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福島の進路 2018. 12 35 小松 太志 (こまつ ふとし) 郡山女子大学 短期大学部 地域創成学科 准教授                1.はじめに 元東京大学総長の小宮山宏は『「課題先進国」 日本-キャッチアップからフロントランナーへ』 (2007年、中央公論新社)において、現在の日本 が直面している多くの社会的課題(エネルギー問 題や人口の高齢化、少子化など)は、将来的に世 界の産業先進国が抱えることになる課題であり、 これらの課題を解決することができれば、日本は 「課題先進国」から「課題解決先進国」として21 世紀の新しい社会モデルを切り拓くことができる であろうと述べています。 福島県では、2011年3月の東日本大震災の影響 によって甚大な被害を受けました。7年が経過し た現在も、復興の道程は途上と言えるでしょう。 このような状況において、福島県を拠点として 地域の高等教育の向上に努めてきた郡山女子大学 も、地域社会の諸課題を解決するための基盤構築、 地域連携活動の推進に取り組んできました。地域 連携活動は、社会に資する大学の使命であるとと もに、学生にとっては大学で学んだ専門性を実践 する機会となるものです。 本稿では、今年度新設されました地域創成学科 の前身の一つである生活芸術科において実践した 地域連携活動のいくつかを紹介させていただきま す。お読みいただく中で大学と地域社会、美術・ デザインと地域社会の関わり方の可能性について 感じていただくことがあれば幸いです。 2.葛尾村との連携 【イメージキャラクターの開発・運用支援】 葛尾村は2011年3月の東日本大震災、及び東京 電力福島第一原子力発電所事故の影響により全村 避難を余儀なくされました。2015年秋、翌年の避 難指示解除(一部、帰宅困難区域を除く)に向 けて、村内外に葛尾村を PR するためのイメージ キャラクターを制作したいとの依頼を受けまし た。 プロジェクトの開始にあたって、学生向けのオリ エンテーションを開催していただき、葛尾村の現 状や歴史について理解を図りました。そして、葛 尾村の魅力を理解するための現地におけるフィー ルドスタディを実施しました。 研究 私の研究 地域連携とデザイン

私 研究 地域連携とデザインfkeizai.in.arena.ne.jp/wordpress/wp-content/uploads/2018/...2018/11/08  · をPRすることが本質的な課題であるとの認識に 立って、キャラクターを使用したPRツールの開

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福島の進路 2018.12 35

小松 太志(こまつ ふとし)

郡山女子大学 短期大学部 地域創成学科准教授               

1.はじめに 元東京大学総長の小宮山宏は『「課題先進国」

日本-キャッチアップからフロントランナーへ』

(2007年、中央公論新社)において、現在の日本

が直面している多くの社会的課題(エネルギー問

題や人口の高齢化、少子化など)は、将来的に世

界の産業先進国が抱えることになる課題であり、

これらの課題を解決することができれば、日本は

「課題先進国」から「課題解決先進国」として21

世紀の新しい社会モデルを切り拓くことができる

であろうと述べています。

 福島県では、2011年3月の東日本大震災の影響

によって甚大な被害を受けました。7年が経過し

た現在も、復興の道程は途上と言えるでしょう。

 このような状況において、福島県を拠点として

地域の高等教育の向上に努めてきた郡山女子大学

も、地域社会の諸課題を解決するための基盤構築、

地域連携活動の推進に取り組んできました。地域

連携活動は、社会に資する大学の使命であるとと

もに、学生にとっては大学で学んだ専門性を実践

する機会となるものです。

 本稿では、今年度新設されました地域創成学科

の前身の一つである生活芸術科において実践した

地域連携活動のいくつかを紹介させていただきま

す。お読みいただく中で大学と地域社会、美術・

デザインと地域社会の関わり方の可能性について

感じていただくことがあれば幸いです。

2.葛尾村との連携【イメージキャラクターの開発・運用支援】

 葛尾村は2011年3月の東日本大震災、及び東京

電力福島第一原子力発電所事故の影響により全村

避難を余儀なくされました。2015年秋、翌年の避

難指示解除(一部、帰宅困難区域を除く)に向

けて、村内外に葛尾村を PR するためのイメージ

キャラクターを制作したいとの依頼を受けまし�

た。

 プロジェクトの開始にあたって、学生向けのオリ�

エンテーションを開催していただき、葛尾村の現

状や歴史について理解を図りました。そして、葛

尾村の魅力を理解するための現地におけるフィー

ルドスタディを実施しました。

私の研究

私の研究

地域連携とデザイン

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福島の進路 2018.1236

 その後、学生からイメージキャラクターのデザ

イン案が提出され、村の方々と村役場、大学教員

による検討会が開催されました。この検討会は幾

度も開催され、葛尾村中学校のみなさんや村の

方々にも参加していただくことで貴重な意見を聞

く機会となりました。

 最終的に、デザイン案は学生と村民から提出さ

れた10案に絞られ、2016年2月に村内外の方々が

投票できる総選挙を実施しました。総投票数は

820票となり、最多の278票を獲得した「しみちゃ

ん」(学生案)がイメージキャラクターに選ばれ

ました。

 イメージキャラクターを開発することは目的の

一つであり、イメージキャクターを通して葛尾村

を PR することが本質的な課題であるとの認識に

立って、キャラクターを使用した PR ツールの開

発・運用にも関わりました。ぬいぐるみやキーホ

ルダー、LINE スタンプなど大小さまざまな制作

やデザイン・マネジメントに携わりました。

【灯明アートプロジェクト】

 2016年春、葛尾村から「田畑の地力回復のため

に植えていた菜の花からなたね油を採取して、8

月に開催される盆踊りで灯明イベントのようなも

のができないか」との相談がありました。当時の

葛尾村は、避難指示が解除されたばかりで帰村者

が少ないこともあり、村への関心を高めることを

目的として活動に取り組むこととなりました。

 本学学生と日本大学工学部地域連携サークル

RISM の学生を中心として、村の方々の協力を得

ながら、菜の花の刈り取りから菜種の採取を行な

いました。灯明イベントは各地で開催されていま

すが、油の採取から始めるプロジェクトはなかな

か見当たらないのではないでしょうか。学生に

とっては、他大学の学生や地域の方々との交流に

よって知見を広める機会になったことと思います。

 2,000個に及ぶ灯明の準備は困難を極めましたが、

盆踊り当日には灯明が穏やかな光で会場を照らし、

幻想的な雰囲気を演出しました。避難されていた

方々にも来場していただき、久しぶりの村でのひ

とときを楽しんでいただけたように思います。

私の研究

図1.フィールドスタディ

図2.葛尾村イメージキャラクター「しみちゃん」

図3.菜の花の刈り取り作業

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福島の進路 2018.12 37

【ほたるの森アートプロジェクト】

 2017年の葛尾村盆踊りでは、川内村のコドモエ

ナジー株式会社の協力を得て、畜光石(ルナウェ

ア)を使用した光のアートプロジェクトを企画し

ました。

 はじめに、ルナウェアの特性を理解するために

川内村の工場を視察しました。ルナウェアは今年

6月にタイ北部チェンライ県で洞窟に閉じ込めら

れていた少年らの救出作業にも使用された蓄光建

材です。

 翌年に予定されていた葛尾村小・中学校の再開

に向けて、子どもたちや保護者の方々に葛尾村へ

の関心を高めてもらうことを目的として、ルナ

ウェアを使用したワークショップを企画・実施し

ました。子どもたちは夢中になって絵を描き、暗

闇で光る作品に歓声をあげていました。葛尾村

小・中学校、葛尾キッズクラブ、葛尾村教育委員

会のみなさまのご理解・ご協力により実行するこ

とができました。

 当日は雨にもかかわらず、葛尾村の小・中学生

が保護者とともに自分で制作した作品を見に来場

してくれました。子どもたちを何より賑わせてい

たのは、ブラックライトに引き寄せられた大量の

蝉たちであったことは内緒です。盆踊り全体とし

ても、来場者が前年度よりも増えて、少しずつで

はありますが復興の歩みを感じられるイベントと

なりました。

3.福島さくら農業協同組合との連携【イメージキャラクター開発支援】

 2016年3月、福島さくら農業協同組合は、いわ

き市農業協同組合と郡山市農業協同組合、たむら

農業協同組合、いわき中部協同組合、ふたば農業

協同組合の5地区が合併することで誕生しました。

福島さくら農業協同組合(以下、JA福島さくら)

と本学は連携協定を締結していたこともあり、新

組織のシンボルとなるようなイメージキャラク

ターの開発支援の依頼がありました。

 オリエンテーションを開催して、JA 福島さく

らの担当者から組織の説明やキャラクター開発に

かかわる要件が説明されました。併せて、キャラ

クターデザインへの理解と方向性を探るための

ワークショップを開催しました。学生にとっては、

学外の社会人と協働して作業する貴重な経験とな

りました。

私の研究

図4.盆踊り会場における灯明アート

図5.小学生を対象としたワークショップ

図6.ルナウェアを使用した光のアート

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福島の進路 2018.1238

 その後、学生がデザイン案を作成して福島さく

らの担当職員らと教員によって検討、デザイン案

を修正する作業を繰り返しました。最終的には5

案まで絞られ、JA 福島さくらの理事の方々の前

で学生がプレゼンテーションを実施しましたが、

本プロセスでは最終決定には至りませんでした。

 しばらく間を置いて、あらためてコンセプトと

プロセスの確認がなされ、コンペ形式でデザイン

を募集することとなりました。そうして誕生した

のが「さくらちゃん」です。JA 福島さくらのロ

ゴをモチーフとした女の子の可愛らしいキャラク

ターが誕生しました。はじめは歩くこともおぼつ

かなかったさくらちゃんでしたが、今では子ども

たちの人気者として活躍しています。

 JA 福島さくらとは、焼酎やトマトジュースの

パッケージデザインの開発、他教員のプロジェク

トではありますが梨共同選果場の壁画制作など美

術・デザイン分野においても多様な連携が図られ

ています。

4.おわりに ここで紹介しましたプロジェクトは、自治体や

民間企業・団体の関係者、地域の方々、学生・教

職員スタッフなどの協働によって一つの形となり

ましたことを申し添えておきます。

 2018年度に本学では「地域創成学科」が誕生し

ました。地域創成学科では、文化・歴史や美術・

デザイン、情報・ビジネスの3分野について領域

横断的に学ぶことができます。さらに地域を学び

のフィールドとして、実践的な活動に取り組むこ

とになります。地域社会の課題解決に資すること

ができるようなプロジェクトの企画・運営方法に

ついて、今後とも研究と教育に努めていきたいと

思います。

<プロフィール>1999年 筑波大学芸術専門学群 構成専攻卒業1999年 �広告制作会社にデザイナーとして勤務2002年 �郡山女子大学短期大学部 生活芸術科 講師2012年 �筑波大学大学院人間総合科学研究科芸術専攻 博士前期課程 修了。修士(デザイン学)2015年 �郡山女子大学短期大学部 生活芸術科 准教授2018年 �郡山女子大学短期大学部 地域創成学科 准教授、現在に至る。

私の研究

図7.学生によるプレゼンテーション

図8.JA福島さくらイメージキャラクター「さくらちゃん」