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院⻑ : 安藤 利昭 先⽣ 開設 : 1915年 所在地 : 北海道札幌市中央区北3条東1丁目 “患者の思い”を起点とした乾癬治療 目標は「PASIクリア」から「PASIマイナス2」へ 札幌市中⼼部にあるJR札幌病院は、開院以来100余年の歴史を持つ急性期病院だ。近隣にさまざまな医療機関が建 ち並ぶ中で、循環器、呼吸器、消化器救急などに強みを持ち、⼀⽅で地域包括ケア病棟を有するなど急性期を過ぎた 患者にも対応している。ここで紹介する⽪膚科も充実した体制で専門性を発揮。特に⽣物学的製剤による乾癬治療で は、患者や家族の思いに⽿を傾け、期待を超えた結果を出すことで、QOLを⾶躍的に⾼めている。 2018年10⽉作成 JR札幌病院は1915(⼤正4)年、札幌鉄道病院として開院した。以来、地域に根ざした医療を実践し、2015年に は100周年を迎えている。2006年から4年間をかけて⾏った外来棟、本館棟、中央ホール棟の建て替え⼯事は2009 年8⽉に竣⼯。全棟完成に合わせて病院名も変更し、新たにJR札幌病院となった。札幌駅から徒歩圏内という利便 性の良さは⼤きな強みで、20余りの診療科と312床の病床で地域の医療ニーズに応え、各種相談、健診といった機 能とともに市⺠⽣活を⽀えている。 こんな同院にあって、⽪膚科は⽐較的広範囲から患者が集まってくるという特徴を持つ。北は礼⽂島、東は羅⾅や釧 路、南は函館と、北海道のほぼ全域をカバーしているのである。 JR札幌病院 病院と⽪膚科の概要 開院100余年の歴史ある病院 ⽣物学的製剤による乾癬治療に定評 1/7

“患者の思い”を起点とした乾癬治療...院 :安藤 利昭 先 開設 :1915年 所在地 :北海道札幌市中央区北3条東1丁目 “患者の思い”を起点とした乾癬治療

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Page 1: “患者の思い”を起点とした乾癬治療...院 :安藤 利昭 先 開設 :1915年 所在地 :北海道札幌市中央区北3条東1丁目 “患者の思い”を起点とした乾癬治療

院⻑ : 安藤 利昭 先⽣開設 : 1915年所在地 : 北海道札幌市中央区北3条東1丁目

“患者の思い”を起点とした乾癬治療目標は「PASIクリア」から「PASIマイナス2」へ

札幌市中⼼部にあるJR札幌病院は、開院以来100余年の歴史を持つ急性期病院だ。近隣にさまざまな医療機関が建ち並ぶ中で、循環器、呼吸器、消化器救急などに強みを持ち、⼀⽅で地域包括ケア病棟を有するなど急性期を過ぎた患者にも対応している。ここで紹介する⽪膚科も充実した体制で専門性を発揮。特に⽣物学的製剤による乾癬治療では、患者や家族の思いに⽿を傾け、期待を超えた結果を出すことで、QOLを⾶躍的に⾼めている。

2018年10⽉作成

JR札幌病院は1915(⼤正4)年、札幌鉄道病院として開院した。以来、地域に根ざした医療を実践し、2015年には100周年を迎えている。2006年から4年間をかけて⾏った外来棟、本館棟、中央ホール棟の建て替え⼯事は2009年8⽉に竣⼯。全棟完成に合わせて病院名も変更し、新たにJR札幌病院となった。札幌駅から徒歩圏内という利便性の良さは⼤きな強みで、20余りの診療科と312床の病床で地域の医療ニーズに応え、各種相談、健診といった機能とともに市⺠⽣活を⽀えている。

こんな同院にあって、⽪膚科は⽐較的広範囲から患者が集まってくるという特徴を持つ。北は礼⽂島、東は羅⾅や釧路、南は函館と、北海道のほぼ全域をカバーしているのである。

JR札幌病院

病院と⽪膚科の概要

開院100余年の歴史ある病院⽣物学的製剤による乾癬治療に定評

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さまざまな規模の病院が多数存在する札幌駅周辺にあって、同院⽪膚科にこれだけ患者が集中する理由は、複数の医師が常勤して多様な⽪膚疾患に対応していることもさることながら、⽪膚科専門医である伊藤圭科⻑を中⼼に、乾癬治療に専門的かつ情熱的に取り組んでいることが⼤きい。特に2010年から、既存の治療に抵抗性のある乾癬に対して認可された⽣物学的製剤による治療には定評がある。

「スマートに名刺交換がしたいけれど⼿や⽖の発疹が気になってしまう、ゴルフのあとお風呂に⼊りたいけれど肌を⾒られたくないのでいつも汗をかいたまま帰る、おしゃれがしたいけどできないなど、乾癬患者さんは⼤なり⼩なり、したいことをできずに我慢しておられます。私は初診で、まずはそうした患者さんの思いにじっくりと⽿を傾けます。それから⽪膚や関節痛の有無など詳細な問診をとり、治療選択肢の全てを提供したうえで、いまあなたを悩ませている症状は必ず⽌めることができると⼒強くお伝えします。そして実際にきれいに治して差し上げて、良かったねと、患者さんとともに喜びを分かち合うのです。こうして少しずつ積み上げてきたことが、医師の間や患者さん同⼠の⼝コミで広まり、多くの⽅々に来ていただけるようになったのだと思います」と、伊藤科⻑は語る。

乾癬治療での使⽤が認可されている⽣物学的製剤を使⽤するためには、⽇本⽪膚科学会⽣物学的製剤検討委員会における審査を経て理事会の承認を得る必要がある。2018年3⽉末現在、同認可を得ている施設数は全国で577施設、北海道に絞ると26施設しかない。JR札幌病院はそうした貴重な施設の1つなのである。

伊藤 圭⽪膚科科⻑

JR札幌病院⽪膚科で⽣物学的製剤による乾癬治療に着⼿したのは2010年、つまり、この治療法が認可された、いわば“⽣物学的製剤元年”ともいえる年である。伊藤科⻑がそれまで勤めていた北海道⼤学病院を退職し、現職に着任したのもこの年。つまり伊藤科⻑は、新しい病院での仕事と、新しい治療法へのチャレンジを同時に始めたことになる。

「私が⼤学病院の⽪膚科にいた頃には、乾癬の治療法といえば、ステロイドやビタミンD3の外⽤療法、紫外線療法、内服薬による全⾝療法しかなく、全ての患者を満⾜させるには⼗分ではありませんでした。しかし、当院に移った年にちょうど⽣物学的製剤が使えるようになり、⽇本⽪膚科学会のマニュアルを読み込んで、乾癬で悩んで来院された患者さんへの使⽤は⼤変有効的でした。それで⼿応えを感じたのが乾癬治療とくにバイオに取り組んだきっかけです」と振り返る。

いくつか症例を重ねてみると、多くの場合、投与開始から間もなく効果が表れ、発疹が気にならないくらいまで⽪膚がきれいになった。

「当初、認可されていた薬は2種類でしたが、それでも患者さんの数だけ治療のパターンがあると⾔っても過⾔ではないほど改善までの経過は多様でした。まさに患者さんに教えていただきながら乾癬バイオ医療を学んできたという感じです。症状がよくなり、「患者さんと喜びを共有できる。このようにすばらしい治療法に運命的に出会えたのは幸せだったと思います」と、医師として乾癬治療に魅了され、専門家を志すようになった経緯を語る。

JR札幌病院

乾癬治療の導⼊と経緯

“⽣物学的製剤元年”に着⼿患者とともに歩み、3年で患者が2.5倍に

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その後、副作⽤や治療半ばでの効果の減弱など、新しい治療法ならではの壁に突き当たることはあったが、⽣物学的製剤使⽤の先輩である院内のリウマチ専門医などにも相談しながら、その壁を越えてきた。伊藤科⻑の熱⼼な治療はすぐに評判となり、赴任時から⾜かけ3年で、同院を受診する乾癬患者は2.5倍に急増した。

JR札幌病院の乾癬患者数の推移(提供︓伊藤科⻑)

伊藤科⻑が最初の診察のために外来で割く時間は、患者1名につき実に90〜120分の⻑さだという(予約制)。ここまで時間をかける理由は、「乾癬は⼀⽣治らない」と思い込み、漫然と従来の治療を受け続けてきた患者に、この病気についてあらためて正しく知ってもらい、治ることを理解して、具体的なゴールを目指して前向きに取り組んでもらうことが、患者⾃⾝が満⾜できる治療効果に⾄るためは⽋かせないと考えているからだ。

伊藤科⻑によれば、乾癬に対する患者の思いは実にさまざま。先に触れた名刺交換や⼊浴のほかにも、不衛⽣だと⾔われ飲⾷店を解雇されたことが深い傷になっている⼈、頭⽪が肩に落ちるのを気にして濃い⾊の服を避けている⼈など、それぞれが⾟い思いをしながら耐えることを強いられている。また、乾癬の症状は関節の痛みや変形として現れることもあり、これもまた患者を苦しめる。病気そのものに加え、通院や投薬の煩わしさも⼤きなストレスである。

伊藤科⻑はこうしたエピソードとともに、これまでにどこでどんな治療を受け、何と⾔う薬を使ったのかなど病歴と治療歴をくわしく聞きながら、年齢を横軸にとった紙に患者それぞれの「乾癬史」を描いていく。縦軸は症状の強さで、1〜10の数字で表す。「そのときどきの症状、受けた治療、出来事などをくわしく書き⼊れていくことで、どのような治療をすべきかが⾒えてきます」と⾔う。

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病歴の作成

時間をかけて患者の思いを聞き取り、それぞれの「乾癬史」を描き出す

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乾癬史

乾癬史を描いたあとは診察を⾏う。全⾝の症状をチェックし、PASIスコア(Psoriasis. Area and Severity Index︓紅斑、浸潤、落屑を部位と⾯積で点数化し指数を乗じた数値)とBSA(Body Surface Area︓病変⾯積)をつける。この間に患者には、DLQI(Dermatology Life Quality Index︓⽪膚の状態に関するアンケート)などに答えてもらう。

こうして治療に必要な全データが揃ったら、今度は伊藤科⻑からの話が始まる。まずは免疫の異常によって乾癬が起こるメカニズムを、⽪膚の断⾯図を⼤きく描きながら解説。ここでは各種サイトカインの⽣成や作⽤などを、細胞レベルでくわしく話す。次に乾癬の治療について、飯塚⼀・旭川医科⼤学⽪膚科元教授が提唱した乾癬治療の種類をすそのの広さをピラミッド型に⽰した「ピラミッド治療計画」に則って、外⽤療法から、光線療法、内服療法、そしてピラミッドの頂点に位置する⽣物学的製剤まで、それぞれの治療法のメリット、デメリットをくわしく説明する。

「たとえば外⽤療法は治療の基本ではある全⾝に発疹がある場合などは塗布がかなり⾯倒で費⽤もかさむ、光線療法は瀕回の通院が必要だし頭⽪や乾癬性関節炎には効果がない、飲み薬には量依存的に肝臓や腎臓などに副作⽤をきたす可能性がおこりうるため注意を要することもある、というようなことです」

このような解説をしたうえで、⽣物学的製剤のサイトカイン・免疫を意識した治療を、「乾癬の発症過程の⼀部分を標的にするからとても合理的。あなたの病態だと、乾癬の発症過程のこの部分を⽌めることによって先の反応が進まず効果を⽰すのです。」と図を⽰しながら論理的に説明する。治療前と治療後の変化を写真で⾒てもらい、「100%症状が抑えられる患者さんも少なくありません。」など、治療の効果も客観的データで⽰す。

肝臓や腎臓で代謝される内服剤と違うため、そのような臓器機能低下(例えば透析患者)の患者さんにも使⽤できます。『免疫を抑え過ぎてしまうのではないか、というイメージがあるかもしれません』などと患者の不安を代弁したうえで、『この薬は過剰な免疫の⼀部を抑えるものであり、肝臓や腎代謝は⼤丈夫です』とはっきり⾔ってあげるのがポイント」と語る。

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診療スタイル

「患者の理解がすべての始まり」と丁寧に説明およそ95%が⽣物学的製剤を選択

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病気や治療についての説明は、真っ⽩な紙に患者ごとに⼿描きしていた。「印刷物をわたすだけなら誰でもできます。医師が⾃分で必要なことを描きながら、その⽅にとって重要な部分を強調したり繰り返したりすることで伝わる部分が⼤事なのです」と伊藤科⻑。

伊藤科⻑は治療費についても⾃ら説明する。薬によって費⽤が異なること、⾼額療養費制度などを活⽤して⾃⼰負担を最⼩限に抑えるよう治療スケジュールを⼯夫する。

こうした説明や提案を受けた患者の多くは、「乾癬は治るし、安全な治療法がある」と確信できるのだろう。最終的には⽣物学的製剤を選択する患者は約95%にのぼるという。その後はガイドラインに沿った結核やB型肝炎の検査・治療を経て⽣物学的製剤の導⼊となる。

診察の様⼦

伊藤科⻑のもとに診察に訪れるのは、ほとんどが他の医療機関からの紹介患者だ。乾癬の症状に苦しみ、従来の治療を⾏ってきたが良くならず、頼みの綱として紹介されてくるケースが多いという。また、中には市⺠講演など何らかの⽅法で伊藤科⻑の存在を知り、受診を強く希望して来院するケースもある。

伊藤科⻑は⽣物学的製剤による治療に関しては最後まで⾃分で⾏う主義だ。「患者さんに最適な治療計画を⽴て、その後どんなふうに治っていくのかを⾃分の目で⾒なければと思うし、診たいという気持ちが強いのです」と⾔う。専門医としての使命感が、質の⾼い乾癬医療を提供する原動⼒になっているのだが、そのため担当患者は増える⼀⽅で、伊藤科⻑が継続的に治療に携わっている乾癬患者の数は現在、少なくとも180名以上。予約枠はほぼ満杯だ。

これまでには印象深い症例にも数多く出会った。ある中年男性は、「家族も同僚も理解があるから、いまより少しよくなるだけでもいい」と⾔いながら妻のすすめで受診した。しかし、最初の2週間で乾癬の⽪膚症状が劇的に良くなると、乾癬とは関係のないイボを取ってほしいと⾔い出した。伊藤科⻑は、「乾癬があることでほかの部分まで諦めていたのでしょう」と患者の気持ちを推察する。

別の男性は、妻に誘われながらもずっと断っていた社交ダンスにチャレンジしたり、英会話を習うようになったりと、⽣活を変化させていっている。「診察室に来るといつも、スマホに保存した楽しい⽇常⽣活の写真を⾒せてくれます。こんなにも患者さんに満⾜していただける治療法は、⽪膚科領域に⼤きな変⾰を与えたと思います。

乾癬が治った⼈は総じて⾃分の理想とする⽪膚へのイメージが⾼まる。また、男性のように⽣きる世界そのものが⼤きく変わり、広がっていくケースも多いという。 

「1⼈でも多くの患者さんに広い世界を知っていただき、やりたいことをやって、⼈⽣を楽しんでほしいと願っています」と⾔う伊藤科⻑が、乾癬の診療で⼼がけているのは、できる限り夢を語ること。「また新しい研究が進んでいますよ」とか、「東京オリンピックの頃には新しい薬が出そうですよ」というように、医学界のトピックスも積極的に患者に伝える。「希望ある未来が⾒えるほうが、患者さんの気持ちも明るくなるし、治療へのモチベーションも上がると思うのです」と、患者の⽴場に⽴ったコミュニケーションに努めている。

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治療の目的と成果

患者と話し合って目標を設定夢をかなえ、新たな夢につなげる

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豊富な臨床経験の中では、悔いの残るケースもあった。⽣物学的治療に取り組み始めて間もない頃に、ある14歳の⼥⼦中学⽣が相談に来たのだが、伊藤科⻑は、治療対象がマニュアルで「16歳以上の成⼈」となっていることを理由に光線療法をすすめ、別の医師に主治医になってもらった。それから4年経ち、ときどき⾏っている乾癬患者へのアンケート調査に目を通していたとき、「18歳・⼥性・光線療法歴4年・治療への不満⼤」というケースを⾒つけた。

「もしかして、と思ってその患者さんの外来診療⽇に声をかけると、やはり、あのときの⼥⼦中学⽣その⼈でした。改めて乾癬治療のラインナップ、メリット・デメリットを説明しいまも⽣物学的製剤の治療を受けたいかと聞くと、受けたいとおっしゃる。検査の後、治療を開始したところ今は乾癬⽪疹はきれいに治まっています。16歳になってすぐに気づいてあげていれば、あと2年早くきれいな肌を⼿に⼊れられたのにと思うと申し訳ない気持ちです」年⽉が過ぎ、治療⽅法も増えていく中、患者の願いは変わらないこともあるが変わることもある。1⼈の患者の治療を漫然と⾏ってはいけないとも思ったケースでした。

最近になって伊藤科⻑は、この⼥性と同じような患者の相談を受けた。⽪膚の症状に悩み、「修学旅⾏までにきれいになって友達と⼀緒に温泉に⼊りたい。」というのが、希望だった。その時点で旅⾏までの期間は4カ⽉。有効性と安全性の観点を考え抜いた末に⽣物学的製剤を選択し、「薄い発疹でも残っているのはイヤ」という本⼈の希望をかなえ、期間ギリギリでPASIゼロを達成した。「修学旅⾏が楽しかったと報告してもらえてほっとしています。⼀⽣に⼀度の思いに応える。医師の使命だと思います」と実感をこめる。

科⻑はこれまでの8年間の経験の中で、⽣物学的製剤それぞれについて治療期間と⾎中濃度の関係などのデータを蓄積。これと患者の症状を照らし合わせ、治療効果を⾼めるテクニックと、⾃らの治療の効果を客観的に評価する指標を確⽴してきた。

「12週間で⾎中濃度がピークに達する薬の場合は、その少し前に症状がすべて消えていなければPASIゼロは難しいかもしれない、早い段階で次の⼿を考えます。飲み薬を併⽤したり場合によっては他の製剤に変更したりなど。ただしそのとき、患者さんを不安にさせるようなことがあってはなりません。治療の変更や追加の際にも、より良い⽅向へ向かうというイメージでお話をするようにしています」

伊藤科⻑は乾癬治療における現在の課題を、「導⼊可能承認施設とそれ以外の施設・クリニックの医師の知識の格差」と指摘し、それをなくす活動を始めている。代表的なものが、札幌市中⼼部から50kmほどの距離にある岩⾒沢市の岩⾒沢市⽴総合病院⽪膚科との年1回の交流で、伊藤科⻑による講演、紹介患者の受け⼊れ、その患者の経過のフィードバックが活動の中⼼だ。

講演といっても単なる発表ではない。2015年の初回には、科⻑の普段の診察の様⼦を記録したスライドを⾒せ、乾癬が治っていく過程を詳細に紹介。その後、会場の医師から症例を提⽰してもらい、治療に関するディスカッションも⾏った。この講演を機に紹介された患者については、翌年の講演で経過を報告。このときは2015〜2016年にかけての⽣物学的製剤の進歩について伝えた。第3回目には治験の内容も話題にし、最新の情報を共有している。

同様の交流を、札幌市内の複数の病院でも始めている。また、伊藤科⻑の診療⽅針をよく知る⼤学病院時代の医師仲間が道内の各地の病院に赴任し、そこから紹介を受けるケースなども増えている。

伊藤科⻑は、「今後は治療がうまくいかずにお⼿上げになってからではなく、軽症の段階でも⼀度、私のところへ来ていただき、患者さんにできるかぎりの情報を提供し、紹介先にお返しするような連携もしたいと思います。繰り返しになりますが、とにかく患者さん⾃⾝が、乾癬は治る(⽪疹のない良いコントロール)と知ることがとても⼤事なのです。⽣物学的製剤による治療を⾏うことのできる⽪膚科医が道内に充実するまでは、情報の発信役も担いたいと思っています」と先駆者としての役割を語る。

JR札幌病院

専門医としての進化

過去に救えなかった中学⽣の患者いまの技術なら思いをかなえてあげられる

今後の課題・展望

蓄積した知識・技術を地域に提供目標値は発疹を絶対に残さないこと

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乾癬治療はいま、「PASI90時代」と⾔われている。しかし、伊藤科⻑は早くから「常にPASI100を目指す」を目標に掲げ、「100%を目指した結果、90%にとどまることもある」と捉えていた。この目標値がここにきて「PASIマイナス2」に変わった。患者も100%改善を願っているはずです。その上の目標を達成するような(PASIマイナス2)気持ちで私は常に取り組みたいと思っています。「PASIマイナス2を実現すれば、何かあって体の中でわずかに炎症が再燃してもPASIゼロでいられる。」と⼒説する。

「同じ⽣物学的製剤治療を、すでにリウマチにおいては多くの開業医が⾏っています。いつか乾癬についても同様に、開業医主体に⾏う時代が来るかもしれません。その時のためにも医師間の知識の格差をなくし、正しい乾癬医療が患者にも広く伝わればと願います。私も⽇々この8年間、私を育ててくれた患者さんたちのためにもベストを尽くさなければと思っています」

医師としての探究⼼を持ちながら、患者とともに最⾼の結果を目指す。この姿勢はこれからも変わることはない。

岩⾒沢市⽴総合病院での講演

JR札幌病院

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