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5企業診断ニュース 2014.6
石山真司 独立を志すストーリー
⑴ 現状への不満 晴れて診断士になり,仕事も新規事業の重要なポジションを任されるようになってきた真司であったが,心のどこかにいつも満たされないものがあった。新規事業部署に配属されること自体,会社から評価された人材であることを証明しているが,経営学で学んだ理論をベースとした提案をしても,必ずしも社内で通るわけではない。企業という歯車の中では仕方のないことかもしれないが,どう考えてもこちらが正解だろうと思う提案をしても,誰かのポジションを守るために否定されることもある。現実の壁に突き当たってしまうのだ。 「どうして,上の連中は馬鹿なんだろう…」 最近はそういった言葉が,しょっちゅう出てしまう。今日も,上司や同僚が帰った後のオフィスで 1人残業をしながら,また同じ言葉が口をついてしまった。 「そんなに一方的に誰かを馬鹿にできるほど,あなたは賢いの? 診断士になる過程で,座学で学んだことが余計な邪魔をしていない?」 「えっ!?」 ふと気づくと,本シェルジュのジュリが向かいの席に座っていた。 「診断士用語を会社で振りかざしてはいな
いでしょうね?」 「いや,別に僕は自分が偉いとか、そんなことは思っていませんよ。それに,SWOTだ,PESTだ,コアコンピタンスだ,ドメインだ,などと横文字を会議の場で多用することもありません」 「どうして上司が馬鹿だと思うの?」 「どう考えてもこうすべきだろうってことが別の理由で否定され続けると,愚痴をこぼしたくもなりますよ。いまやっている新規事業は,本来は仮説検証型で進めていかなければならないのに,お客様やパートナーから新たな情報を入手しても,会社の上層部は既存事業の枠組みの中でしか考えようとしていない。これまでとは違うことをやろうとしているのに,最初に立てた計画どおりに進めないと気が済まないみたいで,大きな変更ができないんです。いったい何のためにこの会社に入ったのか,わからなくなってしまいます」 「なるほどね。会社だろうと組織だろうと,本来は同じ目的や目標に向かって皆が頑張れればいいんだけど,人数が多くなればなるほど,しがらみが増えてしまうわね」 「そうなんです。でも,僕はサラリーマンにしては結構,上に対してモノを言ってきたつもりですよ。出世だけを考えれば,愚痴は飲み屋でこぼして,会社では素直に言うことを聞いていたほうがいいんでしょうけれど…」 「それは,あなたなりの矜持なんでしょうね。でもね,下から組織を変革するというのはと
特集: 本シェルジュ5.0―ビジネス書の名言に学ぶ
第1章独立するかどうかの悩み
岩永 武大千葉県中小企業診断士協会
6 企業診断ニュース 2014.6
特集
ても難しいことなのよ。この本には,こう書いてあるわ」
経営レベルで抜本的に構造を変えなければ直しようがないものを,個人や狭い職場の改善に話をすり替える人が多い。『Ⅴ字回復の経営― 2 年で会社を変えられますか』,三枝匡,日本経済新聞社
「経営レベルで抜本的に~ということは,つまりトップが変革の意識を強く持たなければどうにもならないわけよ」 「やはりそうですか。でも,僕は経営者に対して現場の声を届けるのも社員の役割だと思っているんですよ。だから,サラリーマンとしてのリスクも顧みず,いままで戦ってきたつもりなんです」 「じゃあ,質問だけど,それで経営者の認識は変わったの?」 「経営層の認識は変えられたかもしれません。でも,最初に立てた仮説が間違いだったから修正する,ということになってしまうと,誰かの責任問題になるから変えようとしない。行動につなげられないんです。だから嫌になるんですよ」 「だったら,いっそのこと独立して自分が経営者になってみたら?」 「えっ!?」 真司は戸惑った。これまで,独立するという発想は皆無だったからである。 「そんなことを急に言われても,僕は…」 「あなた,経営者に対して文句ばかり言っているんだったら,自分で独立してみたらいいじゃない? そうすれば,経営者の立場や気持ちがもっとわかるかもしれないわよ。そう思わない?」 言われてみれば,たしかにそうかもしれない。経営者に寄り添う診断士としても,自分がサラリーマンの立場では,本当の意味で親身に寄り添うのは難しいかもしれない。
⑵ 独立すべきかどうか 独立について考え始めた真司であったが,いままでまったく考えたこともなかったため,どうすれば良いかわからない。それに,妻と幼い子どももいる。 「ジュリさん,たしかにおっしゃるとおりかもしれません。考えてみますが,僕には妻と子どもがいるので,リスクは最小限にしたいんです。どうすればいいでしょうか」 「無謀なことをしてはダメだけどね。でも,リスクがゼロになるなんてことはないわよ。そのリスクについての覚悟を持てるってことが,独立して経営者になるということでしょうね」 「結局はサラリーマンでいる限り,無責任に文句を言える側でいられるってことか」 「あなたはたしかにサラリーマンとしてのリスクは背負ってきたかもしれないけれど,取引先との信頼関係や,従業員の生活に対して常に責任を背負っている経営者とは比較できないでしょうね。それに,あなたの会社の経営者だってきっと,あなた以上の情報を持って熟慮した結果,進むべき道を選択しているのでしょうし。たしかに,あえて厳しい意見を下から言うことはなかなかできることではないけれど,あなた自身が経営者になったときにどう判断するかという視点を持たないといけないわね」 たしかに,そうした観点はこれまでの真司には不十分であった。 「じゃあ,そろそろ,具体的に何をやるか考えてみましょうか」 「そう言われても…。結局,いままでの勤務先での経験に加えて,診断士であることが現時点での自分のすべてだと思います」 「それって,どれくらいの価値があると思っているの? 勤務先での経験は個人としても通用するものなの? 診断士としての突出した力はある? ちょっとキツイかもしれないけれど,この本にはこう書かれているわ」
独立して,まず安心してやっていけるの
7企業診断ニュース 2014.6
第 1章 独立するかどうかの悩み
は,言うまでもなく業界や会社の中で上位 5 %~10%に入っている人です。言うなれば,エリートと呼ばれる人たちです。もう少し基準を緩めれば,上位20%の人でもなんとかなります。また,40%以内でも,所得を下げればやっていけるとは思いますが,そうしたレベルの場合,スキルよりも,人間的に「いい人」であることのほうが大きな要素になってきます。『まだ「会社」にいるの? ―「独立前夜」にしておきたいこと』,山口揚平,大和書房
「真司君,あなたはいまの業界や会社で,上位10%に入っている自信はある?」 「ぐっ…。正直,自信ありません」 「じゃあ,人間的にいい人?」 「いえ,それも自信ありません。僕は特別いい人でもないし,むしろ言いたいことを我慢せずに言うので,性悪と思っている人もたくさんいると思います。ということは,僕はダメかな。この本の内容を真に受けると,僕は独立しても失敗するのが目に見えていますね」 「もちろん,何をもって上位10%かという基準はさまざまだろうけど,参考にはなるわよね。あと,ここで言っている『いい人』というのは,いわゆる『いい人』という意味以外にも,『営業力があるか』という含みもあると思っているの」 「どういうことですか?」 「たとえば,真司君がどんなに ITに詳しかったとしても,お客さんがいなければ商売にはならないでしょ? お客さんだって 1人や2人だったら足りないわけで,どんどん増えていくようにしなければならないわよね。単なる技術屋ではなく,お客さんを継続的につかまえられるかどうかという意味ね。お客さんから信頼してもらうことができれば,仕事自体は必ずしもあなた 1人でやらなければならないわけではない。仲間に頼む手もあるわ」
「たしかにそうですね。仲間か…」 「 1 人で独立して,仕事内容に応じて仲間と協業するやり方もあるし,最初から仲間と一緒に起業する選択肢もあるわね」
⑶ 独立か起業か 独立とは,個人事業主として独立するだけではなく,仲間と一緒に起業する選択肢もあることに気づいた真司であった。 「それぞれのタイミングがあるから,うまくいくかはわかりません。けれど,仕事に対しての価値観が同じ仲間は何人かいます。一緒に起業する方向で考えてみようかな。でも,ビジネスのアイデアは,いまのところ何もないんです。どうしたらいいですか? 最初に何をするかを考えなければダメですよね?」 ライフネット生命やリブセンスのサクセスストーリーを聞く限り,まずは,市場の隙間をつく画期的なビジネスアイデアがあって,その後に仲間をどうするかだ,と真司は考えていた。 「もちろん,ビジネスアイデアやプランが先行した起業もあるけど,必ずしもそれだけじゃないわよ。この本は読んだことあるかしら?」
このバスでどこに行くべきかは分からない。しかし,分かっていることもある。適切な人がバスに乗り,適切な人がそれぞれふさわしい席につき,不適切な人がバスから降りれば,素晴らしい場所に行く方法を決められるはずだ。『ビジョナリー・カンパニー 2―飛躍の法則』,ジム・コリンズ,日経 BP社
バスの目的地を決めるのではなく,誰とバスに乗るかを最初に決める―。 「これは,有名な『ビジョナリー・カンパニー 2』の一説ね。ヒューレット・パッカード(HP)の創業者であるウィリアム・ヒューレットとデービッド・パッカードは,何をするかを決めたのは後のことで,まず 2人で
8 企業診断ニュース 2014.6
特集
一緒にやろうというところがスタートだったのよ」 「そうなんですか。それは知らなかった」 「『ビジョナリー・カンパニー 1―時代を超える生存の原則』では,素晴らしい会社を始めるには,素晴らしいアイデアが必要であるというのは神話であって,アイデアありきの起業が必ずしも正解ではないと書いてあるわ。もちろん,さまざまな形の起業があっていいけど,まず仲間を見つけるという作戦もあるわね。もっとも,そんな仲間がいたら,幸せなことだと思うけどね」 「たしかに,一緒に覚悟を決められて,ともに歩める仲間がいるっていうのは,何にも代えがたい宝物ですよね」 「あと念のためだけど,仲間との起業をしたとしても,『甘え』になってはダメよ。共同経営のメリットはあるけれど,デメリットもあることをきちんと認識しておいてね」
⑷ 覚悟 ジュリから紹介された名言をかみしめるうちに,徐々に独立への思いが強くなってきた真司であった。しかし,どうしても乗り越えなければならないことがあった。 「ジュリさん,だんだん独立したい気持ちが強くなってきました。僕のようなタイプこそ,文句を言っている側からやってみる側に立場を切り替えてみる必要があるんだって思ってきました。でも,1つ気がかりなのが…」 「奥さんやお子さんのことでしょう?」 「そうです。独身だったら,自分だけの問題で済ませられるけど,収入がガクンと減ってしまうかもしれないし,安定しなくなるかもしれない。そんな世界に飛び込むことを妻が許してくれるかどうか…」 「じゃあ,質問だけど,奥さんが『許さない!』と言ったら,あきらめられるの?」 「そこなんですよね。気持ちがすでに独立の方向に向いてしまっているので,あきらめられないかも…」 「別に,独立できる人が偉いとか,そうい
うわけじゃない。しっかりと組織の中で自分の役割を立派に果たす生き方もあるわ。でも,真司君が独立する気持ちに傾いているなら,できるだけの準備をしっかりとして,奥さんに納得してもらえるように頑張るしかないんじゃない?」 「わかりました! 頑張ってみます!」 「結局,最後は覚悟だと思うわよ。そんな真司君に,もう 1つ名言を紹介するわね」
If today were the last day of my life, would I want to do what I am about to do today?もし今日が人生最後の日だとしたら,今やろうとしていることは 本当に自分のやりたいことだろうか?『英語で読むスティーブ・ジョブズ』,トム・クリスティアン,IBCパブリッシング
ジュリから教えてもらったのは,スティーブ・ジョブズの言葉だった。 「今日が人生最後の日だったら,か。ジュリさん,ありがとう! 妻の説得も含めて,準備にはもう少し時間がかかるかもしれないけれど,独立する方向で頑張ってみます!」 「真司君,楽観的すぎてもダメだけど,悲観的に考えすぎてもダメよ。このジョブズの言葉って,限りある人生を自分自身がどうやったら楽しく過ごせるかということだと思うの。だから,独立にあたっての苦しさなんかも,すべて楽しむくらいのつもりで立ち向かってね。将来,あなたが本当に困ったときに,また会えるかもしれない。それじゃ,頑張ってね。応援しているわ!」