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2009 年度秋学期
「刑法 II(各論)」講義
2009 年 12 月 8 日
【第 9 回】詐欺および恐喝の罪(その 3)
2 電子計算機使用詐欺罪[246 条の 2]《山口刑法 pp. 318-320 /西田各論 pp. 195-202、山口各論 pp. 269-272》
2-1 意義
コンピュータを利用した不正利得行為を捕捉し処罰するために、1987(昭和 62)年の法改正
により新設された犯罪類型。
※ 詐欺罪が成立するためには人に対する欺罔行為が必要である(「機械は錯誤に陥らない」。【第 7 回】1-3-1
参照)一方、窃盗罪が成立するためには財物の占有の移転が必要である。すると、不正に入手したキャ
ッシュカードを使用して他の預金口座に振替送金したような場合には、窃盗罪は成立せず不可罰となり、
処罰の間隙が生じていた。本罪の制定は、この処罰の間隙を埋める目的のものであるが、後述の通り、
電子計算機を利用した不法利得一般を処罰するものではない点に注意。
なお、条文上明らかであるように、本罪は詐欺罪の補充規定であり、詐欺罪が成立する場合に
は法条競合により本罪の成立は否定される。
2-2 構成要件
[客体]
財産権の得喪・変更に係る電磁的記録
← 財産権の得喪、変更の事実を記録した電磁的記録であって、その作出・更新により、
直接、事実上、当該財産権の得喪・変更が生じることになるものをいう。
従って、例えば、
* 銀行の顧客元帳ファイルの預金残高記録
* プリペイドカードの残度数・残額の記録
などはこれに該当するが、
* キャッシュカードやクレジットカードの磁気ストライプ部分中の記録
* 不動産登記ファイル
などは一定の事実を証明するための記録に過ぎないため、これにはあたらない。
財産権の得喪・変更に係る電磁的記録が「不実」「虚偽」である場合に、それによって生じるこ
とになる財産権の得喪・変更に関し、不法利得が肯定されることになる。
※ 上記「不実」「虚偽」であるか否かは、財産権の得喪・変更を本来決定すべき者との関係で判断される
ことになる。
[行為]
条文上、2 つの態様が規定されている。
(a) 前段の場合――作成型
「虚偽の情報」または「不正な指令」を与えることにより、財産権の得喪・変更に係る不
実の電磁的記録を作成することによる不法利得行為
「虚偽の情報」・「不正な指令」= それぞれ、内容が真実に反する情報、与えられるべき
2009 年度秋学期「刑法 II(各論)」講義資料
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でない指令をいい、結果として不実の電磁的記録を作出
することとなるもの
架空入金データの入力、プログラム改変により自己の預金口座に不実の入金を行わせるよ
うな場合がこれにあたる。
積極的に利得する場合(大阪地判昭和 63 年 10 月 7 日判時 1295 号 151 頁など)と債務
を免脱する場合(判例(342))がある。
※ 最近の最高裁判例として、被告人が窃取したクレジットカードの番号等を冒用して電子マネーの
購入を申し込み、決済代行業者のパソコンのハードディスクに、カード名義人が電子マネーを購入
したとする不実の電磁的記録を作らせ、それによって電子マネーの利用権を取得したことについて
本罪の成立を認めた、判例(343)がある。
※ なお、融資権限を有する金融機関の役職員が、内規に違反した不良貸し付けを決定し、オペレー
ター係員にオンライン端末機を操作させて振込入金処理をさせた場合には、貸し付け行為には入力
処理の原因となる経済的・資金的実体が伴っているため、「虚偽の情報」とはいえないので、(背任
罪の成立は別として)本罪の成立は否定されることになる。判例(340)が本罪の成立を認めている
のは、入力された情報には全く経済的・資金的実体を伴わないような事案であったからである。
(b) 後段の場合――供用型
財産権の得喪・変更に係る虚偽の電磁的記録を人の事務処理の用に供することによる不法
利得行為
偽造したプリペイドカードを使用して有償のサーヴィスを取得するような場合がこれにあ
たる。
◇ 実行の着手時期
(a)の場合: 「虚偽の情報」または「不正な指令」を与える行為に着手した時点
(b)の場合: 虚偽の電磁的記録を人の事務処理の用に供する行為に着手した時点
[具体例]
* 偽造 CD カードで預金を付け替えるために ATM 機に挿入しようとした時点
* 架空の入金データを入力しようとした時点
* 偽造テレホンカードを公衆電話機に挿入しようとした時点(実際に変造テレホンカー
ドを公衆電話機に挿入した事案について、判例(341)参照)
◇ 既遂時期
不実の電磁的記録を作出し、または虚偽の電磁的記録を人の事務処理の用に供して、財産
上の不法の利益を得た時点
[具体例]
* 自己の預金口座に不正に振替入金した場合
* 第三者の預金口座に振替入金した場合で、第三者の印鑑と通帳または CD カードを所
持している場合
これに対して、印鑑、通帳、CD カードを偽造しなければ引き出し不能な他人の口座に
振り替えた場合には本罪は成立しない。
※ この場合は、窓口から払戻しを受けた場合には 1 項詐欺罪が、偽造 CD カードで引き出せば窃
盗罪が、偽造 CD カードで振替送金すればその行為自体について本罪が成立すると解することに
なる。
さらに、どの段階の不実の電磁的記録の作出が財産上の利得といいうるかが問題となる。
※ 例えば、会社内部で作成される給与データファイルの内容(給与の等級、号俸、残業時間数な
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ど)を改ざんした場合は、この段階では既遂ではないが、このデータに基づき最終的に仕向け銀
行に持ち込まれる振込依頼用の磁気テープ・フロッピーデスクが作成されれば既遂と解する見解
が有力である。この見解は、このような電磁的記録が作出されれば、あとは必然的に被仕向け銀
行の行為者の口座残高ファイルが書き替わるという理由に基づくものである。しかし、既遂の要
件である財産上の利益の取得について厳密に考えるならば、行為者がそれを自由に処分しうる状
況が必要であり、従って、行為者の口座残高ファイルが変更されたことを必要とする(即ち、行
為者の口座残高の電磁的記録の変更をもって既遂とする)のが妥当である、とする見解も主張さ
れている。
3 準詐欺罪[248 条] 《山口刑法 p. 320 /西田各論 pp. 202-203、山口各論 pp. 272-273》
十分な判断能力を備えていない者に対する詐欺罪の拡張類型。
欺罔行為に至らない誘惑の手段が用いられた場合に成立。
財物・財産上の利益を交付行為により取得する必要がある(ただしこの点に反対する裁判例とし
て、福岡高判昭和 25 年 2 月 17 日高刑判特報 4 号 74 頁)ので、意思能力を欠く幼児や心神喪失者
から財物を取得した場合には、交付行為が認められないので、準詐欺罪ではなく窃盗罪が成立する。
[要件]
* 未成年者= 20 歳未満の者[民法 4 条]
※ 成年擬制[同 753 条]については、未成年者保護の見地から適用されないと解されようが、異論も
存在する。
* 知慮浅薄=知識に乏しく思慮が足りないこと
* 心神耗弱=意思能力はあるが精神の健全さを欠き、事物の判断を行うために十分な普通人の
知能を備えない状態(大判明治 45 年 7 月 16 日刑集 18 輯 1087 頁)
※ 刑法 39 条 2 項にいう心神喪失とは異なる点に注意。
知慮浅薄・心神耗弱状態を利用して物・利益を交付させた場合に本罪が成立する。
4 恐喝罪[249 条] 《山口刑法 pp. 321-325 /西田各論 pp. 204-209、山口各論 pp. 273-282》
4-1 客体
4-1-1 財物
財物[249 条 1 項]: 他人の占有する他人の財物
財物の意義については【第 2 回】2 を参照。
電気についての特例[245 条]、自己の財物についての特例[242 条]、親族相盗例[244 条]
が 251 条によりそれぞれ準用される。
窃盗罪の場合と異なり、不動産も財物に含まれる(大判明治 44 年 12 月 4 日刑録 17 輯 2095
頁)。
従って、恐喝により不動産の登記を取得した場合には、1 項詐欺罪が成立する。
※ 不動産については、所有権登記名義による法律的支配があれば不動産に対する占有を肯定することが
でき、その取得により当該不動産の処分可能性を取得したといえるので、事実的支配よりも登記名義を
有することがむしろ決定的だと考えることができるからである。なお、学説の中には権利書その他の移
転登記に必要な書類の喝取をも不動産に対する 1 項詐欺罪(の既遂)であるとする見解があるが、「保証
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書方式」による移転登記が可能である以上、登記取得以前に完全な処分可能性を取得したと言いうるか
は疑問が残る。
他方、恐喝により事実的支配を取得したにすぎない場合には、2 項恐喝罪を肯定すべきこと
となる。
4-1-2 財産上の利益
「財産上不法の利益」[249 条 2 項]とは、不法に財産上の利益を得ることをいい、利益自
体が不法性を有する必要はない。
財産上の利益の意義については、詐欺罪の項(【第 7 回】1-2-2)で述べたことがそのまま当
てはまるので、そちらを参照されたい。
4-2 恐喝
恐喝(あるいは恐喝行為)=暴行または脅迫により被害者を畏怖させること。
←財物又は財産上の利益の交付に向けられたものでなければならない。
交付罪である恐喝罪が成立するためには、意思に基づく処分行為がなされる必要がある。従っ
て、畏怖状態を惹起すべき暴行・脅迫は被害者の反抗を抑圧する程度に至らないものであること
が必要である。
※ もし、被害者の反抗を抑圧する程度の暴行・脅迫が用いられた場合には、恐喝罪ではなく強盗罪の問
題となる。【第 5 回】1-2 を参照。
※ 行為者が被害者の反抗を抑圧する程度に至らない暴行・脅迫を行う意思で、実際には被害者の反抗を
抑圧した場合には、抽象的事実の錯誤の問題となる(両者の構成要件間に実質的な大小関係を肯定する
場合には、恐喝既遂罪の成立が肯定されることとなる)。
* 暴行
暴行も恐喝の手段となりうる(最判昭和 24 年 2 月 8 日刑集 3 巻 2 号 75 頁参照)。
※ 理論的には、一旦暴行が加えられた後、さらに暴行が加えられるかもしれないとの脅迫的要素が被
害者を畏怖させる実質をなすと考えられるからである(最決昭和 33 年 3 月 6 日刑集 12 巻 3 号 452
頁)。その意味においては、暴行=「態度による脅迫」と考えることができるが、これを暴行と呼ぶ
か脅迫と呼ぶかは言葉の問題に過ぎない。
※ なお、第三者に対する暴行は、被害者に対する脅迫として捉えることが可能である。
* 脅迫=相手を畏怖させるに足る害悪の告知。
単に困惑させるだけでは足りない(札幌地判昭和 41 年 4 月 20 日下刑集 8 巻 4 号 658 頁)。
告知の方法は問わない(最判昭和 24 年 9 月 29 日裁判集刑 13 号 655 頁など)。
第三者の行為による害悪の告知が恐喝となるためには、告知者において第三者による加害行
為に影響をあたえるものとして告知がなされる必要がある(大判昭和 5 年 7 月 10 日刑集 9 巻
497 頁)。
告知する加害が虚構であっても、相手を畏怖させるものであれば含まれる(東京高判昭和 32
年 1 月 30 日東高刑時報 8 巻 1 号 16 頁)。
恐喝罪における脅迫は、被害者の意思に影響を及ぼすことによって財物・財産上の利益を交
付させる手段として、構成要件要素とされているものであるからで、告知する害悪の内容は、
脅迫罪とは異なり、強要罪の場合と同様、犯罪を構成するもの、あるいは違法なものであるこ
とを要しない(最判昭和 29 年 4 月 6 日刑集 8 巻 4 号 407 頁)。
告知される害が加えられるべき対象は、脅迫罪や強要罪の場合とは異なり、被害者およびそ
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の親族には限られず、友人その他の第三者に対する害悪の告知も含まれるとされている(大判
大正 11 年 11 月 22 日刑集 1 巻 681 頁)。しかし、何らの人的関係にない者に対する加害の告
知はについては、人を畏怖させる性質を備えたものではないとして除外されるべきである。
4-3 処分行為(交付行為)
恐喝罪の成立には、詐欺罪と同様に、恐喝の手段により被害者を畏怖させ、その結果として、
被害者の瑕疵ある意思に基づいて財物・財産上の利益を相手方に移転させる行為=処分行為(交
付行為)が必要である。
※ なお、恐喝罪の成立を肯定するためには「意思に基づく占有移転」が必要になることから「処分意思」
の要件が導き出されるが、詐欺罪の場合(【第 7 回】1-4「◇ 処分意思」の項を参照)とは異なり、恐
喝罪の場合においては占有の移転を被恐喝者において認識されていることが想定されていることから、
この要件は事実上問題とはならない。
瑕疵ある意思に基づいて財物・財産上の利益が交付される必要があるから、被恐喝者と交付行
為者は同一でなければならない。
※ 詐欺罪の場合と同様に、被恐喝者=処分行為者と被害者が異なる場合にも恐喝罪は成立可能である(い
わゆる「三角恐喝」)が、その場合には、三角詐欺の場合と同様に、被恐喝罪において被害者の財産を処
分する権能・地位が存在することが必要である(大判大正 6 年 4 月 12 日刑録 23 輯 339 頁、さらに東京
高判昭和 53 年 3 月 14 日東高刑時報 29 巻 3 号 42 頁参照)。
判例によれば、畏怖して黙認しているのに乗じて恐喝者が財物を奪取した場合においても恐喝
罪が成立するとされ(最判昭和 24 年 1 月 11 日刑集 3 巻 1 号 1 頁)、被恐喝者を畏怖させて飲食
代金の請求を断念させた場合においては、少なくとも黙示的な支払猶予の処分行為が存在すると
して、恐喝罪の成立が肯定されている(判例(278))。
なお、恐喝が行われたが、被恐喝者が畏怖せず、あるいは一旦畏怖しても別の理由から財物・
財産上の利益を交付した場合には、恐喝は未遂となる(東京地判昭和 59 年 8 月 6 日判時 1132
号 176 頁)。
交付の相手方は、恐喝者であることが多いが、それとは異なる第三者でもよい(ただし、詐欺
罪の場合と同様に、その場合の第三者は恐喝者と特別な関係にあることが必要であり、全く無関
係のものの場合は含まれないと解される。大判昭和 10 年 9 月 23 日刑集 14 巻 938 頁)。
※ このように、処分行為は恐喝罪成立の要件ではあるが、前述の通り暴行も恐喝の手段たり得るとし、
かつ強盗罪と恐喝罪の区別を一般人をして反抗を抑圧するに足りる暴行・脅迫か否かという客観的基準
に求めることによって、判例上は処分行為の要件の重要性を失っているのではないか、との評価もなさ
れている。例えば、暴行・脅迫により畏怖した被害者が、若干の金銭を与えようとして取り出した財布
を隙を見て奪った行為について恐喝未遂罪と窃盗既遂罪の観念的競合ではなく恐喝既遂罪のみの成立を
認めた判例(277)を参照。
4-4 物・利益の移転
4-4-1 総説
処分行為により、財物・財産上の利益が移転した場合に、恐喝罪は既遂となる。
学説上、処分行為により移転した個別の財物・財産上の利益の喪失自体が恐喝罪における法
益侵害であるとされている(←個別財産に対する罪)。
※ この立場を前提にしつつ、判例によれば、畏怖しなければ交付しなかったであろうときには、た
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とえ相当対価が支払われた場合であったとしても、交付された財物・財産上の利益の全部について
恐喝罪が成立するとされている。大判昭和 14 年 10 月 27 日刑集 18 巻 503 頁。
4-4-2 権利行使と恐喝
自己の権利を実現するために恐喝手段(=暴行・脅迫)が用いられた場合、恐喝罪が成立す
るか否かが問題とされる。
※ なお、同様の問題は詐欺罪についても問題となる(「権利行使と詐欺」)。
1. 他人が不法に占有する自己の所有物を恐喝を用いて取り戻す場合(〈第 15 講・問題 5〉参
照)
→ 251 条によって準用される 242 条の解釈問題に帰着する(財産罪の保護法益の問題。
【第 2 回】3 を参照)。
2. 正当な金銭債権などを有する者が、恐喝手段によって弁済を受ける場合(〈第 15 講・問題 6〉
参照)
※ これが「権利行使と恐喝」と呼ばれる問題の中核部分である。
[判例]
かつて(主として大審院時代)は、
(1) 正当な権利の範囲内であれば、不当な利得がないから(手段について正当な範囲を
超えている場合には暴行罪・脅迫罪が成立するが)、恐喝罪は不成立、
(2) しかし権利行使の意思がなくそれに仮託してなされた場合には恐喝罪が成立する、
(3) 正当な権利の範囲を超過した場合は超過部分についてのみ(ただし不可分の場合は
全体について)恐喝罪が成立する、
とされていた(判例(279)(280)参照)。
しかし、最高裁はその後、権利の実行が「その権利の範囲内であり且つその方法が社会通
念上一般に忍容すべきものと認められる範囲を超えない限り、何等違法の問題を生じないけ
れども、右の程度を逸脱するときは違法となり、恐喝罪の成立することがある」として、3
万円の債権を取り立てるに際して恐喝手段により 6 万円を交付させた事案に対し、6 万円全
額について恐喝罪の成立を認めている(判例(281)参照)。
※ なお、この判例の立場の変化は、財産罪の保護法益の問題についての判例の占有説への移行に対
応しているとの指摘がなされている。
[学説]
A. 恐喝罪肯定説
上記最高裁判例と同様に、恐喝手段によって財物を喝取した行為について、権利行使と
して社会通念上許容すべき限度を逸脱している場合には、(交付財産全体について)恐喝
罪が成立すると解する。
この見解によれば、恐喝罪の構成要件該当性を常に肯定したうえで、喝取した金額が正
当な権利の範囲内であり、実力行使の必要があって、かつ手段も社会性相当性を有する場
合に違法性が阻却されると解されることになる。
※ 従って、この見解によれば、結論としては恐喝罪が成立するか、違法阻却により無罪になるか、
のいずれかしかあり得ず、手段についてのみ暴行罪・恐喝罪の成立が認められる可能性はないこ
とに注意。
B. 恐喝罪否定説
正当な権利の範囲内の要求にとどまる限りは、債務者はいずれにせよ金員を交付せざる
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を得なかった以上、実質的な損害は発生していないことをその理由とする。
この見解によれば、
* 恐喝手段を用いて権利の範囲内の金員を交付させても恐喝罪にはならず、手段に
ついて暴行罪・脅迫罪が成立するに過ぎない。
※ さらに、理論的には手段についても(自救行為として)違法阻却が認められる余地が
ある。
* 権利の範囲を超えた金額を喝取した場合には、権利の範囲を超えた部分について
のみ恐喝罪が成立することになる。
← この見解は、恐喝罪を全体財産に対する罪と理解する(少数であるがそのよ
うに解する学説も存在する)か、個別財産に対する罪と解しつつも、さらに実
質的な損害の発生を要求して損害概念を限定する立場であると評価することが
できる。
※ なお、例えば不法行為や債務不履行を根拠とする損害賠償請求権のような、その存
在・内容が未確定の権利については、財物・財産上の利益の交付を拒絶する正当な理
由ガミ止まられる合理的な可能性がある限り(例えば前述の損害賠償請求権の場合は、
債務者にはその内容を民事訴訟で争う正当な利益がある)、上記の議論は基本的に妥
当しない(恐喝罪の成立が可能である)。なお、この点に関しては、判例(282)(283)を
参照。
4-5 他の犯罪との関係
* 恐喝罪の手段である暴行・脅迫については、恐喝罪に吸収され別途暴行罪・脅迫罪は成立し
ない。
※ 傷害結果が発生したときは、本罪と傷害罪との観念的競合となる。(最判昭和 23 年 7 月 29 日刑集 2
巻 9 号 1062 頁)
* 欺罔と恐喝が併用され、財物・財産上の利益の交付が行われた場合
1. 欺罔が畏怖を生じさせる要素を構成し、被害者が畏怖して交付した場合は、恐喝罪のみ
が成立(最判昭和 24 年 2 月 8 日刑集 3 巻 2 号 83 頁)。
2. 被害者が錯誤に陥ると同時に畏怖して交付した場合
A. 詐欺罪と恐喝罪の観念的競合とする見解(大判昭和 5 年 5 月 17 日刑集 9 巻 303 頁)
B. 詐欺罪と恐喝罪の包括一罪とする見解
C. 恐喝罪のみの成立を認める見解
財物・財産上の利益の交付という法益侵害が 1 個であることから、A 説のように両罪の
観念的競合とするのは妥当でないとの批判がある(なおこの批判は、両罪の包括一罪とす
る B 説にも該当するように思われる)。
* 公務員が恐喝により賄賂を要求・収受した場合
1. 公務員に職務執行の意思がある場合
当該公務員については恐喝罪と収賄罪の観念的競合となるとし、その相手方には贈賄罪
が成立するとする(大判昭和 10 年 12 月 21 日刑集 14 巻 1434 頁、福岡高判昭和 44 年 12
月 18 日刑裁月報 1 巻 12 号 1110 頁)。
2. 職務執行の意思がなく、単に職務執行を口実に財物・財産上の利益を交付させた場合
当該公務員には収賄罪は成立せず、恐喝罪のみが成立するとしている(大判昭和 2 年 12
月 8 日刑集 6 巻 512 頁、最判昭和 25 年 4 月 6 日刑集 4 巻 4 号 481 頁)。
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~「個人の学習目的での利用」以外の使用禁止~
※ 以上については、(1) 公務員の職務執行の意思の有無という主観によって賄賂罪の成否が左右されるこ
とに合理性がないこと、(2) 恐喝罪を認める以上は、交付した者には意思決定の自由が残っているとはい
え、喝取されることを禁止するというのは難きを強いるものといわざるを得ず、贈賄罪を認めるのは否
定されるべきである(従って、その相手方の収賄罪の成立も認めるべきではない)、との理由から、職務
執行の意思の有無にかかわらず恐喝罪のみの成立にとどめるべきである、との批判も有力に主張されて
いる。
《参考文献》
2 について
* 町野朔「『財産上の利益』について」『犯罪各論の現在』pp. 122-136 のうち、pp. 123-127 の部分
* 橋爪隆「電子計算機使用詐欺罪」『刑法の争点』pp. 194-195
4-4-2 について
* 京藤哲久「権利行使と恐喝」『刑法の争点』pp. 196-197