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2018 年度 大阪大学大学院理学研究科 物理学専攻・宇宙地球科学専攻 修士論文発表会予稿集 平成 31 2 12 ()13 ()

2018 年度 大阪大学大学院理学研究科 物理学専攻・宇宙地球科学 … · 低レートの中間子ビームを照射した基本性能評価と東北大学電子光理学研究センター第2実

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2018 年度 大阪大学大学院理学研究科

物理学専攻・宇宙地球科学専攻 修士論文発表会予稿集

平成 31 年 2 月 12 日(火)・13 日(水)

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⽬次 l 連絡事項 4

l タイムテーブル 6

l 予稿

・ 物理学専攻 素粒⼦・原⼦核グループ(2 ⽉ 12 ⽇) 9 ・ 物理学専攻 素粒子・原子核グループ(2 月 13 日) 19 ・ 物理学専攻 物性グループ(2 月 12 日) 29 ・ 物理学専攻 物性グループ(2 月 13 日) 35 ・ 宇宙地球科学専攻(2 月 12 日) 45 ・ 宇宙地球科学専攻(2 月 13 日) 55

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[連絡事項]

発表について

l 発表時間

ひとりあたりの持ち時間は、質疑応答5分を含めて20分です。

l 発表スライド・機器の準備

各セッション(休憩から休憩までの間)で 1 台のパソコンに発表ファ

イルをまとめて入れておいてください。発表プログラムの遅延を避け

るため、セッション内でのパソコンの入れ替えは行わないでください。

また、プロジェクターのセッティングは発表前の休憩時間に行って

ください。

判定会議について

判定会議 日時:2 月 13 日(水)16:00 ~ 会場:H701※教授、准教授、講師及び副査担当の助教の方は

全員出席です。

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[タイムキーパーの方へ] l 2 月 12 日(火)、13 日(水)の 初のタイムキーパーの方へ

講義室の解錠、パソコンおよびプロジェクターのセッティングをお

願いします。詳細は別途。 l 2 月 12 日(火)の 後のタイムキーパーの方へ

12 日(火)の発表会終了後、13 日(水)の 初のタイムキーパーに ・ コールベル ・ レーザーポインタ ・ タイムキーパー用の修論予稿集

を紙袋に入れて渡してください。 l 2 月 13 日(水)の 後のタイムキーパーの方へ

13 日(水)の発表会終了後、 ・ コールベル ・ レーザーポインタ ・ タイムキーパー用の修論予稿集

を紙袋に入れて物理学専攻事務室(H408)に返却してください。

緊急連絡先

l 物理学専攻事務室(H408): 續木佐知子(TEL.06-6850-5377, Ext. 5377)

l 物理学専攻(素粒子理論): 川上紘輝、西村萌、宮脇渉太(Ext.5761)

l 宇宙地球科学専攻(芝井研): 近藤依央菜、佐伯守人、坪井 隆浩(Ext.5493)

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物理学専攻 素粒⼦・原⼦核グループ

会場:H701 2 ⽉ 12 ⽇(⽕)

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チャームバリオン分光実験用ビームタイミング検出器の開発 赤石貴也 原子核実験研究室 (物理学専攻)

我々は、J-PARC ハドロン実験施設の高運動量ビームラインにおいてチャームバリオン分光

実験を計画している。実験では 20 GeV/c のp-ビームを用いた 反応により、

チャームバリオンの励起状態を生成する。欠損質量法によってチャームバリオンの励起状態

の生成率と崩壊幅を広い質量領域で測定し、チャームバリオンの励起状態の性質に顕著に現

れると期待されるダイクォーク相関を明らかにする。実験では、チャームバリオンの十分な

生成量を得るために、6.0 × 107/spill (取り出し時間2秒のため 30 MHz の係数率)の大強度二

次ビームを使用する。その為、高計数率環境下で動作するビームタイミング検出器が必要で

ある。ビームタイミング検出器は、全検出器の時間基準となる検出器で、さらに飛行時間測

定法により散乱粒子を識別するため、高計数率環境下において高時間分解能が要求される。

目標を達成するために蛍光寿命の短いプラスチックシンチレータと MPPC の組み合わせと、

極めて短い時間で発光するチェレンコフ光を用いたアクリル輻射体(PMMA)と MPPC から成

る検出器で性能を評価した。高計数率耐性のため、検出器の多セグメント化(3 mm 幅)と出力

信号の幅の整形(10 ns)を行った。検出器の性能評価のため、J-PARC K1.8BR ビームラインで

低レートの中間子ビームを照射した基本性能評価と東北大学電子光理学研究センター第 2 実

験室で高計数率環境下での性能評価を行った。チェレンコフ光を用いた検出器では 3 MHz 以上の高計数率において 50(±2) ps(rms)の時間分解能を得た。 本発表では、これらの検出器の基本性能、高計数率環境下での性能試験の結果を述べ、実

験の要求を満たす 適な検出器を議論し、この結果を反映したシミュレーションによるビー

ムタイミング検出器の設計について報告する。

シグマ陽子散乱実験のための汎用 FPGA モジュールを用いた トリガーシステムの開発

星野寿春 原子核実験研究室(物理学専攻)

シグマ・陽子散乱実験は、茨城県東海村にある大強度陽子加速度施設(J-PARC)のハドロ

ン実験施設で現在行われている(J-PARCE40 実験)。本実験は、π中間子ビームを用いて液

体水素標的に照射しπ±p→K+Σ±反応にてシグマハイペロンを生成、液体水素標的内の陽

子とシグマハイペロンの散乱を行い、Σ±pの微分散乱断面積を高統計で測定を行う実験であ

る。J-PARCE40 実験では、シグマハイペロンと陽子の散乱事象を検出するためにファイバー

飛跡検出器(CFT)、BGO カロリメータ、シンチレーション検出器から構成される散乱陽子検

出器群(CATCH)を開発した。CATCH では、散乱事象の同定を行うために散乱陽子の飛跡並び

にエネルギーを測定する必要があった。この CFTの信号波形を ADC を測定するためには、従

来よりもトリガーの遅延を短くしなければならなかった。これを実現することと、エリア外

から遠隔操作を可能にするために従来の NIM モジュールに代わり、FPGA を用いた汎用回路に

よりトリガーシステムを構築した。本実験は、2018年の 6月に一部のデータ取得を行なった。

実験で得られたデータよりトリガー用の検出器の検出効率や運動量選択を行うトリガーモジ

ュールなどを含めたトリガーシステムの評価を行なった。

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ガンマ線トラッキング検出器の開発と性能評価 甲田 旭 核物理研究センター 核物理実験研究部門 (物理学専攻)

ガンマ線トラッキング検出器の性能評価の為、NewSUBARU

放射光施設のGACKOビームラインでコリメートしたガンマ線

ビームを照射し、波形と位置分解能を測定する実験を行った。 ガンマ線トラッキング検出器は、入射したガンマ線によって

生ずる相互作用の位置とエネルギーの関係から、散乱イベント

の再構成を行うことにより、高い検出効率と、コンプトン散乱

後の検出器外への逸脱に起因するバックグラウンド形成の抑

制を両立することが出来る Ge ガンマ線検出器である。また、

高い位置分解能により、正確なガンマ線角分布測定にも有効で

ある。 この検出器では、相互作用位置をセグメント化された電極か

らの信号波形を分析することによって電極の大きさよりもさ

らに小さい位置分解能で三次元的に決定することができる。 NewSUBARU では、2 mm φに絞った 1.7 MeV の大強度ガン

マ線ビームを照射した。検出器内の特定位置で散乱したイベントのみを選択的に取得する為、

検出器の横に鉛スリットを設置し、その背後に置いた別のガンマ線検出器との同時計数を取

り、波形の測定を行った。 また、シミュレーション波形との比較から反応位置を再構成することにより得られる反応

位置分布について、「精度」(Precision)と「正確度」(Accuracy)の 2 つの観点から位置分解能評

価を行った。

酸素非弾性散乱 16O(p,p’)によって作られた巨大共鳴状態の粒子崩壊と電

磁崩壊から放出されるγ線測定 須藤 高志 岡山大学・大学院自然科学研究科・数理物理専攻

超新星ニュートリノ検出のために、酸素・炭素原子核の集団励起モードである巨大共鳴状

態から放出される γ線のエネルギーと放出率を理解することは重要である。E398 では大阪大

学核物理研究センター(RCNP)において陽子を天然炭素(12C)とセルロース(C6H10O5)標的に照

射し磁気スペクトロメータ(Grand Raiden)と γ線検出器 NaI シンチレータ 25 本を使用し、励起

エネルギースペクトルと γ 線スペクトルを測定した。本研究では実験中の γ 線検出器のエネ

ルギー較正と MC シミュレーションを用いて検出効率の導出を行なった。その結果 γ線のエ

ネルギー1.5 から 15MeV の間で 5%の誤差で検出効率を理解した。酸素原子核の巨大共鳴状態

からγ線を放出する過程は二つ存在する。一つは核子を放出し娘核の励起状態に遷移し、そ

こからγ線が放出されるもので、娘核から放出される γ線の応答関数を全て再現することで γ線放出率を励起エネルギーの関数として求めた。二つ目は巨大共鳴状態から直接 γ 線を放出

して基底状態へ遷移するもので、軽い原子核としては初めて励起エネルギーの関数として求

めた。今回の講演では直接電磁崩壊の γ線について報告する。

NewSUBARU でのガンマ線ビームを検出器に入射し、その信号波形から再構成された反応点分布

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ガンマ崩壊同時計測による 90Zr の巨大双極子共鳴の微細構造の研究中村 翔健 核物理研究センター(物理学専攻)

原子核には、原子核全体が振動や膨張・

圧縮する巨大共鳴と呼ばれる集団励起状

態がある。原子核のバルクな性質が反映

されるこの現象を通して、核物質の非圧

縮率や対称エネルギーに関する多くの研

究が行われてきた。しかし、その微細構

造や崩壊メカニズムは未だによくわかっ

ていない。それを調べる方法のひとつが

ガンマ崩壊同時計測実験によりガンマ崩

壊確率を求めることである。そこで我々

は 2018 年 7 月に、大阪大学核物理研究セ

ンターにて 90Zr 標的で陽子ビームを用い

たガンマ崩壊同時計測実験を行った。392 MeV に加速した陽子ビームを 90Zr 標的に照射

し、巨大共鳴のひとつである巨大双極子共鳴へ励起させ(図 1)、8 台の大型 LaBr3:Ce 検出器を

用いて崩壊ガンマ線を検出した。基底状態へのガンマ崩壊確率と陽子非弾性散乱によるクー

ロン励起の断面積から、巨大共鳴の全崩壊幅を励起エネルギーの関数として求めた。本発表

では実験結果を示すとともに、そこから考えられる巨大共鳴の微細構造について議論する。

Probing nuclear deformation of Super Heavy Element region via Coulomb excitation gamma-ray spectroscopy

Pham Thanh Tung RCNP (Nuclear Physics)

The aim of the research is probing nuclear deformation of Super Heavy Element region via Coulomb excitation gamma-ray spectroscopy of Californium 249 (Cf: Z=98, N=151). The experiment has been executed in JAEA – Tokai Tandem Laboratory using two types of beam: 18O5+ with energy 70 MeV for low-lying excited state and 58Ni15+ with energy 245 MeV for higher excited state. The detector system includes: 4 single-crystal HPGe, 4 LaBr3 scintillator detectors for gamma detection and 2 silicon arrays placed backward and forward to the target for particle detection.

The 249Cf nuclei is excited via electromagnetic interaction between projectile and target nuclei, so called Coulomb excitation. The gamma rays measured in coincidence with scattered particle give the information about the low-lying states of 249Cf and thus shows its deformation. For the first step of analysis, the 18O beam data set has been analyzed and shown some low-lying gammas of 249Cf. The extracted data help to give the intensity values for gamma transition. The intensity of E2 transitions combining with angular information from silicon detector data allows to obtain the B(E2) value. The B(E2) value is the important parameter to deduce the quadrupole deformation of the 249Cf nuclei. These information could help to improve the theoretical prediction of nuclear shell structure in Super Heavy Element region.

図 1:散乱角 0 度における 90Zr(p,p’)の励起 エネルギースペクトル

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インビームガンマ線分光による 249Cf の高スピン状態の研究 柳原陸斗 核物理研究センター (物理学専攻)

変形度は原子核の重要なパラメータの一つであるが、超ウラン領域ではあまり調べられてい

ない。そこで我々は、この領域核の一つである 249Cf の四重極変形度を導出するために、249Cfをターゲットとしたクーロン励起ガンマ線分光実験を行った。実験は茨城県東海村にある日

本原子力研究開発機構のタンデム加速器を利用して行った。照射するビームとして、18O6+@70MeV(2 日間)、58Ni15+@225MeV(3 日間)を利用し、散乱された粒子をターゲットの上

流と下流におかれた合計 2 枚の CD 型の Si 検出器で、ガンマ線を 4 台の Ge 検出器と 4 台の

LaBr 検出器で測定し、粒子-ガンマ同時計測を行った。実験の結果、249Cf の脱励起ガンマ線

を測定することができた。利用したビームのうち 58Ni ビームについては、クーロン励起では

照射するイオンビームの陽子数 Z が大きいほど高スピン状態への励起断面積が増えるという

性質を利用して、高スピン状態について調べるために利用した。発表では、この 58Ni ビーム

を利用したクーロン励起実験について報告する。

神岡地下実験室における高エネルギーガンマ線の測定芥川 一樹 川畑実験室(物理学専攻)

CANDLES 実験はニュートリノの放出を伴わない二重ベータ崩壊の探索を行っており、二重

ベータ崩壊候補核の中でも も Q 値の高い 48Ca(4.3MeV)を用いて環境放射線の影響を低減し

ている。Q 値以上のイベントの一つとして、検出器周辺の物質(岩盤、ステンレス)に含まれ

る原子核が起こす中性子捕獲反応で放出されるガンマ線がある。28Si や 56Fe 起因のものがほ

とんどだと考えられているが、その計数率などは詳しく知られていない。背景事象のない測

定環境を作るためにはこれらの現象も正しく理解する必要がある。

本研究では岩盤から発生するガンマ線の CANDLES への影響を見積もるため、NaI(Tl)検出器

を用いて神岡地下実験室の Lab-D にて測定を行った。地下実験室では環境中性子のレートが

小さく中性子捕獲反応が起こりにくいため、データ収集は約四か月間である。NaI(Tl)検出器

はガンマ線に感度を持ちガンマ線測定に長けている。コンプトン事象も正しく測定するため、

10.2cm×10.2cm×17.8cm の 6本の検出器を使用することで高エネルギーガンマ線を測定した。

NaI(Tl)検出器内の 127Iの中性子捕獲反応によって生じる 6.8MeVのガンマ線はバックグラウン

ドとなりうるため、検出器の周囲にはホウ素シートを巻いている。またバックグラウンドと

なりうる事象として検出器内部の不純物から生じるU/Th系列のアルファ線もあり3MeV以上

の事象となるため、波形の違いを用いて取り除く。

本発表では解析及び結果からについて説明する。

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9-10 8-10 7-10 6-10 5-10 4-10 3-10 2-10 1-10 1 10

9-10

8-10

7-10

6-10

5-10

4-10

3-10

2-10

1-10

1

10

abc

abc

図 1本研究で得られた環境

中性子のエネルギースペクトル

環境中性子エネルギー(MeV)

計数

(MeV-1cm-2s-

1) 本研究で得られた

中性子スペクトル

平らなスペクトル形の

仮定(1/E)

先行研究で用いられる

MeV 領域の Excess

本研究ではじめて

示唆された

熱化された

中性子

CANDLES 検出器エネルギー応答評価 および地下環境中性子背景事象の研究 水越彗太 原子核実験研究室(物理学専攻)

ニュートリノ(ν)と反νにMajorana性がある際にのみ起こ

るνを放出しない二重ベータ崩壊 (0nbb崩壊)は,ν質量の

決定,そして物質優勢宇宙の解明につながる現代物理学の

重要課題の一つであるが,未だ発見には至っていない. 0nbb崩壊探索には,背景事象を極限まで低減する必要が

ある.CANDLES実験では,環境ガンマ線に対して非常に高

いQ値4.3 MeVを有するCa-48を用いて0nbb崩壊を探索して

いるため,自然存在核種からのγ線は大きな問題にならな

い.一方で,地下環境中性子が原子核に捕獲され放出される

ガンマ線はQ値付近の背景事象になりうる.先行研究の背景

事象数の見積もりは誤差が大きく,中性子フラックスの量を

正確に見積もる必要がある.本研究では,中性子に特化した

検出器での測定で,先行研究の評価が妥当であることを示し

た.測定されたフラックスは,

(23.5±0.7 (stat.) +1.9-2.1 (sys.))×10-6 cm-2s-1 である. これは,

神岡地下で系統誤差を考慮したはじめての結果である. また,検出器のセットアップの工夫とシミューレーションによって,測定が非常に難しい中性

子のエネルギースペクトルが推定された(図1).先行研究で簡単に仮定されていたスペクトル

形について詳細に議論されたため,低背景事象が重要な, 多くの地下稀少事象探索実験にとって有益な情報となる.

18N のb遅発中性子崩壊実験における高精度半減期測定 飯村 俊 川畑研究室(物理学専攻)

原子核のb崩壊の半減期は、原子核の構造を反映した重要な物理量である。また、元素合成

r 過程の研究においても、中性子過剰領域の高精度な半減期データが求められている。そこで

我々は、18N の半減期測定を行い、中性子過剰核の高精度な半減期測定手法の確立を目指した。 一般に不安定核の半減期測定は、核反応による多種多様な生成核中、生成量の少ない目的

核を選択して半減期を求めなければならず、S/N が低い。そこで我々は、不安定核ビームラ

インを用いて単一核種に分離した上でb線を直接観測した。さらにビーム照射時間(ON)と測定

時間(OFF)を分離するためにビームをパルス化し、検出計数率の時間変化から半減期を求める

手法を採用した。その際、シミュレーションによりパルスビームの 適化(ON1.9 秒、 OFF4.3秒)を図り、少ない実験時間の中でも統計誤差を 小化する測定を実現した。しかしこの手法

は高統計で測定できる一方で、測定回路の処理時間(dead-time)による数え落としの数も増

加する。すると、計数率を二桁以上変化させるこの半減期測定において、dead-time も大きく

変わってしまうために、正しい半減期が得られない。そこで、外部 clock 信号を用いてイベン

ト毎に dead-time を測定する回路を取り入れ、解析で数え落としを補正する手法を確立した。 実験は大阪大 RCNP において、18O ビーム(9.4 MeV/u)を 9Be ターゲットと反応させ生成・分

離(純度 92.4%)した 18N のb崩壊を、今回開発した 4 台のb線検出器(plastic scintillator 絶対検出

効率〜60%)で観測した。7.6%の混入核の影響を考慮する中で、 大エネルギーの異なるb線では検出効率が核種により大きく異なる問題に気付き、Geant4 によるシミュレーションを用

いて核種毎に検出効率を求めた。その結果、わずか2時間の測定時間で、先行研究の統計誤

差に比べ約3倍高精度な半減期 615.1(7) ms の測定に成功した。本研究で得られた半減期に関

し、バックグラウンドレベルの変化やビーム純度の不安定性による系統誤差などを議論する。

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18N のb遅発中性子崩壊を用いた 18O の中性子非束縛状態の探索梅原 基 川畑研究室(物理学専攻)

一般に、陽子数や中性子数が魔法数である安定核近傍の原子核の構造は殻模型で、質量数

が 4 の倍数はaクラスター(4He の原子核の房)模型でよく説明されてきた。18O(Z=8、N=10)は 16O(二重閉殻で 4a)に 2 つの中性子が結合した安定核であるため、多くの状態が 2 つの

模型で再現されているが、ガモフ・テラー遷移強度のような重要な物理量は説明できていな

い。そのため、理論模型の発展には 18O の核構造を理解することが必要不可欠である。18N の

b崩壊実験により 18O の束縛状態については詳しく調べられているが、中性子非束縛状態の実

験データはb遅発中性子を測定した 3 つのみである。これらの実験では、b崩壊後の中性子放

出確率は 12.0(13)%との報告があるが、500 keV 以下の中性子測定の困難さから 7.0(15)%しか

測定できておらず課題が残っている。そこで低エネルギー中性子が検出可能な小型の中性子

検出器を新たに開発し、18N のb崩壊後の 18O の中性子非束縛状態から放出されるb遅発中性子

を測定することを目指したb線-中性子-g線を測定する核分光実験を行った。 実験は大阪大学核物理研究センター(RCNP)の EN コースで行った。直接反応 9Be (18O, 18N)9Bで 18N を生成し、92%の純度で選別、 下流の Au ストッパーまで輸送した。18N が放出するb線、b遅発中性子をプラスチックシンチレーターで、b遅発中性子放出後に放出されるg線を半

導体検出器である Ge 検出器で検出する。中性子のエネルギーは飛行時間(TOF)法で測定され、

飛行時間の時間原点はb線検出器である。 本研究では、強度の大きい低エネルギー中性子ピーク(347 keV)を新たに発見し、またb遅発

中性子放出後のg線を初めて観測した。これらより 18N のb崩壊における崩壊様式を更新した。

本発表では、得られた崩壊様式を過去の実験や殻模型による理論計算と比較することで 18Oの中性子非束縛状態の核構造について報告する。

SPring-8/LEPS2 ソレノイドスペクトロメータ用トリガー検出器の開発と

その性能評価 山本林那 核物理研究センター(物理学専攻)

LEPS2 実験施設では、SPring-8 の 8GeV 電子とレーザー光との逆コンプトン散乱から生じ

る高強度のγ線ビームによって生成するハドロンを大立体角検出器で捉える実験を行う。こ

の LEPS2 の大立角ソレノイドスペクトロメータのトリガー検出器として飛跡検出器 TPC の内側

に SC(スタートカウンター)を設置する。SC は標的の前方(FSC)及び側方(SSC)を六角柱の

カップ状に囲うシンチレータで構成され、磁場中で用いる為に光センサーとしては MPPC を

用いる。LEPS2実験では、時間分解能13psec であるRF信号を粒子の速度を決定するため

の TOF 検出器のスタートタイミングとして間接的に利用するので、約 2nsec 間隔の RF バン

チを分ける為に 300psec 以下の分解能が必要とされる。

FSC の六角形の各辺の中心に 5 個の MPPC を取り付けた場合の測定結果では、中心領域

ではこの性能を満たしたが、角や端周辺では大きな中心値のずれがあった。そこで角や端

での時間分解能の向上、さらに位置依存のないエネルギーロス情報を得るためにも MPPC

を各辺を覆うように配置し、シミュレーションより読み出しを角の 6 箇所に設定した。LEPS に

おける電子ビームを用いた試験の結果、各辺から約 20mm 以上の領域では時間分解能が

300ps 以下を満たし中心では 100ps 以下を達成した。他の領域で要求性能を満たさない原

因を調べた結果、チェレンコフ光の影響と複数の MPPC を並列接続して読み出していること

による遅延の影響であることがわかった。

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暗黒物質を伴うニュートリノ質量生成の新模型と

ヒッグス粒子の LFV 崩壊に関する理論的研究榎本一輝 素粒子論研究室 (物理学専攻)

素粒子標準模型は低エネルギーにおける素粒子の振る舞いを も良く記述する模型である。

しかし、素粒子標準模型では説明できない問題が実験、観測の結果としていくつか知られて

おり、ニュートリノ質量問題もその一つである。標準模型においてニュートリノの質量は 0

であるが、ニュートリノ振動実験の結果からニュートリノは質量を持っていることが分かっ

ている。この質量の起源は何であるか、というのがニュートリノ質量問題である。

この問題を説明する模型として、ニュートリノ質量をシーソー機構によって生成する模型

や、輻射によって生成する模型が様々に作られてきた。これらの模型の内のいくつかは、暗

黒物質問題やバリオン数非対称性問題など他の標準模型では説明不可能な問題も同時に説明

できる可能性があり、素粒子標準模型を超えた模型として盛んに研究されてきた。しかし、

このような模型のほとんどは、もし将来の加速器実験においてタウ粒子など電荷を持ったレ

プトンのレプトンフレーバーを破る(LFV:LeptonFlavorViolating)崩壊が観測されずに、

ヒッグス粒子の LFV 崩壊が観測された場合、直ちに棄却されてしまうことが先行研究によっ

て示された。

本研究では、もし将来にこのような多くの模型が棄却される状況になったとしても直ちに

棄却されないような構造を持ったニュートリノ質量生成の新模型を構築した。この模型でニ

ュートリノ質量は輻射によって生成される。また、暗黒物質の候補となる新粒子も含んでお

り、暗黒物質問題も同時に説明できる可能性がある。解析の結果、この模型は現在の実験的

制限を満たしつつ、ニュートリノ質量、暗黒物質の 2つの問題を説明できる模型であること

が分かった。

AdS/CFT 対応を用いたクォーク間ポテンシャルの解析

佐々木渉 素粒子論研究室(物理学専攻)

AdS/CFT 対応は弱結合の重力理論と強結合のゲージ理論を関連づける双対性である。この

性質を使うことで今まで計算できなかった、強結合領域におけるクォーク間ポテンシャルを

計算することができる。場の理論においてクォーク間ポテンシャルは長方形のウィルソンル

ープを計算することで導出することができる。一方で、AdS/CFT 対応を使うとウィルソンル

ープはストリングの世界面の面積と関連することが知られている。本修士論文では、この解

析に基づき、いくつかの場の理論でこのクォーク間ポテンシャルを計算した。また、素粒子

理論物理学の目標の一つとして、全ての物理を統一的に記述する理論の構築がある。このよ

うな理論の候補はいくつかあるが、M理論もそのうちの一つである。M理論は D0ブレーンと

呼ばれる、高次元時空間の線状の物体と深く関係していることが知られている。そのため、

D0ブレーンに関する解析は非常に重要である。AdS/CFT 対応によれば、D0ブレーン上に存在

するゲージ理論はゲージ群のランクが無限大の場合にのみ超重力理論の古典解である、ブラ

ック 0ブレーンが作り出す重力理論と等価であると推測される。しかしながら、近年、量子

補正を入れた場合のブラック 0ブレーンが作り出す時空間が導出された。この時空間はゲー

ジ群のランクを有限にした場合のゲージ理論と対応していると推測される。本修士論文では

この結果を用いて、有限なランクを持つゲージ理論におけるクォーク間ポテンシャルを計算

した。

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ドメインウォールフェルミオンを用いたバルク-エッジ対応とそのアノ

マリーからの考察 松木 義幸 素粒子論研究室 (物理学専攻)

量子ホール系やトポロジカル絶縁体などのトポロジカルに非自明な物質の研究が進む中で

「バルク-エッジ対応」が注目を浴びている。これは物性分野の言語ではバルクで定義される

トポロジカル数がエッジでの状態数の差に対応するというもので、一方、素粒子分野の言語

ではバルクとエッジを合わせた全体の理論がアノマリーフリーになっていることを表す。素

粒子分野でのこの対応の例としてCallanとHarveyによるドメインウォールを用いたアノマリ

ー流入の議論や E. Witten による T-Anomaly cancellation の議論がある。特に、この T-Anomaly cancellation は APS 指数定理という偶数次元バルクに対する数学定理によって保証されている。

しかし、この定理は物理的なセットアップに基づいて定式化されていないために、形式的に

はアノマリーフリーであることは分かっていても具体的な問題に適用することが難しかった。

この問題に対して 2017 年に深谷・大野木・山口らがドメインウォールを用いることで解決へ

と導いた。これにより、偶数次元バルクに対する「バルク-エッジ対応」が物理的に明確にな

った。そこで我々はこのドメインウォールを用いたアノマリー流入の考え方を奇数次元に拡

張することを試みた。これにより量子ホール系などでのアノマリー流入機構を場の理論の立

場から一般的に定式化することができる。

拡張ヒッグス模型におけるポテンシャル構造の検証に関する

理論的研究愛甲将司 素粒子論研究室(物理学専攻)

弱い相互作用と電磁相互作用に関する様々な実験結果は、ゲージ原理と自発的対称性の破れ

を基礎に置くグラショウーワインバーグーサラム理論(GWS 理論)によって理解される。強

い相互作用を記述する量子色力学(QCD)と GWS 理論を組み合わせた理論は標準模型と呼ば

れ、様々な実験によって検証が行われてきた。

GWS 理論では対称性の破れを引き起こすヒッグス場が一つだけ導入される。しかし、 小

超対称標準模型(MSSM)などの拡張模型では新たなヒッグス場が導入され、ヒッグス場が複

数存在する可能性は実験によっても棄却されていない。

本研究では標準模型にヒッグス二重項場をもう一つ導入した Two-Higgs Doublet Model(THDM)を議論した。大型ハドロン衝突型加速器(LHC)の前身である大型電子陽電子衝

突型加速器(LEP)における精密実験の結果や、現在までに LHC 実験によって明らかにされた

ヒッグス粒子の性質を考慮すると、拡張模型におけるヒッグスポテンシャルが持つべき対称

性が浮かび上がってくる。対称性、すなわちヒッグスポテンシャルが持つ構造は標準模型の

先にある物理と直結している。

我々はヒッグスポテンシャルの持つ対称性を加速器実験によって調べるという動機の下で、

同符号荷電ヒッグスの対生成過程に着目した研究を行った。この過程は、背景事象が比較的

少ないという利点を持つだけでなく、ヒッグスポテンシャルの持つ大域的対称性と関係して

いる。研究の結果、同符号荷電ヒッグスの対生成過程は将来の高輝度大型ハドロン衝突型加

速器実験によって検証できる可能性があると判明した。この過程は標準模型を超えた物理に

迫るための切り口になると期待できる。

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アノマリー流入機構と格子ゲージ理論における

Atiyah-Patodi-Singer 指数定理 川井直樹 素粒子論研究室(物理学専攻)

素粒子物理学において、標準模型に代表されるカイラルなゲージ理論は重要な役割を持って

いる。しかし、カイラルゲージ理論はゲージアノマリーをもち、フェルミオン間で絶妙な相

殺がない限り、矛盾を含んだ破綻した理論と捉えることが一般である。一方、相殺されてい

ないゲージアノマリーを持つ理論に対して、ゲージアノマリーを高次元へのゲージカレント

の流出と捉える考え方も提唱されている。この考え方はアノマリー流入機構、もしくは

Callan-Harvey 機構と呼ばれ、場の理論における Bulk-Edge 対応を表しており、近年トポロジ

カル絶縁体などの物性理論において注目されている。特にトポロジカル絶縁体におけるアノ

マリー流入機構は、時間反転対称性に対する T-アノマリーについての相殺機構であり、数学

の定理である Atiyah-Patodi-Singer(APS)指数定理として理解される。APS 指数定理は境界のあ

る多様体上での定理であり、APS 境界条件という非物理的な境界条件を伴って定式化されて

おり、物理系への直接の応用は難しかったが、 近、深谷-大野木-山口により APS 指数定理

を連続理論のドメインウォールフェルミオンを用いて、物理的なセットアップでの定式化が

なされた。本発表ではアノマリー流入機構をレビューし、さらに格子ゲージ理論における APS

指数定理の非摂動的な定式化を試みる。

格子ゲージ理論におけるアノマリーと指数定理の非摂動的定式化 森 真輝人 素粒子論研究室(物理学専攻)

本発表では、格子ゲージ理論におけるアノマリーおよび指数定理について議論する。 はじめに連続時空の理論で藤川の方法と呼ばれる経路積分を用いたアノマリーの評価の手

法についてレビューを行う。この手法により解析的な量と位相的な量をつなぐ数学的な定理

である指数定理と U_A(1)カイラルアノマリーとが関係付けられることを確かめる。 次に、鈴木の論文に従い、カイラルアノマリーの計算を格子上で行う。この計算では厳密な

カイラル対称性を実現するオーバーラップ演算子を用いる。結合定数による摂動展開をせず

に、連続極限で連続理論のカイラルアノマリーに一致することを確かめる。ただし格子上で

計算したことで連続時空での理論には見られない効果も得られる。それはダブラーと呼ばれ

る非物理的な自由度のことである。 さらに、私たちは鈴木による議論をドメインウォールフェルミオンに拡張し、境界のある系

の指数定理の定式化も試みる。

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物理学専攻 素粒⼦・原⼦核グループ

会場:H701 2 ⽉ 13 ⽇(⽔)

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COMET 実験 Phase-I CDC における宇宙線を用いた性能評価試験松田 悠吾 久野研究室 (物理学専攻)

COMET実験は、荷電レプトンフレーバー非保存過程の一つであるミューオン電子転換過

程を探索する実験である。この現象は標準理論で強く禁止されており、発見されれば新物理

に繋がるとして期待されている。COMET実験はPhase-IとPhase-IIの段階的計画がなされ

ており、現在は茨城県東海村の大強度陽子加速器施設にてPhase-I の実験準備を行っている。

Phase-Iにおいて目標とする測定感度は単一事象発見感度3.1 × 10-15であり、この検出を担う

重要なガス検出器として、円筒型ドリフトチェンバー (CDC) を用いる。CDC はミューオン

電子転換過程による信号と背景事象を識別するため、検出対象である 105 MeV/c の電子に対

して、200 keV/c 以下の運動量分解能、そして 200 µm 以下の位置分解能が要求される。CDC は 2016 年の夏に建設が完了し、現在では CDC が規定の要求性能を満たしているかを調査

するため、宇宙線を用いた性能評価試験を行っている。

本研究では、CDC を用いて宇宙線の飛跡を再構成し、ガス内における電子のドリフト時間

とドリフト距離の関係や位置分解能、そして CDC のアライメント評価を行った。その結果、

位置分解能は中心レイヤーの平均において約 166 µm を示し、要求性能を満たしていること

が確認できた。またアライメント評価において、CDC の 軸方向における大局的な差は mm 、同じく 軸(ビーム軸)方向の差は

mm であり、位置分解能を考慮すると明確な差が生

じていないことが確認できた。本発表では、宇宙線試験で得られたこれらの結果とその考察、

そして今後の展望について述べる。

Development of Front-End Electronics for Online Trigger System of COMET Phase-I

Tai Thanh Chau Kuno laboratory (Physics)

COMET Phase-I aims to search for coherent muon to electron conversion which is the process of charged lepton flavor violation, with a sensitivity (3.1×10-15) 100 times better than the current limit. In Phase-I, the Cylindrical Detector system (CyDet) is the main detector system including Cylindrical Drift Chamber (CDC) and CyDet trigger hodoscope (CTH). CDC is used to reconstruct tracks of charged particles and measure their momenta, while CTH makes the first level trigger.

Because the trigger rate from CTH is high, online trigger system is developed to reduce it to manageable level. To do that, another first level trigger data needs to be generated at CDC front-end readout electronics, namely RECBE, before being sent to COMET trigger front-end (COTTRI FE) and COMET trigger motherboard (COTTRI MB) through communication protocol in the trigger system. Additionally, physics data from CDC hit information is stored in buffer at RECBE to wait for trigger signal with the maximum latency of 6 µs before being sent to DAQ system. If RECBE does not receive trigger in this amount of time, this data is replaced by new one. Therefore, the communication test is conducted among RECBE, COTTRI FE and COTTRI MB to evaluate the latency, stability and error rate.

Firstly, the firmware development of RECBE is presented in this thesis. Secondly, based on the communication test, the error rate and latency from RECBE to COTTRI MB are measured at 3.6×10-15

errors/bits and 1018 ns, respectively, for 4.8 Gbps of Aurora 8b/10b IP protocol, while the stability of communication is confirmed in 2 days run. Therefore, these results conclude that communication protocol is good enough to use in online trigger system.

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プロセッサ搭載 FPGA による新しいデータ取得システムの開発 大西 裕二 山中卓研究室(物理学専攻)

Zynq とは、一つのチップに FPGA(Field~Programmable~Gate~Array)とプロセッサを搭載

したデバイスのことであり、FPGA によるハードウェアと、プロセッサによるソフトウェア

が、簡単にデータのやり取りを行えるという特徴を持つ。 従来の DAQ 開発では、FPGA を、検出器とコンピュータ間のインターフェースとして用い

ることがあった。この場合、FPGA 上でコンピュータの通信規格に従ったプロトコルによる

データ転送回路を開発しなければならない。一方、Zynq を用いた DAQ システムでは、FPGA上にコンピュータへのデータ転送回路を開発しなくても、プロセッサを使用したソフトウェ

アでコンピュータへデータを転送できる。 本研究では、Zynq を用いた DAQ システムを開発し、実際に使用可能な性能であるかどう

か調査した。まず、Zynq の FPGA 部から CPU 部へのデータ転送速度を調査すると、 大

400M~Byte/sのデータレートで転送できるという結果を得た。また、CPUから、Gigabit~Ethernetで接続されたコンピュータの HDD へ、NFS~(Network~File~System)という方法を使ってデー

タの書き込みを行い、その速度を測った結果、 大で約 30~MByte/s のデータレートでデータ

を保存することができた。 調査の結果、NFSと HDD 書き込みの速度によって制限されているものの、Zynqを用いた DAQシステム全体で、 大約 30~MByte/s のデータレートまでなら DAQ が可能であるという結論

を得た。NFS 性能や HDD 書き込みパケット量の 適化を行うことで、さらなる性能が期待

できる。 後にデモンストレーションとして、データレート 20~MB/s の検出器からのデータ読み出

しを行い、エラーレートの上限値 8.3×1012を得、想定通り DAQ ができることを確認した。

J-PARC KOTO 実験における CsI 電磁カロリメーター 両側読み出し機構のためのフロントエンド回路の開発

原宜広 山中卓研究室(物理学専攻)

J-PARC KOTO 実験は、中性 K 中間子の稀な崩壊 を用いて標準理論を超える新

物理を探索する実験である。この崩壊の分岐比は標準理論で と予想されている。現

在の分岐比の上限値は、KOTO 実験の 2015 年のデータを解析して得られた であり、

標準理論の予測分岐比に到達するためには、さらなる背景事象の排除が必要である。 主な背景事象の一つである中性子背景事象を削減するために、我々は CsI カロリメーター

に新たな半導体光検出器(MPPC)を取り付け、CsI カロリメーターを両側から読み出す機構

を導入した。本研究では、MPPC の信号増幅や制御・モニタリングを行うための低消費電力

なフロントエンド回路を開発した。 まず、MPPC の制御・モニタリングに必要な、MPPC の暗電流の測定回路、印加電圧の測

定回路、HV 制御回路などを設計し、各機能が制御・モニタリングに必要な性能を満たしてい

ることを確認した。また、先行研究で設計されていた信号読み出し用アンプ回路の問題点を

指摘し、オペアンプの変更やテスト用のパルス入力回路の改良などを行なった。改良後の信

号用アンプ回路の特性を組み込んだシミュレーションでの中性子背景事象の削減能力は 12%で、KOTO 実験が標準理論の予測感度に到達するための性能を満たしている。 また、KOTO 実験の CsI カロリメーター実機に全数のフロントエンド基板の導入し、MPPCやフロントエンド基板が正常に動作していることを確認した。

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J-PARC KOTO 実験における中性子背景事象の削減のための CsI カロリメータ両側読み出し機構の評価

真利共生 山中研究室(物理学専攻)

J-PARC KOTO 実験は、K 中間子の稀な崩壊 を通じて CP 対称性を破る新物理

を探索する実験である。標準理論で予想される崩壊分岐比は と非常に小さいため、

信号事象を観測するためには背景事象の排除が重要となる。 2015 年に取得したデータでは、CsI カロリメータに中性子が入射することで生じる中性子

背景事象の寄与が、全背景事象の半分以上を占めた。この背景事象を削減するため、カロリ

メータ内での中性子と の反応位置の深さの違いに着目した。カロリメータのビーム上流側に

新しく取り付けた MPPC と、下流側の PMT との検出時間差から深さ位置を測定する。チャン

ネル数を減らすため、MPPC の読み出しでは複数結晶の波形を足し合わせる機構を導入した。

しかしながら、結晶の光量や時間応答には個体差があるため、MPPC の応答は粒子の入射位

置に依存する。 この研究では複数結晶の MPPC をまとめて読み出す機構の性能評価を行った。まず 200-800 MeV の陽電子ビームを用いて、時間分解能や MPPC の応答の位置依存性を調べた。また結晶

ごとに測定した個体差をシミュレーションに反映させることで、MPPC のもつ位置依存性を

予測できることを確認した。次に、宇宙線を用いてカロリメータの全結晶の個体差を測定し

た。ここで個体差が生じる原因を測定結果とシミュレーションを用いて考察する。 後に、

カロリメータの結晶個体差を反映したシミュレーションを用いて、両読み機構による中性子

背景事象の削減能力を評価した。

周波数分解光ゲート法を利用した レーザー・プラズマ相互作用面の高速挙動解析

落合悠悟 藤岡研究室(物理学専攻) レーザー核融合,高輝度ガンマ線源,コンパクトなイオン源等への応用を目指し,高強度

レーザーとプラズマの相互作用による電子ビームの加速が研究されている.我々はピコ秒の

パルス幅を有するキロジュール級の大規模レーザー装置を用いて,相対論的電子ビームの効

率的発生と高輝度化を行っている. レーザーパルス幅がピコ秒以下の場合,相対論的電子ビームの 大エネルギーは主にレー

ザーの集光強度に依存し,パルス幅等にはほとんど依存しないと結論されている.一方,我々

はレーザーのパルス幅がある閾値(数ピコ秒)を越えると,加速される電子ビームの 大エ

ネルギーが急激に上昇することを発見した.レーザーとプラズマの相互作用面の流体運動が

この閾値を決定すると考えられている.我々は相互作用面の流体運動を実験的に観測し,相

互作用面の運動と電子加速の 大エネルギーの関係を明らかにすることを目指した.観測結

果とシミュレーションを組み合わせることで,電子ビームのエネルギー制御に関する知見を

得ることが本研究の目的である.運動する相互作用面で反射されたレーザー光はドップラー

シフトを受ける.我々は周波数分解光ゲート法(FROG)によって反射光のドップラーシフトを

計測し,相互作用面の速度を得た. 本発表では相対論的電子エネルギーのパルス幅依存性の予測や FROG の設計開発と校正実

験,反射光計測実験で実際に得られた FROG データとその考察について説明する.

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重イオン入射ビームの大強度・高輝度化森田泰之 RCNP 加速器研究グループ(物理学専攻)

現在、大阪大学核物理研究センターでは AVF サイクロトロンの老朽化対策及び大強度・高

輝度を目的としたアップグレードを行っている。その一環として、イオン源の引き出し電圧

を現行の 15kV から 50kV に引き上げることで AVF サイクロトロンへの入射ビームの大強度・

高輝度を目指す。そのため、イオン源の引き出し系及び Low Energy Beam Transport (LEBT)を現行の 15kV 引き出しに対応したものから 50kV 引き出しに対応したものへ設計しなおす必要

がある。また、この新しい LEBT を建設した後に実施するビーム開発では、エミッタンスの

測定を行い、その結果をもとに随時運転パラメーターを調整する必要がある。現在、エミッ

タンス測定に約 10秒を要しているが、ビーム開発を効率的に進めるためにはリアルタイムで

のエミッタンス測定が望まれる。これらの背景のもと、本研究では重イオンビームを生成す

る超伝導 ECR イオン源の引き出し系及びその LEBT の設計を行った。また、リアルタイムで

のエミッタンス測定が可能な Pepper Pot Emittance Monitor の解析手法の確立を行い、4Hz での

エミッタンス測定が可能になったことで、効率的なビーム開発が可能となった。これらの成

果により、重イオン入射ビームの大強度・高輝度が期待される。

ホログラフィック QCD におけるストレンジハドロン 藤井大輔 核物理研究センター原子核・クォーク核理論グループ(物理学専攻)

酒井杉本模型は、massless QCD をもっともよく再現する holographic QCD として脚光を浴

びた。酒井杉本模型をフレーバーSU(3)に拡張して、ハドロンのスペクトルを見ようとする試

みもなされてきた。しかし、フレーバーSU(3)におけるバリオンの解析をソリトンの集団座標

量子化により行うときに、ソリトンをバリオンとみなすために必要な拘束項が、オリジナル

な酒井杉本模型からは得られないことが指摘された。酒井杉本模型は Skyrme model の作用を

内包していて、Skyrme model における解析では、この拘束項は WZW term から出てくる。WZW term は酒井杉本模型の CS term から得られるから、この CS term を変更することで、酒井杉本

模型から拘束項が導かれるようにしたい。この目的で新たに CS term がいくつか提案された。 しかし、これらの CS term が共通して抱える問題がある。それは、これらの CS term におい

ては、架空の次元を加える必要があるが、元々の酒井杉本模型で使われていた CS term から、

この架空の次元がどのように現れるのか明らかでないことである。それに伴い、この加えた

次元の物理的意味や、作用の YM part への影響も十分に考察されていない。 我々は、高次元ゲージ理論を扱った、Forgács と Manton の手法を利用して、これらの疑問

に答えるために、研究を行ってきた。本修士論文では、今までに得られた知見を紹介し、酒

井杉本模型におけるストレンジハドロン研究の展望について述べた。

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カイラリティを変化させる散乱の 寄与を取り入れたカイラル運動論の構築 大塚高弘 原子核理論研究室(物理学専攻)

質量 0 のフェルミオンに対してはカイラル対称性が成立し、カイラリティを保存量として

持つことが Noether の定理によって示される。しかし、相対論的な量子論においてカイラル対

称性は破れており、したがってカイラリティは保存量とならない。このような古典的な対称

性の量子的破れはカイラルアノマリーとして知られている。カイラルアノマリーはマクロな

輸送現象においても現れており、そのようなカイラルアノマリーに起因する輸送現象はカイ

ラル輸送現象と呼ばれている。カイラル輸送現象は従来の古典的な輸送理論では説明できな

い現象であり、磁場と平行に流れる電流を発生させるカイラル磁気効果や、流体中で渦度に

沿った電流を発生させるカイラル渦効果などが挙げられる。 カイラル輸送現象はさまざまな系で発生すると考えられており、重イオン衝突実験によっ

て生成されるクォーク・グルーオン・プラズマ状態においてもその観測が期待されている。

しかし、現段階では実験的観測が成功しているとは言いがたく、今後もより高精度を目指し

て精力的に実験が行われる予定である。そのため、理論側からもカイラル輸送現象を引き起

こす種であるカイラリティの時間発展を理解することは非常に重要である。 そこで、本研究ではフェルミオンの散乱がカイラリティに与える影響を議論する。特に、

フェルミオンの質量が 0 の極限においても、カイラリティを変化させるフェルミオン・ゲー

ジボソン間の散乱に着目した。そのような散乱がカイラリティの時間発展に与える影響を解

析するため、衝突項を取り入れた Boltzmann 方程式を構成した。一方で、この散乱がカイラ

ルアノマリーとして理解可能かどうかを議論したところ、得られた Boltzmann 方程式とカイ

ラルアノマリーの関係式と整合しないことが判った。そのため、カイラリティを変化させる

散乱の起源を探るため散乱過程をさらに詳細に解析した。

改良したクエンチ QCD による重クォーク QCD の臨界点の精密解析 清原 淳史 原子核理論研究室(物理学専攻)

クォークやグルーオンの運動は量子色力学(QCD)によって記述される。QCDの特徴とし

て有限温度有・限密度において相構造を持つことがあげられる。しかし、QCDでは結合定数

が低エネルギーで大きくなるため、摂動展開を用いて相転移現象を扱うことが難しい。そこ

で摂動展開を用いず、第一原理的な計算を可能にしたのが格子QCDである。QCDにおける相

転移現象に対して、有限温度の格子QCDを用いた研究は盛んに行われている。

有限温度QCDの相転移の次数はフレーバー数およびクォークの質量に依存することが知

られている。相転移の次数はクォークの質量が非常に重い領域では一次相転移だが、質量が

軽くなるにつれてクロスオーバーへ変化する。これまでに、クォークの質量を無限大とする

クエンチQCDによって重クォーク領域の相構造が調べられてきた。これらの先行研究では、

物理量のヒストグラムが転移点上において一次相転移ではピークが複数ある一方で、クロス

オーバーではピークは1しかないという性質を利用した臨界点の探索が行われた。また、多

重再重み付け法とホッピングパラメータ展開を用いて、クエンチの配位から臨界点付近の物

理量のヒストグラムを構築して解析が行われたが、オーバーラップ問題と呼ばれる統計的な

問題により精密な解析が困難であった。

本研究では臨界点付近の配位を直接得るために、クエンチ近似された作用にポリヤコフル

ープを加えた作用に基づくモンテカルロシミュレーションを行った。この改良により、従来

とほぼ同等の計算コストで臨界点の精密な測定が可能となった。また、本研究ではビンダー

キュムラントを用いた解析で臨界点の測定も行った。ヒストグラム法による臨界点の測定結

果とビンダーキュムラントによる測定結果は、有限体積効果のために大きく異なる結果とな

った。この不一致について、有限サイズスケーリング解析に基づいて議論する。

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QCD 相図上の 1 次相転移探索へ向けた高次ゆらぎの時間発展の研究野中奏志 原子核理論研究室(物理学専攻)

陽子や中性子といったハドロンは、内部構造としてクォークの自由度を持っている。極め

て高温・高密度の状態ではそのクォークは閉じ込めから開放され、QCD 物質はクォーク・グ

ルーオン・プラズマ(QGP)という状態に相転移することが知られている。この例のように

QCD は有限温度・有限密度の領域で多彩な相構造を持っており、それらをまとめたものを QCD

相図と呼ぶ。QCD 相図において、ハドロン相と QGP 相の間には 1次相転移線が、その終点に

は臨界点が存在することが理論的に示唆されている。このような 1次相転移や臨界点の探索

は理論・実験の両アプローチで盛んに行われており、その温度・密度を具体的に決定するこ

とは も興味深い研究課題の1つとなっている。

特に実験的な手段として近年世界各地で盛んに行われているのが重イオン衝突実験である。

重イオン衝突実験では、衝突終状態におけるイベント毎の保存電荷数ゆらぎを観測量として

用いることができる。保存電荷数ゆらぎは、臨界点付近でカイラル凝縮のゆらぎと結合して

ソフトモードになることや、それが初期の媒質の情報を反映しやすい物理量であることなど

の利点がある。特に非ガウス性を特徴づける高次ゆらぎは、臨界点に敏感であること、臨界

点付近で符号変化を起こすことなどの理由から近年注目を集めている観測量である。

本研究では、QCD 相図上の 1次相転移に注目し、重イオン衝突実験で生成された物質が 1

次相転移線を通過することを想定し、衝突後から 1次相転移線を通過し観測に至るまでの非

平衡的な時間発展を確率微分方程式を用いて記述した。1次相転移通過する際に期待される

表面の形成やドメインの出現といった現象のダイナミクスを見るとともに、それらが 1次相

転移のシグナルとして観測量にどのように反映されるかを議論する。

機械学習を用いた SU(3) Yang-Mills 理論における

トポロジカル電荷の推定 松本拓也 原子核理論研究室(物理学専攻)

非可換ゲージ理論におけるトポロジカル電荷とはゲージ場の配位ひとつひとつが持ってい

るトポロジカル不変な量であり整数値 をとる。トポロジカル電荷は本来、連続

理論において定義されるものであるが格子上でも計算することができる。SU(3)Yang-Mills

理論におけるトポロジカル電荷を格子上で定義するひとつの方法は、トポロジカル電荷を離

散化して計算する方法である。しかしその計算結果は格子化による紫外ノイズの影響により、

整数値から離れた値になってしまう。その紫外ノイズを抑制するために、従来の研究では勾

配流法やスメアリング法などの手法を用いてゲージ配位をアップデートし、場の平滑化を行

ってきた。場の平滑化によるアップデートを繰り返すことにより格子上で計算されたトポロ

ジカル電荷は徐々にある整数値に近づいていくが、アップデートには多くの時間がかかって

しまう。

本研究では、ゲージ配位のトポロジカル電荷を機械学習の技術を用いて推定する。

具体的には、十分勾配流をかけた時のトポロジカル電荷を正解データとし、$4$次元時空上で

定義されるトポロジカル電荷密度及びそれを勾配流で発展させたものをそれぞれ$4$次元画

像として学習するようなネットワークモデルを構成した。しかし、その学習結果はトポロジ

カル電荷密度を単に空間積分した時の精度と変わらないものとなった。そこで、トポロジカ

ル電荷密度を一部の次元について積分することで低次元化し、更には異なる勾配流の flow 時

間における配位をひとつの画像として重ねあわせて入力するなどの工夫をした。その結果ト

ポロジカル電荷の推定において、従来の方法と比べ遥かに少ない計算コストと$95$%程度の

極めて高い精度での推定を両立することに成功した。

!,2,1,0 ±±=n

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中性子散乱による未知相互作用探索のための標的材料の基礎研究 堀 太地 核物理研究センター(物理学専攻)

自然界に存在する 4 種類の相互作用のうち重力相互作用はほかと比べて極端に小さく、こ

のことは素粒子物理における階層性問題と呼ばれている。この問題を解決するための候補と

して 3 次元を超える空間を仮定する余剰次元理論が提唱されている。余剰次元理論の模型の

一つに ADD (Arkani-Hamed, Dimopoulos, Dvali) 模型がある。この模型はマイクロメートル以

下程度にコンパクト化された余剰次元に重力が逃げていると仮定することにより重力の弱さ

を説明する。この模型ではマイクロメートル以下での重力が逆二乗則からずれる可能性があ

り、そのずれを探索することで理論の検証が可能である。現在、私達の参加する NOP collaboration では低エネルギー中性子の小角散乱を通して余剰次元重力をはじめとする未知

相互作用の探索を行っている。現在は J-PARC で Xe 原子を標的として測定を行っているが、

現状の感度は理論が予想する逆二乗則からのずれの大きさには届いていない。そこで私たち

は、標的の大きさを探索する未知相互作用のレンジ(数十 nm)に整合させ、標的あたりの質

量を大きくすることで探索感度を飛躍的に増大させることを目指している。この実験で鍵と

なるのは、 大のバックグラウンド源である核散乱を抑制することである。一般に干渉性散

乱の断面積はその物質の散乱長の二乗に比例するため、符号の異なる散乱長を持つ同位体を

適切な比率で混合し標的材料とすることで、核散乱を格段に削減できると考えられる。本研

究では、J-PARC パルス中性子源を用いてさまざまな合成散乱長を持つ材料の干渉性散乱を測

定し、負の散乱長を持つ同位体を含む材料では実際に核散乱が抑制されることを確認した。

Ⅱ型超新星爆発にかかわる 40Ca(α,γ)44Ti 反応の反応断面積測定 髙石 竜勢 能町研究室(物理学専攻)

超新星爆発の発見は、人類の歴史を見ても古くからされており、 も古いもので 2 世紀の

中国にその記録がある。しかしその具体的なメカニズムに関しては、この現代においても未

だによくわかっていない。 1990 年代に NASA の COMPTELγ線観測衛星や OSSE の観測によって、超新星残骸である

Cassiopea A から 44Ti 崩壊による 1157keVγ線が検出され、その観測量から Cassiopea A に含ま

れる 44Ti の量が推定された。このチタンの量を説明できる爆発モデルは、従来ジェットのよ

うな強い非対称性を持つものだけであったが、40Ca(α,γ)44Ti 反応断面積データについて不定性

の範囲内で球対称な爆発モデルでも 44Ti の観測量を説明できる可能性があることが指摘され

た。つまり 40Ca(α,γ)44Ti 断面積の高精度データが、超新星爆発のメカニズムをより正確に理解

する上で必須となった。 そこで我々は、この超新星爆発における元素合成過程を解明する上で定量的な計算の支障

となっている 40Ca(α,γ)44Ti 反応の断面積の精密測定を行った。本研究では、天然 Ca を含んだ

酸化カルシウムを標的として用い、大阪大学核物理研究センター・AVF サイクロトロンから

の αビームを照射し、40Ca(α,γ)44Ti 反応で生成された 44Ti の β+崩壊で生じる 44Sc がさらに β+崩壊する際に放出される 1157keV の γ線を計測することで 44Ti の生成量を求めた。また標的

中にフッ化カルシウムを混合し、断面積の良く分かっている 19F(α,n)22Na 反応によって生成さ

れる 22Na の放射能を同時に測定することで、ビーム強度、有効標的厚、γ線検出器の検出効

率に付随する系統誤差を相殺し、高精度測定を実現した。

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判定会議 日時:2 月 13 日(水)16:00〜 会場:H701 ※教授、准教授、講師及び副査担当の助教の方は全員出席です。

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物理学専攻 物性グループ 会場:F102

2 ⽉ 12 ⽇(⽕)

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トポロジカルなバンド構造を有する 空間反転対称性の破れた超伝導体 PbTaSe2の物性研究

横井滉平 花咲研究室 (物理学専攻)

PbTaSe2 は層状物質 TaSe2 の層間に Pb がインターカレートされた物質であり、結晶構造の空

間反転対称性が破れた物質である。空間反転対称性の破れた物質では、反対称スピン軌道相

互作用により、系のスピン縮退が解けてバンドが分裂する。そのような状況では、スピン一

重項状態とスピン三重項状態が混成したパリティ混成超伝導状態が実現すると期待されてい

る。PbTaSe2は Tc = 3.8 K の超伝導体であり[1]、パリティ混成超伝導状態が実現している可能

性がある。また、分裂した伝導バンドと価電子バンドが波数空間上で重なり、環状のディラ

ック線ノードが形成される[2]。そのため、ディラック電子のベリー位相に起因した異常ネル

ンスト効果などの現象が期待される。本研究では PbTaSe2 の超伝導状態の解明、並びに常伝

導状態でのトポロジカルなバンド構造に由来する輸送現象の発見を目指し、NMR 測定、電気

抵抗率、ゼーベック係数、ネルンスト係数の測定を行った。Ta 核 NQR 測定から求めた核ス

ピン-格子緩和時間(T1)の温度依存性からは、PbTaSe2の超伝導ギャップの対称性が等方的なフ

ルギャップであることが示唆され、s 波の超伝導状態が支配的であることが明らかになった。

また、3.0 K 以下ではゼーベック係数に明瞭な量子振動が観測され、77 T 程度の小さな断面積

を持ったキャリアポケットが存在することを新たに発見した。さらにネルンスト係数につい

てもが大きな値が観測された。理論計算の結果から、このキャリアポケットはディラック線

ノードを囲むことが明らかとなり、このトポロジーが上述の熱特性の起源となっている可能

性が期待される。[1] M. N. Ali et al., Phys. Rev. B 89, 020505(R)(2014). [2] R. Sankar et al., J. Phys.: Condens. Matter 29, 095601(2017).

フタロシアニン分子系一次元伝導体のフィリング変化による金属化杉本 崇 花咲研究室(物理学専攻)

分子性の低次元伝導体は、電子間相互作用によって電荷やスピンが多様な周期的秩序を生

み出すことから、強相関電子系の研究対象となっている。TPP[Co(Pc)(CN)2]2 (Pc = フタロシ

アニン分子)は、分子がチェーン状に積層した 3/4 フィリングの1次元伝導体である。電気抵

抗率は半導体的な挙動を示しており、拡張ハバードモデルから示唆される電荷秩序が低温で

生じていることが実験的に示されている[1]。ここで、陽イオン分子 TPP+1を超分子 A+1(EtOH)4 (A = K,Na)に変更しても、フタロシアニン分子の一次元鎖構造は維持される[2]。しかし TPP塩とは異なり、室温~約 50K で金属的な振舞いを示す。

本研究の目的は、この金属化の起源とその特徴を明らかにすることである。まず電気抵抗

率と光学伝導度、分子軌道の重なり積分値の異方性から、電気伝導の次元性は TPP 塩に比べ

有意な変化がないことを確かめた。一方、単結晶 X 線の構造解析によって、陽イオン分子

K(EtOH)4、Na(EtOH)4の占有率が 1 から大きく減少していることを明らかにした。これから、

陽イオン分子の欠損によりホールがドープされ、金属的になることが分かった。また、室温

~180K の温度領域において、電気抵抗率が温度に対し冪依存性を示すが、光学伝導度におけ

る波数の冪依存性との相関が見られ、本物質が朝永ラッティンジャー液体になっている可能

性を指摘した。[1] N. Hanasaki et al., J. Phys. Soc. Jpn., 75, 104713 (2006). [2] Y. Tanaka et al., Crystals. 2, 946 (2012).

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SnSe における外部圧力を利用したバンド構造制御と熱電性能の向上 西村拓也 花咲研究室(物理学専攻)

熱電材料を利用すると熱を直接電気に変換できることから、環境にやさしい発電が可能とな

る。層状物質 SnSe は近年発見された有望な熱電材料の一つであり、高温において ZT=2.6 と

いう高い熱電性能を示すことから注目を集めている[1]。さらに 近では元素置換によるキャ

リア制御が試みられ、Na ドープにより正孔濃度を増加させると(キャリア数 4×1019 cm-3)、室温での ZT 値が約 7 倍上昇すると報告された[2]。また Br ドープを行うことで n 型に転換し

た SnSe も作製され(キャリア数 1×1019 cm-3)、p 型に匹敵する高い熱電性能が報告されている

[3]。 そこで本研究では、さらなる熱電性能の向上を目指し、p 型/n 型 SnSe の両方において圧力

印加によるバンド構造制御を行い、熱電特性の変化を調べた。p 型 SnSe( 2×1018 cm-3)では圧

力印加に対し、ゼーベック係数はほぼ不変であるが、電気抵抗率は減少するため、電力因子

は 2~300 K で 1.6 GPa の圧力により約 2 倍に増大する。SdH 振動と共同研究の理論グループ

による計算を詳細に比較した結果、この性能向上が圧力印加によりバレー数が増加すること

(リフシッツ転移)に起因することが分かった[4]。一方、n 型 SnSe ではゼーベック係数が圧

力印加により著しく増大する(20 K では、2.2 GPa において常圧の約 5 倍)。また電気抵抗率

も圧力印加によって増加する傾向が見られ、n 型 SnSe では圧力により p 型とは大きく異なる

バレーの変化が生じている可能性を示唆している。以上の結果から、外部圧力を利用するこ

とで、化学置換では困難である系統的なバンド構造の制御とそれに伴う熱電性能の向上を明

らかにした。 [1] L. D. Zhao et al., Nature 508, 373 (2014). [2] L. D. Zhao et al., Science 351, 141 (2016). [3] C. Chang et al., Science 360, 778 (2018). [4] T. Nishimura et al., (submitted).

自発磁化を有するディラック電子系磁性体 BaMnSb2における

バルク量子ホール効果の観測 藤村飛雄吾 花咲研究室(物理学専攻)

ディラック電子系物質では線形的なバンド構造のため、伝導キャリアの有効質量がゼロと

なる。代表例であるグラフェンで非常に高い移動度、非自明なトポロジーを表す半整数量子

ホール効果が観測されたことをきっかけに、近年、新規物質の探索が進められた。これまで

は非磁性体のものがほとんどであったが、スピン、磁性を組み合わせたスピントロニクス分

野へ応用が期待できるため、磁性ディラック電子系物質の開発が急務となっている。 AMnX 2 ( A :アルカリ土類、 X :Sb, Bi)は、X 元素の正方格子からなるディラック電子層

と A-MnX からなる磁性ブロック層の積層構造を特徴とし、ディラック電子と磁性が共存する

物質である。以前は Mn 副格子が単純な反強磁性を示す物質しかなかったが、近年 BaMnSb2

で反強磁性秩序した Mn スピンが僅かにキャントする弱強磁性が観測された[1,2]。さらに Biよりスピン軌道相互作用が小さい Sb 系物質では、線形バンドのエネルギーギャップが小さい

ため、BaMnSb2 は理想的なマスレスディラック電子が自発磁化とカップルし得る物質である

と考えた。そこで本研究では BaMnSb2のディラック電子状態や、自発磁化が物性に与える影

響の解明を目的として単結晶合成、およびその電気・熱輸送特性の測定を行った。試料合成

では、自己 flux 法を用いて条件を系統的に変化させた結果、仕込み比によってキャリアの極

性が変化することが分かった。さらにホール抵抗率、層間抵抗率の強磁場下での精密な測定

により、バルク物質にもかかわらず、半整数量子ホール効果の観測に成功した。ホールプラ

トー値からはランダウ準位の縮退度を見積もり、結晶構造、バレー数、自発磁化の観点から

詳細な電子構造の議論を行った。また多層量子ホール状態のゼーベック係数が、純粋な 2 次

元量子ホール系の理論値から大きくずれることを示唆する結果を得た。 [1] J. Liu et al., Sci. Rep. 6, 30525 (2016). [2] S. Huang et al., PNAS 114, 24 (2017).

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III-V 族半導体(110)表面上 Bi 擬一次元鎖のスピン偏極電子状態

中村 拓人 木村研究室(物理学専攻)

近年、Rashba 効果やトポロジカル秩序相に起因する、スピン偏極した表面電子状態に関す

る研究が盛んに行われている。このようなスピン偏極表面状態は、Rashba-Edelstein 効果によ

るスピン流-電流の直接変換などのスピントロニクスへの応用が期待されている。一方、より

低次元である(擬)一次元系では、スピンに依存した金属絶縁体相転移や電子の後方散乱の完全

抑制など、更なる興味深い電子物性の発現も予測されている。これまでもスピン偏極擬一次

元系に関する研究は行われてきたが、それらのスピン分裂の大きさは典型的な二・三次元系

物質と比べると 1/3~1/5 程度小さいのものしかなかった。そのため、これらスピン偏極(擬)一次元系の新奇スピン電子物性やスピントロニクスへの応用を議論するには、大きなスピン分

裂を実現することが必要であった。 本研究では、巨大スピン偏極擬一次元電子系の実現を目的に、III-V 族半導体 InAs 及び GaSb

の(110)表面上に Bi の擬一次元鎖を作製し、その電子状態を角度分解光電子分光(ARPES)によ

り観測した。本系では重元素 Bi の大きなスピン軌道相互作用による巨大スピン分裂と、鎖状

の表面原子構造を反映した擬一次元電子状態の共存が期待できる。ARPES 観測の結果、

InAs(110)上 Bi 擬一次元鎖において、半導体的な擬一次元電子状態が実現していることを発見

し、従来物質と比べ 5 倍大きな巨大スピン分裂を示すことが分かった。また、GaSb(110)上Bi 擬一次元鎖においてもスピン偏極擬一次元電子状態が実現していることを確認し、基板で

ある GaSb(110)の表面状態を制御することでこれを金属化できることが分かった。

トポロジカル近藤絶縁体 SmB6(111)の表面電子状態

山下雄紀 木村研究室 (物理学専攻)

トポロジカル近藤絶縁体(Topological Kondo Insulator: TKI)とは、トポロジカル絶縁体

(Topological Insulator: TI)と近藤絶縁体(Kondo Insulator: KI)の両方の性質を合わせ持つ物質群

である。これまでの TI に関する研究は Bi2Se3などの電子相関をほぼ無視できる半導体で精力

的に行われてきた。一方、巨大磁気抵抗や超伝導などの特異な電子物性の起源である強い電

子相関で開いたバルクのギャップ中に TI の表面エッジ状態を実現できれば、両者の協奏効果

によって新奇な物理現象の発現が期待できる。このような物質系の 1 つとして、TKI は同一

物質内に強相関と TI 相が共存する点から興味深い物質として注目されている。TKI の候補と

して SmB6 が注目されているが、この物質が TKI であるか否かの結論はついていない状況で

ある。 そこで本研究では、これまでの SmB6の角度分解光電子分光(ARPES)測定で用いられてきた

(001)面ではなく、別の方位である(111)面での ARPES およびスピン・角度分解光電子分光

(SARPES)測定によって、SmB6が TKI であるか否かの検証を行った。その結果として、ARPES測定によって金属的かつバルク近藤ギャップを連続的に横切る表面電子状態が観測され、

SARPES 測定によってその表面電子状態はヘリカルなスピン偏極構造を持つということが明

らかになった。これらの実験結果は、表面バンドが金属的でスピン偏極しており、TI の特徴

を持っていることが分かった。このことは、SmB6が TKI であることを強く示唆している。

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立方晶Mn基ホイスラー合金の磁性と構造に関する第一原理計算熊倉雅仁 小口研究室(物理学専攻)

ホイスラー合金 X2YZ は、近年、機能性材料として期待されている。特に、Mn基(X=Mn、Y:遷移元素、Z:典型元素)のホイスラー合金ではいくつかの興味深い性質が実験的に観測され、

スピントロニクスへの応用が期待されている。例えば、Mn3Ga では垂直磁気異方性、Mn2VAl で

はハーフメタル性、Mn2CoAl ではスピンギャップレス半導体としての性質が報告されている。

しかし、低温では発現していたハーフメタル性が室温では失われるなど、実用上の問題点が

存在する。問題点を解消する、機能性材料の候補となる物質をより効率的に探索するために、

理論的な研究から性質を有するための特徴を明らかにすることが必要である。

本研究では、その物質の特徴の系統性から、高い機能性を有する物質系の設計に資するこ

とを目的として、第一原理計算を用いて、立方晶Mn基のフルホイスラー合金の構造安定性と

その磁性について系統的に解析した。第一原理計算手法を用い、Mn基の立方晶のホイスラー

合金 Mn2YΖを対象系とし、異なる構造に対して、その規則相の安定性、磁性、構造の安定性

について解析した。

その結果、Z原子に Alと Ga を持つ合金は磁性と構造安定性で似た性質を持つ一方で、Inを

持つ合金では先の2種の元素を持つ合金と異なる性質となり、構造が不安定なことを明らか

にした。

Fe/Bi/MgO 多層膜の結晶磁気異方性に関する第一原理計算

平岡敬也 小口研究室(物理学専攻)

磁気トンネル接合 (MTJ: Magnetic Tunnel Junction) は強磁性層の間に絶縁体層を挟み込んだ

構造を持ち、巨大磁気抵抗効果を示すことから磁気抵抗メモリ (MRAM: Magnetoresistive Random Access Memory) の記憶素子として利用されている。MRAM は情報を保持するのに待

機電力を必要としない不揮発性メモリであり、新世代の低消費電力メモリとして注目を集め

ている。 近年では記録密度の向上を期待して、薄膜表面に対して垂直な自発磁化を持つ物質を強磁

性層として採用する垂直磁気記録方式が注目されている。このため、熱揺らぎに耐えうる大

きな垂直磁気異方性を実現する物質が求められている。垂直磁気異方性はスピン軌道相互作

用による結晶磁気異方性に由来し、スピン軌道相互作用は原子番号の大きな元素の場合に顕

著に現れることが知られている。 本研究では結晶磁気異方性の向上を期待して、Fe/MgO 界面に Bi 層を挿入したモデルを作

成し、第一原理計算に基づき、結晶磁気異方性の定量的評価について研究を行った。まず、

Fe/MgO 界面に Bi 層を挿入した場合に、Fe/Bi/MgO がどのような構造をもつかについて、格

子整合性の観点から考察し、作成したモデルを用いて結晶磁気異方性を解析した。その結果、

Fe/MgO 界面に Bi 層を挿入することによって、より大きな垂直磁気異方性が得られることが

示唆された。本発表では、Bruno の近似式[1]やスピン軌道相互作用に対する二次摂動理論[2]の観点から、この系における結晶磁気異方性の起源について議論する。 [1] P. Bruno, Phys. Rev. B 39, 865(R) (1989). [2] D. S. Wang, R. Wu, and A. J. Freeman, Phys. Rev. B 47, 14932 (1993).

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電流密度汎関数理論の第一原理計算への応用山下祥吾 小口研究室 (物理学専攻)

電流密度汎関数理論(CDFT)とは、第一原理計算に用いられる密度汎関数理論(DFT)の拡張理

論で、DFT が基底状態の系の電子密度(またはスピン密度)とエネルギーを予言するものであ

るに対し、CDFT は系の基底状態の電子密度、電流密度、エネルギーを予言するものである[1]。電流密度は軌道磁性と深く関係している。DFT の範疇で軌道磁性を議論した研究は数多くあ

るが、DFTの限界のため、軌道磁性を定量的に正しく計算できているものは無い。DFTやCDFTでは、Kohn-Sham 方程式という仮想系の一粒子方程式の解を用いて、現実の系の物理量を再

現する。この時、交換相関ポテンシャルを計算する必要があるが、厳密な形は不明であり、

近似形を開発する必要がある。CDFT においても CDFT-LDA と呼ばれるポテンシャルが開発

されているが、このポテンシャルを用いて計算を行っても、実験を再現するような計算結果

を得ることができないことが知られている[2]。これは、CDFT-LDA が厳密な交換相関ポテン

シャルが満たすべき性質をほとんど満たしておらず、近似形として精度が悪いことに起因す

る。近年、この厳密な関係式をできるだけ多く満たすように新たなポテンシャルである

CDFT-VEA が開発された[3]。本研究においては、FLAPW 法と第二変分法を用いた第一原理

計算コード HiLAPW をベースに、CDFT-VEA を適用した Kohn-Sham 方程式を解き、電流密

度を計算するプログラムを開発し、実際に Fe Ni Co に対して適用し、軌道磁気モーメントを

計算した。その計算結果について発表し、有効性を議論する。 [1] G.Vignale and M. Rasolt , Phys. Rev. B 37, 10685 (1988). [2] H. Ebert, M. Battocleti, and E. U. K. Gross, Europhys. Lett. 40, 545(1997). [3] K. Higuchi and M. Higuchi, Phys. Rev. B 74, 195122 (2006).

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物理学専攻 物性グループ 会場:F102

2 ⽉ 13 ⽇(⽔)

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適応度ランドスケープ上で見た遺伝子制御ネットワークの進化による頑

健性の獲得 金子忠宗 菊池研究室(物理学専攻)

生物の持つ突然変異に対する頑健性は自然選択による進化の過程で獲得されたと考えられ

る。例えば遺伝子制御ネットワークもそのような過程で頑健性を獲得していると考えられて

いる。それが正しければ、ある環境下で進化によって得られるネットワーク全体はその環境

に適応できるネットワーク全体よりも平均的に頑健性が高いはずである。それを確かめるた

めにそれぞれの集団を数値計算上でサンプリングすることで比較した。 生物の環境への適応度として、生物が進化によって獲得した性質である外部からの信号を

識別する能力を使い、遺伝子制御ネットワークを簡単な有向グラフとしてモデル化したもの

を対象に行った。進化については進化シミュレーションという進化を数値計算上で模した手

法を用いる。適応度の高いネットワーク全体を得るにはそのような集団からランダムサンプ

リングをする必要があるが、そのようなネットワークは珍しくランダムサンプリングが難し

い。そのためマルチカノニカル法を用いたレアイベントサンプリングを使用した。 その結果、識別能力が高い集団については頑健性の分布を比較することで進化によって得

たものの方がより高い頑健性を持つことがわかった。また適応度ランドスケープと進化の速

さの比較や、進化によって辿る経路が適応度-頑健性ランドスケープ上のどこを通るかを見る

ことで、進化ではエントロピーが高いところが出る傾向があることが示唆された。

Bi/Ni 超伝導薄膜におけるスピン輸送測定岩下孔明 小林研究室(物理学専攻)

磁性と超伝導は、超伝導の微視的理論である BCS 理論の枠組みでは一見すると相入れない。

これは、超伝導体中の電子は異なるスピン同士でペアを組んでいるからである。一方で、近

年の微細加工技術の進展により、ミクロな系では超伝導と磁性が密接に結びついた現象が観

測されることが分かってきた。例えば、強磁性体(F)とスピン一重項超伝導体(SC)からなる

SC/F/SC 接合系ではスピン三重項超伝導電流が誘起されることが知られている[1]。また、ス

ピン一重項超伝導体にスピン流を注入することによって、準粒子を媒介とした新しいスピン

ホール効果が観測されている[2]。このように、磁性と超伝導の相互作用は盛んに研究されて

おり、BCS 理論の枠組みから外れた非従来型超伝導体を用いた研究を行うことで更なる新展

開が期待される。 本研究では、p 波スピン三重項の可能性が指摘されている Bi/Ni 薄膜[3]へのスピン流注入を

試みた。Bi/Ni 薄膜は Bi と Ni のヘテロ構造からなる厚さが数十 nm オーダーの薄膜である。

スピン軌道相互作用の強いBi 結晶単体や強磁性体である Ni 結晶単体は超伝導を示さないが、

これらのヘテロ構造薄膜は 4 K 程度で超伝導転移を示す[3]。また、超伝導転移後も Ni 層が磁

性を保っており、超伝導と磁性が競合したユニークな系である[4]。本研究では、微細加工技

術を駆使して Bi/Ni 薄膜を細線状に加工し、スピン輸送素子に組み込んだ。これを用いてスピ

ン輸送現象の測定を試みたので、その結果を報告する。[1] J. W. Robinson et al., Science 329, 59 (2010). [2] T. Wakamura et al., Nat. Mater. 14, 675 (2015). [3] X. Gong et al., Chin. Phys. Lett. 32, 067402 (2015). [4] H. Zhou et al., J. Magn. Magn. Mater. 422, 73 (2017).

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図: グラフェン/Bi2212 接合の光学

顕微鏡像。

数原子層 NbS2薄膜におけるスピン輸送特性 河上司 小林研究室(物理学専攻)

スピン一重項クーパー対を形成する s 波超伝導体と、磁気モーメントが秩序化する強磁性

体は、相容れない特性を持つように思われる。しかし近年、超伝導体 Nb に、スピン角運動量

の流れであるスピン流を注入することで、スピン緩和時間の増大や、準粒子を媒介とした巨

大スピンホール効果が観測されている[1]。本研究では、原子層超伝導体のひとつである NbS2

にスピン流を注入し、超伝導状態におけるスピン輸送特性を調べることを目的としている。 本研究で着目した NbS2をはじめとする原子層物質は、スコッチテープ法を用いて容易に二

次元系を得ることができ、通常の三次元結晶とは異なる物性を示す。その特徴の一つが電界

効果であり、バルク金属と異なり遮蔽効果を受けないため、大きな電界効果によって様々な

物性の制御が可能となる。特に原子層超伝導体では、電界効果を用いて超伝導転移温度 TCを

変調するという研究がなされている[2,3]。 本研究ではまず、数原子層程度の NbS2薄膜を、スピン輸送測定が行えるように、サブマイク

ロスケールの細線に加工した。さらにスピン流を注入できるように、強磁性体及び非磁性体

細線を組み合わせて、実際に逆スピンホール効果の測定を試みたので、その結果を報告する。 [1] T. Wakamura et al., Nat. Mater. 14, 675 (2015). [2] J. T. Ye et al., Science 338, 1193 (2012). [3] M. Yoshida et al., App. Phys. Let. 108, 202602 (2016).

高温超伝導体 Bi2212 薄膜を用いた原子層デバイスの作製

鈴木将太 小林研究室(物理学専攻)

グラフェンをはじめとする原子層物質は層間がファンデルワールス力で結合されており、

容易に劈開して薄膜を得られる[1]。さらに原子層薄膜では電界効果によりキャリア密度が変

調される[1]など、バルクとは異なる物性を示す。また、近年 h-BN とグラフェンを重ね合わ

せることで高移動度の 2 次元系が実現され[2]、複数の原子層物質を重ね合わせる研究が発展

している。 本研究では、様々な原子層物質の中でも、新しい原子層デバイスの候補として、銅酸化物

高温超伝導体 Bi2212 に着目した。転移温度が 80 K 以上と高温であるため、様々な応用が期

待できる。本研究の目的はBi2212を原子層デバイスに用いるための道筋をつけることとした。 Bi2212 を用いた原子層デバイスを実現させるための一つの課題は電気的接触を取ることで

あった。Au や Ag などの金属を蒸着しただけでは接触抵抗が大きく導通は取れなかったが、

Au/Ag 電極をアニールすることで導通を取ることが出来るようになった。この素子の断面

TEM から、Ag の Bi2212 への拡散が導通に寄与していることが分かった[3]。 次に、さらなる応用を目指して、スタンプ法を

用いて図のように数層グラフェンと Bi2212 の接

合系を作製することに成功した。そして、Bi2212上のグラフェンの抵抗の温度依存性を測定した

ところ、Bi2212 との近接効果を反映した結果を

得た。本発表ではそれらの詳細を報告する。 [1] K. S. Novoselov et al., Science 306, 666 (2004). [2] C. R. Dean et al., Nat. Nanotech. 5, 722 (2010). [3] S. Suzuki et al., Appl. Phys. Express 11, 053201 (2018).

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鉄系超伝導体 Sr2VFeAsO3の V サイトへの元素置換効果 脇村泰平 田島研究室(物理学専攻)

Sr2VFeAsO3は、元素置換することなく超伝導を示すことが特徴的な鉄系超伝導体である[1]。V サイトを Sc や Cr に変えた物質では超伝導を示さず、Sr2ScFeAsO3では Fe の反強磁性秩序

が現れることが報告されているが、物質間の電子状態の違いは分かっていない[2]。 本研究では、V サイトに Sc、Cr 置換を施した Sr2V1-xMxFeAsO3 (M = Sc, Cr)に対して、電子

状態がどのように変化していくかを調べた。等原子価置換である Sc 置換による効果は、化学

圧力効果が支配的である。一方、Cr 置換では化学圧力効果は小さいが、X 線吸収分光により、

電子ドープに対応していることが明らかになった。Sc、Cr 置換ともに元素置換に伴う超伝導

転移温度 Tcの緩やかな減少が観測された。結晶構造解析と電子輸送現象測定の結果、Sc 置換

では超伝導発現の舞台である FeAs4四面体の局所構造の変化、Cr 置換では乱れの導入が、Tc

抑制の主な原因であると判明した。Sc 置換では、超伝導が消失した組成で磁気秩序が現れ、

これが x = 1 まで続いていることがわかった。 Sr2VFeAsO3については、超伝導以外にも、T0 = 150 K において別の相転移を起こすことが

報告されており[3]、本研究でも x = 0 で観測された。この相転移は、Cr 置換では x = 0.05 で消

えた一方で、Sc 置換の場合は x = 0.17 まで生き残った。このことから、T0と Tcの間には相関

はなく、T0の相転移は電子のフィリングに敏感であることがわかった。 [1] X. Zhu et al., PRB 79, 220512(R) (2009). [2] J. Munevar et al., PRB 84, 024527 (2011). [3] J. M. Ok et al., Nat. Commun. 8, 2167 (2017).

鉄系超伝導体 NdFeAs1-xPxO1-y(F,H)yの電子相図川嶋強 田島研究室(物理学専攻)

1111 型鉄系超伝導体は、Asサイトと Oサイトを他の元素で置換することにより、フェルミ

面の形状が変化し、超伝導転移温度(Tc)も変化する。この変化により、LaFe(As,P)(O,F/H)の

電子相図では、3つの異なる超伝導相(SC1,SC2,SC3)が出現する[1]。本研究では、Laサイ

トを Ndに置換した、NdFeAsOに P及び F/H 置換を行うことにより、構造パラメータを連続的

に変化させ、それに伴うフェルミ面の変化と超伝導との関係性を調べた。

実験により得られた Tcから NdFe(As,P)(O,F/H)の電子相図を作成した結果、

LaFe(As,P)(O,F/H)において分かれていた 3つの異なる超伝導領域は、NdFe(As,P)(O,F/H)で

は接合し、1つの大きな Tcドームを形成していることが分かった。構造解析の結果、La系よ

りも Nd系の方が鉄面からのニクトゲンの高さ(hPn)が高くなることが判明した。この Nd系の

振る舞いは、La系において Asを Sb で置換した場合と類似している。この hPnの増大に伴い、

dxyホール面が拡大することが期待される。dxyホール面が拡大したことで、低電子ドープ領域

(y=0.05~0.10)においては、ホール面と電子面間のネスティングが良くなり、SC1 の拡大が起

きたと考えられる。高電子ドープ領域(y=0.20~0.30)では、実空間での xy方向の次近接ホッ

ピングを担うキャリアの増加によってスピン揺らぎが増大したことで、SC3 が拡大したと考

えられる。これらにより、3つの異なる超伝導領域 SC1,SC2,SC3 の接合が起きたと推測さ

れ、本研究の実験結果はフェルミ面の変化から説明可能であることが明らかになった。[1] S. Miyasaka et al., Phys. Rev. B 95, 214515 (2017).

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PdSe2の元素置換による半導体‐金属転移・構造相転移近傍での臨界現象 三宅修平 田島研究室(物理学専攻)

Pd ダイカルコゲナイドは様々な結晶構造と電子状態を示すことで知られている。PdTe2は

三方晶である 2 次元 CdI2金属であり、約 1.7K で超伝導転移を示す。[1]一方、PdSe2や PdS2

は別の層状構造(PdSe2構造)をとる半導体である。この PdSe2に圧力をかけることで、PdSe2

構造からパイライト構造への相転移が生じ、同時に半導体‐金属転移が生じることが報告さ

れている。また、PdSe2の圧力下のパイライト相では超伝導が出現する。[2]本研究では PdSe2

の Se サイトを Te に置換して CdI2構造への相転移を、Pd サイトに Ni や Rh を置換してパイラ

イト構造への相転移を生じさせ、それに伴い生じる半導体-金属転移近傍での臨界現象の研究

を行った。 本研究では Pd サイトへの Ni、Rh 置換した試料は高圧合成を用いて多結晶合成を行い、Se

サイトへの Te 置換した試料はフラックス法を用いて単結晶合成を行った。その結果、元素置

換量が増えるにつれて結晶構造がパイライト構造、CdI2 構造へと変化し、構造変化とともに

半導体‐金属相転移が起きることが判明した。また、Te 置換を行った試料では x=0.5 以上の

組成で、Rh 置換を行った試料では x=0.8 付近の組成で超伝導転移が観測された。 [1] Raub, et al : J.Phys. Chem. Solids 26, 2051(1965) [2] M.Elghazail, et al : Phys. Rev. B 6, 96 (2017)

SiGe 自己形成量子ドットの電気伝導特性とサイドゲート効果

田中萌 大岩研究室(物理学専攻)

近年スピン量子コンピュータの基礎技術として、Ⅳ族量子ドットにおける単一電子スピン

の操作および検出の研究が急速に発展している[1]。その観点で、正孔系 SiGe 自己形成量子ド

ットは、p 型の波動関数を持ち、正孔と核スピンとの超微細相互作用を抑え、長いコヒーレ

ンス時間を持つことが期待される。また強いスピン軌道相互作用はスピンの電気的制御に有

利である[2]。その他、自己形成量子ドットでは、サイドゲートによりトンネル結合やスピン

軌道相互作用が電気的に制御できる [3]。本研究では、単一 SiGe 自己形成量子ドットを用い

たトランジスタデバイスを作製し、低温電気伝導特性とそのサイドゲート効果を調べた。 本研究で使用する SiGe 自己形成量子ドットは基板表面に析出している。この量子ドット上

にナノメートルサイズのギャップ間隔をもった Pd 電極を蒸着して、単一正孔トランジスタを

作製した。また、量子ドットの左右にサイドゲートを配置した。低温電気伝導測定において、

量子ドットの特徴的な電気伝導であるクーロン振動およびクーロンダイヤモンドが観測され

た。クーロンピークシフトの磁場依存性を測定し、ホール系であることを確認した。さらに

サイドゲートを用いて、クーロン振動に対するサイドゲートの効果を測定した。その結果、

トンネル結合がサイドゲートに依存して変化することを見出した。 [1] J. J. Pla et al., Nature 496, 334 (2013). [2] G. Katsaros et al., Nature Nanotech 5, 458 (2010). [3] Y. Kanai et al., Phys. Rev. B 82, 054152 (2010);Y. Kanai et al.,Nature nanotech. 6, 511 (2011).

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(110)-GaAs/AlGaAs 量子井戸構造における

逆スピンホール効果を用いた光励起スピン検出茶谷知樹 大岩研究室(物理学専攻)

近年、光ファイバ通信における多重化や変調方式への利用が検討されているなど偏光状態

の制御と検出は基礎と応用で重要性が増している。一方、GaAs 量子井戸構造では光学遷移選

択則を利用した光子の偏光状態から電子のスピン状態への量子状態変換の研究が進められて

いる[1]。また、逆スピンホール効果を使い、光生成スピンを電気的に計測することが報告さ

れている[2,3]。この量子状態変換と逆スピンホール効果を組み合わせれば、全偏光状態から

全スピン状態への変換が可能となり、全偏光を電気的に検出することが期待できる。本研究

では円偏光状態からスピン状態への変換の電気的検出を(110)-GaAs/AlGaAs 量子井戸構造で

試みた。

量子井戸基板に十字型構造に加工し、中央にレーザ光を照射した際に、電圧を印加した端

子と直交する端子に生ずる逆スピンホール電圧を測定した。その励起波長依存性の測定では

フォトルミネッセンス測定で確認された重い正孔と軽い正孔の励起波長とほぼ同じ波長でピ

ークが観測され、これらの符号が反転していることから光励起スピンによる逆スピンホール

信号を検出していると考えている。また重い正孔の励起波長で光の強度や入射角に対する依

存性の測定を行なった。[1] R. Vrijen and E. Yablonovitch, Phys. E 10, 569-575 (2001) [2] J. Wunderlich et al., Nat. Phys. 5 675-681 (2009) [3] N. Okamoto et al., Nat. Mater. 13 932-937 (2014)

アンドープ GaAs/AlGaAs 量子井戸におけるゲート誘起 2次元電子系の光

照射の影響 林 亮太 大岩研究室 (物理学専攻)

長距離量子通信の要素技術として光子偏光から電子スピンへのコヒーレントな状態変換が

研究されている。私たちは状態変換の媒体として GaAs ゲート制御量子ドットに注目してい

る。単一偏光の状態から量子ドット中の単一電子スピンへの状態変換の研究を行っており、

すでに角運動量転写や単一光生成電子の検出[1]は実証されている。これらの研究では Si ドー

プ GaAs の 2 次元電子系が用いられているが、光照射によってドーパントに起因する永続的

光伝導(PPC)が起こり光照射の度に量子ドットを形成するゲート電圧などの測定条件が永続

的に変化してしまう[2]。その結果、偏光-電子スピン状態変換の測定の効率が落ち、実用化に

おいても大きな問題となる。そこで本研究ではドーパントを用いずに電界で 2 次元系を誘起

することで PPC が存在しないデバイスを作製できると期待し、アンドープ GaAs 量子井戸を

用いて MOSFET 型のデバイスを作製した。 測定は 4.2K から 0.3K で行った。アルミナを絶縁層にしたトップゲート電極に電圧を印加

して 2 次元電子ガスを井戸層に誘起し、キャリア密度と移動度を測定した。その後、LED を

用いてデバイスに光を照射して 2 次元電子ガスのキャリア密度と移動度の変化を測定し、PPCの有無を検討した。また、半導体と絶縁体の界面準位に起因するゲート電圧のスクリーニン

グが引き起こす不安定性についても議論する。 [1] T. Fujita et al, arxiv.org/abs/1504.03696, [2] T. Fujita et al, PRL 110, 266803 (2013)

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二層系 Hubbard 模型における繰り込まれたバンド構造と

超伝導の相関に関する研究中西俊五 黒木研究室(物理学専攻)

超伝導には、フォノンを媒介としてクーパー対を形成する従来型超伝導とフォノン以外を

媒介とする非従来型超伝導がある。前者は超伝導転移温度が数十 K であるのに対し、後者は

非常に高い転移温度を持つ可能性を秘めており、銅酸化物超伝導や鉄系超伝導はそれぞれ

100K、50K を超える高い転移温度を持つことが実験的に確認されている。この様な非従来型

超伝導の発現機構の一つとして、強い電子間相互作用によるスピン揺らぎ機構が提唱されて

おり、この機構に基づいた二層系 Hubbard 模型の理論計算では、銅酸化物高温超伝導体を超

える超伝導転移温度の可能性が示されている。また先行研究において、二層系 Hubbard 模型

では繰り込み効果が及ぼす影響について理解することの必要性が示唆されている。

本研究では、正方格子 bilayer 系において、電子間相互作用の繰り込み効果がスピン揺らぎ

を媒介とする超伝導の転移温度にどのような影響を与えるのかを理論計算により解析した。

Bubble型とLadder型のFeynmanダイアグラムを用いて繰り込み効果を評価する揺らぎ交換近

似を行った結果、繰り込み効果が Fermi 面の形状に大きな影響を及ぼすことがわかった。ま

た、繰り込まれたバンド構造のバンド端が Fermi エネルギーに接する状態(incipient 状態)で

転移温度が極大値をとる傾向にあることがわかった。この結果は、スピン揺らぎの強さだけ

ではなく、繰り込まれたバンド構造の状態が超伝導の転移温度に大きな影響を及ぼすことを

示している。

ワイドバンド・ナローバンド共存系における スピン揺らぎ媒介超伝導の 適化に関する研究

松本 花梨 黒木研究室(物理学専攻)

銅酸化物高温超伝導体の も簡単な模型のひとつとして,二次元正方格子上の Hubbard 模

型が挙げられる。この模型でスピン揺らぎ媒介超伝導を考えると,強い反強磁性的なスピン

揺らぎによって強いペアリング相互作用と強い準粒子繰り込みが生じる。前者は超伝導に有

利に働くが,後者は電子の有効質量を重くするため超伝導に不利に働く。このように単一バ

ンド系では強いペアリング相互作用と軽い準粒子の両立が困難であるが,以下に述べるよう

な多バンド系においてこの困難を克服できる可能性が示唆されている。多バンドで超伝導に

有利な格子として,一次元格子である 2 本鎖梯子型格子(1)や diamond 鎖(2)が知られており,こ

れらの格子では第二近接サイトへのホッピングが有限である場合にバンド分散の大きさが異

なるバンドが共存する。先行研究(1)(2)ではフェルミエネルギーがナローバンドの近くにあり, かつワイドバンドのみにかかっているときに高温超伝導の可能性が示唆されている。 本研究では,揺らぎ交換近似を使って,上記の格子だけでなく,様々な擬一次元格子(一

次元格子に格子間のホッピングを導入したもの)(3),および二次元格子で,ワイドバンドと

ナローバンドが共存する状況下での超伝導転移温度の定性的なふるまいを調べた。ナローバ

ンドの分散がない場合,またより一般的にナローバンドの分散が有限な場合について,擬一

次元・二次元格子を比較し,ワイドバンド・ナローバンド共存系がスピン揺らぎ媒介超伝導 を増強するのに必要となる条件について議論する。 (1) K. Kuroki, T. Higashida, and R. Arita, Phys. Rev. B 72, (2005) 212509. (2) K. Kobayashi, et al., Phys. Rev. B 94, (2016) 214501. (3) KM, D. Ogura, K. Kuroki, Phys. Rev B 97, (2018) 014516.

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TiS2における熱電性能増強の可能性に関する理論研究関水準記 黒木研究室(物理学専攻)

熱電変換材料の性能評価には、しばしば電力因子 PF=σS2(σ:電気伝導度、S:Seebeck 係数)

が用いられる。等方的な放物線バンドを持つ単純な場合では、電気伝導度と Seebeck 係数は

互いに逆相関の関係にあるため、PF を向上させることが難しい。そのため PF 向上のために

は物質が特殊なバンド構造を持つことが望ましい。熱電性能に対して有利に働くバンド構造

の例として「マルチバレー構造」「低次元バンド」「プリン型バンド」が知られている。本研

究では「マルチバレー構造」を持つ層状カルコゲナイド熱電物質 TiS2に着目し、第一原理計

算を用いて電力因子増強の可能性について議論を行った。

TiS2 は TiS2 層間への原子や分子のインターカレーションによって電子がドープされ、それ

と同時に TiS2層の構造が変化する。インターカレーションの効果による電子ドープと結晶構

造の変化を分離して考えるため、TiS2の結晶構造のみを変調させた際の熱電特性を評価した。

この結果、Ti が並ぶ平面から測った S の高さを小さくすることによって、熱電効果に寄与す

るバレーの数をより多く出来ることがわかった。また、TiS2 層の層間距離を伸ばすことによ

って、熱電効果に有利な 2 次元的なバンド構造が得られた。次に、層間にいくつかの原子を

インターカレートした仮想物質において、熱電性能を向上させるバンド構造の変化が現れる

かを調べ、特に顕著な影響が見られた K ドープ TiS2において詳細な解析を行った。この結果、

K を媒介とした層間方向の電子のホッピングがバンド構造の変化を引き起こし、熱電性能を

向上させる可能性があるという結論を得た。

有機超伝導体(TMTSF)2ClO4の有効模型に基づく

スピン揺らぎ媒介超伝導に関する研究 巴山晴樹 黒木研究室(物理学専攻)

有機導体(TMTSF)2Xはドナーの有機分子TMTSFと一価のアニオンX(PF6,AsF6,ClO4など)の化

合物であり、有機導体の中で初めて超伝導が確認された物質である。TMTSF は a軸方向に積

層状に重なって TMTSF 鎖となっており、アニオンは鎖と鎖の間に配置するように存在する。

積層方向に沿ってTMTSF分子内のSe原子の理軌道の波動関数が重なっているため擬一次元的

な電子構造を持つ。本理論研究ではアニオン Xを ClO4とした(TMTSF)2ClO4を対象とした。こ

の物質は実験からアニオンが秩序化することが知られており、常圧下 1.2K で超伝導を発現す

ることが分かっている。また、異方的な超伝導ギャップの可能性が示唆されており、ギャッ

プのノードがフェルミ面の上にあることも指摘されている。

計算では、先行研究において第一原理計算から導出された、TMTSF 分子 4つをユニットセ

ルに内包する 4軌道モデルを使用した。この模型に FLEX 近似(揺らぎ交換近似)を適用し、線

形化 Eliashberg 方程式を解いてギャップ関数を求めた。また、アニオンオーダーによって生

じるポテンシャルの差を変化させたときについての計算も行った。さらに、TMTSF 鎖の積層

方向のホッピングの超伝導への寄与も計算し、アニオンオーダーと比較してどちらが超伝導

に強く影響するかを調べた。

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判定会議 日時:2 月 13 日(水)16:00〜 会場:H701 ※教授、准教授、講師及び副査担当の助教の方は全員出席です。

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宇宙地球科学専攻 会場:F202

2 月 12 日(火)

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層状ハニカム格子上の Kitaev-Heisenberg モデルにおける

マルチフェロイック現象 市村拓也 川村光研究室(宇宙地球科学専攻)

マルチフェロイック現象とは、固体中で通常は弱くしかカップルしていない電気的な自由度

と、磁気的な自由度が密接にカップルする現象である。NixMn(1-x)TiO3 は、磁性イオンである

Ni2+と Mn2+がハニカム格子を形成しているイルメナイト型の結晶構造を持つ物質で、山口、

木村らにより、ある種の反強磁性相(AFM2 相)とスピングラス相でマルチフェロイック性が発

見された。今まで我々のグループでは、マルチフェロイック性のミクロな発現機構が解明さ

れていない AFM2 相に注目した研究を行なってきた。マルチフェロイック現象においては、

実空間とスピン空間のカップリングが重要であり、両者を結ぶものとして磁気異方性が鍵と

なる。先行研究では、 隣接スピンを結ぶボンド方向の異方的交換相互作用である

pseudo-dipolar 型の異方性を持つ層状ハニカム格子状の XY モデルに対して、その磁場誘起の

誘電性質を調べたが、定性的にも実験結果を完全に説明するには至らなかった。 そこで今回は、結晶構造からは、NixMn(1-x)TiO3では G. Jackeli と G. Khaliullin が提案していた

Kitaev 型の異方性が期待されることに着目し、層状ハニカム格子上の Kitaev 古典 Heisenbergモデルを対象モデルとして導入した。モデルの誘電性質をモンテカルロシミュレーションで

解析したところ、大別して 2 タイプの分極が発現することが確認された。一つは、温度揺ら

ぎに由来する分極で有限温度(T>0)でのみ発現する。もう一つは磁気構造に由来する分極で

T=0 でも有限値を取る。それぞれハニカム面内と面間のボンドの寄与から発現している。計

算で得られた誘電分極の磁場方向依存性は、実験結果と定性的に一致することが分かった。

S = 1/2 三角格子不規則 XXZ 模型の量子状態 幸城秀彦 理論物質学研究室(宇宙地球科学専攻)

低温まで何も秩序を示さない量子スピン液体は近年の磁性研究において中心的な話題であり, 2000 年代には量子スピン液体候補物質が次々と合成され, その基底状態についての議論が活

発になっている. 近年, 不規則性誘起のギャップレスな量子スピン液体であるランダムシン

グレット状態が提案された. ランダムシングレット状態は, フラストレートした反強磁性体

において相互作用の乱れが十分強ければ実現すると言われている. 本発表では, ランダムシ

ングレット状態の安定性を調べるために, 不均一な強磁性的相互作用と反強磁性的相互作用

が共存する S = 1/2 三角格子 XXZ 模型の基底状態を数値対角化により解析した結果を述べる. その結果として, 異方性が容易軸的か容易面的かによらず, 磁気異方性が比較的弱く, 強磁

性的相互作用の割合が比較的小さければ, 基底状態としてランダムシングレット状態が実現

することが分かった. また, 強磁性的相互作用の割合を大きくしていくと量子スピングラス

状態が基底状態として現れるが, 古典的なハイゼンベルグスピングラス系とは異なり, その

磁気構造は共線的であることを示唆する結果が得られた.

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等方的 3 次元 Heisenberg スピングラスにおける spin-chirality 分離

小川 匠 川村研究室(宇宙地球科学専攻) スピングラスとは、強磁性的な相互作用と反強磁性的な相互作用が混在したランダムな磁性

体であり、スピングラス秩序状態ではスピンが空間的にランダムな方向に凍結する。スピン

グラス秩序の本質については未だ解明されていない点が残っているが、それを説明し得る有

力なシナリオが Kawamura によるカイラリティ仮説である。このシナリオでは、磁気異方性

が無視できる極限である等方的 3 次元 Heisenberg スピングラスではスピンとカイラリティが

分離する—即ち立体的なスピン秩序構造の右・左を表す物理量であるカイラリティがグラス凍

結するカイラルグラス転移温度 TCGがスピングラス転移温度 TSG と異なる(TCG >TSG)— ことが

重要な仮説となっている。この「スピン-カイラリティ分離」を支持する数値研究も存在する

一方で、TCG=TSGとする数値研究もあり、コンセンサスには至っていない。 そこで、本研究では等方的 3 次元 Heisenberg スピングラスについて、先行研究を超えるサイ

ズである L=48(N=L3)までを、さらに周期的境界条件だけでなく自由境界条件の二種類の境界

条件の下でモンテカルロシミュレーションを行い、転移温度 TSG, TCGのより精度の高い決定を

試みた。種々の物理量を用いて解析した結果、スピングラス転移温度 TSGが 0.130(1)、カイラ

ルグラス転移温度 TCG が 0.143(1) と得られ、spin-chirality 分離を支持する結果が得られた。

また、有限サイズスケーリングを行い臨界指数の評価も行った。転移温度の決定方法や物理

量の温度依存性については発表で触れたい。

SLIM 搭載望遠分光カメラ観測にむけた、 かんらん石の粒塊構造に伴う反射スペクトル変化の研究

五十嵐 優也 佐々木研究室(宇宙地球科学専攻) これまでの月面探査では、月表面主要鉱物の反射スペクトルが持つ吸収ピークを利用して、

粉体として存在する表面レゴリスの鉱物組成分布の推定がなされている。2021 年度打ち上げ

予定の小型月着陸機 SLIM では岩石組織中のかんらん石の拡大分光観測が計画されている。

しかし、レゴリスのような粉末試料ではない岩石片から吸収ピークが検出可能かについては、

これまで実験的に明らかにされていない。本研究では、「深成岩組織を模擬した粉末焼結体試

料の分光観測(実験 A)」および「火山岩組織を模擬した粉末埋め込み単結晶の分光観測(実

験 B)」の2種類の実験を行い、岩石組織での吸収ピーク検出可能性を検証した。(実験 A)

では San Carlos 産の Mg#=91 かんらん石単結晶を粉砕し、粒径 25µm~45µm、 75µm ~ 125µmに揃えた粉末を作製した。2 価の鉄イオンが安定な酸化還元雰囲気下において 1500℃の条件

でそれぞれ 22 時間、72 時間、120 時間粉末を加熱し焼結体を作製した。焼結に伴い、吸収ピ

ーク強度の減衰を含む波長毎の反射率の違いが小さくなった。これは焼結ネックの形成によ

り試料表面の面積存在比が増加し、入射光が試料深部に透過しにくくなったためと考えられ

る。(実験 B)では粒径 5mm のかんらん石単結晶を形状加工し、一面のみを平面に加工した

結晶と直方体結晶を作製した。加工した結晶を石英粉末と玄武岩粉末に埋め込んだ場合の反

射スペクトルをそれぞれ測定した。石英埋め込み試料では、いずれも結晶端部に吸収ピーク

が検出されたが。玄武岩粉末埋め込み試料では、いずれも吸収ピークが検出されなかった。

かんらん石結晶周辺の石英粉末によって結晶内部を多重散乱する光が吸収ピークを作ると考

えられる。焼結が進むごとに吸収ピーク強度が減衰したことより、結晶間に隙間のない深成

岩組織では吸収ピークは強く減衰すると予想される。斑状組織中単結晶の吸収ピークは背景

の石基の反射率が小さくなるにつれて減衰することが予想される。

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水星表面を想定した硫黄に富んだ環境下での

宇宙風化の模擬実験と分光測定 田中宏和 佐々木研究室(宇宙地球科学専攻)

宇宙風化作用とは、大気のない天体の表面が宇宙空間に晒されることによって起こる変化の

ことを言い、主に表面の反射スペクトル(色)を変化させる。岩石質天体の反射スペクトル

の変化(暗化・赤化・吸収帯の減衰)は、太陽風の照射や微小隕石の衝突などによって生成

したナノ鉄微粒子が原因だと知られている (Hapke, 2001) 。しかし、探査機 MESSENGER の

観測 (e.g., Domingue et al., 2014) によって、水星表面は鉄が少ない (Fe < 4 wt%) にもかかわ

らず、非常に激しい宇宙風化を受けていることが分かった。そのため、水星表面の反射スペ

クトル変化を担うものとして、従来のようなナノ鉄微粒子の生成以外の要素がいくつか考え

られている。そのうちの一つは硫化物の寄与である。水星表面は硫黄に富み (S ~ 1 – 4 wt%) 、鉄が少量でも反射スペクトルの変化を効率的に進めている可能性が考えられている。本研究

では、宇宙風化作用を模擬することによって、硫化物が反射スペクトル変化にどのような影

響を及ぼすのか調べた。FeS や MgS などの硫化物を混合したカンラン石の粉末試料に対して、

微小隕石衝突による宇宙風化を模擬したナノ秒パルスレーザー照射を行った。レーザー照射

前後で反射スペクトル (250 – 2500 nm) を測定し、各試料で起こった変化を調べた。実験の結

果、岩石に含まれる硫化物は宇宙風化による反射スペクトルの変化を促進する効果を持つこ

とが分かった。この効果は、粒子表面に鉄微粒子に加えて硫化鉄の微粒子や、硫黄を多く含

む不透明アモルファス層が蒸着形成したと考えると矛盾なく説明できる。こうした結果から、

水星表面では硫化物による効率的な宇宙風化が起こっていると考えられる。しかし本実験か

ら、FeS や FeS_2 によるスペクトルの暗化は不安定であり、容易に消滅することも確認され

た。これらの硫化物の効果のみで強い暗化傾向も説明するためには、高いダストフラックス

や継続的な硫黄の供給が必要になると言える。

ルビジウム・ジャーマネートガラスにおける圧力誘起局所構造変化 吉田 桃太朗 佐々木研究室(宇宙地球科学専攻)

液体や非晶質物質の圧力誘起構造変化に関する研究は物性の分野において果敢に行われてい

る。その中でもジャーマネートは、地球マントルを構成するシリケートのアナログ物質であ

り、地球科学的にも注目されている。また、ジャーマネートはシリケートと比較してより低

圧条件で相転移が生じるため、安定した高圧測定を行うことが可能である。結晶状態のジャ

ーマネートに対しては数多くの高圧測定例があり、4 配位から 6 配位へと Ge の配位数の変化

を伴った構造変化が確認されている。液体、非晶質状態においてはリチウムジャーマネート

に対して高圧 XAFS 測定が行われており、圧力誘起局所構造変化による原子間距離の増加が

確認された。 本研究ではルビジウム・ジャーマネートを対象に、高圧下でのジャーマネートの振る舞いに

ついての理解を深めるべく高圧下での XAFS 測定とエネルギー分散 XRD 測定を行った。その

際、液体状態の前段階としてガラス状態の試料を扱った。XANES スペクトルでは Ge 周りの

配位数が変化する事によるピークのブロード化がみられた。また EXAFS スペクトルの解析の

結果から GeO2 ネットワーク構造の変化に起因すると思われる Rb-O 間距離の減少や、Ge の

配位数増加の兆候である Ge-O 間距離の増加を確認した。また XRD 測定データから計算した

構造因子 S(Q)では中距離構造の状態をあらわす FSDP(First Sharp Diffraction Peak)が加圧する

ことにより高 Q 側へシフトしていく様子がみられた。これらの測定結果から高圧下における

ルビジウム・ジャーマネートガラスの圧縮挙動について考察する。また、ガラス、液体に対

するエネルギー分散 XRD 測定における問題点、課題についても述べる。

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X 線分光撮像衛星 XRISM 搭載 Xtend 用試作 CCD の性能評価

岩垣純一 松本研究室(宇宙地球科学専攻) 2021 年度打ち上げ予定のX線分光撮像衛星(XRISM)には、マイクロカロリメータ使用の軟X

線分光装置とともに、38 分角の広大な視野で軟X線撮像を行う装置 Xtend が搭載される。我々

は、Xtend の焦点面X線 CCD カメラの開発を進めている。このカメラは、「ひとみ」衛星搭

載X線 CCD カメラ SXI のデザインを踏襲するが、SXI で特に問題となった点に関してのみ

小限の改善を企画した。CCD 素子に関しては、1)可視光遮断性能、2)電荷転送効率(CTE)の向

上、3)読み出しノイズの削減が、それに対応する。フライト用大型 CCD の製作の前に、これ

らの改善策を取り込んだ CCD を試作した。 2), 3)の改善を取り込んで複数ロット試作したピ

クセル数 1/20 の小型 CCD に関して、大阪大学における評価が本研究の主題である。 2)に関しては、電荷転送路にノッチ構造を施すことで電荷転送非効率(CTI)を従来の約 30−50%に削減することに成功した。結果的に得られた CTI ~ 1×10-5という値は、要求は満たすものの、

例えば「すざく」衛星搭載 X 線 CCD カメラ XIS の CTI ~ 10-6と比べると一桁近く大きく、ま

たノッチ構造によって約 10 倍向上するはずという期待にも反している。Xtend 用 CCD は Pchタイプの電極構造を製作した後、200 µm の厚み(XIS の 3−5 倍)の空乏層だけ残して裏面を削

り、そこに処理をして X 線入射面を製作する、裏面照射(BI)型である。この内、電極構造だ

けを製作した段階の Non-thinning(NT)素子を今回複数試作し評価したところ、CTI ~ 1−5×10-6

の性能が出ることがわかった。この結果、CTI 劣化の主原因が、 後の入射面処理にあるこ

とが特定できた。CTI 劣化のメカニズムの解明にまでは至っていないものの、この知見を生

かして取得X線イベントデータに対するCTI補正(データ処理のプロセス)の改良を実現した。

試作 CCD の評価を反映しフライト用大型 CCD の仕様を確定し、現在、その製作が進められ

ている。

すざく衛星搭載 XIS の Si-K edge 問題の解決 岡崎 貴樹 松本研究室(宇宙地球科学専攻)

2005 年に打ち上げられた X 線天文衛星「すざく」にはX線 CCD カメラ「XIS」が搭載されて

いた。10 年間にわたる観測期間に 1000 を超える天体を観測し様々な発見を導いた。これら

の発見を支えるベースが地上及び軌道上の較正で、運用期間終了まで様々な改善が施され高

い精度に達している。しかし、 後まで解決しなかったのが、XIS で取得されたX線スペク

トルの Si-K edge (1.839 keV) 付近にみられる、 大 15%の残差(データとモデルの差)であ

る。残差は表面照射 (FI) 検出器である XIS0、3 と、裏面照射 (BI) 検出器 XIS1 で符号が逆

で、また、ピークエネルギーも異なり、天体由来とは考えにくい。これは「Si-K edge 問題」

と呼ばれ、研究者によっては、このバンドのデータを除外した解析がされていた。先行研究(正村陸、阪大修士論文 2017)で、波高−エネルギー関係が Si-K edge を境に不連続になることを許

す応答行列を導入することで、この残差が減少することが示唆された。本研究では、XIS の

応答関数を作成する世界共通のソフト「xisrmfgen」を書き換え、波高ジャンプの 適値を実

データにあうように 1 eV 以下の精度で求めた (この結果は 2018 年 10 月に NASA を通じて公

開された HEASOFT v6.25 に取り込まれている)。この改善によって、XIS のうち表面照射 (FI) 型素子搭載の XIS0、XIS3 に関しては、残差が 大 5%以下に減少した。しかし、裏面照射 (BI) 型素子搭載の XIS1 に関しては 10%程度の残差が残ったままだった。そこで、BI 検出器の入

射面の不感層に関して着目し、そこに含まれる Hf、Si の厚みを見直すことで、FI 検出器と同

程度まで残差を削減することに成功した。以上の応答行列改善には、連続スペクトルのブラ

ックホール、輝線を含む銀河団を使用し、検証にも用いた。 後に超新星残骸の X 線スペク

トルでこれまで解析から除外されてきた Si バンドに着目し、従来仮定されていた放射スペク

トルモデルではデータの再現が、改善した較正精度を考慮すると、不十分であることを示す。

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サブ秒角撮像を実現する多重像 X 線干渉計 MIXIM の開発

花坂 剛史 松本研究室(宇宙地球科学専攻) 現在の X 線天文衛星には、斜入射望遠鏡と X 線 CCD などの撮像分光検出器を組み合わせ

た観測装置が標準的に使用されている。角度分解能は撮像システムの重要な性能指標である

が、すざく衛星、ひとみ衛星ではおよそ 2 分角、1 分角である。1999 年打ち上げの Chandra衛星のみが 0.5 秒角と例外的に優れた集光性能をもっているが、技術的、コスト的にこれを

再現することは困難とされている。そこで我々は、50 cm サイズの超小型衛星で Chandra 衛星

の角度分解能を越えることを目標に、望遠鏡を使用しない新たな原理の観測装置、多重像 X線干渉計 MIXIM (Multi Image X-ray Interferometer Module) を発案した。数 µm ピッチの回折格

子と X 線ピクセル検出器を組み合わせた単純なマルチスリットカメラの構成で、Talbot 効果

により格子の自己像を撮影し、それを重ねあわせることで光源プロファイルを測定する。 原理実証実験には X 線検出器のピクセルサイズが数 10 µm と大きいことが致命的であったが、

2017 年度、ピクセルサイズ 4.25 µm の可視光用 CMOS センサーを X 線光子検出に流用したこ

とがブレークスルーとなり、SPring-8 BL20B2 において準平行光に対して像幅 1 秒角の干渉

像を得ることに成功した。2018 年度、さらに小さいピクセルサイズ 2.5 µm の可視光用 CMOSセンサーを導入し、常温大気中で FWHM = 170 eV @ 5.9 keV で X 線分光に成功した。新たに

製作したピッチ 4.8 µm と 9.6 µm、開口率 0.2 と 0.5 の計 4 種類の回折格子を使用し、様々な X線エネルギー (6.0 keV - 24.8 keV)、格子・検出器距離 z (23 cm - 368 cm)、入射角での X 線照

射実験を行った。2017 年度より約 10 倍高く、理論予想に迫るコントラストで干渉縞を得る

ことに成功し、さらにバンド幅として 10% 程度が利用できることも明らかになった。 小の

像幅としては、0.26 秒角を z = 184 cm で達成。z = 46 cm でも 0.55 秒角を達成した。MIXIMの実用化に向けて、原理実証を超えて大きく開発をすすめることができた。

Blue Compact Dwarf Galaxy に存在する超大光度X線源のX線観測 古市拓巳 松本研究室(宇宙地球科学専攻)

Blue Compact Dwarf galaxy(BCD)は、若い星を多数含む矮小銀河で、重元素比が太陽の 1/50 か

ら 1/10 と低く、近傍宇宙にありながら、銀河形成時の性質を備える天体として重要である。

我々は、代表的な BCD である IZw18 と VIIZw403 に存在する超大光度X線源(Ultra Luminous X-ray sources ;ULX)に着目し、すざく衛星、XMM-Newton 衛星、Chandra 衛星を用いて、X線

観測データを解析した。これらの銀河の質量は我々の銀河より 1 桁以上小さいにも関わらず、

我々の銀河には存在しない ULX を保持している。星形成率で規格化してスターバースト銀河

M82 と比較しても、BCD における ULX の存在率は 20 倍以上も高い。重元素比が低い環境で

は恒星質量ブラックホール(BH)の質量上限値が上昇するとする理論予想もあり(Belczynski et al.2010)、これらの ULX の観測的性質を検証することは重要である。 IZw18 に存在するX線天体は 2000 年 2 月から 2014 年 10 月までに計 5 回の観測全てで

を超えるX線光度(Lx)をもち、10 倍太陽質量の天体のエディントン限界を超えると

いう意味で ULX と分類できる。X線スペクトルはべき関数型モデルあるいは降着円盤黒体放

射モデルで近似できる。ほかの銀河に見られる典型的な ULX と比較すると、5 回の観測でス

ペクトルは 3 つの放射状態を遷移している。その遷移のX線光度から逆に推測するとおよそ

800 倍太陽質量から 4000 倍太陽質量の BH であると示唆される。 VIIZw403 に関して、2013 年 12 月に行われたすざく衛星の観測では、既に Brorby et al. (2015)によって報告されているように、 の ULX が発見されている。このときのX

線スペクトルは hard Ultra luminous と呼ばれる状態に近いことを確認した。一方、さかのぼっ

て 2002 年の XMM-Newton 衛星による観測時は、 で、Ⅹ線スペクトルも恒星

質量 BH 連星系で見られる low hard 状態と矛盾がない。

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氷天体内部条件における氷の結晶成長の観察

猿楽直樹 近藤研究室(宇宙地球科学専攻) 氷衛星において外殻氷層のレオロジーは内部からの熱の放出や表面の変形に影響し、その衛

星の熱史、内部のダイナミクス、テクトニクス、内部海の存在条件を考察する上で重要であ

る。特にエウロパは木星からの強い潮汐作用を受けているため潮汐熱による対流が起こって

いると考えられる。エウロパ内部の温度、粒径、応力条件においては結晶粒径への依存が強

いクリープが歪み速度を律速すると考えられているため、氷殻の対流をシミュレーションす

る上では氷の結晶粒径を知る必要がある。氷衛星内部において氷の結晶粒径は結晶成長によ

る粗大化、動的再結晶や氷以外の物質の混入による細粒化などのプロセスによる変化を受け

る。ガリレオ探査機による磁場観測によって、エウロパ内部には誘導電流が流れる内部海が

存在すると考えられているが、交流電流の影響により氷の結晶成長が抑制されるという報告

から、エウロパ氷殻-内部海境界部においては誘導電流による氷の結晶粒径の変化も存在する

と考えられる。そこで本研究では、エウロパ氷殻-内部海境界の低温高圧条件での結晶粒径変

化に対する電流印加の影響を調べた。本発表では低温常圧で行なった結晶粒径観察実験の結

果を紹介し、氷殻内部の対流の変化や高圧実験への展望について議論する。

X 線回折及び光学観察による H2O-MgSO4系の高圧下相境界観察原田啓多 惑星内部物質学グループ(宇宙地球科学専攻)

木星の衛星、土星の衛星などに代表される氷衛星は、氷の外殻、内部海そして岩石や金属か

らなる核を持つと考えられている。分光学的な実験や観測から内部海には硫酸マグネシウム

や塩化ナトリウムなどの塩が溶融していることが示唆されている為、内部構造を推察する上

で、水―塩系の相図の理解が必要である。 本研究ではダイヤモンドアンビルセルを用いて、5,10,15,17,20,25wt%硫酸マグネシウム水溶液

を室温下で常圧~数 GPa まで加圧し、生じた物質を放射光を用いたX線回折で同定し、光学

観察の結果と合わせて、H2O-MgSO4系の相図を考察した。本研究では硫酸マグネシウム五水

和物の低圧相以外に、新たに高圧相が同定された。これは高圧下での H2O-MgSO4系の先行研

究にはないものである。水和物と溶液の固液共存状態を観察したところ、重力分離により水

和物が上に移動したため水溶液よりも低密度であることが分かった。逆に Ice VI は沈んだた

め、水溶液よりも高密度であることが分かった。 これらの結果をもとに氷衛星の内部構造を推察した。内部海塩濃度が 14wt%以下の場合、内

部海の圧力変化によって内部海の底部に高圧氷の層ができるモデルとできないモデルに分か

れた。塩濃度が 15wt%以上の場合、内部海圧力が約 1.5GPa 以上であると硫酸マグネシウム水

和物の結晶が底で生成し上昇して消える現象が連続的に起こっているというモデル、約

1.5GPa 未満であると内部海のみになるモデルになると推察された。

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レーザー衝撃圧縮実験における高圧相転移の出発試料依存性

廣本 健吾 近藤研究室(宇宙地球科学専攻) 自然界における隕石中の高圧相生成の確認は、惑星形成の様々な衝撃イベントの履歴を明ら

かにしてきたが、その生成条件は明らかになっていない例も多い。衝撃圧縮研究は世界的に

も発展しているが、衝撃圧縮試料の回収と分析はごく限られた試料に対してのみ行われてお

り、衝撃試料全体の包括的な分析と高圧相生成条件の解明は、今後の隕石中の高圧相生成の

解釈に大きな修正を与える可能性があるため、非常に重要な課題である。 本研究ではガス銃を用いた研究よりも高い衝撃条件を模擬できる高強度レーザーを用いて出

発試料の粒形や結晶構造を変えることで高圧相生成を前提とした衝撃圧縮回収実験を行い、

光学顕微鏡、走査型電子顕微鏡、X線回折によって回収試料の変成状態の観察や相同定を行

った。回収試料分析の結果、試料表面で約 40~180 GPa の衝撃圧力を経験した石英、クリスト

バライト、オリビンを出発試料とする試料中から高圧相であるスティショバイトやマグネシ

オウスタイトがレーザー衝撃圧縮回収実験において初めて回収された。本研究結果より、ナ

ノ秒の衝突持続時間でも条件によって高圧相が形成されることが示唆された。

キャパシタコイルターゲットを用いた 磁気リコネクション粒子加速

江頭俊輔 中井研究室(宇宙地球科学専攻) 宇宙線は宇宙空間を満たす高エネルギーの粒子で、108 から 1020 eV にいたる広いエネルギー

範囲に渡ってべき乗分布をとることが知られているが、その加速機構について完全には解明

されていない。その候補のひとつである磁気リコネクションは実際の天体現象としても観測

されており、代表例としては太陽フレアが挙げられる。 磁気リコネクションとは互いに並行で逆向きの反平行に配置された磁力線が接近してつなぎ

変わり幾何学的な形状の変化を起こす現象である。つなぎ替わった磁力線は接近方向と垂直

な方向に吐き出され、磁力線に従って動く荷電粒子が加速される。磁気リコネクションは磁

場エネルギーを粒子のエネルギーに変換する過程として重要だが、この現象を完全に説明で

きる理論はまだ存在していない。磁気リコネクションの物理を解明するため天体観測および

大規模計算による研究が行われている。ハイパワーレーザーを用いることによって広範な磁

場強度・プラズマパラメータ条件での実験が可能である実験室プラズマを用いた研究は、そ

れらに並ぶ新たな研究手法として期待されている。 本研究では磁気リコネクションの動的挙動と加速イオンのスケール則を実験的に求め、理

論・シミュレーションと比較・検討することを目的として、激光 XII 号レーザーを用いた実

験環境の開発を行った。実験では、ガス雰囲気の中で、高強度の磁場生成が可能な「キャパ

シタコイルターゲット」を用いて反平行配置の磁場を作り、同時にレーザー集光位置からの

放射によって雰囲気気体を電離させて背景プラズマを生成した。光学計測によって各時刻に

おけるプラズマの空間分布を観測した。イオン粒子計測により、磁気リコネクションによっ

て加速されて磁場の衝突点から放出されたと考えられる 100 keV 程度の水素イオンの検出に

成功した。

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高強度レーザーを用いた無衝突衝撃波の実験的研究

太田雅人 中井研究室 (宇宙地球科学専攻) 宇宙からは加速器の 大エネルギーを凌駕する超高エネルギー、かつ非熱的な冪乗のエネル

ギースペクトルを有する陽子などの荷電粒子、宇宙線が地球に降り注いでいる。近年の天文

学での観測結果などから、宇宙で生じる無衝突衝撃波が宇宙線の起源であるという理論が確

立されてきている。この原理実証を実験室でレーザーを用いて行うのが本研究のテーマであ

る。プラズマの自己相似関係からプラズマダイナミクスはスケールに対して不変であり、高

強度レーザーを固体などの試料に照射する事で高速流プラズマ中に無衝突衝撃波を生成し、

種々の測定機器によって宇宙プラズマ物理の素過程をミクロとマクロの両面から同時計測す

る。 大阪大学レーザー科学研究所の高強度短パルスレーザーLFEX を臨界密程度のプラズマに照

射することにより無衝突静電衝撃波をプラズマ中に生成、それによる加速イオンを計測し、

実験結果と無衝突静電衝撃波の理論・数値計算を比較、検討した。本実験ではプラズマ密度

分布の調節を以下の手法で行っており、プラズマ密度分布依存性を調べた無衝突静電衝撃波

原理実証実験は未だ他に報告されていない。実験では、厚さ 0.7 μm の CH 薄膜ターゲット

にイオン化用レーザーとして長パルスレーザーGXII を照射して、数 ns 以下の遅延時間の後

に対向側から LFEX レーザーを照射した。この遅延時間を 0~1.5 ns の間で変更していったと

ころ、0.2~0.3 ns の範囲に 大加速イオンエネルギーを検出し、電子温度は遅延時間とともに

増加した。実験結果から得られたイオン加速のプラズマ密度分布依存性は無衝突静電衝撃波

の生成を示唆し、理論と 2 次元粒子シミュレーションの結果とも矛盾しない。

高強度レーザー照射による超高圧力状態の生成に関する研究 福山祐司 中井研究室(宇宙地球科学専攻)

惑星内部や恒星内部は高温・高圧力状態であり、このような状態を実験室で模擬して物質の

性質を研究することが恒星などの進化・形成過程の理解につながる。高温・高圧力状態を生

成する手法として高強度レーザー照射によって短時間ではあるが木星中心ほどの数 TPa の超

高圧力状態の生成が可能である。高強度レーザーを物質に照射することで、表面がアブレー

ションされて衝撃波が形成されて高圧力状態が生成される。しかし、従来のレーザーアブレ

ーションでは照射強度の上昇とともにレーザーエネルギーの吸収率の低下によって生成され

る圧力には上限が存在する。一方で、電子ビームを使用して試料の狭い領域を短時間で加熱

することで、より高圧力状態を生成できることがシミュレーションによって示唆されている。

本研究では、レーザーとプラズマの相互作用によって生成される高速電子と呼ばれる非熱的

電子を電子ビームに見立て、試料に吸収させることで従来を超える圧力の生成を目的として、

照射強度などのレーザー条件や試料条件によって生成される高速電子の平均自由行程を制御

することによって、より高圧力状態の生成に適した条件を模索する実験を大阪大学レーザー

科学研究所の大型レーザー装置「激光Ⅻ号」を用いて行った。 レーザー条件はパルス幅 300 ps で波長、照射強度を変化させて照射した。さらに高速電子の

増大および予備圧縮の影響を実験的に得るためにプリパルスを照射する実験を行った。ター

ゲットはレーザー照射面から CH 層、Cu 層、Quartz 層の三層ターゲットを使用した。生成さ

れる高速電子のエネルギー分布、Cu 層に電子が吸収されることで発生する特性 X 線、Quartz層を伝播する衝撃波に関するパラメータを計測し、高速電子によって高圧力状態が生成でき

ることを検証した。その結果、プリパルスを用いることで高速電子の発生・吸収を促し、同

じ照射強度でもより高い圧力状態が得られることがわかった。

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高強度サブマイクロ秒パルスレーザーによる高圧力の発生と

高圧地球・惑星科学実験への応用 藤原宇央 中井研究室(宇宙地球科学専攻)

高強度レーザーを用いることで隕石衝突時の圧力を大きく上回る TPa の圧力を実現可能であ

り、惑星科学研究への応用を目的とした実験的研究がすすめられている。しかしながら、隕

石衝突の際の高圧持続時間は秒単位と考えられている一方で、レーザー衝撃圧縮実験では高

圧保持時間(レーザー照射時間であるパルス幅に相当する)が 10 ~ 20 ns と非常に短いことが

問題となっている。実際、カンラン石を対象にした先行研究において、その転移圧を大きく

上回る 100 GPa 以上の圧縮を受けた試料に高圧相が確認されないことが報告されている。現

状、高圧力、及びサブマイクロ秒以上のパルス照射を実現するレーザー照射実験の試みはさ

れておらず、このような装置の開発により、高圧状態の長時間保持でおこる現象の模擬とそ

の基礎過程の解明が期待される。 本研究では、駆動衝撃波の持続時間を伸ばす二つの手法を開発した。一つは、これまでにな

い長パルスのレーザーによる衝撃波駆動であり、Q-switch の適応で前例のないサブマイクロ

秒(~ 100 ns)かつ、高出力(~ 100 J)を達成するパルス照射を実現した。もう一つは、レーザー誘

起プラズマの閉じ込め法である。より長時間の間、より高圧力の圧縮状態を実現するために

照射試料を透明体媒質(合成石英ガラス)に閉じ込め、内部空間に長寿命のプラズマを生成する

ことによって長時間の衝撃波を駆動する手法の有効性を確認する実験を行った。これらの手

法を用い、速度干渉計(VISAR)によって試料裏面に到達する圧力の計測を行った結果、 大で

オリビンがα→β転移する圧力に相当する 15 GPa の圧力及び、パルス幅の 2 倍の 200 ns の圧

力保持時間が測定された。加えて、相転移に関する挙動が詳細に調べられているビスマスへ

の照射実験を行い、前例のないレーザー衝撃圧縮による相転移に起因する電気抵抗率の変化

の測定を実現した。本発表では、その結果について報告する。

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宇宙地球科学専攻 会場:F202

2 月 13 日(水)

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高速電波バーストの赤方偏移と銀河間のバリオン量と電離度の見積もり

岡本和範 長峯研究室(宇宙地球科学専攻) 宇宙の進化や構造形成を解明するためには、バリオンの空間分布・進化を理解することが不

可欠である。現在観測されているバリオンはΛcold dark matter モデルから予測される量の半

分以下であり、約 60%のバリオンの所在は良く分かっていない(ミッシングバリオン問題)。近年、高赤方偏移の銀河から強いパルスを一瞬だけ放射する高速電波バースト(Fast Radio Bursts; FRB)と呼ばれる天体が数多く発見され始めている。FRB の観測から銀河間物質(IGM)の電子柱密度(Dispersion Measure; DM)が推定でき、この DM を用いればミッシングバリオン

問題に制限を与えることが出来ると注目を集めている。従って、将来の観測に向けて IGM 分

布、電離状態、進化を理論的に予測しておくことは非常に重要である。FRB の観測では FRBホスト銀河、銀河間、天の川銀河の DM を全て含んでおり、天の川銀河の寄与は取り除ける

が、残り二つを区別する事は出来ない。そこで本研究では、星形成と feedback モデルを実装

した Smoothed Particle Hydrodynamics シミュレーションコード GADGET-3 を用いて宇宙論的

流体シミュレーションを行った。FRB ホスト銀河についてはズームインシミュレーション内

の一つの銀河に注目し、銀河中心から多数の視線(line of sight; LoS)を引き DM を計算した。

また、赤方偏移 z=0-2 まで繋げた light cone を作成し、IGM の DM を計算した。我々が得た

DM と FRB の観測の DM を比較した結果、現在観測されている FRB は z=0.5 付近に多く分布

している事が分かった。更に z=1 でバリオンの約 55%が完全電離に近い状態で銀河間に分布

している事が示された。本研究により、紫外線背景輻射場や星形成・超新星爆発 feedback を

考慮したより現実的な宇宙論的流体シミュレーションを用いて、先行研究におけるより簡単

な一様 IGM モデルの DM が検証できた。

活動銀河核周りにおける熱的不安定性 蔵貫諒 長峯研究室(宇宙地球科学専攻)

現代の天文学では、大部分の銀河の中心に の質量を持つ超巨大ブラックホール (Supermassive Black Hole : SMBH) が存在すると考えられている。特に、非常に明るく輝いて

いる ( ) 中心領域のことを活動銀河核 (Active Galactic Nuclei : AGN) と呼ぶ。

この領域の大きさは pc と非常にコンパクトであり、SMBH と降着円盤から成る。

この降着円盤から SMBH へ物質が降着する際に解放する重力エネルギーが AGN のエネルギ

ー源となる。AGN からの強い放射は AGN フィードバックとして AGN 近傍から母銀河のス

ケールに至るまで影響を及ぼし、銀河の進化・形成において重要な役割を果たすと宇宙論的

計算から予想されている。AGN フィードバックの強さは SMBH へのガスの降着率で決定さ

れるため、AGN 近傍の領域は SMBH への燃料供給として重要な領域である。Barai et al. (2012)では、簡単なモデルとして AGN からの X 線に照射される球対称降着流を考えた。その結果、

AGN 周辺のガスは熱的に不安定 (Thermal Instability : TI) でありフィラメント構造やクラン

プが形成された。それらは AGN への質量降着率に影響を与え得る。しかし、一般にはガスは

回転しながら降着する。そこで我々は 3 次元 Smoothed Particle Hydrodynamics (SPH) コードで

ある GADGET-3 を用いて、 pc の領域に注目し、より現実的な AGN 周囲の環境を

再現するためにガスの回転を加えガスの運動と TI を調べた。TI を十分に分解するためには高

解像度のシミュレーションを行う必要があり、我々は GADGET-3 に局所的に解像度が上がる

粒子分割法を実装することにより高解像度 SPH シミュレーションを可能にした。その結果、

TI により形成されたフィラメント状の構造が先行研究と比べ多く形成され、また、細かい構

造が顕著になった。さらに初期に与える速度分布によってフィラメント状の構造が AGN への

質量降着率に与える影響が変化することがわかった。

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超新星残骸における MeV 宇宙線と中性鉄輝線

牧野 謙 長峯研究室(宇宙地球科学専攻) 宇宙線は高エネルギーの荷電粒子であり、銀河内に普遍的に存在する銀河の重要な構成要素

の一つである。銀河内で粒子が宇宙線のエネルギーまで加速される場所の候補として超新星

残骸(Supernova remnant; SNR)の衝撃波が挙げられる。SNR で加速された宇宙線と分子雲との

相互作用によりガンマ線が発生すると考えられており、実際 SNR からのガンマ線が観測され

ている。しかしガンマ線を出すことができるのはエネルギーが GeV 以上の宇宙線であり、存

在が予想されている SNR 周辺の MeV 宇宙線は今まで観測することが難しかった。ところが

近 Nobukawa et al. (2018)は、すざく衛星のデータから中性鉄と MeV 宇宙線との相互作用で

発生する中性鉄輝線を SNR 付近で発見し、確かに MeV 宇宙線が存在することを明らかにし

た。しかし得られた MeV 宇宙線密度が GeV 以上の宇宙線から予想される密度と定量的に矛

盾しないかどうかは調べられていない。 本研究では標準的な SNR での宇宙線加速・逃走のモデルの拡張により、SNR からの中性鉄輝

線とガンマ線スペクトルを定量的に同時に説明することを目的とした。我々のモデルにおい

て GeV 以上の宇宙線は SNR から逃走し、分子雲と相互作用することによりガンマ線を放出

する。MeV 宇宙線は SNR が分子雲と衝突するまで宇宙線加速領域から逃走できず、衝撃波

面にとどまっている。SNR と分子雲が衝突すると、MeV 宇宙線は分子雲が加速領域を通りす

ぎる時間の間に徐々に分子雲に染み出していき冷却されながら鉄輝線を出す。このモデルに

より観測された SNR のガンマ線スペクトル、鉄輝線を共に説明することに成功した。また本

モデルにおける鉄輝線の強度は SNR と衝突した分子雲の数密度、サイズなどの性質には依存

しないものとなっている。 Characterization of stationary black hole geometry with constant Ricci scalar

Abednego Wiliardy Theoretical High Energy Physics Research Group, Department of Physics Faculty of Mathematics and Natural Sciences, Institut Teknologi Bandung

Stationary black hole model first introduced by Kerr satisfies vacuum Einstein field equation with zero cosmological constant. As we know, our Universe has non-zero cosmological constant. In this thesis, we considered a stationary black hole which satisfies Einstein field equation with cosmological constant. In addition, the metric was set to have an arbitrary constant Ricci scalar which imply a non-zero Einstein field equation and could be interpreted as a stationary black hole placed in a non-vacuum de Sitter space. Characterization of geometry is to analyze any manifold singularities, including physical and coordinate singularities. Physical or real singularity was identified by calculating the Kretschmann of the manifold, while coordinate singularities were investigated thoroughly by studying the solutions of fourth order polynomial found within the black hole metric which gave us, not only the location of event horizons and ergospheres, but also all critical limits that may occur in certain circumstances. Besides, in order to allow further research of black hole thermodynamics, we also calculated surface gravity of the black hole as well as its surface area. Subsequently, they will be associated with the corresponding thermodynamics quantities, i.e. surface gravity as the temperature and surface area as the entropy.

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断層滑り時における炭質物熱熟成への速度論的影響 市場達矢 中嶋研究室(宇宙地球科学専攻)

地震時の剪断応力は,地震の規模を評価する上で重要な地震パラメータである.地震時の断

層滑りに伴って滑り面では岩石破砕や摩擦発熱が生じるが,剪断応力は摩擦発熱から推定す

ることができるため,摩擦発熱に伴う物理化学反応を用いた摩擦発熱の定量評価手法につい

て広く研究されてきた.特に定量評価手法として,断層岩中に存在する炭質物の熱熟成反応

を用いた手法の有用性から注目されている.しかし炭質物の分子構造,断層滑りに伴う剪断

ダメージによる結晶構造の変化,摩擦発熱の昇温速度が炭質物の熱熟成反応過程に影響を及

ぼす可能性が先行研究において指摘されているが,全てを考慮した研究は実施されていない. そこで本研究では滋賀県野洲産の褐炭,北海道三笠産の瀝青炭に対し,山口大学設置の高

速摩擦剪断試験機にて剪断を与えた.剪断ダメージを与えた試料及びインタクトな試料に対

し,管状電気炉を用いて 100, 200…1300 °C の高温処理を昇温速度 1 °C s-1及び 100 °C s-1にて

施した.その後,各試料に対して赤外・ラマン分光分析を実施し,炭質物の分子構造分析を

実施した. その結果,褐炭においては高い昇温速度の高温処理の場合でも,メカノケミカル効果によ

る熱熟成過程の変化が顕著に生じていた.これは,天然の断層において炭質物を用いた摩擦

発熱定量評価を実施する場合,母岩中に低熟成度の炭質物が含まれているならば,メカノケ

ミカル効果および昇温速度による熱熟成度への影響を考慮する必要があることを示唆する.

不凍タンパク質(wfAFP)水溶液の冷却赤外分光測定 上坂 怜生 地球物理化学研究室(宇宙地球科学専攻)

寒冷環境下に生息する生物には不凍タンパク質と呼ばれる、水溶液の凝固点を下げる効果が

ある生体物質を持つものが報告されてきたが、その機構の詳細については未だ完全には理解

されていない。そこで本研究では、不凍タンパク質水溶液中の水分子の状態を調べるため、

薄膜溶液を冷却/加熱しながら赤外分光測定を行うことができる装置を開発し、測定を行った。 光学顕微鏡下でこの薄膜溶液冷却加熱装置を用いた観察の結果、融解界面には純水では 100μm程度の氷の粒が見られたのに対し、不凍タンパク質水溶液では比較的小さい 10μm程度

の粒が見られた。結晶成長の観察では、不凍タンパク質では先行研究で多く報告されている

バイピラミッド型の結晶が見られたが、純水では特徴的な結晶形状は見られなかった。 同じ薄膜溶液冷却加熱装置を用いた顕微赤外透過反射スペクトル測定では、得られた OH伸縮振動吸収帯に対して、液体様成分(QLL)と氷の2成分でフィッティングを行った。そ

の結果、凍結状態の純水は QLL 成分が 10%以下であるのに対し、凍結状態の不凍タンパク質

水溶液では 30%以上の QLL 成分を持つことが分かった。また、不凍タンパク質水溶液のフィ

ッティング残差から、不凍タンパク質水溶液の QLL はより水素結合距離の短い水分子が多く

存在すると考えられ、AFP が氷との間の QLL 領域に構造化した水分子ネットワークを形成し

ている可能性が示唆された。

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COSMOS 領域における赤方偏移 z≤1 の銀河の 軸比分布進化とその星質量・星形成率依存性

佐藤佑樹 宇宙大規模構造進化研究部門 (愛媛大学大学院理工学研究科数理物質科学専攻)

銀河には、様々な形態や物理的性質があり、それらがどのようなメカニズムで決まるのか、

詳しくは分かっていない。本研究では特に銀河の形状に注目し、銀河の形態進化と、星形成

史・星質量集積史の関係を明らかにするために、COSMOS領域の 0.2≤z≤1.0の銀河を、0.2≤z<0.6と 0.6≤z≤1.0 に分け、比星形成率 sSFR、星質量別に見かけの軸比分布進化を調べた。さらに

得られた軸比分布に、三軸不等(A>B>C)の楕円体の銀河モデルを仮定したモンテカルロシミ

ュレーションを用いて fitting し、銀河の三次元形状を推定した。 その結果、銀河の edge-onの厚さC/Aは赤方偏移、星質量によらず、星形成銀河のMain sequenceが も薄く、C/A~0.2 の薄い円盤で、sSFR の値が星形成銀河の Main sequence の sSFR から 1dex程度下がると、C/A~0.2 の薄い円盤から C/A~0.3 の楕円体へ、0.1 程度厚みを増していくこと

が分かった。この原因として、星形成が止まることによってディスクにいた明るい早期型星

が死んで暗くなり、相対的にバルジの明るさが強調されたことが考えられる。さらに星形成

活動別に 0.6≤z≤1.0 から 0.2≤z<0.6 へと三次元形状の進化を見てみると、星形成銀河の形態は

ほとんど進化を示さず、どちらの赤方偏移範囲でも C/A~0.2 の薄い円盤型だったのに対し、

log(Mstar/Msun)<11 の星形成を止めた銀河の形態は、0.6≤z≤1.0 と 0.2≤z<0.6 で C/A~0.45 から

C/A~0.35 へ 、0.1 程度時間とともに薄くなった。また、log(Mstar/Msun)≥11 の星形成を止め

た銀河は、厚い楕円体で有意な進化を示さなかった。星質量別に三次元形状を調べてみると、

星形成銀河でも星形成を止めた銀河でも、log(Mstar/Msun)<11 では星質量が大きいほど、

edge-on の厚さ C/A が小さかった。 地球型惑星の赤外線分光観測の為のナル干渉計における波面計測の方式

井戸雅之 赤外線天文学グループ(宇宙地球科学専攻) 太陽系外の地球型惑星の赤外線分光の方式として 2m 級の口径を持つ集光鏡を 4 台用いたナ

ル干渉計が提案されている。しかし、従来のナル干渉計では、高精度の観測が困難であった。

何故なら、ナル干渉計では光学系に非常に高い面・位置精度が要求されるが、実際にはその

誤差により生まれる入射光の位相ずれ(波面エラー)を高精度で計測出来ていないからであ

る。従来の干渉計における波面計測の方法は、ナル干渉させた弱め合う干渉光(サイエンス

光)と主星の強め合う干渉光を干渉させた光の強度から、ナル干渉された光の強度を測定す

る方法がある。その強度から各集光鏡の光軸方向のずれ(Piston 誤差)を計測できる。しか

し、サイエンス光を波面測定用と強度測定用に分割するので、得られる光子数が半減してし

まう。加えて、ナル干渉によりサイエンス光の強度が弱くなるにつれて、高精度の強度測定

が必要となり、Piston の計測が困難になる。また、ナル干渉させた光を 2 波長の強度の測定

値から Piston を求める方法もある。これは、精度を高める為に、2 波長の差を大きくする必

要があるが、波長差が大きい場合に波長毎に 180 度の位相差を与える事は、困難である。 そこで、多瞳分光を用いた波面計測の方法を提案する。これは、検出器で取得された分光画

像データから波面計測をする。瞳計測の手法を用いると、各集光鏡の相対的な光軸の傾き

Tip/Tilt と光路差 Piston などの、姿勢の変動による結像位置のゆらぎがほとんどない。提案す

るナル干渉計では、4 台の集光鏡の入射光をナル干渉させた後に、複数のビームに分割して

瞳分光(多瞳分光)を行う。この多瞳分光を用いて、広い波長域に対して波面エラーを計測

できる。また、サブ瞳毎の計測をする事で、先行研究では出来ていない瞳面内の座標に対応

した強度から瞳面内の各点の位相を求める事が可能になる。この手法は、将来計画における

有用性を示した。

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重力マイクロレンズ現象による惑星イベント MOA-2014-BLG-171 の解析 河崎滉平 赤外線天文学グループ(宇宙地球科学専攻)

我々MOA(Microlensing Observations in Astrophysics)グループでは、ニュージーランドにある

Mt.John 天文台で口径 1.8m の MOA-Ⅱ望遠鏡を用いて、重力マイクロレンズ現象を利用した

太陽系外惑星探査を行っている。重力マイクロレンズ現象とは、レンズ天体がソース天体の

前を横切った時に、ソース天体の光がレンズ天体の重力場によって曲げられ、観測者からソ

ース天体が増光して見える現象である。レンズ天体が単星の場合、光度曲線は対称的になる

が、伴星を有していると、特徴的な非対称性が現れる。この光度曲線のフィッティングを行

うことで、主星と伴星の質量比や射影距離などの物理量を求めることができる。重力マイク

ロレンズ現象は主星の明るさによらないため、太陽から遠く離れた星や、褐色矮星、惑星も

観測可能である。 本研究では、惑星イベント MOA-2014-BLG-171 の解析を行い、光度曲線のフィッティングと

ベイズ推定によりレンズ天体の物理量を見積もった。本イベントではモデルの縮退も起きて

いるが、今後、重力マイクロレンズ観測用近赤外線望遠鏡 PRIME(Prime-focus Infrared Microlensing Experiment)の観測によりデータ点をカバーすることが期待される。

巨大ガス惑星の 3 質量領域から示唆される惑星形成過程の考察 合田翔平 赤外線天文グループ(宇宙地球科学専攻)

惑星形成シナリオとして、コア集積によるものと円盤自己重力不安定によるものが提唱され

ている。太陽系外のガス惑星が金属量の豊富な主星周りで多く発見されたという観測結果に

基づき、既発見のほとんどのガス惑星はコア集積によって形成されたと考えられている。し

かしこの結論を導く際には、主星金属量に依存する視線速度法観測の選択バイアスの影響が

考慮されていない。そこで私は、視線速度法観測によって発見された 515 個の惑星系に含ま

れる、615 個のガス惑星および褐色矮星のサンプルを用いて、選択バイアスの影響を 小化

した後、主星金属量と惑星質量の分布に対してクラスター分析を行った。その結果、惑星の

分布が 2 つの領域に分類されることを主張した先行研究に対し、4 木星質量と 20 木星質量に

境界質量を持つ 3 つの質量領域に分類されることがわかった。ここで、大きい方の境界質量

は惑星と亜恒星天体の境界を示したものと思われ、いくつかの理論的な研究で予測されてい

た、コア集積によって形成される惑星の上限質量と一致する。さらに、異なる主星質量周り

での惑星分布を見ると、太陽型星周りの惑星がコア集積モデルによって説明できることがわ

かった。一方、早期型星周りを周回する 4 木星質量以上の惑星の分布からは、これらの惑星

が円盤自己重力不安定によって形成されたことを示唆する結果が得られた。

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低質量天体周りの惑星質量比伴星候補 MOA-2015-BLG-337・MOA-2013-BLG-551 の解析 宮崎翔太 赤外線天文学グループ(宇宙地球科学専攻)

私が参加している Microlensing Observations in Astrophysics (MOA)グループでは、New Zealand南島 Mt.John 天文台にある口径 1.8m の MOA-II 望遠鏡を用いて、重力マイクロレンズ法を用

いた系外惑星探索を行っている。重力マイクロレンズ法は他の系外惑星探索方法とは相補的

で、質量の軽い M 型星周りにある「冷たく軽い」惑星にまで検出感度がある唯一の手法であ

るため、その惑星サンプルは非常に重要である。 本研究では、重力マイクロレンズイベント

MOA-2015-BLG-337 (MB15337)と MOA-2013-BLG-551(MB13551)の解析を行なった。 MB15337 は、イベントタイムスケールが非常に短くレンズ系が非常に軽いことが示唆されて

いた。詳細なモデルフィットを行うことで、惑星質量比と連星質量比のモデルが光度曲線上

で縮退していることが明らかになった。MB15337 は観測量だけでは物理量を一意に定めるこ

とができないため、銀河系モデルを事前確率としたベイズ推定によりレンズ系の物理量を求

めた。その結果、MB15337 はレンズ系が褐色矮星に巨大ガス惑星が付随した系、もしくは褐

色矮星連星系であることがわかった。 MB13551 は、先行研究で惑星質量比を持つ伴星イベントだと考えられていたが、詳細なモデ

リングを行うことで、伴星が褐色矮星質量比を持つことが明らかになった。また、レンズ星

の明るさから導かれる事前確率をフィッティングに組み込むことで、 終的なレンズ系の物

理量の不定性に制限を加えた。その結果、MB13551 はレンズ系が M 型星に付随する褐色矮星

であることがわかった。太陽型星回りの「褐色矮星砂漠」は報告されているが、本イベント

のような軽い星回りの褐色矮星の報告例はまだ少ないため、低質量星回りの伴星形成過程を

考える上で重要なサンプルとなる。

月極域における水分子同位体比測定レーザー装置の開発 新述隆太 寺田研究室(宇宙地球科学専攻)

近年リモートセンシング技術の発達などにより月極域には一定量の水が存在することが示唆

されている。しかしその存在量や起源は定かではなく、サンプルリターンによる地球水の汚

染を考えると、月面での同位体比の「その場観測」によってのみこの問題は解決する。 光学分析装置は分子ごとによって吸収波長がわずかに異なることを利用し、測定物質の数密

度決定や同位体分析を行う手法であり、軽量に構成されるため宇宙機搭載に有利である。地

上では半導体レーザーを用いた光学分析計が微量水分計測用や同位体測定用しても広く普及

している。月面水探査のような測定対象物質が極微量だと考えられる場合は光路長が長い必

要があり、そこで候補に挙がるものが CES(Cavity Enhanced Spectroscopy)、あるいは

TDLAS(Tunable Diode Laser Absorption Spectroscopy)と呼ばれる光学分析法である。TDALASは振動に強く実際に宇宙機キュリオシティに搭載され火星の大気を測定した実績を持つ。 本研究では 2.7 µm の DFB レーザーを用いた TDLAS を実験室で組み上げた。標準的な水から

HHO16, HHO17, HHO18, HDO16 の吸収線を測定してこれを HITRAN データベースと照合す

ることで確認し、そのピークの温度・濃度依存性を測定した。またセル内に吸着した残留し

た同位体が次の測定にも現れることを確認し(メモリー効果)、その影響が消えるまでの測定も

行った。

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二次中性粒子質量イメージングシステムの開発 藤本駿 寺田研究室(宇宙地球科学専攻)

地球惑星科学分野において、二次イオン質量分析計(SIMS: Secondary Ion Mass Spectrometer)を用いた局所同位体分析は欠かすことのできない分析手法である。しかし、SIMS は二次イオン

化効率が低く、試料のロスに対して感度が低いという問題が存在する。このような問題を解

決するため、我々のグループでは、一次イオンビームによってスパッタされた中性粒子をフ

ェムト秒レーザーでポストイオン化する二次中性粒子質量分析計(SNMS: Secondary Neutrals Mass Spectrometer)の開発を行っている。 本研究は、SNMS で質量イメージング像を取得することを目的とし開発を行った。本装置は、

集束イオンビーム加工装置(FIB: Focused Ion Beam)を一次イオンビームとして用いている。

FIB のイオンビーム走査機能を外部制御し、試料表面の各点における質量スペクトルを位置

情報とともに保存、強度分布を作成することで、質量イメージング像を取得する。 イメージングの基礎実験として、初めにラインスキャンを行った。Al と Si で構成された集積

回路に適用した結果、各元素の位置情報を再現することができた。得られた強度分布から評

価した空間分解能は約 50nm となった。次にイオンビームを縦軸方向にも走査することで質

量イメージング像を取得した。集積回路の Si パターンを確認できたが、長時間の測定では、

水平方向にイオンビーム位置のドリフトが起こることが分かった。そこで、スキャン時間と

ドリフト距離との関係を実験的に見積もり、イオンビームの位置情報について補正を行った

結果、集積回路の Si パターンを再現する質量イメージング像を得ることができた。

火成岩の圧力誘起電流の温度依存性および荷重速度依存性 前薗大聖 寺田研究室(宇宙地球科学専攻)

2011 年東北地方太平洋沖地震の際に約 40 分前から震源上空で電離層の総電子数(TEC: Total Electron Content)が 1 割弱増加していたことが観測された。その後の研究で 1994 年以降に発

生した Mw8.5 以上の地震の直前には必ず TEC が増加し、Mw7 を超える地震では 18 回 TECの増加が観測された。TEC 異常は、磁気嵐やそれに関連して発生する大気重力波等によって

も発生するが、この巨大地震前 TEC 異常は震源上空と局所的であり、地震発生まで震源上空

に固定されているため区別できる。また、東北地方太平洋沖地震と同時刻に磁気共役点でも

同様の TEC 異常が観測されている。以上のことから、この TEC 異常は地震との相関があり、

地震発生前に地中岩石にかかる圧力が変化し発生した電荷による電磁気作用が考えられる。

火成岩の圧力誘起電流については含水率や体積、圧力依存性について研究されてきた。しか

し、異常が観測された地震の震源深さは 10km 以上であることから震源の温度は 300℃以上と

なるが、火成岩の高温における圧力誘起電流の性質は研究されていない。そのため、火成岩

の圧力誘起電流によって TEC 異常を説明できるか考察するために、本研究では火成岩を一軸

圧縮したときに流れる電流の温度依存性を調べた。 試料には圧電物質を含まない斑レイ岩 10×10×3cm3等を使用し、10MPa の圧力変化によって

流れる電流を 高温度 288℃まで測定した。その結果、圧力誘起電流は 200℃付近までは指数

関数的な増加を示したが、震源温度 300℃に近づくにつれ減少する傾向が得られた。また、

荷重速度を 0.05~2mm/min と変化させ、圧力を変化させたときに流れる電流を測定した。そ

の結果、電流の 大値は荷重速度に依存し、積分値は荷重速度に依らない傾向が得られた。

以上のことを踏まえ、巨大地震前 TEC 異常の原因について提言する。

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ルナ 20 号・24 号サンプルの鉱物学的・年代学的考察 諸本成海 寺田研究室(宇宙地球科学専攻)

ソ連の月探査計画「ルナ計画」において、1972 年にルナ 20 号が、1976 年にルナ 24 号がそれ

ぞれ月のアポロニウス高地と危難の海に着陸し、レゴリスサンプルを採取した。本研究では、

両探査機が持ち帰った月面のレゴリスサンプルに関し、その火成史を明らかにすることを目

的としている。一般に月のレゴリスは起源の異なる岩石片の集合体である。そこで、主成分

であるケイ酸塩鉱物を含む粒子 1 粒 1 粒について SEM-EDS による鉱物学的記載を行い、特

にリン酸塩鉱物を含む粒子に対しては二次的な変成の影響を受けにくい U-Pb 分析を行い、結

晶化年代及び衝突変成年代の情報を得ることを試みた。 ルナ 24 号サンプルでは、これまで年代報告例のなかった深さ約 130cm の粒子に対する局所

U-Pb 分析で、他の深さのサンプルに対する報告例とも一致する約 35 億年の結晶化年代を得

たほか、ショックイベントの存在を示唆する粒も見つかった。一方で化学組成や年代の違い

から、高地起源の可能性の高い粒子の存在も明らかになった。 ルナ 20号サンプルではU-Pb分析可能なサイズのリン酸塩鉱物は発見できなかったものの、

主成分の 1 つである輝石の組成からサンプルが深成岩を起源としている可能性が高まった。

今回のサンプルが月面からごく浅い場所で採取されたものであることを踏まえると、移動を

起こすような何らかのイベントがあったことが示唆される。

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判定会議について

判定会議 日時:2 月 13 日(水)16:00〜 会場:H701 ※教授、准教授、講師及び副査担当の助教の方は全員出席です。

2018 年度修士論文発表会予稿集発行:2019 年 2 月 5日編集:修士論文発表会世話人

物理学専攻 研究室

川上紘輝

西村萌 宮脇渉太

宇宙地球科学専攻 赤外線天文学グループ

近藤依央菜

佐伯守人

末松春乃

坪井隆浩