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解説 性選別精液や和牛受精卵が助成される畜産・酪農生産力強化緊急対策事業(畜産クラスター)が開始されてい るので、「BOSSシステムで応用できないか?」という問い合わせを頂いています。BOSSシステムは、もともと が乳用牛の遺伝的改良を進めるように設計されたものですから、和牛受精卵の対応を十分に取ることはできませ ん。しかし、一定の条件を課すことで、かなりの面をカバーすることも可能です。そこで、今回は、現状の BOSSシステムで畜産クラスター事業を利用する場合の注意点なども記しながら、その対応事例を紹介します。 1  畜産クラスター事業とは? 今年度開始された畜産クラスター事業では、乳用後 継牛の確保や和牛子牛生産の振興が謳われ、急速に関 心が高まっています。この事業の中では、乳用後継牛 生産のために使用する性選別精液は農家の経営内で上 位1/2、和牛子牛生産のために使用する和牛受精卵は農 家の経営内で下位1/3以下の乳牛にそれぞれ使用するこ ととなっています。この上位と下位の判断を、BOSSシ ステムで行えないか、というお問い合わせも頂いてい るところです。この事業は、地域に設立された畜産ク ラスター協議会において作成した畜 産クラスター計画に基づくものです から、上位、下位の考え方は各地域 の協議会で定めることになっていま す。BOSSシステムで決定すること はできません。 しかし、この上位1/2から乳用後 継牛、下位1/3から和牛子牛という 判断基準を、遺伝評価値である 「牛 評(牛群内評価)」により行うこと は、事業に参加していない農家にお いても非常に有効な考え方です。そ こで、本稿では上位、下位の判断基 準を「牛評」とした場合のBOSSシ ステムの運用事例を紹介します。 「牛評」 は地域の協議会の上位下 位の判断基準にも用いられることが BOSS システム作成プロジェクトチーム BOSSシステム(交配相談)を活用しよう! - Best Operation of Super Sire - ⑥畜産クラスター事業の応用 多いものです。しかし、この紹介例がみなさんの地域 で行われている事業の対象となるかどうかは地域の畜 産クラスター協議会にお問い合わせください。もし、 協議会が 「牛評」 以外の判断基準を用いていた場合 は、残念ながら現状のBOSSでは対応することは出来 ません。 2  「牛評」 とは? (1)10段階で示される牛評 牛評はBOSSシステムの選定結果一覧(図 1 )に示 されている牛群内評価の略称です。「乳量」 と 「遺伝 図1 15 − LIAJ News No.154 −

BOSSシステム(交配相談)を活用しよう! - LINliaj.lin.gr.jp/uploads/liaj154_07.pdfきは、単純に牛評で判断するのではなく、D区分の雌 牛から和牛受精卵を利用するようにします。残念ながら、現在のBOSSシステムでは図4の部分

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解説

性選別精液や和牛受精卵が助成される畜産・酪農生産力強化緊急対策事業(畜産クラスター)が開始されているので、「BOSSシステムで応用できないか?」という問い合わせを頂いています。BOSSシステムは、もともとが乳用牛の遺伝的改良を進めるように設計されたものですから、和牛受精卵の対応を十分に取ることはできません。しかし、一定の条件を課すことで、かなりの面をカバーすることも可能です。そこで、今回は、現状のBOSSシステムで畜産クラスター事業を利用する場合の注意点なども記しながら、その対応事例を紹介します。

1  畜産クラスター事業とは?

今年度開始された畜産クラスター事業では、乳用後継牛の確保や和牛子牛生産の振興が謳われ、急速に関心が高まっています。この事業の中では、乳用後継牛生産のために使用する性選別精液は農家の経営内で上位1/2、和牛子牛生産のために使用する和牛受精卵は農家の経営内で下位1/3以下の乳牛にそれぞれ使用することとなっています。この上位と下位の判断を、BOSSシステムで行えないか、というお問い合わせも頂いているところです。この事業は、地域に設立された畜産クラスター協議会において作成した畜産クラスター計画に基づくものですから、上位、下位の考え方は各地域の協議会で定めることになっています。BOSSシステムで決定することはできません。しかし、この上位1/2から乳用後継牛、下位1/3から和牛子牛という判断基準を、遺伝評価値である 「牛評(牛群内評価)」により行うことは、事業に参加していない農家においても非常に有効な考え方です。そこで、本稿では上位、下位の判断基準を「牛評」とした場合のBOSSシステムの運用事例を紹介します。「牛評」 は地域の協議会の上位下位の判断基準にも用いられることが

BOSSシステム作成プロジェクトチーム

BOSSシステム(交配相談)を活用しよう!- Best Operation of Super Sire -

⑥畜産クラスター事業の応用

多いものです。しかし、この紹介例がみなさんの地域で行われている事業の対象となるかどうかは地域の畜産クラスター協議会にお問い合わせください。もし、協議会が 「牛評」 以外の判断基準を用いていた場合は、残念ながら現状のBOSSでは対応することは出来ません。

2  「牛評」 とは?

(1)10段階で示される牛評牛評はBOSSシステムの選定結果一覧(図 1)に示

されている牛群内評価の略称です。「乳量」 と 「遺伝

図 1

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評価」 の 2通りが表示されています。「乳量」 は実際に搾っている乳量を牛群内評価したもの、「遺伝評価」 は遺伝的な泌乳能力である産乳成分を牛群内評価したものです。選定結果一覧のなかでは、乳量の牛評は低いのに、遺伝評価の牛評は高いというものもありますが、これは周産病などで遺伝の力を十分に発揮していないという事例になります。BOSSシステムで用いるのは、「遺伝評価」 の牛評になります。牛評は 1 ~ 10の10段階で10が最も良い評価になります。これは農家各戸における標準偏差を用いたものなので、図 2に示したように統計学的にその割合が決定しています。上位1/2とは、牛評 6 ~ 10となった乳牛の頭数が農家内で上位50%の頭数となります。また、牛評が 1 ~ 4となった乳牛の頭数が農家内では下位31%の頭数となります。事業では下位1/3以下すなわち、33.3%以下とされていますから、牛評 1 ~ 4の牛がほぼ相当します。注意点としましては、この牛評は統計処理で計算されますので、図 2で比率の低い牛評 9、10や牛評 1、2については、実際の牛評では表示される牛がいないこともあります。

(2)牛評の意味前述の遺伝評価の牛評は、乳用牛の遺伝評価で用いられている総合指数(NTP)のうち、産乳成分に基づいたものです。総合指数とは、泌乳能力と体型をバランス良く改良するために、乳成分率を下げずに、乳量・乳成分量と長命連産性の改良量が最大となるように作られた指数です。産乳成分は総合指数を構成する泌乳能力に注目したものです。すなわち、牛評とは、農家内の遺伝的な泌乳能力を評価したもので、例えば、牛評が10の乳牛とは泌乳能力の遺伝的改良が対象農家内でもっとも優秀な乳牛であると言えます。

3  BOSSシステムを利用しよう!

(1)性選別精液の利用牛評を使ったBOSSシステムを実施するには、現状のシステムでは第 1改良希望点を 「産乳成分」 としなければなりません。第 2、第 3の改良希望点は酪農家の希望どおり自由設定して頂いてかまいません。また、種雄牛の選定要件も自由設定して頂いてかまいません。第 1希望を 「産乳成分」 とした場合の能力区分と牛評の関係は図 3の通りです。すると、BOSSシステムで判断されるAA区分、B区分およびA区分の半分は牛評の 6 ~ 10に相当します。これらは、BOSSシステムで選定された種雄牛を性選別精液で利用できることになります。ただし、計算誤差がある場合がありますので、性選別精液の利用は 「牛評」 で判断してください。この方法で判断したものが図 1になります。

(2)和牛受精卵の利用BOSSシステムで判断されるC区分とD区分の一部は和牛受精卵を利用することができます。これも、計算誤差がありますので、「牛評」 で判断してください。この原則で判断したものが図 1になります。さて、ここでひとつ課題があります。それはBOSS実施農家の後継牛頭数として何頭必要なのか?図 1のとおり機械的に判断してしまって後継牛の生産頭数が足らなくならないか?という課題です。もし、後継牛が足らないということであれば、ここで機械的判断で和牛受精卵を利用することはやはり望ましいことではありません。和牛子牛を販売できたとしても、後継牛が足らなければ結局のところホルスタイン初妊牛を購入しなければならないからです。和牛受精卵の利用を実施できる頭数の計算方法を図 4に示しました。計算結果の和牛受精卵に利用できる雌牛の頭数が少ないと

牛評における10段階評価の出現頻度

並 良好

31% (能力区分CとDの一部)

50% (能力区分AA、B、Aの半分)

図 2

図 3

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きは、単純に牛評で判断するのではなく、D区分の雌牛から和牛受精卵を利用するようにします。残念ながら、現在のBOSSシステムでは図 4の部分を自動計算出来ません。面倒なものですから、ご必要なときは当団種雄牛センタースタッフにお申し付けください。

後継牛生産に必要なホルスタインの授精頭数(自家育成中心の場合)

年間に必要な後継牛生産頭数

年間の経産牛の除籍頭数が目安(検定成績表を確認してください)

経産牛80頭、未経産牛8頭(授精適期を含む)の牛群において、年間に必要な後継牛頭数が30頭、現在ホルスタインを妊娠している頭数26頭(通常精液)、肉用種を妊娠している頭数20頭とします。また、係数として死産率5%、哺育育成事故率10%とします。

①ホルスタインを授精する必要のある頭数

(30-(26÷2))÷0.5(性比)×1.05×1.10 ≒ 40頭②現在、妊娠牛を除く授精可能な牛の頭数(80+8)-(26+20)=42頭

③和牛受精卵移植できる頭数 42-40=2頭

通常精液を利用する場合

①ホルスタインを授精する必要のある頭数

(30-(26÷2))÷(0.9×8割+0.5×2割)×1.05×1.10 ≒ 24頭②現在、妊娠牛を除く授精可能な牛の頭数(80+8)-(26+20)=42頭

③和牛受精卵移植できる頭数 42-24=18頭

性選別精液(90%メス)をホルスタイン授精の8割に利用する場合

前 提

性選別精液が有利!

図 4

畜産クラスタ-事業を利用する農家が、BOSSの第 希望を産乳成分以外に設定した例畜産クラスタ-事業では、改良の中心となるべきAAクラスが牛評2で和牛授精卵対象となったり、Dクラスが牛評6で性選別精液の対象となったりします。

どのように繁殖を使い分けるか?よくわからなくなります。

図 5

4  さいごに

畜産クラスター事業で良く用いられている 「牛評」を使った事例を紹介しました。BOSSシステムに応用しようとしたとき、第 1希望を産乳成分としなければならないと記しました。その理由は、仮に第 1希望を体型の 「決定得点」 とした図 5の例を見れば一目瞭然です。BOSSシステムでの改良の中心となるAAクラスに牛評の低いものが出てきてしまい、改良としてホルスタインの後継牛を生産するのか?和牛受精卵を利用するのか?方針がぐらついてしまいます。こういったことから、畜産クラスター事業を利用しようとした場合、第 1希望は産乳成分として、農家の自由な改良希望について第 2、第 3の改良希望と種雄牛の選定要件に設定する必要があることを再度記しておきます。

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