24
1 インドネシア 2016 年度 外部事後評価報告書 技術協力プロジェクト(SATREPS 1 「泥炭・森林における火災と炭素管理プロジェクト」 外部評価者:OPMAC 株式会社 川初 美穂 . 要旨 本事業は火災検知と火災予測システムの開発、泥炭地や森林における効率的な水管 理の実現をもって泥炭地を回復し、主に炭素を中心とする温室効果ガスの有効な吸収 源及び貯蔵庫とするべくインドネシアにおける REDD2 の実施推進を目的とした。 インドネシアの開発政策において温室効果ガス削減に対する森林管理の重要性、カ リマンタンの地域的重要性は一貫しており、政策的に整合している。また、インドネ シアにおける泥炭地回復と管理に対するニーズは一貫して大きく、近年さらに増大し ている。日本の援助政策では、気候変動分野が重視され、統合的な取組みの推進を支 援する方針と整合している。したがって、妥当性は高い。有効性に関して、炭素排出 量の評価に関する研究、炭素の管理方法は多角的かつ具体的に検討され、一部は達成 したと考えられる。他方、インドネシア政府、国際社会との泥炭地や森林の適切な管 理方法等の共有体制の確立及び地球温暖化防止体制の構築は、事業実施中に計画され た活動が実施されなかったため達成されていない。インパクトに関しては、泥炭地の MRVMeasuring, Reporting, Verification)システム」 3 の実用化に向けた努力が継続 している。ただし、上位目標が設定されていない案件であるため、これをインパクト の評価に加味していない、他方、派生したその他のインパクトとして、本事業で活用 された水文データ計測システムによる幅広い水利管理の効率化があった。したがって、 有効性・インパクトは中程度である。本事業は、事業期間は計画どおりであったが、 事業費が計画を上回ったため、効率性は中程度である。他方、インドネシアの泥炭地 回復に対するニーズを反映し、本事業の効果の持続に必要な政策制度、体制面、技術 面、財務面は継続しており、持続性は高いと判断される。 以上により、本事業の評価は高いといえる。 1 地球規模課題対応国際科学技術協力(Science and Technology Research Partnership for Sustainable Development2 2005 年、第 11 回締約国会合(The 11th Conference of the PartiesCOP11)で提案された「途上国 の森林減少・劣化に由来する排出の削減( Reducing Emissions from Deforestation and Forest Degradation in Developing CountriesREDD)」に、2007 年の COP13 による「森林炭素ストックの 保全、持続可能な森林経営、及び森林炭素ストックの向上」という概念を追加したものが REDD+ (レッドプラス)。REDD+はこれまでの「京都議定書」では位置付けられていなかったが、COP21 の「パリ協定」(2016 11 月発効、2020 年以降適用)では、その第 5 1 項にて「全ての締約国 は森林を含む温室効果ガスの吸収源及び貯蔵庫を保全、強化するための行動をとることが責務(中 略)」として定められ、続く第 5 2 項にて「参加国による REDD+の実施支援の措置を推奨される (中略)」として正式に位置づけられた。 3 測定(Measuring)、報告(Reporting)、検証(Verification)の一連の流れを MRV システムとし て体系化することによって温室効果ガスを科学的に定量化し、排出削減努力推進、実効性確保のた めの諸策の基礎となる制度とされる。

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1

インドネシア

2016 年度 外部事後評価報告書

技術協力プロジェクト(SATREPS 1)

「泥炭・森林における火災と炭素管理プロジェクト」

外部評価者:OPMAC 株式会社 川初 美穂

0. 要旨

本事業は火災検知と火災予測システムの開発、泥炭地や森林における効率的な水管

理の実現をもって泥炭地を回復し、主に炭素を中心とする温室効果ガスの有効な吸収

源及び貯蔵庫とするべくインドネシアにおける REDD+ 2の実施推進を目的とした。

インドネシアの開発政策において温室効果ガス削減に対する森林管理の重要性、カ

リマンタンの地域的重要性は一貫しており、政策的に整合している。また、インドネ

シアにおける泥炭地回復と管理に対するニーズは一貫して大きく、近年さらに増大し

ている。日本の援助政策では、気候変動分野が重視され、統合的な取組みの推進を支

援する方針と整合している。したがって、妥当性は高い。有効性に関して、炭素排出

量の評価に関する研究、炭素の管理方法は多角的かつ具体的に検討され、一部は達成

したと考えられる。他方、インドネシア政府、国際社会との泥炭地や森林の適切な管

理方法等の共有体制の確立及び地球温暖化防止体制の構築は、事業実施中に計画され

た活動が実施されなかったため達成されていない。インパクトに関しては、泥炭地の

「MRV(Measuring, Reporting, Verification)システム」 3の実用化に向けた努力が継続

している。ただし、上位目標が設定されていない案件であるため、これをインパクト

の評価に加味していない、他方、派生したその他のインパクトとして、本事業で活用

された水文データ計測システムによる幅広い水利管理の効率化があった。したがって、

有効性・インパクトは中程度である。本事業は、事業期間は計画どおりであったが、

事業費が計画を上回ったため、効率性は中程度である。他方、インドネシアの泥炭地

回復に対するニーズを反映し、本事業の効果の持続に必要な政策制度、体制面、技術

面、財務面は継続しており、持続性は高いと判断される。

以上により、本事業の評価は高いといえる。

1 地球規模課題対応国際科学技術協力(Science and Technology Research Partnership for Sustainable Development) 2 2005 年、第 11 回締約国会合(The 11th Conference of the Parties:COP11)で提案された「途上国

の森林減少・劣化に由来する排出の削減( Reducing Emissions from Deforestation and Forest Degradation in Developing Countries:REDD)」に、2007 年の COP13 による「森林炭素ストックの

保全、持続可能な森林経営、及び森林炭素ストックの向上」という概念を追加したものが REDD+(レッドプラス)。REDD+はこれまでの「京都議定書」では位置付けられていなかったが、COP21の「パリ協定」(2016 年 11 月発効、2020 年以降適用)では、その第 5 条 1 項にて「全ての締約国

は森林を含む温室効果ガスの吸収源及び貯蔵庫を保全、強化するための行動をとることが責務(中

略)」として定められ、続く第 5 条 2 項にて「参加国による REDD+の実施支援の措置を推奨される

(中略)」として正式に位置づけられた。 3 測定(Measuring)、報告(Reporting)、検証(Verification)の一連の流れを MRV システムとし

て体系化することによって温室効果ガスを科学的に定量化し、排出削減努力推進、実効性確保のた

めの諸策の基礎となる制度とされる。

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1. 事業の概要

事業位置図 試薬を使って泥炭地の生態を分析

1.1 事業の背景

インドネシアの低湿地は、20 世紀末以降、急激な開発が行われ、その結果、熱帯

泥炭が破壊され、膨大な温室効果ガスが火災や微生物分解で大気中に放出されるよう

になった 4。特に、スハルト政権下の中部カリマンタン州泥炭地に対する農地改革の

試みである、「メガライスプロジェクト」は、泥炭の強い酸性土壌が農地に適さない

ことから失敗に終わり、跡地の荒廃が進んだ。一方で、灌漑施設建設によって泥炭地

の排水が進行し、それに伴う地下水位の低下により火災発生確率が高まった。特に、

エルニーニョ現象 5が発生した年には、泥炭地を中心に発生した火災により、膨大な

温室効果ガスが発生したと推定されている。煙霧(ヘイズ)等による泥炭地周辺の住

民への健康に対する社会経済的な被害、泥炭劣化に伴う雨季における土砂災害も深刻

な状況であった。

上記の地球温暖化や開発問題に対し、インドネシアの大学研究機関等と北海道大学

は中部カリマンタン州の泥炭地を対象に、熱帯泥炭の問題点に関する研究を実施して

きた。そこで、地下水位の適正なコントロールが泥炭地火災の抑制に最も重要なカギ

であることが解明されてきたが、その成果を土台として、インドネシア政府より政策

的に実行可能な方法論の確立が求められていた。

本事業は「地球規模課題対応国際科学技術協力プログラム」(SATREPS)の一案件

として採択され、科学技術振興機構(JST)と国際協力機構(JICA)の連携のもと実

施された。同プログラムは環境・エネルギー、防災、及び感染症対策といったグロー

4 熱帯泥炭の世界的な分布は東南アジア地域が 68%と割合が圧倒的に多く、さらにそのうちの

85%は同国に存在すると言われている。 5 エルニーニョ現象は太平洋赤道域の日付変更線付近から南米沿岸にかけて海面水温が平年より高

くなり、その状態が1年程度続く現象で、数年おきに発生する。2000 年以降の主な発生年は 2002~2003 年、2009~2010 年、2014~2016 年となっている。 気象庁 HP http://www.data.jma.go.jp/gmd/cpd/data/elnino/learning/faq/elnino_table.html(2017 年 8 月

現在)

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バルな開発課題への対処に向け、開発途上国と共同研究を実施し、途上国の能力向上

を行うものである。

1.2 事業の概要

本事業の事前評価時点では、SATREPS 案件にはプロジェクト・デザイン・マトリ

ックス(Project Design Matrix:PDM)の作成が義務付けられておらず、討議議事録

(Record of Discussion:R/D)において基本計画が合意された。その後、中間レビュー

で、指標とその目標値、活動計画が見直され、改訂された基本計画に沿って評価が行

われた。終了時評価では、改訂された基本計画の内容を踏襲し、通常 PDM で設定さ

れるプロジェクト目標及び成果の各達成度について合意された。なお、本事業では上

位目標は設定されなかったため、終了時評価においてインパクトとして取り上げられ

たもののうち、「社会実装」への取組みとして位置づけることができるものを「期待

される正のインパクト(上位目標)」とみなして、事業完了後の状況について確認を

行った。なお、「期待される正のインパクト」として設定したものは、本事業におい

て関係者間で正式に合意されたものではなく、評価者により設定されたものであるこ

とから、上位目標の達成度として評価判断に加味することはせず、インパクトの一部

として試行的に検証を行うこととした。

上位目標 設定されていない

プロジェクト目標 泥炭・森林における火災と炭素管理を行うモデルが構築される

成果

成果 1 火災検知および火災予測システムが構築される

成果 2 炭素量評価システムが構築される

成果 3 炭素管理システムが構築される

成果 4 総合的な炭素管理を行うための基礎が整備される

日本側の協力金額 384 百万円

事業期間 2009 年 11 月 ~ 2014 年 3 月

実施機関 事業開始時(R/D 署名):国家標準機構(BSN)

事業終了時:技術評価応用庁(BPPT)

その他相手国

協力機関など

パランカラヤ大学(UPR)(主に成果③に関する活動に従事)

インドネシア科学院(LIPI)(主に成果②に関する活動に従事)

国家航空宇宙局(LAPAN)(主に成果①に関する活動に従事)

林業省森林研究開発庁 6(FORDA)

※成果④に関してはすべての機関が取り組む想定となっていた。

6 本事業完了後、ジョコウィ政権(2014 年 10 月発足)により環境省と林業省は統合され環境林業

省となり、林業省傘下であった FORDA は環境林業省の下に再編されたため、事後評価時には

FOERIDA と改名されていた

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我が国協力機関 代表者所属機関:北海道大学

協力研究機関:愛媛大学、東京大学、宇宙航空研究開発機構

関連事業

【技術協力】

- 森林地帯周辺住民イニシアティブによる森林火災予防計画

プロジェクト(2006 年~2009 年)

- 衛星情報を活用した森林資源管理支援プロジェクト(2008

年~2011 年)

- 国家森林計画実施支援プロジェクト(2009 年~2012 年)

- インドネシア国泥炭湿地林周辺地域における火災予防のた

めのコミュニティ能力強化プロジェクト(2010年~2015年)

- 日本インドネシア REDD+実施メカニズム構築プロジェク

ト(2013 年~2016 年)

【その他(民間連携調査事業)】

- 平成 25 年度外務省政府開発援助海外経済協力事業(本邦技

術活用等途上国支援推進事業)委託費「インドネシア共和

国携帯電話通信網を利用したリアルタイム・モニタリング

システム普及のための案件化調査」

- 平成 27 年度「インドネシア国多目的ダム管理や気候変動対

策のデータ収集効率化に向けたリアルタイム監視システム

(SESAME システム)普及・実証事業」

1.3 終了時評価の概要

事前評価表及び終了時評価報告書に記載されている、プロジェクト目標の「泥炭・

森林における火災と炭素管理を行うモデル」は、「泥炭・森林における炭素収支(放

出量と吸収量)を明らかにし、泥炭・森林を適切に管理するための方策や手法を検討

し、それらの情報・方策・手法をインドネシア政府や国際社会と共有し、一体となっ

て地球温暖化防止に貢献していくための体制をカウンターパートが構築すること」と

定義されている。

これには、「①泥炭・森林における炭素収支(放出量と吸収量)の明確化」「②泥

炭・森林を適切に管理するための方策や手法の検討」「③情報・方策・手法に対する

インドネシア政府、国際社会との共有体制」「④カウンターパートによる地球温暖化

防止体制の構築」と、4 つの指標が含まれている。

ただし、①,②の指標については本事業の活動内容と整合的に計画されていたもの

の、③,④については具体的な活動内容が含まれておらず、どのように目標を達成す

るのかについて指針が欠けていたにもかかわらず、実施期間中に達成されるべきプロ

ジェクト目標の指標の中に設定されていた。

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1.3.1 終了時評価時のプロジェクト目標達成見込み

終了時評価時において「プロジェクト目標は完了時までに達成される見込み」と

された。ただし、プロジェクト目標の「モデル」の構築を対象の一部である「手法」

の構築と読み替えて判断しており、計画の不明瞭さに起因する問題として結果的

に正確さに欠くと考えられる。

1.3.2 終了時評価時の上位目標達成見込み(他のインパクト含む)

事前評価時において、本事業の上位目標は設定されていなかった。しかし、終

了時評価時において、「社会実装に向けた取組み」とみなせるインパクトとして、

「インドネシアの REDD+推進に資する炭素削減方法のモデル構築」及び「泥炭地

に関する MRV システムの実用化」7の 2 点が提示された。なお、このほか、終了時

評価においては、本事業の研究活動から派生した官民の調査活動等の「インパク

ト」が列記され、日本・インドネシア両国の協力関係は深化したことは示された。

インドネシアの REDD+推進に資する炭素削減方法のモデル構築

終了時評価時には達成の見通しは不明とされた。成果 1「火災検知および火災予

測システム構築」と成果 3「炭素管理システム構築」が連携して、実用的なモデル

が構築される予定であった。事後評価時においては社会実装の道筋への取組みと

してはそれぞれの成果を地域社会において実用化することにより、中部カリマンタ

ンの泥炭地回復を通じて REDD+の推進を目指したと想定した。

泥炭地に関する MRV システムの実用化

終了時評価時には事業完了時までの達成度の見通しは不明とされた。一方で、

MRV システムの重要な部分である成果 2 の「炭素量評価システム構築」の研究成

果については、実用的な測定ができるようになり、現地で実施可能な評価システム

として確立される見通しがあった。事後評価時においては、MRV システムが実用

化された場合、中央省庁において REDD+を管轄している現在の環境林業省が最終

的な利用者になると想定した。

7 インドネシアの REDD+の実施にあたっての主要課題となっている。実際の排出量を算定するた

めには、泥炭・森林減少及び劣化などの状況(面積と炭素蓄積量の変化)を定期的にモニタリング

する必要がある。それらのモニタリングは、リモートセンシングと地上調査を組み合わせて行うこ

とが有効であることは広く認識されているが、広域(国レベルまたは準国レベル)で精度が高くか

つ実現可能なモニタリング手法を確立していくためには多くの課題の検討が必要とされている。

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1.3.3 終了時評価時の提言内容

プロジェクト成果の説明上の留意点

プロジェクト成果に対するインドネシア政府関係者の理解は必ずしも十分でなく、政策策定や

意思決定に利用する段階には至っていない。泥炭森林管理手法や MRV システム等のプロ

ジェクト成果を政策策定者が活用するために、わかりやすく翻訳することが必要であり、簡明

な提案書を政策決定権限者に提示すること。 プロジェクト目標と社会経済的側面の両立への配慮

将来の土地利用変化を予測することが中部カリマンタン州の主要関心事項であることが確認

されたこともあり、プロジェクト目標である泥炭森林における火災と炭素管理を行うモデル構築

のためには、事業の実施にあたっては、インドネシアの社会経済的側面を考慮をすることが

重要である。 プロジェクト成果の利用者の特定とマニュアルの整備

プロジェクト終了後にプロジェクト成果を引き継ぐ組織を確定する必要がある。また、泥炭地

火災対策、植林等の事業実施マニュアルがプロジェクト終了時までに準備される必要があ

る。 各指標の達成度に関する情報データの再確認

プロジェクトの PDM で設定した指標の達成度を確認したところ、プロジェクトから十分な情報

が提供されていない箇所があることから、プロジェクト終了時点までに改めて定量指標の達成

度について確認し、取りまとめること。 供与機材の管理に関する徹底

供与機材の使用状況・管理状況は、調査団が確認した範囲ではおおむね適当であった。一

方で、大学が直接購入し、日本から輸送した供与機材は適切に機材管理簿に記載されてい

ないものがあったところ、早急な対応を求める。

2. 調査の概要

2.1 外部評価者

川初 美穂(OPMAC 株式会社)

2.2 調査期間

今回の事後評価にあたっては、以下のとおり調査を実施した。

調査期間:2016 年 9 月~2018 年 1 月

現地調査:2017 年 1 月 2 日~1 月 17 日、2017 年 5 月 1 日~5 月 8 日

3. 評価結果(レーティング:B 8)

3.1 妥当性(レーティング:③ 9)

3.1.1 開発政策との整合性

事前評価時において、インドネシア政府は温室効果ガスの排出削減義務を負わ

8 A:「非常に高い」、B:「高い」、C:「一部課題がある」、D:「低い」 9 ③:「高い」、②:「中程度」、①:「低い」

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ない国でありながら、温室効果ガス削減に対する国家的な取り組みとして、2007

年の国連気候変動枠組条約(United Nations Framework Convention on Climate

Change:UNFCCC)第 13 回締約国会合(COP13)において、気候変動国家行動計

画(National Action Plan Addressing Climate Change)を策定し、国際公約とした。さ

らに、本事業が対象とする中部カリマンタン州の泥炭地に対する政策的重要性に

ついては、2007 年に大統領令(No.2/2007)「中部カリマンタンにおける泥炭開発

のための再生と活性化の促進」が公布され、本格的な見直しが開始されていた。事

業完了時においても、2009 年開催の COP15 において、ユドヨノ大統領が表明した、

2020 年までの温室効果ガス削減目標が維持されており、2011 年には同国において

最も炭素排出削減に寄与する「天然林と泥炭地」セクターも対象とし 10、大統領令

No.61/2011 で温室効果ガス排出削減に係る国家アクションプラン(Rencana Aksi

Nasional Penurunan Emisi Gas Rumah Kaca:RAN-GRK)が策定され、さらに各州政

府による温室効果ガス削減行動計画(Rencana Aksi Daerah Penurunan Emisi Gas

Rumah Kaca:RAD-GRK)が策定されている。有効な泥炭地管理に対する政策的重

要性の認識とともに国家的実施体制も強化され、2013 年の大統領令(No.62/2013)

により REDD+庁が設置された。なお、中部カリマンタン州は REDD+庁の下での

REDD+パイロット州として先駆的取組みが行われていた 11。

事前評価時から事業完了時まで、同国の温室効果ガス削減目標達成における泥

炭地管理の重要性、特に泥炭地が広く分布する中部カリマンタン州の地域的重要

性が開発政策に挙げられており、本事業の政策的な整合性は高い。

3.1.2 開発ニーズとの整合性

事前評価時において、森林から農地への土地利用転換やオイルパームプランテ

ーション等の大規模開発等の要因で、全国各地で森林火災が発生していた。その

結果、森林面積は大きく減少し、また、大気中への大量の温室効果ガス放出も深

刻な問題として認識されるようになっていた。同国の温室効果ガス排出量は、森

林減少等による土地利用の変化を考慮すると、アメリカ、中国に次いで世界第 3

位といわれており、その 8 割以上が森林・泥炭地火災由来といわれていた。事業

完了時においても、毎年乾季に人為的な理由による火災に加え、周期的なエルニ

ーニョ現象等の影響を受けた火災に見舞われている。特に、事業完了後のエルニ

ーニョ現象の年とされた 2015 年に発生した火災は未曾有の大惨事といわれ、約

250ha もの森林と泥炭地を焼き尽くした。

10 国際的には泥炭地が REDD+の対象となることについては必ずしも広いコンセンサスがあるわけ

ではないが、インドネシアの国家的 REDD+戦略においては「天然林及び泥炭地」を対象とすること

が明記されている。 11 2010 年、同国に National REDD+ Task Force が設置され、2012 年に同タスクフォースにより中部

カリマンタン州は REDD イニシアティブの試験サイトとして選ばれた。 http://theredddesk.org/countries/indonesia(2017 年 8 月現在)

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事前評価時から完了時まで、開発ニーズは一貫して高い。特にインドネシアに

おいては、火災をもたらす脆弱な泥炭地の回復、炭素管理に対する開発ニーズは

常に大きく、より深刻な課題になっている。

3.1.3 日本の援助政策との整合性

2003 年に策定された新 ODA 大綱において、「人間の安全保障」の視点を基本方

針の一つに位置づけた上で、援助実施の原則に「環境と開発の両立」を掲げている。

2004 年 11 月策定の対インドネシア国別援助計画においては、重点分野の一つであ

る「民主的で公正な社会造り」の中で環境保全が位置づけられている。気候変動対

策を中心とした地球環境問題への関心が国際的に高まっている中、対インドネシ

ア国別援助実施方針(2009 年 4 月)において、援助重点分野「環境」、開発課題

「環境」の下に、「気候変動対策支援協力プログラム」及び「自然環境保全協力プ

ログラム」をそれぞれ設定し、統合的な取組を推進していくこととしている。した

がって、事前評価時において、本事業は日本の援助政策と整合していた。

3.1.4 事業計画やアプローチの適切さ

本事業が最終的に目指す泥炭地の MRV システム構築には、インドネシアにおけ

る複数年度に亘るデータ計測、モニタリング、検証等を通じた現象の科学的解明

に関する共同研究が必須のため、先鞭をつけるためにも実施機関の研究者との共

同研究活動の支援を中心とした SATREPS 案件としての事業実施は適当であったと

考える。ただし、「1.3 終了時評価の概要」で述べたとおり、本事業では設定さ

れたプロジェクト目標達成に至る一部の指標については具体的な活動、実施工程

等は含まれておらず、組織としての責任分担も明確でなかった。これは研究機関

が実施主体であるため、事業期間を超えた中長期的な研究目標との混同があった

と考えられる。また、一般に研究活動においては仮説検証等の試行錯誤もあり、

実測データの結果によっては研究計画の軌道修正が想定されることに加え、特に

本分野においては気候変動枠組みにおける国内外の状況に関して予測可能性が低

く、流動的であるため、目標達成の見通しが困難であったと理解できる。

以上より、本事業の実施はインドネシアの国際公約に伴う開発政策、泥炭地回復や

炭素管理に関する開発ニーズ及び日本の政策に整合している。さらに、事業計画やア

プローチ等の適切性に関しては、現地実施機関の自立的、持続的な活動のための計画

に具体性が必要であったものの、同分野においては共同研究を通じた事業実施は適当

であり、妥当性は高い。

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3.2 有効性・インパクト 12(レーティング:②)

3.2.1 有効性

3.2.1.1 成果

本事業は事業実施においては、①二酸化炭素フラックス 13と濃度、②ホット

スポット 14の観測、③森林劣化及び構成樹種のマッピング、④森林減少、森林

バイオマス、⑤地下水位及び土壌水分、⑥泥炭ドーム 15の判別と泥炭層の厚さ、

⑦泥炭の沈下、⑧水溶性有機炭素の合計 8 つの要素に関する検証が必須である

と終了時評価報告書に示されていることから、事業完了時までにインドネシア

側の実施機関とともに、各成果に分類された 8 つの要素の実測データを収集、

データ分析を関連活動として各成果の達成度をもとに有効性を判断する。実施

機関からの質問票回答及びヒアリングによる情報収集の結果、事業完了時にお

ける各成果の達成状況は以下のとおりである。

<成果 1>火災検知および火災予測システム 16が構築される。

現地での同システムの実用化にあたっては、中部カリマンタン州政府の政策

的措置が必要であり、課題が残るものの、アルゴリズムを中心とした学術的な

手法構築やそれに基づくツール設計の観点ではほぼ達成していた。

<成果 2>炭素量評価システム 17が構築される。

事業完了時においては火災から発生する炭素量評価に関する検証は実施され

ていたものの、終了していない段階であった。インドネシア側からは同システ

ムにかかわる生態系への影響に対する取組みが不足していたとの回答がある。

本成果については、事業完了後も研究が継続され、実測データに基づく評価モ

デルが確立されつつあるが、完了時においては当初の目標値に対しては未達で

あった。

12 有効性の判断にインパクトも加味して、レーティングを行う。 13 単位時間あたりの二酸化炭素の移動量を指す。 14 火災等で二酸化炭素が大量に排出する恐れのある場所を指す。 15 低地における熱帯泥炭の形状はドーム型にもりあがった形が多いとされている。 16 火災の検知や予測を行うための手法やツール(地図など)が開発され、インドネシア関係者がそ

れらを利用し、火災の検知や予測のための活動を行うことが出来る状態を指す。 17 泥炭・森林における炭素収支(放出量と蓄積量)を把握する手法が開発されることを指す。

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10

<成果 3>炭素管理システム 18が構築される。

地下水位レベルの検証に関しては、本邦企業の SESAME システム 19(フィー

ルドデータ実測伝達システム)導入による実証研究の成果として達成されたと

考えられる。他方で、植生回復計画と火災対策戦略の開発については、現地の

実施体制に取り込まれていなかったという観点からは未達であり、効果発現に

関して一部課題が残っていた。

<成果 4>総合的な炭素管理を行うための基礎が整備される。

「総合的な炭素管理を行うための基礎」の定義付けと達成度の判断基準が不

明瞭であった。したがって、本成果に関する達成度の判断については、成果 4

の内容として示される「基礎」を維持するための成果 1、2、3 の関連活動も含

む完了時の状況を判断の基準とした。その観点からは、終了時評価時から完了

時までにデータベースの整備や管理等、一部停止された活動があり、課題が残

った。ただし、本事業を通じて炭素排出量と地下水位の相関関係に基づく排出

量評価を試みるモデルの基礎は本事業期間中において先鞭がつけられ、事後評

価時まで研究開発が継続されていることが確認されているため、本成果は一部

達成したと考える。

3.2.1.2 プロジェクト目標達成度 事後評価時において改めて整理した各成果とプロジェクト目標との関係性は、

以下の図 1 のとおりである。成果 4 は、上記の成果 1、2、3 を統合した総合的な

システムを確立すると想定されていた。ただし、成果 4 の指標の中には成果 3

の次段階として「泥炭・森林における火災と炭素管理システムが政策形成や制度

構築プロセスに導入される」ことが含まれていたが、基本計画にはこれに関連す

る具体的な活動が設定されていなかった。また、インドネシア側の実施機関に確

認したところ、事業実施中において実質的な活動は報告されなかった。

18 試験的に植林などの活動を行うことで情報収集や分析を実施し、関係者(行政、研究機関、地元住

民など)の協力関係を構築し、炭素量を管理する(炭素放出を抑える)体制の整備を行うことを指す。 19 センサーにより地下水位や雨量等のフィールドデータを収集、その場で記録、携帯電話通信網

を用いて遠隔地に設置したサーバーに伝送、伝送データを処理した後、分析に必要な形で出力し、

その結果をクライアント・コンピュータに送付するという、クラウドサービスを活用したテレメト

リシステムである。中でもデータのリアルタイム処理及びグラフやマップ上での表示機能により、

遠隔からの広域モニタリングに効果を発揮するといった利点がある。

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成果 1 火災検知および火災予測

システムが構築される 成果 2 炭素量評価システム

が構築される 成果 3 炭素管理システムが

構築される

成果 4 総合的な炭素管理を行うための基礎が整備される (成果1,2,3を統合)

プロジェクト目標

泥炭・森林における火災と炭素管理を行うモデルが構築される

指標① 泥炭・森林における炭素収支(放出量と吸収量)が明確化される(成果 2, 3 と対応)

指標② 泥炭・森林を適切に管理するための方策や手法の検討される(成果 1, 3 と対応) 指標③ 情報・方策・手法に対するインドネシア政府、国際社会との共有体制が確立する

(具体的な活動、指標の設定なし) 指標④ カウンターパートにより地球温暖化防止体制が構築される(具体的な活動、指標の設定なし)

図 1 本事業の各成果とプロジェクト目標の関係性

プロジェクト目標の達成度に関するパランカラヤ大学等の実施機関からの質

問票の回答によると、「森林・泥炭地の火災と炭素管理モデル」にはいくつか

の検証が必要な課題が残っており、モデルが構築された段階にないとのことで

あった。特に、泥炭地火災にかかわる炭素量収支に関しては研究課題が残され

ており、検証が必要と考えられる。ただし、上記の成果 4 で述べたように、事

業期間中の炭素排出量評価に関する研究の進展により方法論の有効性が明確化

されつつあった。また、成果 1、成果 2、成果 3 で述べたように現地での実用化

段階には至っていないものの、本事業の研究活動対象となる前述の 8 つの要素

を炭素管理及び評価の検証の対象として多角的かつ具体的に研究が行われた。

したがって、プロジェクト目標の指標①、②については達成したと考えられ

る。

他方、指標③,④に関しては上記で述べたとおり、具体的な活動や判断のた

めの指標が計画に含まれていなかった。また、これらの指標は中部カリマンタ

ン州だけではなく、中央政府レベルの極めて主体的な政策的関与も必要であり、

研究機関を中心とする本事業の実施機関の組織上のミッションや活動の場とは

次元が異なっているため、計画的かつ具体的な活動が実施されていないことが

確認されている。したがって、指標の③,④部分に関しては達成していなかっ

たとみなされる。

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表 1 プロジェクト目標の達成度

目標 指標 実績

泥炭・森林におけ

る火災と炭素管理

を行うモデルが構

築される

指標① 泥炭・森林における炭素収支(放出

量と吸収量)が明確化される

事業実施中、成果 2、3 の活動を中心に検証が

行われ、完了時点においては当該地域の炭素

収支のメカニズムによるモデル化は達成できな

かったものの、活動を通じて貴重な実測データ

が収集、分析されたため、一部達成した。 指標② 泥炭・森林を適切に管理するため

の方策や手法が検討される

成果 1、3 の活動を中心に当該地域において、

主に植生回復や火災防止の観点から検証が

行われた。 指標③ 情報・方策・手法に対するインドネ

シア政府、国際社会との共有体制

が確立する

事業実施中、計画的な活動は実施されておら

ず、共有体制は確立されていない。

指標④ カウンターパートにより地球温暖化

防止体制が構築される

事業実施中、計画的な活動は実施されておら

ず、地球温暖化防止体制の構築には至ってい

ない。

以上により、プロジェクト目標については設定された活動に含まれていない

指標が含まれており、本事業の活動の中で全てを達成することは困難であった

ため、プロジェクト目標は一部達成されていない。

3.2.2 インパクト

終了時評価の教訓に記載のあった内容を関係者

の共通認識と捉え、評価者が上位目標のかわりに

「期待されるインパクト」として評価を試みた。た

だし、本事業では上位目標は設定されていなかっ

たため、「期待されるインパクト」の達成度は評価

判断に加味していない。

SATREPS 案件においては、学術的な成果だけに

とどまらず、上位目標あるいは期待されるインパ

クトとして社会実装への道筋に向けた取組みであ

ることが求められているが、上記「1.2事業の概

要」で述べたとおり、本事業においては上位目標が設定されていない。他方、「1.

3.2 終了時評価時の上位目標達成見込み」でも述べたとおり、達成の時間軸に明

示はないものの、到達すべき目標として「インドネシアの REDD+推進に資する炭

素削減方法のモデル構築」及び「泥炭地に関する MRV システムの実用化」の 2 点

が提示されており、これを本事業で上位目標として事後評価時の状況を試行的に

検証した。

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3.2.2.1 上位目標達成度(参考)

上述のとおり、本事業では上位目標は設定されていなかったが、終了時評価

で挙げられたインパクトのうち、「社会実装」に向けた取組みと位置付けるこ

とができる「泥炭地 MRV システムの実用化」及び「インドネシアの REDD+推

進に資する炭素削減方法のモデル構築」を上位目標とみなして、試行的に達成

度の検証を試みた。

まず、REDD+の枠組みを活用して推進する炭素削減努力を科学的見地から確

認できる有効な MRV システムの確立の試みとして「泥炭地 MRV システムの実

用化」が位置付けられている。その観点から、本事業の成果 2 を中心とした活

動により、モデル化した水位予測に加え供与された SESAME システムによる地

下水位の実測値を適用して開発した「炭素排出量評価モデル」を用いると、水

位を一定に保つ管理を行った場合の炭素削減効果が量的に評価可能である研究

段階に達成している。現在実施中の技術協力プロジェクトである「日本インド

ネシア REDD+実施メカニズム構築プロジェクト(Indonesia Japan Project for

Development of REDD+ Implementation Mechanism:IJ-REDD+)」20において、本

事業の実施機関も参画し、州レベルの MRV 能力強化のために実践を念頭に置

いたマニュアル 21作成及び研修が実施されている。

他方、「インドネシアの REDD+推進に資する炭素削減方法のモデル構築」に

ついては上記の IJ REDD+により西部カリマンタン州にて実施されているが、本

事業が対象とした泥炭地に絞ったものではなく、インドネシアの森林管理を対

象としたより一般的な枠組みであり、本事業の成果 3 との直接的な関係性はな

い。

20 REDD+の国際的な枠組みを最大限に活用し、インドネシアの温室効果ガス排出削減目標の達成

努力に寄与するため、西部カリマンタン州及び中部カリマンタン州において、現場実証活動を通じ

た森林減少・劣化抑制のための方法論の開発及び REDD+制度構築支援を行うことにより、州レベ

ル REDD+実施メカニズムの運用を図り、また、それらの成果を中央レベルによる国家 REDD+実施

メカニズムに反映されることを目指している。本事業の成果を引き継ぐという観点では成果 4「中

央カリマンタンにおける州レベルでの MRV 能力が強化される」において関連技術プロジェクトと

の連携が図られている。 21 IJ REDD+ Project, Guidebook for Estimating Carbon Emissions from Tropical Peatlands in Indonesia, Feb. 2016

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表 2 期待されるインパクトの達成度

期待されるインパクト 現状

泥炭地に関する MRVシステムの実用化

- 本事業の成果 2 に関し、事後評価時点において、技術協力プロジェクト

IJ-REDD+にて、炭素排出の測定に関する州レベルの運用のためのマニュアル

作成等、具体的な試みが実施されている。

- 今後 2018 年までの IJ-REDD+の延長フェーズの活動でも本事業の研究成果の

発展的な活用方法が施行されている。但し、泥炭地火災からの炭素排出量の

評価には未だ研究上の課題解決を要しており、パルサー(PALSAR)で測る等

の方法論 22の検証が予定されている。

インドネシアの REDD+推進に資する炭素削

減方法のモデル構築

- 本事業の成果 3 に関し、中部カリマンタン州における 2015 年 8 月の熱帯泥炭

地、森林火災の大惨事以降、実施機関による炭素削減方法の確立に向けた組

織的活動の詳細については不明である。ただし、実施機関の各研究者は泥炭

地の状況をモニタリングし、各々研究を継続している段階にある。

- 自然災害以外の活動停滞の原因としては、実施機関の回答によると,炭素削減

方法の確立においては中部カリマンタンの地元利害関係者による人的動員等、

主体的な取り組みが必須であるにもかかわらず、実施責任者やリーダーが不在

の中、社会サービスの提供の対価が特にない場合は遂行困難であると報告さ

れている。

- 終了時評価時の提言「プロジェクト終了後にプロジェクト成果を引き継ぐ組織を

確定する必要がある。また、泥炭地火災対策、植林等の事業実施マニュアルが

プロジェクト終了時までに準備される必要がある」への対応状況は回答がなく、

また、現地調査においても確認できていない。 出所:実施機関の質問票回答及びヒアリングによる。

「泥炭地に関する MRV システム」に関しては実用化に向けて開発が継続され

ており、パイロット地域である中部カリマンタン州でも試行されている。他方、

インドネシアの REDD+推進に資する炭素削減方法のモデル化に関する本事業と

の関連においては、事業完了時の状況から捗々しい進捗はなく、組織的な活動

は確認されていない。

以上により、試行的に設定した上位目標は一部達成されていない。

3.2.2.2 その他、正負のインパクト

(1)自然環境へのインパクト

終了時評価、事後評価の両時点においても確認されていない。事業実施期間

中にフラックス観測塔など観測機材が整備されたが、実施機関の敷地内に設置

されており、自然環境へのインパクトは発生していない。また、事業実施期間

中に泥炭地における基板層までのボーリング調査等が実施されたが、自然環境

22 パルサーとは国産衛星「だいち」に搭載されたフェーズドアレイ方式 L バンド合成開口レーダー

のこと(Phased Array type L-band Synthetic Aperture Rader:PALSAR)。雲を透過して地表の情報を

観測できるメカニズムを採用しており、熱帯地域の森林変化の把握に威力を発揮すると考えられて

いる。PALSAR データの解析技術を高度化し、光学センサのデータを補助的に活用したモニタリン

手法の開発により、REDD+の推進への貢献が期待されている。 http://www2.ffpri.affrc.go.jp/labs/palsar/index.html(2017 年 8 月現在)

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への負の影響は報告されなかった。

(2)住民移転・用地取得

本事業は実施機関の既存の敷地内で実施されたため、住民移転や用地取得は

行われなかった。対象地域住民に負の影響を及ぼす活動は行っていないため、

特に住民への説明等の必要は生じなかった。

(3)SESAME システム活用による水利管理の向上

BPPT からのヒアリングによると、本事業の水位計測のための SESAME シス

テムの概念に基づいて国産化された機材により、インドネシア各地で水文デー

タの可視化に利用されており、下図に示すように BPPT-SESAME システムとし

て稼働している。地方での水位データが首都ジャカルタの BPPT 本部等にリア

ルタイムで送られ、ディスプレイ上にインドネシア各地の水位の動きが可視化

されている。BPPTによると、国内の主要ダム 23に設置され、水位のリアルタイ

ム監視が可能となっており、水利管理に関する最適化が図られ、農業給水や生

活用水等、効率的な配分に役立っているとのことである。

さらに、実施機関で本事業に従事したインドネシア人研究者等、合計 18 人に

対して質問票による調査 24を実施したところ、研究分野によって立場のばらつ

きはあるが、泥炭地の地下水位の管理と天然資源と土地利用に関する計画の質

が向上したという点に最も多くの賛同があった。また、泥炭地管理に関する一

般的な関心の高まりについてはほぼ全員が賛同しており、理由としてインドネ

シア人研究者による学術論文が増えたことによるとしている。特に、論文作成

を通じた学位の取得は研究者個人としてのその後のキャリア選択や動機づけに

影響しており、事業完了後の研究継続に貢献している。

<中部カリマンタン州のパランカラヤ近郊に設置された BPPT-SESAME>

23 インドネシア最大のダムであるジャカルタ近郊の Jatiluhur ダムにおいても SESAME システムが

導入されている。 24 ASEAN 事務局にて整理されている泥炭地に対する 3 つの主要な問題点(政策・制度的問題、地

域社会の在り方に起因する問題、泥炭地管理の問題)に対する本事業のインパクトの有無につきイ

ンドネシア側に質問した。http://www.aseanpeat.net/index.cfm(2017 年 2 月現在)

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プロジェクト目標については、情報・方策・手法に対するインドネシア政府、国際

社会との共有体制の確立及びカウンターパートによる地球温暖化防止体制の構築は、

計画的な活動が実施されていないため達成されていないものの、事業実施中、炭素排

出量評価に関する研究の進展により明確化されつつあり、また、炭素の管理方法は多

角的かつ具体的に検討され、一部達成したと考えられるため、有効性は中程度である。

正のインパクトとしては、インパクトとして、全国レベルでの SESAME システムの

水利管理への活用やインドネシア研究者の学術的な貢献による関心の向上等、が確認

された。

本事業の実施により一定の効果発現がみられ、有効性・インパクトは中程度である

と判断する。

なお、試行的な上位目標の達成度の検証では、事業実施中からの活動は継続してお

り REDD+推進に資する炭素削減方法のモデル構築及び、泥炭地の MRV システムの実

用化に向けて進捗がみられるが、上位目標の達成には至らなかったと判断される。

3.3 効率性(レーティング:②)

3.3.1 投入

本事業の投入内容(計画及び実績)は下表のとおりである。

表 3 本事業の投入内容(計画及び実績)

投入要素 計画 実績(事業完了時)

(1)専門家派遣 長期専門家 1 人 短期専門家 94 人

専門家派遣のべ人数(148.7MM) - 長期専門家 2 人 - 短期専門家 239 人 - 活動毎の内訳

成果 1 426 日 成果 2 310 日 成果 3 2,488 日 成果 4 1,237 日

(2)研修員受入 3 人/年

20 人 - JICA カウンターパート研修:長期 5 人(博士課程 3 人、修

士課程 2 人)、短期 10 人 - 派遣元内訳

UNPAR(6 人)、LIPI(5 人)、BSN(1 人)、BPPT(4 人)、

LAPAN(2 人)、FORDA(1 人)、中部カリマンタン政府

(1 人)

(3)機材供与 計画金額記述なし 日本国内での調達分:31 百万円 インドネシア国内での調達分:計 59 百万円

(4)現地業務費 計画額記述なし 71 百万円(内訳は PC・カメラ等の購入及び航空運賃、日当

宿泊、委託費等) 日本側の事業費 合計 215 百万円 384 百万円

相手国の投入

カウンターパート配置: UPR, LIPI, LAPAN, BSN, BPPT, FORDA 事務室使用経費(電気・水道代、電話・インターネット代) 及びプロジェクト運営管理費(職員国内旅費、日当等)

出所:事業事前評価表(2009 年 8 月)、終了時評価報告書(2014 年 2 月)及び、実施機関関係者へ

のヒアリング。

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3.3.1.1 投入要素

研究者の短期専門家派遣が予定と比較して

大幅に増加している。活動毎の専門家滞在日

数の内訳より、成果 3 の活動に最も多くの時

間を要していることが分かる。長期専門家へ

のヒアリングによると、日本からの消火活動

に使用するホースの輸送(3000 本程度)と泥

炭層より下の基板層までのボーリング調査実

施等、当初は計画されていなかった活動があ

った。成果自体の増加はなかったものの、現

地にて本事業の成果 3 に関する活動内容が現

地の関係者に対してより具体的にイメージす

ることを促したという効果があったと報告さ

れている。

研修員に対する研修内容や本事業の各成果に対する役割・貢献に対しては、

実施機関にも元々北海道大学の留学経験者が多く、本事業の専門家である指導

教官や知己の研究者との間に常時、円滑なコミュニケーションが行われ、共同

作業を効率化する役割を果たした。

3.3.1.2 事業費

本事業の事業費は短期専門家派遣の増大と当初予定されていなかった調査活

動や消火活動のためのホースの輸送等のために大幅に超過した。特に調達機材

の追加分によりカリマンタン現地での活動が具体化しイメージが共有されやす

くなったという効果はあったものの、成果に見合う事業費の増加とは判断でき

ない。研修員の受入れについては、研究活動の継続等、持続性確保の観点から、

学位取得という形態での研修員受け入れの効果は高いと考えられる。

本事業の事業費は計画値 215 百万円に対し、実績値 384 百万円となり、計画

を大幅に上回った。(計画比:178%)。

3.3.1.3 事業期間

本事業は 2009 年 11 月から 2014 年 3 月にかけて実施され、事業期間は計画ど

おりであった(計画比:100%)。

以上より、本事業は、事業期間については計画どおりであったものの、事業費が計

画を上回ったため、効率性は中程度である。

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3.4 持続性(レーティング:③)

3.4.1 発現した効果の持続に必要な政策制度

事後評価時点のインドネシアの温室効果ガス削減に関する国際公約は、

UNFCCC に提出された「各国が自主的に決定する約束草案」(Intended Nationally

Determined Contribution, 2015-2019:INDC)、パリ協定 25批准後の 2016 年 11 月提

出の「国別目標案」(National Determined Contribution:NDC)及び 2015 年の「隔

年報告書」(Biennial Update Report:BUR)で確認できるが、すべて一貫して、2020

年までの温室効果ガス排出量の削減目標を自国のみの努力による 26%、さらに国

際支援を得られた場合は 41%としている。また、本事業に関連する明示的な方針

として、2015年 11月のジョコ・ウィドド大統領による COP21の首脳級会合での演

説が挙げられる。泥炭地改善対策の重要性については、インドネシア国内で発生

する自然災害の 8 割は気候変動と関係があるとし、上述した 2015 年の森林・泥炭

地の大惨事について、エルニーニョによる異常気象などが火災を引き起こしたと

の見解を示し、各国が協働して気候変動に取り組む必要性を指摘している。また、

同削減目標につき同大統領は泥炭地対策の推進等により達成するとしている 26。

具体的な方針として、スマトラ島やカリマンタン島の森林・泥炭地火災による泥

炭地荒廃の再生や泥炭の管理・利用などを直轄する「泥炭地回復庁泥炭地回復庁

(BRG)」の設立を表明し、ノルウェイ政府の基金 27からの支援を得て、環境林業

省の傘下として 2016 年から 2020 年まで時限的に設置されている。なお、2013 年

に前政権下で設置された REDD+庁は、政権交代に伴う省庁再編により環境林業省

に合併され、現在の REDD+の関連政策や実施にかかわる責任は環境林業省の気候

変動対策総局に引き継がれている。

以上により、事後評価時点において、REDD+メカニズムの推進における泥炭地

対策はインドネシアにおいて喫緊の政策的課題でもあり、本事業で目指されてい

た泥炭地 MRV システムの確立は同国の気候変動対策を包括的且つ客観的に可視化

し、REDD+メカニズムから同国が十分に裨益するために引き続き重要な取り組み

であると位置づけられている。

3.4.2 発現した効果の持続に必要な体制

本事業は下表で示すように、計画時、事前評価時、終了時評価時、事後評価時

25 2016 年のパリ協定による REDD+メカニズムの画期的な点は、CDM では、植林や森林再生によ

る森林(炭素ストック)の純増分にしか排出削減クレジットを賦与しないのに対し、森林減少の抑

制に対しても排出削減クレジットを賦与するとしたことであり、それが森林面積の大きいインドネ

シア等の途上国の主体的参画を促す要素となっている。 26 再生可能エネルギーの国内電力比率を 2025 年までに 23%に増加させることも含まれる。 27 ノルウェイ政府はインドネシア政府との基本合意書(Letter of Intent:LOI)において、森林減少

劣化及び泥炭地から排出される温室効果ガス排出削減のために 2010 年より数年にわたり活動の成

果に応じて最大 10 億米ドル規模の支援をすることを表明している。 https://www.regjeringen.no/globalassets/upload/SMK/Vedlegg/2010/Indonesia_avtale.pdf(2017 年 2 月現在)

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において責任実施機関が変更されている。ただし、事業実施中の変更については、

総括責任者である研究者の所属機関間の異動に伴うものであったため、事業実施

において実質的な混乱はなかったとしている。他方で、協力実施機関の一部に関

しては名称変更があるが、基本的に同一の実施機関である。また、プロジェクト

サイトは中部カリマンタン州パランカラヤであるため、本事業の成果にかかわる

実質的な研究活動は UPR の研究者が全般的に従事し、継続している。

表 4 実施機関体制の変遷と名称の変更

事前評価時 終了時評価時 事後評価時 責任実施機関 BSN(R/D 署名時)

BPPT(総括責任者が BSN から

異動したことによる組織変更) RISTEK 研究技術省 BRG 泥炭地回復庁

協力実施機関 - UNPAR - LAPAN - LIPI - FORDA

- UNPAR - LAPAN - LIPI - FORDA

- BPPT - UPR(同一略称の大学が存

在することから UNPAR から名

称変更) - LAPAN - LIPI - FOERIDA(林業省と環境省

の合併による FORDA からの

名称変更)

UPR の学内における取りまとめ組織

は、CIMTROP(Center for International

Cooperation in Sustainable Management of Tropical Peatland)あり、事後評価時にお

いても変更はない。現在、CIMTROP に

所属する比較的若手の研究者が、日本

人研究者と共同研究を継続し、上記の

後続案件である IJ-REDD+の中部カリ

マンタン州でのコーディネータ業務に従事している。

また、従来、LAPAN、LIPI は研究活動を専門とする公的機関であり、国内外の

共同プロジェクトを通じて引き続き研究基盤の高度化を目指している。

さらに、上述した泥炭地回復を専管事項とする BRG が 2016 年より設立されてお

り、学術的かつ実践的な研究成果の活用が目指されている。BRG に対するヒアリ

ングによると、方針として「再湿潤(Re-wetting)、再植生(Re-vegetation)、地域

社会の再活性(Re-vitalization)」の 3R をスローガンに、全国 200 万 ha 泥炭地を対

象にして 3 カ月ごとに大統領自らが状況を監視するという体制の構築を目指して

いる 28。UPR を含め泥炭地研究を実施している内外の大学とも覚書を交換し、泥

炭地回復において実践的な学術データの収集を目指しているとのことであった。

28 BRG によると今後 200 機以上の SESAME システム器材を導入する予定とのこと。

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以上より、事後評価時点において、協力実施機関の研究体制は継続されており、

また、泥炭地回復に関する専管的機関の設置を通じ、研究成果の活用する体制が

強化されており、おおむね問題はない。

3.4.3 発現した効果の持続に必要な技術

技術面においては、実施機関が本事業の研究成果の実用化に向けて研究活動や

能力の向上を継続できることが重要である。

事後評価時において、研究能力の向上と利活用の状況にかかわる主要な研究者

は日本留学経験者である。彼らは留学中、学位取得等のため、日本において分析

機器等を使用する訓練を受けており、それらの維持管理方法についても既に熟知

しており、現在の研究活動に活かしている。また、彼らが指導的な立場となり、

若手研究者に対して供与器材での分析方法等を指導している。現地調査時点にお

いてはインドネシア国内の大学研究機関では本事業で供与された機材である唯一

のスペクトロメーターは研究に継続的に使用されており、国内の他大学からも研

究目的のための指導を受けに訪れるとのことである。また、UPR において北海道

大学との共同研究は委託によるデータ実測は現在も継続されているため、指導も

含め、分析に必要な試薬の提供等も北海道大学側から行われているとのことであ

る。事業完了後以降の特筆すべき論文発表として 2016 年にインドネシア、日本の

研究者の共著論文集である「Tropical Peatland Ecosystems」29が発行されている。国

際的な論文発表、出版の機会が得られたことは、これを研究業績として将来の研

究資金の獲得につながる等、個人の研究者の今後の研究活動継続にもつながって

いる。

さらに、協力実施機関のうち、LAPAN は人工衛星データ観測を専門とするが、

これには先進諸国との国際共同研究の実施は不可欠であるとの認識がある。

LAPAN は自身のリモートセンシング技術を活用し、様々な社会的な要請に応える

ことを使命としていることから、本事業の泥炭地火災に関する研究分析成果を、

環境林業省の「インドネシア国家炭素勘定システム」(Indonesian National Carbon

Accounting System:INCAS) 30にフィードバックし、提供するデータの精度や質を

向上させる役割を認識している。

29 Osaki M, Tsuji N (eds.) (2016) Tropical Peatland Ecosystems. Springer Tokyo. 30 2010 年策定のインドネシア気候変動分野別ロードマップ(ICCSR)において、REDD は①国家

REDD の構築、②レファレンス排出レベル、そして、③インドネシア国家炭素勘定システム

(INCAS)が含まれていると定義している。INCAS は国レベル及び州レベルの森林減少及び劣化や

泥炭地火災による炭素排出量を集計しており、森林炭素モニタリング勘定に関する能力のさらなる

強化が必須となっている。 「国家森林計画実施支援プロジェクト」森林分野気候変動対策(REDD+)実施支援調査ファイナル・

レポート、JICA、2011 年、3-7 頁, 4-5 頁

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上記により、事後評価時において、技術面の持続性については、共同研究を通

じて国際学術誌に投稿する研究能力も向上し、必要な分析機器を自律的に使用し、

維持管理能力も向上したため、研究継続に対する技術に関してはおおむね問題が

ない。

3.4.4 発現した効果の持続に必要な財務

財務面においては、成果の実用化に向けた研究や活動に予算が供与され、効果

が継続されることが重要である。

UPR の研究資金のための外部資金獲得に関しては、制度的には大学研究機関を

主管する研究技術省である RISTEK から研究資金が拠出される仕組みになってい

る。ただし、個人研究者の申請書に応じて比較的少額の研究費を配分する形にな

っており、国が指定する研究テーマを除き、大学側が提案する共同研究に対する

拠出は行われていない。なお、本事業で調達された比較的高額な分析機器などの

維持管理に関しては個人研究費を使っている。したがって、ある程度の規模の共

同研究を実施する資金は基本的には国内外のドナーに依存する形になる。他方、

UPR においては研究者が個人コンサルタントとしてのドナー等からの委託調査等

を請け負うことができるため、比較的、個人の自由度は高い。以下は現状、UPR

の研究者が共同研究の研究費申請の対象として研究費獲得を目指している助成基

金一覧である。

• Indonesia Climate Change Trust Fund 31

• Indonesia Toray Science Foundation 32

• USAID Sustainable Higher Education Research Alliances 33

• Dana Mitra Gambut Indonesia 34

• Indonesia Science Fund 35

その他の協力実施機関である LIPI、LAPAN からは財務状況のデータについては

報告がなかったものの、本来、研究を中心的に行う公的研究専門機関であり、研

31 気候変動分野の活動に対して国家承認を唯一得ているインドネシア国内 NPO が運営する基金。

発足当初は UNDP が枠組み構築にかかわっている。http://icctf.or.id/(2017 年 8 月現在) 32 東レ株式会社がインドネシア国内で運用する研究助成基金。http://www.itsf.or.id/en/(2017 年 8 月

現在) 33 米国国際開発庁 USAID によるインドネシアに対する高等教育研究助成で 2016 年 11 月に公募が

終了し、2017 年に 1 件当たり 300 万ドルを上限に 5 件採択が発表されている。 https://www.iie.org/Programs/SHERA(2017 年 8 月現在) 34 BRG が推奨する助成基金。泥炭地域の各州(リアウ、ジャンビ、南スマトラ、中央カリマンタン)

のプロジェクトに対し最高 24 カ月、300 百万ルピアを上限に助成される。 https://indonesia.wetlands.org/id/publikasi/dmg-indonesia/(2017 年 8 月現在) 35 インドネシア科学アカデミー(Akademi Ilmu Pengetahuan Indonesia:AIPI)が運営する研究助成

基金。http://www.dipi.id/

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究者に対するヒアリングにおいては中心的な業務である研究予算と支出は国家予

算により計画的に行われており、研究の継続や供与機材の運用・維持管理に対し

て財務的には問題ないとの回答があった。

上記により、実施機関において供与された精密機材は財務的にほぼ問題なく運

用・維持管理されており、UPR においても研究助成に対して資金獲得の努力が継

続されていることから、おおむね問題はない。

以上により、本事業は、政策制度、体制、技術、財務、いずれも問題なく、本事業

によって発現した効果の持続性は高い。

4. 結論及び教訓・提言

4.1 結論

本事業は火災検知と火災予測モデルの開発、泥炭地や森林における効率的な水管理

の実現をもって泥炭地を回復し、主に炭素を中心とする温室効果ガスの有効な吸収源

及び貯蔵庫とするべくインドネシアにおける REDD+の実施推進を目的とした。イン

ドネシアの開発政策において温室効果ガス削減に対する森林管理の重要性、カリマン

タンの地域的重要性は一貫しており、政策的に整合している。また、インドネシアに

おける泥炭地回復と管理に対するニーズは一貫して大きく、近年さらに増大している。

日本の援助政策では、気候変動分野が重視され、統合的な取組みの推進を支援する方

針と整合している。したがって、妥当性は高い。有効性に関して、炭素排出量の評価

に関する研究、炭素の管理方法は多角的かつ具体的に検討され、一部は達成したと考

えられる。他方、インドネシア政府、国際社会との泥炭地や森林の適切な管理方法等

の共有体制の確立及び地球温暖化防止体制の構築は、事業実施中に計画的された活動

が実施されなかったため達成されていない。インパクトに関しては、泥炭地の MRV

システムの実用化に向けた努力が継続している。ただし、上位目標が設定されていな

い案件であるため、これをインパクトの評価に加味していない、他方、派生したその

他のインパクトとして、本事業で活用された水文データ計測システムによる幅広い水

利管理の効率化があった。したがって、有効性・インパクトは中程度である。本事業

は、事業期間は計画どおりであったが、事業費が計画を上回ったため、効率性は中程

度である。他方、インドネシアの泥炭地回復に対するニーズを反映し、本事業の効果

の持続に必要な政策制度、体制面、技術面、財務面は継続しており、持続性は高いと

判断される。

以上により、本事業の評価は高いといえる。

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4.2 提言

4.2.1 実施機関への提言

本事業により泥炭地の温室効果ガス排出のモニタリングにおいて貴重な実測デ

ータが蓄積された。インドネシアにおける MRV システムの REDD+の推進力とな

る潜在性、気候変動課題に対する貢献を鑑みれば、この研究成果を基盤とした泥

炭地の MRV システムの完成が急務である。今後は、MRV システムの検証の作業

を担うとされる環境林業省での効果的、効率的な実務レベルの活用において、解

決すべき課題とそれに関する研究開発要素を整理しつつ、研究活動の出口戦略を

明確にした研究プロジェクトの実施体制を構築することが望まれる。実用的な

MRV システムの確立には国内の政府関係者及び産官学連携を土台とした社会科学

と自然科学が融合した学際的なプラットフォームが必要となると考えられる。イ

ンドネシア政府による学際的プラットフォームのマネジメントにおいては、実践

性や透明性にかかわる問題意識の共有を図ることができるように、参画する全て

の組織、構成員に対してシステム確立の工程やマイルストーンを可能な限り可視

化し、各分野の貢献度を構成員全員が評価し得るオープンイノベーション型を採

用することが望ましい。

4.2.2 JICA への提言

特になし。

4.3 教訓

達成可能性を考慮した気候変動課題に対応する SATREPS 案件の目標設定

本事業のプロジェクト目標は、泥炭地における炭素管理のモデル構築であり、同時

に、気候変動課題における途上国政府や国際社会を含めた協力体制構築が目指された。

他方、気候変動対策については、国際的な枠組みでの議論の動向の影響や、国内政権

交代や省庁再編による影響があり、研究活動を計画どおりに進めることが困難であっ

た。また、本事業で取り組んだ研究内容は、泥炭地における炭素排出量管理モデルの

構築という野心的なものであり、5 年間の事業実施期間で必要なすべての研究活動を

完了することは実施可能性の点で課題があったと考えられる。特に、炭素量評価シス

テムの構築にあたっては、必要なデータ収集、分析・解析・検証のすべては完了した

とは言えない状況であった。

限られた事業期間において、研究成果を計画どおりに産出し、プロジェクト目標を

達成するには、検証すべき仮説を明確に設定し、必要な投入を集中して活動を行い、

活動が計画どおりに進められない場合の代替案も含めた計画を行うことが望ましい。

また、上位目標の設定については、取り組むべき「社会実装」について関係者間で共

通の認識を醸成したうえで、事業完了後 3 年をめどとして達成されるマイルストーン

として検討されるべきであり、また、「社会実装」のユーザーについても具体的に想

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定し、事業の中での働きかけを行い、実現可能性についての検討を行うことも望まれ

る。なお、事業完了時点までに一定の研究成果が達成され、「社会実装」に向けた取

組みの道筋が明確になっている場合には、他のスキームや他ドナーとの連携も含め、

「社会実装」に向けた取組みへのフォローアップを行うことが求められる。

インドネシアにおける研究資金の持続性

インドネシア国内の大学の研究資金は基本的には RISTEK から獲得することができ

る仕組みになっているが、比較的少額の個人研究費を配分する制度になっており、現

時点では日本の文部科学省の科学研究費助成事業制度のような大型共同研究申請を含

む多様な資金拠出の仕組みはない。したがって、カウンターパートが大学研究機関の

場合、事業完了後の研究継続はドナー等の外部資金の有無に左右されることが多いた

め、当初から日本の大学と現地の大学研究機関の間の覚書や大学間協定が存在する場

合、事業実施後の研究活動の持続性は確保されやすい。仮に長期の協力関係を担保す

るような大学間協定等がない場合は、研究の持続性のために、事業実施期間中に関連

分野の国際的研究助成基金等に共同申請する等の具体的な活動を計画に加えておくこ

とが望ましい。

SATREPS 事業の上位目標が設定されていない案件に対する評価方法

上位目標が設定されていない、すなわち、相手国政府と上位目標が合意されていな

い事業の場合は、研究開発のスーパーゴールに該当する情報データや、終了時評価時

点のプロジェクト目標の達成度を踏まえた実績を「期待されるインパクト」として整

理し、事業完了後の実用化に向けた実情に照らして、試行的に検討しつつ、インパク

トの検証結果として情報として記載はするが、直接評価には加味しない。他方で、事

業実施前には想定されていなかったが、当該事業から派生したインパクトの有無や内

容を評価し、その上で、総合的に有効性・インパクトを判断する。なお、「期待され

るインパクト」に関連する研究活動の継続性等は持続性で判断する。

以上