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153 日手会誌(J Jpn Soc Surg Hand),第 29 巻 第 6 号 833-8362013 Humpback deformity を伴う舟状骨偽関節症例に対する 掌側切開腸骨骨移植と背側切開血管柄付き骨移植の 比較 ふじた 田俊 さとし 史,柿 かきのき 木良 りょうすけ 介,太 おおた 田壮 そういち 一,野 のぐち 口貴 たかし 志,貝 かいざわ 澤幸 ゆきとし 俊,松 まつだ 田秀 しゅういち 【目的】Humpback deformity を伴う舟状骨偽関節症例に対し掌側切開による腸骨自家骨移植を行った症例 と背側皮切 1,2ICSRA を用いた血管柄付き骨移植を行った症例との成績を比較検討したので報告する【方法】 腸骨移植症例(以下 I 群)血管柄付き骨移植症例(以下 V 群)各々15 症例について骨癒合率,骨癒合に要し た期間,術後最終可動域と握力の健側比,Mayo Wrist score (以下 MWS),Radio Lunate angle(以下 RLA), Carpal Height Ratio(以下 CHR),Visual Analog Scale (以下 VAS)の比較検討を行った.【成績】骨癒合に至 らなかった症例は I 3 例(20%) V 1 例(6.7%)であった.骨癒合に要した期間は I 群(平均 14.8 週)に 対し V 群(平均 10.8 週)で,最終可動域,握力,RLACHRMWSVAS はいずれも両群間に有意差を認 めなかった.【結論】血管柄付き骨移植による舟状骨偽関節の治療はより良好な成績であった. 【緒 言】 舟状骨偽関節に対する治療の要諦は骨折部の整復 により骨長を整え骨癒合を得ることにある 1) .われ われは舟状骨近位端における偽関節に対し血管柄付 き骨移植を行ってきたが,2005 年以降 6ヵ月の治療 期間を経ても画像上骨癒合傾向を認めず,骨欠損が dorsal apex of ridge より遠位におよび humpback deformity を認めた舟状骨偽関節症例に対して背側 皮切にて 1,2ICSRA を用いた血管柄付き骨移植を行 っている 2) .同対象に対しそれ以前に行っていた掌 側切開による腸骨自家骨移植症例との成績を比較検 討したので報告する. 【対象と方法】 対象は遷延治癒のため血管柄付き骨移植を行った 2 例を除く2005 年までに加療した腸骨移植症例(I 群) 2005 以降加療した腸骨骨移植にて癒合不全を生 じた 2 症例を含む血管柄付き骨移植症例 15 例(V 群) である.受傷機転は交通事故(I 4V 4)スポ ーツ外傷(I 4V 6)転落(I 5V 2)そ の他(I 2V 3)であった. 検討項目は治療成績として骨癒合率,骨癒合まで の期間で骨癒合は全例レントゲンにおける骨癒合の 判断に加え CT 検査を行って判断した.機能評価と して術後手関節最終可動域(掌屈 Vf 背屈 Df)と握 力の健側比,MWSVAS を測定し,レントゲン評 価として RLA CHR の測定を術前と最終診察時の診 療記録および画像評価にて行った.2 群間の比較検 定には t-testWilcoxon signed-rank test を用いた. 平均観察期間は I 17.7ヵ月で V 10.0ヵ月であっ た.術前待機期間が V 群でやや長くなっているもの の年齢,握力,可動域,MWS VAS の評価は表の ごとくいずれも両群間に有意差を認めなかった.術 前レントゲン評価で RLA のみ V 群で有意に大きく DISI 変形の進行が示唆されたが CHR には有意差を 認めなかった.(表 1手術方法は I 群に関しては掌側切開による古典的 手技にて骨欠損部にたいし掌側からの楔状骨移植を 行い全例遠位側よりスクリューを刺入した 3) .移植 骨は腸骨稜の厚い骨皮質が掌側に舟状骨軸と平行に 位置するよう挿入し,その長さは術後 CT 評価にて 平均 8.7mm5mm~14mm)であった.(症例 1また V 群は背側縦切開にて展開し,偽関節部を 掻把し軟部組織を除去した後,K ワイヤーで背屈し た月状骨を掌屈させ舟状骨近位骨片を掌屈させ母指 をけん引し骨欠損部のサイズを測定した後 1,2ICS- 受理日 2012/12/24 京都大学附属病院整形外科 〒606-8507 京都府京都市左京区聖護院川原町

1)Humpback deformity を伴う舟状骨偽関節症例に対する掌側切開腸骨骨移植と背側切開血管柄付き骨移植の比較.pdf

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日手会誌(J Jpn Soc Surg Hand),第 29巻 第 6号 833-836,2013

Humpback deformity を伴う舟状骨偽関節症例に対する掌側切開腸骨骨移植と背側切開血管柄付き骨移植の比較藤ふじた

田俊さと し

史,柿かきのき

木良りょうすけ

介,太おお た

田壮そういち

一,野のぐち

口貴たか し

志,貝かいざわ

澤幸ゆきとし

俊,松まつだ

田秀しゅういち

【目的】Humpback deformityを伴う舟状骨偽関節症例に対し掌側切開による腸骨自家骨移植を行った症例と背側皮切 1,2ICSRAを用いた血管柄付き骨移植を行った症例との成績を比較検討したので報告する【方法】腸骨移植症例(以下 I群)血管柄付き骨移植症例(以下 V群)各々15症例について骨癒合率,骨癒合に要した期間,術後最終可動域と握力の健側比,Mayo Wrist score(以下MWS),Radio Lunate angle(以下 RLA),Carpal Height Ratio(以下 CHR),Visual Analog Scale(以下 VAS)の比較検討を行った.【成績】骨癒合に至らなかった症例は I群 3例(20%)V群 1例(6.7%)であった.骨癒合に要した期間は I群(平均 14.8週)に対し V群(平均 10.8週)で,最終可動域,握力,RLA,CHR,MWS,VASはいずれも両群間に有意差を認めなかった.【結論】血管柄付き骨移植による舟状骨偽関節の治療はより良好な成績であった.

【緒 言】舟状骨偽関節に対する治療の要諦は骨折部の整復により骨長を整え骨癒合を得ることにある 1).われわれは舟状骨近位端における偽関節に対し血管柄付き骨移植を行ってきたが,2005年以降 6ヵ月の治療期間を経ても画像上骨癒合傾向を認めず,骨欠損がdorsal apex of ridge より遠位におよび humpback deformityを認めた舟状骨偽関節症例に対して背側皮切にて 1,2ICSRAを用いた血管柄付き骨移植を行っている 2).同対象に対しそれ以前に行っていた掌側切開による腸骨自家骨移植症例との成績を比較検討したので報告する.

【対象と方法】対象は遷延治癒のため血管柄付き骨移植を行った

2例を除く2005年までに加療した腸骨移植症例(I群)と 2005以降加療した腸骨骨移植にて癒合不全を生じた2症例を含む血管柄付き骨移植症例15例(V群)である.受傷機転は交通事故(I群 4:V群 4)スポーツ外傷(I群 4:V群 6)転落(I群 5:V群 2)その他(I群 2:V群 3)であった.検討項目は治療成績として骨癒合率,骨癒合までの期間で骨癒合は全例レントゲンにおける骨癒合の

判断に加え CT検査を行って判断した.機能評価として術後手関節最終可動域(掌屈 Vf背屈 Df)と握力の健側比,MWS,VASを測定し,レントゲン評価として RLA CHRの測定を術前と最終診察時の診療記録および画像評価にて行った.2群間の比較検定には t-test,Wilcoxon signed-rank testを用いた.平均観察期間は I群 17.7ヵ月で V群 10.0ヵ月であった.術前待機期間が V群でやや長くなっているものの年齢,握力,可動域,MWS VASの評価は表のごとくいずれも両群間に有意差を認めなかった.術前レントゲン評価で RLAのみ V群で有意に大きくDISI変形の進行が示唆されたが CHRには有意差を認めなかった.(表 1)手術方法は I群に関しては掌側切開による古典的

手技にて骨欠損部にたいし掌側からの楔状骨移植を行い全例遠位側よりスクリューを刺入した 3).移植骨は腸骨稜の厚い骨皮質が掌側に舟状骨軸と平行に位置するよう挿入し,その長さは術後 CT評価にて平均 8.7mm(5mm~14mm)であった.(症例 1)また V群は背側縦切開にて展開し,偽関節部を

掻把し軟部組織を除去した後,Kワイヤーで背屈した月状骨を掌屈させ舟状骨近位骨片を掌屈させ母指をけん引し骨欠損部のサイズを測定した後 1,2ICS-

受理日 2012/12/24京都大学附属病院整形外科 〒606-8507 京都府京都市左京区聖護院川原町

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舟状骨偽関節に対する骨移植の比較834

RAを損傷しないよう慎重に台形~楔形の移植骨を採取し,1,2ICSRAの血管茎に緊張をかけないようまた皮質骨が舟状骨軸に平行になるよう注意し留置し欠損部分には海綿骨を充填し,全例中枢部よりスクリュー固定を行った.術後 CTによる掌側部の移植骨の長さは平均 9.7mm(4mm~15mm)であった.(図 2)(症例 2)固定の手ごたえにより中枢遠位両骨片の回旋不安のあるもの(I群 4例:V群 7例)に対し舟状骨軸と平行に追加の Kワイヤーの刺入を行った.使用したスクリューは(Herbert bone screw I群 7:V群6 Acutrack screw I群 1:V群 1 DTJ screw I群 6:V群 8症例であった.

【結 果】治療成績として骨癒合率は I群 80%(12/15)に対して V群 93%(14/15),骨癒合までの期間は I群

14.8週に対して V群 10.8週と有意に短かった.機能評価として術後最終可動域と握力,MWS,VASはいずれも有意差を認めず,レントゲン評価としてRLA,CHRいずれも有意差を認めなかった.(表 2)なお合併症として Kワイヤー刺入部の疼痛を I群 2例 V群 1例に認めたが,抜釘後症状の消失を認めた.

【考 察】舟状骨偽関節に対する血管柄付き骨移植は 1991

に Zaidemberg に報告されたのち難治性症例に広く用いられるようになった方法で proximal typeに行われている報告が多い 4).しかし著者らが経験したように humpback deformityを起こしているものや,すでに自家骨骨移植による手術にて癒合不全を起こした症例に対し 2005年以降当科にて安定した成績を得ており,今回自家骨移植を行っていた群との比

表 1 両群における術前評価

図 1 1,2ICSRAを茎とした採骨:術中写真症例 1 29歳男 腸骨自家骨移植 左:術前 右:術後

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舟状骨偽関節に対する骨移植の比較 835

較検討にて癒合率,骨癒合期間において有益性を確認した.血管柄付き骨移植を行っても 1例骨癒合に至らなかったが,この 1例は受傷より 60か月が経過した症例で,手根骨周囲の靭帯の硬化により hump-back deformityの整復が困難な難治症例であった.したがって受傷後 5年以上経過した症例や手関節全体に OA変化を生じているものは血管柄付きの手術

適応はないものと考えた.血管柄付き症例における平均 10.8週(中央値 9

週),腸骨自家骨移植症例における平均骨癒合期間が14.8週(中央値 12週)での骨癒合はと諸家の報告と比べて遜色ないものの,腸骨移植症例においては骨癒合までに 36週を要したものもありやや不安定な印象がある,術中所見として近位端の偽関節と異

図 2 手術模式図

表 2 両群における術後評価

症例 2 19歳男 血管丙付き骨移植 左:術前 右:術後

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舟状骨偽関節に対する骨移植の比較836

なり,明らかに中枢側骨片が壊死している所見は認めなかったが,相対的虚血に陥っているため移植骨の血流の差が今回遊離骨移植と血管柄付き骨移植の癒合期間の差を生じたと考えている 5)6)7).中枢型偽関節手術骨移植に関して Humpback deformityの整復手技は掌側の骨欠損が大きいため一般的に掌側からの移植が有利といわれているが,背側より Kワイヤーを刺入し月状骨の DISI変形を整復すると骨欠損を正確に確認することができスクリューの刺入も指摘位置に行いやすい.また母指の牽引により無理なく十分量の骨移植が可能であり,我々は背側からの骨移植が不利であるとは考えていない.手術手技上血管柄採取のため V群のほうが皮膚切開は大きくなるが同一皮切で手術が可能である点,術者の慣れを要するが 1,2ICSRAの解剖学的変位が少ないことからも良好な術式と考えている 8). 今後も症例を重ねて長期成績を含めて検討していきたい.

【まとめ】Humpback deformityを伴う舟状骨偽関節に対する背側切開血管柄付き骨移植による治療は,早期骨癒合を認め,腸骨自家骨移植による治療より良好な成績であった.

【文 献】1) Kuschner SH, et al. Scaphoid fractures and scaphoid

nonunion. Diagnosis and treatment. Orthop Rev 23: 861-873, 1994.

2) Oka OK, et al. Patterns of bone defect in scaphoid non-union: A 3-dimensional and quantitative analysis. J Hand Surg Am 30: 359-365, 2005.

3) Taleinsic TJ, et al. The Wrist. 1. New York. Churchill Livingstone. pp 728-729, 1985.

4) Carlos CZ, et al. A new vascularized bone graft for scaphoid nonunion. J Hand Surg Am 16: 474-478, 1991.

5) Munk MB, et al. Bone grafting the scaphoid nonunion: a systematic review of 147 publications including 5,246 cases of scaphoid nonunion. Acta Orthop Scand 75: 618-629, 2004.

6) Michael MAC, et al. The outcome and complication of 1,2-Intercompatmental Supraretinacular Artery Pedicled Vascularized Bone Grafting of Scaphoid Nonunion. J Hand Surg Am 31: 387-396, 2006.

7) Rajagopalan BMR, et al. Results of Herbert-Screw Fixa-tion with Bone-Grafting for the Treatment of Nonunion of the Scaphoid. J Bone Joint Surg Br 81: 48-52, 1999.

8) Thanapong TW, et al. The Detailed Anatomy of the

1,2Intercompartmental Supraretinacular Artery for Vas-cularized Bone Grafting. J Hand Surg Am 33: 168-174, 2008.