力と破壊 ものを壊す力とは? 1

力と破壊 - pub.nikkan.co.jp · 力の合計(合力)がゼロだから二じで向きが反対になっています。このとき力の足し算としてみると、右からの力と左からの力の大きさが同

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7

力と破壊―ものを壊す力とは?―

第1章

89

1□□□□□□□□□□

力と破壊第 1 章

力とは?

破壊力─ものを壊す力って何者?─

一口メモ

 1キログラム重は、9.8ニュートンの力。キログラムで表す力はおよそ10倍するとニュートンになる。携帯電話はおよそ100グラム、これをひもで吊るすと、約1ニュートンの力で引張ることになる。

でも、ニュートン先生、力が作用しても運動が変化しない場合もあります

運動を変化させるものそれが力です

力とは

 

どんなものでも大きな力が加わると壊れます。では、

力とはいったい何なのでしょう。実は力とは何かと突

き詰めて問うと、とても難問なのです。あまりよくわ

かっていないのが現実です。力は直接見ることはでき

ません。でも力を感じることはできます。誰かに殴ら

れたら痛いですが、この痛さの源は力です。ロケット

の打ち上げ現場に行けば、轟音とともに宇宙に向かっ

て突き進む力を体感することができます。

 

アイザック・ニュートンは彼が定めた運動の法則の

中で、力をものの運動との関係で明らかにしました。

速度と方向の変化を運動の変化と呼び、運動を変化さ

せるものをニュートンは力と定めたのです。これが力

を科学的に扱うベースの考え方になっています。現在

国際単位(SI)では、力の単位はニュートンさんの

名前をとってN(ニュートン)になっていて、1Nは

質量1キログラムのものに1秒ごと1メートル毎秒の

速度の増加を与える力であると定められています。

 

私たちが住んでいる世界は、絶えずものが動き、そ

の動きも絶えず変化しています。ですから、私たちは

こうしている間も力の作用に取り囲まれて生活してい

ます。車を発進し加速をしてやがてブレーキをかけて

止める行為も、野球でピッチャーがボールを投げて飛

び、バッターがバットでボールの運動の方向を変えて

野手が捕球するのも、私たちが地面を蹴って歩く行為

もすべて力の作用としてみることができます。

 

力には大きさと向きがあります。大きさと向きがあ

る量はベクトルと呼ばれて、矢印で表します。矢印の

向きが力の向きを表し、矢の長さが力の大きさを表し

ます。力の計算は、単純に大きさの数値を計算するの

ではなくて、向きを考えて計算しなければなりません。

運動を変化させない力

 

ニュートンの定義では、力は運動に変化を与えるも

のです。しかし、力が加わっても運動が変化しない場

合があります。たとえばそれは、相撲で押し合いにな

り力が均衡して動かなくなった状態でイメージできま

す。お互い力を出しているにもかかわらず、動かない

のです。ものが壊れたり壊れなかったりすることにか

かわるのは、この運動の変化が起きない力の作用なの

です。

 

動かない二人の力士を遠くから眺めてひとかたまり

1011

コーヒーブレイク

□□□□□□□□□■□□□□□□□□□■□□□□□□□□□■□□□□□□□□□■□□□□□□□□□■□□□□□□□□□■□□□□□□□□□■□□□□□□□□□■□□□□□□□□□■□□□□□□□□□■

力と破壊第 1 章

運動を変化させない力

コーヒーブレイク

 力が加わると運動が変化するというのは、中学・高校で習うのですが、力が加わると運動は変化せず形が変化する場合については、普通教わりません。どうしてなのですかね?

がっぷり四つに組んだ相撲取りは互いの力が同じで向きが逆なので動かない

一人の力士に着目すると、相手からの力と土俵からの反力の板ばさみに耐えている

としてみると、右からの力と左からの力の大きさが同

じで向きが反対になっています。このとき力の足し算

でゼロになります。力の合計(合力)がゼロだから二

人の力士が動かない、と説明できます。

 

視点を変えて、一人の力士に注目します。相手の力

士からの力を受けてこの力士が動かないのは、足を踏

ん張って足と土俵の摩擦によって受けた力とは反対向

きの力を生じさせているからなのです。この力を「反

力」といいます。相手から押される力と地面から来る

反力にはさまれて、力士の体には無理が生じています。

 

津波による破壊を考えてみましょう。津波は時とし

てその巨大な力で、人工の建造物を破壊します。津波

が襲ってきたとき、港にサッカーボールが置いてあっ

たと想像します。サッカーボールは、津波の大きな力

を受けても流される(運動を始める)ことにはなりま

すが、破壊はされません。一方、防波堤は、津波の力

を受けてこれを押しとどめるために地球に固定されて

いるので、津波の力と地球から受ける反力との板ばさ

みにあって、津波の圧倒的な力の前に壊れることがあ

るのです。

 

ものが力によって壊れるとき、それは外部から受け

る力とそれに伴って自動的に発生する反力のペアの攻

撃に耐え切れなくなったときといえるのです。

形を変える力の作用

 

物体に力が加わって運動の変化を起こさないとき、

物体は力のエネルギーを自らの形を変えることで受け

止めます。力のかかり方によって、伸びたり縮んだり

曲がったりねじれたりして力を吸収します。この伸び

たり縮んだりする範囲には限度があります。物体が変

形によって吸収しきれないほど大きな力が加えられた

とき、ものは破壊されるのです。

津波の力

地面からの反力

防波堤

固定されていないボールは動く

地面に固定された防波堤は津波の力と地面からの反力の板ばさみにあう

土俵からの反力

1213

力と破壊第 1 章

固体を「ばねモデル」で考える 2

一口メモ

 ものはばねと同じ弾性の性質をもつ。この弾性の性質が力を伝え蓄え反力を生み出す。

ものには何でも弾性がある

 

ほっぺたを指で押すと少しへこみますが、指を離す

と元に戻ります。ほっぺたにばねのような性質(弾性)

があるからです。ものはみなこのばねのような性質(弾

性)をもっています。押したら引っ込んで押すのを止

めると元に戻ります。引張ったら伸びて引くのを止め

ると元に戻ります。硬くてとても伸びたり縮んだりし

ないように見える石やガラスや金属もみな弾性という

性質をもっています。その証拠は簡単に確認できます。

叩いてみればよいのです。叩くと音が発生します。音

が出るということは伸びたり縮んだりして振動してい

る証拠なのです。

 

もちろん石や金属は、ほっぺたとは違って少々の力

では目に見えて伸びたり縮んだりはしません。伸びた

り縮んだりする割合が、ほっぺたに比べてすごく小さ

いので、私たちの指や腕が出す力程度ではほとんどわ

からないのです。

原子の結合と弾性

 

ものは、原子核とそれを取り巻く電子で構成される

原子でできています。原子核は中の陽子がプラスの電

荷を持っており、電子はマイナスの電荷を持っていま

す。原子核同士では同じプラスの電荷ですから反発し

合います(斥せき

力りょくが働きます)が、そこをマイナスの電

荷を持つ電子が間を取りもって原子同士は斥力と引力

がちょうどバランスが取れる間隔を保って並びます。

互いにとって楽なちょうどよい距離があるのです。ち

ょうどよい距離を伸ばすのも縮めるのも力がいりま

す。力がなくなると元のちょうどよい距離に戻すので

す。これが、ものが弾性という性質をもつ根拠です。

すべての物質が原子でできているのですから、すべて

の物質に弾性という性質があるのです。

 ばねモデルで反力を考える

このことから、固体はばねで繋がった粒の集合と考

えることができます。これを「ばねモデル」といいま

す。複雑な現象を単純なモデルに置き換えてみると、

よくわかることがあります。固体のばねモデルもその

一つです。 

 

一方を壁に固定した棒を引張ることを、棒をコイル

ばねに置き変えて理解することができます。コイルば

ねを引張ると、コイルばねは壁から反力を受けます。

弾性─ばねの性質と反力─

固体は原子が伸び縮みするばねでつながっている「ばねモデル」で考えることができます

1415

力と破壊第 1 章

力と変形

コーヒーブレイク

 内力や応力を考えるとき、頭の中で仮に切ってみるという仮想実験が有効です。見えないものを理解しようとするときに、現実の実験とともに、頭の中での仮想実験によって見えてくる場合がよくあります。

この反力の大きさは引張る力と同じで、向きは反対に

なります。この反力の正体はなかなかわかりにくいで

すが、壁が1本の板ばねだと考えるとわかってきます。

ばねとつながっていることによって曲げられた板ばね

が元に戻ろうとする力、それが反力の正体です。

 

コイルばねは、手によって右側に引張られ、同時に

壁からの反力によって左側に引張られます。コイルば

ねは伸びていきますが、伸びる長さには限度がありま

す。どこかでぷっつり切れてしまうことになる。ここ

で破壊が始まるのです。

 反力と内力

 

ここから、少し頭を軟らかくして考えてみましょう。

これまでは壁に棒を固定して引張ると考えてきまし

た。壁に棒と同じ太さの突起がついていて、この突起

の先端に棒を固定して棒を引張ったと考えてみましょ

う。棒は、壁側の突起の先端から反力を受けると考え

られます。次に壁についている突起の長さをいろいろ

と変えてみます。どうでしょう。反力というのは、物

体の端をどこだと人間が考えるところにあるのであっ

て、物体の内部ではどこでも互いにつりあうペアの力

が働いているのです。

 

物体に外から力が加えられて、動かない条件になっ

たとき、物体の端には外力とつりあう反力が生じてい

ます。その場合、物体の内部にはどこをとってもつり

あうペアの力が生じていると考えられます。物体の内

部に生じているペアの力を「内力」と呼んでいます。

ばねでもゴムでも引張っている状態で、仮にどこかで

切ったとしたら離れてしまいます。これを離れさせま

いとする力があることを想定できるわけで、それが内

力です。ものにはこの内力に耐えられる限度があるの

です。単位面積あたりに換算された内力、それが材料

力学の基本となる概念である「応力」です。

力が加えられると変形し

力が加えられると変形し

力を取り除くと元に戻る

力はペアになる

引張り力 圧縮の力

力を取り除くと元に戻る

ものは力を加えられるとばねのように変形する

力はペアになる

壁からの圧力

圧縮の力 圧縮の力

壁にものを押し付けて圧縮の力を加えるとばねの力で押し戻してくる

壁からの圧力

壁からの圧力

引張る力

内力

仮想的に切断してみる

外力・反力・内力

外力と反力

1617

力と破壊第 1 章

3

一口メモ

 破断には、分離破断とせん断破断の二つのパターンがある。分離破断は物質の結合を引き離すような力によって、せん断破断は少しずつずらすような力によって起きる。

破壊をシンプルに考える どうしてものは壊れるのだろう?

 

破壊とは力を受けてものが二つ以上に分離すること

をいいます。ガラスが割れる、ひもが切れるなど、私

たちの日常生活でもよく起きることです。力を受けて、

形が変わることで、使い物にならなくなることもあり

ますが、これを「破損」といいます。

 

どうしてものは壊れるのか、逆にいえばどうしても

のは形を保っていられるのか、人類にとって昔から重

大な関心事の一つだったに違いありません。試行錯誤

と経験の蓄積の上に建造された千年を超える建造物を

私たちは見ることができます。しかし、反面膨大な経

費をかけて堅牢につくったつもりでも、あっけなく壊

れてしまった建造物も多くあったはずです。バベルの

塔の神話の例を見るまでもなく、壊れてなくなったも

のの方が圧倒的に多いはずです。

 

破壊現象は21世紀の今日になっても、すべてがわか

っているわけではありません。破壊は実に複雑な現象

です。複雑な現象を理解していくためには、破壊事故

が起きたときに現場に立って一つひとつの現象を細か

く調べて分析していくアプローチと、逆にシンプルに

原理的なところから考えていくアプローチがありま

す。

 分離破断とせん断破断

 

破壊には、いろいろなパターンがあります。しかし

原理的に考えると、固体を二つに分離する力のかかり

方には、基本的に二つのパターンしかありません。そ

の一つが「分離破断」です。教室で黒板に文字を書く

ときに使うチョークを両手で握り、思い切り引張って

みましょう。チョークは二つに分かれます。これが分

離破断のモデルです。力は物質の結合を引き離すよう

に働きます。

 

もう一つのパターンは「せん断破断」です。せん断

破断は、紙をはさみで切ることでイメージできます。

はさみの刃は、紙に対してちょっとずれた位置に力を

かけています。ずらして破断しています。硬いと思わ

れる鉄も金切りばさみで切ることができますし、シャ

ーリングと呼ばれる鉄板を切る機械は、大がかりなは

さみと見ることもできます。

 

複雑に見える破壊現象も、分離破断とせん断破断と

いう二つのパターンのどちらかか、その組み合わせと

見ることができます。

破断の二つのパターン

─分離破断とせん断破断─

具体的に細かく調べる

原理的にシンプルに考える

破壊現象

難しく複雑なことを、シンプルな原理から考えていくアプローチも必要なんだ

破壊って、いろいろあって難しそう

1819

力と破壊第 1 章

コーヒーブレイク

分離破断

せん断破断

 意図しないところで突然壊れるのは困ったことですが、まったく壊れないのも厄介です。破壊を上手にコントロールできれば、私たちの生活がより豊かに安心なものになるはずです。

破断のプロセス

 

分離破断とせん断破断では、破断にいたるプロセス

に違いがあります。

 

分離破断では、すべての結合がいっぺんに切れると

いうことは起こりにくく、どこか弱いところで切れて

そこがき裂になります。そのき裂が次第に大きくなっ

てついに断面全体にいたることで、破断になります。

 

それに対してせん断破断は、ずらして分離しますか

ら、破断の途中では原子や分子が結合する相手を変え

ていくことになります。つまり形を少しずつ変えて破

断にいたります。この変形は、結合している相手を変

えずに相手との間隔を変えるだけの弾性変形とは異な

り、力を取り除いても元に戻らない変形です。このよ

うな変形のことを「塑そ

性せい

変形」といいます。大きな塑

性変形を伴う破壊のことを「延えん

性せい

破壊」といいます。

延性破壊には、このずれていく塑性変形が伴うのです。

ガラスは、私たちが日常生活している20℃前後の常温

では、塑性変形をしません。このため、常温でガラス

をはさみで切ることはできないのです。

破断のプロセスの利用

 

破断のプロセスが人の手で制御可能であれば、積極

的に利用することが可能になります。

 

き裂が進行する分離破断は、き裂の進行が早く制御

するのは容易ではありません。ガラスをカットすると

きに、表面にダイヤモンドなどできずをつけます。き

ずによってき裂が進行する方向を誘導することで、目

的の形にカットすることが可能になります。

 

延性破壊の途中段階である塑性変形は、積極的に利

用されています。金属は延性破壊する代表的な材料で

すが、伸ばしたり曲げたりすることで、さまざまな形

がつくられて私たちの生活を豊かにしています。

分離破断

せん断破断

引張って破断させたチョーク

金切りばさみによる金属の切断

2021

力と破壊第 1 章

熱による破壊では… 4

一口メモ

 外からの力による破壊では、部分的な破壊が起きるとそこでは力が伝わらなくなるから、原子のレベルまでにバラバラになることは起きない。力による破壊は二つに分離することが基本となる。

粉々に破壊する場合がある?

 

破壊のメカニズムについて話をしていて、あるとき

次のような質問を受けました。

 

物質が原子や分子でできていて、この結びつきを

力が引き離すのが破壊だとするのなら、どうして原子

や分子の単位で粉々になるような破壊が起きないので

すか?」

 

力によって破壊が起きるとき、二つに分離するだけ

ではなく、複数のパーツに分離することもあり、これ

を「粉々に壊れた」と表現することもあります。でも

これは、二つに分かれることが同時に何回か起きたと

いうことであり、分かれたパーツは通常原子の大きさ

から比べるととてつもなく巨大なものです。原子や分

子の単位で粉々になることは起きません。

熱による「破壊」

 

実は、そのような破壊も起きることがあります。た

だし、それは力によってではなく熱によってです。原

子は固体の状態でも常に振動しています。その振動は、

温度が高くなればなるほど激しくなることが知られて

います。熱振動が激しくなれば、原子はそれまでの隣

との関係を維持できなくなってその状態を変えます。

温度が低いと、物質は固体になります。固体は、隣同

士の原子が手をつないで手をつなぐ相手を変えない状

態です。温度が高くなるとこの関係は維持できなくな

って、隣の原子と接してはいるけれど手をつなぐ相手

は簡単に変えられる状態になります。それが液体です。

固体から液体になる温度が融点です。さらに温度が上

がり沸点を超えると気体になります。さらに、原子の

中の電子の一部が原子から出てくるプラズマという状

態になることも知られています。広島と長崎に投下さ

れた原子爆弾では、強烈な爆風の力による破壊だけで

はなく、爆心地近くでは熱による破壊も起きています。

力による破壊の仕方

 

力による破壊では、なぜそのようなことが起きない

のでしょう。力による破断には分離破断とせん断破断

があります。順番に考えて見ましょう。

 

せん断破断では、力は固体の面をずらそうとする力

として働きますから、力による変化は面とそのごく近

くにしか生じません。これでは全体がバラバラになる

ことはありません。

破壊=分離─どうして粉々にならない─

熱によって気体やプラズマになることはあるけどね

固体

気体

液体

破壊は分離といいますが、原子や分子のレベルでバラバラにはならないのですか?

2223

力と破壊第 1 章

分離破断の仕方

コーヒーブレイク

 この項の最初に紹介した質問は、何気ない会話に中で出てきました。ふとした疑問を突き詰めていくと、力による破壊のメカニズムに行きつきます。こんな学び方も楽しいものです。

 

分離破断ではどうでしょう。棒に引張力がかかって

いるとします。理想的なモデルで考えるときには、ど

こをとっても同じように抵抗していると考えます。も

しも、そのまますべての原子と原子との間を、等しく

離すような力を上手に加えて限界まで到達することが

できたとしたら、棒は無数の薄い面に分離するという

破壊の仕方をするのかもしれません。しかし実際には

そんなことは起きません。なぜならば力をすべての原

子間に同じにかけることは不可能だからです。

き裂が生じる前と後

 

力のアンバランスは必ずどこかに生じて最も弱いと

ころから原子同士の結合が切られます。その次の瞬間

に何が起きるでしょう。切れたところはき裂になって

き裂の周辺では、力がまったくかからなくなるところ

と極端に力のかかるところができてしまいます。切れ

ることで力のアンバランスが拡大されるのです。力が

抜けたところは、それ以上壊れることからは免れます。

手を離すことによって楽になるのです。逆にき裂の先

端に大きな無理がかかるようになります。このために、

き裂はその先端が延びていくよう成長して、やがて破

断に至ります。

破壊は最も弱いところから始まる

 

力は力をかけられた物体の弱点を衝いて、その弱点

を拡大して破壊します。破壊は最も弱いところから始

まります。たとえば全体的には強い鎖があったとして、

どこか一カ所弱い部分があれば、そこから壊れてしま

うのです。このため破壊を防ぐために強い材料を使っ

たり、強い形にしたりする工夫も必要だとしても、最

も大切なのは弱点をつくらないことなのです。

引張力による変形 最も弱い部分の結合が切れる

き裂の進展

ゆるむ

破断

せん断力による変形 ずれが生じる

塑性変形の拡大 破断

き裂

せん断破断の仕方

2425

力と破壊第 1 章

イオン結合 5

一口メモ

 ものが形を保つ源の力は静電気力。結合の仕方にはいくつかのパターンがあるが、固体の場合、計算上の理想強度はヤング率(⑱項参照)のおよそ10分の1で、現実の強度とは大きな開きがある。

 

物質はいくつかの方法でクーロン力を発生させて凝

集し形を保っています。ここでは「イオン結合」と「共

有結合」を紹介します。もう一つ重要な結合である金

属結合は第3章で説明します。実は原子の結合を説明

するには量子力学から説明しなければならず、本書の

範囲を超えてしまいます。そこで、正確さは犠牲にし

て家族の結びつきとしてたとえてみます。家が原子で、

親が原子核、子供が電子だと考えてください。

イオン結合

 

イオン結合では、原子が自ら抱えている電子を放出

したり、余分な電子を抱え込んだりして電荷を帯びた

原子になって引きつけ合います。電子を放出した原子

はプラスになり、電子を抱え込んだ原子はマイナスに

なります。電子のやり取りで、原子が電荷を帯びるこ

ものが形を保つわけ

 

ものはすべて突き詰めれば原子でできています。も

のが形を保っているのは、原子間に凝集力が働いてい

るからです。凝集力というのは、ギュッと集まって離

れまいとする力です。凝集力のもとは、電荷のプラス

とマイナスが引きつけ合うクーロン力(静電気力)で

す。クーロン力は、プラスチックの下敷きやゴム風船

をティッシュペーパーなどでこすって行う静電気の実

験で体感できます。原子は、原子核と電子で構成され

ています。原子核にある陽子がプラスの電荷をもって

おり、電子がマイナスの電荷をもっています。単独の

原子では、陽子と電子の数は同じで、電気的には中性

となって、そのままでは他の原子との間には引力も斥

力も生まれません。  

とを「イオン化する」といいます。

 

イオン結合の代表としては、食塩(塩化ナトリウム)

があります。最外殻の電子を放出してプラスに帯電し

たナトリウムイオンと、電子を受け入れてマイナスに

帯電した塩素イオンが引きつけ合って交互に規則的に

並んだのが塩の結晶です。

 

ナトリウム家から娘さんが塩素家にお嫁さんに行っ

て両家は近しく結びついたというイメージでしょう

か。

共有結合

 

原子の周りにある電子には決められた電子軌道があ

原子の結合と強度

─その理想と現実─

原子間に働くクーロン力が、固体が形を保つ力になっています。電気的に中性な原子間にクーロン力を発生させるやり方に、いくつかあります

引力

Na Cl

電子の移動

電子の授受を行いイオン化して結合Na+ Cl-

電子(マイナス)が抜けることでプラスに帯電したナトリウムイオン

電子(マイナス)が入ってきたのでマイナスに帯電した塩素イオン

一番外側に1個だけ電子の空席がある塩素

一番外側に1個だけ電子があるナトリウム

2627

力と破壊第 1 章

共有結合

コーヒーブレイク

 ミクロの世界やそれ以下の小さな世界の構造を顕微鏡でのぞけるようになると、現実の材料は「欠陥」を大量に含んでいることがわかってきました。材料科学は、多くの欠陥がある現実の材料を相手にして、強度や安全を考えてきたのです。

り、原子核にある陽子と同じ数だけの電子が決められ

た電子軌道の内側から順番に配置されます。その場合、

同じ電子軌道にはスピン(自転)の方向が違う電子の

ペア(電子対)ができて安定するようになっています。

電子の数によっては、対になっていない単独の電子が

ある場合があります。こうした原子は不安定で、対に

なっていない電子のパートナーを探そうとします。同

じように対になっていない電子をもつ原子と、電子を

共有することで結びつきます。これが共有結合です。

たとえばダイヤモンドは炭素が共有結合で結晶になっ

ている例です。

 「家にある子供部屋には男女の子供が入っていると

安心だ」というのが原子社会の掟だとします。炭素家

では、どうしても一人部屋ができてしまいます。それ

ではということで、お隣の家と棟続きにして中間に共

同の子供部屋をつくり、すべての子供部屋を二人部屋

にしてしまった、というイメージでしょうか。

原子の凝集力の計算と目安

 

20世紀になって、物質の原子間の距離や結晶の並び

方が詳しくわかるようになってきました。そこから原

子間に働く力も計算ができるようになりました。つま

り材料の理論的強度が計算できるのです。それによる

とほとんどの固体では、ヤング率(縦弾性係数)のお

よそ10分の1という結果になります。ヤング率は変形

に必要な引張力の割合を示す係数で、引張試験で実測

できます。

 

ところが、この計算上の強度は、実際に破壊試験を

してわかる強度とは大幅なずれがあります。どうして

なのか、誰もが疑問に思うところです。現在では、材

料の中にあるごく小さな欠陥が実際の強度を下げてい

るのだと考えられています。その欠陥はガラスのよう

な脆性材料と金属では別のものと考えられています。

理想強度と現実の強度

C:炭素電子を共有することで安定した電子対になる

ベア(電子対)になっていない単独の電子を4個持つ炭素原子

1個の炭素原子が4個の炭素原子と共有結合をして、強固な立体的な六角形の構造をとる

現実の強度は計算で求められる理想の強度よりずいぶん低い

理想強度

0

原子間の安定な平衡距離

現実に形を保っていられる範囲は極めて低い

この距離以内であれば壊れないはずなのだが…

原子間距離

原子間距離 r

相互作用力F

r

2829

力と破壊第 1 章

ダ・ヴィンチのワイヤー破壊実験 6

一口メモ

 耐えられる力は、太さによって違ってくる。同じ太さにして耐えられる力を比べると、材料の力に耐える性質が浮き彫りになる。応力や強度という用語はこうして生まれた。

 

科学技術の基礎は実験です。壊れることを知りたけ

れば、壊してみるのです。ただし、闇雲に手当たり次

第に壊しても何もわかりません。通常実験は、「これ

とこれが関係がありそうだ」という仮説(仮の理論理

屈)を立てて、そのことがわかるような実験設備と条

件をつくって行います。

レオナルド・ダ・ヴィンチの実験

 

レオナルド・ダ・ヴィンチといえば、永遠の微笑み

といわれるモナリザを描いた人として有名です。ダ・

ヴィンチはさまざまな機械を設計しつくった発明家と

しても多くの仕事をしました。空を飛ぶ飛行機やヘリ

コプターの構想も残しています。機械を設計していれ

ば、どうしたら壊れないものをつくるのかに関心がい

くのも当然でしょう。ダ・ヴィンチは、「ダ・ヴィン

チノート」と呼ばれる膨大なノートを残していますが、

その中にワイヤーの引張試験装置の絵があります。ワ

イヤーにかごを吊り下げてそこに少しずつ錘おもりの玉が入

るようになっていて、ワイヤーが破断したときの錘の

数から、破断する力がわかる仕掛けになっています。

このダ・ヴィンチの試験が、歴史上記録に残っている

最も古い材料強度試験とされています。

 

ダ・ヴィンチは、この試験からワイヤーの長さが長

いと耐えられる力は小さくなるという結論を出してい

ます。現在、ワイヤーはいろいろな材料でつくられて

いますが、引張って破断させる試験をしても、長さに

よって耐えられる力が違ってくるということはありま

せん。ダ・ヴィンチほどの天才が、どうしてこのよう

な結論を出したのかはわかっていません。当時のワイ

ヤーが現在より大きな欠陥を含んでいて、ワイヤーが

長くなれば大きな欠陥が入る確率が高くなっていたの

かもしれません。

太さと耐える力

 

現在、引張って破断する試験をしてみると、長さで

はなく太さによって耐えられる力が違ってくることを

確かめることができます。

 

ひもを使って何かを吊り下げる場合を考えてみまし

ょう。1本で吊るすよりも2本で吊るす方が2倍の力

に耐えられそうというのは、直感的にもわかります。

10本で吊るすと、10倍の力に耐えることができるので

す。ひもではなくて棒で考えると、棒の太さを太くす

ると、耐えられる力が大きくなります。引張る力の方

ダ・ヴィンチの壊してみる実験─応力と強度─

レオナルド・ダ・ヴィンチさんが、科学的な材料強度試験をした最初の人なのです

3031

力と破壊第 1 章

太いと大きな力に耐えられる

コーヒーブレイク

 応力を英語でいうとStress(ストレス)です。外部の環境変化や圧迫されたときに気持ちの中に生じるのもストレスです。人間ではない材料にもストレスが生まれて、壊れないように耐えているわけですね。

向に直交する断面の面積に比例するのです。

 

ひもでいうと、1本でどのくらいの力に耐えるのか

を調べておくと、とても便利です。支えなければなら

ない力がわかると、その値をそのひもの1本で耐えら

れる力で割ることで、ひもが何本必要かが簡単に計算

できるからです。

 単位断面積で耐えられる力

 

棒の場合は、1平方ミリメートルとか1平方メート

ルとか、1になる面積にそろえてデータをとっておく

と、簡単な計算で必要な太さを計算できるようになり

ます。たとえば、こうです。断面積が10平方ミリメート

ルある材料を大きな力で引張ってみたところ、100

0ニュートンの力で壊れたとします。この材料は1平

方ミリメートルでは100ニュートンの力で壊れるこ

とが予想できます。この材料を使って5000ニュー

トンの力に耐えようとしたら、少なくても50平方ミリメ

ートル以上の太さが必要だということが計算できます。

 

このように単位面積当たりの耐えられる最大の力を

「強度」といいます。強度を材料ごとに求めておくと、

経験や勘に頼るのではなく、実験の結果に基づいて使

う材料とその太さを決めていくことができます。

応力という考え方

 

強度は単位断面積当たりで、材料が耐えられる最大

の力です。壊れる前の時点でかかる力を断面積で割っ

た値を求めておけば、強度と比較してどの程度余裕が

あるのかがわかります。この値を「応力」といいます。

応力と強度という考え方で破壊を見ると、破壊はシン

プルに説明できるようになりました。応力が強度を超

えたときに破壊は起きます。逆にいえば、応力を強度

より小さくしておけば破壊は起きないといえるように

なったのです。

太ければ大きな力に耐えられるのは、当たり前よね。同じ条件で比べないと意味ないわ

断面積で割ることで、同じ断面積(太さ)に条件をそろえれば、それぞれの材料自身の強さがわかるのです

断面積

強度 =断面積

破壊時の力(荷重)

応力 =

応力 強度

破壊の条件

断面積力(荷重)

応力と強度

3233

力と破壊第 1 章

曲げの力をかける 7

一口メモ

 曲げの力をかけると、応力の大きい場所小さい場所といったばらつきが生まれる。モーメントが生じて腕の長さが効いてくる。

曲げると小さな力で壊すことができる

 

ものは引張りの力を加えて壊すよりも曲げの力を加

えて壊す方が小さな力で壊れます。たとえば、どこの

家庭にもあるつまようじの両端をもって真ん中を押し

て曲げの力をかけると、小学生でも簡単に二つに折る

ことができます。これを引張って二つに分離させよう

とすると、およそ30倍もの力が必要です。力自慢の大

人でも引きちぎれる人はそうそういないでしょう。

 曲げは応力分配の不平等を生み出す

 

引張る場合と曲げる場合では何が違うのでしょう。

応力の説明で、ひもの数を増やす例を用いました。そ

の場合の前提は、すべてのひもを同じ長さにして同じ

ように力をかけることでした。仮に長さの長いひもを

増やしたとしても、そのひもには力は伝わらず、元の

ひもに無理がかかったままです。元のひもが切れてし

まえば、長い方のひもが力を伝え支えることになりま

すが、その場合も1本で支えることになりますから、

切れてしまいます。

 

棒は、面で力を支えています。面のすべての箇所が

平等に力を伝え支えている場合は大きな力に耐えるこ

とができますが、力の伝え方にばらつきがあると、特

定の箇所に負担が集中して、外力が小さくても簡単に

壊すことができます。曲げの力は、部材の面への力の

伝え方に不均衡を生じさせることになるのです。

 

スポンジに格子を描いて曲げてみると幅が狭くなる

ところと広くなるところが出てくるのがわかります。

広くなっているところは引張り応力が生じ、狭くなっ

ているところは圧縮応力が生じています。その応力も

表面が最大で、圧縮側と引張り側の中間には全く変形

していない、つまり力に耐える役割をしていない部分

があるのです。

回転させる力と回転を止める力

 

曲げの力を加えるとき、外から加える力とそれによ

って生じる反力は真正面から向かい合っていません。

力の向きがずれた力をものに加えると、ものは回転し

ます。回転をしないようにする(動かないようにする)

には、もう一つ回転を止めるような力が必要です。も

のを曲げるには、向きがずれた力がかかるようにしな

ければなりませんが、そのときの回転を止めるような

もう一つの力と合わせて、最低三つの力が必要です。

引張ると曲げるの違い─曲げて壊す方が簡単─

そう、応力の分布が均一ではなくなるのと、てこの原理が効いてくるからね

曲げの力をかけると、小さな力でも壊れるのですね

3435

力と破壊第 1 章

曲げの力と回転静止

コーヒーブレイク

 筆者が子供のころの春先、凍った湖面を渡っていたら、ちょうど真ん中あたりでミシミシと氷が割れる音がしました。心臓が凍りつきそうになりました。真ん中が最大曲げモーメントになることを学んだときに真っ先に思い浮かべた光景でした。

 

ものを曲げる場合の、最もシンプルな力の加え方は

3点曲げです。2点で支持してその間に力を加えても

よいし、1点で支持してそこを挟んで2点に力を加え

てもよいわけです。

腕の長さが効いてくるモーメント

 

ものを回そうとする力の作用のことを「モーメント」

といいます。回転を止められて、ものを曲げようとす

る場合には「曲げモーメント」と呼ばれます。モーメ

ントでは力と腕の長さが効いてきます。曲げモーメン

ト=力×腕の長さになります。スパナでねじを回すと

きに柄の長い工具を使うと小さな力で回すことができ

ますが、力が小さくても腕の長さで十分なモーメント

が確保されたからです。

 

曲げの力をかけると、曲げモーメントが大きくなる

ところでは応力が大きくなります。3点曲げ(材料力

学では両端支持梁として説明される)の場合は、中間

で力がかかっているところ、飛び込み台の板のように

一方が固定されているもの(材料力学では片持ち梁)

の場合には根元のところが一番応力が大きくなりま

す。つまり壊れるとしたら応力が大きくなるところか

らです。

 ガリレオ・ガリレイと曲げによる破壊

 

曲げることによって小さな力で壊れることは昔から

知られたことでしたが、これを計算によって求める方

法を最初に考えたのは、「それでも地球は動く」と言

った伝えられるガリレオ・ガリレイでした。ただし、

腕の長さが長くなると小さな力で壊れるという点まで

はよいのですが、現代の計算結果とはずれています。

比例計算だけで求めようとしたことに無理がありまし

た。

曲げモーメントのイメージ

曲げるには、ずれた位置に力をかけなければならないが、これでは回転してしまう

最低三つ以上の力が回転を止めるように作用してものは曲がる

圧縮

引張り

圧縮

引張り

3点曲げの変形と応力(スポンジによる実験)

圧縮

引張り

最大引張り応力

3637

力と破壊第 1 章

8きずと応力集中

一口メモ

 きずがあると、断面積が減るだけではなくて、応力集中という厄介な問 題が 発 生する。応力集中する箇所はそこから破壊が始まる可能性があるので要注意。

応力集中

─小さなきずと破壊のはじまり─

事故は減ったけれども

 

応力という考えを確立し、実際に壊してみる破壊試

験の方法が確立され、材料強度のデータが蓄積されて

いくようになって、破壊現象はかなり合理的な現象と

してわかってきました。どのような条件で破壊するの

かがわかれば、破壊しないような対策も立てられます。

学問としては、材料力学という学問が発展することに

よって、不意の意図せざる破壊、すなわち事故が大幅

に減りました。そのおかげで、私たちは軽くて丈夫に

つくられた飛行機や鉄道で高速移動が可能になり、高

層ビルに居住しても恐怖を覚えることもなく、莫大な

エネルギーを消費しながら、豊かな生活を安心して送

れるようになっています。ただ、少なくなったとはい

え、ときどき破壊事故が起きています。破壊現象は一

筋縄ではいかないのです。

 

大きな問題としては、部材にきずがあると小さな力

で壊れてしまうことです。穴やき裂などのきずがある

とその分、断面積が減ります。断面積が減ると、応力

は大きくなるため、その分、小さな力で壊れるように

なります。でもそれだけつじつまが合わないほど小さ

な力で壊れることがあるのです。「応力集中」という

厄介なことが起きるからです。

連続性が切れるところで応力が高くなる

 

単純な棒を引張るときには、どこの断面をとってみ

ても応力は同じと考えられます。厳密にいうと違うと

ころもあるのですが、実際上は無視しても構わないほ

どの小さな違いでしかありません。このため、引張る

力(引張荷重)がわかれば、力と直交方向の断面の面

積を計算して力÷断面積という単純な計算で応力は計

算できます。

 

しかし途中に穴や溝があると、事情が変わってきま

す。穴や溝がない状態を連続性があると考えると、穴

や溝があるところは連続性が切れているといえます。

連続性があるところでは整然と力を伝えていても、穴

や溝に近くなると次に力を伝えるメンバーが次第に減

ってきます。それでもどこかに力を伝えなければなり

ませんから、横に迂う

回かい

して伝えようとします。こうし

て穴や溝の近くでは、周囲に比べて大きな力を伝えな

ければならない箇所が生まれてきます。応力集中は、

このように不連続部で力の伝達が迂回することで、特

定の箇所に大きな応力がかかることをいいます。応力

σ σ

σ σ

σ

x

最大応力

きず(不連続部)

σmax

応力集中は不連続部に発生します

3839

力と破壊第 1 章

きずの形と応力集中

コーヒーブレイク

 缶飲料のリングプルの近くについている溝、お菓子の袋の端についている三角形の切り込み、これらは応力集中を上手に利用して小さな力であけられるように工夫したものです。

が限界まで高くなったら破壊が起きるとすれば、外か

らの力は変わらなくても溝や穴があるところで破壊が

始まることがあると考えられるのです。

応力集中の度合いは計算できる

 

応力集中の度合いは、弾性力学の理論を使って計算

することができます。弾性力学では原子同士がばねで

つながっていると考えて問題を解いていきます。力と

変形(厳密には応力とひずみ)は比例するという「フ

ックの法則」が成り立つことを大前提にします。引張

る力が2倍になれば、延びる長さも2倍になるという

ことです。きず(不連続部)がないと考えて計算した

応力の値の何倍の応力になるのかが応力集中の度合い

で、「応力集中係数」と呼ばれます。

 

英国のC・E・イングリスは1913年に応力集中

係数に関する論文を発表しました。その中で示された

のが楕円のモデルです。楕円は、つぶれた円で二つの

点からの距離の和が同じになる点の集合と定義されま

す。楕円の表し方としては、長い方の直径と短い方の

直径の比で示す方法があります。応力集中係数はこの

短径と長径を使って簡単な式で計算できます。円の場

合では、応力集中係数は3です。円の縁には周りの3

倍の応力が生じます。力の方向に対して直交方向に平

たくなると、応力集中係数はどんどん大きくなります。

 

力の伝わりが急に変化するようになるほど応力集中

係数は大きくなります。応力集中を和らげるには、周

囲を削ってでも力の伝わりを滑らかにすることが有効

です。

 

応力集中の考え方は、きずの存在が強度を低くする

ことを説明し、きずの形に着目するという点では、大

きな進歩でした。でも破壊は、これだけでは語りつく

せないのです。

応力集中の緩和策

引張応力(σ)

引張応力(σ)

最大応力=α×σ

2b

10

9

8

7

6

5

4

3

2

1

00 0.5 1 1.5 2 楕円の縦横比(a/b)

楕円の形

角を丸める(アールをつける)スムーズにする

円き裂

最大応力になる

円では3倍の最大応力になる

応力集中係数(α)

最大応力になる

引張応力(σ)

引張応力(σ)

最大応力=α×σ

2b

10

9

8

7

6

5

4

3

2

1

00 0.5 1 1.5 2 楕円の縦横比(a/b)

楕円の形

角を丸める(アールをつける)スムーズにする

円き裂

最大応力になる

円では3倍の最大応力になる

応力集中係数(α)

最大応力になる

40

1

 目に見えない力を物体のひずみから測るという方法が考え出されています。「ひずみ測定」といいます。ひずみ測定で一般的に使われているのは、電気抵抗ひずみゲージを使う方法です。金属箔でできたひずみゲージを測定物に貼って、応力の変化とともに金属箔が伸び縮みし、それに伴ってわずかに変化する抵抗を測定して、それをひずみに換算しさらに応力に換算します。もうひとひねりすると力に換算できます。身近なところでは、体重計などでも使われています。この原理を利用した Wii Fit というゲーム機では、写真で示すように鋼の角棒にひずみゲージを貼ったロードセルが4隅に配置されています。 強化ガラスの残留応力は、偏光板を使って観測すると、密度の違いによる微妙な屈折が色の違いとして見えてきます。偏光板を使う観察では、2枚の偏光板にはさまなければならないのと、光源のセットがやや面倒です。簡易的には、液晶ディスプレイのパソコンでパソコン-ガラス-偏光板-目の配置で観察することが可能です。

Column

見えない応力を見る

パソコンと偏光板を使って強化ガラスのひずみを見る

Wii Fit ロードセル想像図

電気抵抗ひずみゲージ