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17 ファインバブル(Fine Bubble)とは、単に小さいだけの泡や一般名称であ る微細気泡とは違って、世界の産業界の標準化を司る国際標準化機構(ISOで定義される固有名称である。生活の身近で見られる泡(その大部分は数ミリ メートル以上の直径をもつ)よりも小さい明確なサイズと特異的な性質をもっ ている。とくに特異的な性質はさまざまな産業で活用できることがわかってき た。また利用可能な産業は生活に密着した民生品だけでなく、農業、漁業、医 療、各種工業、エネルギー関連産業など、一時の流行ではない根幹的な技術と して普及と新規開発が活発に続いている。 図 1-1 にファインバブルの内訳を示した。ここに粋囲いされた用語は「1.2 ファインバブルの国際標準化」で紹介する国際標準化機構(ISO)において定 義される名称である。今後世界標準としてコンセンサスのとれた専門用語を使 用することが科学技術の発展をスムースに進めることになる。本テキストも図 ファインバブルとは 1 図 1-1 ファインバブルの内訳 直径: 1 nm以下 運動: 主としてブラウン運動で移動 観察:ウルトラファインバブル群は水中で透明 (大部分が可視光を散乱しないため) *旧名称は「ナノバブル」 ファインバブル マイクロバブル ウルトラファインバブル 直径: 1100 nm 運動: 非常にゆっくり上昇 観察: マイクロバブル群は水中で白濁

1 ファインバブルとは - Nikkan · マイクロバブルが注目されたことはその後日本がファインバブル先進国とな る礎を築いた。マイクロバブルをビジネスへ生かそうとする経営者や企業も多

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 ファインバブル(Fine Bubble)とは、単に小さいだけの泡や一般名称であ

る微細気泡とは違って、世界の産業界の標準化を司る国際標準化機構(ISO)

で定義される固有名称である。生活の身近で見られる泡(その大部分は数ミリ

メートル以上の直径をもつ)よりも小さい明確なサイズと特異的な性質をもっ

ている。とくに特異的な性質はさまざまな産業で活用できることがわかってき

た。また利用可能な産業は生活に密着した民生品だけでなく、農業、漁業、医

療、各種工業、エネルギー関連産業など、一時の流行ではない根幹的な技術と

して普及と新規開発が活発に続いている。

 図 1-1にファインバブルの内訳を示した。ここに粋囲いされた用語は「1.2 

ファインバブルの国際標準化」で紹介する国際標準化機構(ISO)において定

義される名称である。今後世界標準としてコンセンサスのとれた専門用語を使

用することが科学技術の発展をスムースに進めることになる。本テキストも図

ファインバブルとは1第

図 1-1 ファインバブルの内訳

直径: 約1 nm以下運動: 主としてブラウン運動で移動観察:ウルトラファインバブル群は水中で透明   (大部分が可視光を散乱しないため)

*旧名称は「ナノバブル」

ファインバブル

マイクロバブル

ウルトラファインバブル*

直径: 約1~100 nm運動: 非常にゆっくり上昇観察: マイクロバブル群は水中で白濁

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ファインバブルとは第 1章

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1⊖1の定義に従って学ぶ。

 ファインバブルとはその直径によってマイクロバブルとウルトラファインバ

ブルの 2種類に分類される。マイクロバブルは直径 1~100 nmをもつ球形気

泡で静止液中では第 7章で紹介される Stokesの式に従って非常にゆっくりと

直線的に上昇する。透明な水中に分散されたマイクロバブル群は白濁して見え

る。もう 1種類のファインバブルであるウルトラファインバブルは 1 nmを直

径の上限値にもつ気泡で下限直径はとくに定められていない。水中でのウルト

ラファインバブル群の最頻径(mode径)や算術平均径は経験的に 100 nm前

後を示すことが多い。これは可視光線の回折限界波長(約 380 nm程度)より

も小さいため光を散乱せず水は全く濁らず透明にしか見えない。また体積が極

めて小さいため浮力もほぼ無視できる程度でむしろその微小さ故にブラウン運

動によってランダムに振動する。

 マイクロバブルおよびウルトラファインバブルという名称は国際標準化機構

(ISO)のファインバブル技術委員会(TC281)で議論されたうえで定義され

た(「1.2 ファインバブルの国際標準化」参照)。マイクロバブルについては

マイクロバブル発生器メーカーや使用者の都合によって直径範囲等の定義がそ

れぞれ異なっていたが、図 1⊖1のように統一される。ISOによる定義前に出版

された論文や参考図書などではマイクロバブルの定義が古い可能性があるので

注意しなければならない。

 一方ウルトラファインバブルは ISOで新しく命名された名称で、それ以前

は「ナノバブル」と呼ばれていた。ナノバブルがウルトラファインバブルに名

称変更された理由は、後に続く「1.2.3 ナノバブルからウルトラファインバ

ブルへの改称」を読んでいただきたい。

1.1 ファインバブルの歴史

 気泡研究の歴史は非常に古い。歴史を遡ると、液中に沈んだ物体の浮力をArchimedesが最初に発見し、それを 17世紀に Galireo1)が物体の浮力に関す

る論文を発表した。1831年 Poisson2)は粘性のない液体中での固体球のゆっく

りとした沈降について Potential flowの式を導いた。1841年 Poiseuille3)は実

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験的に円管内の固体粒子の運動を調べ、1845年 Stokes4,5)は粘性液体中での固

体球の運動を最初に解析した。Stokesの式は後にマイクロバブルの浮上運動

を非常によく表す式としても活用されることになる。

 液中で変形しない剛体球の運動に関する多くの流体力学研究が進むなか、1978年 Cliftら6)によって液中での気泡、液滴および粒子の運動に関する書籍

が出版された。1978年代に Grace7)は液中で運動する単一気泡の上昇速度、気

泡サイズ、気泡形状、液物性などとの相関関係を複数の無次元群を用いてマッ

プ化し、固体球とは異なり変形を伴う気体球の運動を整理した。

 その後気泡に関する研究は化学工業、発酵プロセス、原子力発電などの開発

における重要な分野として、日本では主に機械工学や化学工学分野などから多

くの研究者や技術者が参加して発展を遂げた。その後公害や環境汚染、地球温

暖化など環境問題が注目され始めると、排ガス処理や排水処理など環境保全技

術や環境対策技術の研究も進んだ。化学工学分野の研究成果は 1969年に化学

工学協会(現在は公益社団法人化学工学会に名称変更)により「化学工学の進

歩 3気泡・液滴工学」として纏められ、その改訂版として 1982年に「化学工

学の進歩 16気泡・液滴・分散工学~基礎と応用~」8)が編纂され気泡の基礎理

論や応用技術開発を学ぶテキストとしても使用された。

 気泡に関して非常に多岐にわたって基礎的な研究から応用研究が行われたが

一般的に研究対象とされた気泡のサイズは球相当径(気泡と同じ体積をもつ真

球の直径)に換算したとき、数ミリメートル程度から 10センチメートル程度

の間の値であった。当時は大きくて安定な気泡を作り、分裂させずに長期間維

持することは困難であり(いまも条件調整や工夫が必要である)、逆に 1ミリ

メートル以下の気泡を 1個、あるいは平均 1ミリメートルの直径をもつ気泡群

を作ることも困難であった。また 1ミリメートル程度の直径をもつ気泡を液中

でさらに粉砕してマイクロバブル(直径 100ミクロン以下)にすることは投入

エネルギーコストから合理的と考えられていなかった。

1.1.1 マイクロバブルの登場

 1990年代末ごろから複数の大手マスコミが広島でマイクロバブルの効果に

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ファインバブルとは第 1章

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よる若牡蠣の急成長を取り上げ、マイクロバブルの存在と成功例が日本国内に

広まった9)。このとき広島での牡蠣養殖にマイクロバブル技術を提供したのは

徳山高専土木建築工学科大成博文教授(当時)であった。大成教授は土木工学

の面から海洋や湖沼水中への酸素富化を検討しており、第 7章で紹介する旋回

液流式マイクロバブル発生器の開発に以前から取り組んでおり発明に至っ

た10)。たいへんなご努力とご苦労を費やして牡蠣養殖業界に画期的な貢献をさ

れた。この技術が日本で誕生して日本の産業界でいち早く効果を発揮し、「マ

イクロバブル」という科学者以外にも記憶に残りやすい名称を定着させたこと

は意義深い歴史である。

 マイクロバブルが注目されたことはその後日本がファインバブル先進国とな

る礎を築いた。マイクロバブルをビジネスへ生かそうとする経営者や企業も多

く現れ、マイクロバブル発生器の開発・販売を行う企業もこの頃に非常に増加

した。一見、報道などで紹介される煌びやかな成果が比較的誰でも容易に達成

できそうに見えたからであろう。実際、第 7章で紹介するマイクロバブル発生

技術の多くはこの頃に出願されている。しかしながら現実には多くの技術的な

問題が立ちふさがっていた。

 マイクロバブルが注目されたことで視線を動かしたのは経営者や企業だけで

はなかった。潜在的に日本には全く違った基盤学術分野から気泡を研究してい

る科学者が多く存在していた。彼らは気泡に注目する科学者として、マイクロ

バブルに由来した成功事例がなぜ起こるのかを当時十分に説明できなかった。

そこで各基盤学術分野の学会において科学者たちは「マイクロバブル」を話題

として議論が進み始めた。とくにその中の一つである日本混相流学会では「マ

イクロバブル」に関する講演会や技術講習会を毎年のように開催し日本のマイ

クロバブル技術の発展をけん引した。これによってマイクロバブルの活用現場

で取得された情報や結果をもとに科学者たちが強い関心をもって研究をすす

め、当時は「不思議な現象」といわれた性質の多くは科学的に説明され、より

高い性能をもち、用途に適したマイクロバブルの利用法が確立した。

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1.1.2 ナノバブルの登場

 2004年頃になるとマイクロバブルよりさらに小さい泡としてナノバブルが

大手マスコミで報道されるようになり新たな注目を浴びた。マイクロバブルの

成功例が広まり日本に定着したあとだったため、新たにどんな性質が追加され

たのか期待が増した。

 この時期の報道を見るとナノバブルの効果はマイクロバブルの効果の延長線

上にあると想像される効果(牡蠣養殖の促進だけでなく、魚類や農作物への効

果など)に加えて化学的な効果も表れるようになる。例えば従来の化学反応過

程では分解が難しかった有機フッ素化合物の分解がナノバブルの添加によって

促進されたと報道11)された。これは半導体製造工程で大量に排出される有害廃

液の処理に大きく貢献すると期待されたがちょうど同じくして日本の半導体産

業が急速に斜陽化したためにその後の注目は薄れてしまった。

 マイクロバブル研究が盛んになる前後から、気泡を専門とする日本の技術者

や科学者は「気泡の微細化」を一つのターゲットとして研究を推進していた。

日本混相流学会ではマイクロ・ナノバブルの科学と技術的展開分科会(主査:

有明高専氷室昭三教授(当時))で非常に活発な議論が交わされており、他に

も食品応用を目的とした食品産業マイクロ・ナノバブル協議会も設立された。

 ナノバブル研究はマイクロバブル研究を起源として発展した重要な成果の一

つである。NEDOなど国内研究支援組織もこの頃から大きな研究資金を投じ

て開発を推進した。産業技術総合研究所環境管理研究部門高橋正好主任研究員

(当時)はこの分野の研究の第一人者である。高橋主任研究員はナノバブルの

有害物含有排水処理あるいはオゾンナノバブルによる殺菌処理をはじめ農業・

水産業の分野でも企業との協働によって産業界に多大な貢献をされている12)。

常に先駆的な研究に挑戦されており日本を代表するナノバブル研究者の一人で

ある。一方、産業界の技術者もマイクロバブル関連技術開発以来ノウハウを積

み重ね、最小と思われていたマイクロバブルを超える小ささをもつナノバブル

の製造法の開発に成功した。そのいくつかの技術は第 7章で紹介されている。

 ナノバブル生成の成功の報告もまた日本混相流学会年会講演会のマイクロバ

ブル関連セッションにおいて発生器メーカー技術者から行われた。この当時は

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ファインバブルとは第 1章

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ナノバブルの水中での長い寿命の真偽、水中にもともと含まれる不純物の影

響、固体ナノ微粒子解析装置の転用によるナノバブル測定の妥当性など、問題

が山積みで、学会会場で十分に議論できるところまでは達しておらず、多くの

検討課題を残しつつさらに研究開発が進められることになった。

 一方でナノバブルを含む水「ナノバブル水」の効果効能は成否のばらつきは

多いものの実用化や起業化も徐々にすすみ始めた。しかしながらナノバブル

は、比較的簡便な測定機器を使えば観察できるマイクロバブルにくらべてずっ

と小さくもはや不可視であるために、専門の研究者たちも容易に実験によって

検証ができずしばらく足踏みが続くことになる。物理学者の視点からは、物理

的に説明できないためにナノバブルの存在自体さえ疑われた。この間先行する

産業界や市場では、ナノバブルの効果であるのか否か不明なままナノバブル水

の産業利用が試されたり、心無い業者によってはナノバブルがどの程度水中に

いるかを正しく計測していない商品や機器を市場で販売したりという事態が生

じるようになった。

 その後ようやく第 7章で紹介する計測機器と計測技術が登場し、水中に存在

するナノバブルの個数や直径分布を実験的に知ることができる段階に達した。

1.1.3 国際標準化へむけたファインバブル産業会の設立

 2011年頃マイクロバブルやナノバブル関連産業を一過性ではなく恒久的産

業として普及させたいという産業界からの熱意が日本混相流学会に届けられ

た。これに呼応して2012年日本混相流学会混相流技術リエゾン専門委員会(委

員長(当時):慶應義塾大学寺坂宏一教授)内に「マイクロバブル・ナノバブ

ルの標準化への道筋を検討するWG(主査:産業技術総合研究所矢部彰理事

(当時))」が設置された。産業界において標準化は市場の信頼を得て産業を健

全に育成するために必須であった。「目に見えない泡」を標準化してウルトラ

ファインバブルの存在確認方法や内容量を認証するシステムがあれば、販売者

は消費者やユーザーから大きな信頼を得ることができ、消費者は安心して購入

できる。

 このWGで標準化の検討が進められるなか、2012年に産業技術総合研究所

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(以降、産総研)においても「ナノバブル国際標準化委員会」が設置された。

ここで、日本混相流学会、産総研および企業群が産官学連携でナノバブルの国

際標準化(ISO規格化)を目指すことの重要性が確認され、「マイクロバブル・

ナノバブルの標準化への道筋」が見出されたので、WGは役割を終えて解散

し、上記の委員会に引き継いだ。

 国際標準化の具体的な道筋は、海外諸国との折衝や日本政府との共同事業な

ど非常に煩雑でデリケートかつ戦略的な作業である。そこで日本の公的研究機

関である産総研とともに将来実務的な認証を行える業界団体が必要であるとの

結論に至り、2012年 7月 23日に一般社団法人微細気泡産業会(英語名称:Fine Bubble Industries Association、略称 FBIA)(設立時会長:慶應義塾大

学寺坂宏一教授)が設立された。微細気泡産業会13)は 2012年 8月に経済産業

省から国際標準共同研究開発事業(ナノ・マイクロバブル技術に関する国際標

準化)を受託し本格的に活動を開始した。

 翌 2013年 3月 13日に微細気泡産業会は英語名称と和名を一致させるため、

一般社団法人ファインバブル産業会(会長(当時):産総研矢部彰理事)に名

称変更した。

 ファインバブル産業会の設立の趣意は、ファインバブル技術の国際標準化、

認証および利用技術開発、共通基盤情報の収集などを総合的に行うプラットフ

ォームとして、業界/学会/政府共同でファインバブル産業の健全な市場形成を

行い、産業全体の加速的発展を目指した活動を行うことである。

 以上を踏まえて設立以降 5年間に 8回にわたるファインバブル国際シンポジ

ウムを国内外で活発に実施し多くの聴講者を集めた。ファインバブル技術の国

際的な関心の高まりと熱い活気が感じられる。

1.1.4 ファインバブル地方創生協議会

 ファインバブル技術の国際標準化および国際化を推進する産業界の動きだけ

でなく、日本国内産業の活性化も始まっている。

 ファインバブル技術の開発や実施の多くが日本の様々な地方で行われてい

る。今後も地方発の新しい活用法が提案されて地方の地場産業の発展が加速さ

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ファインバブルとは第 1章

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れる可能性を秘めている。地方では大企業だけでなく、中小中堅やベンチャー

企業も参画している状況であるため、ファインバブル技術は日本国政府の国家

成長戦略を具体的に推進できるテーマとなる一面をもっている。地方創生の観

点から地方自治体による産業支援や産業協力の拡大も地元ファインバブル関連

企業から強く期待されている。

 そこでファインバブル産業会内に、ファインバブル関連産業をもつ地方自治

体あるいは産業振興機関などからなる「ファインバブル地方創生協議会14)」が

設置された(2016年 10月 1日現在:参画自治体数 10県 1市 1町)。この協議

会ではファインバブル関連情報の交換、共同事業の企画およびその実施を行っ

ている。

1.1.5 ファインバブル学会連合

 以上で述べた日本のファインバブル技術の発展は常に産業界あるいは技術者

の発案や努力が主導していることに気づく。しかしながらファインバブルのも

つ様々な性質をさらに明らかにする必要性、いまだに科学的に説明ができてい

ない部分の解明が依然課題として残されている。こうした状況を打開すればさ

らなるファインバブル科学の発展だけでなく既存産業への新しい応用や新産業

創成も期待できる。そのためにはファインバブルを専門とする科学者の結集と

育成が欠かせない。これまでに「ファインバブル学」といった学問がないため

に、ファインバブル学を専門にもつ科学者が一堂に会するコミュニティや教育

を受ける場はなかった。しかし図 1-2のように日本混相流学会、日本機械学

会、化学工学会、日本ソノケミストリー学会など、長い歴史をもち学術的に信

頼できる学会には、それぞれの専門知識をもちながらファインバブルにも関心

をもっている部会、分科会あるいは研究会などの小組織が存在する。しかし、

各学会内でのファインバブルに関する討論や情報交換のみでは、非常に広い基

盤学術分野にまたがる「ファインバブルサイエンス」を網羅できず体系的な研

究者育成も進まない。

 そこでファインバブルに関する基礎学術と研究を推進し、その魅力を広めつ

つ若い研究者層を育成し、新しい科学の発展を加速するために、ファインバブ

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ルに関心をもつ信頼できる学協会内の専門家集団に結集を呼びかけた。各団体

代表者の賛同と承認を得て、2015年 4月 1日にファインバブル学会連合15)(英

文名称:The Union of Fine Bubble Scientists and Engineers)(設立時理事

長:慶應義塾大学寺坂宏一教授)が結成された。ファインバブル学会連合は

「ファインバブル」に関連する学協会内の専門家組織(部会、分科会、研究会、

工業会など)を横断的に提携し、それぞれの科学技術研究開発活動に関する情

報交換を密接に行う拠点およびコミュニティを提供する。ファインバブル学会

連合の会員は原則としてすべて法人(ファインバブル研究組織)で、表 1-1

に示したファインバブルに関して高い学術研究実績と歴史のある 4つの専門学

術団体と、ファインバブル技術に関する唯一の国内審議団体を設立時会員とし

てスタートした。

 ファインバブル学会連合15)は、ファインバブル学会連合シンポジウムの主

催、ファインバブル関連の学術集会の共催、協賛、後援などを行い、ファイン

バブル関係情報提供や交換を行う場として学術的な機能を担っている。さらに

本テキストの編纂や講習会などの開催によって、ファインバブルサイエンスの

学問としての体系化と初学者の教育・育成を担う。

図 1-2 ファインバブル学会連合を構成するファインバブル専門家集団

ファインバブル

音響工学

臨床医学

超音波診断

ソノルミネッセンス

キャビテーション核生成

結晶成長反応工学

化学工学

大気圧プラズマ 原子力工学

流動層

エマルション二相流

多相混合

ファインバブル発生器国際標準化

ファインバブル計測

認証国際化

市場形成気泡

三相流動層

CFD

流体力学

粉体工学

反応速度論

気液混合微粒化液液混合

原子力工学

ファインバブル

気泡

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ファインバブルとは第 1章

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1.1.6 ファインバブルの将来

 ファインバブル技術は日本発祥であり、その発展には日本の技術者や研究者

の非常に多くの努力が積み重ねられてきた。その多くの技術はニーズから起こ

り、技術者のあきらめない挑戦につぐ挑戦によって経験的に開発・改良の方向

を見出して進歩してきた。科学者はそれをフォローする役割を果たしてきた。

しかし最近では科学者が独自に実験を行い、解析をし、仮説を立てて理論を証

明していく段階に達している。もちろん現状は日本の技術が世界を凌駕してい

ることを国際学会などで感じるが、他国の基礎科学研究力、資金力、組織力、

政治力などの多くは日本を上回っているので、日本が先導し続ける状況がいつ

まで維持できるかは、日本の研究者や技術者次第である。

 今このテキストの読者がもし日本の国益を考えるならば、ぜひ今後もファイ

ンバブルのサイエンスやテクノロジーに関心を持って学習と努力を続け、トッ

プランナーを維持していただきたい。

 一方、学術は日本のようなある一国で独占するようなものではない。ファイ

ンバブルが全世界の人類や社会、地球環境に貢献する科学技術になるのであれ

ば喜んでその普及を支援すべきであり、また一緒に研究や教育をすすめ、より

良い技術をより早く、安全かつ安心して普及させるように高い意識をもって取

表 1-1 ファインバブル学会連合 会員 5団体の歴史

設立年 ファインバブル関連組織の歴史

1982 日本混相流学会(日本学術会議混相流小委員会(当時))設立

1984 化学工学会 粒子・流体プロセス部会気泡・液滴・微粒子分散工学分科会(気泡塔研究会(当時))設立

1992 日本ソノケミストリー学会(ソノケミストリー研究会(当時))設立

2008 化学工学会 反応工学部会 反応場の工学分科会設立

2012 一般社団法人ファインバブル産業会(FBIA)設立

2015 ファインバブル学会連合設立

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り組んでいただきたい。

1.2 ファインバブルの国際標準化

 国際標準化(ISO)は日本ではなじみが薄く、一般にはあまり大きな関心が

もたれていないようである。しかしながら身の回りにはいろいろ標準化されて

いるものや標準化されていないものがあることに気づく。

 例えばコンセントやプラグ類の形状はどこの会社製の電化製品や AV機器

を購入しても同じ形である。競合他社がそれぞれ相談せずに別々の形のプラグ

を使っていたらどうなるであろうか。かつてビデオ業界はビデオカセットテー

プの規格が統一されず混乱が起こり一方の形式が衰退した。最近の携帯電話は

日本から海外に旅行しても使用できる。世界中で共通規格の SIMカードを差

し替えるだけである。食品の賞味期限や消費期限、牛肉の肉質の等級も決め方

が統一されていなかったら信頼できるだろうか。自転車やヘルメットなどの安

全性が認証されていなかったら安心して乗ったり被ったりできるだろうか。他

にも市場にひろく出回っている商品の多くは、標準化のための組織が、標準化

された方法で、標準化された基準と比較して、合格か不合格を認証し、商品に

明記している。消費者やユーザーは自分自身でひとつひとつ適合性や安全性の

テストをしなくても、認証マークの有無で確認でき安心して商品を買うことが

できる。もし合格していない商品が市場に出回っても、自然と購入されなくな

り淘汰されていく。建設的なメーカーであれば自社製品の合格を目指して研究

開発をより一層すすめるであろう。このサイクルがきちんと動けばその市場は

消費者やユーザーから信頼を得て健全に成長できる。

 日本の企業の技術力の世界的高さはとくに説明するまでもなく、特許など知

的財産の取得も進んでいる。各種エレクトロニクス製品に関する日本企業の市

場シェアの推移19)を調べてみると日本の技術開発が進み新商品が市場に出ると

最初の市場シェアは高いが徐々に低下する。安価な他国製製品が日本のシェア

を席捲することも理由のひとつであるが、その低下速度が近年大きくなってい

る。この原因の一つとして、標準化に対する取り組みの遅さや不得手さがある

といわれている。最近では世界最速で開発が進んでいた電気自動車の充電プラ

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ファインバブルとは第 1章

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グの国際標準化作業において、日本の電気自動車メーカーの折衝が難航してい

ると話題となった20)。

 日本発で開発した新技術がもし国際標準とならず、他国が提案した国際標準

が認められたらどうなるであろうか。これまでに投資した開発費に加えて改修

のための開発コスト、せっかく市場に先行投入できるチャンスの逸失など、他

にも損失は計り知れない。かつて日本製携帯電話が“ガラパゴス化”したこと

はまだ記憶にあるかもしれない。

1.2.1 ファインバブル技術の国際標準化の必要性

 SI単位系の接頭語で 10-6を表す「マイクロ(n)」を「バブル」に付してお

およそ 1 nm~100 nm(最大数 10 nmとする研究者もあった)の直径をもつ気

泡を「マイクロバブル(Microbubble)」と呼び始めて定着したために、マイ

クロバブルに準じて接頭語で 10-9を表す「ナノ(n)」を接頭語に使い、1 nm

(気泡として存在できるかは未知であるが)~1000 nm(=1 nm)の直径をも

つ気泡を「ナノバブル(Nanobubble)」と呼ぶ慣習が国内外で定着した。また

個人的にマイクロバブルとナノバブルの境界あたりの直径をもつ気泡を「マイ

クロ・ナノバブル」や「ナノ・マイクロバブル」などと呼ぶ研究者や技術者も

見かける。さらにそれぞれの名称が定義する気泡サイズの上限と下限も自己都

合的に決められており統一されていない。

 さらには気泡の界面全体が液体で包まれて浮遊する「浮遊性気泡」ではな

く、内部ガスの表面は液体に接触しているものの裏面は固体壁に接触している

「壁面付着性気泡」を、物理学者は「サーフェスナノバブル」と呼んでい

る14)。しかしながら形状は球形ではなく、厚さ数ナノメートル、直径数百メー

トルのパンケーキ状である(ナノパンケーキとも呼ばれている15))。

 図 1-3に示すように「気泡」といっても様々な状態にあるものを「気泡」

や「バブル」と呼び、中空粒子や空隙さえ「バブル」と呼ぶことがある。

 このように気泡の名称が表す定義があいまいであると意思の疎通や情報の伝

達および確認において多くの不都合が発生する。こうした問題や不便さを解決

する手段が国際標準化である。

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29

1.2.2 ファインバブル技術の国際標準化の進捗21)

 ファインバブル技術は現状日本が圧倒的に進んでいる状況であるが、追随し

ている世界各国と上手く交渉して標準化を急ぐことが大切である。文化や生活

習慣の異なる交渉相手は決して敵ではない。お互いにハッピーな着地点を見出

そうと話し合いをするファインバブルに理解と関心のある仲間たちである。

 ファインバブル産業会(略称:FBIA)が 2012年 7月に発足し、科学的な

検討に基づく国際標準化、認証および利用技術開発などを総合的に行うプラッ

トフォームとして、産学官連携によりファインバブル産業の健全な市場形成

と、加速的な発展を目指し活動を始めた。

 経済産業省は 2012年 11月末に、日本工業標準調査会(JISC)の審議を経て、

トップスタンダード制度の第 3号事案として、ファインバブルに関する国際標

準化活動を支援・推進することが決定された。2013年 2月日本(ISO会員団

体は JISC)から、ISO(国際標準化機構)に対して、ファインバブル技術に

関する新たな専門委員会(TC)の設立が提案された。3か月間の国際投票を

経て、設立要件が達成され、ISO/TMB(技術管理評議会)において、日本を

図 1-3 ファインバブルやガスを包んだ粒子分類

気泡

中空粒子

付着性気泡

マイクロバブル

その他の浮遊性気泡

ウルトラファインバブル

サーフェスナノバブル

その他の付着性気泡

マイクロ中空粒子

その他の中空粒子

空隙 マイクロポア

その他のポア

浮遊性気泡

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ファインバブルとは第 1章

30

国際幹事国とする新しい専門委員会 TC 281(ファインバブル技術)設立が承

認された。

 2013年 12月には京都で第 1回会合が開催(図 1-4)された。議長は英語の

ネイティブスピーカーである英国、日本はセクレタリーを務めた。他に韓国、

中国およびロシアを含めた正メンバー5か国(現在は増加中)に加えドイツと

タイからの代表者が参加した。続いて 2014年 9月に英国マンチェスターで第2回会合、2015年 10月に韓国済州島で第 3回会合、2016年 7月にオーストラ

リア・シドニーで第 4回会合、2016年 11月に英国ロンドンで第 5回会合と、

世界各国に場所を移して、活発に議論が行われている。

 図 1-5のようにファインバブルの標準規格は 3階層構成で検討されている。

そのため、TC281内には(A)基本規格、(B)計測方法および(C)個別応用、

の 3つのワーキンググループ(WG)が組織され、それぞれ産総研矢部彰理事

(当時)、英国から Denis Koltsov氏(当時)、慶應義塾大学寺坂宏一教授(当

時)が各WGのコンビーナに就任し、活発に議論を進めた。

図 1-4 第 1回国際標準機構/ファインバブル専門委員会

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1.2.3 ナノバブルからウルトラファインバブルへの改称

 ファインバブルの定義・分類の議論は第 1WGで進められている。図 1-6に

図示したように、媒質中で閉じた界面に囲まれた気体をバブル、その中で直径

(球相当径)が 100 nm以下の気泡をファインバブルとし、これを l nmを境界

に 2分して大きい方をマイクロバブル、小さいものをウルトラファインバブル

と称することでほぼ合意された。また高分子や油で覆われた、いわゆる殻付き

のマイクロバブルも対象とした。

 国際標準化に当たって、「ナノバブル」あるいは「マイクロナノバブル」と

いう表現が避けられたのは、以下の理由のためである。

(1)  ISO内の既存の技術委員会 ISO/TC 229(ナノテクノロジー技術)では、

概ね 100 nmをナノ物体と呼んで境界としている(「マイクロ」がミクロ

ン領域という以外に、小さいという意味でも使われるのとは対照的に、

「ナノ」は限定的な領域と捉えられる)が、常圧の水中で通常観測される

図 1-5 ISO国際標準化による 3階層構成国際規格創成

C

計測方法規格:複数の手法によりファインバブル計測を可能とし、広範囲の産業分野で利用可能とするための規格

B

A

国際標準化

レーザ回折散乱光法ブラウン運動トラッキング法電気的検知帯法共振式質量測定法動的光散乱法ゼータ電位測定法

ファインバブル計測方法

気泡径・気泡数密度・液中滞在時間・計測用液体詳細(純水・蒸留水等)

ファインバブルの定義

基本規格:ファインバブル技術に関する共通基本要素の規格

個別応用規格:特定の産業分野におけるファインバブル応用技術要件を規定する規格

洗浄効果、分離効果、潤滑効果、帯電分離効果、物性制御効果

食品、飲料水、化粧品、医療、薬品、農業・植物栽培、洗浄、トイレ洗浄、土壌洗浄、除染、水処理、化学、液晶・半導体・太陽電池製造、新機能材料製造 等

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ファインバブルとは第 1章

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ウルトラファインバブルは概ね 100~200 nm で最も小さいとしても50 nm程度の直径であるため 100 nmを境界に顕著に作用や機能が変わ

る信頼できる結果はない。これより小さいサイズを示すデータも発表は

されているが、現段階でコンタミやノイズとの分離、あるいは測定精度

を含めて充分に検証されたと認められるものは未だにない。

(2)  「ナノ」は欧米では「ナノリスク」を連想することがあり、今後の世界規

模への産業応用を考えると必ずしも好ましくない。

(3)  サーフェスナノバブル(直径は大きいが高さは 100 nm以下と観側され

ており、上記 TC 229の定義にあてはまる)との区別がつきにくい。そ

して、既に「ナノバブル」の呼称はすでに商標登録がなされ、市場に出

回っている既存商品に使用されている。そのうちのいくつかは先に述べ

たように効果を喧伝するもののナノバブルを含むことを直接証明してい

ないため、混乱を招くおそれがある。

 「ナノバブル」を他の新しい用語で置き換えるにあたって、ナノ粒子での名

称分類が参考にされた。ナノ粒子の研究分野では、

   粒子(パーティクル)

   微粒子(ファインパーティクル)

   超微粒子(ウルトラファインパーティクル)

という分類がすでにあり定着している。そこでこれを「気泡」に置き換え、

図 1-6  ウルトラファインバブル、マイクロバブルおよび非ファインバブルのサイズによる分類

0.1 1 10 1000 10000

ウルトラファインバブル

気泡径[nm]

マイクロバブル

非ファインバブルファインバブル

バブル

100

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   気泡(バブル)

   微細気泡(ファインバブル)

   超微細気泡(ウルトラファインバブル)

という分類が提唱されたのである。

 気泡の諸特性は、サイズに依存するものの、産業応用を考えるとサイズより

も挙動・特性、例えば安定性を示す特性時間によって分類することも合理的で

あり、今後常温常圧の水だけではなくさまざまな液体中のファインバブル応用

を考えれば、マイクロ、ナノという特定のサイズ領域を連想させる分類よりもISO/TC 281の第 1WGで採用する分類が優れていると考えられている。

1.3 ファインバブルの特徴と特性

 図 1-7にファインバブル(マイクロバブルとウルトラファインバブル)と

非ファインバブル(直径が 100 nm以上の気泡)との挙動の比較を例示した。

最も一般的な空気を内包した非ファインバブルは水中では球形を保つことがで

きずに楕円形状などに変形し、また静止水中でさえまっすぐに上昇せずにジグ

ザグ運動や螺旋運動を伴いながら浮上する。水深がそれほど深くない(水圧が

重要でなく、水中での滞在時間も比較的短い)とき、非ファインバブルは自由

水面まで浮上したのち破裂して大気に混ざる。

図 1-7 ファインバブルと非ファインバブルの挙動の相違

破裂

マイクロバブル

消滅

ウルトラファインバブル

溶解→析出

浮上

収縮

浮上しない

ウルトラファインバブルマイクロバブル非ファインバブル

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ファインバブルとは第 1章

34

 空気を内包したマイクロバブルが水中を浮上するとき、その上昇速度は非フ

ァインバブルに比べて十分遅いため、水中の溶存ガス濃度が高くないクリーン

な水中ではマイクロバブルは水に長時間接触するため、内包空気の水中への溶

解が進み、水深が十分あるとついにはすべて溶解して消滅し、自由水面に達し

ない。もちろん水深が浅く、水が十分に過飽和状態に達しているなど他の条件

がある場合には状況は異なる。

 ウルトラファインバブルは通常マイクロバブルの急速収縮後に誕生すると考

えられている(メカニズムはまだ十分に確立しているとは言えないが仮説はい

くつか議論されている)。ウルトラファインバブルの浮力による上昇速度は、

ウルトラファインバブル自身のブラウン運動の速度に比べて小さくなり、もは

や浮上しない。一方でクリーンな水中でみられるマイクロバブルのような収縮

や消滅はせず、密栓した静止水中で貯蔵でき、大きな刺激を与えなければ数か

月をこえる時間スパンで準安定に存在しつづける。

1.3.1 マイクロバブルの上昇速度

 図 1-8にマイクロバブルの水中での上昇速度 uBと直径 dBとの関係22)を示

した。マイクロバブルの上昇速度は次の Stokesの式でよく説明できる。

図 1-8 マイクロバブルの上昇挙動

蒸留水中、室温、大気圧下

マイクロバブルの上昇速度u

B[nm

s-

1 ]

マイクロバブルの直径dB[nm]10

100

1000

100

Stok

esの式

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uB=dB

2(tL-tG)g

18nL

(1⊖1) 

ここで、tLおよび tGはそれぞれ液密度とガス密度、nLは液の粘性係数、gは

重力加速度である。Stokesの式は小さな Reynolds数 Reの条件下で水中の固

体球の沈降運動をよく表すが、マイクロバブルの挙動がそれに近いことを表し

ている。10ミクロンの直径をもつマイクロバブルは 1時間当たり 19.6 cmし

か上昇しない。

1.3.2 マイクロバブル流の摩擦係数

 図 1-9は 1 cm3当たり 2#105個のマイクロバブルを含む水を内径 20 mm長

さ 4 mの円管に流すときの 2相流摩擦係数を測定した結果23)である。横軸は 2

相流に対する Reynolds数 Reで縦軸が摩擦係数を表している。マイクロバブ

ルを含まない単相の流れの場合(a=0%)、Re<2100で層流を示し 2相流摩

擦係数は Reの増加とともに単調減少している。一方 Re>20000では乱流が発

達し同じ Re において層流よりも大きな 2 相流摩擦係数となる。2100<Re<20000は層流と乱流との間の遷移域であるが、マイクロバブルのガ

スホールドアップ(ボイド率ともいう)aの増加とともに 2相流摩擦係数が減

図 1-9 マイクロバブルによる摩擦低減

試験流路:内径:20mm 長さ:4m

2相流Reynolds数Re[-]

2相流摩擦係数[-]

0.1

0.05

0.01

0.005500 1000 5000 10000 50000 100000

乱流

層流

<a>[%]0

0.5

0.2

0.3

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ファインバブルとは第 1章

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少し、円管内壁との摩擦が小さくなっていることがわかる。マイクロバブルの

ガスホールドアップ(ボイド率)aが 0.5%では Reが約 12000で層流から乱

流へ遷移が始まっている。

1.3.3 ファインバブルの比表面積

 直径 dBの気泡の表面積と体積との比を比表面積と呼ぶ。式(1⊖2)にその比を

示した。

比表面積=球の表面積球の体積 =

rdB2

rdB3/6

=6

dB

(1⊖2) 

 式(1⊖2)より気泡の直径 dBが減少するほど気泡の比表面積は大きくなること

がわかる。もし単位体積の液相中にガスホールドアップ aのガスが分散され

ると、気泡の個数 nBは次式で表される。

nB=a

rdB3/6

(1⊖3) 

 これより、単位体積の液相中に浮遊する全気泡の比気液接触面積 aは次式と

なる。

a=6a

dB

(1⊖4) 

 液中に同じ体積のガスをできるだけ小さくファインバブル化して多数個浮遊

させれば式(1⊖4)に従って比気液接触面積 aが増大することがわかる。

1.3.4 マイクロバブルの自己加圧効果

 気泡界面が球面で、外部には大きな分子間力を持つ水や液体の分子で囲ま

れ、気泡内部は液体に比べて疎な密度でしかガス分子は存在しないため、図 1

-10で表されるように、次に示す Young⊖Laplaceの式で計算される圧力差 Dp

だけ気泡内が気泡外部よりも加圧される。

Dp=4v

dB

(1⊖5) 

 Young⊖Laplaceの式で水中に浮遊する気泡の内外圧力差を推算すると表 1-

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2になる。詳細は第 2章で解説される。

 気泡がマイクロバブルまで小さくなると気泡内の圧力は大気圧(=1 atm)

に比べても無視できないほどになることがわかる。液相側は系圧(大気圧)に

液ヘッド(水圧)を加えた程度の圧力であるが、気泡内圧力は非常に高圧化さ

れ、気泡表面に接した液相部分にはガス成分が高濃度で溶解する。

1.3.5 マイクロバブルの収縮

 マイクロバブルは単位体積当たりの気液接触面積は、式(1⊖2)で示したよう

にマイクロバブル径 dBの縮小とともに大きくなる。図 1-11にマイクロバブ

ルが収縮していく様子を顕微鏡写真で撮影した写真を示した。また 3種類のガ

スを内包したマイクロバブル径 dBが時間 tとともに収縮していく様子を示し

た。いずれもマイクロバブルの収縮は収縮時間の進行とともに加速されること

がわかる。

1.3.6 マイクロバブルの表面電位特性

 水中のコロイド粒子が帯電しているように、マイクロバブル表面も電荷を帯

びていることが知られている。図 1-12に電場印加下で水中をジグザグ上昇す

るマイクロバブルの軌跡24)のイメージを示した。両側に電極を持つ容器(小型

セル)にマイクロバブルを導き、マイクロスコープでセル内の気泡を観測しな

がら、両側の電極の正負の極性を約 1秒間隔で切り換える。もしマイクロバブ

表 1-2 気泡内圧と気泡径との関係

気泡径dB

気泡内外圧力差[atm]

1 mm 約 0.003

10 nm 約 0.3

1 nm 約 2.9

100 nm 約 27

図 1-10 マイクロバブル内の圧力

Young-Laplaceの式

系圧+

液ヘッド

4vdB

Dp=

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ファインバブルとは第 1章

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図 1-11 マイクロバブルの収縮

100 nm

0

50

100

150

200

250

0 500 1000

Gas A

Gas B

Gas C

気泡収縮時間 t [s]

気泡直径

dB [nm]

図 1-12 マイクロバブル表面の帯電

負極(正極)

正極(負極)

鉛直方向

水平方向マイクロバブル

電場中でのマイクロバブルの動き

マイクロバブルは正極に移動

マイクロバブルは中性の水中では マイナスに帯電

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ル表面が電荷を帯びていなければ、電場の影響を受けずに 1.3.1で紹介したStokesの式に従ってまっすぐ上方に移動する。電荷を帯びていれば電場によ

り引力あるいは斥力が働き、マイクロバブルに水平方向の速度成分が加わる。

図 1⊖12では電極の極性交換に連動してマイクロバブルはジグザグ状に動き、

移動方向としては常に正極に向かうことから、マイクロバブルはマイナスに帯

電していることがわかる。この動きを画像解析し、垂直成分の移動速度からStokesの式を用いてマイクロバブル径を求め、水平成分の移動速度からマイ

クロバブルの表面電位が求められた。この結果からマイクロバブルの表面電位

は蒸留水中で負の電位をもつと測定された。ここで測定された表面電位は第 7

章で紹介するゼータ電位に相当する。

参 考 文 献1)Galireo, G.: “Discourse on bodies that stay atop water of move within it”,

Florence (1612)2)Poisson, S. A., Mem. de l' Academie des Science, Paris, vol. 9, pp. 521⊖523

(1831)3)Poiseuille, J. L. M., Mem. de l' Academie Roy. des Science, vol. 7, pp. 105⊖175

(1841)4)Stokes, G. G., Transaction of the Cambridge Philosophical Society, vol. 8, pp.

287⊖319 (1845)5)Stokes, G. G., Transaction of the Cambridge Philosophical Society, vol. 9, pp. 8

⊖106 (1851)6)Clift, R., Grace, J. R. and Weber, M. E., “Bubbles, Drops and Particles”,

Academic Press (1978)7)Grace, J. R., Transactions of the Institution of Chemical Engineers, Vol. 51, p.

116 (1973)8)化学工学協会東海支部編、“化学工学の進歩第 16集気泡・液滴・分散工学~基礎と応用~”、槇書店(1982)

9)朝日新聞朝刊:42695号(日刊)、2000年 8月 5日10)大成博文:“マイクロバブルのすべて”、日本実業出版社(2006)11)日経産業新聞:2007年 2月 14日12)高橋正好:微細気泡の最新技術⊖進展するマイクロ・ナノバブルの基礎研究と広がる産業利用 Vol. 2、pp. 271⊖288、エヌ・ティー・エス(2014)

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ファインバブルとは第 1章

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13)ファインバブル産業会ホームページ:http://www.fbia.or.jp/

14)Lohse, D. and Zhang, X.: Rev. Mod. Phys., 87, 981 (2015)15)Prof. Emeritus Martin Chaplin のホームページ http://www1.lsbu.ac.uk/

water/nanobubble.html

16)フ ァ イ ン バ ブ ル 国 際 標 準 化 ホ ー ム ペ ー ジ:http://www.fbia.or.jp/

standardization/

17)ファインバブル地方創生協議会ホームページ:http://www.fbia.or.jp/local-creation-council/

18)ファイバブル学会連合ホームページ:http://www.fb⊖union.org/

19)小川紘一:“オープン&クローズ戦略 日本企業再興の条件 増補改訂版”翔泳社、(2015)

20)JETROホームページ:JETROレポート“EUにおける EV充電規格標準化の現状と国際規格基準作成に対するスタンス”、https://www.jetro.go.jp/ext_

images/jfile/report/07000708/ev_charger_in_standard_eu.pdf

21)綾信博:ファインバブルの基礎と洗浄への応用、特集ファインバブルの洗浄への応用、産業洗浄、日本産業洗浄協議会 No. 16、pp. 8⊖16(2015)

22)Ohnari, H.: US Patent 6382601 (2002)23)Serizawa, A., et al.: 3rdEuropean⊖Japanese Two⊖phase Flow Group Meeting, 21

(2003)24)Takahashi, M, Chiba, K., Li, P.: Journal of Physical Chemistry, B, 111, pp. 1343

⊖1347 (2007)