢社会の看護実践における高齢者看護の質の向上を実現していただきますことを願っております。
2019年2月 鈴木みずえ
42 第2章 認知機能・身体機能に応じた 転倒およびせん妄・排泄障害の包括的アセスメントとケア
急性期病院の在院日数
わが国の急性期病院の平均在院日数は17.0日(一般病床;2015年2月現
在)で、他国と比べても長いことが以前から指摘されています。しかし近年、平均在院日数は短縮化しています。一般病棟で最も高い入院基本料(1日あ
たり1万5910円)を算定できるのは、看護配置が7:1で、平均在院日数が18日以内と設定されています。このような状況においては、高齢者であっても、病院の環境に馴染めないまま、入院の翌日には手術などの治療が開始されることが一般的になってきています。
認知症高齢者の転倒・せん妄・排泄障害 およびその他の要因の関係
1.認知症高齢者における転倒・せん妄・排泄障害の関係認知症がある高齢者は、入院により急激に環境が変化することから、特に入院直後にせん妄を起こしやすくなります。そしてせん妄から転倒に、さらに排泄障害につながることも多くみられます(図2-1-1)。よって、入院前からせん妄のリスクアセスメントを行い、予防することが必要です。
2.フレイル *1
厚生労働省研究班の報告書では、フレイルを「加齢とともに、心身の活力(運動機能や認知機能等)が低下し、複数の慢性疾患の併存などの影響もあり、生活機能が障害され、心身の脆弱性が出現した状態であるが、一方で適切な介入・支援により、生活機能の維持向上が可能な状態像」 1)と定義しています。つまり、フレイルは健康な状態と日常生活でサポートが必要な介護状態の中間を意味しており、要介護状態の前段階をフレイル 2)と呼んでいるの
*1 フレイルp.35 column「高齢者の新しい概念」も参照。
入院前・直後の アセスメントとケア
1
431 入院前・直後のアセスメントとケア
です(図2-1-2)。外来通院をしている高齢者の中には、フレイルの状態の人が多くいます。
身体機能の低下(加齢、運動不足、フレイル)
薬剤の服用
歩行障害バランス障害
骨折(主に大腿骨頸部骨折)
寝たきり介護状態
フレイルせん妄
排泄障害
認知機能障害、BPSD
排泄に関連した行動
骨粗しょう症
せん妄・せん妄の合併
転倒
内的要因
外的要因
図2-1-1 認知症高齢者の転倒とせん妄・排泄障害の関係
要介護状態
自立
要支援状態
健康自立
フレイル
身体機能障害
[フレイルモデル]
[疾病モデル]脳卒中
骨折
死
死
身体機能
予備能力
●フレイルの段階で正しく介入すれば、もとの健康状態に戻ることができる●しかしいったん要介護状態になると、もとの状態に復帰するのは容易ではない●フレイルを維持、さらに改善することで、要介護期間を短縮でき、健康寿命を延ばすことができる
回復可能
回復困難
肺炎
図2-1-2 要介護状態に至る疾病モデルとフレイルモデル(葛谷雅文:医学と医療の最前線─超高齢社会におけるサルコペニアとフレイル,
日本内科学会雑誌,104(12):2604,2015を参考に作成)
162 第5章 多職種チームで取り組む 排泄障害・せん妄も含めた包括的ケアとしての転倒予防ケアプログラム
多職種チームで取り組む転倒予防ケアプログラムにおける実践継続システム研修会の目的は、①一人ひとりのスタッフが転倒予防ケアに関して動機をもつこと、②スタッフのケア動機を引き出し、維持することを支援する転倒予防チームを形成すること、③多職種が効果的・効率的な連携を行うための方法をつくること、です。そのための研修用スライド(パワーポイント)は、Part 1「私たちの願いと転倒予防」、Part 2「転倒予防チームを形成しよう」、Part 3「多職種で連携しよう」の3部から構成されます*1。
Part 1:私たちの願いと転倒予防 (図5-2-1-1)
本パートは、「研修会の導入」「入所者やケアに対する思いの共有、施設の理念の再認識」「転倒予防に関する「願い」の表明と共有」から構成されます。
1.研修会の導入研修会の導入では、参加者に研修会の目的・目標、方法(多職種で意見交
換すること)を理解してもらうこと、ならびに参加者が自分の思いや意見を述べやすい雰囲気をつくることに配慮します。「お疲れさまです」などと主催者側が参加者に声をかけると、和やかな雰囲気づくりに効果的です。参加者への説明のポイントとして、以下の2点があげられます。・ 研修会の最終目標は、転倒予防を通して高齢者のQOLが維持・向上されること
・ スタッフが高齢者のQOLが維持・向上していることを認識し、自分たちがそのことに貢献しており、より望ましいケアを構築できる力をもっていると自覚してもらうことまた、多職種が一堂に会するため、意見交換は多職種間の貴重なコミュニケーションとなることの意識づけを行います。一人ひとりのスタッフは高齢
*1 研修用スライドの全体は以下からダウンロードできます。http://jnapcdc.com/restric tion/dementia/01/a.pdfID:dementiaパスワード:001
転倒予防研修の実際
転倒予防ケアプログラム 実践継続システム研修
12
1632 転倒予防研修の実際 ❶転倒予防ケアプログラム実践継続システム研修
者のQOLの維持・向上という同じ目的をもつ対等な立場にある連携者であり、それぞれに多くの気づきをもっています。そのため、司会者は「一人ひとりの意見は大変貴重であり、正しい考えや間違った考え・思いといったものはありません」などと述べて、相手の意見を否定するのではなく、スタッフ一人ひとりの考えや思いを尊重することの大切さを理解してもらう説明をし、全員が安心して発言できるように心がけます。司会者は、スタッフがいつもと違う視点や気づきがもてることを大切にし、様々な思い、考え、意見が表出されるように進行します。少数の意見であっても、否定するのではなく大切にして、特に日頃発言が少ないスタッフも自発的に発言できるような支援や雰囲気づくりを行います。意見交換の際は、考えや思い浮かんだことをその場でメモできるように、用紙とペンを準備しておくとよいでしょう。
2.入所者やケアに対する思いの共有、施設の理念の再認識入所者やケアに対するスタッフの日頃の思いを全員で共有することは、主体的に転倒予防ケアを行っていくことへの認知的準備となります。スタッフ
図5-2-1-1 研修用スライド:Part 1 「私たちの願いと転倒予防」(抜粋)
グループで考えてみましょう・ そのためには、フロア、施設全体がどのようになったらよいと思いますか。
・ フロア・施設の願い(目標)を出してみましょう。
高齢者のお仕事の中で、お困りのことはありませんか
皆様はご自身のケアをどのようにしていきたいですか・ 皆さん、それぞれの願いを言葉にしてみましょう。
・ グループでお話をしてみましょう。
・ そして、用紙に書き出してみましょう。
・ それから発表して、参加者全員と願いを共有しましょう。
施設の理念は、どのようなものですか