20 400年を超えて受け継がれる 和紙、名塩紙 西宮市立郷土資料館長  西 川 卓 志 西西沿58 14 使婿使

400年を超えて受け継がれる 和紙、名塩紙 - HERI特殊な用途を担う和紙てきたからです。系が、ここ名塩の地に途絶えることなく伝えられ手法で漉く」という通常の和紙とは異なる技術体

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産業情報館

400年を超えて受け継がれる和紙、名塩紙

西宮市立郷土資料館長 西 川 卓 志

都会に近い紙漉きの里

 

阪神間の住宅都市としてよく知られる西宮市の

山間部に、伝統的な和紙をすく紙郷「名な

塩じお

」があ

ります。中国縦貫道路名塩サービスエリアの東側、

名塩川にそって発達した村落から教きょうぎょうじ

行寺の太鼓楼

を振り仰ぐ光景は、西宮市北部を代表する風景と

なっています。この名塩に伝わった抄紙技術は少

なくとも約400年間、一度も途絶えることなく

伝承され、地域の主要な生業としてその暮らしを

支えてきました。

 

紙漉きが山間僻地の農間余業という先入観を

持ってみるなら、名塩は例外です。かつては都と播

磨諸国を結ぶ交通路に近く、内陸三田と瀬戸内沿

岸の諸都市を繋ぐ道筋にもあたり、なんと言って

も大都市大坂に徒歩半日足らずの距離にあります。

つまり、歴史的には大都市近郊に発達した紙郷と

いうことができます。この地で独自の発達を遂げ

た「名な

塩じお

紙がみ

」は、兵庫県を代表する伝統産業であ

ると同時に、昭和58年には兵庫県指定無形文化財、

平成14年には国指定無形文化財となりました。

紙漉き技術の伝来

 

名塩紙は江戸時代初期の文献にはすでにその名

が見え、それ以前に製紙業が始まったのは明らか

です。一説には、桃山時代の建物を飾る障壁画を

描いた紙として使用された、との説もありますが、

いつごろ、誰が、どこからこの地に伝えたものな

のかについては、確証がありません。地元名塩で

は、「東ひがしやま山弥や

右え

衛も

門ん

」という人物が注目されてき

ました。

 

伝承では紙漉き技術を将来したのはこの弥右衛

門とされています。弥右衛門は狭隘な田畑にあえ

ぐ寒村名塩を救うべく、越前国に紙漉き技術習得

の旅に出ます。しかし、秘密主義に守られた技術

を他国人に教える者もなく、ようやく一軒の漉すき

屋や

に入り婿することにより技術習得の道を得ます。

彼の地に落ち着いて一人前の漉き手となった弥右

衛門でしたが、当初の目的を果たすべく彼の地か

ら出奔して故郷名塩に戻り、紙漉き技術を持ち帰

ります。作家水上勉の名作『名塩川』では、越前

に残した妻と子が弥右衛門のあとを追い、遠路摂

津の名塩まで尋ね来るという悲話が続きます。

 

この伝承によると、名塩紙の起源は「越前紙」

ということになります。越前は美濃(現岐阜県)

と並ぶ和紙の一大生産地で、現在もその生産量

と質を誇っています。その地からの技術の導入

は、ひとつの可能性として興味深いところです

が、名塩紙はさらに次の特徴を持ちます。原料は

当初より雁がん

皮ぴ

のみ、漉き方は男性が漉す

舟ぶね

の前で趺ふ

坐ざ

して静かに簀す

桁げた

をゆする「溜た

め漉す

き技法」を採

用し、雁皮の漉す

き草く

に地元産の堆積土から精製し

た“ドロ”を填料として使っており、現在でもそ

の技術は孤高を保っています。これは「和紙の代

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産業情報館

表的な原料として定着した楮こ

うぞを、流な

し漉ず

きという

手法で漉く」という通常の和紙とは異なる技術体

系が、ここ名塩の地に途絶えることなく伝えられ

てきたからです。

特殊な用途を担う和紙

 「純雁皮泥入り」という名塩紙は、歴史上いろ

いろな用途を担ってきました。最高級の和紙であ

る「鳥とり

の子こ

紙」に加えて、金・銀箔を貼るときの

「箔はくした下

紙」、江戸時代の「藩札紙」、金銀箔を叩く

際の「箔はく

打う

ち紙し

」、屏風や襖用の「間ま

似に

合あい

紙し

」な

どの独自の用途があり、「箔打ち紙」と「間似合

紙」の製造が今も二軒の漉屋に受け継がれていま

す。前者は数十万回のハンマーによる叩打に耐え

ること、後者は日光で退色しないことに加えてシ

ミがない、虫が食わないことが求められ、いずれ

も雁皮の繊維とそこに含まれる泥の機能がフルに

発揮されています。これらの紙は文化財を保存し

ていくための基本技術に必須なものでもあり、近

年盛んな文化財の修理修復に欠かせない紙とも

なっています。

紙漉き体験 和紙学習館

 

名塩の中央部、国道176号端に「西宮市立郷

土資料館分館名塩和紙学習館」が開館しています。

和紙学習館では名塩紙の歴史を地元で学ぶことが

できる展示室に加えて、実習体験により和紙を漉

くことが可能です。本来の名塩紙そのままは無理

ながら、特別に調合された原料を用いて和紙の手

漉き体験ができ、市内小学生や和紙に興味を持つ

市民の学習の場となっています。定期的な「紙漉

き教室」に加えて、初心者でも泥入り雁皮紙の手

漉きに挑戦できる講座も開催されています。また、

地元小学校では、各自の卒業証書の用紙を自分で

漉き、その紙で整えられた証書を手に卒業してい

く風景も定着しています。このように、和紙学習

館では、わが国の代表的な伝統産業である和紙に

親しむことを目的に、地域の伝統産業でもあり、

また重要文化財でもある名塩紙への理解を深める

愛護啓発活動が行なわれています。

  

学習館:月曜日及び年末年始は休館

  

実 

習:有料

  

電 

話:0797(61)0880

郷土資料館分館名塩和紙学習館

紙漉き教室

小学生による紙漉き実習

名塩紙紙漉き風景(郷土資料館本館展示室)