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日皮会誌:92 (10), 1061-1064, 1982 (昭57) Bowen病,有縁細胞癌,及び基底細胞上皮腫を伴った PorokeratosisofMibelli 沢田 雍子 安立あゆみ 偏側性帯状のporokeratosis of Mibelli の1例を9 年間観察した.その間porokeratosis病巣部の諸所に, Bowen病,有隷細胞癌,基底細胞上皮腫を発生したた め,各種の治療を行った.すなわち, Bowen病には OK-432の局注,有煉細胞癌には放射線照射,及び筋肉 弁植皮術を施行した.放射線照射部からは,基底細胞腫 を2年半後に生じてきた.組織学的に,基底細胞腫が2 個O cornoidlamella 間に限局して生じている事実は, porokeratosisof Mibelli のcornoid lamella 間が,放 射線に感受性の強い異常な細胞集団よりなることを伺わ せ, Reedらのmutant clonal 説をうらづけるものと考 えた.一方, OK-432局注部のBowen病は,治療後5 年間再発していない.従って, porokeratosisof Mibelli の治療には, abnormal mutant clone を刺激し,局所免 疫能を低下させる放射線治療は禁忌であり,むしろ,局 所免疫能を高め,かつ腫瘍細胞のみを消失させる免疫療 法を初期に行うことが適切であると考えた. はじめに Porokeratosis of Mibelli からの発癌の報告例は,す でに20例以上あるが1)2)発癌のメカニズムについては 不明である.がしかし, Reedら3)が, porokeratosisof Mibelliを,遺伝的な表皮の異常なクローンによるもの との見解をのべてからは,前癌状態として,取り扱われ るようになってきた, 我々は,胸部にBowen病,膝宮部に有隷細胞癌を 生じ,放射線治療後基底細胞腫を生じた,偏側性帯状の porokeratosisof Mibelli の1例を,9年間経過観察し 名古屋大学医学部皮膚科(主任 大橋 勝教授) Yoko Sawada, Ayumi Adachi and Ryoko Hotta: Squamous Cell Carcnioma, Basalioma and Bowen Disease Associated with Porokeratosis of Mibelli. 昭和57年6月8日受理 別刷請求先:(〒466)名古屋市昭和区鶴舞町65 名古屋大学医学部皮膚科 沢田 雍子 堀田 亮子 た.そして,発癌の初期像の観察,各種治療に対する反 応をみる機会を得, porokeratosisof Mibelliからの発癌 のメカニズムについて考察した. 患者:71歳,男性.洋裁師. 初診:1973年1月11 B. 主訴:右顔面,右胸部および右上下肢の皮疹. 既往歴:なし.枇素摂取の既往なし. 家族歴:父の叔父,父,姉に同症あり. 現病歴:幼少時,右大腿に1個発疹あり.15歳,右大 腿に,次いで右半身に発疹が拡大した.夏季癈岸あり.. 61歳,胸部の発疹がびらんしはじめた.又,その頃よ り,右膝高に腫瘤を生じ,それもびらんを来した.63 歳, 1973年1月,当科初診.外用療法するも効なく, 1976年1月,当科入院. 現症:1976年入院時皮膚所見.右顔面,右耳前部,右 胸部,右腰部,右上肢に列序性の発疹あり.個疹は,中 心が萎縮し,辺縁が角化性隆起する直径数mmの環状 の茶褐色斑であるが,それらは互いに癒合して,局面を 形成している(図1△印).胸部には,直径約120mm の,黄褐色のきたない痴皮を有するびらん面がある(図 1▲印).右膝癌部は,表面抱贅状でかたく,線状に隆 起した腫瘤をふれ,一部潰瘍となっている(図2)j 皮膚病理組織所見 右胸部の褐色斑:Cornoid lamella を一視野に2個認 める. cornoid lamella 下の表皮は萎縮しており,穎粒 層は一層わずかに認められる.有線層,基底層では,核 はややクロマチンに富み,細胞質は空胞化している.基 底層では,メラニソ含有細胞はみられない. 真皮では,乳頭層の血管周囲にlymphohistiocyte系の 細胞浸潤がみられる. Cornoid lamella cornoid lamella の間の表皮で は,角質は正常,表皮は一部萎縮している.有線層, 基底層の一部の細胞で空胞化がみられる.真皮では, lymphohistiocyteとmelanophageが散在する.

Bowen病,有縁細胞癌,及び基底細胞上皮腫を伴った ...drmtl.org/data/092101061.pdfSquamous Cell Carcnioma, Basalioma and Bowen Disease Associated with Porokeratosis

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  • 日皮会誌:92 (10), 1061-1064, 1982 (昭57)

    Bowen病,有縁細胞癌,及び基底細胞上皮腫を伴った

           Porokeratosisof Mibelli

    沢田 雍子 安立あゆみ

               要  旨

     偏側性帯状のporokeratosis of Mibelli の1例を9

    年間観察した.その間porokeratosis病巣部の諸所に,

    Bowen病,有隷細胞癌,基底細胞上皮腫を発生したた

    め,各種の治療を行った.すなわち, Bowen病には

    OK-432の局注,有煉細胞癌には放射線照射,及び筋肉

    弁植皮術を施行した.放射線照射部からは,基底細胞腫

    を2年半後に生じてきた.組織学的に,基底細胞腫が2

    個O cornoidlamella 間に限局して生じている事実は,

    porokeratosisof Mibelli のcornoid lamella 間が,放

    射線に感受性の強い異常な細胞集団よりなることを伺わ

    せ, Reedらのmutant clonal 説をうらづけるものと考

    えた.一方, OK-432局注部のBowen病は,治療後5

    年間再発していない.従って, porokeratosisof Mibelli

    の治療には, abnormal mutant clone を刺激し,局所免

    疫能を低下させる放射線治療は禁忌であり,むしろ,局

    所免疫能を高め,かつ腫瘍細胞のみを消失させる免疫療

    法を初期に行うことが適切であると考えた.

               はじめに

     Porokeratosis of Mibelli からの発癌の報告例は,す

    でに20例以上あるが1)2)発癌のメカニズムについては

    不明である.がしかし, Reedら3)が, porokeratosisof

    Mibelliを,遺伝的な表皮の異常なクローンによるもの

    との見解をのべてからは,前癌状態として,取り扱われ

    るようになってきた,

     我々は,胸部にBowen病,膝宮部に有隷細胞癌を

    生じ,放射線治療後基底細胞腫を生じた,偏側性帯状の

    porokeratosisof Mibelli の1例を,9年間経過観察し

    名古屋大学医学部皮膚科(主任 大橋 勝教授)

    Yoko Sawada, Ayumi Adachi and Ryoko Hotta:

     Squamous Cell Carcnioma, Basalioma and Bowen

     Disease Associated with Porokeratosis of Mibelli.

    昭和57年6月8日受理

    別刷請求先:(〒466)名古屋市昭和区鶴舞町65

     名古屋大学医学部皮膚科 沢田 雍子

    堀田 亮子

    た.そして,発癌の初期像の観察,各種治療に対する反

    応をみる機会を得, porokeratosisof Mibelliからの発癌

    のメカニズムについて考察した.

              症  例

     患者:71歳,男性.洋裁師.

     初診:1973年1月11 B.

     主訴:右顔面,右胸部および右上下肢の皮疹.

     既往歴:なし.枇素摂取の既往なし.

     家族歴:父の叔父,父,姉に同症あり.

     現病歴:幼少時,右大腿に1個発疹あり.15歳,右大

    腿に,次いで右半身に発疹が拡大した.夏季癈岸あり..

    61歳,胸部の発疹がびらんしはじめた.又,その頃よ

    り,右膝高に腫瘤を生じ,それもびらんを来した.63

    歳, 1973年1月,当科初診.外用療法するも効なく,

    1976年1月,当科入院.

     現症:1976年入院時皮膚所見.右顔面,右耳前部,右

    胸部,右腰部,右上肢に列序性の発疹あり.個疹は,中

    心が萎縮し,辺縁が角化性隆起する直径数mmの環状

    の茶褐色斑であるが,それらは互いに癒合して,局面を

    形成している(図1△印).胸部には,直径約120mm

    の,黄褐色のきたない痴皮を有するびらん面がある(図

    1▲印).右膝癌部は,表面抱贅状でかたく,線状に隆

    起した腫瘤をふれ,一部潰瘍となっている(図2)j

             皮膚病理組織所見

     右胸部の褐色斑:Cornoid lamella を一視野に2個認

    める. cornoid lamella 下の表皮は萎縮しており,穎粒

    層は一層わずかに認められる.有線層,基底層では,核

    はややクロマチンに富み,細胞質は空胞化している.基

    底層では,メラニソ含有細胞はみられない.

     真皮では,乳頭層の血管周囲にlymphohistiocyte系の

    細胞浸潤がみられる.

     Cornoid lamella と cornoid lamella の間の表皮で

    は,角質は正常,表皮は一部萎縮している.有線層,

    基底層の一部の細胞で空胞化がみられる.真皮では,

    lymphohistiocyteとmelanophageが散在する.

  • 1062 沢田 雍子ほか

    図1 入院時,右胸部の所見.△印は,悪性像のな

     いporokeratosis of Mibelliの皮疹.▲印はBowen

     病の皮疹.

    図2 入院時,右膝高部の有輯細胞癌.

    図3 右胸部びらん局面の辺縁の病理組織像.2個

     のcornoid lamella (矢印)間に有料層の変化が

     みられる.ヘマトキシリソ・エオジソペH・E)染

     色.(50×)

    図4 右胸部びらん面の病理組織像.表皮内に限局

     するBowen病の像H.E.染色(400×)

    図5 入附時,膝高部腫瘍の病理組織像.有林細胞

     癌Broder: Grade 2. H.E. 染色(200×)

    図6 放射線照射後,膝高部porokeratosisより出

     現したsuperficial typeの基底細胞腫.2個のcor-

     noid lamella (矢印)の間に限局して,腫瘍細胞

     が存在するH.E.染色(20×),

  • Bowen病,有林細胞癌,及び基底細胞上皮腫を伴ったPorokeratosis of Mibelli

     右胸部のぴらん局面の辺緑(図3):毛嚢及び非附属

    器部に角栓がみられ,その部の有転層及び基底層は配列

    がみだれ,細胞質の空胞化か著明.核は一部クロマチソ

    に富む.

     真皮では,一層を隔して密なlymphoid cellの浸潤が

    みられ,下方には形質細胞が多くみられる.

     一方,2個のcornoid lamella の間の表皮は,全体に

    やや肥厚し, diskeratotic cell がみられる他,クi=・マチ

    ンに富んだ核をもち,空胞化した細胞質をもっ細胞も散

    在している.真皮は上層にlymphohistiocyteの他,形質

    細胞がみられる.

     右胸部のびらん面(図4):腫瘍細胞は表皮内に限

    局し,腫瘍巣内では,細胞は異型性が強くclumping

    mitosisを生じているものもある.多核の細胞が多く,

    Bowen病の像である.

     真皮では, lymphoid cell を,真皮上層に帯状に密集

    し七いるが,形質細胞は,みられない,

     膝寫部の腫瘍(入院時):有転細胞癌でBroder の

    Grade 2・ の病理組織像を呈する(図5).

     再発時の所見:Superficial type の基底細胞腫で,両

    端のcornoid lamella (図6矢印)を境にして,その内

    側に限局する.

     腫瘍直下の真皮では,血管拡張がみられ, lymphoid

    cell.形質細胞の浸潤がみられる.

             その他の検査所見

     入院時赤沈26mm/h, CRP (十),ASL0 50, 免疫グロ

    ブリン(mg/dl):IgG 1,550, IgA 364, IgM 62, 総蛋

    白7.2g/dl,アルブミソ4.1g/dl, GOT 17, GPT 12,ALP

    7.8, LDH 200, CH-E 0.53, 尿蛋白(-),糖(-),

    Wa-R(-),単純ヘルベメ抗体価(-),帯状庖疹抗体

    価(-),ツベルクリン反応1づ{,(OK-432治療後

    キまぶV DNCB : 治療前後とも不成立.消化管X線検

    査:異常なし.

             治療および経過

     右胸部のBowen病:1976年1月より約2ヵ月間,フ

    ルオl=・ウラシル軟膏を外用するも根治しなかったため,

    下記の方法で,溶連菌菌体製剤OK-432 (ピシバニー

    ル)を病巣部に局注した.すなわち, 0.5KE: 2回,

    IKE:6回, 2k:e : 6回, 3KE:12回, 5KE: 8回.

    0.5KEから3KEまでは週3回, 5KEは週2回.その

    結果, 2KE終了時点より表皮化が始まり, 3KE終了時

    点では,ほぽ表皮化が完了した.その後5年間,現在に

    1063

    至るまで再発をみない.

     膝寞部の腫瘍:1976年1月より約2ヵ月間,フルオロ

    ウラシル軟膏,ブレオマイシン局注, OK-432局注を行

    い縮小したが完治しなかった. 1977年3月よりX線を

    8,800rads照射した.腫瘍は消失したが潰瘍を残す.

    1977年10月,潰瘍の周辺より有縁細胞癌を再発.再びX

    線を4,000rads照射した. 1978年7月2日,放射線潰瘍

    が治癒しないため,潰瘍およびその周囲のporokeratosis

    of MibelH の皮膚を含め70mra X 90mmの切除を行っ

    た.膝の伸展を目的として,排腹筋の筋弁移植術を施行

    し,皮膚欠損部には,左殿部の正常部より10/1,000イン

    チの皮膚を採取し,植皮した.切除した潰瘍には悪性像

    は認められなかった. 1981年3月,膝寫部植皮の周辺の

    porokeratosis of Mibelli の皮疹より,腫瘍が再発.切除

    結果は基底細胞腫であった.

               考  案

     Porokeratosis of Mibelli 特にその偏側性の帯状型のも

    のは,前癌状態として注目されている.発癌のメカニズ

    ムは不明であるが, Reedらのketatinocyteのmutant

    clonal説の他, Cortら4)の皮膚萎縮説, Taylorら5)の線

    維芽細胞の不安定説等がある.我々の経験した症例は,

    Reedらのkeratinocyte mutant 説をうらづけるものと

    考える.すなわち, Reedらは1969年,35症例につい

    て病理組織学的検討を行い, cornoid lamella を境とし

    てepidermisの組織像がはっきりと異なることから,

    cornoid lamella 間の病変部皮膚が, actinic keratosis の

    場合と同じく,先天的に異常な細胞集団として存在して

    おり, cornoid lamella 下の表皮は,遠心性に拡大し,

    接する正常表皮の抵抗のため,下方へとのびて陥凹する

    と考えた.

     Reedは,日光とporokeratosisの関係で,照射部位

    に核の異型が多いことから,異常clone部が日光によ

    りsensitiveなのであろうと考え,異常cloneからの発

    癌も予想されることであるとのべている.

     我々の症例は,9年間にわたる観察を行い,その間

    に,胸部にBowen病,膝高部に有縁細胞癌を生じ,

    膝高部では有辣細胞癌は,放射線照射と手術により完

    治したにもかかわらず,2年後,植皮周辺の被曝した

    porokeratosisの部より基底細胞上皮腫を生じてきた.基

    底細胞上皮腫は, cornoid lamella とcoraoid lamella の

    間に限局して生じており,その部がporokeratosisの皮

    疹で,放射線に感受性の強い細胞の集団であったことを

    うかがわせる.ところでこの症例では,胸部Bowen病

  • 1064 沢田 雍子ほか

    にはOK-432を,膝嵩部に放射線照射をという,全く作

    用機序の異なる治療を行ったのであるが,胸部Bowen

    病は完治し,5年間,再発をみなかったのに対し,膝高

    部の有練細胞癌は再発し,かつ,周囲のporokeratosis of

    Mibelli皮疹から基底細胞上皮腫を生じている.

     溶連菌菌体製剤であるOK-432は,直接的な抗潰瘍効

    果と,間接的な宿主介在作用とがあるが,この場合,

    OK-432の注射部位に著しい効果がみられたことから,

    直接作用も考えられる.が一方,ツベルクリン反応が陽

    転しており,細胞性免疫能上昇による効果も.関与して

    いる可能性はある.胸部Bowen病の治癒した部分は,

    角化性隆起は消失し,正常な皮膚となっていることか

                            文

      1)谷口信吉,小川 豊,河村甚郎,今村貞夫:有

       辣細胞癌と多発性Bowen病を発生したzoste-

       riform porokeratosisのL例.皮膚臨床,21 :

       139―143, 1979.

      2)荒川兼三,荒田次郎,高岩 尭,小野公義:

       Porokeratosisに合併した有林細胞癌.皮膚臨

       床,21 : 371―376, 1976.

      3) Reed, R.J. & Leone, P.: Porokeratosis-A

       mutant clonal keratosisof the epidermis, Arch.

    ら,癌細胞はもちろん,“mutant abnormal clone” も消

    失した可能性も考えられる.

     一方,放射線は,腫瘍破壊に対しては効果があったもの

    の,その周辺に存在していたmutant abnormal cloae”

    を活性化し,発癌させたことが推定され, porokeratosis

    of Mibelli では禁忌と考えられる.

     なお,本症例の経過は,第115回東海地方会で発表し

    た.

     稿を終えるに当り,御校閲を賜りました大橋勝教授,

    手術を行って下さいました,名古屋大学口腔外科の鳥居

    修平講師,並びに,原稿の整理をして下さいました板谷

    幸美さんに深謝致します.

       Derm., 101: 340-347, 1970.

      4) Cort, D.E., et al.: Epithelioma arising in

       porokeratosis of Mibeili, Br. J. Plast.Surg・,25:

       318-328, 1972.

      5) Taylor, A.M., Harnden, D.G. & Fairburn,

       E.A.:Chromosomar instability associated with

       Susceptibility to malignant disease in patients

       with porokeratosis of Mibelli, J. N.α(.Cancer

       Inst., 51:371-378, 1973.

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