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税務執行の不確実性と納税者行動―租税法律主義の機能― *1 神山 弘行 *2 要  約 タックス・コンプライアンスに関する法学者の多くの議論は,「リスク」の状況下にお ける意思決定モデルを明示的ないし黙示的に前提として議論が進められてきた。しかし, 現実の納税者は,「リスク」ではなく「不確実性」の状況下において意思決定をしている と理解するのが自然である。一方で,タックス・コンプライアンスの分析で伝統的に用い られてきた「主観確率による Von Neumann-Morgenstern 型の期待効用モデル」を不確 実性下での分析に利用する場合,現実の人間行動を上手く素描できないという問題 (Ellsbergのパラドックス)を抱えている。 この問題に対処するために,本稿では,Lawsky(2013)に依拠する形で,不確実性の 状況下における意思決定理論の一つであるショケ期待効用(Choquet expected utility)モ デル非加法的な期待効用モデルに基づいて,①「不確実性の大きさ」と②「不確 実性に対する納税者の態度」を区別した上で,税務執行の不確実性と納税者行動の関係に ついて考察を進めた。 本稿で得られた知見の一つとして,もしも,納税者の属性(上場企業か同族会社か,個 人か法人か,高所得者か低所得者かなどの各区分)に応じて,不確実性回避に対する態度 が異なるのであれば,納税者のカテゴリー毎に,不確実性の程度や内容を変化させること で,より効率的な制度設計ができる可能性があるという点である。これは,「あらゆる納 税者に対して不確実性を高めること」が望ましいということではなく,不確実性を用いる 場合には,「効果が高いカテゴリーを対象として限定的に用いなければならない」ことを 示唆する。なお,不確実性に関する態度がカテゴリー毎にどのように異なるかという点は, 実証的知見の蓄積を待つ必要がある。 キーワード:租税法律主義,不確実性,タックス・コンプライアンス,租税回避, Choquet 期待効用 JEL Classification:D81,H26,H83,K34,K42 *1 本稿は,JSPS 科研費・基盤(C)〔26380037〕の助成による研究成果の一部である。本稿の執筆に際して, 中里実教授,佐藤英明教授,増井良啓教授,渋谷雅弘教授,渕圭吾教授,浅妻章如教授,藤谷武史准教授, 吉村政穂准教授,長戸貴之准教授より貴重な助言を賜った。記して感謝申し上げる。 *2 一橋大学大学院法学研究科・准教授 - 148 - 税務執行の不確実性と納税者行動―租税法律主義の機能―

11 CW6 AX377D09...に法的安定性(legal certainty)と予測可能性 (predictability)とを与えることにある」2)と一 般に理解されてきた。 本稿は,タックス・コンプライアンスを題材

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税務執行の不確実性と納税者行動―租税法律主義の機能―* 1

神山 弘行*2

要  約 タックス・コンプライアンスに関する法学者の多くの議論は,「リスク」の状況下における意思決定モデルを明示的ないし黙示的に前提として議論が進められてきた。しかし,現実の納税者は,「リスク」ではなく「不確実性」の状況下において意思決定をしていると理解するのが自然である。一方で,タックス・コンプライアンスの分析で伝統的に用いられてきた「主観確率による Von Neumann-Morgenstern 型の期待効用モデル」を不確実性下での分析に利用する場合,現実の人間行動を上手く素描できないという問題(Ellsberg のパラドックス)を抱えている。 この問題に対処するために,本稿では,Lawsky(2013)に依拠する形で,不確実性の状況下における意思決定理論の一つであるショケ期待効用(Choquet expected utility)モデル―非加法的な期待効用モデル―に基づいて,①「不確実性の大きさ」と②「不確実性に対する納税者の態度」を区別した上で,税務執行の不確実性と納税者行動の関係について考察を進めた。 本稿で得られた知見の一つとして,もしも,納税者の属性(上場企業か同族会社か,個人か法人か,高所得者か低所得者かなどの各区分)に応じて,不確実性回避に対する態度が異なるのであれば,納税者のカテゴリー毎に,不確実性の程度や内容を変化させることで,より効率的な制度設計ができる可能性があるという点である。これは,「あらゆる納税者に対して不確実性を高めること」が望ましいということではなく,不確実性を用いる場合には,「効果が高いカテゴリーを対象として限定的に用いなければならない」ことを示唆する。なお,不確実性に関する態度がカテゴリー毎にどのように異なるかという点は,実証的知見の蓄積を待つ必要がある。

 キーワード: 租税法律主義,不確実性,タックス・コンプライアンス,租税回避,Choquet 期待効用

 JEL Classification:D81,H26,H83,K34,K42

*1  本稿は,JSPS 科研費・基盤(C)〔26380037〕の助成による研究成果の一部である。本稿の執筆に際して,中里実教授,佐藤英明教授,増井良啓教授,渋谷雅弘教授,渕圭吾教授,浅妻章如教授,藤谷武史准教授,吉村政穂准教授,長戸貴之准教授より貴重な助言を賜った。記して感謝申し上げる。

*2  一橋大学大学院法学研究科・准教授

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税務執行の不確実性と納税者行動―租税法律主義の機能―

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Ⅰ.はじめに

Ⅰ-1.問題意識 租税法律主義の歴史的意義は,「行政権の担い手たる国王による恣意的課税から国民を保護すること」1)にあったとされる。そして,租税法律主義の現代的機能として「国民の経済生活に法的安定性(legal certainty)と予測可能性

(predictability)とを与えることにある」2)と一般に理解されてきた。 本稿は,タックス・コンプライアンスを題材として,租税法の解釈を含めた税務執行3)に関する「不確実性(uncertainty)」の存在とそれに対する納税者の戦略的行動の観点から,租税法律主義―とりわけ課税要件明確主義―の現代的機能について考察を加えるものである4)。具体的には,租税法の解釈や税務執行過程(調査対象の選定等)において,不確実性が存在する場合に,納税者の行動がどのような影響を受けるかについて分析を加える。

 本稿の問題関心は,租税法律主義に関する議論に関して,従来は暗黙の前提とされてきた部分に光を当てるとともに,法学者の経験則や実践的知識に依拠する形で議論されてきた部分について,経済学の分析視座を援用することで,議論の深化ないし重層化を図ることである5)。その意味で,本稿は,今後のより包括的な研究のための準備作業としても位置づけられる6)。

Ⅰ-2.本稿の分析視座Ⅰ-2-1.リスクと不確実性 本 稿 で は, リ ス ク(risk) と 不 確 実 性(uncertainty)を峻別した上で,議論をすすめる。差し当たり,将来事象(実現値)とその確率分布(期待値,分散等)が事前に分かっている状況を「リスク」と,それらが事前に分かっていない状況を「不確実性」と呼ぶこととする7)。 タックス・コンプライアンスを巡る代表的な

1 )金子宏『租税法〔第 21 版〕』75 頁(弘文堂,2016 年)。2 )同上。金子宏名誉教授は,「租税の問題は,多くの経済取引において,考慮すべき最も重要なファクターで

あり,合理的経済人であるならば,その意思決定の中に租税の問題を組み込むはずである。・・・ 租税法律主義は,単にその歴史的沿革や憲法思想史的意義に照らしてのみでなく,今日の複雑な経済社会において,各種の経済上の取引や事実の租税効果(タックス・エフェクト)について十分な法的安定性と予測可能性とを保障しうるような意味内容を与えられなければならない」と指摘されている。同上。

3 )税務執行の定義については,差し当たり,増井(2002)に従い「租税制度を現実に動かす作用を広く指すもの」と広く定義しておく。増井良啓「税務執行の理論」フィナンシャル・レビュー65 号 170 頁(2002 年)。

4 )日本の文脈で,租税法における不確実性について,経済学の知見を応用しつつ分析を加えるものとして,既に藤谷武史「租税法における『不確実性』と『法の支配』の制度的意味」論究ジュリスト 10 号 74 頁(2014年)がある。本稿の意義は,不確実性に関して,藤谷(2014)とは異なる理論モデルを援用することで,日本における租税法律主義の機能的分析の議論を深める点にある。

5 )本稿では主な想定読者として,法と経済学(法の経済分析)に関心を持つ法学研究者や大学院生のみならず,租税法に携わる実務家(行政官,裁判官,弁護士,税理士,企業関係者)も念頭において記述をしている。

6 )納税者の戦略的行動に関する導入的考察として,神山弘行「事前照会制度に関する制度的課題」RIETI Discussion Paper Series 10-J-036(2010 年)参照〔available at, http://www.rieti.go.jp/jp/publications/dp/10j036.pdf〕。

7 )See, Frank knight, risk, Uncertainty, and Profit (Wentworth Press, 2016)(1921). 確率的状況は,①先験的確率(a priori probability),②統計的確率(statistical probability),③推定(estimate)に分類することができる。このうち①先験的確率と②統計的確率は測定可能であることから「リスク」と呼び,③推定は測定不可能であることから「不確実性」と呼べよう。酒井泰弘『リスクの経済思想』118-123 頁(ミネルヴァ書房,2010 年)参照。

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〈財務省財務総合政策研究所「フィナンシャル・レビュー」平成 29 年第 1 号(通巻第 129 号)2017 年3月〉

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議論として,期待値(expected value)モデルや Von Neumann-Morgenstern 関 数〔 以 下,VNM 関数と呼ぶ〕を用いた期待効用(expected utility)モデルが存在する8)。しかし,期待値モデルや期待効用モデルの分析枠組みでは,現実のコンプライアンス水準が高いこと(≒脱税水準が低いこと)を上手く説明できないとの指摘がなされており9),近年ではシグナル理論を用いた分析等10)が展開されてきた11)。 これまで,法学者によるタックス・コンプライアンスに関する議論の多くは,リスクの状況――将来事象とその確率分布が事前に分かっている状況――を想定して議論を進めてきたと指摘される12)。一方で,現実の税務執行過程において,納税者が事前に,将来事象とその確率を把握していることはほとんどない――不確実性の状況下にある――と考えるのが自然であろ

う13)。

Ⅰ-2-2.不確実性と期待効用理論 不確実性の状況下における意思決定の分析においては,主にベイズ理論等が用いられてきた。もしも客観確率(objective probability)が不明だとしても,客観確率の代わりに,主観確率(subjective probability) を用いることで,VNM 関数に基づく期待効用モデルを不確実性下での意思決定に拡張することが可能と考えられている14)。ベイズ理論の下では,一定の条件を満たせば「不確実性」の問題を,主観確率――すなわち信念の程度(degree of belief)――で計算された確率分布の比較という「リスク」の問題に還元できる点に利点があった15)。 しかしながら,後述する Ellsberg パラドックスに代表されるように,不確実性の状況下で

8 )E.g., Michael G. Allingham & Agnar Sandmo, Income Tax Evasion: A Theoretical Analysis, 1(3) JoUrnal of PUblic economics 323, 324(1972); Also see, Joel Slemrod & Shlomo Yitzhaki, Tax Avoidance, Evasion, and Administration, in Handbook of PUblic economics vol.3, 1423-1436 (Alan J. Auerbach & Marin Feldstein eds., 2002); Lawsky (2013), infra note 12, at 249-257.

9 )See, e.g., James Alm & Gary H. McClelland & William D. Schulze, Why do people pay taxes?, 48(1) JoUrnal of PUblic economics 21 (1992); Slemrod & Yitzhaki, supra note 8, at 1438-1445.

10 )See, Eric A. Posner, Law and Social Norms: The Case of Tax Compliance, 86 Va. l. reV. 1781 (2000); Posner (2000)を紹介・分析するものとして,増井(2002)・前掲注(3)169 頁参照。Also see, Lars P. Feld & Bruno S. Frey, Tax Compliance as the Result of a Psychological Tax Contract: The Role of Incentives and Responsive Regulation, 29 (1) law & Policy 102 (2007).

11 )なお期待効用モデルを修正ないし補完する他のモデルとして,確率加重関数と価値関数を導入するプロスペクト理論(prospect theory)がある。プロスペクト理論を含む行動経済学のレンズを通じた租税法の分析については,神山弘行「租税法と『法の経済分析』~行動経済学による新たな理解の可能性~」金子宏編『租税法の発展』315-336 頁(有斐閣,2010 年)参照。

12 )Sarah B. Lawsky, Modeling Uncertainty in Tax Law, 65 Stanford. L. ReV. 241, 244-245 (2013). Lawsky (2013)は,経済学者は期待効用モデルを用いることが一般的であるのに対して,法学者は期待値モデルを利用する傾向があると指摘する。

13 )経済学的分析のように,複雑な現実社会を分析する際に,重要な要素にフォーカスをする形で,切れ味のよい分析を展開することの有用性は否定できない。しかし,法学者の中には,経済学的分析における前提が,現実と乖離している点に懸念を抱く者が存在するかもしれない。そして,この種の懸念は,事実解明的分析

(positive analysis)の局面よりも,規範的分析(normative analysis)の局面においてより顕在化する可能性が高い。なお,事実解明的分析において,行動経済学の知見を取り込むことで,従来の法学者が実践的知識又は経験則等で論じていた人間行動に関する理解を体系的に整理してくれる可能性を秘めている。神山

(2010)・前掲注(11)参照。14 )See, andrew mas-colell, michael d. whinston & Jerry r. green, microeconomics theory, 205-207 (Oxford

University Press, 1995) [thereafter, MGW]. Also see, leonard J. saVage, the foUndation of statistics (2nd revised ed. 1972). リスクと不確実性の区別として,Kight (1921)は,客観的な確率的事象か否かでリスクと不確実性を区別していた。これに対して,主観確率を用いるモデルは,上記の区別を無意味にすることを意味する。MWG, supra note 14, at 207.

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税務執行の不確実性と納税者行動―租税法律主義の機能―

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は,主観確率16)に基づく主観的期待効用モデルが上手く機能しない可能性が指摘されている17)。 そこで,Gilboa(1987)18),Gilboa&Schmeidler

(1989)19), Schmeidler(1989)20)等により「経済主体は複数の確率を持ち,この中で最も悲観的な確率で計算した期待効用を最大にするように行動する」21)というモデルが提唱されるようになった。 以上をふまえて,本稿では,多くの法学者により多用されてきた「リスク」の状況下における意思決定理論ではなく,「不確実性」の状況下における意思決定理論――Schmeidler (1989)が提唱する非加法的な期待効用モデル22),すなわちChoquet(ショケ)積分を利用する効用関数23)

を用いる Choquet 期待効用モデル――を利用

して租税法の分析を試みる Lawsky(2013)の議論を参照することで,議論の深化を試みることとしたい24)。

Ⅰ-2-3.税務行政の潮流 租税法律主義の機能的分析は,税務行政の近年の新たな潮流――納税者行動の理解に基づく制度の改善――とも密接に関係してくる。 税務行政手法の近年の潮流として,事前アプローチの強化が指摘されている25)。過去の納税申告に対処する「過去志向」から,現在進行中の事業と税務執行過程の有機的連関を重視する「現在志向」に着眼点が移行しつつある26)。OECD の FTA

(Forum on Tax Administration)における議論の変遷を眺めてみると,OECD(2004)の段階では,伝統的な税務行政手法の延長上の議論と

15 )ベイズ理論によって「経済主体の選好関係がある公理系を満たしているならば,ある確率とある効用関数が存在し,彼女はこの確率で計算した期待効用を最大にするように行動していると見做すことができる」とされる。尾崎裕之「ナイト流不確実性と均衡価格の不決定性」西村和雄 = 福田慎一編『非線形均衡動学:不決定性と複雑性』301 頁(東京大学出版会,2004 年)参照。

16 )租税法の不確実性と主観確率の関係については,see, e.g., Sarah B. Lawsky, Probability? Understanding Tax Law’s Uncertainty, 157 U. Pa. l. reV. 1017 (2009). 手続法における主観確率の位置づけについては,例えば,草野耕一『数理法学のすすめ』1-41 頁(有斐閣,2016 年)参照。

17 )Daniel Ellsberg, Risk, Ambiguity and the Savage Axioms, 75(4) the QUartely JoUrnal of economics 643 (1961); MWG, supra note 14, at 207.

18 )Itzhak Gilboa, Expected Utility with Purely Subjective Non-Additive Probabilities, 16 JoUrnal of mathematical economics 65 (1987).

19 )Itzhak Gilboa & David Schmeidler, Maxmin Expected Utility with Non-unique Prior, 18(2) JoUrnal of mathematical economics 141 (1989).

20 )David Schmeidler, Subjective Probability and Expected Utility without Additivity, 57(3) econometrica 571-587 (1989).

21 )尾崎(2004)・前掲注(15)301 頁。22 )金融政策における Gilboa-Schmeidler 型の非加法的効用理論の応用例として,例えば福田慎一「マクロ経

済動学における期待の役割」フィナンシャル・レビュー59 号 4, 23-24 頁(2001 年)参照。23 )なお,ショケ積分を利用するものとして,本稿で扱う非加法的期待効用理論の他に,プロスペクト理論な

どがある。プロスペクト理論に代表される行動経済学のレンズから租税法を分析するものとして,神山弘行「租税法と『法の経済分析』~行動経済学による新たな理解の可能性~」金子宏編『租税法の発展』315-336 頁(有斐閣,2010 年)参照。

24 )Lawsky, supra note 12. なお,プロスペクト理論や,非加法的な Choquet 期待効用モデル〔Ⅱ-3-3. 参照〕,Maxmin モデル〔後掲注(54)参照〕などは,期待効用モデルの公理を緩和することで現実に観察される人間行動の説明を試みる「期待効用仮説の一般化」と理解することもできよう。杉本篤信「不確実性の下での意思決定と期待効用仮説の一般化」経営情報研究:摂南大学経営情報学部論集 18 巻 2 号 75, 85 頁(2011 年)参照。

25 )吉村政穗「コンプライアンス確保に向けた租税行政手法の共通化」ソフトロー研究 18 号 29, 36-41 頁(2011年),増井良啓「租税手続法の新たな潮流」第 64 回租税研究大会記録『税制抜本改革と国際課税等の潮流』98 頁(2012 年),増井良啓「海外論文紹介:OECD, Co-operative Compliance: A Framework: From Enhanced Relationship to Co-operative Compliance (2013)」租税研究 783 号 334 頁(2015 年)参照。

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〈財務省財務総合政策研究所「フィナンシャル・レビュー」平成 29 年第 1 号(通巻第 129 号)2017 年3月〉

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して,調査・査察等の効率化という観点から,調査対象の選定とリスク管理手法に関する議論を中心に行っていた27)。これに対して,OECD(2010)では,納税者のコンプライアンス行動とその要因――経済的利得,規範,抑止,機会,公正さ――に関する分析を進めることで,単なる調査強化や罰則強化といった伝統的政策手法では効果が限られており,他の要因に関する環境改善が必要である点を指摘している28)。その上で,OECD(2012)やOECD(2014)では, ”right from the start” というスローガンの下,納税者が法令遵守をしないことが難しくなるような環境の整備に重点を置いているようである29)。 また,金融商品取引法の分野において法律家がゲートキーパーとしての役割を担っているよ

うに,租税分野においても租税専門家―税務仲介者(tax intermediaries)―の役割を重視するようになってきたとも指摘される30)。 本稿では,このような新たな行政手法の潮流についても,念頭におきつつ,考察を加えることとしたい。

Ⅰ-3.本稿の構成 本稿の構成は,次の通りである。まず,次節〔Ⅱ〕では事実解明的分析の視点から,期待効用モデルの限界を確認した上で,不確実性の存在を考慮可能にする不確実性モデルの一つである Choquet 期待効用モデル(CEU モデル)について考察を加える。続く〔Ⅲ〕では,不確実性モデルが示唆する規範的議論について,考察を加える。

Ⅱ.タックス・コンプライアンスを巡る事実解明的分析

Ⅱ-1.本節の視座 本節では,タックス・コンプライアンスに関する規範的分析の前提となる事実解明的分析について議論をすすめる。 事実解明的分析においては,現実に観察される納税者行動を上手く説明できるモデルが求め

られる31)。例えば,Gilboa(2011)は,「解くべき問題に対して正しいモデルをもちいることがとてつもなく重要である。もしあなたが不適切なモデルによって分析を始めると,間違った問題に対する数学的に正しい解を得ることになってしまう」32)と,分析対象に対してモデルが適

26 )See, OECD, Tax Compliance by Design: Achieving Improving SME Tax Compliance by Adopting a System Perspective, 20-23 (2014). OECD の各報告書については,増井良啓教授よりご教示いただいた。記して感謝申し上げる。

27 )OECD, Compliance Risk Management: Managing and Improving Tax Compliance, (2004), available at, www.oecd.org/tax/taxadministration/33818656.pdf.

28 )OECD, Understanding and Influencing Taxpayer’s Compliance Behaviour, (2010), available at, www.oecd.org/dataoecd/58/38/46274793.pdf.

29 )OECD, Right from the Start: Influencing the Compliance Environment for SMEs, (2012), available at, www.oecd.org/site/ctpfta/49428016.pdf ; OECD (2014), supra note 26.

30 )増井(2012)・前掲注(25)109-110 頁。31 )そのため「合理的な納税者であればこのような選択はしないはずであり,モデルが間違っている」という

趣旨の指摘は,(個人は理論モデルに整合的な合理的判断を下すべきという趣旨の規範的提言であればともかく)事実解明的分析のモデルに対する批判としては,やや的外れであろう。

32 )itzhak gilboa, making better decisions: decision theory in Practice, 162 (Wile-Blackwell, 2011)〔邦語訳は,川越敏司 = 佐々木俊一郎訳『意思決定理論入門』173 頁(NTT 出版,2012 年)〕。

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税務執行の不確実性と納税者行動―租税法律主義の機能―

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合していることの重要性を指摘する。 実証研究において,現実の納税者は,期待値モデルや期待効用モデルで予測されるよりも過度のコンプライアンスをしているとの知見が得られていることに鑑みれば,期待値モデルや期待効用モデルで議論を進めることは必ずしも適切とはいえない可能性が出てくる33)。そこで,本節では,VNM 関数に基づく期待効用モデルが直面する問題と,その改善策の一つとして提案される Choquet 期待効用モデル(CEU モデル)について考察を進める。

Ⅱ-2.VNM関数による期待効用モデル34)

 Allingham&Sandmo(1972) に代表される古典的なタックス・コンプライアンスの分析モデルは,リスクと意思決定に関する伝統的な経済学モデルである VNM 関数に基づく期待効用理論を用いるものである(以下,A-Sモデルと呼ぶ)35)。A-S モデルにおいては,①納税者が,租税法規の内容,自己の納税額(≒法律上の納税額),過少申告等によるペナルティを把握していること,②課税庁は納税者が正しい納税額

を申告するか,コストをかけて当該納税者を調査しない限り,真の納税額を捕捉できないことが前提とされる36)。 納税者は,税務調査等により過少申告等37)が露呈しペナルティを課される不利益と,過少申告等による利益(納税額の減少)を比較衡量して,意思決定をすることになる。典型的な理論モデルでは,税務調査の確率は固定とされており,納税者にとってクジ引きをする状況に類似することになる38)。納税者が,期待効用を最大化するべく行動をすることが合理的な判断であると想定されている。 今,納税者が①法令遵守(真実の所得の申告)と②法令違反(過少申告ないし無申告)のポジションを選択できると想定する。納税者の効用を U,真実の課税前所得を I,税額を T,法令違反によるペナルティを F 39)とする。納税者が①法令を遵守する場合は,税務当局から調査を受けるか否かにかかわらず,I-T の税引後所得を享受することができる。一方,納税者が②法令違反をする場合,確率40)p で納税者のポジションが「否認」されるものと想定する〔な

33 )前掲注(9)参照。Also see, Feld&Frey, supra note 10, at 102-104.34 )Lawsky (2013)は,タックス・コンプライアンスの単純なモデルの候補として,①費用便益モデル,②期

待値モデル,③期待効用モデルをあげた上で,次のように評価している。①費用便益モデルは,(リスクを捨象してしまうことから)単純すぎて納税者の現実の意思決定を上手く素描できない点が問題となる。また,②期待値モデルは,納税者がリスク中立的(risk neutral)でない場合には,分析枠組みとして上手く機能しないという問題がある。Lawsky(2013), supra note 12, at 246-257.

   なお,不確実性に関する藤谷(2014)は,③期待効用モデルに言及しつつも,具体的な「租税回避ゲーム」の分析においては②期待値モデルを採用している。藤谷(2014)・前掲注(4)78 頁脚注(23),80 頁参照。

   不確実性と納税者行動に着目をする本稿の問題関心からは,①と②のモデルは,分析枠組みとして不十分であることため,③期待効用モデルを対象に議論を進めることとする。なお,後述の Choquet 期待効用モデルとの表記の統一性の観点から,本稿では Lawsky (2013)の表記に依拠する形で,VNM 関数による期待効用モデルを表記している。

35 )Allingham&Sandmo, supra note 8, at 324. これは,taxpayer-as-gambler モデルとも評されることもある。Frank Cowell, Carrots and Sticks in Enforcement, in the crisis in tax administration 230, 231 (Henry J. Aaron & Joel Slemrod eds., 2004).

36 )Cowell (2004), supra note 35, at 231-232.37 )本稿では,「過少申告等」とした場合,無申告も含めることとする。38 )See, Cowell (2004), supra note 35, at 232.39 )場合によっては,重加算税,過少申告加算税・無申告加算税,延滞税等の租税法上のペナルティの他に,

訴訟関連費用や社会的信用の低下に伴うコストを考慮にいれることも可能かもしれない。40 )先述のように,ここでの確率 p は,客観確率でなく主観確率を用いることも可能である。主観確率を用い

る場合は,納税者はベイズ更新をすることになる。See, samUel bowles, microeconomics: behaVior, institUtions, and eVolUtion, 102 (Princeton University Press, 2004).

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〈財務省財務総合政策研究所「フィナンシャル・レビュー」平成 29 年第 1 号(通巻第 129 号)2017 年3月〉

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お,ここでは 0 ≦ p ≦ 1 とする〕。なお,否認される確率 p は,当該納税者が税務調査の対象となり,税務当局により増額更正処分を受け,裁判所が納税者敗訴の判断を下すことの確率である41)。  法令遵守の効用(①):U(I-T)   法令違反の期待効用(②):    EU=pU(I-T-F)+(1-p)U(I) …【式 1】 このモデルの下では,納税者は,法令遵守の効用(①)が法令違反の効用(②)を上回る場合に,法令遵守のポジションをとることになると説明される【式 2】42)。   U(I-T) > pU(I-T-F)+(1-p)U(I)

…【式 2】 タックス・コンプライアンスの分析において,期待効用モデルが,単純な消費可能額のみを比較する期待値モデルよりも優れている点として,納税者のリスク選好を効用関数の形状を通じて導入できる点にあるとされる43)。

Ⅱ-3.Choquet 期待効用モデル:Lawsky(2013)の議論Ⅱ-3-1.Ellsberg のパラドックス Night(1921)の提唱する不確実性(ないし曖昧さ)について,Ellsberg のパラドックスが広く知られている44)。ここでは,Lawsky(2013)を援用しつつ,同パラドックスのエッセンスを紹介する45)。

【前提】 2 つの壺〔壺 A と壺 B〕があり,各壺には合計 100 個の黒球と赤球が入っている。壺 A に

は,赤球 50 個,黒球 50 個がそれぞれ入っていることが分かっている。一方,壺 B には合計100 個の球が入っていることは分かっているが,赤球と黒球の配分比率は不明である。

黒球の個数 赤球の個数

壺 A(配分既知) 50 個 50 個

壺 B(配分未知) 合計 100 個

【質問 1】 個人は,壺から一つ球を取り出した際に「赤球」であることに賭けるように要請されるが,壺Aと壺Bのどちらから球を取り出すかを選ぶことができる。

【質問 2】 質問 1 に続けて,個人は,壺から一つ球を取り出した際に「黒球」であることに賭けるように要請されるが,壺Aと壺Bのどちからか球を取り出すかを選ぶことができる。 上記の【質問 1】において,多くの個人は壺B ではなく,壺 A を選択する傾向があるとされる46)。これは,個人が壺Aよりも壺Bから赤球を引ける可能性が高いかのように行動していると解することができる。すなわち,当該個人は   確率(壺 A から赤球)>確率(壺 B から赤球)という判断をしている可能性を示唆する47)。 一方で,【質問 2】においても,多くの個人は,壺 B ではなく,壺 A を選択する傾向があるとされる。これは,個人が壺 B よりも壺 A から赤球を引ける可能性が高いかのように行動していると解することができる48)。これは,当該個人が

41 )このプロセスに関する不確実性を題材に分析を試みるものとして,藤谷(2014)・前掲注(4)参照。42 )Lawsky (2013), supra note 12, at 254.43 )Id. at 257.44 )Ellsberg, supra note 17.45 )本稿では Lawsky (2013)による説例に一部修正を加えている。Lawsky (2013), supra note 12, at 259-261.

 Ellsberg のパラドックスの別の説例として,例えば MWG, supra note 14, at 207. は,壺 A の配分を黒球49 個,赤球 51 個に設定している。

46 )See, e.g. daVid m. krePs, microeconomics foUndations i: choice and comPetitiVe markets, 112-113 (Princeton University Press, 2013); Lawsky (2013), supra note 12, at 259-260.

47 )Lawsky (2013), supra note 12, at 260. 48 )Id.

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税務執行の不確実性と納税者行動―租税法律主義の機能―

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   確率(壺 A から黒球)>確率(壺 B から黒球)という判断をしている可能性を示唆する。 もし双方が正しければ,当該個人は,   確率(壺 A から赤球)+確率(壺 A から黒

球)>確率(壺 B から赤球)+確率(壺Bから黒球)

という判断をしていることを示唆することになる。しかし,客観確率の観点からは,   確率(壺 A から赤球)+確率(壺 A から黒

球)=確率(壺 B から赤球)+確率(壺Bから黒球)

となるべきである。そのため,当該個人は主観的期待効用を用いる際に満たすべき公理と考えられてきた確実性原理(sure thing principle)49)

に違背していることになる。誤解を恐れずに直感的に言えば,確率の加法性――事象 X と事象 Y が同時に起こらない場合に,X 又は Y のどちらかが起こる確率がそれぞれの確率の和になること50)――を満たしていない。 個人は,非合理的なのではなく,むしろ単に壺 A の配分に関する情報の欠如を忌避しており,不確実性回避的な選択ないし曖昧さ回避的な選択を行っているだけと理解するのが自然であろう51)。換言すれば,「不確実性よりもリスクを好む」という傾向があるといえる52)。 Ellsberg のパラドックスで示されるように,個人が曖昧さ回避の選好を有する場合の期待効用モデルとして,Schmeidler(1989)による非

加法的測度を用いた効用関数53)に基づく期待効用モデルや,Gilboa&Schmeidler(1989)による maxmin 期待効用54)を用いることが提唱されている。

Ⅱ-3-2.不確実性の意味 既知の確率分布・期待値・分散の下で,実現される結果のみが事前に分からない「リスク」の状況と,そもそも確率分布・期待値・分散が分からない「不確実性」の状況は,本質的に異なる55)。 不確実性と納税者行動の関係を分析する際には,「将来事象の帰結(事実)に関する不確実性(不確実性①と呼ぶ)」と「当該事実が生じる確率に関する不確実性(不確実性②と呼ぶ)」を区別することが有益であろう。 なお,納税者の意思決定についても,単なる「法令遵守」と「法令違反(脱税)」ではなく,「保守的な税務ポジション」(一般に広く認められた取引で税額が相対的に多い立場)と「挑戦的なポジション」(一般的な取引ではないが租税負担が相対的に少なくなる可能性がある立場)の間の選択としてモデル化することも考えられる。 藤谷(2014)は,租税法の「不確実性」について,Alm(1988)や Scotchmer&Slemrod(1989)を参照する形で,税務調査による帰結(増差税額)に関する不確実性のモデル化を試みてい

49 )主観的期待効用関数を用いる場合に満たすべき公理として,Savage (1954)における確実性原理(sure thing principle)が存在する。確実性原理とは,「ある事情が生じた下での 2 つの選択が同一であるならば,その事象は生じなかったものと仮定して良く,2 つの選択の間の選好は,その事象を取り除いた状態で決定して良いという」公理とされる。Gilboa (2011), supra note 32, at 170.〔邦語訳は,川越 = 佐々木・前掲注(34)182 頁による〕。

   なお,主観的期待効用モデルに関する一連の議論については,itzhak gilboa, theory of decision Under Uncertainty, 37-48, 94-112 (Cambridge University Press, 2009)が詳しい。

50 )X,Y∈F,X∩Y=∅⇒P(X)+P(Y)=P(X∪Y)51 )Lawsky (2013), supra note 12, at 261.52 )Gilboa (2011), supra note 32, at 167. なお,リスク回避と不確実性回避の傾向は一定程度相関関係があるも

のの,高い相関はみられないとの指摘もある。See, Colin Camere & Martin Weber, Recent Developments in Modeling Preferences: Uncertainty and Ambiguity, 5 JoUrnal of risk and Uncertainty 325 (1992).

53 )Schmeidler (1989), supra note 20, at 571-587.54 )Gilboa & Schmeidler (1989), supra note 19, at 141-153.55 )福田・前掲注(22)23 頁。

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た56)。換言すれば,藤谷(2014)は,不確実性①に関する分析であった。本稿では,この不確実性①に加えて,不確実性②についても分析を加えることとしたい。そのための分析道具として,以下では,Choquet 積分を用いる非加法的な期待効用モデルを活用する Lawsky(2013)の議論を主に援用することで考察を進める。

Ⅱ-3-3.非加法的な期待効用モデル:CEUモデル 57)

 先述〔Ⅱ- 2.〕の A-S モデルは,(ⅰ)納税者の税務ポジションが否認される知覚的確率(perceived probability),(ⅱ)ペナルティの金額,(ⅲ)挑戦的ポジションを取らなかった場合の税額,(ⅳ)納税者のリスク選好度合いを考慮にいれることができていた58)。これに加えて,以下で紹介する非加法的な期待効用モデルでは,(ⅴ)納税者のポジションに関する確実性,(ⅳ)納税者の楽観性又は悲観性の度合いを考慮に入れることができる。 Schmeidler(1989)による Choquet 積分を用いた非加法的期待効用モデルは,①確実性要素(certainty component)と②不確実性要素(uncertainty component)から構成されている59)。①確実性要素は納税者の期待効用と同じであり,②不確実性要素は良い結果(又は悪い結果)への納税者による追加的な重み付けである。もし納税者が,自身の主観確率(信念の程度)について正しいという確信があるのであれば,①は期待効用と一致する。また,もし納税者が不確実性に直面する場合でも,税務ポジションが認められる可能性について,悲観的な

いし楽観的な立場をとらないのであれば,②も期待効用と一致することになる60)。一方で,納税者が主観確率について確信がなかったり,悲観的又は楽観的な態度を取ったりする場合には,VNM 型期待効用と不確実性モデルは,乖離することになる61)。 Lawsky(2013)が提示する不確実性モデルの特徴は,期待効用モデルを基礎としつつ,納税 者 の 疑 念 の 程 度(taxpayer’s extent of doubt)を表す係数δと,納税者の悲観性の程度(extent of taxpayer’s pessimism)を表す係数αを導入する点にある62)。

(1) 確実性要素 第 1 の特徴は,納税者にとっての疑念の程度(すなわち,不確実性の程度)を表す係数δである(なお,0 ≦δ≦ 1 とする)。もし,納税者が割り振った主観確率に絶対的な確信がある場合には「δ= 0」となる。一方,納税者が全く自信がない場合,「δ= 1」となる。納税者の確率に関する確信の度合は,1-δで表現される。 まず,確実性要素である期待効用モデルである先述の【式 1】を,納税者の確信の度合いを表す 1-δで加重して,【式 3】を得る63)。   (1-δ)×確実性要素=(1-δ){pU (I-T-F)   +(1-p) U(I)}…【式 3】

(2) 不確実性要素 第 2 の特徴は,納税者の悲観性(または楽観性)――すなわち納税者の不確実性に対する回避性の度合――を表す係数αである(なお,0

56 )藤谷(2014)・前掲注(4)77-80 頁参照。57 )本稿で紹介する非加法的な期待効用モデルは,Lawsky (2013), supra note 12, at 261-268 に主に依拠して

いる。なお,ショケ積分と非加法的確率測度については,福田・前掲注(22),尾崎(2004)・前掲注(15)301-309, 325-326 頁参照。

58 )Lawsky (2013), supra note 12, at 257-258.59 )Schmeidler (1989), supra note 20.60 )Lawsky (2013), supra note 12, at 262.61 )Id. at 262.62 )Id. at 263-264, 267.63 )Id. at 263.

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税務執行の不確実性と納税者行動―租税法律主義の機能―

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≦α≦ 1 とする)。ここでは,納税者が,確率以上に悪い結果がもたらされると考える傾向がある場合,悲観的(不確実性回避的)であることを意味する。同様に,納税者が確率以上に最善の結果がもたらされると考える傾向がある場合は,楽観的(不確実性愛好的)であるとする。納税者が完全に悲観的な場合は,「α= 1」となる。納税者にとって悪い結果(すなわち,税務ポジションが否認される結果)はαで加重され,良い結果(すなわち,税務ポジションが容認される結果)は 1-αで加重される。  不確実性要素:αU(I-T-F)+(1-α)U(I)そして,この不確実性要素は,不安の程度を表す係数δで加重される【式 4】64)。   δ×不確実性要素=δ{αU(I-T-F)   +(1-α)U(I)}…【式 4】

(3) ショケ期待効用 ショケ期待効用(Choque Expected Utility:以下,CEU とよぶ)は,確実性要素の加重【式3】と不確実性要素の加重【式 4】の和として求められる【式 5】65)。   CEU=(1-δ){pU(I-T-F)+(1-p)U(I)}   +δ{αU(I-T-F)+(1-α)U(I)}…【式 5】 もしも,納税者が自信の税務ポジションについて,完全な確信を持っているのであれば,「δ= 0」となり,【式 5】の後半部分の不確実性要素は消えて,ショケ期待効用【式 5】は期待効用【式 1】と同じになる66)。そして【式 5】を良い結果と悪い結果について,整理すると【式6】のようになる67)。   CEU ={δ(1-α)+(1-δ)(1-p)}U(I)   +{δα+(1-δ)p} U(I-T-F)…【式 6】 CEU モデルの【式 6】と期待効用モデルの【式

1】を比較すると,CEU モデルは,良い結果と悪い結果について,期待効用モデルとは異なる重み付けをしていることを表している。もし納税 者 が 楽 観 的 で あ れ ば, δ(1-α)+(1-δ)(1-p)>(1-p)となり,期待効用と比較して,良い結果への加重が大きくなる。一方,納税者が悲観的であれば,δα+(1-δ)p > p となり,期待効用と比較して,期待効用よりも悪い結果への加重が大きくなる。納税者が,楽観的でも悲観的でもない場合は,【式 5】と【式 1】は一致することになる68)。このことから,納税者のタイプとαの p 関係は,次のように整理できる69)。  楽観的な納税者:α < p  悲観的な納税者:α > p  どちらでもない納税者:α= p

Ⅱ-3- 4.納税者行動と政府の対応 CEU モデルの下では,事実解明的分析として,納税者がタックス・コンプライアンスをするか否かの判断は,各ポジションに関するCEU を比較して判断するとの視座が得られる70)。納税者がタックス・コンプライアンスをする場合(=不確実性がないポジションを採用する場合),δ= 0 となり,CEU=U(I-t)となる。そのため,納税者がタックス・コンプライアンスをする場合は,次の【式 7】で表現される71)。   U(I-t)>{δ(1-α)+(1-δ)(1-p)}U(I)    +{δα+(1-δ)p}U(I-T-F)…【式 7】 このモデルは,単なる無申告や過少申告という脱税タイプの問題だけでなく,最終的な司法判断が求められるタイプのアグレッシブなタックス・プランニングについても,有益な分析視

64 )Id. at 264.65 )Id.66 )Id.67 )Id. at 265.68 )Id. at 265-266.69 )Id. at 265-266.70 )Id. at 266.71 )Id.

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座を提供してくれる。 期待効用モデルの下では,納税者はアグレッシブなポジションを選好する状況でも,CEUモデルの下では,一定水準の不確実性が存在し,納税者が不確実性回避的であれば,保守的なポジションを採用することを示唆してくれる72)。 もしも,政府にとって,納税者がアグレッシブな取引を行わないようにすることが望ましいのであれば,【式 7】の右辺の値を小さくする方向で,法制度の設計及び運用をすることが示唆される73)。 政府の戦略的行動という視点から眺めてみると,CEU モデルと期待効用モデルの違いは,次の点にある。期待効用モデル【式 1】の下では,納税者のアグレッシブな税務ポジションを採用する期待効用を下げるために政府ができることは,①否認される確率 p を上げる,②否認された時のペナルティを重くする,③当該ポジションのリスクの程度(=分散)を高めることであるとされる74)。 一方,CEU モデルの下では,上記①~③に加えて,④不確実性の程度αの変化と,⑤納税者の不確実性に対する態度δの変化によっても,コンプライアンス水準は異なってくることが示唆される。ここで,興味深い点は,単に④不確実性の程度を上昇させるだけで,タックス・コンプライアンスの水準を上げることができないという点である。これは,納税者の不確実性に対する態度,すなわち悲観的な納税者と楽観的な納税者で反応が異なることに起因する。この点について,少し詳細にみてみよう。 納税者が悲観的であればあるほど(αの値が大きくなるほど),アグレッシブなポジションを採用することを避けようとする傾向が強ま

る。納税者が完全に悲観的な場合(α= 1 の場合),【式 7】の右辺は,次のように整理できる75)。   {(1-δ)(1-p)}U(I)+{δ(1-p)+p}  U(I-T-F) 悪い結果は,δ(1-p)の分だけ追加的に加重されている。そのため,不確実性の程度が高いほど――すなわちδの値が 1 に近いほど――悪い結果の重み付けであるδ(1-p)+ p が 1 に近づくことになる。そして,完全な不確実性の場合(δ= 1 の場合),完全に悲観的な納税者は,アグレッシブな税務ポジションが容認される確率(主観確率)にかかわらず,そのようなポジションは採用しないことを示唆する76)。 納税者が完全に楽観的な場合(α= 0 の場合),【式 7】の右辺は,次のようになる77)。   {δ+(1-δ)(1- p)}U(I)+{(1-δ)p}  U(I-T-F) そして,完全な不確実性の場合(δ= 1 の場合),CEU = U(I)となり,U(I-T)< U(I)であることから,納税者は常にアグレッシブな税務ポジションを取ることが示唆される78)。 このように CEU モデルが示唆するように,不確実性の程度のみならず,納税者の不確実性への態度(楽観性又は悲観性)が大きな影響を及ぼしている可能性がある。人々は,一般的に不確実性を回避する傾向(uncertainty averse)があることが知られているが,この傾向は,選択の状況に左右される可能性が指摘されている。すなわち,確実な選択肢と不確実な選択肢の双方を提示された場合の方が,不確実な選択肢のみを提示された場合よりも,不確実性回避の傾向が強まるというのである79)。 これとは別に,プロスペクト理論での議論と

72 )数値例として,See, Id. at 267-268.73 )Id. at 267.74 )Id.75 ){(1-δ)(1-p)}U(I)+{δ+(1-δ)p}U(I-T-F)={(1-δ)(1-p)}U(I)+{δ(1-p)+p}U(I-T-F)

Id. at 267.76 )Id.77 )Id.78 )Id.

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税務執行の不確実性と納税者行動―租税法律主義の機能―

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同じように80),不確実性を回避する傾向は損失よりも利益の局面で強くなる可能性や,損失の局面では不確実性愛好的になる可能性が指摘されている81)。仮にこのような傾向が現実に妥当する場合,政府は,租税法の制度設計において,納税者に対して確実性の高いポジションと不確

実性の高いポジションを選ばせるような状況を生み出すことができるのであれば,タックス・コンプライアンスの水準を効果的に高めることができるのかもしれない82)。この点については,次節の〔Ⅲ〕規範的分析で考察することとしたい。

Ⅲ . タックス・コンプライアンスに関する規範的分析

Ⅲ-1.規範的議論の視点 前 節〔Ⅱ〕 で 紹 介 し た Lawsky(2013)のCEU モデルは,租税法の制度設計及び運用において,興味深い分析視座を提供してくれる。例えば,政府は「不確実性」を操作することで,タックス・コンプライアンスの水準を高めることができるかもしれないという観点である。そこで,次の〔Ⅲ- 2〕において Lawsky(2013)の規範的分析について検討した上で,続く〔Ⅲ- 3〕では日本法への示唆について試論を展開したい。 規範的分析においてタックス・コンプライアンスのモデルを利用することを検討する際には,次の 2 点に留意しなければならない。 第 1 の留意点は,タックス・コンプライアンスを高めることは,国庫にとって税収最大化につながるかもしれないが,必ずしも社会厚生(social welfare)を高めてくれるとは限らないという点である。タックス・コンプライアンスに関する問題として,オーバー・コンプライア

ンスの問題が指摘されている。政府が,協力的で誠実な納税者と,非協力的で挑戦的な納税者を十分に区別できない場合,本来は後者のみをターゲットにすれば効率的である政策(例えば義務的な情報開示など)について,前者にも履行を求めることにつながる恐れがある。この点,〔Ⅲ- 2〕で論じる Lawsky(2013)の規範的分析は,タックス・コンプライアンスの最大化という目標を設定しており,社会厚生の最大化という点――オーバー・コンプライアンスの社会的コスト――については,十分に検討していないという点には注意が必要である83)。 第 2 の留意点は,不確実性の状況下での意思決定理論について,本稿は CEU モデルを取り上げるものの,リスク状況下での VNM 型の期待効用モデル(A-S モデル)に比べると,議論の途上にあり,普遍的に用いられる分析枠組みとしての地位を未だ確立していないという点である。これは,プロスペクト理論に代表される行動経済学の知見を規範的分析に活用し,現実

79 )Lawsky(2013), supra note 12, at 269; Also see, Craig R. Fox & Amos Tvesky, Ambiguity Aversion and Comparative Ignorance, 110 Q.J. Econ. 585, 599 (1995).

80 )プロスペクト理論において人々が利益の局面ではリスク回避的であっても,損失の局面ではリスク愛好的になる可能性が示唆されている。See, Daniel Kahneman & Amos Tversky, Prospect Theory: An Analysis of Decision under Risk, 47(2) econometrica 263 (1979), reprinted in Choices, ValUes, and frames, 17, 32-34 (Cambridge University Press, 2000).

81 )Gilboa (2011), supra note 32, at 167-168. Also see, Ian M. Dobbs, A Bayesian Approach to Decision-making under Ambiguity, 58 economica 417 (1991).

82 )See, Lawsky (2013), supra note 12, at 271.83)See, Id. at 270, fn. 93.

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的な政策提言を行おうとする場合と類似の問題に直面することになろう84)。

Ⅲ-2.CEUモデル(不確実性モデル)の規範的適用85)

Ⅲ-2-1.不確実性の操作 先述〔Ⅱ-3〕の指摘ように,個人は確実な選択肢と不確実な選択肢が併存する場合,不確実な選択肢しかない場合と比べて,より不確実性回避的になる傾向が仮にあるのだとすれば,租税制度の設計において,そのような状況を政策的に創出することが考えられる。すなわち,政府は①不確実性はないがリスクのあるカテゴリーと,②不確実性のあるカテゴリーに分類した上で,それらを上手く組み合わせることで,意思決定に影響を与えることが可能かもしれない86)。

Ⅲ-2-2.調査対象の選定基準に関する不確実性

 CEU モデルは,政府がある種の情報を秘密にしておくことが効果的である旨を支持してくれる87)。具体例として,税務調査の対象を選定するための基準(ないしアルゴリズム)をあげ

ることができよう。 米国内国歳入庁は,DIF(Discriminant Index Function)88)とよばれる統計的プロファイル手法を採用している89)。内国歳入庁は内部指針である Internal Revenue Manual の Part4 において,調査プロセスを定めており,Part4.1.3 が Sources of Returns-Priority Programs-DIF and Ordering に 関 し て 規 定 を 置 い て い る90)。Internal Revenue Manual は,スコアが高いほど,調査の可能性が高まるという一般論を明示しつつ91),基準となる具体的な数式と数値は,納税者に対して確固として秘匿している92)。ただし,Internal Revenue Manual において,入力対象となる情報(例えば,法人の資産額93))を区分した上でコードが記載されていることから,カテゴリー毎に判断を変えていることが推測される。 CEU モデルは,DIF やそこから求められる調査可能性の程度について,納税者に情報を与えることは納税者にとっての不確実性を減じるため,タックス・コンプライアンスの水準が下がることを示唆する94)。これは不確実性モデルが,上述の内国歳入庁の DIF に関する不開示ポリシーを支持することを意味する。このことは,納税者に不確実性のあるポジションを提供

84 )本稿では,行動経済学の知見の規範的適用に関する諸問題については,論じない。この点については,神山弘行「租税法と行動経済学:法政策形成への応用とその課題」『現代租税法講座第 1 巻』所収予定(日本評論社,近刊)参照。

85 )Ⅲ-2では,主に Lawsky (2013), supra note 12, at 268-278 の規範的主張を紹介・分析するものである。86 )Lawsky (2013), supra note 12, at 271.87 )Id.88 )米国内国歳入庁は,DIF について次のように解説している。内国歳入庁 Web サイト〔https://www.irs.

gov/uac/the-examination-audit-process〕(最終訪問日:2016 年 9 月 7 日)。   Computer Scoring — Some returns are selected for examination on the basis of computer scoring.

Computer programs give each return numeric “scores”. The Discriminant Function System (DIF) score rates the potential for change, based on past IRS experience with similar returns. The Unreported Income DIF (UIDIF) score rates the return for the potential of unreported income. IRS personnel screen the highest-scoring returns, selecting some for audit and identifying the items on these returns that are most likely to need review.

89 )DIF は,脱税水準の実証的知見にも有益な情報を与えてくれる。See, Slemrod&Yirzhaki (2002), supra note 8, at 1439. なお,米国におけるタックス・ギャップの推計手法については,居波邦泰「米国及び英国におけるタックス・ギャップの推計の実情について」税大論叢 76 巻 75 頁(2013 年)が詳しい。

90 )Available at, https://www.irs.gov/irm/91 )Internal Revenue Manual, Part 4.1.3.2.292 )Internal Revenue Manual, Part 4.1.3.2.3

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税務執行の不確実性と納税者行動―租税法律主義の機能―

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することにつながる95)。 これに加えて,CEU モデルは,DIF において政府が納税申告における複数の情報の組み合わせが,他の対象よりも税務調査の可能性を高めること――レッド・フラッグをたてること――を「公開」しておくことを示唆する。政府にとって関心が低い行動(情報提供の対象となる 所 得 の み を 獲 得 し, 標 準 控 除(standard deduction)のみを適用している場合など)については,DIF によって選定されないことを開示 す る こ と で, 納 税 者 に 不 確 実 性 の な い(uncertainty-free)ポジションを提供することが可能となるというのである96)。

Ⅲ-2-3.租税法の解釈に関する不確実性 CEU モデルは,不確実性δにおいて,単に

調査対象となることの不確実性だけでなく,(調査に続く訴訟において)最終的に納税者の税務ポジションが裁判所によって否認されることの不確実性も取り込んでいた。そして,CEU モデルは,政府が納税者に対して「特定類型の取引」に関与してほしくないと判断する場合,当該特定類型の取引に関する租税法規を不明確にしておくことで,当該取引に係る税務ポジションが容認される確率が不確実になることを示唆している97)。

Ⅲ-2-4.否認規定のあり方:ルール v. スタンダード

 米国では,租税回避に対抗する政府の手段として,shame transaction doctrine,business purpose doctrine, economic substance doctrine

93 )例えば,C 法人については Internal Revenue Manual の Part 4.1.3.2.3 が,S 法人については Part 4.1.3.2.4が次のカテゴリーをおいている。

【C 法人】

Activity Code Assets Formula

203 No Balance Sheet 1

209 Under $250,000 2

213 $250,000 under $1,000,000 3

215 $1,000,000 under $5,000,000 4

217 $5,000,000 under $10,000,000 5

【S 法人】

Activity Code Assets

234 No Balance Sheet

288 Under $200,000

289 $200,000 under $10,000,000

290 $10,000,000 and over (automatic, not DIF scored)

94 )Lawsky(2013), supra note 12, at 271.95 )Id.96 )Id.97 )Id. Lawsky (2013)は,納税者が特定の税務ポジションの帰結(outcome)と,確率の双方について不確

実性を有するという意味での「法の不確実性(legal uncertainty)」が常に悪ではない旨を主張する。Id. at 271-272. これに対して,藤谷(2014)は「戦略的不確実性」の立場に対して,「『法の支配』の理念からは,これはおよそ受け入れ難い主張のように思える」と指摘をする。藤谷・前掲注(4)78 頁。

   Lawsky(2013)がタックス・コンプライアンス最大化の観点から規範的議論を展開しているのに対して,藤谷(2014)は社会厚生の観点(少なくとも国庫の利益だけでなく,納税者の利益も加味をする観点)から議論をしていることが,大きく影響していると解される。See, Lawsky(2013), supra note 12, at 270, fn.93.

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などの「スタンダード」的なコモンロー法理と,2010 年に条文化された内国歳入法典 7701 条(o)98)がある。内国歳入法典 7701 条(o)(1)の 要 求( 何 が in a meaningful way や a substantial purpose に該当するか)が事前には判断できない。なお,この点について明確化を望む実務界の声に対して,内国歳入庁はホワイト・リストの公開を拒否したとされている99)。 濫用対抗法理(anti-abuse doctrine)は,「ルール」よりも「スタンダード」の性格が強いため,納税者は,自己の税務ポジションが否認法理の対象となるか否かという点だけでなく,否認法理の適用対象になる確率についても不確実な状況に追い込まれることになろう。この場合,CEU モデルは,政府が租税回避に対抗するために,政府がルールではなく,スタンダードを利用することを正当化してくれないことを示唆する100)。すなわち,納税者は「確実なポジション」と「不確実なポジション」を比較検討できる状況で意思決定をするのではなく,「不確実なポジション」しか与えられないことを意味する。そのため,納税者の不確実性回避の傾向は,減少ないし消失してしまう可能性があるというのである101)。 さらに,租税法の解釈・適用の不確実性が増大することで,納税者は社会的に望ましい(社会厚生を増大させる)取引であっても,租税法

規の不確実性があるが故に,社会的便益が相対的に低いけれども税務ポジションに不確実性が伴わない取引を選択してしまう恐れもある102)。

Ⅲ-2-5.分配上の影響 高所得者や大企業は,不確実性を低減させるために,租税専門家を利用することができるが,低所得者や零細企業はそのような余裕がないかもしれない。そうであれば,低所得者や零細企業は,不確実性の影響をより大きく受けることになる恐れがある103)。

Ⅲ-2-6.租税専門家や税務助言者への罰則 典型的な法学の議論において,税務助言を与える租税専門家に対する罰則(譴責,資格停止,資格剥奪など)を導入することで,脱税幇助を抑止する旨が主張されることがある104)。実際に, 米 国 財 務 省 が 2011 年 に 改 訂 を し たCircular 230 は,脱税等に対する税務助言者(tax advisor)への罰則を定めている105)。 この点,Lawsky(2013)は,CEU モデルが,税務助言者への罰則導入や,税務助言者を活用して否認される税務ポジションを採用する納税者への罰則強化に関する追加的な正当化根拠を提示してくれる旨の主張をする106)。その理由を,税務助言者が納税者に対して,税務ポジションが否認される確率推計を提供してくれるだけ

98 )【参考】内国歳入法典§ 7701(o) (1) Application of doctrine  In the case of any transaction to which the economic substance doctrine is relevant, such transaction shall be treated as having economic substance only if— (A) the transaction changes in a meaningful way (apart from Federal income tax effects) the taxpayer’s

economic position, and (B) the taxpayer has a substantial purpose (apart from Federal income tax effects) for entering into such

transaction.99 )Lawsky (2013), supra note 12, at 272-273.100)Id. at 273.101 )Id. at 273.102 )Id. at 273.103)Id. at 273.104 )See, e.g., Id. at 274; Debotah H. Schenk, The Circular 230 Amendments: Time to Throw Them Out and

Start Over, 110 Tax notes 1311, 1312 (2006).105 )31 C.F.R. § 10.50-10.51 (2011).106 )Lawsky (2013), supra note 12, at 274.

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でなく,当該推計に関する確実性も提供してくれるため,本来は不確実性が高かったアグレッシブな税務ポジションを採用する傾向が高まる点に求めている107)。税務助言者が,アグレッシブな税務ポジションについて最終的に否認される可能性が高い旨を助言することで,(不確実性を回避する傾向が強いタイプの)納税者は,当該ポジションに関する不確実性を除去することができるため,税務助言者なしでは採用しなかったポジションを採用する可能性が出てくるというのである108)。 さらに,否認される結果となった税務助言を提供した税務助言者に罰則を課すことの別の論拠として,税務助言者は罰則が適用されないように多くの時間と労力を投入することになるから,納税者が税務助言を得ることのコストを上昇させ,挑戦的な税務ポジションを採用することを阻害できるという観点もありえる109)。ただし,税務助言により社会的により望ましい取引に関する税務ポジションの不確実性が低減されるような場合であれば,助言コストを上昇させることは,社会厚生最大化の観点からは正当化できない点には,注意が必要であろう。

Ⅲ-2ー7.税務執行のさらなる改善 Lawsky(2013)は,納税者の不確実性に対する態度について,より多くの実証的知見の蓄積が必要であるとした上で,次の 2 点について,現在の税務執行・税務行政を改善する余地があると指摘をしている110)。 第 1 は,異なるタイプの納税者が,不確実性に対する態度においてどのように異なるかについての知見に基づいて,各タイプ毎に効果的な法制度を構築することが示唆されると指摘する111)。例えば,法人が不確実性中立的である

傾向が強いのに対し,個人が不確実性回避的な傾向が強い場合,政府は法人に対しては不確実性を除去するために詳細なルールやガイドラインを設定しつつ,個人に対しては一定の不確実性を残しておくことで,より効率的な税務執行が可能になるかもしれないというのである。 第 2 は,「不確実性」の内容の違いによる,納税者の態度の変化の有無の知見を得ることで,税務行政を改善できる余地があると指摘する112)。例えば,不確実性も事実的不確実性(factual uncertainty)―調査対象として選ばれるか否か―と,法的不確実性(legal uncertainty)―裁判所が特定の税務ポジションをどのように判断するか―に分けることができるかもしれない。もし,納税者の態度が不確実性の類型に応じて異なるのであれば,より実態に即した制度設計が可能になるというのである113)。

Ⅲー3.日本法への示唆(試論)Ⅲー3ー1.制度設計の視座:思考実験 先述の CEU モデルに代表される不確実性モデルの視点は,日本における租税法制度の設計においてどのような示唆を与えてくれるのであろうか。 一般的な示唆としては,もしも納税者のカテゴリー毎に,不確実性に対する態度が異なる傾向があるのであれば,各カテゴリーの特徴に応じた制度設計をすることで,納税者側のコンプライアンス・コストを過度に上昇させることなく,国側の税務行政の効率化を達成する可能性があるという点である。代表的な区分として,上場企業と同族会社の違い,大企業と中小零細企業の違い,高所得者と低所得者の違い,個人と法人の違いなどが考えられよう。 以下では,このような観点から,日本法の改

107)Id. at 274-275.108 )Id. at 275.109 )Id.110 )Id. at 275-277.111)Id. at 276.112 )Id. at 276.113 )Id. at 276-277.

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善可能性について,若干の考察を試みてみる。現実に,納税者のカテゴリー毎にどのように態度が異なるかという点については,実証的分析の蓄積を待つ必要があるが,ここでは議論の端緒を提供するために,いくつかの仮説を立てる形で,思考実験をしてみたい。

Ⅲ-3-2.不確実性と「ルールv.スタンダード」 法人所得課税において,上場企業(≒大企業)と同族会社(≒零細企業)で,不確実性に対する態度が異なる場合,両者のカテゴリー別に租税法規を定立することが考えられるかもしれない。 上場企業の場合,意思決定機関として取締役会が存在している。また,上場企業内部の人事評価との関係で,伝統的な日本型雇用及び集団的意思決定過程(稟議システム等)を維持する企業では,重層的な意思決定プロセスにおける各フィルターを通るごとに不確実性を回避していく傾向が強まるとの仮説を立てることが可能かもしれない〔以下,この状況を【仮説 A】と呼ぶ〕114)。一方,同族会社は,オーナー社長が「鶴の一声」で意思決定を行えるとすれば,上場企業と比較して,不確実性中立的ないし不確実性愛好的な会社の割合が高くなるのかもしれない115)。 もし仮説 A が妥当するのであれば――同族会社と上場企業の間に不確実性に対する態度の差異があるならば――,不確実性回避傾向が高いと考えられるカテゴリー(仮説 A が妥当する場合,上場企業)に対しては,政府は「不確実性がある選択肢」と「不確実性がない選択肢」

の双方を提供することで,納税者のコンプライアンス水準を高めることができるのかもしれない。 例えば,高額役員報酬の損金算入を制限する法人税法 34 条 2 項は,「内国法人がその役人に対して支給する給与の額のうち不相当に高額な部分の金額として政令で定める金額は,…損金の額に算入しない」と規定している。本条の適用に際して,「不相当に高額」という文言の解釈が一義的に明らかではないため,不確実性の源泉となりうる116)。 現行法は,納税者の不確実性に対する態度が同じであることを前提に,法人税法 34 条 2 項は全法人を対象としている。同族会社の方が,株主総会の決議を経る必要がある上場企業に比べると,役員給与の恣意的な操作の可能性が高いという経験的理解を軽視することはできない117)。ここで,規制対象と規制手法―規制手法としてのルールとスタンダード―の関係が問題となりうる。 役員給与の恣意的操作可能性が高いカテゴリーと考えられる同族会社については,不確実性が相対的に高い「スタンダード的な手法」である不確実性概念による対処ではなく,不確実性が相対的に低い「ルール的な手法」で対処することが効率性に資するのではないかとの素朴な疑問が生じる。ルール的手法として,例えば,企業の客観的指標(業種別の売上高,利益率など)を基に,損金算入限度額を設けるという手法が考えられる 118)。 一般論として,ルールとスタンダードの比較

114 )この点については,吉村政穂准教授及び藤谷武史准教授よりご助言を賜った。115 )事業の不確実性にもかかわらず事業を成功させてきた「創業者」が支配している場合,(サバイバーシップ・

バイアスもあろうが)不確実性中立的又は不確実性愛好的なのかもしれない。116 )なお,納税者は,裁判例の蓄積によって,ベイズ更新を繰り返すことにより,主観確率(信念の程度)に

関する不確実性を低減させることができるのかもしれない(このような理解の仕方については,中里実教授から貴重なご助言を賜った)。ただし,多くの納税者にとって租税裁判例の蓄積を(租税法専門家と同じ水準で)包括的に理解することには,時間的制約や人的制約に鑑みれば,一定の限界があろう。

117 )上場企業においても,コーポレート・ガバナンスが機能していない場合,役員給与の形態を操作することで,取締役が株主の利益を自己の利益に付け替えることがありえる。See, lUcian bebchUk & Jesse fried, Pay withoUt Performance: the UnfUlfilled Promise of execUtiVe comPensation (Harvard University Press, 2004).

118 )法人による損金算入が制限されても,私法上の制限を受けるわけではない。

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税務執行の不確実性と納税者行動―租税法律主義の機能―

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として,処理件数が多い場合には,スタンダードよりもルールの方が望ましいと考えられている119)。この観点からも,納税者数が上場企業よりも多い同族会社に対して,スタンダードではなくルールを用いることが効率的となる可能性が高くなる。 一方,仮説 A とは逆に,個人の意思決定の状況に近い同族会社の方が,集団的意思決定過程を経る上場企業よりも,不確実性回避の度合いが強まる場合〔以下,この状況を【仮説 B】とよぶ〕を考えてみると,仮説 A が妥当する場合とは逆に,上場企業にはルール的な対応を行い,同族会社にはスタンダード的な対応を行うことが望ましい可能性が高くなる。

Ⅲ-3-3.否認規定と不確実性 不確実性モデルたる CEU モデルの知見からは,抽象的な否認規定を設けるとしても,全納税者に適用可能な一般的な包括的否認規定(general anti-avoidance rule: GAAR) よりも,適用対象が明確化されている個別的否認規定(例えば法人税法 34 条 2 項)のように,適用対象が限定されている個別的否認規定の方が望ましい可能性があるとの示唆を得ることができるかもしれない。個別的否認規定の方が,望ましい場合として,幾つかの状況を想定することができよう120)。

 第 1 の可能性は,〔Ⅱ-3-4.〕で論じたように,適用対象が限定されている方が,一般的な不確実性を保持するよりも,不確実性回避の度合いを高めるような場合である。 第 2 の可能性は,〔Ⅲ- 2 - 5. 及びⅢ- 2 -6.〕で論じたように,上場企業などの大企業は,内部に租税専門家を雇用したり,外部の専門家を活用したりすることで不確実性を低減することができるため,税務執行の不確実性を高めることで,かえって非効率的な行政運営になってしまう場合である。 第 3 の可能性は,〔Ⅲ-2-7.〕で論じたように,事業主体の意思決定プロセスの違いにより,不確実性回避の度合いが変化する場合である。もし仮に,集団的意思決定過程を経る必要がある上場会社(≒大企業)には不確実性中立的ないし回避的な傾向が強く,個人的意思決定が反映されやすい同族会社(≒零細企業)には不確実性回避的な傾向が弱い場合121),上場会社に対して不確実性を高めることは効率性の観点から正当化されても,同族会社に対して不確実性を高めることは正当化しづらくなる。逆に,同族会社の方が上場企業よりも不確実性回避の傾向が強い場合には,同族会社に対して不確実性を高めることは効率性の観点から正当化できても,上場企業に対しては正当化できなくなる。

Ⅳ.結びに代えて

 本稿では,租税法の不確実性と納税者行動の関係につき,事実解明的分析と規範的分析の観点から,より効率的な租税法制度の設計につい

て導入的な検討を加えた。 タックス・コンプライアンスに関して,伝統的な議論は,「リスク」の状況下における意思

119 )See, Louis Kaplow, Rule versus Standards: An Economic Analysis, 42 dUke l. reV. 557 (1992).120 )以下の叙述は,網羅的なものではなく,例示的なものにすぎない。121 )この点については,実証的知見を踏まえる必要がある。なお,不確実性への態度が異なるならば,制度の

標的は異なるべきであるが,包括的否認規定(GAAR)より個別否認規定が望ましい―類型毎に対応する方式が望ましい―という点は変わらない。

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決定モデルを明示的ないし黙示的に前提として議論が進められてきた。しかし,現実の納税者は,「リスク」ではなく「不確実性」の状況下において意思決定をしていると理解するのが自然であろう。 そこで,本稿では,主観確率による VNM 型期待効用モデルが,不確実性の状況下では上手く現実の人間行動を素描できないという問題点を確認した上で,不確実性の状況下における意思決定理論の一つである CEU モデルを援用する形で,考察を進めた。そこでは,①不確実性の大きさと,②不確実性に対する態度を区別する分析視座が得られた。 本稿で得られた知見の一つとして,もしも,納税者の属性――上場企業か同族会社か,個人か法人か,高所得者か低所得者かなどの区分――に応じて,不確実性回避に対する態度が異なるのであれば,納税者のカテゴリー毎に,不確実性の程度や内容を変化させることで,より効率的な制度設計ができるかもしれないという点をあげることができる。不確実性に関する態度が各カテゴリー毎にどのように異なるかという点は,実証的知見の蓄積を待つ必要がある。 誤解のないように確認をしておくと,本稿で

の分析を経て得られた知見は,「あらゆる納税者に対して不確実性を高めること」が望ましいという点――その背後には,社会厚生の最大化ではなくタックス・コンプライアンス最大化の前提が隠れている――ではなく,不確実性を用いる場合には,「効果が高いカテゴリーを対象とするように限定的に用いなければならない」という点――すなわち,社会厚生の最大化を図ること――である。 冒頭で述べたように,租税法律主義の現代的意義は,予見可能性及び法的安定性を付与することにあると理解されてきた。このような理解は,タックス・コンプライアンス最大化の観点から租税法制度を設計ないし運用するのではなく,社会厚生最大化の観点から望ましい租税法制度の設計ないし運用を考えるべきという立場と親和的であるとも考えられる。 租税回避行為や脱税行為に対して,政府が効果的に対処するためには,上記の視点に加えて,ルール的手法とスタンダード的手法のどちらが効率的かという視点からの考慮も必要になってくる。この点については,引き続き検討することとしたい。

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