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議題1:ファッションの歴史を再考する ①複製技術の時代とファッション ②パクりと模倣のファッション史 [要約]ファッションの歴史を考えたとき、ヴァルター・ベンヤミン が見抜いた複製技術の発展による模倣可能性の増大、またガブリエ ル・タルドの唱えた社会の基本的な現象としての模倣の法則によって 更新されてきたと解釈できるファッションを「パクりの文化史」とし て捉え直す。1960年代のイヴ・サンローランのドレス「モンドリアン」が ピエト・モンドリアンの作品《赤・黄・青のコンポジション》(1921)を モチーフにしてデザインされたように、オートクチュール、プレタポ ルテ、ファストファッションに至るまで模倣が散見される。 水野── 一見無作為に見えるんだけれども、1920年代のモンドリア ンの絵画をモチーフにイヴ・サンローランが40年後に時代精神を読ん で恣意的につくったということですよね。なぜモンドリアンなのか。 そして、それがコピーなのか、インスピレーション源なのか、オマー ジュなのか、アプロプリエーション(奪用)なのか。ここで問題にす べきはそのあたりです。 パリコレで発表されたデザインが即座にコピーされていることは皆 さんもご存知のとおりですが、それを可能にしている法的な論拠につ いてはあまり知られていません。僕らとしてはその仕組みをしっかり 理解していくところに〈更新〉の可能性を感じています。 議題2:ファッションの意味論 ①ジャーナリスティックな流行論/ファッション批評の歴史的背景 ②ゼロ年代のファッション/アーキテクチャによる支援 [要約]議題1で紹介された複製技術論を引き継ぐかたちで、ボード リヤールの消費社会論を介して90年代の日本のファッション批評が共 有していた前提を検討。ゼロ年代以降展開されたポップ/サブカル チャー批評やカルチュラル・スタディーズの議論をファッションとい う縦糸のもとに再整理。インターネットアーキテクチャに支援された、 ゼロ年代版消費社会論としての〈データベース消費〉とコスプレ、ス トリートファッションとの関係性や、無場所的なウェブ空間と呼応す る〈郊外文学論〉や〈ショッピングモーライゼーション〉とファスト ファッション、ギャル/ギャル男論との親和性など、幅広く検討。そ れらゼロ年代を通じて見られたファッションにおける生産/消費構造 の変化に通底する原因として、アーキテクチャの変容が指摘された。 小林──ハウス・ミュージックに代表されるようなサンプリングの思 想というのは80年代以降、現代的な創造性の条件として理論的にも整 えられてきており、『海賊のジレンマ』という本では、ファッション デザインにおいて、相互の模倣というものが創造性を高めるといった ような指摘がされています。 水野──パクり合ってなんぼだということですよね。 小林──この本ではそのように書かれていますが、おそらくそういっ た、すべてが自由にパクりパクられるなかで創造性が高まっていくと 日時:2012.9.9 18:30 ~ 21:00@ぴゃるこ ゲスト登壇者:山口壮大(ぴゃるこディレクター)、高野公三子(ウェブマ ガジン「アクロス」編集部編集長)、向千鶴(「WWD モバイル」編集長兼 『WWD ジャパン』ファッションディレクター) 登壇者:水野大二郎(慶應義塾大学環境情報学部専任講師/『fashionista』 編集委員/FabLab Japanメンバー)、永井幸輔(Arts and Law/弁護士)、 金森香(NPO 法人ドリフターズ・インターナショナル)、小原和也(慶應 義塾大学大学院政策・メディア研究科)、小林嶺(早稲田大学/繊維研究会) NPO法人ドリフターズ・インターナショナルの金森香、Arts and Lawの永井幸輔・岩倉悠子、有限会社オープンクローズの幸田泰利が企画・制作し、批評誌 『fashionista』の責任編集を務める水野大二郎氏をモデレーターに、2012年9月から約半年、全7回にわたり、「ファッションは更新できるのか?」について 議論するセミクローズド会議です。 〈「ファッションは更新できるのか?会議」とは〉 消費者のソーシャル化、知的財産権への意識の高まりといった社会状況の変化は、現在のファッション産業に避け難い変容をもたらすと同時に、新しい創造 性を獲得する契機をもたらしています。この会議では、他分野における現状とファッション界の状況を対比し、社会の「設計」や「構造」=アーキテクチャ と向きあって試行錯誤を行っている実践者(デザイナー/メゾン関係者)、販売店、批評家、メディア関係者、ウェブデザイナー、研究者、法律家などを招 き、ファッションの更新の可能性について議論します。 〈会議の概要〉 vol.0 『キックオフ/前提の確認/“パクり”の文化史』 ※1 ※4 ※3 ※5 ※6 ※7 ※2 議事録 No.

ファッションは更新できるのか?会議 vol.0 『キックオフ/前提の確認/“パクり”の文化史』 議事録

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〈「ファッションは更新できるのか?会議」とは〉NPO法人ドリフターズ・インターナショナルの金森香、Arts and Lawの永井幸輔・岩倉悠子、有限会社オープンクローズの幸田泰利が企画・制作し、批評誌『fashionista』の責任編集を勤める水野大二郎氏をモデレーターに、2012年9月から約半年、全7回にわたり、「ファッションは更新できるのか?」について議論するセミクローズド会議です。〈会議の概要〉消費者のソーシャル化、知的財産権への意識の高まり、といった社会状況の変化は、現在のファッション産業に避け難い変容をもたらすと同時に、新しい創造性を獲得する契機をもたらしています。この会議では、他分野における現状とファッション界の状況を対比し、社会の「設計」や「構造」=アーキテクチャと向きあって試行錯誤を行っている実践者(デザイナー/メゾン関係者)、販売店、批評家、メディア関係者、ウェブデザイナー、研究者、法律家などを招き、ファッションの更新の可能性について議論します。日時:2012.9.9 18:30~21:00場所:ぴゃるこ会議モデレーター:水野大二郎(慶応義塾大学環境情報学部専任講師/fashionista編集委員/FabLab Japanメンバー)ゲスト登壇者:山口壮大(ぴゃるこディレクター)、高野公三子(ウェブマガジン「アクロス」編集部編集長)、向千鶴(「WWD モバイル」編集長兼『WWD ジャパン』ファッションディレクター)登壇者:永井幸輔(Arts and Law/弁護士)、金森香(NPO法人ドリフターズ・インターナショナル)、小原和也(慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科)、小林嶺(早稲田大学/繊維研究会)常任委員:幸田康利(有限会社オープンクローズ)、岩倉悠子(Arts and Law)、山本さくら(NPO法人ドリフターズ・インターナショナル)

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Page 1: ファッションは更新できるのか?会議 vol.0 『キックオフ/前提の確認/“パクり”の文化史』 議事録

議題1:ファッションの歴史を再考する

①複製技術の時代とファッション

②パクりと模倣のファッション史

[要約]ファッションの歴史を考えたとき、ヴァルター・ベンヤミン

が見抜いた複製技術の発展による模倣可能性の増大、またガブリエ

ル・タルドの唱えた社会の基本的な現象としての模倣の法則によって

更新されてきたと解釈できるファッションを「パクりの文化史」とし

て捉え直す。1960年代のイヴ・サンローランのドレス「モンドリアン」が

ピエト・モンドリアンの作品《赤・黄・青のコンポジション》(1921)を

モチーフにしてデザインされたように、オートクチュール、プレタポ

ルテ、ファストファッションに至るまで模倣が散見される。

水野── 一見無作為に見えるんだけれども、1920年代のモンドリアンの絵画をモチーフにイヴ・サンローランが40年後に時代精神を読んで恣意的につくったということですよね。なぜモンドリアンなのか。そして、それがコピーなのか、インスピレーション源なのか、オマージュなのか、アプロプリエーション(奪用)なのか。ここで問題にすべきはそのあたりです。 パリコレで発表されたデザインが即座にコピーされていることは皆さんもご存知のとおりですが、それを可能にしている法的な論拠についてはあまり知られていません。僕らとしてはその仕組みをしっかり理解していくところに〈更新〉の可能性を感じています。

議題2:ファッションの意味論

①ジャーナリスティックな流行論/ファッション批評の歴史的背景

②ゼロ年代のファッション/アーキテクチャによる支援

[要約]議題1で紹介された複製技術論を引き継ぐかたちで、ボード

リヤールの消費社会論を介して90年代の日本のファッション批評が共

有していた前提を検討。ゼロ年代以降展開されたポップ/サブカル

チャー批評やカルチュラル・スタディーズの議論をファッションとい

う縦糸のもとに再整理。インターネットアーキテクチャに支援された、

ゼロ年代版消費社会論としての〈データベース消費〉とコスプレ、ス

トリートファッションとの関係性や、無場所的なウェブ空間と呼応す

る〈郊外文学論〉や〈ショッピングモーライゼーション〉とファスト

ファッション、ギャル/ギャル男論との親和性など、幅広く検討。そ

れらゼロ年代を通じて見られたファッションにおける生産/消費構造

の変化に通底する原因として、アーキテクチャの変容が指摘された。

小林──ハウス・ミュージックに代表されるようなサンプリングの思想というのは80年代以降、現代的な創造性の条件として理論的にも整えられてきており、『海賊のジレンマ』という本では、ファッションデザインにおいて、相互の模倣というものが創造性を高めるといったような指摘がされています。水野──パクり合ってなんぼだということですよね。小林──この本ではそのように書かれていますが、おそらくそういった、すべてが自由にパクりパクられるなかで創造性が高まっていくと

いう楽観的な見方ばかりではなく、法制度の整備や適切なアーキテクチャ設計など、多様な側面から環境を整えることで初めて適切なパクりパクられる関係を築いていけるのではないかと思います。高野──最近では皆インターネット検索を通じて着こなしを勉強していて、例えば、最近流行りのワード〈スケータースタイル〉で検索してあがってくる画像検索結果を見ることで、帽子を後ろ前にかぶる、スケボーを買う、などといったスタイルを模倣的に取り込むことができます。こうした過去のストリートファッションをコスプレするという意味での〈コスプレ〉も含まれると考えることで、今回のテーマとの関係性が伝わりやすくなるのではないでしょうか。

議題3:いま情報環境で何がおきているのか?

①web2.0/アーキテクチャ/一般意思2.0 という構想

②パーソナル・ファブリケーション/デジタルものづくり/〈アーカ

イヴ〉と〈n次創作〉

③流通から材料調達までのオルタナティブなモデルの提示

[要約]web2.0の台頭により、情報空間の変容は著しいものとなった。

それに伴い変容した消費形態や均質化した郊外空間に呼応するかのよ

うな汎用的なジェネリックデザインの状況を指摘。またFabLabに代

表されるパーソナル・ファブリケーション(個人的なものづくり)が

もたらすものづくり革命の可能性や、その制作を支援するクラウド・

ファンドの仕組みなどを通して生産消費者とファッションとの関係の

在り方を議論。

水野──ものづくりの在り方が、大きく変わるということですね。みんなが工場に行って何かを注文するということが、もしかしたらなくなるかもしれない。または、工場が細分化されたようなものがみんなの家庭に入ってくるかもしれない。かつての手工業の様なものが復活し、しかもそれがweb2.0と連動する形で復活するかもしれない。それが今、ものづくり2.0と呼ばれているようなものです。それを推進しようとしているのが、FabLab(http://fablabjapan.org/)という団体です。水野──ファッションでも――いわゆるCraft(http://blog.makezine.com/craftzine/)と呼ばれるような、これもweb2.0の提唱者であるティム・オライリーが運営しているものづくりを支援するコミュニティが実際に存在します。このCraftでは、どうやって服を作るか、靴を作るか、アクセサリーを作るかといったようなことが実験的に行われています。だから、ものづくり2.0は一概に電子工作好きのためにあるのではなくて、いろいろな人に関係しているのですね。そうやってものづくりがみんなの手元に帰ってくると、今度は誰もが売ることができるようになる。たとえばこのiichi(http://www.iichi.com/)というサイトでは、自分の作った一点ものの作品を販売することが出来ます。もっと言えば、好きな時に・好きなものを・好きな量だけ、自分のために、あるいは誰かのために作ることができるようになる。あるいはお金を稼いで自分の力で生きていくこともできるようになる。そのマ

テリアルも大量に買わなくてもよいので、環境にもいいかもしれない。こういうことをやる時代というのは、如何に自分が面白いものを生みだせるかということであって、ただ単にあなたはもう消費者ではないのだといえるようなことが起きていると言えます。山口──そもそもの確認で申し訳ないですけど、ファッションを消費するっていう考え方って、デザイナーについても言える事なんですか。水野──今までだと、ユーザーの方が消費者で、デザイナーの方が生産者でという言い方だったと思うんですが、デザイナーだって過去のソースを消費している、という意味では両方とも消費者なのかもしれない。あるいは、ユーザーも何か作り始めているってことは両方とも生産者なのかもしれない。仮にそういう立場で考えた時、デザイナーが何を消費してきたかと言うことを考えてみると、面白い。

議題4:ファッションをとりまく社会的/法的な環境の変化

①クリエーションにおけるコピー文化の法的側面

②法的な制度設計と整備

[要約]フリーカルチャーとしてのファッション、法律とデザインの

関係性、ファッションのアーカイヴィングの在り方、の三つの議題を

法的側面から検討。ジョアンナ・ブレイクリー“Lessons from fash-

ion's free culture”(http://www.ted.com/talks/johanna_blakley_lessons_

from_fashion_s_free_culture.html)を介してファッションのフリーカ

ルチャー的な側面の確認。ナイキAir Force 1とBapestaの事例を見た

うえで、実用品として認識されているためにファッションデザインは

著作権法で保護されにくい、といった法制度の現状を紹介。また、ク

リスチャン・ルブタンとイヴ・サンローランの訴訟では、「ルブタン

の赤い靴底」に商標権を認める一方で、イヴ・サンローランの靴の販

売停止は認められなかったという事情が説明された。さらに、フリー

カルチャーとしてのファッションの可能性を支援する法的なアプロー

チとしてクリエイティブ・コモンズ(http://creativecommons.jp/)の

紹介、そして、web2.0の時代にあって模索されている新しい、物理的

な形ではないファッションのアーカイヴィングの可能性が紹介された。

永井──僕は、模倣という行為がデザインプロセスの中で中心的な機能として働いているファッションというのは、とてもフリーなカルチャーだと思います。それはここまでのみなさんの話の中でも出てきましたが、それが法律的にも裏付けられているということを紹介します。永井─実際に何故ファッションデザインに著作権が生じないのか。それは〈実用品〉であるから、と説明されることがあります。というのも、著作権が発生するということは、その著作権を持っている以外の人はその著作物の情報を使えなくなる、つまり使用を禁止されるということです。実用品について著作権を認めてしまうと、実用的な機能を誰も使えなくなってしまう。例えばハサミに著作権を認めてしまうとあの形でもうハサミは作れない。このように、公共的な利便性を考慮することで、実用的な製品に関しては著作権を発生させるべきでは

ないと考えられているのです。永井──アーカイヴィングの事業について、デジタルの情報からの物理的なプロダクトに変換出力できるような新しい技術が──たとえばFabLabですね、出てきているという状況で、自由に参照できる情報が増えることで、クリエーションの自由度も上がっていくだろうと考えられます。サンプリングするためのソースが増えることが非常に重要であると。その点で、京都服飾文化研究財団(http://www.kci.or.jp/index.html)のデジタル・アーカイブスような、物理的な形に留まらないアーカイヴィングの可能性が注目されます(アーカイヴィングと法律との密接な関係については、今後の回で改めてご紹介します)。

特別議題:

今回の企画を受けた山口壮大氏がANREALAGEのTシャツラインであ

る「AZ」と準備した、「法律スレスレ」のプロダクトの紹介。

ファッション業界で暗黙のうちに行われているアイデアをパクり/パ

クられるという慣行を逆手に取ったデザインを公開。

山口──誰もが知ってるものにデザイナーが自身のアイデンティティーを少し加えることで、それを少し違ったものに変えていくということにファッションの醍醐味があると思っています。今回お願いしたデザインは、コピーライトのマーク(©)をモチーフに著作権という問題を踏まえて考えられたものです。単刀直入率直にそのマークを組み合わせたデザインなのですが、こちらになります。一応コピーライトとコピーレフトという(※画像参照)。

水野──これは……法律的な見解はいかがですか?永井──©(マルシーマーク)には著作権が発生せず、誰かの独占を許すマークではないので、著作権法的にはアリでしょう。商標法的には、どこかで見たことのあるマークが埋め込まれているようにも見えるので、ちょっと危ないかなという感じです(笑)。向──これ、コピーの前に、サンプリング、ヒップホップが前提としてあって、すごくパワーがある憧れのあるものを如何に自分達の中に引きずり込むか、という部分があります。例えば著作権の管理が厳しいミッキーマウスなどをなんとか自分達のスタイルに取り入れることは、いわゆるコピーとは違います。まぁパンクですよね。この場合は

いわゆるコピーと並列して語られるのは、ちょっと違うのでは。

議題5:これから、ファッションはどうなるのか?

[要約]これまでの議題をふまえ、会場の参加者を巻き込み、ファッショ

ンの〈更新〉とはどのような状況をさすのかについて議論。論点は、何

故このような概念や知識を援用してファッションを考える必要があるの

か、また、何を以ってファッションは更新された、と言える状況なのか

という鋭い指摘を受け、議論を行った。

会場より──今日聞いた印象として、シミュラークルと複製技術とか、アーキテクチャとか、そういうお洒落な言葉や、社会学の中でホットなテーマをただファッションと無理やり結び付けている印象がある。例えばデータベース消費の話だとあれは新しいカルチャーとしてオタクカルチャーを分析する一つのキー概念として出てきたと思うんだけど、それを無理矢理ファッションに置き換えるのは全然意味がわからない。何でファッションにそれを持ち込むのか。今日の話って全部、何でファッションなの?何でそれをファッションで考えなければいけないのか?パーソナル・ファブリケーションも、それが一つの現象として起きているのは分かるんですが、なんでファッションなの?って。デジタル工作機械、例えばミシンとかは昔から家庭に普及しているけど、それが何でいきなりFabLabという言葉で語られてしまうのか。その疑問が解消されないまま話が進んでいるという印象があった。今回0回目ということなのでとにかく色々問題提起し、これから深めていくということだと思うので、今後そこらへんもきっちりフォローして頂きたいです。水野──有難うございます。僕としては、逆にむしろWhy Not?っていう感じなんですよね。最初の感想についてですけど、データベース消費とかパーソナル・ファブリケーションとか、デジタル・ファブリケーション、クリエイティブ・コモンズというのは、皆さんご存知でしたか?ファッションに関係して活動されている皆様はご存知でしたか?そういうものが存在していて、そういうところに新しい創造性もあるよ、とか、新しい考え方もあるよ、とか。それを踏まえてファッションを考えるとどういうことになるかな、ということを考えたみたことはありますか?或いはそれを踏まえて実践してみようと思ったことはありますか。もしかしたら、他のところで起きている様々な現象を踏まえてデザインをしてみるとか、デザインのことを考えてみるということが必要になってきているのかなぁ、という仮説の下にこの会議を始めたので。でも非常に面白い指摘だとは思うんですよね。それを踏まえて一体僕らは何が出来るんだろう、というようなことをまずは皆で共有できればいいかなと思うんですけど。金森──私もこういった、今日話された議題に決して明るくはありませんが、ここにいる会議メンバーなどとの交流を通して、例えばクリエイティブ・コモンズの存在を今年になって知り、新しい価値観、価値の提案というか定義の仕方に出会いました。そして実際のプロジェクトと結びつけたら何かデザイナーにとっても新しいコミュニケー

ションのきっかけになるかもしれないし、お客さんに洋服を手渡す瞬間の、今までに無かった方法の発明を、もしかしたら考えられるきっかけになるかもしれないと。このように、デザイナーや、MDの人や、お店の運営者などが、新しい考えにふれ、ちょっと違う一歩先の未来の生活のデザインに着目し、何か新しいものが生まれたらいいなと思っています。

【会議を終えて──水野大二郎】

 記念すべき第0回の会議は、「現状の整理」と「パクりの文化史」を2つの大きな議題に据えつつ、今後開催される会議の議題をふまえた多岐に渡る内容が展開された。 ヴァルター・ベンヤミンの複製技術から始まったプレゼンテーションのスライドは、ガブリエル・タルドの「模倣」をふまえつつファッションデザインにおけるコピー文化の歴史の紹介を通じてシミュラークルやデータベース消費まで展開し、さらに近年のファッションデザインと関連しうる消費社会論の俯瞰からインターネットアーキテクチャの支援によって可視化された「サンプリング的」なn次創作の創造性へと至った。均質化した郊外空間に呼応するかのような汎用的な「ジェネリックデザイン」の状況について触れつつも、Fablabに代表される「パーソナル・ファブリケーション」(個人的なものづくり)がもたらすものづくり革命の可能性などを通して生産消費者とソーシャルメディアについて紹介された後、デザインにおけるオープンソースとクリエイティブ・コモンズへと接続され、ルブタンの赤い靴底を事例としてファッション業界における法的見地からの制度設計の可能性について討議された。 今回は全会議の導入的側面もあり、「デザイナー」「ユーザー」両者にとって共通するファッション史やファッション研究のあり方について紹介しつつ、情報技術によって生成される新しいファッションデザインの可能性についての是非など、多岐にわたるが相互に関連する対象が討議の射程であった。そして、ほぼファッション批評の可能性を議論する際と同様に、今日可視化されるユーザーの声をデザイナーは反映できていないのではないか、ユーザーからのファッションの更新可能性はあるのか、という議論に見られたように、デザイナー/ユーザーの差異、ハイ・ファッション/ストリートファッションなどマーケットの差異などから、登壇者間、あるいは登壇者と来場者間の

ディスコミュニケーションが議論を進めるにつれ明らかとなっていった。ユーザーの視点から切りはなされたプロダクトアウト型の「芸術文化としてのファッションデザイン」をメタレベルで考えることと、ユーザーの視点を反映させたマーケットイン型の「日用品としてのファッションデザイン」を考えることを架橋させて話をすることの困難さに更新の難しさがある。つまり、ファッションデザインの更新可能性がデザイナーとユーザーの視点の結合によって生み出されうるとするならば、どのような制度、環境、言説、人によって明らかとなるのかを考える必要がある、ということが明らかとなったのではないか。 どのデザイン領域でも設計者と利用者の文脈や言説に差異は存在する。歴史的にオートクチュールという特権的、排他的文化を形成、維持してきたハイ・ファッションと、一般大衆に向けたファッションが異なる文脈に位置することを考えれば、デザイナーとユーザーに共通の理解を生み出すことは大変困難だ。そこには未だ「服とは何なのか」という根源的な問いが存在し、その答えは十全に議論されていない。しかし、TwitterやFacebookがもたらした情報環境によって可視化された一般意思や双方向的「つながり」を通して伝達されるユーザーの多様な声は、あらゆるデザイナーがもはや無視することができなくなった。そして、デザイナーは自身のデザインの社会的、文化的、倫理的、経済的、法律的背景を考えることもグローバリゼーションの中、あるいは情報空間との連動の中、重要になってきている。それはまたユーザーも同様であり、自身の意思に基づいて購入、利用するのみならず、デザイナーやメーカーに意見を伝え、より創造的な状況を支援することでユーザー自身が好きなファッションを楽しむためにも、行動することが期待されているのだろう。いずれにせよ両者にとって前提として必要なのが「お互いの状況をよく考える」ことである。来場してくださった全ての方が1つでも気になるトピックを見つけ、考え始めて頂くことができれば幸いである。

日時:2012.9.9 18:30 ~ 21:00@ぴゃるこ

ゲスト登壇者:山口壮大(ぴゃるこディレクター)、高野公三子(ウェブマガジン「アクロス」編集部編集長)、向千鶴(「WWD モバイル」編集長兼『WWD ジャパン』ファッションディレクター)

登壇者:水野大二郎(慶應義塾大学環境情報学部専任講師/『fashionista』編集委員/ FabLab Japan メンバー)、永井幸輔(Arts and Law /弁護士)、金森香(NPO 法人ドリフターズ・インターナショナル)、小原和也(慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科)、小林嶺(早稲田大学/繊維研究会)

NPO法人ドリフターズ・インターナショナルの金森香、Arts and Lawの永井幸輔・岩倉悠子、有限会社オープンクローズの幸田泰利が企画・制作し、批評誌『fashionista』の責任編集を務める水野大二郎氏をモデレーターに、2012年9月から約半年、全7回にわたり、「ファッションは更新できるのか?」について議論するセミクローズド会議です。

〈「ファッションは更新できるのか?会議」とは〉

消費者のソーシャル化、知的財産権への意識の高まりといった社会状況の変化は、現在のファッション産業に避け難い変容をもたらすと同時に、新しい創造性を獲得する契機をもたらしています。この会議では、他分野における現状とファッション界の状況を対比し、社会の「設計」や「構造」=アーキテクチャと向きあって試行錯誤を行っている実践者(デザイナー/メゾン関係者)、販売店、批評家、メディア関係者、ウェブデザイナー、研究者、法律家などを招き、ファッションの更新の可能性について議論します。

〈会議の概要〉

vol.0 『キックオフ/前提の確認/“パクり”の文化史』

※1

※4

※3

※5 ※6

※7

※2

議 事 録

No.

Page 2: ファッションは更新できるのか?会議 vol.0 『キックオフ/前提の確認/“パクり”の文化史』 議事録

議題1:ファッションの歴史を再考する

①複製技術の時代とファッション

②パクりと模倣のファッション史

[要約]ファッションの歴史を考えたとき、ヴァルター・ベンヤミン

が見抜いた複製技術の発展による模倣可能性の増大、またガブリエ

ル・タルドの唱えた社会の基本的な現象としての模倣の法則によって

更新されてきたと解釈できるファッションを「パクりの文化史」とし

て捉え直す。1960年代のイヴ・サンローランのドレス「モンドリアン」が

ピエト・モンドリアンの作品《赤・黄・青のコンポジション》(1921)を

モチーフにしてデザインされたように、オートクチュール、プレタポ

ルテ、ファストファッションに至るまで模倣が散見される。

水野── 一見無作為に見えるんだけれども、1920年代のモンドリアンの絵画をモチーフにイヴ・サンローランが40年後に時代精神を読んで恣意的につくったということですよね。なぜモンドリアンなのか。そして、それがコピーなのか、インスピレーション源なのか、オマージュなのか、アプロプリエーション(奪用)なのか。ここで問題にすべきはそのあたりです。 パリコレで発表されたデザインが即座にコピーされていることは皆さんもご存知のとおりですが、それを可能にしている法的な論拠についてはあまり知られていません。僕らとしてはその仕組みをしっかり理解していくところに〈更新〉の可能性を感じています。

議題2:ファッションの意味論

①ジャーナリスティックな流行論/ファッション批評の歴史的背景

②ゼロ年代のファッション/アーキテクチャによる支援

[要約]議題1で紹介された複製技術論を引き継ぐかたちで、ボード

リヤールの消費社会論を介して90年代の日本のファッション批評が共

有していた前提を検討。ゼロ年代以降展開されたポップ/サブカル

チャー批評やカルチュラル・スタディーズの議論をファッションとい

う縦糸のもとに再整理。インターネットアーキテクチャに支援された、

ゼロ年代版消費社会論としての〈データベース消費〉とコスプレ、ス

トリートファッションとの関係性や、無場所的なウェブ空間と呼応す

る〈郊外文学論〉や〈ショッピングモーライゼーション〉とファスト

ファッション、ギャル/ギャル男論との親和性など、幅広く検討。そ

れらゼロ年代を通じて見られたファッションにおける生産/消費構造

の変化に通底する原因として、アーキテクチャの変容が指摘された。

小林──ハウス・ミュージックに代表されるようなサンプリングの思想というのは80年代以降、現代的な創造性の条件として理論的にも整えられてきており、『海賊のジレンマ』という本では、ファッションデザインにおいて、相互の模倣というものが創造性を高めるといったような指摘がされています。水野──パクり合ってなんぼだということですよね。小林──この本ではそのように書かれていますが、おそらくそういった、すべてが自由にパクりパクられるなかで創造性が高まっていくと

いう楽観的な見方ばかりではなく、法制度の整備や適切なアーキテクチャ設計など、多様な側面から環境を整えることで初めて適切なパクりパクられる関係を築いていけるのではないかと思います。高野──最近では皆インターネット検索を通じて着こなしを勉強していて、例えば、最近流行りのワード〈スケータースタイル〉で検索してあがってくる画像検索結果を見ることで、帽子を後ろ前にかぶる、スケボーを買う、などといったスタイルを模倣的に取り込むことができます。こうした過去のストリートファッションをコスプレするという意味での〈コスプレ〉も含まれると考えることで、今回のテーマとの関係性が伝わりやすくなるのではないでしょうか。

議題3:いま情報環境で何がおきているのか?

①web2.0/アーキテクチャ/一般意思2.0 という構想

②パーソナル・ファブリケーション/デジタルものづくり/〈アーカ

イヴ〉と〈n次創作〉

③流通から材料調達までのオルタナティブなモデルの提示

[要約]web2.0の台頭により、情報空間の変容は著しいものとなった。

それに伴い変容した消費形態や均質化した郊外空間に呼応するかのよ

うな汎用的なジェネリックデザインの状況を指摘。またFabLabに代

表されるパーソナル・ファブリケーション(個人的なものづくり)が

もたらすものづくり革命の可能性や、その制作を支援するクラウド・

ファンドの仕組みなどを通して生産消費者とファッションとの関係の

在り方を議論。

水野──ものづくりの在り方が、大きく変わるということですね。みんなが工場に行って何かを注文するということが、もしかしたらなくなるかもしれない。または、工場が細分化されたようなものがみんなの家庭に入ってくるかもしれない。かつての手工業の様なものが復活し、しかもそれがweb2.0と連動する形で復活するかもしれない。それが今、ものづくり2.0と呼ばれているようなものです。それを推進しようとしているのが、FabLab(http://fablabjapan.org/)という団体です。水野──ファッションでも――いわゆるCraft(http://blog.makezine.com/craftzine/)と呼ばれるような、これもweb2.0の提唱者であるティム・オライリーが運営しているものづくりを支援するコミュニティが実際に存在します。このCraftでは、どうやって服を作るか、靴を作るか、アクセサリーを作るかといったようなことが実験的に行われています。だから、ものづくり2.0は一概に電子工作好きのためにあるのではなくて、いろいろな人に関係しているのですね。そうやってものづくりがみんなの手元に帰ってくると、今度は誰もが売ることができるようになる。たとえばこのiichi(http://www.iichi.com/)というサイトでは、自分の作った一点ものの作品を販売することが出来ます。もっと言えば、好きな時に・好きなものを・好きな量だけ、自分のために、あるいは誰かのために作ることができるようになる。あるいはお金を稼いで自分の力で生きていくこともできるようになる。そのマ

テリアルも大量に買わなくてもよいので、環境にもいいかもしれない。こういうことをやる時代というのは、如何に自分が面白いものを生みだせるかということであって、ただ単にあなたはもう消費者ではないのだといえるようなことが起きていると言えます。山口──そもそもの確認で申し訳ないですけど、ファッションを消費するっていう考え方って、デザイナーについても言える事なんですか。水野──今までだと、ユーザーの方が消費者で、デザイナーの方が生産者でという言い方だったと思うんですが、デザイナーだって過去のソースを消費している、という意味では両方とも消費者なのかもしれない。あるいは、ユーザーも何か作り始めているってことは両方とも生産者なのかもしれない。仮にそういう立場で考えた時、デザイナーが何を消費してきたかと言うことを考えてみると、面白い。

議題4:ファッションをとりまく社会的/法的な環境の変化

①クリエーションにおけるコピー文化の法的側面

②法的な制度設計と整備

[要約]フリーカルチャーとしてのファッション、法律とデザインの

関係性、ファッションのアーカイヴィングの在り方、の三つの議題を

法的側面から検討。ジョアンナ・ブレイクリー“Lessons from fash-

ion's free culture”(http://www.ted.com/talks/johanna_blakley_lessons_

from_fashion_s_free_culture.html)を介してファッションのフリーカ

ルチャー的な側面の確認。ナイキAir Force 1とBapestaの事例を見た

うえで、実用品として認識されているためにファッションデザインは

著作権法で保護されにくい、といった法制度の現状を紹介。また、ク

リスチャン・ルブタンとイヴ・サンローランの訴訟では、「ルブタン

の赤い靴底」に商標権を認める一方で、イヴ・サンローランの靴の販

売停止は認められなかったという事情が説明された。さらに、フリー

カルチャーとしてのファッションの可能性を支援する法的なアプロー

チとしてクリエイティブ・コモンズ(http://creativecommons.jp/)の

紹介、そして、web2.0の時代にあって模索されている新しい、物理的

な形ではないファッションのアーカイヴィングの可能性が紹介された。

永井──僕は、模倣という行為がデザインプロセスの中で中心的な機能として働いているファッションというのは、とてもフリーなカルチャーだと思います。それはここまでのみなさんの話の中でも出てきましたが、それが法律的にも裏付けられているということを紹介します。永井─実際に何故ファッションデザインに著作権が生じないのか。それは〈実用品〉であるから、と説明されることがあります。というのも、著作権が発生するということは、その著作権を持っている以外の人はその著作物の情報を使えなくなる、つまり使用を禁止されるということです。実用品について著作権を認めてしまうと、実用的な機能を誰も使えなくなってしまう。例えばハサミに著作権を認めてしまうとあの形でもうハサミは作れない。このように、公共的な利便性を考慮することで、実用的な製品に関しては著作権を発生させるべきでは

ないと考えられているのです。永井──アーカイヴィングの事業について、デジタルの情報からの物理的なプロダクトに変換出力できるような新しい技術が──たとえばFabLabですね、出てきているという状況で、自由に参照できる情報が増えることで、クリエーションの自由度も上がっていくだろうと考えられます。サンプリングするためのソースが増えることが非常に重要であると。その点で、京都服飾文化研究財団(http://www.kci.or.jp/index.html)のデジタル・アーカイブスような、物理的な形に留まらないアーカイヴィングの可能性が注目されます(アーカイヴィングと法律との密接な関係については、今後の回で改めてご紹介します)。

特別議題:

今回の企画を受けた山口壮大氏がANREALAGEのTシャツラインであ

る「AZ」と準備した、「法律スレスレ」のプロダクトの紹介。

ファッション業界で暗黙のうちに行われているアイデアをパクり/パ

クられるという慣行を逆手に取ったデザインを公開。

山口──誰もが知ってるものにデザイナーが自身のアイデンティティーを少し加えることで、それを少し違ったものに変えていくということにファッションの醍醐味があると思っています。今回お願いしたデザインは、コピーライトのマーク(©)をモチーフに著作権という問題を踏まえて考えられたものです。単刀直入率直にそのマークを組み合わせたデザインなのですが、こちらになります。一応コピーライトとコピーレフトという(※画像参照)。

水野──これは……法律的な見解はいかがですか?永井──©(マルシーマーク)には著作権が発生せず、誰かの独占を許すマークではないので、著作権法的にはアリでしょう。商標法的には、どこかで見たことのあるマークが埋め込まれているようにも見えるので、ちょっと危ないかなという感じです(笑)。向──これ、コピーの前に、サンプリング、ヒップホップが前提としてあって、すごくパワーがある憧れのあるものを如何に自分達の中に引きずり込むか、という部分があります。例えば著作権の管理が厳しいミッキーマウスなどをなんとか自分達のスタイルに取り入れることは、いわゆるコピーとは違います。まぁパンクですよね。この場合は

いわゆるコピーと並列して語られるのは、ちょっと違うのでは。

議題5:これから、ファッションはどうなるのか?

[要約]これまでの議題をふまえ、会場の参加者を巻き込み、ファッショ

ンの〈更新〉とはどのような状況をさすのかについて議論。論点は、何

故このような概念や知識を援用してファッションを考える必要があるの

か、また、何を以ってファッションは更新された、と言える状況なのか

という鋭い指摘を受け、議論を行った。

会場より──今日聞いた印象として、シミュラークルと複製技術とか、アーキテクチャとか、そういうお洒落な言葉や、社会学の中でホットなテーマをただファッションと無理やり結び付けている印象がある。例えばデータベース消費の話だとあれは新しいカルチャーとしてオタクカルチャーを分析する一つのキー概念として出てきたと思うんだけど、それを無理矢理ファッションに置き換えるのは全然意味がわからない。何でファッションにそれを持ち込むのか。今日の話って全部、何でファッションなの?何でそれをファッションで考えなければいけないのか?パーソナル・ファブリケーションも、それが一つの現象として起きているのは分かるんですが、なんでファッションなの?って。デジタル工作機械、例えばミシンとかは昔から家庭に普及しているけど、それが何でいきなりFabLabという言葉で語られてしまうのか。その疑問が解消されないまま話が進んでいるという印象があった。今回0回目ということなのでとにかく色々問題提起し、これから深めていくということだと思うので、今後そこらへんもきっちりフォローして頂きたいです。水野──有難うございます。僕としては、逆にむしろWhy Not?っていう感じなんですよね。最初の感想についてですけど、データベース消費とかパーソナル・ファブリケーションとか、デジタル・ファブリケーション、クリエイティブ・コモンズというのは、皆さんご存知でしたか?ファッションに関係して活動されている皆様はご存知でしたか?そういうものが存在していて、そういうところに新しい創造性もあるよ、とか、新しい考え方もあるよ、とか。それを踏まえてファッションを考えるとどういうことになるかな、ということを考えたみたことはありますか?或いはそれを踏まえて実践してみようと思ったことはありますか。もしかしたら、他のところで起きている様々な現象を踏まえてデザインをしてみるとか、デザインのことを考えてみるということが必要になってきているのかなぁ、という仮説の下にこの会議を始めたので。でも非常に面白い指摘だとは思うんですよね。それを踏まえて一体僕らは何が出来るんだろう、というようなことをまずは皆で共有できればいいかなと思うんですけど。金森──私もこういった、今日話された議題に決して明るくはありませんが、ここにいる会議メンバーなどとの交流を通して、例えばクリエイティブ・コモンズの存在を今年になって知り、新しい価値観、価値の提案というか定義の仕方に出会いました。そして実際のプロジェクトと結びつけたら何かデザイナーにとっても新しいコミュニケー

ションのきっかけになるかもしれないし、お客さんに洋服を手渡す瞬間の、今までに無かった方法の発明を、もしかしたら考えられるきっかけになるかもしれないと。このように、デザイナーや、MDの人や、お店の運営者などが、新しい考えにふれ、ちょっと違う一歩先の未来の生活のデザインに着目し、何か新しいものが生まれたらいいなと思っています。

【会議を終えて──水野大二郎】

 記念すべき第0回の会議は、「現状の整理」と「パクりの文化史」を2つの大きな議題に据えつつ、今後開催される会議の議題をふまえた多岐に渡る内容が展開された。 ヴァルター・ベンヤミンの複製技術から始まったプレゼンテーションのスライドは、ガブリエル・タルドの「模倣」をふまえつつファッションデザインにおけるコピー文化の歴史の紹介を通じてシミュラークルやデータベース消費まで展開し、さらに近年のファッションデザインと関連しうる消費社会論の俯瞰からインターネットアーキテクチャの支援によって可視化された「サンプリング的」なn次創作の創造性へと至った。均質化した郊外空間に呼応するかのような汎用的な「ジェネリックデザイン」の状況について触れつつも、Fablabに代表される「パーソナル・ファブリケーション」(個人的なものづくり)がもたらすものづくり革命の可能性などを通して生産消費者とソーシャルメディアについて紹介された後、デザインにおけるオープンソースとクリエイティブ・コモンズへと接続され、ルブタンの赤い靴底を事例としてファッション業界における法的見地からの制度設計の可能性について討議された。 今回は全会議の導入的側面もあり、「デザイナー」「ユーザー」両者にとって共通するファッション史やファッション研究のあり方について紹介しつつ、情報技術によって生成される新しいファッションデザインの可能性についての是非など、多岐にわたるが相互に関連する対象が討議の射程であった。そして、ほぼファッション批評の可能性を議論する際と同様に、今日可視化されるユーザーの声をデザイナーは反映できていないのではないか、ユーザーからのファッションの更新可能性はあるのか、という議論に見られたように、デザイナー/ユーザーの差異、ハイ・ファッション/ストリートファッションなどマーケットの差異などから、登壇者間、あるいは登壇者と来場者間の

ディスコミュニケーションが議論を進めるにつれ明らかとなっていった。ユーザーの視点から切りはなされたプロダクトアウト型の「芸術文化としてのファッションデザイン」をメタレベルで考えることと、ユーザーの視点を反映させたマーケットイン型の「日用品としてのファッションデザイン」を考えることを架橋させて話をすることの困難さに更新の難しさがある。つまり、ファッションデザインの更新可能性がデザイナーとユーザーの視点の結合によって生み出されうるとするならば、どのような制度、環境、言説、人によって明らかとなるのかを考える必要がある、ということが明らかとなったのではないか。 どのデザイン領域でも設計者と利用者の文脈や言説に差異は存在する。歴史的にオートクチュールという特権的、排他的文化を形成、維持してきたハイ・ファッションと、一般大衆に向けたファッションが異なる文脈に位置することを考えれば、デザイナーとユーザーに共通の理解を生み出すことは大変困難だ。そこには未だ「服とは何なのか」という根源的な問いが存在し、その答えは十全に議論されていない。しかし、TwitterやFacebookがもたらした情報環境によって可視化された一般意思や双方向的「つながり」を通して伝達されるユーザーの多様な声は、あらゆるデザイナーがもはや無視することができなくなった。そして、デザイナーは自身のデザインの社会的、文化的、倫理的、経済的、法律的背景を考えることもグローバリゼーションの中、あるいは情報空間との連動の中、重要になってきている。それはまたユーザーも同様であり、自身の意思に基づいて購入、利用するのみならず、デザイナーやメーカーに意見を伝え、より創造的な状況を支援することでユーザー自身が好きなファッションを楽しむためにも、行動することが期待されているのだろう。いずれにせよ両者にとって前提として必要なのが「お互いの状況をよく考える」ことである。来場してくださった全ての方が1つでも気になるトピックを見つけ、考え始めて頂くことができれば幸いである。

※9

※8

※10

※11

No.vol.0 『キックオフ/前提の確認/“パクり”の文化史』

Page 3: ファッションは更新できるのか?会議 vol.0 『キックオフ/前提の確認/“パクり”の文化史』 議事録

議題1:ファッションの歴史を再考する

①複製技術の時代とファッション

②パクりと模倣のファッション史

[要約]ファッションの歴史を考えたとき、ヴァルター・ベンヤミン

が見抜いた複製技術の発展による模倣可能性の増大、またガブリエ

ル・タルドの唱えた社会の基本的な現象としての模倣の法則によって

更新されてきたと解釈できるファッションを「パクりの文化史」とし

て捉え直す。1960年代のイヴ・サンローランのドレス「モンドリアン」が

ピエト・モンドリアンの作品《赤・黄・青のコンポジション》(1921)を

モチーフにしてデザインされたように、オートクチュール、プレタポ

ルテ、ファストファッションに至るまで模倣が散見される。

水野── 一見無作為に見えるんだけれども、1920年代のモンドリアンの絵画をモチーフにイヴ・サンローランが40年後に時代精神を読んで恣意的につくったということですよね。なぜモンドリアンなのか。そして、それがコピーなのか、インスピレーション源なのか、オマージュなのか、アプロプリエーション(奪用)なのか。ここで問題にすべきはそのあたりです。 パリコレで発表されたデザインが即座にコピーされていることは皆さんもご存知のとおりですが、それを可能にしている法的な論拠についてはあまり知られていません。僕らとしてはその仕組みをしっかり理解していくところに〈更新〉の可能性を感じています。

議題2:ファッションの意味論

①ジャーナリスティックな流行論/ファッション批評の歴史的背景

②ゼロ年代のファッション/アーキテクチャによる支援

[要約]議題1で紹介された複製技術論を引き継ぐかたちで、ボード

リヤールの消費社会論を介して90年代の日本のファッション批評が共

有していた前提を検討。ゼロ年代以降展開されたポップ/サブカル

チャー批評やカルチュラル・スタディーズの議論をファッションとい

う縦糸のもとに再整理。インターネットアーキテクチャに支援された、

ゼロ年代版消費社会論としての〈データベース消費〉とコスプレ、ス

トリートファッションとの関係性や、無場所的なウェブ空間と呼応す

る〈郊外文学論〉や〈ショッピングモーライゼーション〉とファスト

ファッション、ギャル/ギャル男論との親和性など、幅広く検討。そ

れらゼロ年代を通じて見られたファッションにおける生産/消費構造

の変化に通底する原因として、アーキテクチャの変容が指摘された。

小林──ハウス・ミュージックに代表されるようなサンプリングの思想というのは80年代以降、現代的な創造性の条件として理論的にも整えられてきており、『海賊のジレンマ』という本では、ファッションデザインにおいて、相互の模倣というものが創造性を高めるといったような指摘がされています。水野──パクり合ってなんぼだということですよね。小林──この本ではそのように書かれていますが、おそらくそういった、すべてが自由にパクりパクられるなかで創造性が高まっていくと

いう楽観的な見方ばかりではなく、法制度の整備や適切なアーキテクチャ設計など、多様な側面から環境を整えることで初めて適切なパクりパクられる関係を築いていけるのではないかと思います。高野──最近では皆インターネット検索を通じて着こなしを勉強していて、例えば、最近流行りのワード〈スケータースタイル〉で検索してあがってくる画像検索結果を見ることで、帽子を後ろ前にかぶる、スケボーを買う、などといったスタイルを模倣的に取り込むことができます。こうした過去のストリートファッションをコスプレするという意味での〈コスプレ〉も含まれると考えることで、今回のテーマとの関係性が伝わりやすくなるのではないでしょうか。

議題3:いま情報環境で何がおきているのか?

①web2.0/アーキテクチャ/一般意思2.0 という構想

②パーソナル・ファブリケーション/デジタルものづくり/〈アーカ

イヴ〉と〈n次創作〉

③流通から材料調達までのオルタナティブなモデルの提示

[要約]web2.0の台頭により、情報空間の変容は著しいものとなった。

それに伴い変容した消費形態や均質化した郊外空間に呼応するかのよ

うな汎用的なジェネリックデザインの状況を指摘。またFabLabに代

表されるパーソナル・ファブリケーション(個人的なものづくり)が

もたらすものづくり革命の可能性や、その制作を支援するクラウド・

ファンドの仕組みなどを通して生産消費者とファッションとの関係の

在り方を議論。

水野──ものづくりの在り方が、大きく変わるということですね。みんなが工場に行って何かを注文するということが、もしかしたらなくなるかもしれない。または、工場が細分化されたようなものがみんなの家庭に入ってくるかもしれない。かつての手工業の様なものが復活し、しかもそれがweb2.0と連動する形で復活するかもしれない。それが今、ものづくり2.0と呼ばれているようなものです。それを推進しようとしているのが、FabLab(http://fablabjapan.org/)という団体です。水野──ファッションでも――いわゆるCraft(http://blog.makezine.com/craftzine/)と呼ばれるような、これもweb2.0の提唱者であるティム・オライリーが運営しているものづくりを支援するコミュニティが実際に存在します。このCraftでは、どうやって服を作るか、靴を作るか、アクセサリーを作るかといったようなことが実験的に行われています。だから、ものづくり2.0は一概に電子工作好きのためにあるのではなくて、いろいろな人に関係しているのですね。そうやってものづくりがみんなの手元に帰ってくると、今度は誰もが売ることができるようになる。たとえばこのiichi(http://www.iichi.com/)というサイトでは、自分の作った一点ものの作品を販売することが出来ます。もっと言えば、好きな時に・好きなものを・好きな量だけ、自分のために、あるいは誰かのために作ることができるようになる。あるいはお金を稼いで自分の力で生きていくこともできるようになる。そのマ

テリアルも大量に買わなくてもよいので、環境にもいいかもしれない。こういうことをやる時代というのは、如何に自分が面白いものを生みだせるかということであって、ただ単にあなたはもう消費者ではないのだといえるようなことが起きていると言えます。山口──そもそもの確認で申し訳ないですけど、ファッションを消費するっていう考え方って、デザイナーについても言える事なんですか。水野──今までだと、ユーザーの方が消費者で、デザイナーの方が生産者でという言い方だったと思うんですが、デザイナーだって過去のソースを消費している、という意味では両方とも消費者なのかもしれない。あるいは、ユーザーも何か作り始めているってことは両方とも生産者なのかもしれない。仮にそういう立場で考えた時、デザイナーが何を消費してきたかと言うことを考えてみると、面白い。

議題4:ファッションをとりまく社会的/法的な環境の変化

①クリエーションにおけるコピー文化の法的側面

②法的な制度設計と整備

[要約]フリーカルチャーとしてのファッション、法律とデザインの

関係性、ファッションのアーカイヴィングの在り方、の三つの議題を

法的側面から検討。ジョアンナ・ブレイクリー“Lessons from fash-

ion's free culture”(http://www.ted.com/talks/johanna_blakley_lessons_

from_fashion_s_free_culture.html)を介してファッションのフリーカ

ルチャー的な側面の確認。ナイキAir Force 1とBapestaの事例を見た

うえで、実用品として認識されているためにファッションデザインは

著作権法で保護されにくい、といった法制度の現状を紹介。また、ク

リスチャン・ルブタンとイヴ・サンローランの訴訟では、「ルブタン

の赤い靴底」に商標権を認める一方で、イヴ・サンローランの靴の販

売停止は認められなかったという事情が説明された。さらに、フリー

カルチャーとしてのファッションの可能性を支援する法的なアプロー

チとしてクリエイティブ・コモンズ(http://creativecommons.jp/)の

紹介、そして、web2.0の時代にあって模索されている新しい、物理的

な形ではないファッションのアーカイヴィングの可能性が紹介された。

永井──僕は、模倣という行為がデザインプロセスの中で中心的な機能として働いているファッションというのは、とてもフリーなカルチャーだと思います。それはここまでのみなさんの話の中でも出てきましたが、それが法律的にも裏付けられているということを紹介します。永井─実際に何故ファッションデザインに著作権が生じないのか。それは〈実用品〉であるから、と説明されることがあります。というのも、著作権が発生するということは、その著作権を持っている以外の人はその著作物の情報を使えなくなる、つまり使用を禁止されるということです。実用品について著作権を認めてしまうと、実用的な機能を誰も使えなくなってしまう。例えばハサミに著作権を認めてしまうとあの形でもうハサミは作れない。このように、公共的な利便性を考慮することで、実用的な製品に関しては著作権を発生させるべきでは

ないと考えられているのです。永井──アーカイヴィングの事業について、デジタルの情報からの物理的なプロダクトに変換出力できるような新しい技術が──たとえばFabLabですね、出てきているという状況で、自由に参照できる情報が増えることで、クリエーションの自由度も上がっていくだろうと考えられます。サンプリングするためのソースが増えることが非常に重要であると。その点で、京都服飾文化研究財団(http://www.kci.or.jp/index.html)のデジタル・アーカイブスような、物理的な形に留まらないアーカイヴィングの可能性が注目されます(アーカイヴィングと法律との密接な関係については、今後の回で改めてご紹介します)。

特別議題:

今回の企画を受けた山口壮大氏がANREALAGEのTシャツラインであ

る「AZ」と準備した、「法律スレスレ」のプロダクトの紹介。

ファッション業界で暗黙のうちに行われているアイデアをパクり/パ

クられるという慣行を逆手に取ったデザインを公開。

山口──誰もが知ってるものにデザイナーが自身のアイデンティティーを少し加えることで、それを少し違ったものに変えていくということにファッションの醍醐味があると思っています。今回お願いしたデザインは、コピーライトのマーク(©)をモチーフに著作権という問題を踏まえて考えられたものです。単刀直入率直にそのマークを組み合わせたデザインなのですが、こちらになります。一応コピーライトとコピーレフトという(※画像参照)。

水野──これは……法律的な見解はいかがですか?永井──©(マルシーマーク)には著作権が発生せず、誰かの独占を許すマークではないので、著作権法的にはアリでしょう。商標法的には、どこかで見たことのあるマークが埋め込まれているようにも見えるので、ちょっと危ないかなという感じです(笑)。向──これ、コピーの前に、サンプリング、ヒップホップが前提としてあって、すごくパワーがある憧れのあるものを如何に自分達の中に引きずり込むか、という部分があります。例えば著作権の管理が厳しいミッキーマウスなどをなんとか自分達のスタイルに取り入れることは、いわゆるコピーとは違います。まぁパンクですよね。この場合は

いわゆるコピーと並列して語られるのは、ちょっと違うのでは。

議題5:これから、ファッションはどうなるのか?

[要約]これまでの議題をふまえ、会場の参加者を巻き込み、ファッショ

ンの〈更新〉とはどのような状況をさすのかについて議論。論点は、何

故このような概念や知識を援用してファッションを考える必要があるの

か、また、何を以ってファッションは更新された、と言える状況なのか

という鋭い指摘を受け、議論を行った。

会場より──今日聞いた印象として、シミュラークルと複製技術とか、アーキテクチャとか、そういうお洒落な言葉や、社会学の中でホットなテーマをただファッションと無理やり結び付けている印象がある。例えばデータベース消費の話だとあれは新しいカルチャーとしてオタクカルチャーを分析する一つのキー概念として出てきたと思うんだけど、それを無理矢理ファッションに置き換えるのは全然意味がわからない。何でファッションにそれを持ち込むのか。今日の話って全部、何でファッションなの?何でそれをファッションで考えなければいけないのか?パーソナル・ファブリケーションも、それが一つの現象として起きているのは分かるんですが、なんでファッションなの?って。デジタル工作機械、例えばミシンとかは昔から家庭に普及しているけど、それが何でいきなりFabLabという言葉で語られてしまうのか。その疑問が解消されないまま話が進んでいるという印象があった。今回0回目ということなのでとにかく色々問題提起し、これから深めていくということだと思うので、今後そこらへんもきっちりフォローして頂きたいです。水野──有難うございます。僕としては、逆にむしろWhy Not?っていう感じなんですよね。最初の感想についてですけど、データベース消費とかパーソナル・ファブリケーションとか、デジタル・ファブリケーション、クリエイティブ・コモンズというのは、皆さんご存知でしたか?ファッションに関係して活動されている皆様はご存知でしたか?そういうものが存在していて、そういうところに新しい創造性もあるよ、とか、新しい考え方もあるよ、とか。それを踏まえてファッションを考えるとどういうことになるかな、ということを考えたみたことはありますか?或いはそれを踏まえて実践してみようと思ったことはありますか。もしかしたら、他のところで起きている様々な現象を踏まえてデザインをしてみるとか、デザインのことを考えてみるということが必要になってきているのかなぁ、という仮説の下にこの会議を始めたので。でも非常に面白い指摘だとは思うんですよね。それを踏まえて一体僕らは何が出来るんだろう、というようなことをまずは皆で共有できればいいかなと思うんですけど。金森──私もこういった、今日話された議題に決して明るくはありませんが、ここにいる会議メンバーなどとの交流を通して、例えばクリエイティブ・コモンズの存在を今年になって知り、新しい価値観、価値の提案というか定義の仕方に出会いました。そして実際のプロジェクトと結びつけたら何かデザイナーにとっても新しいコミュニケー

ションのきっかけになるかもしれないし、お客さんに洋服を手渡す瞬間の、今までに無かった方法の発明を、もしかしたら考えられるきっかけになるかもしれないと。このように、デザイナーや、MDの人や、お店の運営者などが、新しい考えにふれ、ちょっと違う一歩先の未来の生活のデザインに着目し、何か新しいものが生まれたらいいなと思っています。

【会議を終えて──水野大二郎】

 記念すべき第0回の会議は、「現状の整理」と「パクりの文化史」を2つの大きな議題に据えつつ、今後開催される会議の議題をふまえた多岐に渡る内容が展開された。 ヴァルター・ベンヤミンの複製技術から始まったプレゼンテーションのスライドは、ガブリエル・タルドの「模倣」をふまえつつファッションデザインにおけるコピー文化の歴史の紹介を通じてシミュラークルやデータベース消費まで展開し、さらに近年のファッションデザインと関連しうる消費社会論の俯瞰からインターネットアーキテクチャの支援によって可視化された「サンプリング的」なn次創作の創造性へと至った。均質化した郊外空間に呼応するかのような汎用的な「ジェネリックデザイン」の状況について触れつつも、Fablabに代表される「パーソナル・ファブリケーション」(個人的なものづくり)がもたらすものづくり革命の可能性などを通して生産消費者とソーシャルメディアについて紹介された後、デザインにおけるオープンソースとクリエイティブ・コモンズへと接続され、ルブタンの赤い靴底を事例としてファッション業界における法的見地からの制度設計の可能性について討議された。 今回は全会議の導入的側面もあり、「デザイナー」「ユーザー」両者にとって共通するファッション史やファッション研究のあり方について紹介しつつ、情報技術によって生成される新しいファッションデザインの可能性についての是非など、多岐にわたるが相互に関連する対象が討議の射程であった。そして、ほぼファッション批評の可能性を議論する際と同様に、今日可視化されるユーザーの声をデザイナーは反映できていないのではないか、ユーザーからのファッションの更新可能性はあるのか、という議論に見られたように、デザイナー/ユーザーの差異、ハイ・ファッション/ストリートファッションなどマーケットの差異などから、登壇者間、あるいは登壇者と来場者間の

ディスコミュニケーションが議論を進めるにつれ明らかとなっていった。ユーザーの視点から切りはなされたプロダクトアウト型の「芸術文化としてのファッションデザイン」をメタレベルで考えることと、ユーザーの視点を反映させたマーケットイン型の「日用品としてのファッションデザイン」を考えることを架橋させて話をすることの困難さに更新の難しさがある。つまり、ファッションデザインの更新可能性がデザイナーとユーザーの視点の結合によって生み出されうるとするならば、どのような制度、環境、言説、人によって明らかとなるのかを考える必要がある、ということが明らかとなったのではないか。 どのデザイン領域でも設計者と利用者の文脈や言説に差異は存在する。歴史的にオートクチュールという特権的、排他的文化を形成、維持してきたハイ・ファッションと、一般大衆に向けたファッションが異なる文脈に位置することを考えれば、デザイナーとユーザーに共通の理解を生み出すことは大変困難だ。そこには未だ「服とは何なのか」という根源的な問いが存在し、その答えは十全に議論されていない。しかし、TwitterやFacebookがもたらした情報環境によって可視化された一般意思や双方向的「つながり」を通して伝達されるユーザーの多様な声は、あらゆるデザイナーがもはや無視することができなくなった。そして、デザイナーは自身のデザインの社会的、文化的、倫理的、経済的、法律的背景を考えることもグローバリゼーションの中、あるいは情報空間との連動の中、重要になってきている。それはまたユーザーも同様であり、自身の意思に基づいて購入、利用するのみならず、デザイナーやメーカーに意見を伝え、より創造的な状況を支援することでユーザー自身が好きなファッションを楽しむためにも、行動することが期待されているのだろう。いずれにせよ両者にとって前提として必要なのが「お互いの状況をよく考える」ことである。来場してくださった全ての方が1つでも気になるトピックを見つけ、考え始めて頂くことができれば幸いである。

No.vol.0 『キックオフ/前提の確認/“パクり”の文化史』

Page 4: ファッションは更新できるのか?会議 vol.0 『キックオフ/前提の確認/“パクり”の文化史』 議事録

議題1:ファッションの歴史を再考する

①複製技術の時代とファッション

②パクりと模倣のファッション史

[要約]ファッションの歴史を考えたとき、ヴァルター・ベンヤミン

が見抜いた複製技術の発展による模倣可能性の増大、またガブリエ

ル・タルドの唱えた社会の基本的な現象としての模倣の法則によって

更新されてきたと解釈できるファッションを「パクりの文化史」とし

て捉え直す。1960年代のイヴ・サンローランのドレス「モンドリアン」が

ピエト・モンドリアンの作品《赤・黄・青のコンポジション》(1921)を

モチーフにしてデザインされたように、オートクチュール、プレタポ

ルテ、ファストファッションに至るまで模倣が散見される。

水野── 一見無作為に見えるんだけれども、1920年代のモンドリアンの絵画をモチーフにイヴ・サンローランが40年後に時代精神を読んで恣意的につくったということですよね。なぜモンドリアンなのか。そして、それがコピーなのか、インスピレーション源なのか、オマージュなのか、アプロプリエーション(奪用)なのか。ここで問題にすべきはそのあたりです。 パリコレで発表されたデザインが即座にコピーされていることは皆さんもご存知のとおりですが、それを可能にしている法的な論拠についてはあまり知られていません。僕らとしてはその仕組みをしっかり理解していくところに〈更新〉の可能性を感じています。

議題2:ファッションの意味論

①ジャーナリスティックな流行論/ファッション批評の歴史的背景

②ゼロ年代のファッション/アーキテクチャによる支援

[要約]議題1で紹介された複製技術論を引き継ぐかたちで、ボード

リヤールの消費社会論を介して90年代の日本のファッション批評が共

有していた前提を検討。ゼロ年代以降展開されたポップ/サブカル

チャー批評やカルチュラル・スタディーズの議論をファッションとい

う縦糸のもとに再整理。インターネットアーキテクチャに支援された、

ゼロ年代版消費社会論としての〈データベース消費〉とコスプレ、ス

トリートファッションとの関係性や、無場所的なウェブ空間と呼応す

る〈郊外文学論〉や〈ショッピングモーライゼーション〉とファスト

ファッション、ギャル/ギャル男論との親和性など、幅広く検討。そ

れらゼロ年代を通じて見られたファッションにおける生産/消費構造

の変化に通底する原因として、アーキテクチャの変容が指摘された。

小林──ハウス・ミュージックに代表されるようなサンプリングの思想というのは80年代以降、現代的な創造性の条件として理論的にも整えられてきており、『海賊のジレンマ』という本では、ファッションデザインにおいて、相互の模倣というものが創造性を高めるといったような指摘がされています。水野──パクり合ってなんぼだということですよね。小林──この本ではそのように書かれていますが、おそらくそういった、すべてが自由にパクりパクられるなかで創造性が高まっていくと

いう楽観的な見方ばかりではなく、法制度の整備や適切なアーキテクチャ設計など、多様な側面から環境を整えることで初めて適切なパクりパクられる関係を築いていけるのではないかと思います。高野──最近では皆インターネット検索を通じて着こなしを勉強していて、例えば、最近流行りのワード〈スケータースタイル〉で検索してあがってくる画像検索結果を見ることで、帽子を後ろ前にかぶる、スケボーを買う、などといったスタイルを模倣的に取り込むことができます。こうした過去のストリートファッションをコスプレするという意味での〈コスプレ〉も含まれると考えることで、今回のテーマとの関係性が伝わりやすくなるのではないでしょうか。

議題3:いま情報環境で何がおきているのか?

①web2.0/アーキテクチャ/一般意思2.0 という構想

②パーソナル・ファブリケーション/デジタルものづくり/〈アーカ

イヴ〉と〈n次創作〉

③流通から材料調達までのオルタナティブなモデルの提示

[要約]web2.0の台頭により、情報空間の変容は著しいものとなった。

それに伴い変容した消費形態や均質化した郊外空間に呼応するかのよ

うな汎用的なジェネリックデザインの状況を指摘。またFabLabに代

表されるパーソナル・ファブリケーション(個人的なものづくり)が

もたらすものづくり革命の可能性や、その制作を支援するクラウド・

ファンドの仕組みなどを通して生産消費者とファッションとの関係の

在り方を議論。

水野──ものづくりの在り方が、大きく変わるということですね。みんなが工場に行って何かを注文するということが、もしかしたらなくなるかもしれない。または、工場が細分化されたようなものがみんなの家庭に入ってくるかもしれない。かつての手工業の様なものが復活し、しかもそれがweb2.0と連動する形で復活するかもしれない。それが今、ものづくり2.0と呼ばれているようなものです。それを推進しようとしているのが、FabLab(http://fablabjapan.org/)という団体です。水野──ファッションでも――いわゆるCraft(http://blog.makezine.com/craftzine/)と呼ばれるような、これもweb2.0の提唱者であるティム・オライリーが運営しているものづくりを支援するコミュニティが実際に存在します。このCraftでは、どうやって服を作るか、靴を作るか、アクセサリーを作るかといったようなことが実験的に行われています。だから、ものづくり2.0は一概に電子工作好きのためにあるのではなくて、いろいろな人に関係しているのですね。そうやってものづくりがみんなの手元に帰ってくると、今度は誰もが売ることができるようになる。たとえばこのiichi(http://www.iichi.com/)というサイトでは、自分の作った一点ものの作品を販売することが出来ます。もっと言えば、好きな時に・好きなものを・好きな量だけ、自分のために、あるいは誰かのために作ることができるようになる。あるいはお金を稼いで自分の力で生きていくこともできるようになる。そのマ

テリアルも大量に買わなくてもよいので、環境にもいいかもしれない。こういうことをやる時代というのは、如何に自分が面白いものを生みだせるかということであって、ただ単にあなたはもう消費者ではないのだといえるようなことが起きていると言えます。山口──そもそもの確認で申し訳ないですけど、ファッションを消費するっていう考え方って、デザイナーについても言える事なんですか。水野──今までだと、ユーザーの方が消費者で、デザイナーの方が生産者でという言い方だったと思うんですが、デザイナーだって過去のソースを消費している、という意味では両方とも消費者なのかもしれない。あるいは、ユーザーも何か作り始めているってことは両方とも生産者なのかもしれない。仮にそういう立場で考えた時、デザイナーが何を消費してきたかと言うことを考えてみると、面白い。

議題4:ファッションをとりまく社会的/法的な環境の変化

①クリエーションにおけるコピー文化の法的側面

②法的な制度設計と整備

[要約]フリーカルチャーとしてのファッション、法律とデザインの

関係性、ファッションのアーカイヴィングの在り方、の三つの議題を

法的側面から検討。ジョアンナ・ブレイクリー“Lessons from fash-

ion's free culture”(http://www.ted.com/talks/johanna_blakley_lessons_

from_fashion_s_free_culture.html)を介してファッションのフリーカ

ルチャー的な側面の確認。ナイキAir Force 1とBapestaの事例を見た

うえで、実用品として認識されているためにファッションデザインは

著作権法で保護されにくい、といった法制度の現状を紹介。また、ク

リスチャン・ルブタンとイヴ・サンローランの訴訟では、「ルブタン

の赤い靴底」に商標権を認める一方で、イヴ・サンローランの靴の販

売停止は認められなかったという事情が説明された。さらに、フリー

カルチャーとしてのファッションの可能性を支援する法的なアプロー

チとしてクリエイティブ・コモンズ(http://creativecommons.jp/)の

紹介、そして、web2.0の時代にあって模索されている新しい、物理的

な形ではないファッションのアーカイヴィングの可能性が紹介された。

永井──僕は、模倣という行為がデザインプロセスの中で中心的な機能として働いているファッションというのは、とてもフリーなカルチャーだと思います。それはここまでのみなさんの話の中でも出てきましたが、それが法律的にも裏付けられているということを紹介します。永井─実際に何故ファッションデザインに著作権が生じないのか。それは〈実用品〉であるから、と説明されることがあります。というのも、著作権が発生するということは、その著作権を持っている以外の人はその著作物の情報を使えなくなる、つまり使用を禁止されるということです。実用品について著作権を認めてしまうと、実用的な機能を誰も使えなくなってしまう。例えばハサミに著作権を認めてしまうとあの形でもうハサミは作れない。このように、公共的な利便性を考慮することで、実用的な製品に関しては著作権を発生させるべきでは

ないと考えられているのです。永井──アーカイヴィングの事業について、デジタルの情報からの物理的なプロダクトに変換出力できるような新しい技術が──たとえばFabLabですね、出てきているという状況で、自由に参照できる情報が増えることで、クリエーションの自由度も上がっていくだろうと考えられます。サンプリングするためのソースが増えることが非常に重要であると。その点で、京都服飾文化研究財団(http://www.kci.or.jp/index.html)のデジタル・アーカイブスような、物理的な形に留まらないアーカイヴィングの可能性が注目されます(アーカイヴィングと法律との密接な関係については、今後の回で改めてご紹介します)。

特別議題:

今回の企画を受けた山口壮大氏がANREALAGEのTシャツラインであ

る「AZ」と準備した、「法律スレスレ」のプロダクトの紹介。

ファッション業界で暗黙のうちに行われているアイデアをパクり/パ

クられるという慣行を逆手に取ったデザインを公開。

山口──誰もが知ってるものにデザイナーが自身のアイデンティティーを少し加えることで、それを少し違ったものに変えていくということにファッションの醍醐味があると思っています。今回お願いしたデザインは、コピーライトのマーク(©)をモチーフに著作権という問題を踏まえて考えられたものです。単刀直入率直にそのマークを組み合わせたデザインなのですが、こちらになります。一応コピーライトとコピーレフトという(※画像参照)。

水野──これは……法律的な見解はいかがですか?永井──©(マルシーマーク)には著作権が発生せず、誰かの独占を許すマークではないので、著作権法的にはアリでしょう。商標法的には、どこかで見たことのあるマークが埋め込まれているようにも見えるので、ちょっと危ないかなという感じです(笑)。向──これ、コピーの前に、サンプリング、ヒップホップが前提としてあって、すごくパワーがある憧れのあるものを如何に自分達の中に引きずり込むか、という部分があります。例えば著作権の管理が厳しいミッキーマウスなどをなんとか自分達のスタイルに取り入れることは、いわゆるコピーとは違います。まぁパンクですよね。この場合は

いわゆるコピーと並列して語られるのは、ちょっと違うのでは。

議題5:これから、ファッションはどうなるのか?

[要約]これまでの議題をふまえ、会場の参加者を巻き込み、ファッショ

ンの〈更新〉とはどのような状況をさすのかについて議論。論点は、何

故このような概念や知識を援用してファッションを考える必要があるの

か、また、何を以ってファッションは更新された、と言える状況なのか

という鋭い指摘を受け、議論を行った。

会場より──今日聞いた印象として、シミュラークルと複製技術とか、アーキテクチャとか、そういうお洒落な言葉や、社会学の中でホットなテーマをただファッションと無理やり結び付けている印象がある。例えばデータベース消費の話だとあれは新しいカルチャーとしてオタクカルチャーを分析する一つのキー概念として出てきたと思うんだけど、それを無理矢理ファッションに置き換えるのは全然意味がわからない。何でファッションにそれを持ち込むのか。今日の話って全部、何でファッションなの?何でそれをファッションで考えなければいけないのか?パーソナル・ファブリケーションも、それが一つの現象として起きているのは分かるんですが、なんでファッションなの?って。デジタル工作機械、例えばミシンとかは昔から家庭に普及しているけど、それが何でいきなりFabLabという言葉で語られてしまうのか。その疑問が解消されないまま話が進んでいるという印象があった。今回0回目ということなのでとにかく色々問題提起し、これから深めていくということだと思うので、今後そこらへんもきっちりフォローして頂きたいです。水野──有難うございます。僕としては、逆にむしろWhy Not?っていう感じなんですよね。最初の感想についてですけど、データベース消費とかパーソナル・ファブリケーションとか、デジタル・ファブリケーション、クリエイティブ・コモンズというのは、皆さんご存知でしたか?ファッションに関係して活動されている皆様はご存知でしたか?そういうものが存在していて、そういうところに新しい創造性もあるよ、とか、新しい考え方もあるよ、とか。それを踏まえてファッションを考えるとどういうことになるかな、ということを考えたみたことはありますか?或いはそれを踏まえて実践してみようと思ったことはありますか。もしかしたら、他のところで起きている様々な現象を踏まえてデザインをしてみるとか、デザインのことを考えてみるということが必要になってきているのかなぁ、という仮説の下にこの会議を始めたので。でも非常に面白い指摘だとは思うんですよね。それを踏まえて一体僕らは何が出来るんだろう、というようなことをまずは皆で共有できればいいかなと思うんですけど。金森──私もこういった、今日話された議題に決して明るくはありませんが、ここにいる会議メンバーなどとの交流を通して、例えばクリエイティブ・コモンズの存在を今年になって知り、新しい価値観、価値の提案というか定義の仕方に出会いました。そして実際のプロジェクトと結びつけたら何かデザイナーにとっても新しいコミュニケー

ションのきっかけになるかもしれないし、お客さんに洋服を手渡す瞬間の、今までに無かった方法の発明を、もしかしたら考えられるきっかけになるかもしれないと。このように、デザイナーや、MDの人や、お店の運営者などが、新しい考えにふれ、ちょっと違う一歩先の未来の生活のデザインに着目し、何か新しいものが生まれたらいいなと思っています。

【会議を終えて──水野大二郎】

 記念すべき第0回の会議は、「現状の整理」と「パクりの文化史」を2つの大きな議題に据えつつ、今後開催される会議の議題をふまえた多岐に渡る内容が展開された。 ヴァルター・ベンヤミンの複製技術から始まったプレゼンテーションのスライドは、ガブリエル・タルドの「模倣」をふまえつつファッションデザインにおけるコピー文化の歴史の紹介を通じてシミュラークルやデータベース消費まで展開し、さらに近年のファッションデザインと関連しうる消費社会論の俯瞰からインターネットアーキテクチャの支援によって可視化された「サンプリング的」なn次創作の創造性へと至った。均質化した郊外空間に呼応するかのような汎用的な「ジェネリックデザイン」の状況について触れつつも、Fablabに代表される「パーソナル・ファブリケーション」(個人的なものづくり)がもたらすものづくり革命の可能性などを通して生産消費者とソーシャルメディアについて紹介された後、デザインにおけるオープンソースとクリエイティブ・コモンズへと接続され、ルブタンの赤い靴底を事例としてファッション業界における法的見地からの制度設計の可能性について討議された。 今回は全会議の導入的側面もあり、「デザイナー」「ユーザー」両者にとって共通するファッション史やファッション研究のあり方について紹介しつつ、情報技術によって生成される新しいファッションデザインの可能性についての是非など、多岐にわたるが相互に関連する対象が討議の射程であった。そして、ほぼファッション批評の可能性を議論する際と同様に、今日可視化されるユーザーの声をデザイナーは反映できていないのではないか、ユーザーからのファッションの更新可能性はあるのか、という議論に見られたように、デザイナー/ユーザーの差異、ハイ・ファッション/ストリートファッションなどマーケットの差異などから、登壇者間、あるいは登壇者と来場者間の

ディスコミュニケーションが議論を進めるにつれ明らかとなっていった。ユーザーの視点から切りはなされたプロダクトアウト型の「芸術文化としてのファッションデザイン」をメタレベルで考えることと、ユーザーの視点を反映させたマーケットイン型の「日用品としてのファッションデザイン」を考えることを架橋させて話をすることの困難さに更新の難しさがある。つまり、ファッションデザインの更新可能性がデザイナーとユーザーの視点の結合によって生み出されうるとするならば、どのような制度、環境、言説、人によって明らかとなるのかを考える必要がある、ということが明らかとなったのではないか。 どのデザイン領域でも設計者と利用者の文脈や言説に差異は存在する。歴史的にオートクチュールという特権的、排他的文化を形成、維持してきたハイ・ファッションと、一般大衆に向けたファッションが異なる文脈に位置することを考えれば、デザイナーとユーザーに共通の理解を生み出すことは大変困難だ。そこには未だ「服とは何なのか」という根源的な問いが存在し、その答えは十全に議論されていない。しかし、TwitterやFacebookがもたらした情報環境によって可視化された一般意思や双方向的「つながり」を通して伝達されるユーザーの多様な声は、あらゆるデザイナーがもはや無視することができなくなった。そして、デザイナーは自身のデザインの社会的、文化的、倫理的、経済的、法律的背景を考えることもグローバリゼーションの中、あるいは情報空間との連動の中、重要になってきている。それはまたユーザーも同様であり、自身の意思に基づいて購入、利用するのみならず、デザイナーやメーカーに意見を伝え、より創造的な状況を支援することでユーザー自身が好きなファッションを楽しむためにも、行動することが期待されているのだろう。いずれにせよ両者にとって前提として必要なのが「お互いの状況をよく考える」ことである。来場してくださった全ての方が1つでも気になるトピックを見つけ、考え始めて頂くことができれば幸いである。

ヴァルター・ベンヤミン『複製技術時代の芸術』佐々木基一訳,晶文社,1999年ガブリエル・タルド『模倣の法則』 池田祥英ほか訳,河出書房新社,2007年ジャン・ボードリヤール『シミュラークルとシミュレーション』竹原あき子訳,法政大学出版局,1984年東浩紀『動物化するポストモダン:オタクから見た日本社会』講談社,2001年宇野常寛「郊外文学論:東京から遠く離れて」東浩紀編「思想地図β1特集:ショッピング/パターン」合同会社コンテクチュアズ,2010年所収速水健郎『都市と消費とディズニーの夢:ショッピングモーライゼーションの時代』角川書店,2012年マット・メイソン『海賊のジレンマ :ユースカルチャーがいかにして新しい資本主義をつくったか』フィルムアート社,2012年濱野智史『アーキテクチャの生態系:情報環境はいかに設計されてきたか』NTT出版,2008年ジェネリックという言葉の持つ〈汎用〉という意味から派生した無性格で無機質なデザイン。田中浩也『FabLife:デジタルファブリケーションから生まれる「つくりかたの未来」』オライリー,2012年ドミニク・チェン『フリーカルチャーをつくるためのガイドブック:クリエイティブ・コモンズによる創造の循環』フィルムアート社,2012年

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「ファッションは更新できるのか?会議」vol.0『キックオフ/前提の確認/“パクり”の文化史』 議事録

発行 2012年9月26日編集・構成 「ファッションは更新できるのか?会議」実行委員会2012年9月から約半年、全7回にわたり実施される議論するセミクローズド会議公式 Facebook ページ:www.facebook.com/fashion.koushin公式 Twitter アカウント:@fashion_koushin写真 中野美登樹

No.vol.0 『キックオフ/前提の確認/“パクり”の文化史』