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2012年夏 生体分子の立体構造がどうして重要なのか? セントラルドグマとは? 核酸(DNA)配列、ワトソン・クリックの水素結合、複製 アミノ酸配列、遺伝暗号、tRNA、リボゾーム、転写と翻訳 立体構造、 Anfinsenのドグマ 1 Levinthalのパラドクス 2 鍵と鍵穴の関係、自由エネルギー、反応速度の制御 複雑な触媒系で制御された複雑な化学反応、機能、生命 生体分子の立体構造解析の意義 1 1 Anfinsenは溶液条件さえ整えれば、リボヌクレアーゼは変性状態から天然状態の正しい構造に もどることを示し、「タンパク質は自発的に、アミノ酸配列に応じて熱力学的に最も安定な立体構 造をとる(フォールディングする)」ことを示した。ただし、これは単純な場合であり、フォール ディングに際しシャペロンの補助を必要とするタンパク質や、天然状態では構造が確定していない 天然変性タンパク質なども存在することが最近は知られている。 2 n残基のタンパク質は約10n通りの構造が可能なので、タンパク質のフォールディングに際して最 安定構造を網羅的に探すことは不可能であるというパラドックス。 mRNA DNA 2重らせん タンパク質 触媒 生命

2012 生体分子の立体構造解析の意義...F Phe P Pro X unkown or other G Gly Q Gln Y Tyr H His R Arg Z Glu or Gln Secとははセレノシステインである。注8 ねじれ角

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  • 2012年夏

    生体分子の立体構造がどうして重要なのか?

    セントラルドグマとは?

    核酸(DNA)配列、ワトソン・クリックの水素結合、複製

     アミノ酸配列、遺伝暗号、tRNA、リボゾーム、転写と翻訳

     

    立体構造、 Anfinsenのドグマ注1、Levinthalのパラドクス注2

    鍵と鍵穴の関係、自由エネルギー、反応速度の制御

    複雑な触媒系で制御された複雑な化学反応、機能、生命

    生体分子の立体構造解析の意義

    1

    注1 Anfinsenは溶液条件さえ整えれば、リボヌクレアーゼは変性状態から天然状態の正しい構造に

    もどることを示し、「タンパク質は自発的に、アミノ酸配列に応じて熱力学的に最も安定な立体構

    造をとる(フォールディングする)」ことを示した。ただし、これは単純な場合であり、フォール

    ディングに際しシャペロンの補助を必要とするタンパク質や、天然状態では構造が確定していない

    天然変性タンパク質なども存在することが最近は知られている。

    注2 n残基のタンパク質は約10n通りの構造が可能なので、タンパク質のフォールディングに際して最

    安定構造を網羅的に探すことは不可能であるというパラドックス。

    mRNA

    DNA2重らせん

    タンパク質

    触媒

    生命

    http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B7%E3%83%A3%E3%83%9A%E3%83%AD%E3%83%B3http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B7%E3%83%A3%E3%83%9A%E3%83%AD%E3%83%B3http://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E5%A4%A9%E7%84%B6%E5%A4%89%E6%80%A7%E3%82%BF%E3%83%B3%E3%83%91%E3%82%AF%E8%B3%AA&action=edit&redlink=1http://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E5%A4%A9%E7%84%B6%E5%A4%89%E6%80%A7%E3%82%BF%E3%83%B3%E3%83%91%E3%82%AF%E8%B3%AA&action=edit&redlink=1

  • 2012年夏

    2つの分子AとBが化学反応を起こすために必要な方向と速度で会合することはまれである(遷移状態の自由エネルギーが高い)

    AとBが触媒上の2つの鍵穴に長時間滞在とらわれて、その位置と方向が化学反応を起こすために必要な方向と位置に近いなら、化学反応の確率が高くなる(遷移状態の自由エネルギーが低い:遷移状態が安定化する)

    AとBが関係する化学反応は1種類ではないのが普通である。生命のような開放系では、平衡定数よりも反応速度が重要であり、もっとも反応速度が速い化学反応のみが進行する。他の化学反応の速度がそれに比べてきわめて遅いなら、他の化学反応はほとんどおきない。したがって、触媒により反応速度を制御すれば、複雑な化学反応を自由にあやつることができる。

    生命は蛋白質という触媒により特定の化学反応のみを必要な時間と場所で引き起こすように組み立てられた複雑な系であるとも言える。その触媒とは、蛋白質である。蛋白質のアミノ酸配列はDNAの塩基配列として保存され、転写、翻訳されて蛋白質の立体構造を決定し、触媒として機能し、生命という現象を実現する(セントラル・ドグマ)。

    したがって、蛋白質の立体構造さえ解析すれば、物理学や化学の法則、つまり、自然法則により生命現象を理解することができるし、同時に、人類は万能の医学的手段を手に入れることができるとも言える。生体分子構造学は生物学的な興味のために物理学と化学の方法論を用いて進める科学であり、生物の研究を集団レベル、個体レベル、組織レベル、細胞レベル、分子レベルと階層的に区分した場合の最も小さなレベルでの研究分野である。

    生体分子の立体構造解析の意義

    2

  • 2012年夏

    下表の20種のアミノ酸が重要なアミノ酸である。これらの化学式を見たら、名前を言えるようにしておこう。注3

    グリシン, Gly, G トレオニン, Thr, T グルタミン酸, Glu, E ヒスチジン, His, H

    アラニン, Ala, A セリン, Ser, S アスパラギン, Asn, N トリプトファン, Trp, W

    バリン, Val, V システイン, Cys, C

    アスパラギン酸, Asp, D

    アルギニン, Arg, R

    ロイシン, Leu, L メチオニン, Met, M

    フェニルアラニン , Phe, F

    リジン, Lys, K

    イソロイシン, ILE, I グルタミン, Gln, Q

    チロシン, Tyr, Y プロリン, Pro, P

    アミノ酸

    3

    注3 表の中の化学式で炭素Cは省略したので、原子名が書かれてない頂点はすべてCである。

  • 2012年夏

    アミノ酸はどれも左図のような基本的な構造をもっている。左図で側鎖と書いてある部分が異なるだけである注4。 アミノ酸の側鎖の原子には、例えばMetの場合は右図の 四角の中に書

    かれている文字のように、Cβ原子からギリシャ文字の順番でCγ、Sδ、...という名称がつく。側鎖の分岐の付け根になっている主鎖の原子はCαという名称である。主鎖の他の原子は、N、H、Hα、C、Oという名称をもつ。 アミノ酸を水中に入れると、末端のNH2に水素原子Hが付いてNH3となり、末端のCOOHから水素原子HがとれてCOOHとなることが多い。例えば、Leuは

    という本来の化学構造が、通常の溶液中では となっていて、末端のNH3は+1e注5の電荷をもち、COOは−1eの電荷をもつ注6。

    2個以上のアミノ酸は末端のアミノ基(NH2)とカルボキシル基(COOH)の間で共有結合(ペプチド結合)注7を形成することができる。たとえば、ArgとGlyとAspがペプチド結合すると、

    と と が結合して

    アミノ酸

    4

    注4 ただし、プロリン(Pro)だけは例外である。側鎖がNと共有結合を作って、右図のように環状になっている。

    注5 eは素電荷を表す。

    注6 この図では、小さい丸は水素、大きい丸は炭素である。窒素と酸素はそれぞれNとOのラベルをつけた。

    注7 Hが2つとOが1つとれて脱水縮合する。アミド結合、あるいはペプチド結合という。

  • 2012年夏

    という化合物になる。このように共有結合によりアミノ酸が鎖のようにつながってできた化合物をペプチドと呼ぶ。ペプチドの中の各アミノ酸1つ1つをアミノ酸残基と呼ぶ。ペプチドの大きいものをポリペプチド、または蛋白質と呼ぶ。

    では、左から右にむかって、Arg、Gly、Aspが並んでいるが、左端をアミノ末端(N末)、右端をカルボキシ末端(C末)という。このペプチドをArg-Gly-Asp(あるいは、一文字コードを用いてRGD)と表す。ペプチドはこのように常にN末からC末に順にアミノ酸残基名を並べて指定する。このようなアミノ酸残基の記号の並びをアミノ酸配列とか、蛋白質の1次構造という。蛋白質の化学構造はアミノ酸配列を指定すれば1つに決定できる。例えば、下は牛のキモトリプシン(Bovine Chymotrypsin)のアミノ酸配列を1文字コードで示したもので、残基1のC(Cys)がN末、残基245のN(Asn)がC末である。 1 CGVPAIQPVL SGLSRIVNGE EAVPGSWPWQ VSLQDKTGFH FCGGSLINEN

    51 WVVTAAHCGV TTSDVVVAGE FDQGSSSEKI QKLKIAKVFK NSKYNSLTIN

    101 NDITLLKLST AASFSQTVSA VCLPSASDDF AAGTTCVTTG WGLTRYTNAN

    151 TPDRLQQASL PLLSNTNCKK YWGTKIKDAM ICAGASGVSS CMGDSGGPLV

    201 CKKNGAWTLV GIVSWGSSTC STSTPGVYAR VTALVNWVQQ TLAAN

    アミノ酸

    5

  • 2012年夏

    アミノ酸配列の1文字コードと3文字コードの対応1文字 3文字 1文字 3文字 1文字 3文字

    A Ala I Ile S Ser

    B Asp or Asn K Lys T Thr

    C Cys L Leu U Sec

    D Asp M Met V Val

    E Glu N Asn W Trp

    F Phe P Pro X unkown or other

    G Gly Q Gln Y Tyr

    H His R Arg Z Glu or Gln

    Secとははセレノシステインである。注8

    ねじれ角化学結合のねじれ角は次のように定義されている。4つの原子が左図のようにつながっているとき、原子1、2、3を含む平面と原子2、3、4を含む平面がなす角θを、原子1-2-3-4のねじれ角(2面角)と定義する。ねじれ角の正負は、右ねじが進む方向を正とする。例えば、右下のニューマン投影図では、Br-CH2-

    CH2-CH3というねじれ角をBrの方から見て表しているが、その角度はマイナス60°で、ゴーシュマイナスの立体配座(configuration、conformation)と呼ばれる。θ=0°' ' シスcis、シンsyn 、エクリプスeclipsedθ=180°'' アンチanti、トランスtransθ=60°' ' ゴーシュgaucheプラスθ=-60°' ' ゴーシュgaucheマイナス 原子間の反発を考えると、エタンなどのような分子では、ゴーシュ型とトランス型がエネルギー的に安定である。

    アミノ酸

    6

    注8 selenocysteine、 、システインのSがSeとなってるアミノ酸であり、遺伝暗号表に書かれている通常のアミノ酸ではない。

  • 2012年夏

    アミノ酸の主鎖のねじれ角N-C-Cα-C、C-Cα-C-N、Cα-C-N-Cαをそれぞれ、φ、ψ、ωと呼ぶ。φとψは基本的に-180°から+180°まで自由に回転しうるが、ペプチド結合のまわりのωはほぼ180°である注9。φとψは自由に回転できるとはいえ、原子同士が衝突してしまうようなφとψの組み合わせは許されない。下の図はφψ図、またはラマチャンドラン・プロットと呼ばれ、図のa、α、 β、310、αR、αL、πと示された領域だけが実際にとりうる値である注10。

    アミノ酸

    7

    注9 アミノ酸のCとOの間は2重結合だが、その結合に関与する電子が部分的にCとNの間の結合に流れ込んでいることが量子化学の計算から明らかになっている。そのため、CとNの間の結合(ペプチド結合)は半分くらい2重結合の性質をもっていて、そのねじれ角ωは回転しない。ωはつねに180°程度の値をもつ。 例外的に、Proのωは0°になる場合がある。そのようなProをシス・プロリンと呼ぶ。

    注10 アミノ酸の種類によって原子同士の衝突のぐあいが異なるので、アミノ酸ごとに許される領域は微妙に異なる。

  • 2012年夏

    アミノ酸側鎖の分類(括弧内はpK注11)'' ' ' '極性(親水性)' 酸性:Asp (4.5), Glu (4.6)' 中性:Asn, Gln, Ser, Thr, Tyr (9.7), Cys (9)' 塩基性:Lys (10.4), Arg (12), His (6.2)非極性(疎水性)' Trp, Phe, Gly, Ala, Val, Leu, Ile, Pro, Met

    N末端のNH2(7)、C末端のCOOH(4)'' ' ' ' '

    光学異性体

    L型アミノ酸のCα原子注12

    Ileなどいくつかのアミノ酸の側鎖にも立体中心は存在し、それぞれ1つの光学異性体しか天然には存在しない。

    ペプチド結合はカルボニル基の2重結合の電子(π電子)が流れてきて半二重結合と呼ばれる結合となり、そのねじれ角ωはcis(ω=0°)かtrans(ω=180°)以外の角度にはならない。ペプチド主鎖の他の2つのねじれ角φとψはおおむね自由に回転するが原子の衝突の影響でgaucheかtransの角度(60°か-60°か180°)が好まれることが多い。

    アミノ酸

    8

    注11 N、O、Sに結合している水素原子は水溶液のpHに対応して解離したり余分に結合したりする。その解離結合が起こるpHの値をpKという。例えば、 HisのpKが6.2というのは、pH=6.2以下の水溶液ではHisの側鎖に余分に1つ水素が加わるという意味であり、AspのpKが4.5というのはpH=4.5以上の水溶液でAspの側鎖のOHのHが解離するという意味である。

    注12立体中心の原子を中心とし、それに結合している最も軽い原子を奥に向け、残りの原子を重いのを先に軽いのを後にたどったとき、右回りになるものをR体、左回りになるものをS体という。L型アミノ酸はS型である。

  • 2012年夏

     

    ↑(左)SPring 8注13とSACLA 注14(シンクロトロンとX線自由電子レーザー)(右)J-PARC(大強度陽子加速施設)注15

      

    ↑スパコン京注16

    最近の実験設備

    9

    注13 理化学研究所が所有する兵庫県播磨学園都市にある第3世代X線放射光源。建設費1100億円、消費電力37MW(3万7千キロワット)である。電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げて放射光を発生する。遠赤外から可視光線、軟X線を経て硬X線に至る幅広い波長域をもち、原子核、ナノテクノロ ジー、バイオテクノロジーなどの幅広い分野での日本の先端科学・技術を支える高度先端科学施設 として、日本国内外の大学・研究所・企業から年間1万4,000人以上の研究者が利用している。

    注14 SACLAは 第3期科学技術基本計画における5つの国家基幹技術の1つとして位置付けられ、SPring-8に隣接して建設費400億円 で2011年3月に完成した 第4世代放射光源(X線自由電子レーザー、XFEL、X-ray Free-Electron Laser)である。 これまでの放射光と比べて、輝度10億倍、パルス幅1,000分の1 (10フェムト秒=100兆分の1秒)、100パーセント位相のそろったコヒーレントなX線、最短波長0.6Åという性質がある。 すでに米国LCLSがある他、韓国PAL-XFELとドイツEuropean XFELが建設中である(世界4大XFEL)。

    注15 日本原子力研究開発機構が東海村にもつ陽子シンクロトロンであり、中性子実験を目的として建設費1500億円で作られた。主に米国に数カ所の同様の施設がある。運転費年150億円。

    注16理化学研究所が播磨学園都市にもつ計算速度約10ペタフロップス(100万ギガフロップス)の2011年から2012年において世界最高速のコンピュータ(最近の高級パソコンのチップIntel I7は約100ギガフロップスである)。建築費は約1100億円、年間維持費は80億円程度(うち電気代は年20~30億円)である。消費電力は約10MW(1万キロワット)であり、福島原発1号機の約2%の電力を消費する。

  • 2012年夏

     まっすぐ伸びた2つのペプチド鎖が2本、平行、あるいは逆平行に並ぶと、並んだ2本の主鎖のOとNが水素結合(hydrogen bond)注17を形成し、ベータ・シート(βシート、β sheet)と呼ばれる構造を作ることができる。平行βシートでは、残基 iのNとOが、隣の鎖の残基 jのOと残基 j+2のNに水素結合する(1残基分、またいでいる)。逆平行βシートでは、残基 iのNとOが、隣の鎖の残基 jのOとNに水素結合する。

      ' 逆平行βシート' ' ' ' 平行βシート

    逆平行βシートと平行βシートの水素結合の模式図(+は側鎖が紙面より手前、-は側鎖が紙面の下に向かっている)

    主鎖のφ、ψ角が180°の場合、伸直(extended)構造と呼ぶ.伸直構造はあまり安定でない注18。したがって、βシートは、たいてい、やや凸凹している。そのた

    ベータ・シート

    10

    注17 水素結合とは、OやNなどがHを仲介にして形成する相互作用である。図のように、Hと共有結合している原子をドナー、そうでない原子をアクセプターとよび、ドナーとアクセプターの間の距離が3.2Å以内、水素とドナーとアクセプターのなす角が30°以内という条件が、しばしば水素結合形成の判断基準とされる。水素結合が形成される事により、ドナーとHの間の共有結合の距離はかならず伸びるし、さらに切断されてHがアクセプターと共有結合しまうこともある。

    注18 他の立体構造に比べ自由エネルギーが高いので、まわりからの特別な相互作用がない限り、他の少し歪んだ自由エネルギーの低い構造に変形しやすい。

  • 2012年夏

    め、βシートにはヒダができるので、β pleated sheet注19と呼ばれることがある。下図は逆平行βシートのヒダがよく見える構造だが、平行βシートも同様に凸凹している。

     βシートを作る鎖の1本1本をβストランドと呼ぶ。つまり、βシートはβストランドが水素結合して形成される。βストランドの並び方に応じて、βシートは、ヘアピンとクロスオーバーの2種類がある。

    a)ヘアピン(same-end)      b)クロスオーバー(opposite-end)

    さらに、下図のように、クロスオーバーには右巻きと左巻きの2種類がある。

    a)右巻き+1xクロスオーバー、b)左巻き+1xクロスオーバーまた、βシートは下図のように、数字とxをあわせて表記できる。xはクロスオーバーの意味である。+-はβシート全体を回転して見ると、逆になるので絶対的な意味ではない。

    ベータ・シート

    11

    注19 pleatedとは、「ヒダが付いた」という意味。

  • 2011年夏

     アルファ・ヘリックス(αヘリックス、α helix)は、アミノ酸残基が水素結合によってつながってできるらせん様の構造である。らせん様の構造としては、αへリックス以外にも、左巻きαへリックス、310へリックス、πヘリックスなどがある。

    各種ヘリックスのパラメータ'' ' ' '2次構造' ピッチ' リングの大きさ'αヘリックス' 5.4Å' 3.6残基(13個)310ヘリックス' 6.0Å' 3.0残基(10個)πヘリックス' 5.1Å' 4.3残基(16個)左巻きαヘリックス' 5.4Å' 3.6残基(13個)'

    310ヘリックス αヘリックス πヘリックス

    ヘリックス内の水素結合

    アルファ・ヘリックス

    12

  • 2012年夏

     ペプチド鎖が曲がった部分をターン(turn、折れ曲がり構造)と呼ぶ。下図はβターンである。i残基とi+1残基の側鎖はどれも紙面手前に向く。βターンはI型、II型、I’型、II’型に分類される。骨格の構造について言うと、I’型はI型の、II’型はII型の鏡像体である。

    I型βターンはi残基と i+1残基のカルボニルが紙面向こう側に出ている(左図)。II型βターンはi残基のカルボニルが紙面向こう側に、i+1残基のカルボニルが紙面から手前に出ている。

    I'型βターンはi残基とi+1残基のカルボニルが紙面から手前に出ている(左図)。II'型βターンはi残基のカルボニルが紙面から手前に、i+1残基のカルボニルが紙面向こう側に出ている(右図)。出現確率 は、I型が一番多く、I > II > II' > I'の順で小さくなる。I型以外は、側鎖と主鎖の立体障害(原子の衝突)のため、2つの残基のどちらかがグリシンなのが普通である。 βターン以外にも、γターン、インバースγターンなどがある。下図のように、γターンはβターンより残基が1つ少ない。インバースγターンはγターンの鏡像体である。特に、i+1残基のCαの向きが異なる。水素結合はβターンより弱い。

    ターンとバルジ

    13

  • 2012年夏

     βシートの中で1つのβストランドに余分に残基が挿入されて飛び出てしまった部分をバルジとかβバルジ(bulge、突出構造)と呼ぶ。βシートのイボのようなものである。クラシックバルジ、G1バルジ、ワイド(wide-type)バルジの3つが主要なものである。βバルジが関係してループを作ることがある(下図)。 クラシックバルジは、接近した2本の反平行βストランドの中で作られる。残基1はαヘリックス構造、残基2と残基Xは通常のβシート構造である。G1バルジは接近した2本の反平行βストランド。残基1は左巻きαヘリックスの構造に近く、立体障害のためグリシンであることが多く、G1バルジという。ワイドバルジは少し離れた2本の反平行βストランドで作られ、水素結合がはずれている感覚が広い。主鎖の構造はさまざまである。

    ターンとバルジ

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  • 2012年夏

    各 種 2 次 構 造 の 典 型 的 な 主 鎖 ね じ れ 角' ' ' '2次構造' φ' ψ' 'αヘリックス' -57' -47310ヘリックス' -49' -26πヘリックス' -57' -70左巻きαヘリックス' 57' 47平行βヘリックス' -119' 113逆平行βヘリックス' -139' 135extended型(右の角度が定義)' 180' 180βターン' I型(第i+1残基)' -60' -30' I型(第i+2残基)' -90' 0' I'型(第i+1残基)' 60' 30' I'型(第i+2残基)' 90' 0' II型(第i+1残基)' -60' 120' II型(第i+2残基)' 80' 0' II'型(第i+1残基)' 60' -120' II'型(第i+2残基)' -80' 0γターン' 70~85' -60~-70インバースγターン' -70~-85' 60~70''

    '

    ターンとバルジ

    15

  • 2012年夏

     2次構造が組合わさってできたものを超2次構造という

    βヘアピン αヘアピン ロスマンフォールド(βαβ') 

    グリークキー(ギリシャ鍵)  グリークキー模様のマットレス                 超2次構造の1つに下図のようなベータ・ヘリックスという構造がある。βヘリックスはベータシートが折れ曲がって全体として角柱状になっているもので、1本へリックスと3本へリックスの2種類がある。βシートのつなぎ目はループであるか、鋭角に折れ曲がる。3角柱状のものが多いが、ペンタペプチドリピートと呼ばれる5残基配列の20~30回の繰り返しからなるβへリックス構造もあり、4角柱構造を示す。

    図:三本鎖βへリックス(A)T4ファージのgp5C末端ドメインの一部(PDBコードは1K28)、(B)同じくgp12シャフトドメインの一部(1H6W)、(C)連鎖球菌のプロファージのコードスル尾繊維蛋白質(HylP1)の一部(2C3F)。

    超2次構造

    16

  • 2012年夏

     蛋白質は大きな分子であり、数千個~数十万個の原子から構成される。1960年代からのX線解析やNMRの技術的進歩、特に最近では、シンクロトロン放射光や平板型X線検知器(イメージング・プレート)の開発により10万原子程度までの蛋白質の原子座標を決定することが可能で、1Å程度注20の実験上の精度が得られ、さらにコンピュータを用いたデータ処理により精度を0.1Å以下にまで高めることができる。蛋白質の原子の位置座標のことを、蛋白質の原子座標、蛋白質の立体座標などと呼ぶ。RCSB Protein Data Bank(PDB)は蛋白質の原子座標を公開しているデータベースである注21。右図はそのウェブの最初のページであるが、しばしば更新される。

     PDBに登録されている蛋白質の原子座標には4文字の識別記号(ID)が付けられている。例えば、4rhvというIDをもつ原子座標はライノウイルスの外殻蛋白質の構造である。PDBから4rhvをダウンロードすると、4rhv.pdbという名前のファイルが得られる。そのファイル(PDBファイル)は、PDBフォーマットに従って書かれている。

    PDB(蛋白質データバンク)

    17

    注20 0.1 nm、つまり、10-10 mを1オングストロームと呼び、1Åと書く。炭素と炭素の間の共有結合C-Cの距離は分子により異なるが1.53Å程度、炭素と水素の間の共有結合C-Hの距離は1.1Å程度である。

    注21 RCSB Protein Data Bankは米国のサイトhttp://www.rcsb.org/pdb/home/home.doで公開されている。2012年4月には、蛋白質と核酸80550個の立体座標が登録されていた。日本でも同様の日本蛋白質構造データバンクPDBj(http://www.pdbj.org)が運営されており、英国にも PDBe(http://www.ebi.ac.uk/pdbe/)という同様のサイトがある。

    http://www.rcsb.org/pdb/search/smartSubquery.do?experimentalMethod=ignore&smartSearchSubtype=HoldingsQuery&moleculeType=ignorehttp://www.rcsb.org/pdb/search/smartSubquery.do?experimentalMethod=ignore&smartSearchSubtype=HoldingsQuery&moleculeType=ignore

  • 2012年夏

    PDBファイルの行の中で特に重要なのは、原子座標が書かれているATOM行とHETATM行である注22。ATOM行の各カラムは次のような意味をもつ。

    カラム 意味

    1-4 ATOMという文字が書いてある行がATOM行である

    7-11 原子の通し番号

    13-16 原子名

    18-20 残基名

    22 鎖名

    23-26 残基番号

    31-38 X座標

    39-46 Y座標

    47-54 Z座標

    55-60 占有率(X線解析された結晶の1単位格子中でのその原子の存在確率)

    61-66 温度因子(X線解析で決定された原子の揺らぎの大きさを表す)

    77-78 元素記号

     また、ViperDBという正20面体対称性ウイルス外核タンパク質専用のデータベースがある。RCSB PDBは基本的に、対称性を持つ蛋白質集合体については、その単位構造しか登録していないが、 ViperDBは全体構造の座標を登録している。例えば、RCSB PDBの4rhv.pdbはViperDB注23にはその全体構造が登録されている。ViperDBに登録されているファイルの名称には、拡張子”.vdbがついていて、例えば、4rhvの場合、4rhv.vdbというファイル名になっている注24。'

    PDB(蛋白質データバンク)

    18

    注22 HETATM行は蛋白質原子以外の低分子やイオンや水分子の座標データを示す.ATOM行と同じカラム構成をもつ。

    注23 http://viperdb.scripps.edu/

    注24 ファイルの書式自体はvdbファイルもpdbファイルも同じである。

    http://viperdb.scripps.eduhttp://viperdb.scripps.edu

  • 2012年夏

    分子表面(molecular surface、Connolly surface)

    ' 分子に接する半径0.14 nm程度の球の内接面

    溶媒接触表面(solvent accessible surface)

    ' 分子に接する半径0.14 nm程度の球の中心点が作る面

    slab mode(clipping)

    ' z軸方向に垂直な平面(clipping plane)を考える。それより手前(あるいは奥)だと画像が切り取られる

    depth que

    ' z軸方向に奥だと、雲がかかったように画像が薄れていく

    画面のx、y、z軸の定義

    ' 画面の面内の水平方向右側が、x軸、左側がーx方向

    ' 画面の面内の垂直方向上側が、y軸、下側がーy方向

    ' 画面の面に垂直で手前側が、z軸、画面奥がーz方向

    CPKカラー(Corey, Pauling and later improved by Kultun)

    ' 通称CPKモデルと呼ばれるプラスチック製の分子模型で採用されている色分けのこと

    ' Oが赤、Nが緑、Cが黒、Hが白、Pが黄色、Sが暗い黄色である

    ' (コンピュータグラフィックスでは、Cは灰色にする)

    コンピュータ・グラフィックスの用語

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  • 2012年夏

     セリンプロテアーゼは、アミノ酸の1つセリンを触媒部位にもつ一群の蛋白質分解酵素(プロテアーゼ)の総称で、キモトリプシンなど動物由来の酵素とサブチリシンなど微生物由来のものが良く知られている。特に立体構造がよく調べられているキモトリプシンについて述べると、キモトリプシンを代表とする一群には、キモトリプシンやトリプシンやエラスターゼなどの消化酵素のほかトロンビンなど血液凝固関連の酵素が知られている。 キモトリプシンのアミノ酸配列の中で、His57とAsp102とSer195が特に重要な触媒トライアード(3人組)である。下図はX線解析で決定されたその立体構造の触媒部位付近の拡大図である。 アミノ酸配列にほとんど相同性のないセリンプロテアーゼでも、このトライアードは必ず共通してて、図に示された相対位置に配置している。この他、Gly193とAsp194のN原子はオキシアニオンホールと呼ばれる重要な部位である。 

    図. セリンプロテアーゼの触媒部位。描画にはPDBファイルの1T8Lを使用した。水素原子はX線解析では決定できないので、表示してない。

    セリンプロテアーゼ

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  • 2012年夏

    セリンプロテアーゼの触媒機構(1) アシル注25中間体の形成(酸塩基触媒)注26

    (2) アシル中間体の脱アシル化

    セリンプロテアーゼ

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    注25 アシル基とはR-CO-という化学構造のこと。ただし、Rは炭素と水素からなる。

    注26 (1)のアシル化の段階について、以前、提唱されていたが今は否定されている「電荷リレー(charge relay)システム」という仮説がある。これは下図のように「Aspに水素結合を通してHisの水素が引き抜かれる。そのHisに対してSerの水素が引き抜かれ、結局、ペプチドはSerのO-により攻撃され、Hisの水素をもらって切断される。Hisがプロトン化されず、かわりにAspがプロトン授受をする。」と主張していた。Hisが一度SerのHをうけとって、それをペプチドのNにリレーするという部分は昔も今も同変わらない。

  • 2012年夏

    セリンプロテアーゼの触媒機構1.Asp、His、Serの触媒トライアド(catalytic triad)が存在する。2.オキシアニオンホール(oxyanion hole)と呼ばれるポケット状の構造から四面体遷移状態のOが水素結合を受ける注27。3.基質(切断されるペプチド)とキモトリプシンはおもに主鎖同士で水素結合をつくる。4.側鎖は特異性ポケット(specificity pocket)の中におさまる。

    セリンプロテアーゼ

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    注27 トリプシノーゲンはオキシアニオンホールが形成されてないために、触媒活性がない。