10
第 2 章 体力評価のためのテスト 9 2 3 4 1 等尺性収縮は,固定されたものを押したり引っ 張ったりするときの筋長が変化しない筋収縮であ る。他の関節運動を伴う動的収縮(dynamic con- traction)に対して静的収縮(static contraction) ともいう。関節運動を伴わないため,測定された筋 力の経時的な記録は,筋収縮力の変化を正確に表 す。筋長や収縮する関節の角度で,発揮する最大筋 力が異なる。ハンドヘルドダイナモメーター(図2や握力計,等速性筋力評価装置の等尺性モードなど で測定され,筋力評価では最も多く利用される筋収 縮様式である。 等張性収縮は,一定の外的負荷を加えて生じる筋 収縮であり,重錘の挙上や筋力トレーニングマシー ンで行われる運動の多くが等張性収縮である。一回 の収縮・弛緩で行われる仕事量がほぼ等しい運動で ある。関節の回転軸と筋の骨への付着点で生じるて この長さが関節運動で変化するため,外的負荷は一 定でも筋に発生する張力は変化する。筋力評価は, 1 回 の 収 縮 だ け が 可 能 な1 RM(repetition maximum)の負荷量を指標として行われる。漸増 2 体力評価のためのテスト 筋 力 筋力は,力を発揮する筋の機能と定義すると,筋 張力,パワーおよび筋持久力の 3 つの要素からな り,それぞれの要素に対して異なるアプローチで評 価が行われている。パワーは,筋収縮の力と速度の 積,筋持久力は,ある負荷に対する筋収縮の持続時 間や繰り返し回数など,時間や移動距離の要素を含 み,それぞれ複合的指標である。一方,いわゆる筋 力として評価の対象となるのは,骨格筋の随意的筋 収縮で生じる筋の張力自体であり,通常その最大張 力を評価する。しかしながら実際の体力評価で測定 される筋力は,筋収縮による筋張力を直接測定した ものではなく,いわば見かけの筋力であることに留 意する必要がある。 筋力を測定する場合,関節を支点として,筋力測 定部位であり実際に力を発揮する作用点は,筋が付 着し張力が生じる力点より遠位にあることがほとん どである(図1)。支点から作用点までの,てこの レバーの長さが力点より長いため,測定された見か けの筋力は,てこの作用のため,実際に生じる筋張 力より,はるかに小さな値となることが多い 1) 筋の収縮様式から等尺性収縮(isometric con- traction)と等張性収縮(isotonic contraction),等 速性収縮(isokinetic contraction)に分類され,そ れぞれ異なる方法で筋力評価が行われる。等張性収 縮や等速性収縮のように動きを伴う筋収縮には,筋 が短縮しながら収縮する求心性収縮(concentric con- traction)と筋が引き伸ばされながら収縮する遠心 性収縮(eccentric contraction)があり,筋の収縮 力は,遠心性収縮が求心性収縮より大きいといわれ ている 2) 1 A 筋 力 支 点 A×a=B×b 力 点 作用点 B A a b 図1 てこのシステムによる,力点で働く筋張力(A)と 作用点の見かけの筋力(B) (a は支点~力点の距離,b は支点~作用点の距離)

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第2章 体力評価のためのテスト 9

体力評価のためのテスト

章2

脊髄損傷者の体力評価

章3

脳血管障害者の体力評価

章4

体力とは

章1

等尺性収縮は,固定されたものを押したり引っ張ったりするときの筋長が変化しない筋収縮である。他の関節運動を伴う動的収縮(dynamic con-traction)に対して静的収縮(static contraction)ともいう。関節運動を伴わないため,測定された筋力の経時的な記録は,筋収縮力の変化を正確に表す。筋長や収縮する関節の角度で,発揮する最大筋力が異なる。ハンドヘルドダイナモメーター(図 2)や握力計,等速性筋力評価装置の等尺性モードなどで測定され,筋力評価では最も多く利用される筋収縮様式である。

等張性収縮は,一定の外的負荷を加えて生じる筋収縮であり,重錘の挙上や筋力トレーニングマシーンで行われる運動の多くが等張性収縮である。一回の収縮・弛緩で行われる仕事量がほぼ等しい運動である。関節の回転軸と筋の骨への付着点で生じるてこの長さが関節運動で変化するため,外的負荷は一定でも筋に発生する張力は変化する。筋力評価は,1 回 の 収 縮 だ け が 可 能 な 1 RM(repetition maximum)の負荷量を指標として行われる。漸増

第2章 体力評価のためのテスト

筋 力筋力は,力を発揮する筋の機能と定義すると,筋

張力,パワーおよび筋持久力の 3 つの要素からなり,それぞれの要素に対して異なるアプローチで評価が行われている。パワーは,筋収縮の力と速度の積,筋持久力は,ある負荷に対する筋収縮の持続時間や繰り返し回数など,時間や移動距離の要素を含み,それぞれ複合的指標である。一方,いわゆる筋力として評価の対象となるのは,骨格筋の随意的筋収縮で生じる筋の張力自体であり,通常その最大張力を評価する。しかしながら実際の体力評価で測定される筋力は,筋収縮による筋張力を直接測定したものではなく,いわば見かけの筋力であることに留意する必要がある。

筋力を測定する場合,関節を支点として,筋力測定部位であり実際に力を発揮する作用点は,筋が付着し張力が生じる力点より遠位にあることがほとんどである(図 1)。支点から作用点までの,てこのレバーの長さが力点より長いため,測定された見かけの筋力は,てこの作用のため,実際に生じる筋張力より,はるかに小さな値となることが多い 1)。

筋の収縮様式から等尺性収縮(isometric con-traction)と等張性収縮(isotonic contraction),等速性収縮(isokinetic contraction)に分類され,それぞれ異なる方法で筋力評価が行われる。等張性収縮や等速性収縮のように動きを伴う筋収縮には,筋が短縮しながら収縮する求心性収縮(concentric con-traction)と筋が引き伸ばされながら収縮する遠心性収縮(eccentric contraction)があり,筋の収縮力は,遠心性収縮が求心性収縮より大きいといわれている 2)。

1

A 筋 力

支 点

A×a=B×b

力 点作用点

B

A

a

b

図 1  てこのシステムによる,力点で働く筋張力(A)と作用点の見かけの筋力(B)

(a は支点~力点の距離,b は支点~作用点の距離)

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10 第2章 体力評価のためのテスト

抵抗運動などの筋力トレーニングの臨床研究で利用されることが多い。

等速性収縮は,関節の運動速度を一定にして行う,日常の運動ではみられない筋収縮で,大がかりで高額な等速性筋力評価装置を必要とする。筋力は,関節軸を中心とした回転運動の力のモーメントであるトルクを測定し,通常ピークトルク値で評価する。トルクは,加わる力と回転軸からの距離の積で求められ,モーメントであるため,力の作用点の位置によらない値である。等速度で収縮するため,発生するパワーは筋力に依存している。運動中の筋力の定量的評価が可能であり,古くから筋力評価の臨床研究で広く利用されている。

筋力測定機器によらない,実際には最も頻繁に用い ら れ て い る 筋 力 評 価 法 は, 徒 手 筋 力 テ ス ト

(manual muscle test;MMT)であろう。MMT の原型は,1912 年にハーバード大学整形外科教授のLovett が創始した抗重力検査法である。ここでは,重力の影響を除いたときの筋力,重力のみに抗した筋力,重力に加え外力による抵抗を加えたときの筋力を段階的に評価しているが,その後改良が加えられ,1927 年 に は 既 に, 筋 力 を Normal,Good,Fair,Poor,Trace,Totally paralyzed(Zero に相当)の 6 段階に評価する現在の MMT に近い改良版が Wright によって発表された 3)。その後 Medi-cal Research Council(英国医学研究審議会)は,MMT を 0〜5 の数字による 6 段階のスケールで評価することを提案し,広く利用されている。MMT開発は,初期においては,小児整形外科,特にポリオのリハビリテーションや治療の領域において発達したことに注目する必要がある 3)。外力による抵抗

に抗する筋力を必要としない MMT の 0〜3(Zero〜Fair)までの評価は,末梢神経障害などによって生じた麻痺肢の筋力評価には最も適しているといえる。麻痺肢の可動範囲によって各段階をさらに+/−によって細分化することも,麻痺肢の弱い筋力の評価には有用である。一方,MMT で 3:Fairを超える筋力評価は,検者の経験による主観や体力に 大 き く 左 右 さ れ る 可 能 性 が あ る。MMT 5:Normal の評価自体,筋力の個人差や正常筋力がさらに増強する変化を評価していない。したがって,抵抗運動に打ち勝てる,ある程度強い筋力の評価には,時に麻痺肢においても,各種筋力測定機器による客観的な筋力評価が必要である 4)。

パワーa.パワーとは 5-7)

「パワー」という言葉は,力学的には「単位時間になされた仕事」がその定義である。また,仕事/時間=力×距離/時間=力×速度とも表現できる。これは外部に働きかける出力パワー(力学的パワー)ということになる。

一方,筋が消費する化学的エネルギーについても,その単位時間当たりの量をパワー(入力パワー)と表現することがある。すなわち筋は,入力パワーを出力パワーに変換する働きを通じて身体運動を推進している(図 3)。無酸素パワー(anaerobic pow-er)や有酸素パワー(aerobic power)はその代表である。この場合「最大努力で行われる」という意味が隠されていることが多い。入力パワー=エネルギー消費量,出力パワー=仕事/時間である。

運動が瞬間的であれば,入力パワーは無酸素的エネルギーを消費する。この入力となる無酸素的エネルギーの単位時間当たりの量を,無酸素パワーと呼んでいる。また,持久的な運動では,酸素を用いた有酸素パワーが消費される。「最大努力」で行われた場合,後者は「最大酸素摂取量(V

4

O2max)」を指し,体力要素の「全身持久力」の一指標となる。したがって,ここでは無酸素パワーについて述べる。また,「筋パワー(muscle power)」という用語について,金子 5)は,肘の屈曲や膝の伸展運動などのような「単関節運動パワー」をそのように呼ぶ,としている。

2

図 2  ハンドヘルドダイナモメーター

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第2章 体力評価のためのテスト 11

体力評価のためのテスト

章2

脊髄損傷者の体力評価

章3

脳血管障害者の体力評価

章4

体力とは

章1

b.パワーを測定するテスト 6, 8)

前述のごとく,本来「無酸素パワー」は入力パワーを指すが,「有酸素パワー」と異なり直接測定するのは困難で,多くの研究が出力パワーを「無酸素パワー」として用いている。

短時間の全力運動において発揮される機械的パワーの最大値を「最大無酸素パワー」という。Vandewalle らの総説 8)では,最大無酸素パワーを評価するためのテストが紹介されている。

【単関節の力─速度テスト】パワーは力と速度によって決定される。求心性収

縮の場合,その速度は図 4 5)の実線が示すように,力の増加とともに直角双曲線を描いて減少する。

「負荷が大きくなるにつれて運動速度が遅くなる」というこの現象は,誰もが感覚的には知っているが,この法則性を力−速度関係(force-velocity re-lationship)という。図 4 の A 点は無負荷条件下での最大速度,B 点は速度ゼロの最大等尺性筋力であり,C 点は耐筋力である。一方,パワーは求心性収縮の場合,最大筋力の約 1/3 の負荷条件下で極大値

(最大パワー D)を示し,力または速度がゼロとなるときにゼロとなる 5)。最大パワーが出現するのは,力と速度の条件が至適となったときだけである 8)。

したがって,真の最大パワーを測定するためには,どのようなテストを用いるにせよ,あらかじめ力,速度,パワーの関係を明確にしておく必要がある 8)。

特定の関節を対象として,それを動かす筋の力−速度関係をみるので,ここでのパワーは「筋パワー」ともいえる。CYBEX Ⓡ等の等速性筋力測定装置を用いて,運動速度を変えて力を測定する方法が最も一般的である。このテストの信頼性は一般に高く,

瞬時的 持続的

無酸素的 入力パワー

身 体(筋)

(効 率)

出力パワー

パフォーマンス

(垂直跳びほか)-全身的-(走速度ほか)(腕屈曲,脚伸展ほか)-局所的-(関節トルクほか)

有酸素的

図 3  入力パワーと出力パワー(文献 5 より改変)

O

パワー(+)

 度(+)

パワー(-)

 度(-)

A

Dパワー

求心性収縮(concentric 収縮)

遠心性収縮(eccentric 収縮)

速度

力(抵抗)

B

C

E

等尺性

収縮

図 4  筋収縮のパワーと力,速度(文献 5 より改変)

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12 第2章 体力評価のためのテスト

テスト−再テストの相関については r=0.94−0.96である 8)。

【階段駆け上がりテスト(マルガリア・テスト)】Margaria ら 9)が 1966 年に提唱した方法である。

平地で助走をつけた後,階段を最大速度で駆け上がる運動からパワーを評価する。1 段の高さが 15〜19 cm で 15 段以上ある長めの階段を用い,8 段目と 12 段目のところに光電管(光線をさえぎるとスイッチが入る)またはマットスイッチを置く(図5)5)。被験者は階段の 2 m 手前からスタートして,1 段おきにステップしながら全力で階段を駆け上がる。このとき,被験者の身体重心速度は 4 歩目以降にほぼ等速度となることがわかっているので 4 歩目

(8 段目)から 6 歩目(12 段目)までの時間を計測し,その間の鉛直速度を算出する。等速度ゆえに力は体重に等しく,パワーは次式,出力パワー=力×速度=体重×速度で決まる。

1 段の高さが 17 cm(4 段で 68 cm),4 段通過時間が 0.45 秒,体重 70 kg とすると,

出力パワー=70 kg×(0.68 m/0.45 秒)≒105 kgm/秒(=1.38 馬力)である 5)。マルガリア・テストの信頼性は高い(テスト−再テストの相関 r=0.85−0.90)。

【自転車エルゴメーターテスト 6, 8)】自転車全力漕ぎの方法としては,ウィンゲート無

酸素性テスト(以下,ウィンゲートテスト)と呼ばれる負荷条件の設定方法が一般的である。ウィンゲートテストは 1970 年代,イスラエルのウィンゲート研究所で開発された最大努力下でのサイクリングテストである。ウィンゲートテストが最も優れた無酸素性パワーの評価テストかどうかを明らかにすることは難しいが,本テストほど最大筋パワーや筋持久力の評価に用いられているテストは他にはなく,その情報を提供するテストとしての高い信頼性が多くの研究で示されている 10)。Vandewalle ら 8)

は,テスト−再テストの相関について r>0.90 とし

ている。一方,妥当性については,比較すべき最大パワーや上下肢の局所的な耐久性を測定するためのスタンダードとなるテストが存在しないために,その検証を行うことは困難とされる 10)。したがって,健常者における研究で無酸素性のパフォーマンスの能力とウィンゲートテストの結果が比較されている。高い強度の激しい動きを要し,数秒から数十秒間継続される無酸素的な課題,短距離走や短距離の水泳,垂直跳びの能力などと,ウィンゲートテストの結果に相関があることが報告されている 11)。

ウィンゲートテストでは一定の力に逆らって最大速度でのペダル漕ぎあるいは腕クランキングが要求される。通常,一種類の負荷量で計測されるが,至適負荷量は検査対象肢(上肢または下肢)や性別,年齢,活動レベル,使用するエルゴメーターによって異なり,すべての被験者群の至適負荷量は報告されていない 10)。ウィンゲートテストの検査時間は従来 30 秒とされており,その時間での多くの研究データが蓄積されている 10)。

得られたペダルの回転数から回転速度がわかり,1 回ペダルが回る際の距離と重力加速度,回転速度からパワーが算出される。発揮パワー=負荷×重力加速度×1 回転の距離×回転速度である。

結果処理の方法は目的によって異なる。最初の 3秒間ないし 5 秒間で得られる最大無酸素パワーのほかに,30 秒間の平均パワーを出すこともできる 10)。また,最大無酸素パワーについては,10 秒間の全力ペダリングを 2 分間の休息をはさみ,1 回毎に負荷を増加して 3 回行わせ,ペダル回転数との回帰直線から推定する方法もある。

【垂直跳びテスト】Sargent DA12)によって「体力テスト」として提

唱され,後に Sargent LW13)によって「筋パワーテスト」として位置づけられたフィールドテストである。

垂直跳びの跳躍高から機械的パワーを算出する式がいくつか呈示されているが,いずれも妥当性に疑問が残る。圧力板の開発によって跳躍時のピークパワーと平均パワーとを区別して評価することもできるようになった。垂直跳びの信頼性は高く,テスト-再テストの相関は r=0.92−0.98 である。

米国の Cureton 14)は,運動能力の構成因子として,筋力,パワー,敏捷性,平衡性,柔軟性,持久性の 6 項目をあげ,パワー(power)とは非常に爆発的な努力をする能力であり,最大努力で全身を動

(BW=70 kg)5 m

2.60m

VV V

図 5  全力で階段を駆け上がるテスト(文献 5 より)

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第2章 体力評価のためのテスト 13

体力評価のためのテスト

章2

脊髄損傷者の体力評価

章3

脳血管障害者の体力評価

章4

体力とは

章1

かす能力である。物理的には力×速度で表される,と説明した。日本に輸入された“power”は,「瞬発力」と訳され,フィールドでのテストは,この垂直跳びのほかに,立ち幅跳びやボール投げも加えられた 5)。

c.障害者において無酸素パワーを測定する意義 障害者において,運動の重要性が高まり,スポー

ツも徐々に普及している。以前に比べると,体力について取り上げた研究も増えつつあるが,その多くは有酸素性の運動能力が主体である。無酸素性の運動能力に関しては,まだ十分に理解されておらず,研究も非常に少ない。

最大筋パワーに代表される無酸素性の運動能力は,日常生活や運動競技において,瞬間的あるいは数秒間の高い強度のパワーを発揮する際に生かされる 10)。若年健常者のレベルならば,無酸素パワーの値が多少低下しても,日常生活動作(ADL)は問題なく成し遂げることができるが,障害者においては無酸素パワーの値の低下が ADL の低下につながる可能性もある。運動競技を推奨するためだけでなく,日常生活の自立度の目安としてもその評価は非常に意義がある。

筋持久力筋持久力は,筋疲労ともいわれ,筋肉が繰り返し

収縮し続けられる能力である。筋力とは一般的に最大筋力で表現されるような筋

肉が 1 回の収縮で発揮できる力であるのに対して,筋持久力は筋肉が繰り返し収縮し続けられる能力 15)と定義されている。すなわち筋持久力とは,ある一定の負荷で繰り返しの負荷を続けられるかということである。また,英語では(local)muscular endurance または strength endurance と ACSM のposition stand16)に表現されている。筋力と筋持久力は必ずしも相関せず,一定負荷における持続回数が 2 倍になっても筋力が 2 倍になっている訳ではない。

筋持久力は,筋力に速筋が関係しているのに対し,遅筋の割合が大きく関連している。また,筋への効率的なエネルギー供給が必要なため,筋への血流,すなわち毛細血管の発達等が大きく影響している。

評価方法としては,ベンチプレス,スクワットで

3

1RM の 60〜80%や握力の 40%の継続回数,腕立て伏せもよく用いられ,その絶対負荷量の変化や疲労困憊までの回数で評価することが一般的に行われる。

筋疲労が筋持久力の指標として用いられることもある。筋持久力と筋疲労は厳密な区別は行われず,上記評価方法が最大下運動の持続力をみているのに対し,筋疲労は最大運動(トルク値,パワー,筋電図など)の低下をみている点が相違点である。一般的に用いられる等速性筋力評価装置を用いての筋持久力評価は,角速度を 180°/秒に設定し,21〜60 回行い,最大ピークトルク値に対する最後の 10 回の平 均 ト ル ク 値 の 低 下 率(Strength Decrement Index)などで評価を行う 17)。

また,その他の方法として,ウィンゲート無酸素性テストが使われることが多い。これは,ウィンゲート研究所で 1970 年代に考案されたテストで,体重の 7%の負荷で自転車エルゴメーターを全力

(最大回転数)で 30 秒間駆動し,最大パワー(仕事量:W),平均パワー,30 秒後のパワーや最大パワーに対する低下率などで評価する(図 6)。

筋電図を用いて筋持久力を評価する方法もある 18)。これは,最大筋力の 50%程度の負荷で 2 分間持続筋力発揮をし,筋電図で評価する。筋電図の中間周波(medium frequency;MF)や平均パワー周波数(mean power frequency;MPF)の低下する傾きを筋疲労の指標としている。

それぞれの障害別に用いられる方法や筋については,各障害の項で説明する。

◆文献 1) 御手洗玄洋(監訳).ガイトン生理学 原著第 11 版.

180160140120

回転数(回)

1008060402000 302010

時 間(秒)

図 6  ウィンゲート無酸素性テスト

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Q1

34 第3章 脊髄損傷者の体力評価

パワー脊髄損傷者における無酸素性の運動能力の研究については,有益な情報がある一方で,そのほと

んどにおいて,対象者を障害別に分類したときのそれぞれのサンプルサイズが非常に小さく,研究毎の損傷高位や麻痺の程度に多くのバリエーションが存在する。さらに,測定に用いるテストやプロトコール,使用する車椅子の違いにより無酸素パワーの値が異なる可能性があり,研究間での比較を困難にしている。脊髄損傷のパワーの評価指標についても,エビデンスのレベルよりも臨床的有効性の大きさや臨床上の適応性を重視して推奨することとした。

和文は医学中央雑誌にて検索した結果,無酸素パワーに関する和文は 3 件抽出できた。さらに,その中で引用されている,フィールドテストに関する 1 件の論文があった。

英文は,PubMed,Cochrane Library,PEDro で検索した結果,無酸素パワーを測定した論文は 13 件抽出できた(ほかに,パワーに関するレビューが 3 件)。さらに,その中で引用されている10 件の論文が無酸素パワーの測定に該当し,英文は 23 件(加えて 3 件のレビュー)となった。最終的に和文と英文を合わせて,無酸素パワーを測定した 26 件とフィールドテストの 1 件を参考にしている。

パワーの評価にはどのような測定方法があるか?

•脊髄損傷者における無酸素パワーの測定に関する研究で,最も多く用いられているのはウィンゲート無酸素性テストであり,30秒 sprint testがそれに続く。

脊髄損傷者を含んだ対象者において無酸素パワーを測定した研究は 26 件(ほかに参考となるフィールドテストの論文が 1 件)あり,そのうちウィンゲート無酸素性テスト(以下,ウィンゲートテスト)によるものが 11 件と最も多かった。続いて 30 秒 sprint test が 10 件,その他の方法が5 件だった。

a.ウィンゲートテスト通常,一種類の負荷量で,30 秒間全力での運動を行い最大無酸素パワーや 30 秒間の平均の無酸

素パワーを測定する。脊髄損傷者においては車椅子運動と腕クランキングによるものがある。車椅子運動はさらに,次の 3 つ,① computerized stationary wheelchair ergometer(WCE);コンピュータ制御の車椅子エルゴメーター,② wheelchair mounted on a treadmill(WCT);車椅子トレッドミル,③ wheelchair mounted on rollers(WCR);車椅子ローラー,に分類される 1)。今回検索したウィンゲートテストを用いた 11 件の論文のうち,腕クランキングによるものが 8 件,WCR が 2 件,WCE が 1 件と,腕クランキングによる研究が最も多い。ただし,論文数が少ないうえに一人の研究者が複数の論文を発表しているため(腕クランキングによる 8 件の論文のうち,一人の研究者が 4 件,もう一人の研究者が 2 件の論文を発表している),論文数だけで,その方法が普及しているかどうかを判断するのは適切ではない。

Jacobs ら 2)は,脊髄損傷完全対麻痺者における上肢ウィンゲートテストの信頼性を調査している。43 例の胸髄損傷者(T2-T12 レベル)に腕クランキングによる 2 度のウィンゲートテストを行い,ピークパワーや 30 秒間の平均パワーなどについてトライアル間で比較した。負荷量は body mass の 3.5%でテスト時間は 30 秒である。その結果,ピークパワーと平均パワーはトライアル間で有意な差はなく,r2 値(決定係数)はそれぞれ 0.92,0.94 であった。本研究 2)の対象者は胸髄レ

2

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第3章 脊髄損傷者の体力評価 35

体力評価のためのテスト

章2

脊髄損傷者の体力評価

章3

脳血管障害者の体力評価

章4

体力とは

章1

ベルの運動完全麻痺であり,ウィンゲートテストの際,安定性を保つために下肢の筋を働かせることができない。すなわち,開放性運動連鎖による運動(open kinetic chain exercise)としてこのテストは行われている。下肢での安定性を保てない完全対麻痺者におけるパワーの評価として,上肢ウィンゲートテストは信頼性の高い評価ツールであることが示されたとしている 2)。

Jacobs ら 3)は,さらに,運動完全麻痺の頸髄損傷者における上肢ウィンゲートテストの信頼性も検討している。45 例の頸髄損傷者(ASIA Impairment Scale A または B,C5-C7 レベル)で少なくとも 1 年以上経過した者を対象とし,30 秒間,最大の腕クランキングを行った。ウィンゲートテストは,2〜4 日空けて 2 回のトライアルが行われている。この研究での負荷量は,C5 レベルの者に対しては body mass の 1%,C6 は body mass の 2%,C7 は body mass の 3%とされた。その結果,ピークパワーと平均パワーは,それぞれのトライアル間で有意な差は認めず,損傷高位間ではレベルが低いほどその値は大きかった。ピークパワーにおいては,C5,C6,C7 レベルの r2

値はそれぞれ,0.945,0.975,0.934 で,同じように平均パワーも C5,C6,C7 レベルの r2 値はそれぞれ,0.983,0.962,0.879 であった。C5-C7 レベルの運動完全麻痺の頸髄損傷者においても,ウィンゲートテストは上肢の無酸素パワーの評価方法として信頼性のあるものであると結論づけている。ただ,C5 より高位の損傷者では,一般的には腕クランキングを 30 秒間施行することができないために,たとえ負荷を調整したとしてもウィンゲートテストによって無酸素パワーを評価することはできないことを問題点としてあげている 3)。

b.30秒 sprint testウィンゲートテストと同様に 30 秒間の全力運動を行い,主に 30 秒間の平均の無酸素パワーを求

めるテストである。ウィンゲートテストではある程度の腕クランキングや車椅子駆動を行っている状態からテストをスタートするのに対して,30 秒 sprint test ではスタートと同時に車椅子駆動を開始する。30 秒 sprint test の 10 件の論文すべてが WCE による測定だった。30 秒間の全力運動を 2 回行い,1 回目のテストで負荷量を適切なレベルに決定し,2 回目のデータを分析している研究が多い。負荷量は損傷高位や年齢,スポーツ活動に基づいて,個別に 0.25,050,0.75 N/kg を適応させ,駆動速度のピークが 3.0 m/s 未満になるように選択する。

脊髄損傷者の無酸素パワーの測定に関する論文の中では,ウィンゲートテストに次いで多く用いられている方法ではあるが,脊髄損傷者においてその信頼性や妥当性を検討した論文はみられなかった。

c.その他塚越ら 4)は 13 例の脊髄損傷者を対象にして,モナーク社製の自転車エルゴメーターを改良し,

1〜7 kp までの 7 つの負荷量でそれぞれ 10 秒間,全力で腕クランキングを行い(各測定間には 2分以上の休息),最大無酸素パワーを測定している。ペダルの回転数の最高値から 1 分間あたりの回転数を算出し,「無酸素パワー=0.98×負荷×回転数」の式で無酸素パワーを求めて,その最大値を最大無酸素パワーとする。このように最大無酸素パワーの測定には,7〜9 回の全力運動による腕クランキングが理想的であるが,被験者への負担が大きい。塚越ら 5)は,その負担の軽減を目的に,計測回数を 3 回(2〜4 kp の 3 つの負荷量)に減らした簡易測定法での最大無酸素パワーと,7 つの負荷量から得られたものとを比較検討している。対象は脊髄損傷者 11 例(胸腰髄損傷)で,モナーク社製の自転車エルゴメーターを改良して,ペダルの回転軸と肩関節の高さが一致するように車椅子の高さを調節し測定した。その結果,両者における最大無酸素パワーに有意な差はなかった。このような測定方法をとる際,3 つの負荷量でも正確に最大無酸素パワーが得られるとしている。

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Q1

第4章 脳血管障害者の体力評価 87

体力評価のためのテスト

章2

脊髄損傷者の体力評価

章3

脳血管障害者の体力評価

章4

体力とは

章1

筋 力

筋力評価はどのように行われているか?

•徒手筋力テスト(manual muscle test ; MMT)も行われていたが,研究論文の

多くは,各種筋力測定機器を用いた定量的評価を行っていた。

•上肢筋力評価の大半は,握力か等尺性筋力測定によって行われていた。 •下肢筋力の評価は,等尺性筋力測定と等速性筋力測定が同程度によく行われていたが,近年,ハンドヘルドダイナモメーターによる等尺性筋力測定の頻度が増加

傾向にある。その他,等張性運動による 1RMの負荷量が筋力増強訓練に関する

研究で用いられていた。

•上肢の筋力評価は,握力かハンドヘルドダイナモメーターを用いた等尺性筋力の測定が推奨される。下肢の筋力評価も経済性や臨床利用の利便性を考慮するとハ

ンドヘルドダイナモメーターを用いた等尺性筋力の測定が推奨される。

脳血管障害者の筋力測定を行った 86 件の英文および 102 件の和文で検討した。徒手筋力テスト(manual muscle test ; MMT)は,6 段階の評価を数字で Scale 化した Medical Research Council 0-5Scale 1-3)と MMT を数量化した Motricity Index 3-5)がよく用いられていた。筋力測定機器による評価では,ハンドヘルドダイナモメーター 6-8)またはそれに類似した市販の筋力計,CYBEX Ⓡ,KINCOM Ⓡ,Biodex など等速性筋力評価装置 9-11),握力計 12, 13)やピンチ力計 13)等による評価の他,重錘や訓練用マシーンを用いた等張性運動による 1RM の負荷量が筋力の指標として評価されていた 14-16)。

英文における上肢,下肢の筋力評価方法別の件数を図 1,図 2に示す。英文中で行われた上肢,下肢を合わせた筋力評価方法の件数は,等尺性筋力計による評価 37 件(43%),等速性筋力評価装置による評価 26 件(30.2%),訓練用マシーンを使った 1RM など等張性運動による評価 9 件

(10.5%),MMT 関連 10 件(11.6%),握力計による評価 22 件(25.6%)等であった。和文では,等尺性筋力計による評価 51 件(50%),等速性筋力評価装置による評価 41 件(40.2%),MMT 関連 3 件(2.9%),握力計による評価 19 件(18.6%)などがあり,1RM など等張性運動での評価は

1

第4章 脳血管障害者の体力評価

A 筋 力

Page 9: 2章 体力評価のためのテスト - 金原出版 · 10 第2章 体力評価のためのテスト 抵抗運動などの筋力トレーニングの臨床研究で利用 されることが多い。

88 第4章 脳血管障害者の体力評価

なかった。脳血管障害者の上肢筋力を測定した英文 31 件において,図 1のように,握力およびハンドヘル

ドダイナモメーターを用いた等尺性収縮による筋力評価が大半を占めていた。等速性筋力評価装置を用いた評価も 3 件あったが,このうち 2 件は等尺性収縮による筋力を評価していた 17, 18)。特に握力測定が最も高頻度に行われていた。握力は,古くから麻痺の回復 12)や麻痺手の機能 13)の定量的な評価に用いられており,上肢の訓練介入試験においても最も頻繁に用いられる上肢筋力評価法である(図 1)。ハンドヘルドダイナモメーターによる上肢筋力測定は多種類の関節運動を大がかりな設定の変更なく簡便に実施可能であり 6)比較的安価なことも考慮すれば,高額で煩雑な設定変更を必要とする等速性筋力評価装置よりはるかに有用であろう。1RM は,かなり大まかな筋力評価であり,麻痺の回復のような細かな定量的評価は難しい。以上より,上肢の筋力測定には握力計とハンドヘルドダイナモメーターを用いた等尺性筋力測定が推奨される。

等尺性収縮 等速性収縮 等張性収縮 MMT その他

5

10

15

20

25

30

0

非訓練訓練合計

図 2  59 件の英文において各下肢筋力評価法が扱われている文献数

等尺性収縮

25

20

15

10

5

0等速性収縮 等張性収縮 MMT 握力 その他

非訓練訓練合計

図 1  31 件の英文において各上肢筋力評価法が扱われている文献数

Page 10: 2章 体力評価のためのテスト - 金原出版 · 10 第2章 体力評価のためのテスト 抵抗運動などの筋力トレーニングの臨床研究で利用 されることが多い。

第4章 脳血管障害者の体力評価 89

体力評価のためのテスト

章2

脊髄損傷者の体力評価

章3

脳血管障害者の体力評価

章4

体力とは

章1

下肢筋力を評価した英文 59 件において,筋力評価法別に集計すると図 2のように等速性筋力測定が等尺性筋力測定とほぼ同件数で利用されていた。等尺性筋力測定 26 件のうちハンドヘルドダイナモメーター以外に固定式の筋力測定器の利用など 6 件が含まれており,ハンドヘルドダイナモメーターによる徒手的固定では下肢筋力に対して固定力が弱いという弱点に対して,ベルトで固定するなどの工夫もしばしば行われていた。等張性運動による評価も行われていたが,すべて訓練介入試験であり,筋力訓練と密接に関連した評価方法であることを裏づけている。英文 59 件について,発表された年代別に利用頻度の変化をみたところ,2005 年までの合計は,等尺性 9 件,等速性 13 件,全体 29 件,2006〜10 年は,等尺性 17 件,等速性 10 件,全体 37 件となり,元来,等速性筋力評価装置が多く利用されていたものが,近年,利用頻度が逆転し,ハンドヘルドダイナモメーターを主体に等尺性筋力測定が最も頻繁に利用される下肢筋力評価法となっている。

本邦における下肢筋力評価方法の経年的変化をみると,その傾向はさらに極端になり,2003 年前後を境に等速性筋力測定と等尺性筋力測定の頻度は逆転し,最近では,ほとんどの脳血管障害者の下肢筋力評価が等尺性筋力測定で行われるようになっている(図 3)。筋力評価において等尺性収縮による筋力は,筋収縮によって生じた筋張力を最も直接的に反映する筋収縮様式と考えられ,少なくとも等速性収縮の筋力評価に劣るものではない。等速性筋力評価装置があまりに高額なため,多機能性の長所を折り込んでも,その利用の範囲は限定的である。臨床利用の利便性,経済性を考慮すると,脳血管障害者の下肢筋力の評価についてもハンドヘルドダイナモメーターによる等尺性筋力測定が推奨される。

~1889

1990~91

1992~93

1994~95

1996~97

1998~99

2000~01

2002~03

2004~05

2006~07

2008~09

2010~11

2

4

6

8

10

12

14

16(件数)

0

等尺性等速性合計

(年)

図 3  102 件の和文で扱われる下肢筋力評価方法の経年的推移