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1. はじめに
陸上競技の各種目は中学校、高等学校の授業で
も教材として広く用いられ、教員採用試験でも出題さ
れる頻度の高い種目である。教育実習においても実技指導として実施されることが多く、保健体育科教諭免許状を習得することを前提にしても重要度の高い授業といえる。本学体育学部2年生を対象とした陸上競技Ⅱの授業は「リレー競技(短距離走を含む)、走り高跳び、砲丸投げ、長距離走の実技を通して、各競技の基礎的技能を習得する。さらに、各種目の運動特性、指導手順、規則などについても理解を深め
る」を授業のねらいとしている。また、授業の目標を「実技においては各種目で師範出来る程度の技能を習得する。また、各種目のルールを習得する」としている。これらは、単に実技能力を身につけるだけではなく、将来、指導者となった際の師範能力を養う必要があ
ることを意味している。 近年、学生の生活を取り巻く様々な環境が変化し
ている。大学の授業の在り方について、「エリート段階から、マス段階への変化」、「ユニバーサル・ア
クセス段階への変化」などを理由に、教育の重視や
時代の変化に伴う指導方法の変化の必要性が述べ
られている(阿部ら2003)。このように、授業環境や
方法を工夫することも教員としての責務であり、そのた
めに学生の状況を知ることも大切である。 そこで今回は、陸上競技Ⅱを履修した学生に自由記述方式のレポートを課し、この課題に対しどのよう
な、視点・手段で取り組むかを調査し、現状を明ら
かにすることで今後の授業展開に役立てることを目的とし実施した。
2. 調査方法
平成20年度及び平成21年度の陸上競技Ⅱを受講した学生合計438名を対象とした。履修学生は1年時に必修科目として、陸上競技Ⅰを全員が受講して
おり、陸上競技の基本的知識を学習したものであっ
た。レポート課題は、走り高跳びについての内容を
課し、内容や作成方法は自由形式とした。回収した
レポートの内容を「歴史」「指導方法」「技術・跳び
方」「ルール」などに分類した。また、そのレポート内容に授業で指導した内容が反映されているか、ある
いは書籍・論文やインターネットなどを引用したもの
なのかなどについて調査した。なお、調査は平成20年度と平成21年度を分けて調査せず、まとめて集計した。
3. 走り高跳びの授業(背面跳び)
※受講者は全員、一年次においてベリーロールを学習している。
1回目: 走り高跳び技術の習得 走り高跳びの基本動作(指導方法)2回目: 走り高跳びの実践 準備動作(助走・踏切)の分習3回目: 走り高跳びの実践 主動作の分習、走り高跳びの全習
陸上競技Ⅱを履修した本学学生のレポート課題に対する取組と傾向Atendency and Student Approaches of Report Writing Tasks
in Student of Studied Athletic 2
高梨 雄太 山口 敏夫 八木本 夏子
TAKANASHI Yuta YAMAGUCHI Toshio YAGIMOTO Natsuko
12
4回目: 走り高跳びの実践 走り高跳びの全習(高さに挑戦)5回目: 講義 走り高跳びのルール・順位決定の仕方・
評価の研究6回目: 走り高跳びの実践 走り高跳びの記録会7回目: 走り高跳びの競技会
4. 調査結果及び考察
提出されたレポートの内容について大きく、「歴史」「指導方法」「技術・跳び方」「ルール」に分類し、図1に示した。438名の提出者のうち256名の者が
走り高跳びの歴史についてレポートしており、全体数の58.4%を占めていた。「歴史」には世界記録や日本記録、高校記録などの最高記録についてレポート
したものを含んでおり、最高記録に対する学生の興味が伺える。また、背面跳びやベリーロールの歴史と変遷についてレポートしたものが多くみられた。これ
らはレポート作成の手順が比較的簡単であることが
一因とも考えられる。一方、「指導方法」についてレ
ポートしたものは45名であり、全体数の10.3%と少数であった。「各種目の指導手順について理解を深める
こと」は本授業のねらいの一つであるが、指導方法について意識してレポートしたものが少なかったこと
から、「将来、指導者となった自分」を意識しないで
実技を学習している学生が多いことを示しているのか
もしれない。同様に、「技術・跳び方」についてレポー
トした者も66名と少なく、全体の15.1%に過ぎなかっ
た。また、「ルール」についてレポートした者は71名であり、全体の16.2%であった。本授業では「各種目のルールを習得する」を目標の一つとして挙げてい
るが、ルールに対しレポートする者は比較的少数で
あった。 以上、これらのように分類することで学生のレポー
トの傾向を明らかにしてみた。 多くの者(369名、84.2%)は内容が同様であり、イ
ンターネットによるウィキペディア(フリー百科辞書)の記載内容と類似あるいは一致していた。このことか
ら、多くの学生が、レポート作成の際に参照した可能性が高く、その引用が集計結果にあらわれたものと
考えられる。 少数ではあるが、指導方法や技術、ルールの理解についてレポートした者もみられたこと
から、レポートを自由形式やテーマの設定がなくても、授業目標に沿ったり、指導者としての立場を意識して
作成しているとも考えられる。このように学生の授業に
取り組む意識や傾向は多様であると思われた。 レポートの内容から授業中に学んだ内容(知識、技術、指導法等)がレポートされているかの集計結果を図2に示した。その結果、授業内容が反映され
ていたものは全体数の2.8%と非常に少なく、他はイ
ンターネット、または文献などを参照しレポートを作成したと思われる。前述の通り、大多数の369名の
者はインターネットのフリー百科辞典「ウィキペディ
ア」を参照しているものと考えられ、その割合は全体数の84.2%に及んだ。さらに、内容が完全引用であ
る者、掲載されている写真をそのまま添付した者まで
図1 レポート内容の分類 図2 レポート作成の際、参考にしたと考えられるもの
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多くみられた。
ウィキペディアの引用については大学など教育現場において問題視されることがある。極端な例として
アメリカのミドルベリー大学の史学部では2007年に
学生のウィキペディアの引用を禁止する措置が取ら
れたが、その大きな理由には「曖昧で不適切な記述」を挙げている。4)ウィキペディアは一般の人々の書き
込みにより内容が充実する仕組みになっているため、内容が必ずしも正確ではないことがある。これらのこ
とから、利用することは大変便利であるが、その内容だけを鵜呑みにすることは危険であること等を理解さ
せる必要がある。 その他、57名(13.0%)は専門書、文献などを参考にしてレポートしたものとみられた。しかしながら参考文献を明示した者は非常に少数であった。本学では
大学1年生に対し実施される基礎学習技法講座にて
「レポートに参考文献を用いた場合、その意見や結果は自分で導いたものなのか、引用なのかを明確に
表現し、出典を明らかとしなければならない」と指導を
している3)。本研究におけるレポートでも他者の意見を引用、参考にした場合、その表示が必要であると
いえる。今回のレポート作成で何かしらを参考として
レポートしたと考えられる426名のうち参考、あるいは
引用したことを文中に明示した者は6名であり、1.4%であった。 本授業は目標の一つである「師範出来る程度の技能の習得」を目指し、記録への挑戦を意識させ、成績にも反映させている。そのためか受講生は、実技レポート作成を簡便な方へさせたとも考えられる。ま
た、実技能力向上ばかりに指導の力が入り、理論や
ルールなどの指導が不足だったことなども集計結果にあらわれたとも考えられる。
5. まとめ
今回は、陸上競技Ⅱを履修した学生に自由記述方式のレポートを課し、この課題に対しどのような、視点・手段で取り組むかを調査し、現状を明らかにすること
で今後の授業展開に役立てることが目的であった。その結果、「歴史」についてレポートする者が非常に
多くみられ、技術や指導方法などについてレポートす
る者は少数であった。授業で得た知識をレポートに
反映させる者も少なく、逆に授業では学習しなかった
技術や知識をレポートする者が多くみられた。また、その背景として、情報化社会やインターネットの普及(フリー百科事典:ウィキペディアなど)があり、学生の学習環境への影響も大きいと考えられた。今後は、このような状況をうけ、授業にてレポートの書き方など
の指導も検討する必要性が考えられた。また、将来指導者になることを意識して授業に臨んでいる者も少なからずみられることから、実技能力の向上とともに
理論やルールなどについても多く学習できるよう、方法を工夫してゆく必要がある。
参考文献1) 阿部征次・浅見美弥子・山口敏夫・櫻田淳也.
陸上競技授業の実態と改善点(2003)東京女子体育大学女子体育研究所研究集録 第17号.pp.25-42.
2) 高梨雄太・櫻田淳也.陸上競技Ⅰを履修した本学学生における授業に対する意識と今後の課題について(2009)東京女子体育大学女子体育研究所所報 第3号.pp.61-65.
3) 今丸好一郎・大石千歳・櫻田淳也・早瀬健介・柳田憲一・若山章信.平成20年度基礎学習技法講座(2008)学校法人藤村学園東京p.28.
4) Noam Cohen. A History Department Bans Citing Wikipedia as a Research Source. (2007) The New York Times. February 21.