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2 中心不斉触媒の新しい展開
東京大学大学院薬学系研究科 柴崎 正勝 1.はじめに 光学活性化合物は医薬品等の合成における重要なビルディングブロックであり、高い
効率、選択性の実現のみならず、廃棄物を最小限に押さえた環境調和性の高い合成法の開
発が強く求められている。触媒量の不斉源により光学活性化合物を生み出す触媒的不斉合
成は、潜在的にもっとも効率のよい手法になりうるものであり多くのグループが精力的に
研究に取り組んでいる。この課題に対し我々は「2中心不斉触媒」をキーワードとした研
究を展開し、新規不斉触媒の開発、不斉反応への展開、そして医薬品の効率的合成への応
用に関して取り組んでいる。「2中心不斉触媒」に関する概念図を下記に示す 1。適切なキ
ラル配位子より調製した複核錯体中の一方の金属中心 M がルイス酸として求電子剤(E+)を
活性化すると同時に、他の金属部M’が求核剤(Nu–)との相互作用による位置制御(あるいは
活性化)を行うことで、単核で反応を制御する場合と比較して、より精密な立体制御や高
い触媒活性が実現されるのではないか、というのが発想の源である。このコンセプトに基
づき数多くの新規触媒の開発に成功してきた。その一例を、下図に示す。
本講演では特に、(A) 希土類/アルカリ金属/BINOL複合金属触媒 2、(B)複核シッフ塩基触
媒 3、 (C) 希土類/アミド触媒 4、 (D) 銅/ホスフィン触媒 5、(E) バリウム触媒 6に関する
研究の最新の成果について紹介する予定である。
2.希土類/アルカリ金属/BINOL 複合金属触媒の新展開 最小の環構造であるオキシランやシクロプロパン構造は、天然物や生理活性物質に広く
存在する重要な骨格である。またひずみを有する 3 員環構造は、比較的容易に開環反応を行
うことが可能であることから、全合成における合成中間体、または building blockなど、様々
な用途で広く用いられている官能基でもある。有用なオキシラン、シクロプロパン環合成法
の 1つとして、硫黄イリドを用いた Corey-Chaykovsky反応が挙げられるが、硫黄イリドが有
する反応性の高さのためこれまで触媒的不斉合成反応への適応は困難とされてきた。我々は、
基質のみならず反応試剤の認識も可能な2中心不斉触媒として希土類 /アルカリ金属
/biaryldiol触媒を用いることで、エノンの触媒的不斉 Corey-Chaykovskyシクロプロパン化 (eq
1)2a、及び単純ケトンの Corey-Chaykovskyエポキシ化反応 2bの開発に初めて成功した (eq 2)。
シクロプロパン化では biphenyldiolを配位子として使用し、添加剤として NaIを加えることで
系中で発生させた La/Li/Naの複合金属触媒系が最良の結果を与えた。一方、エポキシ化では
立体的に非常にかさ高いホスフィンオキシドの添加が反応性およびエナンチオ選択性の向上
に対して有効であった。これら反応のうち、エポキシ化で得られる gem-二置換エポキシドは、
オレフィンの触媒的不斉エポキシ化では高い選択性が実現困難な基質であり合成化学的に特
に有用性が高い。さらに、gem-二置換エポキシドの硫黄イリドによる環拡大反応において、
2中心不斉触媒関与での chiral amplificationを行うことで gem-二置換オキセタンを 99% ee以
上の高い光学純度で得るワンポット合成法も確立した (eq 3)2c。
R2 R1
O
R1
O
La-Li3-(biphenoxide)3(x mol %)
NaI (x mol %) O
La
O
O
OO
O
Na
Li Li
*
*
*
OOHOH
O
~96% yield~99% ee Li/Na mixture
* OH
OH(CH3)2S
+(O)CH2–
(S)-bipehnyldiol
cat:
transx = 1-10 mol %R2
cat. (S)-LLB (x mol %)Ar3P=O (x mol %)O
R
OH3C
MS 5Å, THF, rtCH3R(CH3)2S
+(O)CH2–
x = 1-5 mol % ~>99% yield ~97% ee
O
La
O
O
OO
O
Li
Li Li
*
*
*
(S)-LLB
* OH
OH
cat:
(S)-BINOLMeO
OMe
OMe
P O3
+
O
ROH3C
MS 5Å, THF, rtCH3RR
OH3Csulfur ylide
MS 5ÅTHF/hexane, 45 °C
>99.5-99% ee
cat. (S)-LLB/Ar3P=O
93-97% ee
chiral amplification
R = aryl, alkyl
sulfur ylidecat. (S)-LLB/Ar3P=O
(eq 2)
(eq 3)
(eq 1)
3.複核シッフ塩基触媒 我々は 2007 年以降、シ
ッフ塩基上に2つの金属を
適切に配置することで、従
来の salen 触媒とは異なる
特性を有する複核シッフ塩
基触媒に関して精力的に検
討を行っている。遷移金属
と希土類金属の両方をあわ
せもつ錯体の触媒能に興味
をもち、錯体化学分野での
多くの研究例を参考に、触媒活性を最大限に引き出すという観点からの不斉配位子の設計と
実証実験を進めた結果、2核性 Schiff塩基配位子 1aを用いることで良好な結果を得ることに
成功した。Cu/Sm(OAr)/1a 錯体 3a及び Pd/La(OAr)/1a 錯体 3bにより、それぞれ syn-選択的な
nitro-Mannich型反応(eq 4)および anti-選択的な nitroaldol反応が高い立体選択性で進行した。
R
NBoc
cat. Cu/Sm/OAr 1a complex
(2.5-10 mol %)
R
NH
R'
NO2
Boc
+~99% yieldsyn:anti = >20:1~97% ee
R'CH2NO2
N
R HR'
NO2H
O-tBu
O
Sm
Cu Cu(II) Lewis acid
Sm-nitronate as a Nu–THF, –40 °C
(eq 4)
2008 年には、ビナフチルジアミンを使用した Schiff 塩基配位子 1b を用いることで、希土類
金属よりもイオン半径の小さな遷移金属を外部O2O2配位場に取り込んだホモ2核Ni2/1b触媒3c、Co(III)2/1b触媒 3dの開発にも成功した。Ni2/1b触媒は、各種求核剤による直接的触媒的不
斉Mannich型反応に有効であり、不斉4置換炭素を含む種々の β-アミノ酸誘導体を与えた。
また、ジアミン骨格の2面角を微調整したビフェニルジアミン型配位子 1c を用いることで、
Ni2/1c触媒 3eによる α-keto anilideを求核剤とする直接的触媒的不斉Mannich型反応において
選択性を改善することにも成功した。α-keto anilide由来の生成物はγ-アミノ酸誘導体の前駆
体として有用であり、さらに非天然アミノ酸である azetidine-2-amideへの変換にも成功した。
一方、Co(III)2/1b 触媒は alkynone および nitroalkene への触媒的不斉 Michael 反応に有効であ
った。なお、これらの反応において、単核の Niあるいは Co-salen錯体では低選択性/低反応
性にとどまることが確認され、適切に配置された二つの金属が重要であることが示唆されて
いる。
N N
OH HO
OH HO
1a 1bdinucleatingSchiff base 1-H4
N N
N N
=
*
N N
*
1c
N N
H3C CH3
N N
O O
O O
M
RE
OAr
M = Cu, RE = Sm: Cu/Sm/1a cat.M = Pd, RE = La: Pd/La/1a cat.
N N
O O
M
O OM
M = Ni: Ni2/1b cat.M = Co(OAc): Co2(OAc)2/1b cat.
N N
O O
Ni
O ONi
M = Ni: Ni2/1! cat.
4.希土類/アミド触媒
糖尿病罹患率が世界人口の 5-6%に達し、さらに今後急増すると危惧されている現在、糖
尿病合併症症状の抑制を志向したアルドース還元酵素阻害剤の開発は世界的に注目を集めて
いる。多くのアルドース還元酵素阻害剤が開発途中で頓挫している中、AS-3201(ranirestat)は
高い活性及び安全性を併せ持ち、臨床開発の最終段階まで至っている。光学活性体
(‐)-AS-3201 の合成は現状ではシンコニジンによる中間体(±)-2 の光学分割法に依存しており
(Scheme 1a)、大規模な臨床開発及び医薬品としての供給に向け、より安価で効率の高い触
媒的不斉合成法の開発が急務である。そこで、我々は市販化合物より 1 段階で合成可能なス
クシンイミド 3 とアゾジカルボキシラートとの触媒的不斉アミノ化反応に焦点を絞り、
AS-3201の効率的な不斉合成経路の確立を試みた (Scheme 1b) 。 Scheme 1. Asymmetric synthesis of AS-3201
(a) Optical resolution
(b) Catalytic asymmetric synthesis
(–)-AS-3201
HNO
N
NH
O
O
O Br
F
HNO
O
CO2EtH2N
3HNO
O
CO2Et
HNO
O
CO2EtRN
NHR
asymmetric catalyst
N
N
R
R
HNO
O
CO2EtCbzHN
HNO
O
CO2EtCbzHN
(+)-2
(±)-2 (–)-2
4 5
cinchonidine
(ranirestat)
DainipponSumitomo Pharma. Co. Ltd.
初期検討としての文献既知の代表的な不斉アミノ化触媒を適用したところ、十分な不斉
収率は得られなかった。これはイミド 4 の高い配位力、及び配位形式の多様性によるものと
考えられたため、4 が配位しても有効な不斉空間を保持できるような新規触媒の開発に着手
した。リガンドとして配位力の強いアミドを適用し、中心金属として高い配位能を持つラン
タノイドを適用することにより、4 の配位活性化が配位力の高いアミドリガンド存在下にお
いても実現可能な触媒を設計した。種々検討の結果、tBu アゾジカルボキシラートと 4 との
不斉アミノ化反応が La(NO3)3とバリン tBu エステル、及びバリンからカラムフリーで合成可
能なリガンド(R)-6の 3成分から調製される触媒を用いることにより空気中、定量的な化学収
率かつ高い不斉収率で進行することを見出した。さらに本反応は 100gスケールでも問題なく
進行し、99%収率、91% eeにて 5を与えた(Scheme 2)。5 は 5段階の化学変換と 1回の再結晶
により光学的にも純粋な AS-3201へ導けることを確認した 4。
N
N
Boc
Boc
+
1.03 equiv
4
HNO
O
CO2Et
La(NO3)3• xH2O 1 mol %
ligand (R)-6 1 mol %
H-D-Val-OtBu 3 mol %
AcOEt (0.5 M), 0 °C, 3 h
Scheme 2. Asymmetric synthesis of (–)-AS-3201
HNO
O
CO2EtHN
NH2•
5100 g
under air
HCl (gas)
toluene0 °C, 2 h
y. 96% (2 steps) 91% ee
132.8 gHCl
NH O
HN
OHOOH
(R)-6
5.銅/ホスフィン触媒の新展開
分子間の触媒的不斉反応による不斉 4 置換炭素の構築は、反応遷移状態における高度な
立体障害に起因する低い反応性及び立体選択の困難さゆえに、未だ多くの開発の余地が残さ
れている。特に、不斉触媒存在下に基質のプロトン移動のみで反応を進行させる、環境調和
性の高い反応形式において、上記の触媒的不斉反応を達成するのは困難を極める。我々は、
適度な酸性度と、反応時に立体障害を軽減しやすい構造的特徴を併せ持つアリルシアニドに
着目し、プロトン移動による N-ジフェニルフォスフィノイル(Dpp)ケトイミンへの触媒的
不斉付加反応の開発に着手した。
検討の結果、ソフトな Lewis 酸として塩基としてカチオニックな[Cu(CH3CN)4]PF6を使用
し、塩基として Li(OC6H4-p-OPh)を、さらに不斉配位子として(S,S)-Ph-BPEを使用した系によ
って高い収率とエナンチオ選択性にて反応が進行することを見いだした(eq 5) 5c。
[Cu(CH3CN)4]ClO4 (R,R)-Ph-BPE Li(OC6H4-p-OPh)
CH2Cl2/THF, –20 °C, 40 h
(5-10)mol %
R1
R2
NHDpp
CN
R1 R2
NDpp CN
+
R3R3
(eq 5)
~91% yield ~94% ee
Cu塩とアルカリ金属フェノキシドを混合すると Cuフェノキシドとアルカリ金属塩が生
成することが知られていることから、本触媒系は、Ph-BPE/Cu(OC6H4-p-OMe)と LiClO4から成
ると考えられる。LiClO4の効果を評価するため、等量の Ph-BPE、mesitylcopper、HOC6H4-p-OMe
より LiClO4を含有しない Ph-BPE/Cu(OC6H4-p-OMe)錯体を調製し反応を行った(Scheme 3(a))。
その結果、反応速度が極度に低下するが、ほぼ同等の立体選択性で目的生成物が得られる事
がわかった。さらに、この LiClO4を含まない触媒に 10 mol %の LiClO4を添加すると、触媒活
性が通常程度にまで回復し、収率 78%、83% eeにて目的物が得られた(Scheme 3(b))。こ
れらの実験結果より、LiClO4 が反応遷移状態には影響を与えず、反応の律速段階を大幅に促
進していることが示唆された。
Mesitylcopper (R,R)-Ph-BPE HOC6H4-p-OPh
CH2Cl2/THF, –20 °C, 40 h
10 mol %Ph
NHDpp
CN
Ph
NDpp
CN+
R3
(a) without LiClO4:
(b) with 10 mol % of LiClO4:
y.
6.バリウム触媒
我々は、独自に開発した不斉触媒を活用した医薬品の効率的な合成の一貫として抗イン
フルエンザ治療薬タミフルの合成に取り組んでいる。下記には新規バリウム不斉触媒による
触媒的不斉 Diels‐Alder型反応を鍵反応とした合成ルートを示す。本バリウム不斉触媒はト
ランスメタル化によるバリウムエノラートの生成によりジエンの HOMO レベルを上昇させ
ることで Diels‐Alder型反応を促進するため、酸性条件下不安定なジエンを反応基質として
用いることが可能となった 6。
EtO2C NH2.H3PO4
NHAc
O
Tamiflu
OTMS
CO2Me
MeO2C
Ba!ligand (2.5 mol %)
CsF (2.5 mol %);
OH
CO2Me
CO2Me
NaOH aq.
3"-OH (95% ee)
OH
CO2H
CO2H
Ac2O, Et3N
DMAP
98% (2 steps)
NAc
O
NHBoc
O
Pd2dba3·CHCl3 (2 mol %)
dppf (4 mol %)
AcOCH(CN)285%
NHBoc
NHAc
AcO
CNNC
TFAAurea-H2O2
Na2HPO4
K2CO3
EtOHEtO2C NHBoc
NHAc
OH1) DEAD, PPh3 p-nitrobenzoic acid;
LiOH, 65% (3 steps)
2) DIAD, Me2PPh
Et3N (21 mol %)
76%
EtO2C NHBoc
NAc 1) BF3.OEt2
3-pentanol, 75%
2) TFA; H3PO4 73%
+
58-g scale
91% (3" : 3# = 5 : 1)
3
4
5
3
95% ee > 99% ee
recryst from
CH2Cl2/CPME
3
80%
P
O
O
Ph Ph
HO
HO
F
F
1 M HCl aq.
NH
O
NHBoc
O
NHBoc
NHAc
AcO
CNNC
O4
DPPA, Et3N
95% (2 steps);
tBuOH
ligand
7.参考文献 (1) Reviews: (a) Shibasaki, M.; Matsunaga, S.; Kumagai, N. Synlett 2008, 1583. (b) Shibasaki, M.; Kanai, M.; Matsunaga, S.; Kumagai, N. Acc. Chem. Res. in press. (2) (a) Kakei, H.; Sone, T.; Matsunaga, S.; Shibasaki, M. J. Am. Chem. Soc. 2007, 129, 13410. (b) Sone, T.; Yamaguchi, A.; Matsunaga, S.; Shibasaki, M. J. Am. Chem. Soc. 2008, 130, 10078. (c) Sone, T.; Lu, G.; Matsunaga, S.; Shibasaki, M. Angew. Chem., Int. Ed. 2009, 48, 1677. (3) (a) Handa, S.; Gnanadesikan, V.; Matsunaga, S.; Shibasaki, M. J. Am. Chem. Soc. 2007, 129, 4900. (b) Handa, S.; Nagawa, K.; Sohtome, Y.; Matsunaga, S.; Shibasaki, M. Angew. Chem., Int. Ed. 2008, 47, 3230. (c) Chen, Z.; Morimoto, H.; Matsunaga, S.; Shibasaki, M. J. Am. Chem. Soc. 2008, 130, 2170. (d) Chen, Z.; Furutachi, M.; Kato, Y.; Matsunaga, S.; Shibasaki, M. Angew. Chem., Int. Ed. 2009, 48, 2218. (e) Xu, Y.; Lu, G.; Matsunaga, S.; Shibasaki, M. Angew. Chem., Int. Ed. 2009, 48, in press. (4) (a) Mashiko, T.; Hara, K.; Tanaka, D.; Fujiwara, Y.; Kumagai, N.; Shibasaki, M. J. Am. Chem. Soc. 2007, 129, 11342. (b) Mashiko, T.; Kumagai, N.; Shibasaki, M. Org. Lett. 2008, 10, 2725. (5) (a) Suto, Y.; Kanai, M.; Shibasaki, M. J. Am. Chem. Soc. 2007, 129, 500. (b) Oisaki, K.; Zhao, D.; Kanai, M.; Shibasaki, M. J. Am. Chem. Soc. 2007, 129, 7439. (c) Yazaki, R.; Nitabaru, T.; Kumagai, N.; Shibasaki, M. J. Am. Chem. Soc. 2008, 130, 14477. (d) Du, Y.; Xu, L.; Shimizu, Y.; Oisaki, K.; Kanai, M.; Shibasaki, M. J. Am. Chem. Soc. 2008, 130, 16146. (e) Yazaki, R.; Kumagai, N.; Shibasaki, M. J. Am. Chem. Soc. 2009, 131, 3195. (6) Yamatsugu, K.; Yin, K.; Kamijo, S.; Kimura, Y.; Kanai, M.; Shibasaki, M. Angew. Chem., Int. Ed. 2009, 48, 1070.