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5 セッション S1-1 【背景】 肥満予防・治療において食事改善とともに身体活動量を高く保つことが有益であることは論を待たな い。その一方で、推奨される身体活動水準を満たす患者は必ずしも多くない。そのため、臨床現場にお いて身体活動量を簡便かつ可能な限り正確に把握し、十分でなければ身体活動を促す必要性は高い。 【身体活動の定義と主な測定法】 身体活動の定義として、米国の疫学者Caspersenらによる「骨格筋の活動により(安静時よりも) エネルギー消費が高まるすべての身体動作」が広く受け入れられている。近い言葉として「運動」があ るが、運動は身体活動とは異なる概念であり、「健康や体力の保持・増進、楽しみを目的とした意図的、 計画的、継続的な身体活動」と定義される。つまり、運動はあくまで身体活動の下位分類の1つである。 なお、日本では身体活動のうち運動に分類されないものを生活活動と呼んでいる。 身体活動の評価法には大きく分けて客観法と主観法がある。客観法には二重標識水(doubly labeled water: DLW)法、歩数計法、加速度計法、心拍数法などがあり、主観法には活動記録法や調 査票(質問紙)法などがある。本演題では、低コストかつ簡便に調査可能で、対象者への負担が小さく、 臨床現場との親和性が高い調査票法に絞り、身体活動量の評価法について紹介する。 【調査票による身体活動評価法】 調査票法は自記式、対面インタビュー形式、電話形式などに分けられる。臨床現場においては自記式 または対面インタビュー形式で聴取されることが多いであろう。調査票法の長所は、生活場面(移動、 仕事、余暇など)や種類(スポーツ種目など)、強度別に身体活動を把握できることである。また、数 時間、1日、過去1週間や1か月など、測定する時間枠を幅広く設定できることから、臨床現場で利用 価値が高い。 調査票は概ね、1)ある行動に費やした時間を聴き、2)その行動にmetabolic equivalents(METs) を割り当て、3)身体活動変数を算出する、という3段階で構成されている。METsとは、身体活動の 強さの指標であり、安静時の何倍エネルギーを消費するかを示している。身体活動変数とは、3METs 以上の中高強度身体活動(MVPAと呼ばれる)や、総METs・時/日、総エネルギー消費量、身体活動 エネルギー消費量などである。例えば、世界中で大規模調査に採用されている世界標準化身体活動質問 票(global physical activity questionnaire: GPAQ)では、過去1週間の仕事(家事を含む)、移動、 余暇において、各々 1回当たり10分以上続く中強度、高強度の身体活動に費やす時間を尋ねている。 そこから、中強度には3METsを、高強度には6METsを割り当て、週当たりのMVPAを算出している。 聴取する行動内容やその詳細さ、行動の継続性の考慮(一定の時間以上継続した時のみ算出に用いるか 否か)、覚醒時間(24時間-睡眠時間)すべてをカバーするか否か、思い出しの期間(過去1週間、1 ヵ月、普段、など)が異なり、各調査票の独自性につながっている。 【国内外の主な身体活動調査票】 臨床現場で活用が期待できる、日本で開発された調査票または日本語版が存在する国際的な調査票を 紹介する。特定健康診査における「標準的な質問票」には、身体活動に関する質問が2項目含まれている。 笹井 浩行 東京大学大学院総合文化研究科身体運動科学分野 調査票による身体活動量の評価法

・第5回 Dual BIA研究会 抄録集 - c-linkage.co.jp · 6 具体的には、「1回30分以上の軽く汗をかく運動を週2日以上、1年以上実施」「日常生活において歩行

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セッションS1-1

【背景】 肥満予防・治療において食事改善とともに身体活動量を高く保つことが有益であることは論を待たない。その一方で、推奨される身体活動水準を満たす患者は必ずしも多くない。そのため、臨床現場において身体活動量を簡便かつ可能な限り正確に把握し、十分でなければ身体活動を促す必要性は高い。

【身体活動の定義と主な測定法】 身体活動の定義として、米国の疫学者Caspersenらによる「骨格筋の活動により(安静時よりも)エネルギー消費が高まるすべての身体動作」が広く受け入れられている。近い言葉として「運動」があるが、運動は身体活動とは異なる概念であり、「健康や体力の保持・増進、楽しみを目的とした意図的、計画的、継続的な身体活動」と定義される。つまり、運動はあくまで身体活動の下位分類の1つである。なお、日本では身体活動のうち運動に分類されないものを生活活動と呼んでいる。 身体活動の評価法には大きく分けて客観法と主観法がある。客観法には二重標識水(doubly labeled water: DLW)法、歩数計法、加速度計法、心拍数法などがあり、主観法には活動記録法や調査票(質問紙)法などがある。本演題では、低コストかつ簡便に調査可能で、対象者への負担が小さく、臨床現場との親和性が高い調査票法に絞り、身体活動量の評価法について紹介する。

【調査票による身体活動評価法】 調査票法は自記式、対面インタビュー形式、電話形式などに分けられる。臨床現場においては自記式または対面インタビュー形式で聴取されることが多いであろう。調査票法の長所は、生活場面(移動、仕事、余暇など)や種類(スポーツ種目など)、強度別に身体活動を把握できることである。また、数時間、1日、過去1週間や1か月など、測定する時間枠を幅広く設定できることから、臨床現場で利用価値が高い。 調査票は概ね、1)ある行動に費やした時間を聴き、2)その行動にmetabolic equivalents(METs)を割り当て、3)身体活動変数を算出する、という3段階で構成されている。METsとは、身体活動の強さの指標であり、安静時の何倍エネルギーを消費するかを示している。身体活動変数とは、3METs以上の中高強度身体活動(MVPAと呼ばれる)や、総METs・時/日、総エネルギー消費量、身体活動エネルギー消費量などである。例えば、世界中で大規模調査に採用されている世界標準化身体活動質問票(global physical activity questionnaire: GPAQ)では、過去1週間の仕事(家事を含む)、移動、余暇において、各々 1回当たり10分以上続く中強度、高強度の身体活動に費やす時間を尋ねている。そこから、中強度には3METsを、高強度には6METsを割り当て、週当たりのMVPAを算出している。聴取する行動内容やその詳細さ、行動の継続性の考慮(一定の時間以上継続した時のみ算出に用いるか否か)、覚醒時間(24時間-睡眠時間)すべてをカバーするか否か、思い出しの期間(過去1週間、1ヵ月、普段、など)が異なり、各調査票の独自性につながっている。

【国内外の主な身体活動調査票】 臨床現場で活用が期待できる、日本で開発された調査票または日本語版が存在する国際的な調査票を紹介する。特定健康診査における「標準的な質問票」には、身体活動に関する質問が2項目含まれている。

笹井 浩行東京大学大学院総合文化研究科身体運動科学分野

調査票による身体活動量の評価法

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具体的には、「1回30分以上の軽く汗をかく運動を週2日以上、1年以上実施」「日常生活において歩行又は同等の身体活動を1日1時間以上実施」に対して、「はい」か「いいえ」で回答するよう求めている。なお、前者の質問項目は国民健康・栄養調査にて調査されている運動習慣の定義に相当する。 厚生労働省研究班による多目的コホート研究で用いられている身体活動調査票(簡易版)は3項目からなる調査票である。普段の1日における、筋肉労働や激しいスポーツ、座っている時間、歩いたり立っている時間、を尋ねている。各項目に定められたMETsを割り当て、総METs・時/日を算出できる。国際的な調査票では、国際標準化身体活動質問票(international physical activity questionnaire: IPAQ)および前述のGPAQが著名である。IPAQ(短縮版)は、9項目からなり、1回当たり10分以上続く中強度、高強度の身体活動および歩行に費やす時間を尋ねている。IPAQもGPAQと同様に、METsを割り当てることでMVPAを算出できる。

【妥当性研究の事例】 演者らは、日本医療研究開発機構/委託研究開発費(2014 ~ 2016年度)の採択課題「身体活動の標準的な評価法の開発に関する研究」(研究代表者:宮地元彦)において、DLW法を基準とし、国内外の身体活動調査票7種から算出した総エネルギー消費量および身体活動エネルギー消費量の妥当性を検証した。その結果、総エネルギー消費量については0.5 ~ 0.8程度、身体活動エネルギー消費量については0.1 ~ 0.5程度の相関が認められた。これら相関の程度は、加速度計法とDLW法との妥当性係数と比べて大きく劣らないという興味深い結果となった。

【まとめ】 本演題では調査票による身体活動評価の仕組み、主な調査票の例、その妥当性研究について紹介した。臨床現場において患者の身体活動水準を把握し、それを促すための一助となることを期待したい。