20
2.4 電子出版の実際 凸版印刷株式会社 IC ビジネス本部部長 西岡 貞一 情報ビジネス開発本部研究開発部部長 小川 恵司 情報ビジネス開発本部文化事業戦略部部長 加茂 竜一 従来の出版物との対比等を通し、電子出版物について国内外の最新動向を出版・印刷業界 の視点から議論する。 Ⅰ.出版・印刷をとりまく環境変化 (西岡貞一) Ⅱ.電子出版の今、未来 (小川恵司) Ⅲ.デジタルアーカイブとメディア表現 (加茂竜一) Ⅰ.出版・印刷をとりまく環境変化 1.社会環境 () 少子高齢化 ① 大学全入時代 (2007 年度) ② 団塊世代1947~1949 年生まれ)大量離職 () 知財立国 ① ユニバーサル・コミュニケーション(知の連鎖による新価値創造) ② コンテンツ産業振興 (ソフトパワー) 2.コンテンツ () コンテンツ産業(2003 年、デジタルコンテンツ白書 2004 年) ① 図書・新聞 5.6 兆円、映像 4.4 兆円、音楽 1.7 兆円、ゲーム 1.1 兆円 ② 新聞 2.4 兆円、雑誌 1.7 兆円、書籍 0.97 兆円 () コンテンツ振興策 ① 「コンテンツの創造、保護及び活用の促進に関する法律」成立 2004 5 13 兆円(2003 年)の市場を 2030 年に 70 兆円に拡大(日本 21 世紀ビジョン) () コンテンツ系人材育成 ① 東大、芸大、早稲田等にあいついでコンテンツ系大学院コース誕生 ② 関西系私大を中心にアニメ、マンガ等学科が誕生 3.出版 () 市場縮小 2003 年出版市場は販売金額2兆 2278 億円(前年比 96.4%

2.4 電子出版の実際 凸版印刷株式会社 IC ビジネス本部部長 ......2.4 電子出版の実際 凸版印刷株式会社IC ビジネス本部部長 西岡 貞一

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Page 1: 2.4 電子出版の実際 凸版印刷株式会社 IC ビジネス本部部長 ......2.4 電子出版の実際 凸版印刷株式会社IC ビジネス本部部長 西岡 貞一

2.4 電子出版の実際

凸版印刷株式会社 ICビジネス本部部長 西岡 貞一 情報ビジネス開発本部研究開発部部長 小川 恵司 情報ビジネス開発本部文化事業戦略部部長 加茂 竜一

従来の出版物との対比等を通し、電子出版物について国内外の最新動向を出版・印刷業界

の視点から議論する。 Ⅰ.出版・印刷をとりまく環境変化 (西岡貞一) Ⅱ.電子出版の今、未来 (小川恵司) Ⅲ.デジタルアーカイブとメディア表現 (加茂竜一)

Ⅰ.出版・印刷をとりまく環境変化 1.社会環境

(ア) 少子高齢化 ① 大学全入時代 (2007年度) ② 団塊世代(1947~1949 年生まれ)大量離職

(イ) 知財立国 ① ユニバーサル・コミュニケーション(知の連鎖による新価値創造) ② コンテンツ産業振興 (ソフトパワー)

2.コンテンツ

(ア) コンテンツ産業(2003年、デジタルコンテンツ白書 2004年) ① 図書・新聞 5.6兆円、映像 4.4兆円、音楽 1.7兆円、ゲーム 1.1兆円 ② 新聞 2.4兆円、雑誌 1.7兆円、書籍 0.97兆円

(イ) コンテンツ振興策 ① 「コンテンツの創造、保護及び活用の促進に関する法律」成立 2004年 5月 ② 13兆円(2003年)の市場を 2030年に 70兆円に拡大(日本 21世紀ビジョン)

(ウ) コンテンツ系人材育成 ① 東大、芸大、早稲田等にあいついでコンテンツ系大学院コース誕生 ② 関西系私大を中心にアニメ、マンガ等学科が誕生

3.出版

(ア) 市場縮小 ① 2003年出版市場は販売金額2兆 2278億円(前年比 96.4%)

- 97 -

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② 96年を 100とすると六年間で 84.5%に縮小 (イ) 電子出版

① 電子書籍の出版点数が倍増(1万 7112タイトル、2003年) ② オンライン書店での 2003年の書籍購入率 9% (2002年は 7%)

4.ポスト・インターネット (ア) ユビキタス・コンピューティング

① ICタグを中心とした自動認識技術の普及 ② 携帯電話のオープン化

(イ) emerging technology

① ライフログ ② 実世界インターフェース

(総務省報道資料より)

- 98 -

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1

Ⅱ.電子出版の今、未来

平成17年7月7日

凸版印刷株式会社小川 恵司

2

電子出版の始まりに向けて

・電子化の歴史・文字、組版

- 99 -

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3

電子化の歴史

CEPS

CTS

DTP

UnicodeJISコード

HTML XML

ユビキタス環境における表現の美しさ、読み易さの実現

CTP

1963年:日本で初めて導入 1980年:各社が導入開始

1970年:稼動開始

1966年:一般印刷業界で導入→1977年:CRT方式

1990年:日本で導入開始1990年代半ば:本格化

1995年:実用機として積極的に導入

1978年:制定 1990年:ver1.0

1986年:制定(ISO) 1991年:HTML1.0 1998年:XML1.0

文字画像の統合

1985年:CD-ROM        1995年:インターネット

カラースキャナー

電算写植

電子出版

SGML

4

文字コードの歴史

↑’78 制定 ↑’83 改正 ↑’90 改正 ↑’97 徹底調査

1980 1990 2000

↑’90 制定↑’00 制定

↑’90 ver1.0 ↑’99 ver3.0↑’93 第1部 ↑’01 第2部

↑’97 ver1.0

↑’01

JIS第一、第二

JIS補助漢字

JIS第三、第四

Unicode

ISO

今昔文字鏡

Adobe Japan-1-4

- 100 -

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5

文字コードの概観

JIS 第三、第四

非漢字659文字

漢字3,685文字

JIS 補助漢字

非漢字266文字

漢字5,801文字

JIS 第一、第二

(Shift JIS、EUC)

非漢字524文字

漢字6,355文字

同時利用

同時利用

Unicode

日本語以外の文字

JIS 以外の文字

収容可能文字数

100万~21億字

6

Unicodeの問題

解決できなかった問題包摂基準の混乱

複数の符号化

 (UCS-4,2、UTF16,8,7)

Unicode独特の問題収録文字が多すぎ、文字が整備されない

結合用文字と結合済み文字 「a¨」と「ä」違うコードでも同じ字国による字形の違い → 国の識別(言語タグが必要)

 

- 101 -

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7

CTS

CTS(Computerlized Typesetting System) 狭義のCTS:電算写植

 広義のCTS:日本語情報処理+電算写植

書籍、辞事典、名簿等

定型的な大量一括処理

文字入力

割付入力

画像入力

原稿

組版処理

ゲラ OK

 

製版 

訂正作業

Yes

No

組版タグを含む

日本語情報処理

8

DTP

DTP(DeskTop Publishing)WYSIWYG(What You See Is What You Get)を指向

パーソナルレベルの出版、先進的なデザイナーが牽引

DTPの黎明期1985年:米国で開始 Macintosh、PageMaker、LaserWriter

1989年:フルDTPで「森の書物」(河出書房新社)を制作

貧弱な日本語環境、処理が遅い

  フォント(細明朝体、中ゴシック体)

  組版(縦組は不可)

DTPの本格化1992年より本格的に立ち上がり、1990年代後半に成熟

QuarkXPress、PhotoShop、Illustrator

雑誌や商業印刷物などの非定型物が中心

文字と画像が統合し、フルデジタル化(CEPSを凌駕)

- 102 -

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電子出版の現状

・電子出版の歩み・電子出版物の特徴・最近の事例・電子出版の課題

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電子出版の歩み      CD-ROM           インターネット/モバイル

1985 ソニーとフィリップスが開発

   最新科学技術用語辞典

1986 大蔵省職員録

1987 広辞苑

1993 エンカルタ初版発行(米国)      商用インターネット開始

1996 日本百科全書

1997 エンカルタ日本語版          青空文庫

1999                    コンテンツパラダイス

                      ザウルス文庫

2002                    新潮ケータイ文庫

2004                    Σbook、LIBRIé

1995 新潮文庫の100冊          電子書店パピレス

- 103 -

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11

電子出版物の特徴

・いつでも、どこでも購入可能

・品切れ、絶版はない

・手軽に何冊でも持ち歩ける

・保管場所をとらない

・ゴミが出ない

・表現力が豊か(音声、動画等)

・検索性に優れる

・利便性に優れる(文字サイズ

 の変更等:好み、ハンディキャップ)

・百科事典は完全に電子化・他の辞事典も電子化の方向・書籍類では課題が多い

12

最近の事例

-松下各種

SONY

凸版印刷

凸版印刷

CELSYS

シャープ

開発

vodafoneauドコモ

ΣBook

LIBRIé -EBR-1000EPファームウェア

書籍

漫画

専用端末

新聞

雑誌

漫画

写真集

書籍

ジャンル

○電子ブックビューワ

ブンコビューワ

携帯電話

-MX News Viewer

-MX Magazine Viewer

○Comic Surfing

対応キャリアビューワリーダー

- 104 -

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電子出版の課題(1)

文字は変化する(字体の変化、新しく作られる文字、古くなり廃れる文字)

 → すべての文字の作成/収録は不可能

書体の環境依存Windows ⇔ Macintosh

DTPでは様々な書体が使用されている

◆解決のための試み今昔文字鏡(120,000字)

外字サーバー

フォントの埋め込み(PDFなど)、置き換え

決め手はなし

14

電子出版の課題(2)

同じ画像でも表示されるデバイスによって再現され

る色は異なる。

sRGB:色空間の国際標準規格

 ・IEC(国際電気標準会議)が1998年10月に策定

 ・デジカメ、ディスプレイ、プリンタ間で同じ色

  を再現する。

個体差、環境の違い

ユーザが管理しなければならない(色の測定、設定)

- 105 -

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電子書籍の課題

読みやすさハード面:目が疲れる/画面が小さくて見にくい/画面が低解像度

ソフト面:組版の品質がまだ本のレベルに到達していない

操作性紙のようにパラパラめくれない

非常にアバウトな検索が苦手

その他専用の端末やソフトが必要

ファイル形式が不統一

XMLやXSLを利用しても、ブラウザーによって表示が異なる

16

今後に向けて

・電子書籍の市場規模・制作上の課題・技術的課題・次世代表示デバイス

- 106 -

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17

電子書籍ビジネス調査報告書2003,2004 インプレスIT市場ナビゲーター(2001),野村総研

5 1018

30

70

120

180

260

0

50

100

150

200

250

300

2002 2003 2004 2005 2006

(億円)

実際の市場規模

予測

電子書籍の市場規模

CTSデータ

進行管理モジュール

パーサーモジュール

データ管理モジュール

データ更新 I/F

XML文書

XML

DTPソース XML変換・校正・修正

変換・校正・修正

XML原稿 新規入力

外部デジタル XML変換・校正・修正

検索エンジン

セキュア通信

編集作業の効率化

XML

インターネット

出力ゲラ

校正

赤字修正

印刷組版システム 印刷書籍

WWWブラウザ

オンデマンド印刷 POD書籍

Acrobat PDF

HTML iモードXSL

DVD/CD-ROM

電子書籍PDFXSL

NLXなど EラーニングXSL

プリパレーション

XSL

他,電子書籍

Acrobat

XMDFなど

画像、映像、音声など

リンク

データエントリ

クロスメディア対応のXMLパブリッシング (自動化処理)

データ更新統合コンテンツDB

クロスメディア対応のXMLパブリシング

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電子出版普及のための技術課題

クロスメディアへの対応

ユビキタス環境での表現の美しさ、読み易さの実現

 電子ディスプレイの進歩

  高精細化 200ppi以上

  白反射率(新聞:64%、LCD:40%)

  コントラスト比(新聞:7、LCD:4)

  消費電力

  可搬性

 表示ソフトの進歩

  組版品質の向上

  フォント(品質、軽量化、スピード、外字)

  付加機能(検索、操作性等)

 標準化

  コンテンツ記述、色再現

20

上部の透明電極

正に帯電した白の顔料

透明な液体

負に帯電した黒の顔料

背面電極

サブカプセル・アドレッシングにより高解像度な表示性能を実現

白い箇所 黒い箇所

次世代表示デバイスE Ink電子ペーパー

三つの特徴 ・紙に近い表示   周囲光に影響されず広視野角 (180度)

 ・超低消費電力

 反射型で電源オフでも画像を保持

 ・軽量・薄型・フレキシブル(将来)

表示原理

- 108 -

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見え方の比較(1)

0

5

10

15

20

25

0 10 20 30 40 50 60 70 80 90 100

反射率(%)

新聞

活版雑誌コピー用紙

グラビア雑誌

E Ink電子ペーパー

反射型液晶

紙に近い表示

コントラスト

目標スペック

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見え方の比較(2)

半透過型LCD

コレステリックLCD

E Ink電子ペーパー

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高組版機能の実装

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Ⅲ.デジタルアーカイブとメディア表現

【はじめに】

近年、文化財、美術工芸品などをデジタル化し保存をしようとする、所謂デジタルアーカイブ

が、美術館、博物館、大学研究機関などで活発化している。

美術品、文化財等をデジタル化し保存する目的で進められてきたデジタルアーカイブは、その

蓄積が進むにつれ、これらの情報を有機的にデータベース化し様々なメディアによる表現力を駆

使し広く公開し交流する展開を見せ始めている。

人は太古よりその願いや想い等を石に刻み、洞窟や堅牢な建造物の壁画として永く後世に残し

伝えようとしてきたが、グーテンベルグによる印刷技術の発明以来、進化を続けてきた様々なメ

ディア情報は、ネットワークの進化によって瞬時に地球規模で交流される時代に入った。

これまでの「残す」「伝える」といった願いやメディア表現の手法は、デジタルデータの蓄積

技術とネットワークの進化により、あたかも我々の脳神経が世界に繋がっているかのような錯覚

に陥るほどの情報交流の時代に突入している。

そして、その情報は時空を超えたバーチャルな空間で体感することさえ可能となった。

つまり我々は、石の持つ永遠性と印刷メディアの情報伝達を同時に兼ね備えたデジタルとうい

う道具を入手し、「誰かに何かを伝えたい」という欲求は、デジタルアーカイブという新たな文

化遺産の蓄積と新たな表現手法を生み出したのである。

デジタルデータは、永年保存されるだけでなく、今後新たな時代のメディア表現によって研

究・公開・交流され、いずれバーチャルな空間には、従来の美術館、博物館、図書館といった従

来の分類にとらわれない、新しいデジタルミュージアムも企画されて行くであろう。

一方、いつでもどこでも情報アクセスを可能とするユビキタス社会においては、今いるこの場

所での必要かつ適切な情報提示が重要な課題となり、現実空間と情報の重層表示による強化現実

(Augmented Reality Technology:AR技術)等によって、現状のVR表現をより現実に近い

環境に引き寄せて体感できる可能性も高まっている。

【デジタル画像処理技術の進化とデジタルアーカイブにおける印刷技術の関わり】

ここ数十年で印刷メディアが果たしたデジタル化は、複雑な製版印刷工程の効率化と高品質化

をもたらした。

特に画像処理における高画質化は、コンピュータの進化によって実現され、印刷分野におけ

る画像データの高精細化と色管理技術(カラーマネージメント)の向上を達成した。

表示モニタの解像度によってデジタル画像の解像度がある程度規定される映像メディアと比

べ、印刷は、多様な出力サイズによりその解像度や設備もさらに高精細対応が必要とされる。

この点が、他のメディアと異なるところであり、印刷業界での画像処理機器に開発当初から大

- 111 -

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容量、高速演算処理機能が必要とされた理由でもあった。

印刷には、小さなテレホンカードから壁一面の大型の印刷まで、広範なサイズがあるのに対し

て、例えば放送メディアの場合は、通常のテレビ画面、ハイビジョン画面とそれぞれの規格によ

って規定されており、それはパソコンであれば、XGA、SXGAと言った具合である。

90年代、印刷工程にDTPが定着しデジタル化が加速し始めた頃、放送業界では、ハイビジ

ョン時代を向かえ、モニタの高精細化によって印刷と放送メディアの距離が縮まった。

印刷業界で一つのデジタルソースデータから様々なメディアへの展開、所謂「ワンソースマル

チメディア」とういう言葉が使われるようになった。

ハイビジョン放送の画像データから印刷物を作る、ハイビジョンプリンティング技術の開発が

なされ、デジタル技術によって美術作品のデジタル保存と公開が始まったのもその頃である。

その後、モニタの高精細化の進化は著しく、現在では、一般的な印刷の精細度に接近し、印刷と

モニタの精細度の差は、ほぼ近接したと言える。

印刷、モニタ、プロジェクタ、プリンタ等の高精細化や色調管理のためのカラーマネージメン

ト技術の進化によって、アーカイブデータは、広範なメディアへのより正確な情報展開が可能と

なり、様々なデバイスやネットワークを介し世界中どこでも同質の観賞やプリントアウトが得ら

れるようになりつつある。

また、絵画や文書等平面の対象物から始まったデジタルアーカイブは、近年、建造物など立体

的な文化財などの分野でも高精度な三次元計測技術と最新の CG 表現技術によって立体作品の

形状・質感の保存と公開が実用段階に入った。

インターネットによる立体データの表現も可能になった今日、凸版印刷では、より高精細でイ

ンタラクティブな映像表現の追及のため、後述するVR(バーチャルリアリティ)システムや強

化現実 Augmented Reality (AR)による研究開発を進めている。

アーカイブデータは、適切なメンテナンスを伴えば半永久的に残せるものだが、将来のメディ

アの進化と複合的な活用を想定しないデジタル化は、早晩メディアの中で陳腐化する危険性も含

んでいる。

最新のメディア表現技術を研究開発することは、デジタルアーカイブを進める上で、この問題

を軽減するための一つの姿勢を示すものでもある。

今日の印刷技術は、他のメディアとの深い関わりの中で開発が進みつつある。

これにより印刷業界は、デジタルアーカイブデータの永い将来に亘る高品質なメディア展開に

向けて、今後も大きな役割を果すこととなるであろう。

【凸版印刷のデジタルアーカイブ事例】

凸版印刷では、絵画、古写真、文書、古地図等の平面作品のみならず、建造物、遺跡、宇宙等、

- 112 -

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立体の対象等をデジタルアーカイブし先端のメディア表現手法によるコンテンツの企画制作を

行ってきた。

凸版印刷のデジタルアーカイブとVRによるメディア表現について、以下にその事例を記す。

1、 ウフィッツィ美術館、全収蔵作品のデジタルアーカイブコラボレーション

凸版印刷、は 2000 年 4 月から、ウフィッツィ美術館(Uffizi Gallery、イタリア、フィレン

ツェ)の所蔵する全絵画・彫刻作品およそ 2,000 点のルネッサンス芸術を高品質に保存し公開す

るためのコラボレーションを同美術館先進技術部(DTA/Dipartimento Tecnologie Avanzate)と

おこなってきた。

平均的な画像サイズは 12,000×10,000 ピクセル、現在のデジタルアーカイブとしては高精細

なものである。

アーカイブデータは、現状の色調を正確に保存する必要から、高精度なトッパン・カラーマネ

ージメントシステムを導入し安定した色調再現が保証されよう設計されている。

また、撮影時のライトなど環境光のスペクトルを保存するなど、将来の様々なメディアへの正

確な色調再現を実現するための配慮もおこなっている。

ウフィッツィ美術館蔵「聖母子と二天使」

(C)TOPPAN/Uffizi Gallery

【VRによるデジタルアーカイブの公開】

CG表現や三次元計測技術の進化によって、デジタルアーカイブの対象が平面物から建造物、

古墳や遺跡などの立体物に拡大されると、そのデータを公開するための新たな手法も開発された。

その一つがVRである。VRとは、コンピュータで生成された三次元グラフィックスの映像の

中を自由に移動しながら、まるでその三次元空間に居るかのような感覚(没入間)を体験するこ

とができるデジタル画像表現技術である。

- 113 -

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要素となるのは、3次元CGで生成された空間のデータ(形状、質感、光、等)と、そのデータ

をインタラクティブでリアルタイムな高速描画生成するプログラム、そして、その技術を最大限

利用し、対象物の伝えるべき内容を十分に引き出すコンテンツの構成(シナリオ)である。

シナリオに従って製作されるCGは、CGクリエーターとデザイナー、プログラマによって適

正化(チューニング)されて作品として完成する。

コントロール用のデバイスを使用し簡単な操作で空間内を移動するこができ、前進や方向転換

等、空間内の移動を直感的なインタラクションで行うことができる。

また、ある場所からある場所への移動をあらかじめプログラム制御する、シーケンス表現をと

りいれる場合もあるが、多くの場合、ナビゲータという案内役が VRの世界と鑑賞者グループ

の仲介をするという展示方法をとる。

ナビゲータとして鑑賞体験の進行するのは、学芸員であったり、研究者や教師であったり、研

究発表する学生であったり様々で、状況によって内容の異なる展開がシナリオごとに設定できる

のがVRの特徴である。

アーカイブされた文化財の三次元データをVRによってインタラクティブに公開する新しい

デジタルアーカイブの活用が可能となる。

例えば建築物では、その色彩(カラーマネージメント技術)や構造の細部(高精細映像表現)

が保存され、精度の高い構造空間を自由な観賞位置から体感的な没入感とともに、建築様式や障

壁画に焦点を当てたそのつど異なる鑑賞のアプローチができる。

研究者同士や学生、生徒が同一の環境に没入して、ディスカッションを進める新しいスタイル

の教育、研究や観光利用等への幅広い展開が期待されている。

東京都文京区にある凸版印刷小石川ビルには、高さ4m幅12mのスクリーンをもつ国内最大

のバーチャルリアリティシアターが常設されており、休日には印刷博物館との併設展示でVRコ

ンテンツが公開され、印刷の歴史や文化についての理解を深めることができる。

トッパンVRシアター(東京文京区)(C)TOPPAN

【VR作品例】

1、二条城(PCベースVRシステムによる二の丸御殿ウォークスルー)

- 114 -

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凸版印刷では、これまでハイエンドVRシステムで利用されてきた高価なグラフィックス専用

コンピュータに代えて、高性能化が進んでいるパーソナルコンピュータ(PC)を採用したVR

ソフトの独自開発によって、大画面によるハイエンドな文化財鑑賞からパーソナルナル用まで、

幅広い応用を可能とした。

大型シアター向けシステム構成では、複数台の PCを用いて、それらを高精度に同期させるこ

とで、マルチプロジェクタによる繋ぎ目の見えない広視野映像表示も可能。

このPCVR初の題材として、世界遺産である京都二条城を選択、京都市と京都デジタルアー

カイブ研究センターの協力を得て、国宝二の丸御殿を自由にウォークスルーするコンテンツとし

て完成させた。

二条城は徳川家康の京の館として慶長8年(1603)に築城され、その後寛永3年(1626)に

後水尾天皇行幸に備えて大改造がおこなわれた。

当時の建造物のうち唯一現存する二の丸御殿は、狩野派絵師の筆による金碧障壁画に彩られ、

桃山文化の美を継承した武家住宅の壮大な規模と格式を今に伝えている。

「二条城VRコンテンツ」大広間CG (C)TOPPAN/京都市元離宮二条城

このVRコンテンツは、二条城築城400周年記念事業における企画展示で、京都芸術センタ

ー、京都近代美術館などで公開されると共に、2004年4月春の夜間公開時の東大手門ライト

アップ作品としても使用され、VRコンテンツの幅広い展開力を実証した。

2、 中国故宮博物院VR作品「天子の宮殿」

凸版印刷と中国故宮博物院は、故宮の文化財保存と公開にデジタル技術を応用する共同プロジ

ェクトを進めているが、2003 年 10 月、故宮博物院内に「故宮文化資産デジタル化応用研究所」

を開所した。

これとともに共同成果第一弾として、共同開発による大型VRコンテンツ「故宮VR《紫禁城・

天子の宮殿》」を発表した。

同研究所は、故宮最大の宮殿「太和殿」の西側、清朝内務府跡、およそ2千平方メートルの敷

- 115 -

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地に往時の外観を再現して新築されたもので、高さ 4.2m、幅 13.5mの曲面スクリーンを配した

高精細VRシアターが設置され、「シアター棟」、「研究開発棟」、「事務棟」の 3棟で構成さ

れている。

凸版印刷と故宮博物院では、この研究所を拠点とし次の研究活動を進めて行く。

「故宮VR《紫禁城・天子の宮殿》」は、中国清王朝の全盛期といわれる康煕乾隆帝時代(1660

-1790 年代)の、金碧に輝く華やかな紫禁城の姿を再現したもの。

VRならではの視点移動で、紫禁城宮殿の建築構造や彩画を観賞し、独特の空間秩序を体感で

きるなど、状況に応じた様々なシナリオによって異なるコミュニケーションの場を創出している。

本作品では、紫禁城の中心にあり至高無上の存在である太和殿を詳細に再現し、これを中心に、

皇城の入口となる天安門から、紫禁城の中心的存在である太和殿にいたる遠大な道のりと、紫禁

城全域にわたる広大な空間を収めた。

高精細VRとしてはこれまでにないスケールをもつ、世界最大級のコンテンツとなっている。

研究とVR制作にあたっては、古建築の学術分野においては故宮研究者、表現や演出については

篠田正浩監督が監修を担当した。

故宮VR「天子の宮殿」より太和殿CG

(C) 2003 The Palace Museum Digital Institute 以上。

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