21
Meiji University Title � CCS Author(s) �,Citation �, 53: 25-44 URL http://hdl.handle.net/10291/21252 Rights Issue Date 2020-09-11 Text version publisher Type Departmental Bulletin Paper DOI https://m-repo.lib.meiji.ac.jp/

米国における CCS 推進の法構造と実態 URL DOI...storage of carbon dioxide and amending Council Directive 85/337/EEC, European Parliament and Council Directives 2000/60/EC,

  • Upload
    others

  • View
    1

  • Download
    0

Embed Size (px)

Citation preview

Page 1: 米国における CCS 推進の法構造と実態 URL DOI...storage of carbon dioxide and amending Council Directive 85/337/EEC, European Parliament and Council Directives 2000/60/EC,

Meiji University

 

Title 米国における CCS 推進の法構造と実態

Author(s) 中村,健太郎

Citation 法学研究論集, 53: 25-44

URL http://hdl.handle.net/10291/21252

Rights

Issue Date 2020-09-11

Text version publisher

Type Departmental Bulletin Paper

DOI

                           https://m-repo.lib.meiji.ac.jp/

Page 2: 米国における CCS 推進の法構造と実態 URL DOI...storage of carbon dioxide and amending Council Directive 85/337/EEC, European Parliament and Council Directives 2000/60/EC,

― ―

研究論集委員会 受付日 2020 年 4 月 16 日 承認日 2020 年 5 月 25 日

― ―

法学研究論集

第 53 号 2020. 9

米国における CCS 推進の法構造と実態

Legal structure and actual state of CCS promotion in the United

States

博士後期課程 公法学専攻 2015 年度入学

中 村   健 太 郎

NAKAMURA Kentaro

【論文要旨】

CCS に関する法制度が先行する EU や米国では,「環境に配慮した地層貯留」を法で定め,要件

を満たす民間の CCS 事業を法で推進させる二段階の構造を有している。しかし,EU では CCS 指

令の成立後に CCS 事業計画のほとんどが頓挫しており,米国でも安全飲料水法(SDWA)の

Class VI の許可を受けた CCS 事業は 2 件にとどまっている(うち 1 件は事業中止)。本稿では米

国を事例として,CCS 推進のための二段階の法構造と運用面での課題を検討した。

【キーワード】 二酸化炭素回収・貯留(CCS),地球温暖化(気候変動),米国安全飲料水法

(SDWA)地下注入管理(UIC)プログラム,大気浄化法,内国歳入法 45Q 条

目次

1 はじめに

2 環境に配慮した地層貯留の法的枠組

3 CCS 推進のための法的枠組

4 環境に配慮した地層貯留の推進の実態

5 小括

Page 3: 米国における CCS 推進の法構造と実態 URL DOI...storage of carbon dioxide and amending Council Directive 85/337/EEC, European Parliament and Council Directives 2000/60/EC,

― ―

1 気候変動に関する国際連合枠組条約(1992 年採択,1994 年発効)に規定する「温室効果ガス」に該当する

物質は,京都議定書(1997 年採択,2005 年発効)の附属書 A で「二酸化炭素(CO2),メタン(CH4),一

酸化二窒素(N2O),ハイドロフルオロカーボン(HFCs),パーフルオロカーボン(PFCs)及び六ふっ化硫

黄(SF6)」の 6 物質が指定されている。

2 Directive 2009/31/EC of the European Parliament and of the Council of 23 April 2009 on the geological

storage of carbon dioxide and amending Council Directive 85/337/EEC, European Parliament and Council

Directives 2000/60/EC, 2001/80/EC, 2004/35/EC, 2006/12/EC, 2008/1/EC and Regulation (EC) No 1013

/2006 (Text with EEA relevance) OJ L 140, 5.6.2009

3 CCS 指令の環境に配慮した地層貯留については,拙稿「環境に配慮した CCS とは何か」明治大学法学研究

論集 52 号(2020 年)2829 頁を参照。

4 NER300 については,拙稿「公共関与による CCS 事業の法的根拠」明治大学法学研究論集 51 号(2019 年)

2627 頁を参照。

5 日本でも過去に,新潟県の頚城油田と秋田県の申川油田において,EOR 実証試験の実績がある(詳細につ

いては,三津石裕士「CO2EOR30 余年の歩み」石油技術協会誌 76 巻 6 号(2011)479 頁を参照)。なお,

申川油田では,CO2 のマイクロバブル化による注入試験が最近実施されている。

― ―

はじめに

二酸化炭素(CO2)回収・貯留(Carbon Capture and Storage以下,CCS)は,気候変動の要

因となる温室効果ガス1 の 1 つである CO2 を半永久的に封じ込める技術であり,発生源から分離・

回収した CO2 を地下や海底下の地層中へ超臨界状態で圧入して貯留する。現時点でコストの高い

CCS の普及推進のためには,事業に対して公的支援をおこなう政策手法が考えられる。CCS に関

する法制度が先行する EU や米国では,「環境に配慮した地層貯留」を法で定め,その要件を満た

す民間の CCS 事業を法で推進させる二段階の構造を有している。EU では CCS 指令2が「環境に

配慮した地層貯留3」(1 条)を定めて,同法の要件を満たす事業に対して補助金プログラム

(NER3004)による推進を試みたし,米国では本稿で述べるように安全飲料水法(Safe Drinking

Water Act : SDWA)の下で定められた「環境に配慮した地層貯留」である Class VI の要件を満

たす事業に対しての税制優遇を定めている。しかし,EU では CCS 指令の成立後に CCS 事業計画

のほとんどが頓挫しており,米国でも Class VI の許可を受けた CCS 事業は 2 件にとどまっている

(うち 1 件は事業中止)。本稿では米国を事例として,CCS 推進のための二段階の法構造と運用面

での課題を明らかにする。

米国の CCS とその法令に関する特徴として,以下の点が挙げられる。第一に,CCS の環境配慮

に関する法的枠組みについて,EU の CCS 指令のような包括的な法的枠組みがないことである。

連邦法の安全飲料水法における CO2 の地下注入規制が中心であり,既存法によって CO2 貯留のた

めの許認可枠組を定める点で,日本の海洋汚染防止法による枠組と類似する点がある。第二に,米

国では石炭資源活用の観点から早くから積極的な CCS 推進政策が進められてきたため,連邦及び

州のレベルで推進のための多様な法令が見られる。第三に,原油・ガスを産出する米国では,原油

増進回収法(Enhanced Oil Recovery : EOR)の注入物質として CO2 を利用してきた経緯があり5,

Page 4: 米国における CCS 推進の法構造と実態 URL DOI...storage of carbon dioxide and amending Council Directive 85/337/EEC, European Parliament and Council Directives 2000/60/EC,

― ―

6 米国での CCS は二酸化炭素隔離(Carbon Capture and Sequestration : CCS)の用語が用いられることが多

い。CO2 を注入物質として用いる EOR は二酸化炭素回収・利用(Carbon Dioxide Capture and Utilization,

Carbon Dioxide Capture and Use : CCU)として CCS とは区別される場合もあるが,米国では CCS の一種

として用いられている場合と区別される場合があるので注意を要する。

7 米国が陸域における CCS や EOR を前提としているのに対して,日本では海底下貯留が前提であるため,米

国のような権利関係の問題はほとんど議論されていない。

8 42 U.S.C. §300h.

9 42 U.S.C. §300h(b).

10 40 C.F.R. §144.6 2010.

11 40 C.F.R. §144.6(b) 2010.

12 U.S. EPA, FY 2018 State UIC Injection Well Inventory.

https://www.epa.gov/sites/production/ˆles/201906/revised_state_fy18_inventory.xlsx[2020 年 5 月 31

日確認]

― ―

CCS とエネルギー資源採掘との関係が深いことである6。そのため,土地所有権と地下資源採掘

リース権の複雑な権利関係において CO2 を貯留するための間隙(pore space)及び貯留 CO2 に関

する所有権の帰属や,CCS 実施に伴うコモン・ローによる不法行為(例えば地下での CO2 移動に

よる侵害)が論点になる場合もある7。

環境に配慮した地層貯留の法的枠組

(1)安全飲料水法の UIC プログラム

環境に配慮した地層貯留の法的枠組について,米国の連邦法レベルでは,安全飲料水法にもとづ

く地下注入管理プログラム(Underground Injection Control Program : UIC プログラム)が定め

ている。安全飲料水法は飲用水の水質及び水質環境の保全を目的としており,UIC プログラムは

地下水保全のため流体(‰uid)の地下注入を規制している8。同法を所管する連邦環境保護庁(En-

vironmental Protection Agency : EPA)は,注入を許可する井戸が満たすべき最低限度の要件(検

査,監視,記録及び報告)を定める権限を有し9,注入される流体の内容に応じて Class I~VI の 6

つの井戸のカテゴリー別に規則で要件を定めている10。EPA はこの要件に基づき地下注入する井

戸の許認可の権限を有するが,各 Class の UIC プログラムの規制権限は,一定の要件を満たすこ

とで州に権限が委譲される。この権限は primacy と呼ばれ,EPA が定める最低限度の要件よりも

州は厳格な要件で運用しなければならない。

CO2 隔離に関連するカテゴリーは,Class II 及び VI である。Class II は原油・ガス田を対象と

して,EOR による流体注入や天然ガスの貯留を行う井戸の要件を定めるカテゴリーである11。

2018 年末までに全米の Class II として許可された件数は 177,763 件で,このうち EOR(CO2 以外

の注入を含む)は 134,651 件(州別ではカリフォルニア州(46,683),テキサス州(39,948),カン

ザス州(11,545),イリノイ州(6,904),オクラホマ州(6,688)の順に多い)である12。CO2 注入

による EOR が多く実施されているのは,テキサス州西部のパーミアン盆地(Permian Basin)で

Page 5: 米国における CCS 推進の法構造と実態 URL DOI...storage of carbon dioxide and amending Council Directive 85/337/EEC, European Parliament and Council Directives 2000/60/EC,

― ―

13 Bruce Hill, et.al, Geologic carbon storage through enhanced oil recovery (Proceedings GHGT11), Energy

Procedia, vol.37, 6808, 6811 (2013).

14 EOR で注入された CO2 のうち,原油やガスとともに回収された CO2 は分離されて再注入され,EOR の操

業によって一定量の CO2 が原油・ガス層の間隙に貯留されていく。 Federal Requirements Under the Un-

derground Injection Control Program for Carbon Dioxide Geologic Sequestration Wells, 75 Fed. Reg. 77230,

77244 (Dec. 10, 2010).

15 42 U.S. C. §300h(b)(2).

16 Angela C. Jones, Congressional Research Service, Injection and Geologic Sequestration of Carbon Dioxide:

Federal Role and Issues for Congress, 10(2020) (R46192).

17 Federal Requirements Under the Underground Injection Control Program for Carbon Dioxide Geologic

Sequestration Wells, 75 Fed. Reg. 77230, 77241 (Dec. 10, 2010).

18 See NRDC, Strengthening the Regulation of Enhanced Oil Recovery to Align It with the Objectives of Geologic

Carbon Dioxide Sequestration (2017).

19 Federal Requirements Under the Underground Injection Control Program for Carbon Dioxide Geologic

Sequestration Wells, 75 Fed. Reg. 77230 (Dec. 10, 2010) (codiˆed at 40 C.F.R. pt. 124, 144, 145, et seq.).

20 40 C.F.R. §144.19 2010.

― ―

ある13。EOR の注入物質として CO2 の性質は原油・ガスの回収に適しており,天然由来 CO2 とと

もに,産業由来の回収 CO2 が EOR に用いられてきた。気候変動対策目的の CO2 隔離の手法とし

て,EOR としての利用は一石二鳥であり,Class VI のカテゴリーが設けられるまで,米国では

EOR による CO2 隔離が CCS とほぼ同義であった。しかし,EOR を実施する場合には Class II の

要件を満たした許認可が必要であるが,Class II の本来の目的は CO2 隔離ではないため,長期間の

間に隔離された CO2 が移動し,大気中に漏出することを想定した対策の要件が定められておらず,

CCS の環境配慮の観点で問題があった14。また,安全飲料水法の UIC プログラムは地下飲用水の

保全を目的としているが,一方でエネルギー資源としての原油・ガス採掘の利益にも配慮した内容

になっている。EPA が UIC プログラムで定めることができる要件は,法文上「最低限の要件」に

制限されており,注入によって飲料水の地下水源が危険にさらされないことを保証するのに不可欠

な要件でない限り,原油・ガス生産または天然ガス貯留に関連して表層に入れられる仕上げ流体

(ブライン(塩水)またはその他の流体)の地下注入や,二次回収及び三次回収のための地下注入

に対して干渉または妨害してはならないことが定められ15,原油・ガスの資源採掘に配慮がなされ

ている。また,Class II の primacy は 40 州に権限が委譲されており16,委譲された州の多くで

は,環境所管省庁ではなく,原油・ガス採掘を所管する省庁が許認可を担当している17。これらの

エネルギー資源の配慮の観点から,Class II には許認可の免除規定も定められており,対象井戸の

環境対策の不備に対して従来から批判があった18。

オバマ政権下での CCS 推進政策によって,CO2 の長期的な地層貯留の要件を定める Class VI が

2010 年に新設された19。Class VI は地下深部の塩水性帯水層(以下,帯水層)での貯留が想定さ

れているが,EOR による原油・ガス層への CO2 注入であっても,Class VI としての要件を満たせ

ば Class VI による CO2 隔離として許可される20。EOR を目的とする Class II と比較して,Class

Page 6: 米国における CCS 推進の法構造と実態 URL DOI...storage of carbon dioxide and amending Council Directive 85/337/EEC, European Parliament and Council Directives 2000/60/EC,

― ―

21 Federal Requirements Under the Underground Injection Control Program for Carbon Dioxide Geologic

Sequestration Wells, 75 Fed. Reg. 77230, 77231 (Dec. 10, 2010).

22 Id. at 77272.

23 Id.

24 ノース・ダコタ州は class I から class VI まで 6 つのカテゴリーの primacy を有する唯一の州でもある。同

州の Class I, III 及び V の所管は環境質局(Department of Environmental Quality),Class II 及び VI の所管

は産業委員会鉱物資源・原油・ガス局(Industrial Commission, Department of Mineral Resources, Oil

and Gas Division)である(EPA, Underground Injection Control in EPA Region 8 (CO, MT, ND, SD, UT,

and WY, https://www.epa.gov/uic/undergroundinjectioncontroleparegion8comtndsdutandwy

[2020 年 5 月 31 日確認])。

25 U.S.EPA, Wyoming Underground Injection Control Program; Class VI Primacy (Proposed Rule) [EPA

HQOW20200123; FRL1000748OW].

― ―

VI は気候変動対策のために CO2 の長期的な地層貯留を確実にするための厳格な要件が定められて

いる。例えば,長期貯留に適した地層の選定手続や長期貯留中の CO2 の移動や漏出の監視など

Class II にはない要件とともに,井戸の建設や構造に関して Class II よりも堅牢さが要求されてい

る。

Class VI における環境配慮について,Class VI に貯留される CO2 流は「排出源(例 発電所)

から回収された CO2 に加えて,原材料及び回収プロセスに由来する非意図的な関連物質(inciden-

tal associated substances),並びに注入プロセスを可能または改善するために追加された物質」と

して定義されている21(ロンドン議定書や OSPAR でも非意図的物質については同様の規定があ

る)。一方で,具体的に CO2 流が満たすべき基準値は定められていない。また,安全飲料水法は飲

用水の汚染防止が目的であるため,大気汚染防止の観点での規定は定められていない。

貯留した井戸の閉鎖後の管理に関して Class II では特段の定めがないが,Class VI では 50 年間

の監視の継続を定めている。閉鎖後の長期的責任の免除や責任移転に関して,連邦法では定められ

ていない。EPA は,Class VI 規則の前文において,閉鎖後に所有者または操業者に課せられる可

能性のある責任として,安全飲料水法上の責任の他,大気浄化法,包括的環境責任対処・補償・責

任法(CERCLA)及び資源保護回復法(RCRA)による責任や,不法行為上の責任を挙げている22。

サイト閉鎖後の長期的責任移転に関して,地層貯留の普及促進の観点で関心が高いことは承知して

いるものの,「現行の安全飲料水法の下では EPA に法主体(所有者または操業者)から他の主体

へ責任を移転する権限がない」としている23。また,間隙所有権等の権利関係についても定められ

ていない。

Class VI の許可権限者について,州による Class VI の primacy は少なく,2018 年にノース・ダ

コタ州が初めて Class VI の primacy を獲得し24,2020 年 4 月 1 日にワイオミング州への primacy

付与案に関する意見公募手続が開始されている25。これらの州以外の Class VI の許認可は EPA が

行うことになる。また,安全飲料水法は飲料水保全が目的であることから,Class VI の CO2 貯留

は陸域及び州管轄の沿岸に限定され,沖合での海底下貯留は対象にならない26。米国の領海のう

Page 7: 米国における CCS 推進の法構造と実態 URL DOI...storage of carbon dioxide and amending Council Directive 85/337/EEC, European Parliament and Council Directives 2000/60/EC,

― ―

26 Federal Requirements Under the Underground Injection Control Program for Carbon Dioxide Geologic Se-

questration Wells, 75 Fed. Reg. 77230, 77231 (Dec. 10, 2010).

See. Romany M. Webb and Michael B. Gerrard, Overcoming Impediments to OŠshore Carbon Dioxide Storage:

Legal Issues in the U.S. and Canada, Sabin Center for Climate Change Law, Columbia Law School, 16 (2019).

27 43 U.S.C. §1301(b).

連邦と州の水域の経緯について,湯山智之「歴史的水域に関する米国連邦最高裁判所の判例」立命館法学

333・334 号(2010 年)16891690 頁も参照。

28 U.S. EPA, FY 2018 State UIC Injection Well Inventory.

https://www.epa.gov/sites/production/ˆles/201906/revised_state_fy18_inventory.xlsx[2020 年 5 月 31

日確認]

29 Federal Requirements Under the Underground Injection Control Program for Carbon Dioxide Geologic

Sequestration Wells, 75 Fed. Reg. 77230, 7724477245 (Dec. 10, 2010).

30 Consolidated Appropriations Act, 2008, Pub. L. No. 110161, 121 Stat. 1844 (Dec. 26, 2007).

31 42 U.S.C. §7401 et seq.

― ―

ち,海岸線から 3 地理マイル以内(例外としてメキシコ湾岸のテキサス州及びフロリダ州西岸は 3

海上リーグ(9 海里)以内)が州の管轄であり27,外側は連邦政府の所管になる。連邦政府では,

内務省(Department of the Interior : DOI)の海洋エネルギー管理局(Bureau of Ocean Energy

Management : BOEM)の所管となる。

Class VI の要件を満たす地層貯留は,環境に配慮した地層貯留として,後述する税制優遇等の

推進対象になる。しかし,2010 年に Class VI が設けられて以降,現在までに許可された Class VI

は僅かに 2 件である(後述のイリノイ州 FutureGen2.0 及び Decatur)28。つまり,米国における

CO2 隔離事業として Class VI の要件を満たす CCS はほとんど実施されておらず,それ以外の事業

は Class II の要件による EOR である。米国では従来から EOR による CO2 隔離が主流であるが,

EOR の Class II から Class VI への転換が進まないことが,Class VI の少ないひとつの要因として

挙げられる。前述の通り安全飲料水法は資源採掘の利益に配慮しているため,EPA は既存の Class

II による資源採掘の利益に配慮し,Class VI が適用されるのは地下飲料水源のリスクが増大する

場合のみで,Class VI の新設によって伝統的な EOR 事業は影響されず,Class II 許可要件の下で

操業が継続する,と保証している29。Class VI は,Class II に比べて要件が厳しく,特に閉鎖後の

長期管理や長期的責任による事業者の負担が大きいため,EOR の事業者が Class VI の許可を敢え

て取得する契機に乏しい。一方で,帯水層における CO2 貯留は Class VI の許可を得る必要がある

ため,Class VI を取得した 2 件の事業は,連邦エネルギー省(Department of Energy : DOE)が

開発したイリノイ州の帯水層での CO2 貯留である。

(2)大気浄化法における GHGRP

2008 年包括予算割当法30によって EPA には温室効果ガス排出報告の義務付けに関する規則制定

が求められ,EPA は大気浄化法(Clean Air Act31)114 条を根拠にして,温室効果ガス報告プロ

Page 8: 米国における CCS 推進の法構造と実態 URL DOI...storage of carbon dioxide and amending Council Directive 85/337/EEC, European Parliament and Council Directives 2000/60/EC,

― ―

32 Mandatory Reporting of Greenhouse Gases: Injection and Geologic Sequestration of Carbon Dioxide; Final

Rule, 75 Fed. Reg. 75060 (Dec. 1, 2010) (codiˆed at 40 C.F.R. 72, 78, 98).

33 EPA の下記 FAQ でも同様の見解が示されている。

U.S. EPA, Frequently Asked Questions for Geologic Sequestration and Injection of Carbon Dioxide: Subparts RR

and UU (Nov, 2010).

https://www.epa.gov/sites/production/ˆles/201507/documents/subpartrruufaq.pdf[2020 年 5 月 31

日確認]

34 表層漏出とは「注入 CO2 流の注入区域から表層及び,大気,室内空気,海洋または表層水への移動を意味す

る」(98.449 条)。

― ―

グラム(Greenhouse Gas Reporting Program : GHGRP)32 を 2010 年に制定した。

GHGRP に列挙された施設の要件を満たす所有者及び操業者は,年間の温室効果ガス(GHG)

排出量を毎年 EPA に報告する義務を負う。Subpart A が一般規定であり,Subpart C~Z(B は改

正により削除)及び Subpart AA~ZZ まで,Subpart D は発電所,Subpart W は原油・天然ガス

関連施設のように,GHG を排出または製造する施設区分別に報告対象及び範囲,排出量の算出方

法が列挙されている。原則として 25,000tCO2e/年以上の GHG を排出または製造する施設が報告

対象になっている。

GHGRP は,CCS に関連する報告区分として,Subpart RR(CO2 の地層隔離)及び Subpart

UU(CO2 の注入)が定められ,UIC で許可された Class VI や Class II への CO2 の注入量の報告

を求めている。また,Subpart PP(CO2 供給者)では,CO2 回収施設から注入施設への移動量の

報告も義務付けられている。

Subpart RR は「CO2 の地層隔離(Geologic Sequestration of Carbon Dioxide)」であり,長期封

じ込め(long-term containment)目的の地下の地層中への CO2 流注入であって,UIC プログラム

の Class VI で許可された注入井が対象になる。EOR による CO2 注入は原則として Subpart UU

の区分による報告対象であるが,Class VI の許可を受けた注入井を有する施設または Subpart RR

の測定・報告・検証(MRV)計画承認を受ける目的で MRV 計画を提出しようとする所有者また

は操業者に関しては Subpart RR の区分になる(98.440 条(c)33)。また,研究開発目的の CO2 隔

離の場合は,申請により EPA 長官の許可を得ることで報告が免除される(98.440 条(d))。

Subpart RR 区分による報告項目は,CO2 の受入量,注入量,製造量,表層漏出(surface

leakage34)量,注入井の流量計と坑口の間にある地表装置からの CO2 漏出(leakage)量及び通気

(vent)量,(原油・天然ガス生産からの CO2 が運ばれる)生産井の流量計と坑口の間にある地表

装置からの CO2 漏出量及び通気量,地下の地層中の CO2 隔離量,報告開始時からの累積隔離量で

ある(98.422 条)。

上記の CO2 量の報告に加えて,MRV 計画を提案して EPA の承認を得る必要がある(98.440 条

(c)(1)。MRV 計画は CO2 の表層漏出測定に係る項目について,最大測定地域(maximum

monitoring area : MMA)と活動測定地域(active monitoring areas : AMA)の説明,表層漏出

Page 9: 米国における CCS 推進の法構造と実態 URL DOI...storage of carbon dioxide and amending Council Directive 85/337/EEC, European Parliament and Council Directives 2000/60/EC,

― ―

35 U.S. EPA O‹ce of Air and Radiation, General technical support document for injection and geologic sequestra-

tion of carbon dioxide: subparts RR and UU (Nov. 2010).

https://www.epa.gov/sites/production/ˆles/201507/documents/subpartrruu_tsd.pdf[2020 年 5 月 31

日確認]

― ―

経路の特定と当該経路による漏出の可能性,重要性及び時機に関する評価(assessment),表層

流出の検出・定量測定戦略,望ましいベースラインの設定,物質収支式のためのサイト特有の

変数に関する検討が定められている(98.448 条)。EPA は Subpart RR 及び UU の技術サポート

文書35 を作成しており,MRV 計画の項目の詳細が示されているが,例えばの漏出を把握するた

めの具体的な指標の数値基準が定められているわけではない。

Subpart UU(CO2 の注入(Injection of Carbon Dioxide)は,地下へ CO2 を注入する井戸が対

象で(98.470 条(a)),Class II の要件を満たす EOR が対象になる(前述の通り Subpart RR によ

る報告も可能である)。Subpart UU では CO2 注入量の総量の報告が必要になり,注入量はパイプ

ラインからの CO2 受入れ量とみなし(98.471 条),流量計で計測することが定められている

(98.473 条)。Subpart RR で提出が要求される MRV 計画は,Subpart UU では不要である。Sub-

part UU による報告は CO2 注入量のみであり,Class VI のような長期貯留の要件を Class II は満

たしていないため,注入量をそのまま長期的な CO2 貯留量としてみなすことはできない。

Subpart PP では CO2 供給者(Suppliers of Carbon Dioxide)の報告義務が定められており,

CO2 の回収,抽出,輸入または輸出をする供給者は,それぞれの CO2 量を報告しなければならな

い(98.421 及び 98.422 条)。当該 CO2 の最終利用先別の年間移動量を報告する必要があり

(98.426 条(f)),食品・飲料用や温室栽培利用として CO2 利用の観点での移動量の把握も可能であ

るとともに,Subpart UU 及び Subpart RR に該当する CO2 注入に用いられる場合も報告の対象に

なっている。CO2 の商業利用または地下への隔離・注入の場合に,バイオマス由来の比率につい

ても報告対象となっている(98.426 条(g))。Subpart D の報告対象となる発電所から回収された

CO2 も Subpart PP の報告対象となり,Subpart RR 対象施設へ CO2 を移動する場合には,移動量

とともに Subpart D 及び Subpart RR の報告の際の ID 番号を報告することで(98.426 条(h)),

CO2 回収・輸送・貯留のフルチェーンでの一貫性を確保している。この点,日本の地球温暖化対

策推進法 26 条に定める温室効果ガス排出量の算定・報告・公表制度では,CO2 の排出のみが報告

対象であり,CCUS に関する CO2 の回収,利用,移動及び貯留に関する量の把握は対象になって

いない。

(3)コモン・ローによる論点

米国では EOR や天然ガス貯留のように地下へ流体を注入する長い歴史があり,CCS を直接に対

象としたものではないが地下注入に関する紛争を取り扱ったコモン・ローによる判例が過去に多く

ある36。裁判所で検討される基本的な論点は,流体が注入される地下空間(間隙(pore space))

Page 10: 米国における CCS 推進の法構造と実態 URL DOI...storage of carbon dioxide and amending Council Directive 85/337/EEC, European Parliament and Council Directives 2000/60/EC,

― ―

36 例えば,Hammonds v. Central Kentucky Natural Gas Co., 75 S.W.2d 204 (Ky. Ct. App. 1934)は,地下貯

留された天然ガスが他人の土地へ移動した場合の所有権について判示したリーディング・ケースとして有名

かつ批判の多い判例であり,移動してきた天然ガスは野生動物と同様であるとして移動先の土地所有者が無

主物先占の権利を有するとした。関連する判例については,See Joseph A. Schremmer, Getting Past Posses-

sion: Subsurface Property Disputes as Nuisances, 94. Washington Law Review (2019).

37 Terence Daintith, The Common Law of Underground Energy Resources in the US in THE LAW OF ENERGY

UNDERGROUND 37, 53 (Donald N. Zillman et al. eds., 2014).

38 Id. at 54.

39 T Rodosta et al. U.S. DOE/NETL Carbon Storage Program: Advancing Science and Technology to Support

Commercial Deployment (Proceedings GHGT13), Energy Procedia, vol. 114, 5933, 5935 (2017).

40 Energy Policy Act of 2005 (EPAct 2005), Pub. L. No. 10958, 119 Stat. 594 (2005).

41 Energy Independence and Security Act of 2007 (EISA), Pub. L. No. 110140, 121 Stat. 1492 (2007), 42

U.S.C. §§1700117386.

42 42 U.S.C. §§1725117256.

― ―

の権利を誰が所有するのか,注入された気体が貯留層から移動した場合に無主物先占原則

(Rule of Capture)が適用されるのか,注入者は流体の移動によって損害を受けた人に対する責

任を負うのか,である37。特にの論点について,米国では貯留された天然ガスが移動先で漏出し

た爆発事故によって,死傷者が発生し建物が破壊された事例がある38。CCS では適切な地層が選定

された場合には CO2 の漏出可能性は少なく,CO2 は不燃性であるため天然ガスのような危険性は

少ない。しかし,一度に大量に漏出した場合には,健康被害の可能性があるし,温室効果ガスとし

ての問題もある。

CCS 推進のための法的枠組

(1)DOE による CCS 事業推進と法的根拠

米国では早くから CCS が推進されてきたが,連邦政府における推進主体は連邦エネルギー省

(Department of Energy : DOE)であり,CO2 排出の少ない石炭利用技術の開発を目的として,エ

ネルギー政策の観点から実施されてきたものである。DOE 化石エネルギー局(O‹ce of Fossil

Energy)は,化石エネルギー技術開発ポートフォリオ(Fossil Energy Research and Develop-

ment (FER&D) portfolio)の予算枠組みの中で,CCS の技術開発(1997 年39~)及び小規模なパ

イロット(pilot)事業を実施してきた。CCS 推進に対する基金(fund)が連邦予算で割り当てら

れたのは,ブッシュ政権下で成立した 2005 年エネルギー政策法(EPAct40)からである。同法

963 条の炭素回収研究開発プログラム(Carbon capture research and development program)で石

炭活用のために DOE が CCS の技術開発を実施するための 10 年間の基金を設け,354 条では

EOR による CO2 注入実証事業について規定している。2007 年 12 月に制定されたエネルギー自立

・安全保障法(EISA41)の「第 VII 章 炭素回収・隔離」は,EPAct の 963 条を拡充し,連邦政

府の CCS 推進事業の枠組みを広範に定めている。Subtitle A42 は DOE が実施する CCS の技術開

発及び実証事業について定めており,大規模実証事業の規模を「年間 100 万 t 以上の産業由来 CO2

Page 11: 米国における CCS 推進の法構造と実態 URL DOI...storage of carbon dioxide and amending Council Directive 85/337/EEC, European Parliament and Council Directives 2000/60/EC,

― ―

43 42 U.S.C. §16293(3)(D).

44 42 U.S.C. §16293(3)(A).

45 42 U.S.C. §17254.

46 42 U.S.C. §17255.

47 42 U.S.C. §§1727117272.

48 NETL, RCSP Geologic Characterization EŠorts

https://netl.doe.gov/node/5878[2020 年 5 月 31 日確認]

49 42 U.S.C. §16293.

50 American Recovery and Reinvestment Act of 2009 (ARRA), Pub. L. No. 1115, 123 Stat. 115 (2009).

51 Id. at 139.

52 Peter Folger, Congressional Research Service, Carbon Capture and Sequestration: Research, Development, and

Demonstration at the U.S. Department of Energy, 8 (2014) (R42496).

― ―

の注入または数百万 t 以上の産業由来 CO2 を長年に渡って注入及び隔離できる性能を実証する43」

事業として定義し,7 件以上の大規模実証事業を実施することを定めている44。また,対象となる

事業の CO2 の注入及び地層隔離が EPA 所管の安全飲料水法に服すべきことを定めるとともに45,

温室効果ガスの回収,注入及び隔離に関する公衆の健康,安全及び環境影響の調査を EPA が実施

するための予算を割り当てており46,CCS 推進の枠組の中に,CCS の環境配慮に関する規定を関

連付けていることが注目される。Subtitle B47 は DOE に対して米国陸域内の CCS による潜在的貯

留量の評価方法の策定を命じており,その評価方法に基づき DOI が所管する地質調査所(United

States Geological Survey : USGS)が潜在的貯留量を算出することを命じている。2003 年に DOE

は全米を 7 つの地域に区分し,それぞれの地域における適した地層貯留の開発や実証を促進させ

るため,産官学による「地域炭素隔離パートナーシップ(Regional Carbon Sequestration Partner-

shipsRCSP)」を立ち上げている48。RCSP も EPAct 及び EISA によって予算が根拠付けられ49,

貯留のための特定段階(2003~05 年)では回収・貯留のためのデータ収集等,検証段階(2005 年

~13 年)は 100 万 t(CO2 換算,以下同じ)未満の CO2 貯留試験による将来的な CO2 貯留可能性

を検証し,開発段階(2008 年~継続中)では 100 万 t 以上の CO2 貯留を実施するものである。

DOE による CCS の大規模実証事業の推進が本格化するのは,2009 年米国復興・再投資法

(ARRA50)が成立し,実証事業に対する大きな予算枠が確保されてからである。ARRA の第 2 条

IV 章エネルギー及び水資源開発のエネルギー省エネルギープログラムにおいて「化石エネルギー

の調査・開発」に 34 億ドルの追加拠出の一部が割り当てられたが51,この予算は DOE によってク

リーン・コール発電イニシアティヴ(Clean Coal Power Initiative : CCPI)(第 3 次)へ 8 億ドル,

産業 CCS プロジェクト(Industrial CCS Projects : ICCS)へ 15.2 億ドル,FutureGen 2.0 へ 10

億ドル,サイト特性評価等へ 0.8 億ドルが配分された52。以下,CCPI,FutureGen2.0,ICCS の内

容とそれぞれのプログラムによる大規模実証事業について述べる。

CCPI は,DOE の化石エネルギー局によって 2002 年から 3 次に渡って実施され,環境負荷の少

ない先進的な石炭火力発電技術(クリーン・コール)の実証を目的としていた。クリーン・コール

Page 12: 米国における CCS 推進の法構造と実態 URL DOI...storage of carbon dioxide and amending Council Directive 85/337/EEC, European Parliament and Council Directives 2000/60/EC,

― ―

53 IGCC は両者を向上させる技術として実用化が期待されてきた。

54 Folger, supra note 52, at 9.

55 Howard Herzog, Lessons Learned from CCS: Demonstration and Large Pilot Projects, MIT Energy Initiative,

10 (2016).

56 Petra Nova は,米国の独立系発電事業者(IPP)NRG 社の子会社がテキサス州ヒューストン近郊に保有す

る W.A. Parish 石炭火力発電所で,排ガスから回収した CO2 をパイプラインで 130 km 先にあるメキシコ湾

内の West Ranch 油田へ輸送・圧入し,原油の増産を図るための EOR を実施するものである。JX 日鉱日石

開発(株)及び NRG Energy, Inc. が 50ずつ間接共同出資する Petra Nova Parish Holdings LLC が実施し

ている。本プロジェクトへの資金は,DOE の CCPI による補助金 190 百万ドルとともに,国際協力銀行

(JBIC)175 百万ドル及び日本貿易保険(NEXI)の適用を受けたみずほ銀行 75 百万ドルの協調融資による

プロジェクト・ファイナンスが 250 百万ドル ,JX と NRG 両社の資金を加え,総額 10 億ドル規模となって

いる。三菱重工業製の CO2 回収装置を有し,回収量は世界最大規模の 4776 t/日,CO2 回収率は 90である

(藤原勝憲「ぺトラ・ノヴァ・CCUS プロジェクト―石炭火力発電所排ガスからの CO2 回収および老朽化油

田の原油増産―」石油技術協会誌第 84 巻第 2 号(2019),平田琢也・岸本真也・乾正幸ほか「排ガスからの

CO2 回収装置の当社実績と最近の取組み」三菱重工技報 Vol.55 No.1 (2018) 44 頁,みずほ銀行プレスリリー

ス(2014 年 7 月 15 日)「米国における石炭火力発電所の排ガスを活用した原油増進回収プロジェクト向け

プロジェクトファイナンスの組成について」)。

57 AEP Mountaineer は小規模の CO2 試験貯留には成功したが,気候変動政策の不安定性を理由に事業が中止

された。Plant Barry は採択決定から 2 ヶ月で財政調達の懸念から CCPI を辞退したが,RCSP による貯留

プログラムの Citronelle Project へ回収 CO2 を供給している。Herzog, supra note 55, at 11; MIT, CCS On

Line Project Database, https://sequestration.mit.edu/tools/projects/index.html[2020 年 5 月 31 日確認]

― ―

技術の開発及び実証事業は,化石エネルギー局によって 1985 年から実施されており,従来は硫黄

酸化物や窒素酸化物などの大気汚染物質の排出削減に重点が置かれていたが,気候変動対策のため

の CCS 技術の開発が重要度を増すにつれて,そのための発電効率及び CO2 回収率の向上53 がク

リーン・コール技術の中心課題となった54。CCPI の第 2 次(2004 年)では IGCC の実証事業とし

て,米国の代表的 CCS 事業としての役割が期待されたミシシッピ州の Kemper Project が採択さ

れている。ARRA による基金が割り当てられた第 3 次 CCPI(2009 年)は CCS(EOR)の実施が

要件として 6 つの石炭火力発電所での実証事業が採択され,IGCC による CO2 回収方式がテキサ

ス州の Texas Clean Energy Project (TCEP)及びカリフォルニア州の Hydrogen Energy Califor-

nia Project (HECA)で,燃焼後回収方式(Post Combustion Capture : PCC)がテキサス州の

NRG Energy Project (Petra Nova),ウェスト・ヴァージニア州の AEP Mountaineer Project,ア

ラバマ州の Southern Company Project (Plant Barry)及びノース・ダコタ州の Basin Electric

Power Project (Antelope Valley)である(AEP Mountaineer のみ帯水層貯留で,その他は

EOR)55。しかし,CCS の実証段階に至った事業は Petra Nova56 のみであり,他の事業は CCS の

大規模貯留に至る前の段階で中止されている57。

FutureGen2.0 は,イリノイ州の石炭火力発電所を対象とする CCS の大規模実証事業であるが,

CPPI による枠組みではなく,ARRA を財源とする単独事業として直接に予算配分がなされてい

る。従前の FutureGen は 2003 年に開始され,当初は IGCC 石炭火力発電所を新設して CCS を実

施する計画だったが,IGCC 開発に要する費用が高額になったため 2008 年 1 月に DOE による支

Page 13: 米国における CCS 推進の法構造と実態 URL DOI...storage of carbon dioxide and amending Council Directive 85/337/EEC, European Parliament and Council Directives 2000/60/EC,

― ―

58 FutureGen Alliance, Underground Injection Control Permit Applications for FutureGen 2.0 Morgan County

Class VI UIC Wells 1, 2, 3, and 4 Supporting Documentation , iii (2013).

59 https://archive.epa.gov/region5/water/uic/futuregen/web/html/index.html[2020 年 5 月 31 日確認]

60 Jacobs, W. B. & Craig, M., Legal Pathways to Widespread Carbon Capture and Sequestration, Environmental

Law Reporter, 47 ELR 11036 (2017).

61 Herzog, supra note 55, at 3031 (2016).

62 Folger, supra note 52, at 16.

63 Decatur の特徴として,EOR ではなく帯水層の CO2 貯留であること,実証事業から大規模事業に進展した

こと,BECCS によるネガティヴ・エミッション事業であること,である。Decatur に本社のある穀物メジ

ャーの ADM 社のエタノール製造に伴って発生する CO2 が原料となっている。この CO2 は植物由来であっ

て CO2 排出としてカウントされないため,CO2 貯留によって大気中の CO2 を削減するネガティヴ・エミッ

ションの手法である BECCS として注目されている。

See Sai Gollakota & Scott McDonald, Commercialscale CCS Project in Decatur, Illinois ? Construction Status

and Operational Plans for Demonstration, Energy Procedia, Vol 63, 59865993 (2014).

64 Herzog, supra note 55, at 12.

65 MIT, supra note 57.

66 Press Release, U.S. EPA., U.S. EPA Approves Carbon Sequestration Permit in Decatur, Illinois (Sep.26,

2014),

https://archive.epa.gov/epapages/newsroom_archive/newsreleases/afbc8abba5c91e3685257d5f0050ac84.

html[2020 年 5 月 31 日確認]

Decatur は当初,有害廃棄物に適用される Class I によって貯留を実施していたが,2011 年に Class VI を申

請している。

― ―

援が打ち切られた。プロジェクト実施組合は閉鎖石炭火力発電所をレトロフィットして酸素燃焼方

式による CO2 回収を実施する FutureGen2.0 を新たに計画し,2010 年に DOE からの支援が決定

した。FutureGen2.0 はイリノイ州 Meredosia 村の石炭火力発電所から回収した CO2 をパイプライ

ンで 30 マイル離れた Simon 山の地下帯水層へ輸送して貯留する計画58 で,2014 年に UIC プログ

ラムの Class VI の貯留許可を全米で初めて取得している59。しかし,自己資金調達の失敗等によ

って,ARRA による基金利用のための契約締結及び基金使用の期限に間に合わなかったため

(Class VI の申請及び審査手続に 2 年間を要したことも一因として指摘されている60),Future-

Gen2.0 は 2016 年に中止された61。

ICCS は,石炭火力発電所を対象にする CPPI や FutureGen2.0 に対して,発電以外の産業を対

象にしており,ARRA を財源とする予算配分の結果,大規模実証事業の実施,CO2 の燃焼後回収

技術や再利用技術の開発及び貯留サイト特定調査を含めた 22 事業が採択された62。ICCS による大

規模実証事業は,テキサス州 Port Arthur の Air Products &Chemicals 社,イリノイ州 Decatur63

の Archer Daniels Midland (ADM)社及びルイジアナ州 Lake Charles の Leucadia Energy 社の 3

事業が 2010 年に採択されている(Decatur のみ帯水層貯留で,その他は EOR)64。Lake Charles

は工場新設の環境影響評価段階で事業が中止されたが,既存施設を利用した Port Arthur 及び

Decatur は事業の実施段階にまで至っている65。Decatur は Class VI の許認可を受けて実際に CO2

貯留を実施する唯一の事業である66。

Page 14: 米国における CCS 推進の法構造と実態 URL DOI...storage of carbon dioxide and amending Council Directive 85/337/EEC, European Parliament and Council Directives 2000/60/EC,

― ―

67 Petra Nova 及び Port Arthur は CO2 注入の EOR が盛んなテキサス州であり,Decatur は RCSP によって貯

留サイト実証が実施された Simon 山の帯水層が付近にある。

68 Congressional Budget O‹ce (2012), Federal EŠorts to Reduce the Cost of Capturing and Storing Carbon

Dioxide (2012).

69 European Court of Auditors (2018), Special report No 24/2018: Demonstrating carbon capture and storage and

innovative renewables at commercial scale in the EU: intended progress not achieved in the past decade (2018).

70 Emergency Economic Stabilization Act of 2008 (EESA), Div. B, Energy Improvement and Extension Act of

2008, Pub. L. No. 110343, 122 Stat. 3765, 3807 (2008).

71 26 U.S.C. §45Q.

72 Bipartisan Budget Act of 2018, Pub. L. No. 115123, 132 Stat. 64 (2018).

73 26 U.S.C. §45Q(b), (c).

74 Internal Revenue Service, Credit for Carbon Dioxide Sequestration under Section 45Q Part III Administrative,

Procedural, and Miscellaneous, 6, Notice 200983 (November 2, 2009).

https://www.irs.gov/pub/irsdrop/n0983.pdf[2020 年 5 月 31 日確認]

― ―

上記の DOE による CCS の大規模実証事業の多くは実証段階に至らなかったが,既存工場を利

用した事業(Petra Nova,Port Arthur 及び Decatur)であり,発生源の比較的近辺で EOR や帯

水層を利用できる67事業が実証に成功していることが注目できる。DOE による大規模実証事業は

予算に対する効果が問題視されており,議会予算局(Congressional Budget O‹ce : CBO)は

2012 年の報告書で68,巨額の CCS 歳出を問題視し,DOE に対して,実証事業から撤退して

R&D に集中する, CCS 付プラントに民間投資を奨励する政策を採用する, CCS 支援を削減

または廃止する,という 3 つの政策の選択肢を提示している。EU においても,欧州会計監査院の

報告書が CCS への歳出を問題視している69。

(2)内国歳入法 45Q 条による税額控除

CCS に対する税額控除は,2008 年エネルギー改善・延長法70 115 条によって導入された。同法

はリーマン・ショックの金融危機対策のため,2008 年 10 月に緊急経済安定化法(EESA)と一括

の法案として審議されている。同法の内容は連邦租税の課税及び徴収について定める内国歳入法

(Internal Revenue Code : IRC)45Q 条の「CO2 隔離のクレジット(Credit for carbon dioxide se-

questration)」で定められている71。当初は年間で 0.5 Mt 以上の CO2 を注入する事業に対して,

CO2 1 t 当たり EOR は 10 ドル,地層貯留は 20 ドルの税額控除であったが,数次にわたる延長及

び増額の法改正が実施された。2018 年超党派予算法72 では,EOR は 1 t 当たり 35$,地層貯留を

50$ に増額され,対象となる産業 CCS 事業は年間 0.1 Mt 以上,パイロット事業は年間 025 Mt 以

上になった73。税額控除の対象は不純物を含まない純粋な CO2 量のみであり,例えば 95の CO2

流の約 1.0526 t は 1 t の CO2 換算になる74。

税額控除を所管する内国歳入庁(Internal Revenue Service : IRS,財務省の外局)は,税額控除

の対象になった CO2 量の定期的な公表や CCS/EOR の別などの詳細なデータについて公表してい

ないが75,2011 年以降に 45Q 条による税額控除の対象となった CO2 貯留量は 62,740,171 t である

Page 15: 米国における CCS 推進の法構造と実態 URL DOI...storage of carbon dioxide and amending Council Directive 85/337/EEC, European Parliament and Council Directives 2000/60/EC,

― ―

75 Robert Van Voorhees, Gaining Economic Credit for CCS in the United States, in CARBON CAPTURE AND

STORAGE EMERGING LEGAL AND REGULATORY ISSUES, 133,138 (Ian Havercroft et al. eds., 2d ed. 2018).

76 Internal Revenue Service, Credit for Carbon Dioxide Sequestration 2019 45Q In‰ation Adjustment Factor,

1182, Notice 201931 (May 13, 2019).

https://www.irs.gov/pub/irsirbs/irb1920.pdf[2020 年 5 月 31 日確認]

77 Internal Revenue Service, Request for Comments on Credit for Carbon Oxide Sequestration, 8, Notice 201932

(May 20, 2019).

78 税額控除(tax credit)は税額から直接控除する点で,課税所得算出の際の総所得からの控除(tax deduc-

tion)とは異なる。

79 大気浄化法による CO2 規制については多くの文献があるが,Hannah J. Wiseman, Stationary Sources, Mova-

ble Rules Intransigence and Innovation under the Clean Air Act, in LESSONS FROM THE CLEAN AIR ACT

BUILDING DURABILITY AND ADAPTABILITY INTO US CLIMATE AND ENERGY POLICY, 57,97107 (Ann Carlson &

Dallas Burtraw eds., 2019).,杉野綾子『アメリカ大統領の権限強化と新たな政策手段』(日本評論社,2017

年)169 頁以降を参照。

― ―

ことが明らかにされている(2019 年 5 月時点76)。

税額控除の対象となる施設や CO2 貯留の要件について,45Q 条(a)(1)(B),(2)(C)で,「安全な

地層貯留(secure geological storage)」が要件とされている。安全な地層貯留の具体的な内容を定

めるのは財務省長官であり,EPA 長官,DOE 長官及び内務省長官と協議して,CO2 が大気中に漏

出(escape into the atmosphere)させないための充分安全な対策に関する規則を定めなければな

らない(45Q 条(d)(2))。IRS は安全な地層貯留の内容に関するガイダンスを現在も策定中である

が,EOR は Class II,地層貯留は Class VI の許可を得るとともに,両方とも EPA から MRV 計

画の承認を得ることを要件として検討している77。なお,45Q 条における EOR の考え方について,

CO2 が三次回収の「注入物質(tertiary injectant)」として用いられ,原油の貯留層(reservoir)

に留まる場合には税額控除78(tax credit)の対象になる。

(3)大気浄化法による規制的手法

CO2 の排出施設に対して,CCS の設置を義務付けることで CCS を推進する規制的手法も考えら

れる。オバマ政権下の米国では積極的な気候変動対策の政策がとられ,石炭火力発電所に対する

CCS の設置義務を設けようとした。CO2 を大気浄化法の対象物質として解釈することで,大規模

排出施設に対する CO2 排出基準を設ける手法であるが79,大気浄化法による排出基準が実証された

対策技術をベースとする基準であるため,CCS 技術の実用性の判断が問題になった。CCS の技術

ベースの判断が問題になるのは,重大な汚染防止(prevention of signiˆcant deterioration : PSD)

における利用可能な最善の対策技術(best available control technology : BACT)と新規発生源性

能基準(new source performance standards : NSPS)における「排出削減の最善システム」(best

system of emission reduction : BSER)であるが,紙紙の関係上,以下では NSPS における BSER

について述べる。

新規発生源性能基準(NSPS)は,大気浄化法の下で新規固定発生源に対して適用されるベース

Page 16: 米国における CCS 推進の法構造と実態 URL DOI...storage of carbon dioxide and amending Council Directive 85/337/EEC, European Parliament and Council Directives 2000/60/EC,

― ―

80 42 U.S.C. §7411(a)(1).

81 42 U.S.C. §7479(3).

82 U.S. EPA, PSD and Title V Permitting Guidance for Greenhouse Gases. Research Triangle Park, NC: US En-

vironmental Protection Agency O‹ce of Air Quality Planning and Standards (2010).

83 Standards of Performance for Greenhouse Gas Emissions From New, Modiˆed, and Reconstructed Station-

ary Sources: Electric Utility Generating Units, 80 Fed. Reg. 64510 (Oct. 23, 2015).

84 なお,2014 年の規則案の段階では BSER として超臨界発電用ボイラーの他に IGCC も想定され,部分 CCS

の実施と合わせて NSPS は 1,100 lb CO2/MWh だった。

85 Id. at 64548.

86 Id. at 6454964550.

87 2015 年当時,Petra Nova の CCS は操業段階になく,米国の石炭火力発電所で CCS の実証段階にある事業

はなかった。

88 Id. at 6455664558. 2015 年規則の前文で,EPA は CCS が「十分に実証された」技術であることの立証に

ついて多くの分量を割いており,代表的な反対意見(CCS に商業的な利用可能性がないこと,回収・輸送・

貯留の全体の中で実証性を評価すべきこと,実証段階にあるパイロット事業及び実証事業の数が少ないこ

と)に対する反論を展開している。

89 North Dakota v. EPA, No. 151381 (D.C. Cir. 2015).

― ―

ラインの基準であり,新設または改変の際に適用される。EPA は発生源の業種別に NSPS の基準

を定めるが,「排出削減の最善システム(BSER)」の適用によって適用を通じて達成可能な排出許

容限度でなければならない。BSER は,削減達成のためのコスト,大気質以外の健康及び環境影

響,並びにエネルギー要件を考慮して,「十分に実証された(adequately demonstrated)」技術で

ある80。PSD における BACT と同様に,NSPS は BSER による技術ベースの排出基準であるが,

PSD は許可権者(州当局)が事例ごとに BACT を判断するのに対して,NSPS は全米の最低限度

の基準であり(したがって,PSD は NSPS の基準よりも厳格でなければならない81),EPA が事

前に排出源ごとの BSER を定めなければならない。2010 年に EPA によって策定された CO2 の

BACT ガイドライン82 が CCS の適用に慎重であったのに対して,後から定められた発電所の

BSER は CCS の適用を前提としたことから,後述する混乱が生じる要因となった。

EPA は 2015 年に発電所 NSPS の最終規則83(以下,2015 年規則という。)を策定し,新設の化

石燃料蒸気発電施設の NSPS の基準は,BSER として部分的 CCS (partial carbon capture and

storage)を設置した超臨界発電用ボイラー技術の適用を基準とすることで,発電電力量に対する

CO2 の排出量を 1,400lb CO2/MWh と定めた83。2015 年規則中,発生源から発生する CO2 の 90

以上を回収する完全 CCS(full-CCS)に対して,それに満たない CCS を部分的 CCS と EPA は呼

んでおり,BSER の部分 CCS は 16~23(瀝青炭使用で 16,亜瀝青炭及び乾燥褐炭使用で

2385)の回収で NSPS 基準を達成できるとしている86。2015 年規則は,石炭火力発電所の新設

を事実上禁止する内容として受け止められ87,規則案の意見公募段階から多くの反対意見があり,

代表的なものは CCS が BSER の十分に実証された技術の要件を満たさないことを論拠としてい

た88。2015 年規則に対して,ノース・ダコタ州は EPA の法的権限逸脱であるとして連邦裁判所に

提訴し89,規則の施行は停止された。

Page 17: 米国における CCS 推進の法構造と実態 URL DOI...storage of carbon dioxide and amending Council Directive 85/337/EEC, European Parliament and Council Directives 2000/60/EC,

― ―

90 Review of Standards of Performance for Greenhouse Gas Emissions From New, Modiˆed, and Reconstruct-

ed Stationary Sources: Electric Utility Generating Units, 83 Fed. Reg. 65424 (Dec. 20, 2018).

91 Id. at 6543765438. 2018 年規則に拠れば,2015 年規則が輸送及び貯留コスト算出に用いた DOE/NETL

報告書の 1 t 当たり 11 ドルの単価は,年間 320 万 t の回収 CO2 を 100 km の CO2 パイプラインで輸送して

イリノイ盆地の深部塩水性帯水層に貯留することを前提にして算出されているが,2015 年規則はスケール

効率を無視してすべての部分的 CCS に対してこの単価を単純に適用しているとして,2018 年規則は輸送・

貯留コストを見直している。

92 Id. at 6544165444. 2015 年指令で示された貯留ポテンシャルのある地点の多くが貯留開発段階にあること

や,乾燥地域の施設で CO2 回収に必要な大量の水を確保できないことで,地理的な利用可能性がないことを

指摘している。

― ―

トランプ政権成立後の大統領令に基づき EPA は発電所 NSPS の見直しを行い,2018 年規則案90

によって BSER に関してコストの再分析と地理的な(geographical)利用可能性を検討し,部分的

CCS を BSER から除外した。コスト再分析の中では,2015 年規則が部分的 CCS の規模に応じた

輸送・貯留費用を反映していない点などを指摘している91。また,実証性の判断の根拠となる利用

可能性について,地理的な利用可能性という観点を導入し,部分的 CCS が地層隔離及び水利用の

点において地理的に広く利用可能でないという理由によって,CCS が十分に実証されていないと

判断している92。

環境に配慮した地層貯留の推進の実態

(1)「環境に配慮した地層貯留」と Class II の並存

米国では,環境に配慮した地層貯留の法的枠組として,安全飲料水法の地下注入プログラムの

Class VI が要件を定めている。Class VI は EOR に用いられてきた Class II とは異なり,CO2 の長

期貯留の観点で要件が定められ,Class VI による CCS は GHGRP の Subpart RR による報告義務

も課せられている。しかし,資源採掘の利益に配慮して,EOR の要件を定める Class II による

CO2 隔離は,Class VI の新設後も並存することになった。環境に配慮した地層貯留の法的枠組で

ある Class VI による貯留が進まない状況の改善のためには,EOR による CO2 貯留に Class VI を

義務付けるか,Class II の要件を Class VI と同様に厳しくする以外には,Class VI を積極的に推

進する法政策が必要になるだろう。

Class VI の要件を満たす環境に配慮した地層貯留は,内国歳入法 45Q 条による税額控除の優遇

制度が設けられている。EOR の注入物質としての CO2 は有価で取引されるため,Class VI の新設

前から CO2 隔離を推進する契機として EOR は機能していた。Class VI と Class II による CO2 隔

離が併存している状況においては,要件の厳しい Class VI は 45Q 条の税額控除の優遇があっても

件数が増えていないため,Class VI の要件を満たす貯留サイトの開発を連符政府が積極的に推進

していく必要がある。

DOE による CCS 大規模実証事業への支援は,2008 年 ARRA の基金によってクリーン・コール

推進のための基金として拠出されており,石炭火力発電所の発生源を含む回収施設に対する補助が

Page 18: 米国における CCS 推進の法構造と実態 URL DOI...storage of carbon dioxide and amending Council Directive 85/337/EEC, European Parliament and Council Directives 2000/60/EC,

― ―

93 NETL. CarbonSAFE Advances Commercialization of Largescale Geologic Storage (Apr 13, 2020). https://

netl.doe.gov/node/9667[2020 年 5 月 31 日確認]

94 Whitehouse, Presidential Memorandum A Comprehensive Federal Strategy on Carbon Capture and Storage,

https://obamawhitehouse.archives.gov/ thepresso‹ce/presidentialmemorandumacomprehensive

federalstrategycarboncaptureandstorage[2020 年 5 月 31 日確認]

95 Id. at 53.

96 報告書は「CCS の普及を促進し,人の健康及び環境を保護し,CO2 が安全かつ確実に貯留可能であるという

国民の信頼を与える」CCS の法的枠組みが必要であるとしている。Id. at 53.

― ―

多く含まれている。石炭火力発電の次期発電方式として期待される IGCC は,燃焼ガス中の CO2

濃度が高まることで CO2 回収を効率的にするため,CCS にとって有効な技術である。しかし,

IGCC に対する高額な補助金にもかかわらず,IGCC を用いた CCS の大規模実証事業(FutureGen,

Kemper,TCEP 及び HECA)のすべてが中止されている。また,DOE が支援した大規模実証事

業のうち,帯水層に貯留する事業は Class VI を取得したが,EOR を利用する事業は Class VI の

取得を特段義務付けられていなかった。

石炭火力発電に対する反対が強まっている風潮の中では,CCS に対する支援を輸送や貯留のプ

ロセスに限定する事も考えられる。特に Class VI の貯留サイトの開発と貯留実施の補助は重要で

あり,最近,DOE/NETL は RCSP の後継事業となる貯留サイト開発事業として,Class VI の許可

取得を前提とする CarbonSAFE (Carbon Storage Assurance Facility Enterprise)イニシアティヴ

を公表している93。

(2)CCS の推進手法の変更

オバマ大統領は 2010 年 2 月 3 日に「CCS に関する包括的連邦戦略」に関する覚書を公表し,石

炭火力発電所の温室効果ガス削減として有望なクリーン・コール技術である CCS の商業開発及び

展開を加速するため,DOE 及び EPA を議長とする省庁間 CCS タスクフォースの設置を決定し

た94。覚書では,炭素排出に上限(キャップ)を設ける包括的な気候・エネルギー法案が CCS に

とって最大のインセンティヴとなり,タスクフォースが普及のための障害の特定と克服,法的な明

瞭性を提供することを述べている。これを受けたタスクフォースの検討結果は 2010 年 8 月に報告

書にまとめられた。タスクフォース報告書では,CCS の短期的・長期的な普及のための 4 つの主

要な課題として,市場の失敗(特に炭素価格設定によって排出削減を奨励する気候変動政策の欠如),

CCS の法的枠組の必要性,CO2 貯留の長期的責任及び情報共有・教育・パブリック・アウトリー

チを挙げている95。

タスクフォース報告書の段階では,包括的な気候・エネルギー法案の炭素価格導入によって

CCS の普及のためのインセンティヴを確保するとともに,普及の障害となる CCS の法的不安定性

の解消のため,安全飲料水法を中心とする環境に配慮した96 CCS の法的枠組が構想されていた。

一方で,タスクフォース報告書において,大気浄化法によって石炭火力発電所等の CO2 の大規模

Page 19: 米国における CCS 推進の法構造と実態 URL DOI...storage of carbon dioxide and amending Council Directive 85/337/EEC, European Parliament and Council Directives 2000/60/EC,

― ―

97 The American Clean Energy and Security Act of 2009 (ACES), Hr2454, 111th Cong. (2009).

98 Voorhees, supra note 75, 133.

99 Interagency Task Force on Carbon Capture and Storage, Report of the Interagency Task Force on Carbon Cap-

ture and Storage, 10,123 (2010),

100 Bart van Oost, Our climate, our underground Understanding the slow implementation of carbon capture and

storage, 136 (2016).

101 20 ILCS 3855/175, as amended by P.A. 951027, eŠective June 1, 2009.

102 van Oost, supra note 100, at 141.

― ―

排出施設に CCS を義務付ける選択肢は検討されていない。しかし,キャップと炭素価格の設定を

目指したワックスマン・マーキー法案97 が連邦議会を通過できなかったことにより,オバマ政権は

包括的な気候・エネルギー法による温室効果ガス削減を断念したため,CCS は税額控除等の別の

方法によって推進せざるを得なくなった98。タスクフォース報告書で CCS 普及の主要な障害99 と

された包括的な気候・エネルギー法の欠缺は解消されないまま,環境に配慮した地層貯留の法的枠

組である Class VI や GHGRP は策定されている。その後のオバマ政権では,大気浄化法による石

炭火力発電所の CO2 規制を行い,CCS の設置を義務付けた。しかし,大気浄化法で用いられた条

項は実証された技術を基準とするため,DOE による石炭火力発電所の CCS 実証が成功してない段

階で規制を実施するのには無理があった。

(3)CCS 推進の法的不安定性

米国における CCS 推進の法構造の問題点として,法的安定性の問題がある。気候変動政策やエ

ネルギー政策の変更によって,CCS に適用される法や法解釈が変更される可能性があり,民間事

業者にとっては CCS 検討の際の大きなリスクになる。例えば,州による大気浄化法の PSD の許

可が,BACT 分析における CCS の判断基準をめぐって取り消された事例がある。

2005 年までに米国の大手電力会社 Tenaska 社は,イリノイ州 Taylorville に IGCC 方式による

630 MW の発電所の新設を計画し,州政府の支援や地元住民の理解を獲得するために CCS 設置を

計画していた(Taylorville Energy Center (TEC)計画)。同社は天然ガス(LNG)発電も検討し

ていたが,計画時は石炭を用いる方が安価であったとともに,将来的な CCS 導入時のために CCS

回収のために純度の高い(90以上)IGCC を選択した100。しかし,2008 年頃からのシェールガ

ス革命の進展によって米国でのエネルギー事情は激変し,天然ガス価格が大きく下落している状況

があった。

TEC 計画は総額 35 億ドルの費用が見積もられていたが,EPAct によって DOE から 25.79 億ド

ルの債務保証と,45Q 条により内国歳入庁から 4.17 億ドルの税額控除を受けられる見込みだっ

た。これらの財政的支援の根拠となるイリノイ州のクリーン・コール・ポートフォリオ基準法

(Clean Coal Portfolio Standard Law101)及び DOE の債務保証に際しては CCS 導入の技術的有望

性を示す必要があり102,Tenaska 社は CCS を適用する前提で報告書を提出している。TEC 計画

Page 20: 米国における CCS 推進の法構造と実態 URL DOI...storage of carbon dioxide and amending Council Directive 85/337/EEC, European Parliament and Council Directives 2000/60/EC,

― ―

103 Illinois EPA, Bureau of Air Permit Section, Responsiveness Summary for Public Questions and Comments on the

Construction Permit Application from Tenaska for the Taylorville Energy Center in Taylorville, Illinois (No.

021060ACB), 112115. (April, 2012).

Illinois EPA, Bureau of Air, Permit Section, Project Summary for a Construction Permit Application from

Christian County Generation, LLC for the Taylorville Energy Center Christian County, Illinois (No.

05040027), 2932 (2011).

104 Illinois EPA, Bureau of Air, Permit Section, Project Summary for a Construction Permit Application from

Christian County Generation, LLC for the Taylorville Energy Center Christian County, Illinois (No.

05040027), 3132 (2011).

105 Tenaska 社の EPA に対する Class VI の申請書について下記を参照。https://yosemite.epa.gov/oa/eab_

web_docket.nsf/Filings20By20Appeal20Number/F7D1DF73D37C393585257A2500641790/$File/

Exhibit205820to20Revised20Petition20for20Review20...12.58.pdf[2020 年 5 月 31 日確認]

106 40 C.F.R. §124.19.

― ―

では回収 CO2 について,400 マイル離れたミシシッピ州で EOR として注入するか,付近にある

Simon 山の帯水層に貯留することが提案されていた。

2012 年に Tenaska 社の子会社である Christian County Generation 社は,TEC 建設にかかる大

気浄化法の許可申請を行い,イリノイ州政府の環境行政機関である環境保護庁(Illinois Environ-

mental Protection Agency : IEPA)が審査を行った。TEC の建設地域は大気浄化法の NAAQS の

達成地域と判断され,PSD による許可枠組みが適用され BACT 分析が実施された。CO2 に関して

は EPA の 2010 年ガイドラインに従って BACT 分析が行われ,IEPA は BACT 分析の第 2 段階で

CCS に技術的に実効性がないとして除外し103,CCS 設置を義務付けない建設許可を発出した。除

外理由は,ガイドラインにおける CCS の 3 つの構成要素(CO2 回収・圧縮,輸送,貯留)に関わ

る物流上の課題が主な要因であった。具体的には,イリノイ州では EOR の実績がなく TEC から

至近の CO2 パイプラインまでは 400 マイル離れていることや,TEC 付近の Simon 山の帯水層で

の長期貯留の確実性には更なる調査と法制度の整備が必要であることを理由として,CCS の技術

的な実行可能性がないとしている104。BACT 分析の第 2 段階は,CCS が実証された技術である

か,実用可能性があるかの立証が問題になるのに対して,州や DOE への支援は CCS の将来的な

実行可能性を示せば足りるため,同一の事業内で矛盾が生じている。Simon 山の帯水層は RCSP

により DOE が開発し,TEC 計画と同じイリノイ州の Decatur 事業が小規模ではあるが CO2 貯留

として成功している。Tenaska 社は Simon 山の帯水層へ CO2 を地下注入するために必要な Class

VI の許可も EPA に申請している105。

PSD の許可に関する意見公募では,IEPA が CCS の設置を義務付けずに許可を発出したことに

対して多くの反対意見が寄せられた。PSD 許可に対する異議は,EPA に設置されている環境不服

審査会(Environmental Appeals Board : EAB)に対して審査請求(petition for review)が認めら

れており106,環境 NGO の Natural Resources Defense Council (NRDC)及び Sierra Club は,

IEPA の許可に対する審査請求を申し立てた。当時,EPA では石炭火力発電所の新設に適用され

る新規発生源性能基準(NSPS)の CO2 基準が提案されており,石炭火力発電所に対する BSER

Page 21: 米国における CCS 推進の法構造と実態 URL DOI...storage of carbon dioxide and amending Council Directive 85/337/EEC, European Parliament and Council Directives 2000/60/EC,

― ―

107 大気浄化法における NSPS は従来,新規発生源に対して施設の規模や場所を問わず適用されるベースライ

ンの規制であり,大規模発生源に対してはより厳しい規制が課せられるのが通常である。この点は EPA の

BACT のガイドラインでもすでに指摘されており,BACT の基準は NSPS よりも低い基準で設定されては

ならないが,後から策定された NSPS が BACT の下限(‰oor)にならなくても BACT 分析には独立性が

あるとしている。U.S. EPA, supra note 82, at.25.

108 40 C.F.R. §124.19(d) 2013. トランプ政権下で環境不服審査会改革が進められ,現在は 40 C.F.R. §124.19

(j) 2018 が対応。

109 U.S. EPA, In re Christian County Generation, LLC, PSD 1201, Permit Withdrawal (07/09/2012).

110 公共関与による CCS 事業については,柳憲一郎・小松英司・大塚直「わが国の CCS の法政策モデルとア

ジア地域での法制度・政策の共通基盤に関する研究」環境科学会誌 32 巻 4 号(2019 年)144146 頁,拙

稿・前掲注(4),2134 頁を参照。

― ―

は CCS 設置を前提としていた。そのため,TEC に関して PSD の BACT 分析によって CCS の技

術的な実行可能性がないとする IEPA の判断に対して,NSPS の新基準案と矛盾が生じる恐れがあ

った107。審査請求手続中,EPA 地方長官には許可の取消の権限があるが108,この権限はイリノイ

州 IEPA に委譲されている。2012 年 6 月,異例のことではあるが,EPA 地方長官から IEPA に対

して BACT 分析見直しを要請するレターが届いた結果,IEPA は同条項に基づき TEC 建設の許可

を取り消した109。Tenaska 社はその後に天然ガス火力発電所への変更も検討したものの,2013 年

に TEC 計画を中止した。

小括

米国では,「環境に配慮した地層貯留」を定義した上で,当該要件を満たす CCS を推進させるた

めの法的枠組が定められている。しかし,実際の運用段階では,環境に配慮した地層貯留の Class

VI ではなく,Class II で実施されている事業が多い。米国の特徴として,連邦法による予算割当

によって,DOE の CCS に対する支援がかなり手厚く進められてきたことが挙げられる。一方で,

石炭火力発電所の IGCC や CO2 回収技術への支援に対して,Class VI の要件を満たす貯留サイト

の開発に十分な支援が向けられてこなかった可能性がある。

CCS は CO2 の回収・輸送・貯留から構成されるが,構成要素のそれぞれが大規模な事業であ

り,全てを新規に実施して成功させるためには資金的にも時間的にも困難を伴う。例えば,CO2

の発生源である火力発電所を新設または更新する際に CCS を選択するにしても,輸送ラインや貯

留サイトの探索や貯留の実証が先行していなければならない。貯留サイトを開発するためには,地

層データによる候補地の特定,実施探索・試験的貯留,リスク評価,公衆参加手続,省庁の許認可

手続のように長期間の時間を要する。

オバマ政権でも検討されたように,炭素価格の設定による炭素市場の創設による CCS 事業促進

は有力な方策として提唱されることが多いが,仮に市場ができても民間主導による貯留サイトの開

発は時間やコストの観点で後回しになる可能性がある。そのため,公共関与によって,貯留サイト

の開発や確保を国の主導によって実施する必要がある110。