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推論・推理及び問題の構造trex/eme/sansuu0527.pdf1 「認知」について 1.1 認知 「認知」とは認識とほぼ同義の心理学用語である。一般的には、事象についての

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算数教育論 2010

推論・推理及び問題の構造

2010.5.28

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目 次

1 「認知」について 21.1 認知 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 21.2 認知心理学小史 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 21.3 「表象」 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 31.4 「スキーマ」 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 4

2 推論・推理 52.0.1 帰納的推論 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 52.0.2 演繹的推論 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 6

2.1 人間の行う演繹的推論 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 62.2 演繹的推論能力の発達 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 8

3 問題の構造 103.1 問題解決とは -問題空間- . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 103.2 文章題の問題解決 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 113.3 方略 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 153.4 類推 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 20

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1 「認知」について

1.1 認知

「認知」とは認識とほぼ同義の心理学用語である。一般的には、事象についての知識をもつことで、事象を知覚・学習・記憶することや、思考し、新しい知識を生み出したりという人間の知的作用・心的作用を表す言葉である。そして、認知の問題を日常生活や実験室における人間の行動の組織的な観察にもとづいて、科学的・理論的に明らかにしようとするのが「認知心理学」である。これらはすべて「心」の働きに直接関係する問題であるため、認知心理学は心の働きについて研究するものであるといえる。現代の認知心理学においては、心を情報処理系のソフトウェア、つまりプログラムのようなものであると考え、情報処理的なアプローチをすることが多い。

1.2 認知心理学小史

認知心理学が何かをさらに考えるために認知心理学の生まれた経緯についてまとめることにする。  1910年代から 50年代のアメリカでは行動主義が全盛の時代であった。行動主義において、客観的に観察することのできない「意識」や「認知過程」の研究では、心理学はいつまでも科学になり得ないと考えられていた。しかし、1930年代にかけて展開された新行動主義により、刺激と反応の間を媒介する生体の条件にも目が向けられることになった。ところが、その中でも、基本的には刺激と反応の連合という図式が生体内部のプロセスが内在化しているとされたので、人間の記憶、学習、思考、言語などの高度な認知過程も、単純な刺激と反応の連合にすぎないと考えられた。同じ頃ドイツではゲシュタルト心理学が興隆していた。この心理学は、行動主義が心理学から意識を追放したことを激しく非難した。現象の素朴な観察を重視し、「認知構造」という概念を生み出し、今の認知心理学の理論的展開の基礎をつくった。ゲシュタルト心理学では、人間の高度な知識体系や複雑な行動の構造は、刺激-反応の連合よりも高次なグローバルな水準でとらえられるべきとし、学習や記憶を能動的なものでその能力は生得的に備わっていると考えた。人間をよりよく理解するために、観察可能な行動よりも、刺激と反応(入力や出力)の間に内在する個体の内部の中枢における認知過程を重要視したのである。この他、バートレットによる記憶の研究、ピアジェの発生的認識論などは現在の認知心理学の間接的なつながりがあったとしても、もっとも直接的な影響を与えたのが、情報理論である。1950年代後半にブロードベントが、はじめて積極的に情報理論を心理学に取り入れ、知覚・注意・記憶などの問題に、新しいモデルをたてたことで大きな成功を示した。また、1930年代原理的に人間の知的活動が機械によって遂行できることを発見したチューリングの功績も含め、計算機の進歩(計算機を設

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計し、それを働かせる理論・プログラムの進歩)とそれによる人工知能研究の進歩にも大きな影響を与えた。さらに、1958年ニューエルらによりLT(logical Theorist)というプログラムが開発され、心理学の立場から計算機の重要性を立証し、記号論理の問題を人間と同じ方法で解法を発見することが可能となった。そして、1960年以降「認知心理学」は大きな転換期を迎えた。人間の知的な情報処理過程を生体の内部での仮説づくり・意味づけ・統合化などのように、外界から入力される情報に対して生体の内側からの積極的な働きかけのプロセスとして眺めるようになる。この立場から人間の知覚、記憶、問題解決や言語理解等の研究が進むにつれて、言語学・コンピュータ科学・生理学・文化人類学・教育学と一体となった研究体制が望まれ、1970年代末に新たな「認知科学」が誕生した。

1980年に、ノーマンによって、「認知科学とは、人間・動物・機械を含めたすべての知的構造物の認知、すなわち知能・思考・言語を研究する分野」であると定義した。コンピュータの発展により、我々は、機械に「知的」ともいえる複雑な推理や判断を含む活動を行わせている。そこで改めて、人間の心に特有な機能という前提の枠を取り払い、認知とは何か、どういう働きかが考えられるようになり、コンピュータ科学、技術学の発達と深いかかわりをもつ分野となっていった。 すなわち、認知心理学の目的は、情報の入力と出力の間に介在する認知過程を一連の情報処理過程ととらえ、その仕組みを明らかにすることである。したがって、認知心理学のカバーすべき領域はきわめて広い。あらゆる情報処理は、記憶の働きによって、初めて可能となるが、「情報は何のために記憶されるのか」という問いを考えたとき、記憶すること自体が目的ではないはずである。つまり、情報は、推論・推理・問題解決・意思決定などの認知課題の遂行に役立てるために記憶されるのであり、その際、知識と認知の制御過程が重要な役割を果たしているのである。次節以降で「推論・推理」「数学における問題解決」について述べるが、そのために必要な「表象」と「スキーマ」という言葉について説明しておきたい。 

1.3 「表象」

「表象」とは、直観的に心に思い浮かべられる外的対象像、人間によって内的に保持される情報・記憶の内容を心の中で表現したものとその表現形式のことである。1966年、認知心理学者のブルーナーは、表象系モデルを提唱した。このモデルは、人間の認識水準には 3種類あり、(1)行為的、(2)映像的、(3)言語・記号的な各表象として示される水準をもつ。そのうち、(1)行為的表象では、認識は行為や活動の水準でなされる。したがって、この水準での認識や理解のためには、行為や活動を通して、また身振りや手振りなどに訴えることが必要となってくる。同様に (2)の映像的表象では、認識は映像の水準でなされる。そこで、この水準での認識や理解のためには、映像すなわち静止画、動画、絵などを用いて、イメージに訴えることが必要である。(3)の言語・記号的表象では、認識はシンボルである言語や記号などの

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水準でなされる。この水準での認識や理解のためには、そうしたシンボルに訴えることになる。ブルーナーは、当時の認知心理学の表象理論に立脚して、このモデルを提示した。これまで学校教育では、教師はこのモデルのもとに学習指導がなされてきたと言ってよい。小学校の低学年では (1)の行為的水準、続いて学年が進むと (2)の映像的水準で絵などを用いて説明し、教科書にも「さし絵」が多用されていることからもわかる。そして高学年になると、言語や数学の記号を駆使することへと進むようになる。

1.4 「スキーマ」

「スキーマ」とは、1932年イギリスのバートレットによって、心理学に導入された言葉である。バートレットはまず、記憶が知覚や想像・思考から独立したものではなく、密接な関係にあることを強調した。イメージ実験や「幽霊の戦い」という民話を用いた反復再生による記憶実験を通して、記憶の内容が保持期間中にどのように変容するかを調べた。これによって、記憶を単に個々の事象の痕跡の形式とその貯蔵とみることはできないとし、事象を認知し記銘1するときは、内容の変容の仕方に法則性があり、それは「スキーマ」の働きによると考えた。つまり、人間は過去の経験を構造化した認知的枠組みである「スキーマ」にもとづいて、新しい事柄を学習したり認識したりするのであり、もし、スキーマと矛盾するような事柄に出会うと、それを歪曲することがないようにスキーマとの整合性を保とうとするというのである。発達心理学の分野においても、ピアジェが、子どもの認知発達において生じる変化を理解するのに、シェマという一種のスキーマという概念を用いているが、次にこのスキーマについて本格的に論じたのは、1970年代のラメルハートであった。ラメルハートはその特性として、

1. 変数をもち、変数の値が指定されなかったときに与えられるデフォルト値ももつ

2. 他のスキーマの中の別のスキーマがはめ込まれることが可能

3. 様々な抽象度のレベルで知識を表象することができる

4. 定義ではなく、むしろ知識を表象する

といった点を指摘している。また、ナイサーによると、スキーマは、情報受容システムとして働き、環境からの感覚情報は、知覚者のもっているスキーマに適合するか、関係付けられる範囲内

1記憶の第一段階で、経験内容を覚えこみ、定着させること

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で受け入れられる。また、環境からいかに情報を抽出するかのプランとしても働く。その際、知覚者のもつ予期的スキーマにしたがって、それ自体を確かめるのに必要な情報が積極的に探索される。そして、予期的スキーマ→探索→対象からの情報抽出→スキーマの修正→探索というように反復される知覚サイクルが形成されるという。つまり、スキーマの構造と機能は、「もの」に関する情報の集合体という性質をもつが、単なる寄せ集めではなく、少なくとも役に立つもので、ある程度は類推・一般化によって、時と場合にあわせて対象の適切な反応をスキーマが産出することができる。各スキーマは、常時相互作用をしあい、一般的な情報処理過程を通じて補完しあい、最終的に「完成された、一般的なモデル」として活動できるまで、進化すると考えられている。最近では、「構造化・組織化された知識の単位」「特定の概念を表象するための構造化された知識の集合体」とされているが、スキーマの構造自身はまだまだ不明な点も多く、記憶の中にそれぞれのスキーマがどのような関連を持って構造化され貯蔵されているのかも明らかになっておらず、処理過程における最適スキーマの選択問題など、検討されるべき課題もいろいろ存在している。

2 推論・推理

推論・推理とは、何らかの前提から結論を導きだす過程である2。元来、人間の思考形式をもとにして論理学が成立し、その形式や種類が詳しく記述されている。ところが、実際に人間が行う推論を観察すると、論理学の形式と一致しない場合がある。つまり「人間の推理形式はいかなるものか」というのが推論研究の重要なテーマの一つとなる。推論は大きく分けると2つになる。一つ目は個々の特殊事例から一般的法則を導きだす帰納的推論(帰納)で、もう一つが一般的命題から個別の特殊な命題を導く演繹的推論(演繹)である。

2.0.1 帰納的推論

帰納的推論の例には、概念形成がある。概念とは、ある集合を特徴づける規則のことである。日常における概念は単純なものであることは少なく、我々の身の回りに存在する事物のカテゴリー3は、対象のもっている属性が非常に多かったり、必要十分条件によって構成されるとは限らないなどの特徴がある。このようなカテゴリーを帰納によって獲得するのは困難に思われるが、実際には自然に概念を獲得している。これを説明するために、マークマンは、概念が獲得される際の仮説の生成に何らかの制約(方向付け)があるのではないかと考え、それを、分類法仮説・対象全

2ここでは、推論と推理はほぼ同じ意味として扱うが、一般に、推論は推理より思考による結論を重視した語とされている。

3複数の事物どうしや複数の事象どうしを等価なものとして1つにまとめられた集合のこと

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体仮説・相互排他性仮説とした。これらの仮説は、特に学習しなくても普遍的に生じてくることから、ほぼ生得的な制約であると考えられており、不適切な解釈を排除し、与えられたデータから効率的に言葉の意味を帰納していることになる。

2.0.2 演繹的推論

一方、演繹的推論の例としては、三段論法があげられる。定言的三段論法4のような「結論が妥当である」というタイプの問題を人間がどのように解いているかを説明するのに主要なアプローチが2つある。それは、自然論理アプローチとメンタルモデル理論である。前者の自然論理アプローチは、人間は抽象的な推理規則を持っており、推理の前提を言語のような形式で心的に表象した上で、それに対して規則を適用して推理を行っていると考えるものである。一方後者メンタルモデル理論は、前提で述べられているような状況のモデルが心的に作成され、それが推理の基礎として用いられるものである。

2.1 人間の行う演繹的推論

まずは、佐伯 [1]によってまとめられた人間の演繹的推論で見られる諸事実(1)~(4)についてまとめる。

(1) 推論能力の発達全体的傾向として、論理的に妥当な結論が引き出され、またそうした結論が受け入れられる比率は年齢に伴って増加すると考えるのは自然なことである。これは、学校教育にも少なからず関係していることが考えられる。

(2) 推論の文化的背景人間の演繹的推論は文化によって影響を受けるということである。演繹的推論の場合には、与えられた前提は真と仮定され、この前提だけにもとづいて推論を展開されることが期待されている。しかし、スクリブナーはクペル族を被験者とした実験で次のことを報告している。それは、「経験志向的(いつでも経験から出発する)」という文化の中で生活をしている人々にとっては、経験したことのない「与えられた」前提にしたがって推論するというのは思いもよらないことであったり、「自分が知らないから答えは分からない」と考えること、また経験によって「知っている」ことを知らないかのように仮定して推論するのは難しいということである。このことは、我々が観察する演繹的推論の難易は、実験・テスト的状況において与えられる問題に対して、被験者がどれほど

4大前提・小前提がいずれも「pは qである(ではない)」のような、条件を含まない文である場合を言う。このほか、仮言的三段論法(大前提が条件文)や選言的三段論法(大前提に「または」が使われている)がある。なお、結論の主語を含む前提を小前提といい、結論の述語を含む前提を大前提という。

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それを自分の課題として受け入れるか、という態度に関係している。また、文化によって強く規定されていると考えられければならないことである。

(3) 推論の誤りや困難さ大人でさえも、基本的な演繹課題において、論理的に妥当でない結論を導いたり、そのような結論が与えられたとき、それを妥当であると受け入れたりすることがしばしばある。その反対に、論理的に妥当な結論を妥当だと認めないこともある。ジョンソンレアードとウェイソンは、普通扱われる条件文では、何らかの具体的内容をもつ命題を含むものであり、命題がXやYと抽象的に表現されると、それは通常の推論を引き出す課題ではなくなってしまうことを指摘した。

とくに、後件(「PならばQ」のQ)の否定から前件(先の P)の否定を導くことは非常に難しいとされる。これを典型的に示したものに、「ウェイソンの4枚カード問題」がある。これは「(a)から (d)のカードが机の上に置かれ、今見えている面には (a)E (b)K (c)4 (d)7とそれぞれ書かれている。ここで、『片面に母音が書かれているカードのもう片面には偶数の数字が書かれている』ということが正しいことを調べるためには、この4枚のカードのうち、どれを裏返しにする必要があるか?」という問題である。この問題の正答率は非常に低く、正解の「(a)と (d)」を選べる者は少なく、多くは、「(a)のみ」か「(a)と (c)」を選んでいる。

(4) 推論の困難さを規定する諸要因推論の誤りは無差別的に起きるのではなく、問題の困難度は、いくつかの要因によってかなりの程度まで予測しうるという事実もある。構造的な要因としては、ベッグとデニーは「雰囲気効果」を挙げた。これは、人間が示す妥当的判断の偏り、例えば前提中に用いられた量化子(all,some,noneなど)が雰囲気を作り出すため、同じ量化子をもつ結論が受け入れやすくなることを記述しようとしたものである。

もう一つの構造的要因としてあげられるのが、ジョンソンレアードらによって概念化された「形式効果」である。これは、前提の与え方の形式によって、どのような結論が受け入れられやすいかが決まるというものである。一般に全体がA-B(「あるAはBである」など)、B-Cという形式をとっているときは、A-Cという向きの結論は引き出されやすく、これに対して、C-Aという向きの結論は引き出されにくい。これは、一方向的な関係のみが強化されやすいということを示唆している。

また問題の内容も難易度を規定するものとしてあげられる。これを立証するために、上述の「ウェイソンの4枚カード問題」を用いた一連の研究がある。それは、抽象的な選択課題と論理的には同一の問題であっても、語句や規則を具体的なものに置き換えると正答率が一気に向上するという。これは、「主題性

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効果」と言われ、問題に書かれてある状況が一般によく経験されるものになると、その経験が問題の解決を助けているというわけである。このような選択問題は「思考の領域固有(特殊)性」の顕著な例として言及される事になった。「思考の領域固有性」とは、思考は内容と独立した形式的操作によって行われるものではなく、領域に依存して行われるとするものである。このことは、主題的問題を解いた後に抽象的問題を解いても正答率が向上しないことから裏付けられた。

ところが、問題を解いた経験だけが単純な要因ではないとも考えられる。そのため選択問題の主題性効果については多くの研究が行われ、説明する理論が立てられた。その中に、チャンとホリオークによる実用論的推論スキーマ説がある。この説では、人間の推論は、日常生活の経験から帰納された実用論的推論スキーマに基いているとされる。形式論理ほどに意味から離れた抽象的ルールを用いているのではなく、また特定の知識に基いた領域固有な推論を行っているのではなく、ある程度抽象的な知識構造である推論スキーマをもとに推理を行うと考えるのである。これは、人間が抽象的な推論規則を持っているとする点では自然論理アプローチに似ているが、それが推論の内容に依存している点が異なっている。

 

2.2 演繹的推論能力の発達

我々の多くは、与えられた前提をもっとも抽象的な形で表現し、それを推論の規則にしたがって、手続き的に変換して妥当な結論を導く、あるいは与えられた結論に到達するかどうかを導くということはしない。前提が文の形で与えられている限り、それを今までの自然言語理解の経験を用いて、「解釈」を行い、なんらかの方法で心的に表象しようと試みる。そして、その心的表象から前提に含まれなかった関係を読み取って結論としたり、ないしは与えられた結論がその心的表象と調和するものかどうかを判断していると考えられる。このような前提にもとづいて心的表象ができない場合には、与えられた演繹的推論の問題を解くことはできない。反対に、自らの経験にもとづいて納得のいく心的表象を構成することができれば、そこから推論を導くことはずっと簡単になる。ところが、与えられた前提から心的表象をつくるときに、既有知識が混入する場合もある。また、演繹的推論では前提が少なくとも2つあることで、両方の前提ともに、それぞれの前提を統合して一つの表象をつくろうとするときに混入するとも考えられる。 このように、前提から心的表象を構成し、それを統合して新しい心的表象をつくり、そこから新しい関係を読み取るか、あるいはその表象と与えられた結論との照合を行うというモデルは、それだけでは演繹的推論の年齢的発達を説明し得ない。む

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しろ、既有知識が多くなれば多くなるほど、我々の行う推論はその影響で論理的に妥当でないものになってしまいかねない。そうすると、一つの心的表象をつくるのではなく、いくつもの心的表象を順次つくっていくと考えることが自然である。これは、はじめにつくった前提の表象からある結論が引き出せるように思っても、次の表象からはそうした結論が引き出されないのであれば、その結論は論理的に妥当な仕方で演繹された、必然的に真なものではないということからもわかる。もともと、自然言語理解に慣れた人間において、与えられる前提にさまざまな意味を付与する。P、Qのような抽象的な記号で与えられたときは、それに具体的な事物をイメージすることによって表象しようとする。こうした試みの中で、一つのモデルではなく一連のさまざまな異なったモデルを構築することによって自らの論理的な誤りをチェックし、それを修正していく能力を身につける。もちろん、演繹的推論の課題に一貫して論理的に正しいという判断をさせるためには、ほとんど非人間的な形式的アルゴリズム5を強制することも必要ではある。[1]は条件文から先件の否定や後件の肯定から結論を導いてしまう傾向は、正答を教えるだけでは十分に除去されず、どのようにして結論を導けるか、導けないかを逐一教えても、少し時間がたてば元通り直観的な判断に戻り、論理的に誤ってしまうということも見受けられると述べられている。ある結論を導くために手持ちの情報がどれほど十分か、あるいは今までに構成した以外に、どれほど異なるモデルがつくりうるかなどについての自己評価は、一種のメタ認知6とみなすことができる。したがって、演繹的推論の発達は、こうしたメタ認知を通して行われるといえ、そのために子どもたちには次のような具体的機会(1)・(2)を設ければよいと、[1]ではまとめられている。

(1) 情報収集にもとづく決定の正誤が直ちに確認できるような状況におくこと

(2) 説明や討論の機会を設けること

(1)特に、どのような情報の収集をどの順序で行うかを子どもの側で決定できる状況が望ましい。具体的には子どもにある集合を与え、その中に含まれる正答をできるだけ少ない数の情報収集によって、識別するような「20の扉」式問題7などがこれに属する。こうした状態におくと、子どもは、最終反応(答え)を正しいものにしたいと思う。そのために、情報を集めようとするが、「できるだけ少ない回数で」と言われ、余計な情報は集められない。すると、ちょうど必要で十分な情報を集めたところで情報収集を打ち切ることになり、いやでも情報の必要性と十分さに対して鋭敏にならざるをえなくなる。また、答えを誤った場合、フィードバックを適切

5手続き的知識/実行すれば必ず解答に到達する(はずの)手続き方略。詳しくは次節で述べる6「認知の認知」という意味で、自分自身の認知能力を把握したり、認知過程を制御することなど

をさしている7解答者が「はい」か「いいえ」で答えられる質問だけで出題者が思い浮かべているものをあてる

問題

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にすることで、それを導いた情報の確実性の判断を振り返ることが期待される。これにより、情報の確実さへの判断力が向上すると思われる。

(2)説明とは、「相手と自分が共有する知識を変換していき、説明すべき命題を導くこと」である。変換する過程で持っている情報とその過程の適切さが慎重に吟味されることになる。たびたび説明を求められ、しかもそれがあやふやだとどこまでも突っ込まれるという経験を重ねれば、手持ちの情報の十分さに敏感になる。また、説明を聞くことも認知的な不調和が起きたときは、情報の十分さやその変換過程の適切さへの感受性を高める。結論が納得できないものだったり、その正誤があやふやだったりすれば、頼ることができるのは内部情報と整合性のチェックだけである。この意味では、討論でも手持ちの情報が少なければ、すぐに相手に攻撃されてしまうことから同じことが言える。これらに類した機会は、多くの子どもたちに与えられ、異なったモデルを構成する能力の発達をうながす経験の大切さを訴えていることになるだろう。

3 問題の構造

我々の日常生活は、現在の状態から何らかの目標状態に向けて変えていくこととして広くとらえれば、単純・短期的なものから複雑で長期的なものまで、問題解決の連続であるといえなくもない。人間の問題解決に大きな影響を与えるものとして、課題・問題の性質と解決者の知識という2つの要因がある。

3.1 問題解決とは -問題空間-

ニューウェルとサイモンは、問題解決を情報処理的なアプローチによる研究を行った。その中で、問題を人間が解決する過程を理解するために、問題空間という概念を導入した。この考え方では、初期状態に操作子(演算子・オペレータ)を適用して状態を変換し、目標状態に近づけていくことで問題が解決されるとみなす。問題空間とは被験者が持つ初期状態、目標状態、操作子などの表象のことである。したがって、問題解決は問題空間のなかで初期状態と目標状態をつなぐ連鎖を探索していく過程とみることができる。認知心理学における初期の問題解決研究では、比較的簡単なパズルのような問題がよく用いられた。代表的なものとして、「ハノイの塔」がある。これらの問題には、目標や解決のために取り得る手段がはっきりしており(構造化されており)、解決のために特別な知識が必要でないという特徴がある。数学の場合で考えてみる。例えば、3x− 5 = x + 3という1次方程式を解く場合、初期状態「3x − 5 = x + 3」であり、目標状態は未知数 xの値が得られた状態である。このとき目標状態に到達するためには、移項や両辺を定数で割る、といった認知的操作が必要であり、この1次方程式を解くことは問題解決であるといえる。し

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かし、ここに数学の問題解決研究とパズルのような問題の問題解決研究の大きな違いが存在している。それは、パズルのような問題には、問題を解くための必要な情報はすべて問題文中に記述されており、問題解決者が解決のために特別な知識が必要でないという特徴がある。これに対して、数学の問題解決となるこの例で「移項する」「両辺を定数で割る」といった定理や原理・法則は問題文中にはどこにも書かれておらず、知識として持っていなければならない。また、問題を見ただけではどの知識が必要で、どこでその知識を用いればよいかも書かれておらず、これらを見つけ出すことも問題解決の重要な側面となっている。つまり、典型的なパズルの問題の解決が完結に閉じた世界で行われることに対し、数学の問題解決は数学的知識の集合を前提にしており、より開かれた世界での問題解決と言える。

3.2 文章題の問題解決

算数・数学の教科書を見ると、計算問題・基本問題・応用問題など、「問題を解くこと」が多くを占めていることがわかる。その中でも特に、「応用問題」や小学校算数や中学校の方程式の分野における「文章題」は難しいと考えられている。ところが、これらは既習の事項をあてはめて解くものであり、解くときにはそれに必要な事柄は学習し終わっているのである。では、なぜ難しいと感じるのであろうか。すぐに考え付く理由は、基本的な事項の学習が不完全であったというものである。実際、このような場合は多く存在している。しかし、これだと計算は完璧にできるのに、応用問題になると間違える子どもがいることの説明にはならない。鈴木他は[2]の中で実際のところ、このような問題ができないという場合、その計算のやり方がわからないのではなく、「どう考えていいのかがわからない」という場合の方が多く見受けられると述べている。

ここでは、その「問題解決過程」に注目してみて、この難しさの要因を考えてみる。 問題が与えられたときにまず行わなければならないことは、「問題を理解すること」になる。「問題を理解する」とは少なくとも適切な内的表現を自分の知識と問題に含まれている情報を基に構成することである。すなわち、次のようなことを行うことである。

1.  問題文中に与えられているさまざまな情報を推論によって選択したり、必要な情報を付け加えたりする(情報の選択)

2.  その情報を相互に関連付ける(情報の関連付け)

3.  意味ある統一的な表象を作り出す(表象の作成)

また、数学の問題文を理解するためには、問題の状況と、解決事項(解決すべき

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こと)に分けるとともに、多くの知識が必要である。例を挙げて説明していく。

例1) Aさんは、お母さんから 2000円をもらいました。それを持って、本屋に行き、同じ値段の本を3冊買うと残りは 770円になりました。本1冊の値段はいくらでしょうか。

まず問題文を読んで、問題の状況は「Aさんは、お母さんから 2000円をもらいました。それを持って、本屋に行き、同じ値段の本を3冊買うと残りは 770円になりました。」で、解決することは「本1冊の値段」であることがわかる。次に、問題解決に直接的に必要でない情報がふるい落とされる。この例では、「本屋」「お母さん」がこれに当たる。一方、「同じ値段の本を3冊」以外は買いものをしていないことや、「それを持って」とは「2000円を持って」であり、本を買ったことでお金が減ったということを推論しなければならない。そして行なわなければならないことは、これらの情報に関連づけて文単位の表象をつくり出すことである。この問題の第1文では、「誰が」「何を」「どれだけ持っていた」ということについてまとまりのある表象をつくり出さなければならない。これを図に表したものが図 1である。

図 1: 例1の表象

問題を記述する状況やそこに使われている言葉が特に難しいものでない限り、ここまでの理解は難しくないが、ここからが文章題を解くにあたって重要になる。それは、問題文にある3つの文に対応する最初に想起される表象を、問題状況全体についての表象の中に統合することである。この問題の場合、「はじめにどのような状態があって、それにどのような変化が加わり、最終的にどういう状態になったか」と

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いう統合的な表象を作り出さねばならないのである。そこで、この表象を作り出すための知識を仮定する必要が出てくる。この知識は、問題タイプ間の違い(例1では「変化」が起きているということ)を表現でき、また問題の解決に必要な情報をすべて組み込めるようなものでなくてはならない。グリーノらは、このような「問題状況の統一的な表象を作りだすための知識」を「問題スキーマ」と呼んだ。問題スキーマと呼ばれる知識は、解決に必要な情報を統合して、問題状況全体についての一貫した表象を作り出す枠組みとなっている。ここで示した例1を解くために必要な問題スキーマは図 2であり、これを実際に例1に当てはめると図 3のようになる。つまり、図 2に示した問題スキーマと呼ばれる知識は、解決に必要な情報を統合して、図 3のような問題状況についての一貫した表象を作り出す枠組みとなるのである。

図 2: 「変化」の問題スキーマ

このような表象の構成の段階が終ってから、式を立てたり、計算したりというプロセスが始まる。ライリーらの考えでは、この計算の段階には「行為スキーマ」と呼ばれる別の種類の知識が働くことになっている。このスキーマは、集合をつくるやその集合に数を加えるなどといういわゆる数学的な操作や手続きなどが含まれている。例1では、本1冊の値段を文字において値段(お金)に関する方程式を立て、その方程式を解き、本1冊の値段、410円と求めることになる。すなわち、数学の問題解決には、次のような図 4の手順を踏むことになると考えることができる。

例2) 定価1個 100円の商品がある。この商品をA店では、定価の 12%引きで

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図 3: 例1に適用

図 4: 文章題の問題解決手順

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売っている。また B店は、10個までは定価であるが、11個以上については1個について定価 25%引きで売っている。この商品をA店で買うより、B店で買った方が安くなるのは、何個以上買うときか。

この問題は高校数学 Iの不等式の問題である。この問題は「この商品をA店で買うより、B 店で買った方が安くなるのは、何個以上買うときか。」という比較の問題である。この問題における文単位の表象は図 5、比較の問題スキーマを適用した問題状況についての一貫した表象は図 6のようになる。

図 5: 例2の表象

過去の研究では、文章題の難しさの要因は、未知数の位置や操作の複雑性、解決に必要なステップの数など解決のプロセスの側面から分析を行うものが多かった。しかし、これらの操作が行われるのは問題を理解してから後のことであり、問題の述べている状況を理解し、統一的な表象を生成することが解決のためには重要である。 

3.3 方略

次の例3について考える。

例3)鋭角三角形ABCの垂心をHとする。AHとBCとの交点、△ABCの外接円との交点をそれぞれ、D,Eとしたとき、点Dは線分EHの中点であることを示せ。

高校数学の平面幾何の問題となると、数学的情報以外の余計な情報は入っていない問題の方が多くなる。しかし、推論すべきことが増え、数学の知識もより必要となってくる。この平面幾何の問題を理解するために、まずは、問題文の中のどの情報が幾何の問題としての条件であり、どれが結論なのかを知らなければならない。特に、これは「証明」問題領域に強く依存した構造となっている。また、多くの数学

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図 6: 例2の問題スキーマ

図 7: 例3の表象

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図 8: 例3の図

的知識が必要で、ここでは、「鋭角三角形」「垂心」「交点」「△ABCの外接円」「線分」「中点」という言葉の意味を知識として知っている必要がある。さらに、点D、点Hがどのような点かを問題文から推論しなければならない。この問題における文単位での表象や推論されることは図 7のようになる。このとき、我々の多くは問題をより理解しやすくするために、図を描くこと(例えば、図 8)も行うであろう。図を描くことによって必要な情報が1箇所に集まり、それを探し回る手間が省け、情報の見落としも少なくなり、また新たな情報が導くことを容易にさせるのである。ここで、この例を用いて、問題を解くための知識について考える。問題を理解し、内的表現を作った後、問題を解くためには、内的表現を操作し、変換して目的状態を実現するための手続き的知識が必要となってくる。このような手続きやその集まりが一定の構造をもつとき、これを「方略」と呼ぶ。初期状態から目標状態にたどりつく手順を探索するにはさまざまな方略があり得る。たとえば探索の順序としては、初期状態から目標状態の方向へ探る順行探索であるトップダウンと呼ばれる総合的な方法・前向きの推論(順思考)と、目標状態からそこに到達する手順を逆に探っていく逆行探索であるボトムアップと呼ばれる解析的な方法・後ろ向きの推論(逆思考)がある。また、幾何に関するものだけではなく、トップダウン的方略と知覚的なボトムアップ的方略が組み合わされて用いられることも多々ある。用いる操作子の選択基準もさまざまで、どのような方略が用いられるかは、短期記憶の容量や注意の配分、経験が影響していると思われる。次に適用できる問題からみると、広くさまざまな問題に適用可能な方略と、ある

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特定の問題だけに有効な方略とがある。一般的に、前者は適用範囲が広いかわりにあまり強力ではなく、後者は強力ではあるが、適用範囲は狭い。あらゆる場面で使える限りの操作子を制約を考慮しつつ適用してみて、うまくいくものだけを選ぶ「しらみつぶし」方略や現在の状態と目標状態を比較し、その差異をもっとも小さくするような手段を選択していく方法の手段-目標分析、下位目標へと分解する方法などは前者に該当する。後者は、2次方程式の解の公式や囲碁の定石がある。これらは2次方程式を解くとき、囲碁をするときにしか使えない。さらに手続きの性質からみると、アルゴリズムとヒューリスティックスの2つに分類することができる。アルゴリズムは、正しく適用すれば必ず正しい結果が得られる一連の手続きのことをいう。一方、ヒューリスティックスはしばしば経験から導かれるものであり、必ずしも正しい結果に至ることは保証されていないが、適用が簡単な手続きを指す。「しらみつぶし」方略はアルゴリズム、手段-目標分析はヒューリスティックスのそれぞれ一種だといえる。例3の問題でこの方略について考えてみる。解答例を2つ示す。

[解1]BHの延長と辺ACの交点を Fとし、補助線 BEを引く。△HBDと△ EBDにおいて、辺 BDが共通 · · · (1)∠HDB = ∠EDB = 90◦ · · · (2)ここで、∠AFH = ∠BDH = 90◦かつ∠AHF = ∠BHD(対頂角)であるから、∠FAH = ∠HBD · · · (3)また、円周角の定理より ∠EBC = ∠EAC · · · (4)(3),(4)より、∠HBD = ∠EBD · · · (5)以上 (1),(2),(5)より、一辺両端角相等により、△HBD≡△ EBDである。したがって、HD=EDであり、点Dは線分 EHの中点である。■

[解2]BHの延長と辺ACの交点を Fとし、補助線 BEを引く。このとき、 ∠HFC = ∠HDC = 90◦より、向かい合う角の和が 180◦になるので、4点 F,H,D,Cは同一円周上にある。したがって、∠FCD = ∠BHD · · · (1)が言える。また、円周角の定理より ∠ACB = ∠AEB · · · (2)よって、(1),(2)から、∠BHE = ∠BEHが成り立つので、△BHEは二等辺三角形である。すると、頂角 Bから対辺HEにおろした垂線は辺HEの垂直2等分線になるから

HD=EDであり、点Dは線分 EHの中点である。■

この2つの解答例において、最初の1行「BHの延長と辺ACの交点をFとし、補

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助線BEを引く。」を書けるのだろうか。この問題の解決事項は「点Dは線分EHの中点であることを示せ」である。これから、HD=DEであることを示せばよいと推論する。そのために、線分だけで証明を考えるのではなく、ある形の中の1つの線分として比べることを、過去の経験から考える。すなわち [解1]では△ HBDと△EBDが合同であることを示そうとし、そのためには補助線BEを引くことを思いつく。8これが、ボトムアップの方略で、目標状態を「HD=DE」から、「△HBDと△EBDが合同であること」に変化させている。次に、合同条件を思い出し、それが適用できないかを考え、BDは共通で ∠HDB = ∠EDB = 90◦であることは出ているので、∠HBD = ∠EBDから1辺両端角相等で示すことや、BH=BEから直角三角形の合同条件を用いて示せないかと考える。実際、図 8を用いると、BHとACの交点を Fとしたとき、△AFHと△BDHが相似となり、これと円周角の定理を用いれば、∠HBD = ∠EBDを示すことができそうである。よって、点 Fを新たに定めて [解1]の証明を書くことができる。このような直接等しいことが示せない場合に、三段論法を似た間接的に示す方法もよく使われるヒューリスティックスである。ところが、線分 BHと線分 BEに注目してこの2つが同じ長さであることを証明することは難しい。一方 [解2]は、図 8を描き、その図を観察することで導かれる方法である。円が関わる問題で、「円周角の定理」や特に、「円に内接する四角形の性質(やその逆)」を使って問題を解く経験をし、それを思い出せると、この方法を思いつくことが可能だろう。すると、△BHEが二等辺三角形であることに気づき、線分BEに補助線を引くことになる。そして、図を再度見ることで、線分 BDが二等辺三角形の底辺の垂線になることがわかれば証明ができる。これは、トップダウンの方略にあたる。「問題を解くことによって学ぶ」過程は、基本的には問題を解いて得た結果をひとつの「例」として、その例から解くための知識を生成するという「例によって学ぶ」過程に帰着できる。しかし、この過程では、方略や他の知識によって探索の量を減らし、その結果記憶や知覚への負担を減少させるとともに、新たな方略を発見するための糸口がつかめるようにする。また、それによって得られた方略とこれまでの知識とが組み合わされてさらに別の方略が見出される。したがって、問題を解く過程自体が知識の獲得の仕方に大きな影響を与えると考えられる。このように、問題を解いた結果だけでなく、問題解決の過程まで考えると、問題を解くことによって新しい知識が得られたり、それまでの知識の構造が変化するということが、問題を解くことによる重要な産物であることがわかる。そのひとつが、問題解決によって「構え」が生成されることである。平面幾何における補助線の活用がその代表例である。グリーノらは補助線の発見が必要な平面幾何の問題を解くのに、似たような問題を解くことによって構えをつくっておくことが、適切な補助線を短時間で発見することを助けると示した。補助線を引く幾何の問題は補助線の引き方、すなわちオペレータを制限する糸口が見つかりにくいため、問題解決は構

8△ CEDと△ CHDが合同であることを示そうとし、そのために補助線 CHと CEを引くことも考えられる。これは、問題文を読んだときに、どのような図を描いたかに依存する。

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造上難しい。そういう問題では特に、似たような問題を解いて形成される新しい問題を解くときのオペレータの選択の仕方を大幅に制限できるような構えが役に立つのである。しかし、構えを使うことに固執して問題を解決できないことや問題の解き方を限定してしまう事実もある。 

3.4 類推

経験による知識が問題解決では重要な影響を与えているが、実際にわれわれは経験をどのように問題解決に生かしているのかに、注目をあてたのが類推による問題解決の研究である。ここで、ジックとホリオークに研究で取り上げられた類推に関する課題:ダンカーの「腫瘍の問題」について考える。これは現実の放射線治療の方法をある程度反映したものであるが、いきなり解くのは難しく、正答率はかなり低い。

 胃に悪性の腫瘍のある患者がいた。その患者は体力がなく、手術はできないので、放射線によって治療しなければならない。強い放射線を患部にあてれば、腫瘍を破壊することができる。しかし、患部は体の内部にあるので、外から強い放射線をあてると、健康な組織も破壊されてしまう。どのようにすれば腫瘍だけをうまく破壊することができるだろうか?

 この問題を解かせる前に、ある国の中央にある要塞を攻撃しようとしている将軍の話:「要塞の問題」を被験者に呈示する実験を行っている。この話は、要塞が非常に堅固なので大軍で攻めないといけないのだが、途中の道には地雷があって、大軍で通ろうとすると爆発してしまうという設定になっており、腫瘍の問題と同型であるといえる。ジックらは、将軍の話の結末をいく通りかに変え、問題のヒントであると教示した上で被験者に呈示した。すると、将軍が軍隊をいくつかに分割して複数の経路から要塞を攻撃させ、うまく占領することができたという結末をつけた話を呈示した場合には、被験者の7割が腫瘍の問題に正解することができた。腫瘍の問題で考えると、「正常な組織が破壊されない程度の放射線を複数の方向から腫瘍に集中するようにあてる」が正解である。それ以外の結末の場合には正解者はずっと少なかった。また、被験者に要塞の問題を与えなかった場合も同じように、正解者は少なかった。この研究から言えることは、この結末だけからは、問題解決において類似の経験からの類推が有効に働いているように考えられる。しかし、ある課題ではヒントがなければ、あるいはヒントであると教示されなければ、その課題についての知識を別の課題に自発的に当てはめて考えることはしないということもわかる。先の帰納的推論のところで、経験の一般化を制約し、方向付けるのが人間の持つ理論であることは述べた。我々は、生物学の理論、すなわち生物が無生物とどのように異なるかについての体系的な知識を持っている。そして、このような理論をよりどころにして、ある事例について知った特徴を見かけの異なる事例に当てはめ考えている。それに対して腫瘍の問題の場合は、そのような体系的知識があるとは考えられない。「複数の方向から照射する」という解法は十分意味

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があり、腫瘍の問題という特殊な状況で有効であるが、一般に、放射線照射の状況と要塞攻撃の状況を統一的に解釈するような理論があるとは考えられない。そのような理論がなければ、ヒントのない場合、ヒントだと教示されない場合、要塞の問題と腫瘍の問題を無関連なものと考えてしまうのは当然のことである。 この結果から、類推による問題解決が的確になされるためには、2つの問題の持つ共通構造を理解するための知識が必要だということである。チーらの結果では物理学の初心者は問題の表面的な特徴に注目する傾向があることが示されたが、そのような次元での類似性にとらわれていると、類推は逆に問題解決を阻害する場合さえある。では数学の問題解決においては、この「類推」を1つの方略(の中のヒューリスティックス)としてみるために、次の例4にあげる3問について考える。

例4-1) p, q, r, sが正の実数であるとき、次の不等式を証明しなさい。(p2 + 1)(q2 + 1)(r2 + 1)(s2 + 1)

pqrs≧ 16

例4-2) a, bが 0と 1の間の実数であるとき、次の不等式を証明しなさい。(1 − a)(1 − b) > 1 − a − b

例4-3) a, b, c, dが 0と 1の間の実数であるとき、次の不等式を証明しなさい。(1 − a)(1 − b)(1 − c)(1 − d) > 1 − a − b − c − d

例4-1は、p, q, r, sという4文字の問題を、より単純な2文字あるいは1文字の問題に置き換えて考えることによって、この問題の解への洞察を得ようとする。す

なわち、1文字における問題p2 + 1

p≧ 2を類推して、条件 p > 0を利用しようとす

るならば、相加平均≧相乗平均の類題を解いたという経験・知識が生きてきて、後は、4文字すなわち4回掛け合わせるだけで、左辺≧ 24 = 16が示せることになる。このような変数が多く考えにくい問題では変数の少ない問題にすり替えて考えてみるという方略を用いる。すると、例4-3を解くためには、文字を減らした例4-2から類推できる問題であることがわかる。

参考文献

[1] 佐伯胖,「認知心理学講座 3 推論と理解」,東京大学出版会

[2] 鈴木宏昭他,「教科理解の認知心理学」,新曜社 

[3] 御領謙他,「最新認知心理学への招待 -心の働きとしくみを探る」,サイエンス社

[4] 大山正,「認知心理学講座1 認知と心理学」,東京大学出版会

[5] 波多野誼余夫,「認知心理学講座4 学習と発達 」,東京大学出版会

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