12
5歳児の協同的な遊びの発達を支える 保育のポイントについての一考察 上林千秋 群馬大学教育実践研究 別刷 第30号 169~178頁 2013 群馬大学教育学部 附属学校教育臨床総合センター

5歳児の協同的な遊びの発達を支える 保育のポイントについ …17名,女児16名) 協同的な遊びの発達や担任による保育実践の有効性 について検討するため,特に,A組中,最年少であり,4歳時担任による発達のとらえで平均的な発達の姿を

  • Upload
    others

  • View
    0

  • Download
    0

Embed Size (px)

Citation preview

Page 1: 5歳児の協同的な遊びの発達を支える 保育のポイントについ …17名,女児16名) 協同的な遊びの発達や担任による保育実践の有効性 について検討するため,特に,A組中,最年少であり,4歳時担任による発達のとらえで平均的な発達の姿を

5歳児の協同的な遊びの発達を支える保育のポイントについての一考察

上 林 千 秋

群馬大学教育実践研究 別刷第30号 169~178頁 2013

群馬大学教育学部 附属学校教育臨床総合センター

Page 2: 5歳児の協同的な遊びの発達を支える 保育のポイントについ …17名,女児16名) 協同的な遊びの発達や担任による保育実践の有効性 について検討するため,特に,A組中,最年少であり,4歳時担任による発達のとらえで平均的な発達の姿を
Page 3: 5歳児の協同的な遊びの発達を支える 保育のポイントについ …17名,女児16名) 協同的な遊びの発達や担任による保育実践の有効性 について検討するため,特に,A組中,最年少であり,4歳時担任による発達のとらえで平均的な発達の姿を

5歳児の協同的な遊びの発達を支える保育のポイントについての一考察

上 林 千 秋

群馬県教育委員会義務教育課

A study of the points of Early childhood Education to support the developmentof five year olds' playing in a cooperative manner

Chiaki KAMIBAYASHI

Gunma Prefectural Board of Education, Compulsory Education Division

キーワード:5歳児,協同的な遊び,保育Keywords : five year olds, playing in a cooperative manner, Early childhood Education

(2012年10月31日受理)

【問題と目的】

1 幼児期の協同的な遊びにかかわる現状と課題 幼児期は,安定した情緒の下で,幼児自身が自発的に能動性を十分に発揮して,遊びを中心とした生活の中で様々な環境とかかわり,自身の発達に必要な経験を積み重ねていく時期である。また,幼児の心身の諸側面の発達は,独立して発達していくものでなく,様々に絡み合い,影響し合って総合的に遂げられていくものである。幼児の遊びには,総合的な発達を促す重要な諸体験が何重にも含まれている。5歳児後半ころから展開されてくる友達と共通の目的を見いだして遊びを進めていく協同的な遊びには,その過程において,様々な発見をしたり,思考したり,想像力を働かせたり,友達とコミュニケーションをとったり,自分の気持ちをコントロールしたり,運動機能を駆使したり,自発性を育んだりするなど,幼児の発達にとって必要な経験がふんだんに含まれる。友達とかかわることによる刺激や影響から体験を重ねて自己を高め,自発性をさらに発揮し,遊びが発展していく。このような中で,幼児の様々な側面の発達が促され,幼児は総合的

に発達を遂げていく。したがって,協同的な遊びを支える保育を展開していくことは,幼児期の教育にとって重要なものであると考える。 平成17年の中央教育審議会答申「子どもを取り巻く環境の変化を踏まえた今後の幼児教育の在り方について」で,「小学校入学前の5歳児を対象として,幼児どうしが,教師の援助の下で,共通の目的・挑戦的な課題など,一つの目標を作り出し,協力工夫して解決していく活動を「協同的な学び」として位置付け,その取り組みを推奨する必要がある」とし,「協同」という言葉が登場した。また,平成20年中央教育審議会答申「幼稚園,小学校,中学校,高等学校及び特別支援学校の学習指導要領等の改善について」でも,「協同する経験を重ねる」ことの重要性があげられている。さらに,平成20年「小学校学習指導要領解説生活編」「小学校(中学校)学習指導要領解説総合的な学習の時間編」でも,「協同」の重要性が取り上げられている。「協同」は,幼児期の教育に留まらず,その先の教育にも引き継がれていく重要なものとなっている。 しかし,協同的な遊びをうまく展開していけない幼児もいる。自身の保育を振り返ると,幼児同士が一緒に

群馬大学教育実践研究 第30号 169~178頁 2013

Page 4: 5歳児の協同的な遊びの発達を支える 保育のポイントについ …17名,女児16名) 協同的な遊びの発達や担任による保育実践の有効性 について検討するため,特に,A組中,最年少であり,4歳時担任による発達のとらえで平均的な発達の姿を

何かをしているという形だけをみて,協同的な遊びに向かっていく過程を支えることができず,遊びを停滞させたり,消滅させたりしてしまうことがあった。また,共通の目的となりそうなことを押しつけ,遊びをつぶしてしまうこともあった。勤務園での保育カンファレンスでは,発達の連続性を十分に意識して保育を進めていないのではないかということが話題になっていた。 平成20年「幼稚園教育要領解説」は,協同して遊ぶようになるために,「集団の中のコミュニケーションを通じて共通の目的が生まれてくる過程や,幼児が試行錯誤しながらも一緒に実現に向かおうとする過程,いざこざなどの葛藤体験を乗り越えていく過程を大切に受け止めていくことが重要である」と述べている。しかし,協同的な遊びの保育実践を掲載した書物や映像資料には,どのように共通の目的が共有されていくのかよりも,活動の流れに重点が置かれているものも少なくない。佐藤(2009)の指摘する,学級全体で一つの大きな課題に向かって活動するという形だけを取り入れた実践が行われる心配もある。 このように,発達の連続性を十分に意識して保育を進め,協同的な遊びにつながる幼児の姿を支えていくことが保育現場の課題である。そこで,本研究は,幼児期の遊びを中心にした生活に即し,友達と共通の目的をもって協同的に遊ぶようになる姿を目指した保育のポイントを明らかにすることを目的とした。

2 協同的な遊びのとらえ 「幼稚園教育要領解説」では,協同して遊ぶようになるために,「自ら行動する力を育てるようにするとともに,他の幼児と試行錯誤しながら活動を展開する楽しさや共通の目的が実現する喜びを味わうことができるようにすること」と記述されている。 友定(2009)は,「協同する」とは,「ただ単に子どもたちが一緒に何かをすることという意味ではなく,一人ひとりの子どもが自己を発揮し,相互に調整し合いながら,新しいものをつくり出していく過程」であると述べている。また,協同する経験を重ねることで,「友達と一緒に遊んだり活動したりするなかで,様々な経験をし,結果的に(中略)子どもが自分や友達,集団に対しておおむね肯定的にとらえられるようになる」と述べている。さらに,遊びでは一人一人の幼児がそれぞれの思いやイメージを出し合い,調整しなが

ら実現していくことが共通の目的になるとしている。 無藤(1997)は,幼児の協同性を「物の世界での物に応じた動きと,相手の身体的動作に呼応した動きを基本に持ち,それが小さな定型的なまとまりを作りつつ,それが連鎖するときに他の関連したりしなかったりする動きが入ってきて,揺れつつ,実現するもの」ととらえ,物に同じようにかかわるところから協同性が生まれ,互いに動きを模倣したり,相手の動きに対応したりすることから成り立つことを指摘している。また,長時間,協同性が成り立つためには,物を組み立て,その成果が形として実現されていくことと,個々は別の動きであっても,協同であることを示す一つの構築物の存在や言葉による構想の提案の必要も指摘している。さらに,一つ一つの協同性が継起することで,協同性は発達していくことも指摘している。 これらの先行経験を生かし,本研究では,幼児期に経験してほしいと考える「協同的な遊び」を「 自分のもつ,想像・イメージ・考え・気持ち・思い・願いなどを「ことば」「体の動き(含む視線)」「物」など何らかの形で互いが表し,それぞれのもっているものが次第に重なっていき,共通になり共有された思いなどを達成しようと様々な経験を重ねながら,自分や相手のよさに気づき,互いにそれを受け止め,生かしていこうとするもの」ととらえる。 協同的な遊びの姿を支えていくには,幼児期後半だけを考えるのではなく,それまでの幼児の経験や発達が重要である。そこで,無藤(1997),佐藤(1999),友定(2009)の先行研究に,自身や勤務園・他園での保育記録の分析を加え,幼児期における協同的な遊びのおおよその発達の見通しを仮定し,幼児の発達の状態をとらえたり,指導に見通しをもったりする手がかりとした(図1参照)。 今,発達や学びの連続性を確保した幼稚園教育の充実が求められているが,保育現場の中では誤解や混乱が見られる。したがって,幼児の発達を見通した教育を一層充実し,協同的な遊びの発達を支えるための保育のあり方を明らかにしていくことは,幼児期の教育の質の向上の上でも意義があると考える。 本研究では,5歳児学級進級から修了までの1年間の保育実践を通して,協同的に遊ぶ姿を支える保育のポイントを検討するとともに,協同的な遊びの発達の見通しを検証していく。

上林千秋170

Page 5: 5歳児の協同的な遊びの発達を支える 保育のポイントについ …17名,女児16名) 協同的な遊びの発達や担任による保育実践の有効性 について検討するため,特に,A組中,最年少であり,4歳時担任による発達のとらえで平均的な発達の姿を

【実践】

1 対象と方法(1)対象 勤務園の平成22年度5歳児学級A組幼児33名(男児17名,女児16名) 協同的な遊びの発達や担任による保育実践の有効性について検討するため,特に,A組中,最年少であり,4歳時担任による発達のとらえで平均的な発達の姿を示していたN男(3月生)を抽出児とした。(2)期間 平成22年4月8日(木)~12月1日(水)(3)手続き①協同的な遊びの発達のおおよその道筋と4歳時担任2名からの情報,先行研究からの知見を踏まえ,協同的な遊びの発達を支える保育に特化した仮説となる計画を作成する(表1参照)。

表1 5歳児学級の協同的な遊びを支えるための保育計画時期 重視する環境の構成や援助

進級時 ○情緒面の安定が予想より低かったため,情緒面への働きかけを重点的に行い,協同的な遊びを支えるための土台づくりを行う。 ・友達関係を考慮し,A組スタート時の座席を決定する。 ・進級当初に準備する遊具や教師のかかわり方を,これまでの遊びの様子

や新規なことへの興味の度合いなどから検討し,決定する。1学期 ○1学期は情緒面のサポートをより一層重視した保育を進める。

 ・興味・関心にあった遊具などの準備。 ・受容的なかかわり。 ・友達と遊ぶことが楽しく感じられるゲームの活用(学級全体での遊びな

どで)。 ・幼児を認める教師の姿を他の幼児にも積極的に顕示。

6月下旬頃~

○子ども同士の遊びを支える保育を進める(安心感を崩さないようにしながら)ために,協同的な遊びにつながるような物的環境の構成に留意する。

 ・変形しやすく,イメージを伝えやすいと思われる遊具。 ・目に入りやすい目新しい遊具。 ・ある程度の大きさのある遊具。 ・遊んだ場などを残しておける環境。

9月下旬頃~

○言葉での伝え合いを支える援助に留意する。 ・表現の仕方の手本や補足。 ・思いや考えの聞き出し。 ・受け入れ合える人間関係づくり(学級全体での遊びも積極的に活用)。 ・幼児同士のイメージをつなぐ介入。○学級・学年全体で取り組む行事の活用

②①に基づいた保育を展開する中で,協同的な遊びにつながる姿を記録し,幼児の協同的な遊びの姿に関わる発達の状況をとらえる。③学級経営案を作成するとともに,協同的な遊びの発達を支えるための具体的な環境の構成や援助を考え,週案・日案を作成する。④③による実践を評価し,幼児の発達への理解をさらに深めながら,幼児の協同的な遊びの発達を支える保育のポイントについて検討する。(4)記録の集積と保育の反省・評価の方法①N男について,1週間単位で事象見本法による保育記録を担任が記録する。記録の内容は,日付,天気,事象に気付いた時刻,継続時間,場所,幼児の様子,遊びの内容,メンバー,幼児同士のやりとりの内容と様子,教師による介入の内容と意図,結果及び考察とする。記述から保育を振り返り,幼児の発達の状況や変化,環境の構成や援助について検討する。②引継情報資料の一部(表2)を用い,4歳児学級終了時と,4月,7月,11月下旬の各時期のN男の発達の様子を,情動,コミュニケーション,認知,社会性の面から4段階でとらえる。また,①のN男に係る保育記録と併せて,N男の発達の状況や変化,環境の構成や援助について検討する。③N男について,4月,6月下旬,10月上旬に遊びの様子をビデオで記録する(7分間×2回(遊びの時間の前半と後半)。各時期の遊びの様子を時間見本法(7分間)を用いて,藤崎・無藤(1985)による〈同一〉〈了解〉の割合を求め,テーマ共有の度合いの変化を検討する。④学級全幼児について,1か月単位で事象見本法による保育記録を記述する。記録から,幼児の発達の状況や変化,協同的な遊びの姿に関わる環境の構成や援助について検討する。

5歳児の協同的な遊びの発達を支える保育のポイントについての一考察 171

図1 幼児期における協同的な遊びのおおよその発達の様子

Page 6: 5歳児の協同的な遊びの発達を支える 保育のポイントについ …17名,女児16名) 協同的な遊びの発達や担任による保育実践の有効性 について検討するため,特に,A組中,最年少であり,4歳時担任による発達のとらえで平均的な発達の姿を

2 抽出児N男の協同的に遊ぶ姿の発達の道筋と,それを支える保育のポイント

(1)4歳時担任からの引継情報によるN男の姿

 情緒面,社会面では,わずかに平均を下回る項目も1項目ずつあった。認知面も平均をわずかに下回る項目が多かった。コミュニケーション面では,自分の思いや考えを出したり,伝えようとしたりすることにかかわる項目で,他の幼児に比べると評価が下がっていた。 引継情報資料の〈友達との関係や学級の中での位置づけについて〉では,5人くらいの仲間と電車ごっこや店ごっこを楽しみ,仲間の中での位置づけは「共鳴する」,学級全体の中での位置づけも「共鳴する」であった。ただし,N男がよく一緒に遊んでいた幼児として記入され

ていた幼児とは学級が別々になっていた。特記事項に,「3月生まれで幼い」「理解力が少し乏しい」とあったが,対面による引継事項の連絡では,特に情報はなかった。

【引継情報からの考察】 5名くらいの仲間とごっこを楽しんだり,友達に共鳴したりしているので,コミュニケーション面は十分に伸びていくと考えられる。3月末生まれであるので,全体的に他の幼児より発達的にはゆっくりの傾向にあるようだが,発達の偏りはないようである。

(2)保育の記録からとらえた抽出児N男の姿事例1  4月16日(金)

 F男がここ数日つくっているモンスターボール(折り紙を丸めたもの)に興味をもち,N男も昨日に引き続きつくった。C男も同じように近くでモンスターボールをつくっていた。3人は別々につくってはいるが,F男の中には一緒につくっている仲間という意識があり,N男やC男の分の折り紙も担任のところへもらいに来ていた。N男やC男は自分のモンスターボールをつくるのに精一杯という感じで,モンスターボールをつくっている友達に自分から話しかけることはほとんどなかった。 つくったものを使って何か始めるかと様子を見ていたが,ごっこをするなどには発展しなかった。N男が,たくさんつくったモンスターボールを担任のところに見せに来たので,担任は,それを使ってどのような遊びを展開するつもりなのかを問いかけた。すると,N男は,テレビやゲームなどに出てくるモンスターボールの使い方を実演を交えて担任に応えていた。担任の聞きたかったことは,N男に上手く伝わらなかった。その後,N男は1人モンスターボールを持ち,室内やベランダでそれを投げるまねをしたり,ポーズをとったりし,キャラクターになっているつもりの動きをしていた。

〈事例の考察〉 モンスターボールをつくっていて,興味がN男と重なるC男やF男(ともに,4歳時N男と同学級に所属)も,N男のイメージを共有する相手にはなっていない。遊びをリードできそうなF男が,つくったモンスターボールを使った遊びなどを始めると,N男の遊びも影響を受けて,変化していくかもしれない。N男自身にはたらきかけることはもちろんだが,N男を取り巻く他の幼児の遊びをどのようにしていくかを考えていくことも,N男の発達を支えるうえでは重要なポイントとなるだろう。事例2  5月7日(金)

 N男は,F男,C男と保育室の積み木を使って基地のようなものをつくり始めた。やっているうちに,一カ所積み木が長く並び始め,それを見て長くしてみることに興味が移った。だんだん長くなっていく様子に,「見て」とF男に認めてほしいと声も掛けていた。a男やg男も加わった。 a男が積み木を並べていたところで粘土を発見し,それがきっかけとなって,並べた積み木の上で粘土が始まった。最初のうちはそれぞれがただ丸めるなどしていたが,a男が長く伸ばした蛇状の形をつくると,どの幼児も長くしようと挑戦し始めた。N男も始めた。 手先があまり器用ではないので細く長くは伸ばせないが,切れたところに粘土を足しながら長くしていった。それぞれがそれなりに

上林千秋172

表2 引継情報資料の一部

Page 7: 5歳児の協同的な遊びの発達を支える 保育のポイントについ …17名,女児16名) 協同的な遊びの発達や担任による保育実践の有効性 について検討するため,特に,A組中,最年少であり,4歳時担任による発達のとらえで平均的な発達の姿を

満足いく長さのものがつくれるようになると,誰のが一番長いかを比べることになった。もっと長くもっと長くと,自分がつくったものに後から後から付け足していった。担任は時々のぞきに行きながら,「長いね」「さっきより長くなってるね」「どのくらいまで行くのかね?」などの言葉を掛け,長くなっていくことに満足している気持ちに共感するようにした。自分たちの遊びになっているところだったので,直接には加わらなかった。

〈事例の考察〉(小文字表記は,5歳児B組幼児) 長さを競うという単純だが共通の目的が生まれ,それに向かって一人一人の幼児が挑戦している姿であろう。目的が単純であったからこそ,どの幼児にもそれがとらえられ,その遊びを一緒に楽しんでいるという思いがもてたのではないか。 N男も仲間の考えていることを了解し,同じ目的がもてていることで,安心して身を置いていた。また,自分のつくったものに満足感ももてていた。仲間と一緒にいることに安心感を得るには,ここでしようとしていること,していることがどのようなことであるのかを認識できているかどうかが,重要なのではないか。 協同的な遊びの姿が発達していくための要素として,情動面,認知面があげられているが,それが絡み合って作用していることが見えた場面であった。

事例3  6月16日(水)

 登園後の内科検診の影響もあったか,前日一緒にお化け屋敷をしていたメンバーはばらばらになり,N男は一人でお化け屋敷を始めた。一人ではつまらなかったらしく,回りの幼児の様子を見始めた。E男とp男が,「映画館するから来てね」と保育室へ担任を誘いに来たのを目にし,お化け屋敷をやめて,E男たちの映画館へ加わった。暗くするにはなど,担任から投げ掛けられたことに自分なりにどうするかを考えようとしていた。思ったことを一緒にいるE男やp男に伝えようとするところもあった。しかし,友達の思いに気持ちが向きにくい相手との遊びの中では,無視されてしまうことも多かった。

〈事例の考察〉(小文字表記は,5歳児B組幼児) 映画館らしくするにはどうしたらよいかという共通の課題が生まれそうなところであった。しかし,ここでは,「3人が同じことについて考えている」という認識をもちにくいメンバが一緒に遊んでいる。それぞれ自分の考えはもてるが,映画館をつくっていくリーダーとなるような幼児がいない。それぞれが,共通の課題について考えていることを,教師がもっと積極的に3人の幼児に伝え,それぞれの考えを受け止め,遊びのリーダー的なモデルとしての役割を果たしていくべきであったと思われる。 N男にとって誰と一緒に遊ぶかという問題は,友達とのコミュニケーションやそれを通して友達の思いや考えに気付いていく経験,さらに共通の課題に向かっ

て考えを出し合う経験を積み重ねていけるかどうかに大きく影響してくるだろう。しかし,本事例のように,友達の中で必要な経験を積めないこともある。だからこそ,教師の役割は大きい。

事例4  6月23日(水)

 N男は,L男やJ男たちと遊戯室の大型積み木やピロティの大型ブロックを使ってポケモンの家をつくって遊ぶことが多くなった。L男たちがB組男児たちと一緒に遊びたいため,B組男児たちも含めた多人数(10数名)の中でN男も遊んでいた。しかし,ポケモンごっこという同じ枠の中にいながらも,メンバーのイメージはばらばらであった。同じ場にいるこれらの幼児のしていることにアイデアを出そうと話し掛けるが,聞いてもらえないことが多かった。次第に,おちゃらけやウケをねらった悪ふざけもN男に時々見られるようになった。 他の幼児が大型積み木や積み木を収納する棚の上を迷路かサーキットのように動き回っている間,N男は自分の積み木を確保し,直方体を上面が斜めに下がるように2つ重ねて置いた。時折,その積み木の重なり具合を確かめ,回りの様子を見ていた。そして,組み合わせて置いた積み木を爆弾か大砲のようなものに見立て,敵に向かって弾を発射したということを表現する,「バーン」という声を発し,爆発を表現する両手を高く広げる動きをした。それを見て,L男はN男が爆弾を打ち込んだことを理解し,一緒に「バーン」と言っていた。少し後,今度はL男がN男の積んだ積み木のうち上の直方体を斜めに滑らせて落とし,「バーン」と言って,両手を高く広げた。それを見て,N男はL男と笑い合い,自分も両手を高く広げた。しかし,この爆発はこれで終わってしまった。

〈事例の考察〉(小文字表記は,5歳児B組幼児) N男は,ここにいる多くの幼児(年少・年中時にN男と同学級に所属してた幼児が大多数)から相手にされていない感じであった。N男はここでの友達の中での自分の位置づけを感じていたようで,何とか認めてもらおうと,おちゃらけやウケをねらった悪ふざけをすることで,自分の存在を誇示していたのだろう。 人数が多すぎて,イメージを共有していくためのやりとりが遊んでいる仲間全体に伝わらず,単に集まっているだけの状態であり,N男にとっても他の幼児にとってもイメージを共有しにくい状態になってしまっていると考えられる。ポケモンごっこへの一人一人のイメージもおそらく明確になってはいなかったのだろう。このような大集団ではなく,まずは2~3人程度の少人数でのやりとりを通したイメージの共有化を図るための援助が,N男には必要だろう。他の幼児にとっても同様であろう。一人一人のイメージを明確にしていくための援助と,少人数の仲間間でのイメージの交換を促し支える援助が必要であった。一人一人の幼児のしたいことや遊びへのイメージを明確にしながら,幼児同士でのやりとりが可能な小集団に集団をつくり替えていく必要があるだろう。

5歳児の協同的な遊びの発達を支える保育のポイントについての一考察 173

Page 8: 5歳児の協同的な遊びの発達を支える 保育のポイントについ …17名,女児16名) 協同的な遊びの発達や担任による保育実践の有効性 について検討するため,特に,A組中,最年少であり,4歳時担任による発達のとらえで平均的な発達の姿を

 N男が積んだ大型積み木が爆弾であることや大型積み木の爆弾から弾が敵に向かって発射されたことは,L男に共有されていた。大型積み木が,N男のイメージを周囲の幼児に伝えている。大型積み木という物的環境が,N男の遊びのイメージを他の幼児と共有していく媒介として重要な役割を果たしていた。 しかし,この爆弾は単発のイメージの共有に留まり,爆発させたところでストーリーが終わってしまった。爆発という単発のイメージを,例えば,燃料が無くなった,攻撃方法を変える必要があるなどの投げ掛けなどに利用していくことで,イメージやテーマにストーリーをもたせ,継続的にイメージやテーマを共有していくことが可能となるのではないだろうか。

事例5  10月上旬

 N男は,単なるポケモンごっこではなく,好きなポケモンを生かして「ポケモンずし」というすし屋をL男と二人で始め,毎日続けて遊んでいた。始めは持ち帰りだけであったのが,続けるうちに店内でも食べられることになっていった。また,L男の考えで看板をつくる,メニューをつくるなどの考えが出され,N男もそれを受け入れていた。客が来ると注文を聞いたり,すしや茶を出したりなども,気付いた幼児が動くようになっていった。そのうちに,L男から「N男くんはこれやって。ぼくはこれをやるから」などと役割分担も出され,そのように振る舞って遊んでいた。 製作についてはほとんどL男がしていたが,N男も何か書いてみるようなことがあった。I男やM男などが加わることもあった。時々L男に,自分の思いついたことを言葉やつくった物で伝えることもあった。I男が工夫を凝らして,すしやデザートをつくったり,担任からも様々な素材が提供されたりしたが,N男のつくるものは,得意のまぐろの折り紙ずしからあまり広がらなかった。

〈事例の考察〉 人数の問題が重要であることが,この事例からもとらえられる。N男にとって,L男と2人の遊びは自分のイメージを伝えたり,L男のイメージを受け取ったりするのに適した規模であったようだ。5歳児になっても,2~3人くらいの少人数でのやりとりを十分に経験していない場合は,人数の多さに気を取られず,少人数でのやりとりをしっかりと経験できるようにしていくことが大切であろう。 ここでも,物的環境の意義の大きさがとらえられる。食べる場所や看板,メニューなど具体的に物を用いて形にしていくことで,「ポケモンずし」のイメージをより共有していったのではないだろうか。 N男は,I男のつくるものにあまり影響を受けていないようであった。L男は刺激を受け,すしのレパートリーを増やしたり,デザートもつくったりしていた。それをメニューにも盛り込んでいた。しかし,N男は

得意の折り紙ずしを離れずにいた。周りの刺激に対するアンテナが低いというよりは,N男は自分の技術が十分でないことに気付いており,出来上がりに満足できないと思って取りかからないのかもしれない。挑戦してみようと思ったり,自分のつくったものに自信をもったりできるように援助していくことが必要であろう。意欲や自信を支えていくように教師が情緒面に働きかけていくことが有効になるのではないかと思われる。N男に対しては,N男の言動や考え,つくったものなどをポジティブに受け取っていることをN男に伝えていくようにかかわりをもっていきたいと考えた。

事例6  10月第4週

 N男は一緒に遊んでいたL男が今週ずっと欠席であるため,保育室で一人でマグロと卵の握りすしをつくり,すし屋を始めた。時々,担任を客に呼び,担任も応じ,出されたすしをできるだけおいしそうに食べたり,つくったもののN男なりの工夫どころとらえて大いに認めたりした。他の幼児にも宣伝し,その幼児たちとも,N男の店にすしを食べに行くなどもした。翌日も続きをするということでつくったものや材料を紙袋にしまって廊下のロッカーの上に取っておいた。 翌日,足のけがで外で遊べないF男を担任がN男の遊びに誘い入れた。担任には食べてほしいようだったので,担任はつくる側にはならず,出されたすしを今日もおいしそうに食べた。担任は,他の幼児に呼ばれその場を離れた。その後二人で,前日の給食で出た手巻きずしもつくろうということになり,「いくらもある」など考えを伝えてすしの種類を増やしていった。持ち帰りができるようにしようということにもなり,そのための容器も自分たちでつくった。

〈事例の考察〉 事例5から,N男の意欲と自信を支えていくために,N男のことをポジティブにとらえていることを伝えていく働きかけを継続してきた。これまでN男は困っていても自分で何とかしようとし,教師に助けを求めてくることは少なかった。尋ねれば応えるが,話しかけなければほとんど何も言ってこなかった。ようやく教師への安心感・信頼感をもてるようになってきたといえよう。 教師が意欲と自信を支えるようにしてきたことは,意味があったと思われる。N男が安心して自分を出せる相手であったF男の存在も大きかったであろう。教師とF男は,N男の情緒面を支える存在であった。N男の情緒の安定が,N男の意欲や自信を高め,遊びに一層積極的に取り組むことにつながったと思われる。その自発的な態度により,イメージが膨らみ,F男と一緒の楽しさやよさを感じ,考えを出し合い,それを実現していく方向に遊びが進んでいったのだろう。

上林千秋174

Page 9: 5歳児の協同的な遊びの発達を支える 保育のポイントについ …17名,女児16名) 協同的な遊びの発達や担任による保育実践の有効性 について検討するため,特に,A組中,最年少であり,4歳時担任による発達のとらえで平均的な発達の姿を

(3)引継情報の項目を継続活用したN男のとらえ 4歳時担任に依頼した引継情報資料(表2)の項目を使って,5歳時担任が継続的にとらえたN男の様子について,結果を表3に示す。 新担任との信頼関係づくりや,新しい学級内での居場所づくりがまずは重要であろう。特に,4歳時のときによく一緒に遊んでいた幼児とは学級が別になったので,気の合いそうな,興味の重なる友達を学級の中に探すところから援助が必要になってくるだろう。 5歳時担任は,協同的な遊びの姿にかかわるほぼ全ての項目について,N男が望ましい方向に発達してきているととらえている。進級当初では,情動面,認知面,社会面のそれぞれの項目の平均が学級内での男女別平均を下回っていたN男であったが,11月には,全ての面で,平均またはそれ以上の発達の姿を示している。共通のイメージをもって遊ぶ友達の人数としては多くはないが,仲間の中での位置づけで存在感を出してきていた。(4)ビデオ映像分析を活用したN男のとらえ 思い思いの遊びの場面のうち,できるだけ教師がかかわらずに友達と一緒に遊ぶ場面で,テーマは厳密には同一ではないが,何らかの関連・漠然とした一致がある「類似」あるいは,同一のテーマをもつ「共有」ととらえられる場面について分析し,そこで展開されるエピソードについて検討した。なお,テーマとは,抽出児を含めて展開されている遊びの全体としての枠組みであり,エピソードとは,抽出児が刻々と展開する構築や説明,状況設定,ごっこの所作等のことである。分析カテゴリについては,藤崎・無藤(1985)を参考に,次のようにとらえた。遊具や用具・素材を用いて何らかの構築や製作を行う場面では,1構築(製作)場面を1エピソードとした。構築物や製作物についての説明(使用方法等)を言葉や動作により補った場面では,その1場面ごとに1エピソードとした。ごっこの前提となる状況(場面設定・役割分担・プラン提示などを含む)を述べた場面では,その1場面ごとに1エピソードとした。何らかの役割をとった上での発話

や動作についても,1場面ごとに1エピソードとした。 撮影・分析した場面は遊び始めというわけではないので,どの段階でどのようにしてテーマが「類似」,あるいは「共有」となっていったかまではとらえられない。N男については,4月14日,6月23日,10月7日のそれぞれ7分間を分析し,検討した(表4)。

表4 N男のエピソードの共同の形態該当数:1事例当たり( )内%

形態時期 同一 了解A 了解B 了解なし

A了解なしB 計

N男

4月 6 (10.2)

11 (18.6)

3 (5.1)

22 (37.3)

17 (28.8)

59 (100)

6月 1 (2.5)

3 (7.5)

3 (7.5)

14 (35.0)

19 (47.5)

40 (100)

10月 1 (5.9)

6 (35.3)

0 (0.0)

6 (35.3)

4 (23.5)

17 (100)

 映像は,それぞれ次のような場面である。文中の小文字による幼児記号は5歳児B組幼児を示す。4月:モンスターボールや武器を製作し,似たような

ことをしている4歳時同学級だった男児数名に攻撃を仕掛けたり,つくっているものについて話し掛けたりしている場面。

6月:遊戯室の大型積み木とその収納場所を使って,L男,a男などと大人数でポケモンの戦いごっこをしていた。自分の陣地や攻撃のための武器を積み木や収納場所でつくっている場面。

10月:遊戯室の大型積み木とその収納場所を使って,F男,d男とポケモンの隠れ場所をつくっていた。遊戯室の積み木で迷路のような道をつくってサーキットにして遊んでいたL男,c男,f男,g男,k男,q男が,N男たちの並べた積み木の所も通過することがある場面。

 4月進級当初は,同じような興味のありそうな友達に対して,N男からの働きかけが他の時期よりも多い。進級当初は,気の合う友達やしたいことを探していたと考えられる。しかし,了解なしが65%以上であり,仲間として受け入れられているとはいえない状態であった。そのような状態であるにもかかわらず,同一の割合が他の時期より高いのは,ここで展開されていた遊びが非常に単純であり,つくった武器で攻撃する,

5歳児の協同的な遊びの発達を支える保育のポイントについての一考察 175

表3 引継情報資料を継続活用した抽出児N男の発達の様子の変化 ( )内は,学級内男女別平均情① 情② 情③ 情④ 情⑤ 情動面 コ① コ② コ③ コ④ コミュ面 認① 認② 認③ 認④ 認⑤ 認知面 社① 社② 社③ 社④ 社⑤ 社会面 人数 仲間間位置づけ 学級間位置づけ

4歳児終了時 3(2.9)3(3.1)3(2.9)3(2.6)3(2.8)3.0(2.9)2(2.9)3(2.6)2(2.9)2(2.5)2.3(2.8)3(3.1)3(3.1)3(2.9)3(3.1)3(3.2)3.0(3.1)3(2.8)3(2.8)2(2.5)3(2.9)3(2.9)2.8(2.8)5 共鳴 共鳴5歳児4月 2(3.2)4(3.3)2(3.1)2(2.8)4(3.4)2.8(3.2)4(3.4)2(2.8)3(2.9)2(2.7)2.8(3.0)4(3.4)4(3.0)2(2.9)2(2.8)1(2.3)2.6(2.9)3(2.9)3(3.1)2(2.2)3(2.5)2(2.5)2.6(2.6)1~3 存在薄い 存在薄い5歳児7月 3(3.8)4(3.5)2(3.1)3(3.2)3(3.0)3.0(3.3)4(3.7)3(2.9)3(3.4)2(2.4)3.0(3.1)4(3.4)4(3.2)3(2.9)3(2.9)2(2.5)3.2(3.0)3(2.8)3(2.9)2(2.2)3(2.5)3(2.6)2.8(2.6)2~4 追従,存在薄い 存在薄い5歳児11月 4(4.0)4(3.7)4(3.6)3(3.3)3(3.4)3.6(3.6)4(3.9)3(3.4)4(3.6)3(3.1)3.5(3.5)4(3.6)4(3.7)3(3.5)4(3.4)3(3.3)3.6(3.5)4(3.4)4(3.4)3(3.0)4(3.2)3(3.1)3.6(3.2)2 対等へ 目立たない

Page 10: 5歳児の協同的な遊びの発達を支える 保育のポイントについ …17名,女児16名) 協同的な遊びの発達や担任による保育実践の有効性 について検討するため,特に,A組中,最年少であり,4歳時担任による発達のとらえで平均的な発達の姿を

それに応じるというやりとりが7分間の中に度々あったからである。進級時に,戦いのような体を使った単純な遊びが男児に多いのは,分かりやすいために相手の反応が返ってきやすい。そのようなやりとりを重ねながら,気の合う友達を探していたとも考えられる。 時期が進むにつれて,7分間の中のエピソードの数が減ってきている。これは,N男が闇雲に働きかけたり,行動をとったりするのではなく,周りの様子を見ていたり,1つのエピソードに時間を掛けたりするようになってきたためであるととらえられる。このことから,周りの友達のことを感じ,受け止めようとし始めているN男の発達がうかがわれる。 しかし,6月は,ポケモンごっこというような大枠のテーマが共通になっていても,N男のすることは了解されないことが多い。全体のテーマが,人数が多すぎるために拡散していて,ポケモンごっこの中でN男のしたいことが伝わらないためと考えられる。人数が多ければよいということでないことが分かる。 10月では,6月と同じような幼児が近くにいて,N男のつくった場所にも来るが,N男のしていることとB組幼児がしていることとは完全にイメージが異なっている。両者がそのことを認識しながらかかわっているのがとらえられる。少ない人数の友達とイメージを共有したり,思いや考えを相手に分かるように伝えたり,相手の思いや考えに気持ちを向けたりする経験をしてきたことで,了解なしがわずかに減少し,了解が増加してきている。仲間の中でN男の存在が認められてきていることも意味していると思われる。

(5)5歳児A組幼児の姿事例7  6月第1週

◯B男・P男は,年長園庭の築山を掘ったり,水を流したりしていた。見ていることの多いP男に,「○○にしたいんだよな」「△△して」などB男は考えを出していた。P男はそれに従っていたが,B男のイメージが続かなくなると遊びが終わった。

◯A女・I女は本を見ながら折り紙などでサンドイッチを作っていた。「おいしそうねぇ。それ持ってピクニックに行くのかな?」と担任が声をかけると,「違う,作ってるだけ」と返事が返ってきた。必要な素材を提供すると,それらしいサンドイッチが出来上がった。すると,A女は「洗濯干さなくっちゃ」と,引き出しの中のバンダナを干し始めた。「このうちの洗濯機はどこかしら?」と担任が尋ねると,「あっ,ないね」とA女とI女で顔を見合わせた。「作っちゃえば」と担任が投げ掛けると,二人で手頃な箱を探し出し,段ボールカッターを交代で使って洗濯機を作り始めた。

◯G女・J女・h女・n男は,家族になっている設定で遊び始めた。しかし,ごっこを発展させるようなストーリーが行き詰まると,2階建ての家の前から大きなシャベルで園庭の南側に向かって水が流れるように一筋の水路を作る遊びに移っていった。翌日も家族ごっこを始めた。しかし,前日同様イメージやストーリーが行き詰

まると,2階建ての家を洗った水が流れた所にゴザをつなげて敷き,裸足でその上を行き来する遊びに移っていった。

〈事例の考察〉 一緒に遊ぶ友達と大枠ではイメージを共有していた。しかし,友達のイメージに従っているだけの場合や,イメージを共有できず,関連のない別々のことをしているだけだったり,メンバーが散り散りになって遊びが消滅したりする場合もあった。ストーリーが作り出せず,遊びが収束してしまうこともあった。 幼児の実態を考えると,教師が大げさに対応したり,遊びのイメージを提案しながら進めていくことも必要なのかもしれない。

事例8  7月上旬

 B男と担任とで,折り紙の本をめくりながら,難しそうなUFOを遊戯室ステージで折り,投げて飛ばした。そこへA女が近寄ってきた。 A女が「何してるん?」と聞いてきた。担任は「UFOをつくってるんだよ。難しいんだ。『難しいのに挑戦しよう』ってこれにしたんだもんね」と,B男に同意を求めながら言った。A女は,「そんなの簡単だもんね~」と,挑発的な感じで笑いながら言ってきた。担任も挑発的な感じで「ふうん」と返した。 A女は保育室から折り紙を数枚持ってきて,一緒に折り始めた。B男が折り進むのを待っていると,A女は,「まだ?」と言ってきた。担任は「何,一緒に作りたいの?」と聞いた。A女は笑いながら,「ちがうもん」と言う。担任は,「えっ,そうなの?仲間に入りたいのかと思った」とB男の同意を求めるように大げさに言った。A女はにこにこしていた。そして,出来上がるとまた次を折り始めた。 いくつかを折ったところで,担任は「私たち(B男と担任),随分折ったよね。部屋の星が飾ってあるところに飾ったら,UFOに乗った宇宙人がA組に来るかもね」と言った。A女は「来ないよ」と,逆らってやるという感じで,笑いながら言ってきた。 C女が来た。A女がC女にUFOを折っていることを伝えた。C女も折り始めた。担任が「たくさんになったよね」とB男に言うと,A女も「こっちだってこんなに出来ちゃったもんね~」と,対抗してきた。そして,C女に,二人のを合わせてB男と担任のよりも数多くつくろうというようなことをこそこそと話した。C女もおもしろそうに思い,同意した。C女には自分から折り紙を渡してやっていた。A女は「もうここまで折っちゃったよ~」「こっちだって明日もっと作っちゃうんだからね~」と対抗して言った。そして片付けまで遊び続けた。

〈事例の考察〉 A女とB男から目的に当たることが出てくるとは思えなかったので,こちらから投げ掛けた。A女は,担任に認めてほしかったのかもしれない。対抗するだけではない意欲や目的がもてると,友達と一緒に遊ぶ,友達と一緒に何かをつくり上げていく,友達と一緒に遊びを進めていく楽しさをもっと感じられるのではないだろうか。 幼児が自信をもち,自分を確立していくことが,友達との協同的な遊びに結びついていくと思われる。まずは,教師との信頼関係を築き,安定した気持ちで園生活を送れるようにしていくことが大切だろう。また,

上林千秋176

Page 11: 5歳児の協同的な遊びの発達を支える 保育のポイントについ …17名,女児16名) 協同的な遊びの発達や担任による保育実践の有効性 について検討するため,特に,A組中,最年少であり,4歳時担任による発達のとらえで平均的な発達の姿を

遊びの中で自分を発揮し満足感をもつことで,友達の思いや考えに気付いたり,それを受け止めようとしたりする方向に向かっていくと思われる。そして,友達と楽しさやイメージの共有や共通の目的の誕生へと膨らんでいくのではないだろうか。

事例9  9月上旬

 A女がロープを引きD女がタイヤに乗り,E男がコロを置く役割で遊んでいた。A女は自分でロープを引きながらも,E男がしているコロを置く役割を時折する。そして,ロープを引いてタイヤを進める。A女はコロを置くときに,シートの縁にコロの端をそろえて置くようにしている。担任が「なるほど,一緒に手伝えば,はやくしかも,まっすぐに進むものね」と言うと,A女は「E男くんが(タイヤに)のって」E男に言った。すると,D女が「どうして?(私が乗りたいのに……)」と聞いた。A女は「だって,E男くんの方が小さいじゃない。だからだよ」と,自分の考えを言った。E男は何も言わないが,乗れそうなことを喜んでいるのか,笑顔いっぱいだった。D女はなかなか降りない。A女は「だって押すのが無理じゃん」とやや強く言った。A女に言われて,D女が降りてE男が乗ることになった。 D女はA女と一緒に,丁寧にコロの端をシートの縁にそろえて並べる。E男は,タイヤを持って待っている。コロが並んだところでE男がタイヤをコロの上に置く。A女がタイヤを少し引いてみる。そして,A女がE男に「乗っていいよ」と言った。そして,D女に「(コロを)運んで」などと言いながら,3人で力を合わせながら対岸までタイヤを進めた。対岸まで来ると役割を入れ替え,遊びを続けた。

〈事例の考察〉 一人では遊べない遊具のため,役割分担が必要になる。はやくタイヤを進めたい思いを実現するには,E男一人では無理であると考えたのだろう。A女にとって,遠慮なく自分の思いを出せるメンバーであった。 A女は思い通りにやってみたことで満足し,D女やE男にも交替したのだろう。やりたいことを満足いくまでやってみることで,友達の思いに目を向けることへと進めるのかもしれない。そこから,友達と楽しさを共有し,タイヤの船をまっすぐに進めるという共通の目的をもったことで遊びも続いたのだろう。

事例10  11月9日(火)

 K男・M男・F男の3人で,いろいろな大きさの空き箱を使って1つのロボットをつくっていた。K男:「ちょっと待って」M男:「ガムテープの方がいいよ」F男:「足はどうする(何で作る)?」など,ロボットを作るうえで,自分の気がついたことを言い合い,出てきたことについて3人で考え合っていた。K男:「これがいいよ。これにしよう」と新たな素材を持ってくると,F男:「いいね」と応じて押さえる手伝いをしたり,M男:「こっちの方がいいんじゃない?」と,別の考えを出したりもしていた。自分の考えと違う考えが出てきても,それを受け止め,自分の考えと比べてどちらの考えがいいかを決めて,それをまた伝え合うといったことが,3人の中で続き,ロボットとそれを寝かせるベッドが出来上がっていった。

〈事例の考察〉 少ない人数だからこそ互いの考えをしっかり聞いたり,受け止めたりする余裕をもてたようだ。単に友達

の考えを受け入れていくのではなく,自分なりの考えをもって話し合いを深めているようである。 ロボットを作るという共通の目的が3人に了解され,どのようなロボットにするかが話し合われ,ロボットが次第に形作られていくことで,作るロボットのイメージが明確になり,それを友達に伝えたり,次の課題に気付いたりしている。言葉とともに,作られているロボットそのものがイメージをより共通にしていく役目を果たしている。 その時の課題に対して核となる幼児がおり,場面ごとに入れ替わっている。流動的で自由な人間関係であるから,互いに思ったことや考えたことをストレートに言えたのだろう。いつも決まった幼児が遊びを引っ張るのではなく,場面ごとに流動的にリーダーは替わるが,全体としては対等の関係が重要であることが推測される。

【考察】

 実践から,以下のような協同的な遊びの発達を支えるための保育のポイントが見出された。A.情緒面の安定 5歳児であっても,一人一人の情緒面の安定を目指した援助をしていくことが重要であることが分かった。学級編制替えをしている5歳児スタート時は,新担任との情緒的な結び付きが重要である。しかし,次第に友達が情緒面での安定をもたらすように保育のねらいを変えていき,友達が幼児の情緒の安定をもたらす存在となっていくことが必要である。情緒面の安定が自信となり,幼児は主体的に環境に働きかけ,友達に影響を与える存在となっていく。B.少人数での協同につながる経験の蓄積 2人くらいでのイメージやテーマの共有,思いや考えなどの伝受,共感・共鳴の経験がたくさん積み重なっていることが,協同的な遊びの姿の発達を生み出していく基礎となるようである。2人くらいの組み合わせが,様々な2人くらいになっていくことで,遊びや仲間の広がりが見られるようになってくるようである。個におけるこのような経験の有無や多少をとらえ,少人数での協同につながる経験を蓄積できるようにしていくことが大切であろう。5歳児前半くらいまでにたっぷりと経験しておけると,5歳児後半に様々な友

5歳児の協同的な遊びの発達を支える保育のポイントについての一考察 177

Page 12: 5歳児の協同的な遊びの発達を支える 保育のポイントについ …17名,女児16名) 協同的な遊びの発達や担任による保育実践の有効性 について検討するため,特に,A組中,最年少であり,4歳時担任による発達のとらえで平均的な発達の姿を

達との協同的な遊びへ広がっていくと思われる。C.ストーリー性や継続性のあるテーマへの発展 単発のイメージの共有から,ストーリー性や継続性があるテーマへと発展させていくことが重要である。少人数での協同的な遊びに向かう姿の幼児たちを,他の少人数の協同的な遊びに向かう姿の幼児たちの遊びとつなぎ,少し大きなテーマやイメージをつくっていくことへ進めていく。そのためには,どのようなイメージやテーマを幼児同士が共有していくか,幼児の中から出てきたイメージやテーマにいかにストーリー性や継続性をもたせていくかが重要になる。D.協力状況を生み出す物的環境の提案 物の存在は,言葉で上手くやりとりが進まない場合にイメージを共有していくのに有効である。また,一人では手に負えない物によって,幼児の中に協力する状況を生み出すことも可能である。E.友達との関係の構築とリーダーの育成 プライドや競争心が芽生えてきている5歳児では,物の存在だけでは協力が生まれないこともある。相手への信頼や安心をどう築いていくかが鍵になる。 また,ストーリー性や継続性のあるテーマを実現していくための核となるリーダーを幼児の中につくっていくことも必要であろう。協同的な遊びには,固定化されたリーダーでなく,流動的で,回りの幼児がいつでもリーダーに対して意見が言えるような関係であることがやりとりの必要から大切になってくる。まずは小集団の中での流動的なリーダーが存在するような幼児同士の人間関係づくりを目指すことが重要である。 A~Eに上げたことを,幼児の発達の現状を踏まえて保育の中に積極的に取り入れていくことで,協同的に遊ぶ姿への発達を支えていくことが可能となっていくであろう。

引用文献藤崎春代・無藤隆(1985) 「幼児の協同遊びの構造―積み木遊びの場合―」 教育心理学研究 33(1),33-42

(かみばやし ちあき)

岩田純一(1998) 『〈わたし〉の世界の成り立ち』 田島信元・無藤隆編 認識と文化8 金子書房川田学・津田千明(2009) 「幼児期における協同性とその援助の視点を探る」 香川大学教育実践総合研究 18,65-78文部科学省(2008) 『小学校学習指導要領解説生活編』 日本文教出版文部科学省(2008) 『小学校学習指導要領解説総合的な学習の時間編』 東洋館出版

文部科学省(2008) 『中学校学習指導要領解説総合的な学習の時間編』 教育出版

文部科学省(2008) 『幼稚園教育要領解説』 フレーベル館無藤隆(1997) 『協同するからだとことば―幼児の相互交渉の質的分析』 田島信元・無藤隆編 認識と文化2 金子書房佐藤公治(1999) 『対話の中の学びと成長』 田島信元・無藤隆編 認識と文化10 金子書房佐藤安富(2009) 「幼児の協同性における目的の生成と共有の過程」 保育学研究47-2,39-48渋谷郁子・安松あず紗・小森伸子・高田薫・高木和子(2008) 「大人のいない場面で子どもはどう遊ぶか―室内での砂場遊びの分析から―」 立命館人間科学研究16,45-56友定啓子(2009) 「領域・人間関係」 無藤隆・柴崎正行編 『新幼稚園教育要領・新保育所保育指針のすべて』 別冊発達29,53-59 ミネルヴァ書房中央教育審議会答申(2005) 「子どもを取り巻く環境の変化を踏まえた今後の幼児教育の在り方について」中央教育審議会答申(2008) 「幼稚園,小学校,中学校,高等学校及び特別支援学校の学習指導要領等の改善について」氏家達夫(1982) 「4-6歳幼児の社会的相互交渉についての研究」 北海道大学教育学部紀要 40,89-103牛山聡子・清水知子・高橋道子(1974) 「2人の幼児の相互作用成立過程」 教育心理学研究 22-3,40-44

謝辞:本研究をまとめるにあたり,ご協力いただきましたF幼稚園とM幼稚園の先生方,園児の皆様に心より御礼申し上げます。また、ご指導・ご助言いただきました群馬大学大学院の松永あけみ先生、懸川武史先生に深く感謝申し上げます。

追記:本論文は,平成23年3月に群馬大学大学院教育学研究科専門職学位課程に提出した課題研究報告書の一部を修正加筆し,まとめ直したものである。

上林千秋178