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93 Graduate School of Policy and Management, Doshisha University 概 要 本稿ではタイが中所得の罠に陥ってい る可能性を指摘しその要因としてタイの教育 制度の問題点と人的資本形成の遅れを検討す タイ政府が目標とする中所得国から高所得 国への移行を達成するには先進国から技術を 輸入して模倣する経済からイノベーションが 成長を牽引する経済への転換が求められるのためには高度なスキルを有する人材が必要 中等教育や高等教育に対する投資が不可欠 であるいくつかの先行研究によるとタイの 教育は量的に拡大してきたが教育の質がそれ に伴って向上していないとされる国際的学力 調査の結果からも近年基礎的な能力が欠如し ている生徒の比率が上昇していることが確認で きるさらにベトナムとの比較からタイの教 育の質の改善が遅れていることが明らかになっ タイの場合バンコクと地方の学力の格差 が大きいのが特徴であるタイ政府が目指して いる高付加価値産業への移行を達成するために 農村部における学校教育の質の向上が今後 の課題である1はじめに タイは戦後順調に経済成長を遂げてきた 国である1952 年から 2011 年に至る 60 年間 の年平均経済成長率実質6.2%に達し Jitsuchon 201213)、タイは 2011 年に低位 中所得経済から高位中所得経済へと移行した World Bank 2011)。 成長開発委員会200926-27戦後持続的な高成長を達成した 13 カ国経済を選出しているがタイはそ の一国である 1 この持続的な高成長の成果は例えば貧困率の低下によって確認できる内貧困線による貧困率URL 12000 42.3% から 2014 年の 10.5% へと大幅に低 下した 2 UNDPURL 2Table 6によると2005/2006 年におけるタイの多次元貧困率 3 1.0% フィリピン6.3%2013 )、イン ドネシア5.9%2012 )、ベトナム3.9%2013/2014 と比較して低い水準にあるた人間開発指数 (HDI) に関しても2015 年に おいてタイは 0.74 で高位人間開発国に分類さ れているが上記 3 カ国は0.68 0.69 中位人間開発国であるURL 2Table 1)。 しかしタイの成長率は 1997 年のアジア通 貨危機以降低水準のまま推移している1997 年以降の 11 年間の年平均成長率はおよそ 4に過ぎず1963-1993 年の期間の 7%を超える 成長率と対照的であるJitsuchon 201213)。 このような事情を背景にタイが中所得の罠middle-income trapに陥っている可能性につ いて議論されるようになった本稿ではタイがこの中所得の罠に陥っ ている可能性を指摘したうえでその要因とし て教育の質の改善や人的資本形成の遅れについ て検討するタイにおける教育と人的資本形成の問題点 :「中所得の罠の観点から 上田 曜子 1 成長開発委員会20091、「1950 年以降年平均 7%以上で 25 年間以上にわたり成長した国を持続的な高成長に成功した国と みなしたタイの場合1960-1997 年の期間がこの高成長期に相当する2 Jitsuchon 2012 13よると非都市部 non-municipalにおける貧困率は 1986 年の 52.6% から 2010 年の 10.4%へ低下し都市部 municipalでも25.3% から 2.6%と改善している3 多次元貧困率multidimensional poverty headcountについてはURL 2 を参照のこと

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93Graduate School of Policy and Management, Doshisha University

概 要

 本稿では、タイが「中所得の罠」に陥っている可能性を指摘し、その要因としてタイの教育制度の問題点と人的資本形成の遅れを検討する。タイ政府が目標とする中所得国から高所得国への移行を達成するには、先進国から技術を輸入して模倣する経済から、イノベーションが成長を牽引する経済への転換が求められる。そのためには高度なスキルを有する人材が必要で、中等教育や高等教育に対する投資が不可欠である。いくつかの先行研究によると、タイの教育は量的に拡大してきたが、教育の質がそれに伴って向上していないとされる。国際的学力調査の結果からも近年、基礎的な能力が欠如している生徒の比率が上昇していることが確認できる。さらにベトナムとの比較から、タイの教育の質の改善が遅れていることが明らかになった。タイの場合、バンコクと地方の学力の格差が大きいのが特徴である。タイ政府が目指している高付加価値産業への移行を達成するためにも、農村部における学校教育の質の向上が今後の課題である。

1. はじめに

 タイは戦後、順調に経済成長を遂げてきた国である。1952年から 2011年に至る 60年間の年平均経済成長率(実質)は、6.2%に達し

(Jitsuchon 2012:13)、タイは 2011年に、低位中所得経済から高位中所得経済へと移行した(World Bank 2011)。成長開発委員会(2009:26-27)は、戦後、持続的な高成長を達成した13カ国(経済)を選出しているが、タイはその一国である 1。この持続的な高成長の成果は、例えば貧困率の低下によって確認できる。国内貧困線による貧困率(URL 1)は、2000年の 42.3%から 2014年の 10.5%へと大幅に低下した 2。UNDP(URL 2:Table 6)によると、2005/2006年におけるタイの多次元貧困率 3は1.0%と、フィリピン(6.3%、2013年)、インドネシア(5.9%、2012年)、ベトナム(3.9%、2013/2014年)と比較して低い水準にある。また人間開発指数 (HDI)に関しても、2015年においてタイは 0.74で高位人間開発国に分類されているが、上記 3カ国は、約 0.68~ 0.69の中位人間開発国である(URL 2:Table 1)。 しかし、タイの成長率は 1997年のアジア通貨危機以降、低水準のまま推移している。1997年以降の 11年間の年平均成長率は、およそ 4%に過ぎず、1963-1993年の期間の 7%を超える成長率と対照的である(Jitsuchon 2012:13)。このような事情を背景に、タイが「中所得の罠」(middle-income trap)に陥っている可能性について議論されるようになった。 本稿では、タイがこの「中所得の罠」に陥っている可能性を指摘したうえで、その要因として教育の質の改善や人的資本形成の遅れについて検討する。

タイにおける教育と人的資本形成の問題点:「中所得の罠」の観点から

上田 曜子

1 成長開発委員会(2009:1)は、「1950年以降、年平均 7%以上で 25年間以上にわたり成長した国」を持続的な高成長に成功した国とみなした。タイの場合、1960-1997年の期間がこの高成長期に相当する。

2 Jitsuchon(2012:13)よると、非都市部(non-municipal)における貧困率は 1986年の 52.6%から 2010年の 10.4%へ低下し、都市部(municipal)でも、25.3%から 2.6%と改善している。

3 多次元貧困率(multidimensional poverty headcount)については、URL 2を参照のこと。

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上田 曜子94

頻度が偏って高いことを明らかにした。 ところで実証分析において「中所得の罠」は、絶対的な所得水準と相対的な所得水準の両方から定義可能である(World Bank 2013:12;戸堂 2015:93-95))。後者による定義については、World Bank(2013:12)は、アメリカの所得水準を基準として相対的に中所得経済を定義し、1960年から 2008年の間に、アメリカの所得水準との格差を縮めて、中所得経済から高所得経済に移行できたのか否かを検証している。 この分析によると、1960年に相対的に中所得と定義された 101の経済のうち、アメリカにキャッチアップして 2008年までに高所得へ移行できたのは、わずか 13の経済のみである。タイは 1960年以降、中所得にとどまり 2008年までに高所得に移行できなかったため、「中所得の罠」に陥っている国とされている(Jitsuchon 2012:14)。また戸堂(2015:94-95)による相対的な定義によっても、タイが「中所得の罠」にはまっている可能性が指摘されている。 タイが中所得の罠に陥った時期については、Jitsuchon(2012:14)は 1994-1995年頃とする研究を紹介している。Aiyar et al.(2013:Table A.2.1.)は、1955-2009年の期間を 5年ごとに区切ったうえで、138か国の経済成長の減速がどの時期に観察されたのかについて分析を行った。その結果、タイは 1995-2000年の時期に経済成長が後退している。以上の研究から、タイが罠にはまったのは 1990年代中頃と推測することができる。

3. 「中所得の罠」回避のために労働力に求められるスキル

 2節での分析を踏まえると、低所得から中所得に移行した国が、状況の変化に対応した適切な政策や発展戦略への切り替えに失敗したときに、「中所得の罠」に陥りやすくなると考えられる。 Otsuka, Higuchi and Sonobe(2017:2)は、「中所得の罠とは経済の減速そのものではなく、減速の悪化である」と新しい定義を提示している。そのうえで、その減速の悪化は、第一に政府が、そして第二に民間部門が、高成長から緩やかな成長への移行に対して適切に対処しなかったこ

2. 「中所得の罠」の定義:タイは罠に陥っているのか?

 東アジアの新興国に関して、「中所得の罠」に関する研究の先駆けとなったのは Gill and Kharas(2007:17)である。その後、Kharas and Kohli(2011:281-282)は「中所得の罠」が、「貧困の罠を回避して中所得の水準に到達したが、その後、先進国の水準に達することができずに停滞している国」でみられるとし、この罠に陥っている国は「製造業の輸出では低所得・低賃金の経済と競争することができず、また高度な技術が必要とされるイノベーションでは先進経済と競争することができない」としている。換言すると、この罠に陥っている国は「低コストの労働と資本に依存した資源主導型の成長から、生産性主導型の成長へ適切に移行できない」状態にある。 World Bank(2013:12)は「戦後、多くの国が急速に発展して中所得となったが、その中で高所得の地位にまで到達したのはわずかの国にとどまっている」と述べ、その他の国は「中所得の罠」に陥っているとした。低所得国の高成長を促進する要因(低コストの労働力と、海外で開発された技術の適用が容易であること)は、中所得あるいは高位中所得の水準に到達すると消滅する。 経済が中所得の水準に達すると、農村部の不完全雇用労働者が減少して賃金が上昇し、技術がキャッチアップする余地もなくなり、労働集約的な輸出品は国際競争力を失ってしまう。海外技術への依存から脱出して、イノベーションを通じた生産性の上昇を実現できなければ、これらの国は「中所得の罠」に陥ってしまうと分析する。 このように通常「中所得の罠」は、高成長の期間を経て中所得国の仲間入りを果たしたのちに、中長期にわたる経済の停滞あるいは後退に陥ることを指している。これに関する実証研究としては、Eichengreen, Park and Shin(2013)が、経済減速の発生に関して、一人当たり所得(2005年、購買力平価)10,000-11,000ドルと 15,000-16,000ドルという 2つのモードが存在することを明らかにした。Aiyar et al.(2013)は、低所得国、中所得国、高所得国それぞれの経済成長が減速する頻度を分析し、中所得国グループの

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タイにおける教育と人的資本形成の問題点 95

ようなものであろうか。Jimenez, Nguyen, and Patrinos(2012:5-10)は、中所得国は付加価値が低い労働集約的な製造業や組み立て作業から、より生産性が高く高付加価値の産業へ移行する必要があるため、基礎教育だけでは不十分で、より高度な教育課程に進んだ若い労働力が求められるとしている。彼らに要求されるスキルとは、後期中等教育および高等教育レベルの技術的スキルである。そこで重要となってくるのが、科学、技術、工学そして数学というSTEM教育であり、STEMに関連した職業が、経済成長とイノベーションを促進する原動力になると論じている。 Otsuka, Higuchi and Sonobe(2017:12)は、一人当たり GDPが低いときは、技術は容易に模倣可能であるが、先進国との技術格差が縮小するにつれて、技術を経済成長のために有効活用するには、より高度な教育を受けた人的資本が必要となってくると述べている。中所得国にとっては、技術の模倣による成長からイノベーションによる成長へと転換することが重要である。従って、中等教育と高等教育に対する投資と R&D能力に対する投資が十分でなければ、「中所得の罠」に陥る可能性があると示唆している。 ADB(2008:67, 69-70)は、スキルの不足がアジアの新興国で広く観察されるとし、その一例としてタイについても言及している。タイは低賃金国からの追い上げによって、産業技術の高度化と近代的サービス業への移行を余儀なくされているため、スキル不足がより深刻な問題になっていると論じている。またタイの教育制度の問題は、量的な問題ではなく、教育の質の低さにあるという。高等教育修了者の比率は、同水準の所得レベルの国と比べると、若干高いにもかかわらず、タイでは管理職や技術職の労働者が不足している。このようにタイの高等教育は、産業界で必要とされているスキルを習得した人材育成に失敗していると指摘する。 ところで、人的資本に関する先駆的な研究である Schultz(1961:1)は、「有益なスキルや知識」を習得することは人的な能力に対する投資であると認識している。そして、このような投資の結果、生産が拡大し所得が上昇するとして、人的資本が経済成長において果たす役割を明確にした。Romer(1990a, 1990b)は、人的資本あ

とに起因すると指摘する。 また Jitsuchon(2012:15)は、国民経済モデルや政策を環境の変化に適応させることに失敗した国は罠に陥りやすいと述べ、タイはこれに該当するとしている。タイにおいては貧困から脱出する際に有効であったモデル(低賃金労働に依存し、技術を輸入する低イノベーション経済)はすでにその有効性を失っているという。 Aiyar et al.(2013:Figure 7)は、中所得国において経済成長の減速を引き起こす要因として、制度(政府の経済への関与、法の支配、規制の緩やかさ)、人口(従属人口指数)、インフラストラクチャー(電話回線、道路網)、マクロ経済的要因(グロスの資本流入、資本流入と貿易の開放度の変化、GDPに対する投資の比率の変化)、貿易構造(地域統合、GDP加重の距離)の 5つの要因に着目し、タイを含むアジアの中所得国 7カ国の強みと弱みを分析している。この研究によれば、タイは他国と比較すると、制度とインフラストラクチャーに改善の余地があり、これらを整備することによって、さらなる経済成長減速のリスクを低減することが可能であるという結果が示されている。つまり、タイの場合は制度とインフラストラクチャーが、経済の構造的な変化に追いついていないという要因を指摘している。 Jimenez, Nguyen and Patrinos(2012:2) は、教育が労働生産性を高めるような正しいスキルを提供することが、「中所得の罠」を回避するための重要な鍵となりうると述べている。つまり、教育が中所得から高所得に移行するために必要なスキルを国民に習得させることに失敗すると、その国は罠に陥りやすくなるのである。 ところで、Acemoglu and Autor(2010:1)はスキルを仕事(task)と区別したうえで、スキルを「労働者が備え持つ、様々な仕事をこなすための能力」と定義し、「労働者は賃金と交換に、そのスキルを仕事に適用する。そしてそのスキルが生産物を生産する」と述べている。ADB(2008:62)では、スキルを「一定の能力水準で、生産的な仕事を遂行する能力」と定義し、スキルは生産的な仕事を遂行するために必要な知識と経験のストックと類似した概念であるとしている。 それでは、中所得国から高所得国に移行するために労働者に求められるスキルとはどの

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上田 曜子96

の減速が「中所得の罠」4に起因しているのかどうかを判断するときに、その経済における教育の量と質の水準が明快な基準となると述べている。ある中所得経済の所得が他の中所得経済よりも低い水準に収束しつつあり 5、かつ当該経済の教育水準が他の中所得経済と比べてかなり低いならば、その経済は「中所得の罠」に陥っていると判断される。 また同研究は、東アジア諸国(タイを含む12カ国)に関する回帰分析を行い、就学年数の増加、つまり教育の量的拡大が同諸国の経済成長促進において重要な役割を果たしてきたことを明らかにした。特に分析対象期間(1960-2010年)の後半(1985-2010年)においては、教育の量的拡大、なかでも中等教育と高等教育における就学年数の拡大がより重要な意味を持ってくる。これは、前述したように、先進国との技術格差が縮小するにつれて、技術革新の能力が求められるようになり、そのためにより高度な教育を受けた人材の重要性が高まるためである。 次に、教育の質について検討する。Hanushek and Woessmann(2008:608-609)は、国際的学力調査の結果のパネルデータを用いて、教育の質が経済成長に与える影響を明らかにした。特筆すべきは、途上国で鍵となるのが認知スキル(cognitive skills)であるとした点である。認知スキルを国際的なテスト(数学、科学そして読解力)の結果を用いて測定し、教育の量的拡大(就学年数)よりも認知スキルの方が、個人の収入、所得分配、そして経済成長とより密接に関係していることを示している。 この研究によると、質の高い学校教育が認知スキルを改善し、また認知スキルの形成は、正規の学校教育以外にも家族、友人、文化などを通じて行われる。そして、認知スキルの向上に失敗した学校教育が経済発展に与える影響は限定的であるとしている。 ところでタイの学校教育の量(平均就学年数)は、表 1が示すように拡大してきた。そこで次に、タイにおける学校教育の量的拡大が、国民

るいは教育が経済成長の過程で果たす重要性について分析を行い、人的資本の水準が経済成長に影響を与えることを明らかにした。

4.タイの教育と「中所得の罠」

 教育や人的資本形成の遅れと「中所得の罠」の関係については、多くの研究が指摘するところである。以下では、この点に焦点を絞って論じていきたい。 まず教育が経済成長を促進する経路について、Hanushek and Woessmann(2008:627-628)は、経済理論の観点から 3つのメカニズムを指摘する。第一に、教育は労働力の人的資本を増大させ、その結果、労働生産性が上昇し、経済はより大きな産出量の均衡点へと移行する。第二に、教育はその経済の革新的能力を増大させて、新しい技術・生産物・プロセスに関する新知識が成長を促進する。そして第三に、教育は知識を普及させ伝達することを通じて経済成長を促進する。ここで必要とされている知識とは、新しい情報を理解し処理する知識と新技術を使いこなす知識である。 なお、教育と経済成長の関係を考慮する際には、教育の量的拡大と質の向上の 2点を分けて考える必要がある。まず教育の量的拡大と「中所得の罠」の関係については、中所得国の実証研究を行った Eichengreen, Park and Shin(2013)が参考になる。中等教育及び高等教育の就学年数の上昇という教育の量的拡大が、成長減速の回避に影響を与えることを明らかにした。つまり、中等教育と大学レベル以上の卒業生が増加して、より質の高い人的資本の形成が進むと、その国の経済停滞は抑制される。これは、中所得国が経済成長の減速を回避するには、より高度な技術を必要とする財やサービスの生産へ移行することが鍵となるが、そのためにはより進んだ教育を受けた人材の量的拡大が欠かせないからである。 Otsuka, Higuchi and Sonobe(2017)は、成長

4 ここでの「中所得の罠」は、前述の通り、経済成長の減速そのものではなく、その減速の悪化という定義に従っている。5 Otsuka, Higuchi and Sonobe(2017:3)は、先進経済・途上経済にかかわらず、すべての経済において、その一人当たり所得が一定の水準に収束しつつあると考えるならば、同じ所得水準からスタートした途上経済の中でも、他よりも低い水準の所得に収束する途上経済が存在する可能性を指摘した。同論文では、このような途上経済を premature slowdownの状態にあるとした。

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タイにおける教育と人的資本形成の問題点 97

フィリピン(表 1)と比較してみると、9年間の学校教育を修了しかつ基本的な認知スキルを習得した 15-19歳人口比率はタイがフィリピンを大きく上回っている。この研究からは、タイは少なくともフィリピンより質の高い教育を提供していると推測できる。 続いてタイの教育の質について、さらに踏み込んで検討を行いたい。World Bank(2012)は、以下 3点に示すようにタイの教育の質が低下していること、さらにそれがタイの教育制度の効率性の低下に起因すると分析している。第一に2006年と 2009年の PISAの結果から、タイの生徒(15歳)の 43~ 45%が推論するために必要な情報や、ある条件を満たすために必要な情報を見つけ出す基礎的な読解(reading)力を有していないと述べている。PISAは、若者が知識とスキルを実際の生活の中で適用する能力を評価することに重点を置いている。読解力は、PISAでは基本的な機能的識字力とみなされ、国民が労働市場に参加するために最低限必要な能力とされる。ここで言及している基礎的な読解力とは、そのレベルに到達して初めて、その生徒が、その後の人生で自身の読解力から利益を得られるようになるレベルと見做されている(World Bank 2012:19, 32)。2006 年から 2009

の認知スキルの形成を伴っているのかについて検討したい。 Hanushek and Woessmann(2008:652-657)は、教育の量と質に関するデータ、つまり 15-19歳人口の就学年数と国際的学力テストの結果を組み合わせて、途上国においては学校教育をある程度受けていても、基本的な認知スキルである機能的識字能力を有さない若者が大きな比率を占めることを明らかにしている。タイの場合、2000年代初頭において 6 15-19歳人口のうち、71%が 9年間の学校教育を修了しているが、その中で基本的な読み書き・計算能力・科学的リテラシーという認知スキルを習得した比率はおよそ 6割にとどまっている。残りの 4割は 9年間の学校教育を修了したにもかかわらず、国の経済発展に必要とされる基本的認知スキルを習得していない(図 1)。 2000年において平均就学年数がほぼ同じ

1950年 1970年 1990年 2000年 2010年タイ 3.47 4.02 7.26 8.35 10.48

フィリピン 3.04 5.82 7.99 8.53 9.10

表 1 タイとフィリピンの平均就学年数(15 歳 -24 歳)

出所 URL3

6 タイに関して使用したデータは、就学年数が 2002年、国際的学力テストは PISA2003年の結果である。なお PISA(Programme for International Student Assessment)は、OECDが 15歳児を対象に実施している国際的な学習到達度(読解力、数学的リテラシー、科学的リテラシー)に関する調査である。

図1 タイとフィリピンにおける教育欠如(15 歳 -19 歳)の類型

注 データは、2000年代初頭に実施された国際的学力調査の結果に基づいている。出所 Hanushek and Woessmann(2008:Figure 14).

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上田 曜子98

 続いて、タイの低成長を教育の質の低さに帰している Jimenez, Nguyen, and Patrinos(2012:5-10)による分析を紹介する。まずタイにおける中等教育と高等教育の量的拡大が、期待される水準よりも低いと述べたうえで 8、教育の質について、PISA(2000年、2003年、2006年、2009年)と TIMSS(1995年、1999年、2003年、2007年)の結果を用いて検討している。タイの生徒の数学のスコアはインドネシアやフィリピンを上回っているものの、香港、日本、韓国、シンガポール等と比べるとかなり劣っていること、そして 1999年から 2007年にかけて、数学の平均スコアが低下していることを指摘する。 また、この PISAと TIMSSの結果に加えて、世界経済フォーラム(World Economic Forum)の調査結果 9を用いて、教育の質を検証している。この調査は雇用者の主観に基づいているという制約はあるものの、タイの数学と科学の教育の質が、アジアの他経済(シンガポール、香港、韓国、マレーシア)と比べると低い水準にあるという結果が示されている。 続いて、教育による便益の大きさを示す教育投資収益率を用いて、タイの教育の質について検討したい。Psacharopoulos and Patrinos(2004)は、98か国の収益率を推計して、以下の点を明らかにした。追加的な 1年間の学校教育の平均収益率は 10%であること、低所得国と中所得国で収益率が高く高所得国では低いこと、そして地域別にみると、ラテンアメリカ・カリブ地域とサブサハラ地域の収益率が最も高く、アジア(非 OECD諸国)の値はほぼ平均値(10%)であることなどである。 つまりこの研究によると、一人当たり所得水準が上昇するにつれ、教育投資収益率は低下する。これは、低所得経済では質の高い労働力が不足しているため、教育投資収益率が高くなるからである。従って、この収益率はその国において熟練労働力がどの程度不足しているのかを示す指標となりうる(Jimenez, Nguyen, and

年にかけて、タイではこの比率がわずかに減少したとはいえ、これは将来のタイ労働市場が著しく機能的識字力が欠如した状態に陥ることの兆候であるとしている(World Bank 2012:2)。 第二に、TIMSS7の数学リテラシーに関するスコアが、1999年、2004年、2007年と連続して低下していることを指摘する。そして数学リテラシーに関して、「基本的な数学の知識を単純な状況に適用できる」能力を、現代の知識経済に参加するには必須の能力としたうえで、この水準に達している生徒(第 8学年)の比率を示している。2007年において、この比率は34%であり、これは 1999年の 45%から大幅に低下した。そして 1999年から 2007年の期間において、第 8学年の生徒の絶対数は増加しているにもかかわらず、この能力を有する第 8学年の生徒の絶対数は 17%減少した。これはタイにおける人的資本の成長率の低下を示唆しているという。表1が示すように、同期間においてタイの教育の量的拡大(平均就学年数)は進んでいる。従って、タイにおける人的資本の成長率の低下は、専ら教育の質の低下に起因すると結論付けている(World Bank 2012:20-21)。 ところで、PISAでは、生徒のジェンダーや社会経済的背景(家庭にある本の冊数、家計の富、母親の教育水準、家庭で使用する言語)についても調査を行っている。そこで第三にWorld Bank(2012:21-24)は、2006年における PISAの読解力のスコアが 2000年と比べて下がった要因を、生徒の社会経済的背景によって説明できる部分と、教育制度の効率性の変化に起因する部分とに分けて分析を行っている。その結果、タイの教育の質の低下は、生徒の特徴の変化によるものではなく、教育制度がより非効率的になったためであると明らかにした。そして、タイの人的資本の成長を促すためには、就学率の上昇を通じて教育の量を拡大するよりも、教育の質の改善に政策立案者が力を入れるべきであるとしている。

7 TIMSS(Trends in International Mathematics and Science Study)は、生徒の算数・数学及び理科の到達度に関する国際的調査で 4年に一度実施されている。TIMSSが学校で生徒が学ぶカリキュラムの内容に重点を置いているのに対し、PISAは、15歳の生徒が実生活の中で知識とスキルを応用する能力の測定に重きを置いている(World Bank 2012:31)。PISAについては注 6を参照のこと。

8 2009年における中等教育の総就学率は、高位中所得経済の平均が 83%、高所得経済の平均が 101%であったのに対し、タイは 76%であった。また高等教育の総就学率は、タイは 45%と OECD諸国の平均(72%)及び韓国(100%)を大きく下回っていた(Jimenez, Nguyen, and Patrinos 2012:6)。

9 世界経済フォーラムのデータは、雇用主(business leaders)に対して質問票を用いて実施した調査の結果である。雇用主に対して、その国の教育の質(小学校と教育制度の質、従業員研修の程度)を尋ねている。詳細は、World Economic Forum(2017)を参照のこと。

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タイにおける教育と人的資本形成の問題点 99

ルであるのに対し、ベトナムは 204ドルとタイの 60%弱の水準にある(URL7)。 表 3によると、タイの一人当たり所得水準はベトナムを大きく上回っているにもかかわらず、25歳以上人口の平均就学年数はほぼ同じ値である。就学年齢の子供が将来にわたり受けると予測される教育年数にも、さほど大きな違いは見られない。表 1では、タイの教育の量的拡大がフィリピンより順調に進展してきたと述べたが、ベトナムと比較するならば、タイは一人当たり所得の上昇に見合った教育の量的拡大を達成していないといえる。 3節で述べたように、中所得国が経済成長を持続するには、イノベーションを促進する能力が要求され、そのために教育の量的拡大と質の改善が不可欠である。表 3は、タイが目標としている産業の高度化に、教育の量的拡大が追い付いていないことを示唆している。これが、タイが「中所得の罠」におちいったとされる第一の要因であろう。国民の就学年数を引き上げるには、長い時間を要する。従って、プラユット政権が「中所得の罠」回避のために掲げる「タイランド 4.0」11ビジョンを実現するには、従

Patrinos 2012:10)。 教育投資収益率は、個人の教育投資収益率である私的収益率と、教育の外部性も含めた社会的収益率に分類される。タイの私的収益率の1985年以降の動向(表 2)をみると、全体として低下傾向にはない。よってタイの場合は、就学する生徒数や卒業生の数が増加したにもかかわらず、私的収益率は低下していないことになる。つまり、人的資本のストックが拡大したにもかかわらず、必要とされる技能を習得した熟練労働力の不足問題は解消されていないと推測できる。これに対して、韓国の収益率は、1980年代初めから中頃の 15%を超える値から、その後は順調に低下して 7%となった(Jimenez, Nguyen, and Patrinos 2012:11)。 続いて、ベトナムとの比較を行う。タイをベトナムと比較するのは、タイ政府が産業の高度化を急ぐ理由の一つとして、ベトナムからの追い上げを危惧しているという点を指摘できるからである 10。タイの賃金が上昇した結果、低賃金労働に依存する労働集約的産業の競争力をタイは失った。2016年 10月時点における製造業(作業員)の基本給(月給)は、タイが 346ド

年 私的収益率 データの出所1985年、1995年、1998年 10-11% Hawley(2004:Table 3)2002年 15% Jimenez, Nguyen, and Patrinos(2012:11)2009年 13.5% 2002年と同

表 2 タイにおける教育の私的収益率

10 タイが参加していない TPP(環太平洋パートナーシップ)にベトナムが参加していたため、タイ政府はベトナムが米国市場への輸出拡大を通じて急速に経済成長し、タイを脅かす存在になることを危惧していた。ところが、2017年 1月に米国のトランプ大統領が米国の TPP離脱を正式に表明したことにより、タイ政府は安堵しているという。2017年 3月 15日、BOI(タイ投資委員会)の Senior Executive Advisorからの聞き取り調査による。

11 「タイランド 4.0」は「中所得の罠」回避のためのタイ政府のビジョンである。産業の高度化と高付加価値産業への移行を目標として、10の重点産業(次世代自動車、スマートエレクトロニクスなど)への投資を拡大することを通じて、持続可能な経済成長を目指している。そこでは、物的資本主導型の成長から、イノベーション主導型の成長への移行が目標として明示されている(ジェトロ 2017)。

一人当たり GNI(2015年)

25歳以上の国民が受けた教育の平均年数

就学年齢の子供がその後の生涯で受けると予測される教育年数

2010年 2015年 2010年 2015年タイ 5,690 USドル 7.3 7.9 13.3 13.6

ベトナム 1,990 USドル 7.5 8.0 12.0 12.6

表 3 タイとベトナムの比較

出所 URL2、URL5.

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上田 曜子100

歳であることから、特に中等教育の質を改善することが急務であると考えられる。タイの中等教育の純就学率は 82.6%(2015年)と、高位中所得経済の平均 79.1%を上回る水準に達している(URL5)ので、今後の課題は質の改善である。 World Bank(2012:26) は、PISA や TIMSSの結果から、生徒の能力に関してバンコクと地方の生徒の格差が大きいという点を指摘する。バンコクの生徒は、米国のような高所得経済とほぼ同じ成績分布を示しているので、学力は高いと判断できる。従って、タイにおける課題は、農村部の学校教育の質の向上をいかに図るかという点に集約できる。 タイの全国教育水準・質評価局(ONESQA:Office for National Education Standards and Quality Assessment)は、2008年に学校の質を評価するために全国規模の調査を行った。その結果、調査対象となった 15,515校のうち、約 20%に相当する 3,243校が最低限の質の基準を満たしていなかった。そして、このような学校の過半数が農村部の学校であった(Lounkaew 2013:213)。

来のように外国企業の力を借りることによって、タイ国内の人的資本のストックの不足を補うことが必要となる 12。人的資本の不足から、これまでのような外資(とりわけ日本資本)に依存する形で経済発展を進めるという戦略から卒業することは難しいのである。高位中所得経済から高所得へ移行するには、イノベーションの能力が求められるが、これについてもある程度外資に依存せざるを得ないというのが現状といえよう。 表 4では、2012年から PISAに参加を開始したベトナムとの比較を行い、タイの教育の質について検討する。その結果から、科学、読解力、数学のいずれにおいても、基礎的能力が欠如した生徒(15歳)のタイの比率がベトナムをはるかに上回っていることがわかる。またタイは、いずれの分野においても、2012年から 2015年にかけて基礎的能力に到達していない生徒の比率が上昇している。 タイの一人当たり GNIがベトナムよりもかなり高いことを考慮すると、タイに必要なのは、生徒の基礎的能力を高めるような教育の質の向上であることがわかる。PISAの調査対象が 15

12 この点に関して、ソムキット副首相は「タイは改革を急がなければならない。タイがここまで発展したのは日本のおかげであり、この改革も日本の官民の協力がなければ成功しない。現在の変革期にも日本からの投資をお願いしたい」と述べている(ソムキット 2017)。

出所 URL6.

科学的リテラシー:基礎的科学能力に到達していない生徒の比率

PISA2012年 PISA2015年 PISA2015年マイナスPISA2012年の値

タイ 33.6% 46.7% 13.1

ベトナム 6.7% 5.9% -0.8

表 4 15 歳の生徒の習熟度

読解力:基礎的読解力に到達していない生徒の比率

PISA2012年 PISA2015年 PISA2015年マイナスPISA2012年の値

タイ 33.0% 50.0% 17.0

ベトナム 9.4% 13.8% 4.4

数学的リテラシー:基礎的数学能力に到達していない生徒の比率

PISA2012年 PISA2015年 PISA2015年マイナスPISA2012年の値

タイ 49.7% 53.8% 4.4

ベトナム 14.2% 19.1% 4.9

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タイにおける教育と人的資本形成の問題点 101

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 Lounkaew(2017)によると、タイの学校教師の異動は、勤務している学校でいかに業績を上げたかによって決定されるという。農村部の学校で成果を出せない教師は、他校への異動が難しく、その結果、農村には質の低い教師が留まることになるという。

5.結語

 「中所得の罠」に陥った可能性を指摘されるタイでは、プラユット政権の下で、それを回避するための戦略「タイランド 4.0」が動き出している。本稿では、これまでの研究成果の検討を通して、タイにおける「中所得の罠」の要因として、特に教育の質の改善が遅れているという問題を指摘した。この点に関しては、特に農村部の学校で深刻である。 本稿ではタイの人的資本の形成が、一人当たり所得の上昇に追いついていないという現状について分析した。筆者はこれまで、日本の直接投資がタイの自動車産業の発展や地場の企業家層の形成において果たした役割を考察してきた。そこで明らかになったのは、現在のタイを代表する自動車産業が日本企業と日本の技術に大きく依存する形で成長してきたということである。タイ資本の部品メーカーの中で、日本のメーカーと競合する実力を有する地場企業においても、技術に関しては雇用した日本人技術者や、合弁相手の日本企業に依存していた(Ueda 2009)。 このような状況から判断して、高付加価値産業へ移行するための戦略「タイランド 4.0」においても、外国企業の力を借りずに目標を達成するのは困難である。プラユット首相は、2016年、2036年までにタイが先進国の仲間入りを果たすと公言した。タイが低所得国から高位中所得国へ成長した際に有効であった外資依存型の経済発展モデルは、高所得国へ移行するという目的に対してはその有効性を失うであろう。今後タイ経済が活路を見出すためにも、教育の質の改善が急務である。

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その他

ジェトロ(2017)シンポジウム配布資料「タイ投資シンポジウム:アジアの次世代ハブを目指して」(ジェトロ主催、2017年 6月 7日、東京)。ソムキット・チャトゥシーピタック(2017)「タイ投資シンポジウム:アジアの次世代ハブを目指して」(ジェトロ主催、2017年 6月 7日、東京)における基調講演「タイランド 4.0により拡大するオポチュニチィ」。Lounkaew, Kiatanantha (2017) Urban-Rural Differences in Educational Achievement in Thailand (presentation, 13th International Conference on Thai Studies, Chiang Mai, Thailand, July 16, 2017).