季 刊 展 景 March 2016 No.81

Nomuninokai.com/tenkei/no_81/tenkei_81_all_web.pdf7 6 冬の雷 新にい 野の 祐子 尉じようびたき 鶲 犬の骨壺共鳴す 4Bで引く傍線に冬の蹉跌なき青春はなし鯛焼食ぶ

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季 刊 展 景

March

2016

No.81

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3 2

〈那須通信

26〉その時の音 

……………………………… 

加藤文子  

30

〈鳥海山麓だより

14〉

蔵のしごと 

……………………… 

鈴木京子 

34

〈薫風颯々〉村山方言あれこれ 

……………………… 

神村ふじを 

38

対詠

ごきげんいかが? 

PART 57 

……… 

小野澤/布宮/河村  

42

前号作品短評A 

………………………………………………………… 

44

前号作品短評B 

………………………………………………………… 

46

エッセイ教室「清紫会」の作品より   

      

  

予期せぬこと 

………………………………………… 

市川茂子  

48

  

新年早々のこと 

……………………………………… 

丸山弘子  

50

  

自分の足で歩きたい  

………………………………… 

池田桂一  

52

「清紫会」だより 

……………………………………………………… 

55

無二の会短信 

……………………………………………………………  

56

編集後記 

…………………………………………………………………  

60

  

季刊 

展景

81号

  

      

目次

新年〈俳句〉 

…………………………………………… 

谷垣滿壽子 

4

冬の雷〈俳句〉  …………………………………………… 

新野祐子 

6

三月〈短歌〉  ……………………………………………… 

布宮慈子 

8

一月〈短歌〉 

……………………………………………… 

丸山弘子 

10

緋の一葉〈短歌〉

………………………………………… 

結城 

文 

12

大震災より五年〈短歌〉  

………………………………… 

池田桂一 14

濃霧〈短歌〉  

……………………………………………… 

市川茂子 16

丘はまた〈短歌〉  

……………………………………… 

小野澤繁雄  

18

雪の庭〈短歌〉  

…………………………………………… 

河村郁子  20

東京歌会 

…………………………………………………………………  

22

誕生日の話 

………………………………………………… 

松井淑子 

28

 

今号のイメージ/タマネギ

展景 No. 81 展景 No. 81

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5

平成の空穏やかに初国旗

好物の雑煮もありて遺影前

あげるのみの齢となりてお年玉

人招くことも大変お正月

初電話友の訃報を聞きし朝

松過ぎややる気漲み

なぎ

る顔となり

4

                     

谷垣滿壽子

言の葉の遊び続けむ去こ

年ぞ

今年

若水汲むまだ明けそめぬ空の下

初鏡口紅の色変へてみる

亡き人の初陽の部屋に正座せり

展景 No. 81 展景 No. 81

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67

冬の雷

                      

新にい

野の

祐子

尉じようびたき

鶲犬の骨壺共鳴す

蹉跌なき青春はなし鯛焼食ぶ

4Bで引く傍線に冬の雷らい

橅ぶな

林は広きカンバス花あとり鶏

舞ふ

雪に寝て天使の翼作りけり

黒々と水無き滝の淑しゆくき気

かな

読よみぞめ初

の光を放つ言の葉よ

寒見舞南の隅に夕日落ち

望郷のどこを切つても冬怒濤

酷寒のキャンプ地の子ら夢語る

展景 No. 81 展景 No. 81

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89

  

                      

布宮慈やす

子こ

じぶんじぶん自分にかまけてゐるうちに子は育ちをり子を持つまでに

越すときに娘は泣けり武蔵野のはづれの団地 

きみのふるさと

育い

児休暇の娘いちねん新潟に居れば高速バスにて行けり

新潟市水族館の「マリンピア日本海」のフンボルトペンギン

イルカショーのおねえさんになりたいと娘は言ひきイルカショー見る

イルカショーその大きさに水のさまに内臓ふるはすわれと娘と

小さくてわからぬひとはひたすらに手すりを嚙みてイルカを見ざる

シャリシャリと芹せ

食む猫のありしこと娘は言ひつ忘れてをれば

部屋内ぬ

に猫ゐるやうな気配してわたしの後ろ尻尾のあたり

ああまた三月がくる遥かなる最上川のみづ同級生を呑みにき

展景 No. 81 展景 No. 81

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1011

                      

丸山弘子

泣きやみし幼の指さす飛行船 

駅上空に動くともなし

駅ちかきレンガ坂下夕ぐれを人待ち顔の犬繋がれてゐる

ハチ公のことなど思ひその頭撫でんとするも陶器製の犬

千両の茂みの中ゆひよどりのつぶやく聞こゆ実を食みてをり

鉢植の万両の実を食べつくし鵯とびたてり雪の日の朝

カーテンの隙よりのぞく雪の庭尾の長き猫ゆるゆる歩く

この朝あした

寒さきびしく庭隅のメダカの瓶に氷張りたり

心おもき呼吸器検査の結果の日仲よき四しじふから

十雀の声に慰む

記念碑のかたへの紅梅咲きそろひ一月半ば満開となる

戸締りをして見上げたる寒の空 

平成二十八年初の満月

展景 No. 81 展景 No. 81

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13 12

緋の一葉

                      

結城 

日本の四季頽く

づほれ

しごとき年なれど秋くればなほ日本の詩歌

なぜ歌を詠むのか自らに問ひながら屈曲多き川に沿ひゆく

わが心の光と影を小さなる短歌の器に宿らせたまへ

銀河までつづけるやうな冬の川洪水のごとし今宵の月かげ

陸橋を昇りて下る傘の列濡れそぼちながらも越えてゆかねば

雨ごとに冬は急ぎ足壁や窓に音たてながらつぶやきながら

野分吹きほしいままなる草の揺れどの道ゆくかなど決めてない

わが肩にふと止りたる緋の一葉幼き少女の放ちし便り

おみこしの引き綱のごとき雲ありて小さき雲引く楽しからずや

手のひらのカレンダーの重み来る年の時間よわれに満ちて寄せ来よ

展景 No. 81 展景 No. 81

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1415

大震災より五年

                      

池田桂一

役員会の開始に間のあるそれぞれの会話は会員の消息ばかり

大雪の日の集まりは口々に気まぐれ気候の悪口となる

踏み石の間に白く残雪の溶けて輝きダイヤの如く

飼犬の残飯めざして降りてくる雀ら今朝はしきりに早し

吠えおりし犬たしなめて小屋内に餌椀置けば鳴く声止みぬ

診察の順番呼べる声ひびき待合室は咳ひとつ無く

同じこと繰り返し聞く老いひとりに看護師もやさしく繰り返すこえ

診察の順待つ席に本を読む 

呼ばれて大きく返事に立ちぬ

大晦日の雑踏避けつつ終電の駅員ら松の飾りを運ぶ

裏沼に降りる石段は蔵壁の土に埋まりて早や五年過ぐ

展景 No. 81 展景 No. 81

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1617

                      

市川茂子

早朝の窓の外には霧立ちて流れくるなり部屋に入るほど

明け方の濃霧は街に広がりて灯あ

りかすかに浮きて見えおり

雲海に城の浮かびているごとし深き霧立つ明け方の街

目の前の工事は電柱撤去にて今おもむろに倒されてゆく

カラーコーンの明かり連なるその下に地下鉄工事ことしも続く

寒風にさらされながら警備員は工事現場の信号に立つ

ビルの間にある満月を見上げおり地上を包む寒気のなかに

向い家の婦人が施設に入りしより住み人なくも夜通し灯る

いくつかの課題のこれる年明けていつもと同じ時は流れる

傘寿越え申年めぐりきたれるを面映ゆくいる年女われ

展景 No. 81 展景 No. 81

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1819

干あがりし沼のほとりをたどるみち遠浅のよう水の跡残る

丘はまた墓地でもあれば夕がきてでこぼことするその影の濃く

いうところなき造作もつ水門は冬の水をば分かちていたれ

石仏はかたちのこして川水のながれ止まざるほとり草なか

山ひとつもちしことなし冬朝は竹山に竹を取る人ひとり

影ひとつ遠ざかりゆくとしりぬ土手にきて少し経過し

丘はまた

                     

小野澤繁雄

玄関先にバスケゴールが下がってる湖畔の宿はいつもしずかで

なにごとか休日に音は工場か下る前坂車つづいて

献血の手順の間いたわられ戻った場でも労わられおり

マフラーは高校生に合うような駅頭にまだしているは半ば

展景 No. 81 展景 No. 81

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2021

新参の玉ちらしの柘つ

げ植をおほふ雪 

わが庭にして樹氷のごとし

つもる雪のあはひに仄かな紅映り椿の蕾のほころびをかし

朝がたより雨にかはりて石の上へ

の雪に透きくる苔の鮮緑

紅梅の蕾の並な

むる枝の雪あやしきまでに静もりかへる

すつぽりと雪に覆はるる餌台には訪ひくる雀の一羽だになし

座敷より童わらし

呼ぶらし早うはよ雪に埋まる万両起せ

                      

河村郁子

明けやらぬ刻に出窓ゆ透とほ

しくる雪のあかりに目覚むる奇なり

一瞬の片寄りのなく積りたる夜来の雪のちんもく畏る

暴力も格差とてなき目まなか交

ひの庭一面の光しろがね

目いつぱい剪定したる松が枝に雪のつもりて風格保つ

展景 No. 81 展景 No. 81

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23 22

東京歌会(第三十七回)

 

平成二十七年十一月十九日(木)、会場・文京シビックセンター三階A会議室。詠草は各二首十首。出

席者六名(市川茂子、大石久美、小野澤繁雄、林博子、松井淑子、丸山弘子)。

若き日の父の姿を見たかりき街とめどなく歩く娘は              

中川禮子

 

父は亡くなっているのか? 

見たかりき、そういう思いのとめどなさもみてとれると。父か

らみて娘か。「街」の位置について、「歩く」直前に持ってくる案が出された。

かかし祭り並ぶかかしに多いのは又吉手には本「火花」もつ        

小野澤繁雄

 

今の歌。こういう歌では語順の問題が残る。動くかもしれない。「火花」を読んだという人は

ここにはいないようだった。

仙山線に会ひしヨッチャン障がいをもてる子なりて座つてをられず     

布宮慈子

 

わかる歌。乗り合わせて、そこでのやりとりの時間の長さも思わせる。上句で、語順のよし

あしなどがやりとりされた。「仙山線に」の位置、「会ひし」が要らない、など。

聞き做な

しの針刺せつづれ刺せ蟋こ

ほろぎ蟀の声ぞ沁みいる秋寒の夜は         

林 

博子

 

聞き做しは、ホトトギスの鳴き声なら「テッペンカケタカ」と聞き做すというようなこと。

ここでは縮めているが「針刺せ糸刺せつづれ刺せ」。また、「つづれ刺せ蟋蟀」という種がある

という。ここでの聞き做しは、寒い冬に向けて、冬支度を促すような内容なのだ。下句に、骨

格部分は出ているが、蟋蟀の鳴き声そのものが遠くなってしまった。キチンとした歌。

回り道せし路地裏に人気なくかすり模様の芒す

すきゆ

れおり             

市川茂子

 

好評、とくに下句は面白いという声。ときにかすり模様の芒はあるという。回り道したこと

で出会う景物ということがある。ムリをしていない。

プランターの花に久しよ枯れ色のオンブバッタの雌雄がをりぬ       

丸山弘子

 

花は何だろうか? 

オンブバッタ科という括りもあるようだが、成虫ではメスが大きく、オ

スがその背に乗る。交尾時以外でも乗りつづけるという。「久しよ」が活きている。「枯れ色の」

の具体性もいい。

展景 No. 81展景 No. 81

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25 24

東京歌会(第三十八回)

 

十二月十七日(木)、会場・文京シビックセンター三階A会議室。詠草は各二首十二首。出席者四名(大

石久美、小野澤繁雄、林博子、松井淑子)。

もちたきは薬師の友ともの呉るる友とならひき中学生のころ         

中川禮子

 

同じ作者の一つ前の歌が病院に行く途上のものなので、「薬師」が出てくるのか。「薬師」と

は今の医者のことででもあろうか。「中学生のころ」は簡潔な云い方。「もちたき」は「もつべき」

となるところとも。「ならひき」には面白さもある。

泛うか

びては消えゆく言の葉の捉え難し赫々と照りて異国の柘ざ

くろ榴 

        

林 

博子

 

上句には具体的な情景はないが、下句には何か存在感というか物質感がある。柘榴は中東由

来で、上句に照らせば、異国語性があるともいえる。「言の葉の」の「葉」からも、鮮やかな葉

をもつ柘榴の具体が導かれる。

風の中歩めるわれを包みつつ陽は急速に暮れがたになる         

大石久美

 

今時分の暮れがた。下句は納得させられる。「急速に」の生硬さも首肯できる。感覚的な新し

さがある。吹いている風の中われを包んでくれている陽、それも急速に陰ることになるのだ。

地震体験車に礼儀正しく揺れている顔をあわせて女性ら四人は       

小野澤繁雄

 

地震体験車は防災訓練のときなどに来ていて、人気がある。震度七まで体験できる。中は居

間のようで四人掛けくらいのテーブルに椅子がある。そこでしらない同士やしりあい同士、子

どもたちが座って、揺れるのだ。女性ら四人は顔をあわせて、と下句を入れ替えたらよいという。

早朝をきげんよく鳴くひよどりにわかるわかると口笛に応ふ         

丸山弘子

 

女性の歌に、口笛を吹くは余りないようだ。口笛は、はしたないと云われた、と。面白いと

いう声、とくに下句。

いつ取れてもをかしくないと言はれたる疣い

はまだある皮フ科よ如何に    

布宮慈子

 

疣はウイルスによるもので、治療する場合は皮膚科を受診する。皮膚科医とのやりとりが歌

になっている。深刻なものではないが、気になるものだ。「いつの間にか取れたり」のもう一つ

の歌よりこちらの方が皆良いという。

展景 No. 81展景 No. 81

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27 26

東京歌会(第三十九回)

 

平成二十八年一月二十一日(木)、会場・文京シビックセンター三階B会議室。詠草は各二首八首。出

席者七名(池田桂一、市川茂子、大石久美、小野澤繁雄、林博子、松井淑子、丸山弘子)。

銀杏の葉輝く下を流れゆく水のゆくへを思ひゐるかな            

中川禮子

 

一読、短歌を読んだ感じがする。流れの規模は大きくない。銀杏の葉は落葉しても比較的か

たちが保たれているが、「輝く」はどこで輝いているのか、立木でか、暗渠の蓋のようなところ

でか。「輝く下」が読み切れなかった。思ったより、やりとりが必要になった。

集落は山際にありて下りてこし人はしずかに声を返しぬ          

小野澤繁雄

 

初、二句に集中して、人の位置関係を議論することになった。「ありて」が「下りて」とかさ

なるところ、「山際にあり」と云い切ったらどうか。集落から(人は)下りてきたという、そこ

が読めない。ハッキリさせたい。「声を返しぬ」は挨拶のこと。

小雪舞ふ山の線路の脇に立つ全身黄色の人が礼する  

          

布宮慈子

 

好評。「山の線路の」は前の歌の仙山線のものか。「全身黄色の人」はたぶん保線の人。列車

通過時は線路の脇によけている、「礼(ゐや・れい)する」のは通過車両に対してだろう、と。

四句の「全身黄色の」がいかにもいいえている。

道路側カラーコーン連なるその下の地下鉄工事今年もつづく         

市川茂子

 

地下鉄工事は大抵道路下で行われる。「道路側」を外したらどうか。その場合、「連なる」を

二句にもっていって「連なり灯る」とし、「カラーコーンの」と「の」を補う。また「その下の」

は「その下に」ともできる。「地下鉄工事は」と助詞を追加することも含めて、一考ありたし、

とした。「今年もつづく」で歌になっている。年末年始で工事は中断する。年始の眼で工事現場

をみることになった。

                                         (小野澤繁雄)

展景 No. 81展景 No. 81

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29 28

誕生日の話

松井淑子  

 

私が八十の大台に乗ったとき、若い友人たちから、といっても私より若いというだけで、いずれ

も還暦前後の人たちだが、その友人たちから、誕生祝いをしてあげる、と言われて驚いたことがある。

 

というのは、私が子供のころは、日本全国の人びとが正月にいっせいに一つ年をとる数え年制だっ

たので、正月祝いが誕生祝いを兼ねている感があり、よその家庭ではどうか知らないが、少なくと

も私のうちでは、ことさら個々の誕生日を祝う習慣がなかったからである。

 

個人の誕生祝いが盛んになったのは、この前の太平洋戦争の後、それぞれが誕生日に一歳年を重

ねるという満年齢制が採り入れられるようになってからではないだろうか。

 

誕生日といえば、先日、こんなことがあった。いきつけのスーパーマーケットでのことである。

 

正月明けの午後早めの時間帯だったせいか店内は閑散としており、レジの女性たちも手もちぶさ

たそうにしていた。簡単な買い物をすませて、支払いのため手近のレジにいくと、係りの女性が籠

から品物を一つ一つ取り出し、計算機に値段を打ち込み始めた。やがて計算機の画面上に1111

の数字が並ぶと、それが私の支払い金額なのだろう。女性は、

「千百十一円です」

 

と言い、さらにこう付け加えた。

「いい数字ですね」

 

そう言われても、なぜいい数字なのか、こちらにはさっぱりわからない。1という同じ数字が並

んだからだろうか。だが、わからないなりに、

「そうですね」

 

と私は調子を合わせた。すると女性はにこにこして、さらに言った。

「この数字は私の誕生日と同じなんですよ」

 

そういうことか、と思った。この女性の誕生日など

私には何の関係もないことである。だがせっ

かく喜んでいるのだから、それはおめでとう、 

と祝いの言葉を述べた。

 

帰りの道すがら、何とはなしにあのレジの女性の誕生日だという数字について考えた。1111

とは、いったい何年何月何日なんだろう。最初の1はおそらく平成一年に違いない。つぎの111

は一月十一日と解釈すべきか、十一月一日と読むべきか。そこが問題だ。

 

平成一年の生まれだとすると、あの女性は今年の誕生日で二十八歳ということになる。見た目に

は三十を越えており、子供も二人ぐらいありそうに思えたけど、案外若いのだ。

 

ここまで考えたところで、家に帰り着いてしまった。

展景 No. 81展景 No. 81

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30

〈那須通信

26〉

その時の音

加藤文子  

 

何かをしている時、動作と一緒に発する音がある。

 

静かな気持ちで食器を洗う時、かすかに食器がふれる音も優しい。

 

スプーンの重なる音。

 

水のはねる音。

 

キュッとこする音。

 

排水口を流れる水の音。

 

大量の落ち葉を竹ぼうきでかき分ける時に聞く乾いた音。

 

終わりに近づくにつれ、ほうきと大地が直接ふれてザクッとした硬い音になる。

展景 No. 81

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33 32

 

木の葉の量で音はちがう。

 

水やりの時、如雨露でかめの水をすくうと一瞬水が抵抗するような感触がして、シャラッという

音を発する。

 

葉にかかる水の音もさまざま。

 

ヤツデやアオキなど葉の厚いものは、雨だれのような大きな音がする。

 

それから、鉢中で土の粒子をくぐりながら水がしみていく時、息するようにピチピチと小さな音

をたてる。少し遅れて鉢底から水が流れ出て、棚下へとすべり落ちる。

 

そのしたたる音。

 

仕事場ではさみを使う時、耳を澄ませばシュッ、シュッと、空気を切る音が聞こえる。

 

はさみの切れ味はどう?

 

細い枝を切る音。

 

太い枝を切る音。

 

柔らかな枝を切る音。

 

硬い枝を切る音。

 

合間に盆栽を載せた仕事台がまわる音も……。

 

どの音も、皆ちがう。

 

同じことをしても、音はちがう。

 

うれしい時は、はずんでいる。

 

あわてていたり、心がささくれだっ

ている時、そんな時はもはや音を聞

く余裕はないのだが、きっとその音

は美しくはない。

 

なるべく音を聞こう。

 

その時の私を聞こう。

ウメバチバンダイソウ 小さな小さな鉢の中で花が咲いた        Photo : Kato Fumiko

展景 No. 81展景 No. 81

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35 34

〈鳥海山麓だより

14

蔵のしごと

鈴木京子  

 

十一月から三月半ばまでの四ヵ月半は、地元の造り酒屋で働いている。

 

毎日、何百キロというコメを蒸して運び、翌日のためのコメを研ぐ。蔵の中でも温度は五℃以下、

戸外に干す洗濯物は雪の中ですぐ凍って固くなる。一方で、一日のうち二時間程度は室温三五℃前

後の麹室の中で作業する。寒いけど暑い。とはいえ、一日中「水わちゃ(水仕事)」だから、やっ

ぱり基本的には寒いデス。

 

もともとは南部杜と

氏じ

がチームで出稼ぎに来て住み込みで仕込んでいたが、三十年ぐらい前から地

元のコメ農家が働き手となり、今では杜氏も含め全員が地元の農家だ。かつて多くの家が冬場に東

京などへの出稼ぎ者を出していた頃には、地元で稼ぎを得られる蔵く

らびと人の仕事は人気があったらしい。

しかし、競争力重視の〝産業化〟を迫られた日本の農業は、いまや大規模専業かサラリーマンと兼

業の週末農家でなければ成り立たず、農耕を軸に複数の職業で生計を立てて暮らす「百姓」がいな

くなった。若者に限らず求職者は「通年雇用」を求め、蔵はなかなか働き手が見つからない。私の

働く蔵も、夏前から職安に募集を出していたが、仕込みが始まっても人員が埋まらず、昨年より

三十代が一人少ない、六十代二人、五十代一人、四十代一人、三十代二人、そして六十代女性と私

の八人でスタートした。

 

十一月も終わる頃、吟醸仕込みで忙しくなる時期を前に「これ以上は待てない」と杜氏が自ら社

長に掛け合い、シルバー人材センターから男性二人を派遣してもらうことになった。本当は二十代

を求めていたのだから、やはり現場にはそれなりのしわ寄せがくる。さらに、二人のうち一人は仕

事中も腰と膝を痛そうにするので、重いものを持ったり走ったりする仕事はさせられず、私たち女

性がすることになった。シルバーさんの時給は八〇〇円で、私の時給は七五〇円だけどネ。

 

そんな状況の中で、力仕事が集中する若い衆(といっても、三十三歳と三十七歳なんだけど)に

は労働のきつさに加え、年配世代との待遇格差(時給が高いだけでなく、上から三人は雇用保険対

象で蔵のない時期は失業保険を受給しているらしい)に不満がたまり、陰で「来年は来ない」と口

にするようになった。

 

私は彼らと年配世代の両方が理解できない。まず、若い衆の不満はもっともなのだから、なぜ待

遇改善の交渉をしないのかと思う。そして、それ以上に理解できないのが、杜氏も含めたジイさん

世代の態度だ。彼らはよく「社長がケチだから」と言い訳するけれど、ともに働く仲間としてなぜ

展景 No. 81展景 No. 81

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若い衆と自分たちの待遇格差を何年も放っておけるのか。社長がケチなら、孫もいて年金ももらえ

る年代なのだから、子育て世代にその待遇を譲ってやれ!と私は腹立たしいのだが、ヒトってね、

やっぱりみんな欲深い生き物なんだね、そんなことは考えもしないみたいだヨ。

 

そして、私もまた「来年」はどうしようか、悩んでいる。冬場の収入源がほしいという欲と、こ

んな格差を放置する人たちと働けるのかという気持ちの間で。

展景 No. 81展景 No. 81

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39 38

〈薫風颯々〉村

山方言あれこれ

神村ふじを  

「あのさあ、ぼくよう、A君と遊んでいだっけのな」

 

中学年とおぼしき子どもたちの会話を小耳に挟んだ。折衷語とでも言うのだろうか、方言と共通

語もどきが同居している不思議な言葉が飛び交っている。

 

標準語あるいは共通語と呼ばれる言葉が良くて、方言が悪であるかのような風潮の中で教育を受

けつつ、田舎者の劣等意識めいたものを持ち続けてきた我が身としては、消えゆく方言の文化とし

ての価値を伝えずにはいられない心境になった。ましてや学校では共通語が主に使われており、こ

のような状況になったのは学校教育の影響が大きかったのではなかったか。月一回の校長講話に昔

語りを取り入れようと決心したのは、そんなことからであった。

 

とんと昔には、当然のことながら、普段の生活では使われていない言葉がたくさん出てくる。こ

こで、山形(村山地方)方言の特長を考えてみたい。あえて特長と書いたのには訳がある。まず第

一に敬語がない。「おはよっす」「ありがどさまっす」「んだがっす」。語尾に「す」を付ければ、尊

敬語、丁寧語、謙譲語自由自在、まったくもって便利な村山方言。

 

第二に男言葉、女言葉の区別がない。「おらえの父ちゃんよ」などと女性でも「おら」だの「おれ」

だの「おらえ」なんて平気で言う人がいる。男女同権意識濃厚な村山方言。

 

第三に鼻から息を抜くように話す単語がある。古老などは今でも桑のことを「くふぁ」と言い、

鮠はや

のことを「くぎ」と言っているが、この「ぎ」の発音のときに微妙に舌を上顎に付けながら、鼻

から息を抜くように「くぎ」と発音している。ずい分前のことだが、子どもの作文の中に「くぎを

しぇめました」とあったが、私には「釘をなぜ捕まえたのか」まったく分からなかった。「鮠」も「釘」

も表記では「クギ」で同じだが、発音はまるで違うことに気付く。字面だけでは理解し難い豊かな

村山方言。

 

第四にしりとりをしたら永遠に続く。「んぼこ」(赤ん坊)、「んね」(そうじゃない)、「んだ」(そ

うだ)、「んまえ」(おいしい)。「ん」では決して終わらない。しりとりの時は執拗なほど便利な言

葉が村山方言なのである。

「ぼっこ」という言葉がある。長靴に「ぼっこ」が付く、スキーに「ぼっこ」が付くというように

使う言葉だ。「ぼっこ鉛筆」という言い方もある。いずれにしても「ぼっこ」という言葉が付くこ

とによって、その物が使い物にならなくなることを示している。

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かつて置おき

賜たま

地方の小学校に勤務したことがあり、村山地方に住んでいる者にとって、言葉の違い、

文化の違いにハッとさせられることが度々あった。村山では物が壊れることを「ぶくれる」とか「ぶっ

くれる」あるいは強力に「ぶづぐれる」と言うが、置賜では「ぼこれる」とか「ぼっこれる」と言

う。また、不器用な手のことを「手ぼっこ」と言う。村山では「ぼっこ」という言葉がありながら、

なぜ「ぼこれる」と言わないのか不思議(一部使うところがあるのかもしれない)に思ったもので

ある。「だが待てよ」。よくよく考えてみると、そこには使い物にならないという村山・置賜の共通

項があるではないか。我ながらこの発見には目から鱗の出来事であった。微妙な言葉の質的変化に

地域それぞれの持つ文化の違いを感じたものである。

 

フジTVの武田祐子アナウンサーが原稿をまとめているときに、すり減った鉛筆を眺めながら、

「あーあ、鉛筆が『ぼっこ』になっちゃった」と叫んだという話がある。そばにいたスタッフ連中

が「何っ」という顔をしたとか。「ぼっこ」をずっと共通語だと思っていた彼女こそ誇るべき山形

県出身のアナウンサーである。

41 展景 No. 81 展景 No. 81

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O 

小野澤繁雄

N 

布宮 

慈子

K 

河村 

郁子

顔見せの跳ねて数寄屋橋通るころ時雨するなり濡れて行かうか

12月19日 

丘の上は小学校か折々に声がはじけて沼面越え来も

12月26日 

         

2016年

年末に降りし雪さへ融けてきて露はになりぬ田の面も

、畑の面

1月2日 

初詣の長き列より見上げゐる青空やさし 

インディアンサマー

1月5日 

ようやくに寒さも底という市の川橋欄干に一つさつま芋載る

1月19日 

 

対詠 

ごきげんいかが? 

PART

57 〈2015 -2016

43

おせつかいなをばさんとなり雪搔きすお日さま照れるをよろこびとして

1月21日 

北側の雪搔きすれば日も照らず積む場所もなくまず背伸びする

1月25日 

雪残る団地かたわら白梅の花咲き出しぬ予期せぬひとつ

1月28日 

コロコロと粘着クリーナー動かしてとうに逝きたる猫の毛さがす

1月31日 

立春のわれのならはし白飯に庭の紅梅一輪のせる

2月4日 

二月にもなりてようやく枯れるべき枯れて川の辺土手に冬来る

2月6日 

ユズ色の耳鼻咽喉科医院あり先せ

んせ生

でかくてその声やさし

2月10日 

土佐の国ゆ「越冬みかん」を給はりぬ深き緋色に比喩あらなくに

2月17日 

柑橘系とまではも知れて実の何だろ鳥のすがたが実をつつきいる

2月21日 

山ぎはを白鳥が行く七、八羽 

北へ北へと飛び行くいのち

2月25日 

白鳥のつよき羽ばたき常ならず北へと向かふ群れのどよめき

2月28日 

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前号作品短評A〈小野澤〉

 

●「サラブレッドのふる里」なればラッキーよ土に還りて牧草になれ       

河村郁子

 

一連は、ある事情を順に追う。そのきっかけとなったのは一通の封書だ。作者の愛犬(ラッキー、

われわれにも馴染みだ)の遺骨が都内の霊園から北海道の日高牧場に移葬されたこと。航空会社勤

務歴のある作者でも過去に日高地方を訪れる機会はなかったが、一連中の歌にあるように、今はユー

チューブで牧場の様子をしることもできる。一連タイトルは「牧場葬」だが、ごく身近には「日高

昆布」ででもあろうか。思いは深く、拡がっている。そういうことで、さいごはこんな歌のよう。

  

けふよりは日頃味はふ昆布には〈日高〉を求む〈利尻〉に非ず

 

●反り橋の反りの確かさ曼珠沙華                      

谷垣滿壽子

 

反り橋は、中央が上方にふくらんでいる橋と、大辞林にあり。石ででもできているのか。いずれ

にしても意図をもって造作されているものだから、人工のもつ堅固な確かさがある。そこに、橋の

たもとででもあろうか、うつろうものでもある季節の曼珠沙華を配した。色彩もある。前後の句に、

  

活けられて風忘れたり秋櫻

  

子の切りしテープの白さ天高し

 

いかにもな秋の句。秋櫻、じぶんは昨秋十月桜の咲くのをみたが、気付かず通りすぎるところだっ

た。花がまばらにさびしく点いている。活けてもなおのこと、と思われた。

 

●星月夜何もかも入れ温サラダ                        

新野祐子

 

ホットサラダという云い方もあるようだ。温野菜サラダもある。今サラダレシピは多い。サラダ

にはある新しさとざっくばらんなところがある。ダメはないのだ。「何もかも入れ」に込められる

気持ちは何だろうか。星月夜にして。次の句にもある自や

棄け

なものだろうか。

  

絶望せぬとふ処方箋濁酒

 

やや込みいった字画の絶望に濁酒の濁の字画の多さは合うようだ。結局、酒かよお、という突っ

込みもあるかもしれない。清酒でなく「濁酒」が選択されたのは、「何もかも」にもあるが、〈俗(生

活)〉というところか。

 

●受賞ののちイラクを撮りし監督は次の世日ハ

ネ本人にならむと言へり        

布宮慈子

 

下句の思い、には何か重いものが感じられた。それは、イラクのここの今、直近の過去が思い起

こされるからだろう。「受賞ののち」は「山形国際ドキュメンタリー映画祭」(一連タイトル)で、

市民賞を受賞したという作品『祖国―イラク零年』の監督だろう。上映後に監督との間で質疑応

答の時間があったようだ。十月半ばの八日間に作者はつごう二十六本を観たらしい。さいごの歌に

も、その間が何か集中するもののあった日々だったことが出ている。

  

映画観てわが足元が南米の道となるころ秋は深まる

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前号作品短評B〈慈子〉

 

●亡き母の搔巻の柄思ひ出づ鹿の子模様にビロードの衿             

丸山弘子

「搔巻」を知る人は少なくなっただろう。ある時代までは日本中で用いられていたはずだが、とん

と見かけなくなった。掛けて寝ると肩口が寒くなくて、冬は重宝したものだ。掲出歌は、柄と素材

に具体性があり、母につながる思い出として鮮やかである。一首目は、これを引き出すための歌。

  

ベランダに搔巻といふ夜具干され思ひがけなき懐しさにゐる

  

●褐色の気根のひげをあまた垂るるバンヤン老爺のごとしと見あぐ        

結城 

 

バンヤンはバニヤンともいい、クワ科の常緑高木でインド原産。高さは三十メートルにも達し、

横に伸びた枝から多くの気根を出すという。作者は世界中を旅していて「八月のフロリダ」の一連

も旅の歌となっているが、「老ろ

爺や

のごとし」と言ったところに大樹に対する畏敬の念も感じられる

歌となった。

  

甘やかな青海カリブ海わたる朝風にそよぐバンヤンの葉むら 

 

●竹垣の真新しくて冬陽さす庭隅につつじの返り花あり             

池田桂一 

「心暗き日」の一連にあって、すこしホッとする歌である。現在、福島県伊達市に住む作者は、季

節の変わり目にいて冬の厳しさを強く感じているようだ。たしかに真冬よりも、冬になりかけのこ

ろが心身にこたえるものだ。また次の歌のような思いは、東日本大震災のあと誰しも経験している

かもしれない。いまの自分を正視するために作歌することもある。

  

つきまとう署名をさけて人混みに虚しく入りぬ心暗き日は

 

●澄みわたる秋の陽まぶしわが前の一鉢に咲く小花紫              

市川茂子

 

大きな景から、目の前の鉢植えの花に焦点が絞られる。この転換がうまく決まった。ていねいに

事柄を述べていくこともだいじだが、歌が平板にならないように、意識してどんどん挑戦していく

べきだと思う。「小花紫」は正式な花の名ではないようだが、紫の小花が咲く種類のひとつをいっ

ているのだろう。次も、色を出すことで歌の輪郭がはっきりとした。

  

高きより覗く夕ぐれ街の灯を包む鈍に

色いろ

冬の兆しに

 

●ゼッケンにメッセージ「歩きます。」は中学生走らないという意味か     

小野澤繁雄

 

タイトルの「第38回スリーデーマーチ」は、作者の住む埼玉県東松山市のイベント。昨年十一月

の一、二、三日にわたって行われたらしい。五キロから五十キロまでさまざまなコースがあり、三日

間のルートも多彩なようだ。作者もこのウォーキングのイベントに参加して、道から見えたものを

うたった。日常と違った人とのふれあい、見え方が新鮮だ。

 

「みちじゃない」中学生が云う土のみち埃を立てて彼ら歩き方

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エッセイ教室「清紫会」の作品より

予期せぬこと

                                

市川茂子

 

朝の目覚めが早いので、寒くなると布団の中でテレビを見ながら時間を確認して、ときによって

は、一眠りしてから起き上がる。

 

それからは、いつも通りの行動で一日がはじまる。テレビはつけっぱなしで、何か音や声がない

と落ちつかない。静寂な空間になると、なんだか不安な気がして、独り暮らしの習性になっている

ようだ。

 

朝一番のコーヒーを飲みながら、今日は何から始めようかとあれこれ考えていると、突然テレビ

が止まった。リモコンの電源にふれたのかと思って押し直してみたりしたが、映らない。

 

線を抜いて、あとは電器屋さんに来てもらわなければならない。朝のしずけさに堪えられないか

ら、枕元に置いてあるラジオを取りだして音を出した。

 

電器屋さんのお店が開くのを待って電話しようと思ったら、今日は定休日になっているので、年

明けから無理に来てくれとも言えない。いつも年末になると点検にきてくれるので、その時は電池

などを入れ替えてもらったりして安心している。

 

今のテレビは十三年位たっているが、まさか寿命が来たとは思えない。が、いつもつけっぱなし

だから、どこが故障したのかなどと気になり、もし直らなかったら新しくしなければならないと思

う。

 

正月に息子達からもらったお年玉がなくなってしまう。電器屋さんも商売だから……。どちらに

しても

、私の寿命が終るまではテレビが必要だから少々の間はがまんできるとして、損得の計算が

あったりする。このように、予期せぬことは、私にとっての一大事である。

展景 No. 81展景 No. 81

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新年早々のこと

                                

丸山弘子

 

新年になって三日間は、例年どおりテレビ観戦だが駅伝ざんまい。

 

五日になり、オーバーな話だがやっと今年の生活が動きはじめた。

 

二時すぎ、欲しいものもあり街に出た。

 

駅のむこうのスーパーで買物をすませ、クリーニング店に寄り、パン屋にも寄った。特別重たい

ものはなかったが、荷物がやけに嵩ばる。それでも最後にもう一軒、わが家の近くのコンビニでミ

カンを買い帰宅する。

 

一休みして家計簿をつけようと、買物袋から財布をとり出そうとしたら無い。今までこんなこと

はなかったので、動揺し焦る。ただ、帰宅して特別なことはしてないので、買物の最後に寄ったコ

ンビニのことを考えた。代金を支払い、おつりとレシートを財布に入れたのはハッキリ覚えている。

そしてそこから家に帰ってくるまでのことだ。その店に行って聞いてみた。「財布、落ちてません

でしたか?」と聞いたが「落ちてませんでしたよ」とニベもない。

 

次の朝、もう一度そのコンビニに行き話を聞いてもらう。「拾得物があれば、保管しておくとこ

ろがあるんですが……、ないですねえ」と言われてしまった。

 

財布の中味についてだが、お金が少々と、当節はやりのポイントカードがやたらに入っている。

そのため、財布はかなり分厚く嵩高い。落とせば気がつきそうなものなのに全く分らなかった。お

金はなくなっても仕方がないが、カードの一枚が東武デパートのものなので、もし悪い人に拾われ

て使われてしまったら、と不吉な思いも頭をよぎる。

 

翌日になってしまったが、それでもと東武デパートのカード係に電話をした。

「実は昨日の夕方、買物をすませた帰りのことなんですが」と、カードを落とした事情を話した。

しばらく待たされたが、

「お客さん、よかったですね、そのカード連絡が入ってます。昨日の夕方、野方警察署から拾得物

で保管している、との電話がありました。調べましたら、カードの使用はありませんでしたので御

安心下さい。それで、こちらからの書類も送りますが、野方警察署に引取りに行って下さい。電話

番号、受付番号、担当者の氏名等お知らせしておきます。尚、身分証明書、認印も持参して下さい」

 

私は勿論はじめてのことだが、よくあることなのだろう、流れるように連絡してくれた。

 

この二日ほど、誰にも話せずに心配していたが、一件落着しホッとした。良い方向に終ったから

よかったが、よくよく注意しなければと思った、平成二十八年のはじまりでした。

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自分の足で歩きたい

                             

 

池田桂一

 

我が家から福島駅までは、自動車で約三十分、二十キロほどの距離である。そして、駅の西口か

ら五百メートルのところに「デニーズ」があり、常用しているお店の一つである。

 

更に百メートルほどを左折して一キロ先に行くと岩瀬書店がある。その二階には「CAFE珈苑」

があり、もう一つの常用喫茶店である。

 

福島市まで足を伸ばすと、この二つの店のうち、どちらかには入り、コーヒータイムを過ごすこ

とにしている。

 

平成二十七年度は、不遇にも町内会長と老人会の会長の大役が重なり多忙な年になった。一地域

の老人会として、百名近い会員を抱えていて、新年度の集会の折に、前会長が突然に自己都合で退

会してしまい、何とか副会長が代行することで収束できた。

 

しかし、二役の他に、町内会では体育委員、農事組合長、保健環境委員、防犯協会委員、防災協

会委員、交通安全協会委員、大字会役員、地区自治会役員などがあり、老人会でも、ことぶき学級

委員、グラウンドゴルフ会、寿連合会役員などを兼務しているので、それぞれは会合が二回以上開

催されることもあり、私用が制限される有様である。

 

更に、町内会長としては、市の広報や公民館や学校便りなど、決った配布物もあり、月に二回、

その他に随時の配り物は二十数種に及ぶこともある。

 

やっと配り終えて、自宅に戻りひと息ついて、作歌の時間にしようと気分転換を計ろうとすると

電話があったり、また電話中に来訪者が重なったりで中断してしまい、まとまらない連続に悩まさ

れたりが繰り返されるので、出掛けることが得策と考えるようになった。

 

どうしても大事で必要な電話なら、また掛けてくるだろうし、夕方や夜分なら在宅が多いはずで、

ファクスがあれば送信して下さいと断ってあるので、その方の便利さに納得してもらっている。

 

又、郵便ポストの横には、筆記用具とメモ紙を備えてあるので、今までにトラブルが発生したこ

とはない。

 

外出と決めて行く三つ目の近くの喫茶店は、阿武隈川を渡って、十五分のところにある「器とカ

フェレストラン・遊ゆ

」である。

 

ここは、日祭日以外は一日中のランチタイムで、二、三時間を過ごすことにしている。食事がお

いしいのと、あまり知り合いに会うこともなく落ち着けるので、月に二度位は通っている。

 

この四月で、町内会長は交代し、老人会長の選任者も確定できて、総会の承認を待つばかりであ

展景 No. 81展景 No. 81

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「清紫会」だより

◆第137回 

平成二十七年十一月十九日(木)、会場・文京シビックセンター三階A会議室

〈提出作品〉市川茂子・カレンダーのこと/大石久美・認知症考/林博子・根津界隈/松井淑子・他人の

年齢

◆第138回 

十二月十七日(木)、会場・文京シビックセンター三階A会議室

〈提出作品〉大石久美・交通費事情/林博子・ある日(十二月三日の事)

◆第139回 

平成二十八年一月二十一日(木)、会場・文京シビックセンター三階B会議室

〈提出作品〉池田桂一・自分の足で歩きたい/市川茂子・予期せぬこと/大石久美・浮む

腫く

む足/林博子・

河童橋/松井淑子・誕生日の話/丸山弘子・新年早々

                                            (松井)

り、副会長に戻れば忙しさからは解放されそうなので、今年こそ自分の足で、しっかりと方向を定

めて歩んでいかねばと思っているこの頃である。

展景 No. 81展景 No. 81

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無二の会短信

◆何事も、やる事が遅くなった。実感である。別に加減している訳ではないが、予定通り進まない

のである。たしかに現状は、自分自身のことより、他のことを優先しなければという事情があるの

だが、思い通りにはなっていない。今年は、母の亡くなった時の年齢になった。そろそろ自分のこ

とを考えなければ、という年なのかも知れない。                  

池田桂一

◆便利な都会に住んでいると、まもなく消えてしまうのに、少しばかりの雪でもあわてふためいて

しまう。寒い日がつづいても、大寒を過ぎると、陽の光が春の温みをおびてまぶしくなる。まだま

だ寒暖のくり返しがあるという天気予報に一喜一憂しながら、静かに春の訪れを待つことにしよ

う。今年最初の花見として、東京ドームで開催される「世界らん展」に行くことを楽しみにしている。

                                        

市川茂子

◆近くの川土手の草がいつまでも緑が眼を射るようにあざやかで、一部は野菜が育ってもいるよう

でした。橋のたもとには野の

あざみ薊の花をみました。それが幾度かの降雪もあり、立春がすぎてようやく

枯れ始めました。早くなるもの遅くなるものとあることが不思議ですが、それも時間の味わいのよ

うです。                                   

小野澤繁雄

◆縁あって今回から「展景」に文章を載せていただくことになった。三十八年もの間学校に勤めて

いたので、何かと書く機会には恵まれてはいたものの、この類のものとは殆ど縁がなく、戸惑って

いるというところが本音なのだが、その時々の思いを綴ってみないかとの勧めもあって、振り返っ

て考えたり、立ち止まって思慮しながら、書く決心をしたところである。拙筆と取り留めのなさは

ご容赦いただいて……。                            

神村ふじを

◆庭の改造をしてから初めての雪の朝を迎えた。雨戸をあけて、一瞬、目を見張った。夜半から降

り始めた雪の自然の造形美にしばらく見とれていた。画才はないが、せめて言葉に残したいと思っ

たが、力不足を実感するだけであった。奇く

しくも望もち

の日であり夜の月明かりに映えるさ庭の景も一ひと

入しお

であった。                                  

河村郁子

◆年が明け、二〇一六年となりました。明けましておめでとうございます。新年を迎え、みなさま

様々な思いがおありと思いますが、私は杖等を持たずに歩きたいという望みがあります。なんとか

してフリーハンドで歩き旅行がしたいと何年も思っていますので……。今年もどうぞよろしくお願

い申し上げます。                               

谷垣滿壽子

◆正月休みとなり、やっと本を読む時間ができた。まず『朝鮮と日本に生きる』(金時鐘著)、次に『生

きて帰ってきた男』(小熊英二著)。共に大東亜戦争を、そして戦後を生き抜いた男の記録である。

展景 No. 81展景 No. 81

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それぞれ、昨年の大佛次郎賞、小林秀雄賞を受賞した本なので、読んだ方も多いかと思う。淡々と

した記述の中から、時代に翻弄された人々の姿が生々しく立ち上がってきた。現政権は、日本を戦

争する国にするための準備を猛スピードでやっている。アクセルとブレーキを踏み間違えて自爆す

るしかないように。そうなる前に止めないと。                   

新野祐子

◆子供のころ祖母からよく、冬至を過ぎると畳の目ひと目ずつ日脚が伸びる、と聞かされ、畳の目

ひと目とは何とまだるっこしい、と思ったものだ。ところで最近、いつの間にか日が長くなってい

るのに気がつき、調べてみると、冬至のころの日の入りは十六時二十八分、一月末現在は十七時八

分(東京の場合)と、冬至のころより四十分も日が伸びているのを知った。日が長くなるのはうれ

しい。                                     

松井淑子

◆エッセイに書いたとおり、ことしは新年早々、買物の帰りに財布を落とし、大変な思いをした。

いろいろ物を落としたことはあるが、財布を落としたのははじめてである。最近は財布の中味もお

金だけではないので、とても困る。しかし今回、よい方に拾われて無事に手許に戻りホッとした。

警察の方が、拾ってくださった場所と警察が離れていて、ちょっと遠いのによく届けてくれました

よね、ラッキーでしたね、男性でしたよ、と教えてくれた。ただただ感謝です。    

丸山弘子

◆福島第一原発事故による放射能汚染を回避すべく、生まれ育った東京から離れてまもなく五年に

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なる。視点を変えれば、事故により、私たちは移動する自由を駆使してモンゴルへ、そして北海道

へと導かれ、さまざまな経験を重ねることができている。生活を見直し、北海道での毎月の電気料

金は三千円前後にまでスリム化できた。しかし、依然として放射能物質の海洋への流出は続いてい

る。                                      

山内裕子

◆ここ数年以上何年か繰り返している行事に、年末の三十日に一泊で温泉にゆき、美味しいものを

食べ、四人の固定メンバーでトランプをする。始めは八や

ばッ場ダムのある川原湯温泉に鄙びた定宿が

あったが、水没予定地で移転してからはつまらなくなって、他を転々としはじめた。今回は鳴子温

泉だったが、陸羽東線の雪景色がよかった。                    

結城 

展景 No. 81展景 No. 81

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編集後記

◆今号から神村ふじをさんが「展景」に参加されることになり、エッセイを寄せてもらった。短信

にあるように、神村さんは長年、山形県で学校の教員をつとめ、小学校の校長を最後に昨年、定年

退職されたばかり。学校というのは子どもの命を預かっているところで、在職中は緊張の連続だっ

たらしい。こんどは少し自由になる時間があるのではないかと、お誘いしていたのだ。初回は山形

の方言についての話。これからどんな話がでてくるのか、楽しみである。

◆短歌の人は歌集を、俳句の人は句集を、やはり積極的に読んでいくべきだと感じている。なんと

なく「読んでいる余裕なんかない」と思っている人もいるかもしれないが、殻に閉じこもって作っ

ているより、数倍、世界が開けてくる。公立図書館でも有名な人の歌集や句集はおいているようだ。

短信のコーナーを使って、短歌・俳句を作る人に限ず、一般の人が読んでも面白い歌集や句集を紹

介してもらえないだろうか。

◆一月の下旬、シベールアリーナにおいて池澤夏樹の講演を聞いた。シベールアリーナとは、山形

市の郊外にあり、芸術・文化の最先端ともいうべき催しをおこなっている施設である。もともと「シ

ベール」という洋菓子店の経営者である熊谷眞一さんが始めた事業で、現在は財団となっている。

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建物の半分は、作家・井上ひさしの蔵書三万冊からなる図書館で、遅筆堂文庫山形館(ちなみに、

井上ひさしの出身地川西町にある「遅筆堂文庫」には、寄贈の蔵書と資料、二十二万点が収蔵され

ている)。あとの半分が劇場風のシベールアリーナ。ここでの催しは魅力的なものが多く、ときど

き出かけていくことになる。

 

で、池澤夏樹。前振りで井上ひさしとのかかわりを話したのだが、これが興味深い事柄だった。

ひとつは、井上ひさしと実際に出会うまでに、ほとんどの井上の作品や芝居を見ていたということ。

隠れファンというか、私淑というか、敬愛していた様子がうかがえた。

 

もうひとつは、井上が三十三もの文学賞の選考委員になっていたことを挙げ、「誰も言っていな

いが、井上さんはたくさんの賞の選考委員をすることによって、日本文学の方向性を決定づけてき

たといえる。これが大きな業績だと思う」との話。

 

池澤が井上ひさしに直接会うことになったのは、谷崎潤一郎賞の選考委員になったときのこと

だった。選考委員の一人として、ほかの人の意見を聞く立場にいたけれども、特に井上の話を興味

をもって聞いたのだという。井上はどの作品もていねいに読み込んでおり、その選評は、作家の道

しるべとなるような励ましの言葉となっていたということだ。井上の選評集も出ているらしい。さ

て、そちらも読んでみようか。 

                                       (布宮慈子)

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季刊

展景

81号

二〇一六年三月九日  

発行

編集・発行人   

布宮慈子

制作  

スタジオ・マージン

無二の会「展景」発行所

山形市上町二—

一—

七—

二〇二

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上記のサイトでは、フルカラーのオンライン版「展景」を公開しています。