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NTT技術ジャーナル 2015.3 33 大規模災害など突発的ICT需要に即応可能な「移動式ICTユニット方式」の研究開発 実証実験に至った背景 2013年11月,バンコクで開催され たITU(International Telecommuni- cation Union:国際電気通信連合)テ レコムワールドにおいて,移動式ICT ユニット (1),* はブロードバンド活用事 例コンテストで優勝し,災害時の迅速 な通信復旧手段として世界各国から高 い評価を受け,各国の防災担当者から NTTに対して多数の問い合わせをい ただきました.その 1 つにフィリピン でICTの普及を推進しているNPO法 人「CVISNET(Central Visayas Information Sharing Network)」があ りました. フィリピンは太平洋の台風発生個所 近くに位置し,年平均20程度の台風が 通過します.台風による暴風 ・ 高潮対 策はフィリピン政府や住民にとって もっとも重要な課題であり,2013年 11月には巨大台風「ハイヤン」がフィ リピン中部のビサヤ地区を直撃,死者 約6200人,行方不明者約1800人に上 る大災害となりました.台風による高 潮が沿岸部で 5 〜 6 mに達して津波の ように段波状になって沿岸部を襲い, 住民の避難の遅れもあって大きな被 害に至りました (2) 世界における自然災害は増加傾向に あり,国連や国際社会にとって自然災 害による死亡 ・ 経済損失のリスク削減 は喫緊の課題です.フィリピン政府か らの問い合わせを受け,日本政府と ITUが協力して台風被害の大きかった 地域の通信復旧支援に向けた検討を開 始し,2014年 5 月13日にフィリピン の被災地の 1 つであるSan Remigio市 において,移動式ICTユニットを用い た実証実験を国連プロジェクト(ITU プロジェクト)として実施することを ITU ・ 日本政府 ・ フィリピン政府の 3 者で合意しました. 実証実験の概要 本国連プロジェクトは,フィリピン セブ島でもっとも被害の大きかった地 域において,即座に通信インフラ ・ ICT設備を提供するICTユニットの効 果を検証することと,災害の影響下に おいてソリューションとしてのICTユ ニットの実用性検証を行うことを目的 とし,「Feasibility study of restoring connectivity through the use of the Movable and Deployable ICT Resource Unit」の名称で2014年 5 月 に発足しました.実験場所であるSan Remigio市はセブ島の北部に位置し, 人口 6 万4000人,27のBarangay(区, 最小行政単位)から構成されていま す.台風ハイヤンの直撃を受けて地域 のワイヤレスネットワーク(図1 )が 全滅,台風直後は通信が途絶える中人 力で情報収集を実施せざるを得ませ んでした.また,国への被害状況報告 など市から外部への連絡は市長が持つ 衛星携帯電話端末 1 台だけで行われま した. 総務省 ・ DOST(Department of Sci- ence and Technology, Philippines: フィリピン科学技術省)・ ITUの 3 者 が締結した協力合意文書(図2 )には, のように実験概要が示されていま す.本実証実験は技術確認に閉じず, 現地へのトレーニングやICT活用によ る自治体の防災計画管理体制強化と いった実運用を見据えた項目が入って おり,かつ実験で使用されたICTユ ニットは実証実験終了後にフィリピン 政府に譲渡されるなど,実際の活用ま グローバル展開 ITU 国際標準化 移動式ICTユニット:ICTサービス提供に必要な リソースを搭載した可搬型のユニットおよび同 ユニットを用いたサービス展開方式のこと. MDRU(Movable and Deployable ICT Resource Unit)という呼称が使われることも あります. 移動式ICTユニットのグローバル展開 フィリピンにおける国連プロジェクトと標準化活動 2013年11月にフィリピンを襲った巨大台風ハイヤンにより,セブ島San Remigio市付近のネットワークが壊滅的な被害を受けました.本稿では, ITU・日本政府・フィリピン政府の 3 者およびNTTグループを含む日比の パートナが互いに協力してSan Remigio市にICTユニットを設置・実証実験 に着手した模様と,ICTユニットの標準化に向けた取り組みを紹介します. 西 にしざわ /坂 寿 としかず たかはし ともみち /山 やまぐち しんいち NTT未来ねっと研究所 †1 NTTコミュニケーションズ †2 †1 †1※ †2 †2 現,国際電気通信基礎技術研究所

03 06 特集 - NTTてSIMフリーでかつプリペイド方式が 主流であることなど,さまざまな違い がありますが,現地での実証実験を通 ... AP4 AP5

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  • NTT技術ジャーナル 2015.3 33

    特集

    大規模災害など突発的ICT需要に即応可能な「移動式ICTユニット方式」の研究開発

    実証実験に至った背景

    2013年11月,バンコクで開催されたITU(International Tele com mu nica tion Union:国際電気通信連合)テレコムワールドにおいて,移動式ICTユニット(1),*はブロードバンド活用事例コンテストで優勝し,災害時の迅速な通信復旧手段として世界各国から高い評価を受け,各国の防災担当者からNTTに対して多数の問い合わせをいただきました.その 1 つにフィリピンでICTの普及を推進しているNPO法人「CVISNET(Central Visayas Information Sharing Network)」がありました.

    フィリピンは太平洋の台風発生個所近くに位置し,年平均20程度の台風が通過します.台風による暴風 ・ 高潮対策はフィリピン政府や住民にとってもっとも重要な課題であり,2013年11月には巨大台風「ハイヤン」がフィリピン中部のビサヤ地区を直撃,死者約6200人,行方不明者約1800人に上る大災害となりました.台風による高潮が沿岸部で 5 〜 6 mに達して津波のように段波状になって沿岸部を襲い,

    住民の避難の遅れもあって大きな被害に至りました(2).

    世界における自然災害は増加傾向にあり,国連や国際社会にとって自然災害による死亡 ・ 経済損失のリスク削減は喫緊の課題です.フィリピン政府からの問い合わせを受け,日本政府とITUが協力して台風被害の大きかった地域の通信復旧支援に向けた検討を開始し,2014年 5 月13日にフィリピンの被災地の 1 つであるSan Remigio市において,移動式ICTユニットを用いた実証実験を国連プロジェクト(ITUプロジェクト)として実施することをITU ・ 日本政府 ・ フィリピン政府の 3者で合意しました.

    実証実験の概要

    本国連プロジェクトは,フィリピンセブ島でもっとも被害の大きかった地域において,即座に通信インフラ ・ICT設備を提供するICTユニットの効果を検証することと,災害の影響下においてソリューションとしてのICTユニットの実用性検証を行うことを目的とし,「Feasibility study of restoring connectivity through the use of the Movab le and Dep loyab le ICT Resource Unit」の名称で2014年 5 月

    に発足しました.実験場所であるSan Remigio市はセブ島の北部に位置し,人口 6 万4000人,27のBarangay(区, 最小行政単位)から構成されています.台風ハイヤンの直撃を受けて地域のワイヤレスネットワーク(図 1 )が全滅,台風直後は通信が途絶える中人力で情報収集を実施せざるを得ませんでした.また,国への被害状況報告など市から外部への連絡は市長が持つ衛星携帯電話端末 1 台だけで行われました.

    総務省 ・ DOST(Department of Science and Technology, Philippines:フィリピン科学技術省)・ ITUの 3 者が締結した協力合意文書(図 2 )には,表のように実験概要が示されています.本実証実験は技術確認に閉じず,現地へのトレーニングやICT活用による自治体の防災計画管理体制強化といった実運用を見据えた項目が入っており,かつ実験で使用されたICTユニットは実証実験終了後にフィリピン政府に譲渡されるなど,実際の活用ま

    グローバル展開 ITU 国際標準化

    *移動式ICTユニット:ICTサービス提供に必要なリソースを搭載した可搬型のユニットおよび同ユニットを用いたサービス展開方式のこと.MDRU(Movable and Deployable ICT Resource Unit)という呼称が使われることもあります.

    移動式ICTユニットのグローバル展開─フィリピンにおける国連プロジェクトと標準化活動

    2013年11月にフィリピンを襲った巨大台風ハイヤンにより,セブ島San Remigio市付近のネットワークが壊滅的な被害を受けました.本稿では,ITU・日本政府・フィリピン政府の 3 者およびNTTグループを含む日比のパートナが互いに協力してSan Remigio市にICTユニットを設置・実証実験に着手した模様と,ICTユニットの標準化に向けた取り組みを紹介します.

    西にしざわ

    沢 秀ひ で き

    樹 /坂さ か の

    野 寿としかず

    高たかはし

    橋 知ともみち

    道 /山やまぐち

    口 真しんいち

    NTT未来ねっと研究所†1 NTTコミュニケーションズ†2

    † 1 † 1 ※

    † 2 † 2

    ※ 現,国際電気通信基礎技術研究所

  • NTT技術ジャーナル 2015.334

    大規模災害など突発的ICT需要に即応可能な「移動式ICTユニット方式」の研究開発

    でを見据えた内容になっているところに特長があります.

    本格実験の開始

    協力合意文書締結後,セブ島の自治体 職 員 や 住 民 の 協 力 の も とSan Remigio市にて実験開始に向けた準備が進められました.フィリピン側はCVISNETとDiff Sigma Tech社 の 2者,日本側はNTT未来ねっと研究所 ・NTTコミュニケーションズ ・ NTTアドバンステクノロジ ・ NTTエレクトロニクス ・ 富士通の 5 者が協力してICTユニットの設置,およびプロジェクトの運営 ・ 支援を行っています.スマートフォンについては,京セラが高耐久性に優れた端末をITUに提供し,無線通信機器 ・ ICTユニットはそれぞれDiff Sigma Tech社とNTTコミュニケーションズが提供しています.

    San Remigio市庁舎内にICTユニットと無線通信機器を設置し,そこから約400 m離れたハイスクールに無線通信機器および 2 拠点間を接続するための無線通信機器を設置します(図 3 ).2014年12月に構築作業を行い,ICTユニットを市庁舎内に設置し,市庁舎近辺とハイスクールに設置されたWiFiアクセスポイント(AP)を 5 GHz帯のAP間接続による拠点内通信用に,24 GHz帯 のFWA(Fixed Wireless Access)を拠点間通信用に利用することによって広域のWiFiネットワークを構築しました(3).フィリピンと日本では周波数帯などの無線規格が異なること,スマートフォンは日本と違ってSIMフリーでかつプリペイド方式が主流であることなど,さまざまな違いがありますが,現地での実証実験を通じて今回導入したICTユニットがフィリピンの環境下でも有効に動作し利活用できることが確認できました.

    図 1  被災前のSan Remigio市広域ワイヤレスネットワーク   (システムは台風により全滅)

    フィリピンセブ島

    Barangay 1

    Municipal BuildingBarangay 2

    Bankasan

    SU 1

    SU 2PTP 1

    AU 1

    PTP 2PTP 3

    Bagtic

    San Miguel

    表 実証実験の概要

    スコープ ・ 新規開発品であるICTユニットの被災地での実用性確認(設置場所の適正確認含む)

    ・ 現地キーメンバに対するICTユニットの適切な操作 ・ 管理トレーニング実施

    ・ 災害時準備に向けた自治体の防災計画管理体制強化・ ICTユニット適用によるアクティビティを政府組織 ・ 自治体から

    フィードバック・ 設置したICTユニットのモニタリング ・ 評価を通じた政府組織への

    フィードバックプロジェクト管理 ・ 総務省 ・ DOSTの協力のもと,ITUのプロジェクトマネージャが実施

    ・ ステアリング ・ コミッティを設立,計画 ・ 運営 ・ 報告などを総務省 ・DOST ・ ITUの 3 者で議論

    モニタリング ・ 評価 性能指標と測定結果に基づきITUが実施期間 2014年 5 月から2015年 9 月まで資産 プロジェクト終了後,ITUがフィリピン政府に譲渡

    図 2  フィリピン政府による協力合意文書締結のニュースリリース

  • NTT技術ジャーナル 2015.3 35

    特集

    被災時を想定したユースケースの例を図 4 に示します.市長は被災時に警察 ・ ヘルスセンタ ・ 避難所などに電話をして被災状況をヒアリングするとともに,各被災地域で撮影された写真をICTユニットにインストールされたファイル共有機能を用いて参照し,被災状況を視覚的に確認します.これらの情報に基づき,各地域に救援物資配布を指示するとともに,衛星電話など

    で政府への報告を行います.2015年9 月の実験終了までにさまざまなシーンでの活用試験を予定していますが,現地の方々にとってさらに使いやすいように仕様の見直しや相互接続性の改善を進めていきます.

    前述のように,今回の実証実験では技術検証だけでなく現地の方々に対するトレーニング実施も対象項目となっています.写真 1 は住民の方々向けに

    アプリケーション(4)のインストール方法と電話の使い方をレクチャーしている様子です.レクチャー後に実施したアンケート結果から,日本で実施した実証実験と同様,参加くださった30名弱のうち 9 割以上の方に「操作が容易で使いやすい」と感じていただいたことが分かりました.写真 2 は現地の技術者向けに実証実験の内容やICTユニットの特長について説明している様

    図 3  San Remigio市庁舎とハイスクールに設置されたICTユニット・無線通信機器

    AP4AP4

    AP5AP5AP3AP3

    AP2AP2

    AP1AP1

    AP7AP7

    AP6AP6

    ヘルスセンタ

    Access2.4G

    Access 2.4G

    Access2.4G

    AP Relay(5 GHz)

    AP Relay(5 GHz)

    AP Relay(5 GHz)

    AP Relay(5 GHz)

    市庁舎

    ICTユニットハイスクール

    FWA

    避難所計算機室

    職員室

    24 GHz帯

    FWA(400 m)

    24 GHz帯

    FWA(400 m)

    警察

    図 4  台風被災時を想定したICTユニットのユースケース

    台風到来の情報を受け,San Remigio市庁舎に積み上げられた救援物資 ①スマートフォンで被災状況を

     撮影,サーバに保存

    ②市長は被災状況を電話ヒアリングと サーバに保存された写真により確認

    スマートフォン

  • NTT技術ジャーナル 2015.336

    大規模災害など突発的ICT需要に即応可能な「移動式ICTユニット方式」の研究開発

    子です.このほかにもICTユニットの操作方法などのレクチャーも実施しており,San Remigio市の皆様にも簡易に利用いただけることが実証されつつあります.ICTユニットには停電対策としてUPS(Uninterruptible Power Supply)が実装されていますが,災害による長期停電発生時には発電機の適用が必要です.引き続き現地の皆様と協力し,さまざまな状況下での具体的なフォロー手順も含めて検討していきます.

    標準化活動

    日本政府主導で災害対応に関するフォーカスグループ(FGDR&NRR: Focus Group on Disaster Relief Systems, Network Resilience and Recovery) がITUTに 設 立 さ れ てICTを活用した災害対応の国際標準化が検討されています.世界の被災地で

    ICTユニットを活用いただくためにはITUTでの標準化は大切なプロセスと考え,ICTユニットはFGDR&NRRの中でMDRU(Movable and Deployable ICT Resource Unit)という呼称で2016年の勧告化を目指しています(5),(6).これまでに,東日本大震災の経験を踏まえて迅速に被災エリアの通信サービス回復を実現するためのさまざまな適用方法と主な要素技術に関する要求条件を記載した成果文書を2014年11月にITUT SG15に提出しています.

    今後の展開

    San Remigio市での実証実験を通じて,ICTユニットを実環境で運用する際の課題も明らかになってきました.実証実験は2015年 9 月まで続きますが,それまでにできるだけ多くの方に利用いただきブラッシュアップを行い,ICTユニットをより実用的で,グローバルに対応する有用なシステムに仕上げていきます.

    ■参考文献(1) 坂野 ・ 小田部 ・ 小向:“移動式ICTユニット方

    式 の 全 体 概 要,” NTT技 術 ジ ャ ー ナ ル,Vol.27,No.3,pp.1216,2015.

    (2) http://www.mlit.go.jp/river/shinngikai_blog/shaseishin/kasenbunkakai/shouiinkai/rjigyouhyouka/dai04kai/siryou6.pdf

    (3) 清水 ・ 鈴木 ・ 熊谷 ・ 後藤:“移動式ICTユニットの無線アクセスネットワーク構成技術,”NTT技術ジャーナル,Vol.27,No.3,pp.1720,2015.

    (4) 小田部 ・ 小向 ・ 坂野:“移動式ICTユニットのICTサービス提供技術,” NTT技術ジャーナル,Vol.27,No.3,pp.2932,2015.

    (5) 荒木 ・ 今中:“ITUT FGDR&NRR(災害対応 ) 活 動 報 告,” NTT技 術 ジ ャ ー ナ ル,Vol.26,No.10,pp.5861,2014.

    (6) ITUT Focus Group Technical Report: “Require ments on the improvement of network resilience and recovery with movable and deployable ICT resource units ,” FGDR&NRR Version 1.0,2014.

    (左から) 山口 真一/ 高橋 知道/ 坂野 寿和/ 西沢 秀樹

    災害対策はこの地域にとって継続中かつ喫緊の課題です.今後も,NTTグループの強みを活かし,地域と連携してグローバルな活動を推進していきます.

    ◆問い合わせ先NTT未来ねっと研究所 企画部

    TEL 046-859-3006FAX 046-855-1148E-mail Nishizawa.hideki lab.ntt.co.jp

    写真 1  住民向けにスマートフォンを活用した通話機能をレクチャーしている様子

    写真 2   現地の技術者向けに実証実験や技術についてレクチャーしている様子