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東南アジア流域圏水土保全に関する研究拠点形成と人材育成 JSPS SOWAC Project水環境学研究室 教授 平松和昭(昭和 56 年卒) 東南アジア新興諸国では,農薬や化学肥料の投入量の増大や都市化・混住化の進 行により,農林水産業の生産基盤の劣化,機能喪失が急速に拡がっています。また, 気候変動・地球温暖化に伴う海水面上昇や降水量の変化も深刻な課題となっており, 中長期的な視点に基づく対応が求められています。さらに,資源再利用・資源循環 型社会への気運は,現在,世界的に拡がっており,東南アジア圏における持続的な 農林水産業の発展のためにも不可欠な観点になっています。高い生産性を維持しつ つ,流域圏の水土環境の保全を図ることが東南アジア新興諸国では喫緊の課題とな っています。これらの諸問題の解決のためには,陸海域流域圏全体の水循環系と物 質循環系を総合的に俯瞰する,いわゆる統合的な流域管理が必要不可欠となります。 以上の問題意識を背景に申請していましたプロジェクト「東南アジア新興国流域 圏における水環境統合管理ツールに関する研究拠点形成と人材育成」が,平成 2426 年度日本学術振興会・研究拠点形成事業(アジア・アフリカ学術基盤形成型)に 採択されました。 「日本学術振興会」(J apan S ociety for the P romotion of S cience)と「水土保全」(So il and Wa ter C onservation)の頭文字を取って,プロジェクト・メンバーは本プロジェ クトを「JSPS SOWAC Project」と称しています。 JSPS SOWAC Project は,九州大学東アジア環境研究機構(RIEAE)の全面的支援 の下,生産環境科学講座の研究者が中心となり,さらに九州大学大学院農学研究院, 九州大学熱帯農学研究センターの研究者も参画して実施され,ベトナム水資源大学 Water Resources University)のハノイ校とホーチミン校と連携し,農林水産業の生 産基盤の深刻な劣化,機能喪失が進行中の北部・紅河流域圏と南部・メコン川流域 圏を対象に,流域圏水土環境統合管理手法を開発するとともに,流域圏水土環境に 関する研究教育の拠点形成を目指そうとするものです。ベトナム側コーディネータ の水資源大学のグェン・クァン・キム(Nguyen Quang Kim)学長と,日本側コーデ ィネータの平松が中心となって取組が進められています。 水資源大学は,水資源の利用と管理に関する教育と研究の推進を目的に 1959 年に ベトナムのハノイ市に設立され,現在はホーチミン市にも 2nd Base を有しています。 同大学は,ベトナム農業農村開発省(Vietnamese Ministry of Agriculture and Rural Development)の傘下にあり,先進的な教育と研究に加え,技術移転,研究の現場へ の応用や国際的な協力も重要な柱として掲げており,ハノイ校はベトナム北部紅河 流域を,ホーチミン校は南部メコン川流域をそれぞれ主対象に教育研究等を展開し ています。現在,学部生約 6,300 人,大学院生約 430 人,教員 412 人,職員 200 で,教育組織は,学部として水理工学部,水資源工学部,水文学部,環境学部,灌

20121108 Hiramatsu JSPS SOWAC Project...東南アジア流域圏水土保全に関する研究拠点形成と人材育成 ―JSPS SOWAC Project― 水環境学研究室 教授 平松和昭(昭和56

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Page 1: 20121108 Hiramatsu JSPS SOWAC Project...東南アジア流域圏水土保全に関する研究拠点形成と人材育成 ―JSPS SOWAC Project― 水環境学研究室 教授 平松和昭(昭和56

東南アジア流域圏水土保全に関する研究拠点形成と人材育成

―JSPS SOWAC Project―

水環境学研究室 教授 平松和昭(昭和 56 年卒)

東南アジア新興諸国では,農薬や化学肥料の投入量の増大や都市化・混住化の進

行により,農林水産業の生産基盤の劣化,機能喪失が急速に拡がっています。また,

気候変動・地球温暖化に伴う海水面上昇や降水量の変化も深刻な課題となっており,

中長期的な視点に基づく対応が求められています。さらに,資源再利用・資源循環

型社会への気運は,現在,世界的に拡がっており,東南アジア圏における持続的な

農林水産業の発展のためにも不可欠な観点になっています。高い生産性を維持しつ

つ,流域圏の水土環境の保全を図ることが東南アジア新興諸国では喫緊の課題とな

っています。これらの諸問題の解決のためには,陸海域流域圏全体の水循環系と物

質循環系を総合的に俯瞰する,いわゆる統合的な流域管理が必要不可欠となります。

以上の問題意識を背景に申請していましたプロジェクト「東南アジア新興国流域

圏における水環境統合管理ツールに関する研究拠点形成と人材育成」が,平成 24~

26 年度日本学術振興会・研究拠点形成事業(アジア・アフリカ学術基盤形成型)に

採択されました。

「日本学術振興会」(Japan Society for the Promotion of Science)と「水土保全」(Soil

and Water Conservation)の頭文字を取って,プロジェクト・メンバーは本プロジェ

クトを「JSPS SOWAC Project」と称しています。

JSPS SOWAC Project は,九州大学東アジア環境研究機構(RIEAE)の全面的支援

の下,生産環境科学講座の研究者が中心となり,さらに九州大学大学院農学研究院,

九州大学熱帯農学研究センターの研究者も参画して実施され,ベトナム水資源大学

(Water Resources University)のハノイ校とホーチミン校と連携し,農林水産業の生

産基盤の深刻な劣化,機能喪失が進行中の北部・紅河流域圏と南部・メコン川流域

圏を対象に,流域圏水土環境統合管理手法を開発するとともに,流域圏水土環境に

関する研究教育の拠点形成を目指そうとするものです。ベトナム側コーディネータ

の水資源大学のグェン・クァン・キム(Nguyen Quang Kim)学長と,日本側コーデ

ィネータの平松が中心となって取組が進められています。

水資源大学は,水資源の利用と管理に関する教育と研究の推進を目的に 1959 年に

ベトナムのハノイ市に設立され,現在はホーチミン市にも 2nd Baseを有しています。

同大学は,ベトナム農業農村開発省(Vietnamese Ministry of Agriculture and Rural

Development)の傘下にあり,先進的な教育と研究に加え,技術移転,研究の現場へ

の応用や国際的な協力も重要な柱として掲げており,ハノイ校はベトナム北部紅河

流域を,ホーチミン校は南部メコン川流域をそれぞれ主対象に教育研究等を展開し

ています。現在,学部生約 6,300 人,大学院生約 430 人,教員 412 人,職員 200 人

で,教育組織は,学部として水理工学部,水資源工学部,水文学部,環境学部,灌

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漑排水工学部,情報技術学部,海岸

工学部,経済マネージメント学部な

どが,研究施設として水環境研究セ

ンター,ジオ・インフォマティック

スセンターなどがあり,農業土木系

の単科大学です。東南アジア流域圏

水土保全に関する研究拠点形成に向

けて,絶好のカウンターパート機関

といえます。

また,このような理由から,これ

まで延べ 11 名の同大学出身者を大

学院生および博士研究員として生産

環境科学講座で受け入れており,さ

らに水資源大学学長の九州大学訪問

(平成 19 年 1 月)やハノイ校・ホー

チミン校での共同セミナー・シンポ

ジウムの開催(平成 19 年 9 月,平成

22 年 11 月),学術交流協定・学生交

流協定の締結(平成 20 年 9 月,写真

1)など,生産環境科学講座と活発な

教育研究交流が継続していました。

このような実績が日本学術振興

会・研究拠点形成事業採択の大きな

理由の一つと考えられます。

JSPS SOWAC Project では,水資源

大学のハノイ校とホーチミン校,九

州大学の生産環境科学講座,RIEAE,

大学院農学研究院,熱帯農学研究セ

ンターの研究者で構成される「研究

交流プラットフォーム」の下,研究

面では,アジアモンスーン地域特有

の気象,水文,土壌,土地利用,水

利用,資源利用,流域などの特性や,

新興国で共通の特徴である各種デー

タの寡少性を反映した流域圏水土環境統合管理手法の開発が進められています。

また,構築した「研究交流プラットフォーム」の下,毎年,国際セミナーを開催

する予定です。国際セミナーは若手研究者の研鑽の場と位置付けるとともに,本プ

ロジェクトで対象とする紅河流域圏とメコン川流域圏は,同様の問題を抱える東南

写真 1 学術交流協定・学生交流協定の締結 (左から大坪農学研究院教授,キム水資源大学長)

写真 2 第 1 回国際セミナー

写真 3 プロジェクト実施合意書の調印式 (左から吉村 農学研究院長,キム 水資源大学長,有川 RIEAE 機構長(九大総長),黒澤 熱帯農学研究センター長)

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アジアの新興諸国の農業流域圏の典型

例であることから,国際セミナーでは

東アジア・東南アジアの第三国の研究

者も招聘し,情報交換を行うとともに,

本プロジェクトの成果を波及させる予

定です。

さらに,若手研究者を派遣・招聘し

共同研究を進めるとともに,大学院生

を対象にフィールド実習や研究指導を

紅河流域圏とメコン川流域圏で水資源

大学と共同で実施し,両大学の若手研

究者・大学院生の研究能力と国際感覚,

実問題解決のための俯瞰的視野を醸成

する場としたいと考えています。

初年度となる平成 24 年度は,まず,

8 月 8 日~9 日の 2 日間,西鉄グランド

ホテルにおいて,JSPS SOWAC Project

の主催,水資源大学,九州大学 RIEAE,

農学研究院,熱帯農学研究センターの

共催により第 1 回国際セミナーが開催

されました。来賓としてブー・フィ・

ムン(Vu Huy Mung) 在福岡ベトナム

社会主義共和国総領事をお迎えすると

ともに,日本およびベトナムの共同研

究者ら 100 名近い参加者(写真 2)が

ありました。開会にあたり,平松 コー

ディネータ,有川節夫 RIEAE 機構長

(本学総長)からの挨拶の後,キム 水

資源大学長,有川 RIEAE 機構長,吉

村 淳 農学研究院長,黒澤 靖 熱帯

農学研究センター長による「プロジ

ェクト実施合意書」の調印式(写真 3)が行われました。引き続き,キム 学長と大

坪政美 農学研究院教授からそれぞれ基調講演がありました。その後の研究発表では,

4 つのセッション(土質力学と土壌化学,環境農学,水環境,水資源と河川環境)

で,日本側から 10 件,ベトナム側から 10 件の研究成果が発表(写真 4)され,2

日間にわたって活発な議論が行われました。この第 1 回国際セミナーは JSPS

SOWAC Project のキックオフ・セミナーであり,東南アジア流域圏水土保全に関す

る問題意識が両大学のプロジェクト・メンバー間で共有されました。

写真 4 第 1 回国際セミナー会場

写真 5 第 2 回国際セミナー会場

写真 6 メコン川流域でフィールド実習

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また,11 月 6 日には,RIEAE が毎年

開催しています国際シンポジウム

EAEP2012 の 1 セッションを JSPS

SOWAC Project Special Session と位置

付け,第 2 回国際セミナーを九州大学

伊都キャンパス・稲盛ホールで開催(写

真 5)しました。水資源大学ホーチミ

ン 校 と ハ ノ イ 農 業 大 学 ( Hanoi

University of Agriculture)からそれぞ

れ 1 名の研究者を招聘するとともに,

東南アジアの第三国の研究者も参加し,

情報交換を行いました。

さらに,10 月 8 日~16 日には,生産

環境科学教育コースの 2 名の大学院生

(博士後期課程 1 名,修士課程 1 名)

を水資源大学ハノイ校とホーチミン校

に派遣し,ハノイ校で開催の国際会議

への参加,紅河流域圏とメコン川流域

圏でフィールド実習(写真 6)を実

施しました。また,10 月 16 日~27 日

には,水資源大学から 4 名の若手研究

者(いずれも講師,水資源大学博士課

程在学中)を招聘し,博士研究内容を

話題としたワークショップを開催(写

真 7)するとともに,3 回のフィールド

実習(諫早湾干拓事業;写真 8,北九

州市で実施中の法面保護工法,合所ダ

ムおよび福岡県朝倉地区:写真 9)を

実施しました。

来年度以降も同様の取り組みを進め,

東南アジア流域圏水土保全に関する研究拠点形成を目指していきます。来年度の国

際セミナーは平成 25 年 8 月 7 日~8 日に水資源大学ハノイ校で開催する予定で,九

州大学からも多数の研究者が参加する予定です。

3 年間のプロジェクトで得られる成果は,東南アジア新興諸国の他流域圏にも活

用可能であり,学術的意義,波及効果は大きいといえます。関係各位の引き続きの

ご支援をお願い申し上げます。

写真 7 九大でのワークショップ

写真 8 フィールド実習(諫早湾干拓)

写真 9 フィールド実習(福岡県朝倉地区)