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Posted at the Institutional Resources for Unique Collection and Academic Archives at Tokyo Dental College, Available from http://ir.tdc.ac.jp/ Title Author(s) �, Journal �, 112(2): 103-109 URL http://hdl.handle.net/10130/2741 Right

図1 引越し後,フィラデルフィア子供病院の前でラ …ir.tdc.ac.jp/irucaa/bitstream/10130/2741/1/112_103.pdf2009年10月から2011年9月までの2年間,アメリ

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Posted at the Institutional Resources for Unique Collection and Academic Archives at Tokyo Dental College,

Available from http://ir.tdc.ac.jp/

Title フィラデルフィア滞在記

Author(s) 衣松, 高志

Journal 歯科学報, 112(2): 103-109

URL http://hdl.handle.net/10130/2741

Right

Page 2: 図1 引越し後,フィラデルフィア子供病院の前でラ …ir.tdc.ac.jp/irucaa/bitstream/10130/2741/1/112_103.pdf2009年10月から2011年9月までの2年間,アメリ

はじめに

2009年10月から2011年9月までの2年間,アメリカ合衆国ペンシルベニア州フィラデルフィアにあるトーマス・ジェファーソン大学整形外科学講座基礎研究部門(Thomas Jefferson University : TJU)(2009年10月~2010年12月)およびフィラデルフィア小児病院外科学講座整形外科分野(Children’s Hospitalof Philadelphia : CHOP)(2011年1月~2011年9月)に客員研究員として長期海外出張の機会を得た。私は大学院生時代より,歯周組織の再生において正常な構造を伴った組織を歯根周囲に誘導するためにはその発生過程および発現する各種シグナルをコントロールする事が重要であると考えてきた。留学先のボスである Pacifici 教授の講座は骨,軟骨,靭帯およびそれらを内包する関節の発生,特にHox を始めとするホメオティック遺伝子や骨形成遺伝子のヘッジホッグファミリーに関する研究を行なっており,これらの遺伝子が関連する骨の発生において細胞増殖や関連遺伝子の解析をノックアウトマウスおよび各種実験モデルにて解析していた。自身が歯科領域で行っていた実験に限界を感じていたこともあり,骨および靭帯の発生をより広い視野で学び,歯科領域での再生治療に適用できる新しい仕組みを開発することが出来ればと思い,彼の講座を留学先として選択した。海外研究生活の途上において Paci-

fici ラボが同じフィラデルフィア内のCHOPヘ移転したこともあり,非常に慌ただしく研究に集中しきれない時期もあったが,臨床,教育もなく研究に専念させていただけたこの2年間は非常に良い経験であった。本稿では2年間に渡るTJUおよび CHOPでの研究活動や現地での生活について報告する。

ペンシルベニア州フィラデルフィア

フィラデルフィアはアメリカ東海岸に位置し,17世紀後半,ウィリアム・ペンにより開かれた全米で最も古い都市の1つとして知られており,独立戦争時にはこの地の州議事堂において独立宣言の起草が行われ,1776年7月4日にはイギリスからの米国独立宣言がなされたことからアメリカの人々にとっては特別な地となっている。また,北に約2時間移動すればニューヨーク,南西に2時間半移動すればワシントンDCと両都市へのアクセスが良く,現在人口150万人全米第5位の都市である。休日にニューヨークに初めてバスで降り立った際には,ウディ・アレンの映画“マンハッタン”のテーマソングが頭の中に鳴り響き,“踊る紐育”よろしくジーン・ケリーが心のなかで踊り狂っていた。またフィラデルフィアはたびたび映画の舞台となる街で,映画“ロッキー”の町としても知られ,彼の出身地であるイタリア系移民の多いイタリアンマーケット,ランニングしながら長い階段を登り頂上で恋人の名前を叫ん

海外研究レポート

フィラデルフィア滞在記

衣松高志

キーワード:Hox,プライマリーシリア,顎関節,インディアンヘッジホッグ

東京歯科大学歯周病学講座(2011年12月27日受付)(2012年1月12日受理)別刷請求先:〒261‐8502 千葉市美浜区真砂1-2-2

東京歯科大学歯周病学講座 衣松高志

Takashi KINUMATSU:The Record of my stay in Phila-delphia(Department of Periodontology, Tokyo DentalCollege)

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だフィラデルフィア美術館等,映画ファンにとっては馴染み深い風景が数多く存在する。なお,私も階段を駆け登った後になにか叫ぼうと試みたものの,日頃の運動不足により息切れとため息しか発せられなかったことを思い出す。

2つの研究機関

留学中にラボの引越しがあり,私は2つの異なる施設にて研究を行う機会を得ることができた。最初に所属したトーマス・ジェファーソン大学は

フィラデルフィアの中心部に位置するアメリカ第3代大統領の名前を冠する大学であり,医学専門大学としては全米で最も古く,約20のビル群から成り立っている。私の所属は基礎研究分野であったが,この大学の整形外科は世界でも有名であり,次々と施設を建て替える一方,常に新たなビルを建設しているなど非常に勢いを持つ大学であった。研究室内には様々な人種が存在し,アメリカ人の同僚に聞いたところによれば,彼女の雇用後のオリエンテーションの際には,その50%以上が外国人であったとのことであった。私はこれをアメリカの一つの美点と考えるのだが,この国ではアメリカ人か否かは評価に関係なく,英語を話すことが出来るかできないかが人を区別する基準であった。なお,研究室は非常に広く3つの部屋にわかれているラボスペースを使用していたものの,主任教授下に3人の准教授がおり,その下に9人のポスドクと3人の研究補助員がいる大所帯であったため,しばしば研究スペースの取り合いとなっていた。また,若き医師の卵達が常にキャンパス内を闊歩しており,快活な彼らを見るたび自分もこの街で結果を残そうと心新たにしていた。研究室は主任教授以下スタッフ全員を引き連れ

2011年1月よりペンシルベニア大学の関連病院であり,同大学キャンバスに隣接するフィラデルフィア小児病院に移動した(図1)。同病院は2011年~2012年の全米ランキングで,ほぼすべての治療分野で3位以内にランクインしており,研究分野においても非常に高いレベルを維持している。そのため小児疾患やその他基礎医学に関する高水準の研究を求め,世界各国より優れた研究者たちが訪れ競い合っている。なお,病院内は明るく子供たちに圧迫感を与え

ない作りになっており,院内の匂いも病院であることを全く感じさせず,小児病院はかくあるべきと思わせる作りであった。研究棟では毎日のように様々な研究のセミナーが行われ,これに参加し専門分野ではないそれらのレクチャーを四苦八苦しながらも理解しようともがいた日々を懐かしく思い出す。ただし,強いて言うなれば,多くのセミナーではランチョンセミナーであることから昼食が提供されており,それを目当てに行っていた面も否定できない。

研究テーマ

現在 Pacifici 教授のラボは師事する3人の准教授下,様々テーマの研究を行なっており,それぞれのテーマに関して国内外から集まったポスドク1~2人がその実験を行なっている。ここでは,私が関わったテーマを中心について幾つか紹介したい。一つは発生期における骨格形成の基本的なメカニ

ズムの解明であり,特に現在,手指および前腕部関節の発生に関して,動物胚発生時,その前後軸や体節に関わる構造(手指,目,四肢)の数や配置に大きな影響を持つホメオボックス遺伝子,および骨形成や歯胚発生時にその供給が観察され,骨形成や軟骨の形成に大きな影響を持つことが知られているヘッジホッグファミリーについて研究を行なっている。Hox ファミリーはホメオボックス遺伝子の一つであり,染色体上にa~dの4つのクラスター(葡萄の房のような近似遺伝子の集合体)を形成しており,それぞれのクラスター上に塩基配列の相同性よ

図1 引越し後,フィラデルフィア子供病院の前でラボの仲間たちと

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り分類された約13個のHox 遺伝子が並んでいる。四肢の発生にはHox9~13が関わっており,特にHoxa13,d13に欠損を持つ患者では多指症や合指症を呈し,これらの遺伝子が形態形成に非常に重要であることを示している。留学中私は,特に形態形成に重要な意味を持つとされているクラスターAおよびD上でHox11をコラーゲンタイプ2発現領域(軟骨発生の際に観察されるコラーゲンであり,この領域のみで遺伝子の発現をノックアウトすることにより長管骨の発生に対する各遺伝子の役割を解析できる)に限定してノックアウトしたマウスの解析に参加し,その詳細な検討を行った。興味深いことに,この遺伝子をノックアウトすると本来マウスの前肢には存在しない膝蓋骨様の構造が撓骨の遠心に現れ,通常とは90度捻転したような構造を呈する。これは,より進化の程度が低い爬虫類に見られる構造であり,その分析過程で我々はHox 遺伝子の生物進化上での変性が形態変化に関わったことを証明し,無事Development 誌にアクセプトされた1)。現在 Pacifici ラボではこれらの遺伝子をマウスおよび鶏の胚でウイルス感染を用いて強制発現することにより,この形態形成の持つ意味についてさらなる研究を行なっている。私の研究中には論文をまとめる事が出来ず,後身のポスドクに託しての帰国となったが,そのような壮大なテーマでの研究は自分の可能性を広げてくれたと確信している。Hox 遺伝子の一つHoxa1,d1 等は顎骨の発生に深い関わりを持つことから,将来的にはこれらの解析を行い,顎骨形成不全の治療および再生に役立てられればと考えている。2つめは変形性膝関節症に関する研究である。ア

メリカでは,肥満その他の原因から,この疾患を有する患者は1000万人に上ると言われており,その金銭的負担も大きな問題となっている。Pacifici ラボでは分子生物学的手法を用いてこの疾患の治療を目指しており,なかでもETS(E-twenty six)転写因子の一つERGに着目して研究を行なっている。ERGは関節軟骨が発生する際多量に発現する転写因子であり,赤芽球の分化や血液幹細胞の自己複製に関わることが知られている。また,これら因子は軟骨細胞の成熟や骨化を抑制することから,変形性膝関節症の予防に役立つのではないかを仮説を立てた。関

節軟骨発生時に発現するGDF5領域でこのERGをノックダウンしたマウスでは軟骨の成熟が早くなり,実験的に引き起こした変形性膝関節症の発生率が高くなることから,このERGを患部にて発現させることで将来的に疾患の予防もしくは治療に役立てることができるのではないかと期待している。また,変形性顎関節症の関節表面も変形性膝関節症に類似していることから歯科分野でも応用できる治療になるのではないかと考えている。3つめはアメリカでの自分のメインテーマとなっ

た研究であり,骨形成時に前述したヘッジホッグシグナルを細胞が受け取る際にその受容体が存在するプライマリーシリア(一次繊毛)と呼ばれる細胞表面上の繊毛に関する研究である。哺乳類の下顎頭は,下顎窩および関節円板を有する可動関節であり,同時に下顎成長の中心としても知られている。胎生初期において下顎頭の形成は下顎原基に沿った骨膜組織の肥厚により誘導され,下顎頭軟骨はその後長軸方向に沿った幾つかの層(表層,線維層,増殖層,分化層,前肥大層,肥大層)からなる成長板用構造を構築する2)。また,下顎頭関節表面直下に存在する軟骨前駆細胞は増殖しつつ同時に軟骨細胞への分化を行いその伸長を維持している3)。軟骨細胞はその後,将来の皮質骨および骨髄への成長を引き起こすために重要である肥大化を引きおこし,同時に肥大細胞周辺で骨外形を形成するため膜内骨化が開始する4)。これは長管骨の成長と同様であり,長管骨においてはこれらすべてのプロセスはよく協調し調和している。しかしながら,興味深いことに下顎頭軟骨は長管骨のような美しいカラム形成は見られないのである5)。インディアンヘッジホッグ(Ihh)は胎生期および生後,双方における主要な長管骨成長の制御因子である。ヘッジホッグタンパクは標的細胞上で細胞表面レセプターの Patched と結合し,Smoothend を活性化させる。このシグナルはプライマリーシリア上のジンクフィンガー転写因子Gli1,Gli2と Gli3を通じて転写活性化因子および抑制因子に伝達される。プライマリーシリアは孤立性の繊毛であり,軟骨細胞も含め,脊椎動物においてはそのほとんどの細胞に存在する6,7)。鞭毛内輸送(intraflagellar transport(IFT))の過程はプライマリーシリア構造の建築と維持に重要であり,その構

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造や機能の突然変異はパターン形成や骨の発育に影響を及ぼす8)。例えば,キネシンⅡモーターコンプレックスの kif3a やシリアの構造部品であるポラリスの発現を抑制した際には,体のパターン形成だけでなく頭蓋底の軟骨結合や長管骨の成長にも影響はおよぶ。これらの構造中の軟骨成長板は完全に混乱し,軟骨細胞の増殖は減少,肥大細胞が残留する9,10)。そこで,私の研究においてはプライマリーシリアが顎関節の成長においても同様の重要な役割を持つかを検索した。また,TMJの構造および発育過程が通常の長管骨と比較し特徴的であることから特に軟骨細胞におけるプライマリーシリアの欠損が軟骨内骨化および膜内骨化の過程に影響するか,および下顎等の欠損に影響するかに注目した(図2)。結果として私はKif3a とプライマリーシリアが発

生,形態形成,および軟骨の成長に必要であることを証明した。この研究の結果は,以下のシェーマに

示すことができる(図3)。正常な下顎頭では増殖層が厚く,Sox9 を発現する軟骨前駆細胞を多量に含み,卵円形の顆頭により覆われている。しかしながら軟骨膜へ移行する側方ではこの増殖層が薄くなっている。この層の直下には Ihh を産生する肥大細胞層が存在し,この Ihh が増殖層に拡散し細胞増殖,軟骨形成,および骨鞘の形成を制御する。それにより,生後の下顎頭は軟骨形成を司る増殖層,骨形成が起こる骨膜という2つの領域を確立させ,正常な下顎頭の発生と成長に成長板の軟骨細胞とこれらの領域相互作用が要求されるといえる。この研究で用いられた軟骨領域におけるKif3a の発現を欠損したマウスの下顎頭ではこれらのプロセスに混乱が認められた。増殖層は薄く,低い細胞増殖能と早期の軟骨細胞の肥大および成熟が認められた。また,Ihhが産生されているにもかかわらず正常な組織分布が行われないため,より広い範囲に Ihh が分布してしまい,軟骨膜および増殖層において軟骨形成領域を

図2 col2 領域での kif3a 発現を抑制したマウスでは,その外形には大きな違いがないものの(A,D)関節表面の骨形成度合いが低く(B,E),関節頭自体の大きさも小さくなっている(C,F)

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骨形成領域へと変化させ,異所性骨化を引き起こしたと考えられた。結果として下顎頭の形成と成長は軟骨前駆細胞の増殖抑制と前後的および頬舌的な軟骨形成の抑制によって障害されたと考えられた。この研究に関する論文は2011年8月に Journal of

Dental Research に掲載され11),幸運にも研究内で発表した組織写真はその号の表紙として用いられた(図4)。

フィラデルフィアの生活

フィラデルフィアは全米第5位の都市であることはすでに述べたが,日本に例えるとどの土地が近いか,よく知り合いより尋ねられた。町の猥雑さと道々で出会う人々の雰囲気を見るにつけ,私はフィラデルフィアという町は日本の名古屋が近いのではないかと考えている。なお,10年ほど前までは全米屈指の犯罪率を誇り,夜12時過ぎにバーから帰宅する際には,交差点ごとに物乞いに20ドル払わなければ身の危険を感じるほどであったと聞いているが(20ドル以上出してしまうと被害者が後で訴えそうなのでかえって危害を加えられたりする。),近年では,安全対策がしっかりと取られており,程良く酔っ払った私が毎晩のようにバーの閉まる夜中の2時過ぎに町をうろついても,ついに身の危険を感じることはなかった。なおこれは個人的な感想であることから,注意をするに越したことはないのは言うまでもない。私は,我が校より海外留学を行う多くの先生方とは異なり,家族を伴わず単独でアメリカに乗り込み生活を行なっていたことから,ここではアメリカ単身赴任生活の楽しさについて触れられれ

図3 kif3a ノックアウトマウスにおける下顎頭のモデル。IHHシグナルを軟骨領域の細胞が受け取れないことによりそのシグナル分布に異常が発生し,周囲環境をより早期に成熟したものに変えてしまう。その結果骨膜はより上部に達し側方への発育を抑制,増殖層の細胞数減少は長軸方向への成長抑制と恒常性維持の異常を引き起こす

図4 自分の写真が表紙を飾った JDRを手にアメリカンスマイル

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ばと考えている。アメリカ単身赴任生活を始めるにあたり,私は自

分に対し有り余る時間をどう有意義に使うかというミッションを課した。この際考えたのが,①英語を話せるようになる(専門会話はもちろん日常会話を行いたい),②今まで話したことのない様々な分野の友人を作る,③アメリカの文化背景を学び日本にはない良さを吸収する,という3つの課題であった。①の課題についてはYMCAが主催する無料の英語教室に通うこと,アメリカ人の主催する英語と日本語の言語交換の会に参加すること,とにかく昼食にアメリカ人を捕まえて会話の機会を作ることを自分に課した。特に言語交換の会は毎週日曜の午後5時半に会場の喫茶店に集まり10時まで英会話と日本語の教授,その後夜中12時までアイリッシュパブで飲みながら英会話と,休息日である日曜としては異常なスケジュールであったが,2年間この会に参加し続けたことが自分の英語力を底上げしたのではないかと考えている。結果として本来力にあふれているはずの月曜日が一週間で最も疲れている日になってしまったのは悪い副作用であったと思われる。YMCAの英語教室では世界各地から訪れた友人たちが英語を身につけようと奮闘しており,その環境は自分を日本人ではなく一人の地球に住む人間という種であると認識させてくれる非常に有意義な機会であった。②の課題を達成するためには,積極的にアメリカ人や日本人のコミュニティーに参加した。教会のコミュニティーでは牧師さんの家族と,アート系の集まりでは映画コーディネーターやクレイアニメの製作者と,また研究者の集まりにおいては弁護士や裁判官,法律学者などとこれらの今まで触れ合ったことのない人々との出会いは,彼の地の自由な雰囲気も含め,お互いを高めあう非常に良い刺激となった。この関係は日本に帰ってきた今もなお続いており,視野が狭窄しがちな日常の生活を押し広げ続けてくれている。また,歯科と近接する医科や獣医学等のメディカル分野および基礎科学の分野を専門とする研究者たちとの出会いも,研究の持つ裾野の広さを感じさせてくれた(図5)。彼らと鍋をつつきながら,また時にはビールを片手にハンバーガーを食べながらディスカッションしたアイデアを形にし,今後大学から発信したいと思ってい

る。また,いつか彼らと協力し他分野とまたがった研究を展開していきたい。③に関しては完全に達成することは出来なかったが,地元に住むアメリカ人の友人を通じて年間のイベントに参加すること,彼らと共に旅をし,その心理を共感することで得られたのではないかと考えている。サンクスギビングやハロウィン,独立記念日など,時にはアメリカ人家庭にお邪魔しターキーの丸焼き,大量のホットドック等,素晴らしい手料理を振舞ってもらいながらゆったりとした時間を過ごさせてもらうことができた。アメリカの人々は自国を愛しそれぞれのイベントを楽しみきっていた。ペンシルベニアをめぐる旅行では広大な自然や鍾乳洞,乗用車の上に寝っ転がり見上げた星空など数々の風景が今も心のなかに残っている。忙しさから西海岸や南米に足をのばすことはついに出来なかったが,人生の楽しみが残ったと思うことにしている。今私はアメリカを愛するとともに,自分の生まれ育った日本に対しても以前よりも深い愛情を感じている。

おわりに

海外留学の意義とは何か?私は何もそんな大層な気概を持って留学へ望んだわけではなかった。海外生活や研究に没頭する生活への興味,限りある人生の中で経験できることは経験しておきたい。その程度の気持ちから出発した留学であった。しかしながらアメリカという大きな国に集まる数々の研究者や臨床家との交流や,その国で自らのラボを持ち必死

図5 フィラデルフィアで出会った様々な人種の研究者仲間たちと。皆情熱を持っていた

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に経営を行いつつ研究に邁進するボスの姿,および彼らの仕事に対する真摯な姿と情熱を見るなかで,“生き様”というものについて考える事がよくあった。私は2年間という長期にわたり留学させていただいたこの経験を今後,研究・教育の中で応用し,また若い先生方に少しでも伝えて行くことが出来ればと考えている。

謝 辞

稿を終えるにあたり,今回の貴重な長期海外出張の機会を与えていただいた東京歯科大学金子 譲理事長(前学長),井出吉信学長,歯周病学講座 山田 了前主任教授,齋藤 淳主任教授ならびに関係各位に深謝致します。また,フィラデルフィア滞在中にご指導いただいたフィラデルフィア小児病院のMaurizio Pacifici 教授,小山英樹助教授,そして不在期間を支えていただいた歯周病学講座の皆様に感謝申し上げます。最後に異国での生活を許可し,日本からバックアップしてくれた家族に感謝いたします。

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