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33 8.真空包装された食肉における乳酸菌の動態と 汚染原因の検討 ○高橋敏子(群馬県食肉衛生検査所) 北川詠子(群馬県食肉衛生検査所) 黒川奈都子(群馬県食肉衛生検査所) 井上伸子(群馬県食肉衛生検査所) 石岡大成(群馬県食肉衛生検査所) 杢代俊枝(旧所属 群馬県食肉衛生検査所 現所属 群馬県衛生食品課) 星野利得(群馬県食肉衛生検査所) 【 目 的 】 食肉、特に真空パック食肉の変敗の原因は、食肉処理施設内の浮遊微生物(多くは乳酸 菌)の付着および増殖によるものと考えられており、それらの原因は、食肉が直接接触す る作業器具や設備機器などからの二次汚染であることが推測されている。さらには、処理 施設内における気流や湿度などの空気環境によっても左右されることが示唆されているこ とから、と畜処理から部分肉カット、そして真空包装されるまでの工程における食肉の乳 酸菌の動態または汚染状況を把握することは重要である。 そこで今回、と畜場および食肉処理施設で処理された真空パック食肉の乳酸菌動態につ いて調査し、あわせて、施設内の拭き取り検査および空中落下細菌検査を実施した。そし て、これらの結果から両者の相関関係について検討した結果、若干の知見を得たので報告 する。 【 方 法 】 1 真空パック食肉からの乳酸菌検出 と畜場および食肉処理場において処理された同一のブロック肉(牛肉)について、約 100g 単位で 5 枚真空パックした。それら真空パック肉を冷蔵状態で実験室に搬入し、実験室内 に設置した冷蔵庫にて保存(4℃)保存した。それらの真空パック食肉を、搬入当日、冷 1 週間後、3 週間後および 5 週間後に開封して、食肉中の細菌検査を実施した。食肉中 の細菌数については、真空パック食肉 25g を滅菌リン酸緩衝液(PBS225ml で希釈し、 これを十分ストマッキング処理を実施したものを試料原液とした。この試料原液を PBS による 10 倍段階希釈法にて段階希釈し、それぞれの希釈倍数の 0.1ml を培地の表面に塗 布、コンラージ処理した。種々の条件による培養後、培地表面に発育したコロニー数をカ ウントして菌数を測定した。使用培地については、好気培養には 5%馬血液加 TS 寒天培地

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8.真空包装された食肉における乳酸菌の動態と

汚染原因の検討

○高橋敏子(群馬県食肉衛生検査所)

北川詠子(群馬県食肉衛生検査所)

黒川奈都子(群馬県食肉衛生検査所)

井上伸子(群馬県食肉衛生検査所)

石岡大成(群馬県食肉衛生検査所)

杢代俊枝(旧所属 群馬県食肉衛生検査所 現所属 群馬県衛生食品課)

星野利得(群馬県食肉衛生検査所)

【 目 的 】

食肉、特に真空パック食肉の変敗の原因は、食肉処理施設内の浮遊微生物(多くは乳酸

菌)の付着および増殖によるものと考えられており、それらの原因は、食肉が直接接触す

る作業器具や設備機器などからの二次汚染であることが推測されている。さらには、処理

施設内における気流や湿度などの空気環境によっても左右されることが示唆されているこ

とから、と畜処理から部分肉カット、そして真空包装されるまでの工程における食肉の乳

酸菌の動態または汚染状況を把握することは重要である。

そこで今回、と畜場および食肉処理施設で処理された真空パック食肉の乳酸菌動態につ

いて調査し、あわせて、施設内の拭き取り検査および空中落下細菌検査を実施した。そし

て、これらの結果から両者の相関関係について検討した結果、若干の知見を得たので報告

する。

【 方 法 】

1 真空パック食肉からの乳酸菌検出

と畜場および食肉処理場において処理された同一のブロック肉(牛肉)について、約 100g

単位で 5 枚真空パックした。それら真空パック肉を冷蔵状態で実験室に搬入し、実験室内

に設置した冷蔵庫にて保存(4℃)保存した。それらの真空パック食肉を、搬入当日、冷

蔵 1 週間後、3 週間後および 5 週間後に開封して、食肉中の細菌検査を実施した。食肉中

の細菌数については、真空パック食肉 25g を滅菌リン酸緩衝液(PBS)225ml で希釈し、

これを十分ストマッキング処理を実施したものを試料原液とした。この試料原液を PBS

による 10 倍段階希釈法にて段階希釈し、それぞれの希釈倍数の 0.1ml を培地の表面に塗

布、コンラージ処理した。種々の条件による培養後、培地表面に発育したコロニー数をカ

ウントして菌数を測定した。使用培地については、好気培養には 5%馬血液加 TS 寒天培地

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を、嫌気培養には BL 寒天培地または MRS 寒天培地を用いた。培養条件については、4℃

の場合は 10 日間、37℃の場合は 2 日間とした。

2 検出菌の同定

前述の真空パック食肉からの乳酸菌検出において、好気培養または嫌気培養の結果、30

~300 個のコロニーが発育した培地シャーレを選択し、これから無作為に最大 15 個のコ

ロニーを釣菌して、純培養後のコロニーについて菌の同定を実施した。同定はコロニー

PCR 法により行った。すなわち、それぞれのコロニーをサンプルとして遺伝子抽出キット

(QIAGEN)を用いて DNA を抽出し、これを鋳型としてユニバーサルプライマーを用い

て PCR を実施した。増幅された遺伝子の 16S rDNA または 18S rDNA 領域について、ダ

イレクトシークエンス法により遺伝子配列を決定し(350~400bp)、遺伝子データベース

(BLAST)を使用して菌種を決定した。

3 拭き取りサンプルからの乳酸菌検出

滅菌 PBS で適度に湿らせたガーゼタンポンおよびピンセットを用いて、対象箇所につい

て 100cm2(10cm×10cm)となるように拭き取った。拭き取ったガーゼタンポンを 10ml

の滅菌 PBS に浸して良く振り出し、この溶液を試料原液とした。試料原液は実験室まで冷

蔵状態で搬入された。なお、拭き取りサンプルからの乳酸菌検出方法については、真空パ

ック食肉からの乳酸菌検出方法に準じて実施し、培養温度については、低温(4℃)およ

び中温(20℃)とした。また、増菌培養を実施する場合は、MRS broth または肉汁 broth

を用いた。

4 落下細菌検査

施設内空気環境の影響を検討するため、落下細菌の検査を実施した。すなわち、5%馬血

液加 TS 寒天培地および BL 寒天培地を処理場内の空気環境に一定時間自然曝露させ、上

記同様に乳酸菌の検出を行った。

5 乳酸菌検出のための PCR の検討

一部の乳酸菌については、培養法のみならず PCR 法による検出も試みた。すなわち、

GenBank から対象とする菌種の遺伝子配列を検索し、DNA polymerase 領域をターゲッ

トにしたプライマーを新たに作成した。拭き取りサンプルについて、上記遺伝子抽出キッ

トを用いて DNA を抽出し、今回新たに作成したプライマーを用いて PCR を実施した。PCR

後は 3%ゲルを用いて電気泳動を行い、

エチジウムブロマイド染色にてターゲッ

トバンドの確認を行った。

【結果および考察】

真空パック食肉の細菌数の時間的推移

を図 1 に示した。A は、今回対象とした

施設で処理された食肉の結果を表す。B

0

2

4

6

8

10

0 1 3 5

log 1

0C

FU

/g

図1 真空包装牛肉における総菌数の推移 週

A

B

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は、一般的な食肉処理施設で処理された食肉を施設内で真空パックした食肉の結果を表す。

A については、保存当日は菌数レベルが低く検出限界値以下を示した。その後、保存日数

が経過するに従い増加し、5 週間後には 106 オーダーであった。一方、一般的な食肉施設

である B の方は、保存当日から菌数が高く、105 オーダー後半を示した。その後保存日数

とともに菌数の増加が認められ、3 週後にはほぼプラトーに達し、5 週目までに 108 オー

ダーを維持した。B の結果については、過去の報告とほぼ同様の結果であり、逆に A 処理

場については、食肉処理が極めて衛生的に実施されていることが考えられた。

さらには、これら分離された細菌について同定し、それらの時間的推移を図 2(A 施設)

および図 3(B 施設)に示した。食肉の処理が衛生的に実施されていると思われる A 施設

については、検出された細菌の種類(乳酸菌および非乳酸菌)は、B 施設と比較して極め

て少なかった。しかも検出されたのは、ほとんどが保存 3 週後のみであり、5 週後には 1

菌種を除いて検出されなくなった。一方、B 施設については、保存の当日から Lactobacillus

algidus をはじめとして種々の細菌が検出され、細菌数と同様に、保存 3 週後には菌数は

ピークに達し、5 週後にもその数

は維持されていることが認められ

た 。 ま た 、 A 施 設 か ら は

Lactobacillus curvatus(乳酸菌)

のみが優位に検出されたことは、

A 施設の最大の特徴であり、過去

の報告と異なるところであった。

そこで、真空パック食肉から検

出された各種細菌は、どこで汚染

を受けたのか(環境由来なのか)

を検討するために、施設内の拭き

取り検査を実施した。特に、1 菌

種のみ優位に増加した L.

curvatus を指標としたいため、A

施設に絞って実施することにし

た。環境拭き取りサンプルを直接

寒天培地に塗布して培養(好気的

培養および嫌気的培養)した場合

は、好気的培養では種々の細菌が

検出され、特に Pseudomonas が

優位に発育した。また、嫌気培養

では種類は少ないものの、種々の

乳酸菌が検出され、全体的に BL

0

1

2

3

4

5

6

7

0 1 3 5

log 1

0 c

fu/g

図2. A施設で処理した真空包装牛肉における各菌種の推移

Lactobacillus curvatus

Acinetobacter lwoffii

Serratia sp.

Flavobacterium sp.

Pseudomonas sp.

Janthinobacterium lividum

Moraxellaceae

Rahnella aquatilis

0

1

2

3

4

5

6

7

8

9

0 3 5

log 1

0 C

FU

/g

図3 B施設で処理した真空包装冷蔵肉における菌数の推移

Lactobacillus algidus Lactococcus piscium Leuconostoc gelidumCarnobacterium divergens Lactobacillus fuchuensis Lactobacillus sakei Moraxella osloensisLactobacillus curvatus Kocuria rhizophilaLeuconostoc gasicomitatum Carnobacterium maltaromaticum Acinetobacter septicus

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培地が良好な結果を示した。しかしながら、L.

curvatus や一般に頻繁に検出される L. algidus は

検出されなかった。環境由来の乳酸菌は、そもそも

菌数が少ないため、直接培養では必ずしも目的とす

る乳酸菌を検出することはできず、菌数が多いとき

のみ検出可能なのではないかと考えられた。

したがって、直接培養のみならず増菌培養によっ

ても検討を行った。2 種類の増菌培地、2 条件の温

度で検討した結果、MRS ブロス(20℃培養)にお

ける処理室内の拭き取りサンプルから L. curvatus

が検出された。また、肉汁培地(1℃培養)におけ

る処理室内の拭き取りサンプルから L. algidus が検

出された(表 1)。直接培養するよりも増菌培養した

方が、検出される菌種が若干多いことが認められ、

今回検討した中では、肉汁培地が良好な結果を示した。これらのことから、拭き取りサン

プルなどの環境サンプルから乳酸菌を検出する場合は、増菌培養を実施するべきであると

思われるが、さらなる効果的な増菌培地の検討が必要であると考えられた。

環境サンプルから乳酸菌を検出するために、直接培養法および増菌培養法を実施したが、

上述のとおり乳酸菌の培養および検出には時間がかかるため、特定の乳酸菌をターゲット

とした定性試験を実施する場合は PCR 法による遺伝子検査が有利であると考えられた。

そこで、今回、主として L. curvatus および L. algidus を中心に新たにプライマーを作成

し、環境拭き取りサンプルについて PCR を実施した。サンプルから直接遺伝子を抽出し、

これを鋳型にして PCR を実施した場合、プ

ライマー設計や増幅条件の検討を重ねたが、

目的とするバンドはほとんど検出されなかっ

た。そこで、一度増菌培地による処理を行い、

増菌後の broth から遺伝子を抽出して PCR

を実施した。表 2 に示したとおり、増菌処理

後の PCR では、L. curvatus や L. algidus な

どの乳酸菌が高率に検出できるようになった。

しかも、培養法では陰性にもかかわらず PCR

法にて検出できるようになったことから、タ

ーゲットを絞って乳酸菌の定性試験を実施す

る場合は、本 PCR 法は有用な検査法である

ことが認められた。また、両菌種が処理室、

冷蔵庫、食肉作業場所のすべてから検出され

表2 増菌後PCRの結果

拭き取り場所

Lb.

alg

idus

Lb.

curv

atus

その

処理室5 +(-) - +(-)

処理室6 - +(+) -

処理室7 +(-) - -

処理室8 - - +(-)

冷蔵庫3 - - +(-)

冷蔵庫4 - - -

冷蔵庫5 +(-) +(-) -

食肉作業場所4 - - +(+)

食肉作業場所5 +(+) - -

食肉作業場所6 - - +(-)

食肉作業場所7 - - +(+)

食肉作業場所8 - - +(-)

※増菌前はすべて陰性 (  )は培養の結果

表1 環境サンプル増菌培養後の結果

処理室内1 C. maltaromaticum

処理室内2 Lb. brevis

処理室内3 Lc. lactis

Lb. curvatus

Lb. brevis

処理室内4 Lb. algidus

Lb. brevis

Lb. plantarum

冷蔵庫2 C. maltaromaticum

食肉作業場所1 C. divergens

食肉作業場所2 C. maltaromaticum

食肉作業場所3 C. maltaromaticum

冷蔵庫1

菌種拭き取り場所

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たことは、真空パック食肉の乳酸菌汚染は

環境由来であることが示唆された。

表 3 に、施設内における落下細菌検査の

結果を示した。と畜処理時間内(約 4 時間)

およびそのまま培地を開放したまま翌日

の朝まで(約 18 時間)の落下細菌検査を

実施したところ(春期)、両者から乳酸菌

が検出された。一晩放置した方が菌数を多

かったが、どちらからも L. curvatus およ

び L. algidus は検出されなかった。落下細菌検査については、施設内の空気環境要因が乳

酸菌の検出率に大きく影響するものと考えられ、A 施設は、特に温度、湿度および気流な

どは季節的変動も大きい施設であることから、集気法で実施するなど、今後検査法を含め

て検討しなければならないことが示唆された。

真空パック食肉から乳酸菌を検出する方法は、すでに多くの機関で実施されているが、

環境サンプルからの分離や処理された食肉との関連を調査した報告はほとんどみられない。

今回、環境サンプルからの乳酸菌検出において良好な結果が得られ、かつ食肉の乳酸菌汚

染は環境由来である可能性が考えられたことは、今後の乳酸菌による食肉の汚染対策に繋

がるデータであると考えられた。最終製品や枝肉から分離される乳酸菌の由来をはっきり

させるためには、今後、環境サンプルからの乳酸菌の分離方法および検出感度について、

さらなる検討が必要であると考えられた。

【参考文献】

・Sakala RM, Kato Y, Hayashidani H, et al. Int J Syst Evol Microbiol. 2002 52:1151-4.

・Kato Y, Sakala RM, Hayashidani H, et al. Int J Syst Evol Microbiol. 2000 3:1143-9.

・Sakala RM, Hayashidani H, Kato Y, et al. Int J Food Microbiol. 2002 74(1-2):87-99.

【経費使途明細】

真空包装牛肉(100g × 15 枚)

乳酸菌培養用培地(基礎培地、馬脱繊維血液)

滅菌シャーレ、マイクロチップ、マイクロチューブ類

遺伝子抽出用試薬類

PCR 用試薬類

シークエンス用試薬類

15,750 円

66,150 円

56,700 円

50,550 円

84,600 円

47,250 円

合 計 321,000 円

表3 落下細菌の同定結果

設置場所 株数 菌種

処理室1 1 Carnobacterium maltaromaticum

処理室2 3 Carnobacterium sp.

処理室3 2 Pseudomonas sp.

冷蔵庫1 1 Carnobacterium maltaromaticum

冷蔵庫2 1 Carnobacterium maltaromaticum

冷蔵庫3 3 Carnobacterium sp.

1 Leuconostoc citreum

2 Pseudomonas sp.

冷蔵庫4 1 Carnobacterium sp.

冷蔵庫5 1 Carnobacterium sp.