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CREATOR INTERVIEW 原研哉 Kenya Hara デザイナー 。1 9 5 8 年 生まれ 。「もの」のデザインと同 様に「こと」のデザインを重 視して活 動 中 。2 0 0 0 年に「 R E - D E - SIGN─日常の21世紀」という展覧会を制作し、何気ない日常の文脈の中にこそ驚くべきデザインの資源があることを 提示した。2002年に無印良品のアドバイザリーボードのメンバーとなり、アートディレクションを開始する。2004年 には「HAPTIC─五感の覚醒」と題する展覧会を制作、人間の感覚の中に大きなデザインの資源が眠っていることを 示した。長野オリンピックの開・閉会式プログラムや、2005年愛知万博の公式ポスターを制作するなど日本の文化に 深く根ざした仕 事も多い。2 0 0 7 年 、2 0 0 9 年にはパリ・ミラノ・東 京で「 T O K YO FIBER─SENSEWARE展」を、 2008年から2009年にかけては「JAPAN CAR展」をパリとロンドンの科学博物館で開催するなど、産業の潜在力を 展覧会を通して可視化し、広く世界に広げていく仕事に注力している。2011年には北京を皮切りに「DESIGNING D E S I N 原 研 哉 2 0 1 1 中 国 展 」を巡 回するなど、活 動 の 幅をアジアへと拡 大 。著 書「 デ ザインのデ ザイン」や「白」はアジ ア各国語版をはじめ多言語に翻訳されている。日本デザインセンター代表取締役。武蔵野美術大学教授。日本デザイ ンコミッティー 理 事 長 。日本グラフィックデザイナー 協 会 副 会 長 。

6mirai interview no29 · sign─日常の21世紀」という展覧会を制作し、何気ない日常の文脈の中にこそ驚くべきデザインの資源があることを

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CREATOR INTERVIEW

原研哉 Kenya Haraデザイナー。1958年生まれ。「もの」のデザインと同様に「こと」のデザインを重視して活動中。2000年に「RE-DE-

SIGN─日常の21世紀」という展覧会を制作し、何気ない日常の文脈の中にこそ驚くべきデザインの資源があることを

提示した。2002年に無印良品のアドバイザリーボードのメンバーとなり、アートディレクションを開始する。2004年

には「HAPTIC─五感の覚醒」と題する展覧会を制作、人間の感覚の中に大きなデザインの資源が眠っていることを

示した。長野オリンピックの開・閉会式プログラムや、2005年愛知万博の公式ポスターを制作するなど日本の文化に

深く根ざした仕事も多い。2007年、2009年にはパリ・ミラノ・東京で「TOKYO FIBER─SENSEWARE展」を、

2008年から2009年にかけては「JAPAN CAR展」をパリとロンドンの科学博物館で開催するなど、産業の潜在力を

展覧会を通して可視化し、広く世界に広げていく仕事に注力している。2011年には北京を皮切りに「DESIGNING

DESIN原研哉2011中国展」を巡回するなど、活動の幅をアジアへと拡大。著書「デザインのデザイン」や「白」はアジ

ア各国語版をはじめ多言語に翻訳されている。日本デザインセンター代表取締役。武蔵野美術大学教授。日本デザイ

ンコミッティー理事長。日本グラフィックデザイナー協会副会長。

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日本を代表するグラフィックデザイナーのひとりであり、今年で 6 年目を迎える「Tokyo Midtown Award」の審査員も務めている原研哉さん。インタビューの席に着くなり「やっぱり都市は大事ですよ」と話し始め、「僕がいま、興味を持っていることと六本木を掛け合わせるだけでも、デザインとアートの街になると思うんです」と一気に語ってくれたアイディアは、なんと5つ! 植物、家、風呂、ホテル、病院。それぞれのテーマで見ていく六本木の未来とは。

植物 × 六本木。草木が繁茂する巨大ガラスハウス。 たとえば、東京ミッドタウンの中に入ると、立派なヘチマがたわわに実っていたりすると感心すると思うのです。花が咲いているとかグリーンが飾られているとか、そういうイメージではなくて、「植物が繁茂している」空間をどうやって都市の中につくるか。僕は、人工的な技術が進化すればするほど、自然との境界はむしろなくなっていくと思うんです。それは、垂直緑化や屋上緑化といった建物の外側の話しだけではなく、ガラスハウスのようなインドアの世界に可能性があると思うんですね。

 ガラスハウスの技術が進んでいるのはオランダです。日本はもともと国土のほとんどが森ということもあり圧倒的な自然崇拝があるけれど、オランダは国土の 3 分の 1 以上が干拓で、森や植物すらも自分たちでつくってきた。つまり、多くの自然がアーティフィシャルなんですね。オランダにはガラスハウスを使った農業のみならず現代建築や施設もあって、日本の都市でも上手く取り入れられないかと以前から思っていたんです。だから、もし僕が高層ビルを建てる

ホテル × 六本木。オンとオフの混在スタイル。 今、アジアで忙しく働いている人たちは、みんな移動している人たちなんですね。今日ジャカルタに行って、そこから北京に行って、台北に行って、東京に 2 日泊まって、またジャカルタに帰るみたいな、そういう動き方をしている。彼らは西洋人みたいに1カ月間バカンスをとって同じ場所にいたりはしない。でも、全く休んでいないわけではなくて、オンとオフが一緒になっているんじゃないかと思うんです。僕なんかもそうで、仕事の中に半分愉楽が混じっているというか、仕事の中に休息が含まれている。

 ビジネスホテルは働く人のために、リゾートホテルは休みの人のためにつくられたものですが、僕らみたいな「オンとオフが混在している人たちのためのホテル」という在り方も、きっとあると思うんです。ネットが通じてウェブがスカスカ動いて、気持ちのいい空間で半分休み

んだったら、裾野の部分は巨大なガラスハウスにしてみたい。どうせ空調をするんだから、植物が繁茂するような環境に整え、その巨大なガラスハウスの中にオフィスやレストランをつくりたい。温室のように暑くしたり湿度を高くするということではなく、ある種の植物の生育にも人間にもちょうどいい、という環境はあるだろうし、そういう場所で働いたりご飯を食べたりするのって、気持ちいいと思うんです。

家 × 六本木。都市に暮らす家を自分でつくる。 今年の 3 月に、これからの都市の暮らしを提案する「HOUSE VISION」という展覧会を行いました。家って、いろんな産業の交差点なんですね。エネルギーの問題、移動体や通信の問題、複合化していく家電といった「これからの産業」の問題はすべて家と関係してきます。そしていま、家と住まい手との関係が大きく変わろうとしている。リノベーションということもあるし、もっと主体性をもって家と付き合う時代になっていくと思うんです。

 今まで日本の人たちは、家をつくるリテラシーが低かった。でも「自分のライフスタイルに合った空間を自分でつくれるようになる」ということが、日々、楽しく生きていくための基盤ですよね。「どんな家に住んでいるのか」は「どんな家を買ったのか」ではなく、「あなたはどんな家をつくったのか」という問いであって、ただリッチであればいいということではないんです。都市に住むということは、都市機能を利用して暮らすことであり、本屋が書斎、レストランがダイニング、喫茶店が応接室にもなる。だから、家は狭くていい、と考えることもできる。小さな寝室とリビングを別々の場所に持つのもいいかもしれない。「家 × 六本木」として、まずは六本木にある「狭くて古い空間」をどう直し、どう住み込んでいくかを本気で考えるだけでも、相当面白くなると思いますよ。

風呂 × 六本木。現代建築の粋を裸の身体で楽しむ。 僕は温泉も好きだし、風呂も大好きなのですが、今の風呂って、微妙な抵抗感があるでしょう。温泉ランドとかスーパー銭湯とか(笑)。なぜそこに、よく考え抜かれたデザインとアートが入らないのか。

 ピーター・ズントーというスイスの建築家が好きで、彼がアルプスの山の中につくった温泉施設「テルメ・ヴァルス」がとても好きです。あまりに良くて夏と冬に2度行ったんですけど、自然の地形の中にドーンと建築が嵌入していて、半分半地下、半分は屋外プールのようになっている。狭い空間と広い空間が迷路のようにつながっていて、風呂というものが瞑想する場所であり、生命が更新していく場所でもあるということがよく研究されている。

 もし、日本の現代建築の最先端を水や湯を介して裸の身体で楽しめるような場所があったら、絶対にみんな行くでしょう。それを、六本木にこそ、つくるべきです。都市性の極みのような温泉施設が六本木にあったら、休日は絶対、そこに行きます。いい本屋といいカフェが併設されていたりすると最高ですね。それはもう、温泉ではなく、浴場と言うべきでしょう。もし、つくる人がいたら、絶対僕に声かけてください!

ながら、時々パソコンも開く。映画コンテンツは見放題だし、音楽も聞き放題。たとえば、さっき「風呂 × 六本木」で言ったような浴場があって、その隣に小さなホテルをつくるとしたら、寝るスペースは小さいけれど、周りに豊かな公共スペースを用意する、とかね。オンが既にある六本木のような都市に、オフをどう持ち込んで混在させるか。そこから新しいホテルのアイディアも生まれるはずです。

病院 × 六本木。医療サービスの都市型施設。 未病。つまり、病気になる前の状態にこれからの日本人は関心が向いていきます。未病の段階で行う健康チェックが快適にできる、検査に「行きたくなる」ようなサービス施設があるといいですよね。六本木に。

 未病の段階をどう上手に乗り切るかがこれからの平均的な日本人のたしなみになってくると思うんです。2050 年には人口の 40%以上が 65 歳以上という超高齢社会になりますが、それは同時に、老人になっちゃいけない社会にもなる。65歳の男性、ならいいけど、65歳の老人、になってはいけない。だって、余命があと 20 年近くあるわけです。そして、その人たちが、世界一の預貯金を持っている。

 介護の必要な人にならず、生産労働人口の一角に食い込めるぐらいの元気な人でい続けたい。だから、健康チェックも抜かりなくやりたいと思っているんだけれど、そういうことが気持ちよくできる場がまだないし、それが実現できれば、すごく大きな経済が動いていくと思いますね。デザインとアートがテーマで病院と言うと、不謹慎に思われるかもしれないけれど、でも、幸せの形を探すと、病院をどうするかという問題に当然行き当たります。

社会の都市化と大人の文化。 「植物、家、風呂、ホテル、病院」と思いつくまま話しましたが、どのジャンルでも、都市ならではの進化の仕方がまだまだ、丸ごと考えられるはずだと思っています。日本にはいろんな問いが残っている。そういうものをしっかりと見つけて向きあっていけば、希望はあります。

 僕が「都市は大事だ」と思う理由は、人の暮らしは、どうしたって都市化していくと思うからです。集合して住むことが人間の本能であり、離散的にはなっていかないと思うんですよね。ローカルは大事だけれども、そこに未来の価値が集約できるわけじゃない。特にこれからは高齢社会に入っていくからこそ、大人の文化や社会というのを都市で開花させるべきだし、大人の社会が充実すれば、若者だって楽しいはずなんです。

 今までの都市文化というのはユースカルチャー一辺倒だったんですね。1970 年代に「ヤングおー!おー!」なんていう番組が始まって、カップヌードル食べながらジーンズはいて都市を闊歩するみたいなところから現代のクラブカルチャーまで、すべて若者中心だった。これからはもっと違うフェーズ、大人の文化に東京も本格的に切り替わっていくんだろうと思います。

photo_taro hirano / text_tami okano / edit_rhino

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植物 × 六本木。草木が繁茂する巨大ガラスハウス。 たとえば、東京ミッドタウンの中に入ると、立派なヘチマがたわわに実っていたりすると感心すると思うのです。花が咲いているとかグリーンが飾られているとか、そういうイメージではなくて、「植物が繁茂している」空間をどうやって都市の中につくるか。僕は、人工的な技術が進化すればするほど、自然との境界はむしろなくなっていくと思うんです。それは、垂直緑化や屋上緑化といった建物の外側の話しだけではなく、ガラスハウスのようなインドアの世界に可能性があると思うんですね。

 ガラスハウスの技術が進んでいるのはオランダです。日本はもともと国土のほとんどが森ということもあり圧倒的な自然崇拝があるけれど、オランダは国土の 3 分の 1 以上が干拓で、森や植物すらも自分たちでつくってきた。つまり、多くの自然がアーティフィシャルなんですね。オランダにはガラスハウスを使った農業のみならず現代建築や施設もあって、日本の都市でも上手く取り入れられないかと以前から思っていたんです。だから、もし僕が高層ビルを建てる

ホテル × 六本木。オンとオフの混在スタイル。 今、アジアで忙しく働いている人たちは、みんな移動している人たちなんですね。今日ジャカルタに行って、そこから北京に行って、台北に行って、東京に 2 日泊まって、またジャカルタに帰るみたいな、そういう動き方をしている。彼らは西洋人みたいに1カ月間バカンスをとって同じ場所にいたりはしない。でも、全く休んでいないわけではなくて、オンとオフが一緒になっているんじゃないかと思うんです。僕なんかもそうで、仕事の中に半分愉楽が混じっているというか、仕事の中に休息が含まれている。

 ビジネスホテルは働く人のために、リゾートホテルは休みの人のためにつくられたものですが、僕らみたいな「オンとオフが混在している人たちのためのホテル」という在り方も、きっとあると思うんです。ネットが通じてウェブがスカスカ動いて、気持ちのいい空間で半分休み

んだったら、裾野の部分は巨大なガラスハウスにしてみたい。どうせ空調をするんだから、植物が繁茂するような環境に整え、その巨大なガラスハウスの中にオフィスやレストランをつくりたい。温室のように暑くしたり湿度を高くするということではなく、ある種の植物の生育にも人間にもちょうどいい、という環境はあるだろうし、そういう場所で働いたりご飯を食べたりするのって、気持ちいいと思うんです。

家 × 六本木。都市に暮らす家を自分でつくる。 今年の 3 月に、これからの都市の暮らしを提案する「HOUSE VISION」という展覧会を行いました。家って、いろんな産業の交差点なんですね。エネルギーの問題、移動体や通信の問題、複合化していく家電といった「これからの産業」の問題はすべて家と関係してきます。そしていま、家と住まい手との関係が大きく変わろうとしている。リノベーションということもあるし、もっと主体性をもって家と付き合う時代になっていくと思うんです。

 今まで日本の人たちは、家をつくるリテラシーが低かった。でも「自分のライフスタイルに合った空間を自分でつくれるようになる」ということが、日々、楽しく生きていくための基盤ですよね。「どんな家に住んでいるのか」は「どんな家を買ったのか」ではなく、「あなたはどんな家をつくったのか」という問いであって、ただリッチであればいいということではないんです。都市に住むということは、都市機能を利用して暮らすことであり、本屋が書斎、レストランがダイニング、喫茶店が応接室にもなる。だから、家は狭くていい、と考えることもできる。小さな寝室とリビングを別々の場所に持つのもいいかもしれない。「家 × 六本木」として、まずは六本木にある「狭くて古い空間」をどう直し、どう住み込んでいくかを本気で考えるだけでも、相当面白くなると思いますよ。

風呂 × 六本木。現代建築の粋を裸の身体で楽しむ。 僕は温泉も好きだし、風呂も大好きなのですが、今の風呂って、微妙な抵抗感があるでしょう。温泉ランドとかスーパー銭湯とか(笑)。なぜそこに、よく考え抜かれたデザインとアートが入らないのか。

 ピーター・ズントーというスイスの建築家が好きで、彼がアルプスの山の中につくった温泉施設「テルメ・ヴァルス」がとても好きです。あまりに良くて夏と冬に2度行ったんですけど、自然の地形の中にドーンと建築が嵌入していて、半分半地下、半分は屋外プールのようになっている。狭い空間と広い空間が迷路のようにつながっていて、風呂というものが瞑想する場所であり、生命が更新していく場所でもあるということがよく研究されている。

 もし、日本の現代建築の最先端を水や湯を介して裸の身体で楽しめるような場所があったら、絶対にみんな行くでしょう。それを、六本木にこそ、つくるべきです。都市性の極みのような温泉施設が六本木にあったら、休日は絶対、そこに行きます。いい本屋といいカフェが併設されていたりすると最高ですね。それはもう、温泉ではなく、浴場と言うべきでしょう。もし、つくる人がいたら、絶対僕に声かけてください!

ながら、時々パソコンも開く。映画コンテンツは見放題だし、音楽も聞き放題。たとえば、さっき「風呂 × 六本木」で言ったような浴場があって、その隣に小さなホテルをつくるとしたら、寝るスペースは小さいけれど、周りに豊かな公共スペースを用意する、とかね。オンが既にある六本木のような都市に、オフをどう持ち込んで混在させるか。そこから新しいホテルのアイディアも生まれるはずです。

病院 × 六本木。医療サービスの都市型施設。 未病。つまり、病気になる前の状態にこれからの日本人は関心が向いていきます。未病の段階で行う健康チェックが快適にできる、検査に「行きたくなる」ようなサービス施設があるといいですよね。六本木に。

 未病の段階をどう上手に乗り切るかがこれからの平均的な日本人のたしなみになってくると思うんです。2050 年には人口の 40%以上が 65 歳以上という超高齢社会になりますが、それは同時に、老人になっちゃいけない社会にもなる。65歳の男性、ならいいけど、65歳の老人、になってはいけない。だって、余命があと 20 年近くあるわけです。そして、その人たちが、世界一の預貯金を持っている。

 介護の必要な人にならず、生産労働人口の一角に食い込めるぐらいの元気な人でい続けたい。だから、健康チェックも抜かりなくやりたいと思っているんだけれど、そういうことが気持ちよくできる場がまだないし、それが実現できれば、すごく大きな経済が動いていくと思いますね。デザインとアートがテーマで病院と言うと、不謹慎に思われるかもしれないけれど、でも、幸せの形を探すと、病院をどうするかという問題に当然行き当たります。

社会の都市化と大人の文化。 「植物、家、風呂、ホテル、病院」と思いつくまま話しましたが、どのジャンルでも、都市ならではの進化の仕方がまだまだ、丸ごと考えられるはずだと思っています。日本にはいろんな問いが残っている。そういうものをしっかりと見つけて向きあっていけば、希望はあります。

 僕が「都市は大事だ」と思う理由は、人の暮らしは、どうしたって都市化していくと思うからです。集合して住むことが人間の本能であり、離散的にはなっていかないと思うんですよね。ローカルは大事だけれども、そこに未来の価値が集約できるわけじゃない。特にこれからは高齢社会に入っていくからこそ、大人の文化や社会というのを都市で開花させるべきだし、大人の社会が充実すれば、若者だって楽しいはずなんです。

 今までの都市文化というのはユースカルチャー一辺倒だったんですね。1970 年代に「ヤングおー!おー!」なんていう番組が始まって、カップヌードル食べながらジーンズはいて都市を闊歩するみたいなところから現代のクラブカルチャーまで、すべて若者中心だった。これからはもっと違うフェーズ、大人の文化に東京も本格的に切り替わっていくんだろうと思います。

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Creator Interview No.29 Kenya Hara

Page 4: 6mirai interview no29 · sign─日常の21世紀」という展覧会を制作し、何気ない日常の文脈の中にこそ驚くべきデザインの資源があることを

©Tokyo Midtown Management Co., Ltd. All Rights Reserved.

photo_taro hirano / text_tami okano / edit_rhino

植物 × 六本木。草木が繁茂する巨大ガラスハウス。 たとえば、東京ミッドタウンの中に入ると、立派なヘチマがたわわに実っていたりすると感心すると思うのです。花が咲いているとかグリーンが飾られているとか、そういうイメージではなくて、「植物が繁茂している」空間をどうやって都市の中につくるか。僕は、人工的な技術が進化すればするほど、自然との境界はむしろなくなっていくと思うんです。それは、垂直緑化や屋上緑化といった建物の外側の話しだけではなく、ガラスハウスのようなインドアの世界に可能性があると思うんですね。

 ガラスハウスの技術が進んでいるのはオランダです。日本はもともと国土のほとんどが森ということもあり圧倒的な自然崇拝があるけれど、オランダは国土の 3 分の 1 以上が干拓で、森や植物すらも自分たちでつくってきた。つまり、多くの自然がアーティフィシャルなんですね。オランダにはガラスハウスを使った農業のみならず現代建築や施設もあって、日本の都市でも上手く取り入れられないかと以前から思っていたんです。だから、もし僕が高層ビルを建てる

ホテル × 六本木。オンとオフの混在スタイル。 今、アジアで忙しく働いている人たちは、みんな移動している人たちなんですね。今日ジャカルタに行って、そこから北京に行って、台北に行って、東京に 2 日泊まって、またジャカルタに帰るみたいな、そういう動き方をしている。彼らは西洋人みたいに1カ月間バカンスをとって同じ場所にいたりはしない。でも、全く休んでいないわけではなくて、オンとオフが一緒になっているんじゃないかと思うんです。僕なんかもそうで、仕事の中に半分愉楽が混じっているというか、仕事の中に休息が含まれている。

 ビジネスホテルは働く人のために、リゾートホテルは休みの人のためにつくられたものですが、僕らみたいな「オンとオフが混在している人たちのためのホテル」という在り方も、きっとあると思うんです。ネットが通じてウェブがスカスカ動いて、気持ちのいい空間で半分休み

んだったら、裾野の部分は巨大なガラスハウスにしてみたい。どうせ空調をするんだから、植物が繁茂するような環境に整え、その巨大なガラスハウスの中にオフィスやレストランをつくりたい。温室のように暑くしたり湿度を高くするということではなく、ある種の植物の生育にも人間にもちょうどいい、という環境はあるだろうし、そういう場所で働いたりご飯を食べたりするのって、気持ちいいと思うんです。

家 × 六本木。都市に暮らす家を自分でつくる。 今年の 3 月に、これからの都市の暮らしを提案する「HOUSE VISION」という展覧会を行いました。家って、いろんな産業の交差点なんですね。エネルギーの問題、移動体や通信の問題、複合化していく家電といった「これからの産業」の問題はすべて家と関係してきます。そしていま、家と住まい手との関係が大きく変わろうとしている。リノベーションということもあるし、もっと主体性をもって家と付き合う時代になっていくと思うんです。

 今まで日本の人たちは、家をつくるリテラシーが低かった。でも「自分のライフスタイルに合った空間を自分でつくれるようになる」ということが、日々、楽しく生きていくための基盤ですよね。「どんな家に住んでいるのか」は「どんな家を買ったのか」ではなく、「あなたはどんな家をつくったのか」という問いであって、ただリッチであればいいということではないんです。都市に住むということは、都市機能を利用して暮らすことであり、本屋が書斎、レストランがダイニング、喫茶店が応接室にもなる。だから、家は狭くていい、と考えることもできる。小さな寝室とリビングを別々の場所に持つのもいいかもしれない。「家 × 六本木」として、まずは六本木にある「狭くて古い空間」をどう直し、どう住み込んでいくかを本気で考えるだけでも、相当面白くなると思いますよ。

風呂 × 六本木。現代建築の粋を裸の身体で楽しむ。 僕は温泉も好きだし、風呂も大好きなのですが、今の風呂って、微妙な抵抗感があるでしょう。温泉ランドとかスーパー銭湯とか(笑)。なぜそこに、よく考え抜かれたデザインとアートが入らないのか。

 ピーター・ズントーというスイスの建築家が好きで、彼がアルプスの山の中につくった温泉施設「テルメ・ヴァルス」がとても好きです。あまりに良くて夏と冬に2度行ったんですけど、自然の地形の中にドーンと建築が嵌入していて、半分半地下、半分は屋外プールのようになっている。狭い空間と広い空間が迷路のようにつながっていて、風呂というものが瞑想する場所であり、生命が更新していく場所でもあるということがよく研究されている。

 もし、日本の現代建築の最先端を水や湯を介して裸の身体で楽しめるような場所があったら、絶対にみんな行くでしょう。それを、六本木にこそ、つくるべきです。都市性の極みのような温泉施設が六本木にあったら、休日は絶対、そこに行きます。いい本屋といいカフェが併設されていたりすると最高ですね。それはもう、温泉ではなく、浴場と言うべきでしょう。もし、つくる人がいたら、絶対僕に声かけてください!

ながら、時々パソコンも開く。映画コンテンツは見放題だし、音楽も聞き放題。たとえば、さっき「風呂 × 六本木」で言ったような浴場があって、その隣に小さなホテルをつくるとしたら、寝るスペースは小さいけれど、周りに豊かな公共スペースを用意する、とかね。オンが既にある六本木のような都市に、オフをどう持ち込んで混在させるか。そこから新しいホテルのアイディアも生まれるはずです。

病院 × 六本木。医療サービスの都市型施設。 未病。つまり、病気になる前の状態にこれからの日本人は関心が向いていきます。未病の段階で行う健康チェックが快適にできる、検査に「行きたくなる」ようなサービス施設があるといいですよね。六本木に。

 未病の段階をどう上手に乗り切るかがこれからの平均的な日本人のたしなみになってくると思うんです。2050 年には人口の 40%以上が 65 歳以上という超高齢社会になりますが、それは同時に、老人になっちゃいけない社会にもなる。65歳の男性、ならいいけど、65歳の老人、になってはいけない。だって、余命があと 20 年近くあるわけです。そして、その人たちが、世界一の預貯金を持っている。

 介護の必要な人にならず、生産労働人口の一角に食い込めるぐらいの元気な人でい続けたい。だから、健康チェックも抜かりなくやりたいと思っているんだけれど、そういうことが気持ちよくできる場がまだないし、それが実現できれば、すごく大きな経済が動いていくと思いますね。デザインとアートがテーマで病院と言うと、不謹慎に思われるかもしれないけれど、でも、幸せの形を探すと、病院をどうするかという問題に当然行き当たります。

社会の都市化と大人の文化。 「植物、家、風呂、ホテル、病院」と思いつくまま話しましたが、どのジャンルでも、都市ならではの進化の仕方がまだまだ、丸ごと考えられるはずだと思っています。日本にはいろんな問いが残っている。そういうものをしっかりと見つけて向きあっていけば、希望はあります。

 僕が「都市は大事だ」と思う理由は、人の暮らしは、どうしたって都市化していくと思うからです。集合して住むことが人間の本能であり、離散的にはなっていかないと思うんですよね。ローカルは大事だけれども、そこに未来の価値が集約できるわけじゃない。特にこれからは高齢社会に入っていくからこそ、大人の文化や社会というのを都市で開花させるべきだし、大人の社会が充実すれば、若者だって楽しいはずなんです。

 今までの都市文化というのはユースカルチャー一辺倒だったんですね。1970 年代に「ヤングおー!おー!」なんていう番組が始まって、カップヌードル食べながらジーンズはいて都市を闊歩するみたいなところから現代のクラブカルチャーまで、すべて若者中心だった。これからはもっと違うフェーズ、大人の文化に東京も本格的に切り替わっていくんだろうと思います。

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Creator Interview No.29 Kenya Hara

テルメ・ヴァルス世界最高峰と称されるスイスのスパ温泉施設。スイスの中央部、人口わずか 1000 人あまりの小さな谷奥の村ヴァルスに、建築家ピーター・ズントーによって建設された。地元で採掘された石を建材に使用するなど、スイスの自然風景との融合を実現した建築は、1996 年の竣工以来、世界中から多くの人々を集め、魅了している。

Page 5: 6mirai interview no29 · sign─日常の21世紀」という展覧会を制作し、何気ない日常の文脈の中にこそ驚くべきデザインの資源があることを

©Tokyo Midtown Management Co., Ltd. All Rights Reserved.

植物 × 六本木。草木が繁茂する巨大ガラスハウス。 たとえば、東京ミッドタウンの中に入ると、立派なヘチマがたわわに実っていたりすると感心すると思うのです。花が咲いているとかグリーンが飾られているとか、そういうイメージではなくて、「植物が繁茂している」空間をどうやって都市の中につくるか。僕は、人工的な技術が進化すればするほど、自然との境界はむしろなくなっていくと思うんです。それは、垂直緑化や屋上緑化といった建物の外側の話しだけではなく、ガラスハウスのようなインドアの世界に可能性があると思うんですね。

 ガラスハウスの技術が進んでいるのはオランダです。日本はもともと国土のほとんどが森ということもあり圧倒的な自然崇拝があるけれど、オランダは国土の 3 分の 1 以上が干拓で、森や植物すらも自分たちでつくってきた。つまり、多くの自然がアーティフィシャルなんですね。オランダにはガラスハウスを使った農業のみならず現代建築や施設もあって、日本の都市でも上手く取り入れられないかと以前から思っていたんです。だから、もし僕が高層ビルを建てる

ホテル × 六本木。オンとオフの混在スタイル。 今、アジアで忙しく働いている人たちは、みんな移動している人たちなんですね。今日ジャカルタに行って、そこから北京に行って、台北に行って、東京に 2 日泊まって、またジャカルタに帰るみたいな、そういう動き方をしている。彼らは西洋人みたいに1カ月間バカンスをとって同じ場所にいたりはしない。でも、全く休んでいないわけではなくて、オンとオフが一緒になっているんじゃないかと思うんです。僕なんかもそうで、仕事の中に半分愉楽が混じっているというか、仕事の中に休息が含まれている。

 ビジネスホテルは働く人のために、リゾートホテルは休みの人のためにつくられたものですが、僕らみたいな「オンとオフが混在している人たちのためのホテル」という在り方も、きっとあると思うんです。ネットが通じてウェブがスカスカ動いて、気持ちのいい空間で半分休み

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んだったら、裾野の部分は巨大なガラスハウスにしてみたい。どうせ空調をするんだから、植物が繁茂するような環境に整え、その巨大なガラスハウスの中にオフィスやレストランをつくりたい。温室のように暑くしたり湿度を高くするということではなく、ある種の植物の生育にも人間にもちょうどいい、という環境はあるだろうし、そういう場所で働いたりご飯を食べたりするのって、気持ちいいと思うんです。

家 × 六本木。都市に暮らす家を自分でつくる。 今年の 3 月に、これからの都市の暮らしを提案する「HOUSE VISION」という展覧会を行いました。家って、いろんな産業の交差点なんですね。エネルギーの問題、移動体や通信の問題、複合化していく家電といった「これからの産業」の問題はすべて家と関係してきます。そしていま、家と住まい手との関係が大きく変わろうとしている。リノベーションということもあるし、もっと主体性をもって家と付き合う時代になっていくと思うんです。

 今まで日本の人たちは、家をつくるリテラシーが低かった。でも「自分のライフスタイルに合った空間を自分でつくれるようになる」ということが、日々、楽しく生きていくための基盤ですよね。「どんな家に住んでいるのか」は「どんな家を買ったのか」ではなく、「あなたはどんな家をつくったのか」という問いであって、ただリッチであればいいということではないんです。都市に住むということは、都市機能を利用して暮らすことであり、本屋が書斎、レストランがダイニング、喫茶店が応接室にもなる。だから、家は狭くていい、と考えることもできる。小さな寝室とリビングを別々の場所に持つのもいいかもしれない。「家 × 六本木」として、まずは六本木にある「狭くて古い空間」をどう直し、どう住み込んでいくかを本気で考えるだけでも、相当面白くなると思いますよ。

風呂 × 六本木。現代建築の粋を裸の身体で楽しむ。 僕は温泉も好きだし、風呂も大好きなのですが、今の風呂って、微妙な抵抗感があるでしょう。温泉ランドとかスーパー銭湯とか(笑)。なぜそこに、よく考え抜かれたデザインとアートが入らないのか。

 ピーター・ズントーというスイスの建築家が好きで、彼がアルプスの山の中につくった温泉施設「テルメ・ヴァルス」がとても好きです。あまりに良くて夏と冬に2度行ったんですけど、自然の地形の中にドーンと建築が嵌入していて、半分半地下、半分は屋外プールのようになっている。狭い空間と広い空間が迷路のようにつながっていて、風呂というものが瞑想する場所であり、生命が更新していく場所でもあるということがよく研究されている。

 もし、日本の現代建築の最先端を水や湯を介して裸の身体で楽しめるような場所があったら、絶対にみんな行くでしょう。それを、六本木にこそ、つくるべきです。都市性の極みのような温泉施設が六本木にあったら、休日は絶対、そこに行きます。いい本屋といいカフェが併設されていたりすると最高ですね。それはもう、温泉ではなく、浴場と言うべきでしょう。もし、つくる人がいたら、絶対僕に声かけてください!

ながら、時々パソコンも開く。映画コンテンツは見放題だし、音楽も聞き放題。たとえば、さっき「風呂 × 六本木」で言ったような浴場があって、その隣に小さなホテルをつくるとしたら、寝るスペースは小さいけれど、周りに豊かな公共スペースを用意する、とかね。オンが既にある六本木のような都市に、オフをどう持ち込んで混在させるか。そこから新しいホテルのアイディアも生まれるはずです。

病院 × 六本木。医療サービスの都市型施設。 未病。つまり、病気になる前の状態にこれからの日本人は関心が向いていきます。未病の段階で行う健康チェックが快適にできる、検査に「行きたくなる」ようなサービス施設があるといいですよね。六本木に。

 未病の段階をどう上手に乗り切るかがこれからの平均的な日本人のたしなみになってくると思うんです。2050 年には人口の 40%以上が 65 歳以上という超高齢社会になりますが、それは同時に、老人になっちゃいけない社会にもなる。65歳の男性、ならいいけど、65歳の老人、になってはいけない。だって、余命があと 20 年近くあるわけです。そして、その人たちが、世界一の預貯金を持っている。

 介護の必要な人にならず、生産労働人口の一角に食い込めるぐらいの元気な人でい続けたい。だから、健康チェックも抜かりなくやりたいと思っているんだけれど、そういうことが気持ちよくできる場がまだないし、それが実現できれば、すごく大きな経済が動いていくと思いますね。デザインとアートがテーマで病院と言うと、不謹慎に思われるかもしれないけれど、でも、幸せの形を探すと、病院をどうするかという問題に当然行き当たります。

社会の都市化と大人の文化。 「植物、家、風呂、ホテル、病院」と思いつくまま話しましたが、どのジャンルでも、都市ならではの進化の仕方がまだまだ、丸ごと考えられるはずだと思っています。日本にはいろんな問いが残っている。そういうものをしっかりと見つけて向きあっていけば、希望はあります。

 僕が「都市は大事だ」と思う理由は、人の暮らしは、どうしたって都市化していくと思うからです。集合して住むことが人間の本能であり、離散的にはなっていかないと思うんですよね。ローカルは大事だけれども、そこに未来の価値が集約できるわけじゃない。特にこれからは高齢社会に入っていくからこそ、大人の文化や社会というのを都市で開花させるべきだし、大人の社会が充実すれば、若者だって楽しいはずなんです。

 今までの都市文化というのはユースカルチャー一辺倒だったんですね。1970 年代に「ヤングおー!おー!」なんていう番組が始まって、カップヌードル食べながらジーンズはいて都市を闊歩するみたいなところから現代のクラブカルチャーまで、すべて若者中心だった。これからはもっと違うフェーズ、大人の文化に東京も本格的に切り替わっていくんだろうと思います。

Creator Interview No.29 Kenya Hara

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Creator Interview No.29 Kenya Hara

武蔵野美術大学 デザイン・ラウンジミッドタウン・タワー 5 階、東京ミッドタウン・デザインハブ内に設立されたラウンジスペース。誰もが気軽に訪れることができる開かれたスペースでは、美術大学に関する最新の情報を得ることができる。ロゴデザインは武蔵野美術大学の基礎デザイン学科教授も勤める原研哉氏によるもの。

Tokyo Midtown Awardアートコンペ、デザインコンペの 2 部門からなる一般公募のコンペティション。原研哉氏が審査委員を勤めるデザインコンペでは、入賞者に秋に行われる「Tokyo Midtown DESGIN TOUCH」で発表の機会が与えられるなど、デザイナーにとって貴重な作品発表の場となっています。6 回目の開催となる今年の概要はコチラをご覧ください。

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世界の良さを吸収する謙虚さ。 好きな街は、東京ですね。六本木とか銀座といった個別の街というよりも「東京」です。東京・横浜圏って世界の中のメトロポリスというか、今でも世界最大の都市圏なんですよ。それだけ人が集まるということは、魅力があるということなのだと思います。僕は岡山に 18 歳までいたのですが、東京には本能的に惹かれて来てしまいましたね。大阪や京都は一切考えなかった。今でもニューヨークに行こうとは思わないし、パリに移り住もうとも全く思わないですね。

 東京って謙虚なんですよ。ニューヨークに行くと、世界の中心はニューヨークだという顔をしているし、ロンドンもそんな顔つきをしている。ミラノに行くと「ミラノこそ世界一」と言う。でも東京はいつも勉強している。一生懸命世界から学ぼうとしている感じがあって、世界中の雑誌を集めようとしたり、世界中の美術館から面白い展覧会を呼ぼうとしたり、すごく熱心に聞き耳を立てている。イタリア料理を美味しくしようとし、最高の中華料理を学ぼうとし、スイスの時計もチリのワインも一生懸命勉強し、みたいな。世界中の良さを吸収しようとする。その態度が好きなんですよね。自分がそういう街に拠点をもっているということが、いいなと思います。

東京はまだ開花していない。 日本はまだそんなに見捨てたものじゃなくて、底力があると思うんです。僕はいつも「緻密、丁寧、繊細、簡潔」と言っているんですけれど、東京ミッドタウンも丸の内も、まさに日本の都市はそこが素晴らしい。道路の水勾配や歩道と車道の間の段差の連続性とか、よくでき

てますよ。こんなに繊細な道路環境をつくっている国はないなと思います。公衆トイレだってきれいでしょ。海外から日本に帰ってきて、空港でトイレに入ると、日本はまだ行けるなと思います。そういう美を成り立たせている背景をもっと見直したほうがいい。

 それにまだ、東京は開花していないですから。明治維新で強烈な西洋の文明にさらされて、混沌にたたき込まれて、今はその混沌の極みにいる。この混濁を鎮めてきれいに澄ませていくには、もう 200 年ぐらいかかるんじゃないかな。明治からまだ 150 年くらいでしょう。都市や歓楽街のごちゃごちゃは、しょうがないですよ、まさにコンフューズしている最中なわけだから。もう 100 年もすると、もうちょっと澄んでいくのかもしれないし、どう澄みわたらせていくのかが本当の勝負どころなんじゃないでしょうか。

どうしたら立派に繁るか。 僕は日本デザインセンターという会社に所属していたり、武蔵野美術大学の基礎デザイン学科で教鞭をとっていたり、「HOUSE VISION」のようなプロジェクトを手掛けることもあるし、無印良品や竹尾といった企業とも長い付き合いをしている。いろんな本も書き始めてもいて、何に興味があるか自分でも分からないことがあるんですけど(笑)、最近考えているのは、木が立派に繁るように、どうしたらいろんなものをしっかり繁らせることができるのかなと。

 いいデザインをするというよりも、ひとつひとつがつながって「繁っていく」ことを僕らは考えなきゃいけないんだろうと思いますね。ひょろひょろとした木を興味本位に伸ばすんじゃなくて、どっしりと根を下ろしてつながっていくためには、どうしたらいいのか。

 それは、自分だけではなくて、いろんな人たちに対してパスを出すということかもしれない。若い人たちに渡していくということでもあるし、これまで接点のなかった人たちと関わっていくことでもある。そのパスを、どうやって出せるかが僕自身の次の課題なんだろうと今、思っています。

取材を終えて ......"○○× 六本木 " という原さん独自の視点から生まれる、都市づくりのアイディアがとても新鮮に感じられるとともに、スーッと自然に、頭に入ってきました。都市は働く場所、住まいはその圏外に、という考え方がまだまだ一般的だと思うのですが、デザインとアートが介入することで、住まいのあり方も新しく、また病院までもが新たな機能を持ち始める! 都市が未来に向かってどのように進化していくのか、期待せずにはいられない、そんな気持ちにさせてくれるお話でした。(edit_rhino)

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photo_taro hirano / text_tami okano / edit_rhino

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世界の良さを吸収する謙虚さ。 好きな街は、東京ですね。六本木とか銀座といった個別の街というよりも「東京」です。東京・横浜圏って世界の中のメトロポリスというか、今でも世界最大の都市圏なんですよ。それだけ人が集まるということは、魅力があるということなのだと思います。僕は岡山に 18 歳までいたのですが、東京には本能的に惹かれて来てしまいましたね。大阪や京都は一切考えなかった。今でもニューヨークに行こうとは思わないし、パリに移り住もうとも全く思わないですね。

 東京って謙虚なんですよ。ニューヨークに行くと、世界の中心はニューヨークだという顔をしているし、ロンドンもそんな顔つきをしている。ミラノに行くと「ミラノこそ世界一」と言う。でも東京はいつも勉強している。一生懸命世界から学ぼうとしている感じがあって、世界中の雑誌を集めようとしたり、世界中の美術館から面白い展覧会を呼ぼうとしたり、すごく熱心に聞き耳を立てている。イタリア料理を美味しくしようとし、最高の中華料理を学ぼうとし、スイスの時計もチリのワインも一生懸命勉強し、みたいな。世界中の良さを吸収しようとする。その態度が好きなんですよね。自分がそういう街に拠点をもっているということが、いいなと思います。

東京はまだ開花していない。 日本はまだそんなに見捨てたものじゃなくて、底力があると思うんです。僕はいつも「緻密、丁寧、繊細、簡潔」と言っているんですけれど、東京ミッドタウンも丸の内も、まさに日本の都市はそこが素晴らしい。道路の水勾配や歩道と車道の間の段差の連続性とか、よくでき

てますよ。こんなに繊細な道路環境をつくっている国はないなと思います。公衆トイレだってきれいでしょ。海外から日本に帰ってきて、空港でトイレに入ると、日本はまだ行けるなと思います。そういう美を成り立たせている背景をもっと見直したほうがいい。

 それにまだ、東京は開花していないですから。明治維新で強烈な西洋の文明にさらされて、混沌にたたき込まれて、今はその混沌の極みにいる。この混濁を鎮めてきれいに澄ませていくには、もう 200 年ぐらいかかるんじゃないかな。明治からまだ 150 年くらいでしょう。都市や歓楽街のごちゃごちゃは、しょうがないですよ、まさにコンフューズしている最中なわけだから。もう 100 年もすると、もうちょっと澄んでいくのかもしれないし、どう澄みわたらせていくのかが本当の勝負どころなんじゃないでしょうか。

どうしたら立派に繁るか。 僕は日本デザインセンターという会社に所属していたり、武蔵野美術大学の基礎デザイン学科で教鞭をとっていたり、「HOUSE VISION」のようなプロジェクトを手掛けることもあるし、無印良品や竹尾といった企業とも長い付き合いをしている。いろんな本も書き始めてもいて、何に興味があるか自分でも分からないことがあるんですけど(笑)、最近考えているのは、木が立派に繁るように、どうしたらいろんなものをしっかり繁らせることができるのかなと。

 いいデザインをするというよりも、ひとつひとつがつながって「繁っていく」ことを僕らは考えなきゃいけないんだろうと思いますね。ひょろひょろとした木を興味本位に伸ばすんじゃなくて、どっしりと根を下ろしてつながっていくためには、どうしたらいいのか。

 それは、自分だけではなくて、いろんな人たちに対してパスを出すということかもしれない。若い人たちに渡していくということでもあるし、これまで接点のなかった人たちと関わっていくことでもある。そのパスを、どうやって出せるかが僕自身の次の課題なんだろうと今、思っています。

取材を終えて ......"○○× 六本木 " という原さん独自の視点から生まれる、都市づくりのアイディアがとても新鮮に感じられるとともに、スーッと自然に、頭に入ってきました。都市は働く場所、住まいはその圏外に、という考え方がまだまだ一般的だと思うのですが、デザインとアートが介入することで、住まいのあり方も新しく、また病院までもが新たな機能を持ち始める! 都市が未来に向かってどのように進化していくのか、期待せずにはいられない、そんな気持ちにさせてくれるお話でした。(edit_rhino)

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Creator Interview No.29 Kenya Hara

HOUSE VISION「新しい常識で都市に住もう」をコンセプトに、建材メーカーやハウスメーカー、建築家やデザイナーが集い、日本の暮らしや住まいのあり方について情報を発信するプロジェクト。2013 年 3 月には、東京お台場で「HOUSE VISION 2013 TOKYO EXHIBITION」が開催された。