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原子力機構の研究開発成果 2016-17 23 1 - 11 森林の広葉樹における放射性セシウムの移行挙動 -森林内樹木における放射性セシウム動態調査- 図 1- 28 落葉広葉樹におけるオートラジオグラフ (a)樹皮に放射性 Cs が多く分布していることが分かりました。 (b)1F 事故当時に存在していたと考えられる枝樹皮表面に はスポット状に放射性 Cs が分布、新枝には放射性 Cs が均 一に分布していました。 2011 年 3 月 11 日に発生した東日本大震災に伴う東 京電力福島第一原子力発電所(1F)事故により大量の 放射性物質が放出されました。その中でも半減期の長い 放射性セシウム(Cs)は、福島県の大部分を占める森 林に長期的に残っています。コナラ,ミズナラ,クリな どの落葉広葉樹は林産物として薪や茸栽培等の人々の生 活に利用されてきました。林産物としての樹木の利用を 考える上で樹木における放射性 Cs 挙動を把握すること が重要です。1F 事故が起きた時期には、落葉広葉樹は 落葉しており 1F 由来の放射性 Cs は、落葉広葉樹にお いては幹に付着したものと考えられています。樹木の表 面に付着した放射性 Cs が樹木の内部に移動した場合、 1F 事故後新たに生じた枝や葉に放射性 Cs は移動して いきます。一方で、樹木外部に放射性 Cs が移動する場 合、幹を伝う雨(樹幹流)へと放射性 Cs は移動します。 私たちは、1F から約 35 km に位置する落葉広葉樹林内 における放射性 Cs の分布と樹幹流への放射性 Cs の移 動機構を明らかにするために、クリの幹における放射性 Cs分布及び濃度、クリで生じた樹幹流の可溶性画分(孔 径 0.45μm のフィルターを通過した溶液)の放射性 Cs の濃度とその特性を調べました。 1F 事故当時に存在していたクリの木の樹皮表面には、 放射性 Cs は不均一かつスポット状に分布していました。 一方、1F 事故後に生じた新枝には放射性 Cs が均一に 分布していました(図 1-28)。樹皮における放射性 Cs 濃度は、樹皮を除いた部分の約 10 倍でした。また、樹 幹流の溶存画分の放射性 Cs 濃度は樹皮の約 10 -3 倍でし た。これより、樹皮における放射性 Cs 濃度が高い一方 で樹幹流の可溶性画分の放射性 Cs 濃度は低いことから、 樹木から樹幹流への放射性 Cs の溶出が非常に緩やかで あると考えられます。電気伝導率は溶液中の電気の流れ やすさを示す指標であり、溶液中のイオンの存在量に依 存します。樹幹流の溶存画分の電気伝導率は放射性 Cs 濃度と強い正の相関が見られたことから、樹幹流中の主 要なイオン(窒素,リン,硫黄,カリウム,カルシウム, マグネシウム,マンガン等)と放射性 Cs は同じ溶出機 構であることが分かりました(図1-29)。 今後は、樹幹流中への放射性 Cs 溶出と他のイオンと の関係を明らかにする調査を実施する予定です。 参考文献 Sasaki, Y. et al., The Transfer of Radiocesium from the Bark to the Stemflow of Chestnut Trees (Castanea Crenata) Contaminated by Radionuclides from the Fukushima Dai-Ichi Nuclear Power Plant Accident, Journal of Environmental Radioactivity, vol.161, 2016, p.58-65. 図1-29 樹幹流の溶存画分中の電気伝導率と放射性セシウ ム( 137 Cs)濃度の関係 樹幹流の溶存画分中の電気伝導率と 137 Cs 濃度との間に正の 相関関係が見られます。主要なイオンと放射性 Cs の樹幹流 への溶出機構が同じであると考えられます。 福島第一原子力発電所事故の対処に係る研究開発 (a) (b) 事故後に生じた新枝 事故当時の枝 0 5 10 15 20 25 30 0 20 40 60 80 137 Cs (Bq/ ℓ) 樹幹流の溶存画分中の電気伝導率(μS/cm)

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原子力機構の研究開発成果 2016-17 23

1-11 森林の広葉樹における放射性セシウムの移行挙動-森林内樹木における放射性セシウム動態調査-

図1-28 落葉広葉樹におけるオートラジオグラフ(a)樹皮に放射性 Cs が多く分布していることが分かりました。(b)1F 事故当時に存在していたと考えられる枝樹皮表面にはスポット状に放射性 Cs が分布、新枝には放射性 Cs が均一に分布していました。

2011年 3月 11日に発生した東日本大震災に伴う東京電力福島第一原子力発電所(1F)事故により大量の放射性物質が放出されました。その中でも半減期の長い放射性セシウム(Cs)は、福島県の大部分を占める森林に長期的に残っています。コナラ,ミズナラ,クリなどの落葉広葉樹は林産物として薪や茸栽培等の人々の生活に利用されてきました。林産物としての樹木の利用を考える上で樹木における放射性Cs挙動を把握することが重要です。1F事故が起きた時期には、落葉広葉樹は落葉しており1F由来の放射性Csは、落葉広葉樹においては幹に付着したものと考えられています。樹木の表面に付着した放射性Csが樹木の内部に移動した場合、1F事故後新たに生じた枝や葉に放射性Csは移動していきます。一方で、樹木外部に放射性Csが移動する場合、幹を伝う雨(樹幹流)へと放射性Csは移動します。私たちは、1Fから約35kmに位置する落葉広葉樹林内における放射性Csの分布と樹幹流への放射性Csの移動機構を明らかにするために、クリの幹における放射性Cs分布及び濃度、クリで生じた樹幹流の可溶性画分(孔径0.45 μmのフィルターを通過した溶液)の放射性Cs

の濃度とその特性を調べました。1F事故当時に存在していたクリの木の樹皮表面には、

放射性Csは不均一かつスポット状に分布していました。一方、1F事故後に生じた新枝には放射性Csが均一に分布していました(図1-28)。樹皮における放射性Cs濃度は、樹皮を除いた部分の約10倍でした。また、樹幹流の溶存画分の放射性Cs濃度は樹皮の約10-3 倍でした。これより、樹皮における放射性Cs濃度が高い一方で樹幹流の可溶性画分の放射性Cs濃度は低いことから、樹木から樹幹流への放射性Csの溶出が非常に緩やかであると考えられます。電気伝導率は溶液中の電気の流れやすさを示す指標であり、溶液中のイオンの存在量に依存します。樹幹流の溶存画分の電気伝導率は放射性Cs濃度と強い正の相関が見られたことから、樹幹流中の主要なイオン(窒素,リン,硫黄,カリウム,カルシウム,マグネシウム,マンガン等)と放射性Csは同じ溶出機構であることが分かりました(図1-29)。今後は、樹幹流中への放射性Cs溶出と他のイオンと

の関係を明らかにする調査を実施する予定です。

●参考文献Sasaki,Y.etal.,TheTransferofRadiocesiumfromtheBarktotheStemflowofChestnutTrees(Castanea Crenata)ContaminatedbyRadionuclidesfromtheFukushimaDai-IchiNuclearPowerPlantAccident,JournalofEnvironmentalRadioactivity,vol.161,2016,p.58-65.

図1-29 樹幹流の溶存画分中の電気伝導率と放射性セシウム(137Cs)濃度の関係樹幹流の溶存画分中の電気伝導率と 137Cs 濃度との間に正の相関関係が見られます。主要なイオンと放射性 Cs の樹幹流への溶出機構が同じであると考えられます。

福島第一原子力発電所事故の対処に係る研究開発

(a)

(b)

樹皮なし

樹皮あり

事故後に生じた新枝

事故当時の枝

0

5

10

15

20

25

30

0 20 40 60 80

樹幹流の溶存画分中の 

濃度

137Cs

(Bq/ℓ)

樹幹流の溶存画分中の電気伝導率(μS/cm)