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平成24年度 北海道平取養護学校 20 中学部の実践 () 中学部研究テーマ 「集団の中での個に応じた指導 ~応用行動分析に基づいた生徒理解と教師間の共通理解を通して~」 () テーマ設定の理由 今年度の本校の研究主題は「児童生徒理解に基づいた授業づくり~教師間の共通理解を通して~」 である。これを受けて中学部では、応用行動分析の考えに基づいて、生徒の課題を明確化し、指導 方法を検討することを研究の主眼とした。 今年度、中学部では生徒数の増加により、個々の実態や課題が多様化し、集団学習において、個 に応じた指導をより充実させる必要があった。そのため、生徒の日常の行動観察を大切にし、多く の教師の目を通して、細やかに課題を把握して指導することで、生徒の成長を促すことができると 考えた。 応用行動分析の視点を基に、行動目標を明確化し、生徒の成長の記録を積み重ねて、指導方法に ついて検討を行う。また、生徒全員にS-M社会生活能力検査を実施し、生徒の発達段階の概略を 複数の教師で確認する。 対象授業は、多くの生徒が意欲的に取り組めている体力つくりに設定する。学部全体の学習で あり、生徒を多くの教師の目で見ることができる。また、同じ学習を繰り返すことで、生徒の成長 を追うことや、運動面、集団参加について多様な課題を設定できると考えた。 以上を踏まえ、応用行動分析に基づいた生徒理解と教師間の共通理解を通して、集団学習の中で の個に応じた指導を追究することで、生徒が生き生きと集団生活を送るための社会性や、将来の健 康的な生活を育むための運動能力を向上させることができると考え、本テーマを設定した。 () 研究目的 応用行動分析のABCフレーム、課題分析を用いて、生徒の課題を把握し、目標達成に向けた 体力つくりの授業づくりをする。 集団参加や運動能力の向上を促す指導方法について検討する。 () キーワード 集団学習、個別の課題、応用行動分析、課題別グループ編成、教師間の共通理解 () 研究方法および日程 研究方法 中学部生徒の、体力つくりにかかわる課題を整理し、個々に応じた指導の手立てを検討すると 共に、生徒の実態に応じた授業改善を行い、集団参加や運動能力の向上を促す指導方法について 追究し、成果と課題をまとめる。 () 応用行動分析とS-M社会生活能力検査を活用し、生徒の実態を把握する。 () 課題分析と指導する側の手続き、プロンプト、好子について(以下、課題分析表)を用いて、 生徒の課題を詳細に分析して指導の方法を検討する。

2 中学部の実践 · 2013. 7. 26. · 2 中学部の実践 ... ~応用行動分析に基づいた生徒理解と教師間の共通理解を通して~」 (2) テーマ設定の理由

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平成24年度 北海道平取養護学校

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2 中学部の実践

(1) 中学部研究テーマ

「集団の中での個に応じた指導

~応用行動分析に基づいた生徒理解と教師間の共通理解を通して~」

(2) テーマ設定の理由

今年度の本校の研究主題は「児童生徒理解に基づいた授業づくり~教師間の共通理解を通して~」

である。これを受けて中学部では、応用行動分析の考えに基づいて、生徒の課題を明確化し、指導

方法を検討することを研究の主眼とした。

今年度、中学部では生徒数の増加により、個々の実態や課題が多様化し、集団学習において、個

に応じた指導をより充実させる必要があった。そのため、生徒の日常の行動観察を大切にし、多く

の教師の目を通して、細やかに課題を把握して指導することで、生徒の成長を促すことができると

考えた。

応用行動分析の視点を基に、行動目標を明確化し、生徒の成長の記録を積み重ねて、指導方法に

ついて検討を行う。また、生徒全員にS-M社会生活能力検査を実施し、生徒の発達段階の概略を

複数の教師で確認する。

対象授業は、多くの生徒が意欲的に取り組めている体力つくりに設定する。学部全体の学習で

あり、生徒を多くの教師の目で見ることができる。また、同じ学習を繰り返すことで、生徒の成長

を追うことや、運動面、集団参加について多様な課題を設定できると考えた。

以上を踏まえ、応用行動分析に基づいた生徒理解と教師間の共通理解を通して、集団学習の中で

の個に応じた指導を追究することで、生徒が生き生きと集団生活を送るための社会性や、将来の健

康的な生活を育むための運動能力を向上させることができると考え、本テーマを設定した。

(3) 研究目的

ア 応用行動分析のABCフレーム、課題分析を用いて、生徒の課題を把握し、目標達成に向けた

体力つくりの授業づくりをする。

イ 集団参加や運動能力の向上を促す指導方法について検討する。

(4) キーワード

集団学習、個別の課題、応用行動分析、課題別グループ編成、教師間の共通理解

(5) 研究方法および日程

ア 研究方法

中学部生徒の、体力つくりにかかわる課題を整理し、個々に応じた指導の手立てを検討すると

共に、生徒の実態に応じた授業改善を行い、集団参加や運動能力の向上を促す指導方法について

追究し、成果と課題をまとめる。

(ア) 応用行動分析とS-M社会生活能力検査を活用し、生徒の実態を把握する。

(イ) 課題分析と指導する側の手続き、プロンプト、好子について(以下、課題分析表)を用いて、

生徒の課題を詳細に分析して指導の方法を検討する。

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イ 研究の経過

校内実践研究の主題を基に、研究スタートシートを用いて中学部教師から、今年度の中学部の

課題について意見を集約した。その結果、中学部の研究主題を、集団学習で生徒の個別の課題に

基づいた授業づくりと設定した。また、対象授業を体力つくりにした。

学部の教師を3グループに分け、体力つくりにおける授業と生徒の課題をKJ法で整理した。

その結果、生徒の課題を「体のバランスに関するグループ」「走ることに関するグループ」「授

業への取り組みに関するグループ」の三つに整理した。

『子育てに活かすABAハンドブック-応用行動分析学の基礎からサポート・ネットワークづ

くりまで』の記録フォーム集の一部を活用し、全生徒の課題を把握した。その上で、全生徒を各

グループに振り分け、事例対象として各グループから2名を抽出した。また、全生徒にS-M社

会生活能力検査を実施し、実態把握の参考とした。

授業でねらう課題から、事例対象生徒の学習目標を設定した。学部の教師を各グループに振り

分け、グループごとに課題分析表を用いて、課題の分析や好子などを検討した。

また、授業プランシート、授業アイデアシートを基に、授業の改善点を整理し、改善した。

校内授業研究会後、中学部で成果と課題を出し、事後検討会で出された授業全体の改善点、事

例対象生徒にかかわる手立ての改善点を整理、検討し、授業改善に生かした。

ウ 研究の推進日程

5月:チーム研究テーマ設定、研究計画書作成

6月:KJ法による生徒の課題の明確化、課題別グループ編成

応用行動分析のABCフレームによる課題分析についての理解

7月:授業プランシート、授業アイデアシートの検討、グループ別検討

8月:中間報告会

9月:校内研究授業用学習指導案検討、グループ別検討、校内研究授業の実施

10月:校内研究授業事後検討会の実施、事後検討で出された課題について検討

11月:グループ別検討、公開授業研究会用学習指導案検討、公開授業研究会の実施

12月:研究の成果、課題の整理

1月:研究のまとめ、研究成果の報告

(6) 授業実践

ア 生徒の実態

中学部の体力つくりは、男子17名、女子4名の計21名で構成されており、内4名は、自立

活動を中心に、個々の実態に応じたストレッチや歩行訓練などを行っている。運動能力が未発達

な生徒や運動経験が少ない生徒が多く、通年で週3時間、ストレッチやステップ、ランニングな

どを行っている。

このため、生徒全員を「体のバランスに関するグループ」「走ることに関するグループ」「授業

への取り組みに関するグループ」に整理して、各々の課題を達成するための手立てを検討し、授

業改善を行う。

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イ 学習のねらい

中学生は成長期にあり、基礎体力をつけてほしいという思いから、一定時間走り続ける持久力、

下半身の筋力や柔軟性、バランスなどを高められる内容を設定する。

また、決められた場所に整列することや、規定のコースを走るなどの決まりを守ることで、社

会性を養うこともできる。運動の楽しさや、できる喜びを感じながら運動に取り組むことで、自

ら体を動かす意欲を持って活動に取り組んでほしいと考え、本単元では、「体力を高める」「決ま

りを守る」「自ら体を動かし、学習に取り組む」ことをねらいとする。

ウ 授業全体の検討(授業プランシートから、MTが特にアドバイスをほしい点について)

(ア) ねらいについて

a本時の全体目標の中で、「ランニングの目標」があってもよい。

→目標に、ランニングの目標を追加する。

(イ) 教師の配置について

aMT以外の教師は全員走る必要があるのか。走らなくてもよいのであれば、観察者として

の役割や、安全配慮への対応などの役割に振り分けてもよいのでは。

→生徒指導のために「誰に」「何人」必要なのかを意見集約した後、調整する。

(ウ) 整列の仕方について

a顔写真を、前後の生徒と距離をあけて置く。横方向への展開は、今後検討する。

b顔写真が全員に対して適切なのか。生徒達の空間認知を考えると、ビニールテープやフー

プなどの代替手段を検討してはどうだろうか。

c各学級の前にカラーコーンを置いて、整列場所の目印とし、「各学級、目印の場所に戻る

ことができるか」を確認する。

→整列場所の目印は、写真カード以外も検討する。床に置かれた目印を気にする生徒には、

活動中は撤去、または裏返しにするなど、個別に対応する。

dステージから降りて、生徒と同じ高さにMTが立つと、整列のための横幅は広くなるが、

視力が弱い生徒や、後ろの生徒には見えにくい。

eジグザグに交互に並べば、体操のときなどに、衝突は起こらないと考える。

fスクワットのときは、全員が移動しても元の場所に戻っているので、体操やストレッチの

ときのみ、生徒間の距離をとるようにしてもよいのでは。

→整列のための時間を長くすると、整列に課題がある生徒も、元の場所に戻ってくること

ができていた。現状を基本に、体操など体を動かすときに、生徒の立ち位置を展開し、

授業の流れをスムーズにするよう検討する。

(エ) コースアウトする生徒について

aL字型に、角に沿うようにカラーコーンとポールを設置すると、カラーコーンの内側を走

る生徒が少なくなり、内側に入っても、自らコースを修正していた。

→L字型に設置する。

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エ 各グループでの検討と生徒の変容

各事例対象生徒について、実態把握、課題分析をし、指導方法について検討した上で、変容を

追った。ここでは、その概要について示す。

ア Aについて(体のバランスに関するグループ)

Aは、いろいろな学習場面において、教師の話を聞き、おおむね理解して学習に取り組むことがで

きる。体力つくりでも同様で、わずかな支援で取り組むことができる。しかし、教師が生徒全員に指

示する場面では、指示通りに動けないことがある。また、体育館内を走るときには、コースを示すカ

ラーコーンの内側にコースアウトし、走る距離を短縮することがあった。

運動面では、バランスをとることが苦手で、けんけん、スキップ、ステップなどが不得意だった。

以上の実態から、本生徒の課題を、①スキップをする、②コーンの外側を走る、③MTの指示を聞

いて移動する、④サイドステップをする、の四つを挙げて順位付けをした。順位付けの理由は、授業

の内容から課題を達成しやすいため、バランスに関しては、現在、療育機関で訓練を受けており、連

携を図りながら進めていけるため、などを考慮して決めた。

イ グループで検討したこと

第1回グループ検討では、課題分析表を基に、目標をスキップに絞り検討した。生徒の実態から、

バランスをとることが苦手で、スキップのときは走ってしまっている。そのため、スキップに必要な

動きを、①けんけんができる(両足とも)、②片足を大きく上げて歩く、③リズムにのってスキップ

をする、に分析し、片足を大きく上げて歩くことを目標にした。このことから、授業内容に、立った

ままその場から動かないで、足を大きく上げてスキップをする内容を加えた。

第2回グループ検討では、片足を大きく上げて歩くことは達成されたため、課題を①片足で立つこ

とができる(両足とも)、②けんけんができる(両足とも)、③片足を大きく上げて歩く、④合図に合

わせて、足を大きく上げて動かす、⑤リズムにのってスキップをする、の5段階に分析した。このこ

とを受けて、次は、合図に合わせて、足を大きく上げて動かすことを学習目標にした。

支援の方法は、教師が隣で手本を見せながら、足を上げるように「大きく。」と言葉掛けをし、そ

れでできない場合は、肩を組んで一緒に行うようにした。

また、記録を取る際の評価基準が不明確であったため、足を上げることができた回数や、スキップ

ができた距離などで、評価基準を明確にした。

ウ Aの変容

8月23日から9月28日まで、記録を取り、変化を追った。教師の手本と言葉掛けにより、ほと

んど失敗することなく目標を達成することができた。また、3回程度達成した後は、評価基準を、足

を上げる回数を増やしたり、移動する距離を伸ばしたりすることでステップアップをねらった。9月

に入ってからは、ほぼ一人でできるようになり、同時にリズムにのれるようになった。9月27日の

校内研究授業当日には、教師の手本は見せずに、「大きく。」という言葉掛けのみでできるようになっ

た。しかし、他学部の教師が来ていたこともあり、落ち着きがなく、バランスが崩れていたが、その

後も安定してスキップができるようになった。

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【表1 Aの変容】

◎できた=5pt ○プロンプトありでできた=3pt ×できない(ただ走るだけ)=1pt

【表2 校内研究授業当日の評価】

生徒の個別目標 9月27日(木)

○合図に合わせて、大きく足を上げ

て動かす。

・①が達成できなかったので、評価はBとする。

①その場で行うステップで、笛に合

わせて10回中9回大きく足を上

げる。

・最初の1回目は毎回、うまくいかないことが多いが、本

時は2回目以降も両足でジャンプすることがあった。

・直前に、眼鏡を教師に預けるかどうするかのやり取りが

あったため、活動に集中できなかった可能性もある。

②スキップの時間に、大きく足を上

げながらリズムにのって走る。

・回数を重ねるごとに、足の上げ方は小さくなっているが

リズムにのって行うことができていた。

エ 課題の達成と目標の変更

約1か月の期間を経て、スキップができるようになったため、目標をサイドステップに変更した。

サイドステップもスキップと同様に、生徒の実態から、必要な動きを①進行方向に対して横向きに立

つことができる、②進行方向に対して横向きに移動する、③リズムにのって、横に移動する、④足の

動きと一緒に手を頭上で合わせる、⑤リズムにのって両手両足を同時に動かす、に分析した。④、⑤

の手の動きについては、サイドステップと同時に頭上で手を合わせることを行っているので、サイド

ステップができてからの課題として後半に持って来ている。

本生徒は、進行方向に意識が行くために、つま先や体全体が進行方向に向いてしまっていた。その

ため、②進行方向に対して横向きに移動する、を目標にして、ゆっくりとつま先を正面に向けたまま

移動するように取り組んだ。

オ まとめ

本生徒の実態から、スキップをするために必要な行動を詳細に分析し、一つ一つ課題を達成してい

くことで、スキップができるようになった。目標が達成された後は、サイドステップに取り組んだ。

同じように課題分析をし、必要な行動を一つずつ習得させることで、サイドステップもできるように

なってきている。

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ア Bについて(体のバランスに関するグループ)

Bは、学校生活全般において、文字での視覚支援も用いながら話をすることで教師の指示をおおむ

ね理解して取り組むことができている。体力つくりでは、授業の流れが一定であるため、流れを理解

すると、ほぼ一人で取り組むことができる。しかし、慣れてくると全体指示を聞かず自分のペースで

行動したり、手遊びをしたりすることがある。

運動面では、模倣をすることが苦手で、また、体が硬く、自分から体を動かそうとすることが少な

い。関節の可動域が狭く、特に股関節は開いた状態である。

以上の実態から、Bの課題を、①両膝を深く曲げる、②体育座りの姿勢を保持する、③両腕を上に

伸ばす、④近くにいる教師の動きを模倣する、⑤5分間しゃがむ姿勢を保持する、の五つを挙げて順

位付けをした。順位付けの理由は、授業で体操やスクワットが毎回行われること、体力つくりの授業

以外の生活場面にも般化しやすいため、生徒にとって負担が少ないことなどを考慮して決めた。

イ グループで検討したこと

第1回グループ検討では、課題分析表を基に、目標を屈伸に絞り検討した。場面は、準備体操であ

る体操①に絞って行うことにした。まずは、屈伸にかかわる体の動きと生徒の運動面の実態について

話し合った。股関節が開いた状態であり、そのため、つま先が外に向いたまま立っており、膝を曲げ

にくいということを確認した。そのため、まずはつま先を体の正面に向けて、膝を曲げやすい状態で

立つように取り組むこととした。つま先を体の正面に向けて立つように、足型シートを準備し、生徒

の前に置くことにした。

第2回グループ検討では、Bが足型シートを見て、つま先を体の正面に向けて立ち、膝を深く曲げ

て屈伸することは達成できたと確認した。しかし、近くにいる教師の言葉掛けがないと、つま先の向

きを体の正面に向けることや、膝を深く曲げることをまだ一人では行うことができないため、継続し

て行うこととした。

次の課題としては、授業の中から達成可能であり、生活につながる動きとして、両腕を上に伸ばす

こととし、①両腕をまっすぐ前に伸ばす、②教師が示した高さまでまっすぐに腕を伸ばす、③両腕を

まっすぐ上に伸ばす、の3段階に分析した。

環境の工夫として、教師が生徒の近くで、腕を伸ばす高さの目安となる棒を示すこととした。

ウ Bの変容

8月20日から9月25日まで記録を取り、変化を追った。最初の5回(約2週間)は、足型シー

トと教師の言葉掛けがあれば、つま先を体の正面に向けて立つことができるが、膝を曲げることはで

きなかった。9月10日からは、教師の言葉掛けがなくても、自分でシートを見て、つま先の向きを

意識して立つようになった。また、屈伸をする際は、膝を曲げたときに、上体を前傾させてバランス

をとりやすくするため、膝に手を当てる位置を自分で見て確認できるよう、目印となるシールを貼っ

た。

9月27日の校内研究授業当日には、見学者が多く落ち着かない様子が見られたが、足型シートと

教師の言葉掛けで、つま先を体の正面に向けて立ち、膝に貼ったシールに手を当てて、膝を深く曲げ

ることができた。

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【表1 Bの変容】

◎(5Pt)=できた ○(3Pt)=プロンプトありで立ち、曲げることができた ×(1Pt)=できない

【表2 校内研究授業当日の評価】

生徒の個別目標 9月27日(木)

○足をまっすぐにして立ち、膝を深

く曲げる。

・①②とも達成できたので、評価はAとする。

①足をまっすぐにして立ち、3回中

3回屈伸をする。

・まだ少し、足がハの字になってはいたが、以前よりもか

なり改善されていた。

②10回中連続5回、両膝を深く曲

げてスクワットをする。

・これまでは、8回目あたりからバランスが崩れることが

あったが、10回中10回曲げることができていた。

エ 課題の達成と目標の変更

約3週間の期間で、両膝を深く曲げて屈伸することができるようになったため、目標を両腕をまっ

すぐ上に伸ばすことに変更した。腕を上に伸ばすことについても、膝を曲げることと同様に、必要な

動きを①両腕をまっすぐ前に伸ばす、②教師が示した高さまでまっすぐに腕を伸ばす、③両腕をまっ

すぐ上に伸ばす、の三つに分析した。

Bの実態から、どこまで腕を伸ばすかを視覚的に明確にする必要があり、最初は目の前にいる教師

の手の位置まで、腕を前に伸ばし、次に、腕を上げる高さの目印となる棒を示すようにした。

腕をまっすぐ上に伸ばすことを目標とし、そのために示された目印を注視することも合わせて目標

とした。

オ まとめ

Bの体の動きと、考えられるその要因(可動域の狭さや骨盤の向きなど)についてグループで話し

合い、両膝を深く曲げるという行動を分析し、まずつま先を体の正面に向けて立つという課題に取り

組んだ。一つ一つの課題を達成していくことで、両膝を深く曲げて屈伸することができるようになっ

た。体操①の場面で目標が達成された後は、スクワットの場面でも取り組み、連続で10回、膝を深

く曲げて行うことができるようになった。

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ア Cについて(走ることに関するグループ)

Cは、ダンスの模倣や運動会の徒競走など体を動かすことを好む。体力つくりの授業では、個別に

指示をすることが必要な場面もあるが、周りの生徒と一緒に集団学習に取り組むことができている。

しかし、ランニングのときは、コースを示したカラーコーンを無視し、好きなように走り回ることや、

勢いよくダッシュをし、疲れたら歩くことが何度もあった。

以上の実態から、①コースアウトせずコーンの外側を走る、②決められた時間走り続けることを、

課題とした。

イ グループで検討したこと

第1回グループ検討では、「コースアウトせずコーンの外側を走る」ことを優先的に取り組むこと

を確認した。まず「コースの認知ができているか」という質問が挙げられたが、Cの日頃の様子から、

コースアウトをしてしまう行動は、「認知的なものではなく、情緒的なものではないか」と仮説を立

てた。「どのような場面でコースアウトしてしまうのか」を探るため、一人で走っている様子の記録

を取り、実態把握をしてから指導方法を考えていくことを確認した。しかし、①を課題とする生徒が

他にも多数いたことから、カラーコーンを増やしコースの明確化を図ったため、Cについてもすぐに

課題を達成することができた。一方で、教師が伴走せず様子を記録していた間、歩き続ける行動が見

られていたため、目標を「決められた時間走り続ける」に変更した。Cは、認知面において視覚優位

であるため、普段から文字やイラストで示した学習の手順書や、約束カードなどを使用している。そ

のことから、走ることに関しても約束カードを使用し、ランニングの7分間、走り続けることができ

るよう取り組んだ。

第2回グループ検討では、「約束カードは有効であるか」という質問が挙がったが、歩いたときに

約束カードをCに提示すると、再び走り続けたことから、約束カードが有効であることを確認した。

また、ランニングのペース配分を自分で考え調整することは難しいため、教師が約束カードを持ちな

がら伴走し、走り続けることができたときには、Cの好きなシールをカレンダーに貼るという指導方

法を明確にした。

ウ Cの変容

8月23日から9月28日まで記録を取り、変化を追った。教師の伴走と約束カードを提示するこ

とで、ほとんど失敗することなく目標を達成することができた。しかし、情緒不安定になっていたと

きなど、体調によっては約束カードを提示してもすぐに走り始めず、何度も言葉掛けが必要な場合が

あった。また、自分の好きなように走り、コースの途中で滑り込むという行動が見られたときもあっ

たが、その行動をしないよう指導を続けることで、滑り込む行動は見られなくなった。

7分間ペースを一定に保つことは難しいが、ダッシュをした後歩こうとしたときに、約束カードを

提示し続けたことで、ゆっくり走り続けることができるようになり、繰り返していく中で一定のペー

スを保つことができるようになった。

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【表1 Cの変容】

◎できた(約束カードの提示は2,3回)=5pt ○ほぼできた(約束カードの提示4回以上)=3pt

×できない(歩いた)=1pt

【表2 校内授業研究会当日の評価】

生徒の個別目標 9月27日(木)

○決められた時間走り続ける。 ・歩こうとしたときに約束カードを提示し、すぐに走り続

けることができたので、評価はAとする。

①約束カードの提示で、7分間止ま

らず走り続ける。

・約束カードの提示は2回のみで、2回とも提示後すぐに

走り始めることができた。

・前半ペースが速かったので、後半は少し疲れ気味であっ

たが、最後まで走り続けるこができた。

エ 課題の達成と目標の変更

約束カードの提示や言葉掛けが必要な場面は多々あるが、7分間走り続けられるようになった。そ

のため、次の目標を、徐々に指導を減らしながら、「決められた時間、止まらずに一人で走る」こと

とした。まず、教師の伴走をやめ、定点からCのランニングの様子を記録することとした。約束カー

ドは、確認のために走る前後と、歩きそうなときに引き続き提示した。また、本人への評価も引き続

きカレンダーにシールを貼る方法で取り組んだが、◎(1、2回歩こうとしてもすぐに走り続けるこ

とができた場合)と△(歩く回数が多かった場合、約束カードの提示や言葉掛けをしてもすぐに走り始

めなかった場合)のシールに分け、本人にも評価の内容がわかるようにした。

現在は、約束カードの提示や言葉掛けの回数を少なくすること、教師が生徒たちに紛れて一緒に走

ることで、Cへの直接的な指導場面を少しずつ減らせるよう取り組んでいる。

オ まとめ

コースを無視し自分の好きなように走ることや、疲れたときに、すぐにあきらめて歩くなどの行動

がほとんど見られなくなった。取り組み続けて身に付いた体力的な面、最後まで走り続けるという精

神的な面から、生徒の成長が見られた。また、学部全体で走る環境が作られていたことも、目標を達

成するにあたって大きく影響していたのではないかと考える。

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ア Dについて(走ることに関するグループ)

Dは、明るい性格で、体を動かすことが好きである。言葉での指示理解は、経験したことがある活

動に関しては、おおむね理解できる。しかし、未経験の活動、自信や見通しの持てない活動について

は、言葉だけではなく、視覚的な支援が必要である。基本的には、教師が側にいることで安心して取

り組むが、自分の要求が通らない、関わりを求めているときには、その場から動かないなどの行動も

見られる。

体力つくりでは、全ての活動に意欲的に取り組んでいるが、所々手を抜いたり、自分で休む時間を

決めたりすることがある。昨年度より活動内容が増えたため、全ての活動に取り組むのが難しいとい

う、課題が見られた。また、教師の注意をひくために、体操の動きをMTと反対にしたり、気分次第

で指定された場所に整列しなかったりすることがあった。

以上の実態から、本生徒の課題を、①走る時間を増やす、②MTの動きを模倣する、③指定された

場所に整列する、④膝を曲げずにストレッチをする、の四つを挙げて順位付けをした。順位付けの理

由は、昨年までできていた走る活動のときに、一度も走らなくなったことから、早急に改善が必要で

あると考えたためである。

イ グループで検討したこと

第1回グループ検討では、走ることの必要性をDが理解するのは難しいということや、これまでの

取り組みを周知したうえで、本生徒の意欲をどのようにしたら高められるかについて検討した。走る

活動時には、Dが好きな担任と一緒に活動することにした。また、見通しが持てる活動に関しては、

タイマーの時間を意識することができるので、7分間の最後の10秒間走ることを設定した。

第2回グループ検討では、好子の設定について話し合った。体力つくりのスケジュールを個別に準

備し、達成された項目にマグネットを貼る。そして、全ての項目にマグネットが貼れたら、「AKB

48のDVD引換券」を渡す、という好子を設定した。また、走るきっかけとして、Dが関わること

の好きな友達と一緒にスタートすることも設定した。

ウ Dの変容

8月23日から9月28日まで、記録を取り、変化を追った。10秒タイマーの取り組みを始めた

最初の段階では、達成されていたが、飽きたためか、取り組みがおろそかになった。第2回グループ

検討後の取り組みが、Dの意欲につながり、目標が達成された。9月10日からは、走る時間を20

秒に設定して取り組み、すぐに達成された。11月からは、始めと終わりの20秒間を走る、と設定

して取り組み、達成された。その後は、担任が伴走するものの、自分でタイマーを設定し、一人で走

ることができるようになった。

授業全体を通して、全ての活動に積極的に、楽しみながら参加するようになった。また、授業に遅

れることなく体育館に来たり、学級の友達が使用する道具を、自ら運んだりと、走る活動以外の場面

でも変化が見られた。

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【表1 Dの変容】

◎達成=5pt ○途中まで(又は2回中1回)=3pt ×未達成=1pt

【表2 校内研究授業当日の評価】

生徒の個別目標 9月27日(木)

○20(25)秒間、友達と一緒

に走る。

・全体的に意欲的に取り組んでいた。目標の時間も走りき

ることができたので、評価はAとする。

①決められた時間、友達と一緒に

走りきる。

・スタートの合図と同時に、友達と走り出し、教師が持つ

タイマーが鳴るまで走りきることができた。

②教師と手元のボードで内容を

確認し、マグネットを貼る。

・活動が終わるごとに、教師から達成マグネットを受け取

り、手元のボードに貼ることができた。

エ 課題の達成と目標の変更

今年度は全く走らない状態から始まり、走る活動が11月には定着された。褒められる場面が増え、

Dが達成感を味わい、楽しんで活動することで、走る活動が定着されたと考える。

今後は、走る時間を伸ばすことよりも、現状の時間で、走る回数を増やすことを目標とした。以前

よりも、全体提示のタイマーを意識して見ており、「あっ、もう少しだよ。」と教師に伝え、自分でタ

イマーを設定するなど意欲的な姿も見られている。タイマー操作も自分で行い、走る回数を増やして

いくことを目標にした。

オ まとめ

Dの実態から、適切な好子を設定すること、意欲を高めるような褒め方をすることで、走る活動が

定着された。また、Dの実態把握と適切な関係づくりを基に、変わりやすい興味の対象を把握して、

指導方法を適宜改善していくことが必要と考える。

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ア Eについて(授業への取り組みに関するグループ)

Eは、走ることや、膝を曲げる動きに苦手意識を持っている。指示理解については、簡単な言葉の

指示を理解できる。しかし、集団の中では、気持ちが落ち着かなくなり、簡単な言葉の指示でも理解

しにくくなるため、視覚的に分かりやすく伝える必要がある。体力つくりの授業は、「やりたくない。」

などの発言が多く、自分の整列場所から離れる、友達に八つ当たりをしてしまう場面も見られる。特

に体操のときに、ステージの上にある遊具やトランポリンに乗る、友達に近づいて体に触れる、メガ

ネを取るなど、自分の場所で整列し続けることが難しい。また、ランニング中、疲れたらステージに

座る、マットに寝転ぶなどの行動も見られる。

以上の実態から、自分の写真がある場所に整列できる時間を、少しずつ増やしていくことを課題と

した。

イ グループで検討したこと

第1回グループ検討では、ターゲットの行動ができないときの援助の仕方(プロンプト)について、

①指さしで顔写真がある場所を伝える、②授業の後に楽しみにしている事を思い出させる様な言葉掛

けをする、という2点を考えた。②について、「Eの意欲が高まる言葉掛けとはどのようなものか」

と質問があり、絵本の部屋や、高等部校舎に遊びに行くなど、Eが楽しみにしていることであると共

通理解した。できたときの好子は、「自分の場所にいて、えらいよ。」「本を借りに行こうね。」などと

言葉掛けのみとしていたが、授業中に視覚的に分かりやすい好子を得ることで、本生徒の達成感がよ

り得られるのではないかと意見があった。

第2回グループ検討では、1回目の検討を受けて、新たに取り組み始めた内容について検討した。

授業の前に目標が書かれた表(以下、Eがんばり表)を、教師と一緒に確認して、できたときは○、

できなかったときは△で評価を行う。目標の内容は、Eが意味を理解しやすい内容、できたか、でき

なかったかが、分かりやすい内容とした。授業の後に、教師と一緒に評価を記入することで、自分の

行動を振り返ることができるのではないか。また、○がついたから褒められたという、視覚的に分か

りやすい好子を与えることができるのではないかと仮説を立てた。

ウ Eの変容

8月20日から9月28日まで記録を取り、変化を追った。夏休み明けの8月は、「やりたくない。」

などの発言が多く、ステージに上がる、友達のメガネを取るなどの行動が見られた。9月10日から、

「Eがんばり表」の目標をランニングで10周走るとして、できたらEが○をつけ、教師が賞賛した。

9月25日から、○をつけるために、今まで苦手と言っていた走ることや、途中でコーンを倒す、

友達に八つ当たりをすることが、ほとんど無くなってきた。また、体操②、終わりの挨拶のときに、

自分の顔写真がある場所に整列し続けることも、できるようになってきた。

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【表1 Eの変容】

◎できた=5pt ○プロンプトありで整列できた=3pt ×できない=1pt

【表2 校内研究授業当日の評価】

児童生徒の個別目標 9月27日(木)

○体操②、終わりの挨拶のとき

に、自分の顔写真のある場所で

活動する。

・体操②、終わりの挨拶のときに、自分の顔写真のある場

所で落ち着いて活動できたので、評価はAとする。

①体操②が始まる前に、自分の顔

写真のある場所に座る。

・体操②が始まる前に、言葉掛けがなくても、自ら自分の

顔写真のある場所に座ることができた。

②体操②、終わりの挨拶の間、自

分の顔写真のある場所で活動

する。

・体操②、終わりの挨拶の間、自分の顔写真のある場所で

体操をしたり、挨拶をすることができた。

エ 課題の達成と目標の変更

課題達成後は、目標に始まりの挨拶や体操①の際も、自分の顔写真カードの場所に整列することを

追加した。その後、教師の言葉掛けの指示だけで決められた場所に整列できるようになった。

オ まとめ

グループ検討を通して、プロンプトや好子の設定について明確にすることができた。「Eがんばり

表」を用いて意欲が高まったことで、1学期や2学期前半に見られた、「やりたくない。」などの発言

や、自分の整列場所から離れることなどがほとんど無くなった。また、集団に慣れたこと、授業に見

通しを持てたことも目標達成につながった。賞賛する機会が増えたことでEが達成感を味わい、自信

につながったと考える。

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ア Fについて(授業への取り組みに関するグループ)

Fは、感音性難聴があり、左耳に補聴器を装用している。また、視力が0.5ほどであり、見え方

や聞こえ方に難しさがある。複数のサインやジェスチャーを理解しており、言語の補助手段として利

用している。言語理解が不十分であり、離れた場所の人を見ることが少ないため、起立を促されても

周囲を見渡したまま座り続け、個別の対応が必要であった。また、授業前に友達と遊んだ気持ちを切

り替えられず、整列中に寝転ぶ、友達と関わろうとする、教師の注意を引こうとする、ということが

あった。

以上の実態より、Fの目標を授業への適切な参加と設定し、①起立の全体指示を理解し、立つ、②

他者と遊びの対応をせず、授業に参加することを課題とした。日常の学習でサインを学んでおり、F

の関心が高く、受け入れやすいと考えたため、①を第一目標とした。

イ グループで検討したこと

第1回グループ検討では、「視力や聴力の関係から、MTに注目する、または聴こうとする習慣が

身に付いていないのではないか」と仮説を立て、全体指示を理解する前段階として、「MTの話や身

振りを視聴することを、教師と確認する」ことの習慣付けが重要であると確認した。「見え方に難し

さがあるため、MTそのものに注目しなければならない」「MTが言葉の指示をするときに、決まっ

た動作(立つ、座るなど)を組み合わせた指示が出せると良い」など、見え方や聞こえへの支援の方

法について意見が多くあった。

このため、環境の工夫として、整列場所を、MTの手話単語が見えやすい位置に移動させた。指導

方法としては、①STがFの前に座り、MTが起立の全体指示をするときに、STもサインで起立を

促す、②STは徐々にFと距離をあけながらMTに近付き、離れた場所のSTを注目するよう習慣付

けを行う、③授業開始前に、MTと二人で、サインを用いた起立の指示で立つことを確認する、④M

Tの起立の指示で立つ、という指導段階を設定し、MTと連携しながら取り組むことを確認した。

ウ Fの変容

7月から取り組みを始め、7月末には、指導段階④を達成することができた。8月20日から9月

28日までは、Fの様子や、MTの指示前後の行動を記録し、変容を追った。始めは、周囲の様子が

気になり、注目していなかったり、STの注意を引こうとして一人で立つことができなかったりした。

その後、STから、MTに注目するよう事前に伝えられていたことで、MTの指示を見て立つことが

でき、以降は一人で立つことができるようになった。評価が×(できなかった)だった日付を確認す

ると、指導に期間が空いたときに×となっていた。逆に、指導に期間を置かず、継続して指導を行え

たときには、評価が○(プロンプトありでできた)、または◎(プロンプトなしでできた)であった

ことが確認できた。

校内研究授業当日は、初めてSTからのプロンプト(指さしや言葉掛け)なしで立つことができた。

これは、指導が継続されていたことと他学部の教師が多数見学に来ていたため、適度な緊張感を持っ

て授業に意識を向けられたためだと考えられる。

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【表1 Fの変容】

◎できた=5pt ○プロンプトありで整列できた=3pt ×できない=1pt

【表2 校内授業研究会当日の評価】

生徒の個別目標 9月27日(木)

○授業開始の挨拶で、MTの「立ってくださ

い」のサインを見て立つ。

・①が達成されたため、評価はAとする。

①MTの表現を見て立つ。 ・整列時に一人で座り、MTのサインを見て立

つことができた。

エ 課題の達成と目標の変更

MTに注目する習慣が身に付き、個別の促しが無くなったため、自分の活動に自信を持って授業に

参加するようになった。また、授業開始前に整列場所で個別の取り組みを行うことで、授業開始時に

座って整列するという習慣も身に付いた。

「授業への適切な参加」と設定したFの目標が達成されたため、次の目標として、Fが意欲的に取

り組んでいる①けんけんで15mを移動する、②スキップで15mを移動する、③10秒間片足立ち

をすることを目標として設定した。自信や意欲を高めるため、目標達成が容易なものから取り組んだ。

スキップや片足立ちには、バランス感覚や下肢の筋力、跳ぶリズム感を高めることが重要と考えたた

め、①を第一目標とした。

けんけんは、指導段階を①片足で跳べる回数、または距離を把握する、②片足で移動できる距離が

限界になると、足を入れ替えるように、拍手や手本で伝える、③片足で移動できる距離を少しずつ延

ばす、④拍手や手本を少なくしていく、と設定して取り組んだことで、目標が達成された。

現在はスキップを目標としており、①片足で跳び、足が床に着いたとき、姿勢を維持する、②跳ぶ

足を入れ替え、片足ずつ丁寧に取り組む、③跳ぶ足を入れ替える時間を短くしていく、の指導段階③

に取り組んでいる。

オ まとめ

教師間でFの実態、指導方法を共通理解し、段階的な指導を行うことで、Fは自ら学習に参加でき

るようになった。教師からの働き掛けが少なくなったことで、自分の活動に自信を持ち、意欲的に取

り組むようになったことも成果として考えられる。今後も、複数の教師の目で生徒を見て、実態や指

導方法について話し合いを行い、生徒のより良い成長を目指すことが重要だと考える。

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オ 校内研究授業事後検討会後の学部検討

校内研究授業実施後、対象生徒および授業全体について意見、感想が出た。対象生徒について

は、各検討グループに持ち帰り再検討した。ここでは、授業全体について出された意見の中から、

学部で検討したことの一部を示す。(図1~図7)

図1 スキップについて

図2 スクワットについて

図3 ジョギング&ランニングの音楽について

意見 ・片足立ちを行う意味は何か。足を前に上げる生徒と、後ろに上げる生徒がいるので、指導

を統一した方がよいのではないか。

検討

した

内容

・バランス感覚を養うことや、今後スキップ、けんけんにも応用していくことを考えて取り

組んでいる。

・生徒によって、足を前後どちらに上げるとやりやすいかは異なる。全員同じように足を前

に上げる、または後ろに上げるということは統一しない。個別に対応して指導する。

意見 ・スクワットは、生徒の実態に合わせて回数や速度を決めてはどうか。

・スクワットが体前屈になっている生徒がいる。回数の数え方を遅くするのはどうか。

検討

した

内容

・生徒が、周りの様子を見ながら一緒に取り組むことを大切にしたい。生徒によって速度が

異なっても、全員で取り組みたい。

・体前屈になっている生徒には、STが個別に指導をするようお願いしたい。

・体前屈になっている生徒、速度が遅い生徒を確認できるとよい。自分の学級の生徒を見て、

誰に個別の指導が必要なのかを、学級ごとに確認する。

・速度をこれ以上遅くすると、現在の速度で取り組めている生徒たちに、待ち時間ができる

と考える。同じ速度で行えなくても、全員で行うことを大切にしたい。

意見 ・歩く、走るの区別で、音楽(曲)を流すのはどうか。無音でやっている理由があるのか。

検討

した

内容

・音楽が無いことで困っている生徒がいない。また、音楽に反応して授業に集中できなくな

る生徒がいるので、音楽は使用してしない。

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図4-① コースについて

図4-② コーンの配置の変容

図5 周回数について

年度当初 校内研究授業当時 授業検討会後

意見 ①通常のコース、速く走るコース、歩くコースなど、3列コースを作ってはどうか。

②コーンをL字型に置いていたが、コーナーが走りづらいのではないか。斜めに配置しては

どうか。

検討

した

内容

①について

・体育館の面積では3列コースを作るのは難しい。カラーコーンをこれまでより内側に配置

して、走るコースの幅を確保する。

②について

・コースの曲がり角を意識させるため、コーンを3個使用していた。コーンを2個にして、

様子を見る。

意見 ・周回数等は「頑張ったら良いことがある」と教えるために、1周するごとにマグネットを

増やす方がよいのでは。

・決められた時間走り続けるのではなく、周回数を決めて走ることはできないのか。それが

できるのであれば、生徒が何周走ったか分かりやすい。

検討

した

内容

・決められた時間を走るのではなく、周回数を目標として取り組んでいる生徒もおり、実態

によってねらいが異なっている。また、1周走るごとにカードを取り、終わりを明確にす

る方法は、そのたびに足を止めてしまうことが考えられる。

・自分で周回数のカードを取る生徒もいれば、生徒が1周走るごとに、教師が周回数のカー

ドを取る生徒もいる。生徒の目標とねらいに応じて取り組んでほしい。

・決められた時間走り続ける生徒と、周回数を決めて走る生徒を明確にし、目標を共通理解

する。

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図6 褒め方について

図7 評価について

意見 ・もっと生徒に分かりやすく褒めてほしい。

・走っている生徒を褒めるには、どうしたらよいか。

検討

した

内容

・走っているときに言葉を掛けると足を止める生徒がいる一方、より集中して走ることがで

きる生徒もいるため、褒めるタイミングを統一することは難しい。

・ランニング中は、走ることに集中してほしいので、走っている生徒には、不要であれば言

葉掛けは無くていいのでは。ランニングの後に褒めると良いのでは。

・STの言葉掛けは多くする必要がないが、注意をする言葉掛けが目立つ。

・走っているときは、伴走している教師が、その生徒に言葉掛けを行う。

・全体で片足立ちをしたときに褒めると、生徒が分かりやすいのでは。

・授業全体を通して、褒める時間を作ると良い。その際は、褒める基準も考える必要がある。

・全体で褒める場面は複数設定されている。走ることへの褒め方は、「今日のランニング大

賞」という場面をつくることや、STに発表してもらうことも良いと考えている。

意見 ①単元目標の「体力を高める」の評価基準は何か。

②Aの目標の「大きく足を上げて動かす」の基準が分かりにくい。

③評価を3段階よりも、細分化してはどうか。

検討

した

内容

①について

・生徒の実態の幅が多様であるため、「体力を高める」という単元目標から、個別目標を設

定する。

②について

・評価しやすい基準をつくる。

③について

・現在の学習内容を踏まえると、3段階の評価が適切だと考える。

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(7) 成果と課題

ア 研究方法についての成果

中学部では、応用行動分析の視点に基づいて生徒の実態を把握し、課題を整理して指導目標、

指導内容、指導方法を検討した。

応用行動分析については、ABCフレームを通して生徒の行動を捉えて課題を整理した後、指

導可能な行動に焦点を当てた。さらに、その行動について課題分析表を使用し、スモールス

テップ化することで、指導目標などを具体化することができた。

これらのことを通して、授業内容や環境の工夫なども、より具体的に、細部にわたって改善す

ることができた。

一方で、S-M社会生活能力検査については、学部内で生徒の全体像を共通理解できはしたが、

授業改善に向けて具体的に関与したとは言い難い。

グループ検討については、各グループから2名ずつ対象生徒を抽出し、生徒の課題に沿って指

導方法について検討した。メンバー構成は、対象生徒の担任を中心に、教員経験年数や年齢が均

等になるように配慮した。また、副担任など学級に深く関わっている者は、担任と同グループ

にならないようにすることで、幅広く意見を集約できるようにした。

6名前後の教師で検討したため、意見が出しやすく、1年を通して同じ教師が検討を続けたこ

とにより、経過も追いやすかった。また、各グループで課題分析表に基づいて検討することによ

り、検討内容が明確になり、他学級の教師からの視点や気付きを参考にできる良い機会となった。

指導方法については、共通した課題のある生徒同士のグループであったため、生徒同士の共通

点、相違点なども参考になり、有効な指導方法が他の生徒に応用できた。

しかし、生徒の詳細な実態、指導目標などを、学部全体で共有する機会が少なかったため、グ

ループ内で完結してしまうことも多かった。

中学部研究の副題に、教師間の共通理解がある。この点については、授業プランシートによる

授業の検討、校内研究授業の事後検討会後の学部の検討、グループ検討などを通して、学部全体

で共通の目標を持ち、授業実践を行うことができた。そのことにより、授業全体の雰囲気が良く

なり、生徒の成長をより実感できるようになった。

イ 生徒の変容についての成果

各検討グループで、対象生徒の課題を整理し、生徒が課題を達成できるよう指導目標などにつ

いて検討した。

各グループの検討では、課題を詳細に分析することや褒め方や援助の仕方など、生徒の実態に

応じて、主となる検討内容を決めて話し合いを進めることができた。

話し合いを進める中で、生徒の課題を焦点化することができた。そのことによって、課題に応

じた指導方法が明確になった。また、グループ検討や事後検討会でも、生徒へ褒め方について話

し合うことで、生徒が意欲的に取り組むことができる方法についても深めることができた。

以上のことを通して、生徒がスモールステップの課題を一つずつ達成することで自信を持ち、

一人でチャレンジする姿勢が見られるようになった。

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ウ 研究のまとめ

中学部の研究目的は、「応用行動分析のABCフレーム、課題分析を用いて、生徒の課題を把

握し、目標達成に向けた体力つくりの授業づくりをする。」と「集団参加や運動能力の向上を促

す指導方法について検討する。」である。応用行動分析の視点を基に生徒の実態を把握すること

で、より課題が明確になり、生徒の目標を焦点化することができた。そのことにより、集団参加

や運動能力向上について、具体的な指導方法を検討することができた。

また、共通の書式を使うことや小人数のグループで活発な意見交換を行い、教師間の共通理解

を図ることができた。このことにより、生徒の課題に沿った体力つくりの授業づくりができたと

考える。

以上のことから、集団の中での個に応じた指導ができたと考える。

エ 課題と次年度に向けて

今年度の研究を進めていく中で、何点かの課題が明らかになった。まず、応用行動分析につい

ては、今回、ABCフレームや、課題分析の視点を用いて実態把握をしたが、その他のプロンプ

ト・フェイディング法やシェイピングなどの知識や技法について深めることができなかった。そ

のため、応用行動分析の一部を活用したに過ぎないので、今後更なる研修が必要となる。

小人数のグループによる検討は、活発な意見交換がしやすいため、有効であったが、それを学

部全体に周知する機会が少なかった。指導目標などの変更点、生徒の成長などについて、学部会

などで周知する機会の設定が必要になる。

これらを踏まえ、今後も、集団の中でも生徒一人ひとりが生き生きと参加できる授業づくりに

ついて深めていきたい。

(8) 参考文献

三田地 真実・岡村 章司共著,井上 雅彦監修(2009):子育てに活かす ABAハンドブック-応

用行動分析学の基礎からサポート・ネットワークづくりまで-.日本文化科学社 pp133-142