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A rts for C ommunity D evelopment & R egeneration ブリティッシュ・カウンシル 英国スタディツアー2009 報告書

Arts for Community Development & Regeneration report

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Arts for Community Development & Regeneration

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Page 1: Arts for Community Development & Regeneration report

Arts for Community Development & Regeneration

Arts for Community Development & Regeneration

ブリティッシュ・カウンシル

英国スタディツアー2009 報告書

ブリティッシュ・カウンシル

英国スタディツアー2009 報告書

2010年1月1日 発行

監修    熊倉純子

デザイン  ANL*Design

発行   ブリティッシュ・カウンシル

     www.britishcouncil.or.jp

Page 2: Arts for Community Development & Regeneration report

Middlesbrough Institute of Modern Art (mima)。

写真左手の作品は、Claes OldenburgとCoosje van Bruggenによる「Bottle of Notes」。

英国では、教育や福祉、まちづくりなどさまざまな分野で

アートが取り入れられており、地域社会の活性化、人々の

創造性やコミュニケーション能力の育成などにおける効

果が注目されています。近年日本でも文化芸術による多様

な地域活性化事業が各地で行われ、社会のさまざまな課

題を解決する上で、アートを取り入れる動きも紹介されて

います。

ブリティッシュ・カウンシルは、英国の事例紹介と、同じ

フィールドで活動する日本と英国の芸術文化関係者の交

流を目指し、2009年3月に日本各地で地域活性化プロ

ジェクトやコミュニティを対象としたアートプログラムなど

に関わる方々を対象に、英国への視察プログラムを実施し

ました。

この報告書は、視察先の概要や担当者との意見交換の様

子や、帰国後に開催された座談会の模様をとりまとめた

ものです。今回の視察プログラムをこの報告書にまとめる

ことで、一人でも多くの方々にその成果を共有して頂けれ

ば幸いです。

ブリティッシュ・カウンシル

ブリティッシュ・カウンシル クリエイティブシティ・プロジェクト

クリエイティブシティ・プロジェクトは、ブリティッシュ・カウンシルが英

国と日本を含む東アジア・パシフィック地域13カ国およびヨーロッパで

展開しているプロジェクトです。英国では、地域社会を発展させ、社会的

課題を解決する上でアートが重要な役割を担っています。

ブリティッシュ・カウンシルでは、英国のアートによる地域活性化の事

例や創造都市に関する政策をご紹介するとともに、英国と日本、アジア

各地域の政策関係者、アート機関、アーティストとのネットワーク作りを

目指し、シンポジウム、ワークショップ、交流プログラムなどを積極的に

実施しています。

本視察ツアーも、クリエイティブシティ・プロジェクトの一環として開催

されました。

英国スタディツアー

Arts for Community Development & Regeneration

ブリティッシュ・カウンシルについて

ブリティッシュ・カウンシルは英国の公的な国際文化交流機関です。

1934年に英国政府により設立され、世界100カ国以上で活動を展開しています。

日本では東京・大阪センターを拠点に、英語コースの開講や英国留学情報を提供す

るとともに、芸術や科学などの分野で英国の幅広い創造性をご紹介し、日英の人々

が理解を深め合う機会を提供しています。

02 03

Page 3: Arts for Community Development & Regeneration report

Middlesbrough Institute of Modern Art (mima)。

写真左手の作品は、Claes OldenburgとCoosje van Bruggenによる「Bottle of Notes」。

英国では、教育や福祉、まちづくりなどさまざまな分野で

アートが取り入れられており、地域社会の活性化、人々の

創造性やコミュニケーション能力の育成などにおける効

果が注目されています。近年日本でも文化芸術による多様

な地域活性化事業が各地で行われ、社会のさまざまな課

題を解決する上で、アートを取り入れる動きも紹介されて

います。

ブリティッシュ・カウンシルは、英国の事例紹介と、同じ

フィールドで活動する日本と英国の芸術文化関係者の交

流を目指し、2009年3月に日本各地で地域活性化プロ

ジェクトやコミュニティを対象としたアートプログラムなど

に関わる方々を対象に、英国への視察プログラムを実施し

ました。

この報告書は、視察先の概要や担当者との意見交換の様

子や、帰国後に開催された座談会の模様をとりまとめた

ものです。今回の視察プログラムをこの報告書にまとめる

ことで、一人でも多くの方々にその成果を共有して頂けれ

ば幸いです。

ブリティッシュ・カウンシル

ブリティッシュ・カウンシル クリエイティブシティ・プロジェクト

クリエイティブシティ・プロジェクトは、ブリティッシュ・カウンシルが英

国と日本を含む東アジア・パシフィック地域13カ国およびヨーロッパで

展開しているプロジェクトです。英国では、地域社会を発展させ、社会的

課題を解決する上でアートが重要な役割を担っています。

ブリティッシュ・カウンシルでは、英国のアートによる地域活性化の事

例や創造都市に関する政策をご紹介するとともに、英国と日本、アジア

各地域の政策関係者、アート機関、アーティストとのネットワーク作りを

目指し、シンポジウム、ワークショップ、交流プログラムなどを積極的に

実施しています。

本視察ツアーも、クリエイティブシティ・プロジェクトの一環として開催

されました。

英国スタディツアー

Arts for Community Development & Regeneration

ブリティッシュ・カウンシルについて

ブリティッシュ・カウンシルは英国の公的な国際文化交流機関です。

1934年に英国政府により設立され、世界100カ国以上で活動を展開しています。

日本では東京・大阪センターを拠点に、英語コースの開講や英国留学情報を提供す

るとともに、芸術や科学などの分野で英国の幅広い創造性をご紹介し、日英の人々

が理解を深め合う機会を提供しています。

02 03

Page 4: Arts for Community Development & Regeneration report

2009年3月の1週間、ブリティッシュ・カウンシルの招きで、8名の

メンバーが英国を訪れた。目的は、社会包摂的な芸術活動やクリ

エイティブ政策の現状の視察である。日本からの視察メンバーは

みな現場で活動する若手の面々で、各訪問先で常に日英の活動

について活発な意見交換を交わした。表敬訪問にとどまらぬの

みならず、一方的に先進国の状況に圧倒されるでもない若い視

察団は、メンバー内で日夜、両国における表現のあり方や社会文

化環境の類似点・相違点を語り続けた。本報告書の座談会は、そ

うした議論を総括すべく帰国後に開催されたものである。

訪英中、自然史博物館ではダーウィンの大規模な展覧会が開催

されていたが、英国のコミュニティ・アートはまさに「強い種が生

き残るのではない、変化に対応できる種が生き残るのだ」といっ

たダーウィンの言葉を彷彿とさせる感があった。

従来の(あるいは「本流」の)芸術至上主義的な人々から「コミュ

ニティ・アートは表現の質が低い」と厳しく指摘されつつも、社会

的認知を求めて活動の方法論を研ぎ澄ませてきた英国コミュニ

ティ・アートの四半世紀の闘争は*1、ブレア労働党政権の地域再

生政策の流れに積極的に参画することで活動の枠組みを構築

し、80年代にサッチャー政権の新自由主義が徹底的に破壊した

社会連帯の価値観を再生する試みに寄与している*2。特に社会

包摂的な芸術活動においては、対社会的な戦術戦略は徹底して

おり、表現技術の活用においても冷静な思い切りがみられる。

対社会的な戦術戦略というのは、成果をきっちりと社会に認識さ

せるということである。社会からこぼれ落ちてしまいそうな人た

ちを助けるという大きな目標は日英で変わりはないが、英国で

は、参加者の向上心を目覚めさせ、自己敬愛心を高めることに焦

点を絞り、そのためには芸術性の希求のオン/オフをも厭わな

い*3。また、成果を明確にするために、集中的あるいは継続的に

ことが今日的な芸術家の技術とみなされる。これはもしかする

と、近代的社会システムのサポートが絶望視される状況が長く続

いている日本で、芸術が近代化をあきらめて鶴見俊輔のいう限

界芸術的なものに進化しているのかもしれない。日本は芸術に

とってガラパゴス的環境なのだろうか?

 

帰国後のブリティッシュ・カウンシルのサポートもあって、現場レ

ベルの日英交流は夏から冬にかけて日本での再会という形で早

急に進展を見せた。日本の状況は英国側にはやはり近代化の途

上と映るようだが、確かに政権交代後の社会環境はガラパゴス

にも変化の大波をもたらしそうな模様である。日本で独自の進化

を遂げた社会志向型表現プロジェクトのモデルを輸出できるよ

うな繚乱の時代を切り開くには、いまこそ英国の大胆な進化の精

神を見習うべきかもしれない。このままでは日本はガラパゴスか

ら単なるグローバルスタンダード、いや芸術不毛地帯になること

も危惧されるのだから。

*1 ファンデーション・フォー・コミュニティ・ダンスのケン・バートレット氏の談話

から。

*2 ショーディッチ・トラストのマイケル・ペイナー氏の談話から。

*3 たとえばストリートワイズ・オペラの活動では、地域センターでの日常的な

ワークショップでは芸術性や表現の革新の度合いは求めず、年一回の舞台公演で

は高いレベルの芸術性を求めてテクノロジーをも駆使している。

*4 ダンス・ユナイテッドは、2009年3月12日と13日の2日間、ロンドンのダンスの

殿堂であるサドラーズ・ウェルズ劇場を満員にする公演をおこない、ストリートワイ

ズ・オペラがホームレスの人 と々制作した映像インスタレーションは、2009年9月に

日本にも巡回している。

ハードなトレーニングを課すプログラムを組み、トレーニング術

に長けたアーティストを育成し、しかも芸術表現によるプログラ

ムに専念すべく福祉や教育などの専門機関にきっちりと役割分

担を求めている。さらに成果を社会にアピールする際には「作品

性」を重視して、大聖堂や劇場などプレステージの高い会場で舞

台技術を駆使した公演を実現させ、作品の海外巡回にまでチャ

レンジしている団体もある*4。また、施政者たちへのアピールのた

めに実証データを集め、心に訴えるドキュメント映像に合理的根

拠を添えることも忘れない。われわれが視察した英国の事例に

は、個々の活動の社会基盤を構築するシステムへの意思が明確

に感じられ、さらにそれを可能にする社会ネットワークの存在が

垣間見えた。それは社会包摂的な活動のみならずクリエイティブ

政策の具体的な取り組みにおいても同様である。

日本にも長年地道な活動をしている団体は数多いが、それらは

いまだに個々の点であり、メディアに取り上げられることは増え

ていても活動基盤は依然として非常に脆弱である。支援や連携

のネットワークが弱いことは確かに社会的課題なのだが、しかし

われわれ視察団のメンバーからは、むしろ芸術表現の日本的進

化状況を積極的に再認識する意見も出た。メンバーたちが取り組

んでいる日本のコミュニティ型の表現活動は、英国の視察事例

のようなシステマティックな仕組みに果たしてなじむのであろう

か。視察事例には身体技能の進歩や作品性を大胆に目指す傾向

から、技術と規範を前提とする近代的芸術観を感じさせる部分も

色濃いのだが、日本の先端的な若手アーティストたちの表現活

動には、社会包摂的な活動においてさえむしろ技術や規範の概

念を打ち壊すポスト近代的な方向を志向する動きがみられる。

ワークショップは規範を与えてその上達をめざすことより、ある

がままの状態を肯定することから始め、表現は必ずしも芸術作

品を目指すのではなく、むしろ微分化してゆく過程に美を見出す

04 芸術進化論の日英比較

――極東のガラパゴスから

熊倉純子 [東京藝術大学音楽学部音楽環境創造科]

05

ショーディッチ・トラストがプロデュースするWater House Restaurantから望む。

倉庫外壁の色は、日本人アーティスト白石由子氏によるもの。

Arts Ecosystem

Page 5: Arts for Community Development & Regeneration report

2009年3月の1週間、ブリティッシュ・カウンシルの招きで、8名の

メンバーが英国を訪れた。目的は、社会包摂的な芸術活動やクリ

エイティブ政策の現状の視察である。日本からの視察メンバーは

みな現場で活動する若手の面々で、各訪問先で常に日英の活動

について活発な意見交換を交わした。表敬訪問にとどまらぬの

みならず、一方的に先進国の状況に圧倒されるでもない若い視

察団は、メンバー内で日夜、両国における表現のあり方や社会文

化環境の類似点・相違点を語り続けた。本報告書の座談会は、そ

うした議論を総括すべく帰国後に開催されたものである。

訪英中、自然史博物館ではダーウィンの大規模な展覧会が開催

されていたが、英国のコミュニティ・アートはまさに「強い種が生

き残るのではない、変化に対応できる種が生き残るのだ」といっ

たダーウィンの言葉を彷彿とさせる感があった。

従来の(あるいは「本流」の)芸術至上主義的な人々から「コミュ

ニティ・アートは表現の質が低い」と厳しく指摘されつつも、社会

的認知を求めて活動の方法論を研ぎ澄ませてきた英国コミュニ

ティ・アートの四半世紀の闘争は*1、ブレア労働党政権の地域再

生政策の流れに積極的に参画することで活動の枠組みを構築

し、80年代にサッチャー政権の新自由主義が徹底的に破壊した

社会連帯の価値観を再生する試みに寄与している*2。特に社会

包摂的な芸術活動においては、対社会的な戦術戦略は徹底して

おり、表現技術の活用においても冷静な思い切りがみられる。

対社会的な戦術戦略というのは、成果をきっちりと社会に認識さ

せるということである。社会からこぼれ落ちてしまいそうな人た

ちを助けるという大きな目標は日英で変わりはないが、英国で

は、参加者の向上心を目覚めさせ、自己敬愛心を高めることに焦

点を絞り、そのためには芸術性の希求のオン/オフをも厭わな

い*3。また、成果を明確にするために、集中的あるいは継続的に

ことが今日的な芸術家の技術とみなされる。これはもしかする

と、近代的社会システムのサポートが絶望視される状況が長く続

いている日本で、芸術が近代化をあきらめて鶴見俊輔のいう限

界芸術的なものに進化しているのかもしれない。日本は芸術に

とってガラパゴス的環境なのだろうか?

 

帰国後のブリティッシュ・カウンシルのサポートもあって、現場レ

ベルの日英交流は夏から冬にかけて日本での再会という形で早

急に進展を見せた。日本の状況は英国側にはやはり近代化の途

上と映るようだが、確かに政権交代後の社会環境はガラパゴス

にも変化の大波をもたらしそうな模様である。日本で独自の進化

を遂げた社会志向型表現プロジェクトのモデルを輸出できるよ

うな繚乱の時代を切り開くには、いまこそ英国の大胆な進化の精

神を見習うべきかもしれない。このままでは日本はガラパゴスか

ら単なるグローバルスタンダード、いや芸術不毛地帯になること

も危惧されるのだから。

*1 ファンデーション・フォー・コミュニティ・ダンスのケン・バートレット氏の談話

から。

*2 ショーディッチ・トラストのマイケル・ペイナー氏の談話から。

*3 たとえばストリートワイズ・オペラの活動では、地域センターでの日常的な

ワークショップでは芸術性や表現の革新の度合いは求めず、年一回の舞台公演で

は高いレベルの芸術性を求めてテクノロジーをも駆使している。

*4 ダンス・ユナイテッドは、2009年3月12日と13日の2日間、ロンドンのダンスの

殿堂であるサドラーズ・ウェルズ劇場を満員にする公演をおこない、ストリートワイ

ズ・オペラがホームレスの人 と々制作した映像インスタレーションは、2009年9月に

日本にも巡回している。

ハードなトレーニングを課すプログラムを組み、トレーニング術

に長けたアーティストを育成し、しかも芸術表現によるプログラ

ムに専念すべく福祉や教育などの専門機関にきっちりと役割分

担を求めている。さらに成果を社会にアピールする際には「作品

性」を重視して、大聖堂や劇場などプレステージの高い会場で舞

台技術を駆使した公演を実現させ、作品の海外巡回にまでチャ

レンジしている団体もある*4。また、施政者たちへのアピールのた

めに実証データを集め、心に訴えるドキュメント映像に合理的根

拠を添えることも忘れない。われわれが視察した英国の事例に

は、個々の活動の社会基盤を構築するシステムへの意思が明確

に感じられ、さらにそれを可能にする社会ネットワークの存在が

垣間見えた。それは社会包摂的な活動のみならずクリエイティブ

政策の具体的な取り組みにおいても同様である。

日本にも長年地道な活動をしている団体は数多いが、それらは

いまだに個々の点であり、メディアに取り上げられることは増え

ていても活動基盤は依然として非常に脆弱である。支援や連携

のネットワークが弱いことは確かに社会的課題なのだが、しかし

われわれ視察団のメンバーからは、むしろ芸術表現の日本的進

化状況を積極的に再認識する意見も出た。メンバーたちが取り組

んでいる日本のコミュニティ型の表現活動は、英国の視察事例

のようなシステマティックな仕組みに果たしてなじむのであろう

か。視察事例には身体技能の進歩や作品性を大胆に目指す傾向

から、技術と規範を前提とする近代的芸術観を感じさせる部分も

色濃いのだが、日本の先端的な若手アーティストたちの表現活

動には、社会包摂的な活動においてさえむしろ技術や規範の概

念を打ち壊すポスト近代的な方向を志向する動きがみられる。

ワークショップは規範を与えてその上達をめざすことより、ある

がままの状態を肯定することから始め、表現は必ずしも芸術作

品を目指すのではなく、むしろ微分化してゆく過程に美を見出す

04 芸術進化論の日英比較

――極東のガラパゴスから

熊倉純子 [東京藝術大学音楽学部音楽環境創造科]

05

ショーディッチ・トラストがプロデュースするWater House Restaurantから望む。

倉庫外壁の色は、日本人アーティスト白石由子氏によるもの。

Arts Ecosystem

Page 6: Arts for Community Development & Regeneration report

に考えが揺れ動くんですが、英国で訪れた団体は、「アートに軸

足を置く」と明言していました。

もう一つの印象は、活動のあり方が構築的というか、制度を重ん

じていることです。私は、ジャンルを横断したり、制度から漏れ

落ちるような人を包摂しようと思ってアートに取り組んでいるん

だけれども、英国の事例では、比較的、制度から漏れている部分

は見えてこなかった。そのあたりが気になりました。

樋口 ストリートワイズ・オペラ(☞21頁)は、「芸術以外の部

分のケアは、例えばヘルスケア専門のNPO、就労支援専門の

NPOと連携している」と言っていましたね。また、例えばコンテ

ンポラリーダンスのNPOなど、活動分野やジャンルを超えて連

携していると。連携というか、分業なのかもしれませんけど。

上田 私が関わっているプロジェクトでは、当事者のホームレ

スが参加したいのか、参加したくないのかはっきりしていない状

態から、「一緒にやろうよ」と関わっていったんですね。だから、

「ケアに関しては○○さんに任せよう」というような区分はでき

ないという実感もあります。もちろん、ホームレス支援の専門の

NPOが協力してくれたらいいのになぁと思うこともあります。し

かし私は、アートが人間関係を紡ぐところも大事だと思ってい

て、アートに携わる人間として、ホームレスの人が生死の境目に

いる状況を踏まえて、どのように関わっていくのかということに

向き合いたい。そう考えると、「ホームレス・ケアセンターに任せ

ておけばいい」とは思わないんです。

岡部 私たちの団体はいつも街の人たちと一緒にプロジェク

トをやっているんですが、それは、アートのクオリティを高める

こととしてやっているのか、アート的なアプローチと福祉的なア

プローチを分けるべきなのか、どうなのか。僕もよく分からない。

でも、得手・不得手というのはあって、プロジェクトのチームの中

に福祉的なアプローチが得意なNPOがいれば、そこまで僕は抱

えなくてもいい。そういう関係や役割分担は大事だと思います。

押し付けではなくて。

上田 例えば、ちょうど今、釜ヶ崎の中で働く人や暮らす人た

ちで音楽をやりたい人を対象に「釜ヶ崎ブラスバンド」というの

を立ち上げようとしているんですが、核になるメンバーはいるも

のの、誰もマネジメントができなくて、かなり難航しています。スト

リートワイズ・オペラの活動のように、ホームレス・ケアセンター

があって、そこに芸術NPOがワークショップを出前するというシ

ステムができているのは、改めてすごいなぁと思うわけです。

岡部 ストリートワイズ・オペラの代表のマットさんは、この

活動のまえにずっとホームレス支援のボランティアをやってい

たと言っていました。僕は、それが重要だったんじゃないかと。た

だアーティストが来てワークショップをやり始めたのではなく

て、まず人の繋がりを作ってから、ああいう活動が始まったん

じゃないか。

―英国の視察から帰国してから数週間後、視察の

参加メンバーが再び顔を合わせて座談会を行った。参加

メンバーは、それぞれが英国で見聞きしたものを日本に

持ち帰り、しばらくの間、自らの活動と照らし合わせて英

国での見聞したことを見つめ直した。そして、改めてメン

バー全員で整理し、より多くの人々と見聞したことを共有

するために、この座談会が開かれた。

コミュニティ・アート

熊倉 日本と英国は、文化政策も芸術支援環境も全く違うの

ですが、今回の視察で感じたのは、文化施設の整備や社会包摂

的な芸術活動など、アウトプットの面では意外と近いんだなぁと

いうことです。なので、一方的に英国を羨むばかりじゃなく、日

本の現場で活動している皆さんの意見が英国側にも大いに刺激

になったと思います。まずは、「コミュニティ・アート」という視点

から、社会包摂的な芸術活動について、みなさんの印象や日英

の比較をおうかがいしたいと思います。

上田 印象に残ったことは二つあります。一つは、アートその

もののクオリティを強調していたこと。日本でコミュニティ・アー

トに携わっている人々は、アートとしてのクオリティについて、常

れわれ日本人は、そうした近代性をうまく取り入れるのがへたく

そです(笑)。でも、近代的な分節構造を逸脱していくところが、

今日の芸術表現として面白いところでもあります。

上田さんは、「紙芝居劇むすび」が「ひょんなことから」始まっ

たって言いましたね(笑)。まさにその「ひょんなことから」という

のが、近代的な表現手法とは別の共感を呼び起こしていると評

価できると思うんです。

やまぐち これまでの話を聞いて、近代芸術という括り方が腑に

落ちた感じがしました。視察した事例の多くは、ハイ・アートを目

指しているというか、ある意味では分かりやすいアートのように

見えたので…。

私たちの活動は、自分の内面から沸き起こるような、それが何な

のかも分からないような状態から始まるんですが、きっとそれは

アートでしかない、という確信があり、そこから新しい考え方や

価値観を作っていきたいという思いがあるんです。

だから、英国では「コミュニティ・アート」というジャンルが明確

にあるのが、新鮮に感じました。私たちは普段、コミュニティ・

アートをやっているという意識がなかったので。日本では「コ

ミュニティ・アート」という分野は確立されているんですか?

上田 少なくとも、うちの団体にお金は流れてこないから、確

立されてないと思います(笑)。

岡部 僕は助成金や補助金を申請するときは、芸術以外の分

野のプログラムにアプローチするんですが、実際の内容はアート

として成立するようなストーリーを考えてはいるんです。それと

ストリートワイズ・オペラは、似ていると思う。というのは、プロ

ジェクトをずっと継続することで、参加者のマインドが変わって

いくじゃないですか。それが重要だと思ったんですよね。

根本 たしかにストリートワイズ・オペラの代表のマットさん

の視座は、アート系というよりも、福祉系だと思う。一人ひとりを

どう変えていくかということよりも、誰もが参加できて、最後は

何かを達成する場所を作ること、言ってみれば、個々よりも社会

的なケアの方向に視点があるんですね。

湯浅 たぶん、英国の文化政策で優先順位が高いのは、「ア

クセシビリティ」、つまり市民の幅広い芸術に対する参画を求め

ることだと思うんです。よりコミュニティベースの活動などを通

して、いろんな人が社会的包括という意味でも参加できること

が求められているようです。

根本 その一方で、ストリートワイズ・オペラは、「日常的なホー

ムレスセンターでの活動は芸術的な質は求めないが、年に一度

の作品制作では芸術的な質を重視する」と言っていましたし、

ダンス・ユナイテッド(☞15頁)も刑務所や少年院を出所した人々

が取り組む作品をアートとして社会的に認めさせることを重視し

ていました。

渡邉 私も、常々異なる分野のNPOやプロフェッショナルの

方々同士の有機的なコラボレーションの重要性を感じていま

す。プロジェクトベースでお互いに学び合うスタンスがあると物

事が前に進むことを実感しています。今回の視察では芸術分野

や地域づくり系、学び系など数多くの個性的な団体の方々がよ

りよくコラボレーションしていたように感じます。

樋口 ストリートワイズ・オペラを訪問した際、上田さんも「紙

芝居劇むすび」のプレゼンテーションをしてくださいましたが、

対極的な活動だなと思ったんです。たしか「むすび」は、釜ヶ崎

に住む高齢者が自発的にやりたいと言い出した活動ですよね。

上田 そこも微妙で、もともとは釜ヶ崎にまちづくり系の

NPOがあって、そこに集まるおじいちゃんたちを、うまく人前で

話せるガイドにしようとサロンをひらいたら、ひょんなことから

紙芝居を始めたそうなんです。

樋口 上田さんたちと釜ヶ崎のおじいちゃんたちが紙芝居を

始めた関係性と、ストリートワイズ・オペラがホームレスをオペラ

という「ハイ・アート」に引き上げようとする関係性は、根本的に

違うような気がするんですよね。

鈴木 ストリートワイズ・オペラで視察したワークショップ

は、オペラというよりはミュージカルでしたね。でも、とにかく「オ

ペラ」と言い切ることが大事なんだろうな、と感じたんです。多く

の人が高尚なものと捉えているオペラに、ホームレスの人たちが

取り組むというギャップが大事なんでしょうね。

熊倉 上田さんたちの釜ヶ崎での活動や、岡部さんたちの寿

町での活動は、基本的に、形式や規範から逸脱することを良しと

する、いわゆる「現代芸術」なんだと思います。今回の視察で垣

間見たいくつかの事例に限ってのことかもしれませんが、英国で

は、ダンスにしても歌劇にしても、規範や形式を前提とする「近

代芸術」の手法を取り入れていました。お手本となる規範や形式

が明確だと、それに到達する技術が求められるので、向上心を

引き出しやすく観客側も評価がしやすい。技術といっても、クラ

シック音楽やクラシックバレエなどの古典芸術ほど高度な技術

ではないので、未経験者の参加許容度も担保されている近代芸

術の性格を、巧みに社会包摂的な活動に取り入れていると感じ

ました。

一方、日本の表現分野の先端では、生活の中に微分化されて、

作品と生存のあり様の境界線が曖昧で、個々の生に寄り添うよ

うな表現が特徴的だと思うんです。ゆえに、観客や社会には、

「高度な芸術作品」と受け取られないことのほうが多く、活動全

体をみても、「どこがアートだか分からない」「アーティストたち

が福祉活動をしている」と思われてしまう。逆に英国の「コミュ

ニティ・アート」は、誰が見ても「アート」だと分かるものを志向す

る傾向にあるような気がしました。

こうした分業化は、ヨーロッパ的近代主義が事物を分節的にと

らえることの帰結といってしまえばそれまでですが、なにしろわ

06

座談会

上田暇奈代 〔NPO法人こえとことばとこころの部屋〕

岡部友彦 〔コトラボ合同会社〕

熊倉純子 〔東京芸術大学音楽環境創造科〕

鈴木敦 〔財団法人横浜市芸術文化財団〕

根本ささ奈 〔社団法人企業メセナ協議会/アサヒビール株式会社〕

樋口貞幸 〔NPO法人アートNPOリンク〕

やまぐちくにこ 〔NPO法人淡路島アートセンター〕

渡邉賢一 〔内閣官房 地域活性化統合事務局〕

湯浅真奈美 〔ブリティッシュ・カウンシル〕

聞き手:大澤寅雄 〔NPO法人アートNPOリンク〕

07Arts for Community Development & Regeneration

Page 7: Arts for Community Development & Regeneration report

に考えが揺れ動くんですが、英国で訪れた団体は、「アートに軸

足を置く」と明言していました。

もう一つの印象は、活動のあり方が構築的というか、制度を重ん

じていることです。私は、ジャンルを横断したり、制度から漏れ

落ちるような人を包摂しようと思ってアートに取り組んでいるん

だけれども、英国の事例では、比較的、制度から漏れている部分

は見えてこなかった。そのあたりが気になりました。

樋口 ストリートワイズ・オペラ(☞21頁)は、「芸術以外の部

分のケアは、例えばヘルスケア専門のNPO、就労支援専門の

NPOと連携している」と言っていましたね。また、例えばコンテ

ンポラリーダンスのNPOなど、活動分野やジャンルを超えて連

携していると。連携というか、分業なのかもしれませんけど。

上田 私が関わっているプロジェクトでは、当事者のホームレ

スが参加したいのか、参加したくないのかはっきりしていない状

態から、「一緒にやろうよ」と関わっていったんですね。だから、

「ケアに関しては○○さんに任せよう」というような区分はでき

ないという実感もあります。もちろん、ホームレス支援の専門の

NPOが協力してくれたらいいのになぁと思うこともあります。し

かし私は、アートが人間関係を紡ぐところも大事だと思ってい

て、アートに携わる人間として、ホームレスの人が生死の境目に

いる状況を踏まえて、どのように関わっていくのかということに

向き合いたい。そう考えると、「ホームレス・ケアセンターに任せ

ておけばいい」とは思わないんです。

岡部 私たちの団体はいつも街の人たちと一緒にプロジェク

トをやっているんですが、それは、アートのクオリティを高める

こととしてやっているのか、アート的なアプローチと福祉的なア

プローチを分けるべきなのか、どうなのか。僕もよく分からない。

でも、得手・不得手というのはあって、プロジェクトのチームの中

に福祉的なアプローチが得意なNPOがいれば、そこまで僕は抱

えなくてもいい。そういう関係や役割分担は大事だと思います。

押し付けではなくて。

上田 例えば、ちょうど今、釜ヶ崎の中で働く人や暮らす人た

ちで音楽をやりたい人を対象に「釜ヶ崎ブラスバンド」というの

を立ち上げようとしているんですが、核になるメンバーはいるも

のの、誰もマネジメントができなくて、かなり難航しています。スト

リートワイズ・オペラの活動のように、ホームレス・ケアセンター

があって、そこに芸術NPOがワークショップを出前するというシ

ステムができているのは、改めてすごいなぁと思うわけです。

岡部 ストリートワイズ・オペラの代表のマットさんは、この

活動のまえにずっとホームレス支援のボランティアをやってい

たと言っていました。僕は、それが重要だったんじゃないかと。た

だアーティストが来てワークショップをやり始めたのではなく

て、まず人の繋がりを作ってから、ああいう活動が始まったん

じゃないか。

―英国の視察から帰国してから数週間後、視察の

参加メンバーが再び顔を合わせて座談会を行った。参加

メンバーは、それぞれが英国で見聞きしたものを日本に

持ち帰り、しばらくの間、自らの活動と照らし合わせて英

国での見聞したことを見つめ直した。そして、改めてメン

バー全員で整理し、より多くの人々と見聞したことを共有

するために、この座談会が開かれた。

コミュニティ・アート

熊倉 日本と英国は、文化政策も芸術支援環境も全く違うの

ですが、今回の視察で感じたのは、文化施設の整備や社会包摂

的な芸術活動など、アウトプットの面では意外と近いんだなぁと

いうことです。なので、一方的に英国を羨むばかりじゃなく、日

本の現場で活動している皆さんの意見が英国側にも大いに刺激

になったと思います。まずは、「コミュニティ・アート」という視点

から、社会包摂的な芸術活動について、みなさんの印象や日英

の比較をおうかがいしたいと思います。

上田 印象に残ったことは二つあります。一つは、アートその

もののクオリティを強調していたこと。日本でコミュニティ・アー

トに携わっている人々は、アートとしてのクオリティについて、常

れわれ日本人は、そうした近代性をうまく取り入れるのがへたく

そです(笑)。でも、近代的な分節構造を逸脱していくところが、

今日の芸術表現として面白いところでもあります。

上田さんは、「紙芝居劇むすび」が「ひょんなことから」始まっ

たって言いましたね(笑)。まさにその「ひょんなことから」という

のが、近代的な表現手法とは別の共感を呼び起こしていると評

価できると思うんです。

やまぐち これまでの話を聞いて、近代芸術という括り方が腑に

落ちた感じがしました。視察した事例の多くは、ハイ・アートを目

指しているというか、ある意味では分かりやすいアートのように

見えたので…。

私たちの活動は、自分の内面から沸き起こるような、それが何な

のかも分からないような状態から始まるんですが、きっとそれは

アートでしかない、という確信があり、そこから新しい考え方や

価値観を作っていきたいという思いがあるんです。

だから、英国では「コミュニティ・アート」というジャンルが明確

にあるのが、新鮮に感じました。私たちは普段、コミュニティ・

アートをやっているという意識がなかったので。日本では「コ

ミュニティ・アート」という分野は確立されているんですか?

上田 少なくとも、うちの団体にお金は流れてこないから、確

立されてないと思います(笑)。

岡部 僕は助成金や補助金を申請するときは、芸術以外の分

野のプログラムにアプローチするんですが、実際の内容はアート

として成立するようなストーリーを考えてはいるんです。それと

ストリートワイズ・オペラは、似ていると思う。というのは、プロ

ジェクトをずっと継続することで、参加者のマインドが変わって

いくじゃないですか。それが重要だと思ったんですよね。

根本 たしかにストリートワイズ・オペラの代表のマットさん

の視座は、アート系というよりも、福祉系だと思う。一人ひとりを

どう変えていくかということよりも、誰もが参加できて、最後は

何かを達成する場所を作ること、言ってみれば、個々よりも社会

的なケアの方向に視点があるんですね。

湯浅 たぶん、英国の文化政策で優先順位が高いのは、「ア

クセシビリティ」、つまり市民の幅広い芸術に対する参画を求め

ることだと思うんです。よりコミュニティベースの活動などを通

して、いろんな人が社会的包括という意味でも参加できること

が求められているようです。

根本 その一方で、ストリートワイズ・オペラは、「日常的なホー

ムレスセンターでの活動は芸術的な質は求めないが、年に一度

の作品制作では芸術的な質を重視する」と言っていましたし、

ダンス・ユナイテッド(☞15頁)も刑務所や少年院を出所した人々

が取り組む作品をアートとして社会的に認めさせることを重視し

ていました。

渡邉 私も、常々異なる分野のNPOやプロフェッショナルの

方々同士の有機的なコラボレーションの重要性を感じていま

す。プロジェクトベースでお互いに学び合うスタンスがあると物

事が前に進むことを実感しています。今回の視察では芸術分野

や地域づくり系、学び系など数多くの個性的な団体の方々がよ

りよくコラボレーションしていたように感じます。

樋口 ストリートワイズ・オペラを訪問した際、上田さんも「紙

芝居劇むすび」のプレゼンテーションをしてくださいましたが、

対極的な活動だなと思ったんです。たしか「むすび」は、釜ヶ崎

に住む高齢者が自発的にやりたいと言い出した活動ですよね。

上田 そこも微妙で、もともとは釜ヶ崎にまちづくり系の

NPOがあって、そこに集まるおじいちゃんたちを、うまく人前で

話せるガイドにしようとサロンをひらいたら、ひょんなことから

紙芝居を始めたそうなんです。

樋口 上田さんたちと釜ヶ崎のおじいちゃんたちが紙芝居を

始めた関係性と、ストリートワイズ・オペラがホームレスをオペラ

という「ハイ・アート」に引き上げようとする関係性は、根本的に

違うような気がするんですよね。

鈴木 ストリートワイズ・オペラで視察したワークショップ

は、オペラというよりはミュージカルでしたね。でも、とにかく「オ

ペラ」と言い切ることが大事なんだろうな、と感じたんです。多く

の人が高尚なものと捉えているオペラに、ホームレスの人たちが

取り組むというギャップが大事なんでしょうね。

熊倉 上田さんたちの釜ヶ崎での活動や、岡部さんたちの寿

町での活動は、基本的に、形式や規範から逸脱することを良しと

する、いわゆる「現代芸術」なんだと思います。今回の視察で垣

間見たいくつかの事例に限ってのことかもしれませんが、英国で

は、ダンスにしても歌劇にしても、規範や形式を前提とする「近

代芸術」の手法を取り入れていました。お手本となる規範や形式

が明確だと、それに到達する技術が求められるので、向上心を

引き出しやすく観客側も評価がしやすい。技術といっても、クラ

シック音楽やクラシックバレエなどの古典芸術ほど高度な技術

ではないので、未経験者の参加許容度も担保されている近代芸

術の性格を、巧みに社会包摂的な活動に取り入れていると感じ

ました。

一方、日本の表現分野の先端では、生活の中に微分化されて、

作品と生存のあり様の境界線が曖昧で、個々の生に寄り添うよ

うな表現が特徴的だと思うんです。ゆえに、観客や社会には、

「高度な芸術作品」と受け取られないことのほうが多く、活動全

体をみても、「どこがアートだか分からない」「アーティストたち

が福祉活動をしている」と思われてしまう。逆に英国の「コミュ

ニティ・アート」は、誰が見ても「アート」だと分かるものを志向す

る傾向にあるような気がしました。

こうした分業化は、ヨーロッパ的近代主義が事物を分節的にと

らえることの帰結といってしまえばそれまでですが、なにしろわ

06

座談会

上田暇奈代 〔NPO法人こえとことばとこころの部屋〕

岡部友彦 〔コトラボ合同会社〕

熊倉純子 〔東京芸術大学音楽環境創造科〕

鈴木敦 〔財団法人横浜市芸術文化財団〕

根本ささ奈 〔社団法人企業メセナ協議会/アサヒビール株式会社〕

樋口貞幸 〔NPO法人アートNPOリンク〕

やまぐちくにこ 〔NPO法人淡路島アートセンター〕

渡邉賢一 〔内閣官房 地域活性化統合事務局〕

湯浅真奈美 〔ブリティッシュ・カウンシル〕

聞き手:大澤寅雄 〔NPO法人アートNPOリンク〕

07Arts for Community Development & Regeneration

Page 8: Arts for Community Development & Regeneration report

08 09湯浅 ダンス・ユナイテッドの「アカデミー」というプロジェク

トにしても、「青少年の育成」に関する団体から資金的援助を受

けているようでした。ファンデーション・フォー・コミュニティ・

ダンス(☞17頁)のケンさんも、最近は芸術分野の助成金が不足

しているためか、アート団体が福祉やヘルスケアを趣旨とする支

援を受けるケースも増えているようだ、と言っていました。深刻

な経済不況でアーツカウンシルの予算削減など、芸術をとりまく

環境が厳しくなるという予測の中で、芸術機関がどう立ち向かっ

て行くのか、いろんな試みが模索されています。

樋口 「芸術的な質の高さ」をアピールするという戦略は、予

算縮小の気配の中で、文化政策全体に対するコミュニティ・アー

トの権利要求でもあるわけですね。

アーツカウンシルを再考する

熊倉 アーツカウンシルは、文化政策を推進する政府から独

立した専門機関ですが、これまでの話から、英国のアートそのも

のにやはり大きな影響力を持っているような気がします。ニュー

カッスル大学(☞20頁)でのフォーラムでは、われわれが日本で

アーツカウンシルの導入を目指しているといったら、即座に「あ

んな官僚的なものつくっちゃいけない」と言われたり(笑)、ロン

ドン芸術大学(☞14頁)の先生からも、アーツカウンシルとクラフ

トカウンシル(Crafts Council)やデザインカウンシル(Design

Council)の連携がまったくない、と縦割制度を批判する声が聞

かれました。

それでも、アーツカウンシルのスタッフ一人ひとりが、アートに愛

を注いでいて、表現活動と社会の間にネットワークを紡いでいて

くれるのは、羨ましい気がします。アーツカウンシルのスタッフに

アーティスト出身の人が多いのもその一因かもしれません。ダン

ス・ユナイテッドの「エチオピアのストリートチルドレンや少年刑

務所の受刑者とダンス・プログラムを始めたい」というアイディア

に対して相談に乗ってくれて、しかもアイディアを形にする下支

えをいろいろしてくれる人がアーツカウンシルにいたわけです。

上田 ニューカッスルに行ったとき、首都から離れた地方で

アートに携わっている人が、アーツカウンシルのスタッフと親し

そうに話をしていたじゃないですか。私たちのような現場の末端

の人間は、本当に孤軍奮闘していて、遠方から人が来て話を聞

いてくれるだけでもずいぶん励まされるんです。だから、アーツ

カウンシルが地方の隅々までアートに関わる人々を見守ってい

るんだということを実感して、温かい気持ちになりました。

樋口 リージョナル・オフィスの存在は大きいですね。ロンド

ンとは違う地域固有の課題をちゃんと把握することができるし、

新たな動きがあるようです。

熊倉 予算削減といい、組織の縮小といい、アーツカウンシル

という制度の後退の感は否めませんが、英国においてアーツカ

ウンシルは役割を終えつつあるのでしょうか?確かに「欧州文化

首都」は、よりグローバルな新しいインセンティブとなっていま

す。開催地はもちろんですが、立候補するために各都市は地域

内の文化セクション全体でタッグを組んで政策アピールをする

必要がありますからね。

上田 2008年後半からの世界的経済不況の中で、アーツカ

ウンシルだけでなく、英国全体も変化しているんじゃないかと思

います。成熟しすぎた資本主義から揺り戻しつつある世界的動

きの中で、アーツカウンシル的な役割がどのような制度的変容

を遂げるのか、注目していきたいです。大阪では、大阪なりのアー

ツカウンシルを作りたいと思ってはいるんですけれども…なか

なかスムーズには進んでいません。

クリエイティブ・シティのこれから

鈴木 ニューカッスルでは、近代産業遺産をリノベーションし

た現代美術センター(BALTIC Centre for Contemporary Art)

が2002年に、最新設備を整えたコンサートホール(The Sage

Gateshead)が2004年にオープンしました。その後、周辺都市

にも現代美術館が設立されたり、隣のまちには歴史的建造物を

再生したスタジオが整備されて、管理運営をNPOに委託し、市

民が自由に使えるようにしたそうです。考えてみると、横浜市や

金沢市の動向と同じように見えますが…。

湯浅 アーツカウンシル・ノースイーストのエグゼクティブ・

ディレクターのマーク・ロビンソンさんは、今後の地域の文化政

策の新たな方向性として、大型の施設整備への投資が終わっ

て、その成果に対して目が向けられるだろうと言っていました。

創造都市政策が、本当に成果を生み出しているのかどうかとい

う部分に、今まで以上に関心が向けられていることは事実だと

思います。ニューカッスルにしても、メディアに大きく露出し、経

済的効果があることは確かですが、より地域の内側に目を向け

たときに、社会格差の拡大や失業率の増加といった状況に対し

て、アートの役割とは何かを考えなければならなくなっているよ

うです。

ショーディッチ・トラスト(☞18頁)も、10年間という期限付きの

地域行政からの支援が2010年に期限を迎え、自活していかな

ければならなくなります。もっとも、そもそも社会起業として立

ち上げからビジネスモデルがあるので、助成金に依存しているわ

けではないのですが。

根本 たしか、不動産の家賃収入が事業の財源ですよね。

やまぐち 淡路島アートセンターに、4年間ロンドンに留学してい

たメンバーがいるんですが、ロンドン市の東部のショーディッ

チ・トラストがある周辺は、かつては家賃も安くてアーティストが

集まりやすく、ホットスポットになりつつあったという話です。

ショーディッチ・トラストは、不動産の空き物件があると、ロイヤ

ル・バレエ団のダンサーの写真を宣伝広告に使うと借り手が見

つかると言っていましたが、実際にその広告を見たそうです。

根本 日本では地域系のアートプロジェクトと「ロイヤル・バ

レエ団」とは結びつきませんが、ここでも英国では近代芸術です

ね。日本のNPO的な活動とはコミュニティへの関わり方が違う

なぁと思いました。

湯浅 最近はあまりにトレンディースポット化してしまって、

以前は工場や倉庫だったスペースをアーティストがスタジオに

使えたのに、家賃が高騰し、アーティストが住みにくくなってし

まったそうです。

やまぐち ショーディッチ・トラストは、低所得者地域に高所得者

層が住むようになることで、多様なコミュニティが共存していけ

ばOKじゃないか、と言ってましたけどね。

岡部 とりあえず、「安全なまち」にはなってきているわけで

すよね。ショーディッチ・トラストの活動は、アートを振興すると

いうよりは、そもそも地域の治安を安定させることをやっている

ように見えました。

熊倉 確かに「安全」というのは、20世紀終盤からヨーロッパ

の多くの大都市において本当に切実な問題でした。日本の治安

レベルとは全然違って、夜は一人では歩けないエリアがどの都市

にもありましたから。

岡部 僕の知っている社会起業家が言っていたんですが、

ショーディッチの近くにある難民の多いエリアでは、80言語くら

いが使われていて、やはりかなり治安が悪い状況だったそうで

す。こういう地域では、アートの振興よりもまず、最低限の安全

を実現するためにどうすればいいかが優先課題になるとは思い

ます。

湯浅 治安の問題もあったと思いますが、なによりも地域経

済の低迷によって市民に活気がなかったですね。若者がロンド

ンに流出して、誰も自分のまちを誇りに思っていなかった。そこ

に、アントニー・ゴームリーの巨大なパブリックアートが創られ

て再生の物語が始まったというわけですが、でも話に聞くと、70

年代くらいからアーティスト・イニシアチブでコミュニティでの活

動はあったようです。

樋口 まず先にアーティスト・イニシアチブの活動があって、

また、文化政策が変わっても、現場の声が届いているから日本の

ようなお題目に終わることなく、現場に政策が反映される状況

を創り出していると感じます。もちろん、実態としては政府の関

与もあるでしょうし、オルタナティブなアート活動をしている人

からすれば、権威的に見える面もあるでしょうけれども。

熊倉 日本で言えば、アサヒ・アート・フェスティバルも、ゆる

やかなネットワークとして機能しているし、経済的な支援だけ

じゃなく、「あなたのやっていることに価値がある」ということ

を、みんなと一緒に共有している。羨むばかりじゃ悔しいので、

ニューカッスル大学で、「アサヒ・アート・フェスティバルは日本

のアーツカウンシルだ」と、一応、言ってみたんですが(笑)

根本 いや、実際それを目指していますよ(笑)。規模は全然

ちがいますけどね。

鈴木 私が勤めている横浜市芸術文化振興財団も、横浜市

に対する政策提言をすると言ってはいるんですが、簡単なことで

はありません。

今回の視察で、ニューカッスルからさらに車で1時間の郊外の

小さなまちにある歴史的な建造物での活動に対して、アーツカ

ウンシルが何らかの形で関与しているというのは、すごいことだ

と思いました。日本で言えば、文化庁のような国の機関が、地方

の農村部の小さな活動まで関わるようなことは、考えにくいと思

います。

樋口 日本の文化行政の体系は非常に分かりにくいですよ

ね。助成制度にしても、文化庁、芸術文化振興基金、国際交流基

金、地域創造など、いくつも機関があるけれども体系的な位置

づけが非常に分かりにくい。英国であれば、アーティストは困っ

たことがあればアーツカウンシルに相談すればいいということ

ですかね。

渡邉 確かに日本の文化行政は縦割りでしかも分かりづらい

ですよね。これから日本もクールジャパンやジャパンブランド、そ

して知的財産やカルチャーを基盤としたインバウンド観光振興

など、文化行政への期待が高まっています。英国のアーツカウン

シルに学ぶ事は大変に多いと思います。個人的には日本にもこ

うした活動体系がある方が望ましいと思います。

湯浅 英国の地方の文化活動には、アーツカウンシルだけで

はなくて、州や市といったレベルの行政や地域開発機構などか

ら、重層的に資金が流れる道筋もあります。ニューカッスルで

は、アーツカウンシル、市、大学、文化団体のコンソーシアムなど

が同じテーブルで話す場があるわけです。逆に、2008年の欧州

文化首都だったリバプールでは、アーツカウンシルの枠組みとは

別に、地域の美術館、劇場、ビエンナーレ関係者といった、芸術

関係のキーパーソンがコンソーシアムを作って、市の文化につい

て話し合う場を設けているようです。今後、アーツカウンシルの

組織の再編が行われ、助成の事務手続きが一元化されるなど、

Page 9: Arts for Community Development & Regeneration report

08 09湯浅 ダンス・ユナイテッドの「アカデミー」というプロジェク

トにしても、「青少年の育成」に関する団体から資金的援助を受

けているようでした。ファンデーション・フォー・コミュニティ・

ダンス(☞17頁)のケンさんも、最近は芸術分野の助成金が不足

しているためか、アート団体が福祉やヘルスケアを趣旨とする支

援を受けるケースも増えているようだ、と言っていました。深刻

な経済不況でアーツカウンシルの予算削減など、芸術をとりまく

環境が厳しくなるという予測の中で、芸術機関がどう立ち向かっ

て行くのか、いろんな試みが模索されています。

樋口 「芸術的な質の高さ」をアピールするという戦略は、予

算縮小の気配の中で、文化政策全体に対するコミュニティ・アー

トの権利要求でもあるわけですね。

アーツカウンシルを再考する

熊倉 アーツカウンシルは、文化政策を推進する政府から独

立した専門機関ですが、これまでの話から、英国のアートそのも

のにやはり大きな影響力を持っているような気がします。ニュー

カッスル大学(☞20頁)でのフォーラムでは、われわれが日本で

アーツカウンシルの導入を目指しているといったら、即座に「あ

んな官僚的なものつくっちゃいけない」と言われたり(笑)、ロン

ドン芸術大学(☞14頁)の先生からも、アーツカウンシルとクラフ

トカウンシル(Crafts Council)やデザインカウンシル(Design

Council)の連携がまったくない、と縦割制度を批判する声が聞

かれました。

それでも、アーツカウンシルのスタッフ一人ひとりが、アートに愛

を注いでいて、表現活動と社会の間にネットワークを紡いでいて

くれるのは、羨ましい気がします。アーツカウンシルのスタッフに

アーティスト出身の人が多いのもその一因かもしれません。ダン

ス・ユナイテッドの「エチオピアのストリートチルドレンや少年刑

務所の受刑者とダンス・プログラムを始めたい」というアイディア

に対して相談に乗ってくれて、しかもアイディアを形にする下支

えをいろいろしてくれる人がアーツカウンシルにいたわけです。

上田 ニューカッスルに行ったとき、首都から離れた地方で

アートに携わっている人が、アーツカウンシルのスタッフと親し

そうに話をしていたじゃないですか。私たちのような現場の末端

の人間は、本当に孤軍奮闘していて、遠方から人が来て話を聞

いてくれるだけでもずいぶん励まされるんです。だから、アーツ

カウンシルが地方の隅々までアートに関わる人々を見守ってい

るんだということを実感して、温かい気持ちになりました。

樋口 リージョナル・オフィスの存在は大きいですね。ロンド

ンとは違う地域固有の課題をちゃんと把握することができるし、

新たな動きがあるようです。

熊倉 予算削減といい、組織の縮小といい、アーツカウンシル

という制度の後退の感は否めませんが、英国においてアーツカ

ウンシルは役割を終えつつあるのでしょうか?確かに「欧州文化

首都」は、よりグローバルな新しいインセンティブとなっていま

す。開催地はもちろんですが、立候補するために各都市は地域

内の文化セクション全体でタッグを組んで政策アピールをする

必要がありますからね。

上田 2008年後半からの世界的経済不況の中で、アーツカ

ウンシルだけでなく、英国全体も変化しているんじゃないかと思

います。成熟しすぎた資本主義から揺り戻しつつある世界的動

きの中で、アーツカウンシル的な役割がどのような制度的変容

を遂げるのか、注目していきたいです。大阪では、大阪なりのアー

ツカウンシルを作りたいと思ってはいるんですけれども…なか

なかスムーズには進んでいません。

クリエイティブ・シティのこれから

鈴木 ニューカッスルでは、近代産業遺産をリノベーションし

た現代美術センター(BALTIC Centre for Contemporary Art)

が2002年に、最新設備を整えたコンサートホール(The Sage

Gateshead)が2004年にオープンしました。その後、周辺都市

にも現代美術館が設立されたり、隣のまちには歴史的建造物を

再生したスタジオが整備されて、管理運営をNPOに委託し、市

民が自由に使えるようにしたそうです。考えてみると、横浜市や

金沢市の動向と同じように見えますが…。

湯浅 アーツカウンシル・ノースイーストのエグゼクティブ・

ディレクターのマーク・ロビンソンさんは、今後の地域の文化政

策の新たな方向性として、大型の施設整備への投資が終わっ

て、その成果に対して目が向けられるだろうと言っていました。

創造都市政策が、本当に成果を生み出しているのかどうかとい

う部分に、今まで以上に関心が向けられていることは事実だと

思います。ニューカッスルにしても、メディアに大きく露出し、経

済的効果があることは確かですが、より地域の内側に目を向け

たときに、社会格差の拡大や失業率の増加といった状況に対し

て、アートの役割とは何かを考えなければならなくなっているよ

うです。

ショーディッチ・トラスト(☞18頁)も、10年間という期限付きの

地域行政からの支援が2010年に期限を迎え、自活していかな

ければならなくなります。もっとも、そもそも社会起業として立

ち上げからビジネスモデルがあるので、助成金に依存しているわ

けではないのですが。

根本 たしか、不動産の家賃収入が事業の財源ですよね。

やまぐち 淡路島アートセンターに、4年間ロンドンに留学してい

たメンバーがいるんですが、ロンドン市の東部のショーディッ

チ・トラストがある周辺は、かつては家賃も安くてアーティストが

集まりやすく、ホットスポットになりつつあったという話です。

ショーディッチ・トラストは、不動産の空き物件があると、ロイヤ

ル・バレエ団のダンサーの写真を宣伝広告に使うと借り手が見

つかると言っていましたが、実際にその広告を見たそうです。

根本 日本では地域系のアートプロジェクトと「ロイヤル・バ

レエ団」とは結びつきませんが、ここでも英国では近代芸術です

ね。日本のNPO的な活動とはコミュニティへの関わり方が違う

なぁと思いました。

湯浅 最近はあまりにトレンディースポット化してしまって、

以前は工場や倉庫だったスペースをアーティストがスタジオに

使えたのに、家賃が高騰し、アーティストが住みにくくなってし

まったそうです。

やまぐち ショーディッチ・トラストは、低所得者地域に高所得者

層が住むようになることで、多様なコミュニティが共存していけ

ばOKじゃないか、と言ってましたけどね。

岡部 とりあえず、「安全なまち」にはなってきているわけで

すよね。ショーディッチ・トラストの活動は、アートを振興すると

いうよりは、そもそも地域の治安を安定させることをやっている

ように見えました。

熊倉 確かに「安全」というのは、20世紀終盤からヨーロッパ

の多くの大都市において本当に切実な問題でした。日本の治安

レベルとは全然違って、夜は一人では歩けないエリアがどの都市

にもありましたから。

岡部 僕の知っている社会起業家が言っていたんですが、

ショーディッチの近くにある難民の多いエリアでは、80言語くら

いが使われていて、やはりかなり治安が悪い状況だったそうで

す。こういう地域では、アートの振興よりもまず、最低限の安全

を実現するためにどうすればいいかが優先課題になるとは思い

ます。

湯浅 治安の問題もあったと思いますが、なによりも地域経

済の低迷によって市民に活気がなかったですね。若者がロンド

ンに流出して、誰も自分のまちを誇りに思っていなかった。そこ

に、アントニー・ゴームリーの巨大なパブリックアートが創られ

て再生の物語が始まったというわけですが、でも話に聞くと、70

年代くらいからアーティスト・イニシアチブでコミュニティでの活

動はあったようです。

樋口 まず先にアーティスト・イニシアチブの活動があって、

また、文化政策が変わっても、現場の声が届いているから日本の

ようなお題目に終わることなく、現場に政策が反映される状況

を創り出していると感じます。もちろん、実態としては政府の関

与もあるでしょうし、オルタナティブなアート活動をしている人

からすれば、権威的に見える面もあるでしょうけれども。

熊倉 日本で言えば、アサヒ・アート・フェスティバルも、ゆる

やかなネットワークとして機能しているし、経済的な支援だけ

じゃなく、「あなたのやっていることに価値がある」ということ

を、みんなと一緒に共有している。羨むばかりじゃ悔しいので、

ニューカッスル大学で、「アサヒ・アート・フェスティバルは日本

のアーツカウンシルだ」と、一応、言ってみたんですが(笑)

根本 いや、実際それを目指していますよ(笑)。規模は全然

ちがいますけどね。

鈴木 私が勤めている横浜市芸術文化振興財団も、横浜市

に対する政策提言をすると言ってはいるんですが、簡単なことで

はありません。

今回の視察で、ニューカッスルからさらに車で1時間の郊外の

小さなまちにある歴史的な建造物での活動に対して、アーツカ

ウンシルが何らかの形で関与しているというのは、すごいことだ

と思いました。日本で言えば、文化庁のような国の機関が、地方

の農村部の小さな活動まで関わるようなことは、考えにくいと思

います。

樋口 日本の文化行政の体系は非常に分かりにくいですよ

ね。助成制度にしても、文化庁、芸術文化振興基金、国際交流基

金、地域創造など、いくつも機関があるけれども体系的な位置

づけが非常に分かりにくい。英国であれば、アーティストは困っ

たことがあればアーツカウンシルに相談すればいいということ

ですかね。

渡邉 確かに日本の文化行政は縦割りでしかも分かりづらい

ですよね。これから日本もクールジャパンやジャパンブランド、そ

して知的財産やカルチャーを基盤としたインバウンド観光振興

など、文化行政への期待が高まっています。英国のアーツカウン

シルに学ぶ事は大変に多いと思います。個人的には日本にもこ

うした活動体系がある方が望ましいと思います。

湯浅 英国の地方の文化活動には、アーツカウンシルだけで

はなくて、州や市といったレベルの行政や地域開発機構などか

ら、重層的に資金が流れる道筋もあります。ニューカッスルで

は、アーツカウンシル、市、大学、文化団体のコンソーシアムなど

が同じテーブルで話す場があるわけです。逆に、2008年の欧州

文化首都だったリバプールでは、アーツカウンシルの枠組みとは

別に、地域の美術館、劇場、ビエンナーレ関係者といった、芸術

関係のキーパーソンがコンソーシアムを作って、市の文化につい

て話し合う場を設けているようです。今後、アーツカウンシルの

組織の再編が行われ、助成の事務手続きが一元化されるなど、

Page 10: Arts for Community Development & Regeneration report

10 11後から政府からの支援が入ってきたわけですよね。パブリック

アートや現代美術センターやコンサートホールが作られたのは、

単に好景気のおかげではない。そもそも、ニューカッスルにはシ

ンボリックなものを必要としていたんだと思います。市民の多く

が、自分のまちを卑下していたのが、あのパブリックアートや現

代美術センターを訪ねて外から人が来る。それを市民が知るこ

とで、誇りを回復することを期待したんじゃないでしょうか。

熊倉 その面では一定の成果が見えたようですね。これから

は、不況と向き合いながら、今まで以上に地域の市民生活に根

付くことが課題ということでしょうね。

樋口 不況に関して言えば、今回の視察では、クリエイティ

ブ・シティよりクリエイティブ・インダストリーという言葉をかな

り耳にしました。不況の煽りや箱モノの限界で失速した感もあり

ますが、これから数字的な評価も始まるのでしょう。

渡邉 クリエイティブ・インダストリー、つまり創造力(心や

志)が産業全体を有機的に活性化するという印象を受けまし

た。本来の人間的な生活にとって最も必要な豊かな感性や人間

性のような部分が、いま改めて街づくりや社会づくりにとってコ

アであると見直されてきている気がします。

大学・調査研究機関の役割

根本 今回、視察したBOPコンサルティング(☞13頁)のように

文化専門の調査&コンサルティング会社があるということ自体

が驚きでした。しかも社員が14人!政府や企業に対して提言も

しているそうですが、さまざまなデータの蓄積があるからこそ、

それを政策提言に戦略的に使っていけるんだなぁと思いまし

た。しかも、アートに対する思いがある。設立者で代表のジョセ

フィーヌさんが「アートは人生を変えることができる」と信念を

持っていらしたことが、すばらしいと思いました。

熊倉 BOPは設立当初、調査の依頼がなくても、自主的にさ

まざまな文化に関するデータを収集し始めたそうです。創造都

市政策の今後を左右するのは、行政を説得できるような数字の

集積だ、と明言してますね。

樋口 アートNPOリンクはこの3年間、「アートNPOデータバ

ンク」という調査報告書を発行しているんですが、いつもつくづ

く思うのが、「なぜ、こういう調査を大学や研究機関が公開して

いないんだろう?」ということです。英国では、少なくとも日本よ

りは、そうした調査結果をアートの現場が共有できているし、政

策にも反映されているという印象を受けました。例えばニュー

なぁ」と思えるじゃないですか。でも、英国での視察では、ショー

ディッチ・トラストのロイヤル・バレエ団の例とかみても、一神教

的かなぁ、と(笑)。

上田 そうですよね。日本でも創造都市の取り組み事例が生

まれたことで、以前ほど日英の大きな差は感じなくなりました

が、欧米の価値観が硬直化しているところに、いまこそ日本が持

つアジア的な価値観を示すことができるんじゃないかと思いま

す。大きな目で見れば、資本主義のあり方を変えてゆく梶取り

を、欧米が打ち出していくのか、それとも、アジアから打ち出して

いくのか。

樋口 視察先で誰かに言われたんですが、「日本には興味深

い事例がいっぱいあるのに、そのプレゼンテーションが巧くな

いんじゃないか?」と

渡邉 日本的な価値観で様々な分野に先駆的なモデルをつ

くっていくことは本当に大切ですよね。多様化した価値社会にお

いて、世界に対して魅力を発信する際、もっとも大切なのは、郷

土や歴史風土に対して、いい意味での自尊心を持つ事だと思い

ます。自信をもって日本流をプレゼンテーションできるように、

自分も含めてがんばりたいですし、これからの表現者の方々にも

期待したいですね。

熊倉 ダンス・ユナイテッドは、「社会的共感を得るのに、映

像は人々の心情に訴えかけ、数字は人々の頭に訴えかける有効

なツール」だと言っていましたね。その両面の戦略が大事だと。

そのあたりは英国が一枚上手です。闘うための武器をたくさん

持っていて、精度が高く、切れ味がシャープ。日本では、芸術の

力で人や都市を元気にできるといっても、まだまだ分かってもら

えない状況ですが、努力の余地はありそうです。

湯浅 英国でも、表現について「エクセレンス(excellence)」

という表現は、ハイ・アートを指すのかどうかということが時々

議論になります。2008年1月、DCMSの委嘱によりブライアン・

マクマスターという人が書いた文化政策の提言レポートでは、エ

クセレンスというのは、人に対してインパクトがあるか、参加した

人がいかに変わるのか、だと。つまり、人の心が動かない、ただ

技術だけのアートはエクセレントではない、ということですが、

「何をもってエクセレンスとするのか」というのは英国だけでな

く、日本でも議論になるところではないでしょうか。

熊倉 コミュニティ・アートが近代芸術の特質を巧みに社会

包摂的活動に活用しているのをみて、「強いものが生き残るので

はなくて、変化に適応できるものが生き残るのだ」というダー

ウィンの言葉を思い出しました。アーツカウンシルが介在するこ

とで、芸術と社会や制度の相互作用が起こっている英国は、日本

とはまさにアートの生態系が違うな、という気がしますが、上田

さんがおっしゃるように、日本型の生態系から生まれたアートや

その価値観が、大きな変革を必要としている現在の世界に重要

な影響力を持つ可能性もあると思います。日本型のアートの生

態系をもっと世界にアピールする努力をすれば、日英でもっと有

意義な議論ができるかもしれませんね。

(2009年4月8日 ブリティッシュ・カウンシル 東京センターにて)

カッスルで、現代美術センターやコンサートホールが作られて、

その設立前と設立後では地域に対する愛着度がどのように変化

したのか、その調査結果がフィードバックされて次の政策に活か

されている。「調査とは、そういう使い方をするものなのか」と思

いました。

根本 調査機関だけじゃなく、芸術団体、例えばダンス・ユナ

イテッドなども自分たちの事業の評価に取り組んでいますよね。

大学を巻き込んで成果の科学的な実証も試みているようです。

上田 研究機関に関する話では、大学の役割も日英ともに重

要ですよね。ニューカッスル大学では、文化学部の教授が、市民

参加型文化事業について詳細な比較研究をおこなっていまし

た。さらに、学生や教員が一丸となって「カルチャーラボ」という

実践プログラムを実施していて、調査研究とインフォメーション

センター、コンサルティングの拠点として設備に500万ポンドを

かけていたのはすごいと思いました。

樋口 彼らは若い人たちがアーツカウンシルの助成と無関係

に自由におこなっている活動を「オルタナティブ」と呼んで注目

していましたね。でもそういう考え方に、アーツカウンシルのス

タッフはちょっと懐疑的で、「やりたい人がやっているだけで、広

がりがない」という見方をされていました。

熊倉 「日本にはアーツカウンシルがないので、政策なんかと

は無関係に市民自身による自作自演的活動がメインストリーム

だ」と言ったら、すごく驚いていました。特にコンピュータや映像

機器など民生機の発達とともに表現が民主化しているITメディ

ア系の表現では、DIYと称されるように、市民の表現活動が活性

化しています。誰でも専門家やアーティストでありうる時代に大

学の芸術学科としてどう地域の人たちと協働していくか、という

姿勢でしたね。自分が所属している音楽環境創造科(東京芸大)

とコンセプトが似ていてびっくりしました。

上田 表現活動だけじゃなく、さまざまな専門家が文化を研

究し、地域の文化に関わっていく大学の姿勢が明確でしたね。

私は今、大阪市立大学と協働体制を模索中なんですが、ニュー

カッスル大の「カルチャーラボ」は、大阪市大の都市研究プラザ

というセクションに近いかなと思いました。

ふたたび、英国と日本の距離

根本 日本は、各地で市民主導の活動が盛んだし、表現活動

が日常生活の些細なもろもろにこだわったり、感覚的な話なん

ですけど、「八百万(やおよろず)の神」のようなところが「いい

Page 11: Arts for Community Development & Regeneration report

10 11後から政府からの支援が入ってきたわけですよね。パブリック

アートや現代美術センターやコンサートホールが作られたのは、

単に好景気のおかげではない。そもそも、ニューカッスルにはシ

ンボリックなものを必要としていたんだと思います。市民の多く

が、自分のまちを卑下していたのが、あのパブリックアートや現

代美術センターを訪ねて外から人が来る。それを市民が知るこ

とで、誇りを回復することを期待したんじゃないでしょうか。

熊倉 その面では一定の成果が見えたようですね。これから

は、不況と向き合いながら、今まで以上に地域の市民生活に根

付くことが課題ということでしょうね。

樋口 不況に関して言えば、今回の視察では、クリエイティ

ブ・シティよりクリエイティブ・インダストリーという言葉をかな

り耳にしました。不況の煽りや箱モノの限界で失速した感もあり

ますが、これから数字的な評価も始まるのでしょう。

渡邉 クリエイティブ・インダストリー、つまり創造力(心や

志)が産業全体を有機的に活性化するという印象を受けまし

た。本来の人間的な生活にとって最も必要な豊かな感性や人間

性のような部分が、いま改めて街づくりや社会づくりにとってコ

アであると見直されてきている気がします。

大学・調査研究機関の役割

根本 今回、視察したBOPコンサルティング(☞13頁)のように

文化専門の調査&コンサルティング会社があるということ自体

が驚きでした。しかも社員が14人!政府や企業に対して提言も

しているそうですが、さまざまなデータの蓄積があるからこそ、

それを政策提言に戦略的に使っていけるんだなぁと思いまし

た。しかも、アートに対する思いがある。設立者で代表のジョセ

フィーヌさんが「アートは人生を変えることができる」と信念を

持っていらしたことが、すばらしいと思いました。

熊倉 BOPは設立当初、調査の依頼がなくても、自主的にさ

まざまな文化に関するデータを収集し始めたそうです。創造都

市政策の今後を左右するのは、行政を説得できるような数字の

集積だ、と明言してますね。

樋口 アートNPOリンクはこの3年間、「アートNPOデータバ

ンク」という調査報告書を発行しているんですが、いつもつくづ

く思うのが、「なぜ、こういう調査を大学や研究機関が公開して

いないんだろう?」ということです。英国では、少なくとも日本よ

りは、そうした調査結果をアートの現場が共有できているし、政

策にも反映されているという印象を受けました。例えばニュー

なぁ」と思えるじゃないですか。でも、英国での視察では、ショー

ディッチ・トラストのロイヤル・バレエ団の例とかみても、一神教

的かなぁ、と(笑)。

上田 そうですよね。日本でも創造都市の取り組み事例が生

まれたことで、以前ほど日英の大きな差は感じなくなりました

が、欧米の価値観が硬直化しているところに、いまこそ日本が持

つアジア的な価値観を示すことができるんじゃないかと思いま

す。大きな目で見れば、資本主義のあり方を変えてゆく梶取り

を、欧米が打ち出していくのか、それとも、アジアから打ち出して

いくのか。

樋口 視察先で誰かに言われたんですが、「日本には興味深

い事例がいっぱいあるのに、そのプレゼンテーションが巧くな

いんじゃないか?」と

渡邉 日本的な価値観で様々な分野に先駆的なモデルをつ

くっていくことは本当に大切ですよね。多様化した価値社会にお

いて、世界に対して魅力を発信する際、もっとも大切なのは、郷

土や歴史風土に対して、いい意味での自尊心を持つ事だと思い

ます。自信をもって日本流をプレゼンテーションできるように、

自分も含めてがんばりたいですし、これからの表現者の方々にも

期待したいですね。

熊倉 ダンス・ユナイテッドは、「社会的共感を得るのに、映

像は人々の心情に訴えかけ、数字は人々の頭に訴えかける有効

なツール」だと言っていましたね。その両面の戦略が大事だと。

そのあたりは英国が一枚上手です。闘うための武器をたくさん

持っていて、精度が高く、切れ味がシャープ。日本では、芸術の

力で人や都市を元気にできるといっても、まだまだ分かってもら

えない状況ですが、努力の余地はありそうです。

湯浅 英国でも、表現について「エクセレンス(excellence)」

という表現は、ハイ・アートを指すのかどうかということが時々

議論になります。2008年1月、DCMSの委嘱によりブライアン・

マクマスターという人が書いた文化政策の提言レポートでは、エ

クセレンスというのは、人に対してインパクトがあるか、参加した

人がいかに変わるのか、だと。つまり、人の心が動かない、ただ

技術だけのアートはエクセレントではない、ということですが、

「何をもってエクセレンスとするのか」というのは英国だけでな

く、日本でも議論になるところではないでしょうか。

熊倉 コミュニティ・アートが近代芸術の特質を巧みに社会

包摂的活動に活用しているのをみて、「強いものが生き残るので

はなくて、変化に適応できるものが生き残るのだ」というダー

ウィンの言葉を思い出しました。アーツカウンシルが介在するこ

とで、芸術と社会や制度の相互作用が起こっている英国は、日本

とはまさにアートの生態系が違うな、という気がしますが、上田

さんがおっしゃるように、日本型の生態系から生まれたアートや

その価値観が、大きな変革を必要としている現在の世界に重要

な影響力を持つ可能性もあると思います。日本型のアートの生

態系をもっと世界にアピールする努力をすれば、日英でもっと有

意義な議論ができるかもしれませんね。

(2009年4月8日 ブリティッシュ・カウンシル 東京センターにて)

カッスルで、現代美術センターやコンサートホールが作られて、

その設立前と設立後では地域に対する愛着度がどのように変化

したのか、その調査結果がフィードバックされて次の政策に活か

されている。「調査とは、そういう使い方をするものなのか」と思

いました。

根本 調査機関だけじゃなく、芸術団体、例えばダンス・ユナ

イテッドなども自分たちの事業の評価に取り組んでいますよね。

大学を巻き込んで成果の科学的な実証も試みているようです。

上田 研究機関に関する話では、大学の役割も日英ともに重

要ですよね。ニューカッスル大学では、文化学部の教授が、市民

参加型文化事業について詳細な比較研究をおこなっていまし

た。さらに、学生や教員が一丸となって「カルチャーラボ」という

実践プログラムを実施していて、調査研究とインフォメーション

センター、コンサルティングの拠点として設備に500万ポンドを

かけていたのはすごいと思いました。

樋口 彼らは若い人たちがアーツカウンシルの助成と無関係

に自由におこなっている活動を「オルタナティブ」と呼んで注目

していましたね。でもそういう考え方に、アーツカウンシルのス

タッフはちょっと懐疑的で、「やりたい人がやっているだけで、広

がりがない」という見方をされていました。

熊倉 「日本にはアーツカウンシルがないので、政策なんかと

は無関係に市民自身による自作自演的活動がメインストリーム

だ」と言ったら、すごく驚いていました。特にコンピュータや映像

機器など民生機の発達とともに表現が民主化しているITメディ

ア系の表現では、DIYと称されるように、市民の表現活動が活性

化しています。誰でも専門家やアーティストでありうる時代に大

学の芸術学科としてどう地域の人たちと協働していくか、という

姿勢でしたね。自分が所属している音楽環境創造科(東京芸大)

とコンセプトが似ていてびっくりしました。

上田 表現活動だけじゃなく、さまざまな専門家が文化を研

究し、地域の文化に関わっていく大学の姿勢が明確でしたね。

私は今、大阪市立大学と協働体制を模索中なんですが、ニュー

カッスル大の「カルチャーラボ」は、大阪市大の都市研究プラザ

というセクションに近いかなと思いました。

ふたたび、英国と日本の距離

根本 日本は、各地で市民主導の活動が盛んだし、表現活動

が日常生活の些細なもろもろにこだわったり、感覚的な話なん

ですけど、「八百万(やおよろず)の神」のようなところが「いい

Page 12: Arts for Community Development & Regeneration report

BOPコンサルティング

スピーカー

ジョセフィーヌ・バーンズ [ディレクター]

コリン・カークパトリック [シニア・コンサルタント]

1997年に設立された、リサーチ&コンサルティング会社。文化に

関する社会調査を専門に扱う、先進国でも稀有な存在である。

クライアントは、文化・メディア・スポーツ省、アーツカウンシル・

イングランド、ロンドン開発局、ブリティッシュ・カウンシルのほ

か、ユネスコや欧州委員会、南アフリカなど国際的。

世界の経済状況や、雇用、地域活性、マネジメント、政策など、幅

広く視野に入れながら創造性などの文化の可能性を最大限引き

出す施策を提案している。

創設者のひとりであるバーンズ氏は、「アートは人生を変えるこ

とができる」という信念のもと、芸術文化がもたらす社会的イン

パクトを調査している。アートが社会や都市の創造性にどのよう

に関与し、その活性化に寄与しているのか、さまざまなデータを

用いて政府や企業に提言する一方で、芸術団体に対して運営の

コンサルテーションもおこなっている。

ケーススタディに、マンチェスターでのプロジェクト「Creative

Melting Point」などを紹介。地域の文化的背景などをひもとき

ながら、地域特性に応じた創造的な都市戦略を提案している話

を伺った。

1312

3 月09 日[月]

3月10 日[火]

3月11 日[水]

3月12 日[木]

3月13 日[金]

BOPコンサルティング

ロンドン・カレッジ・オブ・コミュニケーション

サドラーズ・ウェルズ、ダンス・ユナイテッド

ファンダメンタル・アーキテクチュアル・インクルージョン、ディスカバー

ミドルズバラ・インスティテュート・オブ・モダン・アート(mima) ほか

ニューカッスル大学

ストリートワイズ・オペラ

ファウンデーション・フォー・コミュニティ・ダンス

ショーディッチ・トラスト

上田假奈代NPO法人こえとことばとこころの部屋(ココルーム)

岡部友彦コトラボ合同会社

熊倉純子東京藝術大学音楽学部音楽環境創造科

鈴木 敦 横浜みなとみらいホール(公益財団法人横浜市芸術文化振興財団)

根本ささ奈社団法人企業メセナ協議会

アサヒビール株式会社

樋口貞幸NPO法人アートNPOリンク

やまぐちくにこNPO法人淡路島アートセンター

渡邉賢一内閣官房地域活性化統合事務局

元気ジャパン

主催・プログラムコーディネート:ブリティッシュ・カウンシル

Programme / Visitor

Page 13: Arts for Community Development & Regeneration report

BOPコンサルティング

スピーカー

ジョセフィーヌ・バーンズ [ディレクター]

コリン・カークパトリック [シニア・コンサルタント]

1997年に設立された、リサーチ&コンサルティング会社。文化に

関する社会調査を専門に扱う、先進国でも稀有な存在である。

クライアントは、文化・メディア・スポーツ省、アーツカウンシル・

イングランド、ロンドン開発局、ブリティッシュ・カウンシルのほ

か、ユネスコや欧州委員会、南アフリカなど国際的。

世界の経済状況や、雇用、地域活性、マネジメント、政策など、幅

広く視野に入れながら創造性などの文化の可能性を最大限引き

出す施策を提案している。

創設者のひとりであるバーンズ氏は、「アートは人生を変えるこ

とができる」という信念のもと、芸術文化がもたらす社会的イン

パクトを調査している。アートが社会や都市の創造性にどのよう

に関与し、その活性化に寄与しているのか、さまざまなデータを

用いて政府や企業に提言する一方で、芸術団体に対して運営の

コンサルテーションもおこなっている。

ケーススタディに、マンチェスターでのプロジェクト「Creative

Melting Point」などを紹介。地域の文化的背景などをひもとき

ながら、地域特性に応じた創造的な都市戦略を提案している話

を伺った。

1312

3 月09 日[月]

3月10 日[火]

3月11 日[水]

3月12 日[木]

3月13 日[金]

BOPコンサルティング

ロンドン・カレッジ・オブ・コミュニケーション

サドラーズ・ウェルズ、ダンス・ユナイテッド

ファンダメンタル・アーキテクチュアル・インクルージョン、ディスカバー

ミドルズバラ・インスティテュート・オブ・モダン・アート(mima) ほか

ニューカッスル大学

ストリートワイズ・オペラ

ファウンデーション・フォー・コミュニティ・ダンス

ショーディッチ・トラスト

上田假奈代NPO法人こえとことばとこころの部屋(ココルーム)

岡部友彦コトラボ合同会社

熊倉純子東京藝術大学音楽学部音楽環境創造科

鈴木 敦 横浜みなとみらいホール(公益財団法人横浜市芸術文化振興財団)

根本ささ奈社団法人企業メセナ協議会

アサヒビール株式会社

樋口貞幸NPO法人アートNPOリンク

やまぐちくにこNPO法人淡路島アートセンター

渡邉賢一内閣官房地域活性化統合事務局

元気ジャパン

主催・プログラムコーディネート:ブリティッシュ・カウンシル

Programme / Visitor

Page 14: Arts for Community Development & Regeneration report

ロンドン・カッレッジ・オブ・コミュニケーション

エンタープライズ・アンド・マネジメント・フォー・

クリエイティブ・アーツ コース

スピーカー

リズ・リディエイト [コース・ディレクター]

ダンス・ユナイテッド

スピーカー

アンドリュー・コギンス[エグゼクティブ・プロデューサー]

コンテンポラリーダンスの非営利団体。2000年の設立以来、子

どもから高齢者までを対象にしたコミュニティ活動に加え、スト

リートチルドレンや受刑者、服役後の若者など、社会的に孤立し

がちな人々と関わりながらダンス作品を創作している。特に、ダ

ンスの訓練を通じて犯罪歴のある若者たちの社会復帰をサポー

トするプログラム「アカデミー」は、再犯率の低下にも役立つと

法曹界からも評価が高い。

活動を始めたきっかけは、エチオピアでおこなったストリートチ

ルドレン対象のダンスプロジェクト。その後もプロジェクトは継続

し、ストリートチルドレンから18人を選抜、6年間プロのダンサー

としての特訓をおこなった。そのうちの一人であるジャネイド・

ジャマル・センディは、現在プロとして国際的な活躍をしている。

活動のアピールも戦略的で、「映像は人の心を動かし、実績デー

タは人の思考に訴える」と、活動紹介の映像制作と並行してデー

タを駆使した実績評価レポートの作成に取り組み、政策提言に

つなげている。

ロンドン芸術大学のカレッジに新設された大学院、「創造的芸

術のための起業・運営コース」。入学するには、芸術や文化経営

などの実践経験が必要とされ。欧州、アジア、アメリカなどから

の留学生も多い。実践的なマネジメントを主眼にしたカリキュラ

ムで、教授陣も現場の第一線で活躍する人が多い。芸術運営の

専門知識のみならず、ビジネスの学科とも連携して経営学や資

金調達、税制など、経営的側面に重点を置いている点が特徴的

である。

学生には「ビジネス・コンテクスト・フォー・クリエイティブ・プラ

クティス」など8つの研究課題が与えられ、マーケットリサーチ

の手法なども取り入れつつ実現可能なプランの作成が求められ

る。修了後の就業率も高く、世界中に散らばる卒業生たちのネッ

トワークも貴重な財産となる。

14 15

Page 15: Arts for Community Development & Regeneration report

ロンドン・カッレッジ・オブ・コミュニケーション

エンタープライズ・アンド・マネジメント・フォー・

クリエイティブ・アーツ コース

スピーカー

リズ・リディエイト [コース・ディレクター]

ダンス・ユナイテッド

スピーカー

アンドリュー・コギンス[エグゼクティブ・プロデューサー]

コンテンポラリーダンスの非営利団体。2000年の設立以来、子

どもから高齢者までを対象にしたコミュニティ活動に加え、スト

リートチルドレンや受刑者、服役後の若者など、社会的に孤立し

がちな人々と関わりながらダンス作品を創作している。特に、ダ

ンスの訓練を通じて犯罪歴のある若者たちの社会復帰をサポー

トするプログラム「アカデミー」は、再犯率の低下にも役立つと

法曹界からも評価が高い。

活動を始めたきっかけは、エチオピアでおこなったストリートチ

ルドレン対象のダンスプロジェクト。その後もプロジェクトは継続

し、ストリートチルドレンから18人を選抜、6年間プロのダンサー

としての特訓をおこなった。そのうちの一人であるジャネイド・

ジャマル・センディは、現在プロとして国際的な活躍をしている。

活動のアピールも戦略的で、「映像は人の心を動かし、実績デー

タは人の思考に訴える」と、活動紹介の映像制作と並行してデー

タを駆使した実績評価レポートの作成に取り組み、政策提言に

つなげている。

ロンドン芸術大学のカレッジに新設された大学院、「創造的芸

術のための起業・運営コース」。入学するには、芸術や文化経営

などの実践経験が必要とされ。欧州、アジア、アメリカなどから

の留学生も多い。実践的なマネジメントを主眼にしたカリキュラ

ムで、教授陣も現場の第一線で活躍する人が多い。芸術運営の

専門知識のみならず、ビジネスの学科とも連携して経営学や資

金調達、税制など、経営的側面に重点を置いている点が特徴的

である。

学生には「ビジネス・コンテクスト・フォー・クリエイティブ・プラ

クティス」など8つの研究課題が与えられ、マーケットリサーチ

の手法なども取り入れつつ実現可能なプランの作成が求められ

る。修了後の就業率も高く、世界中に散らばる卒業生たちのネッ

トワークも貴重な財産となる。

14 15

Page 16: Arts for Community Development & Regeneration report

ファンダメンタル・アーキテクチャル・インクルージョン

スピーカー

ニック・エドワーズ [チーフ・エグゼクティブ]

ファンデーション・フォー・コミュニティ・ダンス

スピーカー

ケン・バートレット [クリエイティブ・ディレクター]

コミュニティ・ダンスのインフラ整備を行う非営利団体。1976年

に設立され、ダンサーに向けた情報提供、情報発信、キャリア・

サポート、政府やアーツカウンシルなどへの提言など、その取り

組みは幅広い。

クリエイティブ・ディレクターのバートレット氏は、英国における

コミュニティ・ダンスの変遷を交えてダンスがコミュニティに果

たす社会的意義について言及した。まず、作品創作に関わる「達

成感」とその感覚を他者と「共有するよろこび」が「社会への帰

属意識」を高める。また、ダンスは肉体的・精神的に「健康」な状

態を知覚することにつながる。優れて内的かつ原初的なそうし

た知覚こそ、外部との多様なつながりの基礎となり、社会的に孤

立した状況から社会に参画する「市民」に戻る力になるというの

が彼の持論である。また、社会包摂的な芸術活動においては、

「アーティストはソーシャルワーカーではない」ことを明確に意

識すべきと述べつつ、芸術が社会的ツールとしていかに有効で

も、本質的に芸術は危険をはらんだ存在であり、リスクを覚悟す

る必要があることを強調した。

活動拠点であるロンドン市東部のニューハム地域は、オリン

ピックを機に大きな変貌を遂げつつある。2003年に設立された

この非営利団体は、地域の再開発計画に子どもたちも参画させ

ようと、さまざまなプログラムを実践している。

「アーキテクチャー・センター」というプログラムは、車で地域や

学校を巡り、子どもたちにロンドン・オリンピック後の地域のあり

ように関する議論に参加しないかと呼びかける。また、再開発プ

ロジェクトの中で巨大ショッピングモールを手掛ける企業と地

域の子どもたちの提案とを結び付ける活動もおこなっている。

活動は、ニューハム地域のみならず「アーキテクチャー・クルー」

というプロジェクトを通してロンドン中に広がり、低所得地域や

複雑な社会環境の地域から子どもたちが集まって、まちについ

て語り合う場が設けられている。さらに、ナショナル・ポートレー

ト・ギャラリーとの協働など、認知度が高まりつつあるようだ。

16 17

Page 17: Arts for Community Development & Regeneration report

ファンダメンタル・アーキテクチャル・インクルージョン

スピーカー

ニック・エドワーズ [チーフ・エグゼクティブ]

ファンデーション・フォー・コミュニティ・ダンス

スピーカー

ケン・バートレット [クリエイティブ・ディレクター]

コミュニティ・ダンスのインフラ整備を行う非営利団体。1976年

に設立され、ダンサーに向けた情報提供、情報発信、キャリア・

サポート、政府やアーツカウンシルなどへの提言など、その取り

組みは幅広い。

クリエイティブ・ディレクターのバートレット氏は、英国における

コミュニティ・ダンスの変遷を交えてダンスがコミュニティに果

たす社会的意義について言及した。まず、作品創作に関わる「達

成感」とその感覚を他者と「共有するよろこび」が「社会への帰

属意識」を高める。また、ダンスは肉体的・精神的に「健康」な状

態を知覚することにつながる。優れて内的かつ原初的なそうし

た知覚こそ、外部との多様なつながりの基礎となり、社会的に孤

立した状況から社会に参画する「市民」に戻る力になるというの

が彼の持論である。また、社会包摂的な芸術活動においては、

「アーティストはソーシャルワーカーではない」ことを明確に意

識すべきと述べつつ、芸術が社会的ツールとしていかに有効で

も、本質的に芸術は危険をはらんだ存在であり、リスクを覚悟す

る必要があることを強調した。

活動拠点であるロンドン市東部のニューハム地域は、オリン

ピックを機に大きな変貌を遂げつつある。2003年に設立された

この非営利団体は、地域の再開発計画に子どもたちも参画させ

ようと、さまざまなプログラムを実践している。

「アーキテクチャー・センター」というプログラムは、車で地域や

学校を巡り、子どもたちにロンドン・オリンピック後の地域のあり

ように関する議論に参加しないかと呼びかける。また、再開発プ

ロジェクトの中で巨大ショッピングモールを手掛ける企業と地

域の子どもたちの提案とを結び付ける活動もおこなっている。

活動は、ニューハム地域のみならず「アーキテクチャー・クルー」

というプロジェクトを通してロンドン中に広がり、低所得地域や

複雑な社会環境の地域から子どもたちが集まって、まちについ

て語り合う場が設けられている。さらに、ナショナル・ポートレー

ト・ギャラリーとの協働など、認知度が高まりつつあるようだ。

16 17

Page 18: Arts for Community Development & Regeneration report

ショーディッチ・トラスト

スピーカー

マイケル・ペイナー [チーフ・エグゼクティブ]

ミドルズバラ・インスティチュート・オブ・モダン・アートほか、周辺の文化施設

スピーカー

マーク・ロビンソン [アーツカウンシル・イングランド・ノースイースト チーフ・エグゼクティブ]

しかし、市は、経済的・社会的な苦境の中でこそ文化が必要であ

ると認識を新たにし、ミドルズバラのイメージを変えるべく、現

代美術館の建設に踏み切った。アートは未来への希望となり、

人々をつなぎ止める力をもつとして、同館を都市政策上の重要

拠点として位置づけ、予算確保を図っているという。エデュケー

ションにも力をいれ、ワークショップルームなども併設している。

隣接するストックトン市は旧市街の歴史的建造物を市民向け文

化センターに改築。録音スタジオやAV編集室、カフェやライブハ

ウスを開設している。

ニューカッスルから車で約1時間の郊外にある都市ミドルズバラ

は、化学プラントの集積する工業都市で、人口約15万。

2007年に1月に近現代のアートと工芸品を扱う美術館として、ミ

ドルズバラ・インスティチュート・オブ・モダン・アート(P10-11写

真)がオープンした。

産業革命とともに産まれた鉄鋼のまちは、造船業から石油化学

プラントへと主要産業が変わり、労働集約型産業から資本集約

型へと移行すると失業者が増えた。副市長の弁では、重工業の

労働者が多く、「マッチョな街」というイメージで、スポーツは発

展しているが芸術や文化は政策のなかで軽視されていた。

2010年までの期限付きで政府から資金を得て、ロンドン市東部

のショーディッチ地域で地域活性化のための社会起業プロジェ

クトをおこなっている。活動の基本は不動産事業で、荒廃した

地域のさまざまな廃屋を修復して住居やオフィスとしてレンタル

し、その収益で新たなコミュニティ・ビジネスを開拓しつつ、文化

イベントやコンサルティングもおこなっている。

廃校や閉館した映画館などを転用し、レストランやカルチャー

センターを経営し、また、低所得のアフリカ系住民が多く幼児死

亡率が高いという地域課題に対し、健康相談所やマタニティセ

ンターを開設した。

さらに、地域の公園で「ショーディッチ・フェスティバル」を開

催。18,000人の集客があるという。ロイヤル・フィルハーモニッ

ク・オーケストラやイングリッシュ・ナショナル・バレエなど、メ

ジャーな芸術団体も参加する大規模なフェスティバル。貧困地

域にもアートやクリエイティブな機会を提供するとともに、低所

得者層と、再開発で誘致した文化資本の高い層とが共に楽しむ

場を作る。

18 19

Page 19: Arts for Community Development & Regeneration report

ショーディッチ・トラスト

スピーカー

マイケル・ペイナー [チーフ・エグゼクティブ]

ミドルズバラ・インスティチュート・オブ・モダン・アートほか、周辺の文化施設

スピーカー

マーク・ロビンソン [アーツカウンシル・イングランド・ノースイースト チーフ・エグゼクティブ]

しかし、市は、経済的・社会的な苦境の中でこそ文化が必要であ

ると認識を新たにし、ミドルズバラのイメージを変えるべく、現

代美術館の建設に踏み切った。アートは未来への希望となり、

人々をつなぎ止める力をもつとして、同館を都市政策上の重要

拠点として位置づけ、予算確保を図っているという。エデュケー

ションにも力をいれ、ワークショップルームなども併設している。

隣接するストックトン市は旧市街の歴史的建造物を市民向け文

化センターに改築。録音スタジオやAV編集室、カフェやライブハ

ウスを開設している。

ニューカッスルから車で約1時間の郊外にある都市ミドルズバラ

は、化学プラントの集積する工業都市で、人口約15万。

2007年に1月に近現代のアートと工芸品を扱う美術館として、ミ

ドルズバラ・インスティチュート・オブ・モダン・アート(P10-11写

真)がオープンした。

産業革命とともに産まれた鉄鋼のまちは、造船業から石油化学

プラントへと主要産業が変わり、労働集約型産業から資本集約

型へと移行すると失業者が増えた。副市長の弁では、重工業の

労働者が多く、「マッチョな街」というイメージで、スポーツは発

展しているが芸術や文化は政策のなかで軽視されていた。

2010年までの期限付きで政府から資金を得て、ロンドン市東部

のショーディッチ地域で地域活性化のための社会起業プロジェ

クトをおこなっている。活動の基本は不動産事業で、荒廃した

地域のさまざまな廃屋を修復して住居やオフィスとしてレンタル

し、その収益で新たなコミュニティ・ビジネスを開拓しつつ、文化

イベントやコンサルティングもおこなっている。

廃校や閉館した映画館などを転用し、レストランやカルチャー

センターを経営し、また、低所得のアフリカ系住民が多く幼児死

亡率が高いという地域課題に対し、健康相談所やマタニティセ

ンターを開設した。

さらに、地域の公園で「ショーディッチ・フェスティバル」を開

催。18,000人の集客があるという。ロイヤル・フィルハーモニッ

ク・オーケストラやイングリッシュ・ナショナル・バレエなど、メ

ジャーな芸術団体も参加する大規模なフェスティバル。貧困地

域にもアートやクリエイティブな機会を提供するとともに、低所

得者層と、再開発で誘致した文化資本の高い層とが共に楽しむ

場を作る。

18 19

Page 20: Arts for Community Development & Regeneration report

アーツカウンシル・イングランド・ノースイースト、

ニューカッスル大学・カルチャーラボほか

スピーカー

ポーリン・ボーモント

田中アタウ [カルチャーラボ・ディレクター]

エリック・クロフト [ニューカッスル大学]

デイビッド・バトラ [ニューカッスル大学]

アンドリュー・ロスウェル [ニューカッスル市アーツ&カルチャー担当者]

アリソン・クラーク・ジェンキンス [アーツカウンシル・イングランド・ノースイースト               アーツ&ディベロップメント部門ディレクター]

キャロル・ベル [ニューカッスルゲーツヘッド・イニシアティブ       カルチャー10 ヘッド・オブ・プログラムディベロップメント]

カルチャーラボ・ディレクター

ストリートワイズ・オペラ

スピーカー

マット・ピーコック [チーフ・エグゼクティブ]

ローワン・フェナー [ヘッド・オブ・ワークショップ]

代表のマット・ピーコック氏は、大学で音楽を勉強し、卒業後、歌

手や音楽批評家として活動する傍らホームレス支援のボラン

ティアを経験。支援施設のケアワーカーとして勤務した後に、

2002年にホームレスが歌劇をおこなう非営利団体を立ち上げ

た。ホームレスや生活保護受給者を対象に、「Qual i t y」と

「Legacy」を重視し、質の高い作品制作を志し、継続的なプログ

ラムを提供している。

日常的に支援センターで実施されるワークショップではオペラ

にはこだわらずにさまざまな音楽が用いられる。しかし年に1回

の公演事業で創作する舞台作品はれっきとしたオペラである。

「オペラは祝祭・セレブレーションそのものです。ホームレスたち

は、セレブレーションとは遠い生活を送っているからこそ、この

高度に美的な芸術形式に参加することに意味があるのです。そ

して人前に立って表現することで自信とやる気を取り戻していく

ことになるのです」と、マット氏。

ホームレスとオペラという意外な組み合わせは話題を呼び、公

演は満席。作品の評価も高い。ホームレスの人たちを海外公演に

連れて行くのは困難なため、デジタルメディアによるインスタ

レーション作品を制作し、ワールドツアーを計画している。しか

し、まだアーツカウンシルの継続支援は受けておらず、財団や基

金からの助成金、ホームレスセンターの自立プログラムの資金な

どで活動している。

ニューカッスル大学では、カルチャーラボを中心に、大学の周辺

で活動する「ライフワークアート」や「カルチャー10」などさまざ

まな文化団体、アーツカウンシルや行政の担当者が集い、視察

団と意見交換をおこなった。

2007年に文化学部に新設されたカルチャーラボは、都市や地

域に関わる文化について研究するラボラトリー。ディレクター

は、デジタルメディア・アーティストの田中アタル氏。民主化され

たツールとしてのデジタルメディアに着目し、アートと公共の範

囲や権限について調査している。

「ライフワークアート」は、これから活動を始動し、学生たちが地

域でアート・プロジェクトをおこなう。ほかに、パブリックアート

の調査を通じて、大学の知を地域の組織に活かしていく官民連

携のプロジェクト「インター・セクション―カルチャー10」や、大

規模な都市再生プロジェクト「カルチャー・ノースイースト」な

ど、官学ともにさまざまな文化プロジェクトを展開している。

20 21

Page 21: Arts for Community Development & Regeneration report

アーツカウンシル・イングランド・ノースイースト、

ニューカッスル大学・カルチャーラボほか

スピーカー

ポーリン・ボーモント

田中アタウ [カルチャーラボ・ディレクター]

エリック・クロフト [ニューカッスル大学]

デイビッド・バトラ [ニューカッスル大学]

アンドリュー・ロスウェル [ニューカッスル市アーツ&カルチャー担当者]

アリソン・クラーク・ジェンキンス [アーツカウンシル・イングランド・ノースイースト               アーツ&ディベロップメント部門ディレクター]

キャロル・ベル [ニューカッスルゲーツヘッド・イニシアティブ       カルチャー10 ヘッド・オブ・プログラムディベロップメント]

カルチャーラボ・ディレクター

ストリートワイズ・オペラ

スピーカー

マット・ピーコック [チーフ・エグゼクティブ]

ローワン・フェナー [ヘッド・オブ・ワークショップ]

代表のマット・ピーコック氏は、大学で音楽を勉強し、卒業後、歌

手や音楽批評家として活動する傍らホームレス支援のボラン

ティアを経験。支援施設のケアワーカーとして勤務した後に、

2002年にホームレスが歌劇をおこなう非営利団体を立ち上げ

た。ホームレスや生活保護受給者を対象に、「Qual i t y」と

「Legacy」を重視し、質の高い作品制作を志し、継続的なプログ

ラムを提供している。

日常的に支援センターで実施されるワークショップではオペラ

にはこだわらずにさまざまな音楽が用いられる。しかし年に1回

の公演事業で創作する舞台作品はれっきとしたオペラである。

「オペラは祝祭・セレブレーションそのものです。ホームレスたち

は、セレブレーションとは遠い生活を送っているからこそ、この

高度に美的な芸術形式に参加することに意味があるのです。そ

して人前に立って表現することで自信とやる気を取り戻していく

ことになるのです」と、マット氏。

ホームレスとオペラという意外な組み合わせは話題を呼び、公

演は満席。作品の評価も高い。ホームレスの人たちを海外公演に

連れて行くのは困難なため、デジタルメディアによるインスタ

レーション作品を制作し、ワールドツアーを計画している。しか

し、まだアーツカウンシルの継続支援は受けておらず、財団や基

金からの助成金、ホームレスセンターの自立プログラムの資金な

どで活動している。

ニューカッスル大学では、カルチャーラボを中心に、大学の周辺

で活動する「ライフワークアート」や「カルチャー10」などさまざ

まな文化団体、アーツカウンシルや行政の担当者が集い、視察

団と意見交換をおこなった。

2007年に文化学部に新設されたカルチャーラボは、都市や地

域に関わる文化について研究するラボラトリー。ディレクター

は、デジタルメディア・アーティストの田中アタル氏。民主化され

たツールとしてのデジタルメディアに着目し、アートと公共の範

囲や権限について調査している。

「ライフワークアート」は、これから活動を始動し、学生たちが地

域でアート・プロジェクトをおこなう。ほかに、パブリックアート

の調査を通じて、大学の知を地域の組織に活かしていく官民連

携のプロジェクト「インター・セクション―カルチャー10」や、大

規模な都市再生プロジェクト「カルチャー・ノースイースト」な

ど、官学ともにさまざまな文化プロジェクトを展開している。

20 21

Page 22: Arts for Community Development & Regeneration report

英国スタディツアー「Arts for Community Development

& Regeneration」での英国訪問は、参加メンバーにとって

貴重な経験になりました。

日本に戻った参加メンバーは、英国での経験を通して自分

たちの活動を見つめました。そして、英国で出会った人たち

に、自分たちの活動を、地域を、リアルな日本の現状を紹介

したい……そのような思いから、それぞれが自主的にエク

スチェンジ・プログラムを企画し、ブリテュッシュ・カウンシ

ルと協働してさまざまなプログラムが実現しました。

この章では、スタディツアー後に参加メンバーが何を考え、

何を感じたかを紹介します。あわせて、スタディツアー後

に起こったエクスチェンジ・プログラムをレポートします。

日本でのエクスチェンジ・ドキュメント

Arts for Community Development & Regeneration

Streetwise Opera “My Secret Heart”

横浜赤レンガ倉庫にて。

Rob Slater / Flat-e.com

ゲスト アレックス・ホンフレー [BOPコンサルティング]期間 2009年9月11日~13日会場 華海月(兵庫県洲本市)参加者 32名 アートNPO職員、アートプロデューサー、自治体職員 など

NPO法人淡路島アートセンター × アサヒ・アート・フェスティバルAAF学校 × BOPコンサルティング

AAF学校・淡路島校『英国に学ぶ、アートプロジェクト・マネジメントの方法』

アサヒ・アート・フェスティバル2009 AAF学校とブリティッ

シュ・カウンシルとの協働で実施した合宿型の講座&ワーク

ショップ。

BOPコンサルティングのアレックス・ホンフレー氏を招き、アート

プロジェクトを実践する際に必要となる、プランニングやリサー

チ、検証の方法など、プロジェクト・マネジメントの手法を2日半

かけて学んだ。

淡路島をケーススタディに、地域でどのようなプロジェクトが可

能かグループで討議し、プレゼンテーションを試みた。

22 25

やまぐちくにこ(淡路島アートセンター)・コメント

私たちは、兵庫県の淡路島において2005年よりアートNPOとして、

島でのアートとの関わり方を模索している。

アートの多様な表現に触れることで、ざまざまな異なる価値観や考

え方などを認めて生きていくことの大切さを知り、自分たちの生き

方や、地域や社会、そして人とどのように関わりたいのかを問う機

会を得ていると実感している。活動も5年目を迎え、島民も徐々に

アートNPOの存在を認識するようになってきたが、「アートが持つ、

豊かさや多様性や視点をどのようにして周りの人たちと共有し共通

認識を持つことができるのか」そんな課題を持つようになった。

今回、英国スタディツアーの機会を得、ここで「プロジェクトの言語

化」がいま私たちに一番必要なスキルだと気づいた。

年度がかわって早々に行政からの支援が決まり、AAF学校、ブリ

ティッシュ・カウンシルとの協働事業として淡路島での勉強会が決

定した。9月に2泊3日で、BOPのアレックス・ホンフレーさんをお招

きし、全国から参加者を募り勉強会を開催した。アレックスさんか

らは、英国でのプロジェクト事例を紹介いただき、その後自分たち

の課題を洗い出すグループワークを行い、最終的には淡路島にお

いて現実の事業に反映させるという好機会に恵まれた実習だった。

特にエヴァリエーション(評価)の必要性を認識することができ

た。プロジェクトを継続的に行うには、プロセスと目的への達成度

を常に問うことが肝心であるが、評価することで、さらなる協働者

を得、プロジェクトに対して理解者を募ることが出来るため、プロ

ジェクトにとって要であると。

この合宿に参加したメンバーからは「いま自分たちが何をしている

か」の問いが出るようになった。ただ単に作業をこなすのではな

く、「なぜこれが必要なのか」を考えるようになった。プロジェクト

はお手伝いで出来るものではないということが個々に芽生えてき

た。それぞれの立場でそれぞれの答えを見いだそうとしている。ま

た、「わからない」ものに対しての積極的な「言語化」をすることも

著しく変わってきたと感じる。その結果として、島においての新た

な人脈関係が芽生えつつある。

勉強会でケーススタディとして検討した淡路市にある使われなく

なった小学校が、11月に交流・定住人口の増加を目的とした新た

な学びの場プロジェクトの拠点になることとなった。そして、スイス

よりアーティストの茂木綾子一家他5名が淡路島に移住しはじめ

た。今後、ここでプロジェクトすることにより、その場を変容、活性

化させながら、外部へと発信していき、開かれた意識と場の創造を

目指していきたい。

Page 23: Arts for Community Development & Regeneration report

英国スタディツアー「Arts for Community Development

& Regeneration」での英国訪問は、参加メンバーにとって

貴重な経験になりました。

日本に戻った参加メンバーは、英国での経験を通して自分

たちの活動を見つめました。そして、英国で出会った人たち

に、自分たちの活動を、地域を、リアルな日本の現状を紹介

したい……そのような思いから、それぞれが自主的にエク

スチェンジ・プログラムを企画し、ブリテュッシュ・カウンシ

ルと協働してさまざまなプログラムが実現しました。

この章では、スタディツアー後に参加メンバーが何を考え、

何を感じたかを紹介します。あわせて、スタディツアー後

に起こったエクスチェンジ・プログラムをレポートします。

日本でのエクスチェンジ・ドキュメント

Arts for Community Development & Regeneration

Streetwise Opera “My Secret Heart”

横浜赤レンガ倉庫にて。

Rob Slater / Flat-e.com

ゲスト アレックス・ホンフレー [BOPコンサルティング]期間 2009年9月11日~13日会場 華海月(兵庫県洲本市)参加者 32名 アートNPO職員、アートプロデューサー、自治体職員 など

NPO法人淡路島アートセンター × アサヒ・アート・フェスティバルAAF学校 × BOPコンサルティング

AAF学校・淡路島校『英国に学ぶ、アートプロジェクト・マネジメントの方法』

アサヒ・アート・フェスティバル2009 AAF学校とブリティッ

シュ・カウンシルとの協働で実施した合宿型の講座&ワーク

ショップ。

BOPコンサルティングのアレックス・ホンフレー氏を招き、アート

プロジェクトを実践する際に必要となる、プランニングやリサー

チ、検証の方法など、プロジェクト・マネジメントの手法を2日半

かけて学んだ。

淡路島をケーススタディに、地域でどのようなプロジェクトが可

能かグループで討議し、プレゼンテーションを試みた。

22 25

やまぐちくにこ(淡路島アートセンター)・コメント

私たちは、兵庫県の淡路島において2005年よりアートNPOとして、

島でのアートとの関わり方を模索している。

アートの多様な表現に触れることで、ざまざまな異なる価値観や考

え方などを認めて生きていくことの大切さを知り、自分たちの生き

方や、地域や社会、そして人とどのように関わりたいのかを問う機

会を得ていると実感している。活動も5年目を迎え、島民も徐々に

アートNPOの存在を認識するようになってきたが、「アートが持つ、

豊かさや多様性や視点をどのようにして周りの人たちと共有し共通

認識を持つことができるのか」そんな課題を持つようになった。

今回、英国スタディツアーの機会を得、ここで「プロジェクトの言語

化」がいま私たちに一番必要なスキルだと気づいた。

年度がかわって早々に行政からの支援が決まり、AAF学校、ブリ

ティッシュ・カウンシルとの協働事業として淡路島での勉強会が決

定した。9月に2泊3日で、BOPのアレックス・ホンフレーさんをお招

きし、全国から参加者を募り勉強会を開催した。アレックスさんか

らは、英国でのプロジェクト事例を紹介いただき、その後自分たち

の課題を洗い出すグループワークを行い、最終的には淡路島にお

いて現実の事業に反映させるという好機会に恵まれた実習だった。

特にエヴァリエーション(評価)の必要性を認識することができ

た。プロジェクトを継続的に行うには、プロセスと目的への達成度

を常に問うことが肝心であるが、評価することで、さらなる協働者

を得、プロジェクトに対して理解者を募ることが出来るため、プロ

ジェクトにとって要であると。

この合宿に参加したメンバーからは「いま自分たちが何をしている

か」の問いが出るようになった。ただ単に作業をこなすのではな

く、「なぜこれが必要なのか」を考えるようになった。プロジェクト

はお手伝いで出来るものではないということが個々に芽生えてき

た。それぞれの立場でそれぞれの答えを見いだそうとしている。ま

た、「わからない」ものに対しての積極的な「言語化」をすることも

著しく変わってきたと感じる。その結果として、島においての新た

な人脈関係が芽生えつつある。

勉強会でケーススタディとして検討した淡路市にある使われなく

なった小学校が、11月に交流・定住人口の増加を目的とした新た

な学びの場プロジェクトの拠点になることとなった。そして、スイス

よりアーティストの茂木綾子一家他5名が淡路島に移住しはじめ

た。今後、ここでプロジェクトすることにより、その場を変容、活性

化させながら、外部へと発信していき、開かれた意識と場の創造を

目指していきたい。

Page 24: Arts for Community Development & Regeneration report

24

ゲスト マット・ピーコック [ストリートワイズ・オペラ]

ドム・ハーラン [ストリートワイズ・オペラ]期間 2009年9月2日会場 寿町勤労者福祉協会・自立支援施設はまかぜ参加者 約50名 寿町のおじさん、大学関係者、NPO関係者、

アートマネージャー、アーティストなど

コトラボ合同会社 × ストリートワイズ・オペラ

『ストリートワイズ・オペラ ワークショップ in 寿町』

ブリティッシュ・カウンシル、マザーポート・アート・フェスティバ

ル、横浜市の主催事業としてストリートワイズ・オペラが横浜へ

来日したのを機に、横浜市寿町内で街のおじさんたちを対象に、

ストリートワイズ・オペラによるワークショップを開催。

その後、市の福祉関係者、寿町で活動する支援団体やNPOと意

見交換会を実施し、寿町での今後の可能性について話し合った。

25

ゲスト マット・ピーコック [ストリートワイズ・オペラ]

ドム・ハーラン [ストリートワイズ・オペラ]期間 2009年8月29日~31日会場 大阪市立大学・西成プラザ、船場アートカフェ 、

中之島公園・文化座劇場、カマン! メディアセンター参加者 のべ189名 むすびのおじいさんたち、市民、アートマネジャー など

NPO法人こえとことばとこころの部屋(ココルーム) × ストリートワイズ・オペラ

『釜ヶ崎ストリートワイズ・オペラ プロジェクト』

上田假奈代 (こえとことばとこころの部屋)・コメント

わたしたちは2003年から新世界のフェスティバルゲートを拠点に、

社会とアートはどんな関わりができるのだろうかと模索しながら活

動してきたアートNPOである。2008年1月から拠点を西成区にあ

る通称・釜ヶ崎に移しちいさなインフォショップ・カフェとメディア

センターを運営している。釜ヶ崎は日本最大の寄せ場で日雇い労

働者のまちとして知られている。高齢化した労働者のホームレス問

題が大きくあり、現在は生活保護受給者の孤独な状況、貧困の問

題など、日本社会のエッジと呼べるような地域である。

ストリートワイズ・オペラ主宰者のマット・ピーコックさんとワーク

ショップリーダーのドムさんがブリティッシュ・カウンシルの招聘で

日本に来てくれることになったので、地域で暮らす生活保護受給者

の紙芝居劇「むすび」にワークショップを行い、中之島「水都大阪

2009」でシンポジウムを企画し、成果を発表した。またアートに関

心のある人たちにむけて、ワークショップを開催し、メディアセン

ターで福祉など多分野からも参加いただき、マットさんにインタ

ビューを行った。

なかでも「むすび」とのコラボレーションは喜びに満ち、90歳のお

じいさんが頬をピンクにして若返っていく姿にわたしたちも感動し

た。「水都大阪2009」での発表は大盛況で、「むすび」をみて、なみ

だがあふれてきたという通りすがりの人もいた。彼らがホームレス

だったとか、孤独な状況で暮らしているといった説明などなくて

も、表現の力が響いたのだ。ドムさんがワークショップのなかで

「みなさんの表現の力を信じる、アートの力を信じる」とおっしゃっ

ていたことが、この場を成立させたのだと考える。またドムさんは

「むすびを日常的に支えるみなさんがいたからこそ」と感想を述べ

ていたが、まさに日常の関係性・継続性と他者と共有するハレの場

の組み合わせが功を奏したといえよう。

さて、本プロジェクトの課題はこの取り組みを今後どのようにつな

いでいくか、である。取り組みを通して具体的な課題を整理してみ

た。①分野横断(他分野との恊働)、②アート人材の育成・体制づく

り、③評価の方法を構築する、④アドボカシー(政策提言)である。

そのためにも、各地の取り組みの調査とネットワークづくりが必要

であり、マットさんが評した「イギリスの10年前の姿のような日本」

は、いま存在する資源を有効に有機的につないでいくことによっ

て、日本モデルを構築できるのではないだろうか。

岡部友彦 (コトラボ合同会社)・コメント

2009年9月、クリエイティブシティ横浜国際会議にあわせて、ブリ

ティッシュ・カウンシルの招聘で来日するマット・ピーコックを迎え、

英国で行われているワークショップの一部を寿町で実際に行った。

文化や歴史的な背景が違うこともあり、オペラに対する親近感のな

い住民達が、どこまで興味をもって集まってくれるか、開始するま

で未知数だった。会場は、通常屋内のスペースとのことであったが、

寿では、通りかかるおじさん達の反応を伺うために、あえて屋外の

スペースで行うこととし、周辺からワークショップを見ることができ

たり、音楽を聴ける環境とした。

予め、さなぎの家やホステルに出入りしているおじさん達には声が

けしていたこともあり、関係者を含めると30人近くの参加者が集ま

り開始された。

はじめは、ウォーミングアップで両手を使った簡単なものから行わ

れ、みんな恥ずかしながらもワークショップリーダーの手振りそぶ

りを真似て行っていた。しかし、手振りが高度になってくると、恥ず

かしさと難しさで参加者から見学者へと変わる人達が続出してし

まう人達が多くみらたれたが、音につられて、物珍しそうに見学に

来るおじさん達は多く増えていった。みな興味はあるが、人前で参

加する恥ずかしさが先行し、なかなかワークショップを行う側に入

れないのが現状であったが、中には、とても良い結果が見えた部

分もあった。さなぎの家から来たおじさんの1人が、率先して最後

までワークショップを行っていた。日常は無口でさなぎの家でもあ

まり話さない人であったが、ワークショップではみんなと一緒に話

もしていた。もう1人、またまた通りかかって参加したおじさんは、と

ても陽気に若い参加者との会話を楽しみながらワークショップを

行っていた。

普段、だれかと一緒に過ごしているおじさんよりも、いつもは1人で

過ごしている人の方が、よりこのワークショップによる、その後の

生活への影響は大きいのではと思う。

今後の展開へ向けて考えねばならないことは、このワークショップ

をどの時点で行うべきかということ、そして継続していくための体

制づくりだ。おそらく、ワークショップに参加すれば、仲間と会え

る、元気になれるなどの思いを創れるかが、参加者にとっての継続

性を高める大きな要因になり得る。運営側にとっては、専門的なス

キルを持ったアーティスト、コーディネーターに仕事として持続的

に関われる仕組みが必要だ。

行政を含め、分野を超えた連携、持続的な枠組みづくりを今後、検

討していくべきであろう。

2009年8月最後の三日間、毎日2事業のワークショップやシンポ

ジウム、インタビューを連続開催した。

ストリートワイズ・オペラのマット・ピーコック氏を6月に招き、大

阪西成区にある通称・釜ヶ崎を案内。事例報告を行い、夏にどの

ような取り組みができるかをさぐった。8月に、ワークショップ

リーダーのドム氏とともに再来日。生活保護受給者やアートマ

ネージャー対象のワークショップ、「水都大阪2009」でのシンポ

ジウムをブリティッシュ・カウンシルとの協働で実施。マット氏に

インタビューし、ネット上にアーカイブする企画も実施した。★ 本プロジェクトの報告詳細は下記サイトでご覧ください。

http://www.cocoroom.org/project/kunekune/homeless_opera.html

Page 25: Arts for Community Development & Regeneration report

24

ゲスト マット・ピーコック [ストリートワイズ・オペラ]

ドム・ハーラン [ストリートワイズ・オペラ]期間 2009年9月2日会場 寿町勤労者福祉協会・自立支援施設はまかぜ参加者 約50名 寿町のおじさん、大学関係者、NPO関係者、

アートマネージャー、アーティストなど

コトラボ合同会社 × ストリートワイズ・オペラ

『ストリートワイズ・オペラ ワークショップ in 寿町』

ブリティッシュ・カウンシル、マザーポート・アート・フェスティバ

ル、横浜市の主催事業としてストリートワイズ・オペラが横浜へ

来日したのを機に、横浜市寿町内で街のおじさんたちを対象に、

ストリートワイズ・オペラによるワークショップを開催。

その後、市の福祉関係者、寿町で活動する支援団体やNPOと意

見交換会を実施し、寿町での今後の可能性について話し合った。

25

ゲスト マット・ピーコック [ストリートワイズ・オペラ]

ドム・ハーラン [ストリートワイズ・オペラ]期間 2009年8月29日~31日会場 大阪市立大学・西成プラザ、船場アートカフェ 、

中之島公園・文化座劇場、カマン! メディアセンター参加者 のべ189名 むすびのおじいさんたち、市民、アートマネジャー など

NPO法人こえとことばとこころの部屋(ココルーム) × ストリートワイズ・オペラ

『釜ヶ崎ストリートワイズ・オペラ プロジェクト』

上田假奈代 (こえとことばとこころの部屋)・コメント

わたしたちは2003年から新世界のフェスティバルゲートを拠点に、

社会とアートはどんな関わりができるのだろうかと模索しながら活

動してきたアートNPOである。2008年1月から拠点を西成区にあ

る通称・釜ヶ崎に移しちいさなインフォショップ・カフェとメディア

センターを運営している。釜ヶ崎は日本最大の寄せ場で日雇い労

働者のまちとして知られている。高齢化した労働者のホームレス問

題が大きくあり、現在は生活保護受給者の孤独な状況、貧困の問

題など、日本社会のエッジと呼べるような地域である。

ストリートワイズ・オペラ主宰者のマット・ピーコックさんとワーク

ショップリーダーのドムさんがブリティッシュ・カウンシルの招聘で

日本に来てくれることになったので、地域で暮らす生活保護受給者

の紙芝居劇「むすび」にワークショップを行い、中之島「水都大阪

2009」でシンポジウムを企画し、成果を発表した。またアートに関

心のある人たちにむけて、ワークショップを開催し、メディアセン

ターで福祉など多分野からも参加いただき、マットさんにインタ

ビューを行った。

なかでも「むすび」とのコラボレーションは喜びに満ち、90歳のお

じいさんが頬をピンクにして若返っていく姿にわたしたちも感動し

た。「水都大阪2009」での発表は大盛況で、「むすび」をみて、なみ

だがあふれてきたという通りすがりの人もいた。彼らがホームレス

だったとか、孤独な状況で暮らしているといった説明などなくて

も、表現の力が響いたのだ。ドムさんがワークショップのなかで

「みなさんの表現の力を信じる、アートの力を信じる」とおっしゃっ

ていたことが、この場を成立させたのだと考える。またドムさんは

「むすびを日常的に支えるみなさんがいたからこそ」と感想を述べ

ていたが、まさに日常の関係性・継続性と他者と共有するハレの場

の組み合わせが功を奏したといえよう。

さて、本プロジェクトの課題はこの取り組みを今後どのようにつな

いでいくか、である。取り組みを通して具体的な課題を整理してみ

た。①分野横断(他分野との恊働)、②アート人材の育成・体制づく

り、③評価の方法を構築する、④アドボカシー(政策提言)である。

そのためにも、各地の取り組みの調査とネットワークづくりが必要

であり、マットさんが評した「イギリスの10年前の姿のような日本」

は、いま存在する資源を有効に有機的につないでいくことによっ

て、日本モデルを構築できるのではないだろうか。

岡部友彦 (コトラボ合同会社)・コメント

2009年9月、クリエイティブシティ横浜国際会議にあわせて、ブリ

ティッシュ・カウンシルの招聘で来日するマット・ピーコックを迎え、

英国で行われているワークショップの一部を寿町で実際に行った。

文化や歴史的な背景が違うこともあり、オペラに対する親近感のな

い住民達が、どこまで興味をもって集まってくれるか、開始するま

で未知数だった。会場は、通常屋内のスペースとのことであったが、

寿では、通りかかるおじさん達の反応を伺うために、あえて屋外の

スペースで行うこととし、周辺からワークショップを見ることができ

たり、音楽を聴ける環境とした。

予め、さなぎの家やホステルに出入りしているおじさん達には声が

けしていたこともあり、関係者を含めると30人近くの参加者が集ま

り開始された。

はじめは、ウォーミングアップで両手を使った簡単なものから行わ

れ、みんな恥ずかしながらもワークショップリーダーの手振りそぶ

りを真似て行っていた。しかし、手振りが高度になってくると、恥ず

かしさと難しさで参加者から見学者へと変わる人達が続出してし

まう人達が多くみらたれたが、音につられて、物珍しそうに見学に

来るおじさん達は多く増えていった。みな興味はあるが、人前で参

加する恥ずかしさが先行し、なかなかワークショップを行う側に入

れないのが現状であったが、中には、とても良い結果が見えた部

分もあった。さなぎの家から来たおじさんの1人が、率先して最後

までワークショップを行っていた。日常は無口でさなぎの家でもあ

まり話さない人であったが、ワークショップではみんなと一緒に話

もしていた。もう1人、またまた通りかかって参加したおじさんは、と

ても陽気に若い参加者との会話を楽しみながらワークショップを

行っていた。

普段、だれかと一緒に過ごしているおじさんよりも、いつもは1人で

過ごしている人の方が、よりこのワークショップによる、その後の

生活への影響は大きいのではと思う。

今後の展開へ向けて考えねばならないことは、このワークショップ

をどの時点で行うべきかということ、そして継続していくための体

制づくりだ。おそらく、ワークショップに参加すれば、仲間と会え

る、元気になれるなどの思いを創れるかが、参加者にとっての継続

性を高める大きな要因になり得る。運営側にとっては、専門的なス

キルを持ったアーティスト、コーディネーターに仕事として持続的

に関われる仕組みが必要だ。

行政を含め、分野を超えた連携、持続的な枠組みづくりを今後、検

討していくべきであろう。

2009年8月最後の三日間、毎日2事業のワークショップやシンポ

ジウム、インタビューを連続開催した。

ストリートワイズ・オペラのマット・ピーコック氏を6月に招き、大

阪西成区にある通称・釜ヶ崎を案内。事例報告を行い、夏にどの

ような取り組みができるかをさぐった。8月に、ワークショップ

リーダーのドム氏とともに再来日。生活保護受給者やアートマ

ネージャー対象のワークショップ、「水都大阪2009」でのシンポ

ジウムをブリティッシュ・カウンシルとの協働で実施。マット氏に

インタビューし、ネット上にアーカイブする企画も実施した。★ 本プロジェクトの報告詳細は下記サイトでご覧ください。

http://www.cocoroom.org/project/kunekune/homeless_opera.html

Page 26: Arts for Community Development & Regeneration report

サドラーズ・ウェルズ劇場とダンス・ユナイテッドの共同プロジェクト「Destino」のリハーサル風景。

「Distano」は、子どもから高齢者まで120人もの地域の人々が、プロのダンサーとともに

オーケストラの生演奏をバックにステージに立つ、大規模なコミュニティダンス・プロジェクト。

Page 27: Arts for Community Development & Regeneration report

サドラーズ・ウェルズ劇場とダンス・ユナイテッドの共同プロジェクト「Destino」のリハーサル風景。

「Distano」は、子どもから高齢者まで120人もの地域の人々が、プロのダンサーとともに

オーケストラの生演奏をバックにステージに立つ、大規模なコミュニティダンス・プロジェクト。

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Arts for Community Development & Regeneration

Arts for Community Development & Regeneration

ブリティッシュ・カウンシル

英国スタディツアー2009 報告書

ブリティッシュ・カウンシル

英国スタディツアー2009 報告書

2010年1月1日 発行

監修    熊倉純子

デザイン  ANL*Design

発行   ブリティッシュ・カウンシル

     www.britishcouncil.or.jp